第4話 神は平和過ぎる世界に困惑する

 赤茶色の髪を後ろで一括りにした先輩神の前で、銀髪の後輩神が何かを演説するかのごとく話をする。いつものモニターには、水の勇者が建てた国が映されていた。


「――現在、炎の魔王と水の勇者の勢力は、ほぼ均衡を保っています。一見、世界は平和に見えるでしょう」


「水の勇者が攻める気ゼロで、魔王側の攻撃も今は苛烈ではないからな」


「――しかし彼の地からは、魔物たちが襲来し、今も人々を襲おうと待ち構えています」


「たいていが防衛網に引っかかって、勇者に撃退されているようだがな」


「――魔王の存在で、まだまだ人々は恐怖で怯えています。だから新たな勇者が立ち上がらなければならないのです!」


「戦火が無さ過ぎて一部、平和ボケしてる人間たちもいるようだが?」


「どうして出端でばなくじくことばっか言うんですか先輩!」


「新しく創造する勇者をやる気にさせるための口上に、簡単にバレる誇張を加えてどうするんだ。騙されたと思われたら、それこそ水の勇者の二の舞になるだろ……」


 神たちは予想もしない平和な世界に困っていた。次の勇者に魔王を倒させるための動機づくりに悪戦苦闘していた。


「そもそも新しい勇者って必要なんですか……。まだ水の勇者がいるんですよ」


「このままだと埒が明かないだろ。魔王がいるのに平和が維持されている、奇妙な環境を生み出した勇者たちに文句を言え」


「でも魔王討伐は難しいですよ。水の勇者は動いてくれないし、肝心の初代魔王は見つからないし、バグ取りしても根本的な解決にならないし」


「だから新しい勇者を生みだして、魔王活動している炎の勇者に口を割らせて、居場所を聞き出せという話をしてるんだ……」


「分かってますよー」


 後輩神は不服そうに顔をしかめながら、左手首を軽く振った。それだけで場の空間に歪みが生まれ、瞬く間に水の球体が出現した。


 その中で十四、十五くらいの年齢の少年が目を閉ざしたまま、体育座りで浮遊している。


「一応、勇者の素体は完成済みです。あとは本当にどうやって動機づけをするだけなんですよね。使命をどう刷り込むかが問題なんです。いっそ富で動く勇者にしちゃえば楽でしょうか……?」


「神が率先して、金の亡者を作り出すのは感心できないな」


「ですよね。それで正義感が強くて、真面目で、責任感があって、優しさも兼ね備えた性格にする予定ではあるんですが、こうも平和ですと戦いに行く気すら起きないかもしれません。……勇者を敵地に召喚して、嫌でも魔王討伐を意識させるようにしてやりましょうか?」


「おい。準備なしでいきなり魔王の地は、流石にきつすぎる」


「もちろん冗談です。だから一応、水の勇者の建てた王国に召喚してあげるつもりですけど、あの国は空気感が穏やかすぎです。魔王のことを忘れて平和に暮らしちゃう展開が目に見えちゃってるんですよ! 魔王の脅威が見えないのに、魔王を倒せとかいう指示を勇者にしなきゃいけないとか、理不尽すぎませんか? この際、私があの国を滅ぼせば」


「想定しなかった平和だからって、天罰で無理やり壊そうとするな」


「冗談ですよ。真に受けないでください」


「わりと目がマジだったぞ、お前……」


 失敗続きで後輩神のメンタルは削られているようだった。世界を管理する神が病むとか本当にやめてくれよ、と先輩神は勇者の素体を眺めながら腕を組む。


「後輩、この勇者に魂を入れたらすぐには召喚せずに、しばらく保護者として面倒を見てやれ」


「えっ?」


「ちょっと手間がかかってしまうが、勇者と信頼関係を築くにはどうしたらいいか、この機会に学んでみればいい」


「え……」


「勇者だって、信頼がない相手の言うことなんて聞こうとしないだろ。だから自分の手で少しは育ててから旅立たせてやるんだ」


「……まるで私が召喚した勇者のことを分かっていないみたいに」


「いや、分かってないだろ」


 それからしばらくして、地上に新しい勇者は召喚された。そして彼はのちに魔王と激戦を繰り広げ、あと一歩というところで敗れ去ることになる。


 後輩神はその最期をしっかりと目に焼き付けた。

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