第17話 賢者は作戦を提案する

 バリエラにとって、戦地とは壁の向こう側にあるもので、もしくは人づてに耳にするものであった。


 水の勇者を支援していたときは彼女の戦いを結界越しに見守り、ルーイッドによって兵士団が組織されてからは、報告書から魔物との戦いがあったことを後から知った。


 だから本当の意味で戦地の渦中に巻き込まれるのは、この地上に生を受けてから初めての経験だった。


『バリエラ様、ご無事ですか!?』


「……っ! サユイカ?」


 動揺して平静でないのかもしれない。地下の再封印作業中に通信魔法を割り込まれて、完成しかけた封印を自ら綻ばせてしまう。


 慌てて咳払いで取り繕い、再び地下扉に封印を施しながら、サユイカに現状を聞かせてもらう。


『それについて領主様が自らお話したいとのことです。バリエラ様、三階の大会議室の場所は分かりますか? 案内いたしますが』


「――お願い!」


 不安からの人恋しさなのか、声が思わず大きく出てしまう。非常時にもかかわらず、通信魔法越しのサユイカがちょっと吹きだしたような気がした。


 とりあえず地下への扉を全て封印して地上階まで上がる。階段の入り口ではサユイカが待機していた。ご案内しますと彼女はそう告げて、足早にバリエラを誘導する。


 大会議室と銘打たれた扉の前からは、中の喧騒けんそうが漏れ出ていた。王都でも重要な会議に出席することもあるバリエラでも、普段と異なる空気感に気を張りつめるしかなかった。


 ノックをして反応をうかがい、一声を掛けてから入室する。扉を開いた途端に視線が押し寄せた。それらに物怖じしないように、バリエラは賢者として自分を切り替える。


 長いテーブルの最奥席に座る人物が声を掛けてきた。茶色い髪に白髪を混じらせた壮年の男性は、この街を任された領主だったはずだ。


「バリエラ殿、お待ちしておりました。本来は歓待すべきところですが、申し訳ありません」


「いえ、元より出迎えも不要と伝えていましたので問題ありません。大結界の強化が済めば、すぐに次の地へ出発する予定でしたので」


 できるだけ丁寧な口調で応じ、失礼しますと声を掛けてからバリエラは席に着く。傍にはサユイカが控えた。


「それでは賢者殿もいらしたことですし、もう一度戦況をおさらいさせていただきます」


 領主がそう言うと少し貴族然とした者が席を立ち、説明を始める。まずは大結界の守備は全滅。魔法兵による障壁は破られ、駐留させていた兵たちも硬化して動けなくなってしまっている。大結界も攻撃を受けて大きな穴が開いてしまっているらしい。


 大結界のことは先ほどまで制御していただけに察していたが、兵たちが一瞬で全滅したという情報にはバリエラも流石に動揺した。


 この街を訪れていたというルーイッドのことだ。兵士の訓練に口を挟む、いや手を出すくらいのことはしていたであろう。おそらく他都市と比較しても練度は高くなっていたはずだ。そんな主戦力が交戦すらかなわず、封じられてしまったのは非常に手痛かった。


「現在、残していた兵たちで防衛に当たっておりますが、地の利はこちらにあるとはいえ数の不利は覆せそうもありません」


 聞けば押し寄せる魔物は万を超えるという。レイガルランは城塞で守られているとはいえ一都市にすぎない。元々いた兵も五千いれば多いほうだ。結界の強化にあたって他の都市から支援は受けていたようだが、今回の魔物の数を前では焼け石に水だった。


 せめて動けなくなった兵たちが戦力に加われば、状況は良い方向に変化するだろうというのが、この場で会議していた者たちの認識のようだ。


「ねえ、硬化した兵を元に戻すことができればなんとかなるとか言っているけど、本当にそうなると思う?」


 自身は戦事に疎いバリエラは、その点は詳しそうなサユイカに小声で尋ねた。


「私も直接戦いに交じったわけではないので、計り兼ねる部分はありますが可能性はあるかと。今のままだと戦力は五倍差に近いですから」


「なら、やってみる価値は一応あるのね」


「どうされるのですか?」


 答える代わりにバリエラは席を立ち上がった。自然と会議していた者たちの視線が向く。


「私からも報告と、一つ提案をしてもよろしいでしょうか?」


 場の全員が虚を突かれたかのように視線を向ける。全員に目配せして異論がないことを確かめると、バリエラはまず大結界の状況について説明した。


 作業中に大結界に攻撃を受けたことにより、この街の結び石が機能を停止したこと、損傷度合いは不明で、修復しようにも戦火に晒されている状態では不可能であること、この街の陥落は国全体の大結界の維持すら危うくしてしまうことを淡々と告げた。


 大結界の消失と聞いて、場の有力者たちの顔が青ざめる。大結界は弱い魔物を阻み、それを破れるほど強い魔物が侵入すれば警報を発する。これにより強い魔物でも街に被害を及ぼす前に、戦力を集中させて討伐を可能にしていたのだ。


 だからこの街を絶対に落とされるわけにはいかないと念押ししたうえでバリエラは提案した。


「硬化状態にある兵たちは私がなんとかします。ただ、そのために私が彼らの元まで近付かなければなりません。ですから、防衛に当たっている兵士たちをこちらにいくらか割いてもらえないでしょうか?」


 提案を終えると領主やその重鎮たちの反応は様々だった。急に渋面し出す者、腕を組みだす者、なにやら隣と相談事をするような素振りを見せる者などがいた。


 作戦実行には当然、貴重な防衛戦力を削らなければならない。誰もが慎重になって当然だった。もし失敗すればレイガルランは確実に壊滅する。さらに敵に囲まれている以上、逃げ場などない。ここにいる者たちだけでなく民がまとめて全滅することになる。


 しかし、バリエラが懸念するとおりの存在がいるのならば籠城が通じるはずがない。本当の勝ち目を見出すために作戦の実施と成功は必須だった。


 平静を装いつつも、バリエラは祈るような気持ちでいた。


 そのとき一歩後ろに控えていたサユイカが、隣に立つように前に出る。


「突然の具申、失礼いたします。バリエラ様の話に一言付け加えさせて頂きますと、今回の件を受けて既に近郊の都市からの増援の派遣が決定しています。しかし到着は早くとも三日はかかるとのこと。敵戦力にが潜んでいる可能性も考慮して申し上げるのなら、現状の戦力で援軍到着まで持ち堪えるのは難しいかと」


 後押しするかのような進言に驚いてサユイカのほうを見る。


「少しでも生き残りの目を信じるならば、バリエラ様の提案に乗ったほうが良いでしょう。浄化の奇跡で行動できないでいた兵を復活させ、防衛戦力にまわすだけでも籠城可能期間が一週間は延びます。現状はジリ貧ですので先の可能性があるのはこちらかと」


 場に集った者たちから『いったいどこからそこまでの情報を……』『確かに現状続けるだけでは厳しいが』など吟味するような声が聞こえはじめる。サユイカが小声で『フォローはこれでよろしいですか? ちなみに戦況についての情報は通信魔法を傍受して手に入れました』とだけバリエラにだけ耳打ちしてきた。


「まるで現場を見てきたかのような。しかしルーイッド様がわざわざ直属にさせるほどの人物であればありえるのか」


 そして場の空気は、提案したバリエラではなく意見を肯定したサユイカを称賛する流れになっている。


「分かりました。本城と第三城壁で待機している兵の一部から百人ほど集めましょう。準備が出来次第、こちらからお声かけします」


「ありがとうございます」


「ありがとうございます……」


 サユイカが礼を述べてバリエラの後ろへ一歩引き下がった。サユイカと領主の間で勝手に話がまとまり、しばし面を食らっていたバリエラだが、あくまでも賢者らしく、何食わぬ顔で礼を述べて着席した。あとでサユイカがどこまでの情報を得ているのか確認しなければならないと思いながら。


 会議はその後つまることなく進み、作戦と防衛の方針がまとまりつつあった。そんなとき部屋の扉が開かれ、全員の視線が一斉に向く。


 入ってきた鎧をまとった兵士が息を切らせながら叫んだ。


「報告します! 第一城壁の防衛部隊は壊滅。第二城壁の部隊と合流し、交戦を開始しています!」


 場の全員の顔が強張った。残されている時間はあまり多くはないようだった。







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