第16話 戦いは賢者を待ってくれない
北方最前線にある城塞都市、レイガルラン。国と魔王領の現在の境界線に接した唯一の都市。
砂地の多い南部と違って周辺には森林が多く、温暖な気候は季節の変化に富む。そんな緑を塗り替えるような灰褐色で頑健な巨大城壁。
国を覆う大結界が街の外壁から見えるほど魔王領に近いこともあり、レイガルランは三重に囲まれた城壁と、中心部にある石造りの城で常に魔物に対する備えがされている。
外観の物々しさに比べて、街中は活気のある商人たちが並べた店で賑わい、ところどころでは行列ができるほどだった。客層は非番の守衛や兵士たちも多いが、中には冒険者と呼ばれる魔物討伐や開拓を生業としている者も少なからずいる。
最も魔物の地に近く、国の戦力が集う城塞都市、それがこのレイガルランであった。
「一度、結界を張るときに来てるはずなんだけど、城塞がここまで凄くなってるなんて聞いてないんだけど」
「何度も改修されて、今のような都市になりましたので」
市街の東西南北を囲む、高低差のある三重の城壁を一通り視察し終えて、結界の賢者バリエラはあまりの変化ぶりに驚きの声を漏らしてばかりいた。
彼女は公務中であることを示す、王国で採用された青制服を身に付けている。その傍には護衛である女性武官が一緒に歩いていた。
最近になって発足したルーイッド直属の部隊に所属する精鋭の一人であり、名前はサユイカと言う。他の兵士たちと別系統であることを表すためか、街で見かける兵士と違って、彼女は白を基調とした制服を身に付けている。
「ここまで大結界の結び石を置いた街を巡って来たけど、ここほど頑丈そうな街はなさそうよね」
「そうですね。ルーイッド様のおかげで、国では最も堅固な街になっているかもしれません」
「え、あいつ、よく来てるの?」
「この街では有名人の一人ですよ。現地に赴かなければ分からないことですので、引きこもりがちなバリエラ様が知らなくても仕方ありません」
「引きこもり言うな……ってなんでルーイッドの部下が、私の外出事情まで知っているのよ?」
サユイカとは今回の仕事をするときに彼に紹介されて、初めて知り合ったはずだった。
「失礼しました。ルーイッド様がよくお話されていたので」
「……あいつ」
なんて噂を広めてくれているのよ、とバリエラは心の中で唸った。
一応、世情に疎いわけではない。内政顧問もしている以上、王都の中にいても自然と情報は集まってくるからだ。外に出ないのは事実だが。
遠出をしたのは大結界の強化のためだった。一応は奇跡を行使して造ったとしているが、実際には神から与えられた結び石という道具と、バリエラの力の一部を流用して保持している結界にすぎない。
国内の五ヶ所に設置された結び石を媒介に、奇跡の力を流し込むことで結界は展開されている。結び石自体はバリエラも生成可能だが、大結界を展開できるほどのサイズにするには、数年の歳月はかかるため神側が準備してくれたのだった。
質はバリエラが通常展開させる結界の奇跡と同等。しかし強度は四分の一程度。ただし長期間消耗なしで維持することができる。これが大結界の特徴だった。
「修復だけならどれか一つだけに力を流して終わりなのに……」
強度を上げるためには、結び石を一つずつ補強していかなければならない。
三つ目の結び石があるこのレイガルランで、バリエラが面倒そうにぼやいた。
「とりあえずさっさと終わらせたいわね。ここでようやく半分ってとこなんだし」
「そうですね。元の予定の半分ほどの期間で、国を半周する時点でだいぶ強行軍ですが」
「体に不調があれば直すわよ。治癒の奇跡あるし」
「確かに怪我にも病気にも不調にも効く万能さですが、流石に乱用が過ぎるのではないですか?」
「奇跡は無茶を押し通すためにあるの。使い渋るものじゃないわ」
「そういうものなのでしょうか」
「そういうものなの」
サユイカはそれでも不承といった顔をしていたが、黙ってくれたのでそれで良しとした。
レイガルランの結び石は、市街の中心にそびえる本城の地下にある。話は事前に通していたので、守衛に門を開けてもらう。案内人と多少の話をしたあと、バリエラはすぐに地下へ向かうことになった。
作業には数時間を費やすことになる。結び石の一部を解体し、力を注ぎこむと同時に、結界壁が弱まらないようにバリエラ自身が代わりに結界の維持をしなければならない。
さらに工程が完了しても、効果が現れるには半日近くかかり、確認まで含めるならば丸一日は潰すことになる。
封印された扉を開放して通り抜けると、特別な者しか入れない地下室に辿り着く。その中央で巨大な紫色の水晶体が輝きを放っていた。その付近を囲む小水晶も呼応してちかちかと瞬いている。
結界の賢者しかできない故に、作業は全てバリエラ一人が行う。そのためサユイカには別室で待機してもらっていた。
「――天に代行する賢者が命ずる」
そのあとに続く言葉は、この世界の者では聞き取れない言葉の羅列。創造神のみが理解することができる、世界を構築するための言語だった。バリエラ自身も真の意味は知らない。ただ奇跡を起こすのに必要な言葉として記憶していた。
水晶体とバリエラを囲むように様々な紋様、解読できない文字列が宙に刻まれ、詠唱されるにつれて、流れてはまた生まれてくる。気づけばこの部屋全体が埋め尽くされていた。
水晶体自体も輝きが失われていくように思えば、別の色に染まる、点滅するなど、忙しなく変化している。内部では着実な変化が引き起こされていた。最終的な予定では水晶体は一回り大きくなり青色に輝くようになる。
……大結界に亀裂が生じるまでは。
――ッ!?
水晶体を通して制御不能となった力が逆流、
「――あくっ!? うっ、何が?!」
外部から何か強い力に干渉されたような気がした。とてつもない威力の砲撃をもらったかのような。しかしそれはありえないはずだった。
襲撃にも備えて、城壁の魔法兵たちに部分的にではあるが、防御結界を大結界の上から重ね掛けさせていた。そのうえ大結界の周辺には兵を駐留させ、魔物を寄せ付けないように警備させてある。
万が一、大結界の強化に支障が出るほどの戦闘になれば、サユイカから通信魔法が入るはずだった。
ふとバリエラの脳裏にある存在が頭の中をよぎる。もし本当にアレが現れたのなら多少の障壁やら守衛など時間稼ぎにもならない。
急いで状況を確かめなければならないと思い立ち、バリエラは地下を飛び出した。
◇ ◇ ◇
同時刻、レイガルランでは既に戦いの火蓋が切って落とされていた。押し寄せるのは灰色の軍勢、一本角を生やした人型の魔物たちが結界を突き抜け、城壁を攻め落とさんとする。
もし異世界の知識を持つ勇者や賢者が、この光景を目にしていたとしれば、彼らを鬼と呼んだかもしれない。
子どものような体格の一本角の鬼でも、大人を軽く捻り潰せるほどの腕力を持つ。そんな脅威が万を超える群れとなって、街の外を埋め尽くす。
時折、灰色の軍団のどこかから沈み込むような低い声が轟く。
『……
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