第14話 賢者は幕間で振り返る
勇者と魔人の戦いが終結して、数週間が経過した頃、王城の一室で報告書を読み終えて、憂鬱そうに頬杖を立てている金髪の少女がいた。
「勇者が倒されるって……」
相討ちとなったとのことだが、それでも勇者が魔王でもない魔物、文面どおりの言葉を使えば、魔人に倒されたという報告は彼女にとって衝撃的だった。
実際の戦闘の結末を目にしてないとはいえ、戦いが終わっても生還した姿を誰も見ていないという事実は、勇者が倒されたという報告の信憑性を高めていた。
金髪の少女は翡翠色の目をこすって、改めて報告を読み通して、間違いがないことを確かめると、憂鬱そうにため息をついた。やることは山積みだった。
国を護る結界の強化、治癒魔法士の育成、そして次に新たに現れるかもしれない魔人への対策。どれも一筋縄ではいかない課題ばかりだった。
頭がパンクしそうだと
「……どうぞ」
なにか厄介事でも起きたのかと身構える。しかし現れた相手を見て、すぐに気を緩めた。
「なんだ、ルーイッドか」
現れたのはテムルエストクでの戦いに巻き込まれたという、強化の奇跡を扱う賢者の彼だった。素っ気ない物言いだったからか、彼は苦笑いを見せた。
「ひどいなー、バリエラ。ちょっと今、時間大丈夫?」
気心が知れた仲であるかのように賢者が話しかけてくる。それもそのはずで、少女もまた賢者の一人だった。
「なーに? 正直、手が足りないくらい忙しいんだけど?」
「ごめん。提出予定の報告書のチェックを頼みたいんだけど」
「…………。いいわよ、いつものことだし」
調査任務が主な仕事のルーイッドが、事務仕事を苦手としていることを、バリエラは知っていた。
仕方ないとばかりに彼女は自分の書類を片付けて、作られたばかりの報告書に目を通し始める。
「………………」
例の魔人と戦った勇者の捜索状況についての続報らしかった。
現在も捜索は継続中だが、成果は芳しくはないといったことが、五枚の用紙につらつらと書き上げられている。一言でいって
「――これを持っていったら確実にやり直しをくらうわね」
「あっさり斬ったね……。そっか、やっぱダメかー」
彼自身もなんとなくは察せていたのか、軽く肩を落とした。ひとまず修正すべき点をメモに記して、報告書と一緒に返すと彼はギョッとしたように顔を引きつらせる。
「直す箇所ちょっと多くない?」
「それほど杜撰ってこと。中身が無さすぎるの」
「と言ってもなー。今回の調査は本当に成果なかったし」
「どういうこと付け足せばいいかは書いたでしょ。さっさと持っていきなさいよ」
「うぇ、分かった、ありがとう。……これは邪魔したお詫び」
そう言って彼は手から机に何かを置いた。透明で小さな鳥の置物だった。
「え、なにこれ?」
中へ入った光が屈曲して、虹色に輝く置物をバリエラは目を丸くして見つめる。
「これ、テムルエストクの工芸品。調査ついでに買ってきた。バリエラはあんま外に出ないから、こういうの珍しいだろ?」
台座にのった虹色の鳥を手に取り、見上げるように持ち方を変えつつ、興味津々そうにバリエラは眺めていた。
「あそこの砂漠、まれに変わった岩石が見つかるらしいんだ。それの一部を崩して加工したら、こういうふうに輝き出すんだって」
「へー、まるで本物の宝石みたい……」
「一部の地域では宝石扱いされてるみたいだよ」
「へ?」
バルエラの動きが固まった。
その目には、この鳥の置物が見た目以上に高価なものなんじゃないかという緊張や、そんな貴重なものを思いっきり素手でべたべた触れてしまったけど良かったのだろうかという困惑が広がっていた。
「いや、あくまでも御土産として並べられるくらいだし、そこまで高い買い物したってわけじゃないよ。……地元特価って可能性はあるけどね」
「……ずるい」
「――ん?」
「人が仕事で外に出れないからといって、自分だけ外に出て、こんないいもの買って見せびらかせて……」
「いや? 仕事だから実際のところはあんまり観光とかは――ちょっ、痛いって」
ダーツの感覚で投げられたペンが、ルーイッドの肩に命中した。次いで予備のペンが投擲される。机の上のものが次々と投げつけられ、彼の表情が引きつった。
そのうちの一本が彼の目元にぶつかる。
「――っ」
「えっ、嘘、ごめん! 痛かった?」
怪我させるつもりもなかっただけに、バリエラは慌てて席を立つ。片目を抑えているルーイッドを引き寄せてぶつかった箇所を診ようとした。
「いや、大丈夫だから――っ!!!??」
制止を受ける前にバリエラが腕を引っ張って、彼に顔を近づけた。ルーイッドの顔が引きつる。急いで目の状態を確かめようとする彼女に、そうじゃないと言った。
「ちょっと今、筋肉痛で急に叩かれたり、勢いよく引っ張ったりされるとすごく痛むんだ。普通に動く分ならまったく支障ないんだけどね」
「一瞬、私が魔法を暴発させたかと思ったじゃない!」
ごめんごめんと詫びれる彼に、心配げな顔を浮かべていたバリエラは次第に怪訝そうな表情をする。
「確か、あんたの仕事内容って、そこまで力仕事とかじゃなかったでしょ? 筋肉痛になるって、いったい何をしてたのよ……」
「ちょっとした実験をね。これは、その反動みたいなもの」
「何してるのよ……」
手をかざして、バリエラは治癒の奇跡を行使した。しかし掛けられた側である彼は複雑そうな顔をする。
「いや、こんなことで奇跡を使わなくても?」
「別に悪いことじゃないでしょ? 私なんて寝不足をこれで誤魔化してるくらいだし」
「流石にそれは体に悪すぎないかな。普通に寝たほうがいいと思うよ?」
「外で遊んでいるルーイッドと違って、城に篭るしかないくらい私は忙しいんです」
「遊んではないんだけどなー。ま、いいか。報告書の直しをしてくるよ」
呆れた顔した彼が諦めたように部屋から出ていった。一人になったところでバリエラは再び椅子に座る。そして自分の書類を広げようとして、ふと手を止めた。
「……もし次に新しい魔人が出てきたとき、戦うのはやっぱり私とルーイッドなのかな」
先ほど報告書を返したとき、豆を潰した手を彼がしていることにバリエラは気づいていた。通常業務に加えて兵団の訓練にも参加しているのだろう。
恐らく勇者不在の状況で戦うことを最初から想定して。
「……私も何かやっておくべきなのかも」
バリエラは自分に言い聞かせるように呟いた。
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