7―2

うつぎは、来なかった。

いつもは早く来てミツコを待っているのに、何故か今日に限って遅い。



「どうして? こんなこと 、今までなかったのに……」


立っているのが限界なミツコは座り込み、閉ざされた扉を見つめる。

だが、どれだけ待ってもうつぎはやって来ない。


「今日が最後なのに。だめ……今日は、絶対に会うの。……会いに、行かなきゃ」


フラフラと立ち上がるミツコ。

咳き込み、口から血が流れる。


うつぎに会いたい――それが、瀕死のミツコを動かす原動力だった。



「どこ? どこなの……?」


大広間を出て、壁を伝いながらやっとの思いで歩くミツコ。

ずり落ちてくる包帯を引っ張りながら、耳を澄まして辺りを探る。

すると、東の方角から声が聞こえた。


「これは……お父様の部屋のほうから?」


耳を頼りに何とか移動する ミツコ。

父親の部屋の扉から、灯りが漏れているのが見えた。声も、中から聞こえる。



「音和君、どうだ?」


「いや、突然すぎてその… …」


「うつぎ……?」


思わぬ声の主に、ミツコは つい扉に聞き耳を立てる。


父親とうつぎが真夜中に会話をしている――これほどまでに、興味をそそられる かつ不安な状況はない。


ミツコは廊下に座り込み、会話の行方を追った。


「確かに、雛鶴さんにはお世話になっています。ですがその……急といいますか 。ちょっと考える必要が……」


「悪くない話だろう? うちの娘二人のどちらかの、婿になってくれと言ってるんだ」


「うつぎが、婿…… !?」


予想だにしなかった父親の話に、絶句するミツコ。

娘二人――そこにミツコは含まれていない。

彼女の姉のことを言っているのだろう。


「ゆくゆくは、我が雛鶴家の跡取りとなってほしい。 二人とも性格は違うが、目に入れても痛くない娘でね。音和君のような子が来てくれれば、娘も我が家も安泰だ」


ミツコにはかけたことのない、優しい紳士のような父親の口調。

もう悠長に、聞いていられ なかった。


「うつぎが、結婚? お姉様と……?」


思わず想像してしまう。

自分が死んだ後、幸せそうに暮らす姉とうつぎ。

いつか新しい家族が増え、さらに賑やかになるかもしれない。



だが――


「そこに、私はいない。私は……冷たい、土の中。独り、忘れられて」


考えたくなかった。

自分が死んだ未来、うつぎの未来。


うつぎの夢通り、医者になって活躍する未来だったら、寂しくは思うも応援しただろう。


だが、姉との婚約となると話が変わる。


ミツコと違い、雛鶴家の人間として育てられ、家族の愛を受けてきた姉達。

ミツコを憐れみ、蔑んできた姉達。


――姉のどちらかが、うつぎと結婚して幸せになる? 死んだ私の、その目の前で……?



「……だめ。それだけは……だめ!」


――バン!


いてもたってもいられず、 ミツコは思わず扉を開けた。

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