6―4

一週間すると、ベッドから起き上がるのが難しくなった。

死が刻一刻と迫っているのが、はっきりと分かる。

それでもミツコはベッドから這いずり出ると、出来る限りの本を読み漁った。



「どうしたら、どうしたらいい……?」


縋りつくように、本棚をひっくり返す。

外に出られないミツコに、本は何でも教えてくれた。


世の中のルール、海の向こうの国、健康な生き方。

でも『記憶に強く残る方法』はどんなに探しても見つからなかった。

『不老不死の魔術』の本を投げ出す。


「違う。私が求めているのは、こんなものじゃない……!」


死ぬのはもう、どうでもよかった。

例え生き長らえたとしても 、幽閉され化け物扱いの日々は変わらない。


――大切な人に忘れられたくない。


ただ、それだけだった。



「私は、私、は……!」


半狂乱になりながら、息を切らせて探し回る。

やがて、とある本の一節に目が止まった。



「恐怖は、人の記憶に残りやすい……」


心理学系統の本だった。

人 は生き延びるため、身を守るため、快楽よりも恐怖を感じた瞬間のほうが、鮮明に覚えてい るという。


「これも、ちょっと違うわ ……こんなことしたら、嫌われちゃう」


今まで嫌われないように素性を隠してきたのに、これでは本末転倒である。


溜め息をついたミツコは本を戻す。

それからも探し続けたが、 結局望んでいたような情報は見つけられなかった。



「どうしよう、また今日が終わっちゃった……」


パタリと絨毯に倒れ込むミツコ。

気づけば、手にナイフを持ち、自分の腕を切っていた。痛みと共に、ツーッと血が流れる。


包帯を巻かないといけないレベルの酷い自傷行為。昔からの癖。


今まで落ち着いていたが、最近になってまた増えてきた。

それも、余命宣告をされてからだ。


「やっちゃいけないって、分かっているのに……」


そう言いながらも、腕を何回も切るミツコ。


叫びたくなるような不安と焦燥を、どうしても心の中に留められなかった。

血が滴り、白いブラウスを赤く染めていく。

やがて落ち着いたのか、腕を切る手を止めると、苦しそうに項垂れた。



「貴方との、思い出の品なのに……真っ赤ね。ごめんなさい」


これは、うつぎと初めて出会った時に、リンゴの皿と 一緒に持たされたナイフだ 。

家にない洋風のもので、うつぎのイニシャルが柄に彫られている。


印象的だったあの夜の記念品にと、わざと返さずに残してある。

今ではもう、四年前に出会ったあの夜が懐かしい。


「あの時に戻れたら、どんなにいいでしょう」


赤くなったナイフを大切そうに、両手で包むミツコ。

一夜の思い出の品も、今となっては手放せない精神安定剤だった。


――私はもう、一週間ももたない。


うつぎに会えるのも、次の上弦の月――二日後が恐ら く最後だ。


「方法が見つかっても見つからなくても、最後は……最後は、あの舞台で一緒に踊るの。それだけは、必ず……」



ナイフを抱き締めると、何とかベッドまで這いずり戻る。

そのまま、気を失うように眠った。

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