3―2
物心ついた時から、ミツコは館に幽閉されていた。
自殺未遂をしてからは、館の中の書斎に幽閉された。
閉じ込められてばかりの人生。
だが、ミツコも黙ってやられてばかりではない。
最近、新しい脱出方法を身につけた。
それは――
「ん~あとちょっと……」
細いピンを鍵穴に差し込み 、カチャカチャと回す。
やがてピキン! と軽い音が聞こえると、ビクともし なかった扉がすんなり開いた。
「やった! やっと、これ で自由に出入りできるわ」
鍵穴から細いピンを取り出すと、それを満足げに撫でるミツコ。
所謂ピッキングというやつだ。
書斎の中で暇を持て余していたミツコは、ピッキングの技術を習得するべく、ここ数年中にあった犯罪関連の本を読み漁り、ピンを使っては脱出を試みていた。
それが今、ようやく実現したのである。
広めのこの書斎には幾つか扉があり、そのうちの一つ が外鍵だったのが功を奏した。
ここから隣の部屋へ行けば、鍵のかかっていない扉か ら廊下へ出ることができる 。
――本当に運がよかったわ。全部内鍵だったら、どうしようもなかったもの。
館の複雑な作りに感謝するミツコ。
ドアノブを掴んだが、すぐにその手を下ろす。
「でも、今は出ていかない」
この館から脱走するには、 何もかも足りない。
中途半端な脱走で捕まれば、今度は手足を拘束され、本当の意味で自由を奪われ てしまう。
そうなればもう、その先に待っているのは絶望だ。
――脱出手段は確立した。 あとは来たるべき時に、これを使うだけ。
いつか実行する脱走劇とまだ見ぬ自由に、心を躍らせるミツコ。
その時、ギュウウッとミツコの腹が情けない音を立てた。
先を考えるには、少々お腹が空いたようだ。
「あら、恥ずかしい。もう真夜中なのね……お腹、空いたな」
静かに扉を開けたミツコは 、顔だけ隙間から出して、周囲を注意深く見渡す。
流石の家族も、全員寝静まっているらしい。
しんと耳が痛くなるような 静寂が、辺りを包んでいる。
「台所に行って、何か食べ物を取ってきましょう。すぐに行って戻ってくれば、大丈夫」
一人頷いたミツコは、書斎からそっと出ると、らせん階段をそろそろと降りた。
スリッパだと音が響くので 、素足で移動する。
足の包帯が解けかかって歩きづらいが、そこは目を瞑るしかない。
真っ暗な廊下を手探りで進み、ミツコはようやく台所 に辿り着いた。
誰もいない台所は、ひんやりと冷たく暗い。
僅かな月明かりを元に、ミツコは食料を探した。
「んん……なかなか見つからない……。ん、あれは?」
大きな木の箱に入っていたものを手に取って、月明かりに照らしてみる。
色までは分からないが、シルエットと重さ的にリンゴのようだった。
「リンゴ、美味しそうね。 でも包丁がないと。流石に丸かじりは出来ないわ」
リンゴを数個手にし、今度は包丁を探して彷徨う。
その時、カクンとミツコの体が前につんのめった。
「ひゃ!?」
解けかかった足の包帯を、自ら踏んでしまったらしい 。
リンゴを宙に放り出して、 グラリと傾くミツコの体。
地面に衝突しそうだったその時、ふわっと温かい何か がミツコの体を包んだ。
「え?」
「大丈夫かい?」
続いて、上から降ってくる男の声。
誰かに抱き止められたんだと気づくまでに、数秒かかった。
しかも、その声は――
「音羽、さん……」
聞き間違えるはずがない。
間違いなく、その声は扉越しにずっと聞いていた『音羽』という男のものだった。
「え、どうして俺の名前を ……痛でっ!」
不思議そうに呟いた音羽だったが、ゴン! という鈍い音と共に突然痛がり出す。
どうやら、リンゴが頭に当たったようだ。
「あっごめんなさい!」
慌てて床に落ちたリンゴを 探すミツコ。
月明かりしかないこの暗さでは、シルエットを認識するのが限界だ。
わたわたするミツコの前に 、スッとリンゴが差し出される。
「……一緒に食べるかい?」
暗闇の向こうで、音羽が優しく微笑んだ気がした。
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