3―1

少し季節が過ぎた。


例の執事は、ミツコの置かれた状況を知るや否や、急に冷たい態度を取りだした。

使えない、と判断したのだろう。

あっさり化けの皮がはがれたことで、ミツコはせいせいしたが、それでも自分が虐げられている状況は変わらない。


書斎に閉じ込められた、相変わらずつまらない日々。

だが最近、変わったことが一つだけあった。

それは――

「やぁ、よく来たね。音羽君」

「こんにちは、旦那さん」

どうにか声を聞こうと、ドアに張りつくミツコ。

変わったことというのは、この音羽(おとわ)という男が、館に出入りするようになったことだ。

パーティーや仕事の関係で、貴族階級の者が出入りすることはよくあるが、この男はどうも年若い民間人らしい。

将来有望な医学生で、貴重な本がたくさんあるこの館に勉強しに来ている、というのが、今まで何とかしてミツコが集めた情報だった。


「医学は大変だろう。ま、 家でゆっくりしながら文献探しでもしなさい」

「ありがとうございます。 いつも助かっています」

二人の談笑する声が遠ざかっていく。

わざわざ父親本人が出迎えるということは、そうとう気に入られている証だ。

二人の声が聞こえなくなり 、ミツコはペタンと絨毯に座り込んだ。


「楽しそう。どんな人なのかしら」


物腰柔らかい口調に、優しい笑い声。

声は柔和で、年頃の男性らしく落ち着いて いた。

家にはいないタイプの人間に、ミツコは興味を抱く。


きっと、会うことはない。

でも、もしも何か奇跡が起きて、話すことがあったら。


「音羽さんは、こんな私でもあの優しい声で話してく れるのかしら」


まだ見ぬ謎の男に、ミツコはただ一人思いを馳せていた。

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