3―1
少し季節が過ぎた。
例の執事は、ミツコの置かれた状況を知るや否や、急に冷たい態度を取りだした。
使えない、と判断したのだろう。
あっさり化けの皮がはがれたことで、ミツコはせいせいしたが、それでも自分が虐げられている状況は変わらない。
書斎に閉じ込められた、相変わらずつまらない日々。
だが最近、変わったことが一つだけあった。
それは――
「やぁ、よく来たね。音羽君」
「こんにちは、旦那さん」
どうにか声を聞こうと、ドアに張りつくミツコ。
変わったことというのは、この音羽(おとわ)という男が、館に出入りするようになったことだ。
パーティーや仕事の関係で、貴族階級の者が出入りすることはよくあるが、この男はどうも年若い民間人らしい。
将来有望な医学生で、貴重な本がたくさんあるこの館に勉強しに来ている、というのが、今まで何とかしてミツコが集めた情報だった。
「医学は大変だろう。ま、 家でゆっくりしながら文献探しでもしなさい」
「ありがとうございます。 いつも助かっています」
二人の談笑する声が遠ざかっていく。
わざわざ父親本人が出迎えるということは、そうとう気に入られている証だ。
二人の声が聞こえなくなり 、ミツコはペタンと絨毯に座り込んだ。
「楽しそう。どんな人なのかしら」
物腰柔らかい口調に、優しい笑い声。
声は柔和で、年頃の男性らしく落ち着いて いた。
家にはいないタイプの人間に、ミツコは興味を抱く。
きっと、会うことはない。
でも、もしも何か奇跡が起きて、話すことがあったら。
「音羽さんは、こんな私でもあの優しい声で話してく れるのかしら」
まだ見ぬ謎の男に、ミツコはただ一人思いを馳せていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます