1-2
雛鶴家が三番目―ミツコ。
彼女は他の姉達と違い、特異な見た目をしていた。
絹のように透き通った白髪、病的なまでの肌の白さ。
彼女は先天性白皮症―アルビノだった。
「どうして、私だけ」
落ち着いたミツコは、ふらふらと立ち上がると、鏡の前に歩み寄る。
まるで造られた人形のように、美しくも血の気のない少女の顔。
ただ一つ、真っ赤な瞳がその体に血が流れていることを示している。
だが、それも左目だけの話だ。
対になる、右目は―
「潰してから、何年経ったかしら」
右目―緑瞳の義眼の下にある古傷を、そっと撫でる。
過去に一度、ミツコは自殺を図ったことがある。
『自由に生きられない世界なんていらない!こんな世界なんか、見たくない!』
そう言って、目を潰し頸動脈を切ろうとしたのだが、家族に阻止された。
彼女の身を心配してのことではない。
『自殺者なんて出ようものなら、雛鶴家の名に傷がつく』
ただ、それだけの理由だ。
それ以来二度と自殺を図れないようにと、書庫に閉じ込められ、ミツコはさらに自由を失った。
手足の自傷行為は日に日に悪化し、今では包帯が手放せない。
死なせてもらえない、自由に生きることもできない。
生きたままの、飼い殺し状態。
「これは、生きていると言うの……?」
生まれ落ちて十四年、彼女は未だに『生きる意味』を見出せずにいた。
鏡の前でため息をついたミツコは、投げやりな気持ちでその場を離れる。
やることもないのでベッドで寝ようと思ったその時、コンコンとノックの音が聞こえた。
続いて、外から鍵を開ける音。
「失礼します」
声と共にガチャリとドアが開く。
白い髪をピタリと撫でつけた、初老の男。
この館に仕えている執事が、夕食を片手に入ってきた。
「ミツコお嬢様、夕飯のお時間です」
それだけ言うと、食事の乗せられたお盆を机に置いて、さっさと出ていこうとする。
外部との交流は、毎日決まった時間に二回、この執事が食事を運んでくるぐらいだった。
「……ありがとう」
お礼を言うミツコ。
気になることがあって、疑問を口にした。
「貴方はどうして私を虐めないで、ちゃんと食事をくれるの?私のこと、貴方はどう思っているの?」
顔を合わせれば罵詈雑言を浴びせてくる家族と違い、この執事だけは彼女の姿を見ても、驚きもしないし罵りもしない。
家族の反応が当たり前と思っているミツコにとって、それは不思議な反応だった。
「別にどうとも思いません。旦那様から指示されたから―それだけですよ」
振り向いた執事は、これまたあっさりと答えた。
「私はただの執事で、主従関係。仕事をこなすだけ。だから誰かを慕うわけでもありませんし、お嬢様を旦那様方のように卑下することもしません。所詮他人は、他人に過ぎませんから」
ただの仕事、所詮は他人。
突き放すような、素っ気ない返事。
傍から聞けば冷たいと取れるこの発言も、ミツコにとっては優しい言葉の部類だった。
「……ありがとう」
「お嬢様はおかしな人ですね。礼を言われるようなことは、何も言っとらんですよ」
小首を傾げた執事は、「では」と礼をすると扉を閉めた。
再び流れる、一人の時間。
「所詮は他人、ね」
誰もいなくなった部屋で、ミツコは一人呟く。
あの執事には、真心がない。仕事と割り切って、家族にミツコに仕えているのだ。
仕事である以上、仕方の無いことかもしれない。
だが―
「やっぱり、寂しいわ」
家族には罵られ、執事には素っ気なく対応される。ミツコの味方は、誰一人いなかった。
「私の寂しさを埋めてくれる方は……私を、真っ直ぐ見てくれる方は、いつか現れるのかしら」
チラリと机の上に置かれた本に、視線を向ける。
日頃から虐められていた少女が、王子様に見初められて結婚し、幸せになる童話。
ミツコが一番好きな物語だ。
外にほとんど出たことのないミツコにとって、本は世界を教えてくれる友達だった。
「『世界は広い。この世は、夢と愛に溢れている。』―そうだったら、いいな。私もこの子みたいに、幸せになりたいな」
本の一節を呟いたミツコは、そう願いながらニンジンのソテーを口に運ぶ。
すっかり冷めたニンジンは、グニグニとしていて、味気なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます