1-1

日本が、外国諸国に遅れをとるまいと奮闘していた明治大正時代。


この館には、名を聞けば誰もがひれ伏すほどの権力を持った、有名な華族が住んでいた。

外交関係にも口が出せるほどの、有力権者。

誰もが羨み、親しみ、憧れたという。

だが、そんな華族に実は秘密があった。

それは―


「お父様、私は何故、外に出てはいけないの?」


「……」


「お父様、扉の向こうにいるんでしょう? ここから出して!」


「……」


「ねぇお父様! 私、外の光を浴びてみたいのです! 何故お姉様はよくて、私は駄目なの?」


「黙らんか!!」


突如響き渡る男の声。

扉一枚挟んで立っていた少女は、ビクッとした。


「身の程を弁えろ、ミツコ! 一体誰が我が家の『汚点』であるお前を、生かしてやってると思ってるんだ! そこにいられるだけ有難いと思え!!」


「でも、でも私……!」


扉に縋りつき、食い下がる少女。

だが、ドン! と扉を乱暴に叩く音と共に、男の怒気を含んだ声が聞こえてきた。


「いいか、お前は化け物なんだ。そんな姿を人様の前に見せられると思うか! こんな出来損ないがいると世間に知られたら……! お前のわがままで、我が名家の名に一生の傷をつけるつもりか?」


「いえ、そんな、ことは……」


『名家』、『一生』と重い言葉を聞いて、少女の威勢が徐々に失速していく。

追い討ちをかけるように、男がもう一度乱暴に扉を叩いた。


「化け物は化け物らしく、一生そこで密やかに生まれ落ちたことを懺悔してろ!」


「……はい、お父様……」


スリッパの遠ざかる音と共に、静けさが辺りを包む。


「うっ……私、わ、たくし、は……」


扉に寄りかかって、泣き崩れる少女。

その姿は、触れたら壊れてしまいそうなほどに儚く頼りなく、どこまでも白かった。

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