第46話『U高校の卒業式』
須之内写真館・46
『U高校の卒業式』
昼から崩れるという天気予報が気になった。
今日はU高校の卒業式である。
三年生は、須之内写真館の担当ではない。Sスタジオという大手の写真館。でも在校生の代表で、二年生全員が出るので、二年生担当の須之内写真館の直美もカメラ二台をぶら下げ、会場のあちこちで写真を撮っている。
卒業生は、全ての準備が整ってから入場してくるので、Sスタジオは、とりあえず仕事がない。
その分、座席に整列して座っている二年生は撮りほうだいだった。
ギャラリーからロングで十枚ほど撮る。三枚目で杏奈が座っているのに気づいた。もともとチェコとのハーフで目立つ子なのだが、ヒカリ会長のところで住み込みのアイドル修業をし始めてからは、オーラが違う。こうやって、他の子と並ぶとよく分かる。
ただ、本人も自覚しているので、あまり目立たないでおこうという気配りが可愛くもおかしかった。
やがて卒業生たちが『威風堂々』の曲と共に入場してきた。Sスタジオのスタッフが、盛んにシャッターを切る。卒業生たちは、一応キチンとはしているのだが、なんだか違和感を感じた。厳粛さが薄く、どこかだらけた印象を受ける。担当である二年生への思い入れが強いせいかもしれない……と、直美は思った。
「ただ今より、U高校第八十三回卒業式を挙行いたします。一同起立」
教頭の司会で、いよいよ式が始まった。さすがに今のご時世起立しない者はいない。
ただ、職員席に違和感。直美はカメラを動画モードにして撮り始めた。
「あ……」と思った。
職員のうちの何人かが、君が代ではない曲を歌っている。むろん声は聞こえないが、口の動きで分かる。
(千代に八千代に♪)の「ち」のところで、口のかたちが、明らかに「あ」段の口になっている。多分声は出していないのだ、隣の先生も気づいてはいない。三人いることに気づいた。短い君が代の間に三人とも撮った。あとで、こういうことに詳しい祖父ちゃんに見せようと思った。
「卒業証書を授与される者」
その言葉のあと、一人一人の名前が呼ばれ、次々に卒業生が起立していく。
「以上代表、本宮奈々」
この時、二人の生徒が立った。正確には、一人が立ちかけ、戸惑ったように座り、もう一人が堂々と演壇に上がり、校長から代表して、卒業証書を受け取った。
卒業生の空気がおかしい。あちこちで忍び笑いが起こる。教頭が、咳払いで注意すると、少し収まった。しかし、卒業生たちは全体として揺るんだ空気になってしまった。
「本宮奈々」が、演壇を降りたところに、在校生の席から立ち上がり「本宮奈々」に駆け寄る者がいた。
花園杏奈だ。
杏奈は「本宮奈々」に近寄るなり、平手で思い切り張り倒した。
「こんなところで、ふざけないで、伊達玲奈! 先生も総代の顔ぐらい覚えてください! 本宮さん、ここに来てください」
さっき立ちかけた本物の本宮奈々が、オズオズと前に出てきた。
「やり直しましょう」
杏奈は、卒業証書を拾うと、演壇で戸惑い顔の校長に渡した。そして、振り返って、こう言った。
「今の様子をスマホなどで撮った方がいらっしゃいましたら、お願いします。けして動画サイトなどには投稿しないでください。匿名で投稿されても、撮った位置から撮影した人は特定できます。これ以上U高校をおとしめるようなことは慎んでください!」
そう言って杏奈は席に戻り、式は、ようやく厳粛さを取り戻し、粛々と行われた。
「こりゃあ、インターナショナルだな」
うちに戻って、君が代で変な口パクをやっていた職員の映像を、お祖父ちゃんに見せた。祖父の玄蔵は一言の元に断定した。
「U高は腐ってるね」
直美はポツンと言った。そして宋美麗の「中国のリムパック参加について」の質問の答えに、学校名を伏せて、その様子を書き送った。
「ご名答です」の返事が返ってきた。
杏奈の注意にもかかわらず、動画サイトに二本の動画が投稿された。伊達玲奈は卒業を延期され、登校指導の上三月に卒業ということになった。インターナショナルについては、個人名をあげずに校長に連絡だけした。
その夜は、全てを洗い流すかのように冷たい雨が降った。
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