第47話『赤いスィートピー・1』

須之内写真館・47

『赤いスィートピー・1』       



 春を思わせる陽気だった。


 東京の大雪が嘘のようで、それだけで須之内写真館の人々は気持ちが明るくなった。


 直美は担当するU高校の卒業式がさんざんだったので、余計に、この春の予告編のような暖かさが嬉しかった。

 卒業式の後、杏奈に聞いてみた。

「杏奈の態度は、とても立派だった。でも、目立ちすぎて、これから心配なことはないの?」

「いいんです。大概の目にはあってきましたし、四月のデビューに向けて強い自分でもありたかったし」

 しっかりしてきたと思った。U高校については、杏奈だけが希望だった。杏奈が卒業したら、U高校の仕事は断ろうかと直美は思い始めていた。


 そして、昼下がりに、その春めいた陽気を、もう一歩先取りしたような老婦人が写真館にやってきた。


「すみません、この絵といっしょに撮って頂けませんか」

 オフホワイトのスプリングコートを脱ぐと、老婦人は淡いピンクのワンピースで、まるで春の妖精の総元締めのような人だった。

 この歳……多分七十歳ぐらい、で、こうピンクが似合う人もめったにいないだろう。


「ピンクが似合ってらっしゃいますけど、この絵も素敵ですね……赤いスイトピーですか」

「ええ、孫の卒業に合わせて描いてやったんですけど、ちょっと写真も付けてやりたくなりましてね」

「素敵な贈り物ですね。じゃ、そちらのスタジオの方に……」

 直美が、そう促すと、老婦人は、最初から決めていたように、小テーブルの横に掛け、にっこりと微笑んだ。

「じゃ、撮ります……」


 直美は、なにか少し話でもしてほぐれたところで撮ろうと思ったが、その必要は無かった。老婦人は一発で、ドンピシャの笑顔になってくれた。


「じゃ、明日には仕上がりますので」

「そう、じゃあ、お手間ですけど、この絵と一緒に送ってくださるかしら。宛先はこちらです」

 そういうと、老婦人は、料金を支払い宛先のメモを置いて帰っていった。


「この写真は、絵が主役だな」

「え、ちゃんとバランス考えて撮ったんだけど」

 玄蔵祖父ちゃんは、ニヤニヤしていた。

「なんで、スイートピーの絵かわかるか?」

「……春の花だけど、咲くのには、ちょっと早いから……たしか花言葉は『門出』だったわね」

「そうだが、読みが少し浅いなあ」

「ええ……松田聖子の歌にあったわよね、赤いスイートピー」

「イイ線までいったな。もうチョイ……発色はスイートピーの赤に合わせて……そう、そのくらい」

 モニターを見て、玄蔵祖父ちゃんはOKを出した。


「赤いスイートピーというのは、青いバラといっしょで、発売当時の1980年代には無かったんだ」

「へえ、そうなんだ」

「園芸家の人が、曲に惚れ込んで品種改良して、数年前にできたばかり……だったと思う」

「詳しいのね、お祖父ちゃん」

「この仕事は、そういうマメな知識が必要なのさ。直美も、そのうち分かるさ」


 直美は、伝票の宛名にひっかかった。


 伊達玲奈……どこかで聞いたことのある名前だ。


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