第40話『護衛艦 しなの』

須之内写真館・41

『護衛艦 しなの』        



 今度の仕事は乗り気がしない。


 理由は二つ。第一に護衛艦の一般公開の取材であること。直美は自衛隊に偏見はない。知り合いの退官した新島さんなんかは、自衛官としても人間としても尊敬している。だけど、メカとしての自衛隊の装備には興味はなかった。

「メカを撮れるオタクはいくらでもいる。ナオちゃんには人間的な側面から撮ってきて欲しいんだ。キュ-ポラのある街角とか、福島の路上ミュージシャンとか良かったよ。ナオちゃん自身キュ-ポラや、音楽に興味があったわけじゃないだろう。人間的な目線こそが、ナオちゃんの得意分野だろ」

 こう言われては断れない。また、仕事をえり好みできる立場でもない。


 相棒が付いた。鈴木健之助という軍事オタクのカメラマン。


「専門的な絵は、オレが撮るから、ナオちゃんはスナップとるような気楽さで撮ればいいよ」

 ハンドルを握りながら、この一言から、少年とオッサンを足して二で割ったような(けしてオニイサンではない)オタクの講義が始まった。


 『しなの』は『あかぎ型護衛艦』の一番艦。全長270M、26000トンの巨体にオスプレー13機、対潜ヘリ8機搭載のデカ物。ここまでは分かった。アスロックがどうたら、ハープーンのシースキミングがどうたらは、もうお手上げである。


「うわー、大きい!」


 直美の第一声である。子どものように単純。

「こりゃ、『あかぎ』とは別物だな……」

 鈴木のオタク的感想は、直ぐに観察にかかった。

「フェイズドアレーが、微妙に小さい……スペック向上か? スパローの数が多い……まずは甲板の……」

 鈴木は、飛行甲板を手でコツコツ叩いた。

「なに、ノックしてんですか?」

「音がね、『あかぎ』と微妙に違うんよ。ねえ砲雷科の一曹さん」

 鈴木は、近くにいた乗組員に訊ねた。

「そうですか、自分は砲雷科なんで、よく分かりませんが」

 直美は、この一曹さんがとぼけていることは直ぐに分かった。

「カタチは『あかぎ』といっしょだけど、あちこち違いますね。第一の違いは甲板の材質。F35の搭載に耐えられる仕様じゃないんですか?」

「ハハ、そんな高度な装備計画は、わたしみたいなペーペーには分かりませんよ」

 と、ソフトに一曹はごまかした。

「あのオスプレイには、ニックネームとかないんですか?」

 これは、直美の質問。

「ああ、まんまだと『みさご』になるんですけど、我々は『アホウドリ』と呼んでます。上の方からはイメージ悪いって言われてます。みなさんで、なにかいい名前考えていただければいいんですけどね」

「ですよね、今までのヘリよりもうんと安全なんだから、でも、いまだに、ああやって反対する人たちっているんですね」

 鈴木が、波止場に目を向ける。百人ほどのデモ隊が、オスプレイ反対の横断幕を張っていた。反対デモと見学会が同時にできるのは、日本の自由と平和の現れなのかもしれない。A新聞と放送局が、できるだけデモ隊が多く見えるようにカメラワークを工夫しているのが可笑しかった。


 直美は、ここから一人で撮影することにした。鈴木といっしょでは、互いに迷惑になりそうだから。


 甲板の端に目立たない黒いダイビングスーツを着た乗組員がいることに気づいた。素人目でも分かる。万一転落者などが出たら、すぐに対応できるようにしているんだろう。カメラを向けると白い歯を見せて笑った。

「気が付いてくれたんですね」

「そうやって、一日中ですか?」

「いいえ、二直制で交代してます。右舷のブリッジの陰と艦首と艦尾にもいますんで撮ってやってください」

「ええ、そうさせてもらいます」

 直美は、お勧めのフロッグマンを三人撮影。途中広い甲板で駆けっこする子どもたちや、大の字に寝っ転がっているオジサン。端っこの方で、護衛艦をデートスポットにしているアベックなどを抜け目なく撮った。直美は、あくまでも人間観察の目線での撮影である。

 艦載機用のエレベーターにも乗ってみた。思いの外速い。全艦載機を発艦させるのに15分で出来ると聞いて納得。

「今の説明よく聞いた『15分以内』って、言ったんだぜ。実際はもっと早いんだろうなあ」

 気づくと、鈴木がいっしょになっていた。鈴木は、そのまま艦内に入っていったが、直美は、そのまま甲板に上がった。

「あ、A放送だ」

 さっきまで、デモ隊を撮っていたA放送が、取材のために乗艦してきた。


 そのクルーたちに、直美は微妙な違和感を感じた……。



 

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