第37話『キューポラのある街角・1』
須之内写真館・37
『キューポラのある街角・1』
どっちにする?
編集のシゲさんが、山下公園の写真を見ながら言った。
「この氷川丸描いてる爺ちゃんいいね……」
直美が悩んでいる間にも、シゲさんは、掲載する写真を選んでいる。選びながら、次の仕事を振ってくる。プロとは言え器用なもんだ。
「編集の器用さに感心してても、仕事は進まないぜ……」
見透かされたように言うシゲさん。ま、実際その通りだけど。
仕上がった写真を持ってくると、二択の仕事を示された。
一つは、成城にあるお屋敷の取り壊し。もう一つは川口にある古い工場の取り壊し。
「消えゆく昭和」というようなことがコンセプトのようだ。
「昭和ってのは、一筋縄じゃいかない時代だからな……」
「川口にします」
「じゃ、いい絵を頼むよ」
それで川口と決まった。理由は、シゲさんの姿に職人を感じたから。けして良い意味じゃない。
直美の写真なんて、記事の挿絵みたいなもんで、巻頭グラビアなんかになるもんじゃない。印刷も悪く、こうやって実物の写真を持ち込む必要なんかない。メールの添付で十分なんだけど、シゲさんは、自分で焼いた写真を持ってくることを仕事の条件にしている。
最初は無駄なことだと思ったけど、こうやってコミニケーションしながら仕事を進めていくのはいいことだ。今だって、シゲさんの後ろ姿を見ていなければ、成城を選んだだろう。
川口の街は、どこにでもある地方都市だった。
変わったところと言えば駅前にある「働く喜び」という、鋳物工場の男の人が、溶けた鉄を鋳型に流し込む銅像ぐらいのもの……で、直美は思い出した。ここは『キューポラのある街』のロケ地だったことを。
駅前のコーヒー店で荒っぽく予備知識を獲得する。『キューポラのある街』は知っているが、肝心のキューポラが分からない。
――コークスの燃焼熱を利用して鉄を溶かし鋳物の溶湯(ようとう:溶解され液体状になった鉄)を得るためのシャフト型に分類される溶解炉である――
今は電気炉が主流だから、こんなもの無いだろう。今から行くところを除いて……と思ったが、キューポラのカタチそのものが分からない。画像で検索するといろんなカタチがあることが分かった。要は煙突なんだけど、迅速に熱や炎を逃がすため、真ん中や、上部が太くなっているものが多かった。
川口の陸橋を見て記憶が蘇った。
――ここ、映画に出てきたよ。吉永小百合がだれかと話をしながら歩いていたっけ――
映画の記憶もうすぼんやりしたものだったけど、確か、周りは小さな鋳物工場がいっぱいあった。
でも、陸橋から見る分には、その痕跡は無い。典型的な東京のベッドタウン。大きな高層住宅がひしめいていた。
スマホに登録しておいたナビを頼りに現場に向かう
それは、高層住宅街の中に忽然と現れた。キューポラのある街角。
古色蒼然とした町工場。でも、生きてはいなかった。音がまるでしない。工場というのは生き物と同じで何かしらの騒音が、たとえファン一つが回る音でもしているものである。それが、一つもしない。
廃業して解体を待つだけなんだから仕方ない。
すると、工場の引き戸がガタゴト鳴って、中から白髪交じり、作業服のお爺さんが現れた。思わず連写で、昭和の昔から現れたような姿を写した。
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