第30話『レコード大賞 痛っ!』

須之内写真館・30

『レコード大賞 痛っ!』



 今日は朝から大掃除。


 お母さんはおせちの準備。大掃除は直美とお父さんの玄一、オジイチャンの玄蔵の三人でやる。

 大掃除といっても、普段からホコリをを嫌う写真館という仕事なので、中では機材の点検とクリーニング、そしてショーウィンドウの飾り替え……クリスマスの晩に一応やってはあるが、念入りに正月用のサンプル写真に入れ替える。

 スタジオのテレビは時計代わりに点けっぱなし。『アマちゃん』の総集編をやっていたので、観ながらの気楽な大掃除。ただ三人ともカメラマンなので、番組中のカメラワークにはうるさい。

「やっぱ、NHKはカメラを贅沢に使ってんなあ」

「それにしては、ロングの映像が少ない。いや、弱い」

「予算の問題じゃないの?」

「え、あれだけの視聴料とっておいてか?」

 などと、親子三代かまびすしい。


 今日と明日は休みだが、元日からの営業である。今でも、正月に家族写真を撮りたいというお客さんは多く、三日で二十組ほどの予約が入っている。直美は大晦日から元日の写真撮影の仕事が入っている。

 まあ、大掃除にかこつけた息抜きでもある。

 夕方になって、『アマちゃん』が終わる頃には、あらかた終わり、玄一と玄蔵は親子で将棋を始めた。これも年末恒例の須之内写真館のイベントである。


 夕食の鍋を囲みながらテレビを観る。昔はなかった習慣だが、レコード大賞が大晦日から三十日に移ってからは両日観るようになった。

 レコード大賞と紅白を逃さないのは、この写真館が、良くも悪くも昭和を引きずっている証でもある。


「そうだ、今日のレコード大賞は、杏奈と美花も出てるんだよ!」

 直美は、スマホのメールを観て思いだした。

「え、なんか歌うのかい?」

「んなわけないよ。付き人の雑用係だけどね、まあ、会場の空気吸うだけでも勉強だよね」


 それは優秀作品賞の発表で起こった。


 氷川きよしの歌が終わったあと、AKRからディユオで出た大石クララと堀部八重がステージに上がり『秋色ララバイ』を歌ってステージの階段を降りるときに、照明のレーザーが、わずかにズレてクララの目を横切り、一瞬クララは目が見えなくなり足を踏み外した。


「あ……!」


 クララがゆっくりと倒れ、八重を巻き込むようにして階段を転げ落ちた。

 その時、階段下から二人の黒い影が現れてクッションになった。

「あ、杏奈と美花だ!」

 それは一瞬のことで、クララと八重は何事もなかったように自分達の席に戻った。

 二人の笑顔がアップになったあと、一瞬カメラがロングになり、杏奈と美花がスタッフに抱えられるようにしてハケていくのが分かった。


 番組は何事もなく、「EXILEPRIDE~こんな世界を愛するため~」がレコード大賞に選ばれ無事に終わった。


「あの二人、大丈夫かね……」

 オジイチャンがポツンと言った。直美は言葉も無かった……。


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