第22話『正規の副業?』
須之内写真館・22
『正規の副業?』
朝からお祖父ちゃんがソワソワしている。
今日は久々に須之内写真館の正規の副業(?)がある。 南千住の商工会の記念写真……まあ、これは正規の写真館としての仕事だ。二十人ほどの南千住の中小企業の経営者の記念撮影。
その後が副業になる。
なんと、スタジオをそのまま宴会場にしてしまうのだ。
話は『三丁目の夕日』の時代に遡る。
当時、荒川の南千住の工場や商店は活気づいており、商工会の忘年会は、百人以上の参加者で、宴会場を借り切っていた。宴会が始まる前に、まず素面の状態で集合写真。そして宴会中にスナップ写真を撮る。
これが正規の仕事の始まりだった。その後企業の数が減ってしまい、商工会は荒川地区に統合されてしまった。荒川全体としては、商工会の中に写真を生業とした企業もいて、いわば身内で済ますようになった。
で、須之内写真館はお払い箱になったのであるが、一昨年前から南千住のメンバーだけで、別に親睦会という形で忘年会を持つようになった。
これには、少しドラマがある。
南千住の印刷屋の息子が家業を継がずにITの会社を作り、バブルの頃には、一部上場の会社にまで成長。社長である印刷屋の息子は、成城に立派なお屋敷を持つまでになった。しかしバブル崩壊後、競争相手が増えたことや放漫な経営が災いして、あっという間に会社は倒産。息子は尾羽打ちからして実家にもどり、従業員五人の印刷会社の名ばかり専務に落ちぶれた。
その印刷会社も、皮肉なことにIT技術の進歩により仕事が激減。四年前にはカミサンが高校生の娘を連れて離婚。近所では、もう、あそこはダメだと噂された。
ところが、IT会社をやっていた頃の秘書の女性が元社長に働きかけ『NOTION』というネット通販の会社を立ち上げて成功した。で、応援してくれ、支えてくれた南千住の先輩経営者に声を掛け、非公式な親睦会というか町内会の集まりのような結びつきを作った。
そして、四年目の今年、やっと景気も向上し始め、いや、向上させるんだという意気込みで四十年ぶりで忘年会を持つことになった。
「そういや、昔は写真屋に来てもらって記念写真なんか撮ったな!」
仲鉄工のジイサンが思い出し、須之内写真館にご指名がかかったのである。
「それなら、いっそ写真を撮ったあと、うちで忘年会をおやりになったら。会場費がいりませんよ!」
というわけである。
近頃は便利なモノで、場所さえあれば出張で料理から、カラオケのセットまで貸してくれる仕出し屋がある。
「お世話になります」
昼の二時には、準備のためにNOTIONの社長夫人であり専務である秀美さんと仲鉄工のカミサンが揃ってやってきた。
「いや、特に準備なんかはいらんそうですよ」 玄蔵祖父ちゃんは恐縮した。
「ハハ、あたしたちの感覚も新しいんだか古いんだか」
「まあ、話は盛り上がった方がいいですから、昔の商工会の写真でもご覧になって、話題作りでもしておきますか?」
「そうですね。あたしたち、お喋り専門だから、予備知識あったほうがいいわね」
「そうしましょう。直美、二番のロッカーから、南千住商工会の資料出してくれないか」
「これかな……?」
直美が持ってきた記録を見ながら、須之内写真館の面々と南千住のカミサンたちの間で話に花が咲いた。
「まあ、うちの主人、半ズボンのボンボンだわ」
「うちのお祖父ちゃん、まだ髪の毛フサフサだ!」
「ほんと、ご主人そっくり」
「ハハ、この生意気な顔してカメラ構えてんのが、うちのセガレですわ」
「え、オレって、こんなだった?」
「生意気なくらいでなきゃ、稼業は継げませんよ」
直美は、そんな年寄りとオジサンオバサンの話を微笑ましく見ていた。
カランコロンと音がして、店のドアが開いた。
「いらっしゃいませ」
直美が、店に走った。
「こんにちは、ここで南千住商工会の忘年会があるんですよね」
その愛くるしい笑顔は、若手女優の仲まどかであった……!
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