第16話『ルミナリエの写真』

須之内写真館・16

『ルミナリエの写真』        



 須之内写真館には年中飾られている不思議な写真が何枚かある。


「いやあ、まだ、こんなものを掛けてるんですか」


 ショ-ウィンドウをしばらく見ていたおじさんが入ってきたかと思うと照れながら言った。


「やだ、新島さんじゃないですか。おじいちゃん新島さんが来たよ!」

 直美の嬉しそうな声に、ジイチャンの玄蔵と、お父さんがスタジオに顔を出した。

「いやあ、お変わり無く!」

「いや、新島さんこそ!」

「東京に戻られたんですか?」

「ええ、三月で定年なんで、ちょっと無理を言って朝霞に戻してもらいました」

「もう、御定年ですか?」

 新島さんより一つ年上の父が、驚いた顔で聞いた。

「ええ、来年の三月です」


 新島と須之内写真館の付き合いは二十年ほどになる。阪神大震災の時、新島は災害派遣で、父はボランティアで、祖父は写真家の使命感のようなもので、神戸で顔を合わせた。


「いやあ、定年とは思えない面構えをされている」

「恐縮です。施設科なんで、災害救助では、いつも正面。被災者の方と接していると、自然にこうなります。顔ぐらい引き締まっておらんと、あの方達とは向き合えません」

「亡くなった方々には気の毒だが、久々に日本人の生の顔が見られました。夢中で、シャッターを切った……その中で一番の写真が新島さんでした」

「お恥ずかしい。成り立ての分隊長で、まわりが見えておりませんでした。その結果ですよ」


 その写真は、崩れかかる瓦礫の下、子どもを抱きかかえながら目を真っ直ぐに前に向け、口を引き結んで駆けている新島一曹が写っていて、祖父ちゃんが写真展で優秀賞をとった作品だ。


「地震直後に出動準備を整えていました。なかなか出動命令が出ないんで、部隊長が訓練出動にして、たまたま災害に出くわしたというカタチを取らざるをえませんでした」

「あれ、あとで問題になったんですよね」

 父がコーヒーを入れながら肩越しに言った。こういう男同士の話には、直子ごときは、なかなか入れてもらえない。

「訓告になりました。やはり組織としては越権になるようです」

「伊丹や姫路の部隊は夕方になりましたものね。たしか米軍の空母が救助支援を申し出たのを、政府は拒絶したんでしたよね」

「空母を出しておけば、ヘリの中継にも使えたし、消火や救助にずいぶん役に立ったと言うじゃありませんか」

「はあ、しかし東日本大震災には、この教訓は生かせました」

「ああ、TOMODACHI作戦ですね」

「それに、村山首相は、全て現場の指揮に任せてくれました……」

「菅首相は邪魔にしかなりませんでしたからね」


 定年間近とは言え現役自衛官の新島は、ちょっと笑っただけで、同調はしなかった。直美も東北には取材に行ったので、控えめすぎる自衛官の対応には慣れていたが、歯がゆかった。


 直美は思い出した。


 福島で、烹炊車で被災者に暖かい食事を提供したあと、隊員達は冷たい缶詰の赤飯を食べていた。それをA新聞の記者が撮影し「この被災現場で赤飯食うか!」となじった。

「赤飯は、非常食で、消費期限が迫ったものです。期限に余裕があるものは被災者のみなさんのためにとってあります。ご理解ください」

 隊長とおぼしき人が、丁寧に説明していた。

「それにしても、赤飯は非常識だろ!」

 見かねたS新聞の記者が間に入った。いつのまにかA新聞とS新聞の記者のケンカになり、被災者の人たちも遠巻きに、それを見ていた。


「あんた、それでも日本人なの!」


 まだ大学生だった直美は、A新聞の記者を張り倒した。

「くそ、記事にしてやるからな!」

 A新聞が毒づいた。

「いいのか、あんたも、このお嬢さんの腕を引っ張って、ブルゾン破いたんだぞ」

「え……」

 A新聞が黙った。ブルゾンは、その前に破れていたものだったが、マスコミの勝負の仕方というのをまざまざと見せつけられた。


 直美が、そんな思い出にふけっていると、母がいつのまにかお汁粉を出していた。新島は甘党である。母にさえ一歩越されたと思った。


「新島さん、もうちょっと顎を上げてもらえませんか」

 ファインダーを覗きながら、直子が注文をつけた。

「いや、ボクはこれぐらいがいいんです」

 余計なことを言ったと思った。新島准尉は、ひっそりと座っているだけで、十分絵になっていた。

「本当は、家内と二人で撮りたかったんですけどね……」


 新島は、初めて私生活の片鱗を見せた。父と祖父は分かっているようだった。


「ほんと、あの写真、なんとかなりませんか」

 退官記念の写真を撮り終えて、新島は、もう一度言った。

「いやいや、あんなにいいルミナリエの写真、飾らない手はないですよ」

「そうですよ。あの写真は、われわれプロでは撮れません。私どもの戒めとして飾らせてもらいます」

「いやはや、神戸の復興が嬉しくって、それだけで撮っただけなんですがなあ」


 直美は、やっと、年中ショ-ウィンドウに掛けられているルミナリエの写真の意味が分かった。


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