第17話『クリスマスのディスプレー』

須之内写真館・17

『クリスマスのディスプレー』           



「ウワー、こんなのありー!?」


 美花が感嘆の声をあげた。ちょっと言葉の使い方を間違えているが、感動が籠もっている。

 年末恒例のショーウインドウの飾り付けをやっている。

 美花と杏奈が、頼まれもしないのに学校のテストが終わると率先して手伝いにきたのだ。


 二人ともバイトのガールズバー『ボヘミアン』まで居場所がないのだ。


 よかったら、ディスプレーのやり換えするから見においでよ。あらかじめメールはしておいたが示し合わせたように駅で一緒になり、そろってやってきた。

 念のため、杏奈は私立のU高校で、美花は都立のS高。杏奈はテスト最終日。美花はもう一日あるが、三年生なので、開き直っているようだ。ひい婆ちゃんのお葬式が、ついこないだあったばかりで、余計にそうなんだろうと理解した。


 うち(須之内写真館)は、よく飾り換えをやる。商売のためでもあるが、手の器用な親子三代が半ば趣味でやっている。


 今回のテーマはクリスマスだ。


 小さなライトをいくつも仕込み、サンプルの写真が順次浮き立つようにする。上の方にはトナカイに曳かれたサンタのソリが不規則な動きをし、サンタが前を通過したときに写真にライトが灯る仕掛けになっている。

 下の方は、街のディスプレーの間を汽車がライトを点けて走っている。

 そして、極めつけは循環式で降ってくる粉雪の仕掛け。


 全てのディスプレーが決まったあとに電源を入れて、全てが動く仕掛けになっている。


 で、今まさに、電源を入れたところなのである。


 そして美花の「ウワー、こんなの有りー!?」になったわけである。その割には十分ほどで飽きてしまい。スタジオでスマホをいじっている。杏奈はチェコの血が流れているせいか、飽きずに眺めている。似たもの同士のようでも、こういうところで個性の違いが出るから面白い。直美は、本人たちに気づかれないようにその姿を何枚も写真に撮った。


「ウワー、こんなの有りー!?」


 美花が、また叫んだ。でもニュアンスが、先ほどとは違う。

「どうかした?」

「こいつ、うちの国語の教師なんだけど、フェイスブックのプロフ……職業が『劇団アリガ党』になってる!」

「聞いたことあるなあ」

 直子の父がディスプレーの手直しをしながら呟いた。

「そうだ、90年代に若者の劇団活動撮りまくっていた時代に……あった、これだ。プロの劇団になってるね。大したもんだ」

 パソコンで、アリガ党を検索して、一発で出した。

「どうだ、この舞台写真。上手いだろう?」

「写真? お芝居?」

「写真だよ、芝居はそれなりだったけどな。上手く見える瞬間をとらえている」

「あ、こいつだよ滝沢修……ほんとは治って字なんだけどね」

「すごい名前をパクッたもんだな」

 お祖父ちゃんも加わった。

「すごい名前なの?」

「ああ、劇団民芸の看板だった人だ。唐さんの赤テントにも同じ名前の役者がいたけどね。かなり詳しい人だね」

 父と祖父が同じように懐かしそうな顔になっている。美花がなにかやっている。

「なにやってるの?」

「裏サイトに書いてんの。先生は兼職禁止のはずだよ」

「それは、感心しないなあ……」

 お祖父ちゃんが言った。

「どうして、こいつ学校でもヤナやつなの」

「ヤナやつでも、いきなり書き込んじゃな。確かに滝沢さんは軽はずみだけど、ちょっとかわいそうじゃないか」

「そうかな……」

「まず、本人に注意すべきなんだが……」

「話なんか、したくないです」

「じゃ、こうしてごらん」

 祖父ちゃんはサラサラとメモった。


 高校の先生で、社会的にプロ劇団と認知されている劇団に在籍され、中にはSNSの職業欄に劇団名を書かれておられる方がおられます。公務員の兼職は、どこでも厳しい目で見られます。問題化する前に、どうにかされた方が良いと思います。


「これをツイートしてごらん。まずは、これだけでいい」

「こんなので……」

 美花は不承不承、そうツイートした。


「ウワー、すごい!」

 今度は杏奈が声を上げた。

「なによ、こんどは……?」


 覗きに行った直美が驚いた。


 新島准尉のルミナリエの写真が大きなフィルムになって、イルミネーションがチラチラして、とてもきれいだった。


「やったね、お父さん!」

「新島さんの写真がいいからさ」

「あ、ひい婆ちゃん!」

 美花が叫んだ。


 美花のひい婆ちゃんが女先生の姿で、セピア色から白黒に……そしてカラーになったかと思ったら、ニッコリ笑った!


「お父さん、これ!?」

「親父が撮った写真をボツにした笑顔のとダブらせたんだよ。アナログだけど味があるだろ」

 美花の目は潤んでいたが、ひい婆ちゃんの真意を理解するのには、もう少し歳をとらなきゃ……と、直美は思った。


 その夜、遅くにパソコンで検索したら、滝沢修先生の『アリガ党』は、職業ではなく政治思想に変わっていた……。


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