第14話【美花の증조모(ジュンゾモ)・1】 

須之内写真館・14

【美花の증조모(ジュンゾモ)・1】  



「いらっしゃいませ、美花さんのジュンゾモ様」


「よしてくださいよ、ただのバアサンです。美花にとっては難儀なひい婆ちゃんですけど」


 九十六歳とは思えない軽さと明るさで美花のひい婆ちゃんは笑った。


 美花から聞いてひい婆ちゃんが写真を撮りに来たのだ。


 直美はもとより、ジイチャンの玄蔵までが緊張のしまくりだった。なんと言っても在日一世、バリバリの韓国文化を背負ったお年寄りを想像した。日本語がご不自由であってはと、タブレットに韓日翻訳機能を付けさせたり、持たなくてもいい民族的な引け目などでガチガチになっていた。そう、なにより美花の帰化を思いとどまらせた人物である。学校で習った知識やマスコミの情報を無意識に前提として、待ち受けていた。


「お供の方は……」


「わたし一人です……なにか?」

「ひいお祖母様とうけたまわっておりましたので……」

「ハハ、バカは歳をとらないって申しますでしょ。それに付いてこられた日には恥ずかしくって。住所さえ分かっていれば、もう67年も住んでいる東京。どこへだってまいります」


 そこへ、美花からメールが来た。


――そろそろ着きます。ひい婆ちゃん、名前は金美子です。元気そうだけど歳なんでよろしく――


 もう着いてるわよ……そう返事しようかと思ったが、「了解」とだけ打っておいた。

「美花ちゃんが、よろしくって、メール寄こしてきました」

 直美は、スマホの画面ごと見せた。すると美子ひいばあちゃんは、やにわに立ち上がって、ブラインドの隙間から外を窺った。

「どうかなさいましたか?」

「そのメールですよ」

「え……」

「そろそろ着きますで、丸を打ってますでしょ。うちの者がつけてきてるんじゃないかと……いないようですね」

「直美、念のため見にいきなさい。美花ちゃんも一回来ただけだから」

「うん、失礼します」


 大通りまで出たが、それらしい姿は見えなかった。念のためメールを打つと――ひい婆ちゃんだけが行きます――と、返ってきた。


「まあ、今の子は、句読点の打ち方も知らないんですね。これじゃ、打った本人が来る意味になります。お恥ずかしいかぎりです」

 で、孫やひ孫の棚卸しになり、お茶を飲み終わったところで撮影になった。

「ちょっと着替えたいと思いますので」

「あ、どうぞ、こちらで」

 直美は、更衣室へ案内した。


「さぞご立派なチマチョゴリなんだろうな……」

「直美、ライトとレフ板を、心持ち下げてくれ。裾が広がるだろうから」

「うん……OK」


 そして、意外な早さで現れた美子ひい婆ちゃんは、チマチョゴリではなかった……。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る