第13話【優しい水・2】
須之内写真館・13
【優しい水・2】
「な、なんとなく、そう思っただけなんですよ」
サキという子は頬を染めて、そう言った。
ガールズバー『ボヘミアン』で働く女の子は、採用前に面接があり、そこでグラスに半分入った水を見せられる。
「まだ半分残っている」
そういう楽観的な感想をいう子が、オーナーである松岡の好みであった。
「優しい水です……」
サキは、意表を突く答をし、表情が少し暗かったが、採用することに決めた。
「水は、チェコのミネラルウォーターでした。杏奈のことがあったんで、チェコの友人にメールしたら、この水を紹介してくれましてね」
「ハハ、でも、あたしは全然気がつかなかったですけど」
チェコ人とのハーフの杏奈は、実もフタもない答をする。
「うちの子は、総じて元気がいいんです。たいていのお客さんは、それでいいんですけどね。中には、自分と同じようなテンションのサキに安心するお客さんもいるんですよ」
松岡は、タブレットを操作して、サキがシェーカーを振っている写真を見せた。
「オーナー、これはヤダって言ってるでしょ!」
「まあ、専門家に一度みてもらおうよ」
直子は、一目で、その写真……いや、写っているサキが気に入った。
「いいですよ。一見困った風だけど、女の子の健気さがよく出ています。さっきスタジオで撮ったのよりいい!」
「そうですか!?」
「いや、モデルがですよ。写真の腕は……それなりです」
「じゃ、一度、店で直子さんに撮ってもらえないかなあ!?」
どこまでもポジティブな松岡だった。
というわけで、営業中の『ボヘミアン』に出向き、サキや、女の子達の写真を撮ることになった。
「今時の日本の子じゃないわね。竹久夢二の感じだ……」
「ど、どうも……」
直子の呟きが聞こえて、サキはうつむきながら礼を言った。
「サキちゃん、もう決めたの?」
お客の一人が聞いた。サキは困ったような眉のまま笑顔をつくり、フルフル顔を横に振った。
「決めちゃえばいいのに。四世だったら、話は早いよ、自分の経験からもね」
「ひい婆ちゃんがね……」
「ひい婆ちゃんなんか関係ないって。二十一世紀なんだぜ。年寄りの反対なんか聞くことはないよ」
「ううん。反対してくれたら逆に踏み切れたんだけどね」
「え……?」
「この水飲んで、感想聞かして」
サキは、例の水を、お客に勧めた。
「……うん、なんだか優しい味だね」
「だって、杏奈。やっぱチェコの水は優しいんだよ!」
「ありがとう、お客さん!」
杏奈が嬉しそうに言うので、お客も楽しくなり、見るからにハーフ美人の杏奈と話し始めた。サキは洗い物に専念した。
看板近くになって、やっとサキは話してくれた。
彼女の本名は呉美花(オ ミファ)
ひい婆ちゃんの賛成の笑顔に、どうしても寂しさを感じて帰化に踏み切れなかったことを。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます