第12話【優しい水・1】

須之内写真館・12

【優しい水・1】        



 国家秘密保護法案が衆議院を通過した。


 写真という表現芸術を生業としている直子には、少し気がかりだ。


 直子は、年間に数十万枚という写真を撮り、その二割方が世間の目に触れる。毒のないところでは、学校の集合写真や、証明写真。でも、中には何気なく撮った写真が雑誌に紹介され、その写真達の背景にはいろんなモノが写りこんでいる。


 ビルの谷間から空を撮った写真の中に、偶然オスプレイが写りこんでいたこともある。働く女性をテーマに撮った中に、警視庁の司令所で働く女性警官を撮ったこともあるが、ディスプレーを見せた段階で、背後のモニターの一部にボカシを入れるように言われたこともある。

 ただでも、こんな調子なのに国家秘密法案なんかできたら、それこそ直子の写真はクレームがいっぱいつくだろう。下手をすれば、理由も分からず警察に御用かもしれない――そんな心配が頭をよぎる。


「大丈夫じゃないか……」


 読んでいる新聞を後ろから覗き見しながら祖父ちゃんが言った。

「なんで?」

「ここ」

 祖父ちゃんは、小さな囲み記事を指した。


――三原久一、三年ぶりに総理と会見――


 三原久一とは、先日直子が、伝説の『命引き延ばしのライカ』で写真を撮った、元政治記者の評論家で、総理の父親ともケンカしまくっていたという硬骨漢である。

「二本や三本釘を刺しているさ」

 祖父ちゃんは、そういいながら、例のライカを金庫の中にしまった。


 そこに電話がかかってきた。ガールズバー『ボヘミアン』のオーナーである松岡秀和である。


「すみません。割り込みでお願いして」

 松岡は、8人の女の子を連れて恐縮しきりであった。

「いいえ、一組、時間の変更があったので、ちょうど収まりましたから」


 松岡は、店のエントランスに飾る女の子の集合写真と、一人ずつのポートレイトを撮りにきたのである。

 松岡は持ってきたAKBのしっとりした卒業ソングのCDをかけ、女の子全員にまんべんなく声を掛けながら雰囲気を作っていく。手間の掛からないお客である。

「気を悪くしないでくださいね、ちゃんと店のコンセプトが出るような写真にしたいものですから」

「いえいえ、なかなかいい表情引き出してますよ」

 お世辞じゃなく、直子は、そう言いながらシャッターを切った。


 松岡は、媚びるような笑顔は一人もさせなかった。


 適度に自信をもった笑顔にさせている。これは、ここだけのムードでは作れない。松岡自身が普段、女の子達を、どう扱っているかよく現れている。

 取り終わったあと、松岡と直子も入って10人で賑やかに写真を選んだ。

「サキ、どの写真も目がヘタレてる」

 サキという、どうみても日本人の女の子が困った顔をしている。

「そこが、サキらしいんだよ。一見ヘタレていそうで、きちんと自分の世界がある。見る人が見れば分かるよ」

「そっかなあ……」

「そうだよ。苦労人のあたしも思うんだ。自信もっていいよ」

 杏奈まで、生意気に応援する。話の感じから新人と直子は見た。

「ちょっと、ユニークな子なんですよ、サキは」

「また、例のお水半分テストやったんですか」

「もちろん。で、答がふるっていたんですよ」

「え、まだ半分と、もう半分しか以外に答があるんですか?」


 すると、女の子がみんな笑い出した。


「サキはね『優しい水ですね』って言ったんですよ!」

「優しい水……?」


 直子は、不可解を絵にしたような顔になった。すかさず杏奈がシャメった。


 チョコ味のカレーを口にしたような自分の顔に、直子は吹き出してしまった……。


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