第5話『島本理事長の顔色』

須之内写真館・5

『島本理事長の顔色』       



 写真には自信があるが、こういうのは苦手だ。


 だから、単刀直入に本人に当たってみることにした。

 本人とはU高校理事長の島本耕作である。ワンマン理事長として、東京の私学の中では有名。

 ちょうど卒業アルバムの理事長の肖像写真の打ち合わせがあったので、都合がよかった。


「じゃ、こちらのお写真で決めさせていただいて結構ですか?」

「ああ、去年は、震災のこともあってクールビズでやってみたが、もう今年はもとに戻してもいいと思うんだ」

 島本理事長は、校旗を背景にブリトラスーツで決めた写真を選んだ。

 ファッションについては……最低である。

 イギリス留学が長かったということで、あちこちに英国風のこだわりがあり、いま目の前に出されている紅茶も専門店から取り寄せた英国王室御用達のものである。

 正直ブリトラのスーツは似合わない。胴長短足なので、丈の長いブリトラでは余計に足が短く見える。みんな知って居るんだけど、面と向かっては誰も言わない。むろん直美にとっても。U高は、大事なお客さんだ。


「実は、こんな写真がまいりまして……」


 長い自慢話が始まる前に、直美はクラフト紙の封筒を取りだした。松岡が持ち込んだ写真だ。

 マンマでは直美自身が疑われるのではないかと、改めて別の封筒に入れ直し、須之内写真館宛の速達にしてある。投函はわざわざ千代田区のポストからした。千代田区の消印なら、国会や議員宿舎も、大企業も多くあり、想像力が膨らむ。


「……これは!?」


 ブリトラが、椅子から五センチほどとびあがった。

 それだけショッキングな写真である。


 島本理事長が、ガールズバーの女の子をお持ち帰りして、ホテルに入っていくところがしっかり写っている。五枚目の下には、どうやって撮ったのか、まさに行為の真っ最中の写真が入っていた。

「悪質な合成写真だと思うんですが」

「合成写真?」

「はい、良くできていますが、理事長先生は、こんなにお腹が出てらっしゃいませんし、おみ足も、もっと長いと思うんです」

「そ、そうだよ。顔はともかく、体は別人だ」

「表情もよく選ばれていますね。おそらく、この恍惚としたお顔は、クシャミをなさる寸前の写真から抜いてきたものだと思うんです」

「そ、そうだよ、クシャミをなさる寸前てのは、こんな顔になるもんだよ」


「あら、こんな小さな写真が……」


 直美は、封筒の中味を確認するようにして、サービスサイズの写真を出した。そこにはティッシュ配りの杏奈と、お持ち帰りの女の子を上手く外した理事長の横顔が写り混んでいた。

「あ……」

「……あ、この子、この一学期までいた杏奈って子ですね」

「よく知ってるね」

「この子、集合写真の中でも栄えるんです。合格発表の時にポートレート撮って表情の良い子だと思ったんで、入学案内の写真に使いましたから。先生もご存じですよね……これは、ガールズバーのティッシュ配りですかね……先生、お気づきになったんですか。心当たりがあるようなご様子でしたが?」

「渋谷を道玄坂の方に行こうとして見つけてしまったんですよ。風俗のバイトは見過ごせませんからね」

「退学になったんですか?」

「え……」

「修学旅行で、見かけなかったもんですので」


 理事長は、せわしなく足を組み替え、目が泳いだ。


 その後は、簡単だった。例の佐伯先生が呼ばれて、佐伯先生が停学と退学を間違えて聞いてしまったことになった。直ぐに杏奈のお父さんに電話して、佐伯先生が平謝りすることで幕が降りた。


「なんでしたら、合成の分析やってみましょうか。警察に届けた方が……」

「い、いや、それには及びません。ハハ、こういう立場におるといろいろありますよ、ワハハハ」


 その夜は、杏奈はバイトを休み、須之内写真館のスタジオで、ささやかな復学パーティーをやってもらった。


「あの理事長は、いろんなところに顔が利きましてね。仕事上逆らうわけにはいかなかったんです。すまなかったな、杏奈」

 杏奈のお父さんが頭を下げた。

「いいよ、お父さん。もう片づいたことなんだから」

「修学旅行にも、行かせてやれなかった」

「いいったら。もうちょっと大きくなったら、自分の甲斐性で行ってくるから」

 杏奈は、本来の明るさを取り戻していた。

「しかし、松岡さん、いったい何者なの?」

「ただのガールズバーの親父ですよ。直美さんこそ、ラッキーフォトじゃないですか。ここで写真撮って、杏奈の運命が回り始めたんだから」

「まあ、お上手ね」


 ま、結果良ければ全てよし。素直に喜んでおいた直美であった。


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