第4話【杏奈の告白・2】
須之内写真館・4
【杏奈の告白・2】
この人の明るさは生まれつきだと思った。
松岡の話は、杏奈のことにしろ、その背景や事情にしろ、なんだか子どもが秘密の話やイタズラに熱中するような無邪気さがある。
「最初は、親父のヒガミだと思ってたんです。ハハ、一度心理テストをしてやったんですよ……ちょいと失礼。給湯室りますね」
松岡は、飲み干した湯飲みを給湯室に持っていき、水を満たして持ってきた。
初対面でここまでやって違和感がないのは、人徳か……よほどの無神経だろう。
「ここに、湯飲みにちょうど半分の水が入っています。これをどう評価しますか?」
「はあ……湯飲みに半分の水が入っている」
「なるほど……杏奈は、どうだった?」
「まだ、半分残ってる」
「この言葉で、杏奈をバイトに採用したんです。親父は、こう言いました……もう半分しかない」
「フフ、分かり易いテストですね」
「親父は経済的には恵まれていましたが、精神的には苦労したようです。ジイサンもバアサンも厳しい人でしたから」
「確か、お祖母様がアメリカの方なんですよね」
「ええ、サウスダコタの出です。ヤンキー魂バリバリのバアサンです。で、ジイサンがバリバリのヤマト男の子。両方から仕込まれ、学校じゃハーフは、まだ市民権が無い時代でしたから。でも須之内さん……言いにくいな。直美さんでいいですか?」
「ええ、もちろん」
「直美さんの反応は珍しいんですよ。半分の水が入っている……これは、とても客観的なとらえ方です」
「うーん、写真やってるからですかね?」
「素敵な写真家だと思ってます。八百人の生徒が居るのに杏奈のこと覚えていてくださったんですから」
「それは、杏奈ちゃんの魅力です」
「ボクは、心理テストで確信したけど、直美さんはファインダー覗いただけで分かっちゃうんだからエライ!」
ここから話は核心に入った。
「実は、杏奈がうちでバイトしてることをU高の偉い先生に見つかってしまいましてね」
「それで退学、ひょっとして……?」
「うちはガールズバーですが、渋谷じゃ一番健全です。ハーフで困っている子を優先的に雇っています。まあ、それを売りにもしてるんですがね。渋谷のような激戦区じゃ、なにかオンリーワンの特徴もちませんとね」
「写真も似てますね。うまいだけの写真じゃだめなんです……で、杏奈ちゃんはそれだけのことで?」
「実は、その偉い先生、お持ち帰りの途中だったんですよ」
「お持ち帰りって……!?」
「そう、直美さんが想像したような意味です」
「わたし、いっしょに居てる女の子が、そんなだとは思わなかったんです。ボヘミアンはしっかりしたお店で、あたしたちティッシュ配りにも、ちゃんとガードが付いてるくらいなんです。そのガードの人が注意したんです」
「その日は警察の取り締まりがきつい日でしてね。連れていた女の子はマークされていました。それをうちのが、こそっと教えたんですよ『**ちゃん。今日はヤバイよ』それで女の子はお見送りしただけで、店に帰りました」
「そのとき、その女の子がすごく馴れ馴れしく『あんたもがんばってね』て言って肩叩いて行ったんです」
「八つ当たりですわ。うちのガードに当たるわけにもいきませんし、杏奈を同じように見せることで店と、杏奈の評判を落としたかったんでしょう。真に受けたのはU高の先生だけです。張ってた私服は苦笑いしてましたからね」
「念を押したあたしも、バカなんです『あたし、何も知りませんから』って」
「まあ、こういう子ですから、穏やかに言ったようですが、その先生には威嚇と取られたようですね」
「で、明くる日、呼び出されました。風俗のアルバイトは著しく学校の名誉を傷つける。自主退学してくれたまえって」
「で、まあ、ちょっとイタズラ半分で。全ては、わたしの責任です」
それから世間話をちょこっとして、杏奈の制服姿の記念写真を撮った。松岡は、ディスプレーになっている古いカメラやマグネシウムのフラッシュを子どもみたいに喜んで見ていた。
「あ、これ、心理テストの続きです」
そう言って二枚の風景写真を袋に入れて置いていった。
「どっちが好きか、今度教えてください」
あとで、袋を開けると、心理テストの他に、心臓が止まりそうな写真が混じっていた。
直美が、その写真をどう使うか試しているように思えた……。
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