第3話【杏奈の告白・1】
須之内写真館・3
【杏奈の告白・1】
「花園さん……」
直美は杏奈の苗字で声をかけた。
杏奈はビックリして、斜め後ろを見た。
「前向いたままでいいわ」
斜め後ろに回った直美を一瞬見た杏奈だが、直美の言葉に従い前を向いて、ティッシュを配り始めた。
「今夜、何時でもいい。うちの写真館に来て」
それだけ言うと、直美は、暮れなずむ渋谷の空と人々の喧噪のコントラストを何枚か撮って家路についた。
「らしくない、名前ね……」
そう呟きながら直美はティッシュにプリントされていたガールズバー『ボヘミアン』を検索した。
――落ち着いた雰囲気の中で、ひとときのボヘミアンになってみませんか――
ガールズバーらしくないキャッチコピー、店内も東欧の田舎のパブを連想させるような作りになっており、バーテンの女の子たちはハーフと思われるような笑顔で並んでいた。
一人一人、拡大してみたが杏奈と思われるような子はいなかった。
「ティッシュ配ってるだけ……?」
直美には、杏奈の店でのポジションがよく分からなかった。
裏サイトも見てみた。この店に限っては、お持ち帰りなどの風俗に流れているような情報は無かった。
珍しく、オーナーの写真が載っていた。
松岡秀一……ひいき目に見ても、普通の顔で、港区あたりの大企業に間違って入社し、定年まで平社員の地位を不動にしたアンチャンのように見えた。
「……松岡秀のセガレじゃねえか」
いつのまにか、後ろに来たジイチャンが言った。
「松岡秀?」
「ああ、三代前、この秀一ってやつのジイサンだが、戦後、政界の裏で、いろいろあったやつさ。たしか嫁さんはアメリカ人だから、この秀一はクォーターだと思う」
そう言われれば、目鼻立ちにそれらしい感じがしないでもない。
「ああ……だから、港区の大企業想像しちゃったんだ」
「まだ、寝ないのか?」
「うん、人が来るの待ってるの」
「寝不足は目のレンズを曇らせちまうからな、適当なところでな……」
「うん」
「じゃ、お先……」
ジイチャンが背中で言って奥にひっこんだ。
それから、十分ほどして店の戸が静かに開いた。
「あ、あなたは……」
杏奈が、オーナーの松岡といっしょに入ってきた。杏奈はU高の制服を着ていた。
「どうも、ご迷惑をおかけしました」
バリトンのいい声で松岡が口を開いた。
「あの写真のミステリーは、わたしなんです」
二言目で、直美は頭が混乱した。
「杏奈は、修学旅行の旅費を稼ぐために、うちでバイトしていたんです」
ほうじ茶をおいしそうに飲みながら松岡が続けた。
「チェコ……どうしても行きたかったんです。プラハは母の古里だし」
杏奈は、ほうじ茶の湯飲みで手と心を温めるようにしながら言った。
話の中身は驚くものばかりだった。
あの写真は、松岡の合成写真だった。
夕方になると、松岡の娘に杏奈の制服を着せ、写真を合成したものと張り替えていた。写真には、特殊な加工がされていて、照明が蛍光灯だけになると、杏奈の姿が浮かび上がるしかけになっている。
印画紙は、あらかじめ下調べをして、直美の写真館と同じものを使用。感度のいいカメラで写真を写したので、チョット目には直美でも分からない。
「でも、なんで、こんな事を……」
「杏奈をU高校に戻してやりたいんです」
それから、松岡と杏奈の話は、もっと驚きに満ちたものになっていった……。
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