第6話【チェコストーンのドレス・1】

須之内写真館・6

【チェコストーンのドレス・1】       



 それはチェコストーンの胸飾りの付いた青いドレスだった。


 杏奈のお父さんは、恥ずかしそうにドレスを広げた。

「まあ、なんて素敵なドレス!」

「……ネットで偶然見つけたんです」

 お父さんは、顔を上気させながら、この青いドレスについて語り始めた。


 1992年に、チェコがスロバキアと分離したときに、お父さんはアパレルの仕事でチェコに居た。

 当時「ビロード離婚」と言われた、チェコとスロバキアとの分離は、その名の通り、ほぼ平穏に終わった。そして、ささやかではあるが独立のセレモニーが、あちこちで行われ、その一つが杏奈の母エミーリアがモデルとして出ていたクラシックドレスのファッションショ-だった。


 そこで、エミーリアが着ていたのが、この青いセミクラシックなドレスだ。


 買い付けようとしたが、とても手の出せる品物ではなく、せめてレプリカが作れないかと主催者に頼んだ。しかし、それも許可されず、廊下で佇んでいると、ドレスを着たエミーリアが廊下に出てきて、こう言った。

「いまチャンスよ。写真撮りまくって!」

 エミーリアは、ステージの印象とはまるっきり違ってお茶目な子であった。

「もし、レプリカを作るんなら、わたしにも一着作ってくれない?」

 

 これが縁で二人の中は次第に近くなり、杏奈の父もプラハでアパートを借りて、仕事と勉強をするようになった。

 レプリカの話は、商売敵から話が漏れてしまい、デザインを変えざるを得なかった。

「こんなものしか出来なかった」

 ストーンの色も胸のあたりのデザインも変えざるを得なかった。

「いいわよ、ジュンが、心をこめて作ってくれたんだから」

 

 あとで、モデル仲間から聞いて分かった。あのドレスは、エミーリアの祖母が着ていたもので、家族を早くに亡くしたエミーリアには特別な思いがあるものだった。

 そこで父の順は、1/2のレプリカを作り、友だちの人形師に写真をもとにエミーリアの祖母の人形を作ってもらい、それを着せてエミーリアに送った。


 そして、二人は半年の後に結婚し、一年後には杏奈が生まれた。


 その後、杏奈が、ようやく歩けるようになったころ、移動中のバスの事故でエミーリアは亡くなってしまった。そして、杏奈は父に連れられて日本にやってきて、母によく似た娘に成長した……。


「杏奈、もうちょっと顎ひいて」

「こうですか……」

「そう、ちょっと微笑んでみて。バカ、口開けんじゃないの。微笑んで……それじゃ、まるで歯痛を我慢してるみたいよ!」

「難しいなあ~」

 杏奈にドレスを着せて写真を撮っている。

 自然な表情が欲しいので、杏奈にはドレスの由来は言っていない。父の順も仕事でいない。リラックスした雰囲気で撮影している。


 そして、その瞬間が訪れた。絶好のシャッターチャンス!


「そう、そのままフワリと回って!」

 すると、連写のカメラが停まってしまった。

「あれ……」


 カメラのファインダーに写っているのは、母のエミーリアそのものだった……。


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