第一章9  『想いを胸に』

 洋服店にて、美少女二人によるプチファッションショー。

 互いに数回試着しただけで、その容姿故に立ち止まる人続出。

 モデルだと勘違いされては、写真に収めようという者がいたり。

 長居は無用ということで、二人に一番似合っていたものだけを選出して退散した。


 それからというもの、名所という名所を回っては、和やかな空気がより一層場を盛り上げていた。

 恋愛映画を見ては、夢中になっているアオの横顔に見入り、その頬に涙が伝っていて。

さりげなくその手に触れようとすれば、反対の手をレイにさりげなく抓られたり。


 水族館にて、ガラス越しに白イルカを眺めては、微笑みを零すアオが絵になり。

 レイはと言えば、ガラス張りのトンネルでレイに手を振るダンディな白クマがいたり。

 ペンギンの行進という催しものでレイの周りをペンギンが囲って行進しなかったり。

 レイがイルカショーで笛を使わずにイルカを操ったり。

 アシカショーで首めがけて、レイが輪を投げれば見事にキャッチして、異常な速度の拍手をアシカが行っていたり。

 異様に動物にモテるレイだった。


 カラオケではハープのような歌声を持つレイが楽々90点を超え、アオも負けじとしっとりとした綺麗な声で熱唱していた。

 自分はと言えば、高音低音問わず歌っては80点台を行ったり来たりしていた。


 おなかがすいたということで、ファストフード店にてお昼を挟んでは、レイから「あ~ん」とフライドポテトを一本差し出され、その笑顔に負けて食べれば、対抗するようにアオからも「あ~ん」が飛んできて。

 何気に「あ~ん」のお返しをさせられるという、役得のせいかお腹はいっぱいだった。


 食後ということで、身体を動かすことにした午後。

 ボーリングにてアオが初めてだということで教えながらにやってみれば、物凄い上達の速さでスコアボードに200という数値がたたき出され。

 レイも意外にド下手ということで教えてみれば、完璧なフォームでストライクを連発しては、容赦なくアオを叩き潰し、下手というのが教えを請いたいがための演技という、なんとも可愛い嘘が発覚していた。


 バッティングセンターでは、アオは80キロで空振りを繰り返し、レイは130キロを5連続ホームランにして。

 こちらは男ということで150キロに挑戦し、バットに当てることはできてもホームランとまではいかず。

 それでも男の威厳は守れたということで、内心良しとしていた。


 中をある程度満喫し、外へと出ると隣の遊園地へと向かい、コーヒーカップや絶叫マシンを堪能し、アイスクリームを食べたり、クレープを食べたり、メリーゴーランドに乗るアオに手を振ったり。


 怖いと有名なお化け屋敷に入っては、凝った造りだというのに、アオもレイも怖がることなくゴールを迎え、何故だか味気ない空気を一人噛み締めていた。


 そうやって、時刻はあっという間に過ぎて、夕方になり、


「わぁ……綺麗~」


 遊園地最後の砦、観覧車へと乗って、今日はお開きということになった。


「ふふ」


 絶え間ないアオの笑み。

 レイも大人びた微笑を浮かべ続け、二人とも心置きなく楽しんだご様子。


「クロは、楽しかったですか?」


 景色を眺め、ふと聞かれる感想。


「ああ……うん、楽しかったよ」


 女の子と乗る観覧車は久しぶりで、あの頃を思い出させる。

 気まずさ故に窓の外へと視線を逸らしてしまう。


「……覚悟は、できましたか?」


 気を使っているのか、慎重にものを訪ねる姿はどこか暗い。

 反射越しに見るレイは目を閉じて会話をこちらに委ねている。


「うん……」


 そのためゆっくりと相槌を打てば、


「そうですか」


 静かにアオは安堵していた。



「―――」



 沈む夕日に照らされながら、その微笑みが『彼女』と重なる。

 狼狽えそうになるほどに。



 こちらを横目にするレイの存在など、知りもしないで――。


 

      ※



 暗闇の中、ベッドに横になり、天井を眺める。

 ただぼんやりと眺めては、起き上がって月夜に照らされる部屋を見渡す。


 どれだけ何を眺めても、脳裏に蘇るこびり付いた後悔。

 静かな時が流れながら、アオの言葉を思い出す。



「―――」



 ふと目を落とした左腕。



 手首に装着されたリストバンド――『RMI《リメイ》・ミニマム』。



 その青いボタンへと視線は集中する。

 ふとして窓へと目を移し、月明かりに照らされていた彼女の影がちらつく。

 先ほどまであったその存在を脳裏に過ぎらせながら、思考を巡らせる。



「俺は――」


 

      ※



 ――数分前。



 長いようであっという間だったデートを終え、『蒼の神殿』へと戻った一同。

 辺りはすっかり夜となり、星が輝き始めている。


 そんな中、持ち上げられた会話は、重たい話。


「……クロは、『感情を消す』で、いいんですよね?」


 窓辺に佇むアオ。

 その表情を伺うことなく、迷いなき返答をする。


「ああ」


 最初から、覚悟は決まっていた。

 平然と死を選ぶような人間なのだ。

 『真蒼黒竜』という男は。


 芯は強いようで何度も揺らいでいる。

 弱さと強さを兼ね備えた情緒不安定の輩。

 変人よりの凡人。


「クロ」


 静かな空間に響く呼び声。

 その小さな声に耳を傾け続ける。


「感情がないのは、虚しいことですよ」


 顔が見えなくてもわかる。

 アオは今、悲しんでいる。


 声色が変わらなくとも、どれだけ平然としていようと。

 心の中で悲しんでくれている。


「知ってる」


 勘違いであればいいのにと、何度も思う。

 人の気持ちを察することができるのに、それを無視して突き進む。

 間違っているとわかっていても、我が道を行こうとする。


 自分らしくあるために。

 意固地になりながら。



「―――」



 振り返った彼女。

 困り気に微笑む姿から、



 ――『本当に、変わりませんね』



 何故か、そう言われている気がした。


「……『Delete《デリート》』」


 再度、窓の外へと目を移し、アオはぼそりと呟く。

 そこに疑問符を上げれば、ゆっくりと説明していく。


「後悔には種類があります。一つは『やり直したい』というパラレルワールドの想像。そこからできたシステム『AGAIN』。それとは別にもう一つ。消極的な想いから生まれた選択肢『Delete《デリート》』。『Delete《デリート》』は感情を消すこともできれば、後悔自体を無に帰すことも、あったことをなかったことにすることだってできるのです。記憶だって、ちょちょいのちょいです」


 遠くを見つめる瞳は、空虚な眼差し。

 何を考えているのかは、まるで読めない。


「『Delete《デリート》』は、『RMI《リメイ》・ミニマム』の青いボタンを押せばできます」


 その言葉を耳に『RMI《リメイ》・ミニマム』を注目すれば、横にそれらしきボタンを見つける。

 そしてアオはそれ以上、何も言わずに立ち去っていく。


 離れていく背中は、どこか寂しそうに見えた。



      ※



 そして広がる静寂。

 アオに申し訳なさを覚えながら、当初の目的を思い出す。


 自分は何のためにここにいるのかと。


 だから迷いを振り払い、自分の気持ちを押し切って。

 容赦なく、青のボタンを押す。


 何も感じることのない心を。

 本当の『無感』を目指して。


 この苦しみとお別れするべく。

 感情を消し去る。


 そうやって、全てが抜き取られていくような感覚に見舞われながら、茫然と時は過ぎていった。


 秘かにドア越しに佇む誰かに、気づくことなくして。

 離れていく足音だけが、耳に届いていた。


 それがレイだと知ったのは、『Delete《デリート》』後のことだった。



      ※



「はぁ……」


 月夜が世を照らす中、一人自室でため息を零す。

 今はベッドの上で縮こまっていたい気分だった。


 腕の中に顔を埋めては、頭の中には彼のことでいっぱいで。

 浸り込むように考え込んでしまう。


「クロ……」


 その彼の名前を読んでは、気持ちが沈む。

 とても、大好きな人の名前だというのに。

 今は喜びよりも、心配や不安などの感情が勝っていて。



 ――『感情を消したい』だなんて。



 ますます彼は、『彼』に似てきている。

 また何度目の同じ道を歩もうとしている。


 繰り返される悲劇。

 今度は違うのだとわかっていても、道の分岐に差し掛かると否が応でも気にしてしまう。



 良くも悪くも、どこまで行っても彼は彼なのだと――。



「――アオ」



 ふと、扉の向こうからレイの呼ぶ声がする。

 片方開放されたドアから、ゆっくりと現れては表情は暗く。


 黙然と『付いて来なさい』という首振りがあり、疑問符を浮かべながらベッドから降り、大人しく付いて行けば、着いたのはクロのいる部屋で。


 部屋の中を覗けば、窓の外を眺めるクロがいて。

 その佇まいに少し、違和感を覚えた。


「クロ……?」


 そっと彼の名前を口にすれば、こちらへと振り返って。

 いつも以上に無表情な姿が、そこにはあった。


「……っ」


 わかっていた、ことだった。

 感情を消し去り、何も感じない心を手に入れた。


 『Delete《デリート》』をした、ということだった。



「―――」



 取り繕った笑み。

 彼の作る笑顔が、こんなにも空虚なものになるとは。

 とても、悲しいことだ。



 ――それでも、



 どんな姿でも、彼は彼なのだと。

 そう言い聞かせては、彼の頬に手を触れる。


 彼が大好きだと言ってくれた笑顔を添えて。

 苦虫を噛み締める思いで今を受け止める。

 零れそうになる涙を我慢する。


「アオ」


「……何ですか?」


 名前を呼ばれて反応し、顔を上げれば、


「ごめん」


 突然の謝罪が飛んできていた。


「どうして、謝るんですか……?」


 それが何故だか分からなくて。

 彼は目を逸らして、申し訳なさそうにする。


「アオの言ったこと、わかった気がするよ」


 俯き気味の薄い微笑。

 少しでも気持ちが伝わるようにという配慮。


「感情がないって、本当に虚しいな」


 いつもの笑み。

 優しく、悲しげに。


 感情を失っても、変わらないモノがあるのだと。

 それが知れただけでも、救われる。


「でも、後悔はしてないよ」


 決意のある眼差し。


「自分で決めた、ことだから」


 言葉を紡いでは、優しい声で語りかけてくる。


 悶える姿。切ない笑顔。

 そうやって、彼と同じように笑って誤魔化すことしかできなかった。


 喜びと悲しみ。

 何度味わっても、慣れる気がしない。


 彼もまた『彼』なのだと。

 複雑にも、そう思わされていたから。



      ※



 ――翌日。



 薄暗い廊下を渡りながら、歩く三人。


「クロ……気分はどうですか?」


 しんみりとした空気は相変わらずして、アオは口を開く。


 今までなら多少なりとも何かを感じていたのに、『Delete《デリート》』を行ってからは何も感じられず。


 常に冷静。常に平然。

 理想の姿を手に入れたはずなのに喜びはなく。

 ただひたすらに揺らぐことのない『無』だけが、胸の中に広がっていた。


「ああ……何とも言い難い」


 言葉にするのも難しい。


 満ち足りた虚無感。

 真に孤独を知っているモノにならわかる感覚。


 変わってないモノがあるとすれば、全てに対する興味の無さ。

 そんな無関心さだけ。



「―――」



 薄く、アオは困ったように微笑む。

 その表情を見ても、何も思えない。


 理解はできても、何も感じてはいない。

 本当に、虚しい姿だ。


「着きましたよ」


 ふとレイの声が聞こえ、顔を上げれば二度目の門が目に映る。

 今更に気づいた、真っ白な空間。

 蒼の神殿内は所々、眩しいくらいに清潔感溢れる白が広がっている。



 そこにエメラルド色の蛍光線が入っていて――。



 今だから気づけた事実。

 前回は初陣故にそんな余裕はなかった。



 けれど、やっぱり――。



 ただそうなのだと思うばかりで、何とも思えない。

 無感動な時ばかりが過ぎていく。


「クロ」


「……ああ」


 アオは早くも準備を終えて、目で訴えかけていた。

 レイも前回同様、壁に背を預けていて。

 それぞれが自然と定位置に着いていることに不思議と頬が緩んでいた。


「……クロ」


「何だ?」


「クロの後悔は、これからが本番です」


「ああ……」


 アオの言葉に改めて考え深く思う。


 これから起こるのは、耐え難い絶望。

 それをまた、味わおうというのだから。

 自分の気が知れない。


「だから……」


 一度口を噤み、アオは目を逸らす。

 意を決して口を開いたかと思えば、


「無理、しないでくださいね……?」


「……」


 取り繕った笑み。

 ぎこちなさ過ぎて、逆にこっちが心配になる。

 それほどに辛苦に耐える姿だった。



 ――だから、



「……っ」


 今度はこっちから、勇気を分け与えてあげたくて。

 彼女をギュッと、抱きしめていた。


「アオ」


 彼女に伝えたい。

 この気持ちを。この想いを。



 ――けれど、



 今言ってしまえば、離れられなくなってしまう。

 何より、今の自分は彼女に相応しくない。



 だから、今は――。



 彼女から離れ、見つめ合う。

 目の前にあるのは、唖然と立ち尽くすアオの姿。

 そこに優しく微笑んで、確かな気持ちを口にする。


「帰ったら、聞いてほしい話があるんだ」


 『Delete《デリート》』しても変わらなかったモノ。


 それは誰かに対する想いをちゃんと覚えているということ。

 何も感じなくとも、心がなくても、大切なモノは絶えず胸の中に残っている。

 変わらないモノが確かに残っている。


 それを伝える。

 そんな楽しみが待っていたら、『あれ』を乗り越えられるんじゃないかと。


 そう思えていた。


「それじゃあ……」


 ゆっくりと口を開き、徐々にアオの頬が緩んでいく。

 瞼は自然と下ろされて、顔色が薄く朱色に染まる。



 それは正しく――。



「楽しみに待っていますね!」


 察しているのか、いないのか。

 アオは満面の笑みで答えてくれていた。

 そこにレイは笑みを零し、自分は自然と安堵していた。



「―――」



 扉が解放されて行き、白い光が辺りを照らす。


 その瞬間の中、何度もリフレインする光景。

 先ほど見たアオの笑顔が、堪らなく忘れられない。

 何も感じないはずなのに、頬が綻ぶ。


 一歩、一歩と歩みだし、光の中へと進んでいく。

 ここへ来てほんの数日しか過ぎていないのに、頭の中を彼女が埋め尽くす。

 幾度となく見せてくれた笑顔ばかりが蘇る。


 そんな中でも一番に輝いていたのは、やはり先ほど見たモノで。

 それが焼き付いて離れない。離れるはずがない。



 ――だって、



 今まで同様、もしくはそれ以上に眩しい。



 心の底からの、笑顔だったのだから――。


 

      ※


「―――」



 彼を見送り、閉まった扉を前に立ち尽くす。

 今までは、今にも倒れそうな彼が心配で仕方がなかったはずなのに。


 今は帰りが待ち遠しくて仕方がない。

 自然と頬が緩んでしまう。


 彼はきっと大丈夫だと。

 不思議とそんな気持ちが湧いて出ていた。


「……?」


 すると何故だか、軽く嘆息するレイがいて。

 小首を傾げれば、困ったように苦笑して。

 遠くを見つめては、何も言わずに監視室へと入っていく。


 だから自分もと思い、そっとゲートを一瞥して、後へと続いた。


 彼の帰還を楽しみに。

 その想いを手放さずに。

 そんな余韻に浸りながら、何かの前兆を感じる。


 これはまだ、序章。

 後悔を無くし終わった時、彼の冒険が始まる時。


 いくつもの真実が、彼の行く末を阻んでいる。

 その全てに手を付けた時、彼は一体何を思うのか。


 それは誰も知りえぬ未来の話。


「今度は、上手くいきますよね?」


 全てを手にした『彼』へと呟く独り言。

 『彼』が何を考えているのかはわからないけれど、信じて待つのが自分の勤め。



「――クロ」



 『彼』の名前は真蒼黒竜まそうくろう



 13の世界を束ねる人ならざるモノーーすなわち神。



 これは、彼と『彼』が繋ぐ物語。

 あらゆる真実が交錯する、長い長い英雄譚。


 その始まりを感じながら、踏みしめ歩んでいく。

 それを見届ける存在。


 それが『インディゴ』という名を付けられた『アオ』という少女の役目。

 『彼』と交わした、彼との約束。



 ――私は常に、あなたと共に。



 そうやって、彼の物語は始まっていく。

 たくさんの真実に導かれ、誰に染まるでもない自分だけの道を。


「待っていますからね」


 ただひたすらに待ち続ける。

 幾千の時が過ぎようと、彼を想い続ける。



「――クロ」



 終わりなき真実たびじを。



 いつか知る、その時が来るまで――。


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