60

 夕食には、コウが絶賛していた野菜のお浸しが並べられていた。

 コウの言った通り、巫女達も喜んで食べている。いつもより、明るい食卓だ。

 そんな光景を見つめるマヤ様の顔も、心なしかいつもより緩んでいる。その隣りに座っている副代表は、無表情で箸を運ばせていた。


 恐ろしい人だ! 呪いの術を掛けながらも普通に食事ができるなんて、とても人間とは思えない。


 私の視線を感じたのか、副代表がこちらをジロリと見た。


 うわっ……。

 思いきり、目が合ってしまう。


「スヨン! 見過ぎよっ」


 コウが、小声で忠告してきた。

 慌てて箸を手に取り、味のない食事を口に運んでいく。


 後片付けを終わらせると、コウと2人きりになる為に礼拝堂の傍にある自習室に立ち寄った。机が2つ並べられた、こじんまりした部屋だ。


「この書物、呪術について書かれてるの」


 コウが、分厚い本を開いて机の上に広げてみせた。椅子に座って目を通してはみるが、やはり読み解くのは難しそうだ。


「確か、この辺に」


 コウが私に寄り添い、ページを捲って読み始める。


「呪術を解くには、その呪術に対抗する呪術を掛ける! と書いてあるわ。その段階と掛ける人によって力も変わってくるって」


「呪術に対抗する呪術? その段階って?」


「下巻は、体力の消耗。中巻は、命の消耗。上巻は、魂の封印。って書いてあるけど……。これは、呪術を掛けている人に伴う危険性なんじゃないかしら?」


「呪術を掛けている人って……、副代表?」


 コウが、大きく頷いた。


「今のところ、副代表は普通に生きている訳だから、おそらく下巻の呪術じゃないかしら?」


「じゃあ、中巻の呪術を掛ければ解けるんじゃない?」


 安易な発想に、コウが眉を潜める。


「きっと無理ね……。副代表にはある程度霊力が備わってるから、私達が中巻で対抗したところで敵う相手ではないわ。それに中巻には、命の危険が伴うのよ」


 答えが出せず、頭を抱えてしまった。もう、マヤ様に話すしかないと思った。


「副代表に対抗できるのは、やっぱりマヤ様しか居ないんじゃない?」


「私も、それは考えた……。でも、もし、あの呪術がマヤ様の指示だとしたら?」


 コウは、先を読んでいた。疑いだしたらキリがない。巫女仲間にも、敵が潜んでいるのではないかとさえ思えてしまう。


 信じられるのは、コウだけだ。元の世界では、親友だと思っていた子にも裏切られた私だけれど……。コウにだけは嫌われたくない。コウだけは失いたくない。


「呪術を掛けているのは副代表だけれど、呪いの思いを持っているのは、おそらく第2夫人よ」


 コウの推測に、私もゆっくりと頷いた。華の宴での出来事が蘇る……。


「私が、第2夫人を怒らせたからよね!」


 涙声でそう訴えると、コウは首を横に振った。


「スヨンのせいじゃないわ! あの噂は、本当だったのよ」


「あの噂?」


「第2夫人が、自分の子を世継ぎに考えてるという噂!」


「どういうこと? 確か、第2夫人に子供は居ないんじゃなかった?」


「それが、つい最近、自分の血筋になる男の子を養子に迎えたらしいの。きっと、その子を次の王の座に就かせようと企んでるんだわ」


「王の座? それならどうして、ホン一族が呪われるの?」


「今の朝廷はホン家を中心に動いているし……。それに、国王は第3夫人をとても大切に思っているようで、第2夫人はかなり嫉妬していると伝え聞いてるわ。とにかく、第2夫人にとって、ホン一族は邪魔な存在なのよ!」


 全てが繋がり、愕然とした。


「もし、第3夫人に男の子が生まれたら、国王は間違いなく世継ぎにするでしょうね」


 コウの決定的な憶測に、全身に鳥肌が立った。


 美咲さんが危険だ。このままでは、元の世界に返せなくなってしまう。


「スヨン! 時を待ちましょ」


「時って……、今は何もできないの?」


「きっと、私達にできる方法が何かあるはず! 誰が敵で、誰が味方なのかも見えてくるはずよ! 今、下手に動いても、何も解決しないわ」


 これは罰だ! 私が自分のことしか考えていなかったから……、私が自分だけ逃げようとしたから……、私の大切な人達が奪われるという罰だ! これが苦しみの世界の始まりなの?


 うろたえて涙を流す私を、コウがしっかりと抱きかかえてくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る