30

「謝らなくとも良い……。そうだ、そなたへの贈り物がある」


 ガラリと空気を変えるように、その人が黒い衣装の袖をごそごそと探り始めた。取り出したものを、私の手のひらにそっと乗せる。

 手渡されたのは、白い小花が散りばめられたキラキラと煌めくかんざし……。


「えっ、私が頂いてもいいんですか?」


 その人が、嬉しそうに頷いている。


 夕焼け空も、金色に光る川の水面も、その人の笑顔も、全てがキラキラと眩しい。

 絶望的だった私が、こんなに輝いた世界に居るなんて……。


「ジュンユン様!」


 そう呼びながら、勇敢を絵に描いたような若い男の人が走り寄ってきた。その人の護衛のようだ。耳元で、ひそひそと何かを伝えている。

 同時に、2人は背後を振り返った。その視線を辿ってみると、赤と黒の衣装を着た王宮の兵士達が10人ほど、こちらに向かって歩いている。


 私達が一緒に居ることは、悪いことなのだろうか? なんだかよく分からないけれど、どうやら、この状況はまずいようだ。いろいろ聞かなきゃいけないのに、チャンスを逃してしまうのか!


「あっ、あの! どうして美咲さんと私をこの世界に連れて来たんですか?」


 とっさに、そう聞いていた。


「来るべくして来たのだ。じきに分かるであろう」


 来るべく? この世界に来るべきだったというの?


「教えて下さい! ここは、いったいいつの世界なんですか?」


「西暦で申すと、はっぴゃく……」


 その人がそう言い掛けた時、


「ジュンユン様! お急ぎ下さい!」


 護衛が私達を庇うように立ち塞がり、2人の時間を終わらせるよう急かしている。


「では、失礼する」


 その人は、名残惜しそうに私を見つめ……、足早に去っていった。


 肝心なことが聞けなかった……。

 どうしたら元の世界に帰れるのか? 一番大切なのは、美咲さんを現実の世界に帰らせることなのに……。

 どうして、もっと早く気付けなかったんだろう。

 確か、西暦はっぴゃくと言い掛けていた。ということは、ここは過去の世界なの?


 自己嫌悪に陥りながら歩いていると、手のひらにあるかんざしが目に留まった。嬉しそうに手渡す、あの人の笑顔も蘇る。


 ジュンユン様……。護衛が、そう呼んでいた。

 ジュンユン様とスヨン、どんな繋がりがあるのだろうか?

 もし、私がスヨンだとしたら、ジュンユン様に好意を持っていたような気がする……。

 こうしている今も、愛しく思う。

 遠い親戚? もしかして、幼なじみ? それとも、恋人だったりして……。

 まさか……、そんなことはないか。


 燃えるような赤い空の下、完成が全く見えないパズルのピースを少しだけ手に入れたような気分だ。


 ようやく、巫女達が住む建物が見えてきた。同時に、その門に入っていく2人の後ろ姿が目に入る。

 マヤ様と古典教師似の副代表だ。


「急がなきゃ」


 私は、何かに怯えるように足を速めた。


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