29

 チヌという使用人に案内され、裏門から外に出た。

 宮殿をあとにして、朝歩いてきた川原沿いの道に出る。太陽は西に傾き、まわりの雲を金色に縁取り始めていた。


 美咲さん……。

 初めて会ったのに、こんなに親近感が湧くなんて不思議な人だ。

 だけど、美咲さんに触れてもいないのに、どうして私と同じこの世界に……。とにかく、全て私のせいだ。なんとかして、美咲さんを元の世界に帰さなきゃ!


 あれこれ考えながら、砂利道を一人で歩く……。


「スヨン!」


 背後から、この世界での私の名を呼ぶ男の人の声がする。


「あっ……」


 振り返ると、あの人が立っていた。私を助けてくれた人。美咲さんと私を、この世界に連れてきた人。


「南殿に、参っておったのか?」


 躊躇することなく、ごく自然に話し掛けてくる。


 南殿って……、なぜ分かったのだろう?


「あっ、はい。第3夫人と2人で話しをしてました」


 そっか。妹である美咲さんを心配しているんだ。


「美咲さん……、あっ、ヨナお嬢様は、お元気に過ごされていました」


「誠か」


 その人の顔が、パッと明るくなった。まっすぐな笑顔に、思わずドキッとしてしまう。


「帰りの道中、お供しても良いか?」


 えっ……、嘘……、私を送ってくれると言うの? そんなことは、申し訳ない。あっ、でも、もしかしたら帰り道が同じ方向なのかもしれないし……。


 その人が、返事を待っている。


「……はい」


 悩みながらも、そう応えていた。


 男の人と一緒に歩くのは初めてだ。どういう反応をしたら良いのか、何が正解なのかよく分からない。

 戸惑いながら、夕陽に背中を押されるように、2人並んで歩きだした……。


 聞きたいことがたくさんあるのに、いざ隣りに居ると思うと、何から話したら良いのか混乱してしまう。緊張なのか、ときめきなのか、とにかく胸がいっぱいで何も考えられない。


「そなたは、舞を踊らぬのか?」


 その人が、足を進めながら私の顔を覗き込んだ。ちょっと、いくらなんでも近過ぎる。


「まっ、舞ですか? 私は何もできません」


 俯いたまま首を横に振ると、


「そなたの舞は、鳥が舞うように美しかった」


 その人が、赤く染まり始めている空を見上げながらそう言った。


 えっ、鳥? というか、私、踊れるの?


 鼻筋の通った綺麗な顔が、夕陽に照らされている。


「私を、覚えておらぬのか?」


 その人が、空から私に視線を移した。


「えっ……」


 遠くを見るような瞳で、私を見つめている。


 昨日のこと? それとも、もっと他に接点があるの?


 まともに応えられないことが、何か申し訳ないことのように思えた。


「えっと、あの、すみません……」


 本当のスヨンは、いったいどこに居るのだろう?




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