闘いの始まり⑤
美咲side
31
チヌや王宮の使用人達に連れられ、まるで歌舞伎の花道のような渡り廊下をゆったりと歩いていく。
「王族の方々がお揃いですので、くれぐれも粗相のないよう願います」
隣りを歩いていたチヌが、小声で哀願している。
「あー、面倒くさ〜い」
「ヨナお嬢様!」
本日2度目、チヌのお叱りを受ける。
あちらこちらに配置されている兵士の数が徐々に増えていき……、厳重に警備された本殿の入り口に辿り着いた。
重厚な扉が、ゆっくりと開かれる。
うわっ、ここは夢の世界?
まずは、人より先に、テーブルの上のごちそうが目に飛び込んできた。
見るからに高級そうな食器の上に、野菜中心の豪華な料理が何品も並べられている。ふわっと茹で上がった鶏肉からは、なんとも言えない良い香りと湯気が上がっている。
「美味しそ〜」
あの肉だけは絶対に食べたい! と決意するのと同時に、私を絶賛している声が聞こえてきた。煌びやかな濃いピンク色の衣装は、意外にも似合っていると自分でも思っていた。
うっとりと眺めるみんなの視線が心地よい……。暫し酔いしれながら進んでいくと、チヌや使用人が立ち止まって控える姿勢をとった。
げっ!
前方のメインテーブルには国王が! その左隣りの椅子を引いて、護衛が私を待ち構えている。国王の右隣りには、煌びやかな赤と紫の衣装を着たド派手なおばさんが座っていた。
なんか、嫌な感じ……。そう思ってから、気付いた。
このド派手おばさんは、私が新人の頃さんざんいびられた前の主任にそっくりだ。クソ部長にそっくりな国王と、性悪元主任にそっくりなおばさん。最強、最悪コンビだ。
この2人と同じテーブルに着くことはとても不愉快だと思いながら、用意されたその椅子にしぶしぶと腰を下ろした。
はぁ〜、それにしてもお腹が空いた。
乾杯もとっくに済んだというのに、このテーブルの人達は誰1人として料理に箸を付けようとしない。
空腹で、手が震えてきた。ダメだ。もう、耐えられない。
「あの、食べてもいいですか?」
側に立っている護衛に聞いてみた。
「あっ、はぁ」
一瞬、驚いていたが、気のない応えが返ってくる。私はそっと箸を手に取り、勢いよく食べ始めた。
素材が生かされている、味付けも完璧だ! 旨みが、空腹に沁みるーっ! これが、王宮料理? 最高じゃない!
夢中になって食べ続けながら、あの肉を探した。
あった!
ふんわりと茹でられた鶏肉が、国王の目の前にある。
手を伸ばしても良いのだろうか?
国王は、次々と盃に酒を注がれ、料理に手を付ける余裕もない。どうしても、肉にかぶりつきたいという衝動に駆られる……。
いいや、もう、なんと思われてもいい。とにかく、あの肉が食べたい!
「あっ、ちょっと、失礼します」
そう断わりながら、私は念願の肉に箸を伸ばしていた。
国王も、酒を注いでいた王族の男も、完全に時が止まっている……。ついでに、右隣りのおばさんは、あっ! と声をあげた。
やっぱり、まずかったのか。
そうは思ったが、箸は肉に到達している。私はもう何も考えずに、速やかに大きめな肉を取り、そのまま口に運んだ。
ほっぺたが落ちそう、こんなに美味しい肉を食べたのは初めて! 幸せが、口の中いっぱいに広がっていく……。
幸福感が顔にも出てしまったのか、国王が嬉しそうに肉の皿を私の前に移動させた。
えっ……、意外にいい人かも?
そんなやりとりを覗き込んでいた右隣りのおばさんは、怪訝な表情を浮かべていた。
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