第29話 冒険といえば?(改稿)

  魔法使いの間では、正式な研究者と助手の塊をチームという。

 色々見た結果、私のチームはビスコッティ、パステル、キキ、マルシルとなったが、異例中の異例で、マルシルは中等科の生徒ではあるが研究助手として認められた。

 研究棟の増設願いを受けて、飛び回っている取りまとめ役のリズは別チームだが、仲は相変わらずだし、警備隊のアリサと犬姉も相変わらずだった。

 大雪だった二の月も終わり、三の月に入ってもまだ雪が降るという非常事態は、カリーナの上級課程のあるクラスが全員揃って、高度儀式魔法で天候操作を試みるというおバカな事をやったためで、しこたま怒られたそうだが、それは当然の事だった。

「ビスコッティ、面白い事ない?」

「さぁ、ないですねぇ」

 たき火に当たりながら、私はビスコッティと不毛なやり取りをやっていた。

「それを見つけるのが助手でしょ」

「違います。師匠が見つけてから、はじめてチームが機能するんです。今のところ、キキがパトラの指導で魔法薬の実験をしているだけです。師匠が動かないと、なにも動かないのです。なにをしますか?」

「そうだねぇ……雪はどうなの?」

 私が聞くと、ビスコッティが笑みを浮かべた。

「降ってはいますが、空路では移動出来ます。どこかいきますか?」

「そうだね。まずはヘリでリズの実家の病院にいく。で、適当な病名で入院して、病院食のチェックをするってのは?」

「どっかの逃げてる政治家ですか。ダメです!!」

 ビスコッティは笑った。

「そういや、この前島で採れた宝石の原石ってどうなったの?」

「あっ、わすれていましたね。パステルに聞いてみましょう。

 ビスコッティは立ち上がって、研究台に本を載せて読書していたパステルに聞いた。

「あっ、忘れていました。ちゃんと加工まで終わっています」

 パステルが鞄からボコボコ宝石箱を取って、小さく笑った。

「そ、そんなにあるの!?」

「はい、本当にたくさん採れたので、お好きな者を。ネックレスのダイヤだけ、スコーンさん専用に大きいものを用意しました。

 暇だった研究室が、まるで宝石市場のようになってしまった。

 パステルが直にくれたネックレスには、凄まじく巨大なダイヤが付いていて、恥ずかしいなんてもんじゃなかった。

「パステル、もっと控えめに出来なかったの?」

「出来てもやりません。私の気持ちですから」

 パステルが笑った。

「ま、まあ、いいけど。ちなみに、ルビーはいいよ。魔法を吸収するから、防御魔法でも掛けておけば、お守りにはなるよ」

 私は笑った。

こうして、お宝の山分けは終わり、たまたま警備していたアリサもお宝にありついた。「それにしても、暇だねぇ」

「はい、師匠。暇ですねぇ」

 二人揃って同じ事を呟きため息を吐くと、エレベータが動いて誰かくる気配だった。

「ん、誰かくるんじゃない。気合い入れよう!!」

「はい、師匠!!」

 私たちが立ち上がると同時に、エレベータの扉が開いて、困り顔の犬姉と二速歩行の猫が立っていた。

「ね、猫!?」

 私が思わず声を上げると、一人と一匹がエレベータを降りてきた。

「スコーン、最初何かと思ったんだけど、Pちゃんの紹介状を持っていたから連れてきたんだよ。喋るよ」

 犬姉がうーんと唸った。

「えっ、喋るの!?」

「ん、喋るぜ。ここの国王とは友人関係でな。暇つぶしに王都に行ったら、ここにいった方が面白いってきいてよ」

 二本足で立っている猫が笑った。

「楽しいかどうかは分かりませんが、魔法使いとお見受けします。少しは楽しめるかもしれないですね」

 ビスコッティが笑った。

「ああ、それは聞いてる。このちっこい杖をよく見抜いたな」

 猫は笑った。

「犬姉、大丈夫そうだよ」

「そっか、ならいいや。なんかったら、無線で呼んで」

 犬姉がエレベータで一階に下りていった。

「さっきのやつ、変わった経緯で魔法使いになったな。そっちの嬢ちゃんもだぜ」

「はい、私ですか!?」

 アリサが声を上げた。

「おっと、遅れたな。俺たち一族は王族以外は名前がねぇ。名乗りたくても名乗れねぇんだ。好きに呼んでくれ」

 猫は笑みを浮かべた。

「ツムにしよう。顔がツムっぽい」

 私は笑った。

「なんですか、顔がツムッぽいって。私は反対しませんが、みんなどうしますか?」

「はい、こんな時こそマクガイバーです。見たところ、かなりのベテランです!!」

 パステルが笑った。

「おっ、いいねぇ。今日から君はマクガイバーだ!!」

「うん、マクガイバーだな。分かった。お前たちの名前は、事前に聞かされている。スコーンはどこだ?」

 マクガイバーが辺りをキョロキョロした。

「うん、私だよ!!」

 手を振りながら答えると、マクガイバーはトコトコと近寄ってきた。

「そうか、お前さんがリーダーか。杖は使わないんだな」

「うん、音声発動式魔法だから邪魔になることが多くて。見せようか?」

 私は空間に裂け目を作り、自前の杖を取り出した。

「おいおい、気安く自分の杖を人にみせるなよ。どれ、人用の杖はデカいからな」

 マクガイバーは器用に工具を使い、杖の先端を露出させた。

「おいおい、どこのバカが作ったんだよ。ダメ、やり直しだ」

 マクガイバーは、工具で杖の力の源になる魔性石を外しはじめた。

「これだったら、ぶん殴っていた方がマシだぜ。よっと」

 マクガイバーは背負っていた背嚢を下ろすと、私の杖の改良をはじめた。

「自分が優先だからな。人用サイズの魔性石は、持ち合わせが少ねぇんだ。ここの購買はなんでも手に入るし、全てタダと聞いた。悪ぃがお使いを頼む。必要な魔性石はメモに書く。総取り替えだからな。全然違う杖になるぜ」

「はい、急いでいってきます」

 メモを受け取ったビスコッティが、エレベータで下に降りて行った。

「スコーン、この杖は下手くそだったが攻撃魔法を指向していた。得意なのか?」

「うん、専門は攻撃魔法だし」

 私は笑みを浮かべた。

「なら、こんな杖のセッティングじゃ話にならん。攻撃魔法の専門家は防御魔法の専門家でもある。分かるよな?」

「そうだね、反対属性魔法ってヤツだね」

 私が答えると、マクガイバーは頷いた。

「そうだ。そのセッティングじゃ、防御がお話しにならねえ。いかにも素人だな」

 マクガイバーが不満そうにいった。

「こんなのばっかり作るから、杖を使うと危ねぇとか抜かしやがって、テメェの腕の方が危ねぇよ。そうは思わないか?」

「よく分からないけど、マクガイバーがいうなら間違いないね」

 マクガイバーの愚痴を聞いてるうちに、ビスコッティが箱を抱えて戻ってきた。

「あの、グレードなんてあるんですね。SSRしかないといわれました。大丈夫ですか?」

「SSRだと。そんな高級品がタダだと。俺の杖も直すかな。まあいい、こっちが先だ。他にやっていていいぜ。総計三百四十個の入れ替えだ。すぐには終わらないぞ」

 マクガイバーはピンセットを取り出し、私の杖に魔性石をセットしはじめた。

「見た目は綺麗だろ。これがヒビが入ったり汚れたら交換だ。少しシビアなセッティングをしてるから、呪文を間違えるなよ。なにも起きねぇからな」

「……しゅごい」

 私は思わず呟いた。

 時間が掛かるといいながら、一時間も経たない間に作業が終わった。

「これからが肝だ。杖に魔力を通す。上手くいかなきゃやり直す。そういうもんだぜ。普通の魔力放出でいい。やってみてくれ」

 私は目をとして、杖を持った右手から魔力を放出した。

 不思議な感じがして、心臓の鼓動のような音が聞こえた。

「鼓動音が聞こえるか。聞こえたら成功だ」

 マクガイバーの声に私は頷いた。

「今までより馬鹿力だからな。使う時は気をつけろ。ここの杖は信用できねぇ。俺が全部直すからな。その前に休憩だ。木製の杖は楽なんだが、金属杖になると面倒でな」

 マクガイバーは私の隣に丸くなって寝てしまった。

「いきなり大仕事だね。よほど、杖に拘りがあるんだね」

「はい、猫なので発音出来ない音があるのでしょう。それで、杖魔法に……。これが人間なら違う職業もあったでしょうが、猫だとどうしても魔法にするしかありません」

 キキが笑みを浮かべた。

「そっか、猫と人間の口の中の構造って違うもんね。細かい発音が違うだけで、魔法は発動しないから……。まるで杖は命みたいに、しっかり持ったまま寝てるよ」

「……そうだ、魔法使いに取って、杖は命だ。乱雑に扱うヤツの気が知れん」

 まだ起きていたのか、マクガイバーがボゾッと漏らした。

「大仕事のあとなんだから、しっかり休んで」

「うむ、そうする。俺が寝ている間に、魔性石を大量に用意してくれ。どうせ使われていないのら、ありったけ全部でもいい程だ。杖魔法の欠点は、ランニングコストが高い事だな。まあ、俺は寝る。勝手に起きるから気にするな」

 マクガイバーは、しばらくすると寝息を立てはじめた。

「へぇ、魔性石を買えるだけで、まるで別物だよ。これ、恐らく使ったら山の一個くらい吹っ飛ぶ!!」

「ダメです。それはダメです。大迷惑です!!」

 ビスコッティが睨み付けてきた。

「だから、これ使ってフルパワーでやったらだよ。そのくらいの力を感じる。緊急事態用に保管しておこう」

 私は空間に切れ目を入れて、杖を中にしまった。

「緊急事態といえば、急ぎではないのですが、スラーダから里周りの魔物退治依頼がきていますよ。大雪で陸路は無理だと伝えたところ、ヘリポートはあるそうです。どうしますか?」

 ビスコッティが聞いてきた

「スラーダに返信。準備中につき、もうしばらく待たれよ。出発時に連絡するって」

「はい、分かりました。では、私は無線で連絡した後、魔性石をかき集めてきますね」

 ビスコッティが笑みを浮かべ、研究室エリアの方に歩いていった。

「さて、杖を試す時がきたか。思いのほか早かったな。

 私は笑った。


 きっかり二時間後、マクガイバーは目を覚ました。

「さて、杖を直そうか。これは、大仕事だな」

「あんまり無理しないように。緊急性はないけど、魔物討伐依頼がきてるから」

 私は笑みを浮かべた。

「そうか、では急ごう。木製の杖も貸してくれ、どこかに起爆の魔性石があるはずだ」

 マクガイバーは、私の時より数段早い速度で要らない魔性石を外し、必要な改良を終えた杖をそのまま持ち主に返した。

「は、速い……」

「そうか? これを戦場でやるんだぞ。全然遅いな」

 その時エレベータが動く音が聞こえ、リズとパトラがやってきた。

「噂の猫を見にきたよ。って、まさか杖を直してたの!?」

「うむ、暇だったからな。どうせ二人ともちゃんとした杖を持っているのだろう。みせてみろ」

 リズとパトラは杖を取り出した。

「ん、なんだこれは。よもや、杖でぶん殴ったりしていないよな?」

 リズの杖を見ると、マクガイバーはリズを睨んだ。

「し、してないよ。たまに邪魔なのを弾き飛ばすだけで……」

「それがよくないのだ。待ってろ、すぐに直す。ここの魔性石が粉々だぞ」

 マクガイバーは凄まじい勢いでリズの杖をなおした。

「あとはこっちの木製杖だが問題はない。強いていうならあまり使うな。体への負担が大きすぎる。まあ、分かっているだろうがな」

 マクガイバーは笑った。

「杖は木製が一番なんだ。ただ、カスタムがな。俺は弄りたくて金属製のを使って使ってる。まっ、どうでもいいがな」

 マクガイバーが笑った。

「あっ、そういえばスラーダの里!!」

「いけない、忘れていました。出発の連絡をしないと」

 ビスコッティが無線機にすっ飛んでいった。

「なんだ、どっか出かけるところだったのか。邪魔なら留守番してるぜ」

「いや、きて欲しいな。魔物退治だし、実力をみたいよ」

 私は笑みを浮かべた。

「そういう事なら連れていけ。たまにはぶっ放したくなるんだ」

 マクガイバーが笑みを浮かべた。

「師匠、あと一時間で到着と連絡しておきました。犬姉、大丈夫?」

「機体の用意はできてるんでしょ。余裕だよ」

 犬姉は笑みを浮かべた。

「それじゃ、バスの便もあるし、空港に移動した」

 犬姉に促され、私たちは火の始末をして、一階のバス停まで移動した。


 バスで空港まで行き、私たちはヘリポートに向った。

 連日の雪でまるで壁に埋もれるようになっていたが、一機のヘリコプターがポートに出されて整備を受けていた。


「整備は完了しています。いつでもいけますよ」

 整備のお兄さんが笑みを浮かべた。

「お疲れさま。それじゃ、いくよ」

 スコーンチームのメンバとアリサ、リズとパトラと大所帯でブラックホークに乗り込み、エンジンの回転出力があがり、マクガイバーが頭を抱えた。

「空飛ぶ乗り物ってのはあれか、みんなこんなにうるさいのか。耳が痛ぇ」

 まさか猫用のインカムなどあるはずもなく、マクガイバーはビスコッティの膝の上で、ついには寝てしまった。

 ヘリは轟音を立ててヘリポートを離れ、スラーダの里へと向かった。

 三十分ほどで

 場違いな暗いに頑丈そうな壁が見え、わざとそうしているのか壁がないヘリポートの雪かきしている場所に下りた。

「スコーンさん、こちらへ」

 へりをここまで操縦していた犬姉とパトラ以外は全員里にはいり、しっかり暖房が効いたマルシルの家に入った。

「本当に急ぎではなかったのですが、大丈夫ですか?」

「うん、やる事なくて暇だったし、魔物も増えちゃうと大変だから」

 私は笑った。

「この辺りだと、ジャックスタイナーやゴブリンどもだな。ゴブリンはともかくとして、ジャックスタイナーはちと面倒だぜ」

 杖を丁寧に磨きながら、ビスコッティの肩の上に乗ったマクガイバーが小さく息を吐いた。

「なにそれ、魔物の名前!?」

「この程度ではしゃぐなよ。ジャックスタイナーは、この時期は白毛に覆われたオオカミみてぇな魔物でな。ゴブリンどもだって、冬装備のしっかりしたものだ。この冬、何回か襲われてるだろ。ニオイで分かる」

 マクガイバーが鼻を慣らした。

「はい、毎年の事なので、食べていい餌だけおいて、家に閉じこもって隠れているんです」

 スラーダがため息を付いた。

「そりゃダメだな。ここに来るなら必ず餌があるって、ジャックスタイナーにおしえてるもんだ。アイツらは用心深いやつらだ。二、三発撃ち込んでやれば、二度とこなくなる。少ねぇ方がいいだろ」

 マクガイバーが笑った。

「それはそうなのですが、里が襲われると被害が……」

「だから、来なくなるんだって。被害なんて出ねぇよ。アイツらは夜行性だ。まだ動くには早いな。スコーン、結界出来るか?」

「できるけど、リズの方が詳しいね。出来る」

「出来る。どんなの?」

「この里の壁を一周だ。ゴブリンどもは面倒臭いからな。悪ぃが村を大きく封じる壁を作って欲しい。普段は出入り自由で、ゴブリンどもがきたときだけ閉める。そんなヤツだ」

 マクガイバーは頷いた。

「お安いご用だよ。パトラいくよ!!」

「せっかく温まったのに……」

 リズとパトラが外に出ていった。

「よし、これで準備は完了だぜ」

 マクガイバはビスコッティの肩に乗った。

 しばらくして、里の警鐘がなった。

「きたか、ゴブリンども。縄張りに新しい動きがあるとすぐに偵察にくる。お嬢さんたち、見るからにスナイパーだな。雪の中大変だが、偵察に出てくれ。方角はスラーダに聞けば分かるだろう」

「分かった、いくよ」

 犬姉がアリサを連れて出ていった。

 その途端、水色の結界壁が里を覆った。

「よし、準備は出来た。俺たちはゴブリンどもを蹴散らしにいく。これでどうだ?」

 マクガイバーが私に聞いた。

「うん、いいと思うよ。いよいよ戦闘だね。チーム全員とマクガイバー。頼んだよ」

 私は杖の性能を試したくて、空間の裂け目から取り出した。

「おっ、さっそくやる気だな。その杖は、攻撃向きに作った。お前さんがその気になれば、レッド・ドラゴンの竜鱗すら解かして、大穴を開けるほどな。俺は杖については嘘はいわねぇ。ゴブリンども相手にフルパワーでやるなよ。もったいねぇ」

 マクガイバーが小さく笑みを浮かべた。

「……凄すぎ」

 私は杖をみた。

 最強のレッド・ドラゴンに限らず、ドラゴン族は固い竜鱗を持っているので、魔法で倒すことはほぼ不可能とされていた。

 それが、ついに手に入れてしまったのである。ドラゴンを倒す能力をもった武器を、纏めてドラゴンスレイヤーというので、これもその一つとなった。

「ビスコッティ、お前さんの師匠に勝手にヤバい武器を渡しちまった。許してほしい」

「い、いえ、構いませんよ。危ないことをしたら、引っぱたきますから」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「さて、警鐘がうるせぇな。スコーン準備は出来たな」

「もちろん!!」

 私は杖を片手に、笑みを浮かべた。

「他のメンツも良さそうだな。よし、ゴブリン退治に行くぞ」

  マクガイバーが杖を持つと、私は無線のトークボタンを押した。

「ビスコッティ、ゴブリンどもを捕捉してる」

『はい、里の東門から出ると近道です。やりますか?』

「うん、サポートよろしく」

 私は無線を胸ポケットに戻すと、杖を片手にみんなの方をみた。

「いくよ、久々に魔法でね!!」

 渡したちは家から飛び出し、東門を目指して走りはじめた。

 閉ざされた門を、門番が慌てて開き、街の外に出ると私は探査系魔法を使った。

「うげっ!?」

 私は思わず足を止めてしまった。

 周辺探知の魔法で虚空に浮かんだ窓には、敵性を示す反応が三十近く表示された・

「今だけ失礼するぜ。なんだ、便利な魔法があるじゃねぇが。こりゃ堪らねぇな。いつもこうなのか?」

「そうだね、大体大事になる」

 しばらく進むと、マクガイバーがピクッとした。

「……大きく右へ跳べ!!」

 反射的にいわれた通りにすると、みんなも私について跳んだ。

 瞬間、光のなにかが私たちの脇を掠め飛んでいった。

「やべぇな、ゴブリンシャーマンもいやがる。知ってるか?」

「魔法が使えるゴブリンでしょ。たまにいるやつ」

 私は頷いた。

「俺は二、三匹引っぱたいたら帰ると思っていたが、本体がきやがったな。方針変更だ。全員、横一列に並んで呪文を唱えろ。お前さんの仕事を取って悪いが、緊急事態だ!!」

「気にしないでいいよ。魔法はなんでもいいの?」

「気にするな、威力だけ気をつければな。こりゃこの森ごと焼き払うしかねぇ。あとで直すから問題ねぇが、初撃ちでビビるなよ」

 私は立ち止まり、みんなと横一列の隊列でたちどまった。

「ゴブリンの侵攻は相変わらずか。ぶっ飛ばすしかねぇ。得意魔法で杖を使え、フルパワーだぞ!!」

 私は頷き、呪文の詠唱に入った。

 いち早く詠唱を終えたマルシルとキキが、ぶったまげる程の数の火炎を作り、一気に放った。

「ほれ、これが杖の威力だ。さて、俺もやるかな」

 私とマクガイバーは同時に杖を前方に突き出し、超高速詠唱のマクガイバーが私の詠唱に追いついた。

「光りの矢!」

「くたばれ!!」

 私の杖先から、見たこともない巨大な光りの矢が現れ、森に突き刺さって大爆発をおこし、マクガイバーが放った魔法は森の奥まで飛んで大爆発を起こした。

「……しゅごい」

 私は自分の杖をみた。

「だからいっただろ。魔法使いなら、杖のメンテは忘れるなってよ。しかし、スゲぇ魔法だな。一撃で森の半分を消し飛ばしやがった」

「師匠、お仕置きです!!」

 ビスコッティが私の頭にゲンコツを落とした。

「ごめんなさいは?」

「……ごめんなさい」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「しかし、すげぇな。ゴブリンどもどころか森ごと消し飛んじまいやがった。さて、直すか」

 マクガイバーが呪文を唱えて杖を振りかざすと、時間を巻き戻すかのように森だけが元に戻った。

「な、なにその魔法!?」

 私は思わず声を裏返らせた。

「ああ、俺が使える回復系で最強のものだ。レシピは秘密だぜ」

 マクガイバーはビスコッティの肩に乗り、杖を労るように丁寧に拭き始めた。

「……ビスコッティ、ズルい」

 私は呟いてから、マクガイバーに向かっていった。

「私の肩に乗りなよ。痛くないし……」

「あのな、知ってるだろうが、このチームのリーダーはお前さんだ。状況を判断し、皆に指示を出す。その指示を細かく出すのはナンバー二のこの姉さんだ。相談役がいなくてどうするんだよ。遊んでるときは遊んでいいが、今回はその暇がなかった。ゴブリンシャーマンまでいたら、里に被害が出ちまうだろ。だから、お前さん代行をやったんだ。ああやって指示を出すんだぜ。そしたら、ビスコッティだっけか。ナンバー二の姉さんが細かく計算して指示をだす。じゃなきゃ、誰か死ぬぜ」

 杖の手入れを終えたマクガイバーが、小さく笑みを浮かべた。

「し、師匠、泣かないで下さいね!!」

「泣かないよ、理が通ってるもん。ただ寂しいだけだよ」

 私は笑った。


 一戦終わってみんなで里にかえると、やはり宴の準備をして待っていた。

「音階はゴブリン退治までして頂いて、ありがとございました。腕によりを掛けますので、お待ちください」

 スラーダが笑みを浮かべて去っていった。

「いきなり雪中ダッシュだったし、疲れたね。マルシルの家で休もう」

 私は笑みを浮かべ、マルシルの巨大な家に向かった。

 途中、里の集会所の前を横切ると、みんなでせっせと料理を作っていた。

「こりゃ、期待出来るね」

「期待なんてもんじゃないよ。エルフ料理で最高級のアレが……」

 パトラが声を上げた。

「あ、アレです。はじめてみました!!」

 さらにマルシルが声をあげた。

「アレってなに。ビスコッティ!?」

「師匠、私にも分かりません。エルフ社会は複雑なんです!!」

 ビスコッティがムキになって、アンチョコをバサバサやり始めた。

「うん、なんだおめぇら冒険者じゃねぇのか。エルフのアレっていったら、カラハリカエルの姿焼きって相場は決まってるじゃやねえか」

 同行していたマクガイバーが笑った。

「カエルなの、カエルなの!?」

「ああ、貴重なタンパク源が豊富でお肌スベスベだぜ。だから、大昔は族長クラスじゃなきゃ食えなかったんだ。こりゃ楽しみだぜ。見てくれはよくないがな」

 マクガイバーが笑い始めた。

「ああ、カエルなんだ。なら平気だよ!!」

「師匠、目が四つあるカエルですよ。キモいというか……」

「ビスコッティ、せっかく用意してくれたんだよ。美味しく食べなきゃダメ!!」

 私は怒鳴った。

「……師匠に怒鳴られた。しかも事実」

「はい、怒られちゃいましたね

 ビスコッティとマルシルがしゅんとしてしまった。

「こりゃいい、上司とはいえ子供に怒られてるおとなってのもよ。俺をみてもなにも起きなかった。コイツの頭の中では、そういう事もあるかで埋め尽くされているのさ」

 マクガイバーが笑った。

「しかも、猫が上手い事いって纏める。私って」

 ビスコッティがその場に座り込んだ。

「ビスコッティ、もう一つ忘れてる。今の時期はいつだ?」

 私は笑った。

「えっ、春先ですが……ああ!?」

 ビスコッティが声を上げた。

「どうしたんですか?」

「カエルは変温動物です。この寒さでは、まだ冬眠中ですよ!!」

「そ、そういえば!?」

 ビスコッティとマルシルが大声を出した。

「まだあるよ、このカエルが出されるのはお葬式だけ。パトラは知ってるよね。

「もちろん。天に帰るって意味で出されるんだよ。いつどとめをさそか考えていたんだよ。人間のビスコッティが知らないのは無理もないけど、マルシルが知らないのはまずいでしょ」

「ああああ!!」

 本当にトドメを刺されたようで、マルシルが地面を転がった。

「なんか面白ぇパーティだな。気に入ったぜ」

 マクガイバーが笑った。


 マルシルの家に行くと、鍵を使って扉を使って中に入ると、すでに暖房が効いていた温かった。

「エルフ好きなスコーンも。これを知ってるかな。必ずどの里にも裏里があって農耕や畜肉をやってるの。じゃないと、おかしいでしょ。普通に肉料理が出来たり、いつも通り野菜が出てきたり……。そういうのをやってる場所なんだ。ヘリから見えたから、やっぱりここにもあったって笑いそうになった」

「なにそれ、いってよ。そこまでは知らなかったな……」

「スコーンなら気が付くと思ったんだけど、さすがに高度な結界だね。見抜けなかった!!」

「最初からそのつもりで見てないし、結界で隠されたらお手上げだよ」

 私は苦笑した。

「広いの?」

「あのヘリポートを起点にして、この里をグルって一周してる。裏里としては、かなり広いよ。冬期にこれだけ潤ってるのが証拠だよ。これ、リズには内緒だよ。肉だーって厩舎に突っ込んで、大騒ぎになったから」

「そうなの。それなら、どうにもならないね。でも、いってみたいな」

「なにもないっていえば、なにもないよ。時期的に放牧もしてないし、小屋のまあ家畜が小屋のでよければ案内してくれるんじゃない」

「じゃあ、聞いてみる」

「待って下さい。裏里に入るには長の許可が必要なはずです。その交渉は純エルフの私しか出来ないことです。任せてもらっていいですか?」

 マルシルが聞いてきた。

「いいもなにも、それしかないし。細かい掟はしらないからね」

「三人くらい少人数じゃないとダメですし、目的が観光なんて冗談もヘチマもありませんなんか理由、なんか理由……」

 マルシルが頭を抱えた。

「私はここで警備しています。大規模な家なので、床下担当は私で、床上を隊長が担当で。ここは警備が固いようで、かなり甘いですからね。慎重にやります。

 アリサが笑みを浮かべた。

「ちょっと、両方アリサがやりなさいよ!!」

「……いいんですか。報告書私は正直に書きますよ」

 アリサが笑みを浮かべた。

「……分かったよ。私の仕事もんね」

 アリサと犬姉は並んで座ってノートパソコンを広げた。

「それ、スラーダにいってあげてよ。私はどこが甘いのか分からないけど」

 これはド素人の私では、どうにもならなかった。

「ここにも警備隊があります。色々レクチャーしては?」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「この、自分はいけるかって思って……」

「犬姉いじりはこれが楽しいのです。もっと野郎かな」

「ビスコッティ、その辺りにしてよ」

 私は苦笑した。

「もうネタがないですよ」

 笑みを浮かべたビスコッティの靴を踵で思い切り踏むと、変な踏み心地で転けそうになった。

「あまり踏まない方がいいです。師匠の靴がダメになってしまうので……」

 ビスコティの顔面にパンチを入れたら、あっさり避けられた。

「む、ムカつく!!」

 私がマフラーを解いて両手で掴み。ビスコッティの首に巻いて思い切り引いた。

「それでは、私を殺せませんよ。はい!!」

 ビスコッティは素早く私の服のボタンを取り、コートを引っぺがして上半身裸にした。

「こ、こら!?」

「そして、こんな事も!!」

 ビスコッティは呪文を唱え、フルフリ付きのピンクの洋服に替えた。

「時にはお洒落しないと!!」

「……あのさ、普段はカリーナだよ。制服以外を着たら……怒られるんだっけ?」

「生徒は怒られますが、事実上社会人の研究科は大丈夫です。まあ、それではやり過ぎですけどね」

 ビスコッティは呪文を唱え、私を元通り制服に戻し、笑みを浮かべた。

「お洒落ってより、アホの骨頂だったよ。そろそろ、スラーダが報酬を持ってくるかな」

 私は笑った。

「えっ、これ仕事だったの!?」

「私はてっきり、お友達だからやったのかと……」

 犬姉とアリサが驚きの表情を浮かべた。

「ダメだよ、仕事ならちゃんと報酬交渉から始めないと!!」

「もういつも通りだから、よほどのイレギュラーがないとダメだよ。それにこの家はマルシルの家だよ。同じ共同体に請求はできないでしょ」

「出来るよ。あんな非武装状態やる気がないヘリじゃなくて、ちゃんと武装したやつでいくよ。損しちゃた」

 犬姉がため息を吐いた。

「隊長、この家です。この家の防御という仕事が!!」

「よし、それでいくぞ!!」

 なんか勝手に決まったとき、扉がノックされてスラーダが入ってきた。

「お疲れさまでした。森の修復までして頂くとは思わず、手持ちの現金が足りなくて、小切手にさせていて頂きます。これくらいで……」

 スラーダが小切手を切った。

「ああ、すっかり仕事にされちまったな。森の修復は後始末だったんだが、込みだっていうなら頂いていくぜ」

 マクガイバーが笑った。

「あの、この喋る猫は?」

「昨日仲間になったんだよ魔法と杖作りはピカイチだよ」

 私は笑った。

「そうですか。これは仕事として、警備隊の杖が予備に変えても不調なのです」

 マクガイバーが頷いた。

「そりゃ構わねぇが、エルフの杖なんざ触った事がねぇからな。それが報酬でいいぜ。知恵と知識は金じゃ買えねぇ。魔性石はあるのか?」

「はい、売るほど蓄えています。交換したくても、どれが悪いのか……」

「お前ら素人か。杖持ってて故障箇所が分からねぇなんて最悪だぜ。コイツは別料金だ。いくらなら出せる?」

 マクガイバーが苦笑した。

「はい、警備に回せる予算が乏しくて……金貨三十枚ほどしか」

「ならお前の責任は十枚でいい。さらに、半分は俺の責任だ。その分で十。合計二十枚で請け負おう。せめて、魔法使いになれるまではな」

 マクガイバーは笑った。

「ほれ、俺は寝てるから。他に用事あっただろ!!」

「他に用事ですか?」

 スラーダが不思議そうな顔をした。

「はい、私はうっかり気が付かなかったのですが、パトラが裏里に気が付いたようで、よろしかったら見学を。エルフとして不躾な願いとは承知していますが……」

 マルシルがスラーダに頭を下げた。

「はい、そのつもりであのヘリポートを指定したのです。もしかしたら、気付いてくれるかなと。伝わってよかったです」

 スラーダは笑みを浮かべた

「……これで、私たちが警備するって、いったら警備代請求できるかな」

「……はい、想定外の空気です」

 犬姉とアリサがボソボソ呟いた。

「任せて下さい!!」

 パステルが出てきて、スラーダと交渉を開始した。

「あの実は私たちは正式に冒険者になったのです。この建物は重要ですか?」

「もちろんです。ここを失ってしまったら、泣くに泣けないです」

 スラーダは当たり前だといわんばかりに、頷いた。

「では、他にありますか?」

「特にと聞かれれば、今皆が宴の準備をしている建物ですね。あれがなくなると、集まれなくなってしまうので」

 スラーダが笑みを浮かべた。

「この二人は裏里より、警備の仕事がしたいといっています。よろしかったら、雇っていただけないでしょうか?」

 パステルが笑みを浮かべた。

「はい、構いませんよ。警備の手はいくらあっても足りません。せっかくですので、人間式の格闘術も教わりたいです。報酬は残った金貨十枚で」

 瞬間、犬姉とアリサが鼻血を拭いてひっくり返った!!

「ビスコッティ、金貨十枚って凄いの?

「警備の仕事は普通は銀貨数十枚ですよ。うまくやっても、なんとか金貨一枚でしょうね。そりゃ、倒れますよ。私も危なかったです」

 ビスコッティが笑った。

「……ビスコッティ鼻血くらい拭いてよ」

「えっ、鼻血ですか。これは失礼を」

 ビスコッティが慌てて鼻を拭った。

 リズも鼻血を流し、パトラがティッシュでひっぱたくように拭っていた。

「あれ、不測でした。困りました………」

「じゅ、十分です。警備でもドブの掃除でも!!」

 犬姉が私の胸ぐらを掴んでガクガク振りながら、目を輝かせた。

「皆には無線で指示してきます。なにかありますか?」

「ああ、杖のメンテはここでやるぜ。手足の温度が変わっちまうと、支障がでるからな」

 マクガイバーがのんびりいった。

「分かりました。他になければ、手の空いた者を向かわせます。以上で問題ないですね」

 スラーダは笑み浮かべ、無線でに早口に指示を出しいた。

「あの、私も警備に……師匠は安全地帯だそうなので……」

 ビスコッティが、ヨロヨロといった。

「あの、あたしも。今は平穏みたいなので、必要か分かりませんが」

 リズが妙にリアルな顔で煙草に火を付けた。

「いいですよ。よろしくお願いしまう」

 私たちは家を出ると、入り口で待っていた馬車に乗った。

「それじゃ、犬姉とアリサ。あとは頼んだよ」

「そっちも怪我すんなよ。いけ、アリサ。働け私!!」

 ヤル気満々の犬姉とアリサの姿が同時に消えて、里のあちこちから杖を持った人たちがマルシルの部屋に向かってきた。

 スラーダが馬車を出し、ゆっくりした道取りで進み始めた。

「あれ、もう長老の許可は出ているのですか?」

 不思議そうに、マルシルがスラーダがに聞いた。

 「私が第三百八十代長老です。若すぎましたか」

 スラーダが笑った。

「えっ、長老様だったのですか!?」

「ま、マジ!?」

 マルシルが声を上げ、珍しく露骨にパトラが驚きを顔に出した。

「どこかに座って偉そうにしていた方がよかったですか。私は、そういうのが嫌いで」

 馬車を操りながら、スラーダは笑った。

「あ、あの、スラーダ様自ら……」

「様は要りません。かしこまるのもです。裏里はこの先の門で繋がっています」

 しばらく進むと固く閉ざされた門が見え、門番が気が付くと敬礼してガラガラと門を開け始めた。

 開門に間に合わないので、馬車を門の前で待っていると、乗っていた私たちを、門番が不思議そうな顔で見つめた。

「私の友人です。それより、周辺警戒を」

 スラーダが声を上げると同時に、木の板で簡易的な装甲を施した馬が、高速接近していた。

「フン、狙いは読めてるよ」

 リズが狙撃銃を構え、戦闘をいく馬車の御者を撃った。

 馬車から御者が転げ落ちると、リズがまた引き金を引き火炎系オーブでも積んでいたのか、やや後方を走っていた馬車が爆発して吹き飛んだ。

「ほら、これなんです。警備が弱いので他部族の斥候が常にいて、こんな重要な門を滅多に開けるが事ないし、二度と閉じられないようにという感じなのでしょう」

 これから、ちょっと騒々しいですよ。鎖を切って。一気に門を落とします。門はいくつもありますし、あの門は里の住民増加で市街地に入ってしまったので、閉鎖するにはちょうどよかったのです。さて、雪一面ですが道は除雪してありますよ。

 スラーダは笑みを浮かべた。


 裏里雪で畑は雪で覆われていたが、その下から白菜や大根をとる作業がおこなわれ、厩舎などもあって田舎ののどかな光景が広がっていた。

「大根も白菜も、雪を被ると甘くて美味しいです。今日の宴は鍋の予定なので、楽しみにしていて下さい」

『肉はあったか。肉!!」」

 無線にリズの声を聞いた。

「もちろんありますよ。銘柄品ではないですが、上質の肉ですよ」

「あった、肉!!」

「本当に自給自足なんだ……」

 私が呟くと、スラーダが笑った。

「はい、食べられるものなら。バイクとか車などの機械類は、お願いしないと修理も出来ないですけどね」

 馬車を操りながら私たちは広大な裏里を廻った。

「こんなところですか。裏里は本来のエルフの里に近いですよ。まあ、全員無線機をもっていますが」

 スラーダが笑った。

「ここは、普段は結界魔法で外からも里の中からも見えなくしてあります。野菜泥棒でも出ると面倒で」

 スラーダが笑った。

「いいもの見せてもらったよ。ありがとう!!」

 入った時から違う門を使ったのだが、それはいつも車で訪れた時に駐める、あの広場のそばだった。

 すでに次の候補は決まっていたようで、新たな門の建設工事が急ピッチで始まっていた。

 裏里を知らない者が門まで作るので、どうしても時間が掛かってしまいます。門番がいれば務まるので、次は質素な門にする予定です」

「その方がいいよ。かえってなんかあるって怪しいから」

 私は笑った。

「さて、お留守番もいることだし、早く家に帰ろうか」

 私は笑って、無線機を手にした。

「犬姉とアリサ。こっちは終わったよ!!」

『まいったな、こっちはまだまだだよ。金貨もらっちゃったもん。それなりの仕事をしないとって、里の外回りの大掃除やってるんだけど、魔物が多すぎてどうにもならないよ』

 犬姉とアリサの声が聞こえてきた。

 私はスラーダと無線を変わった。

「はい、スラーダです。えっ、柵の外まではいいです。キリがありませんよ。ダメです!!といわれても、もう日が落ちてきてしまうので、里に入って下さい。えっ、今どこか分からないですか。分かりました、警備隊の隊員を送りますから、最低限の防御以外はしないで下さい」

 無線機を私に返し、スラーダは苦笑した。

「恐らく、裏の迷いの森でしょう。あそこはコンパスも狂う上に、視野が狭いので簡単に迷ってしまうのです。里の者もあまり近寄りません。よくご無事で。

 しばらく待つと、目の前に転送陣が現れ、ヘロヘロのボロボロになった、犬姉とアリサ、リズが広場にぶっ倒れた。

「大変です。救護の者を。皆さんは触れないで下さい。毒を受けた可能性があります」

 思わず伸びかけた手を引っ込め、すぐにやってきた救命隊が担架で担いで運んでいった。

「師匠、大事になってしまいましたね」

 ビスコッティが苦笑した。

「まあ、大事はここの名物だけど、始めてのパターンではあるね」

 私も苦笑した。


 病院の待合室で待っていると、包帯だらけの三人が出てきた。

「お疲れ。やり過ぎだよ!!」

 私は三人に声を掛けた。

「いやー、かえって邪魔になっちゃったね。ここまで凄いとは思わなかったよ」

 犬姉が苦笑した。

「はい、隊長があれだけ苦戦したのは初めてみました。魔法を使う魔物までいましたし、生きた心地がしないとはこのことでした。

 アリサが笑った。

「だから、里の壁を越えるなっていったじゃん。あれには意味があるって、ちゃんと指摘したのに、立派に見せてるだけって聞かないし。パトラがエルフの里は移動出来るように、簡素な柵を作るだけっていったんだよ。こんな立派な壁を作るからには、必ず意味があるんだよ!!」

 頭にでっかいポンカンみたいなコブを作ったリズが、ブツブツ文句をいていた。

「だから、悪かったって。里の周囲も見たかったのに、魔物の海だもん。想定外だったんだって」

 ボロボロの犬姉が、苦笑した。

「まあ、あたしも結局いっちゃったから、強くはいえないけど、たまには人のいうこと聞け!!」

 リズが頭のコブを撫でた。

「いてて、早く温泉に入ろう!!」

 リズが笑った。

「医者からはいいよっていわれてる。じゃなかったら、リズなんかのボヤキなんか聞かないって」

「はい、リズなんかです。何回足を引っ張られか!!」

 ビスコッティが私の頭にゲンコツを落とした。

 そこで、私は気が付いた。

「そういや、アリサは?」

 いつもいる顔がなかった。

「あれ、まさか。ちょっと、アリサきなさい」

 犬姉の声で、天井板を外してアリサが飛び下りてきた。

「バカ、どこいるの!!」

「バカは先輩です。里の中を警備するのが仕事です。それを私に押しつけて、勝手にピクニックで大怪我ですか。このタコ!!」

 アリサが怒りで、完全にブチ切れていた。

「だから、分かってるからゴメンって、二階級特進させて副隊長にするから、許してよ!!」

 犬姉が困ったようにいうと、アリサが鼻血を拭いて倒れた。

「ふ、副隊長なんて大役を務める事になりました。大変なことです。ショックで落ち着きました」

「よっ副隊長。今回の私の評価は?」

「最低のDです。作戦地域外での戦闘の挙げ句、迷子で本来要求者の手で帰投しましたからね」

 アリサがビシバシ言い放った。

「合格。よろしく」

 犬姉が笑い、アリサに手を伸ばした。

 アリサはそのまま握手して、一声吠えた。

「警備隊の副隊長って凄いの?」

「ある意味、隊長より大変だよ。 私の一個下にいる数人が副司令なんだけど、大規模戦になると、自分の担当地域の司令官のもやらないといけない。必要ならその間にも隊長の私からもビシバシ指示が飛ぶ。ヘタな軍隊より忙しいよ」

 犬姉が笑った。

「へぇ、そうなんだ。また傷だらけになったね」

 私は笑った。

「回復魔法で直さないでよ。わざとそうしたんだから」

 慌てて杖をもったキキが杖を置いた。

「ビスコッティも顔中怪我だらけじゃん。なにやったの?」

 私は笑った。

「師匠がいなかったので名前は分かりませんが、地面に生えていて近づくと枝葉に見せた腕だかなんだか分からないトゲトゲ付きを振ってくるんです。死ぬかと思いました」

「……一回死んだな。そんなの相手して生きてるわけがない。白状しろ!!」

「……はい、ごめんなさい」

 ビスコッティが、自分であめ玉を舐めた。

「ったく、死んだら帰ってこい。私はそして魔法の専門にもなっちゃったんだぞ。リズ十回、パトラは三十回、犬姉四十三回、ビスコッティの正式な階数は七百八十界だぞ。苦亜改めなさい!!」

 私は笑みを浮かべた。

 あまりの回数に絶句している皆さんを見て、私は笑った。

「あ、あの、数は正確ですか?」

「うん、自然回復分も含まれるけど、ビスコッティの魂は体の外に七百八十回でて、七百八十一回目がこれ。怖くなったでしょ。

 ビスコッティが悲鳴を上げた。

「私、私、あああああああ!?」

 ビスコッティが頭を抱えて沈んだ。

「ほら、温泉が待ってるよ。

 私は笑った。


 みんなと一緒に家に戻ると、あんまり見えない裏手に死体の山が出来ていた。

「な、なにあれ!?」

 私が声を上げると、アリサは苦笑した。

「ここぞとばかりに罠を仕掛けにきたりして、それをぶっ壊して抹殺した数です。エルフの弓って凄いですね。ちょっとお借りしたのですが、明らかに外れなのに、矢が自動追尾して刺さるんですよ。凄いです」

 アリサが笑った。

「いや、違うぜ。お前のセンスだ。動きを先読みして射るから、まるで追いかけていったようにみえたんだ。うちの警備担当に欲しいぜ!!」

 通りかかったエルフが笑って、マルシルの家の扉をノックした。

「あの、私の家です。ご用がありますか?」

「ああ、おめえさんだったか。宴の準備が出来たからきたんだ。いつもは肉料理なんて贅沢なものは大盤振る舞いはしねぇんだが。スラーダが、お客様が肉を欲しています。肉を提供せねば、エルフの流儀に反します。ここはお肉を提供するべきです……とか、頑張っちまってな。楽しみだぜ」

 どうやらそのエルフが先導してくれるようで、家から出てきたマルシルとキキが加わり、私たちは会場に移動した。


 会場の中は肉が焼ける匂いと、エルフ料理の香り、さらに魚料理の香りもした。

「では、客人が揃ったところで、始めますよ!!」

 スラーダが叫び、リズを呼んだ。

「こりゃ豪華だね。野菜、肉、魚がみんな揃ってる。みそ味探そう。ビスコッティ!!」

「なんですか、忙しいんです!!」

 ビスコッティが、魚の塩釜焼きをガンガン崩しながら、ハンマー片手に大暴れしていた。

「アブね。みんな、味噌汁探すよ」

 私たちはゾロゾロと味噌汁コーナにいくと、豪華豚汁だったらしく、人気も凄かった。

「うん、美味しそうだね。食べよう」

 私は笑み浮かべ、みんなで味噌汁を堪能した。

「よし、あとは自由行動。建物から出ないでね!!」

 この私の一言でみんな散り、アリサがナイフで料理を取り分け合いをしたり、マルシルが魔法で、虚空に『ようこそ』と書いたり、本当に好き勝ってやっていた。

「いいね、楽しいの」

 私は笑った。

「はい、師匠。これは一晩やりそうですね」

 ビスコッティが笑った。

「まあ、いいんじゃない。その傷しみてもしらないよ。回数を増やさないように!!」

 私は笑った。


 やはりというか宴の晩は明け方まで続き、酔っ払い共を引き連れて、飲んでいない私とパステルでなんとか家まで帰った。

「こりゃダメだ。寝かさないと帰れない。といってもハンモックなんだよね。パステル、出来る?」

「お任せ下さい!!」

 パステルが手早くハンモックを張り、私はぐでんぐでんの群れをひっぱたく作業に没頭した。

「こんな時じゃないと、ビスコッティをビシバシ出来ない!!」

 私はむにゃむにゃいってるビスコッティに向かって、右手を振り下ろした。

 しかし、その手はあっさり受け止められ、反対にビシッと返された。

「甘いですよ。パンチっていうのはこう打つんです……」

 寝ぼけたグーパンチが私の頬を掠め、血がたらりと垂れた。

「……まともに食らってたら、怪我じゃ済まないな。減給四ヶ月」

 私は頬の血を拭いた。

「思ってみれば、全員危険物だね。ビスコッティだけ魔法のロープで縛っておいてから、あとはそっとね……」

 ハンモックを張り終えたパステルと、なるべく刺激しないようにみんなを寝かし、のこったビスコッティだけ髪の毛を掴んで引っ張り上げ、無理矢理ハンモックに押し込んだ。

「よしっと。起きたらm勝手に入るだろうし、空いてるから好都合でしょ」

 私はフィンガースナップをしてビスコッティの縄を解いて、あとは勝手にやるだろと、私はパステルと温泉に向かった。

 脱衣所で脱いだ服をカゴにぶち込み、タオル一枚だけをもって洗い場にいった。

「私、温泉って聞いた事があるだけで、入った事がないんですよ」

「おっ、おめでとう。入ったね。それにしても、また傷だらけの体だね。治すなら治すよ」

 私は笑みを浮かべた。

「いえ、大丈夫です。勲章ですとはいいませんが、未熟だという証に」

 パステルが笑った。

「未熟ね。私も基本的には治さないよ。さっきのビスコッティパンチの傷も治さない。思い出だから!!」

 私は笑った。

「思い出ですか。そういう事もありますね……」

 二人でのんびり湯に浸かり、脱衣所のドライヤーで髪の毛を乾かしていると、ビスコッティが入ってきた。

「あれ、もう上がったんですね」

「うん、酔っ払ってデロデロだったから。この傷、ビスコッティパンチが掠めた痕だからね!!」

 私は意地悪く、顔の擦り傷を見せた。

「えっ……。私なんですか、それ?」

「うん、まともに食らってたら、ただじゃ済まなかったよ!!」

 ビスコッティが頭を抱えた。

「七百六十回も死んで、むかっ腹が立って久しぶりに飲み過ぎたら、今度は師匠を殺し掛けるなんて。命は一個ですよ。なんで……」

「命は一個。それが分かってればいい」

 私は笑った。


 昨夜のへべれけ組も無事に目を覚まし、マルシルとキキがせっせとパンケーキを焼いていた、

「おう、ムカついて飲み過ぎちゃったよ。さすがに、アルコールが抜けたから、飛ぶのは問題ないよ」

 犬姉が笑った。

「なやいいや、みんな朝ご飯食べたら、ゆったり浸かってきなよ?」

「なに、もう入ったの。まあ、時間差があったからね」

 犬姉はパンケーキを平らげ、荷物の中にあったタオルと着替えを片手に浴室に向かった「みんな、なるべく早くね。今なら天候もいいから帰りは楽だと思うよ」

 私は笑った

 こうして私たちは朝ご飯と温泉を楽しみ、十時くらいには片付けと出発準備が整った。

「おはよございます。もうお帰りですか。お土産とお礼はすでにヘリコプターに積んであります。今回もありがとうございました」

「そういえば、ずっと気になっていたのですが、この家は二階がありますね。きしみ音はしませんが。勘で分かるです」

 パステルが笑みを浮かべた。

「はい、ありますよ。緊急用ですし、誰でも入れてしまうと困るので、わざと階段を隠してあるんです。もっとも、お見通しという感じですが」

 スラーダが笑った。

「そういう事でしたら、秘密にしておきます。よく考えられていますね」

 パステルが笑みを浮かべた。

「か、階段見つけたの!?」

「はい、簡単でした。簡単というより、ハシゴですけどね」

 パステルがチラッとハンモックエリアを見た。

 ハンモックを設置する床にはなにもなく、天井も普通だった……かように見えた。

「ビスコッティ、あれって7どうみてもサービスホールじゃないよね。大きすぎる」

 サービスホールとは、あとで建物の工事をする時に備え、あらかじめ開けられるように作られた蓋だ。

 しかし、それにしては大きすぎるし、明らかにおかしかった。

 しかも、さっきパステルが目配せた場所には、巨大なハシゴが置かれていた。

「ああ、こんな簡単な事に……」

 私は涙を拭きながら床を叩いた。

「また、大袈裟な。いきますよ」

 私はビスコッティに鞄のように抱えられ、家の外に出た。

 外に出ると、私たちは馬車に乗り込み、ヘリポートに向かった。

「ここの壁はまだ建設中なんですよ。ヘリコプターというものがどういう乗り物からなくて……」

「垂直離発着するから、これだけ幅があれば大丈夫だよ。壁で上まで囲っちゃって大丈夫。あとでどういうのが理想か手紙で送るよ」

 犬姉が笑った。

「それでは、皆さんまた近いうちに」

 スラーダの笑顔に答え、サイド扉を開けると、すっかり忘れていた喋る猫マクガイバーが椅子の上を転がって遊んでいった。

「ああ、スコーン。やっと帰ってきたか。メシと水くらいはあるよな?」

「……み、水なら。ご飯は帰ったらね」

「ほれみろ、忘れた。これだからよ。俺のポケットに猫缶がある、ソイツでいいぜ。黒印だぞ。贅沢はいけねぇ」

 マクガイバーが空間に開けたポケットから猫缶を取り出した。

「出すのは簡単だが、開けるヤツがいねぇと食えねぇんだよ。情けねぇ門だぜ」

 私は涙ぐみ、猫缶黒印を開けた。

「皿なんていらねぇぜ。このままでも食える。ちょっと待ってろ」

 なぜか、マクガイバーのテーマがどっかから聞こえる中、マクガイバーは猫缶から直にガツガツ食べ、空き缶に注いだ水を飲んだ。

「これでいい。やっと落ち着いたぜ」

 毛繕いするマクガイバを抱きしめて背に座ると、私はベルトを締めた。

「ビスコッティ、悪い事しちゃった。マクガイバーを忘れていたよ……」

 私はビスコッティの体に身を埋めた。

「全員が忘れていました。つまり、全員のミスです。気にしないで下さい。

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

 しばらくして雪の中離陸していくと、村の空に『ありがとう」と魔法で打ち出され、マクガイバーは小さく笑い声を上げた」

「なに、あれ?」

「ああ、俺が杖を見た連中の一部だろうぜ。大した故障じゃなくも、この里には杖師がいねぇ。苦労しただろうな」

 マクガイバーが笑った。

 ヘリは順調に飛行を続け、程なくカリーナが見えてくると。除雪されたヘリポートに下りた。

「さて、問題のお土産と一緒に、研究室戻りましょう」

 ヘリからみんなで大きな包みを運び出し、マクガイバを肩に乗せてバスに乗ると、犬姉がこれ肉じゃんと叫び、リズが目を輝かせた。

「またあの肉!?」

「普段肉料理なんてやらないからかも知れませんが、少し焼きすぎでした。今日はリベンジです」

 アリサが笑った。


 研究室に帰ってくると、アリサと犬姉がさっそく料理を始めた。

「さて、喋る変な猫も加入したし、これでチーム・スコーンだね!!」

「師匠も、いよいよ本格的にカリーナのメンバーですね」

 ビスコッティが笑い、私は抱きしめた。

「ほれ、感動の抱擁は後にして、肉食え。どんな魔法使ったのか、異様に出来が早いんだよね……」

 いつの間にか研究室中に肉の匂いが漂い、私は換気扇を全開にした。

「こりゃ、洗濯と掃除が大変だ。芋ジャージオジサンたちも呼ぼう。肉を報酬に掃除を!!」

 私は笑い、足下のマクガイバーが肩に乗り、ビスコッティがファイルを抱えて笑った。

「ところで、この辺りに迷宮があるかも知れねぇって情報がある。俺が見てもただの雪塗れな雪原だが、誰か詳しいヤツが見れば分かるハズだ。背嚢の脇に刺してある紫の書簡だ」

「それならパステルだね。パステル隊長ちょっときて!!」

「はい、どうしました?」

「なんかね、マクガイバが迷宮かも知れない地図を持ってるんだって!!」

「えっ、本当ですか。どこに……」

「ああ、こっちだった。たまに間違えちまうぜ。これだ」

 マクガイバが虚空にポケットを開き、中から一枚のひなびた地図が出てきた。

「……冗談ですよね。これ、二千年近く前にあったという、この大陸を支える祠のようなものがあると、今では伝えられています。なにせ古いので、資料がほとんどなくて」

 パステルが頭を掻いた。

「ソイツはあるっていってたぜ。確かな筋とだけいっておく。やるなら、今日は途中で日暮れだからな。準備するとどのくらいだ?」

「そうですねぇ。初期調査で三日はかかります。私のツテで機材や人員は集めます。スコーンさん。これは大仕事ですよ!!」

「いきなりきたね。なんか、冒険者臭い!!」

「臭いどころか、まさに冒険者です!!」

「よし、魔法を教えよう。基礎音声発動式魔法だから、そこから杖魔法は自体は簡単なんだけど、威力の調整ね。これ間違えると、死んじゃうから!!」

 私は笑った。

「おーい、メシくってからにしろ。多すぎて、大食いリズが撃沈したから、お前らしかいない」

 犬姉がぼんやりいった。

「いけね、忘れてた。リズがテントの中で唸ってるじゃん。ビスコッティパンチで治して、また食わせる。あとはチーム・スコーンだ!!」

 私は笑ったのだった。

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