第26話 冬のある日(改稿)

 やっと雪が晴れた二の月真ん中。私は堆く積もった校庭の雪をスコップで掘り進め、どこかにいるビスコッティとリズを探していた。

「犬姉、どう?」

「多分いないね。もう少し北に向かおう」

 犬姉と簡単に打ち合わせし、ビスコッティとリズが潜んでいそうな場所を探していた。「どうかな……」

「なんか、微かに気配を感じるな。みてみよう」

 犬姉が背丈を超えるほど積もった雪の壁を登り、ビノクラで辺りを見回した。

「おっ、いたいた。ビスコッティが顔を出してる。狙うならいまだよ」

 私も雪の壁を登りビノクラで辺りを探った。

「リズもいるね」

「私が誘い出したの。わざとビノクラのレンズに太陽光を反射させて。はい、まずはビスコッティを仕留めて」

 練習用のコルク弾なので飛距離は期待出来なかったが、私はビスコッティの頭を狙ってドラグノフの引き金をを引いた。

 ビスコッティが雪の壁の向こうに転がり落ち、リズが発砲してコルク弾が私の頬を掠めた。その間に犬姉が発砲し、リズが雪壁の向こうに消えた。

「逃げたか……。また穴掘りだよ。こっちの居場所はばれたから……南西に向かって行こう」

 私は頷き、再びスコップで雪を掘り始めた。

「ストップ。見つけたぞ」

 犬姉が狙撃銃を片手に、舌なめずりした、

 犬姉の周りに弾が集中し、私は雪壁を登って、援護射撃に回った。

 リズの弾丸が私の髪の毛を揺らし、時々引っ込んではバリバリ雪を掘って、また顔を出して別方向からの狙撃を試みた。

 犬姉も負けじと発砲し、リズが冷静に撃ち返してきた。

 足が滑って落っこちた表紙に、シュッと微かな音が聞こえた。

「立ってたら当たってたな。これが、噂の40%の運か」

 私は苦笑し、雪を掘り進んでリズを目指した。

 犬姉の射撃音とリズの射撃音が聞こえるなか、私はせっせと雪を掘り進み、程なくリズの陣地に転がり込んだ。

「うわ、ちょっと!?」

 リズが反射的にナイフを抜くのと、犬姉が頭を打つ抜くのは、ほぼ同時だった。

「こ、こらぁ、それ反則ででしょ」

「……掘ってたら出た。それだけだ」

 私はシュパッと煙草に火を付けた。

「この野郎、もう一回だ!!」

「いいけどビスコッティはやめておけ、あとが怖い」

 私は額の冷や汗を吹いた。

「あー、怖いんだ。大騒ぎしてたよ。師匠ごときに眉間を抜かれたって、大騒ぎして。本当にぶっ殺すって、実弾を込めようとしていたのを止めるの大変だったよ」

「……だから怖い。特に、ビスコッティは眉間のちっこいイボを攻撃すると、鬼みたいに怒る」

「まさに逆鱗か。でも、ビスコッティの周辺警戒能力は侮れないよ。今は敵でやったけど、スコーンと組んだらここでも最強かもね」

 リズが苦笑した。

「違うよ。ビスコッティが組むと強いのは、そこで警備しているアリサだよ。長く仕事してたんでしょ?」

「それにそうか」

 リズが笑うと、そのアリサが体カタカタ震わせながらやってきた。

「あの、私も一戦やりたいです。予測はしましたが、みていたら我慢出来なくなりました」

 アリサが実弾を込めたマガジンをコルク弾のマガジンに替え、レバーを引いて薬室内にあった実弾を廃棄した。

「おーい、アリサがやる気になっちゃったよ。犬姉、どうする?」

 リズが無線で犬姉に連絡した。

『なに、やる気になっちまったってか。しょうがないなぁ。ビスコッティ、久々に組む? 相手はスコーンとリズとパステルの混成だけど……やる。あっそう。人数差があるからかって燃えるって!!』

「へぇ、血反吐吐かせてやるっていっておいて。スタート地点に戻るよ」

 なにせ、やたら広い校庭だ。

 貸し切りにして狙撃練習をしようといいだしたのは犬姉で、結果として今がある。

 チーム戦ではあるが、得点は個人で表され。私はなんと、犬姉をギリギリ抑えてトップにいた。

 校庭の入り口にあるスロープを上るといつの間にかギャラリーまで出来ていて、なぜか拍手されてしまった。

「師匠、やりましたね……」

 ビスコッティがゲンコツを落とし、ため息を吐いた。

「いったいなぁ。そういうゲームなんだから、どうしょうもないでしょ。次はアリサと組むじゃん」

 私は苦笑した。

「通称『ぶっ飛びシスターズ』再結成ですか。知りませんよ、私たちの勝ちは決まっています」

 ビスコッティがニヤッと笑った。

「へぇ、ビスコッティにしては、珍しく自信あるじゃん。じゃあ、せいぜい準備してなよ」

 私はアリサと真剣に作戦を練り始めたビスコッティをみて、リズとパステルが手招きしている場所に行った。

「よしよし、喧嘩売ってきた?」

「逆に売られたよ。もう、自分たちの勝ちだって息巻いてた」

 私はリズに笑みを送った。

「ふーん、やってやろうじゃん。パステル、いい感じにプランできた?」

 パステルがマップを眺めながら唸っていた。

「十キロ四方のなにも遮蔽物がない空間で、身を隠すのは自分で掘った雪の壁だけですか。これ、マッピングしようがないですよ!!」

「いいの、あたしたちが通った場所さえ分かれば」

「はい、でしたら可能です。今回、私は戦力になりません。あくまでも、サポートですね」

 パステルが笑った。

「パステルの野生の勘が頼りなんだよ。あの二人に、常識は通用しないから」

 リズが笑った。

「ビスコッティは私の動きを全部知ってるんだよ。教わってるくらいだから。でも、狙撃の項目はないよ。どうあっても、教えてくれなかったから」

 私はドラグノフを構えた。

「そりゃ教わって覚えるもんじゃないからね。あの二人の性格だと、まだ雪が掘られていない新雪の場所を狙うね。その方が、すでに使われた場所と違って、かえってやりやすいから。あたしもそうするし。それくらいでいいでしょ」

 こうして作戦会議とも呼べないものを終え、私たちは銃を片手にスタートを待った。

「こら、いつまでやってる。スタートだぞ!!」

 なにか真剣に検討していたビスコッティとアリサに、犬姉が声を掛けた。

「はい、師匠の狙撃パターンを……。大丈夫です。アリサ、やるよ!!」

「よし、気合い入った」

 どうやらこちらも準備が出来たようで、スタートラインに並んだ。

「それじゃ、スタート!!」

 犬姉が声を上げた。

 ここから五百メートル先にコーンが立てられていて、そこまでは交戦禁止だった。

「お先に!!」

 リズが呪文を唱え、まるで地面を走るように積もった雪を弾き飛ばしながら、飛行の魔法で派手に進んだ。

「ま、魔法禁止じゃ!?」

「違う、攻撃魔法禁止だよ。あとは自由」

 リズが笑い、校庭の中程で止まった。

「ここからは雪かきだよ。派手にいったから、なるべく離れないと」

「はい、分かりました!!」

 パステルがスコップを取り出し、バリバリ雪を掘って道を作っていった。

「探査系魔法も禁止だよ。忘れないで」

 私も雪かきしながらリズに声を掛けた。

「分かってるよ。さて、どうかな」

 リズが雪の壁を上ってビノクラで周囲を見回した。

「いた、慌てて雪かきしながら向かってきてる。距離は約三千。さすがに頭は上げないか……」

 リズが笑みを浮かべた。

「今のうちに、銃の点検をしておくか」

 リズは肩に下げていた、銃弾を発射するために必要なもの以外は全部省いたような銃を取り出した。

「それ凄いよね。見方によっては、オモチャにすら見えるけど……」

 私は苦笑した。

「うん、必要なものって、実はこれだけなんだ。あとは故障を防いだり頑丈に作ったりで色々付けて、よく見るライフルになるけどね。これが、暴れ馬なんだけど、性にあっていてね」

 リズが笑った。

「敵、飛行の魔法を使いました。接近まで十五秒」

 周辺警戒していたパステルが声を上げた。

「ギリギリ抑えて安全策。ビスコッティらしいやり方だよ。飛行は難しいから」

 私はドラグノフを構えた。

「こりゃ、ここで戦いだね。リズ、準備して」

 私は飛行の魔法で展開されている風の結界向かって、一発撃ち込んだ。

 弾丸が命中すると、いきなり飛行の魔法が安定性を失い、ビスコッティとアリサが派手に吹っ飛んだ。

「ビスコッティって、飛行の魔法苦手だもんね!!」

「おいおい、あれじゃ危ないぞ……」

 リズが苦笑した。

  私はまずビスコッティが吹っ飛んだ先をみた。

  雪にまみれてなんとか這いだしてきたところを、私はスコープを覗いてドラグノフの引き金を引いた。

 ビスコッティ目がけて飛んだコルク弾は、ちょうど顔を上げたビスコッティの顔面に当たり、背後に向かって吹っ飛んだ。

 被弾したら負けというルールの下、ビスコッティはポケットに入れていた様子の白旗をパタパタと振った。

「……クリア」

 私は呟いた。

「スコーン、アリサを仕留める。バックアップ!!」

「はいよ!!」

 リズが雪の壁の上に乗り、そのまま匍匐で移動を始めた。

 その間、私はドラグノフでアリサを撃ち、牽制攻撃をかけた。

 しばらくして、リズが発砲してアリサがパタッと倒れ、白旗を揚げた。

「よし、これで終了だね」

 私は小さく息を吐いた。


 スタート地点に戻ってくると、ほぼ同時に帰ってきたビスコッティが、私にゲンコツを落とした。

「なにするんですか。快適だったのに!!」

「……そもそも安定してないから、一発撃たれただけで暴走したんだよ」

 私は笑みを浮かべた。

「そ、それは……はい。その通りです」

 ビスコッティが黙ってしまった。

「あ、あの、名前と所属は!?」

 アリサが真面目に聞いてきた。

「それ逆じゃない?」

 私が笑うと、アリサも笑った。

「師匠、今回の敗因は私ですか?」

「うん、いきなり飛行の魔法が壊れた事で、メチャメチャでしょ。あれがなかったら、いい勝負になったんじゃない?」

 私は笑みを浮かべた。

「やはりそうですね……。あー、悔しい!!」

 珍しくビスコッティが吠えた。

「私も悔しいです。リズはともかく、スコーンは経験の浅いアマチュアです。まさか、こんな働きをするとは……」

 アリサがため息を吐いた。

「私だってがっかりだぞ。お陰で、スコーンの個人ポイントが、断トツトップになっちゃったじゃん。まあ、無駄弾を使わず、素人であの動きをされたらね」

 犬姉が笑った。

「いったでしょ。王都の魔法学校はこんなのばっかりだって。狙撃はなかったけど」

 私は笑った。

「さて、お開きだね。誰がやっても、スコーンの個人ポイントを抜けないもん」

 犬姉が笑った。

「師匠……私は護衛失格ですか?」

 ビスコッティが小さくため息を吐いた。

「失格じゃないって、ゲームだから。これゲームだから!!」

 私は慌ててビスコッティに抱きついた。

「ありゃ、落ち込んじゃったの。こんなの実戦じゃないって分かってるでしょ?」

 リズが笑った。

「はい、そうなのですが。師匠に撃たれるなんて、誰か引っぱたいて下さい」

 ビスコッティがポケットからあめ玉を取り出して、一個口にした。

「ほら、要するに私に撃たれた事がショックなんだよ。甘ったれるな!!」

 私はビスコッティに思い切り、平手を叩き込んだ。

「はい、直りました。師匠、腕が良すぎませんか?」

「ほら、もう直ったでしょ。意外と狙撃が得意なのかもね!!」

 私は笑った。

「要するに、スコーンに撃たれてムカついてただけかい!!」

 犬姉とリズが笑い、アリサとパステルがポカンとした。

「はい、ムカつきます!!」

 私はゲンコツをビスコッティの頭にめり込ませた。

「ごめんなさいは?」

「……ごめんなさい」

 私は小さく笑みを浮かべた。

「さて、用事も終わったみたいだし、後片付けして撤収するよ。みんな、スコーンを甘くみない方がいいよ!!」

 犬姉が笑った。


 そもそも、なんで朝から雪かきしながら狙撃演習していたかというと、ビスコッティが私のスコープを欲しがったからだった。

「なんで師匠があれを……師匠、私のスコープと交換しましょう。決して、クソボロい品ではありません!!」

 ビスコッティが私の狙撃銃をみながら、なにか熱弁を振るってきた。

「やだよ、誕生日プレゼントだと思うよ。あれメチャメチャ明るく見えるし」

「それなんです、レンズの数が少ないので明るいままで高倍率なんです。しかも、暗視もできます。師匠は滅多に狙撃しませんよね!!」

「それはビスコッティもでしょ。ナイフ持たせれば無敵なんだから」

 私は自分で淹れたお茶を飲んだ。

「それはそれ、これはこれです。これさえあれば、アリサに狙撃で勝てると思うんです。ください!!」

「それなら鍛えなよ。道具がよくなってもねぇ」

「いいから下さい!!」

「ヤダ!!」

 などとやり合っていたら、たまたま研究室にきた犬姉が事の顛末を聞いて笑った。

「なんなら、狙撃対戦でもやるかい。コルク弾だから飛ばないけど、当たったらやられたって事で。欲しかったら、スコーンにかってみな!!」

「分かりました。師匠、いいですか?」

「分かったよ、うるさいからそうして!!」

 まあ、こんなわけで、成績は私がトップという結果に終わった。

 この結果を受けて、犬姉はもちろん、リズやアリサまで毎日のように狙撃練習をするようになってしまったが、それは別の話。

 勝負に負けたビスコッティは、テンションを無理やり上げたり落ち込んだりを繰り返していた。

「師匠はどこで練習していたんですか。練習もなしに出来たら、天才以外なにものでもありません」

「天才かどうか知らないけど、なにかを遠距離から撃つのは攻撃魔法で散々やっていて感覚があるし、たまたま銃と相性がよかったんじゃない。そうとしか思えないもん」

「そんな偶然……ないとはいいませんが。ズルいです」

 ビスコッティが小さく行き吐いた。

「だったら、市場に連絡してみなよ。普通に出回ってるなら、コネを使えば簡単じゃん」

 私が笑みを浮かべると、ビスコッティはハッとした表情を浮かべた。

「そうです、その手がありました。値段は張りますが、コネはいくつかあります。さっそく無線を……」

 ビスコッティは、研究室エリアにある大型無線機に飛びついた。

「……やってなかったんかい。真っ先にやるでしょ」

 私は苦笑した。

「師匠、一つだけありました。キープしたので、早く市場に行きましょう!!」

 朝からの不安定さはどこへやら、ビスコッティはあっさり立ち直った。

「はいはい、あるはずだと思ったらやっぱりね。どうやって行くの。陸路は積雪が凄すぎて、あのハイテクトラックでも難しいと思うよ」

 私は笑った。

「もちろん空路です。ヘリで行けばすぐですから」

 ビスコッティは笑みを浮かべた。

「もう笑った……。はいはい、お付き合いしましょ。ドラグノフの弾薬が特殊で、在庫がほとんどないし、購買で発注すると時間がかかるし高いしね」

 私は苦笑した。

「なに、ヘリパイロットお呼びかい?」

 いつ来たのか、アリサと交代で犬姉がやってきた。

「はい、あのスコープの在庫が一個だけあったのです。今から市場に行こうと……」

「なに、あったんだ。私もアリサにあげようと、市場の在庫を漁ったら三つくらい出てきたから買いだめしておこうかと。ちょうどいいから、天気もいいし行こうか。空港に連絡してブラックホークを一機整備してもらっておく」

 犬姉は内線で空港を呼び出し、ブラックホーク一機の手配を依頼した。

「あのスコープですか。あれをへカートⅡに付けたら、敵の頭を弾くのに最適です」

 アリサが笑みを浮かべた。

「うん、だから経費で買ってあげる」

 犬姉が笑った。

「ビスコッティも犬姉もへカートⅡでしょ。あれ、ちゃんとつくの?」

「うん、ピカティニーレール方式っていって、ただのレールなんだけど、スコープでもなんでも簡単に脱着出来るものが着いているから平気。むしろ、ドラグノフに付けた腕を褒めて欲しいな。あれ、そんな便利なものなんか付いてない古い銃だから、付けた位置には拘りがあるよ」

 犬姉が笑った。

「へぇ、そうなんだ。なんか、みんなでスコープ争奪戦?」

 私は笑った。

「あれ、高性能で便利だから、みんな欲しがるんだよ。狙撃手がスコープを変えるって、相当な気合いだからね。これに全て掛かってるから。そりゃ、泣いたりへばりついたり、色々手を使うよ」

 犬姉が笑った。

「実際大変だったよ。そこまで欲しいかって……」

「命掛かってるもん。そりゃ必死になるよ。アリサはここの警備は帰ってきてからでいいや。どうせ行くでしょ?」

「はい、差し支えなければ。支給品のベレッタが不調で、修理しないとという感じです」

「それ報告書にないぞ。書いてあれば、在庫から新しいの出したのに」

 犬姉が苦笑した。

「いえ、まだ使えるはずなんです。ダメならそうします」

 アリサが笑みを浮かべた。

「パステルたちも行く?」

 私はたき火周りでほっこりしていたパステル、マルシル、キキに声を掛けた。

「はい、行きます。あそこはお宝の匂いがします!!」

 パステルが笑った。

「私も行きます。長い武器が欲しくなりまして……」

 マルシルが笑った。

「長い武器ってライフルか……。なにに使うの?」

「はい、拳銃だけでは心許なくなったのです。スコーン研究室はライフル必携になるってご存じでしたか?」

 マルシルが笑った。

「そ、そうなの。そんなデンジャゾーンになっちゃったの!?」

「はい、確かにゴツいのがこぞって狙ってますからね。以前から話はあったのですが、ついに校長先生が決断したようです。ライフルか散弾銃で、アサルトライフルは当然OKですし、狙撃銃も大丈夫です」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「そっか、私はこれ以上武器を増やすと困るからいいけど、マルシルはまだ学生だし、パステルとキキは拳銃だけだもんね。ないと心許ないかな。要練習だけど、いいかもね」

 私は笑みを浮かべた。

「そういえば、師匠はどんな武器を持っていましたっけ?」

「うん、AK-47、ドラグノフ、RPG-7、カールグスタフ、MP-5で、学校標準のベレッタとドラゴンスレイヤー。ナイフは銃剣と共用にしたよ!!」

 私は笑った。

「もうちょっとで歩く戦車ですね。確かに十分以上です。ほかにも手榴弾とかC-4をこっそり持っていますしね」

 ビスコッティが笑った。

「うん、手榴弾はムカついた時、ビスコッティ投げる!!」

 ビスコッティが笑みを浮かべ、なんかあった時用に研究室に置いてある滅菌装置からメスを取り出した。

「そういう師匠のいけない場所を取り除きましょうね。麻酔は要らないでしょう」

「び、ビスコッティ。冗談だよ!?」

 ビスコッティが私を机に押しつけ、メスの滅菌袋をビリッと破くと、よく切れそうな刃をそっと近づけていった。

「も、もしかして、怒っちゃった!?」

「はい、この上なく怒りました。もはや、切除するしかありません」

「ぎゃあ、やめて!!」

 ビスコッティの手が動いた時、発砲音が聞こえてビスコッティの手にあったメスが吹き飛んだ。

「コルク弾だよ。朝から、なに楽しい事やってるの?」

 パトラを連れたリズがエレベータで下りて来た。

「あれ、邪魔されてしまいましたね。今、師匠のいけない場所を取ろうと……」

「やめてやめて、冗談だから!!」

 私はなんとかビスコッティから離れ、リズを盾にした。

「今度はなにやったの?」

「はい、ムカついた時に、私に手榴弾を投げつけるとか。もはや、死刑レベルのイタズラです」

 ビスコッティが、コツコツと靴音を響かせながら接近してきた。

「冗談相手に本気で怒らないの。いい年こいて!!」

 リズにビスコッティの靴が飛び、パトラが口でキャッチした。

「……口で。やりますね。これなら」

 ビスコッティがもう片方の靴を脱いで投げた時、背後から迫ったパステルが島で見つけたダイヤの原石を、思い切りビスコッティの後頭部にぶつけた。

 そのままパタッとビスコッティが床に倒れ、後頭部から血を流して動かなくなった。

「パステル、やり過ぎ。それ岩石だから!!」

「はい、慌てていたので!!」

 リズとパトラは慌てず騒がず、ビスコッティの怪我の様子を確認した。

「うん、これなら平気だね。パトラ、よろしく!!」

「あいよ!!」

 パトラが床に魔法陣を描き、ビスコッティに魔法薬を振りかけた。

「バスタ・イイモシア!!」

 パトラの声と共に、ビスコッティの傷が塞がり、むくっと起き上がった。

「あれ、なんかあったような……。師匠、ダメです。メスなんて出して何する気だったんですか!!」

 ビスコッティが床に落ちたメスを廃棄箱に放り込んだ。

「これでよし。靴まで脱いで、私はなにを……思い出せそうで思い出せない!!」

 ビスコッティは返してもらった靴を履き、仕切りに首を傾げていた。

「……傷の治療と、ちょっと前の記憶を消すエルフ魔法だよ。悪用禁止」

 パトラがそっと耳打ちした。

「ダメだよ、そんなの使ったら……。でも、またデンジャゾーンになるからこれでいい」

 私はパトラにしがみついた。

「あれ、師匠。パトラと仲良くなったんですか、いいことです。それはともかく、どうしても思い出せない」

 リズが小さく笑って、ポケットから手榴弾を取り出すと、それを手慣れたバーテンダーよろしく、机にコトリと置いた。

「ダメです、そんな危険物をここで出したら……。ん、手榴弾?」

 ビスコッティが一瞬考えた時、今度はパトラが手榴弾をデコポンに変えた。

「ああ、デコポンですか。美味しいですよね。それにしても、手榴弾ですか。助手として、正確な記憶には自信があったのですが、思い出せないですね」

「もういいじゃん。なにもなかった。はい終了!!」

 私は頃合いをみて、ビスコッティに声を掛けた。

「そうですか。なにか、師匠に大事な事を教えようとした記憶が……へい、銃とキンタマは遊び道具じゃねぇよ。的な?」

 ビスコッティが小首を傾げたが、それ以上は考えても無駄だと悟ったか、首を横に軽く振った。

「それより、市場にいくんですよね。犬姉、いつ準備はできますか?」

 ポカンとしていた犬姉が、慌てて無線機を手に取った。

「絶対、死んだと思ったのにな……。あと一時間は掛かるよ。武装はロケット弾だけにしておいた」

「なんで、市場に行くのにロケット弾!?」

 私は思わずリズをぶん殴ってしまった。

「……なんであたしを殴った?」

「ぎゃあ、つい!!」

 私はリズから逃げようとして捕まった。

「ダメだねぇ。聞き分けのないお手々は折っちゃおうか?」

 リズがニタッと笑みを浮かべた。


 この場に出る全ての生をを司るもの。今その姿を顕現し、我が身、我が血となりてつい最近契約した言霊に従い、我と共に戦わん。召喚魔法。校長先生!!


 私が呪文を唱えると、サモンサークルと呼ばれる魔法陣ににた図形が虚空に現れ、にゅっと校長先生が現れた。

「おや、なにかと思えば朝から喧嘩ですか。いけませんね。よろしいですか、喧嘩は大事です。ですが、行き過ぎた行為は禁止です。リズ坊、それ以上はダメですよ」

 先生がチャッキと眼鏡を直し、ポカンとしたリズにゲンコツを落とした。

「おっと、これは失礼。喧嘩はこの程度です。はい、お説教」

 リズが私をポカンと見ながら、校長先生の前に正座した。

「いいですか。リズ坊。相手は年下です。それはオイタもするでしょう。ですが………」

 校長先生が優しくリズを諭し、リズは私をポカンと見つめたまま時々見ている方向を直され、パトラが満面の笑みを浮かべた。

「スコーン、召喚魔法使えたんだ。なんで先生なんか呼ぶかな」

 パトラが喜んだ。

「分からない……分からないけど、必死こいたら呪文が出た。私って……」

 私は近くにあった手鏡で自分の顔を見た。

「……正常。唇が荒れてる。問題なし」

 私は手鏡を机に戻した。

「師匠の極秘情報があるんです。実はサマナー……すなわち、召喚術士の家系なんです。はるか昔に危険だからと禁止されてはいますが、血は消せるものではありません。師匠もなぜか校長先生で目覚めてしまいましたか」

 ビスコッティが笑った。

「なに、私は召喚魔法使えるの!?」

「はい、召喚魔法を使うためには二つの方法があります。一つ目は、リズが持っているサマナーズ・ロッドに認められて入手する事。もう一つは『血』で呼ぶ事です。まさに血の契約なのですが、なぜか校長先生とは契約していないのに出てきてしまいましたね。なにかを敏感に察したのでしょう」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「……血で呼ぶって、いわゆる『地獄の契約』?」

「違います。それは、キキが使っていた黒魔法です。召喚魔法は、こちらの呼びかけに応えてもらう感じです。強制力はありません」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「それにしても、校長先生のお説教も長くなりそうですね。今日は楽しみです」

 ビスコッティが笑った。

「そっか、召喚魔法が使える血筋なんだね」

「はい、しかも両親ともです。最強の適正ですよ」

 ビスコッティが笑った。

「……研究していいのかな?」

「それは私が答える事ではありません。強いていうなら、せっかく適正があるなら、使わないともったいないです。

 ビスコッティが、私の口にあめ玉を放り込んだ。

「……研究する。私は研究者だ」

 私は笑みを浮かべた。

「そうですか、さすがです。でも、怖いかもしれませんね。私も知らない世界なので」

 ビスコッティが笑った。

「だからなんですか。冒険です!!」

 どうもどっかをでなにか刺激らしく、チーム・スコーンのマクガイバーが声を上げた。

「パステル、魔法研究は全部冒険なんだよ。その冒険心は大事だよ」

 私は笑った。

「はい、私はそれしかありません。あとは気合いです!!」

 パステルが笑った。

「気合いか、確かに必要かもねぇ。それにしても、校長先生はいつまで説教しているんだろ?」

 校長先生がいちいちリズの顔を私から戻しながら、先生は説教を続けた。

「おっと、長話が過ぎましたね。私はこれで……」

「サモン・アウト」

 私が呪文を唱えると、校長先生がスッと消えた。

「す、スコーン、どうやって召喚魔法使ったの。あれ、完璧な……いや、微妙だけど呪文は呪文だったよ!!」

「……ビスコッティ、説明」

 私自身が理解していなかったので、リズへの質問を丸投げした。

「えっ、サマナーの血筋なの。こんなところに?」

 リズが私をギュッと抱きしめた。

「あげない。誰にもあげないで、麻酔抜きで解剖する……」

「な、なんで!?」

 私はリズを一本背負いでぶん投げ、ビスコッティにへばりついた。

「じょ、冗談だって。サマナーの血筋なら、十五の頃に手の甲に印が出るはず。右手と左手……」

 私は自分両手の甲をリズに見せた。

 左右で合わせると不思議と図形に見えるそれは、ただの火傷と聞いていた。

「あ、あった、はじめて見た。パトラ、写真写真!!」

「はいよ!!」

 パトラが苦笑して、手に持っていたカメラで、私の両手の甲を撮影した。

「というわけで、師匠は生来召喚魔法が使えるんです。ここまで調べるのは大変でしたが、自分の身を守るためにも、徹底的に洗ったので」

 ビスコッティが笑った。

「パトラ、採血採血。今こそ明かしてやる、サマナーの謎!!」

「リズ、それは落ち着いたらちゃんとスコーンの許可をもらってやった方がいいよ。ヘリの準備が出来たみたいだし」

 パトラが笑みを浮かべた。

「そ、そうだね。たまにはまともな事をいう……。あとでよろしく」

 リズが笑みを浮かべた。

「うん、いいよ。私も気になるし」

 私は笑みを浮かべた。

「師匠の目覚めは二十才でしたか。平均的には三十才を過ぎた頃から違和感を感じ始め、あれ? ってなるそうなので、早かったですね」

 ビスコッティが笑った。

「ビスコッティ、研究順序の練り直し。デコポンのデコの高さの平均なんてどうでもいいよ!!」

「……スコーンもあれか。パトラ系研究者か?」

 リズが苦笑した。

「おいこら、さっさと市場にいくぞ。撃ち殺されたいのか!!」

 犬姉が中指をおっ立てながら叫んだ。

「はい、師匠お出かけですよ。今日は寒いのでこのコートを着て下さいね」

 ビスコッティが、分厚いコートを白衣の上から着せた。

「さて、みんないくよ。そのうち、無反動砲必携とかならないよね。この研究室」

 私は苦笑した。


 バスで空港のヘリポートに行くと、すでに二機のアパッチ攻撃ヘリが上空哨戒体勢に入っていた。

「護衛までいるの?」

「要るに決まってるじゃん。市場周辺はそうでもないけど、スティンガーを担いだ強盗団とかたまにいるしね。冬のこの時期は、獲物が少ないからどいつもこいつも必死だから」

 犬姉が笑った。

 見慣れたブラックホークの座席に座り、ベルトを締めて私たちは出発準備を終えた。

 向かって右側の席に腰を下ろした犬姉がチェックリストを読み上げ。左側の服操縦手席でリズがディスプレイ上の項目に触れてOKサインをしていた。

「はい、おまちどう。いくよ」

 犬姉が笑みを浮かべ、リズがエンジン出力をあげると、頭上のローターが放つ風切り音が激しくなった。

「管制塔より連絡。離陸許可」

 リズがエンジン出力を上げると、それだけで機体が少し浮いた。

 こうして、リズの操縦でカリーナを飛び立った私たちは、左右に二機のアパッチを従えて、雪原の中の市場目指して飛んでいった。

 しばらく飛行していると、右側のアパッチが急旋回して、いきなりロケット弾の雨を降らせた。

「ほら、いた。いつでもどんな時でも、連中はいると!!」

 犬姉が笑った。

「本当にいるんだね。遭難しそう」

 私は笑った。

「はい、師匠。ここは連中にとっては庭も同然です。目をつぶっても帰れます」

 ビスコッティが笑った。

「ところで、ビスコッティ。なにか糠床の匂いが……漬けてるの?」

 私は笑った。

「はい、冷蔵庫の中で、丹精込めて育てています。まだ浅漬けですが、帰ったら食べます?」

 ビスコッティが笑った。

「漬物で思い出したけど、あまりに臭いからカリーナの校則で漬けちゃいけないって、エルフの食べ物があるの知ってる。多分、マルシルは失意のどん底に陥るかもしれないけど。キュッセ・レドレフ!!」

「ええ!?」

 マルシルがまるで撃たれたように、ベルトに身を預けて動かなくなってしまった。

「なにそれ?」

「うん、漬物の一種なんだけど、魚介類と大量の塩で漬け込んだ白菜だよ。これ、マジで臭いからね。でも、これが好きなエルフが多くて、私もなんだけど、最初にやって怒られて禁止されたと!!」

 パトラが笑った。

「な、なんか凄そうだね。マルシル、生きてる?」

「は、はい……悲しいです」

 一言だけ呟き、マルシルは黙ってしまった。

「そ、そこまで好きなの?」

「まあ、嫌いなエルフはいないよ。あの匂いは強烈だけどね!!」

「はい、特に発酵してきた頃がいいんです。食べられないんですね」

 マルシルが小さく息を吐いた。

「そ、そこまでヘコむ!?」

「うん、エルフのソウルフードだもん。豚骨ラーメンがないリズみたいなもんだよ」

 パトラが笑った。

「だ、大丈夫です。たまにスラーダさんの里にいって食べるので」

 マルシルがなんとか立ち直った時、左を飛ぶアパッチが、一発のミサイルを発射した。

「ん、なんかいたの?」

「アパッチ・ロングボウだからね。五キロ先の事は分からないな」

 犬姉が笑った。

「なんか、結構いるね。この寒いのに……」

 私は閉じた扉の窓から見える外の景色をみた。

 そのまましばらく飛行していると、ヘリの機内にアラームが流れた。

「ミサイル、回避機動!!」

 犬姉が叫び、リズが機体を真横にする勢いでフル加速し、チャフ・フレアを派手にばら撒いた。

 比較的近くで爆発が起こったが、ヘリは一機に逆旋回して機種を地上に向けたまま、突き進んだ。

「……やられたらやり返すってね」

 リズは操縦桿の赤カバーを開けて画面を見ながらボタンを押した。

 こちらのヘリから派手にロケット弾の雨が雪原目指して飛んでいき、随行のアパッチも派手にロケット弾をぶちまけた。

「これ、一気にぶちまける武器じゃないんだけどな。どうやら、盗賊団の本隊がここらしいね。叩き潰そう!!」

 といっても、リズが一気にぶちまけたロケット弾しかない私たちは、アパッチが容赦なく地上攻撃をする姿を見るしかなかった。

「リズ、早すぎるよ!!」

「いいんだよ、こんなもん早くて。それにしても、さすがアパッチだね。三十ミリチェーンガンの破壊力が凄い事凄い事」

 リズが笑った。

「重いし要らないと思って、ドアガン外したの失敗だったかな……。よし、オールクリアが出たよ。戦闘終了!!」

 犬姉が揚げせんべいの袋を開けて、バリボリ食べはじめた。

「よし、市場が見えてきた。三番スポットだって。着陸前チェックはじめるよ!!」

 リズが笑った。


 市場のヘリポートに着陸すると、犬姉が先に見ているようにいった。

 ライフルコーナーにいるといってから、私たちはヘリを降りて市場に入った。

「相変わらず混んでるね。えっと、ライフルは……」

 私たちは市場を歩き、案配板に従ってライフル類が置いてあるコーナーに移動した。

「ん、これへカートⅡじゃない?」

 ライフルでも別格の大きさを持つ対物ライフルの中に、見覚えのある銃を見つけて、粟私は笑った。

「はい、そうです。五十口径弾を使いますが、反動は九ミリ程度に抑えてあるんです。滅多に見ないのに、珍しいですね。

 アリサが嬉しそうにいった。

「そうなの、それいいね。買ったらまた歩く戦車って言われちゃうよ」

「私は買います。ご一緒にどうですか!!」

 白衣を着た冒険野郎マクガイバーこと、パステル隊長が笑った。

「ん、じゃあ私のも……」

 私がいおうとすると、アリサが目に涙を浮かべた。

「……と思ったけど、遠距離は苦手だよ!!」

 アリサの涙が引っ込み、笑顔を浮かべた。

「では、私だけが。重いですねぇ」

 バステルがへカートⅡをカートに乗せた。

「パステル、普通のもね」

「はい、銃身が長いと屋内で邪魔なので、カービンにしようと思っています。皆さんどうですか?」

 パステルが笑った。

「だったら、このHK416がオススメですよ。銃として良く纏まっていますし、アクセサリも豊富です。これを人数分配備しましょう。ビスコッティが笑みを浮かべた」

「ビスコッティがいうなら間違いないよ。ところで、さっきのへカートⅡダメ?」

「ダメです。あれは私とアリサの領分です。師匠は不足している弾薬を買って下さい。大体、師匠が狙撃なんて……」

 ビスコッティが首を横にブルブル振った。

「私の方が個人スコア上だったよ!!」

「忘れました。ここにいると、また師匠が変な銃を見つけて騒ぐので、早くレジに行きましょう」

 ビスコッティがカートを押してレジにいった。

「あれ、アリサはいいの?」

「はい、隊長が見繕って配備するのが仕来りなんです。今頃、血眼で探してると思いますよ」

 アリサが笑った。

「なるほど、私は満足だよ。会計が終わったらどうするの?」

 私はビスコッティに聞いた。

「大量買いなので配達になるそうです。先にヘリで待っててくれとのことです」

 ビスコッティが頷いた。

「本当に全員装備なんだね。大変だよ」

「はい、正規の隊員だけでも百人はいますからね。そうでないと、あの広大なカリーナは守れません。隊長だから、副官も付けずに一人で面倒を見られるんです。その代わり、報告書は細かい内容まで要求されますけどね。本当に凄いですよ」

 アリサが笑みを浮かべた。

「へぇ、予想以上に凄いんだね。あっ、会計」

 会計の順番がきてレジを待っていると、拳銃を片手に犬姉が苦笑してやってきた。

「アリサ、自分で動作不良っていったんだぞ。忘れていただろ。ベレッタ92F!!」

「……あっ」

 アリサが腰から拳銃を抜いた。

「ったく、これだから私に怒られるんだよ。ほれ、見繕ってきたぞ」

 犬姉がカゴに拳銃を突っ込み、アリサの拳銃を回収した。

「それ高いから直せるなら直して使うし、ダメなら部品取りだから。これはカリーナの学生課に戻しておくよ」

「ありがとうございます。帰ったら、新品の油落としですね」

「そういう事。今度は壊さないでね」

 犬姉が笑った。

 私たちの会計が終わり、犬姉の発注書になると、かなり面倒だった。

 偶然私たちと同じ銃だったが、予備を合わせて二百丁以上の大商いだったからだ。

「この数になると、一度に納品は困難です」

「分かってるよ。とりあえず、最初の十丁があればいい」

 犬姉が笑った。

「それでしたら、今お持ち帰りになれますよ。残りは二回に分けて、ヘリで運ばせますので」

 レジに入ってきた、少し偉そうな人がいった。

「わかった、それでいいよ。あと、これ。どうせ、逃げ惑うビスコッティを撃って遊ぶ気だろ!!」

 犬姉がへカートⅡを土管とレジのテーブルに置いた。

「ほら、ここに掘ってある。スコーンより愛を込めて!!」

 へカートⅡの銃身には、器用に文字が彫り込まれていた。

「えっ、ダメですよ。師匠にへカートⅡなんて渡したら、ゴブリンの大軍を狙撃で全滅させるとかやりかねません!!」

 ビスコッティの顔色が悪くなった。

「そんなバカじゃないでしょ。私損ねていた誕生日プレゼントだと思って。リズにはSLBM搭載のオンボロ潜水艦でも送るかな。それとも、トムキャットでも送るかな。F-111でもいいんだけどな。ぶっ壊したいものがある。なら、リズを呼べって感じ。迷うな」

 犬姉が私をみて笑った。

「び、ビスコッティ。へカートⅡもらっちゃった。名前入りで!!」

「これは、困りましたね。アリサが……やっぱり泣いちゃった。あの師匠、千メートルを越える狙撃は、あめ玉より小さいターゲットを弾く感じなんですよ。出来ますか!?」

 ビスコッティが私に噛みついてきた。

「し、知らないよ。私がそんな距離で撃つわけないでしょ!!」

「分かりません。状況によっては躊躇なく使いますからね」

「分かったよ。もう会計を済ませちゃったし、プレゼントらしくここにしまっておくよ」

 私は空間に裂け目を作り、へカートⅡを収めた。

「アリサ、師匠は使わないそうです。大丈夫ですよ」

「はい、遠距離であんなスコアを出されてしまわれては、私の立場がなかったところでしたが、使用しないなら大丈夫です」

 アリサが涙を拭いて立ち上がった。

「大体、あんなデカいのどうすんの。歩く戦車の主砲?」

 私は笑った。

「さて、タイミング良く全員終わったし、カリーナに帰るよ!!」

 犬姉が笑い、私たちはへりの後部に荷物を詰めると、扉をしめて離陸を待った。


「ちょっと、まだ待たせる気?」

 買い物中に天候が悪化し、私たちのヘリはヘリポートで足止めを食っていた。

 順番があったらしく、今度は犬姉が飛ばすらしく、最後のチェックリストまで終わったところで、犬姉が小さくため息を吐いた。

「勝手に飛んじゃえば!!」

「それが出来ればやってるよ。あっ、エンジン始動の許可がきた。やっと買い」

 リズの指がオーバーヘッドパネルのボタンを押し、甲高い音が響いてヘリのエンジンが掛かった。

「ナンバーワン、ナンバーツー正常。出発前チェックリスト」

 リズが機械的にいって、犬姉と離陸前の確認をはじめた・

「……リスト正常。オールクリアだよ」

「よし、あとは離陸許可待ちだけど、上空を飛んだままだったアパッチと管制が話してる。もう直ぐ離陸許可がでるよ」

 しばらく待つと、犬姉が咳払いした。

「かなりの荒天だけど、飛べるには飛べるみたいだから行くよ。上空のアパッチが可哀想だしね」

 犬姉の手が動き、ヘリポートからかなりの揺れを伴って、機体はなんとか上昇した。

「リズ、高度が低い。なんとか上げるよ!!」

「分かってる、このままじゃ雪原に突っ込む!!」

 操縦席の二人が叫び、エンジン出力が派手に上がった事は音で分かった。

「ビスコッティ、大丈夫だよね?」

「……私がパイロットなら、間違いなく飛ばさないでしょう。しかし、犬姉とリズは飛んだ。信じるしかありません」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「このやろ!!」

 リズと犬姉が渾身の力で操作し、ヘリの高度は無事に上がりはじめた。

「ったく、ヒヤッとさせやがって……」

「このくらい飛ばせなきゃ、特殊部隊は無理だよ」

 犬姉が笑った。

「特殊部隊じゃないし……まあ、ともあれ、これで地吹雪からは抜けたかな。

「うん、大丈夫だよ。あとは、カリーナ周辺の天候だけど、晴れで安定しているって」

 犬姉が笑った。

 吹雪を抜けると眼下に街道筋が見え、長距離バスが雪煙を上げて走ってるのが見えた。「この雪じゃバス便も大変だ……」

「随行のアパッチからだよ。四キロ先に盗賊と思われる集団を発見。バリケードまで作って街道を封鎖しているって。ぶっ壊す?」

 リズが笑みを浮かべた。

「当然、ぶっ壊す。邪魔だから」

「分かった。攻撃命令、直ちにバリケードを破壊せよ」

 リズがいった途端、アパッチ二機がミサイルを発射した。

「バリケード破壊。街道パトロールと共同作業開始。これで、バスが通れる道くらいは出来るんじゃない」

 リズが笑い先に見えてきたバリケード跡上空でしばらく待機した。

 たまに根性がある盗賊団がいて、かえって身軽で元気よく帰ってくる可能性があるからだ。

「おっと、アパッチがなんか見つけたよ。かえってきた。馬車は雪で使えないから馬そりだって。そこら辺に散ってるから、まずは無線でバスを止めたって」

 犬姉が報告すると、私は肩から提げていたドラグノフを手に取り、ヘリコプターのサイド扉を開けた。

 猛烈な寒気と風邪の中、私はスリングを足に巻き付けて銃を固定した。

「わぉ、やる気だよ」

 犬姉がニタッと笑みを浮かべた。

「あのね、スコーン。揺れるヘリからの狙撃なんて、熟練でも難しいんだよ。でも、構えは一流だね。どれ、盗賊団の頭を弾きにいくか。怪しいのが絶対いるから。よくみて」

「誰にいってるの。ああ、あの派手なヤツだな。自己顕示欲が強い事。狙える?」

 数多くの馬そりの中から、一際大きくて派手なヤツの上空でヘリは止まり、下から撃ち上げてくる銃弾が機内のそこらに命中して火花を散らした。

「犬姉、もう十度右。そうそのくらい。いい感じだよ」

 私はスコープ越しに、なぜかモヒカンヘッドの偉そうなヤツを捉えると、迷うことなく引き金を引いた。

「外した。肩に命中。引き続き撃つよ」

 私は二発目の弾丸が装填されたドラグノフから一度身を遠ざけ、ギザギザになった神経を静めた。

「どうした、ギブか?」

 犬姉が笑った。

「まさか、アイツは私が倒す。行くよ」

 私は再びスコープを覗き、トロい馬そりに乗ったモヒカン野郎をまたスコープに捉えた。

「……乗る馬車すら変えてない。私が一発外して余裕ぶっこいてるのかな。だったら、心外だな」

 私は体を固定すべく強く踏ん張り、ドラグノフの引き金に指を掛けた。

 揺れるヘリの上で、私はモヒカン野郎の眉間目がけて引き金をを引いた。

 モヒカン野郎の眉間に穴が開き、そのまま馬車から転がり落ちた。

「……クリア」

 ……一回、いってみたかった。

「クリアって倒しちゃったの。ちょっと待って!?」

 犬姉がヘリを旋回させ、モヒカン野郎が転落して停止した派手な馬そりの周りをブンブン旋回して、情報収集に当たった。

「うげっ、マジだ。マジで仕留めてる!?」

 犬姉が素っ頓狂な声を上げた。

「あたしもビックリした。やれっていわれたら頑張るけど、たった二発で仕留めるなんで。揺れるヘリからだよ……」

 リズがポカンとしていった。

「ビスコッティ、どう?」

「どうもこうも……。確実に腕は私やアリサを越えていますよ。どこで練習したんですか?」

 どっか心が飛んじゃってる様子のビスコッティが、泣き始めたアリサの横腹を突いた。

「せめて凜としていなさい。アマチュアの子相手に泣くなんて、プロがやる事ですか」

 ビスコッティがアリサの横腹を小突いた。

「分かってるよ、分かってるけど、素人でこんな可愛い子がイケイケだよ。泣きたくもなるよ」

 アリサがビスコッティにしがみついた。

「あ、あれ、私はイケないことをしちゃった?」

「いや、あれでいいんだけど、揺れるヘリからの推定五百メートルシュートでしょ。並の腕じゃないよ」

 犬姉がまだ幽体離脱したままいった。

「とにかく帰ろう。カリーナに帰ろう。レポート書かなきゃ!!」

 どっかずれてるリズの慌てぶりからして、私はとんでもない事をしたと実感した・

 頭を失った盗賊団はバラバラになり、逃げ行く馬そりの群れにアパッチが機首の三十ミリ機関砲で散発的に攻撃していた。

「師匠、これでいいのです。バラバラになった盗賊団は役に立ちません。お見事でした」

 やっと帰ってきたビスコッティが笑みを浮かべた。

「な、ならいいんだけど、みんな変な顔するから……」

「そりゃするよ。熟練のプロでも難しい狙撃に成功したんだよ。もっと威張りなさい!!」

 リズが笑った。

「うちで仕事してくれないかな。でも研究者だしな……」

 犬姉がブツブツぼやきながらヘリを高速で飛ばした。

 こうして、私たちは無事にカリーナに着いた。


 カリーナに帰ると、私はリズとパトラに連れられて、医務室まで採血に出かけた。

「ありがとう、これで召喚魔法の研究が進むよ」

 リズが笑みを浮かべた。

「いいっていいって。私も自分で研究しなきゃな。自分の事なんだから」

 私は笑みを浮かべた。

「血液がよく見ると琥珀色だね。変わってるし、今までよく誰もツッコミを入れなかったね」

 私の血液が入った試験のような容器に入ったものを明かりに掲げながら、リズが声を上げた。

「うん、今言われて気がついた。確かに、血液の色が変わってるね」

 私は笑った。

「リズ、跡は研究室だよ。ここでやる事じゃない」

 パトラが珍しく、リズを諫めた。

「分かってるよ。それじゃ、行こうか」

 リズが笑って、パトラを連れて研究棟に向かった。

「師匠、これでいいですか。自分のルーツですよ」

 物陰からフラリと出てきたビスコッティは、小さく笑みを浮かべた。

「もちろんいいよ。血だけで召喚魔法が使えるとは思ってないから」

 私は笑った。

「はい、研究が必要ですね。ところで、島で採掘した結果、あのダイヤを含めて結構掘れたようです。購買の職人さんもやる気満々だそうで、一応許可が欲しいとパステルがいっていました」

「うん、いいよ!!」

 私は頷いた。

「分かりました、さっそく伝えます。このあとは研究室ですか?」

「うん、久々に寮のベッドで寝てもいいけど、遠くて面倒だから」

 私は笑った。

「分かりました、行きましょう」

 私たちは、研究棟までの長い道を自転車で駆け抜け、研究棟のエレベータに乗った。

 四階の研究室に着くと、いつも通りたき火の匂いがして、コンロでなにかご飯を作っている様子だった。

「はい!! 今日はクラムチャウダーです!!」

 私たちにいち早く気がついた。パステルが仕切りから研究室に出てきて笑った。

「そりゃいいね。そういや、例の宝石の原石を磨いてもらうんだって?」

「はい、購買に職人さんがいらっしゃるようなので、お願いしたら快く引き受けて下さいまして。待ちがなく世界最大級になるダイヤは、すでにスコーンさんと決めています。誕生日プレゼントですね」

 パステルが笑った。

「そ、そんないいよ。目立っちゃうし……」

「スコーンさんはここの代表です。目立ってもらわないとダメなんです。ネックレスに加工して貰う予定なので、さりげなく目立つと思いますよ」

「いや、それは派手だよ。もっとなんか……」

 私が困っているのに、ビスコッティはただ笑みを浮かべているだけだった。

「大人ビスコッティに聞こう。どうやったら目立たない?」

「はい、目立ちます。どうやっても、目立ってしまいます。諦めて下さい」

 ビスコッティは笑みを浮かべた。

「……もしかして、欲しいの?」

「宝石が嫌いな女性って、あまりいないと思うのですが。そうですか、すでに師匠に決まっていましたか」

 ビスコッティが笑った。

「はい、これは最初から決めていたことです。あとは早い者勝ちなので、出遅れないで下さいね」

「そうですか。分かりました。いい感じで取れましたか?」

「はい、アメジストなど、感動すら覚えましたよ。どれも大粒なので、期待していて下さい!!」

 パステルは冷蔵庫にしまってあった牛乳を持って、仕切りの向こうにいった。

「師匠、宝石が手に入ります。魔法とも無関係ではありませんよ」

 ビスコッティが笑った。

「知ってるよ。魔法を宝石に込めて身につける事で、その効果を得るんでしょ。性格上防御系が多いけど、たまに攻撃系があるから油断できないからねぇ」

 私は笑った。

「そうです。師匠には話すまでもなくお分かりですね。今回はたくさん入手出来そうなので、久しぶりにやってみようかと」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「あれ、難しいよ。力加減を間違えるとすぐに割れちゃうから。だけど、割れちゃった屑を集めて魔法を使えば、また出来るんだよね」

「はい、そうです。それなので、たくさん宝石があるときでないと、怖くて出来ないのです。教材に使うには、あまりに高価ですからね」

 ビスコッティが笑った。

「そりゃそうだね。なんて贅沢だ!!」

 私は笑った。

「さて、どうしますか?」

「そうだねぇ、召喚魔法について調べたいけど、図書館にもないかな……」

 私は頭を捻った。

「うん、実家から資料を取り寄せよう。さすがに直接行くわけにはいかないから、誰かに頼まないと……」

 私が頭を悩ませると、ビスコッティがハンディタイプの無線機を手に取った。

「この学校で適任者が一人だけいます。引き受けて頂けるか分かりませんが……」

 ビスコッティは無線機で誰かと交信をはじめた。

「大丈夫でした。引き受けて頂けるそうです。詳しい事情を聞くために、一度ここにお見えになるそうです」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「誰を呼んだの?」

「はい、校長先生です。この時のために、ここにいますからねぇと、乗り気でした」

 ビスコッティが笑うと、エレベータが動いて校長先生がやってきた。

「はい、話はビスコッティ君から聞いています。生来の召喚術士という凄い方には、私もお目に掛かるのは初めてでしてね。正直、少々驚きました。これがあるので、この学校は面白いのです。それで、親御さんと相談して必要な資料をお預かりするのが私の仕事ですね?」

 校長先生が柔和な笑みを浮かべた。

「はい、かなりの量になるかもしれませんし、なにもないかもしれません。通信手段がないので、そこはお願い致します」

 ビスコッティが頭を下げた。

「いえ、結構。魔法はそういうものです。さて、内線をお借りしますよ。荷物運びが必要かもしれません」

 校長先生は近くの電話の受話器を取った。

「リズ坊、簡単な仕事です。私と同行して、あるかないか分からない資料を、スコーン君に渡すだけです。お小遣いは千五百円でいいでしょう。王都までは空路で、ファーストクラスを用意致しますので。はい、お願いします」

 校長先生は笑みを浮かべ、私に向き直った。

「大変希少な体質だと思って下さい。私の記憶にある限り、生粋の召喚術士という方は初めてです。なにが出来るか分かりかねますが、不都合があればリズ坊にいって下さいね」

「は、はい、分かりました」

 私は軽く一礼した。

 エレベータが動く音が聞こえ、リズが下りてきた。

「先生、スコーンの代行?」

「はい、さすがに監視が厳しいので、私を選択した事は正しいと思いますよ」

 校長先生が小さく笑みを浮かべた。

「それもそうだね。今、パトラが荷造りしているよ。スコーン、速攻いって回収してくる!!」

 リズが笑った。

「うん、ありがとう。実家には帰りにくくてさ」

「そりゃそうだよ。王都のしょうもない研究所を脱走したんだから!!」

 リズが笑った。

「はい、ではお任せ下さい。パトラ君は?」

「急いで空港までいって、チケットを確保してるよ」

「では、我々も急ぎましょう。それではスコーン君、遅くとも最終便で戻りますので、期待していて下さい」

 リズと校長先生がエレベータに乗り、一階に向かっていった。

「……しゅごい。校長先生が動いてくれた」

「私も賭けでしたが、これで無事に進むでしょう」

 ビスコッティが笑った。

「ま、まあこれでなにか手に入れば……そういえば、屋根裏の収納庫に絶対触るなっていわれていた資料が一式あったっけ。まだあるなら、それが気になる……」

 私は笑みを浮かべた。

「師匠が想像以上の秘密を持っていたとは、私も驚きです。生来の召喚術士という方は私も初めてなので」

 ビスコッティが笑った。

「じゃあ、解剖してみる。好きなくせに」

 ビスコッティのゲンコツが私の頭に落ちた。

「誰が好きですか。ごめんなさいは?」

「……ごめんなさい」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「それにしても、朝からビックリだよ。……永きに渡る睡眠を解き放ち、今ここにその姿を示せ。召喚魔法・エクスカリバー!!」

 無意識のうちに放たれた私の呪文は、床に描かれたサモン・サークルから一振りの剣を現出させた。

「ビスコッティ、まずいよ。体が勝手に呪文を唱えちゃう!!」

「ええっ!?」

  私はビスコッティに抱きつき、ビスコッティがいきなり出現した長剣の様子を確認しはじめた。

 ビスコッティが、その辺にいてあった丸い木製の棒で剣を突くと、一瞬で半分近く燃えてなくなった。

「典型的な魔法剣です。持ち主と認めた相手にしか、所持を許しません。この場合、主は師匠の可能性が高いです」

 ビスコッティが残った棒を私の手に握らせた。

「……選ばれてるなら、こんなもん要らないよ」

 私は鞘に収まった状態で床に転がっている長剣を、がしっと掴んだ。

「やっぱり……」

 私は鞘から長剣を抜いた。

 虹色に輝く刃はいかにも切れ味がよさそうで、怖いくらいに引き込まれるものがあった。

「び、ビスコ……汝、名を名乗れ」

「我が銘はエクスカリバー。汝を主と認めよう。存分に使うがいい」

 低い声が聞こえ、エクスカリバーの刀身が淡く光った。

 私は剣を鞘から抜き、構えて見せた。

 身長を考えるとやや刀身が長かったが、十分に使える剣だった。

「ビスコッティ、ヤバいよ。何かに体を乗っ取られているみたいで怖い……」

 私はビスコッティに抱きつく力を強めた。

「皆さん、今の師匠は危険です。突然目覚めた召喚術師の力によって、勝手に体が動いてしまっている状態です。安易に近づかないで下さい!!」

 ビスコッティが声を張る上げると、犬姉が近づいてきて、私の顔をのぞき込んだ。

「変な反応はあるか?」

「……今のところは」

 私は小さく息を吐いた。

「よし、安全だな。隣の折りたたみテーブルまでいこう」

「分かった」

 私は犬姉と仕切りを越え、みんながキョトンとしている折りたたみテーブルの椅子に座った。

「皆、今スコーンは混乱の最中だ。校長先生が資料を持ち帰るまで、イタズラに刺激するな。いいな!!」

 犬姉の声に、みんなが頷いた。

「大丈夫だ。このエクスカリバーも必要なものだろ?」

 犬姉が苦笑した。

「うん、今になって伝わってきたけど、万物を従わせるのに必要なんだって。私はそんなつもりはないのにどうしよう……」

 私はため息をついた。

「これは召喚術の基本だ。使いたくなければ、使わねばいい。それと、先ほどは済まなかったな。私を棒で突くなど、耐えられぬ仕打ちだったからな。私は我が主が認めれば誰の手でも受け入れよう。堅苦しい事はなしだ。誰でも我に触れるが良い」

 私の声を使って、エクスカリバーがみんなに話しかけた。

「はい、これが有名なエクスカリバーなんですね。どこにあるんです?」

「いい質問だ。私はこの世界と他世界との狭間にある。故に、この世界の者が血眼になって探しても、見つからぬのだ。ちなみに、今は実体である。要するに、今この世界の手が届く範囲に、いきなり我が出現したのだ。冒険を嗜む者なら、我先にと取りに来る事だろう」

 パステルの質問に、私の声を使ってエクスカリバーが低い声で語った。

「みんな、これ独り言じゃないからね。低い声はエクスカリバーが話してる。そう思って聞いてね」

 私は苦笑した。

「うむ、我は声帯をを持たぬ。どうしても、我が主に負担を掛けてしまうがやむを得ん」

 エクスカリバーはそれきり黙った。

「スコーンさん、これで夢のドラゴンスレイヤーとエクスカリバーの二刀流ができます。ポキティブに行きましょう!!」

 しばらく沈黙がれたのち、私は思わず吹き出した。

「それどうなのよ、どっちも両手剣だよ。私の手は二本しかないぞ!!」

 私が笑う中、今度は剣同士が話し合う声が聞こえた。

 一瞬部屋が光ったのり、私の背にはもう一対の腕が生え、ドラゴンスレイヤーを握っていた。

 そして、本来の右手と左手には、エクスカリバーがきっちり収まっていた。

「……で、これでどうすんの?背中の両腕はは自動操縦で勝手に動くみたいだけど、本体の右手を左手は私がやるんだよね。なんかの魔物みたい」

「師匠、なにやってるんですか。早くやめて下さい!!」

 タイミングの悪い時に声を掛けるのがビスコッティだ。

 私の体は勝手に動き、エクスカリバーの切っ先と、ドラゴンスレイヤーの切っ先をビスコッティに突きつけた。

「ああ……」

 ビスコッティがそのまま腰を抜かしてしまった。

「ほら、ビスコッティが泣いちゃったじゃん。お前ら紳士っぽいから、なんとかしろ!!」

「いえ、私は剣ゆえ」

 先に鞘に収まったドラゴンスレイヤーがポソッといって黙った。

「おっと、これはドラゴンスレイヤー殿に、先を越されてしまいましたな。ビスコッティ殿、あくまでも実現可能かどうかの実証実験です。結果としてやっはり一本ずつの方がいいとなりましてな。あの気持ち悪い四本腕にならなくて済みましたぞ。ご安心を」

 どこかずれてるエクスカリバーを鞘に鞘に戻した。

「ビスコッティ、大丈夫?」

「はい、大丈夫です。一瞬、死が頭をよぎっただけです」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「ならいいけど。ほら、まだ動いちゃいけいんだよ。じっとしてる」

 私はたき火の周りに置いてある、折りたたみ椅子に腰をおろした。

「師匠、ご苦労お察しします」

 ビスコッティが一礼した。

「いいって。それより、あの伝説のエクスカリバーに触りたい人いないの」

 私が笑みを浮かべると、キキが声を上げた。

「はい、一度触れてみたかったんです。私の実家がある村ではすっかり噂になっていて、どこそこの山にあるとか様々に語られていました。しかし、亜空間では探しようがありません。是非、触れてみたいのですが」

「うん、いいよ」

 私は鞘ごとキキにエクスカリバーを手渡した。

「やはり重いですね。こうして触れられるだけで満足です」

「私は困ったよ。これ以上、武器を増やしたくないのに……リズよ。サマナーズロッドを私に貸してくれ」

 言葉の後半は、完全に私の物ではなかった。

「サマナーズロッド……いいけど、黒焦げになっても知らないよ」

 リズは緊張した面持ちで空間の裂け目を作り、中からサマナーズロッドを取りだした。

「どれ、貸してみるといい」

「ホントだよ、それに私意外が触れたら黒焦げだよ!!」

 リズが躊躇の様子を見せたが、素直にサマナーズロッドを手渡してくれた。

「あれ、放電が起きない?」

 私がサマナーズロッドに触れても、放電もなにも起きなかった。

「自分で作ったオモチャだ。魔力の高そうな者が集まる場所に置けば、あるいは後継者が見つかると思っていたのだが、やはり使いにくいか。ほんの数回使った程度だ。時にリズよ。分かりやすいように杖の形を取ったが、使いやすいというか、慣れた武器の形にする事も可能だ。どのようなものがいい?」

 私はサマナーズロッドを一度、原材料に戻して捏ね始めた。

「そりゃ銃だけど……特にライフルか拳銃だけど、そんな形で出来るかどうか……」

「可能だ。拳銃の方がよかろう。私の趣味でグロック18Cにしておくぞ」

 私は笑って材料をこね合わせて、杖から拳銃に作り変えた。

「弾丸は通常の九パラでいい。取り扱い方は、武器の方から語りかけてくるはずだ」

 私はテーブルの上に金色に光る銃を置いた。

「こ、これがあのサマナーズロッドの拳銃」

 リズが恐る恐る手に取って、静かに呼吸しながら軽く目を閉じた。

「し、師匠。大丈夫ですか!?」

「うん、大丈夫。だから、今の私に喋り掛けると危ないんだって。リズ、それがホントのサマナーズロッド……いや、サマナーズガンだよ。下級精霊くらいだったら、弾丸一発で呼び出されるよ。通常の九オパラ。これ、大事!!」

 リズがポカンとしながら、テーブルの上の拳銃を取り、隣にいたパトラに押しつけた。

 メチャクチャな放電が起き、パトラは真っ黒になって倒れた。

「あっ、これは健在なのね。注意しないと……」

  リズは呪文を唱えながら、拳銃を天井に向かって一発撃った。

  サモン・サークルが描かれ、可愛い女の子のような誰かが出現した。

「よう、久々だな。やっと本気が出せるぜ。母ちゃんに怒られて大変だったんだぞ」

 ボーウィッシュな女の子が、リズの方に座って笑った・

「リズ、その子は?」

「うん、火の精霊の子供だよ。これでも結構強いんだけど、サラマンダーまでは呼び出せなかった……今なら余裕だな。そんな予感しかしない」

 リズが笑みを浮かべ、黒煙を吹いているパトラが起き上がった。

「良かったじゃん。ずっとぼやいていたもんね。苦労した割には、大したものと契約出来ないって!!」

 パトラが黒煙を吐き出しながら笑った。

「……回復魔法なしで平気なのかな?」

「…一応掛けて起きます。簡単なヤツ」

 ビスコッティが小声で呪文を唱え、パトラを魔力光が覆った。

「ありがとう。実は痛くてさ!!」

「普通は即死だよ。なに、あのヤル気満々の派手な電撃」

 私は笑った。

「あれ、調整出来なかったんだよ。だから、危ないって隠していたんだけど、もうその心配はなさそうだね。銃から色々流れてきてるけど、要するに呼び出す者に応じて、ばら撒く弾薬数を数えればいいんだね。それで、命中率が悪いって評判のグロック18Cなんだ」

 リズが嬉しそうに、銃を眺めた。

「……おい、私のは?」

 犬姉が不満たっぷりの表情で聞いてきた。

「厳しいようだけど、サマナーズロッドも取れないようじゃ、召喚なんてとても無理だから」

「じゃあ、その棒をよこせ。今すぐに!!」

「危ないよ。数万ボルトの派手な電撃だよ。責任取れないよ!!」

 私は慌てて止めた。

「リズ公に使えて、私に使えないわけないでしょ。それに、このままじゃリズ公が調子に乗るのが目に見えてる。誰かブレーキ役が必要だよ。ビスコッティやスコーンのいうことなんて聞かないんだから。私もやる!!」

 犬姉が胸を張った。

「うーん。犬姉は人間の標準偏差の範囲内なんだよね。使えたとしても妖精の子供を呼び出す程度だよ。いっちゃ悪いけど、ほとんどなんの役にも立たないのに、この派手な電撃で命を賭けるの?」

 私は犬姉に警告した。

「分かってる。でもやる。諦めるの嫌」

 犬姉がサッと右手を差し出した。

「知らないよ……」

 私は左手に出現したサマナーズロッドを手渡した。

 瞬間、バリバリと激しい放電音が聞こえ、犬姉が床に倒れて痙攣した。

「だからいったのに、ビスコッティ回復魔法の準備を」

「はい」

 私は犬姉からサマナーズロッドを取り上げようとしたが、絶対に離さないぞとばかりに。しっかり抱きしめていた。

「まいったな、このままじゃ死んじゃうよ。ビスコッティも手伝ってよ!!」

「この放電の中ですか。私はなにも出来ませんよ!!」

 ビスコッティは巻き込まれないように必死だった。

「冗談じゃないな。確か消す事も出来たはず。えっと……」

 私が解除の呪文を唱えようとすると、犬姉の手が動いて、私の手を掴んだ。

「えっ!?」

  私は派手な電撃を食らいながらも、笑みを浮かべて急速に順応をはじめた犬姉の様子を見て焦った。

「へ、平気なの!?」

「うん、最初はいきなりだからぶっ倒れちゃったけど、慣れちゃうと肩こりに良さそうだね程度だよ。これで、試験は終わり?」

 犬姉が床から一気に立ち上がり、サマナーズロッドを持って振り回す余裕を見せた。

「……試験はそれだけだよ。信じられない根性だね」

 私は苦笑して、犬姉からサマナーズロッドを受け取った。

「試験は合格だよ。やっぱり銃がいい?」

「うん、残弾が数えやすいし携帯性がいいからね。リズのヤツよりイケてるヤツにして!!」

「……もしかして、ライバル?」

 私は苦笑して、知識の中からイケてる拳銃を探した。

「うーん、ここはお手軽感に染まってVP70とか、国民拳銃がいいと思うけど、サブマシンガン的使い方も出来るし。ガンヘッドのニムもこれだし……」

 私はブツブツ呟いた。

「おっ、VP70を選ぶところが渋いね。あの造形はいい。それでお願い!!」

 犬姉が笑い、私はサマナーズロッドの形を変える作業に入った。

「あれ、犬姉も大丈夫だったの?」

 炎の精霊の子と遊んでいたリズが、こっちに気がついて声を掛けてきた。

「試験はギリギリだけど、なんとか耐えられるってでたよ。使っても精霊の子を呼び出す程度だけど、偵察用にいいんじゃない」

 私は成形を終え、犬姉に杖状から拳銃状に変えたサマナーズ・ガンというべきものを渡した。

「詳しい事は銃が勝手に喋るし、リズって先輩もいるから色々聞くといいよ。

「ありがとう。これで、私も召喚師だ。リズ、追いついたぞ!!」

 犬姉が笑うと、リズが意地の悪そうな笑みを浮かべた。

「他はどうなの。あたしより上を語るには、まだ百万年早いわ!!」

「なにを~!!」

 犬姉が闘志を燃やし、風の精霊の子を呼び出し、リズをぶん殴った……ように見えたが、リズを守る様々な属性の精霊の子が、犬姉パンチの軌道からリズを外し、お返しとばかりに凄まじいパンチを犬姉のボディに打ち込んだ。

 犬姉が変な声を上げて倒れると、リズはニヤッとした。

「ようこそ、召喚魔法の世界へ。フフフ」

 リズが呟くと、犬姉は痙攣してそのまま床に倒れたまま動かなくなってしまった。

「あっ、犬姉が大変です!!」

 ビスコッティが、慌てて犬姉の様子を見にいった。

「師匠、ダメです。蘇生の準備を!!」

「ああ、やっぱり。精霊の子のパワーが乗ったパンチは、一人でも凄いんだよ。リズは十人近く乗せてるし、これじゃ勝てないよ!!」

 私は慌てて、蘇生の準備に入った。

「あれ、そんなに凄かったの!?」

 リズの顔が引きつった。

「うん、犬姉に叩き込まれたパンチは、ヘビー級ボクサー百人分以上だからね。気を付けてね!!」

「うげっ、そんなに。ヤバいよ、殺すつもりはなかったんだよ!!」

「あったら犯罪だよ。今起こすからちょっと待ってね!!」

 ビスコッティが床に特殊チョークで魔法陣を描き、私は呪文の詠唱を開始した。

 犬姉にかざした私の右手に精霊の子が集まり、同じ呪文を唱えはじめ、爆発的な魔力が研究室で弾けた。

「……うーん」

 犬姉が目を覚まし、ビスコッティがペンライトを片手に犬姉の様子を確認して、小さく親指を立てた。

「ふぅ、こりゃ教えるのに大変だな」

 私は苦笑した。

「リズ、よくも私の死亡カウントを増やしてくれたね!!」

「い、いや、知らなかったんだよ!!」

 研究室の中で追いかけっこをはじめた二人を見て、私は苦笑した。

「あの、私も覚えられるでしょうか?」

 その様子を見ていたキキが、私にそっと声を掛けてきた。

「そうだねぇ、見たところ魔力は大丈夫だけど、どうしても最初に痛いあれをやらないといけないんだよ。根性は?」

 私は笑った。

「はい、根性はあるつもりです。可能ならお願いします」

 キキが頭を下げた。

「いいよ、やってみよう。標準形はハンディタイプの杖と同じだけど、やっぱりミドルがいい?」

「いえ、使い分けしたいので、ハンディの標準形でいいです。お願いします」

 私は胸から未使用のサマナーズ・ロッドを取り出し、キキの前に差し出した。

「思い切り勢いでやっちゃった方がいいよ。もう大丈夫」

「はい」

 キキがサマナーズ・ロッドに触れた瞬間、弾き飛ばすような強烈な衝撃がきた。

「くっ……。これは効きますね」

 キキが苦痛紛れの笑みを浮かべた時、全てが簡単に終わった。

「あれ、もう終わりですか?」

「魔力があったお陰だね。おめでとう、召喚魔法の世界へ」

 私が笑うと、キキの腕に精霊の子が勝手にくっつきはじめた。

「あれ、なにもしてないのに!?」

「うん、新人ちゃん歓迎会かな。勝手にきちゃうんだよね。間違えても、落ち着くまでなんかぶん殴らないように。簡単にぶっ壊れるから!!」

 私は笑った。

 実は、これは知っていた知識ではない。

 体が勝手に動き、次々に召喚術士を量産しているだけだった。

「ここまできたら、マルシルとアリサもやっておく?」

 私は笑った。

「はい、便利そうなので……」

 マルシルが笑みを浮かべた。

「あの、どのくらいの苦痛なんですか?」

 アリサが問いかけてきた。

「そうだねぇ、その魔力だと犬姉級に苦しむと思うよ、マルシルは大合格。さすがエルフだね」

「では、先に私をお願いします。苦しいのは、早く済ませたいので」

「分かったよ。マジで痛いけど、途中でやめられないから、覚悟はしておいてね」

 私は笑い、サマナーズロッドを手にした。

「やっぱ銃型がいいのかな?」

「はい、馴染みがあるので。出来ればへカートⅡ型で」

 アリサが笑った。

「また難儀な注文だね。あんなデカい杖持ってどうするの。出来るには出来るけど」

 いいながら、私はへカートⅡ型の杖を二本作った。

「ビスコッティ、私には関係ないとか油断ぶっこいてるでしょ。やるからね。第一助手が知らないでどうするの?」

 私はニヤッと笑みを浮かべた。

「し、師匠。私は真面目に大丈夫です。お気遣い無用です!!」

「ダメ、やるって決めた。覚悟しな!!」

 私は笑った。

「覚悟するんですか、私もするんですか!?」

「なに逃げようとしてるの。やって当たり前!!」

「私は笑った」

「師匠、こういうのは同意なしじゃダメです。引っぱたきますよ!!」

「大丈夫だって。キキをみたでしょ、ほんの数秒だよ」

 私はアリサのセットを作り、やたら頑丈そうな杖を手に持った。

「アリサ、気合いと根性だよ!!」

「はい!!」

 アリサが杖に触った時、ド派手な放電現象が起きて、ショックで倒れた。

「あれ、大丈夫かな……」

 思わず不安になって、床に倒れたアリサの様子を見ていると、徐々に落ち着いてきた。「よし、成功。そのうち精霊の子が叩き起こして遊びはじめるよ。マルシルは簡単そうだね。魔力が桁違いだから。ハンディの杖でいい?」

「いえ、私はミドルに拘ります。杖といえば、このサイズですからね」

「分かった。杖はやっぱり杖型に作るのが楽だよ」

 私は苦笑して、ミドルサイズの杖を作った。

「それじゃ、覚悟の時間!!」

「はい!!」

 杖をマルシルに渡した瞬間、軽い放電音がして全てが終わった。

「ほら、一瞬だった。痛みをなかったでしょ?」

「はい、これが精霊の子ですか。可愛いですね。って、あれどこに……」

 マルシルが精霊の子に引っ張っていかれた場所は、計測用に並べたデコポンが置かれた場所だった。

「ああそれ、今はそれどころじゃないから、食っちゃっていいよ!!」

「は、はい……」

 マルシルがデコポンの皮を剥き、精霊の子がそれに群がっているのを見ながら、私はラスボスのビスコッティに挑んだ。

「さて、師匠。どうしますか?」

 へカートⅡ型の杖を手に、ビスコッティの勝ち誇った笑みを一発ぶん殴りたくなったが、それはやめて目の前の仕事に集中する事にした。

「さぁ、どうしますか。師匠」

「うん、こうする」

 私はビスコッティに背を向け、犬姉に捕まって丸焼きにされそうなリズの方にいった。

「ちょ、師匠。どこに!?」

 慌ててビスコッティが駆け寄ってきた。

「だって、嫌なんでしょ。私の仕事は終わりだよ」

 ……そう、ビスコッティの嫌いな事。一人ぼっち。

「師匠、冗談です。私もお願いします!!」

 その言葉を待っていた私は、なにも言わずバカでかい杖を持った。

 ビスコッティが杖を持ち、バチッと放電音がして全てが終了した。

「師匠、おかしいですよ。まだなにもわかっていないのに、全員にやってしまうなんて……」

「……気がついたら、ぶっ殺してでも止めて。変な義務感だけで、ここまでやっちゃったんだよ。あと、気持ち悪い」

 私は床に派手に血を吐いた。

「うわっ、師匠。どう考えても、これはダメです!!」

「ビスコッティ、みんなにばれないように、そっと医務室……」

 私はビスコッティに付き添われ、研究室から医務室にそっと移動した。


 医務室に行くとさまざまな検査を受け、とりあえず問題ないということで、再び研究室に戻った。

「あっ、どちらへ。私も召喚魔法を使えるように下さい」

 そういえば、どこかに行っていたパステルが笑った。

「いいけど、本意だよね?」

「もちろんです。もう校長先生はお戻りですが、召喚術士は最初に十人程度のグループを作っていたそうです。スコーンさんが本意とは関係なく次々と召喚術士にしてしまった理由は、その名残だと思います。召喚術士は目立つため、エルフの里のようなものを作り、そこで暮らしていたそうですよ。スコーンのご両親から聞いたそうです。あの子も二十歳だ。自分のために過ごして欲しいと」

 パステルがいっいて、一抱えはあるは魔法書やら、これから召喚術士になる皆様へといった書物はもちろん、「困った時に使って下さい」と書かれた金で出来たナイフが一本あった。

「これは……」

 私はナイフを盛り上げ、マジマジと見つめた。

「師匠、武器ですか。でも、純金製ではダメです。打ち合わせると、すぐに刃が曲がってしまいます」

「ちょっと待ってね。『召喚士とは』って、本を読んでるから。みんなも読んでおいて!!」

「喧嘩になると思って、全部コピーしてあります。特に赤い紙は、私なりに重要だと思うことが書かれています。じっくり読むと時間がかかるので」

 パステルが笑った。

「ナイス、パステル。みんなもちゃんと読み込んでおいてよ!!」

「あの、私を召喚術士には……」

「するよ、問題ないどころかそれが普通らしいから。念入りだねぇ。

  私は苦笑して、のこり四十二本のサマナーズ・ロッドを取り出した。

「形は杖でいいのかな……」

 はい、イメージではその通りで、ミドルサイズがいいです。

「分かった。パステルの魔力だと、ちょっと苦労するかもしれない。つまり、苦痛が長引くって事なんだけど、覚悟は出来てる?」

 私が聞くと、パステルは頷いた。

「じゃあ、行くよ」

 私は杖をパステルに渡した。

 瞬間、パステルの体が痙攣し、そのまま床に倒れてしまった。

「ビスコッティ!!」

「はい、大丈夫です。命に別状はありません。ショックで驚いただけのようです」

 ビスコッティが笑みを浮かべた時、倒れたパステルが目を開けた。。

「あれ……」

「耐えきれずに倒れたのです。もう、問題ありません。」

 ビスコッティが笑みを浮かべると、パステルは急に自分の体に罵詈雑言を浴びせはじめた。

「あはは、ストイックだね」

「アハハ、あたしもこれか。嫌いじゃないぜ!!」

 リズが笑った。

「よく読んだけど、時々精神の叫びで、こうしろっていってくるらしいじゃん。本には無視しろって書いてあるけど。結構平気なものなの?」

 リズの問いに、私は首を横に振った。

「かなり強烈だよ。幻聴みたいなものだから、無視しても問題ないけど、なにか薬でも欲しくなるほどしんどいよ」

 私は苦笑した。

「あと、これはリーダーだけらしいけど、次やるべき事をさり気なく誘ってやっちゃうらしいね。スコーンが可哀想だよ」

 パトラがため息を吐いた。

「どこまでが本当に自由意志か、自分で分からなくなるもんね。まあ、私は私だから、嫌ならいってね。そういえばパトラ、まだ召喚術使えないでしょ? ……ほらきた」

 私は苦笑した。

「使わないって条件ならいいよ。自己都合で、勝手に動物の使役をしないってお触れに引っかかるからね。それでいいなら、私もいいよ。一度、リズと本気で戦ってみたかったんだよね!!」

 パトラが笑った。

「今だって凄いよ。片手でフライパンを曲げられるほど力が強いから、殴り合ったりしないでね。十分ぐらいで収まるから。攻撃魔法もダメだよ!!」

 私は苦笑した。

「私が次に手動復帰っていったら、もう二度と謎の行動を起こさないし、目覚めによる作用は終わりだから。手動復帰」

 私はその場にひっくり返った。

「疲れた、これで召喚魔法がつかえるよ。私は早く資料を読んで研究しないと……」

 私は部屋にあった資料を片っ端から読んでいった。

「意外と少ないですね。もっとあると思っていたのですが」

「一杯あっても困る。なるほど、全く異なる形態の魔法かと思ったら、四大精霊の加護を受けている精霊系魔法の一分野だね」

 私は資料を読み、本を読んで勉強しながら、安定して使えるように研究した。

「私の実家にこんなものが……」

 騒がしかった室内も徐々に静まり。みんなでたき火を囲んだ。

「ついに召喚術士ですよ。何よりやってみたかった事です」

 パステルが笑みを浮かべた。

「召喚魔法は禁術中の禁術で、使うには許可がいるからね。どこも教えてくれなかったでしょ」

 リズが笑った。

「いい、このカリーナじゃ最低でも中等科一年で受験資格を取得。座学のあとは実技でサマナーズロッドを取りに行く。向こう百年間は誰も辿り着けなかったみたいだけど、これは怪しいな。当時はついにやったって大喜びしたのに」

 リズは私の頭を小突いた。

「ごめんね、今頃気がついちゃって。記憶が戻るのが遅くして……」

 私は苦笑した。

「無理するんじゃないよ。あーあ、ありがたみがなくなっちゃったな。銃になって格好良くなったけど、描かれたサモンサークルの真ん中を撃ち抜くだけでしょ。ありがたみは減ったねぇ」

「その代わり、いくつもサモンサークルを書いて、同時に呼び出す事は可能だから。その間に、杖使いの大技が炸裂すると、そういう戦術だったみたいだよ」

 私は本を読みながら、リズに返した。

「それなんだよ、早くいってよ。だったら杖のままでド派手に暴れてやったのに、大技に備えた露払いなんて。トホホ……」

 リズが肩を落とした。

「露払いも重要ですよ。援護があっての大技です」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「そりゃそうだけど、センターに立って暴れたい私としては……」

「呼べなくはないよ。研究と鍛錬次第だけど、最強と噂のバハムートは杖式で一分二十秒。あとは武器は様々だけど、それ以外だと三分半。でも、これは縮められるとみたね、一分近いタイムがたたき出せるんじゃないの」

 私は笑った。

「一分だって。ナメるな、三十秒でやってやらぁ!!」

 リズが拳銃を抜いた。

「見事に拳銃だね。銘が彫ってある。『リズ・ウィンド・スペシャル。9×19』だって。九パラなんだね」

「二十二口径でもいいんだけど、普段通りにね。普通の拳銃弾にしてね」

 私は本を読みながら、リズにいった。

「へぇ、しかも私だけ連射可能なグロック18だもんね。これはこれでいいか」

 リズの癖が分かった。とにかく特別が欲しいと。

「あっちのへカートⅡ組が苦労しているよ!!」

 パトラが笑った。

「アリサ、なんとか振るんです。せっかく師匠が無茶してまで作ってくれたのです!!」

「ビスコッティ、これ重すぎて上空のサモンサークルが撃てないよ!!」

 アリサの声が聞こえてきた。

「アリサ、ビスコッティ。サモンサークルは撃ちやすい場所に作って撃てばいいよ。必ずしも、大型だからって上空を狙う必要はない」

「師匠、それ早くいって下さい。アリサ、プローンでサモンサークルを描いて!!」

「分かった。だけど、このサモンサークルも、なかなか難しくて……」

 さすがに魔法の嗜みがビスコッティはすぐに、サモンサークルの扱いに慣れてしまったようだが、アリサは少々苦労しているようだった。

「アリサ、なにか撃ちたいものがあって、あとは普通に狙撃するイメージをしてみて。勝手にサモンサークルが描かれるから」

「はい、普通にですね」

 私の言葉一個で、アリサのサモンサークルが瞬時に浮かんだ。「

「これをボコボコ作っておいて、必要によってサモンサークルを撃てば小物の召喚は出来るみたいだよ。アリサの魔力を考えると一個が限界だけど、その代わり、ビスコッティがボコボコ仕掛けているはずだから」

 私が笑うと、ビスコッティが親指を立ててみせた。

「慣れたらみんなにゴブリンを召喚してもらうから、そのつもりでいてね。ちゃんと呼べれば、敵対行為はしてこないどころか、そのゴブリンと会話も出来るみたいだね」

 私は本の初級章を読み終えて閉じた。

「さて、まずここまでで、実験してみるか。各自サモンサークルを展開!!」

 私の声で、全員がサモンサークルを虚空に浮かべた。

「呪文は要らない。イメージは出来てるでしょ。私もやるか」

 私はこれ専用に作った、身長の二倍はある巨大な杖を振った。

 一際大きなサモンサークルを虚空に浮かべ、私は笑みを浮かべた。

「あー、スコーンズルい。なんかでっかい杖を作った!!」

 リズが声を上げた。

「このくらいじゃないと、呼べないバケモノクラスもいるんだって。召喚術戦は団体戦だよ。杖部隊を他のみんなで護衛するように召喚するらしい。最初に呼び出すものは、分からなかったら大体知ってるゴブリンにしてね。スライムは下の階で迷惑になるから、絶対に呼ばないでね。行くよ」

 みんながみんな意識を落ち着かせているのが分かった。

「準備が出来たら呼び出して!!」

 叫びながら、私も杖を振ってサモンサークルを開いた。

「召喚魔法・ヤークト・パンター!!」

 私の声ともに、出てきたゴブリンたちを押しのけるようにして、一台の旧式戦車が現れた。

「師匠、なにやってるんですか!!」

 ビスコッティが、ツカツカとやってきて、私の頭にゲンコツを落とした。

「た、試したら出来たよ。同じ世界同士での召喚!!」

 召喚術は異世界にあるものを呼び出すというのが定説で、同じ世界にあるものを呼び出したという記録も残っていなかった。

「だからって、なんで戦車なんですか!!」

「……私のイケてる愛車に」

 ビスコティが、私の頭にゲンコツを落とした。

「元あった場所に帰しなさい。可哀想ですから!!」

「なにが可哀想なんだよう。これ、王立博物館で外に展示されていたものだよ。お陰で錆びだらけだし、ここの方が……」

 ビスコッティが私に往復ビンタを何発もかました。

「邪魔です。帰してください」

「……しょうがないな」

 私は呪文を唱え、戦車を元の場所に帰した。

「それで、マルシルとキキは失敗か」

「はい、難しいです」

 キキが苦笑した。

「私は異界の猫を狙ったのですが。あっさり避けられてしまって」

 マルシルが笑った。

「こら、あたしたちが頑張ってるのに、遊ぶな!!」

 私たち三人を取り囲んでいる露払い防衛隊のリズが喚いた」

「ごめん、今日はこれでおしまい。なにかを召喚する感覚は分かった?」

 私は笑い、フィンガースナップをした。

 こちらに現出していた召喚相手が全員ふっと消えた。

「こんな感じで、徐々に教えていくから、ゆっくりやろう!!」

 私は笑った。


 久々にみるが、王都に住む私のお父さんとお母さんが、天井近くで壁に明かりを照射している機械から囁くように聞こえてきた。

「まず、バカ娘へ。一体なにをしている。急に身の回りの監視が厳しくなったなと思ったら、大冒険をやらかしたようだな」

 画面お父さんに、私は思わず言い訳しそうになった。

「師匠、これは見るだけの機械です。通話出来る機械は、まだ発明されていません」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「分かってるよ。でも、ついね」

 私は苦笑した。

『今はもう二十歳だな。そろそろかと思ったら、ついに目覚めたようだな。あとで細かい事は母さんから説明があるからな。ここを訪れてくれた校長先生に感謝している。あとは、母さんの話を聞きなさい』

 画面のお父さんは、スーツ姿で家の外に出ていった。

『さて、私の番ですね。校長先生によれば、今は研究仲間が増えて楽しくやっているとか。それだけで、私は満足しました。皆さんと仲良くなる上で、あなたが召喚魔法を引き合いに使う事は分かっています。まずは、杖作りからですが、これはあなたも知っている事でしょうし、もう説明して練習を始めていると思います。最初の練習相手としては、ゴブリンでもいいのですが、スタットビットをオススメします。あれなら、適当な魔力配分で使用でき、会話も楽しめますからね。派手だからといきなりイフリートなんて無茶はやめてくださいね。あれは、ある程度自信が付いてからです。スタットビットもそれなりに攻撃力がありますからね。損はないと思いますよ。では、この続きは、全員一緒にスタッドビットを呼び出す事が出るまでですね。間違っても、何匹も召喚しないで下さいね。収集が付かなくなります。では』

 画面上のお母さんが消えると、自然と視線が私に集まった。

「うん、スタッドビットなんて、久々過ぎて忘れていたよ。ちっこいネズミみたいなウサギなんだけど、気性は大人しいけど、敵って見なされたら最悪だから、最悪な事をしないでね

 私は杖を振り、サモンサークルを描いた。

「召喚魔法:スタッドビット!!」

 杖が私の手を外れ、虚空のサモンサークルを突き抜くように飛ぶと、そのまま床に刺さったかのように静止した。

 サモンサークルがバラバラに壊れ、ちっこくて白いウサギのような者を吐き出し、そのまま穴は閉じた。

 床から私目がけて飛んできた杖を受け止め、杖の尻でドンと床を叩き、様子を覗った。「なんだ、久しぶりの匂いがするぞ。って、スコーンかよ。俺を呼ぶなんて寂しくなっちまったか?」

 私が呼び出したバカは、勝手に大笑いした。

「召喚魔法を教えているの。見れば分かるでしょ!!」

「まあ、そうだな。いかにもって感じだぜ。どの辺からやるんだ?」

「まずはスタッドビットの呼び出しかな。安定してきたら、他も試すけど」

 私は笑みを浮かべた。

「なんだ、そのレベルか。だったら、俺たちを呼び出してみろ。呪文なんか適当でいいから『召喚魔法・なんとか』だけ気合いを入れて叫べ、あとは上手く呼び出せるハズだが、俺たちは誰でも構わないから楽だぜ。中には戦いを挑んでくる者がいるからな。よし、やってみろ」

「みんな、変なプライドとか捨ててね。呼びたい者のイメージはできたでしょ、あとは『召喚魔法・スタッドビットで呼び出せるから。見た目は可愛いけど、五体もいればここの校舎くらい簡単に更地にしちゃうから!!」

「あの、呼ぶためには……」

 キキが聞いてきた。

「みんなはもう契約されてるから、『召喚魔法・スタッドビット!』で召喚されるよ」

「ありがとうございます。召喚魔法・スタッドビット!!」

 キキが叫びと、手を離れた杖がサモンサークルを撃ち抜き、戻ってきた杖を受け止めてたった。

 すると、サモンサークルからスタッドビットが一体召喚され、キキの肩に乗った。

「これで良し、しばらく話して仲良しになっておいて。あと苦労しているとこは……リズか」

 私はリズに近寄った。

「召喚魔法・最強のスタッドビット!!」

 リズが叫んだが、なにも起きなかった。

「スコーンなんでダメなの。最強じゃだめなの。パトラを生け贄にしてもダメなの?」

 リズが涙目で私に聞いてきた。

「召喚魔法に生け贄はないよ。最強のが余計だね。もっと力を抜いて!!」

「最強を狙わなくてどうするの。二番じゃダメなんだよ。まあ、気楽にでいいっていうなら、召喚魔法:スタッドビット!!」

 リズの求めに怖じて出てきたのは、リーゼントもバッチリの今時みないようなヤンキーな野郎だった。

「んな!?」

「リズの求めに応じて出てきた結果がこれか。最強らしいね」

「こ、コイツが!?」

 唖然とするリズは完了と見なして、私は意外と苦戦中のビスコッティに近寄った。

「なに、呼べないの」

「はい、結構こわいです」

 ビスコッティが滅多に見せない、恐怖の笑みを浮かべた。

「怖くないよ。気がついてると思うけど、最初の『召喚魔法』で必要な呪文は全部唱えた事になるから、あとはスタッドビットって叫ぶだけ。齧歯類苦手だったっけ?」

「いえ、齧歯類は大丈夫です。しかし、呪文があっているか検証しないと……」

「ああ、そっちか。ならば保証するよ、問題ないって。みんな呼んでるでしょ。こうするために、昔の召喚術士が苦労して積み重ねたんだよ。だから、大丈夫!!」

「そうですか。では……」

 希望でそうしたへカートⅡ型の杖をスコープを覗き、ビスコッティは伏せ撃ちで自分のサモンサークルを撃ち抜いた」

 粉々に砕けたサモンサークルから、ライフル片手にスタッドビットが現れた。

「ら、ライフル!?」

「うん、成功だよ。ちょっと、スタッドビットと話してて」

 あとは室内を見たが、特に困っている様子の人はいなかった。

「うん、全員成功してるね。とりあえず最初の段階だから、なにもしないように」

 私は本を開いてから頷いた。

「師匠、このままでよろしいんですか?」

 ビスコッティが不思議そうに聞いてきた。

「これで、みんなの耐用力をみてるんだよ。やっぱり、アリサが辛そうだな」

 私の研究室で、一番魔力が低いアリサが早くもギブアップ寸前という感じだった。

「これ以上の召喚獣は呼べそうにないし、アリサは召喚魔法不適かな」

 私はメモ帳にさらっと書いた。

「師匠、待って下さい。私と一緒なら……」

 ビスコッティがアリサの元に駆け寄り、軽く状況を説明した様子だった。

 その上で、床に魔法陣を描いて二人を強固に結びつけ、二人で同時に一体のスタッドビットが現れた。

「魔力の共有化を使ったか。場合によっては使えるねぇ」

 私はメモ帳に書き込んだ。

「みんな、大丈夫だよ。あとはそれを解除するだけ。召喚魔法解除!! ていえばいいだけだから。やってみて」

 みんなが試してみて、全てのスタッドビットが元いた場所に戻った事を確認した。

「基本はこれだよ。間違えて召喚しっぱなしにしないように、あっという間に魔力が切れるよ!!」

 私は笑った。

「さて、アリサ。ちょっときて」

「はい、なんでしょう……」

 私は部屋の隅にやってきた。

「さっきの見ていたけど、単身で召喚魔法はむずかしいね。解決法は二つ。召喚魔法を諦めるか、四大精霊に限るかだよ」

「そうなんですね。元々魔力が低いので覚悟はしていました。諦めるのは分かりますが、四大精霊に限るかというのは?」

「私たちにはまんべんなく四大精霊の力が流れている。四大精霊全てと実際に会った身だからいえるんだけど、これなら魔力はほとんど消費しない。試してみる?」

「はい、ぜひ!!」

「じゃあ、さっきと同じでサラマンダーを呼び出してみて」

「はい。えっと、召喚魔法:サラマンダー!!」

 へカートⅡ型の杖でサモンサークルを壊し、中から出てきたのは、確かに以前会ったサラマンダーだった。

「おや、召喚魔法とは珍しいと思って応じてみたら、お主たちか。安心せい、お主らの呼びかけには、我ら全員即座に応じるし、対価など要求はせん。いつでも呼ぶがいい。それではな」

 サラマンダーが姿を消した。

「召喚魔法:解除」

 アリサが笑みを浮かべた。

「これで十分です。元々、サブにしようと思っていたので」

「これでいいならいいや。召喚魔法としては、掟破りだけど」

 私は笑った。

「さて、これで問題解決だね。魔力を増やす方法はないけれど、なんとかなるもんだね」

「はい、これを期待していました。隊長には怒られてしまいそうですが」

 アリサが笑った。

「そうだね。その隊長は……あっちでリズと一緒に喋ってるね。ご機嫌はよさそうだよ」

「はい、平和でいいですね。みなさん召喚術士ですか。格好いいです」

 アリサが笑った。

「自分もでしょ。自覚してよ!」

 私は笑った。

「はい、努力します。スコーンさん、ビスコッティさんが呼んでいますよ」

 アリサの視線の先を辿ると、ビスコッティが手招きしていた。

「ビスコッティ、どうかした?」

「はい、師匠。パトラはどうするのかとリズに聞いたら、パトラはそういう事が苦手なんだよ。召喚魔法は私が覚えればいいとのことです。念のため報告を」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「まあ、無理にやるもんじゃないしね。そっか、苦手か」

 私は笑みを浮かべた。

「さて、そろそろ晩ご飯じゃない?」

「は、はい、師匠。忘れていました。パステル、大丈夫ですか?」

 ビスコッティが慌てた様子で、パステルに声を掛けた。

「はい、問題ありません。いつも通り、ちゃんと食材を用意してあります!!」

 いつの間にかキャンプコーナーに置かれた大型冷蔵庫を漁りながら、パステルが返してきた。

「……あんな冷蔵庫、いつ買ったの?」

「つい最近です。ないと不便なので」

 ビスコッティが何事もなかったかのように、冷凍庫からなにか取り出した。

「不便なのは分かるけど、せめて相談してくれない。レシートとか請求書は?」

「机の上に置いておきました。処理をお願いします」

 ビスコッティがあくびをした。

「なんだよもう……。購入目的は魔法薬保管用にしておくか」

 私は机の上で書類を書き上げ、サイン欄にサインした。

「これを校内便の封筒に入れて……できた!!」

 校内便とは、おもに書類のやり取りに使うのだが、私が書いた宛先は事務室だった。

 その封筒を一階のポストまで運び、ついでに私の研究室宛の校内便の封筒を持ってくると、何度もテープで留めたあとがある封筒を開けた。

「なになに……ビスコッティをぶっ殺せ大会開催のお知らせ。興味はないや差出人はリズか。喧嘩嫌いだから興味ないや」

 私が紙を丸めてゴミ箱に放り込むと、ビスコッティがゴミ箱からその紙を引っ張り出して広げた。

「……なるほど、リズですか。師匠、事務室の承認印が押されています。学校が認めているということは、喧嘩ではなく演習みたいなものです。捨てちゃダメですよ」

 ビスコッティは紙をポケットにいれ、たき火の端にいたリズの頭を叩いた。

「な、なによ!!」

「いい試合しましょうね」

 ビスコッティはポケットの紙をリズに見せた。

「これ何ヶ月も前じゃん。なんかビスコッティの事がムカついて、反射的に書いたヤツだよ。取り消ししなきゃ。これ、催促の通知だよ!!」

「あら、やらないんですか。私はノリノリですが」

 ビスコッティがクスリと笑い、リズが必死こいて取り消し通知を書いた。

「えっと、当人同士の話し合いで、試合は中止とする。あたしがサインして、ビスコッティ、ここサイン!!」

「あら残念です。そのお顔をデコポンみたいにしようかと思ったのですが」

 ビスコッティが笑ってサインして、事は未然に防がれた。

「私はどっちが強いかみたかったんだけどな。あれ、まだある。キキから私に勝負しろってきたよ!?」

 思わず声を上げると、キキ以外は全員目を丸くした。

「あの、ダメでしょうか。武器の使用はなし、純粋な殴り合いなのですが……」

 たまに面白い事をするキキだったが、今回はなかなか格段に面白かった。

「つまり、私と殴り合いと。私って、かなり弱いよ」

「それは中央魔法学校だったからでしょう。今もそうですが、より磨きが掛かっているというか、憧れてしまってどうにもなりません。是非お手合わせを」

 あまりにも真剣な様子のキキに私は頷くしかなかった。

「ありがとうございます。キャンプコーナーは大変なので、この研究室エリアでやりましょう。よろしいですか?」

「それはいいけど、ビスコッティが黙ってるかな」

 私は腰のベルトを外し、ついでにジャージに着替えた。

 準備運動をすると、そこら中の関節が痛く、体が鈍っているのが分かった。

「まいったね、そこら中が痛いよ」

 私は苦笑した。

「ダメです。怪我をします。別の日にしましょう!!」

 なぜかこっちもジャージに着替えたビスコッティが、無駄にサッカーボールを持っていった。

「そのボールどうしたの!?」

「私は不要の時に持っていて、必要な時にもっていないダメ助手の見本みたいなビスコッティです。ですから、このボールは全く意味がありません!!」

 ビスコッティが無駄に凜とした表情を浮かべた。

「そこで威張られても……。私は良くてもキキがウォームアップはじめちゃったし、やるしかないよ」

 私も体を温めながら、ビスコッティにいった。

「しりませんよ。キキ、師匠、準備できたら向かい合って下さい」

 ビスコッティがボールを蹴飛ばし、反対側で様子を見ていたリズの顔面に命中した。

「あれ、当たっちゃった……」

「……ごめんなさいは?

「……ごめんなさい」

 リズはこれ以上ないくらいの笑みを浮かべた。

「まあ、いいでしょう。草試合ですから、礼も要らないでしょう。始め!!」

 ビスコッティの声と共に、キキが素早く間合いを溜めてきたが、遅かった。

 突き出されたキキの手を取ると、私は絞り上げるようにキキの関節を極めた。

「くっ……」

 キキが短い声をあげ、逃げようともがいたが、そんなに甘く極めてはいなかった。

「ほら、折っちゃうぞ」

「そんなに可愛いと折っちゃうぞ」

 私は小さく笑うと、キキの関節から手を離した。

 同時に後方に跳ぶと、キキの蹴りが私を掠っていった。

「アブね……。キキってこんな動けたっけ?

 私は冷や汗を掻いた。

「……やっぱりきたな。スコーン、事故が起きてる」

「えっ、事故!?」

 リズが頷いた。

「みんなで、召喚魔法の目覚めを迎えたでしょ。あの時って、誰だって精神面のブロックも一瞬焼けちゃうから、その辺を浮遊している魂を取りこんじゃう事があるんだ。今のキキがそう。アイツか……」

 リズは呪文を唱え、私の方をみた。

「ハッキリいって、キキに取り憑いた野郎は邪魔でしかない。必要な時に邪魔される可能性が高いから。だから、この邪魔者を除去したいんだけど、また一度体を壊して再構築しないとけないんだよ。怖いと思うけど、このままだと体が勝手に動き出したり、危険な状態になる可能性が高いんだ。もう何年もずっと追いかけていたんだけど、やっと直接攻撃が状態になった。今ならお互いにノーガードで殴り会える。もうこんな油断はさすがにアイツも見せないとも思えないから、協力してもらえないかな?」

 リズが真剣な様子でキキに問いかけた。

「もちろん構いません。そんな怖い顔しないで下さい。リズさんなら成功します。

「執刀するのは私だけど、一応、医師免許持ってるから安心して。スコーンもドロドロスープ状態になるけど安心して。コイツは宿主と親しい仲まで破壊するんだよ。そういう魔物なんだな。私は覚悟出来てるよ。キキをまた巻き込んじゃったけど、目だない人を狙って基地にする陰険野郎でさ。私とスコーンの共通する問題だったんだよ。報酬は私が出すよ」

 私は鞄のかから五百万クローネの殺束を取り出してキキの鞄に入れた。

「そ、そんなに報酬は要らないです。二人とも落ち着いて下さい。こんな大金……」

「いいからもらっておいてあげて」

 犬姉が苦笑した。

「それじゃ、マーカー取り付けから入る。麻酔開始」

 手術着に着替えた犬姉が、手を念入りに消毒してあら。ドリルででキキの頭蓋骨を切除しはじめた」

『よく考えたら、お目も見えねじゃねぇか。さまあみろ!!』

 どこから声が聞こえた。

「さて、次はスコーンだよ。生きて会おう!!」

「その元気だよ。任せた」

 私はリズの思うままに宙を漂い、リズの診断が終わった。

「うわっ、やっぱりって感じだよ。一回戻って説明だけしてくるよ」

 リズが空間から引っ込んだ。

 ここは精神世界という、ちょっと変わった空間だ。

 生きていて、知性があるならどの生物にもあるが、私の隣に浮いているのはキキだった。「キキ、起きてる?」

「はい、ここは不思議な世界です。なるべく影響がないように動かないと説明書にあったので、なにも考えないようにしています。

 そういえば、さっきの紙にそんな事が書いた。説明書があった。

「さて、これであたしにとっては数十年になるヤツと別れだけど、なんの感もないや。捨てよう」だぞ。スコーンたちにしてみたら、いつもうるさいハンマー野郎か」

 リズが笑った。

 幻聴とは違うだろうが、時々凄まじくうるさい声が聞こえてくる時がある。

 なにか分からないが、イライラすることこの上なかった。

「ハンマーどころじゃないよ。さっさと終わりにしよう!!」

 私しは笑った。

「そうだね。これからアイツの命線を全部切徐するよ。メチャメチャだよ、繋げばいいって感じ。やっつけ仕事もいいところだね」

 犬姉がメスとピンセットを操ってゴチャゴチャになっている半透明のなにかをキキから取り出した。

「これ捨てよう。あとは、命線を正しい配置にして……」

 犬姉はピンセットで丁寧に処置した。

「あとはリズに確認してもらわないと、リズ!!」

「なんだこの!!」

 リズ叫んだが、キキの様子を見て言葉を飲み込んだ。

「ここから先は、いくらなんでもリズのサポートなしじゃできないよ」

 犬姉が笑みを浮かべた。

「それ命線じゃん。始めたの?」

 リズが小さく頷いた。

「そっか……よし。やろう。みんないいかな。犬姉は説明をお願い。私はキキを直す」

 脳とは不思議な臓器で色々話すと長いので、今回の分だけにしておくが、心の線とかいて「心線」と呼ぶ糸状の手みたいな者がある。

 仲がよければより強固にくっつくし、苦手なら程々にという感じでお互いに自動調整しているので、トラブルなど起きたりしないが、中にはバカだかアホだか知らないけれど、この自動運転が上手くいかない相手がいる。

 この場合、何らかの大きなトラブルに発展しないうちに、お互いの心線を適当に切断してしまはなくてはならない。

 今回の場合、通常なら繋がらないはずの異世界とでもいうべきところに敵がいるため、簡単には手が出せないが、今はキキというアンテナを経由して、こちらの世界を操作しはじめたため、急ではあるが敵の除去作業を開始したのだ。

「おっ、逃げようとしてるね。でも、遅いんだよ」

 私はのたうち回っている小さな蛇のようなものの一つを摘まみ、ビッと引き裂くようにして切り捨てた。

 この心線とかなんとかいうのは、私にはよく分からないので、リズやパトラ、マルシルに頼まなきゃ分からないが、今はついにこちらから手出しできる場所に出てきたので、緊急処置の真っ最中というわけだ。

「まずはキキを直さないと、一回ぶっ壊して直す。スコーンもだよ。はい、目を閉じて………」

 私は目を閉じた。

「はい、直った。本気出せばこんなもんよ!!」

 リズが笑った。

「他のみなさんも大丈夫です。雑音もなくなって、寂しいかもしれませんね」

 マルシルが笑みを浮かべた

「冗談でしょ、あんなうるさいの!!」

 リズが笑った。

「その雑音っていうのが、なんだか分かった。スッキリ!!だね」

「ああ、壁の穴ぼこは修繕しておいたから、もうアイツはここにはこられない。ずっとピーピーうるさかった雑音も消えたはず。少し休もうか」

 場所が学食だった事もあり、要らぬ視線を浴びていた私たちは、何事もなかったかのように朝定食を頼み、テーブルについた。

「で、結局なんだったの?」

「行き先がなくなった心線の塊かな。ああはなりたくないね」

 リズが笑った。


 朝のドタバタですっかり遅くなってしまい、私は研究室の椅子に座っていた。

「ねぇ、ビスコッティ……面白い事ない?」

「さぁ、ありませんねぇ。お茶です」

 研究台を拭きながら、時々キャンプコーナからお茶をいれてくれるビスコッティが、笑みを浮かべた。

「あっ、しまった。大事な事を忘れていたよ。全員に緊急召集。大事な事だった!!」

 私は椅子ごと床に倒れ、手に持っていた湯飲みのお茶を顔面から被った。

「あじぃ!?」

「えっと、緊急召集は。念のために無線機まで交換したので、チャンネルが」

 熱くてのたうち回っている私を無視して、ビスコッティは無線でみんなに連絡した。

「あっ、師匠どうしました?」

「も、もういいよ。熱かった。全員くるって?」

「はい、急いで行くとの事でした。どうしたんですか?

 ビスコッティが不思議そうな顔をした。

「召喚術って、術士と認められてから、真っ先に呼び出すのが猫なんだって。みんなはもう召喚術士でもあるんだから、これをやらないと!!」

 私は笑った。

「そうなんですね。私は前倒しでやっちゃおうかな……」

「それ禁止。必ずみんなでだよ!!」

 私は笑った。

「スコーンさん、緊急事態ですか?」

 アリサがライフルを凄まじい速さで組み立てながら、最後にカシャッとレバーを引いた。

「違う違う、聞いていたでしょ。みんなで猫を呼ぶんだよ!!」

「猫とはコールサインですね。なにがくるのですか?」

 アリサが頷いた時、カリーナをの望む窓から、二機のトムキャットが発進していった。

「だから、コードネームでも何でもなく、猫は猫だよ!!」

 私がいった時、間が悪いことにOH-1が二機窓の外を固め、重武装のアパッチがバタバタと四機ホバリングした。

「な、なんでOH-1まで。通称ニンジャ。まさにヘリコプタ界の猫だよ」

「やはり敵が……観測ヘリまで出てきたということは、目標の位置は不明ですね。ビスコット氏、眠くて死にそうであります、一発ぶち込んで下さい」

「誰がビスコット氏だ。あんなオヤジと一緒にすんな!!」

 ビスコッティが私にもやった事がない破壊力で、アリサを吹っ飛ばした。

「ありがとうございます。すっきりしました」

「呼び出しちゃったけど、みんな寝てよ。眠かったら寝なきゃダメ」

 私は小さく息を吐いた。

 全てが見渡せる位置に伏せ撃ちで陣取って、へカートⅡを片手にじりじりと構えていた。「だから、猫だって。普通の猫!!」

「えっ、猫なんですか。ビスコッティの緊急通報で、全カリーナが迎撃態勢に入りましたけど……」

 アリサがきょとんとした時、二機のOH-1が凄まじい加速を見せて飛んでいき、アリサは自分のミリタリーなパソコンを開いた。

「マズいです、カリーナに向かっている郵便トラックを、ターゲットワンとして指定しました。これからアパッチが……」

 まるでなんかの群れのように集まっていたアパッチが、一斉にどばばばっと郵便トラック目指して飛んでいってしまった。

「……知らんぞ、ビスコッティ。緊急通話は仲間内だけだぞ」

「ぎゃあ、全校になってる。ヤバい、郵便トラックがやられる!!」

 ビスコッティが気がつくのが遅かった。

 アリサのミリタリーなパソコンんは、交戦の記録がドバドバ流れ、どうやら自衛に燃える郵便トラックと、敵を殲滅しようとする奮闘するアパッチの熱い攻防が繰り広げられているようだった。

「いいから戦闘中止。即座に緊急モード解除。ビスコッティ、仲間内だけ緊急事態ね」

 私はため息を吐いた。

「ため息を吐きたいのは私だよ!!」

 いち早くすっ飛んできた犬姉が笑った。

「はい、なにか勘違いしてしまったようで」

 アリサがライフルを片付けながら、小さく笑みを浮かべた。

「ビスコッティ、関係各所への謝罪は済ませておいたよ」

「ありがとうございます。朝からミスだ……」

 ビスコッティが小さなため息を吐き、面倒臭そうに炭になった薪をツンツンした。

「あーあ、落ち込んじゃった。パンツでも脱がせてみようかな。お仕置き!!」

 ビスコッティが私に凄まじい加速でゲンコツを落とした。

「ほら直った、根が単純だから」

 私は笑い、机に……じゃなかった、机とセットの椅子に座って、小さく息を吐いた。

 エレベータが動いて程なく全員が集まると、私は椅子から立って、杖を手に取った。

「色々あったけど、最初の召喚動物は猫って決まってるんだ。警戒心が凄いから、それをなんとかならして、呼び出しに成功して始めて一人前なんだって。資料に書いてあったよ。それで捕まえた猫は、ちゃんという事聞いてくれるらしいから、楽しくなると思うよ」

 私は笑った。

「なに、猫を飼っていいの? 犬は?」

 犬姉が問いかけてきた。

「召喚魔法には関係みたいだね。猫じゃないとダメらしい」

 犬姉が小さく息を吐いた。

「犬なら良かったのに……」

 呟いてから、犬姉が亜買った。

「猫の方からよってくるから、みんなはサモンズゲートを開くだけ。ああ、これはサモンサークルを砕いたあとに出来る、異空間と繋がる地点みたいなものだよ」

 私は笑みを浮かべた。

「そ、そうですか。そんな簡単に……」

 ここはとばかりに、ビスコッティがサモンサークルを壊し、中に両手を突っ込んだ。

「ン、なにかモソモソするな……。師匠、なにかきたみたいなので、出してみますね」

 ビスコッティが取り出した手にいたのは、猫としては巨大な茶トラだった」

「一番乗りです。なんですか、このデカさは。犬みたいです」

「魔力が高いと、比較的大きな猫が呼びせられるみたいだよ」

 満足そうなビスコッティに、私は笑った。

「いいな、私もやろう」

 実は動物好きらしい犬姉が、サモンサークルを壊して、腕を突っ込んだ。

「これでカンガルーとか出たら笑えるんだ。笑えるんだ……」

 呟きながら犬姉がズボッと取り出した猫は、なんか不機嫌そうな白い猫だった。

「なんだこら、やるか!!」

 犬姉が叫んだ途端、その猫が力強く顔面に猫パンチを浴びせかけたので、犬姉は仰け反った。

「……あーあ」

 私はそれしか声が出なかった。

「こ、このにゃんこ野郎が。掛かってくるならこい」

 犬姉が素手で戦闘態勢に入った。

 それを明後日の方向をみていた猫だが、いきなり犬姉の顔面目がけて飛びかかり、派手な猫パンチをバカスカ浴びせてシュタッと床におり、毛繕いなどはじめた。

「む、ムカつく。かえって可愛くなってきた!!」

 犬姉がなぜか同じように毛繕いしながら、猫の隣の座った。

「馬鹿たれ、なにやってる!!」

 リズが呼び出した猫は、尻尾が太く、深い毛並みが特徴の猫だった。

「ほう、珍しくまともだな。どれ、どんな子だ……」

 リズが笑い、いきなり猫が呪文を唱え始めた。

 ポンと人間二人が入りそうなテントに、こたつも装備。じぶんはさっさとこたつの中に入ってしまった。

「……普通じゃない。さすが、あたし」

 リズがテントに入ると、猫が出来てきてほんわかリビングが出来上がった。

「な、なんか羨ましいな。ああ、そういうのはあっちのキャンプエリアでやってね、まだ空間に余裕があるから」

 ポンとテントが消え、リズの膝の上に乗っていた猫がスタスタと仕切りの向こうに行くと、ポンと音がしてテントが開いたようだった。

「変わった猫だね!!」

「寝場所完備だよ。しかも、私と客人一名のスペースまであるよ。どんな猫だ!!」

 リズが笑った。

「異世界の猫だからね。みんな呼び出せたみたいだね」

 一番心配していたアリサが。ちゃんと猫を呼び出した事を確認し。最後に私が呼び出した。

「うわ、デカい。目が青い。ラグドールだ!!」

 私はモッサリしている猫を抱きかかえた。

「師匠、皆さん第一関門突破のようです」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「そうだね。あとは精霊のが導くらしいけど、さっきやったからこないね。これで、みんな召喚術が使えるよ。基本は今欲しいもの念じて、サモンサークルを作って壊す。仲がよくなると、名前を聞かれるけど嘘つかない。それだけ守れば大丈夫だよ」

 私は机の上に乗せていた資料を、空間の裂け目に入れて小さく息を吐いた。

「師匠、これで第一関門突破ですね」

 ビスコッティが笑った。

「ここからだよ、これから異形の怪物が出たりするから、逃げないか心配だよ。まあ、逃げるとそれはそれで喜ばれるらしいけどね」

 私は笑った。

「師匠、喜んでいる場合ではありません。なんか出たらどうするですか!!」

 ビスコッティが私の頬をビシバシした。

「なんで、使ったら自己責任じゃん。出ちゃったなんかを退治するのが楽しいんだよ」

 私は笑った。

「とにかくダメです。みなさんにもいってきます!!」

 なんか機嫌が悪いビスコッティが、助手として言葉でビシバシ始めた。

「……召喚魔法:イフリート」

 私が小声で呟くと、背後に巨大なサモンサークルが現れた。

「えい……」

 私は長い杖でサモンサークルの真ん中を貫き、召喚魔法を発動させた。

 私の正面を守るように、炎の巨人ことイフリートが姿を見せた。

「し、師匠、なにやってるんですか!!」

 ビスコッティがすっ飛んできて、私の頬をビシバシ叩いた。

「それ、なんですか。格好いい!!」

「うん、炎を守る巨人の一体だよ。見た目ほど怖くないけど、ブチ切れると辺り一帯黒焦げの大地になるとか……」

 楽しそうなパステルに、私は笑みを浮かべた。

「これは中位召喚術の一つだけど、このくらい出来ると色々助けてもらえるよ。研究あるのみ!!」

「はい!!」

 そこにビスコッティがやってきて、またビシバシして説教に戻っていった。

「なに、ケチ臭いな。最強見せちゃうぞ!!」

「そんなの出したら研究室がぶっ壊れます!!」

 再びビスコッティは説教に戻った。

「ありゃ説教じゃないな。危ないからやめなさいって、魔法使い助手がいうセリフじゃないな」

 私はビスコッティのところにいき、ついにはいけません。危険ですしかいわなくなったビスコッティをビシバシして黙らせ、小さく笑みを浮かべた。

「魔法は楽しいものだよ。その前に、自己責任っていう言葉をつければ、なにをやってもいいんだよ。やっちゃいけない事は、実践で学ぼう。それが、この研究室の基本ルールだよ。いいものみせてあげようか」

 私は呪文を唱え、右の人差し指と親指で使った輪の中に息を吹き込んだ。

 すると、シャボン液も付けていないのに、無数のシャボン玉が吹き出てきた。

 出てきたシャボン玉は、割れる事なく床のボコボコ落ちてぷよぷよしていた。

「なにそれ、面白い。攪乱に使えるかもしれない!!」

 予想外の反応を示した犬姉だったが、私は紙にサッとメモを書き、犬姉に手渡した。

「最初のきっかけだけね。これを覚えて、まずは割れないし液も要らないシャボン玉を作ろうか。みんなも知りたい?」

 いつ来たのか分からなかったが、リズとパトラまで手を上げた。

「リズは研究者でしょ。このくらい解ける!!」

「うん、解いた。で、パトラを囲んで遊んでいたら、動きがとまったから死霊術で遊んでる。ダメ?」

「ダメ、ダメ。死霊術はダメ。必ず反動がくるよ!!」

「うん、浅はかだったよ。これ、解いたらどうなるかな? 結果は分かってるけど、念のため聞いてみた」

 私はシャボン玉の海をクロールで渡り、リズとどっか行っちゃったパトラの様子をみた。

「ビスコッティ、出番だよ」

 私は頭を掻いた。

「師匠、どうしたんですか?」

「リズがやっちまった。慣れない死霊術なんて使うから最悪の結果が出たよ。パトラは旅だったけど、リズが死ぬ。これ確定事項。校長先生を呼んでおいて」

 ビスコッティがリズとパトラの様子を確認し、リズをビシバシ引っぱたいたあと、内線で校長先生を呼んだ。

「二秒でくるそうです。あっ、きた。どんな交通手段でしょうね」

 ビスコッティが受話器を奥前に、校長先生がやってきた。

「これはこれは、死霊術ですね。いけません。これは説教より、お仕置き部屋でしょうねぇ」

 校長先生は晴れ晴れとした笑顔を浮かべた。

「ぎゃあ、持ってきたのあれ!?」

「はい、可搬式にしましたので、いつでもどこでも運べます。今は中央棟の地下四階に設置してあります。入るのは、スコーンさんですよ。ここはスコーンさんの研究室です。起きた事の責任はスコーンさんが取るのが一般的な考え方でしょう。期間は決めてありますが、それをいわないのはお約束です」

 ニコニコ笑顔で、校長先生が笑った

「スコーン、ゴメンね。こんな事になるなんて……」

 リズが表情を暗くしていった。

「ほら、さっさと相棒を直す。リズなら出来るでしょ!!」

 私は笑った。

「知らないとはいえ、笑ってるよ……。よし、パトラ。起きろ!!」

「ん、なに?」

 パトラが寝ぼけた顔であちこち見回した。

「大変だよ。私がイタズラしたから、スコーンがお仕置き部屋行きになっちゃったよ。どうしよう……」

「バカ!!」

 パトラが大声で叫び、リズをぶん殴った。

「もっとボコボコにして。やっちゃった……」

 リズが鼻を啜った。

「リズをボコボコにしてどうするの。先生、お目こぼしは……」

「これでも、かなりオマケですよ、死霊術に蘇生術。普通は懲戒免職が妥当のことろを、スコーンさんが一人で被ってくれたお陰で、他に処罰がないのですから。なに、数日だけの辛抱です。では、いきましょうか」

「分かった。ビスコッティ、留守中は頼んだよ」

 私と校長先生は、エレベータで研究棟の一階に下りた。


 中央棟の地下室には、目立たない場所にある小さな扉からアクセス出来るようだった。

 見守りの警備隊員が短く敬礼をして、私たちは薄暗い階段を下りていった。

「こちらです。黒温いボディで、なかなかイケてると思うのですが」

 気晴らしのためだろうが、校長先生は少し明るい声で冗談で行った。

「そうだね。四角い箱にキャスターが付いてる。軽金属なのかな……」

「はい、見た目ほど重くありません。注意しておきますが、中は一切の魔法が使えません。これを……」

 校長先生は巨大なカンテラを取り出し、火を付けて私に手渡した。

「ちょっと大きめですが、持てない重さではないでしょう。では、しばらくお願いします」

 校長先生は私にカンテラを渡すと、部屋の扉を開けた。

 私が中に入ると、校長先生は私の武器を回収してカゴに入れた・

「ここに入れておきますので、帰る時確認して下さいね」

「はい、分かりました」

 校長先生は笑みを浮かべ、部屋の扉を締め鍵を掛けて、革靴の音と共に去って行った。「さて、冒険野郎マクガイバーゴッコでもするかな。まずは、中から開けられる鍵探しっと」

 誰かさんのお陰で、わりとこういう事が好きになってしまった私は、淡々片手に部屋の中を歩いてみた。

「さすがに、出入り愚痴の近くなんて、安直な作りじゃないよね」

 私は室内を隈なく確かめ。出入り口の鍵以外はないことを確認した。

「さすがに、リズが恐れるだけあって、抜け目はないか…ん?」

 私は、壁に鉄格子を見つけた。

 恐らく、換気用だと思うが、私は窓に近づいた。

「よくあるタイプだね。また、ぶっとい鉄棒だこと」

 私は笑った。

「なんでも楽しまなきゃね。滅多にこないと信じてるし、そうしなきゃなぁなんて思ってたりして」

 滅多に使わないのか、室内にはすぐには使わなそうな機会やがたくたが山積みになっていた。

「あっ、バッテリみっけ。生きてるかな……」

 私は自動車用バッテリを見つけ、なかなかの重さがあるバッテリを鉄格子の近くに持っていった。

 再びバッテリがあったところに行き、棚の上にあった検電器とバッテリのジャンプコードを持ってきた。

「さて、バッテリは……おっ、生きてる。12ボルトあれば上等だよ」

 それから、ジャンプコードでバッテリのマイナス端子を鉄格子に繋ぎ、そっと鉄格子にプラス極に繋いだ鉄格子に当てた。

 派手な火花を散らしながら鉄格子の棒が熔解していき、最初の一本が折れて外れた。

「うん、いい感じだね。この調子でいこう」

 同じようにバチバチやりなら、鉄格子の棒を全て叩き落とすと、私は笑みを浮かべて床に寝転がった。

 ベッドも布団もないのでこうするしかないのだが、休憩程度にはちょうど良かった。

 そのうち扉のスリットが開いて、トレーに載ったご飯が出てきた。

「パン二個にスープ、なぜかレモン牛乳か。まあ、美味しそうだね」

 机などがないので、私が食事を床に置いた。

「さて……ん?」

 鉄格子だった向こうの窓から、パステルが顔を見せた。

「あれこれ溶断しちゃったんですか?」

「うん、バッテリとケーブルがあったから、バリバリ切ってやった」

 私は小さく笑った。

「これ差し入れです。冷めてしまっていますが、ハンバーガーです」

 パステルが窓からハンバガーの袋を押し込んできた。

「人は通れないみたいなので、私はこれで。この地下四階までのセキュリティは全て破壊しておきました。では、帰ります」

 パステルが鉄格子前から奥に消えていった。

「さすが、冒険野郎だね。ご飯にするか!!」

 私がご飯を食べて、トレーをスリットの上に置くと、外からスリットの上の空になった食器が下げられ、また静かになった。

 一人でぼんやりカンテラの炎を見ていると、新たな魔法を思いついて、持ち込みが許可された魔法研究ノートを開いた。

「これが難解なんだよなぁ。魔力が二人とも人間レベルに収まってるのに、アリサの方が瞬間最大魔力の放出が強い。つまり、強力な魔法を撃てるって事だけど、本人にその気がないのか、今のところは犬姉の方が上なんだよね。これって意識でコントロール出来ないんだよ。アリサがなにか遠慮しても、数値は誤魔化せないからただの熟練度……じゃないな。絶対値で決まってるから。もう少し、研究しないとだめだねぇ。不慣れなだけなら、そのうちギャップが解明されるだろうけど……」

 私はノートにペンを走らせ、考え込んだ。

「……分かった。魔力の無駄が多いんだ。犬姉より魔力が高いから、無駄があっても気がつかなかったんだ。初歩で良くやるミスだね。犬姉は順当な魔法使いだから、このまま色々開発していけば、このファン王国の最高学府でトップ取れるかもしれない。だけど、アリサは直さないとダメだね。このくらいは手を貸さないと、本人すら気がつかないから。これビスコッティもなんだよ。これだけ瞬間最大魔力を持ってるのに、最強があのアイス・ランスなわけがない。あれは中位くらいだからね。アイス・ブラスト!!。これどうだかな。名前から決めちゃった。メガブラストが飛んで、その命中先で氷漬け。四大精霊魔法だから、ビスコッティにも使えるよ。呪文書く……」

 私はノートにサラサラ魔法を書いた。

「うん、余裕。問題は、二人とも似たような魔力特性だからね。もし、同時に撃っちゃうと、距離によっては相互干渉して、シオシオのパーになりかねないな。そうだな、三秒開ければいいね。これなら相互干渉を起こすことがない。面白くなってきたな。呪文が長すぎるから、先に召喚魔法で四つの精霊の子を呼び出して、一人合成魔法なんて楽しそうだな。威力も半端ない!!」

 私は笑った。

「こりゃいい、私も使おう。パステルにはそうだな、マクガイバーのテーマに合わせて詠唱すると、いきなり知らない人が出てきて、敵をぶん殴って帰るとか。変なの出来そう」

 私は笑いながらひたすらノートに変な魔法を書き連ねていった。

「犬姉にはこれをあげよう。呪文を唱えると、特殊部隊の集団が百人単位で背後に控える。召喚術士の戦いだね。犬姉は指揮するだけ!! キキはどうしようかな。箒で飛んでいた経験があるから、思い切りへんな箒を作ろう。なぜか主翼があって、パイロンに爆弾満載でしょ。翼端にサイドワインダも忘れちゃだめだね。あとは、アフターバーナだけど、燃えちゃうかな」

 私は杖の設計図を描きながら、ミラージュ20000と仮名を付けた。

「最高にイカれた箒が出来たよ。爆弾満載でも、高度八千メートルでマッハ2.5だぞ!!」

 私は笑った。

「まだあるな。マルシルは穏やかだから、特別に禁術の一部を利用して増やそう。数を」

 私はサラサラと呪文を書きながら笑った。

「最低でも三百人のマルシルが一斉に時間差でバカスカぶち込む。あとには何も残らないな。攻撃魔法の真骨頂だよ……なるべく使うな。やるなら徹底的にやれだ!!」

 私は笑った。

「よし、全部呪文作ったぞ。でも、まだ足りないな。パステルが難しいんだよなあ。資料みたけど、攻撃寄りではあるんだよ。でも、ここが弱い。本人の希望は傷の治癒みたいな、冒険に役立ものなんだよね。簡単なのは精霊の子を呼べば簡単に出来るけど、これじゃ骨折がなんとか治癒するくらいなんだよね。内臓にダメージを受けたときは、ヘタすると死んじゃうから。より強い回復魔法が必要。魔法薬を使うか」

 私はドバババと呪文を書き、小さく笑みを浮かべた。

「普通に唱えても、実は裏ルーンだから誰にも分からない。四大精霊系じゃないから、魔法薬も裏ルーン。これ、教えたら大変な事になるぞ。回復薬なんて、パトラが黙ってるわけないし」

 私は笑った。

「うん、黙ってない。それなに?」

 いつきたのか、窓の部分にパトラがぶら下がり、指をくわえてなんか狙っていた。

「うわ、ビックリした!?」

「うん、暇だろうからって、こうやってこっそり様子を見にいくって話になったんだけど。その裏ルーンの魔法薬ってなに。教えて」

 パトラの声が低く平坦なものに変わり、自分の開発ノートを差し出してきた。

「い、いいけどちゃんと研究してね。危ないから」

「うん、研究したい事はする。リズばっかりズルいって思っていたけど、これで一歩先にい進めるよ」

 パトラが差し出してきた研究ノートに呪文を書き、私は苦笑した。

「それじゃ、そろそろ晩ご飯の時間だから」

 パトラが縄を伝って、鉄格子だった窓から上に向かっていった。

 しばらくしてスリットが開き、トレーに乗せられた食事を取った。

 食器をスリットを通して返すと、大量にあるハンバーガーで残りの空腹を満たした。

「さて、晩ご飯がきたということは、今日のイベントは全部終了かな。多分、かなり早いけど、もう寝ちゃうか」

 寝具がないので、私は鞄を枕にそっと目を閉じた。


 ここに入るときに、時計まで回収されてしまったので、現在時刻は分からないが、起きると当時に食事の差し入れがあったので、そんなに遅い時間ではないはずだった。

「しっかし、校長先生も真面目だねぇ。地下にこんな場所まで作って」

 もちろん、こんな場所がカリーナのパンフレットに出ているわけもなく、私は一人生活を楽しむようになってきた。

「どんな環境で、紙とペンがあれば魔法使いはできると。イテテ、首ね違えた……」

 私は鞄からノートを取り出し、珍しく精霊系魔法の呪文作りを始めた。

「私もカルテットだもんね。オメガブラストでヒントはたくさんもらったから……なんか変だな。これじゃ、たまたま発動したようなもんだよ。その他にも、誰か別人の手が入ってる感じだね。ここの関数なんてギリギリのラインだよ。危ないなぁ」

 私は苦笑した。

 基礎部分は別だが、実際に使える応用になってくると、その人それぞれの癖が付いてくるものだ。

 結果、同じような魔法でも呪文が全然違ったり、文体が硬くなったり柔らかになっりたと、間違いはないので発動はするし、計画通りの魔法にはなるが、これが多数で作る魔法でも欠点ともいえ、味ともいえるものだった。

「よし、わたしとあたしで合作してみるか。先手……」

 私が先手をとって、とりあえず基礎を固めた。

「あれじゃ爆死だもん。そこをちょこっと修正して、また修正してをくりかえしているね。だから、かなり際どいコントロールがひつようなんだけど、リズなら可能かな。この辺りはビスコッティを交えて三人で研究してみよう……と思ったけど、まずは自分だね。私もこの辺りのコントロールが怪しいか……。これ、しゅごい魔法かも」

 私は使ってみたくてウズウズしてきた。

「どっか的、どっか的……ビスコッティこないかな。でも、これはシャレにならないな。避けられたら、王都の研究所を全壊させたあの事故になるよ。それに、そもそも人を的にするわけにいかない。この箱の中、本当に魔法が使えないのかな……」

 私の頭の中に、いい加減聞き飽きたマクガイバーのテーマが流れてきた。

「……やってみるか。暇だし」

 私は頷きオメガブラストの呪文を唱えた。

 天井に向かって両手を突き出すと、箱全体が青色に光りガタガタと揺れたが、確かに発動してもキャンセルされてしまった。

「なるほど、リズが嫌がるわけだね。ここで、さっき作った一人合作魔法の呪文を唱えはじめた」

 箱がガタガタ派手に揺れ出して、青い光りが明滅したと思ったら消えた。

「よし、いくぞ。ビスコッティ!!」

 思わずいないビスコッティの名を叫び、私は床に伏せた。それでも床から体が飛び上がり、私はこの野郎と必死に呪文を唱え、うつ伏せから仰向きに変わり、両手を天井に向かって付きだした。

「オメガブラスト・ジェネシス!!」

 たまたまマクガイバーのテーマのサビの部分にさしかかかり、気分ノリノリで放った新魔法は、ド派手な光りを薪らしつつ、そこら中を破壊しながら光りの濁流が地上に向けて飛んでいった。

「この調子じゃせいぜい地下二階までだね。この地下エリア全体が魔法の威力を抑えてる」

 私が呟いた時、オメガブラスト・ジェネシスが生み出した大穴が崩れ、もはや原型を留めていないだったものの上に降り注ぎ始めた。

「ヤバい!!」

 私は咄嗟に結界の魔法を唱え、崩れてきた瓦礫に埋まる事だけは避けた。

「これは考えてなかったな。生き埋めになっちゃったよ」

 私は苦笑して、改めて結界壁越しに外の様子をみた。

「メチャクチャだね。あの『リズ専用』って書かれた箱も潰れちゃった。全部取り上げられちゃって、なにも持ってないからねぇ……あっ」

 私は腰の後ろに挿しておいたデザート・イーグルを抜いた。

「……これじゃダメか」

 私はため息を吐き、腰の後ろに戻した。

「あとは……ないな。メシの時に気がつくだろうから、それまで待つかな。私は動かない方がいい」

 私は変に壊れないように、動かないでじっと時を待った。

 そのうち、削岩機の作動音のようなものが聞こえ。上に明かりの輪が見えた。

「いたよ。無事みたい。パステル、行くよ!!」

 リズとパステルの顔が見え、上からロープのようなものを下げてきた。

「まだ結界は解除しないで、結構酷い!!」

「分かった!!

 リズと会話を進めると、下りてきてくれたパステルとリズが、機械を取り出して瓦礫の撤去作業を始めた。

「ヤバいヤツだけでいいよ」

「分かりました!!

 リズとパステルが連携して、私の発掘作業を始めた。

「スコーン、徐々に結界を解いて……よし!!」

 リズが笑みを浮かべた。

「さて、救助始めるよ。犬姉、ウインチの用意をお願い!!」

「あいよ!!」

 こうして、魔法学校ではたまにある『魔法事故』はなんとかけりが付いた。


 念のため、医務室で私の診断をしたところ、栄養不足であること以外は特に指摘される事もなく、私たちは研究室に集まった。

「えっ、合成魔法であたしの身代わりまでやった!?」

 さっそく作ったオメガブラスト・ジェネシスの話をしていると、たき火の端に座っていたリズが転けた。

「うん、まずは単身用を作って、そこから派生させたんだよ。だから、リズ一人用もあるよ。勝手にゴメンね」

「いや、ぜひそっちも知りたいけど、オメガブラストの合成版って、破壊力半端ないんじゃない?」

「そこはコントロールだよ。合成魔法だから、相当練習しないとダメだね。みんなにも配るよ」

 私はお仕置き部屋でノートに書いたものを、そのままコピーして渡した。

「しっかし、お仕置き部屋で魔法開発しちゃうとは、肝が据わってるね。どれ……」

 私がコピーした紙をリズが取り、内容を読み取り始めた。

「……パトラ、これ覚えておいて。いざって時、これしかないよ」

 リズが小さくいった。

「へぇ、リズが私にバディを頼むなんて初めてじゃない。これでしょ、なんとかするよ。それにしても、あの環境でよくやったね」

 パトラが笑みを浮かべた。

「まあ、紙とペンがあれば、どこでも研究しちゃうからね。なんで二人用かっていうと、これで十分過ぎるからなんだよ。危なくて、これ以上は増やせないんだ」

 私は笑みを浮かべた。

「師匠、また無茶しましたね。これ、合わせろっていわれても、簡単じゃないですよ」

 ビスコッティが苦笑した。

「……ん、これ『光』と『闇』まで使っていますね。幻といわれる」

 キキが面白そうな顔をした。

「うん、バレたか。今では四大精霊っていってるけど、大昔は『光』と『闇』しかなかったんで。光は創世担当、闇は破壊担当で何度もやって、今の世界が出来たんだって。これ知ってるのはかなりの強者だよ!!」

 私は笑った。

「師匠、『光』と『闇』とは?」

「あたしも知らないな。なに?」

 スコーンとリズが問いかけてきた。

「うん、通称セットで『始原の精霊』って呼ばれてるんだけど、四大精霊を作ったいわば精霊中の精霊だよ。だから、半分は『再生』半分は『破壊』の性格を持ってるんだ。分かりやすいのが『火』かな。ものを生み出すところに必要になるし、間違った扱いをすると火事で破壊されちゃうでしょ。四つの精霊全てがそう。でも、今は『光』と『闇』はない事にされてるから、知っている人は少ない。この力はすぐに悪用されちゃうんだよ。だから、もう何十年だか何百年だかの単位で封印されてる。私は王都の研究所でその知識と情報を与えられ、どこにも出せないような危険な魔法を作らされていたから、大体知ってるけどね。みんな、このことは内緒だよ」

 たき火の端でみんなが頷いた。

「それにしても、よく分かったね。キキ」

「はい、お母さんが昔の伝承に詳しくて、たまたま知っていたんです。スコーンさんからお話しを聞いて、本当だったんだなと思いました」

 キキが小さく笑った。

「私も聞いたことがあります。里の長から人間の魔法がいかに危険なものか、それがこの四大精霊の力を使う事にあるという感じなのですが、実際に学んでみて、確かに危険な一面もありますが、これはエルフ魔法もそうですし、大騒ぎするほどのものでは……」

 マルシルが笑みを浮かべた。

「エルフ魔法は秘密が多くて、私もあまり知らないし、興味を向けちゃいけない気がして手出ししなかったよ。これは正解だと思ってる」

 私は笑った。

「それがいいよ。怖くなるから」

 パトラが笑った。

「はい、やめておいた方がいいです。危険度というより、半ば儀式ですからね。攻撃魔法や回復魔法、結界魔法など、四大精霊魔法にもあるものはありますが、これは身を守るために生まれたと思って下さい。儀式魔法が本当のエルフ魔法です。天候操作などととんでもない事も出来ると聞いてますが、私は使った事も使おうと思った事もありません。規模が大きすぎるんです」

 マルシルが苦笑した。

「へぇ、あたしは研究したけど、結局よく分からなかったなぁ。人間の機械じゃ判定出来ない項目が多すぎて」

 リズが苦笑した。

「まあ、話を戻すと、その光と闇の要素まで使っちゃってるから、精霊系魔法ではある意味最強かもね。他に足せないから」

 私は笑みを浮かべた。

「それをスコーンとあたしの合成魔法にしちゃったんだ。ただの実験?」

 リズが笑った。

「うん、試しにやっただけだし、どれほどのものか撃ちたくなってお仕置き部屋で試したら、周りは魔力を吸収する素材だけだし、発動するか分からないなって感じでやったら、二階まで崩壊しちゃったんでしょ。あれ、なんの制限もなくやったらヤバいから、あくまでも参考までにって感じかな」

 私は笑った。

「あれ凄かったよ。いきなり学校がぶっ飛んだのかと思ったら、あちこち水道管やらガス管が折れちゃって、待機していた王宮魔法使い建設部が総出で直していたよ。で、今度は先生がピーちゃんにお仕置きされてる。あんな人権破壊装置を使うなってね!!」

 リズが笑った。

「はい。私は師匠がブチ切れて暴れたのかと思いました。まあ、近い感じでしたね」

 ビスコッティが笑った。

「だって、暇なんだもん。さて、ご飯でも作ろうか。あのスープ味がないんだもん」

 私は苦笑した。

「でしょ、あれが嫌でね。もう二度と設置される事はないだろうけど、堪ったもんじゃないよ」

 リズが笑った。

「隊長、時間なので外回りに行ってきます」

 アリサがレーションの箱を持って、小さく笑みを浮かべてからエレベータで下りていった。

「あっ、そんな時間だったか。いつの間にか、夜になっちゃったしね。お土産の話が面白くて」

 犬姉が笑った。

「アリサが可哀想だな。あんなマズそうなものがご飯なんて……」

 私は部屋の片隅に積んであるレーションの箱をみた。

「昔はマズくて食えたもんじゃなかったけど、今はよくなったよ。さて、このあとは私が外回りだからね。あんまり、夜遊びしないように!!」

 犬姉が笑った。


 その夜、私はまだみんながたき火を囲んでいる中、研究エリアで一人ノートパソコンでさっき作ったオメガブラスト・ジェネシスの改良点を考えていた。

 リズも同じ事をやるといって、パトラを連れて自分の研究室に戻ったので、研究室内には珍しくチームスコーンのメンバーだけがいた。

「さて、あの魔法書は……」

 ビスコッティもみんなで楽しんでいるので、私は一人で書架をみて呟いた。

「うーん、一般書だっけ?」

 魔法に禁術があるように、魔法書にも一般に向けては閲覧禁止の禁書というものもある。

 私は登録魔法使いなので、そういった本も買えるのだが、開いただけで何かがおきてしまうものもあるので、取り扱い注意だった。

「禁書にもあったような、なかったような……」

 書架が並んだ一番奥に、数は少ないが私の私物で禁書を保管している小部屋がある。

 一応、法に則って禁書は施錠できる環境で、鍵は研究室を使っている研究者だけにあるので、手伝ってもらうとき以外は、ビスコッティすらも、中の様子が分からないはずだった。

「さてと……」

 私は白衣のポケットから鍵束を出し、禁書庫のある部屋に向かった。

 武器類は返してもらっているので、私は念のため拳銃を抜いた。

 私は呪文を唱えながら鍵穴に鍵を差し入れ、そっと開けた。

「うーん、この魔力の強さはむせそうだね。毎度の事だけど……」

 私は禁書室に入り、目的の本を探した。

「よし、あった」

 私は重厚な表紙がついた重たい本を書架から取った。

「あっ……」

 取った表紙にバランスを崩してしまい、書架に収まり切れなかった魔法書の山を崩してしまった。

「うわ、ヤバい!!」

 私は手にしていた本を放り出し、部屋の非常警報ベルを押すと、そのまま体育座りでじっと耐えた。

 滅多に見ないが、あの緑表紙の本にはトラップが仕掛けられていて、開いた瞬間に石化魔法が発動するようになっていたのが危険で、まだ解呪していなかったのだ。

 体育座りになったのは、石化した時に一番安全だからだ。

「さて、みんな頼んだよ」

 私は呟き、それきり意識が消し飛んだ。


「ん……」

 私が目を開けるとリズとパトラを加えたスコーンのメンバーが勢揃いして、キャンプエリアのテントに寝かされていた。

「師匠、最悪でしたよ。即死系魔法はバカスカ発動していましたし、石になった師匠の重いこと重いこと……。安全姿勢なんですけどね」

 ビスコッティが笑った。

「ごめんなさい。迷惑かけたね」

 私は小さく息を吐いた。

「いえ、そんな……」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「誰も怪我してない?」

「はい、誰もいません。色々な書物があるんですね。救助ついでにチラッとみたのですが、まさか私の本が……」

「ああ、あれ。面白いから買ったけど、あれはダメだよ。魔法について書きすぎているから、改訂版を出した方がいいよ」

 私は笑みを浮かべた。

「そうですか……気合い入りすぎましたね」

「うん。初心者むけって書いてあるのに、いきなり高度な応用とか満載なんだもん。あれじゃ初心者はパンクしちゃうよ」

 私は笑った。

「ちなみに、禁書庫に入れた理由なんだけど、深い意味はなくて倉庫に積んでるような感じだったんだよ。一般書の書架が一杯になってきたから、あとで大掃除件入れ替えを検討していたんだよ。悪く思わないでね」

 私は笑みを浮かべた。

「とんでもありません。買って頂いただけ幸せです」

 パステルが笑みを浮かべた。

「さてと、どれだけ意識不明だったのかな……」

「四時間程です。パトラの魔法薬がなければ、もっと掛かったかもしれません」

 ビスコッティが笑った。

「四時間も掛かっちゃったか。対魔法には自信があったのにな……」

「私は石化した人を初めてみました」

 マルシルが苦笑した。

「怖いでしょ、誰かくるまであのままだから。当然禁書だよ」

 私は笑った。

「そうですね……さて、師匠。今回の反省は?」

 ビスコッティが笑った。

「そうだねぇ。変なところに変な本を置かないかな」

「そうですね。あとは、仲間を忘れない事ですか」

 ビスコッティが笑った。

「よし、たまには学食でも使うか。なんでも食え!!」

「スコーンさん、そういうのなしにしましょう。対等ですからね」

 キキが笑みを浮かべた。

「分かった、それにしても石化食らうとはなぁ。第一優先防御なんだけど、多すぎて反応出来なかったか」

「はい、かなり強烈でしたよ。師匠が大事にしているので、燃やすわけにはいかないので、キキに魔法で空間を裂いて特大ポケットに全部ぶち込んで黙らせてから、ここで師匠の石化を解いたんです。亜空間に入れると、本が黙りますからね」

 ビスコッティが笑った。

「考えたねぇ。よし、腹減った。みんな食べに行こう!!」

 私は笑みを浮かべ、ご飯を食べに出かけたのだった。

      

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