第25話 今日もゴタゴタ(改稿)

 なんだかんだで二の月に入った。

 異常な勢いで降る雪を時々窓越しにみながら、私は研究室でレポート書きに専念していた。

 犬姉とアリサが後天的に魔力を持った事による肉体の変化について、時には医務室で検査してもらったりしているが、二人とも気安く受けてくれるので助かっていた。

「肉体的な変化はないか……。まあ、元々魔力は生命力から生まれてるエネルギーだからね。そのストッパーが外れただけで、人体に変わりはないか」

 私はノートパソコンのCT画像を見ながら唸った。

「それで、日が経つにつれて魔力も上がってる。二人とも水に特化しちゃったけど、これビスコッティ以上なのは間違いないよ」

 机から離れたところでお茶を淹れていたビスコッティの耳が、気持ちデカくなった気がした。

「これは面白いね。水が三名か。水自体意外と珍しいから、随分贅沢だね」

 私は椅子の背もたれに身を預けた。

「師匠、お茶です」

 ビスコッティが湯飲みを持ってやってきた。

「犬姉もアリサも完全に水になったよ。仲間が出来たじゃん」

 私は笑った。

「師匠だって、メインは風じゃないですか。もっと珍しいですよ」

 ビスコッティが笑った。

「風の回復魔法もあるけど、攻撃系に転じると凄いよ。怖いからやらないけど!!」

 私は笑った。

「さて、レポート作成は休憩。雪だしどうしようかな……」

 私は椅子から立ち上がり、立派な仕切りになったバーベキューコーナーに移動した。

「今日はみんな遅いね。火の付きが悪いな……」

 薪を積んでいつも通り火を付けようとしたが、なかなか付かなかった。

「私がやりますよ」

「うん、お願い!!」

 ビスコッティが種火を起こしそれが薪に広がり、無事にたき火が出来た。

「はぁ、温かいねぇ」

 これがあるので、普段からエアコンはあまり効かせていなかった。

「師匠、昨日届いたのですが、無関係ではないので……」

 ビスコッティが白衣のポケットから黒い封筒を取り出した。

「読んでいいの?」

 私が聞くと、ビスコッティは真顔で頷いた。


『出来の悪い娘へ

  お前の居場所を特定した。直ちに始末する』


「なにこれ、殺人予告じゃん」

「はい、ここにいれば安全だと思いますが、前回の襲撃とは比較にならない規模で襲いかかってくるでしょう。車両だけでなく、ヘリや固定翼機も持っていますので。私はどうしていいか……」

 ビスコッティがため息を吐いた。

「どうもこうも、いつも通りにしてればいいじゃん。変な動きをすると、逆にダメだよ」

 私はビスコッティの肩を叩いた。

「もちろん、私は普段通りですよ。安心して下さい」

 ビスコッティは笑みを浮かべた。

「あれ、誰かいる。おはようございます」

 アリサがやってきて、小さく笑みを浮かべた。

「交代要員が寝坊したため、空き時間が出来てしまいました。申し訳ありません」

「アリサ、それどこじゃないよ!!」

 私は手に持っていた封筒をアリサに押しつけた。

「こ、これは……」

 アリサが小さくため息を吐いた。

「あのクソオヤジが諦めるわけがないんです。むしろ、今までよく隠し通したなという感じですね。いずれ衝突する事は分かっていたんです」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「これ以上の逃げ場はありません。ここで迎撃するしか……」

 アリサが小さく息を吐いた。

「もちろんです。逃げようなんて考えていません。ただ、関係ない方々を巻き込まないようにするのが、どうしたものかと……」

 ビスコッティは小さな笑みを浮かべた。

「コホン……」

 そんなビスコッティの頭にマグカップを乗せ、一体いつの間にきたのかリズが咳払いした。

「ここは、建国の時からあるっていうカリーナだよ。今はありったけのE-8で地上の車両を監視しているし、空はE-767が監視してる。地上は戦車隊とかいるけど、薬に立たない可能性があるから、警備隊の精鋭を連れて犬姉が周回パトロールをしてるよ、それでも中に入られても、みんな一応は魔法使いの卵だからね。逃げるか攻めるかの判断くらいは出来る。だから、安心して」

 リズが笑った。

「そうですか、安心しました。この天候で距離を考えるとヘリはないでしょう」

 ビスコッティがリズから、マグカップを受け取った。

「それが、そうでもないんだな。周辺警戒中のイージス艦が応答がない艦影を見つけてね。接近阻止を試みて接近したら、なんとヘリ空母だったんだって。ビスコッティ、その禁のペンダント見せて」

「えっ、はい……」

 ビスコッティが、いつも身につけているペンダントを外してリズに見せた。

「国籍不明なんだけど、マストにこのマークの旗が揚がっていたんだって。どう考えても、ビスコッティ関係者でしょ?」

 リズがビスコッティにペンダントを返した。

「ま、まさか……」

「ったく、どんな家に生まれたの。ヘリ空母まで持ってるなんて。で、攻撃していいかって照会がきたけど、上は知らない国旗だしどうしていいか分からんって、なぜかあたしに問い合わせがきてさ。これ、潰しちゃっていいの」

 リズが笑った。

「もう、潰せって返してますよね。まさか、ダンデライオン級を引っ張り出すとは……」

「もちろん、潰せって速攻指示を出したよ。でも、もたついてる間にヘリが六機ほど発艦しちゃってね。今こっちに向かってる。もう直ぐ学校のレーダーにも反応があると思うけど、パトリオットでバカスカ落とす予定だからよろしく!!」

 リズは笑って。折りたたみ椅子に座った。

「予想外です。そもそも暗殺一家ですよ。ヘリ空母も潜入にヘリを使う場合で、遠距離遠征用なんですよ。まさか、そんなものまで出してくるなんて……」

 ビスコッティがため息を吐いた。

「そういわれてもね。ビスコッティとアリサ、クランペットの出生地が不明なんだもん。住所はあるけど当てにならないし、どっかの村としか聞いてないよ。裏でも分からないし、徹底した情報操作してるなと思ったよ。場所が分かれば、トマホークでもぶち込んでやるんだけどなぁ」

 リズが笑った。

 ビスコッティがアリサと顔を合わせ、頷いた。

「分かりました、教えましょう。一般の地図には存在すら書かれていない岬があるんです。正しいマップはこれです」

 ビスコッティが鞄から年季が入った地図帳を出した。

「えっ、教えてくれるの!?」

 リズが咥えていた煙草を落とし、慌てて拾い上げてもう一度咥えて火を付けた。

「この際、隠し事はなしです。場所がどこだか分かりますか?」

「分かるもなにも、ここってホールド岬じゃん。地図上では盲腸みたいに小さく書かれているけど、こんなデカいんだ。ここに村があると」

 リズが煙草を吸いながら地図をみた。

「そこに黒い点が打ってあります。そこが村です。村の名前はありません。あっても意味がないので」

 ビスコッティが頷いた。

「なーるほどね。マジでトマホークでもぶちこんでみる?」

「いえ、気が付かないフリをしましょう。注意をあくまでも私に向けておかないと、なにを考えるか分かりません」

 ビスコッティがため息をついた。

「私にとっては、ここはやっと到達できた楽園みたいなところなんです。絶対に踏み込ません」

 アリサが頷いた。

「あたしだって、荒らされたら困るからね。やるからには、本気だよ!!」

 リズが笑みを浮かべた。


 こんな時にあれだが、どうしてもお腹が空いたので、私は購買でパンを買おうと中央棟一階の購買にきていた。

「この雪見だいふくもおいしいんだよね。アイスだけど人数分買っておこう」

 私はブツブツ呟きながら、広大な購買の一角にあるパンコーナで全員分のパンを買い、そのまま購買の列に並んだ。

 私の順番がきて、レジでお金を払おうとすると、脇からすっと黒いクレジットカードが出てきた。

「よう、おはよう!!」

 それは、元気な犬姉だった。

「あ、ありがとう」

 犬姉の支払いで買い物を済ませ、私はかさばる袋を空間に裂け目を作ってしまった。

「あれ、パトロールじゃないの」

「鬼ですか。休憩だよ!!」

 犬姉が笑った。

「それもそうか……」

「私だって人間だもん。休憩くらいは欲しいよ。

 肩からライフルを提げたままで、犬姉が笑った。

「どうせまた、いつも通り研究室で宴会やってるんでしょ。私も混ざる!!」

 犬姉が笑った。

「うん、いつも通りだよ。そろそろ、みんながくると思うよ」

 私は腕時計をみた。

 犬姉と無駄話をしながら、中央棟から研究棟への吹きさらしの渡り廊下を歩いていると、いぬ姉がふと足を止めた。

「ん?」

「……完全にマークされてる。侵入を許したな」

 犬姉がライフルをそっと構え、雪の吹きだまりにしか見えないものを撃った。

 瞬間、吹きだまりが消え、一人の戦闘服姿が倒れていた。

「うげっ!?」

「とにかく急ごう。研究室に行くよ!!」

 犬姉が私の手を引っ張り、研究棟に飛び込むとエレベータに飛び乗った。

 四階の研究室に着くと、まだみんなは来ていなくて、リズとアリサががたき火に当たっていた。

「あっ、犬姉。どうしたの慌てて……」

「もう内部に侵入されてる!!」

 驚いた様子のリズに犬姉が叫んだ。

「マジで……。こりゃ、一筋縄じゃいかないね」

 リズが勝ち気な笑みを浮かべた。

「そういえば、ビスコッティは?」

「ん、トイレ行くって出ていったけど、便秘にしても長いな」

 リズが自分のノートパソコンを取り出し、カタカタとキーを叩き始めた。

「まさか……」

 私の背筋に寒気が走った。

「さっきペンダントを預かった時、念のために発信器を取り付けておいたんだよ。やっぱり、もう学校の外に出て逃走中。E-8からの情報でも北方街道を時速六十キロで逃走中。追うよ!!」

 リズがパタンとノートパソコンの画面を閉じた。

「こんな事もあろうかと、校庭にヘリを一機持ってきてある。急ぐよ!!」

 リズが立ち上がりアリサが慌ててたき火を消した。

 リズはハンディタイプの無線機を取り出した。

「パトラ、準備出来てる?」

「うん、いつでもいけるよ。なに、お仕事?」

「そう、お仕事。ボケてないで、準備よろしく!!」

 リズは無線機をポケットに収めた。

「よし、校庭までダッシュ!!」

 こうして私たちは、大急ぎで校庭に向かった。


 校庭に出ると、一機のヘリが駐機していた。

「パイロット頂き!!」

 犬姉が操縦席に飛び込んだ。

「あーあ、またコパイか」

 パトラが苦笑した。

「ほら、急いで!!」

 リズが機内に飛び込み、空間に裂け目を作ってライフルを取り出したアリサが続いた。

 最後に私が乗り込むと、シートベルトをしたタイミングでヘリのエンジンが始動した。

 リズがノートパソコンを開き、カタカタやり始めると、ヘリは雪煙を上げて離陸した。

「どこに行くか分からないけど、間に合うかな?」

『間に合うかなじゃなくて、間に合わせるの。リズ、進路は?』

 ヘリのインカムから犬姉の声が聞こえた。

『このまま真っ直ぐだよ。この積雪だし、街道を走るのが最速でしょ。あと五分で着くよ』

 リズがアリサに目配せすると、自分はライフルを組み立て始めた。

 アリサは射撃体勢に入り、開けっぱなしのサイド扉から入ってくる風が寒かった。

『アリサ、徹甲弾でエンジンを狙って!!』

『わ、分かりました』

 ヘリが高度を下げると、街道を行く一台の四輪駆動車が見えた。

 ヘリはそのまま車を追い抜いて、二人がライフルの銃口を向けている方に機体を真横ににした。

 同時に、アリサが発砲してエンジンを壊し、リズが発砲して運転席の窓ガラスにヒビが入って血潮が飛び散った。

 車の助手席と後部座席から二人飛び出し、こちらに向かってメチャクチャに発砲してきた。

『フン、無駄弾ね』

 リズがあっという間に三人を片付け、ヘリはそのまま車の前に着陸した。

「油断しないで!!」

「はい!!」

 アリサが先頭で、リズが背後でバックアップに立ち、私はできる限り強力な防御魔法を使った。

 アリサが慎重に後部扉を開けると、中にぐったりしたビスコッティの姿があった。

「よし、目標確保。急いで運びだすよ!!」

 リズが声をあげ、私とアリサでビスコッティを車から降ろした。

「さてと……」

 リズがポケットから工具を取り出し、ビスコッティの手錠を外した」

「ついでにどうだ……」

 リズがビスコッティの脈を取った。

「あれ、弱いな。時々乱れるし……パトラ!!」

「うん、分かってる。これって強力な催眠効果と同時に、徐々に体を蝕んでいく毒が混ざった混合魔法薬だね。解毒はすぐできるけど、それ以上は医務室で検査しないと……」

 パトラが注射器を取り出し、魔法薬をビスコッティに注射した。

「よし、急ぐよ。あたしも手伝うから!!」

 ぐったりしたビスコッティを三人でヘリに乗せ、犬姉の操縦でヘリは飛び立った。

『犬姉、急いで!!』

 リズが声を上げた。

『急いでるけど、これで精一杯だよ。校庭まで十五分は掛かるよ』

 犬姉が計器をみながらいった。

『ストレッチャーとか待機してるはずなんだけど、それは平気?』

『うん、それは確認済み。そこで看護師と医師にビスコッティを引き渡せば任務完了なんだけど、念のためスコーンがついてて』

 犬姉が笑った。

「もちろんだよ。ビスコッティ、大丈夫かな……」

 私は床に寝かせてぐったりしているビスコッティを診ようとして、思い切り踏んづけてしまった。

「あああ!?」

『ん、今ボキっていったけど、どっか折れた?』

 リズが笑った。

「ごめんなさい、ごめんなさい。えっと、回復魔法、なんか回復魔法。あった」

 私は魔法研究ノートを片手に、呪文を唱えた。

 機内で魔力光が弾け……。ビスコッティに特に変化なかった。

「こ、これで骨折は治ったはず。えっと……」

『こら、スコーン。そのくらいにしておきな。容態が分からないのに、余計な事しない方がいいよ』

 リズが私の頭を撫で、笑みを浮かべた。

「それはそうだけど、ビスコッティになにかあったら……」

『よほど頼られてますね、ビスコッティは。羨ましいです』

 アリサが笑った。


 私たちが乗ったヘリがカリーナの校庭に着陸すると、ここから校舎までが綺麗に除雪され、ストレッチャーが待機して待っていた。

 ビスコッティをストレッチャーに乗せ、医務室のスタッフが押していくのに付いていきながら、私はため息をついた。

 医務室につくと、ビスコッティは検査に回され、私は小さく息を吐いた。

「これで大丈夫でしょ。意識はなかったけど、薬で眠っているだけだろうし」

 リズが笑みを浮かべた。

「はい、私たちは幼少の頃からあらゆる毒に対抗するために、少量ずつ盛られた食事をしています。この程度は大丈夫です」

 アリサが笑った。

「そう、ならいいけど」

 私はため息を吐いた。

「スコーンにいっておくよ。間違っても、仕返ししようなんて考えない事。相手は『ダーク・サーペント』って組織だから。裏の世界でも謎ばかりでね、末端の構成員の名前すら分からないような、強大な輩よ。間違っても、やり返さない事だよ。襲ってきたら別だけど」

 リズが頷いた。

「はい、私が付いてます。スコーンさん、気を落とさないで」

 アリサが笑みを浮かべた。

「う、うん。大丈夫だけど……。ありがとう」

 私はようやく笑みが出た。

「よし、アリサ。スコーンは頼んだよ。私とリズはゴミ掃除してくるから」

「やれやれ。排気口とか苦手なんだけどな……」

 犬姉とリズは空間に作った隙間にライフルをしまって、拳銃を抜いて駆けていった。

「あれ、パトラはいかないんだね」

「うん、ここにいる方が正解でしょ。ちょっと内線を借りて……」

 パトラが近くの壁に設置されていた電話の受話器を取った。

「はい、そうです。安全のため、今日は臨時休校にして。学生は寮で待機するようにして下さい。はい、直ちにです」

 パトラが戻ってきて笑みを浮かべた。

「学生たちを寮に集めたよ。いても狙われないけど、なんかあったら邪魔でしょ」

 パトラが笑った。

「なるほど、いい考えだね」

「もっと褒めて。リズはいつも蹴飛ばすだけだから!!」

 パトラが私にスリスリした。

「猫か!!」

 私は思わず声を出した。

「その調子だよ。暗いのよくない!!」

 パトラが笑った。

 その時、処置室の扉が開いて、ビスコッティを乗せたストレッチャーが出てきた。

「適切な対応のおかげで、問題はありません。喋れますよ」

「ビスコッティ!!」

 私はストレッチャーに近寄った。

「師匠、なにしょぼくれているんですか。私はそんな弱い子に育てた覚えはありません!!」

 ビスコッティが笑った。

「しょぼくれてなんかないよ。うんこしたいだけ。待たせるから漏れそうだよ!!」

 私は笑った。

「私は大丈夫です。くれぐれもやられたらやり返す倍返しだ……などと考えないようにしてくださいね。狙いは私だけで、一度やられているので、次はもっと考えてくるでしょう。寝ている場合ではありません」

 ビスコッティはストレッチャーから下りて、拳銃を抜いた。

「ご覧の通り、元気です。問題はありません、では、私たちはこれで」

 医務室のスタッフがそれぞれ持ち場に戻っていった。

「ビスコッティ、もう平気なの?」

「はい、問題はありません。ご心配おかけしました」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

 私はビスコッティの回復力に、頭の中が空っぽになっていた。

「あれ、なんです。私が簡単に死ぬわけないでしょう。あの薬は、十八時間掛けて人をしに至らしめます。その間に、きっと誰かが何かしてくれる。最悪、師匠が突っ込んでくると期待していましたから、怖くはなかったです」

 ビスコッティが笑った。

「ビスコッティ、酷いよ。いきなりいなくなるなんて!!」

 私はビスコッティに抱きついた。

「はいはい、いい子ですね……。アリサ、追加情報入ってる」

「うん、警備隊が総当たりで掃討作戦をやってる。もう二十名ほど倒された。任せておいて平気だと思う」

 アリサが無線を聞きながら頷いた。

「じゃあ、任せて。私たちは研究室に行きましょう。そうすれば、ターゲットが絞れていいでしょう」

 ビスコッティが笑った。

「わ、分かった。研究室に行こう!!」

 私は慌てて拳銃を抜いて、スライドを引いた。

「あっ……」

 スライドを引いた途端、未使用弾がイジェクトされて床に転がった。

「師匠、気合い入り過ぎです。行きましょう」

 ビスコッティが笑い、私たちは研究室に移動した。


 研究棟の私の研究室に行くと、みんなの他に武装した校長先生が来ていた。

「いやー、まいりましたね。リズ坊から、この研究室を守ってくれといわれてきてみたのですが、敵らしい敵がきません。せっかく気合い入れたのに無駄になってしまいました」

 先生はノンビリ肉を食べながら、パステルが淹れたお茶を飲んでいた。

「あれ、ここは平気なんだね」

「これからです。私がここに移動した事で、取り切れていないゴミが集まってくるはずです」

 ビスコッティとアリサが拳銃を抜いた。

「かの有名なサンセット・コンビですねぇ。おっと、これは裏情報でした」

 先生が小さく笑みを浮かべた。

「久々に聞く名前です。ずいぶん暗躍しましたからね」

 ビスコッティが笑った。

「はい、向かうところ敵なしで、任務達成率95%以上。売れっ子だったんですよ」

 アリサが笑った。

「左様で。私も説教の能力が低い頃は、弾丸に頼ったものです。今では、コレクションですがね」

 校長先生が手にしたライフルを磨き始めた。

「それは、ウィンチェスターM1895ですね。可動品ですか」

 ビスコッティが校長先生に聞いた。

「はい、手入れは怠っていません。いつもは校長室のラックにしまってあるのですが、たまには動かそうかと思いましてね。かなり腕が落ちたと実感しました。いやはや、鍛錬は重要ですね」

「えっ、まさかビスコッティのあと、ここに誰かきたの?」

 私が声を上げると、先生は柔和な笑みを浮かべた。

「それは、皆さんにお聞き下さい。では、肉でも食べましょう。そのうち、リズ坊たちも帰ってくるでしょう」

 校長先生はエプロンを着けて、コンロの前に立った。

「誰か、きたの。大丈夫だった!?」

 私はみんなにいった。

「はい、それが校長先生が天井に四発撃っただけで、あとはなにもありません!!」

 パステルが笑った。

「天井ですか。師匠、脚立はどこでしたか。換気口を診てきます」

「大丈夫!? 脚立はそこ!!」

 ビスコッティは笑みを浮かべ、脚立を立てて排気口に潜っていった。

 アリサが脚立をどけ、なにかを待つようにしていると、いきなり血まみれの凶悪そうな人が落ちてきた。

「やっぱり……通りで換気効率が悪いわけです」

 換気口からビスコッティの声が聞こえ、ボコボコと換気口から死体が落ちてきた。

 研究室のアリサがテキパキをれを片付け、遅れてきた芋ジャージオジサンが回収と掃除をして、そのまま去っていった。

「これで全てです。部屋中に漂った肉のニオイもこれで片付くでしょう」

「そうですか。モノがモノなので食後がいいかと思いましたが、換気が悪いのではやむを得ないでしょうね」

 先生が笑みを浮かべ、よく焼けた肉をさらに盛り付け始めた。

「な、なんか、ビスコッティもみんなも落ち着いてるけど、慣れっこなの?」

「はい、ここのみなさんにはちゃんとお話しして、気をつけるように伝えました。最初は驚いたようですが、普段はない校庭からのヘリコプター離陸をみて察して頂いたようです。みなさん、大人しくいい子でしたよ」

 先生が笑みを浮かべた。

「そ、そうなんだ、よかった……」

 私は軽く息を吐いた。

「師匠、これが私やアリサ、クランペットの日常だったんですよ。二十歳までいてやったから、あとは知らんって逃げ出したんですけどね。追いかけてきてくれてありがたかったのですが、出来れば師匠はお留守番をお願いしたかったです。危ないので」

 脚立から下りてきたビスコッティは私の頭を撫でた。

「ダメだよ、無茶いわないでよ!!」

 私はビスコッティに飛びついた。

「私は強くはないですが、簡単に負けるつもりはありません。もう少し信じて下さい」

「信じてるよ!!」

 私はビスコッティの胸に顔を埋めた。

「いいですね、そういう仲も。私はいつも体調にもみくちゃにされてばかりで……」

 笑みを浮かべたアリサの頭に、背後から近寄ってきた犬姉がゲンコツを落とした。

「……なんなら、もっともみくちゃにしてやろう。覚悟しろ」

 犬姉がニヤッとした。

「い、いえ、とんでもありません。今以上って死にますよ!?」

 アリサがスパッと移動して、校長先生の隣で野菜を切る作業を始めた。

「パーティには間に合ったみたいね。リズ公がどこにいったか知らない?」

「あれ、一緒じゃなかったの?」

 私の問いに、犬姉が頷いた。

「効率が悪いからって、校舎を反対から回っているはずなんだけど、どこにもいなかったからここにきたんだけどなぁ」

「ん、呼んでみようか?」

 パトラが白衣のポケットから小型無線機を取り、トークボタンを押した。

「やーい、びりっけつ。みんないるぞ。バーカバーカ、ベロベロベー!!」

『なんだこの野郎、みんなそっちにいるなら早く呼べ。お陰でどこの換気口か分からないじゃん!!』

「適当なところからでればいいじゃん。ここよく知ってるでしょ」

『知ってるよ、学食の厨房だよ。変なところから下りたら、中華鍋に落ちて大事になるよ!!』

「ちなみに、先生もきてるよ!!」

『なに、先生もきてるの。早くいえ!!』

「そこ右、気合いで上に登って、三つ目の角を左で研究棟近くに出るから」

 パトラが無線機をしまって小さく笑った。

「あ、あのさ、リズの居場所分かるの?」

 私はパトラに聞いた。

「まさか、分かるわけないでしょ。適当にいってただけ。向こうも聞いてないし!!」

 パトラが笑った。

「な、なんだ、新魔法かと思ったよ」

「まさか、魔法はそんな便利に出来てないよ。あと五分もすればくるよ」

 パトラがノンビリいった時、頭から埃まみれのリズがエレベータから降りてきた。

「なによ、終わってるなら早くいってよ!!」

「私も今きて、校長先生がノンビリしてたから大丈夫だって知ったところ。誰か教えてくれてもいいんじゃないの?」

 犬姉が私をみてニヤッとした。

「私、私なの!?」

「まあ、どっちかっていうとアリサなんだけどねぇ……」

 犬姉が右手を振り上げ、アリサにゲンコツを落とした。

「……ごめんなさい」

 アリサが頭を掻いた。

「あれ、先生が肉焼いてるよ。ご自慢のウィンチェスターまである。スコーン、なんか語らってたの?」

「えっ、なにも語ってはいないよ」

 私が答えると、リズが笑みを浮かべた。

「そかそか……なんか、いい話聞けるかもしれないし、ただの無駄話かもしれない。ただ、料理は美味しいよ」

 リズが私の頭を撫でた。

「師匠、せっかくです。頂きましょう」

 ビスコッティが笑った

「うん、校長先生のご飯なんて初めてだね」

 私は笑みを浮かべた。

 折りたたみテーブルの椅子に私とビスコッティが座ると、校長先生がそっとやってきて、私に黒い封筒を渡していった。

「……マジ?」

 私は体が硬直した。

「し、師匠、大変です。早く開けないと!!」

 私は慌てて手紙を開いた。

「……読めない」

「暗号です。えっと……」

 ビスコッティが封筒に目を通し始めた。

「それ、あたしの仕事なんだけどなぁ」

 笑みを浮かべたリズが、ビスコッティから紙を受け取った。

「うーん……」

 リズが紙を読み始め、うなり声を上げた。

「さて、みなさん。料理ができましたよ」

 校長先生がノンビリいって、焼けた肉の匂いが漂ってきた。


 校長先生は料理を作ると、ライフルを持って研究室から出ていった。

「ビスコッティ、これ美味しい……」

「はい、師匠。意外な一面ですね」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「そりゃ、先生だもん。オムライスも得意だよ」

 リズがやってきて笑った。

「さっきの手紙だけど、スコーンに対して先生からの魔法開発指示だっったよ。先生は命令って言葉が嫌いだから、指示っていってるだけで、実際は命令と変わらないよ。黒い封筒を渡された時は、気をつけてね。平文で書かないのは、みられたら困る機密情報だからだよ。これが難題でねぇ。約五百キロ離れた大きいけど距離を考えたら、まるで点みたいな屋敷を一発で吹き飛ばせって、どんな魔法じゃ!! って感じでさ。あたしの頭じゃアイディアも浮かばないんだよ。五百キロって距離は容易にパス出来るんだけど、精密誘導になると弱くってね。これが初指令かな」

 リズが苦笑した

「あわわ、出たよ。ビスコッティ、でたよ。開発命令!!」

「師匠、ここは研究所ではありません。落ち着いて下さい」

 ビスコッティが笑った。

「そ、そっか、面倒な事にはならないか」

「うん、失敗しても意地でもやれってあたしがケツを蹴飛ばされて、ブチ切れて豚骨ラーメンの消費量が増えるだけ。出来そう?」

 リズが笑みを浮かべた。

「うん、可能性はあるよ。最大千キロ先を見通す『覗き見』の魔法はあるからね。これ機密事項だけど」

 私は笑みを浮かべ呪文を唱えた。

 前方に大きな『窓』が表示され、雪塗れの雪原が映し出された。

「これで五十キロ先の北だよ」

「へぇ、やるね。どんな呪文?」

 リズが口笛を吹いた。

「機密扱いだけど、裏ルーンで組んであるよ。それを表ルーンで組んだように見せかけてあるんだ」

 私は笑みを浮かべた。

「じゃあ、試しに王都の城の中って見える?」

「うん、結界は張ってるけど、対攻撃魔法用でこういうのは影響されないから」

 私は笑って、視点を城に切り替えた。

「ホントだ、城の中が映ってる」

 リズが笑みを浮かべた。

「これは覗くだけで音も聞けないし、誰かがいる程度の確認しか使えないけど、この微弱な魔力に気が付く人は、かなりの使い手だよ。実空間から亜空間を通って、向こうの実空間にちょっと顔を出すだけだからね。使い手の魔力次第だけど、射程は千キロなんてもんじゃないから」

 私は笑みを浮かべた。

「やるな、ちびっ子。さて、これを応用しない手はないよね。ポケットでお馴染み亜空間って、魔法を通すの?」

 リズが興味深そうに聞いた。

「うん、通すよ。出口さえマーキングすれば、そこに向かって一直線に飛ぶから。但し、精霊系魔法はダメだよ。亜空間の影響をモロに受けちゃって、どこを撃っちゃうか分からないから」

 私は小さく笑った。

「あっ……みんな、私が楽しそうにやってるけど、最初からこの研究室に与えられた極秘命令だと思ってね。絶対に、どこかで喋らないように。分かった?」

 私が声を上げると、たき火の端で喋っていたみんなの口が止まり、全員頷いた。

「師匠、もう校長先生の目的は分かっています。これをみれば」

 ビスコッティが笑みを浮かべ、例の紙に書かれた末尾には朝みたビスコッティのペンダント似合った柄を逆にしたものだった。

「そ、それって……」

「ダーク・サーペント潰しです。狙いはあくまでも私の父のみ。父がいなかったら、この組織は成立しないので」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「なんだって、学校公認でダーク・サーペント潰しだって!?」

 犬姉が声を上げた。

「はい、もっと細かくいえば、父を消せばいいのです。ですが、それには多くの地上要員を倒した上でないと叶わず、その間に父はどこかに逃げてしまうというパターンです。最終的にはこれなのでしょうが、私たちへの命令はあくまでも約五百キロ先の目標に対する精密射撃の魔法です。それから先は、実働要員としてリズが仕事する。そういう流れでしょう」

 ビスコッティが笑った。

「だから大変なんだよ。スコーンが作った魔法から、私が使いやすくカスタムして、使ってミッションクリアを狙うんだもん。しかも、黒封筒って事は最優先、時間なしの意味だからね。こりゃ大変だ」

 リズが苦笑した。

「ちょっと研究。みんなは仲良くやって、緊張しちゃったでしょ」

 私は椅子から立ち上がって、隣の誰もいない研究室に入った。

「さて、これは研究所のお気楽開発じゃない。正式な命令だぞ!!」

 私はノートパソコンを開け、『覗き見の魔法』を作った時のデータを呼び出した。

「はぁ、やさぐれてるなぁ。ルーン文字と裏ルーンの並びがめちゃめちゃだよ。ここから直すか」

 私はカタカタノートパソコンのキーを叩き、適当にやった箇所を直していった。

「これ、非精霊系魔法なんだよね。当たり前だよ、精霊魔法でこんなの作れないもん。問題はリズがそれを克服出来るか。短時間じゃ辛いはずだな」

 私が小さくため息を吐くと、頭にビールの缶が置かれた。

「さっそくやってるねぇ。これ、非精霊系魔法だけど、精霊系じゃダメなんだ。

 私は頭のビールを受け取り、栓を開けて飲んだ。

「うん、これははっきりいえるけど、この『覗き見』の魔法を精霊系魔法でやると、みている先までのトンネルがウネウネと見えちゃう上に、五十メートルが限界だよ。って事は、亜空間と非精霊系魔法でやるしかないよ。大丈夫?」

「スコーンがいうならそうなんでしょ。あとはあたしの問題だよ。いいから隙にやってよ」

 リズが笑った。

「ならいいけど、分からなかったら聞いてね。ちなみに、直すついでに攻撃出来るようにしておくよ。どうするか分からないけど、ライフル弾でいいかな?」

「師匠、拳銃弾で十分です。普通の人間ですから」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「ねえ、ビスコッティの親なんでしょ。なにか思ったりしてない」

「ないです。今は私たちの追っ手です」

 ビスコッティはなんの躊躇もなく答えた。

「ならいいけど。えっと……」

「こら、スコーン先生の手紙の内容忘れちゃったね。あくまでもこの超長距離狙撃が出来る攻撃魔法を作れだったでしょ。銃を使っちゃだめな事情があるんだよ!!」

 リズが笑った。

「あっ、そうだった。あまり派手にやるとマズいな。針みたいな形にするか、弾丸か……」

「それはリクエスト、弾丸型!!」

 リズが笑った。

「分かった。弾丸型……よし、あとは試射だけど、距離が長いから難しいな」

「なに、もう試作版出来ちゃったの。早いね!!」

 リズが笑った。

「うん、元々あった魔法を改造しただけだから。試射は……一回撃てば大丈夫なんだけどな。距離だって五百キロも要らないし、二メートルでいいから成功すれば。あとは問題ないから」

「二メートルなら、ここから出来るじゃん」

 リズが笑った。

「この研究室からじゃダメなんだよ。外で一回試さないと、しっくりこないから

「分かった分かった、校庭に行こう」

 リズが苦笑した。

「師匠、久々ですね。機材一式持っていきます」

 ビスコッティが笑った。


 せっかくだからと、みんなを連れて校庭に出ると、ビスコッティは私の服の上半身を脱がせ、電極をペタペタ貼りはじめた。

「ちょっとスコーン。なんでここでやるの。研究室で電極を貼ればいいじゃん!!」

 リズが笑い、私はハッと気が付いた。

「……その通りだね。ビスコッティ早く着させて」

「はい、師匠。よっと……」

 ビスコッティが脱がせた私の服を着せてくれたあと、機材の電源を入れた。

「魔力値正常、精霊系魔力分布やや風より、非精霊系魔法問題なし。通常状態です。

 ビスコッティが報告してきた。

「へぇ、撃てば終わりじゃないんだ」

「うん、私流だけど全てが重要なデータだから、きちんと計測して取っているよ。さて、いきますか」

 私が呪文を唱えると、目の前の虚空に『窓』が開き。私たちが写し出された。

 さっきと違うところは、スコープのような十字線が入っている事。

 狙いやすいように、この中心で捉えたものに弾丸が飛ぶようにしたのだ。

「まるでデカいスコープだね。犬姉、これどう思う?」

「うーん、慣れてないからかもしれないけど、落ち着かないね。ただ、クロスヘアの真ん中に捉えればいいなら、これでも問題ないよ」

 犬姉が笑みを浮かべた。

「スコーンさん、これをこのままスコープのサイズに修正出来ますか?

「うん、出来るよ」

 私が呪文を唱えると、『窓』がもう一つ開き、標準的なスコープのサイズで覗いた先が写し出された。

「おお、やるねぇ。やっぱ、これじゃないと!!」

 犬姉が笑った。

「最初の画面で目標を見つけて、小さくした方で撃つってやり方も出来るよ」

 私は笑った。

「射手とスポッターもどきを一人で出来るのか。忙しいけど、便利だね。それで、何を撃つの?」

 犬姉が興味津々といった様子で聞いた。

「ビスコッティ、的を頂戴」

「はい」

 ビスコッティが呪文を唱え、十キロある広すぎるすぎる校庭の端に、小さな点のような点のような物が現れた。

 さっそく魔法で遠距離を覗くと、それは人間サイズのアイス・ゴーレムだった。

「へぇ、便利だね。十キロあるんでしょ。くっきり見えるよ」

 犬姉が感心した声を上げた。

「これを倒すから待ってね。ビスコッティのゴーレムは首元が核だから……」

 私は魔法をコントロールして、大きく映っている窓の十字線の中央をゴーレムの首元に合わせた。

「ロックオン」

 私の声に十字線が反応し、ゴーレムがどう動こうと、照準がずれることはなかった。

「なに、そんな機能もあるの?」

 リズが笑みを浮かべた。

「うん、ないと話にならなかったから付けたんだよ。じゃあ、撃ってみよう」

 私は魔法をコントロールして、ロックオンしているゴーレム目がけて銃弾を放った。

 魔法の弾はゴーレムの首筋を貫通し、粉々に砕け散った事を確認した。

「ビスコッティ、異常は?」

「ありません。ただ、消費魔力が若干多いです」

 ビスコッティが機器を操作しながらいった。

「魔力か……これ以上は削れないんだよね。狙いが甘くなっちゃうから」

「魔力なら自信あるよ。これ凄いね。巡航ミサイルが要らなくなっちゃうよ」

 リズが笑った。

「ねぇ、ものは相談なんだけど、これって射程距離何キロ?」

 犬姉が笑みを浮かべた。

「そうだねぇ……ほぼ無限とだけいっておくよ。そこまで検証してないけど、この距離で成功すれば、問題ないよ」

 私がいうと、犬姉が地図を取り出した。

「ここにちょっと合わせて欲しいんだよね」

「あれ、隣国のユミール王国じゃん。なんかいるの?」

 私はいわれた通り、覗き見る距離を伸ばし、国境を越えてユミール王国の王都に合わせた。

 大きな窓には平和そうな街の景色が広がり、特に荒れている様子はなかった。

「城は分かるかな?」

「うん、この立派な建物でしょ?」

 城下町から一転、魔法の目は城の姿を捉えた。

「そう、そこの地下牢まで伸びるかな」

「地下牢ね。壁とか関係ないから城のてっぺんから地下へ……」

 視界はしろの屋根から真っ直ぐ地下に続き、薄暗い地下牢にでた。

「すっごいね。ここどうやっても入れなかったんだよ。へぇ、こういう作りなんだね。参考にしよう」

 犬姉が感心した声を上げた。

「よし、覗いたついでに仕事しようか。一番奥の独房にいるファシーダってコードネームの怖い人がいるんだけど、前から邪魔で仕方なかったんだよね。そのまま真っ直ぐ地下牢の廊下を進んで……あった、この独房だよ」

 窓には鉄板をそのまま付けたような、独房の扉が映し出されていた。

「この中に入って……そう、このひげ面のムカつくヤツ。コイツをターゲットにして!!」

「うん、ロックオン」

 窓の十字線をひげ面の頭に合わせて、目標をロックオンした。

「責任は私が取るから撃って。これで、裏世界もスッキリするよ」

「わ、分かった……」

 犬姉の真面目な声に私は頷き、魔力の塊である弾丸を放った。

 ひげ面の怖い人の眉間に穴が開き、そのまま床に倒れて動かなくなった。

「ごめんね。コイツが機密情報をたくさん握ってるせいで、表社会にまで影響していたんだよ。捕まってここにいるっ分かって、私も何度となくチャレンジしたんだけど、地下牢だけはどうしても入れなくて、手が出せなかったんだな。ありがとう」

 犬姉が握手を求めてきたので、私はそれに応じた。

「師匠、いまので約五百七十キロ先です。報告書を書けば、ミッションコンプリートですよ」

 ビスコッティが笑った。

「こら、犬姉。ただ働きさせるな。しかも、素人の年下に!!」

 リズが怒鳴った。

「もちろん報酬はスコーンに全額渡すし、私がやった事にして名前は出さないよ。スコーンを素人って思わない方がいいよ。本当に撃てるなんて、駆け出しのプロでも難しいんだから。私がこの魔法を使えたら、もちろん自分でやってるよ!!」

「だから、禁術指定でレポートを書くよ。多分、みんなが思ってるほど簡単な魔法じゃないんだけど、ヘタに真似されたら困るからね」

 私は笑みを浮かべた。

「それは当然だよ。禁術指定にしなくても、先生は資料を机の鍵が掛かる引き出しに入れて出さないよ。スコーン、今日は一人の命を奪った。それだけ忘れないでね」

 リズが面白くなさそうに、パトラを蹴飛ばした。

「分かってるつもりだよ、犬姉が真剣だったからやっただけだよ。これは、ただ事じゃないって……」

「確かにただ事じゃないんだよ。アイツが情報を握っているせいで、誰も手が出せなかったし動けなかった。でもそれがなくなったって事は、裏では色々動きだすよ。そのあたりは、犬姉が責任を取るだろうけど、しばらく荒れるよ。ねぇ、その魔法をあたしが使うんでしょ。これからは、そういう話がきたらあたしがやるから、絶対に自分でやらないでね」

 リズの真顔に、私は頷いた。

「さて、お説教はここまで。成功してるよね、これ」

 リズが笑った。

「うん。ビスコッティ、魔力の歪みは?」

「はい、一度もないです。開発成功です」

 ビスコッティが機器から流れる記録紙を見つめながら答えた。

「よし、出来たよ。リズには裏ルーンを研究してもらわないとダメだけど、この魔法に限らず裏ルーンは知っておいて損はないから覚えて!!」

 私がいうと、リズが苦笑した。

「もうやってるよ。あたしだって、やる時はやるから。でも、難しい……」

「そりゃ、簡単じゃないよ。私も苦労したから分かるよ。ちなみに、この魔法に名前はないよ。試作百三十二ってあえて隠してあるからね」

 私は笑みを浮かべた。

「さすがに分かってるね。さて、レポート書いてさっさと終わらせなよ。先生の依頼はこんなだから、早く終わらせるに限る!!」

 リズが笑った。


 研究室に帰った私たちは、すっかり静かになってしまった他のみんなを盛り上げようと、リズたちが宴会の準備を始めた。

 その傍らで、私は研究室エリアの机でカタカタとノートパソコンのキーを叩いていた。

「裏ルーンって正式にはリバースっていうんだよねぇ。間違ったら恥だよ」

 私は小さく笑った。

 今回の魔法は裏ルーンしかないといっても過言ではないので、最初に躊躇ったのだが、リズが校長先生はとっくにお見通しだよというので、私は素直にレポートを書いていた。 試射にしてはちょっとやり過ぎだが、無事に完成した事は確認したので、私に課せられた魔法の開発というミッションは完了していた。

「よし、元々作った魔法を弄っただけだから、そのレポートと今回の魔法のレポートをくっつけて提出すればいいでしょ!!」

 私はノートパソコンでレポートを書き上げ。それを印刷した。

 印刷待ちの間、ビスコッティがマグカップにココアを淹れて持ってきてくれた。

「師匠、終わりましたか?」

「うん、今印刷してる。私の仕事はここまで!!」

 私はレポートから犬姉の一件を外してある。

 どう書けばいいか分からなかったからだ。

「お疲れ様でした。このレポートはどうやって提出するんですか。校長室の場所が変わるので、どこだか分からないですし」

 ビスコッティが小首を傾げた。

 そう、この学校の校長室は、セキュリティのためかしょっちゅう変わる。

 一度もいった事はないが、前とは違う部屋に移転しているというのは、よくある話だった。

「それなら任せて。あたしは分かってるから」

 いつの間にかやってきたリズが笑った。

「印刷し終わったらレポートを封筒にいれて、渡してくれればいいよ。封筒にちゃんと封印をしてね!!」

 リズが笑った。

「分かった、ありがとう」

 私はココアを飲みながら、印刷が終わるのを待った。

 程なく印刷が終わり、元合った『覗き見』の魔法と今回の改造版のレポートをホチキスで留め、ビスコッティが持ってきてくれた封筒に入れた。

 念入りに封をして、封印のスタンプを押した。

「リズ、これで大丈夫?」

「うん、大丈夫。お疲れ様!!」

 リズが私の肩を叩いた時、エレベータの扉が開いて校長先生がやってきた。

「あっ、先生。ちょうど良かった。スコーンの仕事は終わったよ!!」

 リズが声を上げた。

「左様で。もう少し時間が掛かるかと思っていましたが、お疲れ様です」

 リズが私の封筒を校長先生に渡し、お返しという感じで黒い封筒をリズに渡した。

「ほら、きた」

 リズは苦笑して、中の紙を広げた。

「ほらきた、スコーンの魔法を使って、遠距離で攻撃しろって!!」

 リズが苦笑し、私が笑った。

「はい、敵はガードが固く、そこら中に見張りを置いています。こちらの接近を知れば、すぐに逃げてしまうでしょう。よって、このような作戦を取る事になりました。ターゲットは、もう分かっているでしょうね」

 先生は柔和な笑みを浮かべた。

「はい、私の父ですね。すでに縁を切ったも同然なので、なにも気にしていません」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「それを聞いて安心しました。なにしろ、ビスコッティ君の父親ですからね。さて、あとはリズ坊の仕事です。スコーン君の研究室一同にはこれを。お駄賃にしては安すぎますかね」

 校長先生はスーツのポケットからスペシャルイチゴショートケーキの食券を取り出した。

「こ、これが噂の……」

「それ、なかなかもらえないよ。大事にした方がいいよ」

 リズが私の頬をぷにぷに突きながらいった。

「あの、校長先生。警備隊長としてご報告がありまして、スコーンの魔法開発に乗って裏の仕事をさせてしまいました。いかなる処罰も謹んでお受けいたしますので……」

 犬姉が珍しく神妙な声でいった。

「はい、知っています。校庭でスコーン君が試射を始めたのをみて、あるいはと思ってそばでみていました。相手は難攻不落の城で、あの男が彼の国にもたらした情報で、どれだけ迷惑を被ったか、計り知れません。気持ちは分かりますが、自重してくださいね。それだけです」

 先生は声を出して笑った。

「犬姉、お咎めなしだって!!」

 リズが笑うと、犬姉は肩を落とした。

「トホホ、校長先生が認めたって事は、そうするしかなかったって事でしょ。私も腕が甘いなぁ」

「それをいったらあたしもだよ。本来はそういう魔法を自力で開発して仕事しろってところなのに、絶対出来ないって判断されてスコーンに魔法の開発依頼だけいっちゃったんだもん。実際大成功だったけど、これってスコーンの方が魔法の腕が上って事だよ。魔法使い的には悲しいよ」

 リズが笑った。

「まあ、今回は特殊な事例です。リズ坊はこのレポートを参照に魔法を作り、あとは……。期限は三日です」

 校長先生はにこやかにいった。

「み、三日。いつも無茶だねぇ」

 リズは苦笑した。

「今回の失敗で、逃げてしまう可能性がありますからね。三日です」

 校長先生は笑った。

「いえ、組織の事は分かっています。むしろ、攻勢を強める可能性があります。今もどこかに潜伏しているでしょう。ターゲットは私です。師匠をどこかに匿う必要があります。利用される可能性があるので」

 ビスコッティはため息を吐いた。

「えっ、ビスコッティどっかいっちゃうの?」

「いえ、どっかいっちゃうのは師匠の方です。私と行動していると、絶対捕まって利用されてしまいます。ですから、聞いて下さいね。今から三日間、校長先生に協力してもらって、師匠を敵の目から見えないようにしていただきます。できますね」

「ビスコッティが心配だけど……邪魔になったら嫌だからどっかいく」

 私は頷いた。

「では、校長先生。よろしくお願いします」

「分かりました。といっても、この学校で匿える場所となると、地下四階のお仕置き部屋しかないです。そこで良ければ……」

「そ、そんなものがあるんだ。でも、そこしかないなら、行くよ」

 私は苦笑した。

「ダメ、あの部屋はダメ!!」

 リズが慌てた様子で叫んだ。

「おや、リズ坊。他に手はありますか。すでに建物の配置は知られていると思っていいでしょう」

 先生が笑みを浮かべた。

「そ、そりゃそうだけど……」

 リズがため息を付いた。

「では、スコーン君。私と地下四階まで行きましょう。お仕置きではないですからね。快適に過ごせるようにします」

 私は頷き、校長先生と一緒にエレベータに乗った。

「お仕置き部屋ってどういうところなんだろう……」

「まあ、いわば罰ゲーム用ですね。リズ坊しか使った事がありませんが、このくらいじゃないと懲りないので」

 先生が笑みを浮かべた。

 エレベータが一階に着き、校長先生は笑みを浮かべた。

「ここで中央棟へ移動です。行きましょう」

 校長先生が手を握った時、微かな痛みを指に感じた。

「ビスコッティ君もおバカですね。分断したかったのはこちらなんですよ。二十年近く前の娘などとっくに忘れていますよ。無傷で連れ帰るなんて難しいミッションでしたが、やっと達成出来そうです」

 校長先生だった人物が、急に変な髪型のオッサンの変わった。

「俺たちも色々小技を使うのさ。もうろくに動けないだろうが、仕事はコロシだけじゃねぇって事だ」

「えっ……狙いは私……だったの?」

 私はその場に倒れ、歯を食いしばった。

「その通り、その頭脳が欲しいって国があってね。最近はこういう商売もやるんだよ」

 変な髪型のオッサンが笑った。

 数瞬後、校舎中にアラームが鳴り響いた。

「なに、早すぎるな……」

 変な髪型のオッサンは大型のナイフを抜き、同時に遠雷のような音が聞こえ、渡り廊下の屋根が凄まじい音を立てた。

 変な髪型のオッサンは頭から上がグチャグチャに吹き飛び、私が動けなくなった頃に、ようやく狙撃だと気が付いた。

「はぁ、動けないって、なんか嫌……」

 私はろれつが怪しくなってきた声で呟いて、ゆっくりと意識が遠くなっていった。


 ふと目が覚めると、私は医務室のベッドに寝かされ、私の右手をそっと握って、心配そうにしているビスコッティと、どことなく落ち込んだリズの顔が見えた。

「あっ、師匠が目覚めました。パトラ、急いで」

 ビスコッティが声を上げた。

「ちょっと待ってね」

 パトラが点滴の袋に、注射器で魔法薬を注入した。

「師匠、ごめんなさい。私が隠れれば良かったんです。うっかりどころではありません」

 ビスコッティが涙を浮かべた。

「違うでしょ。私がビスコッティと離れて、万が一人質にでもされないように、私をどこかに隠そうとしたんでしょ。これでいいんだよ」

 私は笑みを浮かべた。

「あたしもだよ。半分は護衛のつもりだから。本物の先生に説教されたとかどうでもいいから。あたしじゃ怪しいから、誰かについていってもらうべきだったよ」

「だから、いいって。それより、課題の魔法は出来たの?」

「うん、基礎部分はね。逆ルーン文字に手こずってるけど、パトラが詳しいから相談しながらやってる。パトラがいってたよ。これ凄まじいよ。どんな頭してれば、こんな発想出できるのって、珍しく本気で驚いていたよ」

 リズが小さく笑みを浮かべた。

「うん、あれ凄いよ。どこの学会にも出せないのが悲しいね」

「パトラ、だから逃げたっていったら。あんなのばっかりなんだもん」

 私は小さく笑った。

「もったいないなぁ。リズをして頭を悩ませる魔法なんて初めてだよ!!」

 パトラが笑った。

「機密扱いだから出来た事だよ。ビスコッティ、あれからどれくらい時間が経った?」

「は、はい、大体六時間です。体に痺れとかありませんか?」

 私は軽く体を動かして、特に異常がないことを確認した。

「そっか、随分効く魔法薬だね。ところで、あのオッサンを撃ったの誰だか分かる。腕がいいから驚いちゃってさ」

「それが、リズなんです。あの先生どうもおかしいなと、背後から付いて歩いていたんです。たまたま手持ちになくて、私の大口径ライフルの至近距離射撃ですからね。もう粉々だったでしょう」

 ビスコッティが涙を拭いた。

「うん、いつものライフルがたまたまメンテで手元になくて、苦手だけど対物ライフルを借りたんだよ。びっくりさせてごめんね」

 リズが少しずつ立ち直ってきたようで、やっとちゃんとした笑みを浮かべた。

「そりゃビックリしたよ。爆音だもん。目の前で、あのオッサンの頭粉々だよ。驚かない方がおかしいよ」

 私は笑った。

「スコーン、この点滴が最後だから。終わったら、研究室に行こう」

 パトラが笑みを浮かべた。

「うん、分かった。せっかくのご飯を邪魔されたしね」

 私は笑みを浮かべた。


 点滴が終わり、お礼をいって医務室をいって、診察室を出た私たちは先に出ていた犬姉が合流した・

「おう、ちびっ子。元気になったか!!」

 犬姉が笑った。

「うん、元気になったよ。もう夜になっちゃたねぇ」

 私は窓の外をみて、私は苦笑した。

「はい、ややこしい薬だったようで、パトラが研究して治したんです」

 ビスコッティが小さく頷いた。

「研究って程じゃないよ、麻痺毒と眠剤の混合だから。ちょっと量が多かっただけだよ」

 パトラが笑った。

「あのさ、一応監視カメラのマイクで声を拾ったけど、もうビスコッティなんかどうでもいい。狙いはスコーンだっていってたよね。なんなら護衛を増やすけど……」

 犬姉が心配そうにいった。

 スコーンだよ。アキちゃん、アキちゃん。ビスコッティはもう平気なの? うん、もう飛び出してから二十年近く過ぎてるから、持ってる機密情報なんて使い物にならないし、同じ程度の狙撃手はいくらでもいるから。はい、私程度の狙撃手はいくらでもいますし、確かに二十年前の情報なんてゴミクズ同然なんです。うっかりしていました」

 ビスコッティがため息を吐いた。

「こうなると、スコーンを特別監視対象に入れなきゃね。護衛の数は足りてるから、これあげる」

 犬姉が六芒星を象ったペンダントを差し出してきた。

「それ付けておいて。最悪の場合でも、追跡可能だから」

「分かった。ありがとう」

 私はペンダントを受け取り、身につけた。

「先生からの宿題、今日中に終わらせるよ。問題なかったら……あとは分からないけど」

 リズが頷いた。

「無理しないでね。裏ルーンは一文字間違えただけで、自爆する可能性があるから」

「そこはパトラが見直ししてくれるから大丈夫。それじゃ、さっさと完成させたいから、私の研究室に行くよ。パトラ」

「うん、分かった。あともう少しだよ」

 パトラが笑った。

「リズ、トリガーはウーダルミルじゃなくて、ウダルミルだからね」

 私が笑うと、リズがポカンとした。

「そこ、そこなんだよ。覗き見することは出来るようになったけど、どうしても弾が撃てなかったんだよ。パトラ、覚えた?」

「覚えたよ。スコーンって本家本元のエルフより詳しいよね。これが、非精霊系魔法の専門家か……って感じだよ」

 パトラが笑った。

「いや、さすがにエルフには勝てないよ。自分で解析して勝手に作ってるだけ」

 私は笑った。

「それでも凄いんだよ。さて、リズがウズウズしてるからいくね。って待ってよ!!」

 パトラをほったらかしてエレベータに向かっていったリズのあとを、パトラがダッシュで駆けていった。

「こりゃ思ったより早く、自分の魔法にしちゃうかな。さすがだよ」

 私は笑った。

「師匠、次の命令は分かっています。バックアップしましょう」

「ビスコッティ、それはリズが頼んできたらだよ。じゃないと、失礼だよ」

 私は苦笑した。

「それもそうですね。師匠、どうしますか。寮の部屋では警備が手薄です」

「決まってるじゃん。研究室に缶詰だよ。犬姉とアリサのレポートが書きかけだよ」

 私は笑った。

「なーんか、私が対象のレポートってケツが痒くなるね!!」

 犬姉が笑った。

「大丈夫、レポートでは被験者AとBって書くから、誰だか分からないようにしてあるよ。大体データは取れたから、犬姉とアリサは回復魔法をなんか作ったら?」

「うぉ、いきなり魔法使い修行かい」

 犬姉が笑った。

「ビスコッティ、なんか教えてあげて。魔力の扱い方も慣れていないだろうから、その辺もね」

「はい、師匠。分かりました」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「それじゃ、研究室にいこうか」

 私たちはエレベータに乗り、研究室に向かった。


「あっ、お帰りなさい」

 研究室の留守番をしていた様子のアリサが、声を掛けてきた。

「みなさんお待ちですよ」

 研究室エリアには誰もいなかったが、奥からパステルが出てきて、私に飛びついた。

「心配していました。みんなたき火を囲んで無事を祈っていたんですよ」

「ありがとう。心配ないよ」

 私は飛びついたままのパステルの頭を撫で、笑みを浮かべた。

「他のみんなは?」

「はい、先ほどまで起きていたのですが、キキとマルシルはハンモックで休んでいます。起こしましょうか?」

「いいよ、寝てるんでしょ」

 私は小さく笑った。

「はい、つい三十分前までは、寝るに寝られない状態でモゾモゾしていたのですが……。冒険しましたか」

 パステルが笑みを浮かべた。

「ある意味冒険だね。この学校のセキュリティに救われたよ」

 私は苦笑した。

「さあ、こちらに。料理を作って待ってます」

「ありがとう。ビスコッティ、特になにか食べちゃダメっていわれてる?」

「いえ大丈夫です。私もお腹が空きました」

 ビスコッティが苦笑した。

 私たちは折りたたみテーブルの椅子に座り、パステルが料理を運んでくるのを待った。「大したものではないです。小さな頃から粗食になれていますので」

 パステルが大皿に盛ってきたのは、いい香りが漂う肉じゃがだった。

「び、ビスコッティ、これなんだよ。私が好きな料理。肉じゃがなんだよ」

「ええっ、もっと早く教えて下さいよ!!」

 パステルの肉じゃがをみて一気に食欲全開になった私は、頂きますもそこそこに小皿に取り分けて、勢いよく食べはじめた。

「ジャガイモ美味い!!」

「まだたくさんありますよ。口に合ったようで良かったです」

 パステルが笑みを浮かべた。

 こうして肉じゃがを平らげた私とビスコッティは、そのままたき火の端に座った。

「それにしても、勝手に逃げたして二十年近く経った娘は娘じゃないですか。そういう父親なのは分かっていたんですけどね」

 ビスコッティが薪をくべて苦笑した。

「そんなことはないです。二十年経とうが三十年経とうが、娘は娘です。だから、そのペンダントを外さないのでは?」

 たき火の端に移動してきたパステルが小さく笑った。

「ま、まあ、そうなんですけどね……。早く忘れてもらった方がいいです」

 ビスコッティが苦笑した。

「またまた……。そういえば、スコーンさんの両親はなにをされているんですか?」

「うん、お父さんは公務員で魔法庁で働いてるし、お母さんは近所のマーケットでパートしてるよ。みんなに比べたら、普通の家庭だよ」

 私は笑った。

「し、師匠。ついに明かしてくれました。今まで聞いても答えてくれなかったんです。なぜか分かりませんが」

 ビスコッティが声を上げた。

「だって、魔法庁だよ。その配下にある研究所で娘が悪さしたんだもん。恥ずかしくていえないよ。今日は肉じゃがのお礼かな」

 私は笑った。

「師匠、気にならないんですか?」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「そりゃ気になるけど、今の居場所は極秘だし、時たま覗き見の魔法でチェックしてるから大丈夫。ねぇ、パステル。お礼その二と課題。『光りの矢』の魔法を解いてみて、それで撃てるか試してみて。パステルの魔力なら、ギリギリだけど発動するから。

「私は鞄からノートを取り出し、『光りの矢』のページをコピー機でサクサク印刷した」

「そんな、いいんですか?」

 パステルもこの意味が分かったようで、驚きの声を上げた。

「うん、いいよ。ビスコッティは魔力が極端に回復寄りになっちゃったから使えない魔法なんだけど、二番弟子っていったところかな」

 私は笑った。

「師匠、弟子は一人でいいっていってたのに」

 ビスコッティが私にゲンコツを落とした。

「ごめんなさいは?」

「……ごめんなさい」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「これは、大変な事になりました。師匠と呼んだらビスコッティさんと被ってしまうので、スコーンさんと呼びますが、こんな何十ページもある魔法なんて初めてです。私の力では……」

 パステルが困った顔をした。

「まずは完成形の呪文をバラバラにして裏ルーンで置き換えるんだよ。次に、裏ルーンってバレないように、それっぽい言葉で紐付けて誤魔化すんだな。まずは裏ルーンに戻してみて、あちこちにヒントがあるから」

「はい、分かりました!!」

 パステルがコピーした紙を片手に唸り始めた。

「師匠、どういう意味か分かってますか。私はダメなんですか!!」

 ビスコッティが私の肩を持ってユサユサした。

「だから、変な教育で回復に特性がより過ぎちゃって、攻撃魔法が弱いんだって。だったら、これを教えてあげる」

 私は再びノートをコピーして、ビスコッティに渡した。

「試作三十四号……試作なんですか?」

「たまにはと思って、回復魔法を裏ルーンで組んだんだけど、私じゃ精霊系魔法と変わらないんだよ。試作とはいえ完成はしてるから、ビスコッティなら凄いのが出来るかも知れないよ」

「はい、師匠。回復魔法も作るんですね。どれどれ……」

 怒りに満ちたビスコッティが大人しくなり、私がコピーした紙を読み始めた。

「これ凄いですよ。私も裏ルーンは分かりますが、病気まで治しちゃう凄まじい回復魔法です。これは習得せねば……」

 ビスコッティが熱心に紙にペンで注釈を入れ始めた。

「パステルにいっておくけど、ちょっとした発音の違いだけで、裏ルーンは無効になっちゃうから、発声練習は忘れないでね」

「はい、分かりました。でも、これは厄介です。これが非精霊系魔法ですか」

 パステルが眉間にしわを寄せた。

「うん、実は簡単な方だんだけど、これで事足りるから他は封印してるんだ。見せてもいいんだけど、凄まじい破壊力だから、屋内で使うには無理があるかな」

 私は笑った。

「師匠、これの読み方が分かりません」

「はいはい、今度はビスコッティね」

 私はビスコッティに読み方を教えた。

「なんといっても、初非精霊系魔法です。師匠が教えてくれるなんて、今までなかったんですよ。パステル、ちゃんと物にしないと」

「はい、分かりました」

 パルテルが使い込んだノートを取り出し、なにやら書き取りを始めた。

「あとはキキにファイア・ボールくらいは教えておきたいんだよね。マルシルは、私が手を出せないエルフ魔法に精通してるからいいけど……」

 私は苦笑した。

「……教えて下さい。ファイア・ボール」

 目が覚めていたのか、キキが笑みを浮かべてハンモックから下りてきた。

「うん、いいよ。精霊系魔法はビスコッティの方が得意なんだけど、今は忙しいし私だってそのくらい使えるから」

 私はノートのページをコピーして、キキに渡した。

「精霊系魔法だし、そんなに難しい魔法じゃないけど、甘くはないよ。火球の温度調整で悩むかもね。その辺も書いてあるから参考にして」

「はい!!」

 キキがコピーした紙を熱心に読み始めた。

「ファイア・アローと似た感じですね。これなら、短時間で理解出来ます」

 キキが笑みを浮かべた。

「炎を飛ばすって意味じゃ同じだからね。ファイア・アローと基礎は同じだね。あとは追応用だよ」

 私は笑った。

「はい、分かりました。おっしゃる通り、温度調整が難しいですね」

「そこはイメージだからね。教えて教えられないから、自分で掴むしかないね」

 私は笑みを浮かべた。

「分かりました。まずは。基礎から覚えます」

「それがいいよ。ついでに、ファイア・アローの精度も上がるから」

 私は笑った。

「分かりました。村の学校では、ここまで丁寧に教えてくれなかったもので」

 キキが笑みを浮かべた。

「……試作二十三号!!」

 いきなりビスコッティが叫び、部屋全体が青い光りに満ちた。

「おっ、さすがビスコッティ。もう解読したね」

「はい、若い者には負けません。出来は?」

「十分実用になるよ、あとは呪文をもっと短くしないと」

 胸を張ったビスコッティに、私は笑った。

「これ以上短くですか。裏ルーンの特性上、えっと……」

 ビスコッティが、素直に考え始めた。

「みなさんでどうしました?」

 次いで起きた様子のマルシルが、不思議そうな顔で寄ってきた。

「たまには研究者らしく、助手に魔法を教えているところだよ。マルシルはエルフ魔法をつかえるよね。私が教わりたいくらいだから、特に教える事もないかなって思って」

「そんな事はないです。エルフ魔法は規模が大きすぎて使いにくいのです。なにか小回りが利く魔法があれば……」

「そっか、ちょっと待ってね……」

 私はマルシルの魔力バランスをチェックした。

「へぇ、珍しいね。『土』に敵性があるよ。だったらゴーレムでも作ってみる?」

 私は笑みを浮かべた。

「はい、ゴーレムは便利ですからね」

 マルシルが笑みを浮かべた。

「まあ、簡単なんだけどね。複数命令を仕込んだり、色々応用が利くよ。私が作った試作ゴーレムをまともにしてみて」

 私はまたノートをコピーして、マルシルに手渡した。

「こ、こんなに種類を作ったのですか!?」

「うん、暇な時にボコボコ作って遊んでた。これを、遊びじゃない大きさにしてやったらどうなるか。結構ワクワクするでしょ?」

 私は笑った。

「ワクワクどころか、空飛ぶゴーレムとか、もう私の発想を超えているとしか……」

 マルシルが笑った。

「うん、滅多に使わないけど、考えてるとたのしいよ」

 私は笑った。

「師匠、出来ました。アルフィード!!」

 部屋が青い光りに包まれ、雪のように白い光りが降り落ちた。

「うん、よく出来てるよ。さすがに、ビスコッティ。慣れてるね」

「当然です。最初の頃、師匠が出す課題が凄すぎて、泣かされていましたからね」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「あとは外じゃないと出来なから、今日はイメージだけしておいて。イメトレをバカにしちゃいけないよ」

 私は笑みを浮かべた。

「そういえば、師匠が直接魔法を教えるなんて珍しいですね。ヒントはばら撒くのに」

 ビスコッティが不思議そうな顔をした。

「いいじゃん、気まぐれ!!」

 私は笑みを浮かべた。

「はぁ、気まぐれですか。本当にめずらしいですね」

「いいじゃん。最近手伝い要請が来ないけど、リズの助手でひよっこ共に魔法を教えるって!!」

 私は笑った。

 ふとエレベータの扉が開く音が聞こえ、ヨレヨレのリズと苦笑するパトラの姿があった。

「ま、まさか、襲撃!?」

「違うよ。リズに襲撃なんてかけようとしたら、前部返り討ちだよ。例の魔法でまた詰まって悩んでいるうちに、腹減って死にそうになってるだけ。なんか、食べ物ある?」

 パトラが笑った。

「はい、肉じゃがが余っています」

「ちょ、頂戴……」

 リズが弱り切った声でいって、折りたたみ式のテーブルの上にある肉じゃがに顔面を突っ込んだ。

 それから凄まじい勢いで肉じゃがを食べるというより吸い込んで、パステルが笑って鍋から肉じゃがを追加した。

「これ美味い。もっとくれ!!」

 リズが叫んだ。

「はい、いくらでもありますよ~。材料が安かったので、明日の分まで作っておいたのです」

 ……結局、リズは大鍋三杯の肉じゃがを食べ笑った。

「いやー、研究してたらメシの時間まで忘れちゃって、学食までもたなかったんだよ。ご馳走様!!」

 リズが頭を掻いた。

「どんな感じで出来てるの?」

「うん、もう弾丸は発射出来るんだけど、精度が悪くて使い物にならんって感じだね。まあ、なんとかするよ」

 リズが笑った。

「精度ね……。気を悪くしなかったらでいいんだけど、研究ノートある?」

「別に嫌じゃないよ。共同開発みたいなもんだし。これ……」

 リズがピンク色のノートを差し出した。

「どれ……」

 私はノートパソコンを持ってきて、リズが開発中の魔法で、一番最後に書かれた呪文を打ち込んだ。

「な、なにそれ!?」

「うん、短時間でたくさん開発しなきゃならなかったから、正式な呪文はこうやって書いていたんだよ。研究過程はノートだけどね。使い勝手がいいから。それじゃ、『コンパイル』」

 パソコンに入力した文字列が高速でしたから上に流れ、シンタックスエラーがドバッと吐き出された。

 これは、呪文に間違いがある箇所があると吐き出されるメッセージだった。

「ふーん、七十三行目が全ての起点か。どれ……ああ、この文法は紛らわしいけど違うよ。正しくはこう書いて、どうだ……」

 再びコンパイルすると、今度はエラーなく呪文が完成した。

「リズ、出来たよ。印刷してるからちょっと待って」

「スコーン、それ頂戴。楽そうなんだけど」

 リズが涎を垂らしながらいった。

「ダメ、苦労しなきゃ。私だってこんなの使いたくなかったんだけど、そうもいってられなくてね。あっ、印刷終わった」

 私はプリンターから吐き出された紙を持って、リズに渡した。

「文法エラーは直したよ。この状態で、試射してみて」

「わ、分かった。ちゃんとどうしてこうなるのか解説までついてるよ……」

 リズは私に驚きの目を向けて、呪文を唱えた。

 大きな窓が開くわけではなく、スコープのような物がリズの前に開き、それをのぞき込めば歴戦の勇士のような雰囲気を放ち始めた。

「パトラ、距離は?」

 リズがパトラに声を掛けると、小さな窓が開いて数字が増えていった。

「三千キロ弱だね」

「試射には十分か。スコーン、悪いけどちょっと島を借りてるよ。あそこにあった射撃場のターゲットを狙ってる。今は誰もいないし、目立たないから……」

 スコープを覗きながらリズがいって、いきなり銃声がした。

「本当は音なんかしないけど、これがないと撃った気がしなくてね」

 スコープから目を離し、リズが笑った。

「ど真ん中撃ち抜いてやったよ。ありがとう。これでこの魔法は使えるようになった。共同研究の賜だね!!」

 リズが笑った。

「うん、人の呪文を勝手に弄る趣味はないけど、無理して倒れちゃったら元も子もないからね」

 私は苦笑した。

「さて、道具は揃ったよ。あとは仕上げするだけ。それ済ませちゃうから、またね」

「うん、無理しないでね!!」

 私はパトラと帰って行くリズを見送った。

「ビスコッティ、やり過ぎた?」

 私は苦笑した。

「いえ、良かったと思います。期限内に仕事が終わりそうで」

 ビスコッティが笑った。

 しばらくしてエレベータの音が聞こえ、アリサが入ってきた。

「遅くなりました。夜の点検がてら、研究棟の中を見てきました。これより夜警を始めます」

 仕切りの向こうにアリサの姿を認め、私は笑った。

「アリサって『水』が守護精霊あったよね。灯りの魔法くらい憶えた?」

「はい、暇をみて勉強したので。肝心の回復はまだですが……」

 アリサが小さく笑った。

「研究ノート持ってる?」

「はい、肌身離さないようにとのことで、バッグに入れてあります」

 アリサは魔法研究ノートを取り出しだ。

「回復魔法の研究もしてるんだね。事細かく書いてるけど、結局傷をどうしたいの?」

「はい、傷を治すための魔法です」

 アリサが頷いた。

「だったら、呪文は傷を癒やせ程度でいいんだよ。細かく書きすぎてこれじゃ魔法にならないよ」

「そうですか。例えば……」

 イマイチ分からなそうなアリサに笑みを送り、私は研究室エリアからペーパーナイフを持ってきた。

「例えば……」

 私はペーパーナイフを強く握り、思い切り引いた。

 痛みと共に血が流れ出し、アリサが目を丸くした。

「な、治さないと。えっと、どうすれば……」

 アリサは慌てて研究ノートのページをひっくり返し、わたしの流血している右手を開いた。

「この傷を癒やさないと、この傷を癒やさないと……キュア!!」

 アリサが叫ぶと私の右手を魔力光が包み、綺麗とはいわないが血は止まった。

「うん、出来るね。これが目標なら、呪文一個完成だよ」

 私は笑った。

「いえ、もう少し綺麗に治したかったのです。そのままでは、痛いでしょう」

「わかってるじゃん。痛いよ。じゃあ、これは通過点だね。私は回復は苦手だから、ビスコッティにやり方を聞くといいよ。止血まで出来れば簡単だから」

 アリサが頷き、慌ててビスコッティの元に駆け寄った。

「し、師匠!?」

「もうちょっとなんだよ。ヒントくらいあげたら」

 私は笑った。

「アリサ、これは自分で見つけた事をベースで……それが師匠のやり方だよ。その師匠が、体を張って教えてくれるなんて初めてだよ。いいから、土下座はやめて。ケツが痒くなるから!!」

 ビスコッティが完全に友達と話す口調で、アリサを蹴飛ばした。

「教えて……」

「分かった、分かったから。あの程度の傷なら師匠は自分で治せるのに……。今日はおかしいな」

 ビスコッティが小首を傾げながら、アリサの研究ノートになにか書きはじめた。

「これが、私が使う最低限の回復魔法だよ。これで治せるけど、あとは自分で研究してね。大サービスだからね」

 ビスコッティが苦笑した。

「えっ、たったルーン文字四つですか?」

「だから、裏ルーンでも使わなきゃシンプルなんだって。意味は分かる?」

 私が聞くとアリサが頷いた。

「じゃあ、やってみて」

「はい、この上に掛けますね。同じキュアでいいですか?」

 アリサが私の傷口をみた。

「それは自分で決める事だよ。まあ、理想に近いなら、こっちの方がいいって名前が同じでも効果が違うって良くあるよ」

 私は笑った。

「分かりました。では、キュア!!」

 私の傷口が綺麗に消え、痛みも消えた。

「成功です。負傷した時の痛みは大事なサインですが、時として戦闘の妨げにもなります。これで、やっと魔法が一つ出来ました」

「うん、次はビスコッティなしだよ。自分で考えて自分で開発しないと、自分の魔法にならないよ」

 私は笑みを浮かべた。

「はい、分かりました。

「アリサ、同じように毒消しの魔法も作れますよ。研究するように!!」

 ビスコッティが笑った。

「……偉そうにいってるけど、初歩の回復魔法を作るのに半年かかったんだよ。だから、ゆっくりね」

 私はアリサに耳打ちした。

「……そうなんですね。頑張ります」

 アリサが小さく耳打ちすると、ビスコッティが睨んだ。

「師匠、私の悪口いいましたよね。顔に書いてあります」

「悪口じゃなくて事実だよ。可哀想だから、他に聞こえないようにした!!」

 私が笑顔で答えると、ビスコッティが平手を打ち込んできた。

「教えなさい。なにやったの?」

「ビスコッティが初歩の回復魔法を憶えるのに、半年かかったって教えただけだよ。ダメだった?」

 私はニヤッとした。

「ダメです、ダメです。アリサ、忘れなさい。師匠、ダメですからね!!」

 ビスコッティがひたすらダメを繰り返して、折りたたみ式テーブルの椅子に戻った。

「でも、そこからのビスコッティは凄かったな。あっという間に回復魔法の鬼になったし、さすがに専門のリズには追いつけないだろうけど、防御結界まで使えるようになったんだよ。最初の一歩が大事なんだ」

 私は笑った。

 その時エレベータの音がして、フル武装の犬姉がやってきた。

「あれ、敵じゃないの。派手に魔力光が飛んでたから、心配して見にきたんだけど……」

「隊長、スコーンさんが魔法を教えてくれているんです。回復魔法を一つ使えるようになりました」

 アリサが嬉しそうにいった。

「ちなみに、回復魔法を憶えると、それに見合った攻撃魔法も使えるよ。呪文を逆に唱えるだけ。やってみたら?」

 私は笑った。

「はい、隊長。覚悟!!」

 アリサが犬姉に手を突き出すと、犬姉の首から下が氷漬けにになった。

「こら、アリサ。なにすんの!!」

 犬姉がバリバリと氷を砕きながら、アリサにゲンコツが落ちた。

「あれ、思ったより弱い……」

「あとは熟練度だよ。回復魔法たくさん使って慣れてくれば、それこそコチコチに出来るよ」

 私は笑った。

「スコーン、アリサに変な事教えないで。寒くなっちゃったじゃん」

 犬姉がたき火の端に座った。

「そういえば、犬姉って魔法研究してる?」

「してるよ。どれも上手くいってないけど……」

 犬姉が自ら研究ノートを取り出して開いた。

「へぇ、ルーン文字から研究してる。これなら、簡単だよ。例えば、傷を癒やしたければ、そう思うだけでルーン文字が勝手に集まって魔法が出来る。最初から自分で集めなくていいから、初心者向けとかルーン文字を知ってればよしっていわれる所以だよ。これ、みんなも覚えておいて。研究するならルーン文字だって!!」

「そうなんだ、もっと小難しいかと……」

「例外はあるけど、全部細かかったら魔法使いがいなくなっちゃうよ。それじゃ嫌にあって、非精霊系魔法を作るってのは、バカがやる事だから、私の真似をしないように!!」

 私は笑った。

「あっ、師匠。特大のヒントですよ。今日はどこかおかしいですね」

 ビスコッティが笑った。

「いいじゃん。ちなみに、こうしたいって思っても、熟練度と魔力によって、出来たり出来なかったりするから、失敗しても落ち込まないでね。リズのオメガ・ブラストなんて、カルテットでかつ相当な経験で開発して出来た魔法だと思うから、変な事狙わないように!!」

 私は笑った。

「……やっと理解してくれる人がいた。大変立ったんだよあれ。試射したくても場所がなかったり」

 リズが目の端に涙を浮かべた。

「最初は荒馬で大変だったと思うよ。何百回って修正したあとがあったから。それでも荒いから、ずっと修正をしてるよね」

「そうなんだよ、あれこそ試作だっていいたいけど、そうもいってられなくてね。ルーン文字じゃ限界なんだよ」

 リズが苦笑した。

「だったら、ルーン・カオスワーズを使ったら。より攻撃魔法向きだし、リズなら研究してるでしょ」

 ルーン・カオスワーズとは、ルーン文字の中でも、より攻撃的な単語を集めたものだ。

 この場合、それが正解だと私は考えた。

「ルーン・カオスワーズか……。試しにやった事があるけど、威力が強すぎて学校の近くに湖が出来ちゃてね」

 リズが笑った。

「湖を作っちゃったの。半端ないね。でも、ルーン文字じゃこれ以上難しいと思うよ。検討してみて」

「分かった、やってみる」

 リズが頷いた。

「まさに共同研究だね。一回やってみたかったんだ」

 私が笑うと、リズが苦笑した。

「あたしのオメガ・ブラストにケチ付けたんだぞ。わかんなかったら、聞くからね!!」

「うん、いつでもいいよ」

 私が笑うと、パトラが出てきて研究ノートを見せた。

「大分年季が入ってるね。破けないように……」

 私はパトラのノートを受け取った。

「最後のページ……」

 パトラが呟くようにいったので、私はノートの最終ページを開いた。

「んな!?」

 ページには細かく色々な事が書いてあったが、最終まで行かず「ここから先は、私にもリズにも分からない。スコーンに聞いてみる。これ、大事!!」

 と、こっそり書いてあった。

「ま、魔法薬は分からないよ。なにをどのくらい調合するとか!?」

「それはこっちでやるよ。攻撃系の魔法薬なんだけど、裏ルーンをどうしても使いたくてさ。ダメ元でお願いしようかと思ったんだよ。そもそも出来るの?」

「そ、そうだね。魔法薬も基本ルーン文字だから裏ルーンも使えるけど、どのくらいの破壊力が欲しいの?」

「うん、ここぞって時にぶちかましたいから、スコーンの光りの矢があったでしょ。あれの分散型が欲しいんだ。図々しいのは分かってるけど、これ魔法薬で出来るって分かったら、やりたくなっちゃって」

 パトラが笑った。

「あれか……。光りの矢も難しいけど、分散型はもっと難しいよ。大丈夫?」

「うん、大丈夫な正体不明の自信があるよ。こういう時って上手くいくんだ」

 パトラが笑った。

「私は魔法薬式の呪文の書き方は知らないから、ビスコッティに聞いてみる。ビスコッティ、なにポカンとしてるの!!」

 私は笑った。

「ひ、光りの矢を教えるなんて、師匠ちゃんと解毒出来ていますか?」

「出来てると思うよ。あれを魔法薬にしたらどうなるか、私も興味が湧いたんだよ。だから、普通に裏ルーンで書くから、ビスコッティが魔法薬式に書き換えて!!」

 私はペンではなく鉛筆を手に取り、慣れ親しんだ呪文を書いていった。

「師匠、魔法薬でも呪文は同じですよ。それを呟きながら投げるんです。それと数多くの材料が溶け込んで威力が上がったり下がったり。ここは術士の腕次第ですね」

「そうなんだ。鉛筆で書いちゃったから、このまま行くよ。えっと、この文字のここの角度が大事でねぇ……」

 私は呟きながら、あっという間に呪文を書いた。

「わけ分からないでしょ。でも、これを読み解いてね」

「うん、ありがとう。私はハーフ・エルフだけど、エルフの特性が強く出てるし、小さい頃から裏ルーンに触れてるから平気だよ。リズ、分からない部分が解けたよ」

 パトラが笑みを浮かべた。

「えっ、光りの矢の裏ルーン。つまり、本体を教えてくれちゃったの。どうしようこれ、お礼のしようがないよ。あんなに大事にしてる魔法だよ。ビスコッティ、どうしたらいいの?」

 リズが動揺を隠さずにいった。

「それを知りたいのは私ですよ。今日の師匠は変ですよ。さらわれそうになって、疲れてしまいましたか!?」

「うん、疲れた。そういう事もあるよってね。ここ居心地がいいから、つい教えたくなっちゃうんだよね」

 私は笑った。

「リズ、やっぱり難解だよ。これ、解き甲斐があるよ」

「それどころじゃないでしょ。せめて、頭下げなさい!!」

 リズとパトラが頭を下げた。

「気にしなくていいよ。いいね、研究仲間って!!」

 私は笑った。

「そうだね、悩んだ時に相談できるしね」

 リズが笑みを浮かべた。

「今回はオマケだからね。いつもだったら、ヒントになる文字だけ書いて、あとは考えてってやるんだけど、今回はどうも急ぎっぽいしね。慣れない裏ルーンまで使うって事は、仕事関係でしょ。まさか、魔法薬にするとは思わなかったけど!!」

「いや、魔法薬はパトラの趣味だよ。スコーンの光りの矢を使うような仕事じゃないし、私は単にビックリしただけ!!」

 リズが笑った。

「そうだなぁ、今後は分からなかったら、まずマルシルに聞いて。エルフだから、小さな頃から慣れ親しんでるはず。マルシル、どう?」

「は、はい、マスターではないですが、ある程度なら分かります」

 マルシルが小さく笑みを浮かべた。

「ぐっ、生徒に聞くのね……。まあ、それもいいか!!」

 リズが笑った。

「キキも分からなかったら、まずビスコッティに聞いて、パステルもね。結果として、ビスコッティがレベルアップするから」

「し、師匠、なんで私……ああ、第一助手だった!!」

 ビスコッティが頭を抱えた。

「ほら、ビスコッティって自分が水しか使えなからって、他の属性を無視してるんだよ。それじゃイカン!!」

 私は笑った。

「……そういう師匠だって、風属性なのに非精霊系魔法ばかりじゃないですか」

 私の高感度な耳は、ビスコッティの呟きを逃さなかった。

「バラバラになーれ!!」

 ビスコッティに向けた手から魔力光が走り、あっという間にビスコッティの服が粉々に消し飛んで素っ裸になった。

「ぎゃあ、なにするんですか!!」

 ビスコッティの平手が私に炸裂したが、平気で口笛を吹いて受け流した。

「だって、風の魔法を使わないていうから、久しぶりにやってみたけど、腕は鈍ってない。チェック完了!!」

「し~しょ~う!!」

 ビスコッティが私を捕まえ、座っている丸太の膝の上に、私をポコッと置いた。

「これでマシです。なんですか、もう!!」

「奥に着替えがあるよ。この前エリーに工事して貰った時、個人用ロッカーまで作ってくれて。何かと汚すからって、購買で制服と白衣を買っておいてあるよ!!」

「師匠、それを早くいって下さい。全く」

 ビスコッティがポコッと私を隣に置くと、部屋の奥のまでいってロッカーの扉を開けた。

「あれ、下着までありますね。用意がいいです」

「サイズは大体分かるから、適当に入れておいたよ。寝泊まり対応で」

 私は笑った。

「はい、寝泊まりですね。シュラフも全員分入れておいていいですか?」

 パステルが笑った。

「うん、広いロッカーだから大丈夫だと思うよ」

「分かりました!!」

 パステルが空間の裂け目を作り、綺麗に畳んで袋に入っているシュラフを各ロッカーに収めていった。

「そこの『共用』って書いてあるのはみんなで使うやつだから、取りあえず非常時に備えて、カンパンと水を入れておいたよ」

 私は笑った。

「さて、サボっちゃったな。外回り行ってくるよ。アリサに変な魔法教えたら、お仕置きだからね!!」

 犬姉が笑って仕切りの向こうに行き、エレベータの扉が開く音が聞こえた。

「あたしも仕事してくるよ。明日から、スコーンの周りも静かになるんじゃない?」

 リズが笑って、パトラを連れてエレベータに向かっていった。

「あっ、師匠。精霊系魔法は天候や環境に影響されるって説明してないですよ」

「そのくらい分かってるでしょ。分かってなかったら、試しにやれば分かるよ」

 私は笑みを浮かべた。

「それにしても、今日は本当におかしいですよ。昼間の事件で怖かったんですか」

 ビスコッティが心配そうに聞いた。

「そうじゃないよ。あくまでも、最初の一歩を教えただけ。じゃないと、みんな魔法使いだってこと忘れそうだったから」

 私は笑った。

「えっと、忘れないと思いますが……」

「いいじゃん、これを期にかっちょいい魔法使いになって欲しいもんだよ。ビスコッティもその方が楽でしょ」

「はぁ、今のところそうでもないですが、複数欲しい時はありますね。

 ビスコッティがなにか考える素振りを見せた。

「このなかで、私を除いてバディを組みたいのは誰。アリサは除くよ」

「バディですか。パステルは面白そうですが、勢い良すぎるのが欠点ですね。あとは……あっ」

 ビスコッティの言葉が止まった。

「ほら、いないでしょ。私は誰とでも出来るけど、ビスコッティは狙う場所が違うから、出てこない。これじゃ連携取れないでしょ。最低限、仲良くしなきゃ。仲良しグループはいらないけど、お互いに距離がありすぎるのは問題だよ。それも、狙いの一つだよ」

 私は笑った。


 やはりというか、キキとマルシルが試射をしたいといいだした。

 しかし、時間は朝の四時。七時まではカリーナの校舎から出ることが出来なかった。

「試射は朝にあってからね。それより、反対属性の炎の防御魔法を練習したらいいよ。炎は回復には使えないから、代わりに防御結界が展開されるんだ」

「そうなんですよね。いくらなんでも、炎は回復魔法に使えません。師匠も鈍っているのでは?」

 ビスコッティが笑った。

「そんなにいうほど鈍ってはいないつもりだけど、みんなで魔法を使うんでしょ。レベルを合わせないと勝負にならないよ」

「それは、初級レベルという制限を掛ければいいと思いますよ。頑張っても、ふぁあいあボールとか……」

「あれ、最高温度七千五百度だよ。リズは調整出来るだろうけど、初級から中級レベルだよ。まあ、マルシルに教えた基本は頑張っても百度程度だから、防御すれば怪我は少ないけど」

「だからです。今しかないので、どうですか?」

 ビスコッティが笑った。

「それじゃ、ビスコッティ。準備しよう」

「師匠、今回は個人戦です。私は敵の一人ですよ」

 ビスコッティが笑った。

「び、ビスコッティが敵なの? しかも、得意な精霊系魔法だよ。まあ、すぐもみくちゃにする自信はあるけど、ズルいな」

 私は笑った。

「……師匠、誰が誰をもみくちゃにするんですか?」

 ビスコッティが、怖い笑みを浮かべた。

「しまった、拳銃も使えるんだった。ビスコッティの本気って知らないんだよね」

「当たり前です。今まで本気で戦った事はありません。今日はいい日ですよね……」

 ビスコッティがニヤッと笑った。

「大丈夫ですよ。ビスコッティの射撃は当たらない事で有名なので」

 アリサが拳銃を整備しながらいった。

「アリサ、余計な事いわないの。私は師匠をケチョンケチョンにする事にしました。さて、どうしようかな……」

「なに、私をケチョンケチョンにするの!?」

「はい、決めました。射撃が下手でも魔法がありますから」

 ビスコッティはロッカーに向かい、バカでかい拳銃を腰に帯びた。

「うわ、大人げないなぁ」

 アリサが笑った。

「なに、あれで私撃たれたら、ビックリして死ぬよ。痛そうだし……」

「はい、それなりに痛いですが、弱装のコルク弾なので、刺さることはありません。私も準備するので、少し待って下さい」

 アリサはにこやかに笑みを浮かべ、ビスコッティばりの大型拳銃を二本腰に差した。

「……こっちも大人げない」

 私はため息をつき、使い慣れたベレッタをホルスタに入れ、切り札のデザート・イーグルを腰に差した。

 そして、白衣を脱いで確かめると、確かに制服は迷彩柄となった。

「こんなもんかな………」

 これが最良と判断した私は、燃えていたたき火を消し、室内の灯りを付けた。

「みんな、準備の時間だよ。模擬戦やるんだって!!」

 私は苦笑した。


 開戦は八時と決め、一人当たりの模擬弾はマガジン三個分と決めた。

 一応ナイフは使っていいが、もちろん模造で、刺さるとくにゃっと曲がるし、刃もないので殺傷力はゼロだった。

 学校らの森に行くと、たくさんいる先生がTシャツやらなにやら販売していて、観覧席をまで儲けられていた。

 どうやら上空をブンブン飛び回っているヘリからの生放送を見ることが出来る用で、お客さんはいかにもそれっぽい怖そうな人たちがほとんどだった。

「……先生が暴発した」

 リズがポツリと呟いた。

「カリーナの予算はすれすれの状態です。少しでも稼ぎたいのでしょう」

 ビスコッティが笑った。

「全く、お祭り騒ぎにしちゃって」

 私は苦笑した。

 その時路線バスが到着して、スラーダ率いるエルフ集団が拳銃で武装した防衛隊員をたくさん連れて下りてきた。

「スコーンさん、みなさん、お久しぶりです。今日はカリーナ初の訓練公開と聞いて駆けつけました。見ているだけでも、参考になるでしょう」

 スラーダが笑みを浮かべた。

「うわっ、これはヘタ出来ないぞ」

 私は小さくため息をついた。

「それでは、皆さん。くじ引きで決めた最初のポイントに移動してください。もちろん、お小遣いは用意しています」

 校長先生が眼鏡を直した。

「そういえば、リズ坊がいませんね。もう準備出来ているはずです。皆さんも急いで下さい」

 校長先生にいわれ、私は自分の陣地に移動した。


 低い灌木に囲まれたそこは、準備するには最適だった。

 私はマガジン三個を地面に並べ、なんとなく真ん中のを取って、あとはポケットにしまった。

 マガジンをセットしてスライドを引くと、私はセーフティを掛けてホルスタにしまった。

「さて……」

 事前に手渡されたマップには、各員が配置された場所と大まかな森の様子が書かれただけで、誰がどこにいるかも分からなかった。

「さてと、私が片膝を上げて準備態勢を取った時、開始の信号弾が上がった。

 同時に草葉を避けて進むと、私がさっきまでいた場所が、ファイヤアローの猛射を受けていた。

「……ビスコッティでもアリサでもリズでもないキキだ」

 私は灌木に身を隠し、自分の陣地を見張った。

 すると、戦果を確認するためか、無防備のキキが姿を現した。

 私は拳銃を構え、ウロウロしているキキに照準を合わせた。

 引き金を引くと、コルクの弾頭がキキに当たり、そのまま仰け反って倒れた。

「イタタ……ヒットです」

 キキが眉間を撫でながら退場すると、私は森の中を走った。

 しばらく走ると、大きな魔力変動を感じて、私は身を伏せた。

 そっと見ると、マルシルが火球を作り、笑みを浮かべたパトラに撃ち込んだばかりだった。

「それ、欠点を教えてあげる。弾速が遅いのと。何かに触れると、勝手に爆発しちゃうこと!!」

 マルシルが作った火球はゆっくり進み、パトラが拳銃を構えた。

「もちろん、知っています。ファイア・アロー!!」

 マルシルが自ら放ったファイア・ボールを貫くようにファイア・アローを放ち、大爆発と残りの炎の矢がパトラに突き刺さった。

「……うっそ」

 パトラが目を丸くして立ち上がった。

 パトラが頭を掻きながら、戦場から離脱していった。

「……応用力は合格だね。でも、ごめんね」

 私は呪文を唱え、マルシル目がけてファイア・ボールを放った。

 瞬間的に移動したように見えた火球は、マルシルに直撃して小爆発を起こした。

「あ、あれ、誰が……」

 ちょっとだけ火傷の痕を残したマルシルが、頭を掻きながら後退していった。

 よしと思う間もなく殺気を感じて身を捻り、犬姉の攻撃を避けた。

 そのままなにも言わず、模造ナイフで突いてくる犬姉に、私は魔法を唱えた。

「……穴ぼこ」

 途端に私の目の前に穴が開き、犬姉がそこに落っこちた。

 すかさず呪文を唱え、私は穴にファイア・ボールを叩き込んだ。

 穴をちょっとだけ覗くと、犬姉がまともに発砲いてきた。

「い、犬姉。もうダメ、私の攻撃魔法がヒットしてる!!」

「バカ者、ちゃんと氷の防御魔法で防いだわ!!」

 よく見ると、犬姉の手に淡い魔力光が残っていた。

「全く、こんな負け方してたまるか!!」

  犬姉が勢い良く穴から飛びでて、バカスカ射撃してきた。

「ぎゃあ!?」

 私は氷の盾を作ってなんとか犬姉の弾をビシバシはね散らかし、リロードのタイミングで距離を空けた。

「さて、このイタズラっ子。どうケリをつけようかな」

 犬姉が舌なめずりをしている間、私は射撃をしたが、簡単に避けられてしまった。

「射撃は素人だね。だったら、撃つか」

 犬姉が拳銃を構えた途端、いきなり手を引かれて、私は灌木の中に埋まってしまった。

「ぎゃあ!!」

「……師匠、私の勝ちです」

 ビスコッティが私の喉元にナイフで切る素振りを見せながら、小さく笑みを浮かべた。

 同時に発砲音が聞こえ、犬姉の悲鳴が聞こえてきた。

「こ、こら、コンビでくるな!!」

 犬姉の声が聞こえ、灌木の中から出ると、犬姉が顔面を擦りながら銃を投げ捨てていた。

「はい、二人は戦死です。たき火を焚いた待機エリアがあるので、そこにいて下さい」

 さらっとビスコッティとアリサが森の中に消えていくと、犬姉は放り出した銃を拾った。

「あれでも昔は慣らしたプロコンビだからねぇ。やられた!!」

 犬姉が笑った。

「私はビスコッティにやられた。誰だよ、ナイフOKのルールにしたの。勝てるわけないじゃん!!」

 私は笑った。

 ビスコッティの得意武器はナイフ。本気でやられたら私の勝ち目などなかった。

「あーあ、しょぼくれて待機エリアにいくか。何人か仕留めたから、もうそんなに残っていないはず」

 犬姉が笑った。

「あっ、たき火だ。あそこだね」

 私は苦笑した。

「はぁ、組むなっての……」

 私と犬姉は、なんか怖い人が居並ぶたき火の周りに移動した。

 待機所にはプロジェクタが設置され、場内各所のカメラやドローンが捉えた映像が映し出されていた。

「また、お金掛けて……」

「この学校、王立だから潰れないんだよね。ちなみ、ここの怖い人たちは、全員スコーン狙いだよ。機密データを狙って!!」

 犬姉が笑い、陽気にお酒を飲んでる皆さんがニッと歯をを見せて歓声を上げた。

「こ、こんなにいるの!?」

「まだ少ないよ。普段は警備隊とドンパチやってる仲だけど、今日だけは特別に休戦協定を結んであるから、気にしないでいいよ」

 犬姉が笑った。

「あっ、スコーンさん。負けましたか」

 キキが寄ってきて笑った。

「うん、よりによってビスコッティのナイフでね。キキはどうしたの?」

「はい、私は氷の魔法を受けてリタイアです。これも、ビスコッティさんですよ」

 キキが苦笑した。

「ビスコッティのやつ、調子に乗ってるな。こうなると止まらないんだよね」

 私は苦笑した。

「私は犬姉さんにいきなり眉間を撃たれました。私では勝てません」

 マルシルが苦笑した。

「うん、勝てないと思うよ。どう考えても、得意な武器は銃だしね。あとは……ビスコッティとアリサ、パステルにパトラ、リズだけか。プロの中でパステル頑張ってるな」

 私は笑みを浮かべた。

 どうやら盛り上げるために、豪快な額の賭け事をやっているようなので、私はそこに顔をだした。

「おい、ターゲットのお出ましだぞ。誰にいくら掛けるんだ!!」

 ノリのいいオッチャンが声を掛けてきた。

「現金でいいの?」

「おうよ、誰だい?」

 オッチャンが声を上げた。

「財布は持ってるな。パステル隊長に全額!!」

 私は財布の中にあった、一億七千万クローネを大袋にぶち込んだ。

「こりゃすげぇ、当たれば三百倍だぜ!!」

 周りから一斉に歓声が上がった。

「あ、あの、なんでパステルなんですか?」

 キキが素直に聞いてきた。

「今のところノーマークじゃん。画面にも出ないし、絶対なんかやってる」

 私は笑った。

「そういえばそうですね。どこにもいません」

 キキがいった時、調子こいたビスコッティとアリサが落とし穴に落ち、頭上からバカスカ銃弾を撃ち込んだパステルが、中の様子もみないでサッと姿を消した。

「ほら、始まった」

 私はニヤッとした。

「あの、パステルに掛けた理由って……」

「普段は大人しいけど、プロの冒険者なのだよ。こういうのは得意なはずだから」

 私は笑った。

 落とし穴から這いだしてきたアリサとビスコッティが映し出され、泣いているアリサをビスコッティッがせっせと介抱していた。

「あーあ、泣いちゃった。アリサって、結構繊細だからね。てか、なんで財布にあんな大金入ってるの。危ないでしょうが」

 犬姉が私にゲンコツを落とした。

「だって、学食も購買も制服以外はタダだし、使い道がないんだもん。銀行に預けて小切手でもいいんだけど、ビスコッティがなんでもやってくれるから、結局使わないんだよね」

「そんな金があったら警備隊の装備を強化しなさい。人も増やしたいし」

 犬姉が笑った。

「うん、いいよ。現金は使っちゃったから、小切手で」

 私は小切手帳を取り出し、一億クローネと金額を書いて犬姉に差し出した。

「ちょ、ちょっと待って。冗談でいったんだよ。こんな大金貰ったら、国軍並の装備になっちゃうよ!?」

 犬姉が目を丸くした。

「うん、普段お世話になってるから、そのお返しだよ!!」

 私は笑った。

「い、いいのかな……まあ、預かっておくよ、これで、念願の強化が出来る!!」

 犬姉が笑った。

 その間にも画像が動き、森の奥の方で爆音が聞こえた。

「今のはファイヤ・ボールだね。あれ、パトラがトラップに引っかかったよ。真っ黒けになってる」

 私は小さく笑った。

 画面のパトラは目を丸くして地面に転がり、しばらくして起き上がると、ようやくなにが起きたか分かったようで、苦笑して立ち上がった。

「魔法薬師に実戦は辛いけど、パトラはいつもリズと一緒だもんね。パステルはそれを倒したか」

 私は笑った。

「さて、チームスコーンとリズとの一騎打ちだよ。どっちが勝つかな!!」

 私が笑うと、森の広場のようなところで、傷だらけで凜として立つパステルと、勝ち気な笑みを浮かべて接近してきたリズが一定の距離を取って、お互いに相対した。

 二人ともなにか話しているようだったが、お互いに背中を向けて歩き始め、十歩進んだところで素早く振り向き、パステルとリズがほぼ同時に発砲した。

 お互いの頬に血の跡が流れ、待機所は歓声で満ちあふれた。

「……しゅごい」

 私の頭の中で、パステル隊長の勤務評価が大幅に上がった。

 またリズとパステルが話をはじめ、二人とも銃をしまってナイフを取りだした。

 そのまま、いきなりナイフファイトが始まり、待機場は大いに盛り上がった。

「いきなりこれだ。ビスコッティが見たら喜ぶよ!!」

「師匠、やられました。落とし穴なんて……。あれ、パステルですか。リズとナイフファイトやってるのは?」

 ビスコッティの目が険しくなり、数秒後に元に戻った。

「あれではダメです。この戦い、パステルの勝ちですね。リズは完全に翻弄されて、攻撃出来ていません」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

 ビスコッティのいう通り、お互いが切り合う中で、リズのナイフが弾き飛ばされ、パステルの切っ先がリズの喉元で止まった。

『以上、それまでです。いや、いい戦いでしたねぇ』

 どこかにあるスピーカから校長先生の声が聞こえ、リズが大声でなにか叫び、慌てた様子でパステルに耳打ちした。

「よし、掛け金分配だ……っていっても、唯一ターゲットだけが勝ちだぞ。親の取り分を引いて面倒だから三億クローネでいいか?」

「いいよ!!」

 私は掛け金分配の輪に加わり、大きな麻袋を肩に背負ってビスコッティの元に戻った。

「……師匠、掛けていたんですか?」

 ビスコッティがジト目で私を見た。

「うん、ここにきたときにやってたから、手持ちの一億七千万クローネをぶち込んだ。タダじゃ負けないよ!!」

 私が胸を張った時、ビスコッティがジト目のまま私にゲンコツを落とした。

「掛け金多過ぎです。ってか、なんで私に掛けてくれないんですか!!」

「だって、パステルならなんかやるって、本能が呼びかけたんだもん。トラップ仕掛けたり、色々やってたでしょ!!」

「それはそうですが、私には掛けてくれないんですか?」

 ビスコッティがさらにジト目になった。

「だって、コンビで動いていたでしょ。絶対、これは裏目に出るって読めたもん。ラスボスのリズずっとやり合ったら、きっと一瞬で決着がついたよ。銃撃が上手いし、接近されたら厄介なビスコッティを倒し、アリサを銃撃で倒すってね。変わったのが残ったから、リズのイタズラ心を刺激して、大昔の決闘のような事をやったら、そのままナイフ戦でしょ。パステルをただの元気な子だと思ったら負けだよ。冒険野郎マクガイバーやらせたら、最前のマッパーだもん。実戦慣れしているのは当然なんだよ」

 私は笑った。

「……ああ、そうだった。そうでした。パステルも手練れの一人でした。迂闊でしたよ。忘れていたので!!」

 ビスコッティが頭を掻きむしった。

「ビスコッティ、私はもうダメです。あんなイージーなトラップに引っかかるなんて……」

 ビスコッティにくっついていたアリサが、泣きながらウジウジしていた。

「バカ者、立て!!」

 犬姉の声に、反射的にアリサが立ち上がった。

「はい、隊長!!」

「お前の目から流れているのは涙か!!」

「いいえ、違います。汗が目に入っただけです!!」

「よし、そのまま校庭五十周だ。私もやる!!」

「はい、隊長!!」

 そして、犬姉とアリサは雪が積もった校庭に向かっていった。

「みんな、それぞれショックだったんだねぇ」

「私もショックです。なんで掛けてくれないんですか。私が嫌いなんですか!!」

 ビスコッティが噛みつきそうな勢いで問いかけてきた。

「だって、掛けてるの知ったの、ビスコッティとアリサが落とし穴に落ちた時だよ。掛けたくても、掛けられないよ」

「ぎゃあ、あのシーンですね。しまった!!」

 ビスコッティが落ち込んで、小さく息を漏らした。

「この位で、そんな落ち込まないでよ。私の首を取ったくせに」

「師匠と犬姉は隙だらけだったので簡単だったのです。今度から、パステルを仮想ターゲットにして練習します。あの動き、半端ないですよ」

 ビスコッティが苦笑した。

「なんでもいいけど、喧嘩はダメだからね!!」

「しませんよ。さて、今日は休戦協定日です。みんなでお酒でも飲んできます」

 ビスコッティは空間の裂け目から酒瓶を取り出し、みんなに振る舞い酒を始めた。

「パステルか……冒険野郎マクガイバーで修羅場を越えている事はあるな。面白い子だねぇ」

 私は白い物が振る空を見上げ、一人笑った。


 宴もたけなわといったところ、私はお酒が入って大騒ぎする場所が苦手なので、同じく苦手で困っていた様子のパステルをお供に、研究室で犬姉とアリサのレポートを書いていた。

「こりゃ、珍しいケースだからね。当然、機密情報だよ」

 私はノートパソコンをカタカタやって、適当な場所で印刷しては、黒いホルダに挟む作業に没頭していた。

「お仕事ですか?」

 お茶を淹れてくれたパステルが笑みを浮かべた。

「仕事半分、趣味半分かな。この黒いフォルダは機密情報だから、もし見ちゃってもなかった事にしてね」

 私は笑った。

「それにしても、よく降りますね。まだ十二の月ですよ。本格的に降るのは一の月から二の月なのに、今からこれでは……」

 窓の外を見ながら、パステルが笑った。

「そうだねぇ……ん?」

 私はまだ空きスペースになっている研究室の窓の外に、黒い大きな物が迫ってきているのを見た。

「あれ、なんかきたな……」

「この反応、ドラゴンですよ!!」

 私が腰にしているドラゴンスレイヤーが青く輝いていた。

「うーん、自然にくる感じじゃないね。誰かがなんとか飛ばそうとしているような……」

「もしかしたら、隣国のトリキメラの竜騎士かもしれませんよ。それにしては、飛ばし方がヘタなような……」

 パステルが鞄から道具を取り出し、窓の外に向かって青と緑に発光する明かりを点けた。

「それって、ドラゴンが落ち着く色だよね」

 魔法と同じくらい魔物が好きな私は、すぐにそれを見抜いた

「はい、このままではここに衝突してしまいます。せめて、落ち着きを取り戻そうと……」

「もう手遅れだよ。ここまで接近されたら、向かえ入れるしかないよ」

 私は呪文を唱え、固くて頑丈なガラス一面を柔らかくて弾力があるものに変えた。

「パステル、下がって!!」

 パステルが窓際でライトを付ける作業を放り出し、私の背後についた。

 私は念のためドラゴンスレイヤーを抜き、ドラゴンの衝突に備えた。

「スコーンさん、大丈夫ですか!?」

「うん、今このガラスは柔らかいマットみたいなもんだから。それを突き破ってきたら、また元に戻すから大丈夫」

 私が笑みを浮かべた時、よりにも寄って最強を誇るレッド・ドラゴンが急速に迫ってきた。

「くるよ、身構えて!!」

「はい!!」

 数秒後にドラゴンはマット状のガラスに衝突し、まるで膜に包まれるようにして研究室に転がり混んできた。

 膜で勢いが殺され、静かに止まると、私はすぐに通常の防弾窓ガラスに戻した。

「さて、何事だろ?」

 レッド・ドラゴンには、女性が一人乗っていて、完全に気絶していた。

「この方はトリキメラの王族です。王族は首に印が出来るのですぐわかります!!」

 パステルが叫んだ。

「……しかも、手枷で拘束されてるよ。これ、大事じゃない?」

 私はドラゴンスレイヤーを手枷に当て、鎖をたたき切った。

「はい、明らかに非常事態です。みんなを呼びましょう!!」

「そうだね、まずはビスコッティを呼ばないと」

 私は無線のチャンネルを合わせ、ビスコッティを呼び出した。

『師匠、研究室方面にドラゴンが接近しましたが、大丈夫でしたか?」』

「大丈夫じゃない。接近じゃなくて転がり込んできたよ。トリキメラの王族を乗せて!!」

『えっ、それ大事ですよ。トリキメラですか!?』

「いいからきてよ。可及的速やかに!!」

『了解しました。念のため、全員を集めて行きます!!』

 私は無線連絡を終えると、パステルと苦労して、隣のキャンプエリアにいき、なにかあったらと設置してあるテントの中に寝かせた。

 パステルが素早くたき火を起こし、室温が一気に上がった。

「さて、こっちのドラゴンは……これは疲れただけだね。ゆっくりおやすみ」

 私は睡眠の魔法でドラゴンを寝かしつけた。

 しばらく経って、チームのメンバーとリズ、パトラ組がやってきて、エレベータを降りてすぐに転がっていたレッド・ドラゴンをみて、ギョッとした。

「師匠、倒したんですか!?」

「違うよ、お疲れみたいだから、睡眠の魔法で寝かせただけ。それより、こっちが大事!!」

 私はキャンプエリアに移動した。

「そのテントの中に寝かせてある。手枷で拘束されてたから、鎖だけは断ち切ったけど、鍵開け得意なパステルに、枷の輪っかを外して貰おうかな」

「はい、これは凝った鍵ですね……よし、開いた」

 パステルが手枷の輪っかを取り外し、他に異常がないか見た。

「これで平気です。あとは回復魔法で。体力がないのと凍傷を起こして大変な感じです!!」

「ビスコッティ、出番!!」

「は、はい、これは酷いですね。魔法だけでは心許ないです。パトラの魔法薬の出番です」

「うん、そう思って準備しておいた。これを注射すれば……」

 パトラが注射を打ち、様子を覗いながら頷いた。

「よし、安定したよ。回復魔法なら今がチャンス」

「分かりました!!」

 ビスコッティが呪文を唱え、酷かった顔色や傷が急速に回復していった。

「これで大丈夫です。師匠、なんで早く呼んでくれなかったんですか!!」

「うん、よく分からなくて様子を見ていたんだよ。そしたらフラフラしながらドラゴンが突っ込んできたってのが、今の状況だよだよ」

 私は小さく息を吐いた。

「そうですか……。マズいです、今はトリキメラと国境線を巡って小競り合いをしています。もし、ファン王国に王族がいるとなれば、一気に開戦となりかねません」

 ビスコッティが小さく息を吐いた。

「だからって、その辺に放り出すわけにはいかないでしょ。しかも、王族なのに手枷だよ。絶対もめ事になるけど、逃げてきたのは間違いないよ。だから、そのまま返すってわけにはいかないよ」

 私は小さくため息をついた。

「あたしだったら、まずピーちゃんに連絡するけどな。これは、カリーナで対処するのは難しいよ」

 リズが頷いた。

「そうだね。ビスコッティ、確か遠距離交信が出来るデジタル暗号無線機があったよね」

「はい、ありますよ。元々、王都との緊急連絡に使うためにあるので、今回はまさにその時でしょう」

 ビスコッティが頷いた。

「うん、どっかにあったなって覚えていたんだけど、あれどこだっけ?」

「地下の通信室です。機材が大きすぎて、ここには置けませんよ」

 ビスコッティが小さく息を吐いた。

「あの、長距離用の無線機ですよね。バッテリの消費が激しいので、ここぞというときしか使いませんが、衛星回線を使って王都まで電波を飛ばせる無線機ならあります。冒険では、なにが起きるか分からないので」

 パステルが笑みを浮かべ、ロッカーの中から色々取りだしてきた。

「これが無線本体です。あとはアンテナですが……」

 やや大きめの無線機を折りたたみ式テーブルに載せ、パステルはケーブルで繋がった小さな傘のようなパラボラアンテナを窓際に持っていった。

「……サーサット2。電波を捕まえました。これで王都に連絡が取れますよ」

 パステルが笑みを浮かべた。

「へぇ、いい物持ってるじゃん。ビスコッティ、ここにも置こう!!」

「そうですね、なにが起きるか分からないと痛感しています。ところで。コールサインは覚えていますか?」

 ビスコッティが笑った。

「……あれでしょ、何度か王都に行った時に、みんなに割り当てられたものでしょ。みんなブラボーとかなんかかっちょいいの貰ったのに、私だけ「ナンナケットのオバサン」だよ。誰それって感じだよ」

「師匠、そうやって重要人物を隠すんです。どこの軍隊でもやってますよ」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「それならいいけど……。まあいいや、さっそく連絡しよう」

 私が無線機のマイクを取ると、ビスコッティがアンチョコを見せてくれた。

「よし、ナンナケットのオバサンより猫好きジジイへ。至急連絡する事がある。このまま転送願う」

『こちら王都の無線監視室。無線を中継するのに五分掛かる。しばらく待たれよ』

「こちらナンナケットのオバサン。急ぎの用事に付き、最優先で願う」

 しばらくすると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

『うむ。どうした?』

 恐らく間違いだろうけど、カリーナにトリキメラ王国のナイスバディが墜落してきたよ。ドラゴンは異状なし。ナイスバディについては、現在休ませている最中だけど、命に別状はなし。今後の指示を待つ」

『うむ。分かった。そちらの校長先生に、一時託すとしよう。なるべく急いで、そちらに向かう』

「ナンナケットのオバサン、了解した」

 私は無線のマイクを机の上に置き、大きく息を吐いた。

「さて、校長先生を呼ばないと。ビスコッティ」

「はい、無線で呼びました。じきにいらっしゃると思います」

 ビスコッティが頷いた時、エレベータが動いて四階で止まり、校長先生がやってきた。「なにか緊急のようで。このドラゴンが突っ込んできた事ですか?」

 校長先生は眠っているドラゴンを見上げた。

「それもあるけど、こっちにきて!!」

 私は仕切りの向こうに、校長先生を連れていった。

「先生、大変だよ。ずっと気絶してるけど、トリキメラ王国の王族が転がりこんできちゃった」

 リズが慌てた様子でいった。

「トリキメラ王国ですか。確かにマズいですね。このファン王国と全面衝突寸前で、国境線を睨み合っている状態です。そこに王女の逃走劇の結果、ここに到着した。何かの口実に利用されかねません」

「先生、今王女って……」

 リズだけではなく、私もハッキリ聞いた、王女と……。

「トリキメラ王国では、主要三家から国王が選出されるようになっているのですが、ここしばらくはノリス家が国王に収まっています。そのノリス家の長女が、このフレイア姫なのです。すぐに送すべきですが、なにか留め置く理由はありますか?」

 先生が静かに問いかけた。

「逃げてきたとき、手枷で拘束されていたんだよ。このまま送り返したら、一体どんな目に遭わされるか……」

「なるほど、そういう事情がありましたか。これは由々しき事態です。取りあえずここで極秘に匿って、事態の様子を伺うしかありませんね。国王様に連絡は?」

「それは済んでいます。なるべく早くお見えになるとか……」

 ビスコッティが頷いた。

「左様で、ならば結構です。本件は国王が処理するべき案件ですからね。目が覚めるまで、介抱をお願いしますよ」

 校長先生は笑みを浮かべて、近くにいたリズをとっ捕まえ、床に正座させて説教を始めてめた。

「な、なんで、お説教!?」

「ああ、いつもの事。面倒ごとが起きると、あたしに説教してストレス発散するんだよ」

 リズが笑った。

「リズ坊、きいていますか」

「おっと、聞いてます……」

 校長先生は説教を続け、リズは暇そうに聞き流していた。

「……大変だね」

 私は苦笑した。

「師匠、大変なのはこちらも同じです。目が醒めたら、まずは情報収集しましょう」

「それは当然でしょ。いきなりレッド・ドラゴンで突っ込んできたら、人目を引いてどうにもならないよ」

「師匠、今は休戦協定が有効です。なにがあっても見なかったことにする。それが鋼の掟です。ちょうど良かったですね」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「鉄どころか鋼……。じゃあ、大丈夫だね!!」

 私は笑った。

「どれ、リズが説教食らってる間、どうなってるか様子をみるか」

 私はテントの中に入った。

 五,六人は入れる大きめのテントなので、布団代わりにシュラフの上に寝かせた隣国のお姉さんは、ただ疲れていたのか、静かに寝息を立てていた。

「よっと……。パトラさんが点滴を打ちたいという事で、今準備しています。これだけ広かったら邪魔にはなりませんね。ビスコッティがテントの出入り口から顔を出して、笑みを浮かべた。

「そっか、邪魔しちゃ悪いね。私も一回出よう」

 私がテントから出ると、パトラが点滴セットを片手に中に入っていった。

「終わったよ、栄養剤と水分だけね。もう大丈夫だよ」

 パトラが笑みを浮かべ、テントから出てきた。

 なにやら忙しいが、私はまたテントに入り、女の人の様子を見ていた。

「王族か……。どんな人かな」

 私が呟いたのが聞こえたのか、小さな声と共に女の人が目を開けた。

「……ここは?」

「うん、カリーナっていう魔法学校だよ。ファン王国の」

 私が笑みを浮かべると、女の人は小さく息を吐いた。

「なんとかファン王国には逃げられたのですね。良かった……」

 女の人が泣き出してしまったので、私はクチャクチャのハンカチを白衣のポケットから取り出して手渡した。

「ごめんね、クチャクチャで。でも未使用だから。ビスコティがポッケになにか入れたまま洗濯しちゃうから」

 私は苦笑した。

「そうですか……やっと逃げられた」

 女の人は私に抱きついて泣いた。

「ど、どうしたの?」

 私はそのままにして、そっと女の人に聞いた。

「はい、私はビオラという者です。トリキメラ王国の王族で、次の国王になる予定でしたが、同じ玉座を狙って結託したグレン家とアドウィン家の猛攻に遭いまして、私を人質にしてお父様に国王を退くように迫っているのです。せめてもと、私を逃がそうとした父王が騎士団を動かし、なんとか私はなんとか王城から逃げ出したのですが、父王と騎士団はは全力で大軍相手に奮戦しているはずです。ごめんなさいね。ファン王国の王都を目指していたのですが、悪天候で先が見えず、この寒さでも何とか飛べたレッド・ドラゴンの限界を絞ったのですが、ご迷惑をおかけしてしまいました。魔法学校に落ちてしまうとは……」

 ビオラは溜まっていた胸の仕えを吐き出すように、一気にぶちまけ。私を離して手を握った。

「奮えてるよ。安心して、ここは王都とも繋がりが深いし、そのうち国王もくるよ。ちゃんと呼んでおいたから」

 私は笑みを浮かべた。

「そうですか、ありがとうございます」

 ビオラがやっと笑みを浮かべた。

「ねぇ、ビスコッティ。これ、ただで帰せる?」

 私はテントの外に声を掛けた

「心情的には帰せませんが、それは国王様が決める事です。師匠も心得ておいて下さいね」

 テントの外から、ビスコッティの声が返ってきた。

「同感だから大丈夫。でも、なんとかしたいな……」

 私は握られた手を握り返した。

「スコーン、どうなってもいいように、アパッチとB-52の準備をさせてるよ。あとF0-15EとF-111にもね。一応島に連絡したらファン王国海兵隊がノリノリで、野郎どもを満載して、もう離陸したって。気が早いんだから」

 犬姉の笑う声が聞こえた。

「あ、あの、もしかして加勢して頂けるのですか?」

「私はそれがいいな程度だったんだけど、もう周りが勝手に動いてる。国王がきたらなんていうかな」

 私は苦笑した。

「このご恩は忘れません。敵軍は王都を取り囲むように布陣していて、城内でも戦闘が起きていました。お父様と連絡を取りたいのですが、可能でしょうか?」

 ビオラが安心したような表情を浮かべた。

「パステル、出来る?」

「はい、通信衛星の通話可能な範囲に入っています。今なら出来ますよ」

 パステルの声が聞こえた。

「それじゃ、無線機までいこうか」

「はい、ご迷惑をおかけします」

 私たちがテントから出ると、出入り口にビスコッティが張り付いていた。

「ごめんなさい。師匠はいつもの事ですが、初対面の他国の王族相手に顔を出さないようにしていたのです。師匠が信じたということは、間違いありません。私たちの仲間です」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「そうだぞ。なんでスコーンって人を信用させるかな。プロ?」

 犬姉が笑った。

「なんのプロ? さて、こっちだよ!!」

 私は研究室スペースの無線機に向かった。

「あっ、ドラゴンが……」

「大丈夫、寝ているだけだから。さて、どうぞ。無線あるの?」

「はい、王城にしかありませんが、通信室が生きていれば……」

 犬姉がチャンネルを弄りながら、無線機ががなった。

『こちら、トリキメラ王国司令部。国境の兵は退け。それどころではない!!』

「コホン、こちら第一王女ビオラ。ファン王国の王城で庇護して頂きました。お父様にお伝え下さい」

 犬姉が『カリーナの名前は出さないで』とカンペを出す中、ビオラは王城にいることにしたようだった。

『お、王女様。ご無事で何よりです。それだけお伝えすればよろしいですか?』

「はい、あと願わくば、私たちの騎士団に朗報があるかも知れないと落ち着いて説明して下さい」

『分かりました、直ちに国王様に連絡します』

「それで結構です。ありがとう」

 ビオラが無線のマイクを机におき、小さく笑った。

「少しは王族らしかったでしょうか?」

「うん、王族だね」

 私は笑った。

「おーい、スコーン。みんな腹減ってるだろうから、なにか作る?

 犬姉がキッチンで声を上げた。

「それいいね、食材だけ用意して、こっちで焼こう!!」

「当然わかってるけど、今日は鍋だぞ。いい加減魚がダメになりそうだから」

 犬姉が冷凍してある魚をレンジで解凍しはじめた。

「便利な道具がたくさんありますね。我が国でも欲しいです」

 ビオラが笑った。

「ファンと国交を開くと、そのうち出回るよ」

 私は笑った。

「そうですね。いつまでも国境で揉めている場合ではありません。父上が拘るようなら、私がゲンコツを落とします」

 ビオラが笑った。

「そりゃすごい。リズ、まだ説教終わらないの?」

 犬姉が笑った。

「やっと終わったよ。先生も食っていくって!!」

 リズが正座をやめて、先生と共に折りたたみ椅子に座った。

「おや、水炊きですか。私の好物です」

 先生が笑みを浮かべた。

「なに、先生も食っていくの?」

 リズが笑った。

「食ってではなく、食べてです。なにしろ、今日はバタバタでしてね、朝からなにも食べていないのです。お陰でひもじい時のリズ並みに倒れそうで」

「それ、凄いよ。倒れたら三日は起きないから!!」

「リズ、違うよ。一週間だよ。何度点滴したか……」

 パトラが笑った。

「……今度は本物みたいだね。リズの反応が違う」

 私は苦笑した。

「はい、そうそう偽物など作られてはかないません。学校のパンフレットにすら、私の顔写真は使ってないほどです。そのくらいの自衛措置はとっていますよ。

 先生は笑って、運ばれてきた鍋を見つめた。

「メインの具材は鱈ですか。いいですね、お酒をこうキュッと……」

「お酒、お酒ですね。任せてください。えっと、鍋にはこれだ」

 ビスコッティが空間の裂け目から一升瓶を取り出した。

「ほう、これはこれは。なかなか手に入らないものですね。これから国王様をお迎えしなければならないので、一杯だけ」

 校長先生は巨大なマグカップを取り出し、笑みを浮かべた。

「あっ……飲める人だ。コホン、では一杯だけ」

 ビスコッティが校長先生のマグカップに並々とお酒を注いだ。

「おっと、零れてしまいますね。お先に失礼」

 校長先生はマグカップのお酒を一口飲んだ。

「これはなかなか……。おや、リズ坊。どうかしましたか?」

「せ、先生がお酒飲んだ。お酒飲んだ……」

 リズが慌てた様子で校長先生の前に正座した。

「リズ坊、どうしましたか?」

「きっと、説教が足りないんだよ。先生が酒を飲むなんて!!」

 リズがパトラまで引っ張り込んでもう一度正座をした。

「おや、これは心外ですね。私もお酒は嗜みます。美味しいですよ」

 校長先生が笑った。

「いや、これから国王がくるのに……怒ってる?」

「はい、怒っています。極秘裏に王城にビオラ君と呼びますね。ともかく、王城に引き渡せば済む話を、なんですかファン王国海兵隊まで使って。これはお仕置き対象です」

 先生はチビッとお酒を飲んだ。

「スコーン、ビスコッティ、早く!!」

 私はリズのいう通りに素早く校長先生の前に正座で座り、ビスコッティを呼んで隣に座らせた。

「おや、きましたね。さて、どこからいきましょうかねぇ」

 先生が笑みを浮かべた。

 その後、しばらくの間校長先生のお説教を聞いていたが、心が揺さぶられるような、温かで優しいものだった。

「まあ、この程度にしておきましょう。お二人とも泣いてしまいましたしね。リズ坊はもう慣れてしまっているので、私の説教程度では泣いてくれないのです。いやー、教師冥利につきますね」

 先生が肩を叩くと、私は折りたたみ式の椅子に座った。

 ビスコッティがついてきて、くしゃくしゃのポケットティッシュで私の涙を拭った。

「……ビスコッティ。これ一緒に洗っちゃったでしょ。捨てなよ」

「いいんです、師匠はなんでも許してくれるからいいんです」

 ビスコッティも自分の顔を拭いて、笑みを浮かべた。

「なんでも許すって……あっ、そうかも」

「はい、それがいいのです。女の子特有のドロドロしたところがないんです。これは、自慢していいですよ」

 ビスコッティが私の頭を撫でた。

「いつまでも引っ張るのは嫌だしね。ところで、爆撃機とかどうしたの?」

「はい、もう離陸して久しいです。間もなく国境を越える頃でしょう。犬姉が指揮を執っています」

 私は折りたたみ式の椅子から立ち上がり、隣の研究室に移動した。

「どう、犬姉?」

 窓に大きな地図を貼り、駒の用に動かしながら犬姉が聞く息を吐いた。

 爆撃機部隊は無事に国境を突破したよ。今はアパッチで残りを始末しているところ。不思議な事に、みんな撤退をはじめているんだよね」

 犬姉が息を吐いた。

「さっき無線でチラッと聞こえたけど、国境どころじゃない。すぐに撤退しろって向こうの声がきこえたんだよね」

 私の言葉に、犬姉が笑った。

「レーダーの反応で速度も分かるから、爆撃機って分かったな。いくら何でも、王城を破壊されたら堪ったもんじゃないからね。例の『のぞき見』の魔法で様子が分かるかな?」

「うん、座標さえ教えてくれたら、簡単に分かるよ」

 私は犬姉に指定された座標に『目』を飛ばした。

「やっぱり大混乱だね。くるはずのない援護がきたんだから無理もないか。さっそく国王が動いたよ。混乱に乗じて城内の敵を押しだしに掛かってるけど、戦力差があるな。待機中のファン王国海兵隊を下ろそう」

 犬姉が無線でなにやら連絡を取ると、私は魔法の照準を城の中庭に置いた。

「行くよ、降下が始まった」

 輸送機の中にパンパンに詰まっていた兵士たちが城の中庭目指し次々と降下していった。

「……しゅごい」

「命がけだからね。指示を出すのも、思わず力が入るよ」

 犬姉が笑った。

『こちらアパッチ隊パイン2。目標制圧、次の指示を』

「王都に向かって、今『カリーナ海兵隊』が降下作戦を遂行中。近接支援を

『了解。これより向かう』

 無線の声が終わり、犬姉が小さく笑った。

「あれ、ファン王国海兵隊じゃないの?」

「ファン王国でいったら戦争になっちゃうでしょ。だから、カリーナにしてあるんだ。その方が、味方っぽいしね」

「なるほど……あっ、ドカドカ下りてきた!!」

 輸送機から降下した兵士たちは、素早くパラシュートを畳んで切り離すと、ギョッとした様子の城の兵士に向かって、バカスカ撃ち始めた。

「これ大丈夫なの。敵も味方も分からないよ?」

「大丈夫、各家の紋章を覚えて貰っているから。敵と味方を間違える事はないよ」

 そのうち城外で爆撃機の攻撃が始まり、地鳴りのような凄まじい振動が王宮を揺さぶった。

「今は外の連中を排除してるところだよ。スコーン、これで分かったでしょ。普段の戦闘訓練は、あくまでも護身用だって」

 犬姉が笑みを浮かべた。

「分かったよ、分かったからもうやめてよ……」

 私は小さくため息をついた。

「もう止められないんだよ。今後こういう機会があったら困るけど、指揮官が行けっていったらいく。始めたら止められない。まあ、スコーンはこういうの嫌いだから、まずないだろうけどね」

「うん、嫌いだよ。でも、やめられないんじゃどうしょうもないね。これが戦争か……」

 私は黙って事の経緯を見守った。

「みなさん、食事ができたようです」

 ビオラが呼びにきて、動きを止めた。

「これは、我が国の城ですね。こんなに離れているのに見る事も出来るのですね」

 ビオラがやってきて、城の各所で起きている戦闘の様子を見守った。

「もう一時間もすればけりがつくと思うよ。ビオラは複雑だろうけど」

「いえ、王家が三つもあるのがおかしいのです。私は二十一ですが、散々な目にあいましたからね」

 ビオラが頷いた。

「……そっか、分かった。ちょっとだけ残ってた罪悪感が消えたよ。向こうで待ってて」

 犬姉が笑みを浮かべると、ビオラも笑みを浮かべてキャンプコーナーに向かった。

「酷い目ってなんだろ……」

「ビオラに聞きそうだからいうけど、私もスコーンも女の子。相手が男だった場合、なにされると思う?

 犬姉が呆れたような笑みを浮かべた。

「うぎゃあ!?」

「分かったか。これだから暇な王家の人間は嫌いなんだよ。まあ、今日は騒ぎまくってくれ!!」

 犬姉が笑った。


 再びキャンプコーナーに戻った私は、お酒を飲んで楽しそうなみんなを見ながら、覗き見の魔法でトリキメラ王国の王城を見て回っていた。

 ただでさえ多勢に無勢な上に、兵士としての練度も高いファン王国海兵隊にとって、このくらいは朝メシ前とばかりに敵を倒し、城内各部屋を見て回って、最終的な索敵を行っていた。

「師匠、ぴーちゃんより連絡です。もう十五分ほどで着陸するそうです。雪で滑走路が閉鎖されていたため、無理矢理雪かきをして王族専用機を飛ばしたそうです」

 ビスコッティが笑った。

「でも、出遅れたから着く頃には終わっていると。ピーちゃんに怒られるな」

 私は苦笑した。

「あの、ピーちゃんとは?」

 私の隣に座ったビオラが聞いてきた。

「うちの国王だよ。好きな用に呼べっていったら、なぜかピーちゃんになっちゃったらしくて」

 私は笑った。

「そうですか。てっきりなにかのコードネームかと……。あの、ここは魔法研究室ですか? みるのが初めてで」

 ビオラが物珍しそうに見回した。

「まあ、そうだんだけど、みんなここに作ったキャンプエリアが好きみたいでね。ほとんど焼き肉ばっかりやってるよ」

 私は笑った。

「はい、ここを見て信じられなかったのです。なんの研究をしているのだろうかと。あの、うっかりしていました。確か、まだお名前を伺っていないかと……」

 私は白衣の胸ポケットに付けてある名札を指さした。

「えっと、『Dr.スコーン・ゴフレット』。ドクター、ゴフレットでよろしいですか?「やめてよ、スコーンでいいから。なにがドクターだよ!!」

 私は笑った。

「では、スコーン。これで、お家騒動もなくなり、国境でのもめ事も解決するでしょう。あれは、別の王族一家が起こしたものなので」

 ビオラは笑みを浮かべた。

「王族も大変だねぇ。縁がないから知らなかったけど」

「はい、自分でいっては世話ないですが、王族は王族で大変なんですよ」

 ビオラが笑った。

「うん、大変そうだね。母国から死にかけて、ここにたどりついたくらいだもん」

 私は苦笑した。

「はい、生きてこうして楽しめるとは思いませんでした。ただでさえ、死刑寸前だったんですよ」

 内容に比べて明るくビオラがいった。

「し、死刑!?」

「はい、王族なだけで死刑です。隙を見つけて竜騎士の厩舎に飛び込んで、なんとか動いてくれそうだったのがあの子でして、可哀想な思いをさせてしまいました。

 ビオラが小さく息を吐いた。

 私はポッケから金属の笛を取り出し、勢い良く吹いた。

 まるで死んだように寝ていたレッド・ドラゴンが目を開き、その巨体をゆっくり起こした。

「まずは場所を移動しないと。ここじゃぶつかったりして、ちょっと邪魔だから」

「竜笛ですか。他にいるんですか?」

 ビオラに聞かれ、私は首を横に振った。

「たまに野生のドラゴンを見つけて、ちょっと遊ぶ程度だよ。これでダメだったら、戦って倒すしかないけど、いうこときく子はそのまま喧嘩しなくて済むから便利だよ」

 私は笑った。

「さて、誘導しないとね。キャンプとは正反対の場所にいてもらおう」

「私もお手伝いします」

 ビオラが竜笛を取り出した。

「はい、バック誘導しまーす」

 ビオラが笛を吹き、巨体をクルッと正反対に向けたレッド・ドラゴンは、ピリンピリンバックしますと謎の音を発しながら、ゆっくりと巨体をキャンプエリアに入れた。

「おっと、首下げて。頭ぶつけるよ!!」

 私は竜笛と共に、身振りで頭を下げろと指示を送った。

 レッド・ドラゴンは素直にいうことを聞き、首下げて。キャンプエリアに入った。

 そのままテントとは反対の位置に陣取ると、体を丸めて寝てしまった。

「か、可愛い。ビスコッティ、可愛い!!」

「そ、そうですか。可愛いかな……」

 ビスコッティがお酒を飲んだ。

「これで、ゆっくり冬眠出来るでしょう。いきなりのお願いなのですが、この子を越冬させて頂けませんか。もう、この気温で飛ぶには……」

「いいよ、動けるだけ奇跡だもん。私の剣が光ってるのはドラゴン・スレイヤーだからだけど、もちろん攻撃しないから」

 私は笑った。

「師匠、冬の間だけですよ。これ幸いにあちこち研究するのは目に見えています」

 ビスコッティが苦笑した」

「はい、パステルです。ドラゴンはどこからブレスを吐くのですか?」

 パステルが興味津々といった様子で、問いかけてきた。

「ああ、仕掛けとしては簡単だよ。口開けてくれるかな……」

 私が竜笛を吹くと、レッド・ドラゴンが口を開けて見せた。

「焦げ臭いのは我慢ね。この左右に分かれた火炎線って臓器があるんだけど、普段しこたま貯め込んだ燃料を、ここで一気に爆燃させて吐き出すんだよ。右と左じゃ吐き出す液が違ってね。混ぜ合わせてから、歯を上下で打ち合って着火するんだ。レッド・ドラゴンはそれが極めて発達してるから、ショボい洞窟くらい一気に焼き払う能力があるんだよ」

 私が笑みを浮かべると、パステルがせっせとメモを取っていた。

「師匠、無線です。王家専用機は無事に着陸したようですが、ここまでのバスが積雪で難渋しているようで、出来れば迎えにきて欲しいとのことです」

 ビスコッティがお酒を飲みながら、ホンワリいった。

「こら、ビスコッティ。お酒飲んだら運転出来ないでしょ。リズ、動ける?」

「早くいってよ。私もお酒飲んじゃったよ。パトラ、運転出来るでしょ。あたしの代わりにいって!!」

 床に座って、魔法薬の原料を潰していたパトラが、ひょこっと立ち上がった。

「うん、いってくるよ。スコーンも行くでしょ?」

「もちろん。多分、雪に埋まって出られないだけだから、トラックで牽引していけばいいでしょ!!」

 私はパトラとエレベータに乗って、研究棟の一階に下りていった。

「うわ、これは凄いね。大雪で校庭が埋まるなんて、何年ぶりだろ」

 足を踏み込むと腰下まで埋まるような積雪を蹴り破りながら、私とパトラはトラックに乗った。

『なんですか、こんな雪深い日に起こすなんて!!』

 エンジンを掛けると、キットが文句をいってきた。

 ワイパーを動かし、前面ガラスの雪を弾き飛ばしてから、私は苦笑した。

「バスが立ち往生しちゃって、どうしょうもないんだって。タイヤ交換したしチェーンも巻いてあるから、キットのトルクなら動けるでしょ?」

『そりゃ動けますけどね。私はレッカーですか。全く……では、行きますよ』

 トラックが校庭の雪を凄まじい勢いで弾き飛ばしながら、まずはいつも勝手に壊れる門をそのまま突破した。

「空港循環バスだよ。間違わないでね!!」

『はいはい、分かってますよ』

 バスはしばらく街道を走って、空港のゲートの前で止まると、私は窓を開けて守衛のオジサンに顔を見せた。

「はい、スコーンさんね。どうぞ」

 あんまりやる気がないオジサンが入場許可を出し、トラックは駐機場の周りにある周回路に入った。

「あっ、いた」

 雪の吹きだまりにハマり、動けなくなっている黄色のバスを見つけ、トラックが止まった。

「さて、ワイヤー掛けるよ。トラックが引っ張る感じで!!」

 私はワイヤーの留め具を片手に、トラックから降りた。

 パトラと協力してワイヤーを三ライン掛けて頑丈に接続すると、運転席に戻ってバスを引っ張った。

 雪に突っ込んで止まっていたバスがズボッと抜け、私はクラクションを鳴らしてパッシングを二回した。

 するとバスがゆっくり走り出し、ハマる度に引っこ抜く作業を繰り返した。

「こりゃたまらないね。状況が許せば私の島に行きたいな」

「確認してみよう」

 パトラが無線機のマイクを取り、管制塔と交信を始めた。

「スコーン、行くなら今だって。私たちが出たら、滑走路完全閉鎖だって」

 パトラが笑った。

「今って、このペースじゃ……」

 ようやく雪だまり地帯を抜け、バスはなんとか快調に走り始めた。

「やっとだよ。もう直ぐ校舎前だね」

 バスが空港の敷地から出ると、それほど間を開けずにバスが校舎前に到着した。

「さて、ワイヤーを外すか」

 私はトラックとバスを繋いでいたワイヤーを外すと、軽く伸ばして荷台に放り込んだ。「私は先にいくよ。ぴーちゃんがいるんでしょ。準備しないと」

 パトラが笑ってトラックを下りると、私は校庭への階段を豪快に下り、いつもの場所に駐車した。

『アイツ、相変わらずエルフくせぇな……』

「ダメだよそんなこといったら。じゃあ、また」

 私はトラックを降り、バス停に集まった面々を見て驚いた。

「あれ、みんなきちゃったの?」

「うん、先生は忙しいからって抜けたけど、みんなでスコーンの島に行こうって話でさ。火元は確認したし、ビスコッティがスコーンの荷造りしたし、用意は万端だよ!!」

 リズが笑い、期待の目でビオラが見ていた。

「うむ。そういう事なら早くいってくれ。飛行機を乗り換えるだけで済んだぞ」

 ピーちゃんが文句をいってきた。

「い、いや、まさか行くとは思わなくて。まあ、温泉もあるし、温かいからいいか」

 私は苦笑して、今きたバスにみんなで乗り込んだ。

 こうして、バスは再び空港に向かって走り出した。


 さっき轍を付けたせいか、バスは順調に進んで駐機場に入っていった。

「ちょっと待ってね。パトラ、行くよ」

「うん、分かった」

 犬姉とパトラがバスから下りていき、最前部の小さなステップ付きの扉を開けた。

 地上要員がそれを退けると、しばらくして小さな金属音が聞こえてきた。

「へぇ、APUついてるモデルなんだ。だから、なにもない島で運用出来るのか」

 リズがぽそっといった。

 そのまましばらく待っていると、パトラがステップを下りて、バスに乗ってきた。

「みんな、準備出来たよ。まだエアコンが効いてないから寒いかも」

 パトラが笑みを浮かべ、飛行機に戻っていった。

「さて、いこうか」

「はい、師匠」

 私が椅子から立つと、荷物を担いだビスコッティが笑った。

「なんか、荷物多くない?」

「そうでもないですよ。着替えとか寝間着などが多くて」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「嘘コケ、その長さは明らかにライフルだ!!」

「はい、標準装備です。みんな、パステル隊長に負けた事がショックのようで」

 ビスコッティが笑った。

「ええ、私ですか!?」

「他に誰がいるんですか。さて、いきましょう」

 私たちはバスから下りると、乗り慣れた感のあるステップを上って機内に入った。

「この狭さがいいんだよ。広すぎると落ち着かない!!」

「師匠くらいですよ。これがいいっていう人は」

 ビスコッティが笑い、シートベルトを締めた。

「そうかなぁ……」

「いえ、いいと思います。今まで王族専用機しか乗らせてもらった事がないので、新鮮です。通路を挟んで反対側の窓際に座ったビオラが笑った。

「うむ。ここが良かろう。王族同士話そうではないか」

 開いていたビオラの隣にピーちゃんが丸くなり、ベルトの代わりか、爪をがっちり椅子に食い込ませた。

「はい、ご挨拶が遅れてしまいました。私はトリキメラ王国の……」

「うむ。後にしよう。この天候ではかなり揺れるぞ、心しておけ」

 ピーちゃんがニヤッと笑みを浮かべた。

「ぴ、ピーちゃんが悪い子の顔になったよ。ビスコッティ、どうしよう!?」

「師匠、どうもしませんよ。それより、ベルトを強めに締めておいて下さい。これは揺れます」

 ビスコッティが小さく笑みを浮かべた。

「分かった……イテテ」

 私は骨盤に食い込むほどベルトを締め、ほんのちょっとだけリクライニングを倒した。

『機長の犬姉だよ。大型の低気圧を突っ切るから、かなり揺れる予想。これでもマシなルートだよ。芋ジャージオジサン率いる用務員軍団を待ってるから、しばらく待ってね』

 スピーカーから犬姉の声が聞こえた。

「そっか、また用務員軍団がくるのか。助かってるからありがたいね」

「他に仕事がないそうで。リートたちが速攻直してしまうので、少し寂しがっていました」

 ビスコッティが小さく笑った。

「なんか可哀想だね。でも、なんでも綺麗に直してくれるのはいいね」

 私は笑った。

 しばらくして、飛行機の傍らにバズが止まり、芋ジャージオジサンたちが飛行機に乗って後方を固めた。

『積み残しなし。これで上がったら滑走路全面封鎖らしいから、なるべく急ぐよ!!』

 飛行機がプッシュバックさて、窓の外の景色がゆっくり動き出した。

 しばらくしてプッシュバックが終わり、エンジンが一基始動した。

 一瞬だけ機内が暗くなり、もう一発のエンジンが起動して、飛行機は速めの速度で平行誘導路を走りはじめた。

「大急ぎだね……」

「はい、師匠、なるべく急いであげないと、地上要員が可哀想ですからね」

 飛行機は滑走路手前で一時停止し、そのまま滑走路に入ってプロペラ音も高らかに滑走路を走り抜けると、一気に上昇して高度を上げ始めた。

 その間、まるでぶん殴られたかのように機体が左右に傾いたり、いきなり急降下や急上昇を繰り返し、揺れに揺れまくった。

「び、ビスコッティ、これぶっ壊れない?」

「師匠、この機の頑丈さは折り紙付きです。しばらくすれば、低気圧を抜けて安定しますよ」

 その時、雲の間から光りが走り、私目がけて稲妻が飛んできて、派手な音と共に飛行機のライト消えた。

「び、ビスコッティ!?」

「師匠、落雷です。直撃とは珍しいですね。大丈夫です、こんな時のために主翼に放電させるための棒がついていますから」

 しばらくして、機内の明かりが点くと、私はホッとため息をついた。

「それにしても、犬姉の野郎いい腕してますね。なんでしたっけ、格好いいとはこういうことさだったような」

「し、知らないよ!!」

 まだ怖い私は、ビスコッティの手を握っていた。

 機の窓から入る者は、大荒れの空と夕闇迫る冬の空だった。


 犬姉の放送によれば、島まではあと十五分ほどで、ファン王国海兵隊の暇人が、戦いの功績を褒め称えるために、空港の建物に集まっているところだった。

『全く騒ぎが好きなんだから』

 犬姉の声が呆れた者に変わった。

『さて、ギアダウン。フラップ二十」

 犬姉ののんびした声が聞こえてきたが、すぐに緊張したものになった。

『ギアダウンしない。手動でやった?『

『手動でもやったけど同じ。ロックランプがつかないだけかも。管制塔から確認してもらおう」

 飛行機は心待ち高度上げ、管制塔を掠めるように飛んだ。

『主脚は下りてるけど、ロックされているかは不明。前脚が出ていない』

『油圧は問題ないね。やるか』

 犬姉の声が聞こえた。

『パトラです。緊急事態が発生しました。降着脚にトラブル発生。当機は胴体着陸を試みます。みなさん緊急事態のショック対応姿勢を取って下さい』

 私は前屈するような姿勢を取った。

 数秒後、私たちを乗せた飛行機は滑走路に着陸したというか、体を叩き付けた。

「な、なんか怖いんだけど!!」

「当たり前です。緊急事態ですから」

 ガリガリと凄まじい金属音が鳴り響き、消防車や救急車が追いかけてくる音を聞きながら、飛行機は滑走路端の岩に衝突して止まった。

「イテテ……」

「師匠、脱出しますよ!!」

 ビスコッティがベルトを解いて声を上げた。

「うむ。派手な着陸だったな。私とビオラも連れていって欲しい」

 ピーちゃんの声を聞いて、ショックで動けない様子のビオラの手を掴み、ビスコッティは少し手荒に引っ張った。

「あ、あの……」

「今は脱出が最優先です。いきますよ」

 ビスコッティが先陣を切り、近くの脱出スライドから地面に向かって飛び降りた。

 外では大騒ぎになっていて、救急車に犬姉とパトラが運ばれていくのが見えた。

「あっ、私も行く!!」

 私は救急車に飛び乗り、すぐさま走り出した車内の手すりに掴まった。

 救急車はサイレンを鳴らしながら、島の未舗装の道を走り、そのままファン王国海兵隊の演習場に飛び込んでいった。

 病院というには素朴な建物内に入ると、付き添いの方はここまででお願いします。

 二人について行こうと思ったが、途中で遮られてしまった。

 そのまま病院の待合室で待っていると、犬姉とパトラがにこやかにやってきた。

「おう、心配すんな。簡単な検査をしただけだよ!!」

 犬姉が笑った。

「心配かけてごめんね。大丈夫だから」

 パトラが小さく笑った。

「ならいいけど、心配したよ」

「心配したのはこっちだよ。道のでこぼこが酷すぎて、救急車のベッドから振り落とされるかと思った。戦場救急車か!!」

 犬姉が笑った。

「リズ、どうしてるかな」

 パトラが無線機を取った。

『あに、パトラ。今忙しいんだよ。燃料漏れ起こして、消防隊が死にそうだよ。なんで、ここ二台しかないの。しかも、クソボロい旧式!!』

 パトラの無線機から、元気のいいリズの声が聞こえてきた。

「忙しいって。リズは忙しくなきゃね」

 パトラが笑った。

「私もビスコッティに連絡しよう」

 私は無線のチャンネルを合わせた。

「おーい、ビスコッティ」

『師匠、今どこですか?』

「島に一個だけある病院だよ。犬姉もパトラも元気だったよ」

『もう、探しましたよ。お仕置きはあとにして、飛行機から降りた皆さんと一緒にバスで家に移動しました。こちらは落ち着いています。どういうわけかDVDで『トップ・ガン』を見て喜んでいます』

 ビスコッティが苦笑する声が聞こえた。

「なに、トップ・ガンなんてあったの。早くいってよ、急いで帰ろう!!」

 犬姉がいきなり元気づいた。

「そういわれても、バスがくるかどうか。ってか、勝手にバス路線引いたの誰よ」

 私が苦笑した。

「うん、海兵隊の人たちが不便だからって、勝手に作ったみたい。いこうか」

 パトラが頷き、私たちは病院の玄関を出た。

 すると、ちょうどバスがきていて、一斉にダッシュしたが、私は遅かった……。

 パトラがバスの閉まり掛けた扉をすり抜け、乗れなかった犬姉があとからきた私を抱えて、バスの屋根に張り付いた。

「ここの道は未舗装で泥濘だからだから、揺れるよ。しっかり捕まってて!!」

 犬姉は私の手を自分の服の袖に押しつけた。

 ゆっくり走り走りだしたバスの屋根の上で、私は生きた心地もしなかった。

 バスが病院の敷地から出ると、派手な揺れと共にバスが軋みながら、ドッカンバッタンしながら走りはじめた。

「ぎゃあ、落ちる!!」

「大丈夫、私が落ちなきゃ落ちないから。こりゃちょっとした冒険野郎マクガイバーだね」

 犬姉が笑った。

 バスが大きくバウンドし、前輪が完全に浮いたあと、雨で川のようになった道にそのままま突っ込み、爆音とともに泥道を進んでいった。

「馬鹿野郎、マフラーに穴が開いたぞ。うるさい!!」

 バスが文字通り爆音を響かせながら、反対車線からやってきた軍用四輪車に乗り上げて踏み潰し、よく運転出来るなと妙に感心してしまった。

「馬鹿野郎、今のは交通事故だ!!」

 犬姉が叫んだが、バスはドッカンドカン暴れながら、少しは整備してある家の前に止まると、私と犬姉は屋根から下りた。

 バスの扉が開き、パトラが下りて来ると、思い切り笑われた。

「なに、屋根にしがみついてたの。二人とも泥だらけだよ!!」

「だって、トップ・ガン……」

 犬姉が私を抱えながらボソッといった。

「もう一回みればいいじゃん。スコーンもビスコッティが心配するよ。白衣が泥だらけ!!」

「……だって」

 私はため息をついた。

「あれ、師匠の声が聞こえる」

 ビスコッティが玄関から出てきた。

「うわ、泥だらけ。どこで遊んでいたんですか!!」

 ビスコッティのゲンコツが、私の頭にめり込んだ」

「……ごめんなさい」

 ビスコッティは笑みを浮かべた。

「ねぇ、トップ・ガンみてたんでしょ。もう一回見よう!!」

 犬姉が笑った時、超低空飛行で二機の戦闘機が頭上を通過していった。

「今日は戦勝サービスデーだそうです。今のはトムキャットとF-35Cの模擬空戦ですね」

「な、なんだと、トムキャット派からしたらF35なんかどうでもいいわだよ。スコーン行くよ!!」

「泥だらけだよ。せめて、シャワーしてから……」

 結局犬姉に家の中に引っ張り込まれた私は、今のソファに座った。

「スコーンさん、どこで冒険していたんですか?」

 パステルが隣に座って笑った、

「……バスの屋根の上に乗っていただけだよ。なんなの、ここのバス」

 私は苦笑した。

「屋根の上ですか、冒険してますね。さて、お渡しする物があります。なぜ、好き好んで洞窟に潜るのか。それは時々、こういう事があるからさ。見て驚くなよ。チャチャチャチャラ~」

 パステルがマクガイバーのテーマを勝手に歌詞を付けて歌いはじめた。

 部屋の隅に置いてあった岩石のようなものを、私の前の床においた。

「タダの岩石じゃないぜ。推定数百カラットのダイヤだぞ。磨いてカットして目指せ億万長者。世界最大級のダイヤだぞ。分からなかったら、私に聞け。これこそがそう冒険の醍醐味なんだ~。努力、根性、友情、どっかで聞いたが一人は辛い。そう仲間も大事♪ 失礼しました」

 パステルの声に、ビスコッティが反応した。

「ダイヤの原石。師匠、ちょっといいですか」

 ビスコッティが私の足下にあった岩石をマジマジとみて、白目を剥いた。

「師匠、これダイヤモンドの原石ですよ。これをどこで……」

「家の裏の洞窟です。今まで気がつかなかったのですが、暇つぶしにたまたま入ったら、いきなりこれが埋まっていまして、ガンガン掘ってみたら、バカでかいブツが出てきまして。こりゃ凄いお宝だって、戻ってきたのです」

 パステルが笑みを浮かべた。

「……ダイヤの鉱脈がある。まだ、色々出そうですね」

 ビスコッティの表情が変わった。

「ねぇ、パステル。冒険しない?」

「はい、いきましょう!!

 ビスコッティがナイフを除いて全ての武器をテーブルに置いた。

「おっ、マクガイバリズム。小型万能ナイフしか持たないという!!」

 パトラも軽装になると、大きく笑った。

「師匠、ちょっと出かけてきます。これは、冒険です」

「はい、冒険ですよ。スコーンさん、ちょっと出かけてきます」

 パステルとビスコッティが、目の色を変えて家から出ていってしまった。

「ビスコッティがいっちゃった……」

 私の目に涙が溜まった。

「こら、私たちを忘れるな!!」

 リズがパトラと笑みを浮かべていた。

「ほら、あっちでDVDでも見よう。犬姉がトップ・ガンしか選ばせてくれないけど」

 私はリビングだかなんだか知らない広大なスペースに置いてあるテレビで、犬姉が占拠しているDVDを見た。

 ちょうど始まるところで、なんかワクワクする曲が流れていた。

「やっぱ、このシーンだよね。これから行ってきまーすって感じで!!」

 犬姉が笑った。

「そ、そんな気軽な感じじゃないよ。格好いいけど!!」

 私は苦笑した。

 オープニングが始まると、戦闘機がエンジン排出口からオレンジの綺麗な炎を吐き出した。

「……」

「あれがアフターバーナだよ!!」

 ……聞きたいことが犬姉に通じた。

「大変なんだぞ。空母は風上に向かって全力疾走だし、無理矢理発艦してるようなもんだから!!」

 犬姉が笑った。

 戦闘機二機がドバッと離陸し、反対に返ってきた戦闘機がお腹のフックでワイヤーを引っかけて止まった。

「……」

「あれがアスレンディングフックとワイヤ。あれに引っかけて、無理矢理止めるから、制御された墜落とかいわれているんだよ!!」

 ……また犬姉に通じた。

「……これと冒険野郎マクガイバーを一緒にしたら……」

「ダメだって、何も持たずに発艦してどうするの!!」

 犬姉が笑った。

「いや、犬姉ならなんかやる……」

「出来るか!!」

 犬姉が笑った。

「ほら、攻撃魔法で……」

「えっ、出来るの?」

 犬姉が目を丸くした。

「いったでしょ、防御魔法は攻撃魔法にもつながるって。この風防ガラスを貫通して撃つことは可能だよ。今時スパローじゃ当たらないでしょ。ロックオンと同時に呪紋を唱えるだけで、氷の矢でも飛ばせば、勝手に追尾するよ!!」

 私は笑った。

「だ、だめ、原作のイメージが崩れちゃう。でも、出来るならやっちゃうかも……」

 犬姉が笑った。

 そんなアホな会話をしているうちに、主人公機が背面飛行でミグのパイロットに中指をおっ立て、記念撮影までしていた。

 慌ててミグが逃げ出し、主人公と相棒が爆笑していた。

「完璧にナメてかかってるね。実際にやったら怒られそう……」

「怒られるどころか表彰もんだよ。逃げ回るミグの前からやってきて、速度を合わせてくっついていって撮影でしょ。そりゃミグの野郎だって、なんだこいつら、まともじゃないってブレイクするよ。私でもさすがに逃げる!!」

 犬姉が笑った。

 しばらく映画は続き、俺が撃つ、邪魔くせぇどけとかやってる当たりで、いきなり主人公機の片エンジンが停止し、錐もみしながら墜落の一途を辿った。

「……」

「ジェットウオッシュでしょ。密集隊形の時起きるんだけど、前方機の排ガスをモロに食らっちゃって、エンジンが停止しちゃう事だよ。もうこうなったらベイルアウトするしかないね。まともに操縦出来ないから、逃げるしかない」

 ……また通じた。

「……あっ」

「ぎゃあ、グースが。このシーンは一番怖いから記憶に残ってる。戦闘機は逃げるのも命がけなんだよ。頸椎骨折で即死だね」

 犬姉がため息をついた。

「なんか怪しかったけど、やっぱり事故死のシーンだった。海面で浮いてるけど……怖いな」

「怖いなんてもんじゃないよ。ここはまだ味方のエリアだからいいけど、敵の地域でやっちゃうと、大人しく上空待機している救難部隊を待つしかない。簡単なレーションの他に信号弾ピストルとか拳銃とか入ってるけど、陸戦じゃ勝てないから、とにかく動くな。助けられるまでの数十分は地獄の気分だよ」

 犬姉が苦笑した、

「そっか。あーあー、主人公がヘコみまくってダメなパイロットになっちゃった。そりゃショックだよね」

「ショックなんてもんじゃないよ。辞めなかったのは、もう意地なんだろうね」

 犬姉が頷いた。

「うん、もしみんなが死んだら、辞めるのだけはない。むしろ、意地になるなぁ」

 私は笑みを浮かべた。

「そこがスコーンのいいところなんだよ。簡単に諦めないってね」

 犬姉が笑った。

「あれ、卒業式にいきなり出撃じゃん。忙しいね。あっ、いなかった主人公が出てきた」

「これからがヒートアップだよ。グースとの決別まで一直線!!」

 犬姉が笑った。

「ああ、逃げちゃった。ダメだ、後がなにをいっても聞かない!!」

「そこにグースのドッグタグ。グース、力をくれ。名言だぞ」

 犬姉が小さく笑った。

「あっ、戻った。いきなり叩き落としてるし、強いな」

「私も時には戦闘機を飛ばすけど、トップ・ガン卒のパイロットとは出来れば相手したくないな。半端ない技術だから」

 犬姉が笑った。

「ねぇ、犬姉ってなんの仕事してるの。ヘリくらいなら分かるけど、民間機を飛ばしたり、戦闘機を飛ばしたり。おおよそ、まともな仕事だと思えないけど」

「内緒だよ。まあ、戦闘機はマクガイバー的に盗んで逃げるだけの足だけどね」

「ま、マクガイバー的!?」

 私は目を丸くしてしまった。

「うん、なぜか都合のいいところに、都合がいい物が落ちててさ、それが戦闘機なら使う!!」

 犬姉が笑った。

「へ、へぇ、大変だね……」

「さて、そろそろ違う映画も見たいだろうから、みんなに譲ろう。ちょっと、付き合ってくれる?」

 犬姉が私の手を取った。

「うんいいよ」

 私は笑みを浮かべた。

 家を出るとちょうど滑走路方面の一台がきていたが、犬姉は家の前に駐まっていた小型軍用車に乗った。

 エンジンを掛けると、そろそろボロいのか、激しく咳き込みながらエンジンが掛かった。

「よし、行くよ。水温が低いからまだヒーターが効かないんだよ」

 犬姉が苦笑し、車を出した。

 スコールでもあったのか、激しい泥濘地を進むうちに車は滑走路に到着し、胴体着陸した飛行機の方に向かって車を走らせた。

「……胴体着陸したのなんて十回もないよ。正直いうと怖かったぞ。失敗したらバラバラに分解だからね」

 犬姉が元気なく、小さく漏らした。

 程なくして胴体のまま着陸し、大きく傾いた飛行機の残骸に到着した。

「みんな私の腕を信用してくれたのか、客室では大騒ぎにはならなかったって聞いてる。それはありがたいんだけど、今回はパトラの腕がなかったら、こうは綺麗に止まれなかったと思う。機体の損傷大、エンジン二機とも火災か。こりゃ、ここで解体処理だな。一機ダメにしちゃったか」

 犬姉が珍しく元気なくため息をついた、

「気にしてるの、事故だよ」

 私はそっといった。

「事故だよで、どうしても片付ける事が出来ない性格なのだよ。といっても、今回は他に手段を取れなかったからなぁ」

 犬姉が大きくため息をついた。

「そうでもないよ、みて!!」

 私は何台も接近してくる軍用トラックを指さした。

「えっ、ファン王国海兵隊じゃない。なんだろ?」

「誰も呼んでないと思うよ。すっかりお友達だね!!」

 多数のトラックが壊れた飛行機を取り囲むように集まると、下りてきた人たちが一斉に散って、飛行機にジャッキを掛ける作業を始めた」

「まさか、直すの!?」

 犬姉が声を裏返すと、これをみれば分かるダロという感じで、制服の形についているワッペンを指さした。

 そこには、本来ファン王国の紋章がついてるはずだが、なんと六芒星を象ったカリーナの校章のワッペンがついていた。

「うわ、マジでカリーナの海兵隊になった!?」

 犬姉が笑うと、その人は笑いながら壊れた飛行機に向かっていった。

「海兵隊までいる魔法学校ってなんなの!!」

 犬姉が頭を抱えた。

 飛行機の周りに集まった人たちの尽力で、傾いていた飛行機が垂直方向に立ち上げられた。

「ま、マジで直す気だ……」

 何名も飛行機に乗り込み、そのうち小さなエンジン音が聞こえた。

「APU作動させてるし、状態チェックでもしてるのかな」

「ねぇ、APUってなに?」

 私は犬姉に問いかけた。

「うん、小さなガスタービンエンジンなんだけど、この機は一番お尻についてる。これがあるおかげで、地上でも電源とかエアコンなんかが使えるんだけど、まずは機内点検でもやってるのかな……」

 犬姉がポカンとしていった。

 その間に外の隊員が無線でやり取りする様子が見られ、燃えて真っ黒になったエンジンをクレーンで下ろす作業を始めた。

「あれ大変な作業なんだよ。まして、燃えたあとだから」

 犬姉が私の手を掴んだ。

「でも、気のせいかみんな楽しそうにやってるよね。それが救いかも」

 私は小さく笑った。

「うん、仕事じゃなくて仲間としてって感じだもんね。あ、二番エンジンが外れた」

 飛行機のエンジンの片側が外れ、続いてみんなは反対側に有るもう一機のエンジンを外し、様子を見ていた。

「これでエンジンが無事に載るか。魔力エンジンだから、よほどの事がなければ平気なんだけど……」

 調べながら掃除をしていた人が指でOKサインを出した。

 同時に、ギアダウンしたらしく、主脚と折れて消し飛んだ前脚が出た。

「主脚は大丈夫そうだね。恐らくセンサーの故障でグリーンがつかなかっただけだと思う。前脚はどうかな。丸交換だよ」

 犬姉が苦笑した。

 そのうち大型トラックがぞろぞろとやってきて、大仕事が始まった。

 何台ものクレーン車で新しいエンジンを取り付け、プロペラを装着し、新しく左右のエンジンがつくと試運転のためか、ジャッキの高さを上げて主脚が宙に浮いた。

 全員が離れると、エンジンが始動して軽くプロペラが回転をした。

 そこでエンジンを止めて、今度は前脚の修理が始まった。

 壊れて使い物にならない古い前脚を外し、新しい主脚が取り付けられた。

「犬姉、直っちゃったよ」

「うん、ビックリした……」

 犬姉がポカンとして呟いた。

 そのままでは移動も出来ないので、見たこともないようなトーイングカーが前脚を乗せ。滑走路の上に正しい方向を向けた。

「ちょっと待ってろ。まともに飛ぶか検査飛行だ」

 大勢集まった中から一人が近寄ってきて、私たちにいった。

「あの、操縦なら私が……」

「それはまだ早いな。検査飛行が終わって問題がなかったら、引き渡ししよう」

 おじさんはニヤッと笑みを浮かべ、ステップが下ろされた飛行機に乗っていき、ステップを格納した。

「試験飛行だって、上手くいけばこの機で帰れるよ」

 私は笑みを浮かべた

「そうだね、毎回同じYSを使ってるから、私だって愛着があるしね」

 犬姉は小さく息を吐いた。

 目の前で飛行機のエンジンが始動し、二つのプロペラを豪快に回して滑走を開始し、そのまま飛んでいった。

 頭上を何回も旋回し、ついには夜明けを迎えた時、飛行機が滑走路に降りてきた。

 そのまま駐機場に向かったので、私と犬姉は慌てて車であとを追った。

「よし、問題ない。エンジンが新しいから、前より良くなったんじゃないか?」

 機内格納のステップを下りてきたおじさんが笑った。

「その、なんていうか、ありがとうございます。こんな大仕事……」

 犬姉が頭を下げたので、私も頭を下げた。

「なに、敵相手にマシンガンをぶっ放すより楽な仕事だ。困った事があったら、いつでも呼んでくれ」

 実際、犬姉に聞いたら一ヶ月どころじゃない仕事を、たった一晩ちょっとで片付けてしまったようだ、

「信じられないよ。スコーン、あり得ない光景を見たと思ってね」

 犬姉が小さく息を吐いた。

「あれ、元気ないね。こうしてあげる」

 私は犬姉の唇目がけてキスをした。

「……嬉しいな」

 犬姉が目から涙を流した。

「なに、足りないの?」

 私はもう一回キスをした。

「どう?」

「うん、落ち着いた。私だって、女だぞって気になった」

「私は女の子だよ。男の子じゃないと!!」

「男は嫌いじゃ!!」

 犬姉が笑った。


 駐機場から帰ろうとしたら、車のエンジンが掛からなくなっていた。

「ありゃ、魔力交換機かな。そろそろガタがきてるからなぁ」

 犬姉がボンネットを開けて、中の点検を始めた。

「工具はあるよ」

 後部座席の下にしまってある工具箱を取り出すと、私は犬姉相手にマイナスドライバーを取り出した。

「魔力交換機は簡単に触れないように、しっかりカバーが掛けられているからね。私がやるよ」

 犬姉に変わり、私は危険な魔力交換機のカバーを外した。

「こりゃ痛んでるね。もう変えないとダメだよ。もう少し頑張れるけど……」

 私はバッテリのプラス端子を外して魔力交換機に繋ぐと、マイナス端子も魔力交換機の端子に繋ぎ、元通りカバーを閉めた。

「バッテリが生きれていれば、バッ直で起動するはずなんだ。ちょっと怖いから、離れていて」

 犬姉がポカンとしながら、車との距離を空けた。

 私がキーを捻ると、問題なくエンジンが掛かった。

 ボンネットを閉じると、魔力交換機が発する焦げ臭いニオイが漂った。

「犬姉、もう大丈夫だよ。急いで帰ろう。この焦げ臭さだと、長持ちしないから」

「わ、分かった。私より詳しいな……」

 犬姉が助手席に座ると、私はアクセルペダルを踏んで、小型軍用車を駐機場から出した しばらくしてヒータを入れると、オーバーヒート寸前だった水温が下がった。

「暑いけど我慢して。オーバーヒートしちゃう!!」

「分かった、いい加減ボロいな……」

 犬姉がノートの紙を破り、『要修理』と書いた紙をダッシュボードの上に乗せた。

 ここから先は、酷い沼地のような悪路を登っていく事になる。

 私は慎重にルートを選び、なるべくエンジンに負荷が掛からないルートを探りながら登っていった。

「小手先の応急処置じゃダメか。魔力交換機が私たちの魔力を吸収出来なくなってる。このままじゃ止まっちゃうから、適当なところに駐めて、燃料を入れないと。軽油のニオイがしたから、後部座席のジェリ缶に入ってるかな

 私はちょうど坂を登り終え、安定した地面につくと、魔力交換機のヒューズを抜いた。「これで最悪の爆発する事はないよ。あとは、燃料モード……あった」

 ハンドルを通す筒の下にあるレバーをオフからオンに変え、エンジンを掛けた。

 滅多に嗅がない排気ガスの漂う中、私は燃料計を見た。

「やっぱりエンプティに近いね。燃料補給するから待ってね」

 私は一度エンジンを切り、給油口の蓋を開くと、ここだけはしっかり満タンのジェリ缶から燃料を補給した。

「よし、満タン。いこうか」

 私は空になったジェリ缶を後部座席の下にいれて、再びエンジンを掛けた。

「スコーン、詳しいね。私が負けるなんて……」

 犬姉が驚きの様子を見せた。

「王都の研究所で覚えた暇つぶしだよ。車一台分ダメにして、丁寧に組み上げたんだよ。だから、詳しいかもしれない」

 私は笑って、再び次の坂に挑んだ。

「本当は魔道エンジンより、ディーゼルエンジンの方がこういう坂には向いているんだよね。低速の粘り強さは、高速走行が得意な魔道エンジンじゃ出せないから」

「……メモしておこうかな」

 犬姉が頭を掻いた。

 こうして、いくつもの泥坂を越え、私たちは家に帰った。

「師匠……あれ?」

 家に帰ってビスコッティの真似をしてみたが、ビスコッティとパステルはまだ戻っていないようだった。

「いつまでやってるんだか。犬姉は車を帰しにいったし、ビオラはどうしてるかな」

 私はピーちゃんと話していたビオラを探した。

 火が消えている暖炉のところにあるテーブルでお茶を飲みながら、ビオラが私に気がついた。

「あっ、お帰りなさい。随分遅かったですね」

「うん、あの飛行機を直してもらっていてね、かなり時間が掛かったけど、元通り飛べるよ」

 私は笑みを浮かべた。

「そうですか、帰り道がないのでは大変だと思っていました。これで安心しました」

「そういうビオラこそ寝なくて平気なの。ハンモックは苦手?」

 私が問いかけると、ビオラは首を横に振った。

「いえ、その様なことではないのですが、無線で私の国に様々な指示を出していたもので。国政が滞ってはいけませんので」

 ビオラが笑った。

「そういえば、ビオラはもう女王なんだよね。こんな喋り口しか出来ないから、失礼だけどゴメンね」

「いえ、構いません。父王がそのまま国王を引き継ぐか、私にあとは任せるか、それすらわからないので」

「じゃあ、聞いてみたら。その方が早いよ」

「聞ければ聞いています。それは、王族としてやってはならぬ事なのです」

 ビオラが笑った。

「そうなんだ、色々面倒だね」

「はい、もう慣れていますけれどね」

 ビオラが笑った。

「そっか、私も眠くないんだよね。ここ温かいから、寒さに慣れた身には暑すぎるんだよね」

 私は笑った。

「ここはいい気候でいいですね。私の国は、夏でも涼しいので、ここは温かくて気持ちいいです」

 ビオラが笑った。

「ここは一応私の島なんだけど、半分はファン王国海兵隊の演習所に貸してるんだ。なにもないのは寂しいから、今度は遊園地でも誘致しようかと思っちゃうよ。もっとも、希少な魔法薬の材料があるから、今のままがいいのかなって思ってる」

 私は笑った。

「スコーンさんの島なんですね。いい場所だと思ったのですが、なるほど分かりました」

 ビオラが笑った。

「ピーちゃんから貰ったんだけど、困っちゃって。ボチボチ、開発している最中だよ」

「あの、ずっと気になっていたのですが、私が手枷までされて墜落した理由は聞かないのですね」

 ビオラが小さくため息を吐いた。

「私の主義だよ。話したくなるまで、聞かないって」

「はい、そうですか。私は禁止薬物の製造の濡れ衣を着せられて、極刑に処される運命だったのです。なんとか隙を見て、ファン王国の王都を目指したのですが、行き過ぎてしまったようです。慣れない事をするとこうなります」

 ビオラが小さく笑みを浮かべた。

「禁止薬物の製造ね。……パトラ、どうせ聞いてるでしょ。どんなのだった」

 私が声を掛けると、もう眠気が飛んでやる気満々のパトラが笑った。

「それがさ、どうやってもファン王国じゃないと手に入らない材料ばかりの、薬師が見れば嘘っぱちのヘボ薬でさ。本物送ってやろうかって思ったよ。ちなみに、ただの下剤だよ。禁止されたら困るね!!」

 パトラが笑った。

「はい、お話を伺った時、私は下剤のために命を落とすところだったと、逆に笑ってしまいました」

 ビオラが小さく笑った。

 その時、地鳴りのようなリズのいびきが聞こえてきた。

「ありゃ、ご機嫌斜めかな。リズって、機嫌が悪いといびきがうるさくなるんだよ。それに、絶対起きてる」

 パトラは笑って、ハンモックから出ているリズの手に、大量のマスタードを塗った。

「なに、なんか用?」

 リズはハンモックの上に身を起こし、マスタードたっぷりの手で目をゴシゴシした。

「ん、ぎゃあああ!?」

 リズが悲鳴を上げ、ハンモックから転がり落ちた。

「パトラ、今のは酷いよ、ダメだよ!!」

「いつもの事だから問題ないよ。あとは……」

 パトラがリズに首輪を付け、パトラがリードを引っ張った。

「ほら、朝の散歩」

「ち、違う、目が、目がぁ~」

 結局、リズはパトラに引っ張られて、家の外に出ていった。

「……コホン、今のがリズでパトラは助手ね。時々、共同研究とかやってるよ。私の助手はビスコッティとパステル、マルシルとキキが常勤で、時々顔を出すのがクランペットね。変わった連中ばかりで面白いよ。犬姉とアリサは警備隊所属だから、厳密にいうと別の所属なんだ」

「そうなんですか。皆さん仲良しなので、同じ部屋の方だと思っていました」

 ビオラが頷いた。

「魔法研究者同士で仲良くなるのは珍しいんだけど、リズはいい人だし、パトラはうちのキキに魔法薬を教えてもらってる。魔法使いなんだけど、パトラほどレベルが高くなると薬師って呼ぶのが普通だね」

「はい……我が国は魔法とは縁が遠いのです。時々資質がある者が生まれる事がありますが、ファン王国ほどではありません。攻撃魔法などは縁が遠い話です」

 ビオラが苦笑した。

「なるほど、ごめんね。話ながら相手の魔力と守護精霊を読むのが癖になってるんだよ。そうしないと、いきなり攻撃を食らった時に反撃出来ないから。ビオラの魔力だと魔法は使えないけど、守護精霊は炎だよ。覚えなくていいから、適当に聞き流して!!」

 私は笑った。

「あの、守護精霊とは?」

「この世界にあるものには四大精霊が宿っているんだけど、ビオラは炎のサラマンダーだね。この特性が分かれば、自分がどの精霊の影響を受けているか分かるんだよ。魔法が使えないなら、その程度だって思ってね」

 私は笑みを浮かべた。

「そうですか……。あの、どうしても魔法が使えませんか?」

「即答で申し訳ないけど、ビオラがは魔法を使えないよ。魔力って生命力から生まれるんだけど、これは生来のもので、努力と根性で増やせるものじゃないんだよ。これが足りないとなると、どうやっても魔法は使えないからね」

 私は頷いた。

「そうですか……残念です。派手にドカンとやりたい時もあるんです。結構ストレスが溜まるので」

 ビオラは笑った。

「そういう攻撃魔法の使い方はダメ。専門が攻撃魔法だからうるさいよ」

 私は笑った。

「魔法より難しいけど、基本的に材料があれば出来る魔法薬なら、ビオラでもある程度いけると思うよ。少ない魔力でもなんとかなるから」

 私は笑みを浮かべた。

「魔法薬ですか。難しそうです」

「うん、私は難しすぎて手出ししてないし、材料が高くて手が出ないのもあるね。パトラが薬師だから聞いてみるといいよ」

 しばらくして真っ黒焦げのパトラと、機嫌が悪そうなリズが帰ってきた。

「少しだけ話が聞こえたよ。魔法薬作るの?」

 パトラが笑みを浮かべた。

「魔法薬ねぇ……なるほど、考えたね。魔法が使えないなら、そこそこの魔法薬で対応しようってか。難しいよ」

 リズが笑った。

「はい、スコーンさんにどうしても魔法はダメといわれてしまって、魔法薬ならあるいはとお聞きしたのです」

 ビオラが笑みを浮かべた。

「そっか、魔法よりは敷居は低いけど、それは魔力の話だからね。ビオラの魔力だと擦り傷程度を治せる簡単な魔法薬しかつくれないかもね。守護精霊はなに?」

「はい、スコーンさんに炎とお聞きしています」

 ビオラが真剣な表情になった。

「よかった、守護精霊が炎で。他の精霊だと引っ張る力が弱いから、上手く出来ない事が多いんだよ。滋養強壮剤とか傷薬とか解毒剤も作れるかもね。でも、材料があっての事だからね。材料屋で買うのが早いけど、高いのが欠点なんだよね。だから、自生している魔法薬の材料は自分で集めるのが基本だよ」

 パトラはハンモックの使われていないエリアを片付け、空間を引き裂いてお手軽サイズの魔法薬精製装置を取り出した。

「まずは、炎の特性でどこまで伸びるか試してみよう。この中には材料が四つ入ってて、 上手くいくと、一般的に呼ぶと傷薬が出来るから。まずは試験みたいな感じだと思って、気合いは入れないように。魔力は自然に集積されて、結果はすぐ出るから。この箱の上に右手をかざして、目を閉じて静かにしてね。ビオラ、準備はいい?」

「はい、いつでも。この箱に手をかざせばいいのですね」

 ビオラはパトラの箱に手をかざし、ゆっくり目を閉じた。

 途端に箱の中で変異が始まり、魔力限界線と書かれたところまで透明な薬液が出来上がった。ビオラが大きく息を吸って吐き出すと、魔力限界線を越えて薬液がさらに混ざって段々薄緑色の液体が出来上がり、箱の外に薬瓶が放り出された。

「はぁ、どうでしたか……」

「だから、力入れちゃダメ。疲れるだけだから。おめでとう。今までやった事ないなら、これが初の魔法薬だね。傷薬だよ!!」

 パトラが先ほど箱から取り出された薬瓶を、ビオラに渡した。

「これを、私が?」

 黄緑色に光る薬瓶を見つめるビオラに、パトラは笑った。

「かなり守護精霊が引っ張る力が強いね。実魔力の四倍も引き出したよ。これなら色々出きるよ」

「そうですか。そんなに……」

 ビオラが笑みを浮かべた。

「まあ、やるなら魔法薬だね。国に薬師くらいいるでしょ?」

「はい。魔法使いは希ですが、薬がないと困るので、薬師はたくさんいます」

 ビオラが頷いた。

「分かった。お国のお偉いさん専門の薬師とは仲がいいから、紹介状を書くよ」

 パトラはテーブルにいって紙になにやら記し、滅多に使わない自分の名前が彫られた刻印を押し封筒にいれ、さらに封印として二カ所封筒に刻印を押した。

「これがあれば断れないよ。戻ったらやってみて」

「はい、ありがとうございます」

 ビオラは封筒を丁寧に鞄にしまい、小さく笑みを浮かべた。

「さて、朝ご飯の時間だけど、ビスコッティとパステルはまだ帰ってこないの?」

 リズに聞かれて、私は首を横に振って苦笑した。

「さすがに心配だね。探しにいく?」

 リズが聞いてきた。

「どこの洞窟かも聞いていないし、お宝を抱えすぎで動けないんじゃないの。ったく」

 私は苦笑した。

「そりゃいいね。そういや、ダイヤの原石はしまったの」

「うん、原石とはいえお宝だからね。魔法で研磨まで出来るんだけど、そのあとがどうしたもんだか」

 私は苦笑した。

「あの、どのくらいのサイズだか忘れてしまったのですが、今お持ちですか」

 ビオラが問いかけてきた。

「うん、これだよ」

 私は空間に裂け目を作ると、重いダイヤの原石を引っ張り出した。

「よっと……」

 私は巨大なダイヤの原石を取り出した。

「ダイヤの場合、原石というより母岩といって硬い岩に張り付いた形で発掘されるのです。これはまさにその状態で、どうやって掘ったのか……」

「パステル隊長だもん。なんだって出来るよ!!」

 私はパステル隊長の謎の力をよく知っていた。

 冒険に限るが、必要な時に必要なものを持って、飛び込んでくる能力は、ビスコッティにすらない特技だった。

「いえ、まずは破砕機にかけて余計な岩を取り除くのです。そこから、ダイヤのカットに入るのですが、これが職人技なんですよ」

 ビオラが笑った。

「そうなんだ。カリーナに帰ったら、ビスコッティかリズに相談してみよう。このままでも綺麗だけど、せっかくのお土産だもんね。ちゃんとした形にしよう」

「オススメはブリリアントカットにして、ペンダントですか。大きすぎて指輪にしてしまうと邪魔になってしまいますので」

 ビオラが笑った。

「いいなぁ、スコーンだけが豪華になっていくよ。リズ、私たちも掘りに行こう!!」

「あのね、そう簡単に出てきたら苦労はしないの。スコーン気をつけてね。コイツ、光り物に興味持つから」

 リズが苦笑した。

「そうなの、気をつけよう……」

「スコーン、リズはオーバーにいってるだけだから!!」

 パトラが笑った。

「よくいうよ……。それにしても、二人とも帰りが遅いね。お宝ごっそりかな」

 リズが苦笑した。

「そうだね、いい加減にしろって無線入れてみる」

 私は小型無線機を白衣のポケットから取り出した。

「こら、ビスコッティ。いつまで遊んでるの!!」

『あれ、師匠だ。うげっ、もう朝です。パステル、帰りますよ!!』

『あっ、本当ですね。名残惜しいですが、ここらで引き上げましょう』

 パステルの声が聞こえ、空間に裂け目を作った時に起きる独特の音が聞こえた。


 アキちゃん、アキちゃん。ビスコッティの事怒っていいの? 楽しそうだからなにもいえないよ。じゃあ、いつも通り迎えてあげるといいよ。今のビスコッティは、やっちゃったって、頭の中で大騒ぎしてるから。なら放っておこう。それが一番効くから。ビスコッティです、師匠のご機嫌取りをお願いします。こんなはずでは……。警告:それは本編に関係するため、引き受けられません。ああ、アキちゃんのなんかが鳴った。引き受けられません。って、あわわ!? だって。テンパってるねぇ。これがお仕置きだからいい。ビオラです。楽しそうな仲間たちですね。本国に帰るのが悲しいです」

 ビオラが笑った。

「こら、ちゃんと帰って仕事しなさい」

 私は笑った。

 その時、玄関の扉が開き、ビスコッティとパステルが飛び込んできた。

「師匠、ごめんなさい……」

 ビスコッティが息を吐きながら、しょんぼりしてしまった。

「お宝取れたの?」

 私は笑みを浮かべた。

「はい、ダイヤが山ほど……」

「スコーンさん、この島はお宝の山ですよ。みんなには秘密です」

 パステル隊長が満面の笑みを浮かべて、外を指さした。

「バレないように、トロッコではなく、トラックで運び出して来ました。朝食の準備をしていますので、ご自由にご覧下さい」

 パステルが元気にキッチンに向かった。

「ま、まあ、せっかくだから見ようか。リズ、解説お願い!!」

「ほう、プロに仕事を依頼したな。いくら出す? なんてね!!」

 リズが笑った。

 家の前に駐められていたトラックの荷台に乗ると、リズがにやけた。

「ほとんどダイヤじゃん。ピンクとイエローまである。このトラック一台で。そこそこいい暮らしで遊んでいられるよ。こんなのドバドバ出てきたらビスコッティだって、頭がおかしくなっちゃうよ。だから、怒らないでね」

 リズが笑みを浮かべた。

「怒るつもりだったら、とっくに怒ってるよ。ずいぶん掘り返したこと!!」

 私は笑った。

「でも、これでパステル隊長の遊び場が増えたね。いつも退屈そうにしてたから、心配していたんだよ」

「うん、冒険好きだけど、この環境じゃなかなか機会がないからね」

 私は苦笑した。

「資格を持ってるプロの冒険者なんでしょ。狩猟許可も同時にもらえるから、桜獅子でも狩ってくるかな。肉食だから、そのまま食べても不味いけど、いい出汁が出るんだ。確か、スコーンも狩猟免許持っていたよね。

「うん、うちの研究チームは全員持ってるよ。私は両親に連れられて、山に熊狩りに出ていたよ。死ぬかと思ったけど!!」

「熊は怖いよ。イノシシも実は危ないんんだけどね。安全な狩りなどない!!」

 リズが笑った

「ん。今回のお詫びです。私のお気に入りです」

 お宝の間に挟まるようにして、パステルの筆跡の紙と銃剣付きのAK-74が置いてあった。

「あれ、気にしちゃったんだ」

 私は笑ってAK-74を手にした。

「今時銃剣装備可能ってのがいいよね。狙撃手だって、至近距離だって戦う時は戦うから!!」

「へぇ、撃つだけじゃないんだね」

「だったら楽なんだけどね。ついに、スコーンも狙撃銃を装備したじゃん!!」

 リズが笑った。

「あの、師匠。怒っています?」

 あまりに長い時間トラックにいたせいで、どうにも心配になったらしく、ビスコッティがやってきた。

「怒ってないよ。パステル隊長から、お詫びだってもらった!!」

 私は銃をビスコッティに見せた。

「ちょっと待って下さい。これドラグノフSVDじゃないですか。師匠が狙撃銃なんて十年早いです。よこしなさい!!」

 ビスコッティの言葉に、リズが笑った。

「ほら、取られそうになってる。狙撃銃なのに着剣してるのがいいよねぇ」

 リズが笑った。

「ほら、あめ玉あげるからよこしなさい。射程六百メートルですよ。そんなの撃ってどうするんですか!!」

「ダメ、パステルがくれたものだもん。よく見ると、銃剣も格好いいな……」

 私は年代物とすぐに分かった、銃剣に触れた。

「師匠、ダメです。私が使っても真価が発揮できるかどうか分からない、難しい銃なんですよ。アリサあたりは喜ぶでしょうが、リズも欲しいでしょ?」

「そりゃ欲しいけど、これでスコーンから取り上げちゃったら可哀想だよ」

 リズが苦笑した。

「あの、狙撃って大変なんですよ。私が……」

 いつの間にか家から出てきていたアリサが、頬を赤らめて私の銃を指さした。

「バカ者、銃に初恋するな!!」

 犬姉がすっ飛んできて。アリサの頭にゲンコツを落とした。

「みんな珍しいから欲しいだけでしょ。人の銃をパクらない!!」

 犬姉が笑った。

「そういえば、犬姉。みんなで猟にでようかって話になってるよ。これでも、昔は熊撃ちで暴れたんだから!!」

 私は銃を取られないようしっかりキープしながら、集まってきたみんなにいった。

「それでドラグノフ……。師匠、それ欲しいです!!」

「ダメ。普通のライフル持ってるでしょ!!」

 私は笑った。

「ああ、ちなみに狩るのは桜獅子だから。ラーメンの出汁にすると美味しいんだよ」

「リズ、あれ危険だよ。外したら突っ込んでくるから。普通に鹿とかにしたら?」

「鹿ねぇ、ここの気候が分からないから難しいんだよ」

「鹿ならたくさんいるよ。温かいせいか、いつでもたくさんいるね」

「じゃあ、鹿にするか。癖があるけど、パトラに料理させれば美味しくできるからね!!」

「あの、私も出来ますよ。冬ごもり前の、貴重な食材なので」

 起きだしてきたマルシルが、笑みを浮かべた。

「よし、面白くなってきた!!」

 リズがトラックの荷台から飛び下り、私は銃を取られないように空間ポケットにしまって、トラックの荷台から飛び下りた。

「猟に行くなら、早く支度しようね。今日一日は遊べるよ」

 リズが笑った。

「遊んじゃダメだよ。食べるだけ!!」

 私は苦笑した。

 家に入ると、あんまり寝ていないはずのパステルがみんなのハンモックのずれを直し、マルシルとキキが朝ご飯を作っていた。

「パステル、マルシルとキキ。これから鹿狩りに出るんだけど、どう?」

「はい、行きます。この時期でも大丈夫なんですね」

 まずパステル隊長が声を上げた。

「はい、私も行きたいですが、銃を荷物に積み忘れてしまいました。弓で良ければぜひ」

 マルシルが笑った。

「おっ、面白いね。キキは?」

「はい、未経験ですが。武器が拳銃しかないのが困りものです」

 キキが苦笑した。

「銃ならお貸ししますよ。これなど……」

 パステルが、空間の裂け目に手を突っ込み、中から変わった形の銃を取り出した。

「わ、ワルサーWA2000!?」

 違いが分かる人たちが反応した。

「お、お姉ちゃんあれ買って。世界で百七十六丁しかないの、だから買ってぇ」

 ……リズが壊れた。

「ダメでしょ、他にも一杯持ってるんだから。もう、この子は」

 私はあめ玉をリズの口に放り込んだ。

「師匠、全額キャッシュで買っていいですか!!」

「ダメ、みんな欲しくなっちゃうからダメ!!」

 ビスコッティのケツに蹴りを入れて、私は黙らせた。

「そんなに凄い銃なんですか……。ありがたくお借りします」

「なに、眠いんだけど……ん、そ、それって!?」

 眠そうにしていた犬姉が、銃ごとマルシルを抱きしめた。

「そ、そんなの持ってたの。早くいってよ!!」

「い、いえ、今お借りしたばかりで……」

 びっくりした様子のマルシルが、どうしていいか分からない感じだった。

「そういえば、狩猟に行くんでしょ。私は免許持ってるし、問題ないでしょ」

 犬姉が笑った。

「はい、私も持っています。必要な時があるので」

 アリサが笑みを浮かべた。

「私の免許はこの国では無効ですよね」

 ビオラが苦笑した。

「いや、あれは冒険者の資格と同じで、世界どこでも有効だよ、持ってるんだ」

 犬姉が笑った。

「はい、時々やっていました。それほど腕は良くないですが」

 ビオラが頭を掻いた。

「なるほど、いっちゃ悪いけどいう王族の暇つぶしか……」

「そうですね。そういわれてしまうと否定出来ません」

 苦笑する犬姉にビオラが困ったような声で、頭を大きく掻いた。

「犬姉、それは言いっこなしだよ。ゴメンね!!」

 リズが笑った。

「いえ、事実は事実です。ここではちゃんと食べますので、安心して下さい」

「無駄に殺していたんですか。それは、いけない事です。その代わり、ここではちゃんと食べて頂きます。美味しくしますので」

 パステルが笑みを浮かべた。

「私は身分証明のために取ったようなものですし、下手くそですが参加します」

 キキが苦笑した。

「結局全員か。アリサは警備だし、さっそくいくか」

 犬姉が「要修理」と書いた車に乗って、ガラガラと派手なエンジン音を響かせながら、家の前にあるバス停に向かった。

「こうしておけば、バスの運ちゃんが勝手に回収して修理してくれるから。さて、狩りにいくぞ。家の裏の森でもたくさん動物の気配を感じるから、なにか獲れると思うよ」

 犬姉がライフルを担いで笑った。

「このゾワゾワする感覚、生き物の気配だったんだ。風邪でも引いたかと思ったよ」

 私は苦笑した。

「し、師匠、この気配を感じ取れるんですか!?」

 ビスコッティが驚きの声を上げた。

「あのね、気配も分からずに、どうやって攻撃魔法を使うの」

 私の返しに犬姉が笑った。

「そりゃそうだ。それじゃ、えっと……」

 犬姉が市販の地図を開こうとした時、パステルがさっと犬姉に地図を渡した。

「これが正確な地図です。!マークを付けたところは、有毒な毒ガスが溜まっているところや、危険箇所なので近寄らない方がいいです」

 パステルが笑みを浮かべた。

「こりゃ、パステル隊長に先頭を譲った方がいいかな……」

 犬姉がパステル隊長を先頭に回した。

「分かりました。それでは、皆さんはぐれないように」

 パステルが鉈で山の茂みを切り払いながら、私たちのペースに合わせて歩き始めた。

「あの、どんな場所がいいんですか?」

「うん、水場がある場所がいいんだよね。森深くでもいいんだけど、撃ちにくいから「

 犬姉の言葉にパステルが頷いた。

「それでは、どう考えても不自然な場所にある湖にいきましょう。あそこなら、大物も狙えるかもしれません」

「……私が作ったやつだ」

「師匠、あれほどぶっ壊すなといっておいたのに!!」

 ビスコッティの左平手が飛んできた。

「……だって、なにもないんだもん。湖くらいいいじゃん」

 私がモジモジしていると、ビスコッティが小さく息を吐いた。

「アハハ、スコーンもやるねぇ。なかなかのデカさだよ!!」

「ちなみに、作ったのはアルテミスだよ。最近みないけど、どっかいっちゃたのかな」

「ああ、アイツがやったのね。どうも派手だと思ったんだよ。月の軌道がおかしいからって、神に戻って直しに月にいったよ。早くても数百年は帰ってこないと思う。その頃には、とっくにあたしたちなんて死んでるよ!!」

 リズが笑った。

「そうなんだ。挨拶くらいしたかったな。クランペット、生きてる?」

 私は最近姿を見せない、クランペットに声を掛けた。

「今はピーちゃんがいないから話せますが、城の資料室から師匠の研究分をごっそり引き抜く作業をしています。あんな極秘ファイルを残したら大変な事になります」

「そうだね、魔力反転爆弾とか気楽に作って使われたら、王都くらいの街でも一発で廃墟になっちゃうからね。他にも色々あったな……」

 私は苦笑した。

「たくさんありますよ。あまりに酷いものは、私が勝手に捨てていたんです。冗談ではありません」

 ビスコッティが、私のお尻を蹴り上げた。

「あ、あのさ、ムカついてきたのは分かったから、蹴らないように」

「あっ、思い出してしまいましたか。ごめんなさい」

 ビスコッティが頭を下げた。

「それについては、もうなにもいわないって約束でしょ。いっそ、景気よく研究所なんか吹っ飛ばないかな!!」

 私は笑った。

「うーん、やれば出来るけど、あとを考えたらやめた方がいいよ」

 犬姉が笑った。

「冗談だよ。あれはあれで必要だから。おっ、ちょっと待って……」

 犬姉の声に、私たちは声を収めて、正面方向をみた。

「……ウサギじゃん。あんなのも獲っちゃうの?」

「……うん、大物ばかりが狩りじゃないよ。よっと」

 犬姉は猟銃を構えて、引き金をひいた。

 周辺の木々から鳥が飛び立ち、犬姉が狙ったウサギはそのまま地面に倒れた。

「よし、晩メシ確保。結構美味しいよ」

 犬姉が笑みを浮かべた。

「なんか可哀想だな……」

 私は立ち上がり、小さく息を吐いた。

「それは偽善だよ。普段食べてる牛とか豚が食べられなくなるよ」

 犬姉が私を抱きしめた。

「……いい子だから、ちゃんと勉強しなさい」

「……うん、そうする」

 犬姉が笑みと同時に私の肩を叩いた。

 犬姉が撃ったウサギを縛って担ぎ、パステルが先頭で歩き始めた。

「おっ、カモシカ!!」

 ちょうど沢に出ると、崖の反対側に、変わった柄をした白い動物がいた。

「珍しいなぁ。崖に住む変わったヤツだよ」

 犬姉が笑った。

「あれは撃たないんだ」

「希少種に指定されていて、狩猟禁止だよ。そうじゃなくても、こんな崖を登れないから、端から撃つ気はないよ。珍しいから眺めてるだけ」

 犬姉が水筒から水を飲んだ。

「へぇ、珍しいんだ。確かに、崖の上で器用に歩いてる。変わった動物だね」

 私は魔物・動物ノートを取り出すと、空きページにさっとスケッチした。

「おや、いい趣味だね」

「うん、カメラは壊しちゃうから、スケッチにしてるんだ。こんなもんか」

 私はスケッチを終えると、ノートを鞄にしまった。

「さて、いくか。日が暮れちゃうと、狩猟どころじゃないから」

「はい!! 皆さんついてきてください!!」

 パステルが元気に歩きだし、私たちはぞろぞろとついていった。

「ん?」

 森の中を見ていた犬姉が声を上げ、ハンドシグナルで身を低くしろと指示を出してきた。

 ここから少し離れた場所にある灌木の枝葉を食べながら、大きな鹿の群れが休んでいた。「……子鹿が群れから出たら、チャンスだからね。スコーン、射撃準備」

「……えっ、子鹿なの。分かった」

 私は生まれて初めて持った、狙撃銃のスコープを覗いた。

「……出た。撃って」

「……距離三百メートルくらい。本当に大丈夫?

 返事の代わりに犬姉が私の肩を軽く叩き。軍用のゴツい双眼鏡を目に当てていた。

「……あっ、また入っちゃった。群れから子鹿が飛びでた時、間髪入れず撃って」

「……これは、神経が疲れるね」

 私はそっと銃を構え、スコープを覗いたままにした。

「……よし、出た。狙いは大丈夫?」

「うん、大丈夫」

 私は狙撃銃の引き金を引いた。

 銃声が山間にこだました。

 私が撃った子鹿は、弾丸が足に当たったようで、動くに動けないという感じで、その場に倒れた。

「……もう一発、頭を狙って。まだ元気がいいから、危なくてナイフじゃトドメを刺せない」

 犬姉がいつになく真剣な声でいった。

「……頭か。この!!」

 私は伏せ撃ちで引き金を落とし、倒れた鹿にトドメを刺した。

「はい、お疲れさん。あとはこっちでやるから、休んでて」

 犬姉が笑って、ビスコッティとリズと共に、私が倒した子鹿になにやらやり始めた。

「これが狩猟、これが狙撃か……これは、かなり気合い入れないと」

 私は苦笑して、狙撃銃をセーフティにした。

「スコーンさん、大丈夫ですか?」

 心配顔のパステルが顔を覗かせた。

「大丈夫。ちょっと疲れただけだよ」

 私は小さく笑った。

「そうですか。ならばいいのですが。鹿を運ぶ準備が整ったようです。家に帰りましょう」

 パステルが笑みを浮かべた。


 森で獲ったウサギと鹿を、キッチンでパステルとマルシルが捌いて料理をする中、私は食卓の椅子に座って、さっき初めて使った狙撃銃をマジマジと見つめていた。

「あれ、ドラグノフは気に入らなかった?」

 リズが笑って隣に座った。

「まさか、そんなに選べるほどの経験がないよ。でも、重たいね」

「まあ、古い銃だからね。人によってはストックに穴を空けたりして、自分好みの銃に改造するのが当たり前の世界だからね。どれ、貸して」

 リズが私のドラグノフを持った。

「うーん、好みにもよるけど、ノーマルはやっぱり重いね。スコープはそこそこいいヤツがついてるけど、旧式は旧式だね。最新型がいいとは限らないけど、スコープは拘った方がいいよ。コイツの命だから!!」

 リズがパトラを蹴飛ばし、パトラがむくれた顔で空間の裂け目を作り、中からなにやら機械を取り出した。

「これが、あたしのお気に入りのスコープだよ。暗視装置付きだから昼も夜も使える。ちょっと待って!!」

 リズがそのスコープを私の銃に取り付け、時折覗いては微調整していた。

「引き金を引く力も調整可能だよ。競技用なんて、フェザータッチっていって、鳥の羽根が落ちただけで引けちゃうっていわれるくらい、徹底的に軽くする人がいるけど、これは実用だからね。ここはノーマルでいいか。スコープを覗いてみて!!」

 リズにいわれ、私はスコープを覗いた。

 緑がかった中に十字線が刻まれ、確かにいい感じで狙いやすかった。

「これいいね。買ったら高そう……」

「まあ、正直安物ではないけど、気に入ったならあげるよ。なかなか入荷しなくて、そこが玉に瑕なんだけどね」

 リズが笑って、パトラのケツを思い切り蹴り飛ばし、そのまま家のハンモックエリアに座ってなにか始めた。

「師匠……あれ、もうカスタムですか。生意気です!!」

 ビスコッティが笑った。

「うん、なんかリズがスコープくれたよ。昼夜共用タイプみたいで、見るからに高そうなんだけど」

「はい、高級品です。私も持ってないですよ。欲しくて注文してるんですけどね。ちょっと貸して下さい」

 ビスコッティが、私の手からドラグノフを取って構えた。

「前後のバランスが悪いですね、それと重すぎます。ストックに穴を空けた方がいいですね」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「穴なんか空けて壊れない?」

「大丈夫ですよ。そういうカスタムもあります。前後の重量バランスが悪いのは、この銃が古いこともありますが、ガンスミスにみてもらえばすぐ直してくれるでしょう」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「私が狙撃か……。まさか、狙撃銃を持つ機会があるとは……」

 私は笑った。

「この銃は7.62ミリ弾です。拳銃弾に慣れていると思いますが、反動は桁違いです。狙撃用に作られたこの銃も、発射時に銃口が跳ねてしまったら台無しです。練習が大変ですよ」

 ビスコッティが、笑った。

「確かに拳銃弾ばっかりだね。でもこれ、自衛用の範囲超えちゃってるよね。前から思っていたけど」

 私は笑った。

「師匠、私たちには特別許可が出ています。できる限り、自分で身を守ってくれという意味で、サブマシンガンやらなにやらの所持許可が出ていますので、安心して下さい」

 ビスコッティが笑った。

「どおりで対戦車ミサイルとか平気なわけだね。いつどこでも使えるように」

 私は笑った。

「おーい、メシだぞ!!」

 犬姉が声を上げ、私たちは晩ご飯の席についた。


 晩ご飯が終わると、お酒を飲んで上機嫌なビスコッティが、眠そうなアリサを誘ってたギターを弾き始めた。

「やっぱりこれ、『マクガイバーのテーマ』!!」

 ビスコッティが笑い、アリサのギターと一緒に軽快な音を立てはじめた。

「これ聞くと、パステル隊長が勝手に床を罠だらけにしちゃうんだねぇ。ほら、誰かひっかっかった」

 私はノートパソコンをカタカタやって、レポートの仕上げに掛かっていた。

「よし、書けた!!」

 私は大きく伸びをした。

「師匠、お疲れさまです。無事に完成ですね」

 ギターをパトラに譲ったらしいビスコッティが近づいてきて、笑みを浮かべた。

「やっとだよ。途中でなにを書いたんだか、自分でも分からなくなっていたし」

 並のレポートなどヘタすれば三時間くらいで書いてしまうのだが、なかなか時間が取れなかった事もあり、今回は質はともかく量はかなりのものだった。

「これで、カリーナに帰ったら印刷して、校長先生に提出したら終わりですね」

「うん、これ読むの大変だよ」

 私はノートパソコンの画面を見て苦笑した。

「うむ。なにか機密情報のようじゃな。私はカリーナで作成される全ての機密に触れる資格がある。読ませてはくれぬか?」

 いつの間にかピーちゃんがやってきて、私の肩に飛び乗った。

「そっか、校長先生より上の立場だ。だったら平気だね」

 私は笑みを浮かべて椅子に座ると、ピーちゃんを肩に乗せたまま一ページ目の表紙からマウスのコロコロを使って、ピーちゃんが読めそうな速度で先に送る作業を始めた。

「うむ。興味深い。四大精霊全てに会った上に、ファン王国だけ魔法使いが多い謎にまで触れておる。しかも、本来魔法が使えない犬姉とアリサが魔法を使えるようになったか。そういえば、医務室が大騒ぎになった日があったな。これで、結構カリーナにいっているのだよ」

 ピーちゃんが頷いた。

「ピーちゃん、個人名が入ってるから機密扱いにしたんだ。その辺りの事は配慮してくれる?」

「うむ。無論だ。こんな事がバレてしまったら、大騒ぎになってしまうだろう。心得ておる」

「ならいいや。これ、学会に提出出来るかな。せっかくだから、みんなに知らせたい。こんな事があったよって」

「うむ。任せてくれ。こんな面白い題材はないだろう。学会が騒然とする事は間違いない」

 ピーちゃんが肩から下りた。

「うむ。なかなかいいものを拝読させてもらった。四大精霊全てに会ったというだけで大騒ぎになるだろうに、守護精霊の決定から水を使う魔法使いだからな。二人の具合はどうなのだ。それが気になる」

「今のところ、健康そのものです。初歩レベルながら、回復魔法と氷の攻撃魔法を使えるようになり、今後の鍛錬次第ですが、かなりの力を持った魔法使いになるでしょう」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「うむ。それは楽しみでもあり、怖い事でもあるな。まあ、二人はお主たちに任せても問題ないだろう。ほどほどにな」

 ピーちゃんが頷いた、

「うむ。そういえば、魔法といえばビオラ姫が魔法に興味を持っているようだぞ。使えるのか?」

 ピーちゃんの問いに、私は首を横に振った。

「全然魔力が足らないし、無理したら怪我じゃ済まないから。比較的低魔力でも出来る魔法薬を試してみたらなんとか成功したから、今後は魔法薬専門でパトラが教えてくれるはずだよ」

「うむ。そうか。魔法の件は残念だったが、魔法薬で活路を見いだすのも一手だろう。なにも出来ないよりはいい。気になっているとは思うが、彼の国の王家は一つだけになった。いつでも戻れるぞ」

 ピーちゃんは小さく息を吐いた。

「それはよかったよ。ありがとう」

「うむ。礼をいわれるほどの事はしていない。私の予定にはまだ余裕がある。滅多にここには訪れられない。私は散歩しているので、仕事終わりの疲れを取るといい」

 ピーちゃんは開け放たれた玄関の扉から外に出ていった。

「……スコーン。私とアリサの名前くらいだしても良かったんだぞ」

 いきなり背後から迫ってきていた犬姉が、笑みを浮かべた。

「ダメだよ、毎日取材で大変な事になるよ。学会も大揺れだろうし、名無しじゃないとどんな害が起きるか……」

「おや、心配してくれてるんだ。じゃあ、素直にいう事を聞こう。いいねぇ、こういうのも。私なんて目立たない警備担当だし、アリサなんてもっと目だたない下っ端だったんだよ。有名人に慣れるチャンスとか思っていたんだけど!!」

 犬姉が笑った。

「ヘタすると、笑い者で終わっちゃうからね。それは、避けないと。あーあ、こんな時に『偉大なる魔法使い』の称号が欲しくなるよ。学会での破壊力が違うから!!」

 私は笑った。

「それはない物ねだりです。諦めましょう」

 ビスコッティが苦笑した。

「自分で要らないっていっちゃったしね。あーあ、失敗した!!」

 私は笑った。

「ん、なんか楽しそうだねぇ」

 リズがやってきて、笑みを浮かべた。

「楽しいっていうか、犬姉とアリサのレポートを書き上げたところに、ピーちゃんがきてさ、学会で発表すると思うんだけど、私たちみたいにそこらの野良魔法使いより『偉大なる魔法使い』の称号があった方が、まともに相手されたかなって思っただけだよ。私たちはカリーナを卒業してないし、王都の変な魔法学校を卒業でしょ。こういう時だけ、羨ましいというか、楽だなって思うよ」

 私は笑った。

「ん、知らなかったんだ。先生がこのままじゃイカンって、まだ学生のマルシルを除いて、勝手にカリーナ卒業にしちゃったの。だから、その称号も持ってるし、たまには役に立つんじゃない」

 リズが笑った。

「び、ビスコッティ、知ってた!?」

「い、いえ、知りませんでした。知っていたら、真っ先に報告していましたよ!!」

 ビスコッティが頭を抱えた。

「まあ、不満だろうけど、そうしないと研究科に入る道がなかったと思って。さて、朝飯前にパトラを起こしてどっか出かけてくるかな。アイツ、寝起きが悪いからなぁ」

 リズが笑みを浮かべて、パトラを叩き起こして、ズリズリ引きずりながら、リズが家から出ていった。

「えっと、十時か。寝てないけど、ここまでくると、逆に寝たくないね」

「ダメです。師匠は寝て下さい。昨夜、ノートパソコンを弄っていた師匠を心配して、パトラが置いていった薬があるので、飲んで下さい」

 ビスコッティが小さな薬瓶を取り出し、私に寄越した。

「眠くないんだけどなぁ」

 私は薬瓶の中身を一気飲みし、微かにハッカの匂いが残る中、とりあえずハンモックに転がってみた。

「ビスコッティ、お願い。チューして……」

「し、師匠……!? あれ、この薬おかしいのかも……」

 慌てるビスコッティの手を掴んで、私は思いきりその手の甲にキスをした

「し、師匠。どっかぶっ壊れてますか。いえ、ぶっ壊れてます。パトラを呼ばないと!!」

 ビスコッティは白衣のポケットから無線機を取り出し、大声で救助を要請した。

「こちらブラボー3。ナンナケットのオバサンに障害発生。早く戻って!!」

『こちらブラボー5。あれ、なんか変なの渡しちゃったかな……すぐに戻るよ』

 無線からそんな声が聞こえ、私はハンモックから上体を起こし、ビスコッティに抱きついた。

「寂しいの、怖いの、頭撫で撫でして……」

「ダメだ。徹夜明けの寝不足か薬のせいだ!!」

 ビスコッティが頭を抱え、撫で撫でしてくれた。

「もう、どうしたらいいか……」

「ん、スコーンがおかしいの?」

 今まで外の散歩に行っていた犬姉が帰ってきた。

「おかしいなんてものじゃありません、チューしろだのわけの分からない行動するわ……」

 ビスコッティがそっと私をハンモックに寝かせると、犬姉が私の右手を掴んだ。

「なんだおい、寝ぼけてるって?」

「犬姉だ、チュ-して!!」

 私はボンヤリ呟いた。

「今度はおねだりか。しょうがないな」

 犬姉は思いきり派手なキスをしてきた。

「どうだ!!」

「優しいのがいい。ダメ?」

 犬姉の顔が引きつった。

「やべ……可愛い」

「ダメですよ。この師匠じゃどうにもなりません」

 ビスコッティがため息を吐いた。

「おーい、ビスコッティ。これ、どうしたらいいの?」

「私が知りたいです!!」

 そこに、慌ててパトラとリズが帰ってきた。

「あれ、間違えてないな。なんだ?」

「わーい、パトラだ。チューして!!」

 リズが爆笑した。

「また妙な壊れ方したねぇ。パトラ、解毒!!」

「分かった」

 パトラがポケットから薬瓶を取り出し、私の口に流し込んだ。

「ほら、これ。製造が三年前だよ。腐ってるに決まってるじゃん」

「ホントだ。あれ、昨日腐ってる薬は全部処分したのにな。他は全部新しいから平気」

 パトラが私の口に薬を流し込んだ。

「……大丈夫かな?」

 犬姉がそっと声を上げた。

「うん、一回解毒してるから、前の腐ったヤツの影響はないよ。こんな凡ミス……」

 パトラが小さく息を吐いた。

「あれ、なんか妙な夢をみたような……」

 私は目を擦った。

「そ、そうです、夢です。疲れているのでしょう」

 なぜかバールのようなものを隠し持っているビスコッティが、私にぎこちない笑みを浮かべた。

「はぁ、夢ならいいや。あの薬なんななの。ずっと寝起きの快適な感じが続いて、スコって寝ちゃうんだもん」

「あれ眠剤だよ、かなり強めの。半端に効いちゃったんだね」

 パトラが苦笑した。

「でもスッキリしたよ。ありがとう」

 私はハンモックから下りた。

「もういいの?」

 リズが心配そうに聞いてきた。

「うん、元々二時間寝れば平気だから。なんでビスコッティが怖い顔をして見てるの?」

「師匠、お仕置きです!!」

「ええ、なんで!?」

 こうして、なぜか熱いビスコッティのお説教は終わった。

「さて、やる事やりましたし、皆さんどうしますか?」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「私は射撃場に行きたいな。せっかく狙撃銃を手に入れたのに、使わない手はないよ!!」

「あたしはやる事があるから一時間くらいかるかな。先にいって!!」

 リズが笑った。

「リズ、やる事ってお菓子作り?」

 広いキッチンを食材が埋め尽くし、甘い香りが漂っているので、どうもお菓子のようだった。

「うん、あたしのクソボロいケーキを、毎年こっそり楽しみにしてるっぽい旦那がいるからね。これが大変なんだ」

 リズじゃ苦笑した。

「……リズの旦那さん、ああっ、今日が誕生日だったの!?」

 私は思い切り床を殴った。

「それをいったら、師匠もアリサもリズ自身もそうです。ケーキを焼くなら一緒にやりましょう」

 ビスコッティは笑って、調理の準備を始めた。

「まあ、アイツはいいんだけど、スコーンとアリサもか。こっちはまともにやらないと。って、スポンジがなかなか綺麗に膨らまないんだよね。私は生地を作って、肩に注ぐとそのまま待った。

「あの、朝からみんなでお菓子作りですか。珍しいですね」

 珍しく眠そうなパステルが聞いてきた。

「うん、今日は私とリズ、アリサの誕生日なんだよ。資料の片隅でちらとみたけど、覚えていなかったから。まさか、この島で噂の誕生会をやらないよね?

 私は笑った。

 ビスコッティの無線ががなり、それを手にしたビスコッティの動きが止まった。

「あ、あの、そのまさかが逆に当たりました。王都からの第一便が満席で、なんか怖い人たちを満載して向かっているそうです」

「な、なんで知ってるの!?」

 私の声がひっくり返った。

「師匠やみんなの誕生日くらい、裏で小銭でも払えば簡単に教えてもらえます」

 ビスコッティの顔色が悪くなった。

「じゃあ、いいじゃん。平和な一日だよ!!」

 私が笑うと、犬姉とアリサが慌てて戻ってきた。

「た、大変だよ、管制塔経由だけど、世界中の飛行機がこの島目指して離陸していったって。なにやったの!?」

「なにって、誕生日だからささやかなお祝いでも……」

 犬姉が顔を引きつらせた。

「今回はスコーンだ。元々リズの誕生日はこうなるんだけど、今回は謎の魔法使いスコーンの誕生日だから、顔を見に来たんだよ。世界中の王族と裏の人間が集まる奇跡の集会なんだよ。今日一日は世界は平和だけど、ここが鉄火場になるよ。今、カリーナから学食のオバチャンたちを総出で呼び出して737-800に満載して出発したけど、間に合うかな。なんで早くいわないの!!」

 犬姉が私の頬を引っぱたいた。

「だ、だって、こんな騒ぎになるなんて……」

「とにかく、空港を可能な限りデカくしないと話にならないから。王宮魔法使い建設部にリート経由で急いで飛んできてもらってる。誕生日はいつもこれだ」

 犬姉が苦笑した。

「リズ、早くケーキ焼いて。パトラもお得意の即席料理で。ビスコッティ、ケーキにジャガイモ入れるな!!」

「ちょっと待って、庫内温度がなかなか上がらなくて……」

「その辺蹴ってみるか!!」

 犬姉が大きなオーブンを蹴飛ばした。

 すると、今まで着火しなかったバーナに火がつき、あっという間に適温まで上がった。

「よし、今日は上手く焼ける」

 私は半ば呪文のような一言を掛け、オーブンの扉を締めた。

『ビスコッティ、さっそく第一便だぞ。やたらぶっ飛ばしてるのが、お宅の737-800だろ。七機接近中、さて仕事するか』

 ビスコッティの無線機にそんな声が聞こえてきた。

「師匠、甘くみていました。ごめんなさい!!」

「いいから準備。建設部はまだ?」

 私が叫ぶと、玄関の扉が開いて、リートが顔を出した。

「急ぎ全員をかき集めた。空港の拡張だったな。どうしても、壊さないといけない珊瑚礁がある。この図面を見てくれ」

「パステル隊長、よろしく!!」

「はい、おまかせ下さい。かなり大きいですね……」

 パステルとリートが話しているあいだにも、ビスコッティの無線から声がダダ漏れで流れていた。

「おい、早くしろ。第一便が一列になってファイナルアプローチに入っている。拡張するなら今しかないぞ」

「分かってるから、待って。パステル出来そう?」

「はい、意見のすりあわせが終わりました。滑走路四本の立派な大空港です!!」

 パステルが笑った。

「パステル、一仕事終わったばかりだけど、この家の周囲で食べられるものを探してきて。マルシルも一緒がいいかな」

「そうですね。私より詳しいでしょう」

「というわけで、パステルとマルシル。よろしくね!!」

 せっかくみんなにきてもらうならと、この島のものを使った料理を食べて欲しかった。

「おーい、私たちはどうすればいいんだい?」

 犬姉とアリサ、リズとパトラが苦笑していた。

「四人は空港で飛行機の誘導をして、人までは増やせないから、なんとかお願い」

「全く、しょうがないなぁリズ、行くよ!!」

「あれ大変なんだよなぁ、挽かれそうで怖いもん。まあ、ヤバかったら逃げる!!」

 リズが笑った。

『リートだ、お客様スペースが必要だろう。大きな建物を二つ連結して、貴賓室にしておいた。この程度はオマケだな』

 リートが笑った。

「あ、ありがとう。あとは、お迎えともてなしをお願いしたいんだけど」

「うむ、そうくると思って、すでに王宮魔法使いの制服に着替えてある。しかし、忙しいな」

「うん、いきなりだったからね。助かったよ」

「うむ、急ぎだったから簡単だが、手抜き工事はしていないぞ。念のため」

 エリーが笑った。

「ありがとう。はぁ、疲れる……」

 私がため息を吐くと、玄関の扉が開いて、たまたま居合わせたらしいファン王国海兵隊の司令官と分かる人がきた。

「うむ、上層部からも厳しく警備しろといわれている。しかし、堪らんな。指揮官として苦労しているのは分かっている」

「指揮官はあっちの師匠です。私は助手なので」

「そうか、邪魔しちゃ悪いな。外はいい風が吹いてる。我々への注文があったら聞こう」

「悪路をなんとか直せないかな。あれじゃキツいよ」

「分かった総出でやってみる。急ぎなのは分かっている。すぐに掛かろう」

 指揮官は脱帽して軽く頭を下げ、家から出ていった。

「あとは空港だね。ビスコッティ、手が空いてるなら行くよ!!」

「はい、師匠、行きましょう」

 私とビスコッティは家の玄関の扉を開け、軍用小型自動車に乗り込んだ。

 こんな時は、運転は相棒のビスコッティと決まっていて。ガタゴトと悪路を進み、見渡す限り広大な空港にたどりついた。

「……デカすぎるよ、YSがオモチャみたいに見える」

 私が呟くと、ビスコッティが笑った。

「これは管制塔が大変な事になりそうですね。あっ、きました」

 まさにギリギリのタイミングで、隣国の王家専用機が到着した。

「747じゃん。デカいのダメっていわなかった?」

「最初はそういったのですが、王家専用機はこれしかないそうで。空港を拡張すると聞いて、向こうも安心していました」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

『はい、オーライ、オーライ……』

 無線にリズの声が届いてきて、ちょうど目の前の飛行機をパドルで誘導していた。

 こんなものも付けたようで、飛行機は空港ビルのボーディングブリッジに接続された。

『これ、地味なうえに面倒なんだよね。あと何機くるの?』

『百機どころじゃないのは知ってるでしょ。ほとんど上空待機させておかないと、一杯で入れなくなっちゃうってね』犬姉が笑った。

「うむ。実に壮観なり!!」

「うわ、ビックリした」

 いつの間にかピーちゃんが車に乗り込んでいて、ノンビリ毛繕いしていた。

「うむ。もう直ぐ王都からの定期便が到着するな。王都に潜伏していたスパイまできてしまったぞ。もう使い物にならん!!」

 ピーちゃんが笑った。

「ビスコッティ、もう使い物ならないって……」

「スパイは自分の面が割れてないから使えるんです。表に出てしまったら、もうお役御免ですよ」

 ビスコッティが笑った。

「なるほどね。そこまでして駆けつけるなんて、なんか緊急事態みたい……」

 私は苦笑した。

 そこに王都初の第一便が到着した。

「師匠、でいってます。満席なんて初めてだって」

 ビスコッティが笑った。

「こりゃ堪らないで。よし、空港の中で挨拶しよう。そのつもりできたし」

「はい、いいと思います。行きましょう。

 ビスコッティは、車を空港ビルに横付けした。

「すぐ戻ってきます、駐車場にいくだけなので」

 ビスコッティが車を駐車場に向けた。

「うむ。なかなか立派な空港になったな。建設部にはご褒美を出そう」

 ピーちゃんが笑った。

「あーあ、前のひなびた感じが好きだったんだけど。これはこれでいいか」

 私は苦笑した。

「うむ。それは分かるが致し方あるまい。この島の開発も進むだろう。港も整備されたと聞いておるし、必要なものは揃ったな」

「あまり弄りたくないんだけどね。自然が豊富な方がいいから」

「うむ。なるほどな。プール付きのリゾートホテルにアスレチックコースでも作れば、いい息抜きが出来るだろう。王都からの飛行機の便も増やそうか、なにしろ国営航空だからな」

 ピーちゃんが笑った。

「なるほど、それもいいね。ただ、普段は小型機の方がいいかも。そんなに乗らないと思うから」

「うむ。それは航空会社が決める事だ。案ずるな」

 ピーちゃんが頷いた時、ビスコッティが戻ってきた。

「お待たせしました。行きましょう」

 私たちは到着ロビーに入った、

 外の微妙な気温とは異なり、ここはエアコンが入っているようで、ひんやりした空気が心地よかった。

「うむ。すでに到着しているようだな」

 ピーちゃんのいうとおり、飛行機から降りてきた怖い人たちが、長い行列を作ってコンベアを使って流れてくる荷物をピックアップしていた。

 私はピーちゃんの隣で怖い人たちに一礼して挨拶をしていた。

「時々消えると思ったらここにいたのか。追えねぇわけだ」

 怖い人たちが大声で笑った。

「……追ってたみたい。私の事」

「……他にもたくさんいるはずですよ。監視から暗殺は基本の流れです。気安く話しかけてきたということは、もう国から暗殺指令はこないというメッセージでしょう」

 ビスコッティが涙を浮かべた。

「ど、どうしたの!?」

「普段怖いのに、みんなが優しい。嬉しいのです、本気出されると私では……」

 ビスコッティの中でなにか琴線に触れたようで、なぜか泣き出した。

「おいおい、今は休戦協定中だぜ。泣くほど怖いのか?」

 鞄を抱えたオッチャンが笑うと、私が片から下げていた狙撃銃をマジマジと見た。

「おい、着剣なのにこのスコープだぜ。やる気満々じゃねぇか。近づいて囲んでも、銃剣でざっくりだぜ。さすが、噂の研究者だな」

 オッチャンが笑って、出口に止まっているバスに乗った。

「ビスコッティ、変に目立ったよ」

「はい、師匠。そのスコープは千メートル近い敵を狙うものです。でも、銃剣が付いている。プロからみたら、どんだけ足が速いんだと話題になりますよ」

 ビスコッティが笑った。

「……ほら、やっぱり変だった」

「変じゃないんです。近距離の監視にも使えますし、強者ですからね。師匠がいくら撃っても当たらないでしょう。そこで、銃剣の出番です。怖い武器ですよ」

 ビスコッティが笑った。

「一発くらい当たるでしょ。そこまでヘタじゃないと思うけどな……」

「いえ、相手は師匠が拠点にしてる場所を銃弾一発で見つけます。この時点で、この拠点を捨てて次の拠点に移動しないといけません。そこで撃たれたら、こっちがおしまいです。ところが銃剣があれば、迂闊に近寄れませんよ。なにせリーチが長いのでナイフでは届かないですし、拳銃なんか構えたら弾き飛ばされますからね。こうして時間を稼いでいる間に、味方がサポートにくるのです。だから、無駄ではありません」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「へぇ、考えてるんだね」

「はい、古い銃ですからね。なんでも銃剣です」

 ビスコッティが笑った。

 怖い人たちの一行を乗せたバスが走り出して行くと、今度はどっかの王族そのまんまという一行がやってきた。

「リズは存じていますので、あなたがもう二人のうちの一人ですね」

「はい、スコーンといいます。よろしくお願いします」

 私は頑張って丁寧な口調で話した。

「この島もまだ開発中ということで、半分はファン王国海兵隊が使っているとか。もったいないですよ。リゾート開発というなら、私たちがいくらでもアイディアをお出しします。サンガリア王国はそういうのが得意なんです」

 サンガリア王国の恐らくかなり高位の女性が私に笑みを浮かべた。

「それも考えましたが、私もまだこの島の全容を知りません。自然が豊富なこの環境が気に入っているのです。なにもないですが」

 私は笑った。

「なるほど、自然を生かした環境重視型の開発ですね。ファン王国海兵隊はもう退けられないでしょうから、各所に小さなコテージなどを作って、木製の端でフロントまで繋ぐいうプランはいかがでしょうか。一日二十名限定などにすれば、そう環境は荒れません。同じような工事施工例は多数ありますよ」

 女性は笑った。

「母上、また始めて!!」

 あとから立派な服装を出てきた若いお兄さんが、どうやら母親らしい女性をひっつかんだ。

「初対面で大変失礼しました。母上は、このような未開発の土地を見つけると、すぐに開発プランを練ってしまう癖があるので、悪気はないとだけ申し上げておきます」

「はい、なかなか面白いアイディアでした。慣れていますね」

 私は根性で丁寧な言葉遣いをした。

「はい、気に入ったら連絡を下さい。サンガリア王国の王城宛てで届きますので」

 お兄さんに引っ張られ、女性はバス乗り場に行った。

「いやー、変わった人もくるねぇ」

「はい、ピーちゃんが誕生会の招待状を世界中にばら撒いたところ、参加の返事が全員分返ってきてしまって、本人が一番焦ったそうです」

 ビスコッティが笑った。

「な、なにが楽しいんだろ。こんななにもない島。悪路はあるけど」

 私は笑った。

 それからも、続々と立派な服装をした人たちが通り抜けていき、外から聞こえてくる飛行機のエンジン音が鳴り止まないまま、一体何人呼んだんだよ……といいたくなったとき、見慣れた服装をした食堂のオバチャンの一団が現れた。

「よし、今日の料理は大丈夫だ」

 私は笑った。

「いやー、参ったわよ。早く着いたのに、王族の飛行機が優先だっていわれて、やっと着陸したよ。はやく仕込みに入らないと間に合わないってうのに」

 オバチャンが愚痴をいって、コンベアから出てきた白い発泡スチロール製の箱をいくつも抱えた。

 おばちゃんたちは、いつの間にか到着していた小型トラックに箱をのせ、荷台に次々と乗り込むと、運転席と助手席に二人乗って、そのまま走り去っていった。

「こりゃ、大変だね。数が多いから」

「師匠、学食のあの量を捌く猛者揃いですよ。このくらいわけもないでしょう」

 ビスコッティが笑った。

 その後は順調に進み、ビスコッティの無線に管制塔からお祭りは終了だと一報が入った。

 その時間が終わって王都に戻る定期便が出発していくと、到着ロビーは静かになった。

『笑ったぜ。拡張した駐機場に飛来機を並べてみたら、ちょうど数が同じだったぜ。この空港の記録を遙かに超えてるぞ!!』

「それはそうでしょうね。私たちは学校に戻りますので……」

『待った。エマージェンシーだ。定期便の787がエンジントラブル。他に場所がないからここにダイパードするらしい』

 ビスコッティの胸から流れた声に、私は一瞬身震いした。

「お任せします。駐機場にも非常用に空きがると思いますが……」

『そりゃあるけどよ。エンジントラブルで出火までしてる機だぜ。滑走路上で処理する。消火作業は出来るか?』

 私とビスコッティは頷いた。

「可能です、方位と速度を下さい。

 私たちは空港の外に飛び出して、滅多に使わない飛行の魔法を使った。

 やがて、二酸化炭素消化器を二本ずつかついだ私たちは、火災を起こしている右の翼に向かった。

 ビスコッティが消火器を放って真っ白な視界となり、私もさらにかけた。

 消火が済んだことをハンドシグナルで飛行機の操縦席伝え、少し離れたところから飛行機が滑走路に順調に着陸して行く姿をみまもった。

 やがて無事に脚がでて、飛行機は少々荒かったが無事に着陸した。

「拡張してなかったら、着陸出来なかったね」

 私は無事に着陸飛行機した飛行機で、出入り口から出されたスライダー上を滑り下りてくる旅客を見ていた。

「師匠、ここは大丈夫のようです。戻りましょう」

「うん、大丈夫だね」

 私たちは笑みを浮かべ、ターミナルビルへと戻った。


 バス……といっても、軍用トラックの後部にステップをつけ、乗りやすくしただけの代物に、私とビスコッティは飛び乗った。

 バスは悪路を下って家に向かい、ちょうど家近くにあるバス停に止まった。

 バスの乗客は全員ここで下りるようで、私とビスコッティは真っ先に下りて家の

 中に入った。

「あれ、誰もいないね」

 キッチンで料理しているオバチャンたちの他に、みんなどこかに出かけてしまっていた。

「無線で呼んでみましょう。今、皆さんなにをやっていますか?

『こちらキキとマルシルです。夕食の材料になりそうな植物を探しています』

 無線からマルシルの声が聞こえた。

「そろそろ何かがはじまりそうだから、戻ってきて」

『はい、分かりました』

 続いてチャンネルを変え、無線で声を掛けた。

「リズ、パトラ。大丈夫?」

『今何時くらい?』

 リズの声が返ってきた。

「えっと……十五時半くらいだけど、なんか始まりそうだから、早めに帰ってきて」

『分かった。しっかし、半端な時間だねぇ。十五分で戻るよ』

「あとは犬姉とアリサはどこ行った。おーい、犬姉!!」

『なんじゃい、アリサと釣りしてる』

「人も集まって、なにかはじまりそうだから、なるべく早く帰ってきて」

『あいよ。パトラ、最大戦速取り舵一杯!!』

「あいよ!!」

 凄まじい勢いで水を掻く音を聞きながら、私は苦笑して無線を切った。

 私とビスコッティは人にぶつからないように気をつけながら、とりあえずまた家に入った。

「うむ。どこに行ったのかと思ったぞ。リズもすぐどこかに隠れてしまう。猫もビックリだ」

 国王が笑った。

「ごめんね。これかどうするの?」

「うむ。私は堅苦しいだけの挨拶などというものは好かん。だから、ステージもマイクも置いてないだろう。あっても使わんからな」

 ピーちゃんがなぜか胸を張った。

「もうウェルカムドリンクを配り始めた頃だろう。これが、スタートの合図だ。あとは国同士の話をしたり、こういう場じゃないといえない本音などもあるのだ。誕生会の前にこれをやっておかないと、皆落ち着かん」

「なるほどね。じゃあ、私たちもいっていいんでしょ?」

「うむ、あまりハメをハズさんようにな。私も後ほど行こう」

 私は笑って、ビスコッティを連れて家からでた。

 微妙に夕闇に染まった空の下で、私はひたすら食って飲んでいた。

「ビスコッティ、このリンゴのお酒美味しい。もっと!!」

「ダメです、パーティーの主賓が倒れたら、話になりません」

 ビスコッティが私を背負って運び始めた。

「追いかけてきたぞ。なんだ、飲んでるのか」

 犬姉とアリサが笑った。

「大して飲んでないよ。多分なにかやるから、待ってて」

 私は笑った。

「リズとパトラははもうついてるよ、パステルとマルシルとキキがちょっと遅れてるね。まあ、パステル隊長がいれば大丈夫でしょ」

 犬姉が笑った。

「そっか、パステルがいるなら平気だね」

 私は頷いた。

「お待たせしました。私ともあろうものが、少し道に迷いまして」

 いきなり背後からパステルの声が聞こえて。私は飛び上がりそうになった。

「マッパーがマッピングミスしたの?」

「はい、やってしまいました。たまにやってしまうのです」

 パステルが笑った。

「さて、読みではそろそろなんだけど……」

 私がいった時、魔法灯に照らされて明るかった場所に、巨大ななにかが運ばれてきた。

「うむ。誕生日といえばケーキとプレゼントだ。今回二人同時だからデカいぞ」

 手持ちマイクを通してピーちゃんの声が聞こえ、運ばれてきたものがなんだか分かった。「ケーキだよ。しかも特大の……」

「は、はい、ケーキですね」

 私は思わず口をあけ、リズが目を丸くしてして固まってしまった。

「ほれ、二人とも早く!!」

 私は首を横に振って口を閉じ、リズの手を引っ張っていった。

「蝋燭が多いが、ちゃんと吹き消せるか?」

 広いケーキの表面には、無数の蝋燭が立ち並んでいた。

「魔法使いの肺活量は半端じゃないってね」

 私とリズでで、同時に蝋燭を吹き消すと拍手が起こった。

 さっそく切り分けが始まり、私とリズが笑うと、これぞシャッターチャンスとばかりに、一斉にフラッシュが焚かれた。

 その後、食堂のオバチャンが切り分けをはじめ、私はケーキをもらって笑った。

「うむ。笑顔はいい……」

 なぜか遠い目でどっかを見つめるピーちゃんは無視して、私はリズとケーキの争奪戦を開始した。

「遅い、ちゃんと鍛えてるの?」

「リズが早すぎるんだよ!!」

 早食いで大食いのリズに勝てるわけがないのだが、私は戦場のど真ん中にいた。

 結局、私が途中でケーキの上にぶっ倒れ、勝負はリズのものとなった。

「あの、毎年の事ですが、今回は初の対戦者がいたようですが、ご感想は?」

 毎年出てくる、変な新聞記者が声を掛けた。

「うん、最近の若いもんはなってない。これくらい食えなきゃダメでしょ!!」

 リズが笑った。

「く、食えるか……」

 私はケーキのクリームだらけで、動けなかった。

「食えるかなんて甘ったれた事いわないで、意地でも食うんだよ。爆撃に晒されようが狙撃者に狙われようが、熱い魔法戦の最中だろうが、そこにメシがあれば食う。この気概が足りないんだよ!!」

 リズが私の顔をブツで軽く踏んづけ、ウリウリしながら笑った。

「うぐぐ……ビスコッティに早食いで大食いになるコツを教えてもらう」

 私はそこで力尽きた。


 晩ご飯が終わると、帰り組の皆さんがそれぞれの飛行機に乗り込み始めた。

 帰りは帰りで飛行機の渋滞が起こり、またも管制塔の兄さんのテンションが上がった。 もう少し、この島に滞在したいという方々には、森の中のログハウスを使うようにしてもらった。

「おーい、ビオラ。もう大丈夫だよ!!」

 ここは食料庫内にある床下収納庫。

 万一の事も考慮して、ここに避難してもらっていたのだ。

「はい、ありがとうございました」

 ビオラが収納庫から出てきて、笑みを浮かべた。

「……いいな、閉じ込められて」

「師匠!!」

 ビスコッティが私に平手を撃った。

「なに、そんな趣味あったの。今度やってあげようか」

 犬姉が笑った。

「さて、ご飯まだでしょ。お腹空いてたら某有名地鶏の卵で作ったお粥を作ってあげるよ」

 リズが珍しくキッチンに立った。

「り、リズはダメ!!」

 パトラがリズの体が回転するほどの、凄まじい右ストレートを放った。

「全く、食材の無駄。油断すると、すぐにやるんだから」

 キッチンの床に倒れているリズを蹴り飛ばし、なぜかごま油をまんべんなく垂らしてお手々とお手々を合わせ、幸せな顔をした。

「ビスコッティ、あれやって」

「何でですか、師匠じゃ死んじゃいますよ!!」

 ビスコッティがため息を吐いた。

 ……もっと強いボディが欲しいな。

 私はため息を吐いた。

「ん、やるか。鍛えてやる!!」

 犬姉がタンクトップ一枚になり、首に下げていたドッグタグに唇を当てた。

「私も白衣はやめよう……」

 私は白衣を脱いでハンモックエリアの開いているスペースに移動した。

「サービス、最初に一発だけ殴らせてあげる!!」

 犬姉が小さく笑みを浮かべて、右手を伸ばしてこいこいと挑発してきた。

 私は軽くステップを踏み、右手と左手を伸ばすために軽くパンチを空打ちした。

「それじゃ、行くよ!!」

「うん、よろしくお願いします」

 私はサッと構え、ステップを一気に踏んで間合いを詰め、犬姉の顔面に右フックをぶち込んだ。

「うーん、サボってるからな……。あれ、犬姉?」

 犬姉は床に倒れて失神していた。

「あれ、犬姉?」

「師匠、なにやってるんですか!!」

 犬姉がまた顔の平手を打ち込んできた。

「どうしよう、気絶しちゃった。最初の一発は好きにやれっていわれたからやったら、こうなっちゃった」

 私は頭を掻いた。

「うーん、困りましたね。パトラは料理中ですし、まさかと思いますがビオラがやるとは……」

「はい、ちょっとこういう戦いは……」

 ビオラは頭を掻いた。

「こうなったら、最後の手段です。私が相手しましょう」

 ビスコッティの目つきが微妙に変わったところで、私は腰のナイフを抜いた。

 そのまま左足を低く構えるように前方に付きだし、右手で持ったナイフを膝の上に乗せるような形で構えた。

「はい、忘れていませんでしたね。型はそれでいいです。あとは……」

 私はナイフを構えてビスコッティの背後に回り、口を押さえてシュッと首を切るフリをした。

「ダメだこれじゃ、ビスコッティに怒られちゃうよ!!」

「……やりましたね。確かに上達していますが、まだまだです」

 ビスコッティは二本目のナイフを抜き、勝ち気な笑みを向けてきた。

「おや、本気だ。こりゃ死ぬかも……」

 私は笑みを浮かべて、ナイフを構えた。

「さて……」

 私はナイフを片手に、ビスコッティの懐目がけて飛び込んでいった。

 突き出された一本目のナイフを身を構えて除け、ビスコッティが私がその首元を目がけて繰り出したナイフは、戻ってきた一本目で防がれた。

 私はナイフの刃先を下にしてパリィの体勢を取り、鬼の嵐のように打ち込まれてきたナイフの連撃を防ぎまくり、一瞬出来た隙間を見つけて、そこにナイフの刃を差しこんだ。

「うっ……」

 ビスコッティが短い声を上げて、ナイフを床に捨てた。

「これ以上は私がヤバいです。今日は師匠の勝ちでしたね」

 ビスコッティが鞘にナイフを戻し、小さく息を吐いた。

「偶然だよ、私がビスコッティに勝てるわけがない!!」

「私は偶然という言葉を信じません。全て理由があるのです」

 ビスコッティが笑うと、根性があることに、犬姉がヨロヨロと復活した。

「なに、二人とも実物のナイフでやってたの。ビスコッティが右肩から流血してるし、ダメだって!!」

 犬姉は慌ててビスコッティの右肩に手をかざした。

「えっと、なんでも良かったんだよね。治れ!!

 犬姉の手から青い魔力光が閃き、回復魔法が発動した。

「……おっ、やるね。もう基本をマスターしてる」

 私は小さく笑った。

「ありがとうございます。このままでは師匠が止まらないと、慌てて止めたのです。そうしたら、思いのほか師匠が強くて、ついちょっとだけ本気を出してしまいました」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「まあ、ビスコッティは最後まで理性を保てるとは思ってるだろうって思ってるけどさ。訓練に本物はだめだよ。この行為は殺人だからね。頭のどっかがぶっ飛ぶ可能性があるし、ちゃんと練習用のゴム製にしておきな」

 犬姉が呆れたような苦笑を浮かべた。

「滅多にやりませんよ。私が危ないので」

 ビスコッティが笑った。

「そりゃそうだ、自分が一番怖い。それが、戦場だぜ!!」

 犬姉が笑い、ドッグタグを二枚取り出して私とビスコッティに手渡した。

「うん、カリーナ魔法学校研究者。階級:研究棟四階特別研究室室長。うわ、六芒星に丸を書いて、カリーナの校章まで彫り込んである」

「うん、格好いいでしょ。全員分あるよ。それにしても、なかなか強烈なの食らったよ。あれでもう捕虜か撃たれるかだね。最悪だよ……」

 犬姉がため息を吐いた。

「ま、まさか、聞き手のフックがまともに入るとは思わなくて。ごめんなさい……」

「いいって、勝負を挑んだのは私だからね。どう、これがスコーンの身体能力だよ。アリサ、覚えておいて!!」

 アリサがポカンとした頭の中を真っ白にするためか、首を大きく振った。

「は、はい。護衛されるのは私かも……」

 アリサがポソッといった。

「情けないこというな。スコーンは知ってる相手だから、ここまで戦えるんだよ。だから、絶対に護衛が必要なんだよ」

 犬姉が笑った。

「ほかにもやる人いる?」

 犬姉が声を掛けると、笑みを浮かべたパステルが飛びでてきた。

「私はショートソードですが、大丈夫ですか?」

「といういう事は、急所を外せる力量を持ってるね。いいよ、やろう!!」

 剣を抜いて、私はパステルに向きあった。

「よし、やろうか……」

「はい……」

 私は剣を正眼に構え、軽く腰を下げた。

 パステルは剣を突きの形に変え、一気に突っ込んできた。

 私はその剣を受け止めて弾き飛ばし、近くの床に突き刺さったパステルの剣を抜いて、ポカンとしている彼女に返した。

「こんなもんじゃないでしょ。熱くいこう」

 私が笑みを浮かべた時、キッチンで物音が聞こえた。

「こら、なにすんの。ヌルヌルして最悪だよ」

「リズ、ほらあっち。スコーンがみんなを凄まじい勢いで倒しまくっているよ。今は冒険小僧パステルと、生身でショートソードの戦いをやってるよ!!」

「ちょ、ちょっと待って。なんでそんなことになってるの!?」

「うん、なし崩し。ビスコッティと犬姉はもう倒された!!」

 パトラとリズがくると、私は剣を構えた。

 一回負けた相手にはやはり怖いらしく、パステルは剣こそ構えたが、顔色は真っ青だった。

「……勝てない。でも勝たなきゃ!!」

 パステルが気合いの声をあげ、力強い視線を浴びせてきた。

「うん、いいね。気合いバッチリだよ……」

 私は今度は剣の構え方を変えた。

「思い切り撃ち合ってきなよ。まさか、刺突だけでここまで勝ってきたわけじゃないでしょ?」

 パステルは頷き、剣を構えた。

「よし、こい!!」

「はい!!」

 鋭く飛び込んできたパステルの一撃を打ち止め、刃に火花を散らした。

 しばらく受け止めたパステルだったが、ふと力が抜けた表紙に私は剣を引っ込めて、がら空きの横腹目がけて回転蹴りを叩き込み、床に倒れたパステルに一撃を入れようとすると、決死の表情を浮かべて、持っていた剣でパステルが防いだ。

 体勢の問題もあって、パステルの方が圧倒的に不利。反撃の見込みもないため、私は笑みを浮かべた」

「ここまでだよ」

「は、はい……。恐ろしく強いですね。私なんかじゃ勝てなかった……」

 私はパステルに右手を差し出し、床から立たせた。

「剣は大丈夫だと思うけど、筋肉痛は覚悟してね」

「はい、ありがとうございました」

 私は小さく息を吐いて笑った。

「さて、もういないよね。いい加減疲れたよ」

 私が苦笑すると、遅ればせながらやってきたリズが剣を抜いた。

「時間と場所が許せば、魔法合戦とかやるんだけどな。まあ、拳銃ってわけにはいかないし、たまにやってる剣を使ってみようかな」

 リズが抜刀して正面に立った。

 私は呪文を唱え、リズを囲むように魔法陣を描いた。色も床の変化もないので、私以外は誰にも分からなかった。

「行くよ!!」

「よろしく!!」

 リズが剣を構えた瞬間、こけおどし程度の爆音が室内に響き、リズはビックリしたような表情を浮かべ、私はその間に一気に間合いを詰めた。

 サッとリズの肩口に突きを入れようとした時、身の危険を感じて私は防御魔法を使った。

「へぇ、気がついたんだね。偉い偉い……」

「そりゃ気付くよ」

 私の防御魔法で砕け散ったが、リズは土の魔法を選択して、石の矢を放ってきたのだ。

「思いのほか、魔法戦になったね。次はどうしようか?」

「ファイア・ランスプラスあれ!!」

 私の手に炎の槍が形成された。

 同時に小さな盾のような形の、青い光りが浮かんだ。

「な、なんじゃそりゃ……」

「行くよ!!」

 私は炎の矢を突き出し、リズに向かって迫った。

「うわ、あれを投げるのかと思ったら、手持ち武器かい!?」

 私の突き出した槍の穂先を、死にそうな顔で避けまくるリズが、素早く呪文を唱えた。

 なにか発動しようとした途端、盾がそれを封じ込み、私はさらに速さを上げて槍をバシバシ突きだした。

「ぎゃあ、なんじゃそりゃ。なんも出来ないけど、オメガ・ブラスト!!」

 ついにきた主砲の一撃に、私は応えた。

「オメガ・ブラスト返し!!」

 光りの壁が現れ、飛んできたオメガ・ブラストを、私が放った光の壁が弾き飛ばし、窓ガラスを叩き割っていった。

「な、なんだって。オメガ・ブラスト返し!?」

「うん、オメガ・ブラストだけ跳ね返す魔法だよ。ほら、体のキレがあまくなってる!!」

 炎の矢の切っ先がリズの制服を掠り、焦げ臭いニオイを放った。

「ちょ、ちょっと、スコーン。強すぎる……」

「そう、ここでやめとく?」

 私は笑った。

「やめるわけないでしょ。あたしは負けず嫌いなの!!」

 リズが蹴りを入れてきたので、それを両手で押さえると、私はごめんなさいと呪文を閉じた。

 小爆発が置き、捕まえていた左足の足首が変な方向を向いていた。

「ぎゃあ、パトラ。回復回復。骨折られた!!」

「ダメ、入れないよ。もし、私が回復にいったら、真っ先にやられれる……」

 パトラが息を飲んだ。

「リズ、どうする。これ以上は無理だと思うけど」

「馬鹿野郎、こんなもん……」

 剣を杖に立ち上がったリズは、空間に裂け目を作って、いつだったか見せてくれたサマナーズ・ロッドを手にした。

「ん、召喚魔法だね。もう、ヤケクソに近いな」

 私は慌てて睡眠の魔法を使ってみたが、こんなもん極度に緊張した状態で聞くものではなかった……。

「ビスコッティ、急いであれ!!」

「はい、師匠」

 ビスコッティが特殊な結界魔法を張り、外部への影響を防いだ。

「今のリズは理性的じゃない。だから、ちょっと痛いよ!!」

 私は呪文を唱えた。

「アルテマ・バージョン二!!」

 私はいま使える最強の魔法で、出力を最から二番目に落として放った。

 紫の光りが発せられた鞭がリズに叩き付けられ、吹っ飛ばされた隙にずっと持っている炎の槍を構えて一気に突っ込んだ。

 やはりというか、もはや殺気しかないリズの体を串刺しにして、思い切り引き抜いた。

「ビスコッティは忙しいか。私の回復魔法で。起きると痛いよ。ちょっと痛いってそういう事」

 私は笑みを浮かべ、小さく息を吐いた。


 なんだかんだで大騒ぎになってしまったら、特にいヤバい状態だったリズに、手当を終えたパトラが説教していた。

「うげぇ、さすがにっていうよ。さすがに疲れた……」

 私はハンモックに横たわり、ゲームボーイを取り出した。

「おい、やったな!!」

 やってきた犬姉が笑った。

「あそこまで凄まじい魔法戦になったら私たちじゃ対応出来ないから、いっそ殺そうかって話まで真面目に出てたんだよ。だから、よかった!!」

 犬姉が笑った。

「私が慰めたら、かえって傷になっちゃうから、このまま静かにしてるね」

「分かった。まあ、あのリズの事だ。今一番会いたいのは、スコーンだぞ。怪我までさせられて、いよいよブチ切れちゃったのかな。最近は潜んでいたけど、リズは我慢強い代わりに限界を超えた時の爆発エネルギーが凄いからさ。でも、もう落ち着いているよ」

 犬姉が笑った。

「私は顔を合わせられないな。ああなる前に止めるのが普通だもん」

「リズにはダメだよ。どんどん加速しちゃう暴走野郎マクガイバーだから。教えておくべきだったね。相手が真新しい事をやると、先が見たくてどんどんエキサイトしちゃうだけで、悪いやつじゃないからさ!!」

 犬姉が私の頬にキスをして、そっと手を握ってからパトラが作ったお粥を食べにいった。

「先が見たいか。分かるな、それ」

 私は笑みを浮かべた。

「師匠がやったら、右フックかストレートですよ」

 ビスコッティが苦笑した。

「ならないって。あれ、電池ないな。今時、単三乾電池四個だからねぇ」

「あの、スコーンさんがお呼びですが、お疲れならお断りしましょうか」

 ビオラがやってきて問いかけてきた。

「いや、大丈夫だよ。よっと……」

 私はハンモックから下りると、テーブルでため息を吐いているリズに近寄った。

「大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ。あんまし覚えていないけど、スコーンの隠し魔法見ちゃった。はーあ、魔法ですら負けたか。専門を攻撃魔法にしておけば良かったかな」

 リズが苦笑い、うどんまで入れた粥を食べていた。

「たくさん食べておいて、かなり魔力が削られたはずだから」

「分かってる。参ったな、こんな一家に一台、便利魔法使いみたいな強面を護衛だよ。自分でなんとかしそう……」

「出来ないんだよ。こう見えて臆病なんだよ。例え敵が悪人でもフルパワーが出せないんだ。慣れらしいけどね」

 私は笑った。

「それにしても、今日だけで何人倒した? ビスコッティが、本物のナイフで戦ったなんて話は、もうどっか行っちゃってるでしょ。戻ったらお説教かな」

 リズはノートパソコンでレポートを書きはじめた。

「さすが、誕生日。色々あったよ!!」

 私は笑った。

「そうだったね、忘れてた。

 リズが笑った。

「はぁ、面白かった?」

「うん、ここ希にみる面白さだったよ。今度教えろ!!」

 リズが笑った。

「炎の槍面白かったでしょ。投げるかと思ったら、肉弾戦用の武器だったって」

「あれ熱くないの?」

 リズが笑った。

「ちゃんと持っていいラインが出るから大丈夫。変な場所持つと、火傷じゃ済まないけど」

 私は笑った。

 変な盾も出るし、結界魔法を専門にしてるあたしに喧嘩売ったな。なんだ、あの変な結界?」

「あれね、私が結界を専門にしようか、珍しい攻撃魔法専門にするかで悩んでいた時期に、試しに作った空飛ぶ盾だよ。高魔力反応に追尾していくだけ。誰でも出来る」

 私は笑った。

「あれ便利だから、あたしも研究しようかな。さて、食うか!!」

「私も食べよう」

 パトラが鍋を持ってきて。器に注いでくれた」

「リズとバトル面白かったでしょ。段々ヤケクソになって、面倒な事になるってね!!」

「うるさい、パトラ!!」

 リズが投げた匙が、ぴたりパトラの開けた口に入った。

「あっ、入っちゃった……」

「やーい、返さないぞ!!」

 パトラがどっかいった。

「そういや、マルシルが見えないな。どこだ?」

 探してみると、マルシルがにこやかに私を見ていた。

「あれ、邪魔かな。もう寝るよ」

「別にいいのに」

 私は自分のハンモックに戻り、鞄をほじって単三乾電池四個を探した。

「あった。こういう時に、なぜかちゃんとあるんだよね……」

 私は放り出してあったゲームボーイの電源を入れた、

「サガ1もそうだけど、2も輪に掛けて凄いね。レオパルト2なんて、撃った次のターンの物理攻撃全部防ぐもん。でも、悪役は越後屋なんだね。基本か」

 ブツブツいいながら、私は新しい神とか自称しているバカを倒しに奔走していた。

「バックライトがない液晶だから見づらい。いい加減旧式だから、買い換えろって事か?」

 私は笑い、サクサクとゲームを進めた。

 しばらくすると、家の扉がノックされた。

「二十二時か、遅い方だけどなんだろう?」

 私はハンモックから下りて、玄関の扉を開けた。

「こんばんは」

「母上、こんな時間に失礼ですよ」

 適当に聞き流していたため、どこの国かも忘れたが、あのリゾート開発好きの女性と、いい加減にしろと怒鳴りそうな息子の困り顔があった。

「あの、この時間しか取れなかったので、何卒ご容赦を」

「はい、どうぞ」

 私は二人を家に招き入れた。

「私はどうしてもこの島の資産価値をもっと上げたいのです。空き地を散策する前提で、コテージ式のホテルを建て、それぞれ四名で最大で四十名収容でいかがでしょうか。この規模でしたら、収益が出ると思いますが」

「母上、明日の朝ではだめなんですか。ここは自国ではないですよ」

 もうブチ切れそうな薄幸の息子がため息を吐いた。

「はい、分かりました。ですが、ここはファン王国の国王様より賜った土地ですし、島の補修や木々の世話のために、六名のダーク・エルフが住み込みで仕事をしています。万が一出会ってってしまった時はどうでしょうね」

「大丈夫です。むしろ、変わったエルフに出会ったと喜ぶでしょう」

「それは人間側の都合です。大人しい性格ですが虐めたりしないか心配です」

「はい、分かっています。ここを予約するときに、厳重に確認しますので。どうでしょうか。どちらかといえば寒いファン王国とは思えない亜熱帯の島です。ビーチが何個もありますし、あとは買い物用の店舗があればいうことありません。如何でしょうか?

「はい、まず国王様にお話しを通せねばなりません。ビスコッティ、もう無線で呼んでるでしょ?」

「はい、もう少しで到着すると思います。お待ちください」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「ほら、国王様にまで迷惑を……いいから帰りましょう。

 ブチ切れのお兄さんが、何度も鈍器のようなものを落としたが、それでも女性は

無視を貫いた。

 しばらくして、扉がノックされたので開けた。

「うむ。この島にホテルを作りたいとな。無線で大体話は聞いた。ここは元国有地だが、今のオーナーはスコーンなのだ。よって、最終決断はスコーンの判断だがよろしいか?」

「はい、それは存じております。他国からなので、ご挨拶だけでもと」

「スコーンまずは、ここを開発する意思はあるか?

 私は少し考えた。

「ちょっとなら考えた事はあるよ。何しろなにもないから。今はちょっとやってみたいなって感じだよ」

 私は素直に答えた。

「それでしたら、ぜひご検討ください。ホテル分のお金をよこせとはいいませんし、諸々の工事費も支払います。私の事は他国の物好きとお考え下さい。誕生日プレゼントです」

「それいいね、ビスコッティはどう思う?」

「はい、病院併設というのもいいですね。この島には病院がないので」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「うむ。契約成立か?」

「うん」

 私が頷くと、女の人は紙を差し出した。こちらにサインしていた頂ければ、あとは任せて下さい」

 女性が頷いた。


  結局、ホテル作りを承認した私は、夜食のお粥を食べてほっこりした後、自分のハンモックに戻った。

「ビスコッティ、帰りは明日だっけ?」

「はい、師匠。今回は誕生会のために、温かいところに行こうという話でしたので」

 ビスコッティが笑った。

「ビオラが問題だよ。王都はイマイチ信用出来ないから、カリーナに連れていこうと思うけど、怖い人たちがウヨウヨなんでしょ。それはそれで、危険なんだよね」

 私は小さくため息を吐いた。

「王都よりマシですよ。しかも、まだビオラが逃げた事自体がニュースになっていません。明るみに出ても、カリーナにちょっかいを掛けるのは、勇気がいると思いますよ」

 ビスコッティが笑った。

「それもそうだね。ヘタな場所より安全か」

 私は笑った。

「あの、私の事はあまり気にしないで下さい。文字通り、勝手に飛び込んできてしまっただけなので」

 ビオラが小さく息を吐いた。

「これもなんかの縁だよ学校の中にいれば、ヘタに動くより安心でしょ」

 私は小さく笑った。

「おう、バリバリ防御するぞ!!」

 犬姉が笑った。

「ありがとうございます。でも、本当に気にしないで下さい。いつも通りに」

「だって、いつも通りじゃ、キャンプ場で肉ばっか焼いてるよ」

 私は笑った。

「そうですねぇ。雪ではどこにもいけません。そういえば、一つ噂があるんです。カリーナには地下四階まであって、そこにはお仕置き部屋があると。探してみます?」

「やめて、本当にあるから」

 リズがげんなりいった。

「あれ……」

 本当にお仕置きされたことが何度もあるの。最悪だよ、あれは……。

 リズがげっそりいった。

「あるんですね。都市伝説か何かと思っていたのですが」

 ビスコッティが笑った。

「うん、面白い場所じゃないよ」

 リズが苦笑した。

「なに、ビスコッティ。入ってみたいなんていわないよね?」

「それはないですよ。あると聞いていたので、確認しただけです」

 ビスコッティが笑った。

「全く、あんなもん埋めちゃえばいいのに……」

 リズがぼやいた。

 どうやら、カリーナという学校、まだまだ奥が深そうだ。

「もう、お仕置き部屋の話はやめてね。暗くなってくるから……」

 リズが私の髪の毛をモシャモシャしたが、ショートなのであまり髪型は変わらなかった。

 冒険野郎パステル隊長が騒ぎそうだったが、さすがにヤバいと思ったか、なにもいわなかった。

「あれはあたしが村の魔法学校で勉強していた頃、お世辞にも褒められた授業態度じゃなくて、これを直そうとして全部ダメで、ヤケクソになって作ったのが、中でなにをしてもぶっ壊れない部屋だったんだ。今では先生も過ちだったって認めてるけど、そのくらい態度が悪かったんだよ。それがカリーナに入った途端、主席卒業だよ。先生がいじけちゃって、大変だったんだよ。

「リズ、にやけちゃってもう」

 パトラが笑った。

「だって、冬なのに花壇にひまわりの種を植えたり、チャリのサドルだけ盗んで捨てたり、もうみていられなかったから、私が協力をして、部屋だけコロコロ移動出来るようにしたんだよ。そうしたら、やっと先生が治ってね。今はカリーナの地下四階の元資料室に、ポツンとコロコロ置いてある。聞いた事もない変な合金が使われているみたいだから、近寄るのも危険だよ」

 リズが「もう嫌!!」という顔をした。

「……それ興味ある。ビスコッティ」

「ダメです。危険です!!」

 私の言葉を先読みして、ビスコッティに阻止されてしまった。

「あたしもお勧めはしないな。中はあらゆる魔力を吸収するから、オメガ・ブラストでも、揺れた程度だし、銃や剣なんてオモチャ程度にも役に立たないよ」

 リズが苦笑した。

「さて、お仕置き部屋はどうでもいいとして、みんな寝たがいいよ」

 なぜか、リズが私のおでこに両面テープでデコポンを張り付けた。

「ビスコッティ、これデコポンにみえるけど、わりとヤバい爆弾だから、早く取ってあげた方がいいよ」

 リズが笑った。

「ば、爆弾!?」

「師匠、そんなわけないです。いつもの冗談でしょう」

 ビスコッティが、ボコッとデコポンを外すと、辺りに爆音と振動が響いた。

「アハハ、だから気をつけろっていったのに!!」

 爆発でぶっ飛んだ勢いで私は家の屋根を突き破り、頭だけ外に飛び出した文字通りのデコポンスタイルで落ち着いた。

 下でビスコッティが暴れている音が聞こえてきたが、頭上の私には気がついていないようだった。

「はい、助けにきました!!」

 パステルが異変に気がついて、私を屋根から引っこ抜いてくれた。

「イテテ。さて、なにをやっているのやら。

 私は屋根に開いた穴から下をみると、リズとビスコッティが一戦交えていた。

「あーあ、ビスコッティの評定下げよ。パステルは加点だね」

 私は笑った。

「……師匠の声が聞こえる。しまった、師匠!!」

「アハハ!!」

 やっと戦いが終わったらしく、ビスコッティが慌てて家の外に出て、パステルが掛けたらしい脚立を上ってきた。

「師匠、お怪我は!?」

「うん、奇跡的に助かったけど、ここに穴ぼこが開いてる通り、体がここに引っかかって、まさにデコポン状態になっちゃってさ。どうしようかなって思っていたら、パステルがきてくれたんだよ」

 私は苦笑した。

「そ、そうだったのですね。良かったです」

 ビスコッティが小さく息を吐いた。

「あれ、そっちにアリサがいるはずだけど、みなかった?」

 家の中から犬姉の声が聞こえ、私は周囲を見回した。

「えっと、いないよ!!」

「アイツ、またサボったな。探してやろう……」

 犬姉が笑って、脚立を上ってきた。

「さて……」

 犬姉が屋根の上を歩き、いきなり拳銃を引き抜いて、ドカンとなにかを踏みつけた。

「フリーズ。丸見えだぞ!!」

「そ、そんな!?」

 どうやら、家の屋根の上に陣取っていたアリサの姿が微かに見えた。

「うげっ、あんなところに!?」

「はい、師匠。私はなにかいるな程度には分かりましたが、アリサが本気で隠れると探すのが大変で」

 ビスコッティが苦笑した。

「アリサごとき、すぐに見分けがつくよ。じゃなきゃ撃たれて死ぬ!!」

 犬姉が笑った。

「笑いごとではないような……。そういえば、犬姉って狙撃は得意な方?」

「当たり前だけど、距離によるね。四百メートル以内ならいけるかな。リズも似たようなもんだよ」

 犬姉が笑った。

「四百か。近いのか遠いのか分からない」

 私は苦笑した。

「市街地なら遠い方だと思うよ。そのドラグノフだって、六百メートルが有効射程距離だけど、実際に取れる射線はもっと短いから」

 犬姉が笑みを浮かべた。

「なるほど……ところで、この穴ぼこどうしようか?」

「自動修復が付いてるらしいから、朝には直ってるよ」

 犬姉が笑った。


 一騒ぎあったあと、私は自分のハンモックに横になって、寝る体勢に入っていた。

「うーん、対艦ミサイルでビスコッティを狙撃できないかな。射程が四百キロ以上あるし……的が小さいから難しいかな。レーダーも反射しないし」

「そりゃ狙撃じゃなくて射撃だ!!」

 たまたまやってきた犬姉が笑った。

「そっか、違うのか……」

「大違いだよ。誘導装置が付いてる段階で狙撃じゃない。おーい、ビスコッティ。スコーンが面白い事考えてるよ!!」

「よ、呼ばないで!!」

 私は慌てたが、ビスコッティが不思議そうな顔をしてやってきた。

「なんですか。師匠がまたへんな事考えていましたか?」

「うん、対艦ミサイルでビスコッティを狙撃したんだって。だから、それは狙撃じゃないって訂正しておいた」

「はい、狙って撃つという意味では一緒ですが……って、こら。師匠!!」

 ビスコッティの平手が飛んできた。

「私を撃沈してどうするんですか。なんか恨みでもあるんですか!!」

「な、ないよ。ただの思考実験だよ!!」

 私は慌ててもう一発発射されそうな平手に備えた。

「思考実験でもダメです。すぐ、私をぶっ殺そうとするのはやめて下さい」

 結局二発目は発射されず、ビスコッティはテーブルに戻った。

「……犬姉ならいいのか?」

「ほう、やるかね?」

 うっかりそばにいたことを忘れ、何気なく呟いたら、その犬姉が指をバキボキならしながらニヤッとした。

「ああ。やらないよ!!」

「やるならハープーンでこい。発射の動きが格好いいから!!」

 犬姉が笑ったとき、家が微かに振動するほどの重低音が聞こえた。

「おや、この音はアパッチだね。どっかぶっ壊しに行くのかな!!」

「なんで嬉しそうなの……」

 私は苦笑した。

「どれ、聞いてみるか」

 犬姉がポケットから無線機を取り出し、どこかと交信をはじめた。

「馬鹿野郎!!」

 いきなり犬姉が叫び、無線をポケットにしまった。

「ど、どうしたの?」

「アリサの手配ミスだよ。昼間と勘違いして、アパッチをここの上空に一機配置配備なんてやったらしい、うるせぇ!!」

 犬姉が笑った。

「ま、まあ、頼もしいけど、うるさくてどうにもならんね」

 私は苦笑した。

 しばらく経つと重低音が遠ざかり、キッチンからなにかが焼ける匂いが漂ってきた。

「みなさーん、焼きそばが焼けました。よろしかったらどうぞ!!」

「ビスコッティが。マズい!!

 私はハンモックから転がるように下りると、みんながモソモソ動き始めた中を掻き分け、真っ先にキッチンに飛び込んだ。

「師匠、お腹空いていたんですね」

「それ、試食!!」

 私は鉄板の上からキャベツを一つ箸で掴み、味をチェックした。

「……良かった、ちゃんとした味だ。砂糖でも掛けられたら堪らないからね」

 私は特大のマクガイバみたいな息を吐いた。

「……師匠、それが目的だったようですね」

 ビスコッティの錨の鉄拳が私の頭にめり込んだ。

「添付されていた粉ソースで味付けました。師匠には、直接口の中に味付けしてあげます」

 ビスコッティがニヤッと笑い、凄まじい速度で私との間合いを詰めると、手にしていたソースワンパックの袋を器用に破き、私の口の中にドバッとぶち込んだ」

「ゲホゲホ、辛い!!」

「そう、どうやってもこの味にしかならないですよ。皆さん集まるとは、夜食の時間にちょうどいいですね」

 ビスコッティが、笑った。


 はい、今日の夜食です。

「ゲホゲホ、なにすんの!?」

 むせ込み中の私、水が欲しい。

「あれ、師匠が悪いんですよ」

 ご機嫌のビスコッティ。

「なに、焼きそば作ったの。玉子まで乗せて!!」

 ビール片手にゴキげンのリズ。

「あっ、夜食だ。混ざらないと」

 慌ててビールを鉄板に零したパトラ

「こら、パトラ!!」

「大丈夫、むしろコクが出て美味いから。多分!!」

「全く……。それにしても、平和な誕生会だったねぇ」

「リズ、そうでもないよ。私はケーキにダイビングしたし!!」

「スコーン、あの程度はトラブルにならないよ。うん、チキンタツタが美味い」

「い、いつ買ったんだですか!?」

「ん、昨日買ったよ。パトラが時限断裂魔法を使ってね。お腹空いたんだもん!!」

「なにやってるんですか。ってか、ずっと食ってないですか?」

「うん、暇があれば食う!!」

「チキンタツタってなに。ハンバーガー?」

「うん、そうだよ。でも、ビスコッティの焼きそばを食べよう。デコポン師匠!!」

「……デコポン師匠。可愛いな」

「師匠、真面目に考えないで下さい!!」

「だって、可愛いじゃん。ビスコッティも、今度からデコポン師匠と呼ぶように」

「アハハ、ハマっちゃた!!

「それにしても、今日は平和だねぇあたしは眠いよ」

「寝ればいいじゃん。私は止めないよ」

「パトラ、それが出来ない体質だって知ってるでしょ?」

「えっ、そうなの。それなら、私と似たようなもんだね。二時間寝れば復活だから」

「師匠の寝起きは最悪ですけどね」

「だから、デコポン師匠だって!!」

「嫌です!!」

「まあ、長い間使い慣れたコールサインは、なかなか変えられないもんだねぇ。この焼きそば美味いな。肉がたっぷりだし」

「はい、食材が余ってしまったので、在庫の整理も兼ねています」

「そっか、なるほど。話は変わるけど、マクガイバーって冒険するしかないような名前だよね。マクを外せばガイバー。冒険者だもんね」

「あれ、そんな名前の意味があったの。あたしのリズはなんだろ?」

「特にないでしょ。私のスコーンなんて、堅焼きのお菓子だよ。そんなに固かったかな」

「私のビスコッティは、いわゆるビスケットです。マルシルは(禁則事項)でキキは(禁則事項)なんですよ」

「まあ、別人だけどね……。さて、焼きそば食ったし寝るかな……」

「まだ早いです。お酒、お酒!!」

「相変わらず飲むねぇ。あたしも本気出すか。ビスコッティは知らないけど、私の動力炉はあらゆるエチルアルコールを分解出来ますってか!!」

「動力炉!? リズってマシンだったの。分解していい?」

「馬鹿たれ、あたしだって飲めるって証明してやる!!」

「あれ、マシンじゃないんだ。じゃあ、分解はやめよう」

「なんでも分解するな。おっ、いい酒じゃん!!」

「はい、こんな時のために、とっておいたんです」

「リズ、これ幻の葡萄酒だよ。もう、世界に一、二本しかないって有名な」

「知ってるよ。これのつまみが焼きそば。いいねぇ、そういう崩し好き!!」

「リズ、笑ってないで手伝って下さい。あのバキューム急速食いで!!」

「いいじゃんこれで。今から作るんじゃ面倒でしょ」

「それはそうですが、これが最後かも知れない貴重な葡萄酒と焼きそば……」

「いいじゃん、私たちらしくて。どんなお酒なの?」

「は、はい、師匠。長いので端折りますが、今はないシャトーが最後に残した逸品です。プレミアが付いて今では凄い値段なっていますが、本物はまず表に出てきません。裏で流れていたものをなんとかゲットしたんです」

「それなら、もっといい日にすればいいじゃん。飲みたいなら別だけど」

「そういう事。可愛い師匠の誕生日プレゼントにしたかったんでしょ。大体読める」

「だったら、ありがたくいだただくよ。ありがとう」

「師匠に分かってもらえた!!」

「簡単だって。パトラ、あれ用意して」

「あれだね!!」

「……これ、本物のスティンガーじゃん。そうじゃなくて、あれ」

「あっ、あっちか……」

「そうこれ、せーの!!」

「師匠、クラッカーまでよういしていたんですね」

「うん、リズの誕生日でもあるからね!!」

「こら、パトラなに使われてるんだと思ったら、そういう事だったか

「よし、誕生会を盛り上げよう」


 ビスコッティの焼きそばで始まった夜食は、そのままリズの誕生会に突入した。

「さすがにあれほど大きなものではないですが……」

 パステルが、オーブンからケーキのスポンジを取り出した。

「ケーキまで焼いてくれたの!?」

 リズが目の端に涙を溜めた。

「これは師匠の分も兼ねてです。今度はダイブしないでくださいね」

 ビスコッティが笑った。

「あれは大きすぎたんだよ!!」

 私はため息を付いた。

「まあ、お陰でいい感じに笑いが取れました。あっ、リズ。まだ食べないで下さい!!」

 ビスコッティが、フォークを手にしたリズを止めた。

「せっかくなので、記念撮影を。あっ、他の皆さんも起きていますね」

「はい、起きてますが眠いです!!」

 髪の毛が爆発したパステルがぼけーっとやってきた。

「ケーキですね。美味しそうです」

 これまた超ロングの髪の毛を暴発させた、マルシルがやってきた。

「またマクガイバーが追いかけてきました。最近、こんな夢ばかりで」

 キキが寝癖頭を掻いた。

「ま、マクガイバーが追ってくる!?」

「はい、逃げてもずっと追いかけてくるんです。疲れて止まると、マクガイバーはそのまま通り過ぎていって、実害はないのですが疲れます」

 私はノートを取り出し、マクガイバーのページを作った。

「これでいつきても、すぐに書ける」

 私は笑みを浮かべた。

「みなさん、記念撮影を取ります。あれ……」

 三脚を立てるのが面倒だったのか、カメラ付きのドローンを操作していたビスコッティが、上手くいかないようで困っていた。

「ったく、これだから……」

 犬姉が操作を変わった途端、フラフラしていたドローンが安定した。

「ミグ25よりマシだよ。あれ真っ直ぐ飛ばないから。よし、撮るよ!!」

 カシャッとシャッター音が聞こえ、記念撮影を終えると犬姉がドローンをビスコッティの頭に着陸させた。

「あれ、練習したのにな……」

「ビスコッティってミグ21に乗らせると鬼のように強いけど、他はダメだからね!!」

 犬姉が笑った。

「ミグ21は最強です。最近のは小難しくてわかりません」

 ビスコッティが笑った。

「ほら、これだ……」

 犬姉が笑った。

 ビスコッティが頭に着陸したドローンを回収すると、みんな集まってと指示を出した。「これが本物かもしれません。誕生会第二部スタートです。まずは蝋燭に火を付けて……」 ビスコッティがケーキに蝋燭を立て、ここぞとばかりに魔法で火を付けた。

「さて、誕生日といえば、お約束のこの曲でしょう」

 ビスコッティがなんか弄り、家の中にカチューシャが流れた。

「……ビスコッティも、なかなか冒険者だね。予想を裏切られた」

 私は笑った。

「違う、違うんです。あれ、このプレイリストにない!?」

「これでいいじゃん。共通語版だと味気ないから、原曲版で歌ってやろう」

 犬姉が私の頭に手を乗せて、どこの国かも分からない言葉で歌いはじめた。

「はい、これにしましょう」

 ビスコッティが混ざり、見事なハーモニーで歌いはじめた。

「へぇ、やるじゃん。犬姉は知っていたけど、ビスコッティも歌うんだね」

 リズが感心したようにいった。

「うん、結構上手いよ。新しいのはダメだけど」

 私は笑った。

「だろうね。頭固いから、新しいのがなかなかインストールされないんだよ」

 リズが笑った

「なるほど……」

 私は納得した。

「ん、なにやってるの?」

 ここにきて、とんでもない事態が起きた。

 半分寝ていた様子のパトラが、起きだしてきたのだ。

「ぎゃあ、タイミングが!?」

「大丈夫です。ケーキはまだ切っていません。もう一回ドローンを飛ばします!!」

 ビスコッティが慌ててドローンを離陸させ、フラフラさせながらケーキ上空で旋回飛行させた。

「下手くそ。ちょっと貸しなさい。その間に、もう一人いないでしょ。ビオラを叩き起こしなよ」

 犬姉の操縦でドローンが安定し、ビスコッティは名前を呼びながらビオラを探した。

「はい……緊急ですか。急ぎます」

 寝ぼけたビオラの声が聞こえ、眠そうに枕を抱えて寝間着のままやってきた。

「誕生会第二部だって。眠い?」

「いえ……あと一分あれば……」

 寝ぼけていたビオラの目がシャキッとして、抱えていた枕はそのままに、大きくあくびをした。

「はい、もう大丈夫です。もう一度、誕生会をやるんですね」

「うん、そうみたい。そのままでいいよ」

 私は笑みを浮かべた。

「はい、お待たせしました。写真撮影からいきましょう」

 ビスコッティの声と共にシャッターが切れる音が聞こえた。

「もういいか……」

 犬姉が私の頭にドローンを着陸させた。

「……これ、好きなの?」

「うん、テクがいるんだぞ!!」

 犬姉が笑い、ドローンを片付けた。

「早く消さないと、蝋燭を消しますよ!!」

 ビスコッティが慌てるので、私は勢いよく蝋燭を息で消していった。

 リズも苦笑しながらポツポツ消していき、燃えた蝋燭を抜いていった。

「ったく、何度も二十五だって認識させてくれるんだから。あーあ」

「私は二十歳だよ。二十歳だよ!!」

 私は笑った。

「二十とか二十五とか……喧嘩売ってます?」

 ビスコッティが、額に怒りマークを浮かべた。

「な、なんで、あたしにまで怒るの!?」

「ダメだ、一発食らわないと収まらないよ!!」

 ビスコッティはリズと私の頭にゲンコツをめり込ませた。

「な、なんであたしまで。ま、まあ、あたしらしいけど……」

 リズがブー垂れた。

「さて、ケーキを切りましょう。昼間とは味が違うんですよ」

 ビスコッティがケーキを切り分け、どことなくブランデーの香り漂うベークドチーズケーキだった。

「なに、お酒入れたの?」

「いえ、入れたというほどではありません。香り付け程度です」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

 こうして、私たちは深夜のパーティを楽しんだ。


 翌朝、いつも通りの時間に起きると、家の中が大騒ぎになっていた。

「な、なに!?」

 ドタバタ走り回る音に、私は寝間着のままハンモックからおり、やたらうるさいキッチンに向かった。

「どうしたの……?」

「はい、Gが出たのです。Gです。暖かい気候なので、絶対いると思ったら、ついに一匹でたので、処理しています」

 珍しくエキサイトしたマルシルが、杖を片手に大暴れしていた。

「……攻撃魔法使わなくても」

「いえ、私はあれをたたき殺せません。これしかないのです!!」

 マルシルは、鬼の形相で走り回るGと対決していた。

「……うん、かなり魔法の制御が上手くなったね。いいことだ」

 私は寝ぼけた頭をポリポリ掻いた。

「師匠、マルシルはなにをやってるんですか?」

 起きだしてきたビスコッティが、せっせと髪の毛を束ねながら不思議そうな顔をした。

「Gを見つけたから迎撃してるよ。殺虫剤あるんだけど……」

「はい。でも、器用ですね。床に焦げあと一つ残さず、これだけド派手に火炎魔法を放つんだから」

 私は笑みを浮かべた。

「あっ、飛んだ!?」

 狙い澄ましたかのように、Gが離陸してそのままマルシルの顔面に張り付いた。

「ぎゃあ!?」

 マルシルは断末魔の悲鳴をあげ、そのまま動かなくなった。

「あれ、ショック死してないよね?」

「みてみましょう」

 ビスコッティが床に倒れたマルシルの頸動脈に指先を当て、首を横に振った。

「マジかい。心肺蘇生術!!」

 私は部屋の棚に置いてある、赤いAEDと書かれた鞄を持って走った。

 仰向けに寝かされたマルシルに、ビスコッティがせっせと心臓マッサージと人工呼吸を施していた。

「ほら、AED!!」

 ビスコッティにセット一式を投げ、私は次の一手を考えていた。

「まさが、Gにクリティカルヒットされるとは……。やっぱ、蘇生術しかないのかなぁ」

 私が最前の一手を考えていると、犬姉とアリサがやってきた。

「た、隊長!?」

「うろたえるな。発見はいつ頃だい?」

 犬姉がマルシルの脇に座って肌を触った。

「ついさっきだよ。偶然見つけたGが顔面に張りついて、そのままこれ」

 私は小さく息を吐いた。

「なんだって!?」

 犬姉が声を上げた。

「そ、そんなばかな。死ぬほど苦手とはいいますが、単なる比喩表現で本当に……」

 アリサが目を丸くしてしまった。

「師匠、ダメです。やるしかありません」

「やっぱりね……。あれ、もう床に魔法陣が描いてある」

 気がつけば、床には魔法陣が描かれ、真ん中に倒れているマルシルの姿があった。

「こら、自分に必要以上の負荷を掛けるスコーンはダメ。あたしの仕事だよ」

 さすがにこの騒ぎで起きだしたらしく、リズが小さく笑みを浮かべた。

「しっかし、そんなに嫌いならいってくれれば、パトラ印の殺虫剤を撒いておいたのに。パトラ、いくよ!!」

「あいよ!!」

 リズとパトラが同時に呪文を唱え始め、マルシルが魔力光に包まれた。

「……でたな、裏ルーン」

 私はリズではなく、パトラを見つめて笑みを浮かべた。

 呪文の詠唱時間が長くなり、魔法陣の光りが消えそうになってきた。

「ビスコッティ!!」

「はい、師匠」

 ビスコッティは特殊チョークで、消えかけていた床の魔法陣を修復した。

「……ん、今度はリズが裏ルーン。考えたね。本来、蘇生術は一人でやるものじゃない。

片方ずつ表と裏のルーン文字を切り替えるか。やるね」

 私は笑みを浮かべた。

「ビスコッティ、サポート。いくよ」

「はい」

 リズとパトラではどうしても乗り越えられない壁を私とビスコッティが繋ぎ。部屋中に光りが飛び散ると、床の魔法陣は自然と消えた。

「あれ……」

 マルシルが身を起こし、小さくため息を吐いた。

「あれしきの事で申し訳ありません。どうしても苦手なもので……」

 マルシルがまたため息を付いた。

「うん、誰しもあるよ。私だってビスコッティ……」

 ビスコッティがナイフを私の首にペタペタ当てて、変な笑みを浮かべた。

「私がなにか?」

「な、なんでもない。それより、朝ご飯作って。リズが燃料切れしちゃうよ!!」

 実はパトラの方が限界に近かったのだが、ここは上司であるリズを指すべきだった。

「分かりました。マルシルは椅子で休んでいて下さい。すぐにやります!!」

 ビスコッティはボウルを取り出し、冷蔵庫から取り出した玉子を両手で綺麗に割始めた。「ここまではいいんだよなぁ。あとが最悪なんだよね」

「……師匠なにかいいました?」

 ビスコッティが包丁片手にニヤッとした。

「な、なんでもない。気のせいだよ!!」

 私は笑った。

「そうですか……。甘いのお嫌いですか」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「い、いいんだよ。甘くてもしょっぱくても!!」

 私は慌てて椅子に座った。

 それから間もなく、みんなでそろって朝ご飯を食べだ。

 そのまま、家でダラダラ休んでいると昨日の居残り組が帰ったのは、昼過ぎだった。

「これで帰れるね。しっかし、たかが誕生日にこれ程とは……」

「師匠、王族や上流家庭では何かとパーティが多いのです。なぜかは知りませんけどね」

 ビスコッティが笑った。

「そうなんだ……。さて、時間もないし私たちも帰る支度をしようか」

「はい、師匠。みなさん、帰りますよ!!」

 ビスコッティの声で、みんなが荷物を纏めはじめた。

 私はいつもの鞄にゲームボーイを突っ込み。用意を済ませた。


 空港ビルに行くと、犬姉がバキバキと指を鳴らした。

「さて、直してもらってるけど、一応自分でも確認しておくよ。ちょっと待っててね」

「コパイ、はよこい!!」

 犬姉がビスコッティの肩を掴んだ。

 そのままズリズリ床を引きずっていき、私たちはボンヤリ見送った。

「さて、どうしようかな……」

 私は館内案内図をみた。

「……当たり前だけど、まだほとんど準備中だね。うーん、展望デッキか。上がってみよう!!」

 他に行く場所もないので、私たちはエスカレータで屋上階まで上がった。

 やたら広くなってしまった空港ビル屋上にでた。

「へぇ、広々していいね」

 私は辺りを見回した。

 ちょうどプッシュバックを終えたYSがエンジンを掛け、誘導路に向かって行くところだった。

「やけに早いな。犬姉も気になってるか」

 リズが小さく笑みを浮かべた。

「確かにこんな早かってっけって感じだね。誰も乗ってないからかもしれないけど」

 私は小さく笑った。

 滑走路に入ったYSは離陸し、もの凄い速度で急上昇していった。

 そのまま空を飛び回り、着陸したと思ったらすぐに離陸していった。

「あれ?」

「タッチアンドゴーだよ。これなら何回でも着陸シュミレーションができるでしょ」

 リズが笑った。

「なんだ、ぶっ壊れたわけじゃないんだね。ならいいけど」

 私は笑った。

 しばらくみていると、ビルの館内放送で私たちに早く搭乗口に来るようにと呼び出しがあった。

「おっ、気が済んだみたいだよ。いくか!!」

 リズの声で、私たちは展望デッキをあとにした。


 空港を案内してくれたお姉さんが、十二番の搭乗口に案内してくてた。

「ここの職員って、あのファン王国海兵隊の隊員なんだって。喧嘩はしない方がいいよ」

 リズが笑った。

「そ、そうなの……気をつけよう」

 私は苦笑した。

「それじゃ、いこうか」

 笑みをうがべたリズが機内に入ると、パトラが指をくわえながら操縦室の扉をみていた。「ほら、パトラ。あんたは客席。いくよ!!」

 リズが笑って、パトラをを引きずっていった。

「ビスコッティを取られたね」

 私は苦笑して、客席に向かっていった。

「よっこいせ」

 空席だらかけの機内で、翼の後辺りの席に腰を下ろした。

『みなさん、座ったらシートベルトを締めて下さいね。現在のカリーナの天気は雪。気温マイナス五度。風はありません』

 ビスコッティーの声が機内に響いた。

「マイナス五度……。風邪引くな、これ」

 私は笑った。

 しばらくしてプッシュバックが終わり、飛行機は誘導路に入った。

「ここも大きくなっちゃったね。少しひなびた感じはなくなったけど、これはこれで便利でいいか」

 私は白衣のポケットにしまってあったポンカンを剥いて、モサモサ食べはじめた。

「やっほー、それくれ!!」

 リズが隣に座り、私のポンカンをむしり取った。

「……もう一個ある」

 私はもう一個のポケットにしまってあったミカンを取り出し、皮ごと一口に丸かじりして飲み込んだ。

「ば、バックアップがあった。さすが」

 リズは手にしたポンカンを、一口で丸呑みにした。

「これから帰って、もう夕方か。ねぇ、飛行機もうちょっと速いのにしない。これじゃ遅くて……」

 リズが苦笑した。

「私はこの古くささが好きだけどな。確かに遅いけど、他に使っていないみたいだから、突然使っても迷惑かけないし、これでいいんじゃない?」

 私は笑った。

「そうかねぇ。豪華なのは要らないけど、せめて737くらいの小型ジェットにした方がいいかもね」

「いいよ、ジェットは味気ないから」

 私は笑った。

『犬姉だよ~。いきなり空港がデカくなっちゃったから、誘導路間違えちゃった!!』

『間違っちゃったじゃありません。だから、R23じゃなくてR34です。引っぱたきますよ!!』

 スピーカーから、楽しそうな犬姉とビスコッティの声が聞こえた。

「ちょっと、大丈夫なの。これ?」

 リズが笑った。

「やれやれ……」

 私は苦笑した。

「……リズ」

 パトラの声が聞こえ、どこからやってきたのか、リズの白衣の裾を引っ張りながら指をくわえた。

「ダメ、今日はお客さん。早く座ってベルトを締めて!!」

 リズが適当な座席にパトラを押し込みシートベルトを締めると、魔法の縄とでもいうべきもので、きっちり縛り上げた。

「ったく、これだけやっておけば平気でしょ。この飛行機野郎マクガイバーが」

 リズが私の席の隣に座り、ノートパソコンを取り出した。

「機内モードにして……さて」

 リズがそっと懐から眼鏡を取り出し、バカスカキーボードを叩きはじめた。

「あれ、目が悪かったの?」

「ブルーレイカットだよ。度は入ってない」

 リズが笑った。

「へぇ、そんなのあるんだね。私もなんか書こう」

 私はノートパソコンを取り出し、ボカスカキーボードを叩きはじめた。

「ねぇ、魔道関数のあれってなんだっけ?」

 リズが誰ともなく聞いた。

「あれは十八だと思うよ。これより大きいとだめ」

「ふーん、分かった」

 リズが眼鏡を直し、マクガイバーのテーマを鼻歌で歌いはじめた。

「リズ、魔状係数って知ってる?」

「知ってるに決まってるじゃん。どうかしたの?」

 私とリズは、その後も無意識で会話をしながら、ノートパソコンのキーボードをバカスカ叩いていった。

 いつの間にか離陸した飛行機の揺れに身を任せ、気がつけば私とリズは助手抜きで新しい魔法を一つ作ってしまった。

「あれ、魔法作っちゃった。ビスコッティに怒られるな。安全チェックも仕事の一つなんだけどな」

「うちはパトラが働かないから、そんなもん関係ないよ。やっちゃう?」

 リズが笑みを浮かべた。

「やっちゃうっていうか、なに作っちゃったんだろ。あれ、禁術の死霊術じゃん。また不気味なものができたねぇ」

 私は笑みを浮かべた。

 死霊術とは、死体を使役してなにかやらせるものだ。

 私は趣味じゃないのだが、どうも共作しているうちに、妙な方向にそれたようだ。

「不気味っていわない。でも、これここで使っても意味がないよね」

 リズが笑った。

「死霊術なんて使うもんじゃないよ。さて、次行こう。その魔法のロープみたいなの、なんか便利そうだね」

「うん、パトラを縛っておくのに最適だよ。普通の縄だと縄抜けしちゃうけど、これなら出来ないから」

「それが凄いか分からないけど、私も作ってみようかな。こんなのがいいな……」

 私はノートパソコンのキーを叩きながら、こっそり機内に持ち込んだ手榴弾をリズに渡した。

「なにこれ、興味ない」

 リズが手榴弾をぶん投げ、前の方の席にいたマルシルの後頭部に直撃した。

「安全ピンは付けてあるけど、むやみに投げるとビスコッティに怒られるよ」

 私はカタカタやりながら、やる気なくリズにいった。

「なんで手榴弾なんて持ってきちゃったの。ミカンと間違えた?」

 こちらも心ここにあらずで、リズがボンヤリ聞いてきた。

「なんでだろ……まあ、いいや。これで基礎部分が出来たぞ。あとは……」

 私はカタカタとやりながら、時々窓の外を見て休憩を入れ、リズの画面をみた。

「なんだ、単純だったんだね」

「そりゃ、紐を出すだけだから。あまり基礎に拘っても意味がないよ」

「そっか、こりゃ完全過ぎるか……」

 私はキキが投げ返してきた手榴弾を受け止め、また白衣のポケットにしまった。

「その完全なの見せて。あの野郎、最近抜け方を微妙に覚えた臭いから」

「いいよ。これ……」

 ノートパソコンの画面を見たリズが、小さく笑った。

「こんなもんに裏ルーンまで使って。そりゃ取れないよ」

「裏ルーン使いの悪癖だね。なんでも裏ルーンを使うようになっちゃうんだよ」

 私は笑った。

「面白いから完成させちゃおう。あれ、パトラがいない」

 さっき魔法のロープで括り付けたパトラがいなくなり、額に怒りマーク全開のビスコッティが座っていた。

「うな!?」

 私は咄嗟にギリギリ完成させた魔法のロープで、ビスコッティを椅子に縛り付けた。

「あれ、やりますね。アリサ!!」

 ビスコッティの声に、アリサがよってきて、ショートソードで縄を切ろうとした。

「こりゃダメだ。文字通り、歯が立たないよ」

 アリサがショートソードをしまった。

「師匠、私を縛りましたね。こうされると、めちゃくちゃ怒るって知っていますよね」

 ビスコッティが鬼の形相を浮かべた。

「待って、ここなんだよ気に入らないのは。直そう……」

 私は呪文の気に入らないところを直し、ビスコッティの鬼のようなゲンコツを食らった。

「あれ解けちゃった。だから、気に入らなかったんだよ!!」

「師匠、もう一発かまされたくなかったら、ごめんなさいは?」

 ビスコッティが私の首にバナナを当てて笑みを浮かべた。

「あのさ、それどこから?」

「食べ物がないので、お土産に持ち帰るつもりだったフルーツを、みんなで分けて食べてるんです」

「じゃあ、デコポン。脳が糖分を欲しがってる」

「はい、師匠……。じゃない、やっぱり、もう一発入れて起きましょう」

 ビスコッティは、私の頭にゲンコツの雨を降らせ、機内を歩いていった。

「ほら、怒った。いった通りでしょ」

「怒ったねぇ。パトラも魔法薬ばかりやってないで、助手の仕事をして欲しいよ」

 リズが笑った時、ビスコッティが大量のフルーツを抱えてきた。

「最後の分け前ですからね。師匠、なんで魔法を作っちゃったんですか?」

「うん、リズが作りはじめたら、体が勝手に動いた!!」

 私は笑い、リズが笑った。

「どっちが助手か分からなかったよ。おかげで、なにをやっても切れない魔法のロープが出来たよ。仕事に使おう」

 リズが笑った。

「師匠は真似したらダメですよ。私のマッハ平手が飛びますからね」

「遅いよ。もう出来た!!」

 私はノートパソコンの画面に表示された呪文をビスコッティに見せた。

「なんで作っちゃうんですか。もう……」

 ビスコッティが通路に立ったまま、呆れた声を出した。

「そりゃ簡単だよ。魔法オタクが揃えば、自然とこうなるんだよ」

 私は笑った。

「そりゃそうだ。あっ、そうだ。これが解けるかな?」

 リズが自分のノートパソコンの画面に、呪文を表示させた。

「なるほど、古々代エルフ文字だね。パワーがありすぎるから、最低でも二人でやった使った方がいいね……それ以上か。浮遊の魔法だね。なに、大陸を空中に上げたって」

 私は苦笑した。

「いや、魔法使いの中で流れる与太話の一つだよ。知らなかった?」

 リズが笑みを浮かべた。

「これ、呪文として成立してるのかな?」

「古々代エルフ文字になると、簡単には解読出来ないんだよね……ああ、これ大規模合成魔法だよ。だけど、呪文としては未完成だね。これじゃ発動すら出来ないよ」

 私は笑った。

「そっか、たまに魔法屋がくるでしょ。面白そうだから買ったけど、未完成じゃねぇ」

 リズが苦笑した。

「ああ、くるね。あれはやめた方がいいよ」

 私は笑みを浮かべた。

 魔法屋とはカリーナのような魔法学校に出没する輩で、怪しい呪文を売りさばく、通称バッタもん屋である。

 リズのように気まぐれで買ったりすると、まず完成させようがないクソボロい品物だったりするので、無視しておくのがベストだった。

「あの、古々エルフ語なら読めますよ」

 マルシルがやってきて笑みを浮かべた。

「そっか、マルシルがいた。読んでみて」

「はい……浮遊の魔法を書こうとした下書きですね。なにを持ち上げるか分かりませんが、かなりの重量物で、数百人規模の合成魔法です。こんなの上手くいかないと、早々に投げ出されたようですが」

 マルシルが笑みを浮かべた。

「だろうね。起動公式がメチャメチャだもん。ろくなもんじゃないと思うから、直したりしないけど」

 私は笑った。

「まあ、あたしも捨て銭のつもりだからね。全然ショックじゃないけど、勉強用にもならないか」

 リズが笑った。

「うん、どうやっても使えないね。ゴミだから捨てちゃいなよ」

「分かった、あーあ……」

 リズは呪文が書かれたテキストファイルを削除した。

「じゃあ、あたしはビオラの隣に行ってくるよ。揺れそうだから、ちゃんと座った方がいいよ。パトラのヤツ、またコックピットに潜り込みやがって!!」

 リズはノートパソコンをしまい、後席で静かに寝ているビオラの隣に座った。

「では、私は師匠の魔法をみましょうか。たっぷりお説教してあげます」

 隣に座ったビスコッティが、笑みを浮かべて私のノートパソコンを取り上げた。

「師匠、強く叩きすぎです。またキーの反応が……」

 ビスコッティが、私が打ち殴ったテキストエディタの内容を確認しはじめた。

「……師匠、死霊術を開発してどうするんですか。お説教です!!」

 ビスコッティが私にゲンコツを落とした。

「そ、それは、勝手にやったっていうか、いつの間に!?」

「知りません。どういう意図かは分かりませんが、これはいけないかと……」

 かくて、ビスコッティのお説教は、延々と続いた。


 上空からカリーナを目指して飛行機が降下していくと、いきなり寒そうな雪が降っていた。

 巨大な校舎をかすめ、飛行機が除雪されている滑走路に着陸すると、窓の外はもう真っ暗だった。

 ステップを下りてバスに乗り、みんなで校舎前に着くと、島とのあまりの気温差に閉口しながら校舎の中に入り、みんなで仲良く自転車で廊下を走り、結構な距離のある研究棟に移動した。

 研究棟の自転車置き場に自転車をねじ込み、いつも通りだなぁと思っていたら、今日はやけに見回りの警備が多いなと思った。

「寒い、早く行こう」

 犬姉が私にへばりついた。

「うん、なんか今日はやけに見回りが多くない?」

「停戦協定が終わったからね、これ幸いに動く可能性があるから、事前にそういう段取りにしてあるよ。にしても、多いな……」

 犬姉は私から離れ、近くの警備隊員に話を聞きに行った。

「師匠!!」

 ビスコッティが声を上げ、私は反射的にその場に伏せ、ドラグノフを構えた。

 弾丸が跳弾する甲高い音を背後に聞きながら、チラッと迷彩が取れた隙を見逃さず、私はスコープを覗いて引き金を引いた。

 発射音と共に放たれた弾丸は、見えづらい敵を一人倒した。

「ったく、お祭り好きだねぇ!!」

 犬姉が私の隣で伏せ撃ちの構えを取り、警備隊員が散発的に発砲して牽制した。

 私と犬姉が狙撃に専念する中、ビスコッティとアリサが索敵と同時に攻撃に入り、早くもやってきたどっかの工作員を撃破した。

「おう、射撃上手くなったじゃん!!」

 私は息を吐いて立ち上がると、犬姉がニッと笑みを浮かべて頭を撫でた。

「いつの間にかね。このスコープのせいかな」

 私は笑った。

「今自慢しただろ。それ人気なんだよね。市場に転がってないかな……」

 犬姉がぼやいた。

「どうかな……たまに掘り出し物があるらしいけど」

「まあ、この天気でこの暗さだからね。慌ててヘリを飛ばして行く程じゃないか」

 犬姉が笑った。

 結局、襲撃者は六名で二名は射殺。残りは戦意喪失で捕虜になったようだった。


 寒い外から研究室に上がると、常時稼働のエアコンが快適な温度を保ってくれているが、もはやこの研究室名物のたき火をおこし、少し早めの晩ご飯となった。

「ビオラ、どうだった?」

 私はピーちゃんと並んでボンヤリしてるビオラに、笑みを浮かべて声を掛けた。

「はい、いい経験でした。たき火はいいですねぇ」

 本来なら島でやるべきキャンプを、研究室でやる辺りが私たちだが、ピーちゃんが眠そうに欠伸をした。

「うむ。久々にゆっくりしたぞ。これでも忙しくてな」

 ピーちゃんが頷いた。

「ちょっと待って下さいね!!」

 パステルがせっせとクリームシチューを作りながら、声を上げた。

「急がないでいいよ。まだ早いから」

 私は笑った。

「そういえば、ピーちゃん。ビオラはどうするの?」

「うむ。これは一時的な亡命であるからな。王都よりカリーナに匿う方が安全だと思うが、そうなるとお主らに迷惑を掛けてしまう。やはり、王城の貴賓室がよかろう」

 ピーちゃんが頷いた。

「そっか……国としての体面もあるしね。一緒にきたドラゴンは?」

「うむ。すでに国軍のC-5Mに搭載してある。獣医師が診ているが、特に問題はないそうだ」

 ピーちゃんが頷いた。

「そっか、ビオラとお別れか。寂しいな」

 私は苦笑した。

「うむ。他国だからこそ、王族の扱いは丁寧にしなければならん。ドラゴンと同便で王都に発つ予定だ。今のうちに、別れの宴を開くといい。食材は手配した。私はビオラに直接話す」

「分かった。また、いきなりだね」

 私は塩の瓶と砂糖の瓶を並べ、真剣な顔で味をみている様子のビスコッティに近寄った。

「ビスコッティ、ビオラがこれから王都に向かうって。ピーちゃんが食材を用意してくれたみたいだから、最後に盛り上がろうって!!」

「えっ、そうなんですか。そういえば、入り口のドラゴンもいなくなっていましたし、どうしたのかと思ったのですが、そういう事であれば、盛大に盛り上がりましょう」

 ビスコッティが状況を説明し、これは盛大にやらねばとなった時に内線電話が鳴った。「はい、おねがいします」

 電話に出たビスコッティが、笑みを浮かべた。

「食材が到着しました。盛大にいきましょう」

 ビスコッティの音頭で、まだキョトンとしているビオラを除き、料理が始まった。

「あの、ここでみなさんとお別れですか。それは悲しいです。せめて、あと一月……」

「女王になるんでしょ。下準備は出来ているみたいだから、あとは戻るだけで国が正常に機能する。一刻も早く帰らないと」

 私が笑みを浮かべると、ビオラが頷いた。

「隣国ですし、お会いしたい時にはお会い出来るでしょう。短い間でしたが、お世話になりました」

 ビオラが頭を下げた。

「よし、とにかく食べて飲もう。惜しいのは私たちも一緒なんだよ」

「はい、ありがとうございます」

 ビオラが笑顔で頷いた。


 飛行機の時間があるので、三時間ほどで宴は一度中断し、みんなでバス停までビオラを送っていった。

「皆さんの事は忘れません。というか、無線が届くのでいつでも話せます。それが救いですね。では、また」

 ビオラがバスに乗り、空港方面に向かっていった。

「なんか、あっという間だったな。よかった、怪我しないで」

 私は笑った。

「師匠の周りにいると、小傷が耐えませんからね」

 ビスコッティが笑った。

「悪かったね……。それにしても、よく降るね」

 私は空を見上げ、笑みを浮かべたのだった。

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