第24話 迷宮にて(改稿)

 ガタガタとテントが揺れる音で目が覚め、私は周囲を見回した。

「なんだ、風か。今日も寒そうだね」

 腕時計をみると、午前七時だった。

「そうだ、ちょうど暇だし、犬姉やアリサが潜在性霊力がなかったのに、いきなり目覚めた辺りのレポートを書こう。論文にまでは発展出来るか分からないけど」

 私はシュラフのジッパーを開けて這いだし、いつもの鞄からノートパソコンを取り出した。

「おや、朝から仕事かい。熱心だねぇ」

 ちょうど交代なのか、寝ていた犬姉が細い声でいって笑った。

「今から、犬姉とアリサが後天的に魔力を持った事についてのレポートを書くんだ。名前は出さないけど、本来はなかった事を証明するには学生課で照会すればいいし、今の状態は医務室で調べられる。ごめんなさい」

「謝るならやらない。私もアリサも全面協力するっていったでしょ」

 犬姉が笑った。

「うん……我慢しようと思ったけど、やっぱりダメだ。こんな奇跡書かないわけにはいかないもん。魔法使いをやってる意味がない」

「そこまで言い切るか。ナイスだね。なんでもいいから強力するよ。解剖だけはやめて欲しいけど」

 犬姉笑うと同時に、アリサが雪塗れでテントに戻ってきた。

「ただ今戻りました。異常はありません」

 アリスが軽く敬礼した。

「了解。以上をもって、夜間哨戒任務を終わる。ゆっくり休むように!!」

 犬姉が笑みを浮かべ、テントの外に出ていった。

「あれ、もう出発?」

「いえ、朝食の支度だと思います。全員を起こすのは、まだ早いでしょう」

 アリサが笑みを浮かべ、空いているシュラフに潜った。

「タフだねぇ。そっか、朝ご飯か……」

 私は笑みを浮かべ、ノートパソコンのキーを叩き始めた。

「あれ、師匠。早いですね……」

 さすがに敏感で、隣のビスコッティが目を開けて声をかけてきた。

「まだ朝の七時だよ。変な時間に起きちゃったから、レポートを書いてるだけ」

  私は笑みを浮かべた。

「レポートですか?」

「ほら、犬姉とアリサが後天的に魔法が使えるようになったでしょ。それについての考察だよ」

 私は笑った。

「ああ、その件ですね。本人が許可しているとはいえ、節度は守って下さいね」

「こら、誰にいってるの!!」

 私は笑った。

「さて、私も準備しましょう」

 ビスコッティも本気でおきだし、寝袋から出て、拳銃の整備を始めた。

「あっ、おはようございます」

 キキが眠そうな声で挨拶してきた。

「まだ時間があるから、眠かったら寝ていいよ」

「いえ、すぐに目覚めます。準備しますね」

 キキが笑みを浮かべ、これから迷宮に持ち込む背嚢に荷物を詰め始めた」

「おっと、私も暢気に書いている場合じゃないか」

 私はノートパソコンの画面を閉じ、鞄にしまった。

「これは危ないから持ち込まない方がいいね。さて……」

 私の背嚢にはすでに荷物が入っていた。

「これ、C-4じゃん!?」

「一人六個がノルマらしいですよ。全く……」

 ビスコッティが苦笑した。

「……爆弾しない?」

「はい、C-4はそのまま火付けても燃えるだけなので、着火剤の代用に使ったりします。電気信管を使わないと爆発しません。

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「ならいいけど。爆弾背負ってどこ行くのやら」

 私は苦笑した。

 準備といっても大した事はなかった。

 いつものノートの束を入れ、作業用のナイフを放り込んで、シュラフを畳んで背嚢にしまった。

「師匠、予備弾を忘れていますよ。いくらマジックポケッとがあるといっても、予備弾の取り出しに手間取っているうちに、やられてしまいます」

 ビスコッティの声にふと我に返り、私は空間に隙間を作ってシュラフを放り込んで、代わりに空マガジンをいくつかと、予備弾の箱を取り出し、空マガジンに弾薬を込めはじめた。

「そうです、それが正解ですよ。それにしても、この迷彩機能いいですね。どこでもいけます」

 ビスコッティが制服のボタンを操作して、迷彩モードにしたり通常の学生服モードにしたりして遊び始めた。

「こら、ぶっ壊れても知らないよ。でも、迷彩にしても手とか顔は目立つんだね」

「はい、だから顔も迷彩塗装するんです。そういうカラークリームがあるんですよ」

「へぇ、完全に隠れちゃうじゃん。怖いな」

 私は苦笑した。

「うーん、起きた。パトラ、起きろ!!」

 リズが寝袋から出て、隣のパトラを蹴り飛ばした。

「なんだよう、もうちょっと……」

「ダメ、スコーンに遅れを取るな!!」

 リズは空間に裂け目に手を突っ込み、おおきな金だらいを取り出して、パトラの顔面に落とした。

 ゴガンと凄い音がして、パトラがむくりと起き上がった。

「こんなの落とす事ないじゃん。寝起き最悪だよ」

 パトラが金だらいをリズに返し、大きく欠伸した。

「そろそろ朝ご飯だって、ちょうどいタイミングかな」

 みると、ビスコッティがシュラフを器用に背嚢に括り付けていて、寝ぼけたキキがペシペシとマルシルを叩いていた。

 そのマルシルは早くも起きていて、手元だけを照らす小さな光球を浮かべ、魔法書を読み漁っていた。

「よし、寝ぼけてるのがいるけど、みんな起きてるね。私は朝の空気を吸ってくる。

 私はテントの外に出て、すさまじい寒さの中を歩いた。

「こりゃ寒いなんてもんじゃないね。ん、パステル?」

 行く先にパステルを認め、声を掛けようとしたが、なにか近寄りがたい雰囲気を放っていたので、私は遠目に見ていた。

 パステルは細く長い息を吸い込みながら、そっとショートソードを抜いた。

 そして、迷宮の出入り口の方を向き、剣を大きく振りかぶった。

「負けるか!!」

 裂帛の気合いの声と共に、剣を振り下ろした。

 どうやら、それで満足したようで、パステルは小さく笑みを浮かべ、剣を鞘に収めた。

「あっ、みられちゃった……」

 酷く赤面したパステルが、慌てて頭を掻いた。

「い、今の格好いい。私もやる!!」

「あれ、私の願掛けですよ。無事にここから出てくるぞっていう意味で、深い理由はありません。真似する程のものでは……」

「いい、やる!!」

 私は独特の色をした剣を抜き、迷宮の出入り口を見つめた。

 全神経を剣に集中させると、剣が光りはじめた。

「危ないです。何かの魔法が発動しています!!」

「大丈夫だって、ただの剣だよ。よし!!」

 私は改めて剣を構え、光り輝く刀身を空に掲げた。

「ビスコッティの馬鹿野郎!!」

 思い切り剣を振ると、剣から巨大な光りの刃が放たれた。

「ああ、やっぱり!?」

 パステルが頭を抱えた。

「……あれ?」

 私は思わず剣をみた。

 放たれた衝撃波は迷宮の出入り口付近あった小屋を粉々に粉砕し、パステルと同時に安堵の息を吐いた。

「あれ、入場料を取るための小屋なんです。それを粉砕するとは、愉快で堪りません」

 パステルが笑った。

「あああ~、ぶっ壊しちゃったよ。こんな機能があるなら教えてよ!!」

 私は慌てて剣を収めた。

 と同時に、頭にゲンコツが落ちた。

「ごめんなさいは?」

「……ごめんなさい」

 背後に忍び寄っていたビスコッティが笑みを浮かべた。

「あっ、朝ご飯の支度の途中でした。急ぎます」

 パステルが慌てていい匂いが漂っているキッチンスペースに引っ込んだ。

「あの料金所は私もムカついていたので、ぶっ壊した事は大目にみます。ですが、なんで私が馬鹿野郎なんですか」

 逃げようとした私の服の襟を掴み、額に怒りマークを浮かべたビスコッティがポソッといった。

「い、意味はないんだよ。語呂が良かっただけ!!」

「そうですか。ならいいです」

 ビスコッティは私にゲンコツを落とすと、そのままテントに入っていった。

「……あれ、怒ったかな」

 私は慌ててテントに戻った。


 私がテントに入ると、すでにみんな起きたようで、ビスコッティは作ったばかりの荷物を背負ったり戻して中の調整をしたりしていた。

「あっ、師匠。荷物の調整をして下さい。かなり重いので、重量配分が違うと異常に疲れます」

「わ、分かった」

 とりあえず、ビスコッティが怒っていない事を確認してホッとしたあと、私は背嚢を背負った。

「重いね……」

「はい、これでも軽い方です。生鮮食品など、最優先で使う食材を入れたので、すぐに軽くなりますよ」

 パステルが笑った。

「そうなんだ。こりゃ大変だ」

 私は苦笑して、背嚢の中身を弄って、少しでも背負いやすい形に整えた。

「さて、朝ご飯が出来ています。みなさん、時間が出来たら食べに出てきて下さいね」

 私は背嚢を背負い。サブマシンガンと拳銃。腰の剣はそのままに、テントを出た。

 カチカチに凍り付いたような折りたたみテーブルにみんな集まると、さっそくシンプルな朝ご飯が始まった。

「スクランブルエッグと、ご飯を組み合わせたのは初めてだけど、おいしいね。

「師匠、醤油を一差し入れると美味しいですよ」

 ビスコッティが醤油の瓶からスクランブルエッグに醤油を少しかけ、さらに箸でかき混ぜて、よりスクランブルにした。

「どれ……」

 私は一口食べ、いいようのない美味さに天を仰いだ。

「あれ、お口に合いませんでしたか?」

 食後のお茶を配リ始めたパステルが、心配そうにいった。

「ああ、これは師匠が涙を堪えているポーズです。美味しすぎて感動したのでしょう」

「これ美味しひ、おかわりある?」

「はい、ありますよ。よく食べるのはいいことです」

 パステルが笑った。

 結局、これは余り物をおかずにしようとしていたパステルの計画を狂わせたらしく、代わりにパステルは大量のサンドイッチを作った。


 ご飯を終えた私たちは、食器などの片付けを始めた。

 紙皿などはゴミとして出せるが、フォークやナイフ、箸などは洗って拭いて、しばらく無人になるテント内に広げた。

「よし、いこう」

 全ての作業を終えたとき、リズが小さく笑った。

「なんか忘れてない。空っぽのテント、このままでいいの?」

「あっ、よくない。リズ、結界よろしく!!」

「次からは気をつけるようにね。もう結界は張ってあるよ」

 リズが笑った。

「そうだね、鍵とかないし。さて、迷宮だぞ!!」

「そうです、その元気です。楽しみましょう!!」

 やや前をいくパステルが笑った。

 私たちが車を駐めてテントを張った場所から迷宮の入り口までは、さほど距離はなかった。

 迷宮の出入り口にくると、私がさっきぶっ壊した入場券売り場があったが『冬期営業中、入場無料』と書かれていた。

「なんだ、無料じゃん。いくらふんだくられるかと思ったよ」

 リズが笑った。

「無料開放するべきです。他人が作った迷宮でお金を取るなんて、バカな話はありません!!」

 パステルが目を怒らせ、元からボロかった入場券売り場をショートソードでさらに細かく刻んだ。

「ぱ、パステル。落ち着いていこう!!」

「あっ、ごめんなさい。つい……」

 パステルが笑った。

 私も笑いかけて、呪文の声で慌てて辺りを見回した。

 すると、マルシルが杖先から巨大な火球を撃ち出し、もはや原型がなくなった入場券釣り場を一瞬で燃えかすすら残さず消滅させた。

「ま、マルシルも落ち着いて。なんか気持ちは分かるから!!」

「アハハ、こりゃ強盗どころじゃないね。どんだけ恨みがあるんだか!!」

 リズが笑った。

「はい、カッとなってつい……」

 マルシルが笑みを浮かべた。

「よし、いきましょう。隊列は打ち合わせ通り、最先頭は私で左前衛がビスコッティさん。右横はアリサさん。その後にマルシルさんとキキさん、リズさん後衛が詰め、やや後方の殿を犬姉さんとパトラさんが務めるということでお願いします」

「あいよー、任せて!!」

 犬姉の声が聞こえ、私たちは迷宮に繋がる階段を下りていった。


 階段を下りた先はちょっとした広間になっていて、地上よりもたくさんテントが並んでいた。

「へぇ、考えたね。地下なら雪はないって」

「これがダメなんです。突然迷宮に変異が起きて、この広場が潰れたらどうなりますか。大事な最初のベースキャンプは、絶対に地上に作るべきです」

 パステルが力説した。

「なるほどね。それで地上にしたんだ」

「はい、冒険の基本です。観光地化されているので、迷宮探索気分を楽しんでいるのでしょうが、これはいけません。先に進みましょう」

 パステルがため息を吐き、私たちは広場から奥へ通じる通路へと入った。

 途端に人が少なくなり、私たちはさっきの順番で奥へと進んでいった。

 確かに整備が行き届いているようで、快適に進めたが、パステルは面白くもないという顔で、淡々とクリップボードの方眼紙に地図をマッピングしていった。

「まあ、変に整備されちゃってるけど、壁に刻まれた文字は古代エルフ語だね。『引き返せ』ってずっと繰り返しで書かれてる」

 私の言葉に、ご機嫌斜めだったパステルが笑みを浮かべた。

「そうですか。そういわれて、引き下がる冒険野郎マクガイバーはいませんよ。ここが明確な意思を持って作られたものである事が分かりました。早く地下四階の強敵を倒しましょう」

 この階は観光用通路以外にはいけないらしく、取り立てて目立つものなかったが、寒かった。

「ビスコッティ、寒くない?」

「はい、師匠。地下に向かいますからね。どんどん気温が下がっていくだけです。防寒コートを着ますか?」

「まだこのPコートだけで十分だからいいよ。それにしても、迷宮感は多少あるけど退屈だねぇ」

 私は苦笑した。

「はい、退屈です。でも、これも冒険です!!」

 パステルが笑った。

 私たちは何事もなく地下二層への階段に辿り着いた。

「さて、階段ですね。念のため……」

 パステルが床を這うようにしてコツコツと叩きながら、私たちはゆっくりと階段を降りはじめた。

 

 地下二層へ降りると、パステルは立ち上がって伸びをした。

「この階層も地下一層と同じで、取り立てて目立つものはなようですね……」

 ここにも順路が設定されていて、結局は観光地そのままで、地下三階への階段に到着してしまった。

「では、再び私が先頭をいきます」

 再びパステルが床石をコツコツ叩きながら、私たちはゆっくり階段を下りていった。

 石造りの迷宮は壁が淡く光り、なかなか幻想的だった。

 こうして三階まで降りると、ここにも設定された通りの順路を辿って最奥部に到着すると、そこには通路を遮る形で巨大な門扉があり、扉には『終点。この先通行止め』と書かれていた。

「通行止めね……」

 パステルがニヤッとした。

「みなさん、これから扉の鍵を開けます。力持ちさんが何人か手伝って下さると嬉しいのですが……」

 パステルが声を上げると、犬姉とアリサが手を上げた。

「筋力なら任せろってね。どうすればいいの?」

「はい、このまま扉を開けると、内外の空気圧の差でもの凄い勢いで扉が開くでしょう。その最初の一撃を抑えて頂きたいのです」

 パステルが笑みを浮かべた。

「なるほどね。じゃあ、二人じゃダメだ。リズ公とビスコッティ。楽してないでやれ!!」

 犬姉が笑った。

「なんだ、バレちゃった!!」

「サボっていたわけではないのですが……」

 二人は苦笑して、扉を押さえる要員に加わった。

「では、始めます。単純なシリンダー錠でしょう」

 パステルが頷き、ポケットからなにか道具を取り出した。

 そのうち一本を鍵穴に差しこみ、パステルが作業を始めた。

 程なくカチリと音が聞こえた。

「では、みなさん覚悟を決めて下さい。開けますよ」

 パステル自身も体で扉を押さえながら、ゆっくりドアノブを回した。

 瞬間、とんでもない風が吹き荒れ、元々寒かったのだが、さらに気温が下がった。

「はい、これで大丈夫です。邪魔なので、この扉は外してしまいましょう」

 パステルは器用に扉を外し、適当な床に放り出した。

「さて、戦闘前に軽く休みましょう。お昼ご飯もありますし、気持ちを引き締めましょうか」

 パステルが笑った。

「そうだね、その方がいいよ。みんな、休憩だよ!!」

 私は背嚢を下ろし、適当な床に座った。

 ちょうど車座になった真ん中で、パステルがサンドイッチを配り、自分も囓りながらパタパタと忙しく働いてから、自分も床に座った。

「さて、どういう戦術でやろうかな……」

「師匠、それは考えたじゃないですか。今はリセットしましょう」

 隣のビスコッティが笑った。

「そうだね。はぁ、結構疲れた……」

 私は水筒の水を一口飲んだ。

「師匠、これからですよ。敵がいると分かれば、対策のしようがあります」

 ビスコッティが笑った。


 小一時間ほど休憩してから、私たちは立ち上がった。

「さて、いきますよ。この先は手入れもしてないでしょうし、罠がそのままあるかもしれません。真剣勝負です」

 先頭を行くパステルが呼吸を整え、先ほど放り投げた扉の脇を通り過ぎていった。

 私たちもそれに倣い一度隊列を一時崩して扉の脇を抜け、再び隊形を組んで待っていたパステル隊長の後に続いた。

「やはりそうです。ここは罠も生きていますし、どこからか魔物の気配も感じます。やっと、迷宮らしくなりました」

 床をコンコンやりながら、パステル隊長が小さく笑った。

「いよいよ本番だね……」

 私はホルスタから拳銃を抜き、動作チェックした。

「こら、まだ抜くのは早いぞ!!」

 犬姉が笑い、私は銃をセーフティにしてホルスタに戻した。

「師匠、気合いが入っているのはいいのですが、少しリラックスしましょう」

「全く、アマチュアなんだから」

 ビスコッティとリズが笑った。

「スコーンはあくまでもバックアップです。私と一緒ですよ。少し気を抜きましょう」

 アリサが笑った。

 私がいつのまにか上がって肩を下げ、大きく深刻した。

 しばらく進むと、パステル隊長がハンドシグナルで停止の意を伝えてきた。

 その場に身を下ろして待機していると、バステルが床の一角に向かって工具を当てていた。

「なに、大変な罠?」

 私はパステル隊長に聞いた。

「ゾクゾクするくらい難しい罠です。少し待って下さいね」

 床石の下から機械のような物を取り出すと、パステルは小さく笑った。

「ゾクゾクね……」

 私はハンドシグナルで身を低くしろと指示を出し、自分も階段に座って身を小さくした。

 しばらくそのまま時間が流れ、パステルがなにやら工具で床下から取り出した機械のようなものを弄る音が聞こえた。

「……あっ、おっと!?」

 パステルが慌てた様子で弄っていた機械を放り投げ、次の瞬間には爆発がおきた。

 爆風で吹き飛ばされそうになったがなんとか堪え、やや遅れてリズが使った防御結界が私たちを包んだ。

「距離があったからパステルは無防備だよ。早くしないと!!」

 リズの声に弾かれたように、私は少し前に倒れていたパステルの様子をみた。

 破片塗れの傷だらけになるほどの怪我で、早く手当が必要な事は明白だった。

「ビスコッティ!!」

「分かっています!!」

 ビスコッティが呪文を唱え、普段は使わない杖を使って回復魔法を使った。

「これでいいでしょう。しばらくすれば、目を覚ますと思います」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「ふぅ、ビックリした。罠が生きてるって本当だね」

 私は小さく息を吐いた。

「さて、今のうちに詳細探査で探るか……」

 リズが呪文を唱え、虚空に窓を二つ開いた。

「うーん、意外と浅い迷宮だね。問題の地下四階の先は、何かがあるけどなんだか分からない。つまり、あたしが過去に経験していないことが起こるって事か……」

 いつでも進めるようにというような感じで、リズは探査系魔法を駆使して、出来る限り精密な地図を描こうとしていた。

 私は階段に座ったまま、ちょうど吹き飛んできたところをキャッチした私に、身を委ねるように、パステルはビスコッティの回復魔法で綺麗になった顔で、クタッと横になったままだった。

「師匠、パステルの呼吸もは安定しています。命に別状はありません」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「ふぅ、よかったよ。これが迷宮の洗礼だね」

 私は苦笑した。

「前のパーティでは、こういうのは私が担当だったんです。いっつもトラブルは私から。今回は違いそうですね」

 マルシルが苦笑した。

「いや、それあたし。あたし!!」

 リズが笑った。

 自然とそのまま休憩になり、私はパステルを抱きかかえたまま、中華丼ついて熱く語りあっていた。

「中華丼にはウズラの玉子だよ。これがないなんて、カレーがないカレーみたいなものじゃん」

「師匠、なぜ鶏の玉子ではいけないのですか。大きくてお買い得です!!」

「あのさ、玉子とじじゃないんだよ。あんな量を入れたら、別の料理になっちゃうよ」

 ビスコッティの言葉に、私は笑った。

「前に三つ葉と間違えてコリアンダーを大量に乗せたカツ丼を作ってしまって……もう、記憶から消えて欲しい味でした」

 キキが笑った。

「それは堪らないです。エルフはなんでも食べますが、コリアンダーだけはどうしてもダメという人が多いです。私もそうですが、なんですか、あの表現しがたい味は」

 マルシルが笑った。

「私は好きだけどなぁ……あっ、起きた」

 パステルがゆっくり目を開け、頭を軽く横に振った。

「どうやら、助かったようですね。これダメだって思ったもので」

「大丈夫、立てる?」

 私が問いかけると、パステルは頷いてゆっくり立ち上がった。

「ご迷惑をお掛けしました。鈍ってますね……。準備が出来ていたら、先に進みましょう」

「こっちは大丈夫だよ。いこうか」

 こうして、私たちは三階閉鎖エリアをゆっくり進み始めた。


 分かれ道もなく、ほとんどストレートに続いた通路の行き止まりに、頑丈そうな扉があった。

「鍵穴が凍結していますね。難しいですが、やってみます」

 パステルが扉の鍵に道具を差しこみ、なにやらカチャカチャやり始めた。

「やはり凍結が……解錠は難しいです」

 パステルが小さなため息を吐いた。

「そっか……この先の罠も気になるし、出来れば、正規の手順を踏みたいだけどなぁ」

 リズが小さく鼻を鳴らした。

「ここを抜けて階段を下りれば、話題の第四層だよ。もうちょっとなんだけどね」

 リズが考える素振りを見せた。

「こんな閉鎖空間じゃC-4は使えないか。飛んできた破片で、怪我どころじゃないかも知れないし」

 犬姉が難しそうな表情を浮かべた。

「あのさ、朝ご飯前に知らずにやったあの技、もしかしたら効くかも知れない。ドラゴン・スレイヤーだって、かなり強力な魔法剣だもん。なにか副次的な効果があってもおかしくないよ」

 私は剣を抜いた。

 すると、まさに呼びかけてくるように、淡い光りが刀身から放たれていた。

「ほら、出番だって!!」

 私がかざした剣を物珍しそうに見つめた。

「そっか、その方が確実か」

「そうだねぇ、爆破はリスクが大きいからね」

 犬姉とリズが小さく話し合った。

「私も賛成です。予期出来ない事が起きる可能性がある爆破より、師匠の一撃に掛けましょう」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「よし、みんな危ないから下がってて。いくよ!!」

 慌てた様子で全員が後方に下がり、私は剣に魔力を込めた。

 朝はよく分からなかったし、寝ぼけていたのでビックリしたが、魔法が込められた剣は何らかの副次的な作用を持つ場合が多い。

 こうして明確に狙いを定めれば、より正確に効果が発揮できるのだ。

「さて……」

 私は剣を構え、巨大な扉と対峙した。

 剣を振り上げると、莫大な魔力が放出され、刀身が激しく光った。

「どりゃあぁぁあ!!」

 気合いの声と共に剣を振り下ろすと、扉に切れ目が入り、粉々になって砕け散った。

「はぁ、疲れた。こんなところで魔力切れだよ……」

 私は剣を鞘に戻し、床に大の字に転がった。

「パトラ、魔力切れの薬!!」

「分かってる」

 リズとパトラの声が聞こえ、リズが私の上半身を起こして倒れないようにした。

 パトラが薬瓶の蓋を開け、私の口に流し込むと、なんとも不思議な味がした。

「はい、水」

 リズが水筒を取り出し、私の前に差し出した。

 私はそれを自分で持って一口飲み、水筒をリズに返した。

「また、派手なことやったねぇ!!」

 リズが笑った。

「最近気が付いたよ。自分は結構派手好きだって」

「遅い!! それじゃ、あとはビスコティに任せて、さっそく調べ始めたパステルの援護をするから、ゆっくり休んで!!」

 リズがパトラと一緒に私がさっき斬り飛ばした門の辺りに集まった。

「師匠、また魔力切れですか?」

 ビスコッティが笑った。

「まただよ。だってこの剣、凄まじく大食らいなんだもん」

 私は笑った。

「これで、四層のガーディアンは師匠の魔法抜きになりました。大休止も考えましたが。みんなのノリがイケイケになっています。このまま、突入するのがベターでしょう」

「まぁね。ここで勢いを殺す事もないか。パトラの薬のお陰で、かなり早く魔力が回復しそうだよ」

 私はゆっくり身を起こし、多少頭がクラクラするのを、頭を軽く振って誤魔化し、ゆっくり立ち上がった。

「あっ、もう大丈夫なんですか?」

 キキが声を掛けてきた。

「大丈夫っていえば大丈夫なんだけど、魔法全般がダメだね。パトラの薬でこれでも回復が早い方なんだよ」

 私は苦笑した。

「戦い方を変えましょう。リズ、攻撃魔法と結界魔法、どちらもお願い出来ますか?」

「ん、いつも通りだよ。パトラの野郎が気まぐれだから、実は戦力に入れてない」

 リズが笑った。

「そうなんだ。今回は、パトラにも魔法を頑張ってもらうしかないかな。大丈夫?」

「うん、これがリズだったらベロベロベーだけど、スコーンのお願いなら聞くよ」

 パトラは呪文を唱えて空間に裂け目を作ると、中から杖を取り出した。

「あっ、その杖は!?」

 マルシルが声を上げた。

「ワンド・オブ・トネリコ。恐らく、現存するのはこれだけだろうね」

 パトラが杖を構えてみせた。

「は、初めてみました。かなり高位のエルフしか持てないはずでは……」

 マルシルの声が掠れた。

「うん、しばらく里に住んでいた事があってさ。里の長がこれを持って、あからさまに偉そうだったら、どさくさに紛れてパクってやった。リズなら覚えてると思うけど、あの晩の前日だよ!!」

 にこやかな笑みを浮かべるパトラに、リズが拳を叩き込んだ。

「そんな暇があるなら、自力で出てこい!!」

「それは難しい。お母さんも一緒だったしね」

 なんの話か分からないが、聞いても意味がなさそうなのでやめておいた。

「さて、いきましょうか。ここから先は罠も生きていますし、細心の注意を払ってくださいね」

 先行するパステルが床だけでなく壁も叩きながら進むうちに、そっとハンドシグナルでパステル隊長が止まれの指示を出してきた。

「これはややこしい罠です。全員三段階段を上って下さい」

 パステル隊長が息を吐き、罠の解除に掛かった。

「ヒリヒリします。これが迷宮ですか」

 キキが苦笑した。

「私はあまり興味はないけど、このスリルは癖になるかもね」

 私は小さく笑った。

「ダメです。危険です」

 即座にビスコティがツッコミを入れてきた。

「虎穴に入らずんば虎児を得ずってね。危ないからダメじゃ、説得力が薄いな」

 私は笑った。

「あの、すいません。ここ持って下さい」

「分かった」

 私はパステルの脇に移動し、差し出された細いワイヤーを手に取った。

「ありがとうございます。これが邪魔で作業がはかどらなかったのです」

 パステルは慎重な面持ちで壁際のヘコんだ場所に右手を突っ込み、ガコンとなにやら音が聞こえた。

「これでもう大丈夫です。ありがとうございました」

 私の手からワイヤーを受け取り、パステルが笑みを浮かべた。

「どんな罠だったの?」

「はい、作動すると階段油が撒かれ、火の海にするという、なかなか派手な罠でした。一人だったら、諦めるしかなかったのですが、今は仲間がいますからね。ガンガンいきまましょう」

 パステル隊長が笑った。

「あはは、好きだね……」

 私は苦笑した。

「はい、このヒリヒリ感がいいんです。これがないと、なんだか寂しいです」

 パステルが笑った。

「魔法開発の最終段階に似てるけどね。試射してどうなるか、大体、思惑通りにいかないからね。最悪、爆発で自分や周囲の人が死んじゃったりするんだよ。そりゃヒリヒリするし、ピリピリもするよ」

 私は苦笑した。

「そうなんですね。さて、先を急ぎましょう。私の勘では、早い方がいいです」

 パステルの言葉に頷き、私たちは慎重に階段を下りていった。


 階段で地下四層まで下りると、空気が突然変わった。

 おびただしい数の死体が転がり、吐き気を催すような、濃い死臭に包まれていた。

「こりゃ堪らないね……」

 私は周囲の状況を見て小さく息を吐いた。

「とにかく、さっさと抜けよう。長居は禁物だよ」

 私たちは慎重に部屋の中に向かって歩いていった。

 やたらと広い空間は落ち着かない。

 穴埋めが死体の山では、かえって逆効果だった。

 しばらく進むと、床に光る魔法陣を見つけた。

「あれですかね?」

 大きな魔法陣の中心には、何か機械のような物が置かれていた。

「他にないでしょ。さて、この魔法陣を読み解くか」

 私が床に座って魔法陣の解読を始めた時、いきなり空間に警報がなった。

 微かな機械音が聞こえ、ズダダダダ……と何かが連射される音が聞こえ、身を低くしていた私以外を全員なぎ倒した。

「へっ!?」

 一瞬なにが起きたか分からず、ポカンとしてしまった私だが、すぐに切り替えて、近くの死体の山の陰に隠れた。

「……みんなの安否が気になるけど、今はそれどころじゃない……」

 私はポケットから手榴弾を取り出し、固い安全ピンを抜いた。

 死体の山から姿を覗かせた途端、銃撃というよりは砲撃に近い掃射が始まったが、一瞬止まった瞬間を狙って、手榴弾を思い切り投げた。

 しばらくして爆発が起き、私はみんなが倒れているところに突っ走ると、パステルが肩から提げていた対戦車ミサイルをもぎ取るように掴み、照準を合わせてロックオンした。

 このミサイルの特徴は、一回ロックオンすればどこまでも追いかけていく事。いわゆる「打ちっぱなし」機能が付いている事だ。

 私の手榴弾攻撃で少し混乱したか、変な動きを始めた敵に向かって、私はジャベリン対戦車ミサイルを放った。

 念のため伏せていると、敵の正面に当たったようで、装甲板に焦げあとが付いていた……が、逆をいえばそれだけだった。

「ヤバい!!」

 私は再び手近な死体の山に隠れ、呼吸を整えた。

「あんなの聞いてないよ。しかも、私だけ残るって……」

 ここまでくると、もう笑うしかなかった。

「よし、とにかく移動しよう。同じ場所にいたらバレる」

 私は死体の山の隙間をダッシュして、まだ覚えたての探査魔法を使った。

 どうやら、部屋にいるのは私と機械だけのようで、他のみんなの生体反応がなかった。

「クソッタレ……。なんかないかな」

 しばらく走ると、ここを作る時にでも使ったのか、朽ちかけたユンボの姿があった。

「……ないよりましか。動くかな」

 どうやら元々廃車置き場だったようで、同じようなボロさの機械は山とあった。

 私は先に見つけたユンボの運転席に座り、付けっぱなしだったキーを回した。

 古代史の資料を漁れば分かるが、今あるトラックだの車だの飛行機だのは、元々古代エルフが考案して実現したものだった。

 歴史の流れでいったんは埋もれた機械文明が、再び脚光を浴びて様々な機械が創り出されたのは、ほんの二百年ほど前だったと聞く。

 要するに、このユンボはその時代の生き残りの可能性が高いということだった。

「さて、動け!!」

 なんどかキーを回すといきなりエンジン音が響き、正面ガラスの邪魔にならないところに小さな『窓』が開いた。

『こんにちは、私はUDX-CDC205です。システムステータスチェック中』

 小さな窓に超高速で文字列が流れ、最後にクリアと表示された。

「な、なんか、喋る機械が多いな。こんにちは」

『はい、どうしました。これから作業では?』

「うん、部屋の真ん中で暴れてる変な機械があるから、たたき壊したいんだよね。出来る?」

『はい、実際にみないと分かりませんが、私は重量物破壊用に作られたモデルです。通常であれば簡単です』

 どことなく誇らしげに。ユンボが喋った。

「よし、いこう」

『はい、エンジンオイルが要交換ですが、今はそんな暇はない事が分かります。いきましょう』

 ユンボがガタガタと走り出し、まるで威嚇するかのようにバスケットをやや上げて突っ走った。

 私はその間に呪文を唱え、ユンボを防御結界で取り囲んだ。

「ねぇ、なんか呼び名はあるの?」

『いいえ。本来は無人で作業するように作られています』

 無感情なユンボの声が聞こえた。

「じゃあ、手抜きだけどユンボね。そうしないと、なんかあったら困る」

『はい、分かりました。ミス……』

「スコーンだよ。スコーンでいいから!!」

 私は笑った。

『分かりました。スコーン、二百五十メートル先で、なにか機械が稼働しています。プログラムにはありません。恐らくこれでしょう』

 ユンボがいった途端、防御結界に無数の砲弾が命中した。

「当たりだね。あれだけど、なんとか出来る?」

『可能ですが、これは三十ミリ機関砲です。一発でも、まともに直撃したら、魔力炉まで貫通して大爆発でしょう。そうなれば、私もスコーンも仲良く昇天です』

「大丈夫。私はユンボと心中する気はないから。それでどうするの?」

『敵は前部に武装を集中させすぎたため、側面と後方が手薄です。リアエンジン駆動なので、最後尾に回り込んで一発ぶち込めば、あるいは停止すると思って下さい』

「確実じゃないか……。でも、それしかないだろうね。やってみよう」

  私は苦笑した。

「はい、他に策がないならやるしかないね。よし、気合い入れるぞ!!」

 私は両頬を自分で叩き、気合いを入れ直した。

 ユンボは死体の山の上を進み、意外と小回りが利かない敵の背後につくと、限界まで振り上げたバケットを思い切り叩き付けた。

 金属がこすれ合う凄まじい音が聞こえ、正面ガラス越しにダイナミックなシーンが映し出された。

「……しゅごい」

 私はその迫力に一瞬気がそれたが、そこはさすが戦闘用というか、後部を大きくヘコませただけで、こちらの一撃は防がれてしまった。

 ユンボがガタガタと素早く間合いを取り、私は杖を取り出した。

「ファイア・アロー!!」

 私が杖を振ると、炎の矢が一本だけ出現した。

「やっぱり、キツい」

 それをなんとか維持して呪文を唱え上げ、私は炎の矢を解き放った。

「はぁ、これが限界とは、我ながら情けない」

 思わず苦笑すると、前方で爆発が起きた。

 反射的に前を見ると、さっきヘコませた敵の後部から黒煙が上がっていた。

『ナイスショットです。私が開けた穴を、スコーンの炎の矢が貫いたお陰で、エンジンに多大なダメージを与える事に成功しました』

「そっか、やってみるもんだね!!」

 実は、まだファイア・アローが使えるかどうかという程度しか回復していなかったので一発勝負だったが、どうやら成功したようだった。

 背面から黒煙を吹きながらも、簡単にはぶっ壊れないようで、まだ敵は動いていた。

「よし、アレを完璧にぶっ壊そう!!」

『同意です』

 ヤケクソになったかのように、三十ミリ機関砲を撃ちまくる敵だったが、弾切れになったらしく、それも止まった。

「よし、今だ!!」

『これからひっくり返します。いきますよ』

 ガタガタと逃げに入った敵に、ユンボのバケットの爪が突き刺さった。

 そのまま強引に持ち上げ、敵を叩き付けるようににひっくり返し、ついには敵のエンジンが爆発したようで、黒煙を上げて停止した。

「よし、倒した。ユンボ、ありがとう」

『いえ、こちらこそ。久々に動いたので体が痛いです。持ち場に戻ってシャットダウンします。エネルギーがもったいないので』

 ユンボの声に笑い、私は運転席から地上に下りた。

 一台でガタガタと帰っていくユンボを見つめ、一礼してから私はみんなの捜索を開始した。

 どうやら、最初の一撃を食らった地点の側で戦っていたようで、すぐにみんなを見つけた。

「はぁ、こりゃ酷いな……」

 なにせ、三十ミリ機関砲である。

 戦車の上面装甲すら撃ち抜く破壊力を持った火器相手に、人間がまともに食らって原型を留めているはずがなかった。

「まずは体だね。えっと……」

 私は『禁術。使用注意』と書いた黒表紙のノートを開いた。

「ルーランの葉か。良かった、在庫があって」

 私はなるべく集めたみんなの亡骸を横に並べ、空間に裂け目を開けて、薬の袋から木の葉を取り出して、それぞれの体に置いた。

「さて、これで準備はよし。あとは魔力だな。薬を飲んでおこう」

 私はパトラ印の薬瓶を取り出した。

 二十四時間以内に疎生法で魂を戻せば、問題は解決するが、その前にこの肉体を元の形に戻す必要があった。

「……こんな時こそ、気合いだね」

 私は笑みを浮かべ、自分で作った魔法薬の薬瓶を手にした。

 魔力を強引にブーストさせて、圧倒的なエネルギーを生み出す魔法薬。

 そこまでの状況になった事がなかったので、一度も使った事がなかったが、ビスコッティに試してもらって、魔法薬としては完成している事を確認していた。

「よし、いくぞ!!」

 特殊チョークでみんなを中心に魔法陣を描き、私は魔法薬を飲んだ。

「マズい……。次は味も考えるか」

 一言呟くと、体の奥底から強烈な力がみなぎってきた。

「よし、聞いた。まずは体を直さないと」

 私は杖を掲げ呪文を唱えた。

 杖先から光りがほとばしり、グチャグチャだったみんなの体が元の姿に戻った。

「これは、比較的簡単なんだけど、肝心なのは蘇生術。計算上、成功率は100%オーバーしてるけど、所詮は机上の計算だからなぁ」

 一瞬、くらっときた私は、限界点を察した。

「よし、ビスコッティだ。バトンタッチ」

 私は眠ったように目を閉じているビスコッティの足下に近寄り、呪文を唱えた。

 背筋に凍るような感触があり、私は呪文を最後まで唱えた。

 すると、目を真っ赤にしたビスコッティが私にしがみついた。

「『上』からずっとみていました。歯がゆさで死にそうです!!」

「じゃあ、バトンタッチ。もう、ヤバい……」

 私はポケットから薬瓶を取って飲んだ。

 これをやらないと、暴走させて絞り出した魔力によって、私が死んでしまうのだ。

「はい、なんでもやります。次はマルシルです。これで、短時間で出来るようになるでしょう」

 ビスコッティが泣きながらマルシルを蘇生し、喜ぶ間もなく二人で残ったメンバーを次々に蘇生させていった。

 私は立っているのもしんどいので、その場に腰を下ろして、全員が蘇生された事を確認した。

「バカ、なんで生命力まで使うの。なにもなかったからよかったけど!!」

 リズが私に抱きついて離れた。

 魔力の源は、命そのものの生命力だ。

 これを直接使う事は、どうやっても出来ないが、私は最後の手段として開発に成功していた。

「はぁ、こりゃキツいね。全身が痛いよ……」

「その程度で済んだのはラッキーだよ。あたしも魔力じゃなくて生命力を使って結界を張る術はあるけど、あれは短時間だし問題ない。まさか、そこから蘇生術にいくなんて、無茶もいいところだよ」

 リズがため息を吐いた。

「そうしなかったら、私一人でなんて難しいからね。こりゃ、しばらく魔法は使えないなぁ」

「当たり前です。出来る事なら、ビシバシやるところですよ!!」

 ビスコッティが苦笑した。

「ふぅ、疲れました。ありがとうございます」

 マルシルが疲れた笑みを浮かべた。

「マルシルもお疲れ。はぁ、思ってた戦闘と違ってた」

 私は笑った。

「あのさ、なんでユンボでいくかなぁ。戦車とか一杯あるのに、よりによってそれって、転けたもん」

 犬姉とアリサが笑った。

「馬鹿にしたらダメだよ。あの破壊力だもん。アレがなかったら、私の攻撃魔法なんて通らなかったよ」

「そりゃそうだけどね。なんなのあの頑丈さ。ジャベリンすら効かないなんて、あり得ないほど高度な複合装甲なのに、弱点はやっぱエンジンなんだねぇ」

 犬姉が笑った。

「しかも、重いからだと思うけど、あの遅さ。砲塔の回転は速かったけど、動きがトロいんだよ。だから、余裕だった」

 私は笑った。

「まあ、いきなり三十ミリなんて食らうとは、あたしも想定外で空中遊泳になった時にまたかい!! って何かにツッコミを入れたけど、もうバラバラでしょ。よくやったよ!!」

 リズが笑った。

「はい、スコーンさんの凄いところです。私だったら、多分たえられません」

 アリサが笑った。

「バカ者、死体くらい慣れておけ!!」

 犬姉がアリサのケツを蹴飛ばした。

「慣れろって……」

 アリサが苦笑した時、カタンと音が聞こえ、床がそのまま下がり始めた。

「あっ、マズいかも!?」

 パステルが叫んだが、もう手遅れの高さまで床は降下していた。

「もう、何があっても動けないよ。気合いも切れた」

 私は苦笑した。

「はい、師匠には指一本触らせません。それだけの余力があります」

 ビスコッティが真剣な表情になった。

「うーん、警戒は解除した方がいいよ。この先に敵性反応はないから」

 リズが頭を掻きながらいった。

「では、最低限に戻します。師匠はゆっくりしていて下さい」

 ビスコッティは小さく息を吐いた。

「それにしても、このエレベータってどこまで下がるんだろ」

「はい、読めないです。こんな仕掛けがある事には気が付きませんでした」

 パステルが苦笑した。

 程なくエレベータが停止すると、そこは迷宮内とは思えない程綺麗な場所で、鳥の冴えずりを久々に聞いた。

「師匠、立てますか?」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「そのくらいは出来るよ」

 私は立ち上がり、辺りを見回した。

「ん、なんかあるよ」

 私は森の中で光っているなにかを見つけた。

「……慎重にいきましょう」

 パステルが唾を飲み込み、私たちはゆっくり進んだ。

 森の中を進むと、光る物体はすぐに見つかった。

「なんだ、このデカいオーブは……」

 オーブのサイズは、普通は握りこぶし大だが、目の前のオーブは大人二人でも届かないほど巨大なものだった。

 次の瞬間、つい最近会ったばかりの四大精霊全てが姿を表した。

「うわっ!?」

「そう驚くでない。我らはこの世界のどこにでもおるからな。さて、目の前のこのオーブ、なんじゃと思うかね?」

 サラマンダーがニヤッとした。

「うーん、半端なものじゃないのは分かるけど、怖くて解析も出来ないよ」

「解析程度ならどうもならんが、時間が掛かるのでワシが説明しよう。このオーブは、世界を支えている力を放っているといったら、信じるかの?」

 サラマンダーが笑った。

「えっ、世界!?」

「左様。ワシらは勝手に創世神と呼んでいるが、この世界が出来た時に、その設計図が書かれたいわば、世界の根っこのようなものだと解釈している。あとは、我々四大精霊が全て管理する予定だったが、どうにも上手くいかないもんじゃな。今の世界の姿がかろうじて、我々が作ったものだと思って欲しい。一つ頼みがあるのじゃが、そのオーブをここから移動したい。どんな輩がくるか分からんからな。お主の学校がちょうどいいじゃろう。あそこなら、変な輩も近づきにくいはずじゃ。問題は大きさだが、一人では持てないしな……」

「じゃあ、この中ならどう?」

 私は呪文を唱え、空間に裂け目を作った。

「ほう、これは便利じゃな。亜空間結晶か。これなら、このまま入れても、この世界から切り離されるわけではないので問題ない。さっそく詰め込んでくれ」

 私は空間の入り口を最大級まで開き、リズとビスコッティ、マルシルとキキがなんとか持ち上げ、裂け目の中に入れた。

「うむ、ありがとう。これで、保護されたな。元は四つあったんじゃが、様々な事情で最後の一個がこれでな。他の三つ分も統合したため、こんなデカいオーブになってしまったというわけじゃ。これで心残りはないな。ゆっくり湯に浸かるとしよう。またなにかあれば、勝手に姿を現すからな」

 サラマンダーの声で、四大精霊全てがスッと姿を消した。

「ど、どうしよう。とんでもないものを預かっちゃったよ!?」

「師匠、落ち着いて……られるか、こんちくしょう!!」

 珍しくビスコッティが怒鳴り、なぜか私を引っぱたいた。

「……痛いよ」

「知りません、痛くしたんですから、痛くて当然です!!」

 ビスコッティの乱心は、まだ収まりそうになかった。

「はい、パステルです。どうしましょう?」

「それを聞いてるんだけど、これカリーナに持って帰って、誰かに相談しないと……」

 私は頭を掻いた。

「コホン、また棟長のあたしを忘れたな。これは、個人管理するのは不適だね。研究棟の屋上を潰して金庫を作ってもらうかな。幸い、王宮魔法使い建設部が常駐しているし、無線で連絡すれば、帰る頃には出来てるよ」

 リズが笑った。

「それじゃ、もう用事は終わったね。これ以上はいいよ……」

 私は苦笑した。

「はい、私もお腹いっぱいです。でも、これってどうかえればいいのでしょう……」

 パステルがブツブツ呟きながら、壁を探りはじめた。

「みんなでやるよ。ほら、ビスコッティも!!」

「はい、失礼しました。壁を探ればいいのですね」

 そこから先は、みんなの根気勝負となった。

 みんなど根性野郎ばかりのようで、地味な作業を延々と続けていると、パステルがなにか見つけた。

「ありました。多分、これです」

 パステルの声に、私は様子を見にいった。

 綺麗な光る石に紛れるように、小さな赤いボタンがあった。

 他に異常はないようなので、私もこれだと直感で分かった。

「ねぇ、せっかくきたんだし、あの森の中を調べてみない。報告書に書けば、ここで観光やってる場合じゃないって。国が動くと思うんだ」

 私が頷くと、パステル隊長が頷いた。

「そうですね。私もあの森が気になるんです。探索してみましょう」

「よし、いこう」

  私とパステルが森へ向かおうとすると、私たちの前にビスコッティが立ち塞がった。

「あの、どちらへ?」

 ビスコッティが笑みを浮かべていったが、目が笑っていなかった。

「あのね、あの森にはなにかありそうなんだよ。だから、調べようと思って……」

「そうだと思いました。師匠はダメです。まだ魔力どころか、生命力まで削ったので、転けただけで命を失いかねません。師匠はここでお休みです。ここは経験者にお願いしましょう。パステル、マルシルと森の中を探索して下さい」

「はい、分かりました。マルシルさん、森の探索にいきましょう!!」

「はい、私で良ければご一緒します」

 というわけで、私は森に向かう二人の後ろ姿を見送った。

「……いいな、楽しそうで」

「ダメです!!」

 ビスコッティがすかさず通せんぼした。

「いかないよ。いかないから、その怖い顔やめて!!」

 私がため息を吐くと、ビスコッティが笑みを浮かべた。

「ちょっと横になって下さい。調べるだけ調べましょう」

 私がビスコッティの前に横になると、彼女は呪文を唱えた。

「これは無茶しましたね。現在使用可能魔力ゼロ、生命力は六十%減です。敵艦の砲撃を食らい続けて、ガタガタの戦艦みたいな状態ですよ。少し寝た方がいいです」

「すっごい表現だね。残り40%か。我ながら無茶したもんだ」

「無茶しすぎです。人体形成の法ですら数が多かったのに、そのまま蘇生術でしたからね。でも、私を真っ先に選んでくれた事は誇りです。ますます、助手としての責任を感じました」

 ビスコッティが笑った。

「そりゃ、なんだかんだでビスコッティだもん。ちゃんと分かってくれるって思ったからね。あとは大成功かな」

 私は笑った。

「さて、どうしましょうね。パステルとリズは森に行ってしまいましたし、残った私たちでテントでも張りますか?」

 ビスコッティが問いかけてきた。

「いや、この気温なら寝袋だけで十分だよ。ごめん、先に寝る。限界がきたよ」

 ビスコッティが急いで私の背嚢からシュラフを取り出し、床に広げた。

「はい、師匠。出来ました。お手伝いします」

 私はマルシルに靴を脱がせてもらい、キキとビスコッティの二人で私の体を無理矢理に近い形で押し込んでくれた。

「それじゃ、おやすみ……」

目を閉じると睡魔すら感じない間に、私の意識は闇の世界に飛んだ。


 ふと目を覚ますと、ビスコッティが膝枕をしてくれていた。

「あっ、師匠が目覚めましたよ。気分はどうですか?」

「うん、悪くないけど、どのくらい寝てた……?」

 私は腕時計をみた。

 時刻は午後八時を示していた。

「そうですね、六時間は寝ていましたよ。みんなでバーベキューの準備をしています」

「そっか、迷惑かけちゃったな……」

 私は身を起こし、小さく欠伸をした。

「師匠、新記録です。たった六時間の睡眠で、もう体力が全開ですよ。そのうち魔力も戻ります」

 ビスコッティが笑った。

「六時間か……どう考えても三日は絶対安静だね。我ながら頑丈だこと」

 私は笑った。

「さて、みんなの場所に移動しましょう」

「分かった」

 まだ若干よろけるが、特に問題なく歩けるので、私はゆっくりみんなの方に向かった。「おっ、MVPがきたぞ!!」

 リズが笑った。

「まさか、死ぬ経験をするとはねぇ」

 犬姉が私を小突いた。

「いきなり掃射を食らったら、誰だって避けられないよ。あたしも久々だったなぁ」

 リズが苦笑した。

「あー、ムカつく。肉食って忘れよう!!」

 犬姉がバリバリ肉を食べはじめた。

「師匠もどうぞ」

 ビスコッティが野菜や肉が刺さった串を渡してくれた。

「ありがとう、頂きます」

 私はまず野菜にかぶりついた。

「うん、美味い……」

「大丈夫そうですね。お腹が空いているので、私も食べます」

 ビスコッティが笑って、肉をせっせと食べはじめた。

「私は自分が許せません。不死身なんてバカみたいなことは考えていませんが、もうちょっと戦えたはずです」

 アリサがため息を付いた。

「こら、それは奢りだぞ。あのタイミングじゃ、誰もなにも出来ないよ。なんなの、あれ?」

「ここを守るための最終防衛システムかな。あれじゃ、なにもさせてもらえないよ。私はたまたま身を低くしていたから助かったけど、そうじゃなかったら全滅してた。ここの報告書がない理由は分かったよ」

 私は苦笑した。

「あっ、そういえば……」

 パステルが冒険者の身分証を取り出し、笑みを浮かべた。

「これ、裏がどの洞窟やら迷宮やらにチャレンジした記録が残るんです。みごと。レディ・サップを仕留めました」

 パステルが私に身分証をみせた。

「追加で何枚もあるね……ホントだ、最新の情報だと『レディ・サップ 5F』 

 と表示されてた。

「どこまで階数があるかは分からないので、現在の階数が表示されています。ここは、みんなが夢見る第五層です。一番乗り達成。冒険者の誇りですよ」

「へぇ、そんな機能があったんだね。ついに誰も踏破していない階層か。悪くない!!」

 私は笑った。

「そういえば、グチャグチャになったあたしたちを回収するの大変じゃなかった?」

 リズが苦笑した。

「そりゃ大変だったけど、できるだけ元通りにしたかったんだよ。三十ミリ砲って凄いね」

 私は苦笑した。

「凄いなんてもんじゃないよ。あれ食らったら、人間なんて原型を留めないもん」

 犬姉が笑った。

「そっか、そういえば森の中はどうだった?」

「はい、特にお宝はありませんでしたが、『非常脱出装置』と書かれたレバーがありました。これを操作すれば、表に出られると思います。

「人が来ると面倒だから、とっとと撤収しよう。犬姉。片付け!!」

「分かってるよ。だから、追加を焼かなかったでしょ。さて、あとで洗うとして……撤収準備完了!!」

 犬姉の惚れそうなくらいの早業で片付けを終え、私たちは森へと向かった。

 鬱蒼と茂った木々の中に、確かに『非常脱出装置』と書かれたレバーがあった。

「みなさん、いきますよ。そこらの木々に掴まって下さい」

 パステル隊長の声に、私は手頃な気に掴まった。

 パステル隊長がレバーを倒すと、ガタガタと音を立てて、エレベータが上昇しはじめた。

「なるほど、こういう事ね」

 私は苦笑した。

 エレベータの外が真っ白な雪景色に変わり、しばらくして停止した。

 私たちがエレベータから降りると、それまで床だったエレベータが急速に降下していった。

「あそこだけ草木があるのはおかしいって思っていたんだけど、これで納得したよ。種や木の実が落ちたんだね。ってことは、あそこの森には、珍しい木々があったかもしれないね」

 私は笑った。

「はい、その辺りはチェックしました。いくつか面白い木があったので、容器に入れて密封してあります」

 パステルが笑った。

「ねぇ、なんでリズを連れていったの。魔法薬なら私なんだけど……」

 パトラが不思議そうに聞いた。

「パトラさんを連れていくと、根こそぎ刈り取りそうだったので。貴重な魔法薬の原料も密封してあるので、あとでみて下さい」

「あのねぇ、私だって根こそぎ取ったりしないよ。行きたかったな」

「嘘コケ、また生えるからって、ごってり持って帰るくせに!!」

 パトラのパンチがリズの顔面にめり込んだ。

「余計な事いうな!!」

「事実じゃん」

 リズが笑った。

「まあ、いいや。種があるなら育てればいいしね。なにが出るんだろ」

 パトラが笑った。

「それにしても、ここってどこ?」

 地上に戻ったはいいが、今日は地吹雪で視界がゼロだった。

「ここはキャンプを張った場所の近くです。山道ですが、マッピングしているので大丈夫です」

 パステル隊長が地図とコンパスを取り出した。

「ばらけてしまうと事なので、みんなの腰をザイルで結んで起きましょう」

 パステルが

 手慣れた手つきで、蛍光イエローの目立つザイルを腰に巻いていった。

「迷ったらこれを引いて下さい。大した距離ではないので、大丈夫だと思いますが……」

 パステル隊長がゆっくり歩き始めると、あっという間にその姿が真っ白な向こうに消えた。

「こりゃ凄いね。こうやっておいて正解だよ」

 私は顔に吹き付ける風を右腕で防ぎ、微かに引かれるザイルを頼りに、慎重に進んだ。

「みんな、いますか!!」

 時々パステル隊長が掛けてくれる声に答えながら進んで行くと、なにかピカピカと赤いライトが点滅しているのが見えた。

「あれがテントです。防犯の意味を追加して、いつ何時戻っても大丈夫なように、明かりを点けておいたのです!!」

 パステル隊長の怒鳴り声が聞こえた。

 風が強すぎて、このくらいの音量で喋らないと聞こえないのだ。

「あっ、テントについてもすぐに触らないで、電撃食らいたくなかったらね!!」

 背後でリズの笑い声が聞こえた。

「……リズっていつも声がデカいな。きっと、いびきとかも凄いに違いない。私も大きないびきをかきたいな」

 私は小さく呟いた。

「師匠、大いびきはバッチリです。うるさくて寝られません!!」

 この風の中でも私の声を拾ったようで、ビスコッティの声が聞こえた。

「……よし」

 私は小さくガッツポーズを作った。

「なんで大いびきがいいんですか!!」

 パステル隊長が声を掛けてきた。

「だって、ワイルドでいいじゃん。車だって、思い切り歩道に乗り上げて、まだ車がブルンブルンしてる間にバカってドア開けて、颯爽と去っていくとか好きだし!!」

 私は笑った。

「師匠、変なDVD観すぎです。だから、ハンドルを握らせられないんですよ!!」

 なぜか私の声には超高感度のビスコッティが、大きく笑った。

「バカ者、それを早くいえ。今度ドライブ行くぞ!!」

 犬姉が笑った。

 とまあ、そんな間にテントに着き、パステル隊長が全員のザイルを解いた。

「おっと、いきなり触るとダメでしたね」

「うん、覚えていたね。いい子いい子」

 リズがパステルの頭をなぜ、呪文を唱えた。

 テントが一瞬光り、バリンというガラスが割れるような音が聞こえた。

「これでもう大丈夫だよ!!」

 リズが大きく伸びをした。

「急いで帰りたいところですが、この天候では難しいですよね……」

 パステルが小さく息を吐いた。

「そうだねぇ……。これじゃ視程ゼロに近いし、強風のおまけ付きでしょ。無線借りるよ」

 犬姉が無線でどこかと交信をはじめた。

「ダメだ。管制もあと二時間はダメだろうっていってる。この時期の地吹雪はそんなに長く続かないから、待ってくれだって」

 犬姉が苦笑した。

「そういや、スコーンの魔力って回復したの?」

 リズが私に問いかけた。

「えっと……」

「はい、師匠の生命力は回復しています。まだ魔力に回せるだけの余力はないみたいで、ファイア・アローの一発も撃てないでしょう」

 私に代わり、ビスコティが答えた。

「そっか、驚異的に回復力があるな。あたしも自信がある方だけど、生命力まで燃やしちゃうと三日は動けないよ」

 リズが笑った。

「魔力だけなら簡単だよ。これ飲んで」

 パトラが薬瓶を一つ私にくれた。

「これなに?」

「魔力回復剤だよ。効き目は保証するよ!!」

 パトラがご機嫌にいった。

「そっか、飲んでみよう」

 薬瓶の中身を一気に飲み干すと、体の中から力が湧き上がる感触がした。

「おっ、パトラッシュの薬が珍しく効いたか」

 リズが笑った。

「どう?」

「うん、大丈夫だよ」

 私は笑った。

「師匠、魔力値がかなり回復しました。現在30%ちょっとです」

「えっ、それしか回復しなかったの!?」

 パトラが驚きの声を上げた。

「うん、多分ね。凄い疲労感が抜けないよ。テントで休まない?」

 私はテントの出入り口のジッパーを開け、中に散らばっている銃だのなんだのを踏まないように気をつけて、床に座って一息入れた。

 中は寒かったが、風が遮断されるだけで、かなり体感温度が上がった。

「思えば、こんなに武器いらなかったね……」

 リズが自分の武器を回収して、空間の裂け目に放り込んだ。

「全く、大荷物だったのに。その空間ポケットいいね。教えて」

「正確にはマジックポケットだよ。事実上無制限に押し込めるけど、入れすぎるとどこになにがあったか分からなくなるから、程々にしておいた方がいいよ」

 リズが笑って、簡単な呪文を犬姉に教えた。

「えっと……」

 犬姉が呪文を唱えると、お手頃サイズの空間の裂け目が出来上がった。

「おっ、初魔法成功。えっと……」

 犬姉が空間の裂け目に手を突っ込み、なにやらゴソゴソ始めた。

「おっ、内装チェンジまで覚えた!!」

 リズが笑った。

「だって、このままじゃ使えないよ……よし、ライフルはこれでいいか。あとは……」

 犬姉がゴソゴソやってる間、アリサが物欲しそうな目で見つめていたので、私が呪文を教えた。

 アリサが呪文を唱えると、これまたお手軽サイズの空間の裂け目が出来た。

「あとは自分で弄ってみて」

「はい、ありがとうございます。うわ、なにもない。これでは置き場どころではないです……あっ、棚が出来ました。面白いですね」

 アリサが笑った。

「ふたりともセンスいいね。内部の改造だけでも、人によっては一日かかるから。のぞき込んじゃダメだよ。苦労が水の泡だから、あくまでも手の感覚だけね」

 犬姉とアリサがそれぞれの銃を片付け、床に余裕が出来ると、私は背嚢を下ろして中からシュラフを取りだし、中に潜り込んだ。

「あれ、師匠。おやすみですか?」

 中途半端に閉じていたジッパーを閉じ、ビスコッティが笑みを浮かべた。

「違うよ。寒いから潜ってるだけ。はぁ、テントの中も温かくしたいな……」

 私は呪文を唱え、程々の温度を放つ赤い光球を放った。

「イテテ……まだダメか」

「師匠、なんで私にやらせないんですか。まだ魔力30%ですよ!!」

 ビスコッティがため息を吐いた。

 ちなみに、瞬間最大ではなく自然に湧いてくる残存魔力が50%を切ると、警告の意味なのか全身に痛みが走る。

 もっと残存魔力が回復すれば、ここまで寒くはないのだが、ないよりは良かった。

「あれ、パトラッシュの薬があんまり効いてないのかな」

 リズが心配そうにのぞき込んだ。

「うん、私が作る回復薬の中では最強だよ。これ以上は、リズみたいに桁違いの魔力を持った人用なんだけど……」

 パトラが頭を掻いた。

「一個試してみたら。爆発する事はないよ」

 リズが笑った。

「うん、そうしようと思っていたところ。スコーン、これ飲んで。痛いかも知れないけど、もしかしたらリズ並みの魔力かも……」

 私はシュラフのジッパーを開け、パトラから受け取った薬を飲んだ。

「ん……イテテ!?」

 一瞬もの凄い痛みが全身を走ったが、すぐに体が温まり、元々温かくなっていたテント内が熱く感じる程だった。

「これ効くね。ビスコッティ?」

「は、はい、魔力ほぼ全快です。あと一時間もあればフルでしょう。こんな魔法薬が……」

 ビスコッティが驚きの声を上げた。

「伊達に魔法薬を専門にしてないよ。でも、驚いたよ。これ、エルフ用の回復薬だよ。細かい差までは分からないけど。魔力じゃ敵なしだったリズのライバルだね。どれだけ大食らいなの!!」

 パトラが笑った。

「はぁ、豚骨ラーメン食べたい。こう寒いとね」

 リズが笑った。

「私はまだ食欲がないな。魔力が落ち着いてない」

「そりゃそうでしょ。いきなりこれで食い始めたら、それこそバケモノだよ。ゆっくりしてな!!」

 リズが笑い、ビスコッティがシュラフのジッパーを閉じようとしたが、私は止めた」

「閉じたら暑すぎるよ。ただ、布団代わりに敷いてるだけ」

「そうですか。今度は風邪を引きますよ」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。


 私たちがテントの中で適当に話していると、犬姉が腕時計をみた。

「うん、そろそろかな……」

 一言呟き、犬姉はテント内に置いてある無線機の受話器を取った。

 なにやら航空用語が飛び交う小難しい通話のあと、犬姉が笑みを浮かべた。

「さて、名残惜しいけど、今なら飛べるって。凍結防止剤をぶちまけてるから、時間はたっぷりあるよ。撤収して、飛行機でぬくぬくしよう!!」

 犬姉が笑った。

「よかった、今日帰られるんだね。重たいオーブを持ってるから、早く落ち着きたいよ」

 私は苦笑した。

「全く、とんでもないお宝だよ。その気になったら、世界制覇なんて余裕でしょ。危ない危ない」

 リズが笑った。

「あの、これは体力回復剤です。初めてパトラと作りました。良かったら飲んで下さい」

 キキが薬瓶を私に手渡した。

「かなり大きな薬瓶だけど、全部飲んじゃっていいの?」

「はい、上手く凝縮出来なくて、一回分がこの量になってしまったのです。気休めだとは思いますが、少しはお役に立てればと……」

 キキが笑みを浮かべた。

「効果は私が保証するよ。ちょっと多いけど、このくらいなら飲めるでしょ?」

 パトラが笑った。

「うん、飲めるよ。ちょっと待って」

 私はニッキの香りほとばしる薬瓶に口を付け、一気に飲み干した。

「こりゃ効くね。体が温かくなってきた。ありがとう」

 空になった薬瓶をキキに返し、私は笑みを浮かべた。

「よかった、効いたみたいです。スコーンさんが汗だくになっています」

「こら、風邪引くなよ!!」

 犬姉が笑った。

「パトラ、なんであたしに飲ませる薬は苦いの。毎回死にそうなんだけど……」

 リズが右拳を握った。

「リズって、甘いと怒るでしょ。じゃあ、わざと苦くしてやれって、その辺の雑草とか練り込んでるから!!」

 リズのゲンコツが、パトラの頭にめり込んだ。

「適度に甘いのはいいの。苦くて死にそうなんだよ。確かに効くけど」

「だから、良薬口に苦しってね。キキにはまだ高度な薬は教えてないし、この程度ならニッキの香りでいいかって感じだもん」

 パトラが笑みを浮かべた。

「ああ、キキ。パトラは危険な薬は凄く苦い味にするんだよ。これは危険だよって意味らしいけど、他になかったら飲むしかないでしょ。そんな感じ」

 リズが笑みを浮かべた。

「そうだねぇ、味なんてどうでもいいって感じになるね」

「でしょ。そういう薬って、元々苦いんだけど、さらに苦み成分を追加して、これを使わせたあなたが悪いんだよってメッセージを込めてる。魔法薬師として、こんな薬なんか飲ませたくないって気持ちがあるからね。まあ、リズもお転婆だから、結構なことやって怪我してね。苦い薬がいいでしょ?」

 パトラが笑った。

「だからって、なんの味よ、あれ。草でもないしなんか分からないけど苦いって、一番怖いんだけど!!」

 リズが苦笑した。

「さて、盛り上がってるところ悪いけど、テントの撤収に掛かるよ。このホットボールいいね。光りも出さないし、狙撃に最適かも。

 犬姉が笑った。

「隊長、サーマルイメージでバッチリ映りますよ。でも、欲しいですね」

「でしょ。どうせサーマルイメージで映ってるんだから、一個玉が増えればなんじゃあれって感じで撹乱出来るかもね!!」

 犬姉が笑った。

「スコーン、呪文教えろ!!」

「まだダメだよ。魔力のコントロールが難しいから、炎上させちゃうかもしれない。何気に危険な魔法なんだよ。カリーナに戻ったら、呪文は教えるけどコントロール自分で掴んで、人それぞれ違うから。

 私が笑うと、犬姉が抱きついた。

「絶対だぞ。こんな便利な魔法、他になかなかないよ」

「慣れるとお湯を沸かしたり、焼き物料理なんかもできるし、煮物もOK。なんでも使える便利な魔法だよ」

 私は笑った。

「いや、楽しいねぇ。魔法の研究したくなるよ」

 犬姉が笑った。

「犬姉はダメだよ。根性はあっても気合いが足りないから、いざって時に撃てない。慣れた銃の方がいいよ」

 リズが笑った。

「なに、気合いが足りないって。私は攻撃魔法を覚える気はないから、治せればいいの!!」

「それにも問題があって、例えば水の回復魔法を作ったとして、それがそのまま発動するかっていえば、そうじゃないんだよ。反対の攻撃魔法を作らないと、お互いの作用でやっと発動するんだよ。だから、自然に攻撃魔法も覚えちゃう。使うかどうかは別だけどね!!」

 私は笑った。

「なんだ、面倒だね。攻撃魔法はオマケで覚える程度で、あくまでも私の武器は銃器だからね。呪文唱えている間にやられちゃう」

「そのために開発されたのが銃だからね。魔法使いが呪文を唱えている間はどうしても隙が出来るから、そこを撃てばいいって発想だから」

 私は苦笑した。

 実際、拳銃などの銃器はそういう目的で開発された経緯がある。

 今は魔法使いも当たり前のように銃を持っているので、その差違は全くなくなってしまい。魔法が使える魔法使いが優位という、ある意味悲しい武器だった。

「へぇ、どっか苦手だった魔法だけど、実際に使えるとなるとワクワクするね。今度、リズと模擬戦やろう。なんでか勝てないんだよね……」

「あ、危ない事やっちゃダメだよ!!」

「ん、また犬姉と模擬戦やるの? いいけど、負けるの好きだねぇ」

 リズが不適な笑みを浮かべた。

「……ブチ。今に見てろ」

 犬姉の額にいくつも怒りマークが浮かんだ。

「ま、まあ、収めて。早く撤収しよう!!」

 私は慌てて声を上げた。

「おっと、いけない。悪癖が出た。しっかし、なんでリズってあんな強いのかな。よし、テント畳んでトラックに放り込むよ!!」

 犬姉の声に、私は立ち上がってビスコッティを連れて外に出た。

 強風はもう収まっていたが、テントは被さった雪で潰れそうだった。

「これ大変だよ。あの玉五個くらい浮かべておこうかな」

 私はテントの周りにあの温熱の玉を浮かべた。

「いやー、これは降ったね。トラック出られるかな」

 犬姉がトラックのエンジンを掛けた。

 そのままトラックから飛び下り、道の具合を見にいった。

「大丈夫そうだね。セーフ」

 帰ってきた犬姉が笑った。

「あれ、なにやってるの?」

 いつの間にかトラックの後輪にチェーンを巻いていたアリサに、犬姉が笑った。

「はい、この方がいいかと……」

「正解だけど遅い!!」

 犬姉が反対側の後輪に手早くチェーンを取り付け、悪戦苦闘しているアリサを見守った。

 なにかゴチャゴチャ弄っていたが、アリサがようやくチェーンを付けた頃には、たっぷり一時間は経っていた。

「まだ、甘いなぁ。カリーナの辺りじゃ滅多に降らないけど、この辺りはこの程度は一晩で降るからね。よし、暖気も終わったでしょ。ヒーターをいれておいたから、荷台もそんなに寒くないと思うよ」

 犬姉が笑い運転席に座ると、助手席にはアリサが座った。

 荷室との小窓を全開にして、私は椅子に座った。

 きた時とは違って、荷物はそれぞれ空間に裂け目にいてれあるので、銃火器の類いはなく、小さく畳んだテントがおかれているだけだった。

 トラックは雪が積もって危険な山道を当たり前のように走って下り、雪塗れの飛行場に出ると、トラックは飛行機の出発ロビー前の車寄せに駐まった。

 私たちがトラックから降りて、荷物を荷台から下ろすと、迎えにきたらしい国軍の制服をきた二人が運転席と助手席に乗り、そのまま走り去っていった。

「さて、これであとは空路だよ。テントをしまおう!!」

 犬姉とアリサが空間に裂け目を作り、器用に二分割してテントを収めた。

「これで、手荷物が減ったよ。いこうか」

 私たちは犬姉を先頭に団体用書かれたゲートに向かった。

 元々カリーナ所有機なので、そのままゲートを抜けると、私たちは建物と飛行機を繋ぐ橋のような通路を通って機内に入った。

 例の寝心地最高の椅子に腰を下ろすと、また雪が振り始めた外の景色を眺めた。

「ブランケット置いておくよ!!」

 リズがブランケットを私に手渡し、後の方に向かっていった。

「……お酒飲みたいな。強いヤツ」

 私は小さく笑みを浮かべた。

「師匠、どこですか!?」

 ビスコッティの声が聞こえ、私は立ち上がった。

「ああ、いたいた。こういう時は、お酒でも飲んで下さい。気が楽になりますよ」

 ビスコッティがグラスではなく、一升瓶でお酒を置いて自分の席に戻っていった。

「……聞こえたのかな。タイミングいいね」

 私は笑った。

『副操縦士のアリサです。間もなく離陸しますので、お席についてベルトを締めて下さい。なお、低気圧のど真ん中を通過せざるを得ないので、かなりの揺れが想定されます。この機は頑丈に出来ていますので、問題ありません。それでは、離陸までお席でおくつろぎ下さい』

 飛行機のプッシュバックが始まり、駐機場でエンジンが起動した。

「四発機なんて初めてだな。島しかいかないから」

 私はお酒をラッパ飲みして、小さく笑った。

 全てのエンジンを始動させた機体は、ゆっくりと平行誘導路を走り始めた。

「あれ、お酒飲んでる。珍しい!!」

 見回りにきたリズが笑った。

「飲む?」

「ちょっとだけね」

 リズが上手そうに一升瓶を傾けた。

「さすがいいセンスしてるじゃん。これ、本当のCAがやったらクビだからね!!」

 リズが笑って、ご機嫌で歩いていった。

 ガタゴトと飛行機は誘導路を進み、ほとんど端までくると、そこでストップした。

『ファン・ロイヤルエアラインの第一便が着陸します。この機は、そのあとの離陸になります。しばらくお待ちください』

 アリサの声が聞こえ、十分ほど待つと轟音と共に双発ジェット機が着陸した。

「さて、誰が乗ってるかな。パステルの話だと、あのライセンスの裏書きに勝手に追記されるし、なんだったか、冒険者たちが集まる街があって、そこの掲示板にも表示されるから、一気に有名人らしいね。私」

 私は笑った。

 聞いた話によれば、五人以下のパーティーで迷宮だか洞窟だかを攻略すると、全員の名前が表記されるらしいのだが、それ以上はリーダーの名前のみが表記されるらしい。

 私は恥ずかしいし冒険者じゃないからといって、パステル隊長の強烈な押しに対抗したのだが、話を聞いた全員が私がリーダーだと全面攻撃を受け、渋々承諾したのだった。

「これ、恐らく転送の魔法と自動書記の魔法を合わせてるんだと思うけど、なかなか手が込んでるね」

 ぜひみて下さいと、パステルがライセンスを貸してくれたので末尾をみると、一番最後の欄に『チーム・カリーナ:スコーン・ゴフレット:レディ・サップ5F』と印字されていた。

「これ、追っ手にバレないかな。まあ、かえって堂々としていて、なんだこいつ。同名か?って思われるかもね」

 私は笑った。

 飛行機が動き出して滑走路に入ったとき、雪が降り始めた。

「よく降るねぇ。これで離陸出来なくなったら悲しいよ」

 私が呟いた時、四発のエンジンが轟音を立てて起動した。

 滑走路をひた走り、ほとんど反対側の端近くで離陸すると、ギヤを引き込んだようで、ガッタンバッタン音が聞こえ、ほぼ同時に大きく右旋回した。

「……しゅごい」

 前面モニターで見ていたが、赤と白の看板が設置されている山を掠めるように旋回した飛行機が、今は真っ直ぐ空に向かって上昇していった。

 私はお酒の瓶を口に付けて飲み、ゆったりと背もたれに身を預けた。

「それにしても、私は飲めないって知ってるのに、なんで一升瓶なんだろ。記念かな?」

 私は笑い、お酒を飲んだ。

 飛行機は雪雲に突入し、時々大揺れをしながらそれでも上昇を続けた。

「確かに揺れるね。思った程じゃないけど……」

 やがて真っ白だった雲が晴れ、飛行機は雲海の上を飛びはじめた。

 ベルト着用サインが消え、私は一息吐いた。

「そういや、ご飯まだだったね。ワゴンがきたらなんか買うか……」

 私は苦笑した。

 機内販売の前に、機内食を満載したワゴンがやってきた。

「肉と魚、どっちにする?」

「うん、なんかお酒があるから、それに合う方がいいな」

 私はビスコッティからもらったお酒をテーブルに乗せた。

「大吟醸の辛口ね。魚がいいかも……」

「じゃあ、魚で!!」

 私はお酒の瓶をテーブルから下ろした。

「はい、メシ!!」

 リスがテーブルに並べたのは、色取り取りの小鉢で、大皿に焼き魚が載っていた。

「ノドグロの焼きとこっちのカニが香箱。タラバの茶碗蒸しに……なんだっけ、色々ね」

 リズがワゴンを押して去っていった。

「うわっ、朝から豪華だよ。カニってどう食べるんだろ……」

 私が呟くと、すかさずビスコッティがやってきた。

「師匠はもしかして、カニは初めてじゃないかと思いまして、こう食べるんです。カニは上品には食べられません」

 ビスコッティが笑い、小さめのカニをバキボキと音を立てて身を開き、卵のような物を抱えた香箱が出来上がった。

「あとはお好みでカニ酢を使って下さい。この頭の部分にあるのはカニ味噌です。これとお酒なんて、最高の取り合わせです。ちなみに、魚の方も高級魚として有名です。ますます、酒呑みを唸らせるメニューです。ぜひ、ゆっくり味わって下さい」

 ビスコッティがサッと自分の席に戻った。

「へぇ、こんな食べかたするんだね、卵か……せっせと生みにきて食べられちゃうんだもんね。可哀想だから食べる!!」

 私は香箱の卵に箸を付けた。

「なんじゃこりゃ、美味い!!」

 口の中に弾けるようないい香りが広がり、カニ酢なる物を付けるとさらに味が変わって面白かった。

 ひとしきり食べると、私はお酒を飲み、小さく息を吐いた。

「朝からこんな贅沢していいのかな。お酒も美味しい。

 気が付けば、一升瓶の半分を空にしていた私は、そういえば飲めなかった事を思い出し、これ水割りかなと思ったが、そんな形跡はなかったので、不思議な気分だった。

「まあ、いいや。残りも食べよう」

 私はお酒を片手に、まるでビスコッティのように飲みながら、豪華な朝ご飯を終えた。

 しばらくしてリズが食器の回収にくると、心配そうな顔をした。

「スコーン、顔が真っ赤を通り越してどす黒いよ。お酒の飲み過ぎだね。これ、パトラ印の二日酔い酔い薬。もうやめておいた方がいいよ」

「そんなに凄いんだ。普段飲まないからね。よし、お酒はやめておこう」

 私は薬を飲んで、口直しにお酒を飲んだ。

「あっ、いけね……」

「すぐにパトラがお菓子とか持ってくるから、それでも食べて酔い冷まししておいた方がいいよ。お酒はビスコッティに返しておくから」

 私はお酒の残りをリズに手渡し。椅子をリクライニングさせた。

 しばらくして、お菓子やソフトドリンクをワゴンに大量に積んだパトラがやってきた。

「うわっ、飲み過ぎだよ!!」

 パトラが顔色を変え、ポケットから薬瓶を取り出した。

「これ飲んで寝た方がいいよ。その前に水かなにか……」

 パトラが水をカップに注ぎ、私に手渡した。

「そんなに酷いかな……」

 私はカップの水を飲み干した。

 次いで、パトラの薬を飲み、笑みを浮かべた。

「危ない危ない、急性アル中になるところだったよ。なに飲んだの?」

 ビスコッティがくれたなんだか知らないけど、大吟醸の辛口だって。美味しくてついね。

「大吟醸……あれか。あとでくるから覚悟した方がいいよ。今の薬で、かなりマシになったはずだけど、寝ちゃいなよ。それが一番!!」

 パトラが笑った。

「うん、そうする。なんか、ほんわか眠い感じだし」

 私は背もたれを限界まで倒し、そっと横になった。

「ところで、柿ピーってなに。ビスコッティが良く食べてるけど、なんか分けてくれないんだよね」

「ああ、柿ピーね。これ」

 パトラが袋詰めされたお菓子をみた。

「お書きにピーナッツが入ってるだけ?」

「うん、このナッツが美味いんだよ。置いておくから食べてみたら」

 パトラが笑って、ガラガラとワゴンを押していった。

 私は柿ピーの袋を開け、ポリポリ食べた。

「うん、美味いね。なんで、分スコッティはくれないんだろう」

 私はポリポリ食べながら、今度は無性にビールが欲しくなってきた。

「そっか、これか。無性にお酒が欲しくなるから、分けてくれないんだ。そっかそうか」

 なんだか妙に納得した私は、ブランケットを体にかけて、柿ピーをポリポリやっていた。

 しばらく順調に飛んでいた飛行機だが、急に微振動が増えてきて、私は背もたれを元に戻した。

「なんだろ……」

 私は窓から外をみた。

 取った席がいいのか悪いのか、エンジン排気口から小さな魔法陣が見える場所にいた私は、つぶさにエンジンを観察した。

 ポーンという音と共にベルト着用サインが出て、リズとパトラが慌てた様子でワゴンを押して前方に駆け抜けていった。

 そのうち、ボンヤリ見ていたエンジンの一基がいきなり爆発し、黒煙を棚引かせながら火災が発生した。

「うわっ!?」

 思わず声を上げた途端、真っ白な気体が燃えるエンジンから吹き出て、火災は収まった。

「……大丈夫だよね」

 気体の微振動が収まり、飛行機は急激に降下を開始した。

 雲の層に突入すると、私は前方のモニターを弄って、現在の飛行ポイントを確認した。

「なんだ、もう直ぐカリーナじゃん」

『アリサより、第三エンジンにトラブルが発生して停止しましたが、残り三発のエンジンで十分飛行可能です。マニュアルに従って、現在高度を引き下げていますが、特に問題はありません。あと十五分ほどで着陸予定ですが、カリーナ周辺も大雪でただいま滑走路の除雪作業中との連絡が入っています。念のため、エマージェンシーを宣言していますので、最優先で着陸出来ます。どうぞ、ご安心下さい』

 アリサから機内放送が流れ、客室内はまたノンビリした空気が流れ始めた。

「よかった、大事に至らなくて」

 私は夢の柿ピーをポリポリやりながら、窓からの景色を見つめていた。

 予定より早いポイントで、しかも急降下したために、カリーナまでの道のりは長かった。

 結局、二時間近く掛かってカリーナの柵を越え、飛行機は無事に着陸した。

「あれ、混んでるね」

 いつもがら空きの駐機場が、今日に限って満杯だった。

「大雪で近所の空港が閉鎖されて、ダイパードをしたんだと思います」

 飛行機が滑走路上に駐まると、ビスコッティがやってきて笑った。

「ダイパードってなに?」

「目的地変更です。この辺りでまともな空港はここしかないので、やむを得ずそうしたのでしょう。これを綺麗に吐き出す前に、滑走路を空けなくてはなりません。自走できないこの機体をどうするかは見物ですよ。では、下りましょう」

「下りるって、ここは滑走路だよ!?」

「エマージェンシーが発信されているので、この機は特別扱いです。とにかく早く乗客を降ろさないとと忙しいですよ」

「そうなんだ……。なんか大騒ぎだねぇ」

 私は苦笑した。

「では、行きましょう」

「うん」

 こんなのあると知らなかったが、飛行機の扉が全て開けられて、まるで滑り台のようになっていた。

「これ、結構怖いね」

「はい、風でひっくり返ってしまう事もあるそうですが、下で支えてくれている人がいるので大丈夫でしょう」

 私は頷き、気合いを入れてスライダーに飛び込んだ。

 しかし、重量バランスが悪かったのか、単に飛び込んだのが悪かったのか、私は滑るのではなく前転で転がりながら地面に到着した。

「師匠、ナイスです!!」

 普通にすべってきたビスコッティが、笑いながら指を立てた。

「こ、こんなはずでは……」

 私は笑う係員の人に助け上げられ、立たせてもらったら急に恥ずかしくなった。

「おーい、バスがでるよ。急いで!!」

 犬姉の声に、私とビスコッティは慌てて近くのバスに乗り込んだ。

「これで、私たちの仕事は終わりだよ。これ、どうやって整理するんだろうね。駐機場は満杯だし!!」

 犬姉が笑った。

「んなの地上要員に任せればいいよ。みんな、そうしてるし。

 私たちがバスの椅子に座ると、リズが笑った。

 空をみれば夜になっていて、分厚い雪雲から雪が降りしきっていた。

「今回は雪ばかりだね。毎年この食らいは降ったっけ?」

「師匠、ここは南部の海岸ですよ。中央部の王都とは気候が違います。滅多に雪なんか降らないはずです」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「ところが、あるクラスが気象操作魔法の実験を行って、ものの見事に失敗したんだな。あたしの受け持ちじゃないよ。そんな危ない事させないから。だから、今年は大雪じゃないの」

 リズが笑った。

「それ大変だよ。術者何百人が同時詠唱しなきゃいけないし、失敗したら大迷惑だもん。誰だろ?」

「それが、先生が必死になって隠すんだよね。あたしとツーカーの仲なのになぜかね。まあ、だったら無理に知ることはないし、知ったところでどうもしないからいいけどね」

 リズが大きく伸びをした。

 私たちを乗せたバスはそのまま空港のゲートを抜け、校舎前で停車した。

「さて、今日はまだやる事あるよ。例のオーブをしまっておく場所を作らないと。いつまでも亜空間じゃマズいでしょ」

 リズが笑った。

「あっ、それもそうだね。まだ起きてるかな?」

 時計をみると、午後八時ちょい過ぎだった。

「遅いけど行くだけいってみようか」

「はい、師匠。お供します」

 私とビスコッティは、校庭まで歩いて二階建てのプレハブ小屋まで歩いた。

 一階の灯りが消えていて、二階の部屋には灯りが点っていたいたので、私たちは階段を上って二階にいった。

『出入り口』と書かれた表札が出ている扉をノックして開くと、まるで工事現場の事務所だった。

「おっ、スコーンか。久しいな」

 リート中佐が声を掛けてきた。

「急ぎの用事ですね。顔に書いてあります」

 一緒に立ち上がったカサンドラが私をみて笑った。

「一体どうした?」

 リートが声を掛けてきた。

「訳あってここでは出せないのですが、世界の根幹を握っている、とんでもないものを手に入れてしまったとしかいえません。隠しているのではなく、私も師匠も本当に分からないのです。かなり大きなオーブなのですが、金庫のようなものできちんと保管しなければなりません。今から作業は出来ますか?」

 ビスコッティが頷いた。

「なるほどな。そんなに大事な物なら、ここにいかにも金庫でございますという作りはまずいな。ところで、仕切り壁は出来たのか?」

「それが忙しくて、簡単で優先度の低い物は後回しにしていました」

 カサンドラが返した。

「うむ、かえって都合がいいな。仕切り壁と同時に作業しよう。研究棟だな。さっそく移動しよう」

「はい、待って下さい」

 カサンドラが呪文を唱え、出現した扉をリートが開けた。

 私たちも扉を潜ると、そこは研究棟の真ん前だった。

「私たちは用務員扱いで、どこでも入れるカードがある。鍵の問題はないぞ」

 リートが笑みを浮かべた。

「よし、ならいこう」

 私は守衛のオジサンに軽く会釈して、研究棟に入った。

 エレベータで四階の研究室に着くと、肉の焼ける香ばしい香りが漂っていた。

「あっ、やっぱりきたよ。お客さん連れなら黙ってるけど」

 リズが笑った。

 どうやらたき火を起こし、屋外用のコンロで晩ご飯を作っているようだった。

「うん、例のオーブを隠す場所と、ついでにこの仕切りをちゃんとした壁にする工事をしてもらうためにきてもらったんだ」

「そっか、ますます立派になるねぇ。このキャンプスペースは潰しちゃだめだよ。みんなのお気に入りだから!!」

 リズが笑った。

「それは問題ない。十五センチほど狭くなる程度だ。それで、そのオーブとは?」

「うん、今出す。これが大きくて重いんだ」

 私は空間に大きな裂け目を作り、ビスコッティと二人がかりで取り出した。

「うん、なるほど。強烈な精霊力を感じるな。これをしまうとなると、密閉型じゃダメだ。上下開放式の扉を作るしかないな。みな聞いてくれ」

 リートが声を上げると、バーベキューで盛り上がっていたみんなが止まった。

「すまない、これから作業に入る。十五分くらいでおわると思うが、埃が立つので食材をガードして欲しい。養生テープは必要か?」

 リートが緑色のテープを差し出した。

「いらないよ、大丈夫!!」

 リズが呪文を唱え、結界壁がバーベキューセットを覆った。

「いいよ!!」

 リズが笑った。

「よし。では始めよう。まずは仕切りをどうにかしないとな」

 エリーが呪文を唱え、仕切り板代わりだった布製のボロい柵が吹き飛んだ。

「カサンドラ!!」

「はい、分かっています。

 カサンドラは大きなノギスを出して、オーブのサイズを測った。

「簡単にいって、台座込みで三十センチ四方の立方体です」

「ああ、その精度で十分だ。行くぞ」

 リートが叫び、研究室内に壁が作られた。

 それも、バーベキューコーナーはコンクリート打ちっぱなしふうで、研究室エリアはフローリングがピカピカに光る木を主体としたもので、作り付けのテーブルも木製の柔らかい雰囲気の物に変わった。

「急ぎだが、これでいいか?」

 リートが笑みを浮かべた。

「吸排気を効率化して、ファンもモーターも強化しました。研究室の換気機能付きエアコンの性能と合わせれば、一酸化炭素中毒にはなりません。全て計算済みです」

 カサンドラが笑った。

「それにしても、変わった研究室だな。たき火を焚いてもいいように耐火レンガまで敷き詰めてやるとは、よほど好きと見える。だから、たき火の周囲を耐火レンガで固めて壁にした。灰がこぼれないようにな」

 リートが笑った。

「さて、そのオーブをしまいましょうか。サイズは合っているはずです」

 カサンドラが笑みを浮かべ、バーベキューエリアに向かっていき、私とビスコッティはオーブを落とさないように、慎重に運んでいった。

 バーベキューコーナに小さな扉が開いていて、まさにオーブをしまうのにジャストサイズだった。

「あえて鍵はつけません。わざと空けた隙間から光りが漏れてしまうのはどうにもなりませんし、なにかの機械の一部に見えるようにしました。これなら鍵をなくして大騒ぎになりませんし、ちょうどいいでしょう」

 カサンドラが笑みを浮かべた。

「そうだね。この方が壁にマッチしていいや。バーベキュー食べていく?」

 私は笑った。

「うむ、次回にしよう。これから温泉工事だ。ポンプの具合が悪くて、給湯器まで鉱水が届かないのだ。今日になってやっとポンプが届いたので、これから現場指揮だ。朝までには終わるだろう。またなにかあったら呼んでくれ」

 リートは笑みを残し、カサンドラと一緒にエレベータに乗って下りていった。

「よし、今日は改築祝いだぞ。食料が余っちゃってどうにもならないから、早く食べないと!!」

 リズが笑った。

「師匠、お酒飲みましょう!!」

 ビスコッティが上機嫌で笑った。

「さっき飲んだからなぁ。まあ、いいや。ちょっとだけね」

 私は笑い、折りたたみ椅子に座った。

「師匠、私は本当はバーボン党なんですよ!!」

「ビスコッティ、なにこの癖が強いお酒!!」

 グラスの中の琥珀色の液体を飲みながら、私は苦笑した。

「それにしても、レディ・サップの続きかが気になりますね。冒険者的にはここからなんですが」

 パステルが残念そうにいった。

「私の勘だと、あそこで終わりだと思うよ。じゃなかったら、オーブはもっと下層に隠すだろうし、そう思うと迷宮クリアおめでとうかな」

 私は笑った。

「それもそうですね。あれだけの防御マシンまで置いて、オーブに近寄らせないという気合いを感じました。まあ、数秒でやられてしまいましたが」

 パステルが苦笑した。

「そういえば、師匠。近くにいたからでしょうが、肉体と魂が離れている間に、みんなと話しできたんです。新たな発見ですね。

「そうなんだ。一人きりより良かったじゃん」

 私は笑った。

「いえ、師匠に声が届かなかったのが一番辛かったですよ。こうして下さいという提案も出来ませんし、いきなり走り出してユンボで出撃した時は、リズがアホか!!って叫んでいましたよ。でも、慣れない結界を使って敵弾を弾き飛ばしながら進むユンボは格好良かったですよ。最後にぐちゃってやって、なけなしの生命力まで使ってエンジンを爆発させて……あとは大変だったでしょう。生命力残り40%では死にかけですよ!!」

 ビスコッティがため息を吐いた。

「だって、一人でやるしかないもんね。最悪私が死んでも大丈夫なようにして、限界まで絞った甲斐があったよ」

 私は苦笑した。

「こら、スコーン。無茶しない……とはいえないな。あたしも、大概無茶だしね。あれ、正解はパトラだったんだよ。パトラはエルフ魔法に精通しているし、あとはマルシルを起こせば解決したんだな。そうすれば、もう少し生命力は節約出来たかもね」

 リズが笑った。

「それは早く知りたかったな。でも、私は多分ビスコッティを蘇生したと思う。二人で色々な場面を通過してきたからね」

 私は笑みを浮かべた。

「し、師匠に認められた。こりゃ酒がうめぇ!!」

 ビスコッティが笑った。

「まあ、肉でも食って、とっとと寝よう。さすがに体力自慢のあたしでも、今回は疲れたよ。蘇生されると、全体力を持っていかれる感じなんだよね。はぁ、三十ミリってイカレてるね。あんなの無事じゃ済まないって」

 リズがげんなり呟いた。

「いやー、リズも人間だって思ったよ。このヤークトティーガがバラバラだもんね!!」

「ヤークトティーガって駆逐戦車じゃん。そんなに固いの」

 私が問いかけると、犬姉がニヤッとした。

「リズ伝説は多いよ。一番は今回だけど、最高傑作は手こぎボートで戦艦に接近して、魚雷みたいに水中を進む攻撃魔法で撃沈した事かな。そりゃ護衛の駆逐艦が慌てて索敵したけど、手こぎボートは木製だったし、まさかそんなもんでって思ったらしくて、敵の潜水艦じゃないかって大騒ぎしているうちに、パトラの速漕ぎでとっとと撤退した事かな。この陰で、カリーナにトマホーク巡航ミサイルを撃ち込もうとしていたどっかの艦隊が、慌てて逃げ出したって逸話があるよ!!」

 犬姉が笑った。

「こら、それ極秘情報だぞ。勝手に読むな!!」

 リズが苦笑した。

「……しゅごい」

 私はビスコッティの手を握った。

「師匠、私は出来ませんよ。念のため」

 私はビスコッティから手を離した。

「そういえば、犬姉って謎が多いんだよね。誰々がどこかで暗殺:犬姉って資料がくるだけで、全く手口が分からないんだよね」

 リズが笑みを浮かべた。

「そりゃ、そこらの変な情報屋は使ってないもん。あー、うちの国の国王暗殺の依頼はこないかな。あのオヤジには恨みしかない!!」

 犬姉が笑った。

「なに、みんななんかぶっ殺したいの。やめなよ、バーベキューが煙たくなるよ」

 私は笑った。

「そりゃそうだ。よし、ガンガン焼こう!!」

 犬姉が笑った。


 結局深夜まで飲み食いして、私とビスコッティを残してみんなが帰ると、私は壁に安置されたオーブに触れた。

 まるで呼吸するかのように、光りの明滅を繰り返していたオーブが安定状態になり、オーブに触れている手の甲にサラマンダーが姿を現した。

「オーブの新しい置き場はここでいいかね?」

「うん、大丈夫」

 私は笑みを浮かべた。

「分かった、ではこの位置で固定しよう。一瞬で終わる」

 サラマンダーの体が光り、オーブが激しく光りを放ち、すぐに元通りになった。

「うむ、問題ない。面倒を掛けるが、よろしくお願いする」

 サラマンダーの姿が消え、私は大きく息を吐いた。

「これで、迂闊にここから、追い出されるわけにはいかなくなったね」

 私は苦笑した。

「たしかにそうですね。この研究室がなくなってしまうと、そうじゃなくても困ります」

 ビスコッティが笑った。

「どれ、研究室らしい使い方するかな。

 私は鞄を取ると、中からノートパソコンを取り出した。

 それを机の上に置き、電源コードをコンセントに繋いだ。

「あれ、お仕事ですか?」

「仕事ってほどのもんじゃないけど、犬姉とアリサのレポート。記憶にあるうちに分かってる範囲を纏めようと思って」

 私は笑みを浮かべた。

「本当に書くんですね。お茶でもいれます……ってキッチンもなかったような」

 ビスコッティが辺りを見回した。

「そこにあるよ。作ってくれたみたい」

 今までは流しだけだったが、今では給湯器付きの立派なキッチンになった一角をみて、ビスコッティが笑った。

「師匠、コンロまであります。これで、カップ麺食べ放題です!!」

「じゃあ、ヤカンとカップ麺買ってきて。適当に!!」

 私は笑った。

「はい、師匠。味はなんでもいいんですよね」

「うん、あんなもん食えればいいって感じだから!!」

 私は笑った。

「では、買い物に行ってきます」

 ビスコッティがエレベータに向かっていった。

「あっ、そうか。クランペット!!」

 私の陰が伸びクランペットが姿を現した。

「ご用ですか?」

「医務室だと思うんだけど、犬姉とアリサのデータをごっそり持ってきて」

「はいな、お待ちを」

 エレベータ待ちをしていたビスコッティと並び、二人はエレベータで一階に下りていった。

「アリサの方が簡単だったのは、コンビだったから。犬姉はカルテット。どう考えても、普通の体じゃ耐えられない。目覚めたのは大人になってからだから、なおさらか。子供ならまだしも、大人になってからあり得るかな。まあ、あり得たから無事なんだけど」

 私はノートパソコンのキーパッドをカタカタ叩きながら、私は思考モードに入った。

「お待たせしました。また陰に戻ります」

 それから間もなく、クランペットが帰ってきて机に資料の山をおき、そのまま引っ込んだ。

「さて、心電図からみよう……」

 私は長い心電図の紙を追った。

「ほんの二秒間だけど、アリサは一回、犬姉は二回心停止しいてるね。この間に体が入れ替わったのかなんなのか……。これはあとで考えよう。次に魔力分布だけど二人とも要望通りに水が強力だね。ビスコッティを越えちゃってるよ。まあ、今後のトレーニング次第だけど、水の攻撃魔法は貴重だし、回復はいうまでもないね。これ、ビスコッティが知ったら意味もなく筋トレを始めるから黙ってよう」

 私が呟いた時、カップ麺が床に落ちる音がした。

 反射的にみると、ビスコッティが呆けたような表情を浮かべ、だらしなく購買の袋をぶら下げていた。

「……聞いちゃった?」

 私が小声で聞くと、ビスコッティが頷いた。

「そ、そんな、頑張ってここまできたのに、二人とも私より上……」

「だから、水に関してだよ。総合評価ならビスコッティが上だから!!」

 私は慌ててフォローしたが、ビスコッティは首を横に振った。

「なんで……なんでいつもこうなんですか。水は自信があったのに、あっさり追い抜かれ……」

「だから、今後のトレーニング次第次第だって!!」

 ビスコッティがヘロヘロとその場にうずくまり、床にのの字を書きはじめた。

 タイミングが悪い事に、ライフルをもったアリサがやってきた。

「夜間の警備開始です。残業ですか」

「私だって、私だって!!」

 いきなりビスコッティが飛び上がり、アリサにしがみついた。

「あ、あれ、もうなにかあったのですか!?」

 ビスコッティにユサユサされながら、アリサが慌てた声を上げた。

「ある意味あった。この前の検査結果をみたら、犬姉とアリサの魔力分布が綺麗に水に揃っていたからおめでとうなんだけど、ビスコッティより上だったんだよね。これ、ビスコッティより強力な魔法を使える可能性があるって事なんだけど、それだけでこの有様だよ。こうなると、ビスコッティは長いか短いか……まあ、そろそろかな」

 私は笑った。

「こうなったら筋トレです。鍛え方が足りません!!」

 そして、ビスコッティはいきなりプッシュアップを始めた。

「あの、筋トレで魔法が使えるようになるんですか」

「なるわけないでしょ。ビスコッティのリセット法だから気にしないで」

「は、はい……」

 アリサは困った様子で、ビスコッティの様子をみた。

「やりたいだけやらせておいて。私はちょっと書き物に集中するから」

「はい、分かりました」

 それからアリサはエレベータ前の扉脇に経って、警備を始めた。

「ビスコッティ、気が済んだらお茶淹れてね!!」

 私はレポートを書きながら、小さく笑ったのだった。

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