第23話 四大精霊と迷宮へ(改稿)
部屋の扉がノックされる音で、私は目を覚ました。
『師匠、もうお昼です。大丈夫ですか?』
外からビスコッティの声が聞こえ、私は飛び起きた。
「ぎゃあ、遅刻どころじゃない!!」
実のところ、研究科には明確に出勤時間は定められてはいないが、私の中では大遅刻だった。
『なんですか、今の悲鳴。助けにいきます!!』
外からビスコッティの声が聞こえ、数秒後に扉が爆砕されて粉々になった。
その破片を蹴り飛ばし、サブマシンガン片手に突っ込んできたのは、ビスコッティとアリサだった。
「クリア」
アリサが短くいうと、ベッドの上で硬直していたビスコッティが私の様子を診た。
「外傷なし。バイタル正常。毒物を使われた可能性はありません。よかった、無事で」
ビスコッティが私を抱きしめた。
「それで、敵はどこから侵入して、どこから撤収しましたか?」
アリサが冷静に聞いてきた。
「敵はビスコッティたちだよ。寝坊したから大声出したら、いきなり扉をぶっ壊して飛び込んできたんだよ。目は覚めたけど、これ大騒ぎにならない?」
私が小さく息を吐くと、ビスコッティとアリサが目を丸くした。
「えっ……敵はいなかったんですか?」
「寝起きが敵ならいたけど、敵じゃないでしょ。早とちりだよ!!」
私はまた小さく息を吐いた。
「師匠、それを早くいって下さい!!」
「いう暇なんてなかったでしょ!!」
私は手元のハリセンで、ビスコッティを思い切り叩いた。
「た、隊長です。あわわ!?」
アリサが慌てて直立不動になり、いつの間にか部屋の入り口に立っていた犬姉が苦笑した。
「まあ、気合い入っていたって事で今回は不問にするけど、特にアリサは懲罰ものだからね。扉の修理費は二人で折半して直してね」
犬姉が笑った。
「おい、今度はこっちだぞ。なんだ、この学校は」
犬姉が笑い終える前に、作業着姿のエリーとカサンドラがやってきて、粉々になった扉の残骸を取り除き、カサンドラが空間に裂け目を作って、真新しい扉を取り出した。
それを丁寧に水平を取って蝶番で取り付け、扉の開け閉めがスムーズな事を確認し、エリーが笑みを浮かべた。
「数時間ぶりだな、こちらはつい先ほど校長先生に着任の挨拶をしたばかりだが、制服から作業着に着替える間もなく、次々に修理依頼が舞い込んできてな。総員総掛かりで対応している。この学校は古くからある事もあるし、魔法の暴発による損傷で応急措置しただけの場所がたくさんあってな。直し甲斐があっていい。では、また会おう。昼メシが食えなくなってしまうからな」
エリーとカサンドラは笑みを浮かべ、足早に部屋から出ていった。
「そ、そういうば、エリーたち十三名がここに配属されるんだったね。忘れてたよ」
私は苦笑した。
「あーあ、弁償させて済ませようかと思ったけど、これはダメだね。よし、カリーナといえば反省文。アリサは八百枚、ビスコッティはサービスで四百枚にしておくよ。あとで纏めて用紙をアリサに渡すから、仲良く分けて書いてね」
犬姉が笑って部屋から出ていった。
「は、反省文……弁償の方がよかったです」
アリサが目に涙を溜めて、ガクッとうなだれた。
「私は四百枚……師匠、書いて」
「ビスコッティ、なんで私が書くの!!」
私はビスコッティの頭にハリセンをめり込ませた。
「全く、扉の側に誰もいなかったから良かったけど、これからは私を起こすのに爆薬は使わないでね!!」
私は苦笑した。
もう時間帯が昼ご飯になってしまったので、私はビスコッティを連れて学食に移動した。
アリサも誘ったが、交代時間の都合で、早くに食事を済ませてあるとのことだったので、私とビスコッティだけでダラダラと食事を摂りにきた。
「ビスコッティ、そういえばこの校舎に屋上があって、かなり広いって聞いているんだけど、いってみない」
この学校のパンフレットで紹介するほど、自慢の屋上らしかった。
「雪が降ったあとですよ。危険なので閉鎖されているかもしれませんよ」
「いってみないと分からないじゃん。さて、ご飯にしようよ」
私の声に、ビスコッティが席を立った。
「では、私が持ってきます。A定食が魚で、今日は刺身だったと思います。ご飯はいつも通り超特盛りですね」
「うん、よろしく。ありがとう」
ビスコッティが食券の機械に向かっていった。
「ご飯超特盛りなんて最近だよ。前は小盛りでも多かったのに……」
「だからいったでしょ。あのポンコツトラックは大食らいだって!!」
いきなり背後からリズの声が聞こえ、私は飛び上がりそうになった。
「け、気配を消して近寄らないで……」
「アハハ、ちょっとしたイタズラ。ゴメンね!!」
すでにこちらは食事が終わったらしく、トレーの上に何個もラーメンどんぶりを重ねておいてあった。
「こっちは暇だから、ビスコッティを手伝ってくるよ。超特盛りメシでしょ。かなり重いから」
リズがラーメンどんぶりを返しにいくついでに、持ち運びに苦労していた超特盛りのA定食を載せたトレーを持ち、ついでにケーキセットまで持ってきた。
「し、師匠。鍛え方が足りなかったです……」
「ご、ゴメンね。こんなの鍛えなくていいから、次から呼んで!!」
肩で息をしているビスコッティの肩をポンと叩いて笑うと、リズは器用に指先でトレーを回し、ビスコッティの分とケーキセットをテーブルの上に置いた。
「やっぱり、どこも助手は大変だね。あたしだって、研究者になる前は先生の助手だったんだよ。でも、それじゃ物足りなくなって、なにもする事がなくてボンヤリしていたパとパトラを無理やり助手にして、今まで色々やったんだよね。ビスコッティは助手でいいの?」
「はい、やり甲斐があります。特に師匠は暴走すると、私以外に手をつけられる人はいないでしょう。私も暴走してしまうと止まらず、師匠の一発がないと間違えた方向に走っていると気が付かないのです。まあ、それとは別に、師匠は可愛いので、これで十分満足しています」
ビスコッティの言葉に、私はちょうど手を付けたもずく酢を、盛大に吹き出してしまった。
「か、可愛い!?」
「はい、可愛いです。だから、狙ってくる連中を昔取った杵柄で撃退するんです。一般的な研究者は警備部に頼んで、隊列を組んでフィールドワークに出かけるようですが、私たちには不要です。先日その警備隊員のアリサが加わり、さらに戦力増強です。彼女がへカートⅡを使ったということは、ガチで守らないとと思った証拠です。あれは、気合いの証ですからね」
ビスコッティが笑った。
「可愛いって……。基本的に生意気なクソガキ扱いなのに」
私は苦笑した。
「あたしだって、まだ若造だから生意気なクソガキ扱いだよ。まあ、ここにはそういう変なのはいないけど」
リズが笑った。
「師匠、食べましょう。屋上が待っています」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「分かった、食べる」
私は箸を摂った。
「ぐへへえ!!」
……完食。
「ご馳走様!!」
「ダメです、師匠。今のは見逃せません。テーブルマナーくらい知っていますよね!!」
ビスコッティがブチ切れ、私に平手を撃った。
「へぇ、いい早食いスタイルじゃん。ビスコッティもやってみたら?」
「ダメですよ。大事に食べないと食材が可哀想です」
ビスコッティが、笑みを浮かべた。
「休憩時間も油断出来ないので私も早食いの方ですが、スコーンのバキューム食いには勝てません。いいものをみました」
アリサが笑った。
「ダメです。煽らないで下さい!!」
ビスコッティがアリサを睨んだ。
「……怒られちゃった」
私はわざとしょぼくれた格好を作り、指をもじもじさせた。
「アハハ、ビスコッティのせいで落ち込んじゃった。ああ、屋上は展望台を作るとかで、ここしばらくの間関係者以外立ち入り禁止みたいだよ。さすが、王宮魔法使い建設部は最エリート集団だけあって、仕事が早いもんだ。あたしとパトラは研究室にいるよ」
リズが笑って食器を下げにいった。
「し、師匠。怒ったわけではなく、教育を……」
「……ごめんなさい」
私が謝ると、ビスコッティが引きつった笑みを浮かべた。
「なーんて、全然気にしてないよ。ビスコッティって、変なところに拘るよね。もしかして、いい家柄のお嬢様だったりする?」
「そんな事はないですよ。ただの暇な平民です。屋上がダメとなると、どうしましょうね」
「うん、研究室に行けばみんないるでしょ。いこうか」
私は笑みを浮かべた。
私とビスコッティは、いつも通り学食の出入り口に適当に止まっている自転車に乗り、研究棟の駐輪場に突っ込んで、自分の研究室に向かった。
「お留守でしたが、常連さんなのでマルシルさんをお通ししておきました」
守衛室のオジサンがやんわりいった。
「ありがとう!!」
私は笑みを浮かべ、研究棟の中に入り、ビスコッティと一緒にエレベータに乗った。
研究室に到着すると、白衣姿のみんなが、キャンプエリアでたき火をしながら、ゆったりくつろいでいた。
「おう、重役出勤!!」
警備隊の制服を着た犬姉が笑った。
「いやー、寝坊したなぁ……。なんか、変わった事があった?」
「変わった事といえば、手紙が届いていました。スコーンさん宛てです」
キキが封筒を渡してくれた。
「手紙ねぇ、なんだろ?」
カリーナ標準の特になんの変哲もない封筒には、一枚の便せんが入っていた。
「えっと……。ああ、これはパステル好みだし、マルシルは慣れていそうだね。あたしたちご指名で迷宮探査だって」
私は手紙をパステルに渡した。
「はい、よく知られた迷宮ですよ。私やマルシルさんなら聞いた事があるでしょう『レディ・サップ』」
パステルが笑った。
「えっ、あそこですか。地下三層までは探索が完了しているのに、地下四層に変なガーディアンがいるせいで先に進めず、発見から何十年も経つのに挑戦者が絶えないという話は聞いたことがあります。私のパーティはそういう賑やかなところを嫌って、未発見迷宮や遺跡などの探査を中心にやっていたんです」
マルシルが笑みを浮かべた。
「へぇ、有名なところなんだね。迷宮探査は魔法使いの嗜みとかいうけど、どうにも苦手でさ」
私は苦笑した。
自然にできた洞窟と違って、迷宮は地下に埋もれた建物ともいえる。
いつの時代かは調べてみないと分からないが、建物があるならなにかあるだろうと考えるのは当然の事で、今では失伝しているような魔法書や魔法道具が眠っている可能性があり、迷宮があると聞けば、とりあえず行ってみようと考える魔法使いは多かった。
「レディ・サップの周囲には、迷宮攻略にやってきた冒険者が、たくさんテント暮らしをしています。今ではちょっとした村になっているそうです」
パステルが笑った。
「冒険者か……。特に偏見はないつもりだけど、どことなく怖そうで声を掛けられないんだよね」
私は苦笑した。
「まあ、中には盗賊崩れの荒っぽい輩もいますし、社会的には無職ですからね。でも、大抵は優しくしてくれますよ。そういうのは慣れているので、お任せ下さい」
パステルが笑みを浮かべた。
「私はエルフなので、目立ってしまうところが問題なんですよ。故郷を捨てたエルフに帰る場所はありません。そこを見られて、誘拐まがいの事など日常でしたからね。今はスラーダさんの里があるので、このカリーナと二カ所もあります。安心ですよ」
マルシルが笑った。
「私も『一端の魔法使いになるまで、実家に帰る事を禁じる』という掟に従って、ほとんど着の身着のままで、放り出されるように旅立ちましたからね。カリーナという拠点ができてホッとしているんです。私は冒険者にはなれそうにありません」
キキが苦笑した。
「なるほどね、みんな苦労してるんだね。私はビスコッティとクランペットがいるお陰で好き勝手やってるけど。さて、資料があるって書いてあるから、学生課に取りに行ってくるよ」
「あっ、師匠。それは私が行ってきます」
ビスコッティが手紙を持って、エレベータに乗って下っていった。
「あっ、リズにも知らせようか。ダメって書いてないし」
私は内線電話の受話器をとり、五階にあるリズの研究室を呼び出した。
『はーい、パトラだよ。スコーン、どうしたの?』
「うん、迷宮探査のお手伝いが舞い込んできたから、二人も一緒にどうかってお誘いなんだけど……」
『分かった。リズの踵に出来た魚の目を取ったらいくね』
「うん、よろしく!!」
私は受話器を元に戻した。
「どうでした?」
パステルが聞いてきた。
「うん、多分OKかな。くるまで待とう」
私は笑みを浮かべた。
しばらく待っていると、エレベータの階数表示が動き、ビスコッティが重そうな資料の束を抱えて帰ってきた。
「そんなにあったの?」
「はい、今までの記録だそうです。当然の事ですが、ここの魔法使いも探査に出かけているので」
ビスコッティが、折りたたみテーブルの上に資料を乗せた。
「あの、先に資料を見ていいですか?」
パステルが笑みを浮かべた。
「うん、いいよ。私が読んでも、ちんぷんかんぷんだろうし」
「では、失礼して。特に地下四層の戦闘記録が知りたいのです。報告書がこれだけあれば、どこかにあると思うので」
パステルがマルシルと一緒に資料を分けて、丁寧に読み始めた。
「こりゃ、また大事かもね」
私は苦笑した。
パステルとマルシルがドタバタ資料を漁っている間、私は滅多に使わない杖を取り出して磨きを掛けていた。
「ミスリルだから錆びないけど、油分がにじみ出てきて大変なんだよね……」
私は乾いた布でせっせと杖を磨き、念のため防錆剤をスプレーしてまた布でせっせとすり込む作業を繰り返した。
なぜ杖を磨いているかというと、ただの気まぐれでなく、何十年も冒険者たちをはじき返してきたガーディアンが、そんなに簡単に倒せるとは思っていなかったからだった。
杖を使うと魔法の効き目が数段上がり、より強力な攻撃魔法を撃てるため、念のため整備しておこうと思ったのだ。
「ふぅ、疲れました……。あれ、スコーンさんも杖を持っているんですね」
資料漁りに疲れたらしいパステルが、私を見て笑みを浮かべた。
「えっ、見せて下さいといったら怒りますか」
マルシルが遠慮がちに聞いてきた。
魔法使いに杖を見せろというのは、お前の手の内を晒せといっているようなもので、知らない仲なら喧嘩にもなるが、私は笑った。
「いいよ。まず滅多に使わないから、見せるぐらい問題ないよ」
私は手入れを終えた杖をマルシルに渡した。
「ミスリル製ですね。こんな高価な杖を使わないなんて、もったいないですよ。この細かな文様もセンスがいいです。これだけでも、価値があります。サイズがハンディなのはなぜですか。せめてミドルにすれば、さらに効果があるのですが……」
マルシルが不思議そうに聞いた。
杖の長さには規格があり、片手で扱うハンディと呼ばれるサイズと、両手を使うミドルとロングがある。
基本的に長いほど効果が強く出るが、取り回しの問題で背丈ほどのミドルが主流だった。「ハンディなら片手で持って突き出すだけでしょ。普段杖を使わないから感覚が同じなんだよ。ミドルだと一瞬の反応が出来ないから、持ってるとかえって危ないから」
私は笑った。
「そうですか。確かに、杖は取り回しに困ります。私も慣れるまで時間が掛かったんですよ」
マルシルが笑った。
「あっ、そうだ。ビスコッティも杖を見せてあげたら。あの極端に偏った杖!!」
私は笑った。
「師匠、また虐めですか。しょうがないですね。どこにでもある、樫の木で出来たつえですよ」
ビスコッティが空間に裂け目を作り、ミドルサイズの杖を取り出した。
「これです。真似する人がいるとは思えないので、ゆっくりみて下さい」
マルシルは私に杖を返し、ビスコッティの杖を持った。
「確かに、一見するとよく見かける樫の木でできた杖ですが、なにか違和感がありますね。キキさん、分かりますか?」
マルシルがビスコッティの杖をキキに手渡した。
「は、はい。この杖ですね……」
一瞬戸惑った様子を見せたキキが、そっとビスコッティの杖を取った。
「こ、これは私では使えないです。凄まじく不安定ですよ!?」
キキが慌てて杖をマルシルに戻した。
「まあ、これってビスコッティ自身のせいなんだけど、魔法学校で変な教育を受けた結果。正常に均整が取れていた魔力適正が思いっきり回復に偏っちゃって、一定以上の攻撃魔法が撃てなくなっちゃったんだよ。代わりに、回復魔法の腕はリズより凄いと思うけどね。リズみたいなのが正常な魔法使いなんだよ。カルテットならオールマイティに出来るから、まだ見たことないけど、きっとビスコッティより凄いよ。パトラはきっと人間とエルフの血が混じったせいだと思うけど、攻撃より防御方向に波打つみたいな特性だから、実はどっちも苦手かもしれない。魔法薬を専門にしてるのは、そのためだと思うよ。そのビスコッティの杖はその杖は、本人が勝手に癒やしの杖って名前付けたけど、回復しか出来ないから、敏感な人が触れたら気絶しちゃうかもね。覚えておいて欲しいんだけど、ビスコッティがこれを持ったら攻撃は捨てて、回復なんかの支援に回ったと思って」
私は笑みを浮かべた。
「はい、回復側に大きく偏ったお陰で、怪我の治療は得意です。勝手に治しますので存分に暴れて下さい」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「あと、犬姉とアリサに伝えておくべき事は、今まであまり感じられなかった潜在精霊力を強く感じるよ。もしかしたら、島で四大精霊全てに会ったからだと思うけど、もしかしたら守護精霊が出来るかもしれない。そうしたら、二人とも魔法が使えるよ。二人とも便利な魔法を使えるし、簡単で良ければ怪我の治療や攻撃魔法を撃てるかもしれない。リズのファイア・アローはいいな。広い範囲の魔力に対応出来るし、一本でもたくさんでも撃てるし、敵を勝手に追尾していくし。こういう攻撃魔法が使い勝手がいいんだよ」
私は笑った。
「なに、私が魔法を使えるようになるの。今さらだよ!!」
犬姉が笑った。
「隊長、使えたら使えた方がいいと思います。傷の治療が一人で出来るだけで、安心感が全然違います」
アリサが頷いた。
「もちろん、使えるならその程度が出来るように鍛錬するよ。でも、攻撃魔法はいいや。知らない新兵器より、慣れてるオンボロっていって、新しければいいわけじゃない!!」
犬姉が笑った。
「そうですね。私も回復魔法を憶えます。防御魔法もあるといいですね」
アリサが笑みを浮かべた。
「そんなもん、気合いで撃たれる前に倒す。そのための銃っていう武器があるんだから!!」
犬姉が笑った。
「隊長はできるでしょうが、私はまだ……」
「なんだと、馬鹿たれ。プッシュアップ三百!!」
「イエス・マム!!」
いきなり腕立て伏せを始めたアリサを苦笑して見てから、私はマルシルからビスコッティの杖を受け取り、そのまま返した。
「さて、話しておく事はこのくらいかな。なんか、無性にリズの回復魔法を知りたいな。ビスコッティ、今すぐどっか骨折して!!」
「……その役目は師匠に譲ります。どこを折りたいですか?」
ビスコッティが額に怒りマークを一個浮かべ、手の指をボキボキ鳴らした。
「じょ、冗談だよ!!」
「師匠、遠慮はいりませんよ!!」
ビスコッティが、私の頭にゲンコツをめり込ませた。
「……ごめんなさい」
ビスコッティは満面の笑みを浮かべた。
しばらくしてエレベータの音が聞こえ、扉が開く音が聞こえた。
「いやー、待たせたね!!」
「うん、いっぱいあってさ」
笑顔のリズにパトラが笑った。
「いっぱいってなにが?」
「トップシークレット。で、先生からなんか依頼だって?」
リズが笑みを浮かべた。
「うん、なんか迷宮探査だって。レディ・サップだったかな……」
「うわ、あそこなの。毎日混雑で大変だよ。まあ地下三階までだけどね。地下四階は、よっぽど自信がある猛者しかいかないけど、誰も帰ってこないから記録にもないでしょ?」
リズが折りたたみテーブルに置かれた、山のような資料を指さした。
「はい、ないんです。地下三階までは豊富なのですが、そこから先の資料がありません。せめて、四階の戦闘記録が残ってないかと思ったのですが、そういう事でしたか……」
パステルが心持ち表情引き締めた。
「師匠、どうしますか。断る事は構わないとかいてありますが……」
「そうだねぇ、安全を考えたら断る方がいいと思うんだけど、せっかくのチャンスだし、久々に迷宮も悪くないかな」
私は笑みを浮かべた。
「分かりました、今日はこのまま資料を読みましょう。それでいいですね?」
ビスコッティが私の方をみて頷いた。
「うん、そうしよう。犬姉とアリサの守護精霊も落ち着かないと危ないし、準備出来たらいこう」
私は笑みを浮かべた。
「スコーン、大体どれぐらい掛かるの?」
犬姉が問いかけてきた。
「そうだねぇ、一晩待てば落ち着くかも。徐々に安定しているのが分かるから」
「そっか、結構掛かるんだね。なにになるかな……」
犬姉が笑った。
「恐らくソロ。つまり、守護精霊は一体です。これが普通なんですけどね。正確な分析をするなら、機械が整った病院のような場所で、一泊二日の検査入院をすればハッキリ分かりますよ」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「うん、適正属性がハッキリしなくて、授業をはじめられない学生用に、医務室に機械一式あるよ。やってみる?」
リズが笑みを浮かべた。
「私からもオススメするな。早い方がいいよ。そこまでじゃないみたいだけど、錯乱して暴れちゃう人もいるから。機械は何セットあるの?」
「えっと、確か十台はあったよ。新入生がいる時期は、なにかとこういう事が多いからね。犬姉、アリサ。今すぐいこう。この時期なら空いてるから」
リズが笑みを浮かべた。
「そうだねぇ、私やアリサが錯乱したら大変だから、医務室にいこうか。ちょっと楽しみだね!!」
犬姉が笑った。
「あの、痛みとかは……?」
アリサがそっと声を出すと、犬姉のゲンコツが頭に食い込んだ。
「馬鹿たれ、気合いだ気合い。弛んでる、スクワット二百回!!」
「イエッサー!!」
犬姉の声に返し、アリサがスクワットをはじめた」
「ダメだよ、スクワットは後でやって。早い方がいいから」
「あっ、いつもの癖で……。アリサ、いいからいくよ!!」
「はい、隊長」
アリサが犬姉に敬礼し、犬姉が私を見た」
「いいこと聞いたよ。ありがとう。早くいこうか」
「うん、話は纏まったね。それじゃ、電話借りるよ。一応、確認と予約をしておかないと……」
リズが内線電話の受話器を取り、ボタンを押した。
「ああ、あたしだけど、守護精霊観察出来る? なるほど、空いてるからいいって、二人分予約するよ。レアケースなんだけど、今まで魔法が使えなかったんだよ。うん、危ないから今からいく!!」
リズが受話器を元に戻した。
「予約取れたよ。今まで魔法が使えなくて、いきなり使えるレベルまで潜在精霊力が上がった例なんてないから、最悪肉体的なダメージがあるかも知れないって、まるで救急患者みたいになっちゃったよ。でも、それくらいの覚悟はしておいて。あくまで、万に一つもないようなパターンだけどね」
リズが頷いた。
「へぇ、それは強敵だね。運だけはいいから頑張るよ!!」
犬姉が笑った。
「はい、武装している分、暴走したらシャレになりません。素手でも危ないですからね」
アリサがため息を吐いた。
「今ならまだ大丈夫だよ。通常は一時間も掛からない検査をして、念のため医務室で様子をみるだけだから。怖がらずにいこう!!」
私は笑みを浮かべ、仕切りの向こうに移動して、エレベータの下ボタンを押した。
やや遅れてみんながやってきて、ちょうど到着したカゴに乗った。
「さて、これ論文書けるよ。悪いから書かないけど」
私は笑みを浮かべた。
「ん、書けばいいじゃん。私は止めないよ」
犬姉が笑った。
「はい、私もです。これで、リズさんも書けますね」
「あれ、優しいね。よし、久々に書くか!!」
リズが笑った。
「テーマが被ったら笑えるけど、私も書くよ」
私は笑みを浮かべた。
エレベータが地上に着くと、私たちは隊列を組んで自転車で廊下を走った。
なるべく迷惑にならなうように走り抜け、一階の医務室についた。
「ちょっと待ってて。受付カウンターで話をしてくる!!」
リズが医務室に飛び込んでいった。
すぐに戻ってくると、リズは笑みを浮かべた。
「もう準備は出来てるよ。痛くもかゆくもないけど、ちょっと違和感があるかな。経験者は語る!!」
リズが笑った。
「リズもやったの?」
「うん、カルテットだって知るわけがないし、入学の時の検査で引っかかってね。珍しいからって、何人か研究者がきて話をしたよ。でも、犬姉とアリサの場合は魔法が使えないところからだから、全く前例がない。みんなが押し寄せないように箝口令を敷いてあるから、安心してね!!」
リズが笑みを浮かべた。
「さすがリズ公、動くと早いねぇ。私とアリサはどうなるの?」
犬姉が笑った。
「普通にベッドに寝てるだけでいいよ。あとは技師が上手くやってくれるから。本当は万一に備えてベッドに拘束帯で固定するんだけど、それは止めておいた。犬姉の条件反射が怖いから」
リズが笑った。
「あれ、わかってるじゃん。拘束なんてされたら、錯乱しなくても反射的にぶん殴っちゃうからね。これが直らないんだ」
犬姉が苦笑した。
「アリサもフリーにしておいたよ。但し、武器の類いは預かるけどね」
「はい、武器を預けるのは当然でしょう。寝ていればいいんですね」
アリサが笑みを浮かべた。
「それじゃいこうか、一番奥にある大部屋だけど、二人の貸し切りだから」
リズの言葉に、私たちは医務室に入り病室へと向かった。
引き戸になっている扉を開けると、すでに機械の準備を終えた様子で、技師二人が軽く一礼した。
犬姉が笑顔を引っ込め、敬意を示す一礼をし、アリサが慌てた様子でそれに倣った。
「そう固くならないで下さい。はじめますので、そのままベッドに横になって下さい」
犬姉が笑みを浮かべると、機械が設置されている窓際のベッドの一つに横になった。
「なんか、妙な感じだな。怪我もしてないのに病院のベッドなんて」
犬姉が笑った。
「ほら、アリサも」
私は怖がってカタカタ奮えているアリサを、もう一つのベッドに手を握って導いた。
「では、はじめます。痛みはありませんが、一瞬だけ体が痒くなるときがあるので、ビックリして起きないで下さいね」
犬姉の頭に二本の電極のようなものを張り付け、一足先に犬姉の解析が始まった。
「あんな感じで寝ているだけです。心配しないで下さいね」
アリサが頷き、ベッドに横になった。
技師がすぐさま頭に電極のようなものを張り付け、アリサが落ち着くのを待って、解析作業が始まった。
「これはややこしいですね。ですが、水の反応が強いです。他の『地』と『風』のレベルを少し下げましょう」
犬姉担当の技師が呟き、慎重に機械を操作した。
パチッと音がして、犬姉の体がピクリと動き、同時に全身を魔力光が覆った。
「分かりました。守護精霊は『水』です。こちらで潜在魔力の微調整を済ませたので、これで検査は終わりです。異変がないか観察するため、今日はこのままここに泊まって頂きます。機器は念のためこのままにします。お疲れさまでした」
技師が笑みを浮かべて病室から出ていくと、ぐったりした犬案がベッドの上に起きた。
「なにこれ、すっごい怠い……」
「多分、魔力酔いだね。少し休めば治るよ」
私は笑みを浮かべた。
「魔力酔いね。安酒で飲み潰れるよりましか、ダメだ。錬る」
犬姉は一つ欠伸をして、ベッドに横になると、そのまま寝息を立てはじめた。
「さて、犬姉はいいね。アリサはどうかな?」
アリサの担当技師は、部屋の出入り口で待機していた医師と相談しながら、技師が慎重に機械を動かしていた。
「……やっぱり手間取っている。アリサからは全精霊の力を感じたから、こりゃカルテットになるぞって思ったんだよね。生来の魔法使いじゃないから、これじゃ体が破裂して大事故になるよ。だから、ソロにするしかないんだろうけど、間に合うかな……」
私は時計をみて、ビスコッティを連れてアリサのベッドサイドに移動した。
「アリサ、今ならどの精霊も選べるよ。一体しかダメなんだけど、もう説明している時間がないんだよ。ごめんなさい。直感で決めて」
私はアリサの顔をみた。
「そうですか。でしたら、回復魔法が得意な属性がいいです。動ければ戦えますから」
アリサが笑みを浮かべた。
「分かった。『水』でお願いします」
私は医師と技師に頭を下げた。
「分かりました、『水』ですね。すぐに調整します」
技師が機械を操作しているうちに、アリサがそっと目を閉じ、寝息を立てはじめた。
「負担が掛かる処置なので、眠ってしまったのでしょう。もう大丈夫です」
技師が私に笑みを浮かべ、医師が頷いて病室から出ていった。
「私も出ます。なにか異常があれば、その機会がアラームを出しますので、ご安心下さい」
技師が軽く一礼して病室から出ていった。
「はぁ、間に合ったね。まさか、こうなると思ってなかったから、ビックリしたよ」
私が苦笑し、ビスコッティがアリサの頭を撫でた。
「あたしも間に合うかどうかで必死だったからさ。いつもギリギリだよ」
リズが盛大ないびきを掻きながら、ベッドから落ちそうな犬姉を元に戻した。
「これで安心だね。研究室に戻って、資料を読むか!!」
リズが私の肩を叩いた。
「そうだね、ここにいれば二人とも安全だね。起きたら頭痛だろうねぇ。熱が出るから」
私は苦笑した。
「あれ、これやった事あるの?」
「当時は知らなかったけど、魔法学校に入る時くらいはちゃんと調べるからさ。大混乱になって大変だったよ。その時に様子を見るために医務室で、これやったから分かるよ。明日までは立てないよ」
私は苦笑した。
「私もやりましたが、最悪でしたよ。クソボロい旧型の機械で、三日もかかったんです。もう二度とやりたくありません」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「よし、研究室に帰ろうか。あとで、論文用のデータをもらおう」
「そうだね。本当は個人情報だからもらえないけど、あたしに任せて!!」
リズが笑った。
研究室に戻った私たちは、パステルがたき火の準備をする中で、資料の読み込みをはじめた。
「最新の報告だと、魔物も罠も全て一掃され、地下三階までは冒険野郎マクガイバーな気分を味わう観光客で賑わっているって。なんだこれ」
私は思わず笑った。
「私はこういう迷宮の使い方を許しません。どこの誰ですか!!」
パステルが珍しく熱く吠えた。
「お、落ち浮いて……!!
「落ち着けません。そんな事をやった野郎を粉々にやります。誰ですか!!」
パステルが、私がの悪意の襟首を掴んで、ガタガタ
「し、知らないよ。普通は報告書に書いてあるものだけど、呆れたかなんだか知らないけど、どこにもないんだよ!!」
私はバタバタ暴れながら、叫んだ。
「……あっ、ごめんなさい。つい、熱くなってしまいました」
パステルが私の白衣から手を離して、小さなため息を吐いた。
「ま、まあ、三階層までは行楽地のように楽に出来るじゃん。私たちのテーマも四階のガーディアンを叩きのめして先に進む事だし、別に問題はないんじゃない?」
「全ては感覚なんです、迷宮内で四階に下りる前に感覚を取り戻さなければなりません。ここで大休止でいいですか?」
パステルが笑みを浮かべた。
「いいよ、パステル隊長任せだからね。必要なら休もう」
私は笑った。
「ってことはだよ、昔の資料を読んでも意味がない?」
「いえ、意味はあります。迷宮の改装工事記録や参加者名簿もあればラッキーですね」
パステルが頷いた。
「まあ、絶対に魔法使いが関与してるな。じゃなかったら、たった三ヶ月後探査でこうなってるわけがないね」
リズが頷いた。
「だろうね。王宮魔法使い建設部が関わっているとは思えないから、凄腕の魔法使いでも雇ったか……。以前の探査メンバーリストある?」
「はい、ここに……」
パステルが折りたたまれた紙をリズに差し出した。
「なるほど、そんなに古いもんじゃないね。ただね、同行者リストに見知らない名前が次々と出てくるんだよね。棟長は出入りの監視もしてるから、こういうのはすぐ分かる。
日誌では現地で雇った荷役人の名前が書いてあって、恐らく増員はこの正体不明の七名か偽名だろうし、追跡しても意味がないからやらないけど、どうもねぇ」
リズがつまらなさそうに頭を掻いた。
「まあ、最新版が三ヶ月前だし、資料としての価値もそれなりじゃない? パステルはマップ覚えた?」
「はい、参考までに覚えました。これが正確とは限らないので」
パステルが笑みを浮かべて、右の拳を私の目に前に掲げた。
「頼んだよ」
私はその握り拳に力を込め、自分の拳を叩き付けた。
「さて、ここで私が生まれた中西部のやり方ですが、剣を抜いて「この剣はあなたのために」という見合いで、パーティーを組むと必ずリーダーを相手にやる事です。リーダは間違いなくスコーンさんなので、『捧げの義』をやるだけやっておきます。これをやっておかないと、むずがゆくて」
パステルが剣を抜き、私の前に跪いて構えた。
「ちょ、ちょっと、私はそんな偉くないよ!?」
「こりゃいい、本心から付いていこうと思ったのは、スコーンくらいだしって。こらパトラ、勝手に始めるな!!」
こんな調子で結局ビスコッティまで初めてしまった。
「よし、今は来られない犬姉とアリサの分も追加しておこう」
リズがみんなと同じ姿勢を取り、パステルが頭を深く下げると、みんなも同じように頭を下げた。
「……我が剣あなたに」
「うえっ、ケツが痒いから止めて!?」
私は半ば呆然としてしまった。
全員そのまま止まってしまったので、私はどうしていいか分からなかった。
「……私の肩です。両肩を剣の腹で軽く左右にポンポンとおくだけです」
パステルが私は頷いてドラゴン・スレイヤー抜を抜き、剣を水平に舞えて、パステルの 両肩を右肩から左の方を軽く叩いたの後、そんまま剣を収めた。
「本当は一人づつやるのですが、同じ姿勢で恭順をしめしたのでやった事にします」
「あたしとパトラは犬姉とアリサの分も兼ねてるからね!!」
全員立ち会って剣を収め。
「ってかこれ、騎士の叙勲をする最後のイベントじゃん。誰かがパクったの?」
「はい、私の住んでいた地域では、昔からこれなんです。恐らく、誰かが真似して習慣になったのでしょう。これでスッキリしました」
「さて、大体把握できたかな。特にパステル隊長が命だよ!!」
「はい、問題ありません。お任せ下さい」
パステルが笑みを浮かべた。
「よし、準備出来たね。いつ頃出発すればいいかな?」
私はビスコッティに聞いた」
「そうですね……、犬姉とアリサの回復次第ですが、明日の夜には出発出来れば早い方でしょう」
「どうかなぁ、あの二人なら気合いで今すぐでも飛び込んでくるかもしれませんね」
「ビスコッティが笑った」
「さて、忘れていたけど、校長先生宛てに仕事を受ける書類にサインしないと」
私はポケットから封筒を取り出し、同封されていた承諾書にサインをして封筒に入れた。
「師匠、出してきますね」
ビスコッティが封筒を持って、エレベータで下りていった」
学内郵便制度というのだが、広い学校の中で円滑に書類のやり取りをするために、業者が回収や配達をしてくれる便利なシステムだ。
この研究棟には、一階の守衛室脇にポストがあった・
「みんな、今夜までには出るよ。しっかり準備してね」
私は笑みを浮かべた。
「規模が分からない迷宮ですし、最初は無理のない範囲でいきましょう。ここから遠いですか?」
ビスコッティが、魔法陣用の特殊チョークの箱を、棚から出して積み上げて数えながらいった。
「はい、ここは比較的温暖な南部ですが、レディ・サップは大陸の縦断する形で反対側の大陸最北端付近にあります。ここからだと、陸路だと急いでも数ヶ月単位でしょうね」
パステルがニコニコしながらいった。
「そ、そんなに遠いの!?」
私は思わず声が出た。
「こら、パステル。今時、馬車の時間で計算しないで下さい。車で街道を飛ばせば、遅くとも三日あれば着くでしょう。ただ、雪の時期なので陸路はやめて、時間優先で空路にしましょう」
ビスコッティが笑った。
「空路って空港があるの?」
私は近くに置いてあった地図を広げた。
「あっ、ちょうど良く地図がありますね。私たちがいるカリーナはここで……」
ビスコッティが地図に鉛筆で軽く線を引き始めた。
「ここがレディ・サップ迷宮です。さすがに発見されてから数十年単位で時間が経っているせいで、まずは足の確保と飛行場が作られました。近くの街道からでも数百キロあるような場所なので、陸路より空路が先に確保されたんです。今も拡張が続けられて、もはや飛行場というよりは空港ですけどね。どこでもお届けがモットーの王国航空が、毎日王都から一往復していて、リッチな冒険者たちの憧れの的とか」
ビスコッティが小さく笑った。
「憧れどころではありませんよ。あのグリーンに塗られた機体から颯爽と降り立つのを何度夢見たか……。今回は空路ですよね。ついに夢が……」
パステルが涙ぐんだ。
「そっか、飛行機か。またYSの出番だね!!」
私は笑った。
「いえ、YSでは速度が遅すぎるのと、荷物が積めないので今回はお休みです。八時間以上の飛行時間を考えて、ボーイング747-400をオールファーストクラスシートにした機がカリーナにありますので、それを使いましょう。大きすぎて使い勝手が悪く、今月末でどこかの国の王室に売却予定なので、任務で使われるのはこれが最初で最後のフライトでしょう。手配は完了しています。
ビスコッティが研究室にストックしていた特殊チョークを全て取り出し、そのまま空間の裂け目を作って中に入れた。
「それ全部持ってくの。高いんだけどな……」
私は苦笑した。
「命には替えられません。他の皆さんも準備を」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「よし、あたしは食材をかき集めてくる。購買で売ってるでしょ!!」
リズが笑って仕切りの向こうに向かっていった」
「キキ、私たちは魔法薬を作ろう。今のままだとマイナス十度で凍っちゃうから、不凍仕様にしないと。すぐ終わるよ」
「はい、分かりました」
パトラとキキが仕切りの向こうにいき、魔法薬精製のガラス管を弄る音が聞こえてきた。
「さて、あたしは食料とか手配してくるけど、長いの?」
「そうですね。規模が読めませんが、三階までの資料を見る限りさほど大規模ではありません。ですが、何階層あるか分かりませんし、先が読めません。食料や水などの物資は多めの方が多いですね」
パステルが笑みを浮かべた。
「分かった、学食に特別発注してくる!!」
リズが仕切りの向こうにいき、しばらくするとエレベータの扉が開く音が聞こえた。
「うん、これでいいのかな。大規模迷宮の探査なんてやったことないからさ」
私は苦笑した。
「はい、白衣を脱いで少し重い背嚢を背負ってもらうだけです。空間の隙間にしまえる荷物の量には限りがありますし、すぐに使うものは手元にあった方がいいので。非常食や防寒着などが代表格ですね」
パステルが笑った。
「あと、念のため寝袋を用意した方がいいですよ。地べたに寝るのはお勧めしません」
マルシルが小さく笑みを浮かべた。
「ビスコッティ、昔よく使っていた寝袋あったっけ?」
「心配いりません。必要なものはリサーチ済みです。師匠の荷物はもう出来ていますよ」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「い、いつの間に……。ダメだよ、せっかく教えてもらっているのに……」
「あっ、気にしないで下さい。では、装備の確認をしましょう。鞄は隣ですか?」
「はい、一応人数分用意したので、隣で確認してください」
私たちは隣に移動し、ビスコッティが手際よく纏めた背嚢がずらっと並んでいた。
「全員一緒です。不要なものは省いて下さい」
「分かりました!!」
代表して、パステルが背嚢の確認を始めた。
「やはり、ランタンは魔力灯でしたか。私は昔ながらのオイルを燃やす方が好きなのですが、今回はこれでしょうね。あとはシュラフにテント……おお!?」
パステルがよく分からない棒を持って、声を上げた。
「分かりましたか。有人にコレクターがいるので、このくらいの数ならポンとくれますよ」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「で、出た、念願のミリタリーなヤツ!!」
パステルが笑った。
「はい、ものは七十年近く経っていますが、ちゃんとメンテされて新品のようですね」
ビスコッティが笑った。
「なにそれ?」
私が聞くと、ビスコッティは笑みを浮かべた。
「昔使われていた軍用の一人用テントです。小さくて可愛いですよ」
「ええ~、なんか寒そうだし大きいのがいいよ。これがポコポコ並んでたら、確かに可愛いけど」
私はべーっ舌を出した。
「外では使いませんし、そもそも使う予定はありません。知ってる人だけが分かるマニアックな品を出しただけです。外で使う軍事用の大型テントはすでに飛行機のコンテナに詰め込んであります。冬季迷彩なので、目立たなくていいですよ」
パステルが笑った。
「おーい、腹減ったでしょ。なんか買ってくるよ。軽食だけどね」
ニコニコしていたリズが、エレベータで階下に下りていった。
「あとなにがあるかな。えっと、今年版ミシュランガイド。いつ買ったっけ?」
手近なところにある本束を書き始めると、いきなりそんなものが出来た。
「ちょっと前に、師匠が購買で買ったじゃないですか。なんか凄そうな魔法書だねぇとかいって。私がグルメブックだといっても信じないで、買ったらレストランしかないじゃんって……当たり前です!!」
ビスコッティが笑った。
「だから、これを魔法に応用しようと。舌平目スマッシュ!!」
私が前方に手を突き出すと、ビスコッティとパステルの前に魚料理が盛られた皿が出現した。
「師匠、なに遊んでるんですか。でも、見た目は完璧な舌平目のムニエルです。食器は?」
「ない物いわないでよ。手づかみで……」
「ダメです。パステル、なにか持っていますか?」
「はい、フォークとナイフは必需品です。少しくたびれていますが」
二人が折りたたみ椅子に腰を下ろすと、皿をテーブルに置いた。
「味は知らないよ。食べた事ないから」
私は笑った。
「またこの味とは……。実家で散々食べたものです」
ビスコッティが魚をナイフで切って、一口食べた。
「……悪くないです。濃厚なバターがいい感じですね。師匠もこうすれば料理が出来るのでは?」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「悪くないか……不合格だ。ビスコッティって塩と砂糖の区別も付かないのに、食べる方になるとうるさいんだよね」
私は苦笑した。
「なんですかこれ、メチャクチャ美味しいですよ。これを魔法で出すなんて、どうかしています!!」
パステルがモサモサ魚を食べながら笑った。
「さて、準備を急ごうか。YSじゃないのは残念だけど、大きな飛行機なんでしょ」
「はい、師匠。通称ジャンボ。特に747-400からはテクノジャンボと呼ばれています。今は退役を待つだけですけどね。航空機の歴史に名を刻んだ名機です」
ビスコッティが笑った。
「へぇ、もったいないね」
「大きすぎてしまった事が原因なんですけどね。降りられる滑走路が少ないので、小回りが利かないのです。通常は五百席以上ある機体を百席程度にして、快適なファーストクラスシートに取り替えるなど、商用機ではまずあり得ません。事実上、カリーナ専用機です」
ビスコッティが笑った。
「そりゃ豪華だね。楽しみにしておこうかな」
私は笑った。
「さて、犬姉たちの様子をみたいし、リズが帰ってきたらいこうか。それまで、準備は忘れずに」
私は笑った。
しばらくして、リズが買ってきたパンを食べると、みんなで医務室に向かった。
夜になって静かになった受付前を通過し、犬姉とアリサがいる扉をノックしてから病室に入ると、なんとか立ち上がろうとしたのか、ベッドから床に落っこちた犬姉がもの凄い形相をして、匍匐のまま右往左往していて、動けるようになったらしいアリサがなんとか止めようと必死になっていた。
「あっ、隊長。スコーンさんたちです!!」
「今は後にして、グヌヌ……」
犬姉はそのまましばらくジタバタしていたが、やがて無駄と悟ってか、大人しくなった。
「だめだよ、じっとしてないと。回復時間が掛かるだけだよ」
私とビスコッティで、犬姉をベッドに戻した。
「だって、動けないって事は死に直結するんだよ。必死にもなる。でも、これダメ。全然動けない……」
犬姉が苦笑した。
「今夜は迷宮まで空路でいくんだよ。今は準備中だけど、747-400だったかな。あれでいくらしい」
「あれ使うの。早く治さなきゃ。もう何回も乗れる機会がないよ!!」
今までぐったりしていた犬姉がスパッと立ち上がり、いきなりスクワットを始めた。
「目覚ましはこれ。運動に限る!!」
「……心臓に良くないよ」
私は苦笑した。
二人の守護精霊の力はもう安定しているようで、微かではあるが脈々とその力を感じた。
「おめでとう。二人とも、もう魔法使いになれる資質ができたよ。あとは自由なんでしょ?」
「そうだよ。攻撃魔法を作ってもいいし、回復魔法を作ってもいい。それが、カリーナ式だからね!!」
リズが笑った。
「まあ、私はどうしても困る怪我対策に使うだろうね。他は分からん!!」
犬姉が笑った。
「私もイメージ出来るのはそれだけです。仮に致命傷を負っても治せるなら、怖いものはありません」
アリサが笑みを浮かべだ。
「二人とも異常はありませんか?」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「まだちっと怠いけど、これといって問題はないよ!!」
犬姉が笑った。
「私はもう大丈夫です。久々によく寝ました」
アリサが笑った・
「それにしても、747-400なんてバカでかい機体を引っ張り出して、一体どこに行くの?」
犬姉が不思議そうに聞いた。
「うん、校長先生から直々に迷宮探査の依頼がきたんだ。遠いみたいだから、なるべく今夜中に発ちたいんだ」
私は笑みを浮かべた。
「迷宮探査?」
「うん、レディ・サップとかいう迷宮だよ。地下四階への入り口を探すのが第一目標だよ」
私は笑った。
「レディ・サップなんて観光地じゃんっていおうと思ったけど、地下四層への階段ね。いよいよ、カリーナも本気になったか。準備は出来てるの?」
「うん、あとは犬姉とアリサだけだよ。なにが必要なのか分からないから、飛行機のコンテナにありったけ放り込んでおいた」
犬姉が笑った。
「気合い入りすぎだよ。地下四層のガーディアンは恐らくゴーレムなんだけど、恐ろしく素早くてね。防御力も高いけど倒せない相手じゃない。逆にぶん殴られてKOされるかもしれないけど、格闘戦に特化した変わったヤツだよ」
「えっ、知ってるの。資料のどこにもなかったのに……」
私は素直に驚いた。
「そりゃ知ってるよ。それが任務で何回も潜入してるから。警備隊だって、仕事はやってるぞ」
犬姉が笑った。
「じゃあ、なんで資料になかったんだろ……」
私は小首を傾げた。
「それは、恐らく探査禄だからだよ。戦闘は戦登録に書くって決まってるんだ。校長も慌てたな」
犬姉が笑った。
「そうなんだ。今から取り寄せても間に合わないし、犬姉の記憶が頼りだね」
「他は大した事はないよ。私たちも地下四層に下りる階段なんて見たことないし、ガセだと思ってるけど、こういう時の校長の目は侮れないよ。まだ地下階層があるって察してる。だから、予算無制限で依頼してるんだよ。これは、気合い入れなきゃね!!」
犬姉が笑った。
「高機動型ゴーレムか……楽しみだね」
私は笑みを浮かべた。
「いっておくけど、一発殴られたら死ぬほど痛いよ。場合によっては死んじゃうかもね」
犬姉が笑った。
「ええ!?」
「まあ、半ば冗談だけど、痛いのは痛いからね。あくまでも、侵入者の追い払い担当だから」
犬姉が笑った。
「さて、師匠。話は機内でじっくり聞くとして、早く出発しましょう。夜が明けてしまいますよ」
ビスコッティが笑った。
「よし、体調良好。いつでも飛ばせるよ。今回の機長はビスコッティね。グラスコックピットって直感で分からないから苦手なんだよ」
犬姉が苦笑した。
「分かりました。では、まず研究室に戻りましょう」
私たちは、受付で礼を述べてから医務室を出て、研究棟に移動した。
研究室に帰ると、湯気がもうもうとする中、パトラとキキ、マルシルが魔法薬の生産作業に没頭していた。
「あっ、犬姉とアリサだ。無事で良かった」
そこら中を火傷のあとだらけにしたパトラが、笑みを浮かべた。
「なにを作ったの?」
「うん、傷薬がほとんどだけど、痺れ止めとか解毒剤とか……色々作ったよ」
パトラが笑った。
「そっか、もう時間切れだから終わりにして片付けて。すぐにでるよ」
「分かってる、今片付け作業をしてたんだ。三十分待って!!」
パトラが再び装置に目を向け、キキやマルシルと一緒に片付け作業を始めた。
「よし、私たちはこっちだ」
仕切りの向こうに移動すると、すでにたき火は消され芋ジャージオジサンがモップで床掃除をしていた。
「……なんだ、出発か」
「うん、なるべく急ぎで!!」
芋ジャージオジサンが頷いた。
「今回は俺たちはメンバーに入っていなかったが、なぜか今になって急に俺だけ呼ばれた。理由をきこうか?」
「だ、誰に呼ばれたの?」
「うむ、そこのビスコッティだ。スナイプの準備をしろというので用意した。なにか、強力な敵でもいるようだな」
「はい、未知の迷宮でなにがあるか分からず、地下四層に強力な敵がいると分かれば、頭数は多い方がいいでしょう。ただ、それだけの理由です」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「うむ、理にかなっているな。嘘を吐いても意味がないだろうし、それが本当の理由だろう。それで、俺はスナイプだけでいいのか。それとも通常戦闘の準備もした方がいいのか?」
「通常戦闘の準備も。料金は割り増しします」
「うむ、ギャラはもう十分だ。では、俺も掃除が終わったら準備に掛かろう。なに、二十分もかからん」
芋ジャージオジサンは頷き、再び掃除を始めた。
「び、ビスコッティ。プロに依頼してたの!?」
「はい、ケジメです。まあ、報酬は受け取ってもらえませんでしたが」
ビスコッティが笑った。
「そ、そうなんだ。さて、いよいよ出発だね。この時が、一番ワクワクするよ」
私は笑った。
「そうなんです。分かって頂けましたか!!」
パステルがすっ飛んできて、両手で私の手を握った。
「まあ、遠足は準備が楽しいともいいますからね。本番は油断して怪我しないで下さいね」
ビスコッティが小さく笑く笑いを漏らした。
「油断なんかしないよ。パステルは私の助手だけど、副業で冒険?」
私は笑った。
「いえ、冒険者は職業として認められていません。国王様発行の身分証はありますが、唯一これだけが身を明かす手段ですね」
パステルがポケットをゴソゴソして、だいぶくたびれた身分証を見せてくれた。
「へぇ、そうなんだ。ねぇ、魔法はどんなのが使えるの?」
「はい、探査系です。未知の迷宮や遺跡、洞窟などは事前にこれで調査してから進みます」
パステルが呪文を唱えた。
すると、虚空にこの研究棟の詳細情報が表示された。
「おや、探査系は自信あるけど、これはよく出来てるね」
リズが反応して虚空の研究棟透視図を眺めた。
「はい、せいぜいこのくらいです。これだけでもかなり魔力を使ってしまうので、ここぞという時にしか使いません。あくまでも、マップは手書きで作成するものです」
パステルが笑った。
「よし、フライトだぞ。気合い入れろ!!」
犬姉が笑った。
全ての準備を終えて、空港に移動すると貨物深夜便のラッシュが始まってて、昼間より活気に溢れていた。
私たちは空港行きの学校バスで移動していたが、747カーゴ等の大型貨物機が行き交うのは初めてみた。
「カリーナの夜は深夜がピークだからね。学食の食材とか購買の納品もあるし、逆にゴミの搬出なんかもあるし大量の郵便物もある。ちょっとした戦場だね!!」
リズが笑うとバスが止まり、大型のコンテナを積んだ車両が前を通過してった。
「このバスもそうだけど、管制塔のグランドコントロールの許可で動いている。今日は混んでるねぇ」
近くの席に座っていたリズが笑った。
再び動き出したバスは、駐機場に向かい、半ば雪に埋もれそうな機体が並ぶ中、唯一小綺麗に掃除された大型機の前に停車した。
「こりゃ気合い入れたね。不凍液の期限が切れる前に飛ぼうか」
犬姉が乗降口に掛けられているタラップを上っていき、扉を開けて機内に入っていった。「師匠、私もコックピットに行きます。大丈夫ですからね」
ビスコッティが笑みを浮かべ、タラップを上っていった。
コックピットの灯りが付き、小さな甲高い音が聞こえると、真っ暗だった機内に灯りが点った。
「ほら、いくよ!!」
リズがパトラを引っ張って先に機内に入っていった。
「さて、私たちも乗ろう」
私は一行を率いてタラップを上っていった。
まだひんやりした空気が満ちた機内は、見たことのない椅子が並んでいた。
「なんだこれ……」
私はまるで個室のようになった席に腰掛けた。
目の前には画面があり、今は前方カメラが捉えた進行方向の様子が映し出されていた。
「なんか面白いな」
私はあちこちのスイッチを入れて遊んでみた。
椅子は背もたれが完全に水平まで倒れ、そのままベッドとして使えそうだし、シートヒーターが付いているらしく、椅子だけぬくぬく温かだった。
『あー、ご搭乗の皆様へ。全員乗った事を確認しました~。即座に離陸するので、ちゃんと座ってベルト締めて下さいねぇ~』
やる気があるんだかないんだか分からない犬姉のアナウンスが機内に流れる中、飛行機はゆっくりプッシュバックされていった。
その途中でエンジンが起動し、甲高い音が機内に響いた。
簡易的な個室のような席に座り、窓の外を眺めていると、プッシュバックが終わって、飛行機は駐機場から誘導路に入っていった。
「こんな豪華な大型機初めてだよ。快適だけどなんか違うな」
私は一人呟いて笑みを浮かべた。
目の前の画面で、飛行機が誘導路から滑走路に入った事が分かった。
エンジン音が一気に跳ね上がり、まるで背もたれに食い込むような強烈な加速で飛行機は加速していき、かなり長い時間を掛けて上昇に移った。
画面が夜空に変わり、力強いエンジン音と共に上昇が続き、画面の映像も時々地上にある大きな街だけになった。
「うーん、私はYSがいいな。あのボロさがいい」
私は小さく笑みを浮かべた。
カリーナを発って、三十分程度過ぎた頃、ベルト着用のサインが消えたので、私は背もたれを一杯に倒してベッド状態にした。
「さすがに眠いな……」
腕時計をみると、すでに午前三時半を過ぎていた。
軽く仮眠を取ろうと、椅子に寝転んで目を閉じていると、リズがブランケットを持って半個室の中に入ってきた。
「なに、寝るの。今からだと、三時間ちょっとしか寝られないよ。寝坊しないように!!」
「二時間も寝られれば十分だよ。リズは寝ないの?」
「うん、変な時間に寝ると起きられないから。じゃあ、ごゆっくり」
小さく笑みを浮かべたリズが、ブランケットを置いて立ち去った。
「リズも、なぜかすっかりキャビンアテンダントが板に付いてきたね。面白い」
私は小さく笑い、ブランケットを被って、軽く目を閉じた。
エンジンが快調に作動している事を示す微かな金属音が機内に響く中、みんな疲れているようで、そこかしこで寝息やいびきが聞こえていた。
そのうち室内の灯りが半分落とされ、少し暗くなった機内は静かに目的地に向かって飛行を続けた。
「……寝ようと思うと寝られない。あるあるだね」
私は横になったまま目を開け、一人呟いて小さく笑った。
なにかやって音を出すのもはばかられたので、付けっぱなしの画面で時々飛行機の下を流れる街の明かりをみて、ボンヤリしていた。
そのうちなんとなく眠くなり、私はゆっくりと軽い睡眠に落ちていった。
ふと目を覚ますと、腕時計が示す時間が二時間ほど進んでいた。
「よし、スッキリ。みんななにやってるのかな……」
前席が半個室のため、ここから前を見ても後をみても、どこに誰がいるのかさえ良く分からなかった。
「よし、見回りしてみるか」
私はそっと椅子ベッドから下りて、備え付けのスリッパを足に引っかけて、まずは前方に向かっていった。
私の前の席をのぞき込むと、キキが前部モニターを使ってイヤホンを付けた上で、ビスコッティがみたら速攻没収されそうな、エロいDVDをみてボンヤリしていた」
「……お邪魔しました」
私はそっと身を引っ込め、小さくため息を吐いて、今度は後方の座席を覗いてみた。
「師匠、早いですね。到着までまだ時間がありますよ」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「そこにいたんだ。起きちゃったから散歩してるだけ」
「そうですか。私はいつも通り護衛です。師匠の席から通路を挟んだ席には、アリサが乗っています。安心して下さい」
ビスコッティが小さく笑った。
「そうなんだ、ありがとう」
「深夜のお散歩ですか?」
「そんなところ。いつも通り、二時間睡眠でバッチリ」
私は小さく笑った。
「私もお供します。他の助手をみるのも、私の仕事ですから」
ビスコッティが席から立ち上がった。
「ああ、私の前のキキが激しくエロいDVDをぼーっとみてたよ。可哀想だから邪魔しないで」
「そうなんですか。ダメです、例外はありません。そういうのは没収します」
ビスコッティが通路に出て私の席を通り越えて、前のキキの席をのぞき込んだ。
「ダメです。裏DVDじゃないですか。犯罪なので没収です!!」
そして、キキのDVDを容赦なく没収すると、それをゴミ箱に放り込んだ。
「全く、十年早いです。いきましょうか」
ビスコッティが私のところに戻ってきた。
「捨てちゃったの?」
「はい、あんなものでなく、ちゃんとしたDVDも持っていました。今は適当なアニメを押し込んであります。
ビスコッティが胸を張り、私は苦笑して前に進み、念のためキキの様子をみた。
キキはなんか寝ぼけた感じだったが、ビスコッティが差し替えたDVDはどっかでみたことのある、紅い飛行艇と青い飛行艇が戦っているタイトルだった。
「『格好いいとはこういう事さ』」
私は呟き、そっと身を通路に戻した。さらに前方に行くと、仕切り版のように室内を区切っている壁に備え付けの折りたたみ式の椅子に座り、リズとパトラが仲良く並んでベルトを締めて居眠りしていた。
「この二人は休ませてあげよう。なんだか忙しそうだし」
「はい、今のところは用事がないですしね」
ビスコッティが小さく笑った。そこで前半部分の片側が終了したので、椅子の間を伝って、反対側の通路に出た。
最初の席を覗き込むと、パステルが鼻歌交じりに装備の点検をしていた。
「あっ、おはようございます。いよいよですね。迷宮に飛行機で乗り付けるなんて、ダイナミック冒険野郎で素敵です」
パステルが笑った。
「いよいよだねぇ、爆発物にだけは気をつけて」
「はい、分かってます。危ないものは、全て空間の裂け目にしまってあります」
パステルが笑みを浮かべた。
「それじゃ、また降りた時に」
私は笑みを浮かべると、通路にでた。
「師匠、犬姉と操縦を交代する時間になってしまいました。私はコックピットにいくので、犬姉が変わると思います」
ビスコッティが慌てて最前方のコックピットに走り、すぐに犬姉が出てきた。
「はあ、やっと交代できた。夜間飛行は疲れるんだよ。最新の情報だと、目的地の天候は結構吹雪いてるみたいだから、また難しい着陸になるよ」
犬姉が苦笑した。
「じゃあ、少しでも寝ないと……」
「逆、起きてないと目が覚めない。あと一時間くらいで降下だから、寝たら負け」
犬姉が笑った。
「そっか、特に意味はないんだけど、半端な時間に起きちゃったから、ウロウロしてる」
「うん、ビスコッティから聞いてる。あとマルシルだけでしょ。エルフだけあって気配を消すのが上手いな。多分、あっちの席だよ」
犬姉が私の手を引いて無音歩行しながら、目指す座席目がけて突き進んだ。
「ほら、いた!!」
犬姉が声を上げると、マルシルがびっくりして飛び起きた。
「はい、どうしましたか?」
「うん、暇だからはた迷惑な深夜の徘徊中。よし、芋ジャージオジサンは近づくと怖いから、このくらいにしておこう。私は寝るけど、スコーンはまだ夜這いするの?」
犬姉が笑った。
「もういいや、自分の席で大人しくしてる。ありがとう」
私は通路を通り、自分の席に戻った。
「あっ、ついでに……」
私はまた立ち上がり、通路を挟んで隣の席を覗いた。
「あれ、スコーンさん。早いですね」
抜き身のショートソードを抱えるようにしていたアリサが、驚いたような顔をした。
「あれ、剣なんだ」
「はい、飛行中の航空機内で通常弾など使ったら、簡単に壁を貫通してしまいます。そこから爆発的に空気が噴き出して、機内のものが一気に吸い出されてしまうので。まあ、敵はいないでしょうけどね」
アリサが笑った。
「そっか、そういう事があるんだね。確かに敵なんていなさそうだけど、どっかに芋ジャージオジサンも待機してるし安心だよ。あっちは少し吹雪きだって」
「そうですか。あいにくの天候ですが、あの辺りは晴れが珍しいくらいなので、先輩やビスコッティさんも分かっていると思うので、大丈夫でしょう」
アリサが小さく笑った。
「分かった。もう直ぐ到着か。席に座っているかな」
「その方がいいですよ。もう間もなく降下に入るので」
アリサが笑みを浮かべ、私は自分の席に戻った。
しばらくしてベルト着用のサインがつき、機内が全灯になった。
『おはようございます。間もなく着陸のために降下に入ります。座席の背もたれを元に戻し、シートベルトを着用して下さい』
スピーカーからビスコッティの声が聞こえ、犬姉がパタパタとコックピットに向かうのが見えた。
「さて、いよいよか……」
私はまだ暗い窓の外を見て呟いた。
時々風で機体が揺れる中、全面モニターに映し出された外の景色をただ見つめていると、派手な着陸誘導灯が見えてきた。
「風は強そうだけど、思ったほどじゃないね」
私が呟くと同時に脚を下ろしたようで、もの凄い風切り音が機内に響いた。
飛行機が降下していくと、様々な色の電灯が見えてきた。
その中を突っ切るように、飛行機は無事に着陸して逆噴射の轟音とブレーキからのゴツンという衝撃が連続しておきた。
かなり長い着陸の後、一度滑走路上に止まると、しばらくして飛行機がゆっくり誘導路に入っていった。
「なるほど、これじゃ観光地だね。こんな立派な空港まで作っちゃって」
私は苦笑して、飛行機が誘導路を走り抜けて駐機場に入るのを見守った。
無事に飛行機が駐機場に止まると、リズとパトラが慌ただしく動くのが見えた。
『みんな、到着だよ。起きて!!』
機内放送でリズの声が聞こえ、私はベルトを外して席から立ち上がった。
すでに全員起きたようで、自然に出来た順番通りに飛行機の乗降口に向かった。
「なんじゃこりゃ、格好いい!!」
今まで駐機場から歩きかバスだったのに、まるで専用設計のような移動式の渡り廊下が乗降口に接続されていた。
「ボーディングブリッジっていうんだよ。ここは天候が荒いから必需品だね!!」
リズが笑った。
「へぇ、勉強になるな……」
私は呟きながら機内から廊下のようなボーディングブリッジを通り、出入り口にあった門が開かれたゲートを潜って空港ビルに入った。
「おっ、ちゃんと起きたな!!」
遅れて出てきた犬姉が笑った。
「全く、師匠が一番心配だったんですよ。寝なくて平気だったり、十時間近く寝たり、睡眠サイクルメチャメチャなので」
ビスコッティが苦笑した。
「今、芋ジャージオジサンも手を貸して、リズとパトラが機内の清掃をやってるよ。まあ、食事も出さなかったし、そんなに手間はかからないでしょ」
犬姉が笑った。
「さて、ここから迷宮まではレンタルトラックで三十分くらいです。できるだけ、すでにきている人たちを刺激しないように、端の方にテントを張りましょう」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
しばらくすると、リズとパトラ、芋ジャージオジサンがゲートを出てきた。
「はい、全員いますね。トラックを回してきますので、ビルのロータリーで待っていて下さい」
ビスコッティが笑みを浮かべ、空港の窓口へと向かっていった。
「よし、私たちはこっちだぞ!!」
犬姉が元気に声を上げ、私たちは空港の自動扉を通って外に出た。
「うげっ、寒い。ってか、痛い!!」
ビスコッティの忠告で重武装の冬装備だったが、イヤマフラーを忘れていたので、ビリビリとした痛みを感じた。
「あー、忘れたな。予備をあげる!!」
犬姉が手にしていた派手な蛍光イエローのイヤマフラーを付けると、ようやく人心地付いた。
「現在気温、マイナス二十度だって。そりゃ痛いわけだ」
ロータリーの真ん中ある温度計をみて、私は苦笑した。
「大陸最北端の真冬ですからね。極地越冬訓練よりはマシです」
アリサが笑った。
「まあ、アレに比べたらね。年を越えたら今年もやろうと思っていたんだけど、スコーン一味の護衛が入ったからなし。正直、やってる意味が分からない訓練だもん!!」
犬姉が笑った。
「来年はないんですね。良かった」
アリサがホッとした表情を浮かべた。
「極地越冬訓練ってどこでやるの?」
「はい、例年南極でやるんです。マイナス四十度ですよ。これで射撃演習なんてやるので、もうヘロヘロです」
アリサが笑った。
「まあ、意味はあるっていえばあるんだけど、わざわざ南極まで行かなくってもってのが、私の本音だよ。そこらの山で、狩りでもしながら出来るもん」
犬姉が笑った。
「それはそれで辛そう……」
「アリサ、ヘタレたこというな!!」
アリサのケツに一発蹴りを入れると、アリサが大きなため息を吐いた。
ちょうどそこに、真っ白に塗装された大型トラックが入ってきた。
「お待たせしました。皆さんが乗るの荷台にある小さな椅子です。食料や水、テントを取り出して荷台に積んで下さい。スコップも。すぐに使いますから!!」
トラックから降りて来たビスコッティが声を上げると、みんなが空間に裂け目を開き、トラックの荷台に積み始めた。
荷物の量はさほどでもなく、私たちは荷台にあった小さな椅子に腰を下ろした。
運転席にはそのままビスコッティが残り、助手席には双眼鏡を片手にしたパステルが乗った。
「では、いきますよ」
荷台と車内の壁に空いた窓からビスコッティの声が聞こえた。
「荷台にもヒータのパイプを伸ばしてあります。時間は掛かりますが、温かくなるのを待っている暇がないので、このまま出発します」
ビスコッティがトラックを走らせはじめ、雪原とも道とも付かない場所に突入した。
「夏は道が見えるのでいいのですが、冬はこの有様です。パステルのマッピング能力に全ては掛かっています」
ビスコッティが笑った。
「その言葉を待っていました。ここまではちゃんとマッピング出来ています!!」
クリップボード片手に、パステルが元気に声を上げた。
「これで迷ったら大変だからね。頼んだよ!!」
私は笑った。
トラックはは立ちはだかる積雪にエンジン音も雄々しく、噛みつくような勢いで突き進み、乗り心地は最悪だった。
「び、ビスコッティ、もっと速度落として!!」
「ダメです、夜明けと同時くらいに着かないと、もの凄く目立ってしまいます。いつの間に増えた?……くらいがいいんです。パステルには申し訳ないけど、私は冒険者が信用出来ないんです。狙われたら最後くらいのつもりでいるんですよ」
「ああ、やっぱりそう思いますか。きちんと手順を踏めば、誰も手出し出来なくなります。まあ、任せて下さい」
パステルが笑った。
「そうですか。マルシルもでしたね。せっかく定職に就いたのです。安易には辞めさせませんが、ちゃんと現状を維持して下さいね」
ビスコッティが小さく笑った。
「ビスコッティは怖いよ。何度クビだって追い出しても、納得できません。どういうことですか!!って食いついてきて、もう怖いんだから」
私は苦笑した。
「あたしのところなんて酷いよ。もうクビだっていい続けたせいで、余計くっついちゃって変なヤツなんだもん」
「私がいないと、リズは一人じゃなにも出来ないもん。どんな下らない事でも、私がいないと魚の下ごしらえすら出来ないんだから」
パトラが笑った。
「調子に乗るな!!」
リズのマッハパンチがパトラを捉えた。
パトラの鳩尾にめり込んだリズの拳が、すぐさま血に染まってきた。
「うげっ、シャレにならん!!」
「師匠、お任せ下さい」
なぜか血まみれの拳を固めたまま、プルプル震えているリスは置いて、私たちはパトラを診た。
「……あれ、なんともない」
ビスコッティがポケッと声を放った。
「うん、この程度平気。それより、リズの拳を診てあげて、多分、描写自粛級にグチャグチャのはずだから」
パトラが笑った。
「り、リズ!?」
「……ぎゃああ!!」
今頃になって悲鳴を上げたリズが、その場にしゃがみ込んだ。
「ちょっと診せて下さい。うわ!?」
ビスコッティが声を上げた。
その様子に、私はあえてそれをみなかった。
「大変です、原型がない!!」
「……はい」
私は腰に差していたハンディサイズの杖を、ビスコッティに差し出した。
「あれ、用意がいいことに……では」
ビスコッティがすさまじい勢いで呪文を乱発し、リズの手は綺麗に治った。
「は、早いし的確。魔法医やってるとーちゃんより手際がいいかも……」
リズが治ったばかりの手を握ったり開いたりしながら、ポソッと呟いた。
「全く……程度にしておいて下さいね。私は運転席に戻ります」
ビスコッティが荷台から飛び下り、停車していたトラックの運転席に戻った。
積雪をぶっ飛ばしながらワイルドに突っ走るトラックは、ひたすら雪原を走り、やがて前方に巨大な建物が見えてきた。
「着きました、レディ・サップ迷宮です。ビスコッティさん、速度を落として」
ビスコッティがトラックの速度を落とすと、道を塞ぐように三人出てきた。
アリサが拳銃を抜いてスライドを動かし、リズが直ったばかりの拳を固め。椅子に座って居眠りしていた犬姉が、半眼だけ開けて銃を抜いた。
「素直に止まって下さいね」
「分かりました。ここは任せましょう」
ビスコッティが苦笑した。
道を塞いだ三人は特に武器も持たず。トラックの方に近寄ってきた。
強面の一人がコンコンと運転席の扉を叩いた。
それに応じてビスコッティが窓を開けると、強面の男が頷いた。
「今年は雪が早かった。いつもなら越冬に備えて準備しているのだが、今年はその余裕がなかった。お前ら新人だな。だからってわけじゃねぇが、少し食い物を分けてくれ」
「いいよ、でも条件。ここにいるのは何人?」
「ああ、みな古参だぞ。全部でで二十名ちょっとだ」
強面が答えた。
「それじゃ、適当なところに大鍋で湯を沸かして」
パステルが笑みを浮かべた。
「なに、ここの連中全員に食わせる気か?」
強面が目を見開いた。
「当たり前でしょ。冒険野郎マクガイバー曰く、冒険者とは助け合いの精神に則って切磋琢磨するものである。あなたたちだけに食料を渡すなんてゴメンだよ!!」
「わ、分かった。準備しよう。テントはその辺の空いてる場所を使ってくれ」
三人組は、テントが立ち並ぶエリアに向かっていった。
「なに、これが仲良くなる方法なんですか」
ビスコッティが笑った。
「今回は簡単でした。やはり、ひもじさには勝てませんからね。では、テントを張ってベースを作りましょう。車を出して下さい」
ビスコッティが頷き、ゆっくりトラックを走らせ始めた。
「ここです。止めて下さい!!」
パステルがトラックを止めた場所は、村のようになっているテント群から少し離れたところだった・
「ここでいいですか?」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「はい。皆さん、一仕事です。雪を掻いて場所を作りましょう」
パステルが荷台の窓越しに笑みを浮かべ、助手席からと飛び下りた。
「よし、みんなやるよ!!」
私たちは、荷台に適当に積んでおいた平形スコップとスノーダンプを下ろし、パステルが特殊チョークで書いた線を頼りに、せっせと積もった雪を片付けた。
「みなさん、お疲れさまです。あとはテントをはるだけですが、大鍋の方に呼ばれているので、ちょっといってきます。テントは簡単に張れる最新型なので、休んだら設営をお願いします」
パステルが目の前のちょっと先で、空間の裂け目から簡易キッチンを取り出して、野菜などを切って大鍋に湧かした湯の中に入れ始めた。
「そういえば、お腹空いたな。どれだけ食べてなかったっけ?」
前回のご飯の時間まで覚えていなかったが、どうもなにも食べていない気がした。
「よし、今度はちゃんと食べよう。時間は十五時か。一日雪掘りしてたわけだ」
私は一人笑った。
「ほら、テント張るよ。これがないと始まらないぞ!!」
テントの部品をトラックから運びながら、リズと犬姉が笑った。
「分かった、ビスコッティいこう」
「はい、師匠」
私はビスコッティを引き連れ、テントを張る場所に移動した。
「このまま設営しちゃうと、モロに寒さがきちゃうから。こうやって……」
リズが大きな銀色のマットを二枚敷き、その上にテントの床を置いた。
「なんだこれ、やたら簡単だぞ……」
リズがテントを設置しながら、拍子抜けの声を出した。
「いいじゃん、簡単なら。ほら次は?」
パトラに急かされ、リズが設営の続きを始めた。
「やたらテントがデカいと思ったら、十二人用だったから疲れたよ」
最後のペグを地面に打ち込んだリズが、苦笑した。
「しかも、駐車スペース付きです。さっそく駐めましょう」
ビスコッティがトラックを器用に動かし、テント横のスペースに駐車した。
こうして、派手な蛍光イエローの大きなテントの設営が終わると、私たちは炊き出しをしているパステルと、手伝いのキキとマルシルの方に向かっていった。
「あっ、終わりましたか。今度は私たちの夕食を考えましょう」
パステルがお玉を最初の強面兄さんに渡した。
「あとお願いできますか?」
「ああ、任せろ。助かった」
強面兄さんが口角をあげ、三人で配り始めたので炊き出しを配る速度が上がった。
「ちゃんと鍋は洗って返す。日没前に、そっちの仕事を片付けてくれ」
「はい、ありがとうございます!!」
パステルが私たちの元にやってきた。
「では、テントの仕上げをしましょう。寒いのでたき火でも欲しいですね」
私たちは自分たちのテントに戻った。
「はい、ちゃんと出来ています。強度は……」
パステルがそこら中の点検を始めた。
「完璧です。これで、強風でも飛ばされません」
パステルが笑った。
「風が怖いので、たき火はやめておきましょう。代わりにランタンでも置いておきましょうか」
パステルがランタンをいくつか取り出し、それぞれに火を付けて地面においた。
「痕はテント内に……」
今度は熱を出さない魔力灯を天井に吊り下げ、夜を迎える準備が出来た。
「さてと、今日はフォアグラでも使いますか。以前から、キキが欲しがっていたんです」
「えっ、フォアグラがあるんですか!?」
パステルの声にパステルが笑い、空間の裂け目からなにやら取り出し始めた。
「おーい、いつからここは高級なメシ屋になったんだ?」
リズが笑った。
「ビスコッティ、携帯コンロと調理台一式、それと折りたたみ式のアレも」
「はい、分かっています」
ビスコッティが空間を引き裂き、中から色々取り出し始めた。
「それにしても、冷えてきたねぇ……」
空は早くも夜闇が迫り、風が出てきた事もあって、それなりの体感温度まで下がっていた。
「夕食のシメはうどんにでもしましょう。待って下さいね」
パステルが笑った。
『アンジー1より各位、配置についた』
無線にいきなり声が飛び込んできた。
「アンジー3了解」
犬姉が手短に無線に答えた。
「な、なに今の?」
「うん、このテント村がよく見えるポイントで、芋ジャージオジサンが配置についたって連絡だよ。メシは要らん、自給自足だだって!!」
犬姉が笑った。
「えっ、可哀想だよ。呼び戻して、ご飯だけでも……」
「それこそ可哀想だよ。狙撃手が拠点を作るのに何時間も掛かるんだよ。それを放棄してこいって事だから」
犬姉が私の頭を撫でた。
「そうなんだ、寒いのに大変だね」
「それが仕事だよ。私の相場は基本的に二百万クローネだけど、ぼったくりじゃないからね。割に合わん!!」
犬姉が笑った。
「あたしはもっとリーズナブルだよ。なんか、ぶっ殺したかったらいって!!」
リズが冗談めかして笑った。
「コホン、その前にマネージャーを通して下さいね」
ビスコッティが笑った。
「さて、寒いね。早く食べて休もう。結局、炊き出しだのテント張りの雪かきで一日が終わっちゃったよ」
私は笑った。
「そういうものです。明日は早く出ましょう」
ビスコッティが笑った。
「よし、ご飯食べて寝よう。まだかな」
「今日は焼き肉とうどんだぞ!!」
犬姉が焼いた肉を乗せた紙皿をテーブルに乗せはじめた。
「へえ、豪華だね!!」
私はさっそく肉に箸を付けた。
「うん、美味しい。みんな食べないの。冷めちゃうよ!!」
「はい、食べてますよ。気にしないで下さい」
マルシルが笑みを浮かべた。
「これは何牛ですかね。柔らかくて美味しいです」
キキが笑った。
「某有名ブランド牛A5ランクのリブロースだよ。この贅沢者め!!」
肉を焼きながら自分も食べ、犬姉が笑った。
「こらぁ、ちょっと見回りしてる間に、先に食うな!!」
パトラを連れたリズが慌てて椅子に座った。
「ちゃんと残してあるよ。見回りどうだった?」
「そうだねぇ。時期が時期だから、さすがに人は少ないかな。その代わり。かなりの手練れが越冬してるね。みんなガタイはいいけど、荒くれ者っぽいのはいないね」
リズが肉を囓りながら、笑った。
「そう、ならいいけど。芋ジャージオジサンは、すでに配置についてる。今のところ異状なし」
犬姉が葡萄酒の瓶を煽りながら笑った。
「あそこは肝だからね。あたしにやらせてくれないんだもん」
リズが笑った。
「馬鹿野郎、リズにやらせるくらいなら自分でやるわ!!」
犬姉が笑った。
「まあ、夜は交代で見張りだし、ビスコッティが付いてるからスコーンたちは大丈夫か。しかし、冷えるねぇ。コートでも出すか」
リズが空間に裂け目を作り、中から学校指定のPコートを取り出した。
「なんでもないようだけど、これも防弾防刃仕様だよ。温かいしいうことなし!!」
リズが笑った。
「へぇ、なら私もコートを変えよう。ビスコッティが冬山用を着ていけってうるさいからそうしたけど、正直重くて困っていたんだよね」
私は空間に裂け目を作り、中からPコートを取りだした。
今まできていたコートを脱いで、学校指定のPコートに着替えると、今までのコートより格段に温かかった。
「これ、魔法掛かってるでしょ。すっごい温かい!!」
「当たり前でしょ。カリーナの魔法技術は世界一!!」
リズが笑った。
「みんなも着替えなよ。そんな厚着より、よほど楽だって」
私の言葉に、ビスコッティを始めとした助手軍団が着替えた。
「これいいですね。眠くなるくらい温かいです」
キキがほわーっとした表情で、眠そうな感じになった。
「よし、スコーンたちは先に寝てなよ。テント内にシュラフを適当に置いておいたから、適当に使って!!」
リズが笑った。
私たちがテントに入ると、これまた派手な蛍光オレンジなシュラフ……寝袋が適当な感じで転がっていた。
「全く、リズの仕事は粗いんだから。揃えます」
ビスコッティが苦笑して、バラバラの寝袋を綺麗に揃えた。
それでもテント内には余裕があり、ビスコッティが明るさを調整した。
「シュラフの使い方は分かりますよね?」
「あのね、何回研究所でこれ使ったと思うの。葉巻型か、温か仕様だね」
私は笑った。
「では、結構です。おやすみなさい」
シュラフに身を包んだビスコッティが、あっという間に寝息を立てはじめた。
「みんなこれだからね。暇があったら速攻寝る。じゃないと、ハードな研究に耐えられないよ」
私は笑った。
「す、凄い速さですね。パステルももう寝てしまいましたし、静かにしましょう」
キキがいったそばから、今度はマルシルが落ちた。
「慣れてるから早いね。さすがだよ。私も寝ようかな。キキ、置いていかれるよ!!」
私は笑い、寝袋に身を包んでそのまま目を閉じた。
こうして、迷宮最初の夜が過ぎていったのだった。
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