第22話 島の温泉(改稿)

 飛行機でカリーナを発って二時間ほど。

 のんびりした空気が流れる機内は、平和そのものだった。

「アリサって、ビスコッティやクランペットと同じ故郷なんでしょ。ビスコッティは大体分かってきたけど、クランペットって謎なんだよね。なんか面白い話ある?」

 私が笑うとビヨーンと陰が伸び、クランペットが姿を見せた。

「い、今のは魔法ですか!?」

「うん、こうした方が私を守る方が都合がいいからって。まあ、まともに出てくるのは希だけどね」

 私は笑った。

「アリサ、あの話だけはダメですよ」

 クランペットが顔を真っ赤にして、ナイフを抜いた。

「あら、面白いのに。私とビスコッティの家は代々暗殺を家業としているのですが、クランペットの家は情報収集を専門にしているのです。その実習ですね。とある国軍の機密ファイルを手に入れろと、ビスコッティと組んで出かけたのですが、なにを迷ったのか男性用トイレの上に出てしまった用で、換気口の蓋を開けて飛び下りたら、ちょうど個室で用を足していた大佐の上に落ちてしまって、あとはひたすら逃げの一手だったようです。ビスコッティがいなかったら、捕まって大事になっていたでしょうね。このくらいならいいでしょ?」

 クランペットがナイフを放り出し、頭を抱えてうずくまってしまった。

「なにそれ、間抜け過ぎる。大佐も驚いただろうね。いきなり、クランペットが降ってきたんだから」

 私は笑った。

「しょ、しょうがないじゃないですか。分かりにくい分岐だらけだったんですから。今は大丈夫ですよ。スコーンさん」

 クランペットがなにか必死に訴えるように、私に弁解してきた。

「まあ、誰しも失敗はあるよね。なんで、急にプロやめちゃったの?」

 私が聞くと、アリサとクランペットが笑みを浮かべた。

『飽きた』

 二人同時にいった途端、私は椅子からずり落ちそうになった。

「あ、飽きた……」

「はい、もういいやというのが本音です。そこで、ビスコッティと私が二十の時、実家から逃げ出したんです。クランペットも嫌だったみたいで、ちゃっかり同乗して大型バイク二台でデロデロと砂漠を走って」

 アリサが笑った。

「格好いいな。砂漠は縁がないから、一回いってみたいな」

「いいところではありませんよ。昼は死ぬほど暑くて、夜は凍り付きそうに冷えます。希に変な魔物もでますし、好き好んで行く場所ではないですよ」

 アリサが苦笑した。

『おーい、腹減っただろ。機内食積んでおいたから、誰かビスコッティを手伝ってやって!!』

 スピーカから犬姉の声が聞こえると、真っ先に動いたのはジャージオジサンたちだった。

 全員が機体前方にあるギャレーに集まって、大した人数は乗っていないので、あっという間に配り終えてしまった。

「なんか、豪華だね」

 メインの料理は肉のようで、サラダやスープが添えられていた。

「これは、どこで仕入れたのでしょうね。どこかの航空会社のファーストクラスの食事ですよ」

「ふぁ、ファーストクラスの食事!?」

 アリサの言葉に、私の声がひっくり返った。

 魔法学会に出る時に、たまに飛行機を使っていたが、いつもエコノミーだった。

「せっかくです。冷める前に頂きましょう」

「うん、食べよう」

 機内食には小さな葡萄酒の瓶がセットになっていたので、それを飲みながら美味しくご飯を食べていると、アリサ経由でリズから葡萄酒が届いた。

「ん。、飲まないの。それほどの量じゃないよ」

「いいよ、あげる!!」

 早くもご飯を食べ終えたリズが笑った。

「じゃあ、お言葉に甘えて……」

 私もご飯を食べ終え、残った葡萄酒をチビチビ飲みながら、真っ暗な外の景色を見た。

 頃合いを見計らってという感じで、ジャージオジサンたちが食器を下げにきて、私はテーブルを元通り畳んだ。

 飛行機が大きく旋回し、外は見えなかったが、着実に島に近づいている実感はあった。

「さて、着いたらまずはハンモック作りかな。寝床を作らないと。

「なるほど、そこはエルフ式なんですね。最初の頃はエルフの皆さんが協力してくれたと覗っています」

「そうなんだよ、小屋でよかったのに、立派な家になっちゃって」

 私は苦笑した。

「まあ、なんにせよ、到着が楽しみです」

 アリサが笑みを浮かべた。

 さらに約一時間が過ぎた頃、ベルト着用のサインが点灯した。

『みんな、最終着陸態勢に入るよ。早く座ってベルトを締めてね』

 犬姉の声が聞こえ、私は姿勢を正した。

 しばらくして、ギアダウンしたらしく、脚が風を切る轟音が機内に響いた。

「私は実は飛行機が苦手でして。この着陸の寸前が怖いんです」

 アリアが苦笑した。

「そうなんだ。私は好きだけどな、お疲れさまって感じで」

 私が笑うと、トンという微かな衝撃を感じ、一気にプロペラが逆推進でフル回転し、急ブレーキが掛かった。

「さて、着いたよ。なにもない島だけど、楽しくやろう。

 私は笑みを浮かべた。


 飛行機が駐機場に着くと、私たちは家に向かってあるいった。

 すると、維持管理をお願いしているダーク・エルフたちが扉の前に立ち塞がり、アリサが拳銃を抜いた。

「ああ、敵じゃないから安心して。久々だね!!」

 私はアリサの拳銃を押しとどめ、小さく笑みを浮かべた。

 ダーク・エルフたちは笑って、道を譲った。

「なんだ、もう忘れてるかと思っていたのに」

「家の中は掃除してありますが、一度空気を入れ換えた方がいいでしょう。

 口々にいいながら、ダーク・エルフたちは森の中に戻っていった。

「あ、あの、今のはダーク・エルフですよね。仲良しなんて……」

 アリサが拳銃をしまいながら小さく息を吐いた。

「そのダーク・エルフたちと戦った事もあるし、こうやって友達になれる事もある。まあ、色々だよね」

 私は扉の鍵を開けて、家の中に入った。

「ひ、広い。これではまるで体育館です」

 アリサが声を上げた。

「うん、まだ慣れないけどここが私の別荘になるのかな。しかし、相変わらず蒸し暑いね。窓を開けてエアコンを入れよう」

 エアコンのスイッチを入れると家の外にある魔力ジェネレータが起動し、私は家の明かりを点けた。

 明るい室内に入る前に、私は靴を脱いで下駄箱に入れた。

 ここから先は土足禁止だから。まだ、いい匂いがするね。

 畳というらしいが、この広大な空間には不思議とぴったり合っていた。

「清々しいですね。あっ、このブーツは簡単に脱げないので、みなさんお先にどうぞ」

 アリサががっちりしたブーツを脱ぎにかかると、比較的軽装のみんなが追い越していった。

 私は全ての窓を開け、ふと腕時計をみるともう朝四時近かった。

「師匠、聞いた話ですが、用務員さんたちはこの辺りのコテージで寝るそうです」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「そういえば、ログハウスばかり建てたね。どこで寝るのか気になっていたんだけど、それならいいや」

「それでは、駐機場で荷下ろしをやっているので、私は行きます。パステルもきて下さい。どの箱がなんなのか分からないので」

「あっ、そうですね。いま行きます」

 家に上がったばかりですぐだったが、パステルは素直にもう一度靴をはいた。

「あと、師匠。無造作にこんなものを貨物室に放り込まないで下さいね」

 ビスコッティの額に怒りマークが浮かび、私の銃を入れた袋と弾薬百発を玄関口に置いて、パステルと出ていった。

「アハハ、怒っちゃった。ダメだぞ、自分の相棒を貨物室なんかにいれたら!!」

 リズが笑った。

「はい、その通りです。触る時間が長いほど肌に馴染んでいくんです。これなどそうですよ」

 ギリギリ機内に積める大きさだったので、アリサは愛用の対物ライフルを持ったまま搭乗していた。

「まあ、それは貨物室の方がいいと思うけど、スコーンちょっと箱から出してみて」

 リズにいわれた通り、あたしはデザート・イーグルを箱から出した。

「これ、構え方が独特なんだよ。あたしみたいに、ワンハンドショットなんかやらないように、怪我しちゃうから」

 リズの言葉に私は頷いた。

「うーん、説明がむずかしいんだけど、両腕で包み混むように構えるんだよ。やってみるか」

 あたしはリズに手取足取り教えてもらい、自然に構えられるようになった。

「さすが、飲み込みが早いね。実際に撃ってみるのは、ちゃんと寝て起きてからにしよう」

 リズが背中から自分のデザート・イーグルを取り出して見せた。

「そう滅多に使わないんだけど、それなりに使用感はあるね。このくらいは撃ち込まないとね」

 リズが笑った。

「……ビスコッティが怖い。あれ、本気で怒ってる顔だ」

「アハハ、喧嘩すんなよ!!」

 リズが笑った。

 空気の入れ換えも終わり、快適なエアコン空間となった頃、犬姉とビスコッティ、パステルが戻ってきた。

「とりあえず、飛行機から荷物を下ろすだけにしておきました。ミサイルなんて要らないと思いまして」

 パステルが笑った。

「……ミサイルがよくて、デカい拳銃がダメ?」

 私は小さく息を吐いた。

「それは、師匠では扱えないからです。重すぎますし、反動が強すぎます」

 ビスコッティが苦笑した。

「やってみないと分からないじゃん!!」

「そんなふくれっ面しても無駄です。見せつけて威嚇には使えるかもしれませんが」

 ビスコッティが笑った。

「家の裏にレンジがあったでしょ。試せば分かるよ」

「はいはい、試して下さい。ビックリすると思いますよ」

 私が弾丸と銃を持って玄関に向かうと、すかさずリズが近寄ってきた。

「なに、今から試すの。元気いいね!!」

「だって、ビスコッティが絶対無理っていうんだもん。ムカついた」

 リズが笑って、ビスコッティを呼んだ。

「なんです、リズまで巻き込んで試射ですか?」

「あたしも色々骨格をみてきたけど、スコーンなら撃てるんだよ。ちょっとレクチャーすれば、すぐにコツを掴むでしょ」

 リズが笑った。

「……分かりました。リズがいうなら間違いないでしょう。この目で見させてもらいます。裏の作業灯をつけますね」

 ビスコッティが真剣な表情になり、家の裏にある作業灯をつけた。

「これでいいです。もし撃てなかったら、没収ですからね」

「これはあたしの方が燃えてきたな。スコーン、没収されたくなかったら気合い入れろ!!」

「おう!!」

 私はやる気をみなぎらせ、思い切り大声を出した。

「おや、面白そうな事始めたな。デザート・イーグルの没収をかけてか。面白い!!」

 なにが嬉しいのか、犬姉が反応した。

「私が見本を見せるから、参考にしてごらん。滅多に持ち歩かないんだけど、今日はたまたまデザート・イーグルを持っててね」

 犬姉が巨大な拳銃を取り出した。

「どうしましょう、いきなり戦いが始まってしまいました。こんな事になるとは……」

 アリサがオロオロしはじめた。

「戦いじゃないよ。いずれやる事だったんだよ。ビスコッティが認めない武器は、絶対使わないって決めてるから」

 私は笑みを浮かべた。

「では、師匠いきますよ。今回は辛めですからね」

 ビスコッティが真顔でいった。


 家の裏に回ると、作業灯の明かりに照らされてショボいターゲットが立っている、ちょっとしたターゲットレンジがあった。

「さてと、構えなんだけど、まずスコーンの悪癖を直さないとダメ。例えば……」

 犬姉が黙っていられなくなったようで、手取足取り私に正しい姿勢を教えてくれた。

「そうだね、一度教えないとって思っていたから、ちょうどいいか。デザート・イーグルでも基本は同じだよ。フル装弾して構えてみて」

 リズが笑みを浮かべた。

 私はマガジンを抜いて弾薬を装填したが、五発しか入らなかった。

「これは、重いね……」

 耐えられなくて落とすほど重くはなかったが、構えてみるとかなり重かったので、自然と両手持ちになった。

「ターゲットの距離は二十メートルでいいか。ホントはもっと飛ぶんだけど、実用的なところで。この銃はスコープを付けて狩猟にも使える、なかなか優れものなんだよ」

 リズがショボいターゲットを動かし、距離を調整した。

「反動は凄まじいけど、ビックリしないでさっき教えた通りにね。私とリズが認めれば、ビスコティだってなにもいえないよ。現役バリバリのプロだからね!!」

 犬姉が笑みを浮かべ、私の隣に立った。

「まずはお手本ね。わざとゆっくりやるから、分かると思うよ」

 犬姉は慣れた手つきでデザート・イーグルを構え、躊躇なく引き金を引いた。

 しばらく先にある土を積み上げた場所に弾丸が突き刺さり、小さく土煙を上げた。

「こんな感じだよ。変に意識しないで、普通に引き金引いた方がいいかな。やってみて」

 犬姉の声に頷き、私はターゲットを見つめた。

「よし!!」

 気合いを入れ直し、私は銃を構えた。

 そのまま照準を合わせ、私は引き金を引いた。

 腕が弾き飛ばされそうな衝撃にも何とか耐え、二十メートル先のショボいターゲットが粉々に粉砕されて散った。

「おっ、まさか一発で!!」

 リズが声を上げた。

「こりゃセンスいいな。鍛えたら仕事が出来るぞ!!」

 犬姉が喜んで拍手した。

「そ、そんな、師匠に扱えるわけが……」

 ポカンとした表情を浮かべたビスコッティに笑い、私は銃にセーフティを掛けた。

「ビスコッティ、だからいったでしょ。撃てるって!!」

 リズが笑った。

「……凄いです。デザート・イーグルを一回で」

 いつの間にか家から出てきたのか、アリサがポカンとしていった。

「……アリサ、近距離を撃てるようになりましたか?」

 衝撃覚めやらぬといった感じで、ビスコッティがアリサに聞いた。

「まあ、なんとか……でも、下手くそですよ。やはり、千五百メートルは離れていないと……」

 アリサが呟くように返した。

「なに、千五百メートル以上がレンジなの?」

 リズが笑みを浮かべて聞いた。

「はい、白兵戦など絶対ダメだったのですが、警備隊員になってからの訓練で何とかなるようになってきました。ですが、拳銃となるとやはり苦手なんです」

「そういえば、下手くそだよね。どうして?」

 隊長の犬姉がアリサに聞いた。

「昔からの癖としかいえません。拳銃が一番大変な火器といわれている理由が分かったんです。軽すぎて反動がモロに手にくるのです。慣れてないので、反動の処理をどうしていいか分かりません」

「あー、それならリズが得意だな。聞いてみなよ。構え方一つで変わるから」

「あたしかい!!」

 リズが苦笑して、アリサのフォームを直しはじめた。

「ビスコッティ、これで没収はなしね!!」

 私はデザート・イーグルを腰の後ろに挿して、笑みを浮かべた。

「はい、約束ですからね。但し、切り札ですよ。ベレッタが泣きます」

 ビスコッティが苦笑した。

「当たり前だよ。こんな大砲みたいな拳銃を常時振り回していたら、ただの危ない人だよ。九ミリでもオーバーだなって思うほどだから」

 私は笑った。

「それが分かればいいです。さて、寝る準備をしますので、残ったメンツでハンモックを張ります。あまり遅くならないで下さいね」

 ビスコッティが笑みを浮かべ、家の玄関に向かっていった。

「スコーン、慣れたらこんな事も出来るよ!!」

 犬姉が笑って、手にしたデザート・イーグルを撃ちながら、どこかに敵でもいるかと得るような動きをしながら撃った。

「戦闘時の動き、コンバットマニューバを追加するとこうなるけど、スコーンはここまでやらなくていいよ。腰のベレッタでも戦えるし、MP-5も持ってるしね。あくまでも、非常用。敵地で孤立した時に使う、最後の相棒みたいなもんだから!!」

 犬姉が笑みを浮かべた。

「真似したくてもできないよ。やっぱり現役は違うなぁ」

 私はポロッと呟いた。

「いっておくけど、あたしだってあのくらいは出来るよ。犬姉が凄いわけじゃないから」

 ジト目で犬姉にゲンコツを落とし、リズが再びアリサと話をはじめた。

「出たな、リズの負けず嫌い。実際、私は至近戦でリズに勝ったことがないんだよね。一応狙撃もできるし、敵陣に先頭を切って突撃する根性もある。マルチにどんな依頼でもこなす実は凄い人なんだぞ!!」

「褒めるな、ケツが痒い!!」

 犬姉が笑い、リズが赤面して怒鳴った。

「へぇ、ただ者じゃないとは思ってはいたけど、やっぱりね。魔法だけじゃなかった」

 私は笑みを浮かべた。

「あんましあたしの裏の顔を知らない方がいいよ。余計な詮索はしないように。さて、遠距離が得意で近距離が苦手なのは、なまじへカートⅡなんてマニアックな銃を使ってるせいで、これに頼りっきりだからだっけ」

「はい、そうなんです。まるで体の一部のように使えるへカートⅡに比べて、拳銃はなにか苦手なんです。サブマシンガンは拳銃弾をフルオートで撃てば、面的制圧が出来るのでなんとかなるのですが……」

 アリサが苦笑した。

「それって辛いよ。警備部で千五百メートル以上の狙撃なんて滅多にないだろうし、侵入した賊は、なるべく生かして警察に引き渡すのが基本だからね。逮捕術くらいは習ってるよね?」

 リズが苦笑した。

「はい、隊長自ら指導してくれるので、今ではだいぶ技が増えました」

 アリサが笑みを浮かべた。

「まあ、技は増えたんだけどね。実際に使えるかは疑問だなぁ」

「た、隊長!?」

 犬姉が笑った。

「だって、なにあのへっぴり腰。あれじゃ、逆に襲われるぞ!!」

「そ、そんな……」

 アリサが地面に両手をついて、大きくため息を吐いた。

「なんか大変そうだね……。戻る?」

 私が聞くとリズが頷いた。

「いい加減眠いしね。犬姉、その子泣いちゃったよ。ちゃんとフォローしなさいよ」

「こ、こら、泣くな。気合いが足らん!!」

 涙を流して犬姉にへばりついたアリサを振りほどこうとして、犬姉がジタバタもがいた。

「気合いだけじゃダメなんです。このままでは、任務に支障が出ます。ナイフとはいいません。怖いので。拳銃の使い方を教えて下さい!!」

 犬姉にびったり張り付いたアリサは、意地でも離すかという勢いで叫んだ。

「ちょっと、分かったから離しなさいって!!」

 犬姉の声で、アリサが離れた。

「あー、疲れた。リズ、ちょっと相手してやって」

「なんであたしが……まあ、暇だからいいけど」

 リズは笑みを浮べ、武器を全て外して地面に置いた。

「アリサは拳銃を使っていいよ。撃たせる暇なんかないから」

「……いってくれましたね。気合い入りました」

 アリサが笑みを浮かべ、武器を全て捨てた。

「よし、それじゃやってみようか!!」

 犬姉の声と共に、一瞬で視界からリズの姿が消えた。

 慌てて明かりの魔法を使って辺りを見回すと、二人とも拳と蹴りの応酬で派手に立ち回っていた。

「……しゅごい」

「リズ公のやつ、手加減してるな。おーい、失礼だぞ。リズ公、真面目にやれ!!」

 リズが一瞬犬姉を睨み、ちょうど組掛かってきたアリサの片腕を取って思い切りぶん投げた。

 地面に叩き付けられたアリサが一呼吸する前に、リズは横になったアリサの右腕を取って関節技に入った。

「くっ……」

 アリサのくぐもった声が聞こえ、やがて悲鳴を上げた。

「肩の関節を脱臼させただけだよ。今直すから」

 リズが笑みを浮かべ、アリサがまた短い悲鳴を上げた。

「犬姉、確かに近接戦闘は練度不足だよ。しっかり鍛えなさい。部下なんだから!!」

「うん、筋は悪くないね。鍛えるか」

 リズと犬姉が笑った。

「大丈夫?」

 私は地面に倒れて、荒い息を吐いているアリサに声を掛けた。

「大丈夫です。私の腕では全然及ばないですね」

 右肩を痛そうに回しながら、アリサが苦笑した。

「師匠、なにしているんですか?」

 どうも、物陰に潜んでいたらしいビスコッティが、小さく笑いながら出てきた。

「見てたくせに聞くかな。アリサに回復魔法を」

「分かりました。全く……」

 ビスコッティが、まだ起き上がれないアリサに回復魔法を使った。

「ふぅ……ありがとう」

「全く、無駄に冒険野郎して」

 アリサとビスコッティが小声で言い合った。

「さて、みなさん。ハンモックの準備が出来ています。もう、朝の五時ですよ。早く休みましょう」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。


 家の中に入ると、私の陰からクランペットが現れた。

「ど、どこから出てくるんですか!?」

 アリサが驚きの声を上げた。

「企業秘密です。小腹が空いた頃でしょうから、簡単な食事を用意しましょう」

 クランペットがキッチンに向かうと、私は室内をみた。

 まだみんな起きていて、ハンモックは設置済みだったが、全員がテーブルがある方に集まっていた。

「さて、食材は……」

 クランペットが冷蔵庫を開けた。

「なるほど、ちゃんと日付管理されていますね。あのダーク・エルフたちはマメなようです」

 クランペットが小さく笑みを浮かべた。

「あまり魚は得意ではなようで、肉しかありません。スープにでもしましょうか」

 クランペットが調理を始めると、なにもいっていないのに、パステルが補助に入った。

「い、いいコンビかもね」

 私は苦笑した。

「あの、いつからクランペットが料理番に。あまり得意ではなかったはずですが……」

 アリサが目を丸くした。

「うん、いつの間にかそうなってたよ。昔はしらないけど、今は美味しいよ」

 私は笑った。

「そうですか……。信じられません。塩と砂糖の区別もつかなかったのに」

「それビスコッティだよ。見た目はいいんだけど、食べて悶絶するという……」

 いきなり誰かが私の首を掴んだ。

「師匠、誰が悶絶するんですか?」

 ビスコッティが額に怒りマークを三つ浮かばせて、私の首を掴む手に力をいれた。

「あら、ビスコッティは相変わらずですね。ケチャップばかり使うから、味覚障害をおこすのです。反省して下さい」

「うっ、アリサにいわれると、反撃できない……」

 ビスコッティは私の首根っこから手を離し、その場にしゃがんで床にのの字を書きはじめた。

「私だって料理が美味くなりたいですよ。でも、実家は買ってきた方が早いって、ほとんどテイクアウトだったんですよ。これで、上手くなるわけがないです」

「そうだったんだね。よしよし」

 私はブツブツいっているビスコッティの頭を撫でた。

「師匠……アリサのご飯は美味しいです。ただ、その場で見つけた食材で即興料理は出来ません。これを出来るのがクランペットなんです。なので、現在最強なのがクランペットなんです」

 ビスコッティがため息を吐いた。

「ビスコッティはともかく、クランペットの癖に生意気です。ちょっとみてきます」

 料理のいい匂いが漂う中、アリサがキッチンに向かった。

「……仲悪かったの」

「師匠、違いますよ。私たちお姉さんチームが、散々ボコボコにしていただけです。とても仲良しですよ。そうでなかったら、一緒にこないかと……」

 ビスコッティが笑った。

「……ボコボコが愛情表現か。気をつけよう」

「はい、そうですね」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「携行食の干し肉を使うんですか。塩辛くて堪らないですよ」

「だから、軽く湯通しして塩味を抜くんです。すぐ出来るので、テーブルでどうぞ」

 クランペットが邪魔クソそうにいって、アリサを追い払った。

「……ムカつきます。クランペットのくせに」

 ブツブツいいながら椅子に腰を下ろした。

「やれやれ……」

 ビスコッティがアリサの隣に座り、愚痴に付き合い始めた。

 しばらくして、クランペットがキッチンから皿に盛り付けたスープを、各テーブルに運びはじめた。

「どうぞ」

 アリサの愚痴が終わった頃を見計らって、私は空いていたビスコッティの横に座った。

 すぐにクランペットが皿を持ってきて、私たちの前に置いた。

 全員に皿が行き渡ると、私たちはささやかな食事タイムに入った。

「美味しいよ、これ!!」

「はい、美味しいですね」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「だから、ムカつくんです。私も料理の練習をしなくては」

 アリサが納得いかないといった感じで、またブツブツはじめた。

「これは止まらないです。師匠は寝たいときに休んで下さい」

 テーブルにはお酒も並べられはじめ、私はそのテーブルから離れた。

「あれ、飲まないの?」

 外を巡回してからきたらしく、犬姉が笑った。

「今は飲みたい気分じゃないや」

 私は笑った。

「今はリズと交代したところ。もう一人欲しいから、アリサを使うか」

 アリサが少しお酒を飲んだところで、犬姉が声を掛けた。

 すると、まるで弾かれたかのように椅子から立ち上がると、ハンモックの上に置いてあったサブマシンガンを手に取って、犬姉に敬礼した。

「敬礼はいいって。コースはこれ。一周一時間くらいかな」

「はい、分かりました」

 アリサは別の空きテーブルに移動して、地図を読み始めた。

「よし、みんな皿を洗って……あれ」

 クランペットが、次々と運ばれてくる皿を食洗機に入れ一番最後になった自分の皿を入れると、蓋を閉めて洗浄を開始した。

「満載にはほど遠いので、すぐ洗い終わるでしょう。先に休んで下さい」

 クランペットが笑みを浮かべた。

「分かった。ビスコッティ、私は寝るよ」

「はい、分かりました」

 お酒を飲みながら、ビスコッティが笑みを浮かべた。

「私たちは交代で寝るから安心して。おやすみ」

 時計はすでに朝六時を回り、周囲が明るくなってきたが、私はハンモックの一つに潜り込み、静かに目を閉じた。


「師匠、お昼ですよ。そろそろ起きて下さい」

 ビスコッティに揺り起こされ、私は目を覚ました。

「……えっ、昼?」

 慌てて腕時計をみると、十一時半を回っていた。

「なんで起こしてくれないの!!」

 私は慌ててハンモックから飛び下り、ビスコッティに右ストレートを放ったが、簡単に避けられた。

「起こしましましたが、どうやっても起きなかったのです。パトラとキキは魔法薬の原料を探しにいっていますし、リズとアリサは外で特訓しています。危ないからと止めたのですが、パステルとマルシルは島を探索しています」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「あれ、犬姉は?」

「恐らく、射撃練習場です。いってみますか?」

 ビスコッティが車のキーを見せた。

「そうだね。他にやる事もないし」

「では、行きましょう」

 私とビスコッティは家を出た。


 外に出ると、マルシルが敷いた石畳の上で、リズとアリサが取っ組み合いの喧嘩状態で練習していた。

「まだ甘い!!」

 リズがアリサを蹴り飛ばし、得意げな笑みを浮かべた。

「あっ、スコーン起きたんだ。こっちは快調だよ!!」

 リズが笑った。

「はい、ボロ負けです……」

 アリサが肩を落とした。

「アリサはどうしても近距離は……。これから射撃練習場に行きますが、どうしますか?」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「当然行くよ。待ってて、ライフル持ってくる」

「私もいきます」

 リズとアリサが家の中に入っていった。

「私はこれか……」

 腰の後ろに差しこんであったデザート・イーグルを抜いて、笑みを浮かべた。

「師匠に扱えるか心配です。ダメなら私が使いますからね」

 ビスコッティが笑って、車のエンジンを掛けた。

 リズとアリサが椅子とはいえない後部座席に座ると、ビスコティは車を出した。

 未舗装の悪路をいくうちに、ファン王国海兵隊の演習場のフェンスが見えてきた。

「もうすぐです」

 ビスコッティの声と共に白い大きな建物が見えてきた。

 車は大きな建物の敷地に入り、駐車場に入って止めた。

「また、やたらと立派な建物が建ったねぇ」

 私は苦笑した。

「この規模なら、へカートⅡが撃てるかもしれないです。なにしろ、撃てる場所が限られているので」

 アリサが笑みを浮かべた。

「撃てますよ。二千五百メートルのレンジが三本ありますので」

 ビスコッティが笑った。

「ずいぶん本格的ですね。楽しみです」

 アリサが笑った。

「なにしろ、ファン王国海兵隊の仕事です。半端なものは作らないでしょう」

 ビスコッティは車のエンジンを止めた。

「こりゃまた驚いたね。もっとヘボいのを想像してたよ」

 リズが笑った。

 白い大きな建物は立派で頑丈そうに作られていて、銃声がここまで響いてた。

「では、行きましょう」

 私以外は対物ライフルを持ち、肩から下げて練習場の出入り口に向かった。

 防弾グラスと思われる分厚く重い扉を押してあけると、ブースの分だけ屋根が付いた、立派な射撃練習場の景色が広がった。

「すっごいね、早く入ろう」

 中に入った私たちは、まず拳銃の空きブースを目指した。

 戦闘服を着た軍人の中を横切っていくと、ようやく空きブースが見つかった。

「ふぅ、思ったより混んでるね」

 私は苦笑した。

「任務につくか、逆に帰ってきた連中でしょ」

 犬姉が笑った。

「私は練習します。近距離がダメなど、警備隊員として失格です」

 アリサがブースに入り、犬姉が同じブースに入った。

「さて、まず構えからみようか」

「はい……」

 犬姉が指導役になって、どうやら拳銃のレクチャーが始まったようだった。

「よし、こっちもはじめようか。

「師匠、怪我してもしりませんよ」

 リズとビスコッティが私にくっついてブースに入った。

「よし、見てるから一発撃てみて。距離は二十メートルでいいか」

 リズが手元の操作盤を弄るとモーターの音が聞こえ、ターゲットが離れていった。

「よし、二十メートルだよ。その銃にとっては短い距離だけど、慣れてないと当たらないよ!!」

 リズが笑みを浮かべた。

「ビスコッティは当たる?」

「さぁ、どうでしょうね」

 ビスコッティが勝ち気な笑みを浮かべた。

「……当たるんだ。絶対当たるって自信があるんだ」

 私は小さく息をを吐いた。

「ビスコッティ、まるでプロみたいな顔だよ。引退したんだから、その怖い顔はやめさない!!」

 リズが笑った。

「あら、怖かったですか。敵を前にしたらこうです」

 ビスコッティが素早く拳銃を抜き、ターゲットに向かって派手に連射した。

「おや、先に撃っちゃったね。どれ」

 リズが笑ってターゲットを手元に寄せた。

 人の形をしたターゲットのうち、弾痕が頭に集中していた。

「さすがだね。引退しても腕は錆びてないか……」

  リズが口笛を吹いた。

「それは、トレーニングは毎朝やってますからね。このくらい出来ないようでは、師匠の護衛になりません」

 ビスコッティが珍しく自慢げにいった。

「さて、お次はスコーンだね。コイツを張り替えて……」

 リズが穴だらけの板にターゲットの紙を貼り付けて、再び二十メートル先に送り出した。

「スコーン、構え方は覚えてるでしょ。強烈な反動がくるから、覚悟してね」

 私は頷き、デザート・イーグルを構えた。

「いくよ」

 私は自分自身に声を掛け、ターゲットの頭を狙って撃ったが、大きく右に着弾してターゲットの紙に大穴を開けた。

「やっぱり難しいね。あと四発入ってるから、連射しようかな……」

「甘い。最初は一発ずつ丁寧に。へんな癖が付いちゃうよ。

 リズが笑った。

「一発ずつか……。また頭を狙うか」

「ヘッドショットなんて、狙えるほど銃に馴染んでないよ。体のどこでもいいから、当てるところからだね。このじゃじゃ馬を扱うのは簡単じゃないよ!!」

 私は頷いて、まずは心臓を狙った。

 引き金を引くと、凄まじい衝撃が襲いかかってきて、私はなんとかそれを押さえ込んで、なるべく銃身が跳ね上がるのを最小限に留めた。

 私が撃った銃弾は心臓からは外れたものの、ちょうどお腹の辺りに大穴を開けた。

「おっ、早速覚えてきたね。丁寧に一発ずつだよ」

 私は頷き、無心でデザート・イーグルを撃ちまくった。

 段々狙った場所に当たるようになり、ついに一番当てたかった頭をぶっ飛ばした。

「リズ、ビスコッティ。頭を撃ち抜いたよ!!」

 私は思わず声を上げた。

「師匠、あくまでも撃つのはここだけです。それ以外はガードします」

「へぇ、ビスコッティ。大した自信じゃん!!」

 笑みを浮かべたビスコッティに、リズが苦笑した。

「この仕事、それくらいの自信がないと出来ません」

「自信だけあってもねぇ。腕比べしよう。ターゲットまでの距離は五十メートルに変更して、弾は一発だけ。どう?」

「売られた喧嘩は買いますよ。いいでしょう」

 ビスコッティが私を押しのけ、なんか妙な空気を放ちながら準備を始めた。

「び、ビスコッティ。怒っちゃったの?」

「いえ、試されるような事をされると、燃えるもので。怒ってはいませんよ。どちらが先に撃ちますか?」

「うん、私が先行でビスコッティが後攻でいい?」

「構いませんよ。準備が出来ました」

 ビスコッティがベレッタを手に笑みを浮かべた。

「こっちも出来てる。学校用はカスタムしてないドノーマルだよ!!」

「私も弄っていません。そこは安心して下さい」

 リズとビスコッティが拳を撃ち合わせた。

 リズが机上のボタンを押すと、二十メートルとは桁違いに遠いように見える距離でターゲットが止まった。

「五十メートルって、こんな遠いんだ……」

「はい、師匠。これを拳銃で撃ち抜くんです。一番扱いづらい火器が拳銃といわれる所以です。パワーがないので遠いと真っ直ぐ飛びませんし、撃った反動を銃が吸収してくれないので、どうしても狙った場所から外れてしまう。それを克服するために、こういった練習場があるんです」

 ビスコッティが笑みを浮かんだ。

「そうそう、雨の日なんて最悪だよ。当たらないんだ、これが!!」

 リズが笑った・

「それじゃ、はじめるよ。勝敗でどうしろって話じゃないけど、ビスコッティだって今の実力を知りたいでしょ」

 笑みを浮かべたリズの表情が、次第に無表情になっていった。

 ホルスターから勢いよく銃を引き抜くと、狙った素振りもなく一発撃った。

 リズがターゲットを戻すと、綺麗に頭を撃ち抜いていた。

「やりますね。さすがです」

「これでも落ちたよ。最近は狙撃ばっかりで、拳銃を抜く速度が遅くなってる。こりゃいかんな」

 リズが苦笑した。

「スコーン、よくみていた方がいいよ。ビスコッティが本気になるときなんて、滅多にないから!!」

「そうなんだ。怖いなぁ……」

 銃をホルスタに収めた瞬間、ビスコッティ特有のホンワリした空気が消えた。

 代わりに伝わってきたのは、まるでトゲのような殺気だった。

 ターゲットが移動し、五十メートルで止まると同時に、ビスコッティは銃を抜いて引き金を引いた。

「おっ、お見事か」

 リズがターゲットを戻すと、ビスコッティが小さく息を吐いた。

「うぉ、眼球一発じゃん。これぞ、ブルズ・アイってね!!」

「たった一発で始末するなら、ここが一番です。もっとも、実践的ではないですが」

 いつものホンヤリした空気のビスコッティが笑みを浮かべた。

「確かに、動きがある以上的当て通りにはいかないけど……ここでの勝敗はビスコッティかな」

「どうですかね。師匠に決めてもらいましょう」

 リズが笑い、ビスコッティが笑みを浮かべた。

「えっ、私!?」

「はい、護衛の査定です。リズもいつの間にか護衛チームになっていますから、当然クライアントの評価は気になるところでしょう」

「ビスコッティ、あたしは最初から護衛なの。恋心持っちゃうくらい、調べたんだからね。さて、どっちの勝ち?」

 ビスコッティとリズがにじり寄ってきた。

「わ、分からないよ。どっちも凄いから、引き分け!!」

 私は慌てて叫んだ。

「師匠、正解です。これで私が現役なら、じゃあ、勝負しようかって展開になるかもしれませんが、私は辞めた身ですからね。師匠が引き分けなら引き分けです」

「なんだ、ノリであたしの負けかと思っていたよ。なぜか、こういう勝負で勝ったことがなくてさ。引き分けなら勝ち!!」

 リズが笑った。

「そういえば、隣が静かだね。寝てるわけじゃないと思うけど……」

 リズが隣のブースをのぞき込むと、笑い声を上げた。

「銃の構造からやってるよ。理屈っぽい犬姉らしいけど、アリサだってプロだったんだから知ってるだろうに。可哀想だねぇ」

 リズが苦笑した。

「まあ、構造を知らないと話にならないですが、今ここでやる事では……」

 ビスコッティが苦笑した。

「しょうがない、落ち着かせるか……」

 リズは金属製の犬笛を取り出し、思い切り吹いた。

 人間の耳では聞こえない周波数の音のに、なぜか犬姉が反応してこちらを振り向いた。

「なんじゃい、今いいところなんだから!!」

「あのさ、ここ射撃練習場だよ。座学はあとにして撃った方がいいと思うけど」

 リズが苦笑混じりにいうと、犬姉がハッとした表情を浮かべた。

「いけね、悪癖がでた。そっちはなにやってたの?」

「スコーンが二十メートルで、ついにデザート・イーグルでヘッドショット決めたよ。あとはビスコッティと腕比べ!!」

 リズが笑うと、犬姉が笑った。

「そっか、スコーンは二十メートルか。いうことないね。私としては、リズ対ビスコッティが気になるね。どうせ、いつも通りリズの負けなんでしょ?」

 犬姉が苦笑すると、リズは胸を張った。

「審判のスコーンが引き分けだっていうから、引き分け!!」

「おや、珍しい。まあ、これからこっちも撃つから、様子を見てて!!」

 犬姉が分解していた拳銃を元通り直し、アリサに手渡した。

「苦手なんだよね。じゃあ、十メートル。これでも難しいよ!!」

「はい、分かりました」

 ターゲットが動き、カチッと止まると、アリサは拳銃を構えた。

「まずは撃ってみて!!」

「はい、近いですね……」

 アリサが引き金を引き、ターゲットの人型マークとは全く違う場所に命中した。

「……はい、いつもこれで」

「こりゃ、気合い入れて直すしかないな。構えはしっかりしてるのに、なんで当たらないか……目を閉じたりしてない?」

 犬姉が笑みを浮かべた。

「……かもしれません。遠距離射撃はそれほどじゃないのですが、近いとうっかり目を閉じてしまう時があると、誰かに指摘された事があります」

 アリサがため息を吐いた。

「だったら、目を開けるようにトレーニングするしかないじゃん。何度でもやってみな」

「はい、よろしくお願いします」

 アリサが銃を撃ち始めたが、弾丸が命中するのは人型から大きく外れたところばかりで、どうにもならない様子だった。

 それでも弾薬箱をいくつか消費した頃、ついに左腕にヒットした。

「あっ、当たった……」

「まあ、これじゃ軽い怪我だけど、当たらないよりいいでしょ。もっとやってみな」

 犬姉が笑みを浮かべた。

「はい、えっと……」

 なんとなく自信なさそうに、アリサはマガジンを入れ替え、また撃ち始めた。

 そのうち精度が上がっていき、余裕で頭を撃ち抜けるようになった。

「へぇ、やるね。長い経験で付いた癖って、なかなか直らないもんなんだけどね」

「これで短距離でも大丈夫などと、調子に乗ったりしませんが、一つ課題をクリアしました。ある意味、たったこれだけだったんですね」

 アリサが苦笑した。

「それが癖になったって事は、血なまぐさい事は嫌いなんでしょ?」

「はい、ビスコッティと同じで、家業だからやっていたという感じです。二人でコンビを組んで、よく暴れていました」

 アリサが笑った。

「家業ねぇ。まあ、簡単に逃げられんか。今は自由だろうけど、警備隊でいいの? このところ平和だけど、血なまぐさい事もあるよ」

「学校を守るためですよね。そこに生き甲斐を感じます。だったら、戦えると」

 アリサが笑みを浮かべると、犬姉は小さく笑った。

「今は学校じゃなくて、スコーン一味を守るって任務に変わったけどね。リズ公も早くお付きの警備隊員を付けろ。怒られてるんだぞ!!」

 犬姉が笑った。

「だから、場所がないんだって。まさか、ずっと立ちっぱなしってわけにはいかないでしょ。気が散ってしょうがない!!」

「ったく、しょがないな……。よし、もうコツを掴んだだろうし、次は長距離レンジに行くか」

 犬姉が肩にバレットを下げて笑った。

「はい、お待ちかねです」

 アリサがへカートⅡを背負い、笑みを浮かべたビスコッティが、やはり持ってきていたへカートⅡを肩に下げた。

「あっ、私だけないよ!?」

 今さらながら、自分が対物ライフルなど持っていないことに気が付いた。

「師匠が持っていても意味がないので、あえて避けていたのです。身の回りの敵だけ攻撃して下さい。これは、全員一致だと思いますよ」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「まあ、脅威を近づけないのが私たちの仕事だから、時にはこんなイカレた銃が必要になるんだけど、スコーンは持ってもアサルト・ライフルだね。極力、私たちが近寄らせないから、ダメだった相手を倒して欲しいんだ。どうしても、後方が狙えないからさ」

 犬姉が小さな笑みを浮かべた。

「分かった。それでビスコッティが、市場の売り場に連れていってくれないんだね」

 私は苦笑した。

「スコーンだけ暇になっちゃうね。気が利いた店があるわけじゃないし、悪いけど後のベンチに座って眺めてて!!」

 犬姉が笑みを浮かべた。

「うん、見学してる」

 私は小さく笑った。

 こうして、私たちは対物ライフルが撃てるレンジに移動した。


 そのレンジは、とんでもなく長いものだった。

「重機関銃の弾丸を使うから、射程が凄まじく長いんだよ。だから、撃てる場所が少なくてさ」

 犬姉が笑った。

 リズとアリサが準備を始め、ビスコッティが自販機でドクぺを三本買ってくれ、私が座ったベンチの隣に置いた。

「あれ、あの米粒みたいなのターゲットかな」

 レンジの向こうには米粒にしか見えないターゲットが置かれ、終点には高く厚く盛り土がしてあった。

「私が知らない世界だなぁ」

 などとノンビリしていると、他に空きベンチはいくらでもあるのに、どこにでもいそうな男性が隣に座った。

 まあ、変わり者だろうと思っていると、男性がそっと動き、小型拳銃を私の脇腹に押しつけた。

「……」

 私は小さく息を吐いた。

「……落ち着いているな。慣れているのか。なら、話は早い。気付かれないように、ここから出てもらう。変な動きはするなよ」

 私に拳銃を押しつけたまま立ち上がった男と一緒に立ち、私は射撃練習場から出た。

 外には車が一台エンジンを掛けたままで待機していて、私は男と一緒に後部座席に乗せられた。

「……三人か」

 運転席と助手席に一人と私の合計四名が乗った車は、静かに走りはじめた。

「どこの誰かは聞くなよ」

 助手席の男が低い声でいった。

「そんな野暮な事聞かないよ。訛りでファルス王国だって分かる。このファン王国とは犬猿の仲なのに、よくきたね」

 私はさりげない手つきで、胸ポケットの無線機に付いている緊急通報ボタンを押した。

「ファン王国と魔法は別だ。十分過ぎるほどの価値があるからな。そこで攻撃魔法を専門にしているとなれば、誰もが欲しがるだろう。この島に潜伏して数ヶ月。やっとこれで母国に帰れるな」

 男は小さく笑い、拳銃をそっと収めた。

「決して快適とはいいがたいが、船の用意がある。じっとしていれば、縛るような事はしない。我が国初の魔法学校の教員だからな」

 隣の男が笑った。

 道などないような森を器用に走っていくと、クソボロい船が見えてきた。

「あの船だ。元は小型貨物船だったのだが、いかんせん古くて廃船になる予定だったものを買い取って使っている」

 私の隣の男が獰猛な笑みを浮かべた。

「ファルス王国は資源もないし、常に財政赤字だもんね。使えるものはなんでも使えってことでしょ」

 私は苦笑した。

「まあ、そういう事だ。故に魔法が欲しい。そうすれば、このファン王国と同様に列強の国々の圧力を跳ね返せる。これが、本音だよ」

 男が苦笑した時、車の左側で爆発が起き、そのまま横転した。

「くっ、伏兵か!!」

 一瞬時間が止まった隙を見逃さず、私は拳銃を抜いて隣の男の頭に穴を空け、ヘッドレスト越しに一発撃って黙らせてから、運転席の男の頭に銃弾を叩き込んだ。

「ふぅ、嫌だねぇ……」

 返り血でドロドロになった服を見て、私は苦笑した。

「大丈夫ですか?」

 後部座席の割れた窓ガラスの向こうから、パステルの声が聞こえた。

「うん、私は大丈夫。外から扉を開けてくれる。中からじゃ無理だから」

「はい、やってみます」

 車の回転方向が良く、天井が左側の私が座っていた席の扉が天井になっていた。

 ギシギシと音が聞こえ、歪んだ扉が開くと、上からロープが投げ落とされた。

「上れるかな。苦手なんだよね……」

 私はロープを掴んで、なんとか上に上り、パステルとマルシルの熱い抱擁を受け止めた。

「どうしてこの車を?」

「はい、冒険を探していたら、見慣れない車が森林地帯を進んでいくのが見えて、無線の緊急警報と一緒にして考えたらこれしかないと、AT-4の至近弾で横転させたんです。撃ち合いを覚悟していたのですが、全て自分で叩きのめすとは、さすがです」

 パステルが笑みを浮かべた。

「はい、たまたま近くを探索中でよかったです。私はなにも出来なかったですが」

 マルシルが苦笑した。

「そろそろお昼です。一度家に帰りませんか?」

「うん、そうしたいけど、ビスコッティたちがくるかもしれないから、待ってようかなって思ってる」

 私はインカムのトークボタンを押した。

「……このインカムに気が付かないくらい、慌てていたんだね」

『師匠、緊急警報を受信しましたが、どうしました?』

 無線機から戸惑いの声でビスコッティの声が聞こえた。

「ファルス王国の連中にさらわれかけたけど、たまたま近くにいたパステルとマルシルに助けてもらったよ」

『そ、そんなバカな。この島は空路はもちろん、船でも容易に接近出来ないようになっているんです。それなのに……』

「いたんだからしょうがないよ。射撃場から多分北方向に向かって車で数分だよ。もうお昼だし、一度家に帰ろうって思ってるんだけど、どうする?」

『迎えにいくに決まっているじゃないですか。今師匠を探しにいこうと、皆で外に出たところです。信号弾をあげて下さい!!』

「分かった」

 私は腰に下げているグレネードランチャを取り、信号弾を装填して空に向かって打ち上げた」

『樹木で見づらいですが、発光を確認しました。これから向かいます』

 私はグレネードランチャを腰に戻した。

「迎えにくるって。一緒に帰ろうか」

「はい、ありがたいです。マッパー失格ですが、道に迷っていました」

 パステルが笑った。

「そりゃ、誰にも失敗はあるよ。それにしても、この服なんとかならないかな。気持ち悪い……。自動で洗浄されるのは知ってるけど、それがいつのことだか……」

「私もよく知らないです。便利だと思いますが、洗浄されるのは服だけですし、シャワーで汚れを落としてから、着替えるのがいいと思います」

 マルシルが笑みを浮かべた。

「まあ、着替えは持ち歩いてるし、それで問題ないんだけどね。この島も物騒になっちゃったら嫌だな」

 私は小さく息を吐いた。

「一人で出歩くなとしかいわれないと思いますよ。この島は希少な動物や植物の宝庫ですし、所有者はスコーンさんです。勝手になにも出来ませんから」

 パステルが笑った。

「はい、ここはスコーンさんの庭です。どうしようが、スコーンさんの考え一つですが、出来ればなるべく環境に配慮して欲しいです。この島は本当に希少な動植物の宝庫なんです。島の約半分はファン王国海兵隊が使っていますが、そこですらなるべく生態系に影響がないように運用されています。これ以上の派手な開発は、出来れば避けて欲しいですね」

 マルシルが笑みを浮かべた。

「まあ、特に予定はないし、やるとしても港の整備くらいかな。ボロいんでしょ?」

「はい、何度か見ていますが、お世辞にも綺麗とはいえませんね。ご飯を食べたら、見にいってみますか?」

 パステルが笑みを浮かべた。

「そうだね、どれだけクソボロいか、一回いってみたかったんだ」

 私は笑った。

 などと立ち話をしてると、木や岩にぶつけたか、ベコベコに車体をヘコませた小型軍用車が到着した。

「スコーン!!」

「師匠!!

 声を上げながら軍用車から飛び下りたリズとビスコッティが、私たちと横転した車の間に立って、さながら壁のようになった。

 その間に、運転席から飛び下りた犬姉が慎重に車を上って、さっき開けた扉から中をのぞき込んだ。

「死亡三、クリア。全員しんでるけど、所持品を調べてみよう」

 犬姉が無理やり私の隣にいた男性の死体を持ち上げ、手伝いに回ったリズが引っ張りだした。

「スコーン、ごめん。気が付かなかった。死体を車から蹴り落とした犬姉が、小さくため息を吐いた」

「いいよ、後に目があったら怖いもん。そいつらの話しによると、ファルス王国に魔法学校を作るんだって。それで、教師として私が欲しかったみたい」

 私は苦笑した。

「冗談でしょ。ファルス王国は嫌魔法国家だよ。嘘ならもう少しまともな嘘を吐けっての!!」

 犬姉が笑い、助手席と運転席の死体を車外に放り出す作業に戻った。

 程なく作業が終わり、犬姉、アリサ、リズが死体のポケットを漁りはじめた。

「パスポートはあるけど、偽名なのはお約束だよね。あとは財布となんだこれ?」

 犬姉が死体のポケットから、なにやら血塗れの紙を引っ張り出した。

「なになに、オペレーション・ウルズ実施計画だって。普通、こういうのは出撃前に頭に叩き込んで、持ちあるい歩いたりしないよ。素人か!!」

 犬姉が笑った。

「……これ、リズを狙った作戦だよ。私は餌だったのかな」

 私は苦笑した。

「はい、その可能性が高いです。人質がいた方が、こちらは不利ですからね」

 アリサがため息を吐いた。

「なに、またあたしか。最近多いんだよね、なぜか狙われるらしい」

「リズ公は昔からそうだもんね。やたら狙われるんだよ。退屈しなくていい!!」

 犬姉が笑った。

「ったく、今度は何用だか知らないけど、スコーンを人質に取ろうという根性が気に入らん。正面からこい!!」

 リズが笑った。

「それにしても、スコーンさんもなかなかやりますね。狭い車内で三人を片付けてしまうとは」

 アリサが笑みを浮かべた。

「このくらいは出来る訓練は受けてるからね。いい迷惑だけど、たまには役立つよ」

 私は笑った。

「そうですか。私は苦手なので、訓練が必要です。学校中で用もないのに、対物ライフルなんて持てませんからね。警備隊員は目立たない方がいいんです」

 アリサが笑った。

「まあ、確かにそんなデカい銃は邪魔だよね。拳銃くらいにしておかないと」

「その拳銃も、可能な限り装薬を減らした低威力版なんだよ。だから、離れた場所は狙っても滅多に当たらないんだ。この意味分かるかな。よほどの事がない限り、使うなって事なんだよ。ほとんどが喧嘩の仲裁だからね」

 犬姉が笑った。

「そうなんですね。喧嘩の仲裁ですか……」

「うん、だいたい警備隊員が近寄れば止めるけど、警告の笛を吹いても聞かない場合は、間に入ってどっちも張り倒す。ただそれだけだよ。武装はしてるけど、これを使ったどうなるかはみんな知ってるから、馬鹿野郎は滅多にいないし、せいぜい間違ってぶん殴られるくらいだよ。それをやったお間抜けちゃんには……分かってるね」

 犬姉が笑った。

「はい、ぶっ倒すですね」

「そういう事。間違っても、銃やナイフは使っちゃダメだよ」

「はい、分かりました」

 犬姉がアリサにお説教している間に、リズとビスコッティが男たちの服を脱がせてまで調べはじめた。

「そ、そこまでやるの!?」

「はい、師匠。なにを隠しているか分かりませんからね。終わったら車と一緒にC-4で爆破します。弔う義理はありません」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「ぶっ飛ばしちゃうの。せめて、埋めようよ」

「師匠、任務に失敗した工作員の最後など、こういうものですよ。私もまだ現役だった頃は、常にこれが怖かったのです。ここはプロの流儀にしたがって、跡形もなく消し飛ばします」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「な、なんか知らないけど、大変な仕事だって事は分かったよ」

 私は苦笑した。

「スコーンさんには、向いていない仕事かもしれないですね。きっと、ストレスで長持ちしません。優しいですから」

 アリサが笑った。

「やる気ないよ。頼まれても嫌だな。ここで、やるなんていったら、ビスコッティにビシバシされちゃうよ」

 私は笑った。

「はい、もちろんビシバシします。さて、特に怪しいものは持っていないようですね」

「うん、ならいいや。もう用はないからぶっ飛ばそう。パステルって常にC-4を持ち歩いてるって聞いてるけど、今も持ってる」

 犬姉がパステルに問いかけた。

「はい、持っていますよ。出かける時は、必ず三つくらいは持って出ます」

 パステルがブロック状のC-4を三つ出した。

「三つじゃ多いか……。それもらえる?」

 犬姉が笑みを浮かべた。

「はい、どうぞ」

 犬姉はパステルがらC-4を受け取ると、自前のケーブルを出して仕掛けを作りはじめた。

「アリサ、これもトレーニングだよ。エレベータとか、どっか閉じ込められた人が出た場合、最後の手段で爆破する事もあるから。この辺は、教本に書いてあるから、真面目に読んでおいてね。C-4は威力が凄いから、失敗は出来ないからね」

「はい、分かりました」

 アリサが頷いた。

「さて、二つじゃ贅沢だけど、このポンコツ軍用車は最新型で固いからね。みんな離れて伏せて!!」

 犬姉にいわれた通り、私はビスコッティに手を繋がれ、適当な場所で地面に伏せた。

「さて、いく……」

「待って下さい。船に動きがあります」

 爆破スイッチを持っていた犬姉を、たまたま海側に伏せていたアリサが止めた。

 犬姉が素早く移動し、一度は伏せた私もまた立ち上がって、海側が見える場所でそっと身を潜めた。

 船の貨物室のハッチが開けられ、甲高い魔力エンジンの音が聞こえた。

「この音は……三発エンジンのヘリか。パステル、スティンガー持ってる?」

「はい、あります」

 パステルが肩に下げていた武器から筒状のなにかを取り出して、アンテナのようなものを開いた。

「数は一機だよ。恐らく、工作員との定時連絡が取れなくなって、第二案に移ったんだと思う。ここは、撃墜しておかないと」

 犬姉は笑みを浮かべた。

「島を監視しているイージス駆逐艦に連絡しました。この船はレーダーで捉えているそうで、一般の貨物船だと誤認していたようです。まもなく、ハープーンが飛んできますよ」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「よし、これで問題ないね。パステル、スティンガーなんか滅多に撃たないだろうけど、オペレーションは大丈夫?」

「正直、不安です!!」

 パステルが笑った、

「じゃあ、貸して。一撃でもずく……コホン、藻屑にしてやるから」

 パステルからスティンガーを受け取った犬姉が、立ち上がってなにやら弄り始めた。

「ビスコッティ、スティンガーってなんだっけ?」

「携帯用サイズの地対空ミサイルです。ちなみに、意味は毒針ですよ」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「地対空ミサイルなんか持って、パステルはどこに行こうとしたんだろ?」

「さぁ、分かりませんねぇ」

 ビスコッティが小首を傾げた時、貨物室から一機の輸送ヘリが飛び立った。

「武装満載じゃん。こりゃいい!!」

 犬姉はスティンガーを構えたままヘリを追い、やがてピストル状の引き金を引いた。

 パキッと乾いた音が聞こえ、辺りにひんやりした空気をまき散らすと、スティンガーの弾体が上空向けてオレンジ色の炎を引いて飛んでいった。

 すぐに回避行動を取ったヘリだったが、たくさん武装を積んでいるせいか動きが緩慢で、犬姉が放ったミサイルが直撃して爆発した。

「よし。みんな伏せて!!」

 犬姉の声に、私は慌てて地面に伏せた。

 瞬間、遠くから飛んできた何かがオンボロ貨物船に直撃し、派手な爆発と共に船体を真っ二つにして、一撃で轟沈させた。

「師匠、ハープーンの一撃です。着弾を見るのは初めてでしたが、二百八十キロ離れていても、ちゃんと当たるものですね」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「ハープーンってなんだっけ?」

「歴史ある艦対艦ミサイルです。カリーナに配備されているのは、最新型にアップデートされたもののはずですが、特別な演習でもない限り、普段の訓練では実弾は撃たないので、私もみるのは初めてだったのです。一撃でバッキリへし折りましたね。ポンコツとはいえ、貨物船を」

 ビスコッティが笑った。

「さて、邪魔っ気なものがなくなったところで、こっちも爆破して家に帰ろう。お腹空いたよ!!」

 犬姉が笑った。


 犬姉の運転で家に帰ると、窓が全て開けられ、白煙がモワモワ吐き出されていた。

「あー、パトラのヤツ。またはじめたな。ぶん殴ってくる」

 リズが助手席から飛び下り、家の中に入っていった。

「あれは魔法薬精製の湯気か。ならいいや」

 私は後部座席のみんなと地面に降り、犬姉は車を駐めにどこかにいった。

 そのまま家の玄関までゆっくり歩いて行くと、魔法薬らしいニオイも漂いはじめた。

「これだけ湯気が出るって、相当大きな装置だよ。なにを作ったか知らないけど……」

「そうですねぇ、ヤコウガイのニオイがするので、回復系の魔法薬ですね。危険度は低いです」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「ならいいや。変に爆発されても困るから」

 私は白煙溢れる玄関に入った。

 靴を脱ぐと、畳の上にブルーシートを張り、最低限の養生をした上にあがった。

「全く、場所を考えろ。ここは、スコーンの家だぞ!!」

 なかは白煙に満ちあふれていたが、視界が全く効かないというほどでもなく、すぐにキッチンでパトラをしばいているリズの姿が目に入った。

 家の中はガラス管だらけで、見えるだけでも幻想的ですらあり、ライトアップしたら綺麗かもしれないと思った。

「リズ、そんなに怒らなくても……」

「ダメ、これはあたしとの約束。研究室だけでなら魔法薬を研究していいって。じゃないと、どこでもこれで迷惑掛けちゃうから!!」

 リズが再びパトラを引っぱたきはじめた。

「もういいって、見てて可哀想だから……」

「じゃあ、もう十発!!」

 リズが平手から拳に変え、思い切りパトラの顔面をぶん殴りはじめた。

「うわ……」

「よし、分かったな!!」

 リズが小さく息を吐いた。

「分かったよ。そんなに怒らなくてもいいじゃん。魔力切れ対応の回復薬を人数分に足りるほど作るには、これだけの設備が必要だったんだよ」

「今やることじゃないでしょ!!」

 怒り狂ったリズと、ショボくれてしまったパトラの間にキキが入った。

「私も悪いんです。急いで作らなきゃっていってしまったので……」

「それを真に受けてやる方が悪い。パトラの方が先輩なんだよ。そこはハッキリしなさい!!」

「うん、分かったから怒らないでよ」

 パトラが小さく息をはいた。

「はい、お説教タイムはおしまい。これの作業は終わってるの?」

「うん、終わってるよ。冷えるのを待って片付ける準備をしていたんだ。三時間くらい掛かっちゃうかも……」

 パトラがなんともいえない表情をした。

「ほら、また迷惑だ。みんなの昼ご飯どうするの。ちゃんと計画して時間をみなさいって、毎日いってるよね。やっちゃったものはしょうがないけど……」

 リズは深いため息を吐いた。

「あっ、魔法薬はもう冷えて完成してるよ。一人につき百本作ったから。

「あ、あのね、魔力切れなんて、そうなるもんじゃないよ……」

 リズが苦笑した。

「おーい、このバカ教授が大量の魔法薬を作っちゃったぞ。百本だって。どうにか運べる?」

 リズがため息を吐いた。

「はい、私は持てますよ」

 アリサが呪文を唱え、空間に裂け目を作った。

「百本ごとにキャップの色を微妙に変えたから。これが魔法薬の瓶」

 パトラが私たちに手渡し、キキが百本ずつ揃えるという連携で、受け渡しはスムーズに終わった。

「師匠、これでいつでも魔力切れを起こしても平気です」

「……ヤダ。怠いから」

 私は苦笑した。

「それにしても、こんなに大量生産したら、キキも慣れたでしょ?」

「はい、いかに私が鈍くさくでも、これだけ作れば少しは手際がよくなります」

 キキが笑った。

「さて、昼ご飯どうしようか。家は使えないし、そもそも食材が携帯食しかないもんね。クランペット、どう?」

 私が問いかけると、陰が伸びてクランペットが姿を見せた。

「昼は比較的美味しいと評判のこの国のレーションで済ませて、夜に期待しましょう。機能の夜、ファン王国海兵隊に連絡して、食材を緊急手配してもらったのです。今日の夕方には到着するということなので、楽しみにしていてください」

 クランペットが笑みを浮かべ、箱入りのレーションを配りはじめた。

「まあ、急で何も持ってこなかったからね。失敗したなぁ」

 私は箱を開け、味気ないレーションで昼ご飯を済ませた。

「さて、これからどうする?」

 私がテーブルを囲んだみんなに問いかけると、それぞれが考える素振りを見せた。

「私は食材の受け取りがあるので、ここで待っています」

 クランペットが笑みを浮かべた。

「そっか、それもそうだね。他にある?」

「はい、大した事がないかも知れませんが、この近くに祠のようなものがありまして、だいぶ朽ちていたので、私とマルシルだけでは不安だったので、そのままにしてあります。よろしかったら、みんなでいきませんか?」

 パステルが笑みを浮かべた。

「祠といえば、神事に使う場所ですね。国教のアラドス教でしょうか?」

 アリサが不思議そうな顔をした。

「あるいは、地場信仰か。お宝はないと思うけど、暇つぶしにいってみるか」

 犬姉が笑った。

「私とキキは装置を片付けないと、また怒られちゃうな。いってきなよ」

 パトラが笑った。

「よし、結局午前とあまり変わらないけど、ビスコッティと犬姉にパステルとマルシル。リズは私と同時行動だね。暇な時間を楽しもう!!」

 私は椅子から立ち上がった。

「あの、血まみれですよ。シャワーは……」

 マルシルが遠慮がちにいった。

「あっ、いけね……。犬姉とビスコッティもシャワーだね。血が付いちゃってるから」

「はい、師匠。そうします」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「なに、面倒だなぁ。まあ、行けといわれればいくけど」

 犬姉が笑った。

「さてと……」

 私は呪文を唱えて空間に裂け目を作って、中から新しい制服セットとタオルを取り出した。

「頭から洗わないとダメだね。面倒だけど……」

 私はいくつかあるシャワー室に入り、シャンプーで徹底的に頭を洗った。

「ふぅ、あとはコンディショナー……」

 私はポンプ状の容器からコンディショナーを手に取り、さっと髪の毛に塗ってすぐに洗い落とした。

「あとは体か。丁寧にやらないと……」

 私はボディソープのポンプを数回プッシュして、手で肌を撫でるようにしてこれまた徹底的に汚れを流し落とした。

「はぁ、スッキリした。とっとと出よう」

 私はシャワールームを出てすぐにある脱衣所で髪の毛の水分を落とし、体を拭いた。

 仕上げにドライヤーで一気に髪の毛を乾かし、髪の毛を根元でシュシュで纏め、シンプルなポニーテールでテーブルに戻った。

「師匠、モジャモジャです……」

 ビスコッティが、髪の毛を弄りながら小さなため息を吐いた。

 元々天然パーマでモジャモジャのビスコッティの髪の毛だが、なにをどうしたのかさらにモジャモジャというか、芸術が爆発していた。

「な、なにやったの!?」

「普通に髪の毛を洗っただけですよ。なんでこうなったか……」

 ビスコッティがしょんぼりして、ため息を吐いた。

「ビスコッティ、それどうしたの?」

 ベリーショートでお手入れ簡単のリズが、ビスコッティに声を掛けた。

「はい、分かりません。ここまで爆発したのは、記憶を辿る限り初めてです……」

 ビスコッティが、ペタッとテーブルの上に顔をくっつけると、リズが笑った。

「この制服の便利機能を教えてあげるよ。こういう髪型がいいってイメージして、シャツの第三ボタンを押してみて!!」

「はい、こうですか……」

 ビスコッティが顔を上げて目を閉じ、シャツの第三ボタンを押した。

 すると、床に魔法陣が描かれ、一瞬でビスコッティがシルバーブロンドが綺麗なミドルにカットされた髪型になった。

「うわ、天然パーマまで直ってる!?」

 ビスコッティが目を丸くして唖然とした。

「カリーナにも美容院はあるけど、下手くそだし予約が一杯だしで、生徒一丸となって学校にこの機能が欲しいってガンガン押しまくった結果、生まれたのがこの機能だよ。隠し機能だから、普通は先輩からこっそり聞いて覚えるんだよ。どう、気に入った?」

 ビスコッティがやっと笑みを浮かべた。

「これはいいですね。いつでもイメチェン出来ます」

「でしょ!!」

 リズが笑った。

「……第三ボタン。これか」

 私も負けじとシャツの第三ボタンを押すと、床に魔法陣が描かれ、私はベリーショートの黒髪になった。

「よし、バッチリ」

 私は小さく笑みを浮かべた。

「あれ、スコーンは短くしたねぇ。あたしや犬姉の影響とかいわないでね」

「そうだよ。動きやすそうだし、一回やってみたかったんだ。これいいね。頭が軽いよ」

 私は笑った。

 そこに、外でなにかやっていた犬姉が帰ってきた。

「あれ、イメチェン大会でもやってるの?」

「きっかけは、ビスコッティの髪の毛が大爆発したからなんだけどね。スコーンが短くしたのは、あたしたちに憧れたらしいよ!!」

 リズが笑った。

「リズはともかく、私にまで憧れちゃったか。動きやすそうでいいねぇ」

 犬姉が私の頭を撫でた。

「よし、準備が出来たみたいだから、さらっと行ってみようか。パステル隊長、よろしく!!」

 犬姉が笑った。


 家を出た私たちは、パステルとマルシルに続いて、道なき道を歩いた。

 しばらく進むと、森に飲まれてしまいそうな、石を積み上げて作られた古ぼけた建物があった。

「ここです。崩れそうだったので中は見ていませんが、どうしますか?」

 パステルが私を見て問いかけてきた。

「えっ、私が決めるの!?」

「はい、私たちは助手です。決めるのはスコーンさんかと……」

 パステルが笑みを浮かべた。

「師匠、どうしますか?」

 ビスコッティが笑った。

「そういわれてもね……」

 私は崩れそうな建物の入り口をのぞき込んだ。

「……奥は見えないか」

 私は呪文を唱え、通路の奥を明かりの魔法で照らした。

 すると、痛んでいるのはこの入り口だけで、中はさほど痛んでいない事が分かった。

「大丈夫そうだね。パステル、ちょっと入ってみて」

「はい、わかりました」

 パステルが慎重に中に入り、カンテラを点した。

「異状なしです。ここまできてください」

 パステルの声に頷き、私は石造りの洞窟のような建物内に入った。

 外の荒れ具合と打って変わって、埃一つない床や壁が、ここが特別な場所である事を物語っていた。

「お疲れ!!」

 入り口からしばらく進んだ場所に立っていたパステルに、私は声を掛けた。

「お疲れさまです。皆さんを呼んでも大丈夫だと思いますが、どうでしょう?」

「そうだね、危険はなさそうだし、呼んでもいいね。みんな、こっちにきて!!」

 私が声を上げると、ビスコッティを先頭に、みんながゾロゾロやってきた。

「なにか感じます。強烈な力の塊です」

 マルシルが緊張の面持ちでいった。

「魔力に鈍い私でさえムズムズするけど、大丈夫なの?」

 犬姉が銃を抜いて、小さく呟いた。

「敵意ではないから大丈夫だよ。不思議な場所だね……」

 私はカンテラの明かりに照らされた壁面をみたが、傷一つない材質不明の壁を無性に剥がしたくなった。

「ビスコッティ、あれ!!」

「あれですか。なにに使うのやら……」

 ビスコッティが、背嚢からタガネとハンマーを取り出し、私に手渡してきた。

「さて……」

 私はタガネを壁に当て、ハンマーで思い切り叩いた。

 金属質の音が通路に響いたが、この程度ではビクともしないようで、傷一つ張らなかった。

「固いなぁ……」

「師匠、ダメです!!」

 ビスコッティが私にゲンコツを落とした。

「ごめんなさいは?」

「……ごめんなさい」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「これ、ワシらの住処を壊すでない。人が訪れるなど何年ぶりだろうな。もう少し奥にきてくれ。広場のようになっているから、分かりやすいだろう」

 洞窟の奥から、そんな声が聞こえ、私はビスコッティにしがみついた。

「なんかいる、なんかいるよ!?」

「はい、師匠。なんかいますね。なんだか分かりませんが、奥に行くべきでしょう」

 ビスコッティが冷静に答え、笑みを浮かべた。

「いよいよワクワクしてきました。話し方からして、明らかに人間ではありません!!」

 パステルがカンテラを片手に、笑顔を浮かべた。

「せっかくのお誘いです。ここは声に従うべきでしょう」

 アリサが頷いた。

「ダメだ。仕事柄の警戒心で、どうしても進めない。でも、いかないと損する気がするよ」

 犬姉が苦笑した。

「おーい、なにをしておる。別に取って食ったりしないぞ。他の三人も楽しみにしておる。広場はすぐ先だ」

 犬姉が顔色悪く、手にした拳銃をカタカタ震わせながら、それでも頷いた。

「大丈夫かな……。犬姉、怖かったら先に出てなよ」

「だ、大丈夫。未知の気配に体が拒否反応してるだけだから。ここで逃げたら、私のプライドが……

 犬姉が小さく深呼吸した。

「アハハ、犬姉の鼻がよすぎるのも問題だよね。まあ、プライドを掛けた以上、犬姉は大丈夫だよ。先に進もう!!」

 リズの声に私は頷き、パステルに頷いた。

「それでは、いきましょう。楽しみです」

 パステルが先頭に立ち、私たちはさらに奥に進んだ。

 しばらく進むと、確かに広場のような場所に出て、同時にそこが終点でもあった。

「うむ、よくきたな。なにもないが、歓迎しよう」

 私たちを呼んでいた声が聞こえ、広場の奥から子供サイズでヒゲを蓄えたお爺さん? が現れた。

「え、えっと……お爺さん?」

「まあ、年寄りではあるな」

 私の声にお爺さんが笑った。

「他の三名を紹介する前に、一つ話をしておこう。見たところ魔法使いが多いようじゃな。さすれば、四大精霊の事を知っているだろう。『火』はサラマンダー、『水』はウンディーネ、『風』はシルフ、『土』はノーム。名前くらいは聞いたことがあるだろう」

 お爺さんが私を見上げた。

「精霊の姿は有形無形、いかようにでも変えられることをご存じか?」

「そ、そうなの。みんな、魔物みたいにスケッチしてるけど……」

 私が返すと、お爺さんは吹き出した。

「おそらくそれは、精霊をないがしろにした愚行に、ブチ切れたところを描いたものだろう。精霊とて感情はあるからな」

「ぶ、ブチ切れた!?」

 私の声がひっくり返った。

「うむ、滅多にないがな。本来の姿などないが、客人と話すために姿を人間に固定した。ワシはサラマンダーじゃ。もうろくジジイの戯言ではないぞ。信じて欲しい」

「さ、サラマンダーが可愛いお爺さん!?」

「うむ、火吹きトカゲでは嫌であろう。まあ、あれもブチ切れた時の姿で、それが伝承になってしまってな。ちとやり過ぎたわい」

 お爺さんことサラマンダーが、派手に笑った。

「スコーン、多分マジだよ。さっきから探ってるけど、『火』の精霊力しかない。これって、あり得ないからね」

 リズがこそっと耳打ちした。

「こら、そこのお嬢。勝手に人の精霊力をみるでない。エッチ」

「え、エッチ……」

 リズがすっこけた。

「さて、これで分かったであろう。ここには四大精霊全てがいる。というか、閉じ込められてしまったのだ。今は分からぬが……確か千二百年ほど前になるが、今よりも遙かに魔法が発達した時代があっての、そのときにどっかのイカレ魔法使いに閉じ込められて、こんな目立たぬ島に幽閉されてしまったのだ。閉じ込められているだけで、我々の力は使えるから、状況は簡単に把握できた。しかし、本来は我ら四人が世界中均等に精霊力を振りまくはずが、この状況ではそれは出来ぬ。どうしたものかと思案にくれたが、この祠から出ることは叶わなかった。我らが精霊力を振りまかぬと、世界が滅んでしまう。それを避けるために、不自由ながらも力を振るいなんとか維持しているのが現況だ」

 サラマンダーはそこで一端切った。

「そんな事になっていたの。可哀想どころじゃないよ。なんとかしないと……」

「お嬢、我らのことはいい。長年こうした結果、今まで通りここで精霊力を振りまかぬと、世界が大変革してしまう。それは避けねばならぬのでな。それで、いかに努力しても精霊力のバランスが取れなくてな、本来なら守護精霊すなわち生まれ持った精霊力は、世界どこでも誰であっても一つであるし、お主らのような魔法使いの資質を持った者も、世界中一定基準で生まれるはずなのだが、バランスが乱れた結果、お主らの国周辺だけ特異空間のようになってしまっての。ファン王国といったな、あそこでは魔法使いばかりで人としては強力過ぎる力を奮えるようになってしまい、その周辺各国では滅多に魔法使いが生まれないという現象が起きてしまった。分かりやすく魔法だけで例えたが、他にも様々な影響が起きているが、今さらこれを修正できたとしても、我らはやらぬであろう。それこそ、世界の均衡が崩れて大騒ぎどころではなくなってしまうからな」

 サラマンダーは小さく笑みを浮かべた。

「じゃ、じゃあ、私が魔法使いになれた理由は、四大精霊全てがここにいるからなの?」

「それは一因、下敷きの話だ。お主の努力は本物じゃ。しかも、守護精霊が四人もいる。そっちのエッチな嬢もそうじゃな。これはどうなるか、今後が楽しみでもある。さて、ワシ以外の精霊を紹介しよう。まずは、大地を支える力持ち『地』の精霊、ノームじゃ」

 部屋の奥から、笑みを浮かべた女性が現れた。

「こら、打ち合わせと違う。もっと、筋骨隆々の男で出てこいといったじゃろう」

「いいじゃないですか、これでも!!」

 ノームが笑った。

「ま、まあ、よい。あとはシルフとウンディーネだけだ。シルフは小人に羽根が生えたような姿が好みでな、今に飛んでくるだろう。ウンディーネは水辺が好きでな。誰か池を作れる者がいれば、頼みたいのだが。このうらぶれた空間に閉じ込められて以来、池などどこにもないからな」

 サラマンダーがわらった。

「ビスコッティ、出来る?」

「師匠、水は出せますがそれを溜める穴が掘れません」

 ビスコッティが小さく息を吐いた。

「OK、任せて!!」

 リズが叫び、呪文を唱えた。

「掘削!!」

 リズが魔法を放つと、空間の半分の床が抉れた。

「ビスコッティ!!」

「はい!!」

 ビスコッティが呪文を唱えると、抉れた床の穴に水が溜まりはじめた。

「ほう、この床を削ったか。大した魔法使いじゃ。どれ、ワシも力を出すか」

 サラマンダーが笑い。ビスコッティが注いだ水から湯気が立ち上りはじめた。

「ワシらも風呂だ。ああ、お嬢さんたち、ワシらに性別はない。裸になるが、気にしないでくれ」

 サラマンダーの服がきえて、ちょっと熱そうな急造の風呂に浸かり、ノームも浸かってやんわりした表情を浮かべた。

「水、水がある!!」

「ま、待ってよ!!」

 奥から水色の髪の毛をたなびかせ、間違いなくウンディーネが風呂にダイビングした。

「あっつい、でも水は水!!」

「もう、全く……」

 ウンディーネの肩には、小さな羽根を生やした間違いなくシルフが腰を下ろしていた。

「よし、嬢ちゃんたち。水を溜める場所さえあれば、いつでもこうして休める。これだけで、十分感謝じゃ。ワシらはここから出られぬが、いつも様子を見ておくことにしよう。なにももてなしも出来ぬが、暇があったら遊びにきてほしい。何分、刺激が欲しくてな」

 サラマンダーが笑った。

「うん、分かった。よし、みんな。邪魔しちゃ悪いからこれで帰ろう。ある意味お宝だったよ」

 私は笑った。

「ある意味ではなく、本物のお宝です。精霊と話が出来るなんて、素敵です!!」

 パステルが笑った。

「師匠、いきましょう。積もる話をしているようなので」

 ビスコッティが笑みを浮かべ、私たちは祠の外に出た。


「こんなもんかな……」

 祠の外にでると、私たちは今にも崩れそうな入り口の石を積み直した。

「それにしても、ファン王国だけ魔法が発展している理由が分かりましたね。師匠、四大精霊系の魔法も作って下さい」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「必要があったら作るよ。さてと、石積みはこれでいいね。あとは、困った人たちが入らないように、結界でも張っておくかな……」

 私は自分の結界魔法リストを脳内で思い返した。

「……いい結界がない」

 思わず呟いた時、リズがゲンコツを落とした。

「結界であたしに勝とうなんて10年早い。ほい!!」

 祠の出入り口に結界が張られ、押しても壊れない事を確認した。

「いやー、驚いたね。この事実は秘密だな。バレたら大騒ぎだよ」

 私は大きく伸びをした。

「でも、精霊としては不本意だろうね。ファン王国と周辺諸国みたいな状況になると、戦争になりやすいからさ。まあ、いざって時は暴れるけど」

 犬姉が笑った。

「さて、家に帰ろうか。パステルもこれは秘密だぞ!!」

「はい、もちろんです!!」

 パステルが笑った。

「私たちもお風呂に入りたいですね」

 マルシルが笑った。

「そうだねぇ、温泉じゃなくていいから、大きな風呂が欲しいね」

 私は笑った。

「師匠、先日ここをピーちゃんが訪れたようで、王宮魔法使い建設部が地下水脈を発見したようですね。成分は分かりませんが、場所から考えて鉱泉の可能性が高いそうです。これを湧かせば温泉になりますが、どうしますか?」

 ビスコッティがいつも持ち歩いている大きな手帳を取り出し、頭をカリカリ掻きながら呟くようにいった。

「な、なんで早くいわないの。すぐに手配してよ!!」

「すっかり忘れていました。急いで家に戻って、手配してみましょう」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「温泉じゃなくても、大きな湯船を作ろうよ。みんなで入ると楽しいから!!」

「はい、師匠。その手配もしましょう。ちょっとした、リラックススペースにしましょうか」

 ビスコッティが笑った。


 祠から戻ると、駐機場に国軍の輸送機が駐まっていた。

「あれ、お客さんかな」

 私は疑問に思いながら、家の扉を開けて中に入った。

 家の中には大勢の人がいて、全員が作業服のようなものを着用していた。

「ビスコッティ、これが温泉掘りチーム?」

「いえ、今から手配しようと思っていたところです。全員、王宮魔法使い建設部の制服ですね」

 みんなと一緒に入り口で固まっていると、奥からパトラとキキがやってきた。

「この人たちは、泣く子も黙る王宮魔法使い建設部の皆さんだよ。港があまりにもショボいって、王国海軍からクレームが多数出ていたらしくて、ようやくこの島の順番が回ってきたらしいよ」

 パトラが笑った。

「港か……そういえばいってない場所だね。工事前にみておきたいな」

 時々港の話が出てくるので、みたいとは思っていたのだが、ずっとその機会がなかった。

「そうですね、なんだかんだで港はみていないですね」

 ビスコッティが笑った。

「よし、いこう!!」

「待ってください。この方々のリーダーに挨拶するのが先です。えっと、キキ。どなたがリーダーですか?」

 

「はい、エリーさんが中隊長で補佐官がカサンドラさんという方です。今立ち上がったので、すぐに来ますよ」

 みんながお茶を飲む中、立ち上がった二人が私たちの前に立って敬礼した

「私は指揮官のエリー中佐。こちらは相棒のカサンドラ。よろしく頼む」

「私はスコーンでこっちが助手のビスコッティ。よろしく!!」

 私は笑顔で二人と握手を交わした。

「スコーン殿、我々はすでに現状を把握しており、プランも完成している。さほど難易度は高くない。安心されよ」

 エリーが笑みを浮かべた。

「作業前に現在の状況を見たいんだけど、いいかな?」

「申し訳ない。作業に先だって、各所を防音シートで囲ってしまった。完成後の姿で許してほしい」

 エリーが申し訳なさそうに頷いた。

「うん、ならいいや。何人いるの?」

「私を含め全部で十二名が作業に当たる。あと一名いるが、研修生なので気にしないで欲しい。ところで聞いているか。我々はこのまま、カリーナ魔法学校に駐屯する事になると。今までいなかったのがおかしいと、国王様直々の命だ。初耳かもしれないが、長い付き合いになるだろう。よろしく頼む」

 エリーは小さく笑み浮かべた。

「えっ、カリーナにいてくれるの。助かると思うよ。ありがとう!!」

 私は笑みを浮かべた。

「うむ、よろしくな。さて、簡単にいってしまえば、港の改修は沖合に停泊してる輸送艦から、ブロック状に加工したコンクリート製のパーツを運んで組み立てるだけだ。桟橋が何本もある、立派な港になるだろう。作業前の確認だが、これで問題ないか」

 エリーは筒状のケースから大きな紙を取り出し、近くの空きテーブルに広げた。

 私たちはそのテーブルに近づき、ビスコッティを隣に椅子に座った。

「なるほど、これは完成予定図ですね。桟橋が八本もあるんですか?」

 ビスコッティがうなり声を上げた。

「うむ、この島の周囲を警備しているイージス艦も食料や水の補給が不可欠だし、定期的に物資を輸送する輸送艦も停泊するからな。イージス艦用の桟橋が三本で輸送艦用の桟橋が二本だ。残りは特に予定がないので、運用はお任せしよう」

 エリーが笑みを浮かべた。

「分かりました。十分過ぎるでしょう」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「作業自体は二時間半もあれば終わるだろう。他になにかあれば、助力するが」

 エリーは笑み浮かべた。

「あの、温泉が欲しい。暇があったらでいいけど……」

 私がそっというと、カサンドラが筒状のケースから別の紙を取り出した。

「どれ……我々も一汗掻いたあとの風呂が楽しみでな。いいだろう、港の作業が終わり次第、取りかかろう。ちょうどいいところに、湯脈がある。家の隣がいいだろう。露天で気分爽快だな。ああ、そうだった。ここにも我らの拠点が欲しい。プレハブで二階建てなのだが、問題ないないだろうか。この家からは少し離れてしまうが、ここには迷惑を掛けん」

「もちろんいいよ。ありがとう!!」

 私は笑った。


 エリーと温泉の話をしたあと、いきなり作業の順番がひっくり返った。

 待っている輸送艦が遅れているということで、温泉の方が先になった。

 ほとんど平坦なこの島だったが、僅かに山はあった。

 その一つ一つが元々大きな火山だったという事で、港の改修の話が来たとき、詳細な現地調査を行っていたようで、当然のように温泉が出るポイントも調査済みだったという。

「よし、肩慣らしだ。総員迅速に作業せよ」

 みんなが声をあげ、掘削チームと湯船作成チームに分かれて作業が始まった。

 湯船作成チームは、リズとパトラに私を含めた自分のチーム。

 これに加えて、エリーとカサンドラが付いた。

「これはスコーン殿に聞くべきだな。どのような湯船がいい」

 エリーが笑った。

「うん、そうだねぇ。渋くいきたいんだけど、そういうのはオバチャンの意見を聞いた方がいいかな。ビスコッティ……ギョォォォ!?」

 ビスコッティが私の靴を踵で踏み、小さく咳払いをした。

「シンプルに岩風呂で、雨に備えて傘状の屋根をこう……」

 私の足を踏みながら、ビスコッティが簡単なスケッチをした。

「わかった、わりとオーソドックスだな。これで男女別にすればいいだろう」

 エリーが笑みを浮かべた。

「び、ビスコッティ。足、足!!」

「はい、しりません」

 ビスコッティがさらに体重を掛けた。

「ぎゃあああ!?」

「誰がオバチャン?」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!!」

 ビスコッティは笑みを浮かべた。

 私の靴の上から足を退かし、打ち合わせをはじめたエリーとカサンドラを見つめた。

「色々機密情報に触れましたが、王宮魔法使いとなると、セキュリティが固くてとても近寄れませんでした。建設部の作業の早さは謎とされている事です。もしかしたら、それが見られるかもしれないですよ」

「それは気になるけど、足痛いよ!!」

 私はビスコッティに蹴りを入れたが、あっさり避けられた。

「オバチャンとかいうからです。失礼な」

「……オバサンよりマシだと思うけど」

 ビスコッティが額に怒りマークを無数に浮かべて、私を睨んだ。

「なにか?」

「な、なんでもない、なんでもない!!」

 ビスコッティの怒りマークが消えた。

「師匠、あとで足をフーフーしてあげます。それより、噂のすご技が見られるかもしれません」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

 それを聞いたエリーが笑った。

「我々は『造成の魔法群』と呼んでいるが、それは国家の機密事項なのだ。残念ながらおみせする事は出来ないが、このくらいは大丈夫だ。湯船の位置はどこがいい。湯船はそれなりに大きいぞ」

「そうだねぇ……ビスコッティ、チョーク」

「分かりました。師匠は見ていて下さい。変な魔法学校のせいで、こういうのは得意なんです」

 ビスコッティが、空中でも描ける特殊チョークで、丁寧に製図をはじめた。

「うむ、見事な手際だ。これならよく分かる。カサンドラ、やるぞ」

 カサンドラが頷き、呪文を唱えた。

 まるで扉のようなものが出現し、カサンドラがそれを開けた。

 すると、向こう側の景色は、どこぞの山を流れる沢だった。

『転移の魔法!?』

 ビスコッティとリズが、同時に声を上げた。

「へぇ、転移の魔法ってこうなるのか。一つ勉強になったなぁ。

「師匠、寝ぼけているんですか。維持型の転移の魔法です!!」

「そうだね、しかも維持型使ってるのがカサンドラ一人だよ。これが儀式魔法なら、驚く事もないんだけど……まあ、いいや。沢に出てどうするんだろう」

 リズが呟いた時、カサンドラが私たちにむかって手招きした。

「よ、呼んでるよ。いかなきゃ……」

 私が恐る恐る扉の向こうにいこうとすると、ビスコッティがそっと私の手を掴んだ。

「全員ですか?」

  ビスコッティが大きな声で問いかけると、カサンドラは笑みを浮かべて頷いた。

「よし、全員いくよ!!」

 私が先頭に立ち、ビスコッティとリズに両脇を固めてもらいながら、虚空に浮かぶ扉を潜った。

 その途端、鳥の鳴き声や蒸し暑い空気に包まれた、熱帯雨林の沢に出た。

 足下は角が削られて丸くなった岩だらけで、遙か上流から流れてきた事が分かった。

「ここから湯船の岩を調達します。私が手で運べる適当なサイズにカットしますので、皆さんはバケツリレーの要領で、向こうで待っているエリー中佐に手渡して下さい」

 いうが早く、カサンドラは素早く動き、魔力光が溢れたショート・ソードで石を叩きき切った。

「……岩は剣で切れるんだね。あとで試そうかな」

「師匠、普通は切れません。止めて下さいね!!

 私は笑った。

「分かってるよ。よし、やるか」

 一番先頭の私が、着られた岩を持ち上げた。

 石には番号が振ってあり、これは一番だった。

 私が次のビスコッティに運び、一応番号順に石を運んでいたが、途中で何番だか数えるのが面倒になり、近くの石から後に送るようになった。

「こりゃきっついね!!」

 私は手で額の汗を拭い、一息ついた。

「私たちも、最初はこういった原始的な方法で学ぶんですよ。いきなり魔法でやってしまうと、建物の感覚が掴めないで失敗してしまうんです。

 カサンドラが笑った。

 男性風呂と女性部風呂、合わせてかなり大きなものなので。必要な石も多く、私はなかなかしんどかった。

「さて、もう少しです。頑張りましょう」

 カサンドラが最後の石を切った。

 四方向にカットされた岩を、一つずつ後のビスコッティに送り、私は大きく息を吐いた。

「お疲れさまでした」

 カサンドラが、全員にドリンクを配ってくれた。

「さて、今度は向こうに戻って運んだ石を積む作業があります」

「そっか、運んだだけだもんね……」

 私は苦笑した。

「では戻りましょう。楽しいかどうか分かりませんが、これが終わればお風呂の完成です」

 カサンドラが笑った。


 通称『転移の窓』というが、さっき潜った扉を抜けると、そこは私の家に作った温泉計画地だった。

「おーい、もう始めてるぞ」

 転移の窓が消え、代わりに小型ユンボで地面を掘っていた犬姉が笑った。

「い、犬姉、どこにいたの?」

「昼寝ぶっこいてたら、みんないないしどこ行ったかなと思ってたら、いきなり温泉「掘るから手伝ってって中佐に頼まれて、掘っていたんだよ!!」

 犬姉が笑った。

「だいぶ掘削作業もおわりました。細かい作業は、こちらの方にお願いしています」

 エリーが笑みを浮かべた。

 見ると、芋ジャージオジサンが率いるジャージオジサン軍団がせっせとスコップで土を掻き出していた。

「お、大騒ぎになっちゃったね」

「師匠、水回りは手が掛かりますからね」

 ビスコッティが笑った、

「あの辺りはもう積み始めていいですよ。一番の石を左下から積んで下さい。

 エリーはいいながら、一番の石を地面に食い込ませるように置いた。

 そして、素早く接着剤のようなものを石の脇に塗り付け、二番の石を右に並べて置いた。

「このような感じです。接着剤は特別製で、普通のシリコンコーキング材のようにみえて、中身は全然違います。これをセットしたコーキングガンは何本もありますので。私たちも手伝います」

 私たちに加えてエリーとカサンドラが入ると、作業速度が上がった。

 私が一個張る間に三個も四個も張ってしまう勢いで、千個以上ある石の山に挑んだ。

 しばらくすると、エリーが無線機の無線機ががなり、彼女はマイクを手に取った。

「はい、そうですか。まだ早いので、止めておいて下さい」

 無線機のマイクを背中に向けて放り投げ、エリーは作業の手を早めた。

「別動の温泉発掘チームの作業が終わって、いつでも出せるそうです。ただ、湯温が九十度を超えているため、このままでは入れません。せっかく源泉掛け流しなのに、ここで加水などしたらもったいないです。スコーンさん、ちょっとよろしいですか」

 カサンドラが笑みを浮かべた。

「うん、ビスコッティ。ちょっと任せるよ」

「はい、師匠」

 エリーに呼ばれるままに着いていくと、器用に家を避けて太い鋼管が一本あった。

 その先に複数の樋を水平にならべた装置が置いてあり、今度はその装置から地面を走る鋼管で湯船に繋がっていた。

「ま、また大袈裟な装置を作ったね」

「はい、どうしてもすぐに必要だったもので、事後承諾になってしまいました。申し訳ありません。これで、お湯の温度を四十五度程度まで下げられます。あっついなー程度の感覚でしょう」

 エリーが笑った。

「へぇ、こんな装置があるんだね。なんていうの?」

「正式な名前は分かりませんが、湯畑と通称されています。このお湯を通す樋に湯ノ花という温泉成分が集まって出来る入浴剤が取れるので、そう呼ばれるようです」

 エリーが笑みを浮かべた。

「問題なければ、承認頂いたと見なして配管を接続しまうすが、よろしいでしょうか?」

「うん、問題ないよ」

 私が返すと、カサンドラは飛行の魔法で宙に上がり、太い二本の配管をレンチで固くボルトを締めた。

「これで、問題はありません。あとは湯船を作るだけです。

「分かった。進んだかな」

 大袈裟な装置から湯船に向かうと、ジャージオジサンたちも含めて、湯船の曲線作りに手間取っていた。

「師匠、これどうやるんですか?」

「だぁぁぁ、またダメだ!!」

 ビスコッティとリズが頭を抱えた。

「えっと、多分こうかな……」

 どうしても鋭角になってしまう部分に石をはめ、私は笑みを浮かべた。

「ビスコッティ、リズ。石が一個足りなかったよ。ちゃんと数字を見よう」

 とまあ、こんな調子で石積みが終わると、私は笑みを浮かべた。

「これで、湯船完成かな……」

「まだですよ、雨よけの傘がありません。皆さんが石積みをしている間に作成しておいたので、これを付けましょう」

 カサンドラが笑い、見えないように高く上げていたのか、ゆっくりと屋根が下りて来て、湯船の底にあった金具に乗せ、エリーがボルトとナットでしっかり固定した。

「い、いつの間に。どうやって……」

「はい、王都の資材庫に転移して、必要な材料を持ってきたんです。木製にしようかと思ったのですが、ここは台風の通り道のようなので、金属製にして国家機密に抵触する魔法で作ったのです。どうですか?」

 カサンドラが笑った。

「……その魔法知りたい。研究する」

「師匠、ダメです!!」

 ビスコッティが私にゲンコツを落とした。

「あれだけ国家機密に関わって、まだ懲りないんですか!!

「……懲りてるよ。でも、未知の魔法が」

 ビスコッティが、私に平手を撃った。

「ダメです!!」

「……分かったよ」

 私は小さくため息を吐き、ビスコッティが笑みを浮かべた。

 そんな私たちを見ていたエリーが、小さく笑って湯船の真ん中あたりでチョークを取り出した。

 魔法用の特殊なチョークとすぐわかったが、まるで湯船を半分に仕切るように空中に壁を描き、フィンガー・スナップをした。

 すると、真新しい木の香りがする団勢風呂の仕切りが出現した。

「おっと、うっかり国家機密の魔法を使ってしまったな。スコーン殿、研究出来るか?」

「い、今のなに!?」

 私は目を丸くした。

「うむ、一応一般的な音声発動式魔法だが、それをフィンガースナップの音に集約した。今のだけで、三十以上の魔法を同時に使用した。それでは、最終確認だ。これで接着剤が硬化して剥がれなくなる。問題ないか確認してくれ」

 私たちは湯船には入らず。外からチェックした。

「問題ないね。大丈夫だよ!!」

 私が叫ぶと同時に、仕切りに設けられた扉が開き、芋ジャージオジサンが現れ、指で○マークを作った。

「よし、完成だぞ」

 エリーが笑みを浮かべ、小さく呪文を唱えた。

 湯船全体が光り、すぐに消えた。

 エリーが姿を見せたままの芋ジャージオジサンに○マークを送ると、待機していたジャージオジサンたちがホースとブラシを片手に、湯船の掃除を始めた。

「これで終わりだ。どうだ、自分たちで風呂を作った感想は?」

 エリーが笑った。

「ほとんどやってもらった感じだけど、楽しかったよ」

 私は笑みを浮かべた。

「ならばよかった。では、我々は港の工事に移る。すでに輸送艦が到着して、作業が始まっている様子だからな。あとでその風呂でゆっくり出来るのを楽しみにしよう。湯を流すぞ」

 エリーは無線でどこかに通話した。

「もう少しかかるようだ。湯畑が見物だと思うぞ。いこうか」

 エリーの言葉に頷き私たちは湯畑に向かった。


 湯畑に付くと、樋の上を湯が通る音と立ち上る湯気がもの凄かった。

「どうだ、これがスコーンの湯だぞ。なかなか勇壮でいいと思うが」

「……しゅごい。これが温泉」

 その迫力にしばし見入ったあと、私たちは湯船に戻った。

「お湯が濁ってるね」

 湯船に満たされた湯は、独特の色に濁っていてこれはこれで面白かった。

「これが源泉掛け流しだ。湯温は四十五度だな。少し熱めだが、それはそれでいいだろう。では、私とカサンドラは港の工事に向かう。なにかあったら連絡してくれ」

 エリーは笑みを浮かべ、飛行の魔法でカサンドラと一緒に港方面に飛んでいった。

「ビスコッティ、早く入ろう。みんなもお待ちかねだよ!!」

「まあ、あれだけ石運びしたあとだからね」

 リズが笑った。

「では、入りましょうか。シャワールームから直通でいけるはずです」

 クリップボードに挟んである設計図を見ながら、ビスコッティがいった。

「じゃあ、いこう」

 私たちは家に入り、シャワールームに向かった。

 シャワールームに入り、脱衣所で服を脱ぐと、私たちはシャワーで体を洗った。

「あの、これだけ暑い中で熱いお湯というのもいいですね」

 マルシルが笑った。

「はい、こういう感じもいいです」

 キキが笑った。

「そうだね……ビスコッティ、お酒を用意してどうしたの?」

「師匠、温泉といえばお酒です。これがないと寂しいです!!」

 ビスコッティが力強く言い切った。

「……変わってない。バカ酒」

 アリサが小さく笑った。

 全員でシャワーを浴びて、私たちはシャワールーム奥にある扉を開いた。


 柵で囲われた短い通路を歩き、もう一枚扉を開けると、そこは先ほどまで作っていた広い湯船だった。

「どのくらいなんだろ……」

 私は桶でかけ湯した。

「な、なかなか熱いよ。これ水で薄めてもいいの?」

「はい、構わないですが、あまりやると怒られますし、せっかくの源泉掛け流しです。まずは、ゆっくり浸かってみましょう」

 ビスコッティにいわれて頷き、私はそっと足を湯につけた。

 肌を刺すような熱さだったが、しばらくして温度に肌がなれると、私はゆっくり肩まで湯に浸かった。

「はぁ、熱いねぇ。でも、ゆっくりしていて幸せだよ」

「はい、いいですねぇ」

 ビスコッティがお酒の小瓶を取って栓を開けた。

「あれ、用意いいじゃん。一本頂戴!!」

 近寄ってきたリズが、お酒の瓶を取って蓋を開けた。

「あっちはパステル隊長と犬姉がやってるよ!!」

 見ると、少し離れたところでパステルがマルシルの手を引き、犬姉が半ば無理矢理アリサを湯船に引き込んでいた。

「みなさん、いいお湯ですね。カリーナはまだ工事中でシャワーしかありませんが、私はお風呂に浸かりたいんです」

 キキが伸び伸びとした動きで笑った。

「そういえば、カリーナも工事中だったね。いつ終わるの?」

「師匠、年内には終わるはずです。普通にやれば、こんな感じですよ」

 ビスコッティが笑った。

「そっか、ここが異常に早かったんだね。あっ、パトラがきた」

 みんなから遅れて、パトラが湯船にやってきた。

「ゴメンね。いきなりアレが始まっちゃって。対処はしてきたけど、エルフくせぇかも!!」

 パトラが苦笑した。

「ああ、女の子の日ね。どおりでパトラがやたらエルフくせぇと思ったよ。さっさと入りな!!」

 リズの声にパトラが苦笑しながら、湯船に浸かった。

「あっついね、この風呂。体には良さそうだけど……」

 パトラが泳ぐように移動して、リズと並んで座った。

「そういえば、魔法薬の材料を取りにきたんだよね。そっちは大丈夫?」

「うん、見た目はどこにでもある雑草だから、ちゃんと鞄に入れてあるよ」

 パトラが笑みを浮かべた。

「あー、酒が美味い!!」

 ビスコッティが笑った。

「ねえ、ビスコッティを狙って!!」

「ラジャー」

 パトラが湯に潜り、バシュッという音と共に微かな航跡を残してビスコッティ目がけて突っ込んでいった!!

 ビスコッティの周りには飲みたい人たちが集まり、ちょっとした酒宴のようになっていたが、みんな一斉に逃げ出して戦艦ビスコッティだけ孤立した。

「……よし」

 思わずガッツポーズを作ったとき、パトラの航跡が急に変わり、駆逐艦犬姉を追尾しはじめた。

「バカ、そっちじゃない!!」

 私は思わず叫んだ。

「やっぱりなんか撃ったな。よし、掛かってこい!!」

 犬姉が足を止めて待ち受ける体勢を取った。

 間近まで接近すると、パトラがいきなり湯から飛び出て、犬姉の顔面に向かって飛びでた……が、すぐさま身を翻して湯の中に消えた。

「逃げるな!!」

 犬姉がパトラを捕まえ、勢いよく放り投げた。

 綺麗な放物線を描いて、パトラが飛んだ先にあったのは、私だった……。

 パトラの直撃をくらい、私はそのまま湯船の底に沈んだ。

 ……お風呂のマナーは大切に。


 ふと目を開けると、私は湯船の縁に上げられ、ビスコッティが手でパタパタと私に風を送っていた。

「毎日シャワーでしたからね。久々の熱いお湯でのぼせてしまったのでしょう。リズも倒れて今は脱衣所でエアコンの空気に当たっています」

 ビスコッティが笑った。

「そっか、普段やらない事をやった記憶があるしね……。よっと」

 私は冷え切った体を、再び湯の中に入れた。

「はぁ、やっぱりゆっくり浸かろう」

「はい、それがルールです」

 ビスコッティが笑った時、なぜかお尻にアザを作ったリズとパトラが入ってきた。

「あのね、いくら起こすっていっても、蹴ることないでしょ。お陰でアザだらけだよ!!」

 リズが文句をいいながら、湯に浸かった。

「だって、そうでもしなければ起きないじゃん」

 パトラが笑って湯に浸かった。

「……ビスコッティは、私にやってないよね」

「さぁ、どうでしょうねぇ」

 ビスコッティが小さく笑った。

「いや、どっちでもいいけど、痕は残さないでね……」

「それは師匠次第です。さて、パステル、マルシル、キキはすでに上がっていますし、ここで温まったら上がりましょう。ちなみに、帰りは明日の午前中です」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「明日の午前中か。もっとゆっくりしたいね」

「はい、そうですね。その前に、なにか論文を書かないと、遊んでると思われてしまいますよ」

 ビスコッティが苦笑した。

「まだ研究できる状態になってないよ。私は魔法書があればいいけど、まだ届いてないのもたくさんあるし、今回は実際に会ったし四大精霊について書こうかなって、こっそり思っているけどね」

「はい、分かりました。帰ったら、私が参考にしている魔法書を使って下さい。参考になると思います」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「それは楽しみだね。ありがとう」

 私は伸びをして、湯船に立ち上がった。

「いこうか。いい加減熱いよ!!」

 夕焼け空に向かって叫び、私はビスコッティと一緒に上がった。


 脱衣所のカゴを見ると、『クランペット印のコーヒー牛乳』と書かれた、冷えた瓶が入っていた。

 ビスコッティも同じだったらしく、思わずという感じで吹き出していた。

「クランペットもマメになにをやってるんだか……」

 私は瓶の蓋を開け、コーヒー牛乳を一気飲みした。

「ちょっぴりビターだね」

「はい、甘くするなら甘くしろとクレームを出しておきます」

 ビスコッティが笑った。

「いや、これはこれでいいよ。そういえば、アリサをみないけどどこに行ったんだろう……」

「護衛が優先ですと、早々に上がったので、家の中にいると思いますよ」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「なんだ、お風呂くらいゆっくり入ればいいのに……」

「あとでちゃんと入るでしょう。そういう性格ですからね」

 ビスコッティが小さく息を吐いた。

「本当に真面目だね。さて、部屋の中にいこう」

 私はタオルで体の水分を拭き、頭は洗っていないのでそのまま服をきて、脱衣所を出た。


 部屋の中では 王宮魔法使い建設部のみなさんが、軽くお酒を飲んで疲れを癒やしていた。

「スコーン殿、温泉はどうだった?」

 一団の中にいたエリーが笑みを浮かべた。

「のぼせるくらい最高だったよ」

 私は笑った。

「うむ、それはよかった。ここを維持管理しているダーク・エルフが偵察にきたのでな、メンテナンス方法を教えておいたぞ。ところで、この島の名前はなんというのだ。面白い場所が出来たと、国王様に報告が出来る」

 エリーが笑みを浮かべた。

「そういえば、かんがえてなかったな。ビスコッティ、いいアイディアある?」

「そうですねぇ。『スネア・オヘア』というのは。エルフ語で『新しき目覚め』という意味ですが」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「スネア・オヘア島か。悪くないね。他に意見は?」

 私が聞くと、マルシルがそっと手を上げた。

「少し長いですが『マルタ・エーダ・クレスタ』。永遠の繁栄をもたらす、お祈りの文言です。少し大袈裟ですか?」

「マルタ・エーダ・クレスタ島か。悪くないね。そっちにしよう」

 私は笑った。

「うむ、マルタ・エーダ・クレスタ島だな。覚えておこう」

  エリーが手帳に書き込み、小さく笑みを浮かべた。

「普段は時間に追われて、ヒリヒリする現場ばかりだからな。たまにはこんな亜熱帯の夜もいいだろう。もっとも、次の現場があるので一通り休んだら、また王都に逆戻りだがな」

「もう次があるんだ。忙しいね」

 私は苦笑した。

「全くだ。暇が出来たら、このマルタ・エーダ・クレスタ島を訪れたい。それは、構わないか?」

「うん、いいよ。ビスコッティ、どこに散ってるか分からないから、ダーク・エルフのみなさんに連絡しておいて」

「はい、師匠。えっと、マルタ・エーダ・クレスタ島ですよね」

 ビスコッティが笑みを浮かべ、無線機を手にした。

「さて、これでいいか。外出許可っていつまで?」

「ん、薬草取りにいくつもりだけだったから、明日までしかないよ」

 パトラが手元の外出許可書を差し出した。

 それを受け取ってみると、明日の午前中までの外出許可だった。

「分かった。午前中なら、寝る前に飛び立たない? どのみち早起きだし」

 私の意見に、反対する声は上がらなかった。

「なに、深夜に出るの。じゃあ、準備しないとね。パトラ、リズ。準備するよ!!」

「うん、分かった」

「毎度思うんだけどさ、時間掛かるんだから、もっとゆっくりしたいよ」

 犬姉に続き、パトラとリズが家から出ていった。

「では、我々も失礼しようか。またどこかで会うかもしれん。よろしくな」

 副長のカサンドラの声で、全員が立ち上がって私に略式の敬礼した。

「では、失礼する。またな」

 エリーは笑みを浮かべ、部下を連れて家から出ていった。

「忙しそうだね……」

「はい、本来は国王様直轄で、これがここに欲しいと命令するだけで、即座に現場にすっ飛んでいっていくプロ集団です。在籍人数も多いですし建設部は、事実上王宮魔法使い集団の主力なんです」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「へぇ、主力なんだ。あれで戦えるんでしょ。無敵じゃん」

「はい、必要であれば戦うそうです。もっとも、条約があるので銃や剣で戦うそうです」

 あくまでも建前ではあるが、魔法を戦闘に使ってはならならない

 そういう国際的な条約に批准してるため、表だって魔法使いが戦っていると喧伝することは出来ないが、じつはこっそりというのは公然の秘密だった。

「まあ、いいや。普通は会えない人たちに会えて良かったよ。さて、準備しようか」

 あとでダーク・エルフたちが掃除をする事を考えて、私たちは生ゴミを集めてシンクの脇に置き、ゴミ箱の中身を集めて一袋にした。

 そうこうしているうちに、外からプロペラが回る重低音が響いてきた。

 私はゴミ掃除をビスコッティに任せ、家から出て駐機場をみた。

 すると、プッシュバックが終わったC-130輸送機が誘導路に入っていった。

「エリーたちのお帰りか。助けてもらっちゃたな……」

 私は大きく息を吸い込んで吐き出した。

「師匠、準備できましたよ」

 家からビスコティの声が聞こえ、私は輸送機が消えていった夜空を眺め、ビスコッティが苦労して運んでいた私の荷物を手に取った。

「なにをやっていたんですか?」

「感謝の意を込めて、お見送りしていたんだよ」

 私が答えると、ビスコッティが笑みを浮かべた。

「それはいい事です。いつか、再会出来るといいですね」

 ビスコッティが笑みを浮かべ、私の荷物を差し出した。

「師匠、なんでこんなに重いんですか」

「ノートパソコンと十キロのダンベルが二本入っているからね」

 私は荷物を受け取り、他の空港ではないらしいが、飛行機のカーゴルームに積むためのコンテナが置いてあり、その中に重い荷物を積んだ。

 いつもの鞄だけになり身軽になった私は、機体から伸びているタラップを上って機内に入った。

「えっと……」

 乗り込んですぐにあるギャレーで機内食の用意をしながら、王国航空からパクったらしい客室乗務員の制服を着たリズがせっせと動いていた。

「そういえば、学校の温泉工事終わったかな?」

「予定では今日から運用開始らしいですよ。帰る頃には、もう使えるはずです」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「それでは、私は点呼を取ってきます。助手連合で手分けして、事前の準備をする事にしました。それでは……」

 ビスコッティが笑みを浮かべ、最前列から最後尾に向かってゆっくり歩き、最後尾の「芋ジャージオジサンまであるいていった。

「……問題ない。全員いる」

「……分かりました。信じましょう」

 点呼を終えたビスコッティが、私の隣に座った。

 同時にブザーがなって、外に張り出していたステップが収納された。

「師匠、全員乗っています。問題ありません」

「分かった。次は温泉付きか。楽しみな場所になったよ」

 私が笑みを浮かべた時、機体がゆっくりプッシュバックされた。

 それが終わって機体が止まると、片方のエンジンが始動してプロペラが回転しはじめた。 小刻みな振動が伝わってくる中、もう片方のエンジンも起動した。

「いよいよ離陸だね。今回は温泉だったか」

 私は伸びをして、動き出した飛行機の揺れに身を任せた。

 滑走路端で一回転した飛行機は、しばらく停止したあと、一気にエンジンの出力を上げ。滑走路を走りはじめた。

 しばらくして機体が上昇し、私たちは一路カリーナに向かった。


 機体が上昇し、水平飛行に入ると、リズとアリサがカートを押してやってきた。

「食料が限られているから、今日は肉料理ね。お酒はパトラとキキとマルシルでローテーション組んでやってるから!!」

 狭いテーブルの上に食事を乗せ、リズとアリサのカートがいなくなると、すぐにパトラとキキが押すカートがやってきた。

「なんか、こんなの着させられて、リズもバカだねぇ」

 パトラが笑っているそばから、ビスコッティが鷹のような目つきでワインリストを眺めていたビスコッティが、そっとリストを指さした。

「これの赤を……」

「は、はい、えっと……」

 ビスコッティが注文した銘柄が分からないようで、慌ててカートをひっくり返していたキキに小さく笑い、カートから小瓶を取った。

「師匠、このシャトーいいですよ。特にこのパンテーラブランドはテーブルワインに毛が生えた程度の金額で買える名酒です。師匠の分も」

 私のテーブルにお酒の小瓶を置き、ビスコッティが笑った。

「それじゃあね!!」

「はい、頑張って下さい」

 王国航空の客室乗務員の制服を着たパトラとキキがカートを押していった。

「な、なんか、サービスがグレードアップしたね。

「長時間なので、みんなでなんかやろうと助手連で考えたんです

「助手連ってなんか、でっかい組織みたいなんだけど、私とリズの助手だけだよね」

 私は苦笑した。

「はい。まあ、リズは何かとやりたいようで、ギャレーを占有しているようですが」

「そうなんだ。まあ、暇っていえば暇だもんね」

 飛行機は闇の中を飛び続け、平穏な飛行が続いていた。


 いつの間にか眠ってしまい、窓の外をみるとまだ真っ暗だった。

「師匠、おはようございます。そろそろ、起こそうかなと思っていた頃です。間もなく着陸ですよ」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「あれ、もうそんな時間なの……」

 私は腕時計をみて、現在時刻を確認した。

「はい、師匠。今日は雪のようですが、まだ時期が早いのですぐに止むでしょう」

「常夏から極寒へか。風邪引きそうだよ」

 私は苦笑した。

 飛行機は降下を始め、機体が雲に入って窓の外がグレー掛かった白になった。

 ポーンという音と共にベルト着用のサインが付いたので、私はシートベルトを締めた。

 しばらくして、飛行機が大きめにガタンと揺れ、びっくりした私はそれで目が覚めた。

「あー、ビックリした……」

「雪雲の中を降下中ですからね。ベルトはしっかり締めた方がいいですよ」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

 やがて雲を抜けると、地上の景色と雪が見えてきた。

「あれ王都だね。ってことは、十五分くらいで着くかな」

 雪に煙る王都を眼下に見ながら、飛行機は大きく右に旋回した。

「そうですね。帰ったら少し寝ましょう。まだ夜明けの時間です」

「そうするよ。最近ゆっくり寝てないから、たまにはね」

 私は笑みを浮かべた。

 飛行機は順調に高度を下げ、カリーナの校舎上空を通過して、そのまま滑走路に着陸した。

「師匠、やっと寝られますよ」

 ビスコッティが笑った。


 駐機場に着くと、待機していたバスに乗って私たちはターミナルビルまで移動した。

 そこで預けておいた手荷物を受け取り、カリーナの校舎前までのシャトルバスに乗った。 雪は強めに降り続き、ビスコッティの予測は外れて、纏まった積雪がありそうだった。 バスが校舎前に着くと、大きな掲示板を前に騒ぐ一団がいた。

「ビスコッティ、なんかあったのかな?」

「さて、心当たりはないですが……」

 ビスコッティと顔を見合わせ、私たちはバスを下りた。


 人混みを掻き分けて掲示板を見ると、今年の卒業生一覧が張り出されていた。

「へぇ、こうやるんだ。そういえば、カリーナって卒業する方が難しかったんだっけ?」

「はい、入学する時もそれなりに大変なのですが、卒業となるととんでもなく大変らしいです」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「その通り、入試なんて座学と簡単な実技程度だけど、卒業となると最低三本の小難しい論文を書いて、卒業査定会に認められないといけないんだよ。これが厳しいのなんの」

 背後にいたリズが、私の肩をポンと叩いて笑った。

「小難しい論文か……燃えるね」

「アハハ、あたしも燃え尽きるまで書いたよ。根性と度胸だね!!」

 リズが笑った。

「私もこう見えて根性と度胸には自信があるんだけど、問題は内容だね」

「そうだねぇ。奇をてらって変なものじゃなくて、正統派の方が合格率が高いよ。その代わり、嫌みみたいなツッコミが多いけど」

 リズが笑った。

「ちなみに、リズの卒論は二つは高度過ぎて理解不能だったけど、一本は『池の石に生えるコケについて』の考察だったよ。毎日地味に池でコケの大きさを測ったり、サンプリングしたり、やるからにはマジだからね」

 パトラが笑った。

「……魔法関係ないじゃん」

 私は苦笑した。

「別に魔法に関する事だけじゃないもん。スコーンなら余裕だよ」

 リズが笑った。

「そっか……。それにても、雪の中盛り上がってるね」

「まあ、気持ちは分かるよ。学年順位二百以内に入らないと、容赦なく補習授業の後で追試。これに落ちると留年確定。そんな厳しい環境で学生生活を楽しむなんて、なかなか難しいよ」

 リズが笑った。

 今気が付いたが、リズの制服には小指の先ほどの記章が付いたていた。

「リズ、その記章なに。王都で働いたの?」

「ああ、これ。もう研究科だし学生じゃないからしまっておこうと思うんだけど、先生がつけておけっていうから、邪魔にならないサイズだしって付けたままにしている首席卒業の証だよ」

 リズが笑った。

「首席卒業したの!?」

 私の声がひっくり返った。

「うん、一応ね。当時はやっぱり嬉しかったけど、今はいい思い出の一つだよ。スコーンが十五才なら入学してみる? とかいえるんだけど。それはもう無理だから、仕方ないね」

 リズが苦笑した。

「うん、分かってる。ここにきた理由は、王都の研究室から逃げるためだからね。研究職が身についちゃって、今さら学校には通えないよ」

 私は笑った。

「だろうね。確かキキが十五才だった気がするけど、黒魔法を使えるでしょ。バレたら入学どころじゃないから、誘うに誘えないんだよね。スコーンの助手だし」

 リズが笑った。

「助手がいなくなっちゃうのは困るな。キキはパトラと連携して魔法薬の研究をしてもらおうと思っているから。こっちこと、パトラを取っちゃってごめんね」

「それは構わないよ。パトラの野郎は、あたしが魔法薬に興味を持たないから、誰かに教えたくで堪らないみたいだから。いい刺激だよ!!」

 リズが笑った。

「あの、私に専門手的な研究分野を頂けるんですか?」

「もちろん、うちの穴は間違いなく魔法薬だから、しっかりパトラに教わってね」

 私が笑うと、キキが微笑んだ。

「あとは、マルシルなんだけど、差し支えない範囲でいいから、エルフ魔法を教えてよ。論文を書きたいんだ。久々に意欲が湧いたよ」

「訴訟、エルフ魔法をあまり世に広げると……」

 ビスコッティが小さく笑みを浮かべた。

「だから、差し支えない範囲っていったでしょ。いいかな?」

「は、はい、私でよければ」

 マルシルが笑みを浮かべた。

「あと、パステルだね。フィールドワークの時は、間違いなくリーダーだけど、せっかくバーベキューコーナーもあるし、ビスコッティの手伝いかなにか作ってよ」

「はい、分かりました。料理なら任せて下さい!!」

 パステルが笑った。

「とまぁ、一応は割り振ってみたよ。クランペットはご飯作りにになると、勝手に出てくるから」

 私は笑った。

「アリサは私とは違う命令系統で動いてるから、私がなにもいうことはないね」

 私は笑った。

「師匠、雪でびしょ濡れです。そろそろ寮に戻りましょう」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。


 校庭から校舎に戻り、寮へと続く廊下を歩いていくと、入り口に大きく部屋割りが張り出されていた。

「あれ、また部屋替えなんだ。なんか多いね」

 呟きながら私は自分の部屋を探した。

「あった、今までと同じだね。あれ、同室が空欄になってる」

 私は思わず声を上げた。

「師匠の部屋は、少しセキュリティレベルが高い場所にあります。それに相応しい人がいないのでしょう。制服の乾燥機能では風邪の元です」

「そうだね。いこうか」

 私は笑みを浮かべ、通い慣れた自分の部屋に戻った。


 部屋に入ると、私は床に重たい荷物を置き、中からノートパソコンを取り出すと机上に置いた。

「一人にしては広い部屋だねぇ。まあ、いいか」

 急にがらんとした部屋の中、 私は服を着替えてタオルで頭と体を拭いた。

「さて、一人だとかえって楽だな。寝不足を取り戻さないと」

 まだ朝早い時間だったが、なかなか強烈な睡魔がやってきて。私はベッドに横になった。 眠すぎて帰って眠れないかと思ったが、その心配は無用だったようで、私の意識は一気に暗転したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る