第21話 戦からの……(改稿)
掃除機が立てる音で目を覚ますと、ハンモックエリアの隣にあるテーブルエリアをスラーダが掃除していた。
「あれ……」
私はもらったばかりの腕時計に目をやった。
「あれ、もう昼近くだ。色々あったからなぁ……」
私は苦笑して、ハンモックを下りた。
みんなも今起きたようで、眠い目を擦りながらボケたパトラがハンモックから転がり落ち、ポケットの中に詰まっていた薬瓶が床に散乱した。
「イテテ、やっちゃった。ハンモックはバランスがねぇ……」
パトラが薬瓶をポケットに詰め込んでいると、まだ半分寝ているリズの足がハンモックから飛びでて、床にかがみ込んで薬瓶を集めているパトラの後頭部を掠り、何事もなかったかのようにパトラは作業を続けた。
「……今の蹴り、当たったら死んだかも」
私は思わず唾を飲み込んだ。
「ん、このくらい出来ないと、リズとはやってられないよ」
パトラが笑みを浮かべた。
「ね、寝相のプロだ……」
私は苦笑した。
そのうち、全員がおきだし着替えをはじめた。
「ハンモックはそのままで結構です。不在中は私たちが責任を持って維持管理しますので、ご安心下さい」
「はい、ありがとうございます」
マルシルが笑みを浮かべた。
「師匠、帰りますか?」
拳銃の点検をしていたビスコッティが、笑みを浮かべた。
「うん、みんな帰るよ!!」
ハンモックから下りてテーブルに移動していた私は声を上げ、椅子から立ち会った。
「カリーナの好意で、今回持ち込んで頂いた武器関連は全て頂けるとのことです。空荷では返せませんので、これを……」
スラーダがポケットから箱を取り出し、中から記章を取りだして私の制服の胸ポケットにつけた。
「無論、全員分あります。それは、この里の危機を救って頂いた私たちのお礼です。超一流の戦士の証だと思って下さい。これがあれば、変なエルフの集落に紛れ込んでしまっても安心です」
どっちかっていうと、こっちの里の方が変わっているのだが、それはいわない事にして、私はエルフ式の敬礼をして笑った。
スラーダの里の皆さんが作ってくれた弁当を持って、荷台がパステルの私物だけになっると、私はトラックの荷室ハッチを閉めた。
芋ジャージオジサン率いるジャージオジサンたち用務員部隊が、先発してミニバンに乗って去ると、私はトラックの運転席に座って準備が整うのを待った。
しばらくして、助手席にリズが乗り込んできた。
「そういや、怪我はもういいの?」
リズが心配そうに聞いてきた。
「まあ、ポキポキ折れたけど、最後はパトラの魔法薬で治ったよ」
「えっ、アイツの魔法薬を使ったの。痛かったでしょ?」
ため息を吐いたリズに私は笑った。
「一瞬だけね。凄い効き目だよ」
「効き目は保証するけど、痛いんだよなぁ」
リズが苦笑した。
『犬姉だよ。準備出来たらいこう』
無線のインカムに犬姉の声が入ってきた。
「分かった。いこう」
『師匠、ごめんなさい。お酒が残っているようで、頭痛が凄くて……。鍛え方が足りません』
ビスコッティの弱々しい声が聞こえ、私は笑った。
「でた、久々の鍛え方が足りない。ゆっくり休んで。キット、よろしく」
『まあ、いきますけど、普通は鍛え方が甘いとかいいません?』
トラックがゆっくり走り出し、村の広場から出た。
「ああ、これビスコッティが己の限界を感じたときに決まっていうんだよ。気合い、根性が足りない。っていう意味合いらしいよ」
私は笑った。
「意外と根性派だったか。あたしもそうだけど、気合いと根性があればなんとかなる!!」
リズが笑った。
『おう、脳筋魔法使い。演歌でいいか?』
「馬鹿野郎、誰が脳筋魔法使いだ!!」
リズが赤ランプに向かって中指をおっ立てると、歌というより呪文のようなものが聞こえてきた。
「馬鹿野郎、これ般若心経だ!!」
『馬鹿野郎、要するになんだっていいんだよ。コイツを大胆にアレンジしたのがこれだ!! 舞い上がれはやぶさ~ってか!!』
いきなり呪文が曲に変わり、派手なロック調の音楽が流れ出したが、歌詞は般若心経だった。
「あ、熱い!!」
私は思わず声が出た。
「なんだ、いい音源持ってるじゃん。これでいけ!!」
リズが笑った。
『では、これをリピートにして。スコーンからの供給魔力が極端に低下しています。命に関わるので、今はリミッターを掛けてほぼリズだけの魔力で非常運転をしています。スコーン、心当たりは?』
キットの質問に、私は答えた。
「大怪我したのと関係ある?」
『あります。生命エネルギーが回復に回ってしまうと、魔力も極端に低下してしまいます。まあ、リズの魔力は半端なく高いので、スコーンは休んでいて下さい』
「分かった」
どう休むか分からないので、私は脱力してシートベルトに身を任せた。
「あっ、魔力で思ったけど、あたしとスコーンはどっちが魔力が高い?」
リズが得意げな笑みを浮かべた。
『はい、スコーンです。リズが標準エルフ量換算で約一万三千倍、スコーンはちょい上で約一万四千倍です。つまり、様々な指標に使われるエルフですが、魔力に関していえばお二人とも人外魔境な値になっています。まさに、ビッグファイアですなぁ』
キットがまるで人事のようにいってきた。
「えっ、私の方が魔力が高いの!?」
私の声がひっくり返った。
『はい、但しこれは潜在魔力です。魔法を放つ時の瞬間最大魔力は、リズの方が圧勝ですね。潜在魔力は生来のものなのでどうにもありませんが。瞬間最大魔力は鍛え方次第で増やせます。スコーンも少しは鍛えましょう。もったないです』
キットの声にため息でも吐きそうだったリズが、急に笑顔になった。
キットがいった潜在魔力は、生まれついた才能のようなもので、これは増やせなくて当然だが、瞬間最大魔力は鍛え方次第で、潜在魔力の範囲でいくらでも多くできる。
だから、それになるべく近づくように鍛錬するのが、魔法使いの常だった。
「鍛えているつもりなんだけどな……」
私はハンドルから手を離し、ボッと魔力の空打ちをした。
「まあ、とにかく魔法を使うのが一番効率がいい鍛え方だからね。結界魔法なんて、魔力の塊だし、なによりこのポンコツが異常に魔力を使うから、スコーンも放っておくだけで勝手に鍛えられるよ!!」
リズが笑った。
「そっか、このトラックが勝手に魔力を消費してるんだ。こうしてるだけで、鍛えられてるんだね」
私は笑った。
「そういう事。副作用は、やたらと腹が減ることかな。嫌でも大食いになる」
リズが笑って、スラーダから渡されたバスケットを開けた。
「もう昼を過ぎてるでしょ。食べよう!!」
バスケットの中には、大量のサンドイッチが入っていた。
「すっごい量だね。ミニバン隊なんてこれ二個だよ。絶対食べ切れない!!」
私は笑った。
「そう? これじゃ足りないかも……」
リズが苦笑した。
「……まさに、燃料だ」
私は苦笑した。
リズが玉子サンド好きなので全て譲り、私はトマトたっぷりのミックスサンドなどをひたすら食べた。
「なにこれ、お腹いっぱいだって思った直後に、また空腹が……」
「それが魔力切れの証拠だよ。なまじ潜在魔力が多いから、回復する時に膨大なカロリーが必要なんだよね」
リズが笑った。
結局、バスケットの中にあったサンドイッチを全て食べても、どうにも私はひもじかった。
「ダメだ、足りない。次の町か村でちゃんと食べないと……」
私が小さく息を吐くと、リズが笑った。
「だと思った。まずはミニバンに連絡を取ってみようか」
リズがインカムのトークボタンを押した。
「聞いてる?」
『ビスコッティです。どうしました?』
「そっち、サンドイッチ余ってる。魔力切れのお宅の師匠がひもじいって。あるなら頂戴」
『それが大好評で全てなくなってしまいました。みなさん食べるので。師匠はお腹が空くと機嫌が悪くなって、無駄に攻撃魔法を撃ったりするので、なんとかしないと……』
「次の町か村でまともに食べた方が早いよ」
『分かりました。次で停車ですね』
無線が切れ、リズが笑った。
「ここまだ林道だよ。抜けるのに二時間近く掛かったような……」
「そ、そうだったね。気合いで我慢する……」
私はため息を吐いた。
林道を抜けたトラックは街道に出て速度を上げた。
「スコーン、それが最後のレーションだよ。本当に空っ穴に食ったね!!」
リズが笑った。
結局我慢出来なった私は、リズが非常用に持ち歩いているレーションをもらって、食べ続けていた。
「こんなに食べた事ないよ。まだお腹が空いてる……」
私はいい加減恥ずかしくなっていた。
「キット、次の町とか村は?」
『三十分ほど進むと、コルサ・シティがありますが、もう三十分粘ればカリーナです。そちらをオススメしますが……』
キットがそう答えてきた。
「分かった。だったらそうしよう」
私は小さく息を吐いた。
「あたしもそう思うな。カリーナの学食なら、どれだけ食べても無料だしね」
リズが笑った。
「頑張る……」
リズが笑ってインカムのトークボタンを押した。
「聞いてる? もうちょっとカリーナだから、どこにも寄らずに……待った。止まるよ!!」
トラックが減速して止まると、リズが扉を開けて車外に飛び下りた。
しばらくして戻ってくると、手には山ほど弁当が抱えられていた。
「ちょうどよく何でも屋のトラックが対向車線からきたから、止めて買ったんだ。助手席に乗せるから、後部の荷物置き場に移して」
「ありがとう」
私は笑みを浮かべ、十個以上ある弁当の容器を本来は仮眠スペースとしてある空き空間に置いていった。
全部終わると、リズが助手席に座った。
トラックが再び走り出し、私はリズが買ってくれた弁当を食べはじめた。
「あたしも一個食う!!」
リズも弁当を食べはじめた。
「この肉じゃが美味しい……」
「そうかなぁ、このぬか漬けの方が美味しいよ」
弁当を食べながら走っていくうちに、当初は休憩予定だった町の通りを駆け抜け、再び街道を走っていった。
無事にカリーナに到着した時、空は夕焼けになっていた。
校庭のいつもスペースにトラックを駐めると、私は運転席から降りた。
「お疲れ!!」
リズが笑って、近くをウロウロしていたパトラを捕まえた。
「学食行くんでしょ。私たちもいくから、先にいって席取りしてくよ。いくよ」
リズとパトラが学食に向かって行く姿を見送り、私たちの片付けが始まった。
サンドイッチが入っていたバスケットを回収し、トラックやミニバン中のゴミを回収し、荷台に積んであったパステルご自慢の銃火器を片付け、ハッチを閉じてエンジンを切った。
「よし、学食にいこうか」
「はい、師匠」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
他のみんなも笑い、私たちは校舎に向かった。
正面口に適当に乗り捨ててある自転車に跨がり、私たちは学食に向かった。
そうしている間にもお腹が空き、私は大丈夫かと内心思いつつ、学食の出入り口に自転車を置いて中に入った。
すでに大量の料理が並んでいるテーブルは見つかり、ソファに座ったリズが手招きしてきた。
そのテーブルに付くと、パトラが薬瓶を取り出した。
「食べ物だけで回復させようとしてもダメ。飲んで」
私はパトラから薬瓶を受け取り、私は一気に飲み干した。
体の芯が熱くなり、私は小さく息を吐いた。
「あと、絶対便秘になるから、これも渡しておくよ。寝る前に飲んで」
「ありがとう」
私は緑のキャップがしてある薬瓶を受け取り、ポケットにしまった。
「じゃあ、食べようか。適当に選んだけど、ここはハズレがないから、なんでもいいでしょ!!」
「うん、ありがとう!!」
私は大皿料理ばかりのご飯に手をつけた。
先ほどの薬が効いたのか、やっと普通に食べている感覚がした。
「しっかし、魔力切れでここまでって事は、さすがに潜在魔力があたし以上だよ。これで瞬間最大魔力が増えたら、勝てなくなるかもね!!」
リズが笑った。
「瞬間最大魔力は鍛え方次第だけど、簡単じゃないよ。まあ、私は寝ているだけでも、トラックが勝手に吸収するから、まだ楽だけど」
私は笑った。
結局、これが晩ご飯となり、実に中途半端な時間が残った。
「そういえば、キキ。この魔力切れの薬の作り方を教えておくよ。何個あっても損はないから」
パトラが笑みを浮かべ、キキがびっくりした顔になった。
「さっきスコーンさんが飲んだ薬ですよね。難しそうです」
「ん、簡単だよ。材料も三つしかないし、さっそくやろう」
パトラが笑った。
「はい、分かりました。では、研究棟四階でいいですよね」
「うん、いいよ」
パトラが頷くと、キキが席を立った。
「みなさん、私は研究棟四階にいってきます」
「私たちの研究室でしょ、今もまだ自分の職場だって分かってないの?」
私は苦笑した。
「ああ、そうですね。研究室にいってきます」
「待って。どうせやる事ないし、スコーンの部屋で茶でもシバこうか」
リズが器を山ほど積んだトレーを片手に立ち上がり、返却口に向かっていった。
帰りに大量のケーキを持ってきたリズが、パトラにケーキを押しつけた。
「あたしは購買で紅茶でも買ってくる。ペットボトルだけどね!!」
リズがそのまま学食を出ていった。
「ケーキ持とうか?」
あまりにも箱の数が多いので、私はパトラに声を掛けた。
「平気だよ。先にいってて」
パトラが笑った。
「そ、そう……じゃあ、いってるよ」
私はみんなを連れて、研究棟に移動した。
守衛室にリズとパトラが後でくる事を告げ、エレベータで四階にある私の研究室に入った。
寒かったがエアコンを入れて、仕切りの向こうにあるキャンプコーナーのたき火に火を付けると、すぐに温かくなった。
「あっ、ビスコッティ。今日ア○ゾン頼んでおいた魔法書が届く予定じゃなかった?」
「はい、師匠。下の守衛室で預かっているそうですが、数が多くて重いので、用務員さんが運んでくれるそうです」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
しばらくすると、エレベータが動き出し、一階に戻ったカゴが再び四階に戻ってくるとケーキを大量に持ってきたパトラと、飲み物を大量に持ってきたリズが入ってきた。
「いやー、この部屋は暑い位だよ。いつもの場所にいる」
リズが笑みを浮かべ、仕切りの向こうにいった。
「私は魔法薬の準備をします。お湯を沸かすだけですけれど」
キキが装置に水を入れ、あちこちにあるアルコール・ランプに火を付けた。
その時、内線電話がなり、ビスコッティが受話器を取った。
「師匠、魔法書を持ってきてくれるそうです。これで、研究室っぽくなりますね」
ビスコッティが笑った。
「っぽいじゃなくて、元からそうなの。まあ、ようやく準備は出来たかな」
私は笑みを浮かべた。
エレベータが動き出し、ジャージを着たおじさんたちが、次々に箱を台車から床に置き始めた。
「きたきた、クランペットもサボってないで!!」
私の影が伸びてクランペットが姿を見せ、次々と開梱しては魔法書を書架に収めていった。
「ん、これ?」
ビスコッティが箱に張られた荷札をみて、手を止めた。
「クランペット、これみて……」
「なんです?」
クランペットが荷札をみると、一つ頷いた。
「師匠、この一際大きな箱には触れないで下さいね。危険です」
「き、危険!?」
「はい、とっても危険です。天地無用ステッカーが張ってありますが、ひっくり返しておきましょう」
クランペットが眼鏡を直し、箱をひっくり返して置いた。
「あれ、危険な魔法書なんか買ったかな……」
私が考えている間にも、他の箱の中身を取り出しては書架に収める作業は続き、ビスコッティとクランペットが時々大きな箱を蹴飛ばしたりしながら、無事に作業が終わった。
「師匠、終わりましたよ」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「あれ、その大きな箱は?」
「魔法書ではありません。品目には『ゲームボーイ』と書いてあります。ダメですよ、大人買いしたら」
「『ゲームボーイ』なんて買わないよ。持ってるし!?」
ビスコッティが笑って、箱を蹴飛ばした。
「……いて」
気のせいか、箱から声が聞こえたような気がした。
「それ、中身本当はなに?」
「生ものです。さて……」
ビスコッティはカッターナイフを手に、そっと構えた。
そのまま刃を出さずに、タンボール箱の蓋を留めているテープにカッターを突き立て、テープを引き裂くと、中から女性が転がり出てきた。
「ほら、やっぱり。無視無視……」
「はいな」
ビスコッティとクランペットが大量の段ボールを潰して、せっせと集め始めた。
「ちょっと、久々どころか十数年ぶりに再会したのに、無視はないでしょ!!」
ビスコッティと同い年くらいの女性が喚いたが、ビスコッティもクランペットも無視して作業を続けた。
「クランペット。そういえば、王都の研究所が職員にトレーサを打ち込むようになったのっていつからだっけ?」
「忘れちゃいましたよ。お陰でここまでくるのに苦労しましたねぇ。トレーサの無効化に数年かかりましたし、誰かさんが逃げたお陰で研究所の警備がカチガチになって、実質的に閉じ込められたも同然になりましたね。まあ、本気になればなんでも出来ますが」
段ボールの束が出来上がり、クランペットがエレベータ近くにあるゴミ置き場に運んでいった。
「わ、私が無許可でカリーナ魔法学校の偵察にいってる間にとんでもない事に……帰ってきたんですよ。でも、そのIDは無効だといわれて中に入れなかったのです。どうにもならなかったので、研究所で出来たコネを使って、手紙で様子を覗いながらそっと誘導したのです。新任の研究者ならまだ染まっていないだろうし、話題になっているとうことは、いずれあんな研究所なんか相手にしないほどの大物なるなという読みだったのです。ごめんなさいね」
女性は私に頭を下げた。
「あの研究所に着任したてに届いた手紙だね。お陰でビスコッティとクランペットに会えたし、気にしないでいいよ」
私は笑みを浮かべた。
「はい、今はここの警備部に配属されています。この前辞令が下りまして、ここの専任警備を担当する事になりました。留守番とでも思ってください」
女性が笑みを浮かべた。
「へぇ、そんな事もやるんだね。私はスコーン。よろしくね!!」
「私はアリサと申します。実はビスコッティと誕生日が同じで同年齢、クランペットは一個下になります。幼なじみなんですよ」
「へぇ、そうなんだ。二人とも、そういう話しないからね」
「はい、師匠にはそういうお話ししたくないだけです。隠すつもりはないのですが」
ビスコッティ苦笑した。
「はい、私も誤解されてしまうと困るので。元プロとだけいっておきますね」
アリサは笑った。
「元プロね……。まあいいや。専任警備って事はずっといるの?」
「いえ、夜間だけです。二十二時から翌八時半までが基本ですが、いくらでも融通は利きますので、遠慮なくどうぞ」
「分かった。また賑やかになったね」
私は笑った。
「おーい、ケーキが溶けちゃうぞ!!」
リズが仕切りの向こうからヒョコッと顔を出した。
「あれ、新人さん?」
「新しくここの専任警備をやってくれるアリサだよ!!」
私が返すと、リズが頭をガリガリ掻いた。
「専任警備が。うちも置けっていわれてるんだけど、場所がなくてさ。まあいいや、早くケーキを食べよう」
「うん、アリサもどうぞ」
私は笑みを浮かべた。
仕切りの向こうにいくと、アリサが目を見開いた。
「た、たき火ですか。今まで色々な研究室を見てまわりましたが、これは初めてです」
「まあ、ここは変なのばっかりだから。よし、ケーキを食べよう。アリサも!!」
私は笑みを浮かべた。
「あら、よろしいのですか。では、お言葉に甘えて」
制服の上着の肩に警備隊のワッペンを縫い付けたアリサが、わざわざ運び込んだ土の上に生えた芝生の上に座った。
「それにしても、どこのどなたさん? ちゃんと話を聞いていなかったから!!」
リズが笑った。
「はい、実は……」
アリサはリズとパトラに説明をはじめようとしたが、エレベータの扉が開く音が聞こえ、一回留まった。
「ヤッホー、美味そうな匂いがしてケーキだ。あれ、警備隊員じゃん。スコーン、なんかやったの?」
犬姉が笑った。
「違うよ。ここの専任警備をやってくれるんだって」
「あれ、そんな予定が……あったな。うん。アリサに頼んだ!!」
「隊長、お疲れさまです」
アリサが立ち上がって敬礼した。
「今は敬礼なんていらないよ。しっかり、自己紹介した?」
「今二度目をやるところです。名簿によると、リズさんとパトラさんは五階でこの四階は全員揃いましたね」
アリサが笑みを浮かべた。
「あの、隊長。お願いがあるのですが、拳銃と剣はいいのですが、ここは広いので面的正圧力がある武器が欲しいです。購入してよろしいですか?」
アリサが表情を引き締めた。
「うん、必要ならいいけど、爆発するような武器はダメだよ。なんなら、今から市場に行く? ケーキ食ってから!!」
「はい。みなさんよろしいですか?」
「今から陸路でいったら、門限に間に合わないよ」
ケーキの箱を開けながら、リズが苦笑した。
「まあ、待ってて」
犬姉はインカムのトークボタンを押し、どこかと交信をはじめた。
「急がせて悪いけど、なるべく早くね!!」
リズが皿にケーキを盛り付けながら、小さく笑った。
「わ、分かった。これはまた大騒ぎだ!!」
私は慌ててケーキにフォークを刺した。
「全く、どうしていつもこうなんですかねぇ」
ビスコッティが得意の早食いで、ケーキを胃の中に流し込んだ。
「申し訳ありません。改めて自己紹介しますので……」
アリサが慌ててケーキを平らげた。
こうして、みんながペットボトル入りの紅茶で一息吐いていると、ケーキを食べながら無線交信していた犬姉が小さく息を吐いた。
「あと十五分で校庭にいくよ。特別に着陸許可が出たから。全員でいくの?」
「あっ、パトラさんさえよければ、私は魔法薬を作ります。いいですか?」
キキがパトラに聞いた。
「うん、いいよ。リズが暴走しないように見張っててね」
パトラが笑った。
「よし、もう飛行場から迎えの車が向かってるっていうから、私は先にいくよ。校庭で待ってて。ケーキご馳走様!!」
犬姉はリズの肩を軽く一回叩き、エレベータの方に向かっていった。
「へぇ、犬姉って隊長なんだ……」
リズが笑った。
「はい、とてもいい方ですよ」
アリサが小さく笑みを浮かべた。
「校庭に十五分だと、もうギリギリですよ。急ぎましょう」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
みんなと大急ぎで校庭に行くと、大分夕闇が迫った中で、校庭に一機のヘリコプターが下りてきた。
「ブラックホークですか。つくづく、この学校が変わっていると分かります」
アリサが笑った。
「師匠、みなさん、行きましょう」
まだメインロータが回っているので、風がもの凄かったがビスコッティが操縦席の扉を開けて乗り込み、私たちは機体側面の扉をスライドさせて乗り込んだ。
扉を閉めて、天井から下がっているインカムをつけると、私はトークボタンを押した。「全員乗ったよ!!」
『了解、離陸する』
エンジンの音が高くなり、ヘリコプタが夜闇の空に向かって舞い上がった。
『大体十分くらいで着くよ』
「分かった」
私は全員インカムをつけている事を確認した。
「……汝、我が身の盾となれ」
マルシルの声が聞こえ、ヘリが淡い燐光に包まれた。
『ビスコッティです。師匠、また変な魔法を使いましたね』
『ああ、いえ、私です。魔除けの呪文なんです。安心して下さい』
マルシルが小さく息を吐いた。
「おお、格好いいじゃん。淡く光るヘリだぜ!!」
犬姉が喜ぶ声が聞こえた。
「ビスコッティ、なんでも私のせいにしないでよ。ごめんなさいは?」
『……ごめんなさい』
私は満面の笑顔を浮かべた。
ヘリコプタは闇の空を飛び、程なく眼前に巨大な建物が見えてきた。
どこかと交信していた犬姉が、ヘリを大きく旋回させ、地面を碁盤のように四角く区切った場所の上空に差し掛かった。
ヘリコプタは建物に一番近くのマスにに着陸した。
『はい、着いたよ。コイツを寝かしつけるまで時間が掛かるから、あとは任せてね』
「ありがとう。みんな、いくよ」
私は機体のサイド扉を開くと、みんなと一緒に下りた。
操縦席の左側の扉が開き、ビスコッティが降りてきた。
「みなさん、入館証を忘れていませんよね?」
私は首から下げている市場の入館証を出した。
「あっ、アリサは……」
「はい、持っています。昔はよく使ったので」
アリサが小さく笑った。
「あっ、そうだ。聞くまでもなかった……。さて、いきましょう」
私たちはヘリコプタから離れ、建物入り口で入館証を見せて中に入った。
いつも入る入り口が違うので、私は一瞬混乱したが、ビスコッティが手を繋いで笑みを浮かべた。
「あの、拳銃は大丈夫です。サブマシンガンが欲しいですね」
アリサが笑みを浮かべた。
「分かりました。師匠もみますか?」
「うん、久々だから!!」
私は笑った。
「ここで分かれましょう。私は重火器をみたいですし、マルシルも興味があるようなので」
パステルが元気に手を振った。
「分かった、なにかあったら無線で連絡するよ!!」
私が手を振ると、パステルとマルシルが市場の奥に進んでいった。
「そういえば、みなさんサブマシンガンも持っていますね。MP-5ですか。大変優れた銃です。高いですが」
アリサが苦笑した。
「ああ、ここの買い物は経費で落とすよ。だから、気にしないでいいから!!」
リズが笑った。
「そ、そんな……」
「遠慮はいりません。サブマシンガンは多数ありますが、ここはMP-5で統一しましょう」
ビスコッティが笑みを浮かべた。
「そんな高級銃いいんですか。私はもっと安くても……」
などとビスコッティとアリサがやってる間に、私はすぐ近くにある拳銃コーナーに向かった。
「最後の切り札が欲しいんだよねぇ。やっぱりこの五十口径が……」
展示されていた拳銃の中で、一際大きなデザート・イーグルに興味を引かれてじっと見ていると、ついに我慢出来なくなった。
近くにいた店員さんを呼んで、デザート・イーグルを取ってもらい、ついでに弾薬を百発ほど手にすると、ずっしり重いそれを持ってレジに向かった。
すぐに会計を済ませ、レジを抜けた先にある待合室のような場所のベンチに座った。
『師匠、どこにいますか。こちらは終わりです』
無線からビスコッティの声が聞こえ、私は小さく笑みを浮かべた。
「レジを抜けた先の休憩所だよ!!」
『まずい、師匠がなんか買っちゃった。行きますから、動かないで下さい!!』
慌てたビスコッティの声が聞こえ、私は思わず笑った。
「さてと、コーヒーでも飲もうかな」
私は自販機にいって、ホットのブラックコーヒーのボタンを押したが、出てきたのはホットの青汁だった。
「……まあ、面倒だしいいか」
私は缶を手に微妙な味の飲み物を飲みながら、大騒ぎしながらレジを通ってきたビスコッティとアリサが駆け寄ってくるのをみた。
「師匠、なに買ったんですか。勝手に!!」
ビスコッティが私にゲンコツを落とした。
「あら、デザート・イーグルですね」
私の買い物袋を覗いたアリサが笑顔を浮かべ、ビスコッティが頭を抱えた。
「師匠、そんなの買ってどうするんですか!!」
「うん、困った時の最終兵器が欲しくて買っちゃった」
私が笑みを浮かべると、アリサが小さく笑った。
「これは玩具ではありません。使用する弾丸は、拳銃弾の中では最強といわれている12.7ミリ弾です。それは頭に入れておいて下さい。間違っても、いたずらに使わないで下さいね」
「分かってる。あくまでも、普段は持ってるだけだよ」
私が笑みを浮かべると、アリサはビスコッティの頭に軽くゲンコツを落とした。
「ほら、ちゃんと理解してるじゃないですか。騒ぎすぎ」
「師匠は信用しています。ですが、きっちりトレーニングしないと、当たるものもあたりませんし、怪我をしてしまいます。私は基本は教えられますが、こんなバケモノになるととても……」
「私も難しいですね。ライフルなら、いくらでも教えられるのですが……」
ビスコッティとアリサが同時にため息を吐いた。
「なに、呼んだ?」
気が付くと、ビスコッティの背後に犬姉が立っていた。
「ぎゃあ、気配を消さないで下さい!!」
「得意技だもん。で、ついに五十口径を買っちゃったんだ。リズと同じだけど、アイツ変なセンスがあってね。覚えるのが異常に早いんだよ。どっかでズルしてるとしか……」
犬姉が笑った。
「誰がズルだって?」
いつの間にかやってきたリズが、大きく笑った。
「で、ついに買っちゃったんだ。あたしは撃てるけど、教えられるほどは上手くないな。犬姉にきっちり習った方がいいよ」
リズが笑みを浮かべた。
「うん、これなら余裕だよ。ここで箱から出すわけにいかないから、帰ったらレクチャーするかな」
犬姉が笑った。
「うん、ありがとう」
私は笑った。
「誰も止めてくれない……。師匠のバカ」
ビスコッティが頬を膨らませた。
「まあ、あれよりマシだと思うよ」
リズがレジを指さすと、何箱も木箱を積んだカートで会計をするパステルとマルシルの姿があった。
「ミサイルでしょうね、恐らく。なにに使うのでしょうか」
アリサが苦笑した。
「さて、これで全員かな。帰らないと間に合わないよ!!」
犬姉の声で、私はソファから立ち上がると、ずっしり重い袋を持った。
こうして、私たちは再びヘリコプタに乗り込み、カリーナに戻った。
帰りは校庭に降りられないようで、そのまま飛行場のヘリポートに向かった。
ヘリポートに降下しいくと、パトラとキキが離れた場所で待っているのが見えた。
「あれ、どうしたのかな……」
ヘリが着陸すると同時に、私はサイド扉を開いてパトラとキキに近づいていった。
「どうかしたの!!」
ヘリの轟音の中、私は怒鳴った。
「うん、スコーンの島に行きたいんだよ。あそこに自生していた『マンドラム』って植物があるんだけど、あれがどうしても必要なんだ。いつもは買い置きしてあるんだけど、たまたま切らしちゃってさ。冬場はなかなか取れないから高いし、そういえば島にあったなって思って!!」
パトラが怒鳴り返してきた。
こうしないと、全く聞こえないのだ。
「……あっ、無線があった。最初からこれにすればよかったな。犬姉、聞いてる?」
『聞いてるよ。どうしたの?』
「パトラが魔法薬の材料を取りに島まで行きたいんだって。大丈夫?」
『うん、大丈夫だよ。先に飛行機の準備してて。ビスコッティ、よろしく』
『分かりました。いつものYS-11で』
ビスコッティの声がインカムに届き、後部からゾロゾロとみんなが降りてきた。
パステルたちが買った木箱の山は、連絡してあったのかジャージオジサンたちが手早く下ろし、カートに乗せはじめた。
「ビスコッティ、どれを使うの?」
私が知る限り、YS-11は四機あり、どれも使える状態のはずだった。
「分かりやすく一号機です。えっと……」
ヘリポートから駐機場までは少し距離があったが、すぐに駐機中のYS-11が見えてきた。
「ここで待ちましょう。ちょっと下さい」
ビスコッティが管制塔と無線で交信をはじめた。
しばらくすると、屋根に黄色の回転灯を点したバスがやってきて、機体の点検をはじめ、数人が乗り込んで、機体に折りたたまれているステップを下に下ろした。
静かだった辺りに微かに機械音が漏れ、真っ暗だった機内に明かりがついた。
「師匠、待っていてください」
ビスコッティが飛行機に向かい、黄色い服を着た男性と話し、なにやらクリップボードに挟まれた紙にサインした。
しばらくして、犬姉がやってきて私の頭を撫でると、そのままビスコッティの方に向かった。
やはり、黄色の服の男性と言葉を交わし、クリップボードにサインすると、男性は仲間を連れてバスで去っていった。
「お待たせしました。乗って下さい。エアコンを掛けたばかりなので、寒いと思いますが」
ビスコッティがこちらにむかって笑みを浮かべた。
「ビスコッティ、荷物はどうするの?」
私の拳銃はともかく、パステルの木箱をどうにか積まないといけなかった。
「ここにあるコンテナに入れて下さい」
ビスコッティは、機体の脇においてあった大きな箱を指さした。
その間に中に入った犬姉が操作したらしく、機体横の貨物室が音を立てて開いた。
カートに積んだ木箱をジャージオジサンたちがせっせとコンテナに運び、ちょうど一杯くらいで全て片付けると、フォークリフトでそれを慎重に貨物室に詰め込んだ。
用事が終わったジャージオジサンたちが機内に乗り込み、彼らのボスである芋ジャージオジサンが最後にゆっくりステップを上がっていった。
「よし、私たちも乗ろう」
私を先頭に、ステップのところでにこやかに待っていたビスコッティがこそっと呟いた。
「……あとでお仕置きです。容赦しません」
「……ごめんなさい」
私は逃げるように機内に入った。
狭い機内の後方はジャージオジサンたちで埋まっていたので、私は機体中程の翼が見える場所に座った。
犬姉とビスコッティは操縦にまわったようで、コックピットと機外を出たら入ったりしていた。
「ここいいですか?」
アリサがやてきて、私の隣の席を指さした。
「うん、いいよ」
アリサが笑みを浮かべて、私の隣に座った。
ちなみに、私が買った拳銃もかさばるので、あのコンテナにしまっておいた。
「ここでいいや!!」
パトラを連れたリズが、アリサと通路を挟んで隣に座った。
『ヤッホー、行くよ!!』
犬姉の声が聞こえ、ステップが格納された。
ビスコッティが扉を閉めて、再びコックピットに戻った。
飛行機がプッシュバックされ、夜の飛行場の景色が動き始めた。
機体の向きが変わり、片側のエンジンが始動した。
力強い振動が機体を揺すり、程なくもう片方のエンジンも起動した。
プロペラが空を切る音も高らかに、飛行機は誘導路に向かってゆっくり走り始めた。
「あっ、C-5Mだ……」
これから向かって行く滑走路に、大型輸送機が着陸していった。
「まだまだこれからだよ。深夜便の山になるからね!!」
リズが笑った。
飛行機は誘導路を滑走路に向けて走り、一時停止するとそのまま滑走路に入った。
そして、一時停止する事もなく、一気に離陸していった。
『今のところ、到着は深夜になるよ。寝られる人は寝た方がいいよ』
スピーカから犬姉の声が聞こえた。
「大分旧式の機体ですが、これはこれでいいものですね」
アリサが笑った。
「でしょ。この頑張ってます感がいいんだよ。気合いの塊って感じで」
私は笑った。
こうして、私たちの夜間飛行は始まったのだった。
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