第19話 エルフの里にて(改稿)

 研究室でゆったりしていた私は、疲れもあってキャンプコーナーのハンモックで寝てしまっていた。

 ふと起きると、パトラがマルシルの書いた報告書を、折りたたみ式テーブルの椅子に座って読んでいた。

「あっ、師匠。起きましたね」

 側にいたビスコッティが、笑みを浮かべて近寄ってきた。

 窓の外はすっかり夜になっていて、私は目を擦ってから腕時計をみた。

「もう深夜か……。随分寝ちゃったな」

「はい、よく寝ているので起こせませんでした。みんな寮に戻っているはずですが、パトラだけが残って、マルシルの報告書を読んでいます」

「あっ、お邪魔してるよ!!」

 紙束から目を離し、パトラが笑みを浮かべた。

「気にしないでいいよ。そんなに面白い?」

 私は笑みを浮かべた。

「だって、自分のルーツに関する話だよ。半分だけど。知らない事がいくつもあったよ」

 パトラが小さく笑った。

「そういえば、パトラはハーフ・エルフだったね。忘れがちだけど」

「それは忘れちゃダメだよ!!」

 パトラが報告書を山に戻し、トントンと整えた。

「さて、続きは明日にしようかな。なかなか読み応えがあるよ。部屋でリズがまだ起きてるはずだから」

 パトラが椅子から立った。

「リズって……手榴弾でぶっ飛ばしたんじゃ」

「そんなわけないでしょ。あれは、手榴弾をお股の穴ぼこに出し入れしてただけ。リズがブチ切れて攻撃魔法を使ったけど、狙ってもないから当たらないし、部屋がメチャクチャになっただけだから心配しないで。じゃあ、帰るね!!」

 パトラが手を振って、仕切りの向こうに消えていった。

「お、お股の穴ぼこって……別の表現があるだろうに。なんだ、あの爆音はリズだったか。ならいいや」

 私は苦笑して、ハンモックから下りた。

「そんなに面白いなら、私も読んでいこうかな。ビスコッティ、あれどこにやった?」

「はい、パトラの隣に山積みにしてあります。正式な報告書形式なので、ちゃんと読んでサインして下さいね」

 コーヒーを淹れながら、ビスコッティが小さく笑った。

「それ早くいってよ。寝てる場合じゃなかった!!」

 私は慌ててパトラが座っていた隣に山積みにされていた、報告書に目を通し始めた。


「ふぅ、面白かったけど疲れた!!」

 マルシルの報告書を全て読み終え、表紙のサイン欄に私がサインした時には、夜はとっくに明けて、学食の朝食タイムすら終わりかけていた。

「師匠、楽しそうでしたよ。そんなに面白かったですか?」

 私がサインした報告書の束を机の引き出しに運びながら、ビスコッティが笑みを浮かべた。

「うん、なんで人間との間にしかハーフ・エルフが生まれないのかとか、知らなかった事が満載だったよ。魔法使いは見識を広く持たなきゃね」

 私は笑った。

「一説によると、ハーフ・エルフが生まれる確率は百万人に一人とか……」

「そりゃそうだよ。元は別種だから、普通は子供が生まれないもん。遺伝子の奇跡としたいいようがないね」

 私は小さく笑った。

「さて、朝ご飯どうしようか。もう学食は間に合わないよ」

 いつでも開いている学食だが、朝食タイムのあとは二時間の清掃時間が入る。

 つまり、ここで食べられないとなると、次に開くまでにお腹が空くことは確実だった。「困りましたね。購買でなにか買ってきましょうか?」

 ビスコッティが自転車の鍵を取り出した。

「そうだね。調理器具はあるから、食材さえあればなんとかなるね」

 私が笑みを浮かべると、ビヨーンと影が伸びてクランペットが姿を現した。

「そういう事ならお任せ下さい。ビスコッティに任せるとロクな事になりません」

 クランペットは、そのままエレベータに乗って、階下に降りていった。

「失礼な……。まあ、楽が出来るからそれでもいいですが」

 ビスコッティが一瞬鬼の形相になったが、すぐに元に戻って笑みを浮かべた。

「私は徹夜で眠いよ。魔法研究がイケイケ状態なら、そんなことはないんだけどね」

「はい、私も体力の限界に挑戦になりますからね。まあ、まだ研究材料が揃っていませんし、しばらくはキキがパトラと魔法薬の練習をするだけでしょうね」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「よし、魔法研究で思いだした。リズのオメガ・ブラストを研究しようか。四大精霊系では最強クラスの魔法だし、ビスコッティも興味あるでしょ。結果として、違う魔法が生まれるかも知れないよ」

「それいいですね。でも、許可を取ってからの方がいいですよ」

 ビスコッティが笑った。

「もちろんだよ。そのうちくると思うよ」

 私は笑みを浮かべた。


「ここの購買はいいです。必要な食材が全部手に入りました」

 しばらくして戻って戻ってきたクランペットが、ホクホクの笑顔でいって、さっそく調理を始めた。

 実はクランペットは、料理が上手いだけでプロではない。

 本当は潜入調査の元プロなのだが、今は仕事がないので私の陰に潜り込んだり、時々銃の練習をしたり、持ち前の器用さでこうして料理を作ったりしていた。

 料理が出来る間、私は魔法研究ノートを開き『光りの矢』についての研究成果を段階を追って別の未使用ノートに書き写していた。

「よし、出来た」

 全て書き終えると、私はノートの表紙に『リズ・ウィンド様へ』と書いて笑みを浮かべた。

「切り札的な呪文を借りるんだもん。このくらいはしないとね」

 私は笑みを浮かべ、机の上に置いた。

「お互いに極秘情報の開示ですね。いいと思います」

 なにが入ってるか忘れたが、木箱を持ったビスコッティが笑みを浮かべた。

「開示するのは情報だけだよ。お互いにモノに出来るかは分からないけどね」

 私は笑った。

「お待たせしました。ご飯が出来ましたよ」

 仕切りの向こうからクランペットの声が聞こえ、私とビスコッティはキャンプコーナーのテーブルに移動した。

 簡単なメニューだったが、それでも美味しく食べ、食後の紅茶を飲んでいると、内線電話が鳴った。

 ビスコッティが席を立ち、壁に掛けてある電話に出ると、簡単なやり取りを終えて戻ってきた。

「今からリズとパトラがくるそうです。守衛室に連絡して、ここに入室する許可を出しておきました」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

 ここの室内の構造上、エレベータを降りるとすぐに研究室なので、いかなリズたちでも許可しないとエレベータが止まらず入れない仕組みだった。

「ありがとう。クランペット、二人前用意しておいて。多分、食べてない」

「はい、分かりました」

 クランペットが再び料理を始め、私はさっき書いたノートを机から持ってきた。

 しばらくして、エレベータのドアが開く音が聞こえると、仕切りの向こうからボコボコのリズとパトラが入ってきた。

「いやー、朝から運動したよ。お陰で学食が閉まっちゃったから、冗談でメシくれって言ったらお呼ばれしちゃった。ごめんね!!」

 リズが笑った。

「な、なに、朝から喧嘩でもしたの?」

「うん、変な事しやがったからお仕置きしたら、猛烈に噛みついてきたから、始末に手間取った!!」

 リズが笑った。

「そうなんだよ。リズのくせに攻撃してきたからね。そういえば、昨日の資料あるかな。まだ半分も読んでないから」

「あるよ。ビスコッティ」

 私がビスコッティに声を掛けると、笑みと共に空間に穴を空け、そこからマルシルの書いた報告書を取り出した。

「その辺に置いておけるものではないですからね。テーブルの上に置いておきます」

 ビスコッティが笑みを浮かべた時、ちょうど朝ご飯が出来上がった。

「簡単ですが、どうぞ」

 クランペットがテーブルの上にご飯を並べていくと、リズとパトラが目を輝かせた。

「ありがとう、助かったよ。なんか上品だね!!」

「この玉子が乗ってるパン、美味しそうだよ。いただきます!!」

 リズとパトラが食事を始め、場は賑やかになった。

「そろそろ他の皆もくるんじゃない。これならお腹に入るだろうし、人数分作っておいて!!」

「はい、分かっています。すでに作り始めています」

 クランペットが笑った。

「ならいいや。パトラ、私も読んだけど、よく出来た資料だよね」

「うん、だからまた読みに来ちゃった。リズも気になるって」

 パトラが笑みを浮かべた。

「あ、あのさ、いいにくいけど、おかわりある。美味しいんだもん」

 リズが遠慮がちにいうと、クランペットが笑顔でご飯のおかわりを持ってきた。

「たくさんあるので、遠慮なく」

「ありがと!!」

 リズが食べはじめると、パトラもおかわりを求めた。

「二人とも食べるねぇ」

 私は笑みを浮かべた。

「だって、朝から何も食べてないもん。美味しいし!!」

 リズが笑った。

 こうして二人の食事が終わる頃、どこかで待ち合わせでもしていたのか、マルシルたちがやってきて、全員が揃った。

「あっ、ご飯あったんですね。全員が全員寝ぼけて学食が閉まってしまったので、携帯食かなと思っていたんです」

 パステルが苦笑した。

「全員で寝ぼけたの。しょうがないなぁ」

 私が苦笑した時、ちょうどパトラがリズと一緒にマルシルが書いた報告書を読み始めた。「あの、二人でなにを読んでいるのですか?」

 キキが笑みを浮かべて聞いてきた。

「マルシルが書いた名文だよ。気になるなら、リズが読み終わったものから読んでみたら。もう一部あるんだけど、そっちは正式な報告書として要保存だから」

 私は笑った。

「名分なんてそんな……。気になるならまた印刷しますが」

「もういいよ。あんまりあっても置き場所がないから。それに、これは部外秘扱いの内容だよ。エルフについてここまで突っ込んで書いちゃうと、変に誤解する人が出るからね」

 手にしていた鞄からノートパソコンを取り出そうとしていたマルシルを制し、私はキキを見つめた。

「はい、気になります。ぜひ……」

「じゃあ、ご飯食べたらね。皆で回し読みしてよ。但し、内容は口外しない事。いい?」

 私の声にみんなが頷き、まずはということでクランペットの料理を食べはじめた。


「えっ、オメガ・ブラストを研究のネタにしたいの。別にいいよ」

 一通り落ち着いたところで、私がオメガ・ブラストを借りたいといったところ、リズは簡単に頷いてくれた。

「ありがとう。その代わり、私の『光りの矢』を纏めたから読んで」

 私はリズにさっき書いたノートを手渡した。

「あれ、気にしないでいいのに。律儀だね!!」

 リズが笑って私のノートを読み始めると、段々真剣な表情になっていった・

「これは、お礼にしてはもらい過ぎだよ。大事に取っておいて!!」

 リズが私にノートを返そうとしたが、その手を押さえて押しとどめた。

「じゃあ、友好の証って事で研究してみて。裏ルーンを学ぶにはちょうどいいから」

  一瞬びっくりしたような表情を浮かべたリズだったが、すぐに小さく笑みを浮かべた。

「じゃあ、もらっておくよ。あたしがこれをベースに、新しい魔法を考えるから。やってる事は同じ!!」

「うん、そういう事。裏ルーンは扱いが難しいから気をつけてね」

「誰にいってるの。もう分かってるつもりだよ。こりゃ、解析だけでしばらく掛かるなぁ」

 リズが笑った。

「リズ、私にも見せてよ。きっと、とんでもない魔法薬ができるよ!!」

「ダメ、あたしとスコーンの秘密だよ!!」

 リズが笑った。

「なるほど、裏ルーンの魔法薬への応用か。考えた事もないけど、今まで成功例がないんだよね。キキなら分かるかな?」

「はい、どうしましたか?」

 キキが私に聞き返してきた。

「裏ルーンの魔法薬だよ。黒魔法の心得があるなら、裏ルーンはバッチリでしょ。パトラとやってみたら?」

「え、えっと、裏ルーンって長続きしないんです。魔法薬には……」

 キキが困った顔をした。

「そんなことは分かってるよ。だから、チャレンジする価値があるんだよ。パトラが興味あるみたいだから、助手同士で共同開発してみたら?」

「分かりました。パトラさん、やりますか?」

「うん、ちょうど暇でやる事ないし、興味があるんだよ。一緒にやろう!!」

 パトラがキキと握手した。

「リズ、いいかな?」

「いいもなにも、これで暇じゃなくなるよ。あたしはいいんだけど、暇だとパトラが暴れるから困ったもんでさ。よろしく!!」

 リズが笑った。

「研究成果がでたら、リズが発表してよ。私は魔法薬に疎いから変でしょ?」

「嫌なこった。ここは、共同研究でしょ。助手の研究成果は、直属の研究者の成果になっちゃうからね。一緒に点数稼ごう!!」

 リズが笑って、子リズ縫い包みを手渡してきた。

「い、いいのかな……」

「いいも悪いも、スコーンのところのキキとうちのパトラが共同でやるんだよ。間違ってない!!」

 リズが笑った。

「そういう事なら……。はぁ、私もなんかやろうかな」

「馬鹿たれ。さっき魔法交換したでしょ。サボらないで、新魔法を開発しなさい!!」

 リズが笑った。

「そっか、それがあったね。オメガ・ブラストベースの結界とか面白くない?」

「またもや馬鹿たれ。攻撃魔法は先にそれを防ぐ防御魔法が出来るでしょうが。防御魔法も結界の一種じゃ!!」

 リズが私の頭を小突いた。

 攻撃魔法を作ろうとすると、まず真っ先に反対魔法である防御魔法を作らなくてはならない。

 正確には、防御魔法の反作用で攻撃魔法が出来るため、攻撃魔法の専門家は防御魔法の専門家ともいえた。

「違うって、結界魔法は結界魔法だよ。リズの専門分野でしょ?」

「ほほ~う、あたしに正面から喧嘩売るってか。それは、面白い」

 リズが笑みを浮かべた。

「喧嘩売るわけじゃないけど、専門分野じゃないとお互いにアドバイス出来ないでしょ」

 私は笑った。

「なるほど、そうきたか。じゃあ、あたしは攻撃魔法だね。これが大変なんだよ」

 リズが笑った。

「で、今作ったのがこれ。即興魔法は得意だよ」

 私が呪文を唱えると、テーブルの上に握りこぶし程度の赤黒い結界壁が出現し、リズが椅子からヒックリ転けた。

「ちょ、ちょっと、早すぎるよ。何だこの結界……」

「あっ、触らないでね。危ないから!!」

 私は小さなキッチンから竹串を持ってきて、その結界に突き刺した。

 バリバリと凄まじい音が響き、竹串は結界に差しこんだ部分が綺麗に焼け焦げて消滅していた。

「こ、攻性結界だって。高等技だよ!?」

「うん、元が攻撃魔法好きだから、ちょっと思いついたんだよ。入るのは自由だけど、一度入ったら消滅するだけ。パステル、これ罠に使える?」

 私は笑った。

「はい、もちろんです。極悪の罠になりますよ」

 パステルが笑った。

「実用性はあるみたいだね。リズ、時間がなかったからこの程度だけどどうかな?」

 面白そうに竹串で結界を相手に遊んでいたリズが、大声で笑った。

「面白いなこれ。オメガ・ブラストを結界に閉じ込めた感じだね。これは、考えつかなかったな。これ論文書けるよ!!」

「いや、まだ書けないよ。ただの即興魔法だし。もっと理解してからじゃないと」

 私は笑った。

「即興でここまで出来れば、もう完成だよ。パクろうかな、これ」

 リズが笑った。

「それは構わないけど、魔法庁に届け出だけはしておこうかな。じゃないと、無許可だってうるさいから」

 私が笑みを浮かべると、ビスコッティが書類一式を持ってきた。

「わざわざ魔法庁まで出かけなくても、ここの魔法課に届ければ大丈夫ですよ。用紙は山ほどあるので、いくらでも開発出来ますよ」

 ビスコッティが笑った。

「さすが、気が利くね。書くだけ書いちゃおう」

 私は、ビスコッティから用紙を受け取り、記入を始めた。

「ビスコッティもそうだけど、みんなもオメガ・ブラストの解析をしてみたら。改良版だって事は分かってるから、だいぶ分かりやすくなったと思うよ」

 私はノートの表紙に『オメガ・ブラスト』と書かれた一冊を取り出し、ビスコッティに手渡した。

「いっておくけど、これは極秘だからね、コピーなんて取らないように」

「分かっています。みなさん集まって下さい」

 みんな興味がるようで、クランペットすら私の陰から離れてビスコッティの周りに集まった。

「みなさん、オメガ・ブラストを覚えろというわけではありません。この綺麗に整った魔道関数からなにかを学んで下さいね。

 いったそばから、ビスコッティが呪文を唱えた。

 ボコボコのリズとパトラを青白い光りが包み、たちどころに傷が治った。

「あれ、ビスコッティの回復魔法、効果速度が速くなってない?」

「はい、師匠。私も遊んでいたわけではありません。従来の回復魔法を改良してみました。このように、要素の一部を使うだけで、魔法が劇的に変わります」

 言葉の後半をみんなに向かっていって、ビスコッティが解説を始めた。

「へぇ、ビスコッティもやるね。このクラスの回復魔法を痛みを感じさせずに、綺麗に収めるなんて、ただ事じゃないよ」

 リズが感心したように声を上げた。

「元々、回復系が専門だからね。骨折しても、痒みがある程度ですぐ治すよ。だから、ってわけじゃないけど、側にいてくれないと困るんだよね」

 私は笑った。

「……ほら、これが助手だ。覚えろ」

「……ヤダ」

 リズとパトラが囁き合い、最後にリズがパトラにゲンコツを落とした。

「まあ、喧嘩するほど仲がいいってね。私の場合はビスコッティがだいぶお姉さんだから、滅多な事じゃ喧嘩にならないけど、それはそれで寂しいかもね!!」

 私は笑った。


 みんなで魔法談義に花を咲かせる、ある意味正しい研究室の使い方をしていると、胸ポケットにいれてインカムを接続している無線ががなった。

『犬姉より各位。防衛線を魔物の大軍が突破。カリーナからの外出を禁止する。繰り返す、カリーナからの外出を禁止する』

 犬姉の声が切れると同時に、ここまでロケットエンジンの音が響いてきた。

「おっ、ちゃんと仕事してるな。MLRSの一斉射撃とは贅沢だねぇ」

 リズが笑った。

「笑いごとではないかも知れませんよ。チャンネルを変えて傍受しましたが、空からも何かが接近中のようです。魔物ではなく、有人の航空機のようです」

 ビスコッティが固い声でいった。

「恐らく、友軍機だよ。敵性機なら、もう滑走路から迎撃機が上がってるし、パトリオットが黙ってないからね。あの発射音、結構好きなんだけどな」

 リズが笑った。

「それならいいですが……。かなり大規模な戦闘のようですね」

「この時期になると、魔物の冬ごもりの準備で、よくある事だよ。だから、容赦しないんだよね。ここに行けば食い物があるなんて覚えられたら堪ったもんじゃないし、痛い思いをすればここには近づくなって、本能で覚えてくれるからね」

 リズが煙草に火を付けた。

「なるほどね、可哀想だなってちょっと思ったけど、そういう事か」

「そう、半端にあるって思われた方が、逆に可哀想だからね。さて、外出禁止か。なにやろうかな……やっぱ、さっきスコーンにもらったノートの研究かな」

 リズが笑った。


 リズとパトラが自分たちの研究室に移動し、キキが魔法薬の装置の準備をしていると、その様子をみていたビスコッティが頷いた。

「さっそくやるんだね。ファイト!!」

 ビスコッティが笑った。

「やるってなにを?」

「はい、オメガ・ブラストから派生させた魔法薬です。攻撃系の魔法薬は初めてなので、かなり緊張しています。試していいですか?」

 キキが私に聞いてきた。

「ビスコッティが装置の点検してるから、それで問題ないならいいよ」

「ありがとうございます。ビスコッティさん、どうですか?」

 キキが問いかけると、装置のあちこちを軽く揺すって確認していたビスコッティが頷いた。

「これなら問題なし。使っても大丈夫です」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「ありがとうございます。では、さっそく材料を。パトラさんに頂きましたが、かなり高価なものもあります。どうしても、遠慮してしまいますね」

 キキが苦笑した。

「これからは私にいってよ。それぞれの研究者に許された予算があるし、私はまだ大して使ってないから」

 私が笑みを浮かべると、キキが笑みを返し、真顔になって材料を装置のあちこちにセットしはじめた。

「ベースをセットし忘れていますよ。これがないと、魔法薬になりません」

「は、はい、うっかりしていました」

 キキは慌てて踏み台を持ってきて、装置の一番高い場所に何やらセットした。

「今回はテストなので、パトラさんを呼ばずにやってみます。では」

 キキがまるで何かの儀式のように、アルコールランプに火をつけていった。

 しばらくして、装置のあちこちから湯気が噴き出しはじめ、ツーンと鼻に刺さるニオイが漂ってきた。

「きっついね。なにを作っているの?」

 私は鼻を押さえながら、キキに聞いた。

「はい、我が家伝統の傷薬です。出来るまで時間は掛かりません。少し我慢して下さい」

 私は頷き、机にあるボタンを押して、換気装置を最大で回した。

「攻撃系はやめたんだ」

「はい、それはパトラさんがいるときの方がいいと思いまして、急遽変更しました」

 キキが笑みを浮かべた。

「その判断は適切だと思うよ。なるほど、装置の試験という感じなんだ」

「はい、大事な事です。私も慣れないといけないので」

 キキが笑みを浮かべた。

「そっか、分かった。薬の出来によるけど、もうすぐやらないといけない勤務評定に加味するよ」

 私がいうと、ビスコッティの顔色が悪くなった。

「み、皆さん、なんでもいいので魔法を一つ作って下さい。師匠の勤務評定は厳しいです!!」

 その声ではじけ飛んだように、みんなが書架に突撃して、魔法書を片手に熱心に読み始めた。

「こら、ビスコッティ。今さら魔法を一個作ったところで、評定に反映されないよ。キキは新しいことに、自発的にチャレンジをはじめたところがプラス評価だけど、助手としてはまだまだでしょ。それで、バランスを取って評価するから。今のところ、全員C以上だから安心して!!」

 私が笑うと、ビスコッティが指をくわえて私をみた。

「ダメ、多分CCって感じだろうけど、C+は変わらないよ!!」

「……ケチ」

 ビスコッティはその場にしゃがみ込んで、床にのの字を書きはじめた。

「いってるでしょ。まだ限界じゃないって判断してるって。最高ランクをつけたら、それ以上は伸びないって悲しい評価なんだよ。私の評定は独特だからね」

「分かっていますが、なんとなく寂しいような……」

 ビスコッティが立ち上がって小さく息を吐いた。

「ダメ、ビスコッティ。そんな事をいってるうちは、まだ甘いね。評価さげちゃうぞ!!」

 私が笑うと、ビスコッティが慌てた様子で、キキの装置を点検しはじめた。

「全く……。それにしても、刺激臭が相変わらず凄いね。大丈夫?」

 私はキキに聞いた。

「はい、十五分は掛かると思います。こういう装置を使うのは初めてですが、基本は同じなので大丈夫です」

 キキが笑みを浮かべた。

 ほぼ同時に内線電話が鳴り、ビスコッティがでた。

「……はい、分かりました。どうぞ」

 ビスコッティが短く応答し、ついでに守衛室に連絡を取った。

「師匠、リズとパトラがくるそうです。上の研究室にいたようですが、排気口から出る刺激臭で気が付いたようです」

 ビスコッティが苦笑した。

「あれま、苦情かな」

 私が苦笑した時、エレベータからリズとパトラが降りてきた。

「あれ、魔法薬を作っていたんだ」

 パトラが嬉しそうに笑顔を浮かべた。

「いやー、あまりにもニオイが強烈だったから、なにか失敗したのかと思ってさ!!」

 リズが笑った。

「なんか、キキの家に代々伝わる傷薬なんだって」

 私の言葉に、パトラがさらに笑顔になった。

「なにそれ、どんなの?」

「はい、こうやって材料を混合させて、最後に白色ワセリンと混ぜるんです。止血効果もあるので、骨折さえしなければ便利な傷薬ですよ」

 キキが笑みを浮かべた。

「なるほど、膏薬にするんだね。この刺激臭で材料の見当はつくんだけど、四種だったか。もう一個はなんだろ?」

「サルサナです。あとは、ニオイで分かると思います」

 キキが笑みを浮かべた。

「サルサナだったの。気が付かないわけだよ。無味無臭のベース薬だもん。あとはカルモン、セトウス、アモキでしょ?」

「はい、その通りです。さて、もういいですかね……」

 キキが独り言のようにいって、装置の末端にあるコックを捻ると、真っ黒い液体がビーカに溜まりはじめた。

「すっごい色だね」

 私は思わず零した。

「はい、見た目は悪いですが、これを白色ワセリンと混ぜると綺麗なグレーになります。冷まさないといけないので、しばらく待って下さい」

「よし、待ってられないから、冷却!!」

 パトラが呪文を唱えると、湯気が上っていた黒い液体が、キキがビーカの中に指を入れても平気なくらいまで温度が下がった。

「これ便利ですね。冷ますのが大変なんです」

「うん、冷ましが必要な魔法薬ばかりだから、待ちきれなくてこの魔法を作ったんだ。あとで教えるよ。それで、これをどうするの?」

「はい、まずは白色ワセリンを練って柔らかくして……」

 キキが巨大なナイフのような道具を使って、装置が置いてあるテーブルに置いてあった人工大理石の上に、瓶から白色ワセリンをドバッと出して巨大なナイフのような道具で捏ねるように練りはじめた。

「さすがに上手いね。私は液薬ばかりだから、これが苦手なんだよね」

 パトラが苦笑した。

「慣れると薬を作ったぞって実感が持てていいですよ。さてと、もういいですね。ここに、先ほどの薬液を混ぜて……」

 キキがビーカの中身を少しずつ白色ワセリンに混ぜていくと、綺麗なグレーの薬が出来上がった。

「これで完成です。容器に詰めますので……」

 キキが小さなガラス容器に入れてくれた傷薬をポケットにいれ、私は笑みを浮かべた。

「ありがとう。どう、調子は?」

「はい、悪くありません。装置を使うと、比較的楽に作れますね」

 全員に傷薬を配ったキキが、小さく笑みを浮かべた。

「うん、そのための装置だからね。この薬、そこらの薬局で買ったら高いよ。その分儲かったって思わなきゃ」

 パトラが笑った。

「こら、ありがとうでしょ。そこは。ったく、パトラは」

 リズが苦笑した。

「いえ、この程度でよければ、いつでも作りますよ」

 キキが笑みを浮かべた。

「材料は売るほどストックしてるから、欲しかったらいってね。間違っても買わないように。もったいないからね!!」

 パトラが笑ってキキに握手を求めた。

「は、はい、よろしくお願いします」

 キキが慌てて握手に応じた。

「よし、魔法薬仲間が出来たぞ!!」

 パトラが嬉しそうに声を上げた。

「よしよし、パトラにも仲間が出来たか。いつも一人で、なんか寂しそうな顔をしていたんだよね。あんな楽しそうなの、久々にみたよ」

 リズが笑った。

「確かに魔法医でもなければ、魔法薬に興味は向かないかもね。ここでも少ないでしょ?」

「そうだね。いるにはいるけど、専門ってわけじゃないからね。パトラも寂しかったんじゃないの」

 リズが笑った。


 午前中が終わって昼休みに入った頃、どうやら魔物の襲撃も収まったようで、外出禁止が解除された。

 まだ混んでいるからとリズに引き留められ、とりあえず学食にいくのをやめると、警備パスで基本的にはどこでも入れる犬姉が、大量の食材をもってエレベータから降りてきた。

「おーい、やっと終わったぞ。学食が凄まじく混んでいたから、食材を買ってきたぞ!!」

 そこら中傷だらけの犬姉が笑った。

「うわっ、血まみれ!!」

「大したことないよ。早くメシにしよう!!」

 犬姉が購買の袋から次々取り出し、犬姉が笑みを浮かべた。

「ダメです、手当しないと。ちょうど傷薬を作ったところです」

 キキが犬姉の顔の傷に薬を塗ると、淡い光りが放たれて怪我があっという間に治ってしまった。

「なんだこれ、驚異の効き目だぞ!?」

 犬姉がポカンとした。

「こりゃいいね。服が血まみれだし、自動的に直るまで時間が掛かるでしょ。全部脱がせて怪我を治そう!!」

 私がいうと、変な笑みを浮かべたリズとパトラが犬姉ににじり寄った。

「こ、こら、それ以上近寄ったら撃つぞ!!」

「撃てるもんなら撃ってみやがれ。パトラ、やるぞ!!」

「御意!!」

 リズとパトラが一斉に犬姉に襲いかかり、制服の上下を脱がせてしまった。

「てめぇ、このリズ公のくせに!!」

「薬を塗ります。少し動かないで下さいね」

 リズに殴りかかろうとした犬姉だったが、キキの声で動きを止めた。

 その間にキキが犬姉の全身にあった傷に薬を塗り、小さく笑みを浮かべた。

「おっ、犬姉がいうこと聞いたぞ。認めた!!」

 リズが笑った。

「だって、痛いものは痛いもん。この薬いくら?」

「ただでいいですよ。材料代が掛かっていないので」

 笑みを浮かべたキキに、犬姉がゲンコツを落とした。

「そういうのダメ。プロの仕事だよ、これ。タダなんて冗談じゃない。とりあえず、一万クローネで買い取るよ。これ、ほんわか温かで気持ちいいもん」

 犬姉はキキの手にあった傷薬の容器を奪うように受け取り、一万クローネ札をキキに押しつけた。

「そ、そんな、こんな大金を!?」

「安いくらいだよ。自信持って!!」

 犬姉が笑った。

「は、はい、ありがとうございます」

 キキがどうしていいか分からない表情を浮かべた。

「あれ、私の傷薬じゃダメなの?」

 パトラが笑った。

「パトラのは効くけど痛いんだもん。こっちの方がいい!!」

 犬姉が笑った時、私の陰が伸びてクランペットが姿を見せた。

「では、料理しましょうか。いつもバーベキューなので、今日は鍋にしましょう」

 クランペットが笑みを浮かべた。

「おっ、いいねぇ。寒かったからちょうどいいや!!」

 下着一枚の姿になった犬姉が、キャンプコーナーのテーブルに向かった。

「あれ、鍋なんてあったっけ?」

「師匠、一回しか使ってない土鍋を忘れていませんか」

 ビスコッティが苦笑した。

「あっ、あったね。よかった、もう一回出番があって。それじゃ、あとは任せようかな」

 忙しく働き始めたキキ、マルシル、パステルがキッチンに入り、私はハンモックに横になった。


 クランペットが用意してくれた鍋は、いつも通り美味しかった。

 その後片付けをしていると、部屋に備え付けの無線ががなった。

『こちらは、エルフのスラーダです。カリーナ、応答願います』

 無線の向こうにいるのは、どうやら島の工事でお世話になったスラーダのようだった。 私は椅子から立ち上がると、机脇の無線機のマイクを取った。

「こちら、カリーナのスコーン。島の工事でお世話になった者です」

『あっ、スコーンさんですね。そう固くならずに』

「それじゃ普通に話すけど、どうしたの。里に無線があるの?」

『はい、カリーナの方に設置して頂きました。突然ですが、緊急事態です。今まで見たことがない巨大な魔物が里の近くに集結中です。当方の防衛隊では対応出来ないので、助力願います』

「分かった、すぐに準備するよ。里がどこだか分からないけど……」

『すでに、迎えの馬を出しています。あと一時間程で到着との連絡がありました。カリーナからだと、馬で三時間の距離です。ご協力感謝します』

「なるべく急ぐから待ってて!!」

 私は無線機のマイクを機械に戻した。

「みんな、聞いてたよね。急ぐよ!!」

 私が叫ぶと、クランペットが姿を現し、調達してきますとだけいって、犬姉を連れてエレベータに飛び乗った。

「さて、武器類は二人に任せて、私たちは自分の装備を」

 私は拳銃を抜いてマガジンを取り出し、フル装弾であることを確認し、腰の剣を抜いておかしなところがない事を確認した。

「ちょっと待ってね。研究室から武器を取ってくるから!!」

 リズとパトラがエレベータに飛び乗って、五階に向かっていった。

「師匠、巨大な魔物ですよね。それでは、拳銃では力不足だと思います。それに、私は対人戦闘の訓練は受けていますが、わざわざ巨大というからには近接戦闘に自信がありません。こんな時のために、こんなものを用意してます」

 ビスコッティが作り付けの収納庫に入り、中からまさしく大砲という武器を取り出してきた。

「カール・グスタフです。無反動砲といって、個人で扱えるように設計された大砲です。今では廃れてしまいましたが、元々対戦車用の兵器です。重さは約二十キロありますが、師匠の筋力なら持てるでしょう」

 ビスコッティが軽々と無反動砲を持ってきた。

「二十キロって……。私ってそんな筋力あったかな……」

 私はビスコッティから無反動を受け取り、肩から提げてみた。

「かなり重いけど、何とか持てるよ」

「そのまま構えて下さい」

 ビスコッティの声に合わせ、私は力任せに構えた」

「……ダメですね。これでは、狙えても撃てません」

 ビスコッティは息を吐き、私からそっと無反動砲取り上げた。

「見れば分かるじゃん。あー、疲れた……」

 私は苦笑した。

「これは私が持ちましょう。砲弾の数が微妙ですが、いざという時に備えて」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「そうして。こんなの持っていたら、動けないでヘロヘロだよ」

「はい、そういうのは私の出番です。色々ありますよ」

 パステルが自分の目の前の空間を裂き、ヤバそうな重火器をいくつも取りだした。

「……また増えてない?」

「はい、日々補充と交換をしています。重火器は任せて下さい!!」

 パステルが胸を張った。

「だって。私は魔法があるし、拳銃と剣で十分だよ」

 私が笑うと、ビスコッティがアサルト・ライフルを押しつけてきた。

「せめて、そのくらいは持っていて下さい。危ないですからね」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。


 色々装備を固め、研究室を出た私たちは、いつも通りトラックとミニバンに分乗して

 現地に向かうことにした。

 トラックの荷室の横にあるハッチを左右とも全開にして待っていると、パステルが鼻歌交じりに武器を積み込み、しばらくして轟音を立てて一機のUH-60輸送ヘリが近くに着陸した。

「お待たせ、色々買ってきたよ!!」

 機内から犬姉が出てきて叫び、クランペットと手分けして機内から木箱を下ろしはじめた。

 それをジャージオジサンたちがトラックに積み込み、荷室が半分ほど埋まったところで、 あとは食料や水などを積み込み、満載の状態で私はトラックの運転席に座り、荷室のハッチを閉めた。

「さて、いくぞ……」

 私が気合いを入れていると、助手席にリズが乗り込んできた。

「よし、気合い入れていくぞ」

 リズが右手でグーを作って差し出してきたので、私は左手で作った拳をそれに打ち付けた。

『正門前守衛室から連絡です。迎えのエルフが到着したようです。いま行くと返信しておきました』

 キットが告げてきた。

「さて、いくか!!」

 私はクラクションを鳴らし、ミニバンより先にトラックを走らせはじめた。

 勝手にぶっ壊れるいつもの門は気にせず、守衛さんに外出許可証を提示してから、街道を正門方面に向けて進んで行くと、二台のオフロードバイクに曲がったエルフ二人が一度下車して頭を下げた。

「う、馬ってバイクじゃん!!」

「アハハ、やられたな。これ!!」

 私はクラクションを軽く鳴らすと、リズと大笑いした。

 二人が再びバイクに飛び乗り、エンジンを掛けると、身軽な動きで走り始めた。

 そのあとをトラックとミニバンが走る形で、私たち一行は街道をひた走った。


 一時間ほど街道を走ると、先導するバイクが寂れた枝道に逸れた。

 トラックでついていくと、道は未舗装になり、狭い林道のようになった。

「これ、このトラックで通れるかな……」

 私は思わず呟いた。

「この程度なら平気だよ。牛丼食う?」

 リズがレンジで温めた牛丼を差し出してきたので、わたしはとりあえず一個受け取って食べはじめた。

「うん、美味い……」

「購買の名物だよ。出汁がいいんだよねぇ」

 リズも牛丼を食べながら笑った。

 エルフのバイクを先頭に、未舗装の道をジリジリ進んでいくと、約二時間で門が開かれたレンガ造りの壁が見えてきた。

「へぇ、エルフって随分しっかりした里を作るんだね」

「ここが例外かもよ。あたしが知る限り、こんなしっかりした壁は作らないから」

 リズが不思議そうな声を上げた。

「じゃあ、魔物が多いのかな?」

「多分ね。はぁ、エルフの里って嫌な思い出しかないから、今から緊張してきたよ」

 リズが苦笑した。

 私たちを先導してきたバイクは、のどかな景色が広がる里の広場で止まり、降りてきた二人が誘導しはじめた。

 トラックはその通りに動き、無事に駐車した。

 私は荷台のハッチを開け、小さく息を吐いた。

 ミラーでエルフの皆さんと、ありったけのミニバンに乗ってきたジャージオジサン集団が、協力して荷下ろしをはじめた事を確認し、拳銃の残弾を確認していたリズに笑みを送った。

「リズがプロだってところを見せて!!」

「なにを生意気な!!」

 リズが笑った。

 そのうち荷下ろしが終わると、私はハッチを閉めてトラックのエンジンを切った。

「よし、いこう!!」

 私は運転席から飛び降りると、武器の確認をした。

「ここは珍しく、いい里っぽいね」

 念のためか、拳銃を片手に助手席から降りたリズが、拳銃をしまった。

「そういえば、エルフの里て初めてかも。いつも、あれば避けて通るから……」

 私は苦笑した。

「皆さん、お呼び建てして申し訳ありません」

 戦闘服にアサルト・ライフルという、スラーダがやってきた。

「な、なんか人間っぽいエルフばかりだ……」

 リズがポカンとした。

「はい、カリーナとは有効関係にありまして、かなり人間社会の道具や機械類を融通してもらっているんです。置き場所がないので、車はありませんけどね」

 スラーダ笑みを浮かべた。

「か、変わった里だね。でも、これならいいか」

 リズが笑みを浮かべた。

「はい、お客様の種族は問いません。マルシルさんでしたね。もう家は出来ています。あとでご案内します」

「あ、ありがとうございます」

 マルシルが驚いたような顔をした。

「こりゃ、負けられないね。急だけど、魔物はどこ?」

 私は開けられた木箱の中を確認し、手榴弾と予備弾だけ追加して、スラーダに聞いた。

「はい、こちらです。皆さんついてきてきて下さい」

 表情を厳しくしたスラーダが、広場から走り出た。

 里を囲む壁に向かい、一際厳重な門が見えてくると、スラーダは門衛に向かって手を振った。

「開けろ!!」

 スラーダが叫び、重たそうな門が開くと、森の中を小道が貫いていた。

「この先は儀式などに使う祭壇になっています。そういう場所には、魔物が集まりやすくて……」

 スラーダの言葉を遮るかのように、スラーダのあとを続く私の向かって右側の後方にいたリズが立ち止まりもせず、いきなり森に向かってアサルト・ライフルを発砲した。

「小物だよ。ビビらせておけば、動かないから!!」

 思わず立ち止まりそうになった私の肩を押し、リズが小さく笑った。

「こんなところまでゴブリンどもが……」

 スラーダがショートソードを抜き、声を上げた。

「ここは思い切りが必要です。この辺りに、防衛隊は?」

 キキが杖を構えるとマルシルも構えた。

「いえ、皆はもっと森の奥です。この辺りの森は構いません。呪文で分かりました」

 こちらを肩越しにみたスラーダが、笑みを浮かべた。

「では……」

 キキが呪文を唱え、先行していたマルシルが杖を掲げた。

「ファイア・アロー!!」

 マルシルの杖先から巨大な魔力光の塊が吐き出され、上空で無数の炎の矢となって森に降り注いだ。

「ファイア・アロー!!」

 続けてキキがマルシルとは反対側に向かって炎の矢を降らせ、そここで火の手が上がった。

「くっ、魔力の制御が。慣れてないから」

 キキが悔しそうな声を上げた。

「そこは練習あるのみだよ。マルシルとキキはとにかくひたすら連射。狙わなくていいから!!」

 私は声をあげ、咄嗟にドラゴンスレイヤーを鞘から抜いて、虚空を払った。

 軽い音と衝撃が剣に走り、チラッと見るとそれは粗末な木の矢だった。

 それからやや遅れて今度は向かって右側のビスコッティが発砲し、小さな悲鳴が聞こえた。

「ビスコッティ、狙わなくていい。至近弾で十分黙るから」

 リズの声にビスコッティが頷き、またフルオートで連射した。

「さて、そろそろ出番かな。クランペット、無線借りるよ!!」

 私の真後ろで無線機を背負っているはずのクランペットがはいと応じ、リズがなにやら無線で交信をはじめた。

「ほい、おしまい。この森が気になっていたんだけど、消し飛んでもいいみたいだから見通しをよくしようと思ってね。一回止まって!!」

 リズの声にスラーダを含めた全員が足を止め、リズが呪文を唱えた。

「オメガ・ウォール!!」

 私たちの周りを結界が多い、私は荒い息を整えた。

「今のうちに休憩と残弾のチェックをしておいて!!」

 リズの声に私はもう一度深呼吸した。

 しばらくして、上空から派手な魔力エンジンの音が聞こえ、巨大なB-52爆撃機が立て続けに何機も爆弾を投下しながら低空で飛来し、辺り一面クレータだらけにして、飛び去っていった。

「……なに、今の?」

 私の口から、思わずそんな言葉が飛びでた。

「うん、暇してるお友達を呼んだんだよ。出番が滅多にないからって、徹底的にやったな」

 リズが笑い、結界を解いた。

「よし、いこう。見晴らしがよくなったし、爆撃機なんてデカ物をみせたから、残ったゴブリンの群れも出てこないよ。臆病な性格だから!!」

 私たちは頷き、再び走り始めた。

「もうすぐです」

 スラーダの声が聞こえ、私は呪文の詠唱をはじめた。

 そのまま走っていくと、石で舗装された広場のような場所に出て、そこに小山のように巨大な魔物が多数座り込んで、どうやら酒盛りでもしているようだった。

「ここの辺りはゴブリンも多く、防衛隊も多数います。森には危害を出さないようにお願いします」

「分かった。みんな、聞いたね!!」

 呪文詠唱中の私に代わり、リズが声を上げた。

 ここで隊列が変わり、全員で横一列になった。

 敵はボケているらしく、まだ私たちに気が付いた様子はなかった。

「爆光の矢!!」

 私はアレンジした攻撃魔法を放ち、光りの矢が無数に分裂すると、全てが一体に命中して爆発が起こり、粉々に消し飛ばした。

 続いてリズが呪文を詠唱し、得意気な笑みで右手を上に向かって差し出した。

「オメガ・ブラスト・レイン!!」

 上空に打ち出された巨大な白球が弾け、敵の上だけに容赦なく白い雨が降り注いだ。

 ここまでくると、さすがに気が付いたようで、巨人たちが一斉に立ち上がり咆吼を上げた。

「……全高二十メートルくらいか。間違いない、新種だ」

 私は呟き、生き残った巨人たちを睨み付けた。

「さて……」

 ビスコッティが滅多に見せない真剣な表情で呪文の詠唱に入ると、なにかを感じ取ったか、巨人たちが一斉に向かってきた。

「ファイア・ボール」

 リズが一体を火炎の球で攻撃して無に還したが、そんなこと知るかとばかりに残った巨人が、見かけより素早く動き、予想より早く接近してきた。

「アイス・アロー!!」

 ビスコッティが前方に突きだした両手の平から、巨大な氷柱が撃ち出され、一体に突き刺さって弾けた。

 その一体が倒れると、副作用で凍り付いた石畳で滑って、接近中だった巨人が全員転けた。

 そこに、続けざまにビスコッティが魔法を放ち、起き上がろうともがいていた巨人たちがカチカチに凍り付いた。

「今です。叩き割って下さい!!」

 ビスコッティが肩から提げていた、大きな銃を腰だめに構え、バカでかい発砲音と共に一体を粉々にした。

「こりゃ、楽でいい」

 リズも背負っていた大きな銃を腰だめに構え、ドカンと一発叩き込んで破壊した。

 ここで、犬姉が飛びでて、一体になにか仕掛けて戻ってきた。

「そーれ!!」

 いつもの調子で声を上げ、手元のスイッチを弄ると、派手な爆発が起こり、一体が粉々になった。

「もっててよかった、C-4ってね!!」

 犬姉が笑った。

「私も!!」

 パステルが飛び出し、手持ちのショートソードを思い切り氷漬けの魔物に叩き付けた。

 ゴロリと巨人の首が落ち、パステルは笑みを浮かべた。

「……すげっ。真似出来ないな。固そうだもん」

 私は苦笑した。

「師匠、交代をお願いします。私の魔力が持ちません!!」

 ずっと氷漬けの魔法を放ち続けていたビスコッティが、声を上げた。

「分かった」

 私は呪文を詠唱し、ビスコッティの後を引き継いだ。

 程なく全ての巨人を破壊した私たちは、あまりにあっけなかった戦いに驚いたか、ポカンとしていたスラーダの元に集まった。

「終わりましたよ。この勢いで、ゴブリン退治もやりましょうか?」

 笑みを浮かべたビスコッティに、スラーダが慌てて首を横に振った。

「こほん、この先の森は大変濃いので、慣れていない方は遭難してしまうでしょう。ここの巨人だけが問題でしたが、それを倒して頂ければ、あとは問題ありません」

 スラーダが笑みを浮かべた時、森の奥から祭壇にむかって、一気にゴブリンの群れがなだれ込んできた。

「あっ、今度はゴブリンの群れが……」

「みんな、やるよ!!」

 私はスラーダの声を遮って、みんなに声を掛けた。

「そうくると思った。いつでもいいよ!!」

 リズが素早くアサルト・ライフルを構え、ナイフを抜いたパトラと一緒にゴブリンの群れに突っ込んでいった。

「師匠、私は魔力切れです。これで」

 ビスコッティが両手にナイフを構えた。

「みんな、ここの森は壊したらいけないらしいから、拳銃か剣で戦ってね!!」

 私は、キキがショートソードを抜きマルシルが拳銃を持って、杖を背負った事を確認した。

 無線係のクランペットを中心に、私を含めた残った人全てが、一斉にゴブリンたちに襲いかかった。

 ゴブリンたちの攻撃は単調で、ほとんどが素手でたまに剣のようなものを持った者もいったが、アサルト・ライフルの前では敵ではなかった。

 そのうち、武装したエルフのみなさんも現れ、何カ所か傷を負ったが、それでも私たちは無事にゴブリン撃退に成功した。

「ふぅ……みんな、無事?」

 私は弾切れの拳銃をホルスタにしまってから、みんなに声を掛けた。

「全く、ゴブリンくらい撃退しなさい」

 武装したエルフのみなさんは警備隊員だったようで、自らも剣で戦ったスラーダが説教をはじめた。

「師匠、お疲れさまでした」

 ビスコッティがナイフを鞘に収め、笑みを浮かべた。

「うん、お疲れ!!」

 私は笑みを浮かべた。

「ありがとうございました。これで、しばらく大丈夫だと思います。里に戻りましょう」

 説教を終えた様子のスラーダが、笑みを浮かべた。


 森深い広場から歩いて頑丈な門を通り、里に戻った時にはすでに昼を回っていた。

「皆さんありがとうございました。緊急事態だったので炊き出しの料理ですが、食事の用意があります。こちらへ」

 スラーダが歩く後に続いていくと、大きな建物が建っていた。

「ここは私たちの集会所のような場所です。どうぞ」

 開いたままの玄関を潜ると、中は食事のいい匂いが漂っていた。

「空席に座って下さい。お待たせするわけにはいかないので」

 スラーダが笑みを浮かべて離れていくと、私はビスコッティと並んで、建物一杯に置かれた折りたたみ椅子とテーブルが置かれた中を歩き、空席に並んで座った。

「しっかし、今回はビスコッティ大活躍だったね。私は思いつかなかったよ」

 私は笑った。

「いえ、多分こうなるだろうと予測しての事です。まさか、成功するとは思わなかったです。実戦がこれではいけません」

 ビスコッティが苦笑した。

「反省と経験だね。ここは大事だよ」

 私は笑った。

「あっ、さっきの巨人みんなぶっ壊しちゃったから、サンプル取れなかったな。スッケッチだけしておこう」

 私は鞄からノートを取り出し、記憶を辿ってさっきの巨人を描いた。

「名前はフォレスト・ジャイアント。これで良し」

 私はノートを鞄にしまった。

「お待たせしました」

 スラーダが、お結びと味噌汁、漬物というシンプルなものだったが、お腹が空いていたのも手伝って、なかなか美味しかった。

「ごちそうさまっと。さて、この後はどうするのかな」

「はい、師匠。恐らく、マルシルの家を見にいくのではないかと思います」

 ビスコッティが小さく笑った。

「よし、それじゃ集まろうか」

「はい、呼び集めてきますので、師匠は外に出ていて下さい」

 私はビスコッティに頷き、先に玄関から外に出た。

 しばらくして全員が揃い、スラーダが笑みを浮かべた。

「では、マルシルさんの家に行きましょう。気に入って頂けるとよろしいのですが……」

 全員でスラーダに続いていくと、里を取り囲む壁の近くに巨大な建物が建っていた。

「ま、まさか……」

 私が思わず声を出すと、スラーダが笑った。

「はい、あれがマルシルさんの家です。土地が空いてた事もありますが、新しい仲間が増えるといことで、小さな家では満足出来ないということで、職人たちが気合いを入れて建ててしまいまして」

 スラーダが笑った。

「あ、あれが、私の家ですか。大きすぎますよ。でも、ありがとうございます」

 マルシルが潤んだ目で、苦笑した。

「あっ、家は二階建てになっているのですが、二階は無人偵察機の離発着や武器類が置いてあります。里の防御に貢献して頂けたらと思いまして。よろしくお願いします」

「はい、我が儘はいいません。庭まであって、楽しみです」

 マルシルが涙を流しながら笑った。


 マルシルの家はさっきの集会場より大きな建物だった。

「これが鍵です。予備は私が持っています。変な事はしませんよ」

 スラーダが小さく笑い、戸惑い気味のマルシルに鍵を渡した。

「そ、それでは、さっそく……」

 マルシルが扉の鍵を開け、玄関の扉を開いた瞬間、ポカンとして固まった。

「マルシル、どうしたの?」

 私が声を掛けると、マルシルが小さく首を横に振った。

「い、いえ、あまりに広くて驚いてしまっただけです。いきましょう」

 マルシルが中に入り、私たちも中に入った。

「うわっ、広い!!」

 私の口から思わず声が出た。

 家の中は他に部屋などはなく、だたっぴろい空間が広がり、とりあえずという感じで食事用の大きなテーブルがあるだけだった。

「必要なものがあれば、遠慮なくいって下さい。すぐに作りますので」

 スラーダが笑みを浮かべた。

「キッチンも広いです。石窯オーブンまでありますね。色々作れますよ」

 思わずといった感じでクランペットが出てきて、さっそくキッチンを物色しはじめた。

「マルシル、カフェでも開いたら?」

 私は冗談をいって笑った。

「今のは師匠の冗談ですよ。それにしても、広いですね」

 ビスコッティが笑った。

「さ、最後まで警戒してたけど、これなら大丈夫そうだね」

 拳銃を抜く体勢で最後まで構えていたリズが、ようやく笑みを浮かべた。

「まあ、無理もないけど、リズは緊張しすぎだよ。気楽にしたら」

 パトラが笑った。

「さて、この赤い鍵ですが、二階への階段の鍵になります。これも予備は私が待ちますが、今はまだいいでしょう。いかがでしょうか?」

 スラーダが笑みを浮かべた。

「私のためにこんな……不満などありません。ありがとうございます」

 マルシルがスラーダと握手した。

「では、私はこれで。このままお帰り頂くわけにはいきません。ちゃんとした夕食を用意致しますので、ごゆっくりお休み下さい。お時間は大丈夫でしょうか?」

 スラーダが笑みを浮かべた。

「ビスコッティ、外出許可大丈夫?」

「はい、師匠。念のためでしょうが、二日分出ています」

 ビスコッティが小さく笑みを浮かべた。

「じゃあ、大丈夫だね。スラーダ、ありがとう」

「いえいえ、では夕食の時に」

 スラーダが笑みを浮かべ、玄関から出ていった。

「ふぅ、マルシルは私の生徒だし慣れているけど、他のエルフはどうも肩に力が入っちゃうな」

 リズが苦笑した。

「そんなに酷い目に遭ったの?」

 私が聞くとリズが身震いした。

「まあ、色々とね。一回、丸焼きにされそうになった事もあるよ」

 リズが笑った。

「うわ……。私はエルフ語は分かるけど、実際に出会ったのはマルシルが初めてなんだよ。それからここでしょ。怖さが分からないな……」

 私は苦笑した。

「こればかりは、実体験しろとはいわないよ。まあ、ここは平気だって分かってるけれどね」

 リズが大きく息を吐いた。

「保存が利く食材は驚くほど揃っていますね。スパイス類も豊富です。これなら、食材が揃えばなんでも出来ますよ」

 キッチンで冷蔵庫やら戸棚やらを漁っていたクランペットが、嬉しそうな声を上げた。

「こら、勝手にみない!!」

 私は笑った。

「あの、この里の方々に挨拶しないといけません。ですが、一人だと不安なので、リズ先生についてきて頂きたいのです。よろしいですか?」

 マルシルが思い切ったようにいった。

「ん、いいけど。あたしはエルフ語は使えるけど、護衛としては頼りないよ」

 リズが笑って、マルシルと一緒に玄関から出ていった。

「……デートか。頑張れ」

 私は小声で呟いた。

「私たちは庭をみてきます。たまには、冒険抜きで歩きたいので」

 パステルとキキが笑顔で、家の外に出ていった。

「それじゃ、私たちもどっかいこうか」

「はい、師匠。里をみたいです。犬姉は?」

 ビスコッティが聞くと、犬姉は小さく笑った。

「クランペットと二階に潜入してくるよ。なんかあったら、無線で伝える。階段がないんだよねぇ。上手く隠してる。ワクワクするよ。イタズラはしないから安心して!!」

「なるほど、確かに階段がないね。まあ、怒られない程度にね」

 私は苦笑した。

「では、師匠。いきましょう」

 ビスコッティが私の手を握った。


 家を出るとすぐに庭があり、さっき歩いたばかりの石畳を逆に歩いて家の柵外に出た。「師匠、階段がありますよ」

 ビスコッティが指さす方をみると、壁の上まで続く階段がみえた。

「ホントだ。上っていいのかな」

「行ってみましょう」

 私たちは、すぐ近くにあった階段に向かった。

 階段の上り口には、ご自由にどうぞとエルフ語で記されていたので、私から階段に足を掛けた。

 人がギリギリすれ違えるかという幅の階段を上っていくと、間もなく視界が開けた壁の上に出た。

 紅葉も終わり、どことなく寂しい大きな森の中に、ポツンとこの里がある事が分かった。

「本当に森の中だね。攻撃魔法とかぶっ放したら気持ちいいかも……」

「ダメです!!」

 ビスコッティが私の頭にゲンコツを落とした。

「イテッ、やるわけないでしょ!!」

「危ないので、念のためです」

 ビスコッティが笑った。

 私は体の向きを変え、里をみた。

 そこにはのどかな光景が広がり、なかなか活気のあるところだった。

「結構大きな里なんだね」

「はい、百人はいるでしょう」

 里の中をマルシルと一緒に歩くリズの姿も小さくみえ、私は思わず笑みが出た。

「少し壁上を歩いてみようか」

「はい、師匠」

 私はビスコッティを連れ、壁上をゆっくり歩いた。

「あれ、行き止まりだ」

 どうやらここは展望台のようなものらしく、頑丈な柵で道が塞がれていた。

 その向こうには、重機関銃などの物騒なものが設置され、この里の置かれた厳しい現状を物語っていた。

「師匠、この壁は里を守るためのものですからね。これ以上は諦めましょう」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「うん、分かってる。反対側にもいってみよう」

 私は笑みを浮かべ、踵を返して壁の上を歩き始めた。

 階段の前を抜け、そのまま進んでいくと、赤いカラーコーンが置かれ、壁が派手に崩壊していた。

「こりゃ酷いね。頑丈そうな壁なのに……」

「師匠、レンガ積みの壁はそれほど頑丈ではありません。小物ならともかく大物の一撃には耐えられないでしょう。恐らく、あの巨人たちの仕業でしょうね。必死に防戦した痕跡があります」

 下ではエルフのみなさんが、壁が崩れた時に下敷きになった人の救助作業をやっているのをみて、私はビスコッティに頷いた。

 どうにも合っていないのか上手くいかない場合が多く、滅多に使わないが、私は浮遊の魔法で陣頭指揮を取っているスラーダ目指して降下を始めた。

 体が宙に浮き、ゆっくり降下していく途中で、いきなりそれは起きた。

 魔法の効果がかき消え、私は頭から瓦礫の山に突っ込んでしまった。

「師匠!!」

 すぐ隣にいたビスコッティが慌てて駆け寄ってくると、小さなため息を吐いた。

「左腕が折れています。まだあるかもしれませんので、邪魔にならないところに移動しないといけませんね」

「ど、どうされましたか!?」

 慌てた様子でスラーダが声を掛けてきた。

「はい、実は……」

 痛みでどうにもならない私に代わり、ビスコッティが説明してくれた。

「それは大変です。救護所の医師に診てもらいましょう」

 エルフのみなさんが担架を持ってきてくれ、ビスコッティとスラーダがそれになるべく丁寧に乗せてくれ、スラーダは現場指揮があるので離れられず、代わりのエルフ二人が担架を持ち上げ、ビスコッティをお供に近くの大きなテントに担ぎ込まれた。


 テント内で処置をしてもらい、痛みも引いて、私はようやく喋る事が出来るようになった。

「ビスコッティ、ごめんなさい」

 私はいかにも緊急用という感じの薄い布団に横になり、掛け布団で顔を隠した。

「いえ、私が師匠を抱えて下りればよかったんです。私のミスです」

 ビスコッティが小さく息を吐いた。

「さて、師匠。あと三十分くらいで動けるようになるはずです。傷や骨折はもう治っています。さすが、エルフの回復術です」

 ビスコッティが小さく笑った。

「うん、凄かったね。術者三名の儀式魔法だから真似は出来ないけど、骨折まで一気に治しちゃうんだもん」

 儀式魔法とは、二人以上で使う魔法で、何かの儀式にみえるのでそういわれる。

 目的に応じた準備が必要なので大変だが、その威力はかなりのものになる。

 私のように、全身骨折だらけの酷い状態でも、たちどころに治してしまうなどという芸当は、おおよそ一人の魔法では出来ない事だった。

「ビスコッティ、怪我も治ったしここにいたら邪魔になっちゃうでしょ。マルシルの家まで運んで」

「これで、何回目ですか。あと三十分は動かせませんよ。重傷だったんです。まだ我慢ですよ」

 ビスコッティが苦笑した。

「だって……情けなくて嫌なんだもん。飛行の魔法だったら得意なんだけど、なぜか浮遊の魔法はダメなんだよね。今回は近すぎて、飛行の魔法が使えなかったからだけど」

「そもそもの目的が違います。浮遊は重量物を運搬するための魔法。飛行の魔法は文字通り空を飛ぶための魔法です。浮遊は『地』の精霊力、飛行は『風』の精霊力を使います。師匠は風の精霊力を操る事に長けているので、浮遊が苦手というのは当然の事ですよ」

 ビスコッティが小さく笑みを浮かべた。

「怒られるのは私です。こういう事態を防ぐのも私の役目ですからね。ごめんなさい」

 ビスコッティが頭を下げた。

「おーい、スコーンは無事かい?」

 犬姉が心配そうな顔を見せた。

「はい、無事です。二人で反省会をしていました」

 ビスコッティが苦笑した。

「なんか、壁の崩落部分を降下していたって聞いたけど、ロープでも使ったの? ダメだよ。ビスコッティだって滅多に経験してないだろうし、危険なんだから!!」

 犬姉がビスコッティにデコピンをした。

「……ロープじゃなくて、魔法で降下していたんだよ。そうしたら、いきなり魔法の効力が切れて、そのまま落下しちゃったんだ。助けようとしてこれだもん。かえって迷惑かけちゃった……」

 私は呟くようにいって、小さく息を吐いた。

「えっ、魔法でミスったの!?」

 犬姉が声を裏返した。

 私は頷き、掛け布団を頭まで被った。

「まあ、今は触らないで下さい。すぐに立ち直りますから」

 ビスコッティの小さなため息が聞こえてきた。


 時間が経ってなんとか動けるようになった私は、布団から出て大きく伸びをした。

 瞬間、ボキッという音が聞こえ、私は布団の上にひっくり返った。

「は、はうわぁ……。ぜ、絶対どっか折れた。痛い!!」

 本当はのたうちまわリたかったが、それでポキポキ折れても困るので、私は涙を飲んで我慢した。

 すぐにテントを仕切っているカーテンのようなものをはね除け、ビスコッティが飛び込んできた。

「師匠!!」

「……どっか折れた。ヘルプ」

 慌ててやってきたビスコッティは、私をなんとか無理のない体勢にすると、仕切りの向こうにいる医師を呼んだ。

 すぐにやってきた医師が、魔法で私の体をチェックして、小さく頷いた。

「肩ですね。一番酷かった場所です。あとは。問題なく治っています」

 医師は笑みを浮かべ、呪文を唱えた。

「このまま三十分くらい様子をみましょう。私がくるまで、なるべく肩を動かさないでくださいね」

 医師は笑みを浮かべ、再び仕切りの向こうにいった。

「イテテ……。それにしても、誰もここにこないね」

 私がここに担ぎ込まれてから結構な時間が経っているのに、他に誰も運ばれてきていなかった。

「はい、師匠。皆さん幸い軽傷なんです。こうして入院のようになってしまったのは、師匠だけで……。非常時に壁際を歩くなという教えが、徹底されているようです」

 ビスコッティが小さく息を吐いた。

「なるほど、死者が出なかったのはいい事だよ。無駄にボロボロなのは私だけか」

 私は苦笑した。

「スラーダが焦っていましたよ。私たちが壁から転落したと。事情は説明してありますので、安心して下さい」

 ビスコッティがあめ玉を私の口に放り込んだ。

「転落ね……まあ、間違いないか。このあめ玉、ハッカじゃなくてニッキ味じゃん」

「ほろ苦いですから、ちょうどいいかと。そういえば、崩れた壁はただ直すだけではもったいないと、拡張工事もやるそうです。私たちがきた時に車両を駐めるスペースにするとか」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「それはいいね。私たちも仲間に入れてくれたか」

 私は小さく笑った。


 今度は慎重に医師のお墨付きをもらってから、私とビスコッティは医療用テントを出た。

「まだ作業やってるね……」

 すでに空は夜になっていたが、壁の崩落部分ではまだ瓦礫を退ける作業が行われていて、重機や屋外照明の明かりが光り輝いていた。

「師匠、手伝うなんていえませんよ」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「頼まれれば別だけど、そのくらい分かってるよ」

 私は苦笑した。

「さて、マルシルの家に戻りましょう。意外と近いですよ」

 ビスコッティに連れられて、私は夜闇の中を走るイルミネーションが施された里の道を歩いた。

「へぇ、綺麗だね。ちゃんと電気通ってる事自体が驚きだけど」

 ビスコッティがクスリと笑った。

「今は予備電源になっているようですが、魔力発電装置もあるそうです。この里には、電気は必須ですからね」

「へぇ、ウィンターイルミネーションまでやっちゃって、電気代高そうだねぇ」

 私は笑った。

「師匠、お医者さんにいわれたことを忘れないで下さいね。明日の朝までは激しい運動はダメですからね」

 ビスコッティが笑った。

「分かってるよ。また、ボキは嫌だからね!!」

 私は笑った。

 道をしばらく進むと、適度にライトアップされたマルシルの家が見えてきた。

「ここまでやるかってくらい、綺麗だねぇ」

 私は笑った。

「はい、一般的なエルフの里のイメージとは違いますね」

 ビスコッティが笑い、私たちは扉を開けて中に入った。


 家の中にはいつもの面々が集合し、スラーダが真面目な表情で大きな紙をテーブルの上に広げていた。

「あっ、スコーンさん。お怪我の具合はいかがですか?」

 スラーダが紙から目を離し、私に笑みを向けてきた。

「うん、もうほぼ完治だよ。明日の朝までは激しい運動しちゃダメだけど」

「そうですか。それはなによりです。里の者も安心するでしょう。それにしても、あのような場所からなぜ飛び下りたのですか?」

 スラーダがちょっと厳しい表情を浮かべた。

「あっ、勘違いしないで。下で大事になってるから、お手伝いしようとして魔法のコントロールに失敗しただけだから」

「あっ、そういう事ですね。変な勘ぐりを入れてしまいました。申し訳ありません」

 スラーダが笑みを浮かべた。

「スコーン、その失敗した魔法って浮遊じゃない?」

 パトラと一緒になってテーブル上の紙をみていたリズが、不思議そうに聞いてきた。

「うん、昔から苦手なんだよ。飛行の方が得意っていう、変な子だからさ!!」

 私は笑った。

「確かに変だね、飛行の方が万倍難しいのに。ちょっと浮いてみて。これ、直しておかないと大変だよ」

「浮けばいいんだね。よっと……」

 私は呪文を唱え、体がふわっと浮いた。

「うーん、ダメ!!」

 リズが声を上げた。

「えっ、ダメなの!?」

 私は浮いたままで声を上げた。

「この呪文、まさか教科書に載っていたとかいわないよね?」

 リズが頭を抱えていった。

「うん、教科書通りだよ。でも、これが不安定で危ないんだよね」

「そりゃ不安定でしょ。呪文が根本的に間違えているもん。あんまり使わないからって理由で、そのまま放置したな。よく考えないで、呪文の並びを検討してみなよ。とんでもないおバカ魔法になってるって、すぐに分かるよ!!」

 リズが苦笑した。

「呪文の並び……えっと。ルーン文字か」

 私は頭の中で呪文を整理した。

「んな!?」

「ほら、分かった。まず文法がメチャクチャなんだよ。逆に、それで浮ける方が奇跡に近いよ。どんな魔法学校なんだか」

 リズがため息を吐いた。

「まあ、いいや。今、ちょうどパトラの家の設計図を描いているところなんだ。ハーフ・エルフが喜びそうな家がいいって話でさ。コイツ、変なところで遠慮するから、あたしが代わりに意見を出しているところだよ。場所はここの隣って決めたんだけど、この家と同じ大きさにしようと思ったら、パトラが小さい方がいいっていいだしちゃてさ。そしたら、今度はマルシルが、自分だけ特別扱いされてるみたいで嫌だっていいだして、話はそのまま平行線なんだよ。なんかいい案ある?」

 リズが苦笑した。

「それだったら、土地の広さは同じにして、小さなログハウスでも建てればいいんじゃない。空いた場所は、パトラらしく魔法薬の材料でも植えればいいんじゃない。これなら、カリーナでも出来ない事が出来ると思うけど」

 私が笑みを浮かべると、最初はポカンとしていたパトラが笑みを浮かべた。

「それいいね。結構場所を取る樹木系の材料も植えられるし、ヘリポートもあれば便利だな」

 パトラが笑みを浮かべると同時に、スラーダが真新しい紙に設計図を書き上げた。

「ヘリポートのサイズが分からないので、そこは適当です。真ん中にログハウスを建てて、周囲を魔法薬の畑で囲いました。これで問題なければ、家の中を含めた詳細な設計に入りたいと思います。よろしいですか?」

 スラーダが笑みを浮かべると、パトラが頷いた。

「なんだ、最初からスコーンに聞けばよかったか。パトラ、たまにはやりたい事を主張したら?」

 リズが苦笑した。

「ホントだよ。まだリズ公に鼻輪つけて引っ張っていた頃の方が分かりやすかったね」

 犬姉が笑って暖炉に薪をくべにいった。

「な、なにやってたの!?」

「あたしは知らん。みんな勝手にやった……」

 リズが赤面して、テーブルに指でのの字を書いた。

「うん、ほんの愛情表現だよ。それより、本当に怪我はいいの?」

 パトラが聞いてきた。

「うん、ギリギリで頭だけ防御結界が張れたのがよかったみたいで、今晩一晩寝れば治るらしいよ」

 私は笑みを浮かべた。

「そう……エルフの回復魔法を信じないわけじゃないけど、ちょっと調べてみようかな」

 パトラが立ち上がって、椅子に座ってる私の前にきた。

「ちょっと体内を覗くよ」

 パトラが呪文を唱え、私に右手をかざした。

「……あー、やっぱり。人間の体なんて初めてだったんだろうね。かなり効力を下げて様子を見てる。これじゃ三日や四日は掛かっちゃうよ。処置は完璧だから、後はパワーをあげるだけ。痛いかもしれないけど、やらないと治らないから我慢してね」

 パトラが笑みを浮かべ、ポケットから薬瓶を取り出した。

「これ飲んで。苦くも痛くもないから。触媒がないと上手くかないんだ」

 パトラが差し出した薬瓶の中身を飲み干すと、口の中に甘い味が残った。

「よう、姉妹。元気にやってるかい!!」

 犬姉が椅子から立ち上がり、私の左手をそっと握った。

「あっ、いけね……。師匠!!」

 ビスコッティが慌てて私の右手を握った。

「痛かったら握って下さい。では、お願いします」

 ビスコッティの声に笑みで答え、パトラが呪文を唱えはじめた。

 しばらくすると、全身を電撃のような痛みが駆け抜け、私は思わず両手に力を入れた。 痛みはそれだけで、あとは浪々と呪文の詠唱を続けるパトラの声が聞こえるだけだった。「いくよ、マルシル」

「はい、術殺法。現状固定!!」

 最後はマルシルの声で締め、パトラは笑みを浮かべた。

「最後は物騒な術名だけど、これ以上怪我が悪化しないように現状固定しただけだから。呪縛の一種だけど、大丈夫だと思ったら解呪するから安心して」

「はい、私がスコーン先生に酷い事をするわけありません。信じて下さい」

 パトラとマルシルが笑みを浮かべた。

「ふぅ、思ったよりは痛くなかったよ。二人ともありがとう」

 私は笑みを浮かべた。

「……パトラ、あたしの時より丁寧じゃない?」

「リズにはもったいないよ。舐めておけば治るくせに!!」

 リズのゲンコツがパトラの頭に炸裂した。

「なに、本当の事じゃん。たまに、私の回復術なんていらないんじゃないかって思うよ」

「ダメ、パトラはあたしのオプション装備だから。仕事の時にいないと困る!!」

 リズが笑った。

「師匠、リズがフライング・ミートパイなら、パトラはミート・チョッパーというコードネームを持っています。私と同じナイフ格闘を得意としているのですが、なにしろ挽き肉器ですからね。私よりエグいかもしれません」

 ビスコッティが笑った。

「そのコードネーム、誰がつけたかしらないけど、やめて欲しいんだよね。ミート・チョッパーなんて大袈裟な」

 パトラが苦笑した。

「いいじゃん、あたしなんて空飛ぶミートパイだよ。意味不明だ!!」

 リズが苦笑した。

「よし、スコーンの怪我も治ったし、まずはパトラの家を考えよう」

 犬姉が笑った。

「それなら大丈夫だよ。大きめの貯蔵庫さえあればって思ってたら、空調とか色々つけてもらえるみたいだし、一人用の家にはひろすぎるくらいだよ」

 パトラが笑った。

「はい、手抜きはしません。部品などの取り寄せがありますので、一ヶ月待って下さい。庭に植える魔法薬の原料もオーダーしてくださいね。これから冬になるので、数は少ないと思いますが」

 スラーダが紙を纏めて円筒形の容器にしまうと、パトラが目を輝かせた。

「なにがあるかな。キキ、なにかある?」

「えっと……」

 なにやら相談をはじめたパトラとキキをみて、小さく笑ったリズが静かにお茶を飲んでいたマルシルに近寄っていった。

「よう、姉ちゃん。デートしよ!!」

 リズがマルシルの肩を叩き、ビックリした様子のマルシルを引っ張るようにして、玄関から出ていった。

「あれ、リズ公のやつ珍しく積極的だな。こういうの苦手なはずなのに……楽しくなってきたのかな。よきかなよきかな!!」

 犬姉が笑った。

「犬姉はどうなの。私の可愛い師匠になにかやったら、ただでは済みませんよ」

 ビスコッティが笑った。

「なんかって、なにするの。あっ、ビスコッティってお気に入りのオモチャがあったよね。あれ貸して!!」

 犬姉が笑うと、ビスコッティが赤面した。

「……お、オモチャって。私だって子供だけど分かるもん。どんなの、研究する!!」

「ダメです!!」

 ビスコッティが私に平手を撃った。

「……ごめんなさいは?」

「……ごめんなさい。でも、研究する。いつも頑張ってくれてるビスコッティにあげる!!」

「その気持ちだけでいいです。犬姉、これどうするの。師匠は簡単には折れないよ!!」

 ビスコッティは握ったまま立った私の手に力をいれた。

「……もう一回、折られたくなかったら、これ以上追求するのはやめましょう」

 殺気立った視線で睨んだビスコッティが、ニヤッと笑みを浮かべた。

「……負けない!!」

 私はビスコッティを睨み返した。

「こら、こんな下らない事で喧嘩しないの。全く、どうだっていいのに」

 犬姉が私とビスコティを引き離した。

「師匠、機密事項です。絶対ダメですからね!!」

「いいじゃん、みるくらい……」

 私は小さく息を吐いた。

「はいはい、私の見せてあげるから!!」

 犬姉が勢いよく鞄から取り出したブツは、でっかぶっとくてなんじゃこりゃという代物だった。

「……犬姉、また大きくなってない?」

 ビスコッティがキョトンとして声を零した。

「うん、飽きちゃってモデルチェンジした。悪くないよ!!」

 犬姉が笑った。

「しゅごい……。とりあえず、あのイボイボの数を数えよう。ビスコッティ、メモ」

「嫌です。ほら、そんなの引っ込めて!!」

 ……私はみた。ビスコッティが犬姉のオモチャを鞄に押し込むフリをして、ちゃっかり自分の鞄に押し込んだのを。

「全く……」

「相変わらず固いねぇ。それじゃ、もう一個のオモチャ出して。多分、悲惨なことになってるから」

 犬姉は私の手を離して椅子に座ると、拳銃を抜いてテーブルの上においた。

「拳銃?」

 不思議そうに声を上げ、ビスコッティが拳銃を抜いてテーブルにおいた。

「ああ、やっぱりこれだ。鉄さびの嫌なニオイが気になっていたんだよね。これでも、嗅覚は鋭い方でさ。ビスコッティ、自分の銃を分解整備してみな」

 ビスコッティが自分の拳銃を分解すると、そこで手が止まった。

「ば、バレルが錆び付いてる……」

「ほらね、スコーンも気をつけてね。特に撃った日は念入りに分解整備しないと、こんなふうに錆びちゃうんだよ。いくらなんでも拳銃の予備バレルなんて持ってないから、ちゃんとするまではサブマシンガンを使って。こっちも整備は忘れずに」

 愕然とするビスコッティに、犬姉が笑った。

「こういう事にはうるさいビスコッティらしくないね」

 私は小さく笑って、自分の銃を分解した。

「えっと、異常はないね。クリーニングして終わりにしよう」

 私は銃のクリーニングキットを使って整備を終え、ホルスターに戻した。

「そんなバカな……私が」

 ビスコッティがまだショックから立ち直れない様子で、分解したままの銃を集め始めた。

「捨てちゃダメだよ。代わりを申請するときに必要だから」

 犬姉にいわれて、ビスコッティは頷いて分解した銃を手早く組み立てた。

「おかしいな、毎日手入れはしているのに……」

「初期不良かもね。たまに紛れ込んでるから」

 困惑顔のビスコッティに、犬姉が笑った。

「さて、私たちは寝床の準備しようか。ハンモックでしょ、どこにぶら下げるの?」

「はい、こちらです。全て出せば二十個できますが、そんなにいらないでしょう」

 今まで私たちの様子を笑ってみていたスラーダが、部屋の奥の不自然に広い空間に移動した。

 壁のようにみえた収納の扉を開き、慣れた様子で広い空間にハンモックを作りはじめた。

「なるほどね。私たちもやるよ!!」

 犬姉の声で、私は見よう見まねでハンモックを作った。

 こんなにいらないのだが、広さがみたくて半分の十個ハンモックを作ったが、まだまだ空間には余裕があった。

「ふぅ、慣れないと大変だね」

 私は笑った。

「そうかもしれませんね。一応、ここが寝室といえば寝室です」

 スラーダが笑みを浮かべた。

「では、私は夕飯の支度がどうなっているかみてきます。すぐにお呼びする事になると思いますが、お待ちください」

 スラーダが一礼して家から出ていった。

「そういえば、晩ご飯忘れていたね。えっと……」

「十九時半です。師匠の時計は壊れてしまったので、今は外してあります。必要ですか?」

 ビスコッティが文字盤が歪んで、どう考えても修理不可能な私の時計を差し出した。

「こりゃダメだね。廃棄でいいよ。それにしても、現在時刻が分からないのは不便だね」

「はい、そこで私の出番。簡単には壊れないぞ!!」

 犬姉が笑い、いかにも頑丈そうな腕時計を私にくれた。

「ありがとう、高かったでしょ?」

「そういう野暮な事は聞かないの!!」

 犬姉が笑って、私に軽くゲンコツを落とした。

「師匠、よかったですね。最新型の軍用モデルです」

 ビスコッティが私の頭を撫でて笑った。

「へぇ、軍用モデルか。壊れそうにないな」

 私は笑みを浮かべた。

 その時、家のインターフォンが鳴って、スラーダが戻ってきた。

「お待たせしました。夕食の準備が出来ましたので、移動をお願いします。外出中だったみなさんは、すでに無線で連絡してありますので、急ぎましょう」

 私は頷いて、椅子から立ち上がって待っていたみんなをみた。

「よし、いこう!!」

 カリーナ指定のコートを着た私は、スラーダに続いて家を出た。


 里の道にも街灯はあったが、全体的に数が少なく、イルミネーションの方が明るいくらいだった。

 そのせいもあってか、どこかに迷い込むこともなく、私たちは里の集会場に無事に辿り着いた。

 ちょうど時間がそうなのか、広い空間にはまだ人がまばらで、テーブルの上に何種類も大皿料理が置かれていた。

「私たちは、基本的に里の皆と一緒に食事を取ります。大皿料理で立食なのも基本ですね。冷めてしまうので、温かいうちにどうぞ」

 スラーダに勧められるまま、私は料理を小皿に取って食べはじめた。

「初めての味付けだけど、美味しいね」

 私は笑みを浮かべた。

「はい、師匠。そこにある玉子料理も美味しいですよ」

 みんなで一丸となってテーブルを回っていくうちに、ついに見つけてはなら七位者を見つけてしまった。

「師匠、お酒です。飲み放題です!!」

 真っ先に反応したビスコッティが、涎を流して指をくわえた。

「あーあ、遠慮してね」

 私が苦笑すると、ビスコッティはさっそくお酒コーナーに居座ってしまった。

「これがないと、ビスコッティって本気出してくれないからなぁ」

 私は苦笑した。

「私は煙草は吸うけど、酒は飲まないからなぁ」

 犬姉が笑った。

「あたしは飲む方だけど、あのペースで飲んだら倒れるな」

 リズが苦笑すると、トテトテとパトラがお酒コーナーに近寄っていき、ビスコッティと同じペースで飲み始めた。

「ああ、そうだ。パトラがやたら飲むんだよね。給料から天引きしてるけど、飲むか魔法薬を作ってるかのどっちかだからね!!」

「あれはエルフでは一般的なお酒です。アルコール度九十ですよ。これが飲めないと、大人としてみられません。ここの里でも、あるということはそういう事でしょう。私も飲んできます」

 マルシルが笑みを浮かべ、お酒コーナーに行ってしまった。

「あれ、マルシルまでノンべぇだったんだ。毎月の酒代が大変だねぇ」

 私は苦笑した。

 私の方はお腹一杯という感じだったが、他の面々はまだ食べ足りないという様子で、我慢しなくていいのに、勝手に我慢出来なくなったクランペットが陰から飛び出し、まだ一度も食べた事のないというエルフ料理を堪能しはじめた。

「あの、この赤い木の実は……」

「ああ、トッコの実っていってな。この里の周りに自生しているんだ。冬の保存食の一つだな。味はともかく栄養素はバッチリだ」

 クランペットが話しかけたエルフのおっちゃんが、笑って離れていった。

「いや、この苦みがいいんだけどな。マルシルの家に戻ったら、クッキーでも焼いてみよう。トッコの在庫は……あっ、いた」

 大分人が集まりはじめた集会所で、スラーダを見つけたようで、クランペットが素早く移動して話をはじめた。

「ホント、食べ物にはうるさいからなぁ」

 私は何冊もあるノートから『植物』と表紙に書いたものに、トッコを追加してノートをしまった。

「トッコを使った料理など、滅多に食べられません。ここは自生しているようですが、そうでもなければ、こんなにたくさん食べられません。とても高価なものなのです」

 一足先にお酒コーナーから抜けたマルシルが、嬉しそうにいった。

「そうなんだ。今のうちに食べちゃえば」

 私は笑った。

「そんな、私だけ食べたら申し訳ないです。後は皆さんと食べましょう」

 結構飲んだにも関わらず、顔の血色がよくなった程度のマルシルが、小さく笑った。

「相変わらずだねぇ。あたしだったら、底なしに食っちゃうけどなぁ。今はセーブしてるよ!!」

 リズが笑った。

 その時、パタリと音がして、ビスコッティとパトラが同時に椅子から転がり落ちた。

 瞬間、私の脳裏に『戦艦ビスコッティ轟沈』という、妙なニューステロップが流れた。

「パトラは分からないけど、ビスコッティが潰れるなんて……」

「エルフのお酒は後からくるんです。程々にしておかないと」

 マルシルが笑みを浮かべた。

「そういう事は先にいうこと。さて、こりゃお開きだね。この二人を運ばないと……」

 リズに言葉に、私は右肩にパトラを担ぎ、左の小脇にビスコッティを抱えた。

「あれま。すっごい筋力!!」

 犬姉が喜んだ。

「最近は筋トレしてないから、長時間は無理。急ごう!!」

 私は二人を抱え直し、大急ぎで公民館を出た。

 パトラは平気だったが、変な場所で抱えたビスコッティのバランスが悪く、途中でよろけて何度もビスコッティの顔面を地面に擦りつけたが、余裕がないのでそのまま必死こいてマルシルの家に運び、扉を蹴るようにして開けて二人を放り投げた。

「へぇ。結構飛ぶもんだねぇ」

 リズがぼへぇっと声を上げた。

「まだ、もう一仕事。リズ、上司なんだからじぶんでやってね!!」

 私は床に転がったパトラを足で退けて、ビスコッティを背負ってハンモックに寝かせた。

「うわぁ、顔中傷だらけだよ。まあ、おぼえてないからいいか」

 私がハンモックから離れると、リズがパトラをハンモックに投げ込み、小さく息を吐いた。

「……あれよりマシか」

 私は苦笑した。

 一仕事終えた私は、まだ時間が早かったがビスコッティの隣のハンモックに身を預けた。

「おっ、もう寝ちゃうんだ。まあ、それがいいだろうね」

 リズが笑った。

「それじゃ、一服ついでに外回りしてくるかな」

 犬姉が煙草ケースを取り出し、先に出たリズたちの後に続くように外に出た。

「はぁ、疲れたな……」

 私は苦笑して、そっと目を閉じたのだった。

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