第18話 王都へのお使い(改稿)

「師匠、おはようございます」

 ビスコッティが笑顔で私を揺り起こした。

「ん、おはよう。早いね……」

 私は軽く欠伸をして、ベッドの上に身を起こした。

「はい、実は眠っていません。いつ隙を突かれるか分からなかったので。家族の無事は確認しました」

 ビスコッティが笑った。

「クランペットもたまには出てくれば。もう安全だから」

 私が声を掛けると、よくみると不自然な位置にある影がむくりと起き上がり、クランペットの姿が現れた。

「はい、大丈夫ですね。昨夜の残党狩りで、全て排除された様子なので」

 クランペットが笑みを浮かべた。

「しっかし、私の陰になるといって、本当に陰になるとは思わなかったよ」

 私は笑った。

「これは、私しか出来ない事です。ビスコッティも、この魔法を欲しがっていますが、悪用しそうなので、教えません」

 クランペットが笑った。

「悪用ってなんですか。教えなさい」

 ビスコッティが笑った。

「あれ、皆さん早いですね。おはようございます」

 床で寝袋から這い出たパステルが、小さく伸びをして立ち上がった。

「ごめんね。そんな場所で」

「いえ、慣れていますから。部屋でもベッドでは落ち着かないので、寝袋なんですよ」

 パステルが笑って、片付けを始めた。

「そ、そうなんだ。まあ、いいや。リズって、まだ入院中なの?」

「はい、師匠。右腕を骨折しているようなので、一晩では退院させてもらえないでしょう」

 ビスコッティが、メモ帳をみて答えた。

「そっか、あとでお見舞いいくよ。今は朝ご飯が先だね。いこうか」

 私はベッドから下りて、大きく伸びをした。


 学食で朝ご飯を食べたあと、私はビスコッティを連れて医務室に向かった。

 まるで病院のような医務室の受付で部屋番号を確認したあと、廊下を歩いてリズの病室に向かった。

「師匠、驚かないで下さいね。悪意はありません」

 ビスコッティに一言いわれ、私は頷いた。

 扉をノックしてから開けて、リズに朝ご飯を食べさせているパトラに出会った。

「うわ……きちゃった」

 リズが慌てて布団を肩まで被って、なにか覚悟を決めた用だった。

「うわではありません。なんですか、この体たらくは!!」

 ビスコティが鋭い声を飛ばした。

「戦闘記録を読みました。私の護衛どころか、真っ先にやられて、しかも煙草を吸うためなど話しになりません。あなたはプロですか?」

「……いえ、アマチュアです」

「そうは思いません。私はアマチュアです。アマチュアが認めたプロです。しっかりするように!!」

 ビスコッティが小さく笑みを浮かべ、薄ら涙を浮かべているリズの頭を撫でた。

「私も甘くなりましたね。さて、食事の邪魔をしてはいけません。師匠、また出直しましょう」

「う、うん……」

 私はついに声を上げて泣き始めたリズのそばにいるパトラを見た。

 パトラが笑顔でビシッと親指を立てたので、私は小さく笑みを浮かべて病室を出た。

「ビスコッティ、ちょっとやり過ぎじゃない。リズ泣いちゃったよ」

「いえ、これでスッキリするはずです。あれは私が怖くて泣いたのではなく、悔し涙というところでしょうか。昔は泣いても喚いても、徹底的に絞ったものですが、私も甘くなりました。師匠の影響でしょう」

 ビスコッティが笑った。

「ちょっと、なんでも私のせいにしないでよ。怖いビスコッティは嫌!!」

 私は笑った。

「あれは、リズがプロだから通用するんです。といっても、私の師匠には出来ないでしょうね。どの口がいってるとなってしまうので」

 ビスコッティが笑った。

「ところで、何度も聞いたけど、なんで私が師匠なの。師匠らしい事なんてしてないけど……」

「単純にいえば、私より優れた魔法使いだからです。そう思ってなくても、私の目からみてそうだからです。こうやって、一緒に歩いているだけでも、色々と勉強しているんですよ。例えば、師匠は右足をすり足で大きく歩く癖があります。これは、いつでも攻撃魔法を撃てるようにです。わざと意識して検証しました」

 ビスコッティが小さく笑った。

「うげっ、そんな癖が……。特に意識していないんだけどな」

「意識していたら癖とはいません。まあ、そういうわけで、師匠は師匠なんです」

 ビスコッティが小さく笑った。


 リズのお見舞いから、寮に帰りがてら私とビスコティは研究棟に立ち寄った。

 エレベータで四階に上がると、昨日組み上げたばかりの装置を弄り、キキがなにか操作していた。

「おはようございます。昨日の装置の試験をしていました」

 キキが笑顔で、あちこちにあるアルコールランプの火をつけたり消したりしていた。

「どう、調子は?」

「はい、問題ありません。ここまで、完璧に動く装置を一度で作るなんて、パトラさんは凄いです」

 キキが感心したような声を上げた。

「へぇ、さすがパトラだね。あとで協力金を支払わないと」

 私は笑った。

「はい、私のポケット・マネーで支払います。私物のようなものなので」

 キキが笑った。

「いいよ。ここの備品だし。予算らしい予算もつかってないしね」

 私はキキから領収書を受け取り、所定の用紙に記入して事務室行きの内部便の箱に入れた。

「これでよし。一週間もしたら、ここの研究費口座に振り込まれるから、それから現金払いで私がキキに渡すよ」

「はい、ありがとうございます。これだけでも結構な出費だったので助かりました」

 キキが笑みを浮かべた。

「そりゃ、自分のお金じゃないからね。さて、試験はどうなの?」

「はい、順調です。あとは、全てのアルコールランプを消せば終わりです」

 いうが早く、キキが作業をはじめた。

「うん、こっちはよさそうだね」

 装置の火が落とされ、各種安全弁から立ち上がる水蒸気の様子を見ながら、私は笑みを浮かべた。

「それじゃ、こっちは任せるよ。そのうちパトラがくるでしょ」

「はい、分かりました」

 笑顔で返事を返してきたキキに手を振って、私とビスコッティはエレベータに乗った。


 エレベータで一階に降り、ついでだからと事務所の郵便受けを覗くと、私の箱に一通の封筒が入っていた。

「誰だろ?」

 私がカリーナに入ってからまだ日が浅いので、ここに手紙が来ることは滅多になかった。「貸して下さい。クランペット」

 ビスコッティが私が持っていた封筒を受け取り、私の陰がビョーンと伸びてクランペットが姿を現した。

「手触りでは異常なし。クランペット、どう?」

 ビスコッティが手渡した封筒をクランペットが受け取り、それのニオイを嗅ぎ始めた。「はい、問題ありません。変な薬物ではありません」

 クランペットが笑みを浮かべて封筒を丁寧に渡し、再び私の陰と同化した。

「師匠、大丈夫です」

 ビスコッティから返ってきた封筒を受け取り、私は鞄からいつも持ち歩いている文房具の中からレターナイフを取り出して封を切った。

「どれ……」

 中の便せんを取り出し、私は折りたたまれたそれを広げた。


『うむ。ピーちゃんである。これは至急の王令と受け取って欲しい。王都間近の遺跡から、多量の魔物どもが溢れ出し、交通の便に支障が出ておる。王都の防衛も兼ねて、直ちに出撃を命じる。無線の方が連絡が早いのだが、今の王都は空きチャンネルが極端に乏しくなっていてな。こうして手紙という手段を取った。こちらでは勝手に了承と取っている。なるべく早く王都にきて欲しい。待っているぞ』


 文末に押された肉球判が可愛かったが、どうも事態は暢気な事をいっている場合ではない様子だった。

「ビスコッティ、緊急召集。無線でチームのメンバーを集めて。場所は外庭がいいかな。急ぎって事は空路かな……」

 私が呟くと、クランペットが陰から人に戻った。

「いえ、陸路が正解でしょう。あの辺りには、ファン国際空港しか滑走路がありません。今頃、空軍機が大集合でしょう。小回りも利きますし、空港の場所を空ける意味でも、陸路がベターでしょうね」

 クランペットが笑顔でいって、再び陰に戻った。

「そういう事なら、トラックとミニバン部隊だね。トラックにしこたま弾薬を積んでいこう」

 私は笑って、芋ジャージオジサンが仕切っている用務員室を無線で呼び出した。

『……用件を聞こう』

「非常事態だよ。トラックに詰めるだけ弾薬を積んでいくから、今すぐ用意しておいて!!」

『分かった。お前たちの武装は把握している。今から作業に取りかかる』

 私は芋ジャージオジサンとの交信をやめ、ビスコッティをみた。

「師匠、こちらは問題ありません。激痛を伴う事を承知で、リズがパトラの魔法薬で一気に治したそうで、怪我は問題ありません。全員十五分でトラックの一角に到着します」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「骨折まで治せる魔法薬か……。パトラが一番謎能力を持っている気がするんだよね」

「はい、パトラも謎ですが、リズも謎なんですよ。二人コンビで仕事をしている事は有名なのですが、基本的には狙撃屋です」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「へぇ、謎のコンビなんだね。そういうの、面白くて好きだよ。さて、十五分しかないよ。急ごう!!」

 私は封筒の中に便せんを戻し、事務室前から外庭に向かった。


 トラックのところに自転車で駆けつけると、すでに弾薬箱が山積みにされ、校長先生が出てきて眺めていた。

「おや、借りたい学生がいると手紙が届いたのですが、学生はマルシル君だけですね。国王様も慌ててしまったようですね」

 柔和な笑みを浮かべ、校長先生は私の頭を撫でた。

「早くエンジンを掛けて下さい。その前に手紙を拝見しましょうか。これが、外出許可証になりますので」

 私は封筒を校長先生に渡し、運転席の扉を開けて中に乗り込んだ。

『へぃ、えぶりばでぃ。コンディションチェックしろや!!』

 ……なんか変なキット。

「いいからエンジン始動!!」

『オフコース、いくぜ!!』

 エンジンのスターターが周り、轟音と共にエンジンが掛かった。

『各種システムオールクリア。荷造りモード』

 キットが勝手に荷台側面の巨大なあおりを開け、ミラーでジャージオジサンの集団が次々荷物を積み込んでいく姿が映し出された。

「よし、はじまったね。これで、勝手にやってくれる」

 私が運転席から飛び下りると、ビスコッティがさっそく荷物の交通整理を始めていた。

「よしよし……ん?」

 ふと視界に入ったので見ると、なぜか校長先生が正座のリズを説教していた。

「なにやってるんだろ?」

「ああ、気にしないで。一回ヘコむとこれがないと起動しないんだ」

 近寄ってきたパトラが笑った。

「そ、そうなんだ。さすが、謎のコンビ……。あれ、今日はアサルト・ライフルなんてもっていくんだ」

 パトラは手に持ったM-4カービンを掲げた。

「相手は魔物で遺跡の外にはみ出ちゃったんでしょ。このくらいは必要でしょ」

 パトラが笑った。

「そうだね。よし、私も用意しておくか」

 私は呪文を唱え、裂けた空間からAK-47を取り出した。

「それいいんだよね。構造が単純だしぶっ壊れないから。さて、リズは任せて」

「うん、頼むよ」

 パトラはリズのやや後ろに立ち、鼻歌を歌いはじめた。

「い、色々な回復方法があるね。あとはパステルが重武装なのはいつも通りで、犬姉は機関銃……MINIMIまで持ち出したみたいだね。私はこれか……」

 私はアサルト・ライフルを肩に提げ、拳銃を引き抜いた。

 セーフティのまま銃の各所を弄って正常作動を確認し、ホルスタに収めるとショートソード抜いた。

 対ドラゴン用に打たれたこの剣も、普通にショートソードとしての性能もなかなかだった。

 さすがにビスコッティから一本は取れなかったが、刀剣類の扱いが不得手のクランペットは何本も取れた。

「よし、異常ないね。キキも薬瓶が詰まった袋を積んでいるし、パトラと仲良しになったかな」

 私が笑ってしばらくすると、芋ジャージオジサンがバインダーに挟んだ伝票を持ってきた。

「うむ、完了だ。サインを頼む」

「ありがとう!!」

 私は伝票にサインした。

「よし、護衛が一人でも多い方がいいと聞いてな。俺は主に対人相手に護衛に入る事にした。場合によっては別行動になるかもしれん。ミニバンを一台借りるぞ」

「分かった、ありがとう」

 芋ジャージオジサンは、近くで調整作業をしていた事務のお姉さんから車の鍵を受け取り、ミニバン一台のエンジンを掛けた。

「おっ、先に出発だね。あのオジサン、悪い人じゃないっぽいけど、顔の線が濃いから怖いんだよね。顔で判断しちゃいけないけど」

 私は笑って、トラックの周囲を見てまわり、異常がない事を確認した。

「よし、いいね。よっと……」

 私はトラックの運転席に乗り込み、シートベルトを締めた。

 しばらくすると、気まずそうにリズが助手席に乗り込んできた。

「あれ、リズだ。もういいの?」

「うん、スッキリ!!」

 リズが笑うと、私は窓を開けて笑った。

「いい気温だね。そろそろ秋も中頃かな」

「そうだね。早く出ないと、半端なところで野宿になっちゃうかもよ!!」

 リズが笑った。

 その時、後ろのミニバンがクラクションを鳴らし、私は出発の意味で軽くアクセルを踏んで戻した。

 トラックが轟音を上げて走り出し、裏門を派手に破壊して街道に乗った。

「うわっ、壊したよ。今ぶっ壊したよ!?」

「アハハ、コイツはそれいい!!」

 リズが笑った。

『はい、あのクソボロい門が悪いのです。だって、ぶっ壊さなくても勝手にぶっ壊れて直るんですよ。だったら、派手にぶっ壊した方が得じゃないですか』

 キットの声と共にトラックが加速し、私は慌てて窓を閉めた。

 トラックが加速をはじめて、私は腕時計を確認した。

「周りになにもないって、考え物だね。隣村のコルキドまで三時間はかかるよ」

 別にお腹が空いたわけではなかったが、あと三時間はこの草原の中をひた走る事になる。

「まあ、それがカリーナだから!!」

 リズが笑った。

 トラックは九十年代アニソンメドレーという謎の曲に包まれながら、なにもない草原の街道をひた走った。

「はい、弁当。こんくらいは作れる!!」

 リズが空間の裂け目から大きなバスケットを取り出し、蓋を開くとお結びと玉子サンドがぎっしり詰まっていた。

「おっ、ちょうどお腹が空いていたんだよ。ありがとう」

 私はリズが差し出してくれたお結びを差し出した。

「あたしのお好みで塩結びだよ。拘りが分かるかな?」

 リズが笑みを浮かべた。

「うん、カラード塩湖産の天然塩だね。お米はわからないけど、少数生産で個人を相手に商売している感じかな。なるほど、これが好物なんだね」

 私が笑うと、リズが目を見開いた。

「塩は当たりだよ。米もカラモチのある農家から、直接譲ってもらってるんだけど、見抜けたのは味覚が異常に鋭いパトラくらいなんだよ。玉子サンドは?」

 私は玉子サンドを受け取り、一口囓った。

「パンは学食だね。但し、恐らく特別に頼んだ玄米パン。玉子などの具材には特にそれほど拘ってないね。これは、塩結びがご馳走で普段は玉子サンドだね!!」

 私が笑うと、リズが苦笑した。

「拘ってないんじゃなくて、拘らせてもらえないだけ。学食だから、これ以上は頼めないよ」

 リズが笑った。

「クランペットに頼むと、思い切り拘って味が変わっちゃうからね。好物ってそういうもんだよ」

 私は背後で肩の上に顔だけ出したクランペットに塩結びを食べさせ、玉子サンドも食べさせた。

「……なるほど」

 再び顔を引っ込めたクランペットに笑い、私はリズの驚きの表情をみた。

「な、なに今の!?」

「うん、クランペットの仕事用なんだけど、相手の影と同化するか、不自然じゃない程度に空間を曲げて姿を隠すんだって。なぜか私の陰になるって宣言して以来、ずっとこうだよ。呼べば出てくるし、時々休憩もするけど、基本的にこれが護衛手段なんだって!!」

 私が笑うと、リズが笑った。

「私が陰になるって、意味が違うでしょ!!」

「うん、私もそう思うし大変だからいいよっていったんだけど、変な癖になったらしくてこれがいいらしいよ。うちは変なのばっかだから!!」

「そっか……。はぁ、長い道のりだねぇ」

 バスケットの中身を全部平らげた私とリズは、代わり映えのしない景色をしばらく眺めていた。

「そういや、聞いた事なかったけど、スコーンって使い魔はいるの?」

 なんとなく眠そうに、リズが問いかけてきた。

「ん、いないよ。特に必要ないし、興味もないから」

 私は笑みを浮かべた。

「なら、そのままの方がいいよ。今のカリーナでは、必須項目じゃないしね」

 リズが苦笑した。

「じゃあ、そうしよう。なにかあったの?」

「あったなんてもんじゃないよ。昔は中等科一年で使い魔召喚は必須だったんだけど、そこであたしはとんでもない事をやらかした。普通に呼んだだけじゃつまらないって、禁止されてた異界召喚の一部も取り込んだんだけど、その結果がこのトラックなんだよ。いわば、初代オーナーだね」

 リズが苦笑した。

「えっ、これ呼んじゃったの!?」

「うん、しかもさらに他の世界まで巻き込んじゃって、どこの世界ともつかないこれだけの生物を作っちゃったようなものだね。トラックだって他のものと同じように、喋ったり自動運転なんかしないらしいしね。まだ、馬車が主力の頃にいきなりこれだよ。もう、さすがにぶったまげて、何だこれってなってさ。まあ、それはいいや。問題が一つあって、使い魔とは血の契約によって結ばれているんだよ。なんとか頑張って部分解除は成功させたんだけど、『主が死なない限り、使い魔も死なない』って契約はどうしても解除出来なくてさ。中途半端に主をやってるんだけど、キットが別の主じゃないけど、それに相当する存在を定めた。それが、スコーンだよ」

 リズが小さく笑った。

「そ、そうなの、困ったな。使い魔なんて研究してないしな……」

「ああ、そっちは大丈夫。なにもしなくてもいいように、本来は出来ない契約の書き換えをやってあるから、普通に乗ってればいいよ」

 リズが赤ランプを小突いた。

「そうなんだ……とんでもないトラックだったんだね」

 私は笑みを浮かべた。

「とんでもないどころじゃないよ。世界に一台だよ。まあ、褒められたものじゃないけどね。だから、スコーンには使い魔召喚はやって欲しくないんだ」

「やらないよ。興味ないし、ますますダメだって気になったよ」

 私は笑みを浮かべ、意味もなくパッシングしてみた。

『HIDはもう古い。今時はLEDだぜ。パシパシしようぜ!!』

 いきなりキットが叫んだ。

「うわっ!?」

「馬鹿野郎、あおり運転だと思われるだろ!!」

 リズが笑った。

「ああ、コイツがこういう時は単に暇なだけだから」

「うん、それは分かるけど、こんな草原の真ん中でパシパシしてもね」

 私は笑った。

『師匠、ビスコッティです。時間的にちょうどいいので、次のコルキドで休憩しましょう』

 無線からビスコッティの声が聞こえた。

「うん、分かった。遅めの昼ご飯だね!!」

 私はすでにご飯が済んでいる事を伏せて、私は無線でビスコティに返した。

「コルキドか。あそこ、ジャンキーなものしか売ってないよ。それはそれでいいけど」

 リズが笑った。

「まあ、いいじゃん。たまにはね」

 私は背もたれに身を預け、リズとの雑談をはじめた。


 コルキドに到着した私たちご一行様は、街の中央部にある大型駐車場に車を駐め、それぞれが食事をしたり休憩したりする事にした。

 私はもう食事はよかったが、一緒に行動する事にしたリズとビスコッティが屋台で適当にジャンキーな食べ物を買うので、それに付き合ってお腹がパンパンになってしまった。

 このまま食事は辛いので、私はたまたまあったマジック・ショップという、魔法関係の道具を扱うお店に飛び込んだ。

「ふぅ……こういうお店もたまにいいね。おっ、ヘリウムガスが売られてる。これ、落ち込んだ時にいいんだよね。部屋の片隅で吸って、独り言をいうとそのうち忘れて大笑いしてるもん。買っていこうかな」

 私はヘリウムガスの在庫を全て抱え、レジカウンターにおいた。

「師匠、なんか嫌な事あったんですか?」

「ないけどあってもいいじゃん。普通に遊べるし」

 私は笑った。

 そのまましばらく店内を見回っていると、本を扱っているコーナーにビックリするほどリズが書いた本が置いてあった。

「うわっ、リズの本だ!!」

 私は立ち読みもせず、全てのリズ本を揃えてレジカウンターにおいた。

「師匠、いい加減本を書いて下さいよ。論文だけでは飽きてしまうでしょう」

 ビスコッティが笑った。

「ちょっと、いきなり全巻制覇しなくていいよ。あたしの魔法の癖は、一冊読めば分かるでしょ?」

 リズが苦笑した。

「いいのいいの。魔法書じゃないから、息抜きの読書に最適だし、最近本を買ってないなぁって思っていたからね」

 私の買い物はこれで終わりで、二人とも特に買う物もないようだったので、会計を済ませて、本を詰めて梱包してくれた段ボール箱をビスコッティとリズが持ってくれたので、重たいだろうと急いでトラックに戻った。

 本を詰めた箱は二つあり、運転席と助手席の後ろには狭い荷物置き場があったので、箱をそこに収めた。

「ふう、これでよし。旅のお供が出来たよ」

 私は笑みを浮かべた。

「まあ、難しい事は書いてないからね。学生の頃から本を出してるよ」

 リズが笑った。

「へぇ、私は論文ばっかりだな。今度書いてみようかな」

「じゃあ、付き合ってる書店に話してみるよ。楽しいよ!!」

 リズが笑った。

「いよいよ師匠の本ですか。論文以外にも書くと面白いですよ」

 ビスコッティが笑った。

「うん、こうして見ると書いてみたくなるね。これで研究でも始めれば、もういうことないね」

 私は笑った。

 気が付けば全員が戻ってきて、ミニバンのエンジンがかかっているので、ビスコッティがミニバンに向かい、私とリズはトラックに乗り込んだ。

 エンジンを掛けると同時に、蒸し暑いくらいの車内にエアコンの風が吹き込まれて、しばらくするとちょうどいい室温になった。

 ミニバンがクラクションを鳴らしたので、私は軽く一回だけ鳴らし、後はトラックが自動で走り始めた。

「じゃあ、さっそく読むかな……」

 私は段ボール箱の封を切って、一番古い本を取り出した。

「ああ、それは私が初めて書いた本だよ。初等科一年の修了記念で!!」

 リズが笑った。

「へぇ……やっぱり内容が違う。学校探しを間違えたよ」

 私は苦笑して、本を読み続けた。

 トラックがコルキドから出発してしばらく、遠回りにはなるが細い山道がある街道を避けるために別の街道の右折待ちをしているところで、私は気が付いた。

「これ、魔法の基礎理論だよね。勘違いして違う事書いてるよ!!」

 私の声にリズが目を丸くした。

「ちょっと、どこ!?」

「ここから……基礎を丁寧に書いてると思ったら、いきなり高度な応用理論に飛んで、また基礎理論に戻ってるよ。文章としてはこれでもおかしくないんだけど……でも、初等科の終わりでこの知識なんだ。ビックリしたよ」

 私が笑みを浮かべると、リズが私の本を引ったくった。

「ぐわっ、しまった。つい書いちゃったのか。今さら改訂版を出しても意味ないし、これはこれで気が付かなかったフリしかないか」

 リズが苦笑した。

「うん、それしかないよ。それにしても、戦闘訓練とかなさそうだね。揺るやかに魔法を楽しんでるかんじだね。羨ましいよ」

「あるにはあるよ。あたしも受講していたけど、体育の授業を兼ねて護身術程度にね。だから、今の戦闘能力は後付けで頑張ったって感じかな」

 リズが笑った。

「そのくらいでいいんだよ。なんで、軍隊に交じってやるのか謎だったんだよね。まあ、お陰で少しは戦えるようになったけど」

 私は苦笑した。

「そりゃ酷いね。いくら、魔法を戦争に使わないって条約があっても、ヤル気満々じゃん」

 リズが苦笑した。

「私も思ったよ。なんでこれなんだって。だから、最初にカリーナを見たとき、また軍事教練でもやるのかと思ったよ」

「そんなのないって。希望制で護身術がある程度だよ。防衛は自衛部隊と国軍がやってるし、学生や研究者には基本的にはお呼びが掛からないよ。間に合わない場合は呼び出しがあるから、暇だったら手伝ってあげて!!」

 リズが笑った。

「つくづく、学校選びを間違えたよ。王都生まれだから、他に知らなくて」

 私は苦笑した。

「それじゃ、どうにもならないね。まあ、あの学校は閉鎖に向けて動き出しているみたいだけどね。王都の土地不足が深刻だから、三つある学校を閉鎖して一つに纏めるつもりらしけど、中身は変わらないだろうね。あたしもピーちゃんにどうにかしろって、散々いってるんだけど、あの研究所がある限り難しいって。王都の学校って、実質的に研究所の研究者候補選抜が目的だからね」

 リズがやや目を細め、銃の引き金を引く素振りをみせた。

「ただの魔法学校だと思っていたからショックだよ。まあ、カリーナは面白そうだけど」

 私は笑った。

「面白いっていえば面白いね。まるで遊園地だから!!」

 リズが笑った。

「さて、長旅だよ。どっかで泊まるか徹夜で走るか決めておいてね。このルートだと王都に比較的近い、ハルッブって村がお勧めだよ。宿が一軒しかないけど、十人部屋が一部屋あるから、この人数でも泊まれるよ」

「分かった。ビスコッティに相談してみる」

 私は無線機のマイクを取って、トークボタンを押した。

「ビスコッティ、この先どこかで泊まるの? 泊まるならいい場所があるみたいだよ」

『師匠、今回は緊急です。泊まらずに走る方がいいと思いますが、着いてヘロヘロでは意味がありません。一呼吸入れましょう。どこの村か街ですか?』

「えっと、ハルッブだって。十人部屋もあるような宿みたいだよ」

『ハルッブですね。王都まで三時間くらいの場所です。明け方に出ればちょうどいいかもしれません。宿の手配をお願いします』

 ビスコッティの声が聞こえると、リズがマイクを取ってチャンネルを弄った。

「もしもーし、オリーブ亭のお姉さん聞いてる?」

『その声はリズだね。また仕事かい?』

「仕事だけど表のね。十人部屋空いてる?」

『空いてるに決まってるだろう。予約かい』

「そう、予約。今日の夕方には着くかな」

『分かったよ、掃除して換気しておくから、気をつけて』

 無線から人の良さそうな女性の声が聞こえ、リズが無線機のマイクを戻した。

「おい、キット。目的地間違えるなよ!!」

『馬鹿野郎、あんななにもねぇ村のどこで迷うんだよ。ナビ設定済みだぜ!!』

「馬鹿野郎、それで何回間違えてるんだよ!!」

 リズが大笑いした。

「リズとキットが楽しそうだね」

 私は笑った。

「ああ、コイツはこれでいいの。スコーンが相手だと、大人しいみたいだけどね」

『当たり前です。いきなりこれでは、スコーンがビビってチビってしまいます』

 私は思わずポカーンとしてしまうと、リズが笑った。

「こりゃダメだ。キットを相手にするときは、馬鹿野郎は必須だから。あとはノリと勢いだよ!!」

 リズが笑った。

『別にクソボロいヤツでも構いません。それより、目の前の村が緊急信号を出しています。発光信号のみで無線発信はなし。誤報の可能性もあります』

 キットの声に前をみると、小さな村があって出入り口の門にある赤い回転灯が点灯していた。

「どれ、合図してみようか。キット、青色点滅!!」

 私の合図で、ダッシュパネルのシグナルが青色に点滅を始めた。

 これで、屋根に装備されている各種ランプのうち、青が点滅を開始しはじめたはずだった。

「これなんだよね。強盗団とか潜んでいると面倒なんだよね」

 リズが苦笑して、アサルト・ライフルのボルトを引いた。

「そうだね。でも、なんでもなさそうだけどな……」

 私が呟いた時、村の合図が青の点灯に切り替わった。

「うん、異常はなさそうだね」

 リズがアサルト・ライフルのセレクターをセーフティに切り替えた。

 トラックとミニバンは村に通じる枝道を無視して街道を走り、その後は特に異常もなく走り続けた。


 途中の村や街で何回か休憩を挟み、ハルッブの村に着いた時には、空に星が瞬いていた。 そう大きくない村の中にある宿は、すぐ分かる程大きく、まるでこの宿のためにあるような感じだった。

「キット、鈍ってないね?」

『ノープロブレム。こんなの屁でもありません』

 宿脇の空き地に駐車したトラックからリズが飛び降り、キーを捻ってエンジンを止め、トラックから降りると、リズがしっかり輪留めしていた。

 隣に駐まった一台のミニバンから、運転していたらしい犬姉が点呼をとってから皆が降りてきた。

「おーい、スコーン。チェックインにいくよ!!」

「分かった!!」

 私はリズに応じ、一緒になって宿の中に入っていった。


 宿は三階建てで、落ち着いた雰囲気が漂っていた。

「ずいぶん掛かったね。お疲れさま」

 カウンターの向こうにいた人の良さそうなオバチャンが、笑みを浮かべた。

「遠くから連絡したからね。いつも通り、三クローネ?」

「今からじゃ大した時間いないだろう。一人様二クローネでいいよ。部屋の鍵を渡すから、急いでなにか食べておいで。みんな、店を閉じずに待っていたんだ」

 オバチャンが笑って、鍵をカウンターに置いた。

「うげっ、そりゃ悪い事しちゃったな。いつもの『火吹きドラゴン亭』にしようと思っていたんだけど……」

 リズが苦笑した。

「だったら、火吹きドラゴン亭にいくといいよ。みんな勝手に集まってくるから」

 オバチャンが笑った。

「よし、ならいいや。いやー、この村となにかと縁があってね。いつもこの歓迎なんだよ。赤い火吹きドラゴン亭は、気取らない飯屋だから、きっと気に入ると思うよ!!」

 リズが笑った。

「へぇ、楽しみだね。さっそくいこうか」

 私は笑みを浮かべた。

 リズと部屋の鍵を持って階段を上ると、三階部分をぶち抜きにした広い部屋が一つあった。

「……広いね。落ち着かないかも」

 私は苦笑した。

「ここにみんなが詰まれば手頃だと思うよ。こんな大部屋がある宿は少ないから、貴重といえば貴重だね」

 リズが笑った。

 そのうち階段を上ってみんなが部屋に集まると、確かにいい感じに落ち着く部屋になった。

「師匠、お疲れさまでした」

「うん、ビスコッティもね」

 私は笑みを浮かべた。

「よし、見込みより早く着いたし、みんなお待ちかねのようだから、さっさとメシにいこうか」

 荷物を片付けたリズが声を上げた。

「どんなお店なの?」

 荷物から財布と無線機だけ取り出した私は、リズに聞いた。

「赤い火吹きドラゴン亭は、よくある居酒屋だよ。まあ、この村にはここしか飯屋がないんだけどね。いけば分かるけど、肉料理が安くて美味いよ!!」

 リズが笑って、部屋から出た。

 みんなでゾロゾロ階段を下りて宿を出ると、パステルが持ち出してきたフラッシュライトで道を照らしながら、宿近くの大きな店に入った。

「おい、リズがきたぞ」

「そこ開けろ!!」

 お客さんでほぼ満席だったが、皆が退いてくれてテーブル席に滑り込んだ。

「あたしってこの村じゃ結構顔が利くから、店でも入ればこの騒ぎなんだよ」

 リズが苦笑した。

「へぇ、凄いな……」

 まるでご近所の集会場みたいに鳴っている中、なにも注文していないのにビールのジョッキが運ばれてきた。

「はい、これはお近づきの印だよ。リズ、注文はいつも通りかい?」

「うん、とりあえずそれでいいや。みんな、飲むよ!!」

 当然ながら、私の陰からペロンと出ているクランペットも一緒になって、どうもサービスっぽいビールを一口飲んだ。

 その間に出てきた生ハムサラダを食べ、なかなか美味しい料理を食べ、私にしては珍しく深酒していると、ちょうど運ばれてきた梅しそサワーをビスコッティが取り上げ、代わりに葡萄ジュースが入ったグラスを私に持たせた。

「師匠は飲み過ぎです。これ、チェイサーですからね」

 私に言い聞かせるようにいって、ビスコッティは私の物になる予定だった梅しそサワーを一気に飲んで、小さく笑みを浮かべた。

「……意地悪」

 私は小さくため息を吐き、手にあったグラスを傾けた。

「もっと飲みたいな。でも、ビスコッティにいったら怒られるんだよねぇ」

 私は葡萄ジュースを飲んで気が付いた。

「……これ、葡萄酒だ。ビスコッティも気が付いてないし、これでいこう」

 私は小さく笑みを浮かべた。

 チビチビとグラスをやっては煙草を吸って、上機嫌になった私は隣でムール貝と格闘していたビスコッティの肩をバンバン叩き、本人に向かって悪口を一斉にぶちまけた。

 最初きょとんとしていたビスコッティだったが、すぐに厳しい表情になって私に平手をぶちかまし、手に持っていた葡萄酒のグラスを引ったくって飲み干した。

「これ、お酒じゃないですか。どこで変えたんですか!!」

「最初からこれだよ。ビスコッティがくれたヤツ!!」

 私はご機嫌で、目の前のサイコロステーキを平らげた。

「しまった、間違えた……。師匠の悪口なんていつも通りだけど、飲ませちゃいけない量だ……」

 ビスコッティが慌てて私の手を掴んでトイレに押し込み、私はいきなりやっていた吐き気の対応をした。

「タイミングで分かるんです。ほら、もう一回!!」

 結局、無事に事が済んで変に酔いが醒めた私は、椅子に座り直すと、お腹が空いた分の料理を食べた。

「うん、ここ美味しい!!」

 仕上げに鉄板焼き焼きそばを食べ、白桃ゼリーを食べ、あとは時々煙草を吸いながら、みんなと話しているうちに時間は過ぎて、深夜になってお開きになった。

「割り勘じゃなくていいよ。あたしの経費で落とすから!!」

 リズが会計を済ませ、領収書をもらってから、みんなで店を出た。

 帰る途中、道端にラーメンの屋台をみつけると、リズが笑った。

「あのオッチャン、この村にくる度、あそこに屋台を出しているんだよ。まだ食えるでしょ。寄っていこう!!」

 私たちはリズの導きで、ラーメン屋台のカウンターに座った。

「いらっしゃい。うちはラーメンしかないけど、いいかい?」

 カウンターの向こうのオッチャンが笑みを浮かべた。

「それがいい。よろしく!!」

 リズの声で調理が始まり、程なくカウンターにラーメン丼が並んだ。

「よし!!」

 リズがコショウの容器の蓋を取り、凄まじい量を丼にかけた。

「それ多すぎるよ!!」

「そうでもないよ。試しにやってみたら?」

 リズが笑みを浮かべ、同じくらいの量のコショウを私の丼に注いだ。

「辛いの好きだから平気だと思うけど、いただきます」

 私は割り箸を割ってラーメンを食べはじめた。

 確かに辛くはなく、コショウの風味がスープの脂に絡んで美味しかった。

「よし、食った食った。宿に戻ろうか」

 それぞれがお代を払って屋台をあとにすると、そのまま真っ直ぐ宿に戻った。


 部屋に帰ると、時間も時間なので、私たちはすぐに寝る準備を開始した。

 といっても、マットレスの上に敷き布団を敷いて、掛け布団をセットすれば完了だった。

 明日は王都到着ということで、私はベッドに座って手持ちの拳銃を整備し始めた。

「王都の具合が心配だね。ビスコッティ、なんか聞いてる?」

「いえ、なにも聞いていません。手持ちの無線では届かないので、明日車に乗った時に確認しましょう」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「そっか、もう遅い時間だしね。さてと、これでよし」

 拳銃の整備を終え、今度はベッドに立てかけてあるショートソードを手に取った。

「ドラゴンスレイヤーか。今回は出番があるかな……」

 私は剣を鞘から抜き、小さく苦笑して剣を鞘に収めた。

「さて、ビスコッティ。もう寝よう」

「はい、師匠。おやすみなさい」

 ビスコッティが笑みを浮かべてから、自分のベッドに横になった。

 私もベッドに横になって、そっと目を閉じたが、なかなか寝付けずにいた。

「……散歩でもしてこよう」

 私は小さく息を吐き、そっとベッドから下りた。

 部屋を出て階段を下り、外に出ると犬姉がアサルト・カービン片手に煙草を吸っていた。

「おう、早く寝ろ!!」

 犬姉が笑った。

「なに、見張りでもしてるの。寝付けなくてね」

 私は伸びをして、煙草に火を付けた。

「うん、見張り。どっかにリズもいるはずだし、パトラがたまに信号弾を上げてるよ」

 犬姉が笑うと、車両を留めた宿脇から戦闘服をきたリズとパトラが現れた。

「あれ、スコーンじゃん。寝ないとダメだぞ」

 リズが笑った。

「これあげる。マズいけど……」

 パトラがスティック状の携帯食を取り出してくれた。

「こら、そんなのやるな。在庫があるからって!!」

 リズが私の手から携帯食を取り上げ、パトラの口に放り込んだ。

「それじゃ、私たちはもう一周してくる。スコーンはちゃんと寝てね」

 リズがマズそうな顔をしているパトラを連れて、村の中に消えていった。

 時折、闇空に信号弾の灯りが散り、ある意味幻想的だった。

「おや、連発。なにかいたな!!」

 犬姉が銃を構えた。

「うげ!?」

 私も慌てて拳銃を抜いたが、再び信号弾が定期的に上がりはじめた。

「小型の魔物でもいたかねぇ。大した事じゃないよ」

 犬姉が笑って銃を下ろした。

「ビックリした」

 私は拳銃をしまい、苦笑した。

「まあ、外はこんな感じだから、心配しないで寝てね。もう戻りなよ。ビスコッティがブチ切れるよ!!」

「そうだねぇ。散歩も危なそうだから、帰ろうかな」

 私は一息ついて、宿の中に戻った。


 部屋に入ると、ビスコッティが眠そうに辺りを見回していた。

「あれ、師匠。どちらに?」

「トイレ。便秘が酷くてね」

 私は笑って、自分のベッドに転がった。

「それは大変です。これ……」

 寝ぼけたビスコッティが、ポケットの中から小さな薬瓶を取りだして、私に手渡してきた。

「ビスコッティの魔法薬だね。何の薬?」

「はい、便秘です。今飲めば朝にはスッキリですよ」

 ビスコッティは笑みを浮かべ、私が薬を飲むのを待っている様子だった。

「……変な嘘吐いちゃったな。これはしょうがない」

 私は薬瓶の蓋を開け、ハッカ味の液薬を飲み込んだ。

「薬瓶は邪魔なので回収します。では、おやすみなさい」

 ビスコッティが空になった薬瓶を回収して、再び自分のベッドに横になった。

「早く寝よう……」

 私は目を強く閉じ、薬が効く前に寝てしまおうと頑張った。


 結局、早朝に一回トイレにいっただけで済んだ私は、まだくらい部屋の端にある小さな机の灯りをつけ、ホットプロテインココア味を啜りながら煙草を吸っていた。

「それにしても、これ不味いな。ちゃんと水で溶かないとダメか」

 私はカップの中に入った得体の知れない物体を飲み干し、静かに煙草を吸った。

 しばらくして部屋の扉が開いて、犬姉が入ってきた。

「はい、見張り終了。何飲んでるの?」

「うん、ホットプロテインココア味だよ」

 私は苦笑した。

「なんじゃそりゃ。まあ、いいや。シャワールーム空いてるよね。汗落としてくる」

 犬姉はその場で素っ裸になって、豪快に部屋を横切って隅にあるシャワールームに入っていった。

「ダメだよ、せめて服を畳んでおかないと」

 私は苦笑して、床に散らばった服や下着をかき集め、綺麗に畳んで犬姉のベッドに乗せた。

「さてと、真面目にコーヒーを飲もう。インスタントだけどね」

 私はカップを洗って、インスタントコーヒーを濃いめに作って、再び椅子に座って小さく息を吐いた。

 しばらくすると、派手な色をしたキノコをカゴに入れたリズとパトラが、笑いながら帰ってきた。

「おう、起きてたな。土産持ってきたぞ!!」

 テーブルにキノコを置いたリズが笑った。

「うん、これ毒キノコじゃないの?」

 色といい風合いといい、私には全て毒キノコに見えた。

「そうだよ、毒キノコだから食べちゃダメだよ。魔法薬のいい材料になるんだよ。買うと結構高いんだよね」

 パトラが早速ナイフを手にキノコたちをスライスしはじめた。

「毒キノコなんてどうするの?」

「うん、乾燥させてからよく煮込んで成分を凝縮させると、いい感じで痺れる毒が採れるんだ。たまに使うから、暇な時に作っておかないとね」

 パトラが笑みを浮かべ、慣れた手つきでキノコを金網で挟んでいった。

「よし、これで乾かすよ。念のため……」

 金網に『猛毒』と書かれた紙を貼り付け、大部屋だけに三つあるシャワールームの一つにリズと一緒に入っていった。

「魔法薬か。面白そう」

 私は小さく笑った。

 そのままコーヒーを飲んでいると、ビスコッティが身を起こし、そのままキョロキョロと辺りを見回し、またパタリと横になって寝息を立てはじめた。

「あー、寝ぼけてるな。たまにやるもんね」

 私は小さく笑い、コーヒーを飲み干すと、ちょうどシャワールームから出てきた犬姉とすれ違った。

「あっ、片付けてくれたんだね。ありがとう!!」

「ちゃんとやってよ、もう」

 私は苦笑して、シャワールームに入った。

 適当に汗を流したかっただけなので、備え付けのボディソープで体を洗い、泡を流してそのままタオルで体を拭いて出た。


 全員が起きるのを待つのが大変だなと思っていたら、キキとマルシルが同時に起き、続けてパステルが起き上がり、最後にビスコッティが目を覚まして、思いのほか早く全員が起きた。

 荷物を片付けて出発の準備をしていると、リズが弁当を買ってきてくれたので、みんなで朝ご飯を食べたあと、部屋を出てチェックアウトした。

「じゃ、またね!!」

「気をつけてね!!」

 リズと宿のオバチャンが軽く挨拶を交わし、私たちはミニバンとトラックに分乗した。 これまで同様、助手席にはリズが座り、私はトラックのエンジンを掛けた。

『ぐっもーにん。えぶりわーん!!』

 ……なんか、元気がいいキット。

「いやいや、元気だね」

 私は頭を掻いた。

「馬鹿野郎、朝から暑苦しいわ!!」

 リズが怒鳴った。

『オフコース、いつもの事です。さて、朝から王都発の緊急報が鳴り止みません。こちら宛てではないので、ミュートしていますが、王都がヤバいかもしれません。無線のチャンネルが埋まっているので、こちらからは確認不能です。邪魔になりますからね。急いだ方がいいかも?』

「それ大変じゃん。急がないと!!」

 私がいうと、リズが無線機を取り出して車載無線機に接続した。

「こういう時はこれ。国王専用チャンネルで暗号化もバッチリだから、ピーちゃんと直接話せるよ」

 リズは無線機のインカムを耳につけ、なにかを口早に呟いた。

『認識コード確認。しばらくお待ちください』

 どこか機械的な女の人の声が聞こえてしばらくすると、耳に馴染んできたピーちゃんの声が聞こえた。

『うむ。リズ、まだ到着しないか?』

「もうちょっと掛かる。昼前には到着すると思うよ!!」

『うむ。では、名物のバケツプリンを用意しておこうか。そのくらい余裕なので安心しろ。前線で無線統制が乱れてしまってな。一般回線が使えなくなってしまったのだ』

「出たなバケツプリン……。なんだ、余裕ならいいや。一応急ぐけど、無茶はしないよ!!」

『うむ。ゆっくりくるがいい。私はリズ贔屓であり、スコーン贔屓だからな』

 リズが無線機を胸ポケットに差しこんだ。

「よし、余裕ぶっこいてるから、急がなくていいよ。普通にいこう」

 リズが笑った。

「それはいいけど……、バケツプリン?」

「うん、食堂の名物なんだけど、バケツにプリン液を入れて固めたヤツ。美味いけど、完食者は写真付きで名前が張り出されるくらいハードだよ。あたしは、三十分で三個食って余裕だったけど!!」

 リズが笑った。

「……載りたい。名前を刻みたい」

 私は小さく笑みを浮かべた。

「やってみたら。制限時間は三十分だから!!」

 リズが笑った。

「やる!!」

 私が笑った時、ミニバンがクラクションを鳴らし、トラックはゆっくり村の道を抜け、街道に出ると一気に速度を上げた。

『気象データ受信。王都に抜けるまでに通る、アラン山脈上空に分厚い雪雲が停滞中。この先にあるカルカリ峠への影響が懸念されます』

 キットの声に、リズが苦笑した。

「実は出発前に予期はしていたんだけど、やっぱりカルカリ峠か。ここは豪雪地帯だから、まだ十一の月でも大雪が降ったりするんだよね。頻繁に除雪をやってるから、この時期ならまだ大丈夫だと思うけどね」

「この時期で雪が降るんだ。大変だな……」

 私はポソッと呟いた。

 街道を行く私たちは、これから山道という最後の村に立ち寄り、お菓子やパンなどを買い込み、軽く休憩したあとでいよいよカルカリ峠越えに取りかかった。

 道幅が狭くなり、雪塗れの対向車とギリギリですれ違っていくと、いよいよ雪が降り始め、私はライトとワイパーのスイッチを入れた。

 かなりの勢いで降る雪で路面はあっという間に積雪で埋まり、頻繁に除雪車が前方を塞ぐようになってきた。

「これ大丈夫かな。スタッドレス・タイヤなんでしょ?」

『はい、二部山なので夏タイヤとしても、もう限界でしょう。でも、なぜかグリップ!!』

 キットはご機嫌で騒ぎ、雪積もる道をフラフラ走って見せた。

「ど、どんなタイヤなの!?」

「アハハ、これがキットの謎だぞ。タイヤなくても走るんじゃないの?」

 リズが笑った。

「だ、ダメだよ。せめて、どっかでチェーン巻こう。時々脱着場があるし!!」

『問題ないんですけどね。じゃあ、試しに次の脱着場に入りましょう。リズも知らない秘密ですよ~』

「えっ、まだなんか隠してたの!?」

 リズが私に抱きついて、ユサユサした。

「な、なんかあるんだ。でも、そこまで危ないって!!」

『リズなら慣れてるでしょ。私と精神波同調するの。今では意識しないと本来の性能が出ませんが、これを完璧にやるには必要です。リンク率50%で十分ですよ』

 キットがいうと、リズが小さく息を吐いた。

「余裕で100%だよ。誰だと思ってるの。で、どんなビックリ仰天メカが登場するの?」

『もうやっているんですがね。こんな場所で路駐もあれなので、脱着場まで駆け抜けますか』

 前方の除雪車が捌けたのをいいことに、キットはトラックの速度を上げ、勢いよくトンネルに飛び込んだ。

「馬鹿野郎、危ない!!」

『馬鹿野郎、昔はもっと危ねぇ橋を渡っただろ!!』

 リズとキットが怒鳴り合う中、私は思いきりブレーキを踏んだが全く効かなかった。

『へい、そりゃバッドだぜ。雪の中で急ブレーキはな』

「馬鹿野郎、止めろ!!」

 私は思い切り怒鳴り、赤ランプをぶん殴った途端、拳が届く寸前でランプが引っ込み、メガマッスルな肉体を持った子校長先生縫い包みが現れ、赤く光る目で睨みながら野太い声で『だまらっしゃい!!』と叫んでバコットと引っ込んだ。

「……先生のだまらっしゃい!! はどうしても怖い」

 リズが顔色を悪くした。

「な、なんだったのやら。でも、この速度はダメだよ!!」

 私が叫んだ時、ちょうどトンネルから飛び出てすぐのチェーン脱着場にトラックは飛び込んだ。

『私にはこの程度問題ない機能があります。降りてください。秘密機能をお見せしましょう』

 私とリズが外に飛び出ると、タイヤの接地面に魔力光が現れ、ほんの数センチ浮いていた。

「ぎゃあ、なんじゃこの機能!?」

 リズが目を丸くした。

「浮いてる、浮いてるよ。これ、路面に張り付いて適当なところで剥がれるようになってるっぽいよ!!」

『はい、正解です。これがなかったら、どんな高性能タイヤでも最大時速五百キロ近くで走るこれには対応出来ません。もっとも、あんまりやるとジェネレータが過熱するので、ここぞって時以外は普通に走りますけどね。現状ではこのタイヤシステムが一番安全だという判断です。さて、満足でしたら戻ってください』

 私は笑みを浮かべ、リズと一緒に車内に戻った。

「この野郎、まだ秘密があったか!!」

 リズが笑った。

「えっと……要タイヤ交換と。二部山のスタッドレスなんて、役に立たないよ」

 私は手帳にメモして胸ポケットにしまった。

『タイヤ交換するんですか。これ何本あるか分かります?』

「あとで数えるよ。ビスコッティに連絡しないと……」

 私は無線でビスコッティを呼び出そうとしたが、電波状態が悪くてノイズしか返ってこなかった。

「ダメだ。あとで手配しないと……」

 私は笑みを浮かべた。

「あたしよりマメかもねぇ。タイヤ交換しようと思った事はないな!!」

 リズが笑った。

「タイヤは基本だよ。それじゃ、いこうか」

 私の声でトラックが動き出し、雪の塊を弾き飛ばしながらチェーン脱着場を出ようとしたところで、高速でやってきたミニバンが追い越していった。

「あっ、追い抜かれた」

 リズが笑った。

「あっちも飛ばしすぎだよ。無線で怒らないと」

 私は無線のマイクを手に取った。

「こら、ミニバン。飛ばしすぎ!!」

『師匠を探していたんです。いきなり急加速して、どっか行っちゃったので。無事ですか?』

「……あっ、そういう事か。ごめん、なんでもないよ」

 私は笑った。

「よし、このままいくか。この細道でヘタな事はしたくないよ!!」

「うん、早く王都にいかないとね」

 私は小さく笑みを浮かべた。


 私たち一行は雪降る峠を抜け、急勾配の下り坂に入った。

 面降りの道に対向車はなく、そろそろと進むミニバンの背後で、私は山に入る前の村で買い込んだパンやお菓子を食べていた。

「このホットドッグ、マスタードが利いてて美味い!!」

 リズが今度は電子レンジに変わった赤ランプあとで、バリバリパンを温めながら食べてる脇で、私はポテチのノリ塩味を口に当て、ダンプカーのように流し込んで笑みを浮かべた。

「やっぱりノリ塩だよね。あとはチョコ!!」

「……ポテチのノリ塩味直後は、チョコはやめておきな」

 リズが苦笑した。

「そうかなぁ。まあ、あとででいいや。それにしても、よく降るねぇ」

 窓の外は大雪といっていい感じで、車が通らない反対車線は雪深く舗装が埋まっていた。

「これ、下で交通規制かかってるよ。もし反対側だったら、通行止めで通れないところだったね」

 リズが笑った。

 ふとミラーをみると、赤色灯を点滅させたパトカーがついてきていた。

「あれ……」

「ああ、ここで最後って事でしょ。あたしたちが抜けたあと、この街道は完全通行止めになると思うよ。迂回のトンネルはあるんだけど、有料道路だからみんな嫌ってこっちにくるんだよね。今は贅沢いえないから、みんなそっちに回されているだろうけど」

 リズが十個目のグラタンコロッケパンを温めながらいった。

「へぇ、そんなのあるんだ。地図にはなかったな……」

「ここ最近開通したばかりだからね。よし、温まった」

 リズは美味しそうに、グラタンコロッケパンを頬張った。

「そういえば、マルシルとの仲はどうなったの。強烈だったから気になっていたんだけど」

 私はポテチを取ろうとして、さっき食べたかった板チョコの包装を剥き始めた。

「ん、気になっていたんだ。センセーと学生だもん。そう簡単じゃないよ。まあ、エロいことをしようとすると、ギャーギャーいって逃げるから楽しいけど!!」

 リズが食べかけのパンを私の口に押し込んで笑った。

「え、エロいこと……研究しよう」

 私はノートを出そうとしてやめ、窓の外をみて笑みを浮かべた。

「そっちはどうなの。業界に激震が走ったんだから。あの犬姉が告ったってだけで、何人のプロが姿を消したか。あいつ、モテるからなぁ」

 リズが笑った。

「そ、そんなに凄かったの!?」

「もう大変だったんだから。なにを血迷ってか、失った矛先をあたしに向けるヤツが多くて、先生と共同で狩りまくったんだから。寂しいプロって多いから、こうなると止まらないんだよね」

 リズが笑った。

「狩ったって……」

「うん、今頃どっかに浮かんでるか埋まってるよ。始末屋なんて使ったの初めてだよ」

 リズが笑った。

「そ、それはまた過激だね。犬姉って何者なんだろ?」

「ただのバカ。そう思っておけばいいよ!!」

 リズが笑った。


 大雪の山道を無事に下り、山道の入り口にある反対車線が通行止めでごちゃごちゃに混んでいる中、私たち一行は雪のない街道を王都に向かって一直線に突っ走った。

 一面の枯れ野になった元々は草原だったであろう中を走るうちに、巨大な城が建つ王都が見えてきた。

「ふぅ、やっとお着きか。見込みより三時間半遅れだね!!」

 トラックの時計をみたリズが、苦笑した。

「まあ、雪山も越えたし無事に着けばいいんじゃない。急いでる様子もなかったし」

 私は笑った。

「キット、城の正門はどうなってる?」

 リズが聞くと、目の前に窓が表示されて、ぎっちり戦闘車両が渋滞しているのが見えた。

「こりゃダメだ。ドローンを裏門に回して!!」

 窓に表示された景色が移り、今度は空いている門が表示された。

「よし、裏門だね。城に直結だしちょうどいいや。一応、ピーちゃんに連絡しておくか」

 リズはインカムのトークボタンを押した。

「ヤッホー、もう着くよ。正門がダメだから裏門を使うよ!!」

『うむ。よくきた。裏門しかないと連絡しようと思っていたのだ。最優先で通すように指示をだしてある。遠慮なく使うといい』

「そりゃどうも。それじゃ、待っててね!!」

 リズは無線機を置き、笑みを浮かべた。

「裏門なんてあるんだね」

「そりゃ脱出用にあるよ。あの城の場合、車両が通れるくらい広いのはこれから行く場所だけど、徒歩用の脱出口は腐る程あるよ!!」

 リズが笑った。

 トラックは街道を走り続け、やがて王城が大きく見えてきた時、枝道に逸れて未舗装の荒れた道を走り始めた。

「ずいぶん荒れた道だね」

「滅多に使われないし、この方が道だって分かりにくいでしょ。一応は考えて作ってあるみたいだよ」

 リズが笑った。

 一応、火薬を運んでいるせいか、スピード控えめで進むそのうちに、リズがハザードランプのスイッチを指で指し示した。

「これを素早く二回押して!!」

「これね。分かった」

 私がいわれた通りにすると、普通にハザードが点灯してサイレンが鳴り始めた。

「これで、屋根にあるランプが全部点滅を始めたと思うよ。緊急車両の中でも特に緊急度が高い車両はこれが必須なんだよ。もうすぐ門だから、つけておかないと止められて面倒だからね!!」

「なるほど、そんな機能があるんだね」

 私はあちこち触りたくなった衝動を、なんとか気合いで押しとどめた。

「基本的に、キットが勝手にやってくれるけどね。さて、門が見えてきた。慌てて開けてるでしょ。これが、猫マークの威力だよ!!」

 リズが笑った。

 周面ガラスの向こうでは。頑丈そうな門扉を皆でせっせと開け、全開と同時に門扉を通り抜けた。

「ここは城の裏にある荷捌き所に直通だから、正門に回るのが面倒な時に便利だよ」

 トラックでスロープ状の坂を上りながら、リズが笑った。

「へぇ、優遇されてるね!!」

 私は笑った。

 トラックはほどなく広大な空き地のような場所に出て、慣れた様子で駐車枠に止まった。

「ここは、城の搬入・搬出口だよ。基本的には、メシの食材とかゴミなんかが置いてあるんだけど、あそこに見えるのジャベリン対戦車ミサイルの木箱だよ。城の中の武器を引っ張り出すなんて、かなり面倒かもね」

 リズが声を絞ると、恰幅のいいオジサン二人を連れたピーちゃんが搬出口から出てきた。

「あっ、ピーちゃんがきたよ!!」

「待ってりゃいいのに、危ないぞ。ったく」

 リズが苦笑した。

「リズは城の中に入った事あるの?」

「うん、普通にあるよ。今じゃIDをみせなくても、顔パスで入れてくれるよ。まあ、色々仕事したりやってもらったり、結構な頻度で出入りしてるからね」

 リズが助手席の扉を開けた。

「さて、出迎えますか。普通は逆なんだけど、待ちきれなくてきちゃうからなぁ」

 リズが笑って外に下りていった。

「……お城に入りたいな。クランペット!!」

 クランペットがぺろーんと顔をだした。

「はい、なんでしょう?」

「城に入りたいんだけど、なんとかならない?」

 私が聞くと、クランペットがため息を吐いた。

「難しいです。さすがにセキュリティが厳しいので。直接、お願いしてみるといいかもしれません」

「それもそうだね。ほら、ついでだから分離して先に下りて。ここで変な事は出来ないから」

「それもそうですね。では、分離。お先に」

 クランペットが私から分離して運転席から飛び下り、続いて私が下りて扉を閉めた。

 トラックのすぐ近くで、リズがピーちゃんやオジサンたちと雑談を交わし、ミニバンからもゾロゾロ車を下り始めていた。

「それにしても、大きいなぁ。分かってはいたけど、何階建てだ?」

 私は夕闇迫る城の巨大な建物を見上げた。

「うむ。よくきた。城が珍しいか?」

 いつの間にか足下にやってきたピーちゃんが、私の肩に乗って問いかけてきた。

「王都生まれだけど、いつも通りでかえっていかなくて、珍しいかな」

 私は笑った。

「うむ。今夜はここに泊まるのだろう。暇だろうから、夜になったら案内させよう」

「えっ、いいの!?」

 私は笑みを浮かべた。

「うむ。減るものではないしな。ただし、翌朝は早いぞ。差し支えないレベルでな」

「ありがとう!!」

 私は換毛直後でややふさふさしたピーちゃんを撫でた。

「うむ。私はリズ贔屓でスコーン贔屓だからな。今日は私から土産がある。あると便利だしな」

 ピーちゃんの声に反応して、まるで宝石でも扱うような豪華な箱に、『フリーパス』と書かれた首下げタイプのパスケースが入っていて、一枚ずつそれを私たちに手渡してくれた。

「師匠、お宝です。お城のフリーパスですよ。どこでも入っていいんです!!」

 ビスコッティが私に抱きつき、顔中ベロベロ舐め回した。

「や、やめてよ。そんなに凄いの?」

 私が押しのけてもビスコッティが止まらないため、代わりに犬姉に聞いた。

「そりゃお宝だよ。これさえあれば、この城のどこでも通り放題だもん。その筋では凄まじく高価で取引されてるよ!!」

 犬姉が笑った。

「そっか、これさえあれば……」

 私はニヤッと笑みを浮かべた。

「なにか標的でもいるんですか。ペロペロ!!」

「ビスコッティ、これ!!」

 いい加減面倒になった私は、ポケットからハッカ味の飴を取り出して、ビスコッティの口に放り込んだ。

「ある意味標的だけど、ピーちゃんを弄りたいだけ。換毛したばかりの猫って、フワフワで気持ちいいんだよ」

「うむ。やっと換毛が終わった。毎回だが、面倒臭くてたまらん」

 肩の上のピーちゃんを抱っこして、私はモフモフして楽しんだ。

「おーい、それ一応国王だぞ。楽しんだら、明日の会議をしないとまずいぞ!!」

 リズが笑いながら私にいった。

「いけね……」

 私はピーちゃんをコンクリ敷きの地面に下ろし、頭を掻いた。

「うむ。着いた早々申し訳ないが、さっそく明日の作戦会議といこうか」

 ピーちゃんが先頭に立ち、私たちは広場の片隅に広げられたテント群に向かった。

「うむ。なにぶん城内にスペースがないのでな、ここで全ての作戦を立てて軍が動いている。まずみてもらいたいのは、この写真だ」

 ピーちゃんがいうと、お付きのオッサンたちが束になった写真から一枚持ってきた。

 それは詳細な地面の写真で、木々に隠れるようにして八名が集まっているのが見えた。

「うむ。それは今朝方取った無人偵察機の画像だ。ほかの写真を見れば分かるが、ここから魔物が王都に向かっているようなのだ。つまり、この八名を倒さないと自体が収束しないのだよ」

 その写真には八人の中心を魔法陣の光りが走り、明らかに大規模な儀式魔法が使われていている事が分かった。

「なんだ、この魔法陣。見たことないな……」

 写真を見ながら私が呟くとビスコッティが首を横に振り、リズが肩をすくめて見せた。

「待って下さい。この魔法陣はエルフのものです。魔法というより、呪術に近いものです」

 マルシルが呟くようにいった瞬間、リズが身を震わせた。

「呪縛って、あのなにかを縛るやつだよね。あれで痛い目に遭ってるんだよ。もう解呪してもらったけどね」

 リズが息を吐いた。

「魔法じゃなくて呪縛、つまり相手を縛って王都に向けて行進させてるって事か」

 私は小さく息を吐いた。

「はい、間違いないと思います。防御の呪縛も張ってありますね。これでは、直接赴いて防御術を解呪して、ほぼ同時に八人を攻撃するしかありません。一人でも欠員が出れば、もうこの術は使えないので、その一人が肝心なんです」

 マルシルが頷いた。

「マルシル、この防御術を解呪できる?」

 リズが小さくため息を吐いた。

「はい、出来ます。エルフ魔法ですから、エルフじゃないと危険です。特に呪縛は」

 マルシルが頷いた。

「それじゃ、決まりだね。パステルが先頭でマルシルが次、スコーンビスコッティと続いて、キキが入る。パトラが続いてリズと私か」

 犬姉が唸りながらいった。

「地図もないし、一本だけある獣道しか接近できないしね。本当は二隊くらいに別れて接近したいところだけど、ないものをねだってもどうにもならないか」

 リズが真剣な顔で写真をみながら、ポツリと呟いた。

「こら、パトラ謹製しびれ薬を忘れてるぞ。気化したこれを浴びると、三十分は動けないから、マルシルの次は私でしょ」

 パトラが薬瓶を数えながらいった。

「それ使えるの、相手が風下の場合でしょ。もし風向きが悪かったら使えないから、確信が持てないんだよ。移動して使えるならいけると思ったけど、一方向の一点しか使えないなら考えた方がいいよ」

 リズが小さく頷いた。

「それもそうだね。じゃあ、これは予備か」

 パトラが薬瓶をしまい、残念そうに苦笑した。

「じゃあ、さっきの順番でいこうか。私が殿を取るからリズは狙撃出来そうな場所があったら、そこから狙ってね

 犬姉が笑った。

「待って下さい。狙撃なら私も出来ます。場所が確保出来たらですが、私も狙撃チームでいいですか?」

 ビスコッティが写真を見ながらいった。

「うん、それでいいよ。私も少しは呪縛を知ってるけど、近寄らないのが一番いいからね」

 犬姉が笑った。

「うむ。話は決まったようだな。明日の朝出発か?」

「早い方がいいでしょ。遭難したら意味ないから、明日の朝出るよ!!」

 リズが笑った。

「はい、なにが目的か分かりませんが、今すぐでなければ明日の朝も変わらないでしょう」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「うむ。今日はコックに腕を振るわせようか。さっそくゲストルームに案内させよう。この者たちについて行くがいい」

 二人のオッサンたちが頷き、私たちは通用口から城に入った。


 城のエントランスホールに出ると、私は思わずキョロキョロしてしまった。

「……しゅごい」

 天井から下がったシャンデリアの重さを考えつつ進むと立派な階段があり、それを上っていくと一気に三階に出た。

「このフロアがゲスト専用の場所です。全て二人部屋になっていますので、部屋割りはお任せします」

 オッサン一が鍵束を私に渡し、そのままオッサン二と共にどこかに向かっていった。

「部屋だって、適当に割り振ろう」

 私は鍵束をビスコッティに渡し、辺りの光景を見回した。

 落ち着いた様子のフロアには、他に誰もいないようで、静まりかえっていた。

「まさか、ボロ宿の部屋みたいな場所だとは思ってなかったけど、これは贅沢だね」

 私は笑った。

「師匠はこれです。犬姉と同室ですよ」

 ビスコッティが私に鍵を渡して、笑みを浮かべた。

「私はリズと同室、パステルとマルシルが同室、キキとクランペットが同室になります。本人の希望で、パトラが一人で部屋を使うそうですが、魔法薬を作るということです。これで、全員ですね。さっそく部屋に行きましょう」

 私は渡された鍵の部屋番号をみて、私と犬姉は室内に入った。


 白を基調とした部屋は、落ち着いた感じで暖炉まであった。

「ちょっと待って!!」

 犬姉が暖炉に薪を積み重ね、器用に火を付けた。

「これでよし。ちょうどよく、ウエルカム・ドリンクまでテーブルに置いてあるから、まずは飲んじゃおうか!!」

 テーブルの上には、葡萄酒とグラスが二つ置いてあった。

 犬姉はまず二つのグラスのニオイを嗅ぎ、瓶の栓を開けてやはりニオイを嗅ぎ、グラスの一つに少しだけ葡萄酒を注いで飲んだ。

「毒味完了。オールクリア!!」

 犬姉が笑った。

「いきなりなにを始めたのかと思ったら、毒味やってたんだ。ここは、大丈夫だと思うけどなぁ」

「まあ、癖だと思って。そこ座って飲もうよ!!」

 犬姉が座る椅子とテーブルを挟んで向かいの椅子を指さして、犬姉が笑顔で呼んできた。「分かった、いくよ」

 ベッドの具合を確認していた私は、犬姉の向かいに座った。

 犬姉は空いているグラスに葡萄酒を注ぎ、笑みを浮かべた。

「お宅のビスコッティほどじゃないけど、私もお酒好きだよ」

「ビスコッティは体質がぶっ壊れているのか、肝細胞が異常を通り越えてかえって正常なんだよ。いつまでも飲んでいられるから」

 私は笑った。

「それなのに、いざ仕事になると煙草すら吸わなくなるでしょ。あれが凄いんだよ。私はお酒は我慢できるけど、煙草だけはダメだからなぁ」

 犬姉は笑って、煙草を取り出して火をつけた。

「私はどっちもなくて平気だよ。あれば吸うけどね」

 私も煙草を一本取りだして火をつけた。

 軽く乾杯をして、犬姉とお酒を飲んでいると、部屋の扉がノックされてリズが顔を見せた。

「計画変更だよ。もうパステルには話してある。明日はゆっくりでいいからね」

 それだけいって、犬姉になにか紙を差し出すと、リズは部屋から出ていった。

 犬姉はサッと紙に目を通すと、小さく笑みを浮かべてそれをポケットにしまった。

「どうしたの?」

「うん、メシ食ったらリズとビスコッティは先に出て、現場で待機するらしいよ。これには、見張りの意味とルート確保の意味があるからね。狙撃手の基本通りに動くか」

 犬姉が椅子に戻り、腰の拳銃をテーブルの上に置いた。

「先に出て待つんだ。大変だね」

「それが狙撃手ってもんだよ。さて、メシを待とう!!」

 犬姉が笑った。


 豪華な晩ご飯を終えると、リズとビスコッティが巨大な対物ライフルを担いで部屋にやってきた。

「よっ、犬姉。いってくるぞ!!」

「リズ公、死んでもいいけど、バラバラになるなよ。片付けが大変だから!!」

 リズと犬姉が笑い合った。

「師匠、ちょっと出かけてきます。明日はパステルの指示に従って下さい」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「うん、分かった。気をつけてね!!」

 私は笑ってビスコッティを送り出し、リズも一緒に出ていった。

「はぁ、明日は戦いか。でも、エルフにしては珍しいね。あまり積極的に人間と関わろうとしないし、こんな無意味な敵対行動はしないはずなのになぁ」

 私は小さく息を吐いた。

「それが私も気に入らないところなんだよねぇ。この王都でエルフに喧嘩売ったヤツはいないっていうし、今時のエルフはやれ部族間戦争だとかなんとか、大騒ぎはしないって聞いてるよ」

 犬姉が暖炉で湧かしたポットのお湯をカップに注ぎ、持ってきてくれた。

「それは少し間違えてるよ。うるさい部族はうるさいし、うっかり変な里に入り込むとろくな目に遭わない。スラーダの里は例外中の例外だから」

 私は苦笑した。

「さては、オイタしたな。まあ、誰しもそういう経験はあるよ。あのリズ公なんか、トラブルは黙っていてもやってくるってヤツだから、学生時代は大騒ぎだったんだよ。まあ、今でもトラブルを起こすけどね」

 犬姉が笑った。

「そっか、私は大人しい方だったからなぁ。目立った事件に関わってもいないし、友達はいなかったけど、魔法書があればよかったからね」

 私は苦笑した。

「よくいうよ。あれだけ盛大に、清々堂々と魔法研究所からとんずらこくバカなんかいないよ。ビスコッティが取りこぼした罠を何カ所解除したか。雑もいいところだよ!!」

 犬姉が笑った。

「あれ、その頃からいたの?」

「うん、ビスコッティから無茶な連絡がきて、逆に燃えたからね。サポートしろっていうからやったよ。全く、私がいなかったらどうなった事やら」

 犬姉が笑った。

「そうなんだ。じゃあ、恩人だね」

 私はカップに入っていたココアを飲んだ。

「全く、感謝しろとはいわないけど、ビスコッティの勤務査定を下げておいてね!!」

「これは業務外だけど、そこまで酷かったならこっそり下げておこう」

 犬姉と私は笑った。

「さて、お喋りはこのくらいにして、そろそろ休もうか。明日は七時起きだよ!!」

「分かった、これ飲んだら寝る」

 私はカップを傾けた。

「ビスコッティの勤務査定か……今は『C+』なんだよね。いいこと聞いちゃったから、いっそ最低の『D-』にでもしたら泣くかな。もっとも、カリーナ式は知らないけど。あとで聞いておこう」

 私は適温になったカップの中身を一気に飲み干し、早くもいびきをかき始めた犬姉の隣のベッドに潜り込んだ。


 翌朝、私は犬姉に柔らか枕でぶん殴られて目が覚めた。

「時間だぞ。起きろー!!」

 ボフッと私の顔にめり込んだ枕を取り、腕時計を見るともう七時を過ぎていた。

「いけね、寝過ごした……」

「バカ者。弛んでる!!」

 私は頭を掻いてベッドから下り、寝間着からカリーナの制服へと着替えた。

「朝メシがきてるぞ。とっとと食って、外の手伝いをしないと間に合わないぞ!!」

「朝から忙しい!!」

 私は冷めてしまった朝ご飯を食べ、最後の紅茶を一気に飲み干した。

「はい、終わり。武器持ってGO!!」

「……楽しそうだねぇ」

 私は満面の笑みを浮かべた犬姉に笑って、ベッドに立てかけてあった銃を手に部屋を出た。

 部屋の鍵を閉めて階段をエントランスホールに向かって駆け下り、目立たないところにある職員通用口から外に出た。

 外に出るとトラックの周りにはもう全員集まっていて、私は焦った。

「ごめん!!」

 私はトラックの運転席に座り、エンジンを掛けた。

 荷室に詰め込んできた武器や弾薬を取り出す作業が始まった。

「そんなに重装備じゃなくていいよー!!」

 犬姉の声が聞こえ、私は運転席から飛び下りた。

「ふう、やってるかな?」

 私は無線のインカムを弄った。

「リズ、ビスコッティ、そっちは平気?」

 しかし、距離が遠いらしく、無線からは雑音が返ってきただけだった。

「手持ちの無線機じゃ届かないし、私も弾薬を補充しないと」

 私はトラックの荷台に周り、アサルト・ライフルと拳銃弾を持てるだけ持った。

「はい、準備完了です!!」

 武器を漁っていたパステルが、RPG-7を担いで笑みを浮かべた。

 私も一本担いで、制服にいくつかついているボタンの一つを押した。

 瞬間、グリーンをベースにしたチェック柄だった制服が、迷彩柄の戦闘服に早変わりした。

 これは最近付けられた機能らしく、敵との遭遇戦が多い危険地帯を歩く際に便利だという教職員の声を受けて、カリーナが開発したもので、周囲の景色に合わせた迷彩服への変化機能だ。

 噂によると、軍が欲しがっているそうだが、生産数が間に合わないので今はダメと押しとどめているらしかった。

「それいいですね。このボタンでしたっけ?」

 パステルがにこやかにボタンを押すと、いきなり迷彩柄の戦闘服に変わった。

「うわっ、これ気に入りました。どこでもいけます!!」

 パステルが笑った。

「うん、これ欲しかったんだ。背後から忍び寄って、リズを蹴飛ばすために」

 パトラが笑った。

「またそういう使い方を……私はできないな。ビスコッティなんて蹴飛ばしたら、大変な騒ぎになるもん」

 私は苦笑した。

「おーい、いくぞー!!」

 犬姉の声が聞こえ、二台の小型軍用車が用意されている事に気が付いた。

「狭いけど乗って!!」

 犬姉が一台の車に乗りエンジンを掛けると、私が乗った二号車の運転席にはパステルが乗った。

 なにかとかさばる杖を背中に装着したマルシルとキキも同じ車に乗ったが、こちらは杖もあるし邪魔だからと、他の武器は拳銃とショートソードだけだった。

 こうして私たちは王都から、それを取り囲む森へと向かっていった。


 森に入る手前で私たちの車が先頭に変わり、パステルが地図を見ながらゆっくり車を走らせた。

 まだ夜かと思うほど真っ暗な森の中、私たちは慎重に進んだ。

「こりゃ堪らないね。そうだ、ビスコッティとリズは無事かな」

「うん、確認してみるよ」

 助手席のパトラが車載の無線機を弄った。

「リズ、無事にやってる?」

『無事だよ。スタンバイ出来てるから、慌ててこなくていいよ』

「ビスコッティは?」

『はい、無事ですよ。師匠は?』

「うん、元気にやってる。安心して」

 パトラが無線のマイクを戻した。

「二人とも無事だね。リズがなにもいわなかったって事は、すでにターゲットを捕捉している証拠だよ。あとは、防御術を解呪するだけだね」

 パトラが笑みを浮かべた。

「そっか、ならいいけど。さっさと終わらせて帰ろう」

 私は笑みを浮かべた。

「そうだね、私も早く帰りたいよ」

 パトラが笑った。

 パステルが時々車を止めて地図に書き込みをしながら、また進むという調子で森の奥に進み、ある地点でパステルが車を止めた。

「ここから先は徒歩にしましょう。エンジン音が聞こえてしまうので」

 パステルの言葉に私は頷き、みんなでぞろぞろ車から降りて、犬姉が警戒態勢を取った。

「ここからどのくらい?」

「えっと……約五百メートルです。道は分かっていますので、先に進みましょう」

 犬姉が頷き、慣れた様子で森の獣道を歩き始めた。

 全員で警戒しながら進んで行くと、いきなりぽっかり開いた森の切れ目に出て、私たちは身を低くして構えた。

 広場にはここから見えるだけで四人のエルフが地面に座り、なにか小声でブツブツ呟いているのが聞こえた。

「……目の前に一人いるか。マルシル、ここから解呪って可能?」

 犬姉が小さな声でマルシルに声を掛けた。

「はい、可能です。この程度の結界術なら、私の魔力押しで破壊出来ます。でも待って下さい。この呪文はどこかで聞いたような……」

 マルシルはしばし考える素振りをみせ、ハッとした表情を浮かべた。

「まずい、この一団はダーク・エルフです。これは自分に死霊術を掛け、死んでもその場に留まるようにしたものです。スコーンさん、この辺りを一瞬で破壊出来る魔法はありますか。八人同時に破壊しないと、違う呪縛が発動するようにしているでしょう。とにかく、触らず一度に倒さないと!!」

 マルシルが珍しく厳しい表情になった。

「……ってことは、あのブツブツ言ってるのは、死体って事?」

「はい、全く生気を感じません。もう何ヶ月もこのままなのでしょう。それはともかく、早く破壊しないと」

 マルシルの言葉に、私は頷いた。

「パトラ、リズとビスコッティに待避の指示をして!!」

「もうやったよ。三分くれって」

 パトラが頷いた。

「よりによって、ダーク・エルフなんて……」

「ダーク・エルフって、たまに聞くけどヤバいヤツ?」

 犬姉が聞いた。

「はい、常に破壊する事しか考えていないと思って下さい。エルフ特有の呪縛を利用した破壊行為で、国が潰れてしまった事があるほどです。今回は魔物でまだよかったです」

 マルシルが息を吐いた。

「分かった。全力でぶっ潰すよ。待避急いで!!」

「なんとか安全圏だって。いつでもいけるよ」

 パトラが頷いた。

「分かった、それじゃ……」

 私は立ち上がり、素早く呪文を唱えた。

「光りの矢!!」

 前に突き出した私の右手の平から極太の光りの矢が放たれ、目の前の結界壁を破壊すると同時に突き抜け、一瞬で広間のような場所が粉々に粉砕された。

「これでいいかな?」

「はい、変な力場はありません。ちょっといいですか?」

 マルシルが私の目をのぞき込み、小さく息を吐いた。

「呪縛は受けていません。こんなのチマチマやっていたら、何人被害が出たか分からないです。お疲れさまでした」

「とりあえず、よかったって事だね。また、厄介な……」

 私は森の中の湖になりつつある大穴をみて、苦笑した。

「なんか、計画が変わっちゃったけど、本部に連絡いれてみるよ。いや、凄まじいね!!」

 犬姉が笑い、背負っていた無線機の受話器を手にした。

「マルシルがいなかったらヤバかったね。そんなに大変だって思わなかったからさ」

「いえ、私は……。あとで報告書を書きます。結界だけ解除してもダメだったんです。結界ごと八人全員を消滅させるような魔法じゃないと……」

 マルシルが苦笑した。

「おーい、とりあえず異常はないから帰ってこいってさ!!」

 無線機の受話器を戻した犬姉が、手を振って笑った。

 その上空を何機も無人偵察機が通り過ぎていき、私は大きく息を吐いた。


 車のところまで歩いていくと、どこにいたのかリズとビスコッティがいた。

「おう、お疲れ!!」

 リズが声を掛けてきて、小さく笑った。

 「帰りは乗せて下さいね」

  ビスコッティが笑った。

「二人とも大丈夫だった。本気で撃っちゃったから」

 私が聞くと、ビスコッティが頷いた。

「いきなりでビックリしたよ。なにかデカいのがくるって分かったから、一目散に逃げたけど!!」

 リズが笑った。

「うん、一瞬で全てを破壊しなきゃならないって事が分かって、無茶を承知でやったんだ」

 私は頷いた。

「はい、あれは罠の一種なんです。わざと弱い結界にして、解呪しようとした者に呪縛を掛ける。もし、何らかの方法でそれをクリアしても、今度は体に触れればやはり呪縛。これは八人全員で連動しているので、狙撃なんかして一人でも肉体を破壊されれば、たちどころに呪縛を掛けられていたでしょう。そこで、纏めて拭き飛きとばして頂いたのです」

 マルシルが苦笑した。

「いってくれれば、あたしがやったのに。まあ、こっちの居場所が分からなかったならしょうがないけど!!」

 リズが笑った。

「では、戻りましょう。報酬は山分けですからね」

 ビスコッティが冗談めかしていって、私たちは車に乗った。


 ダーク・エルフは特定の里を持ちません。

 最大で十人程度の徒党を組んで、エルフでも人間でも、村のようなものをみつけると、それを破壊して回るのです。

 今回は王都のような大きな街だったので、あのような自滅的な方法を取ったものと推察されます。

 エルフとは別の種族と考えて下さい。あんな輩と一緒にされてしまうと悲しいので。

 本部に戻ってピーちゃんに報告したマルシルの内容を要約すると、大体そんな感じだった。

「うむ。危険の中ご苦労であった。原因が分かって、ようやく動けるようになった国軍が、残存している魔物を討伐している最中だ。今日明日中には方がつくだろう。お主たちへの依頼は完了だ。依頼料は規定通りカリーナの口座に振り込み済みだ。改めて礼をいおう」

 ピーちゃんは軽く頭を下げた。

「うむ。依頼料とは別にささやかな礼を用意した。あの木箱に入っている」

 ピーちゃんが右手で示したのはトラックの方で、荷室の近くに五箱木箱が積んであった。

「ピーちゃん、あれなに?」

 リズが笑みを浮かべた。

「うむ。一番上の蓋は開けてある。なにかと便利だろうと思ってな。いくか?」

「もちろん、みんないくよ!!」

 リズが笑って、私たちはピーちゃんのあとについていった。

 開けてある木箱の中をみると、変わった形をした銃が入っていた。

「これ、MP-5じゃないですか。高いのにこんなにたくさん……」

 ビスコッティが驚きの声を上げた。

「なにそれ?」

「はい、サブマシンガンです。サブマシンガンは分かりますよね?」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「そりゃ知ってるよ。拳銃弾を使う小型の機関銃でしょ」

「そうです。その中でも、これは高精度で命中率が高く、代わりに値段も高いという特徴がありますが、値段以上の価値があるので、軍でも採用されています」

 ビスコッティが木箱の中にあった一丁を取り出し、構えてみせた。

「ピーちゃん、奮発しすぎだよ。何丁あるの?」

 リズが笑った。

「うむ。全部で二十丁ある。ケチケチしない主義だ。足りるか?」

「十分だよ。スコーンさっそく積み込もう!!」

 リズに促され、私はトラックの運転席に座ってエンジンをかけた。

 そのまま運転席から飛び降りると、派手にハッチが開いた荷台に、どこかで待機していたらしいフォークリフトが、木箱を空きスペースに積み込み始めていた。

「それにしても、王都土産が武器っていうのも面白いね。定番は王城ゴーフレットなのに」

 私は笑った。

 王城をモチーフにした図柄が描かれた普通のゴーフレットだが、安価で数が多いので迷ったらこれという感じだった。

「散策したいところだろうけど、研究所のゴタゴタが片付いていないんだよ。見つかるとヤバいから、もうしばらく我慢ね!!」

 リズが笑って大きく伸びをした。

「そっか、ここには研究所もあるし、卒業した学校もあるんだよね。実家もあるけど、ずっと監視されているだろうし、近寄らない方がいいか」

 私は苦笑した。

「師匠、一番近づいちゃいけない場所です。今頃、血眼になって探しているでしょうからね」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「よし、積み込み終わったよ。帰るなら、早く帰ろう!!」

 犬姉が笑った。

「分かった、それじゃ帰ろうか!!」

 私が声を上げると、ピ-ちゃんが頷いた。

「うむ。気をつけてな。また平和な時に、遊びにくるがいい」

「うん、ありがとう!!」

 私はピーちゃんに手を振って、トラックの運転席に座った。

 助手席にはリズが乗り込んできて、シートベルトを締めた。

『お帰りですか。現在、大雪で山越えルートが全て閉鎖されているため、南東街道まで迂回して海沿いを進むしかありません。よろしいですか?』

 キットが呟くようにいった。

「南東街道か。かなりの遠回りだけど、そこしかないならいくしかないじゃん。それでいこう」

 私が小さく息を吐くと、リズが無線のマイクを手に、後方のミニバンと連絡を取り合っていた。

「よし、南東街道で決まったよ。但し、途中で宿泊は抜きで延々と走り続けるけどね。ああ、休憩はとるけど」

 リズが笑った。

 トラックは街の門の優先レーンを通過し、街道に出た。

「ここで猫マーク発揮だね。ヘタに止めたら、バレて捕まっちゃうよ」

 私は苦笑した。

「そこはピーちゃんだって考えてるって。あとはこの街道をひたすら走って、海が見えてきたらカリーナはすぐそこだよ。まあ、ゆっくりいこう」

 リズが笑った。


 街道を行く一行は、途中で何度か休憩を取り、順調に街道を走っていた。

「スコーン、リンゴ食べる?」

 途中の街で仕入れたようで、リズがリンゴを手渡してきた。

「うん、ありがとう」

 私は渡されたリンゴを囓り、前方の景色を見つめた。

「ねぇ、見て見て!!」

 リズの声に助手席を見ると、笑顔を浮かべたリズがリンゴを片手で握り潰した。

「うわっ!?」

「気をつけな。ビスコッティは私より握力があるから、頭握り潰されちゃうよ!!」

 リズが笑い、私は引きつった笑みを浮かべた。

 トラックが進むうち、強めのブレーキが掛かって停車した。

「どうした、アレ? それとも魔物?」

『アレの方です。十二時方向、距離千二百、数百二十。バリケードまで作ってやる気満々です』

 キットが返すと、リズがシートベルトをはずした。

「アレってなに?」

「ああ、盗賊団の事。数が多いから、通称アレ。ちょっと待ってて、ゴミ掃除してくる!!」

 リズが助手席から飛び下り、トラックの前に立った。

 私は少し窓を開いて、ノートを取り出した。

 リズが呪文を高速詠唱する声が聞こえ、私はその呪文をノートに書き留めた。

「……ん、ワザとかな。間違ってはいないんだけど」

 私はその呪文をみて、小首を傾げた。

 リズが純白の光りを放ち、遠くで黒煙が上がるのが見えた。

 そのまま勝ちポーズを決め、上機嫌で助手席に戻ってくると、シートベルトをしめた。 トラックが走り出すと、私は手にしていたノートをみせた。

「こんな事いうと失礼なんだけど、攻撃魔法としては荒削りで効率が悪いから、改善の余地があるよ」

「えっ、あたしの高速詠唱を聞き取ったの。凄いね」

 リズが目を丸くした。

「その高速詠唱も、もっと早くしないと攻撃魔法としては辛いんだけど、高度な魔道係数を使っているにも関わらず、ここの式が初歩なんだよ。このミスマッチはわざとかと思ったんだけど、よく考えたらその必要はないし、最初に作ったままだってすぐ分かったよ。これじゃ危ないしダメだよ。研究した形跡は多数あるけど、基礎部分がもったいないかな。ゴメンね。専門が攻撃魔法だから、こういうボロがみえちゃうと、どうしても指摘したくなっちゃうんだ」

 私は頭を掻いた。

「あ、あたしのオメガ・ブラストが……。簡単に読まれた上に、ダメだしまでされちゃった」

 リズが唖然とした様子でリンゴを差し出したので、それを受け取った。

「うん、ごめんなさい。どうしても、気になっちゃって。ただ発動すればいいやって感じだったから、あの高出力でそれは危ないよっていいたかっただけなんだ。ちなみに、ファイア・アローは完成してるよ。生意気いうけど、あれだけ完成度が高い四大精霊系魔法はないね。ビスコッティでも粗いって感じるほどだったもん。オメガ・ブラストも、せっかく生んだなら、育てて大事の時に備えないと攻撃魔法の意味がないからね」

 私は小さく息を吐いた。

「……研究しよう。よりによって、オメガ・ブラストでダメだしされたら、あたしじゃなくなるよ」

 リズが私のノートを受け取り、考え始めた。

 いつもの癖で、行間に色々細かい書き込みをしていて読みにくいはずだが、リズは文句を言わず、ページの続きにルーン文字を書き込み始めた。

「うーん、この『なんで?』の嵐が。そんなに酷かった?」

 リズが真顔で聞いてきた。

「今はハッキリいうよ。失敗作だよ。でも、そこから育てれば直るよ」

「失敗作か。魔法を覚えたての頃から、ずっとやってやっと発動したからね。稚拙な部分があって当然なんだよ。あたしとした事が……」

 リズが小さく息を吐き、再びノートに向かい始めた。

 これをやると失礼なので、私はノートパソコンを取り出し、リズのオメガ・ブラストを自分なりにこっそり修正しはじめた。

「ねぇ、これってオメガ・ブラストだけじゃないでしょ。ここに至るまでにいくつも出来たはずだよ」

 私が聞くとリズが頷いた。

「メガ・ブラスト、テラ・ブラスト、オメガ・ブラストの順で出来たよ。カルテットのあたしだから出来るって、調子に乗ってたな。使う以上はきっちりしないと。あと、高速詠唱が遅いっていわれても、練習してその分早くなるもんじゃないし、どうしたもんだか」

「それは、呪文を短くして対応すれば同じ事だよ。オメガ・ブラストは呪文が長すぎるからね」

 私はノートパソコンのキーを叩きながらいった。

『……ほら、ここなんだよ。惜しい』

 私は小声で呟いて、完成した私なりのオメガ・ブラストを保存して、ノートパソコンの画面を閉じた。

 トラックは順調に進み、街道には昼下がりの日差しが落ちていた。


 空に夜闇が迫る頃、私たちはガルダという街で晩ご飯を兼ねた長めの休憩を取り、再びカリーナに向かって走り始めた。

『師匠、大丈夫ですか?』

 ミニバンのビスコッティから無線が入った。

「大丈夫だよ。リズと魔法の研究をしてる!!」

『そうですか。って、助手は私ですよ。一人で勝手にやると、とんでもない事になります。やめて下さい!!』

「大丈夫だよ。ただの世間話みたいなものだから。それより、これから夜に入るよ。気合い入れよう!!」

『はい、それで私たちが先導します。追い越しますね』

 ビスコッティの声が聞こえた時、派手に青と赤の回転灯をつけたミニバンが、右脇を通り抜けて先頭に立った。

「緊急車両灯だね。私たちもつけよう」

「ああ、スイッチはそこ」

 私がスイッチをいれると、運転席からはなにもみえなかったが、同じように屋根の回転灯がついたはずだった。

 こうしないと、夜間は町や村から猫マーク付きの車両だと分からないための措置だった。

「随分時間がかかるね。さすが遠回り」

 私は痛くなってきた腰を伸ばした。

「さて、周辺探査っと!!」

 リズが呪文を唱えると、虚空に『窓』が開き、周囲の情報が表示された。

「今のところ異状なし。なにもなければ、この速度なら明日の明け方には到着かな」

 リズがあくびをしながらいった。

 特になにもないまま時間は過ぎ、辺りが闇に包まれる頃になって、順調に進んでいた前方のミニバンとトラックが速度を落とした。

 暗くてよく見えなかったが、リズの探査魔法によってそれが大きめの村だということが分かった。

 村の門にある信号が停車を示していたが、大急ぎで門を開ける皆さんの姿が見え、なんだか申し訳なくなった。

 停車信号が進行に変わり、ミニバンとトラックが速度を上げ、村の中の一本道を通過して、最後にクラクションを軽く一回鳴らして通過した。

「これで分かった。なるべく夜は走らない理由。盗賊もあるけど緊急車両に近づくバカは滅多にいないからいいとして、いちいち門を開けてもらわないと通れないんだよ。お互いに面倒でしょ」

 リズが笑った。

「なるほどね。これは、なんか嫌だね」

 私は苦笑した。

 私たち一行はこれを何度も繰り返し、時刻は深夜に差し掛かった。

 ちょっと眠くなった私は、ハンドルを持ったまま軽くうとうとした。

「あれ、眠くなっちゃった?」

 リズが笑った。

「いけね……。うん、ちょっとね」

 私は苦笑して、窓を開けて煙草に火を付けた。

「まあ、フルオートだからいいんだけど、ハンドルを離して寝た方がいいよ。急ハンドルの時危ないから」

 リズが苦笑した。

「分かった。それにしても、昨日から徹夜でしょ。よく眠くないね」

「慣れだよ慣れ。夜の街道で寝るほど、あたしは自信がないだけ!!」

 リズが小さく笑った。

「やっぱり危険なんだ」

「そりゃ昼に比べればね。まあ、この辺りは街道パトロールもしっかりしてるし、安全といえば安全なんだけどね」

 リズは笑みを浮かべ、煙草を取り出して火を付けた。

 煙草を吸い終えた私は、吸い殻を灰皿に捨て、しばらく外の空気を吸った。

 程よく換気を終えて目が覚めた頃になって、私は窓を閉めた。

「よし、これで大丈夫。カリーナは夜明けだっけ?」

 私は笑みを浮かべた。


 ふと寝てしまい、トラックの揺れで目を覚ますと、トラックは海沿いの街道を走っていた。

「おう、おはよう!!」

 リズが笑みを浮かべた。

「おはよう……寝ちゃった」

 私は苦笑した。

「平気平気、途中でゴブリンの群れと遭遇しただけだから。パッシングとクラクションで威嚇しただけで逃げちゃったから、戦闘にはなってないよ!!」

「えっ、ゴブリンの群れがでたの。普通は面倒なのに……」

 私は思わず声を上げた。

 ゴブリンとは人間と同じような姿をした魔物だ。

 田畑を集団で荒らすので、見かけたら駆除するしかないのだが、パッシングとクラクションで逃げるくらい臆病なくせに、しつこく追ってくるほど執念深い事でも知られていた。

『よくいうぜ。新オメガ・ブラストを試すとかいって、根こそぎ消し飛ばしたくせに』

 キットがポソッといった。

「こ、こら、いうな!!」

「やっぱりね。徒党を組んだゴブリンが、そんな簡単に引き下がるわけないもん。新オメガ・ブラストどうだった?」

 私は伸びをした。

「うーん、イマイチだね。煮詰め不足だよ」

 リズが頭を掻いた。

「以前の感覚が残っているからね。でも、新しい魔法が出来てよかったよ」

 私は笑みを浮かべた。

「まだ完成してないけどね。さて、もうすぐでカリーナだよ!!」

 リズが笑って、ノートパソコンを開いた時、ずっと発動したまま周囲の状況を示す『窓』に、無数の赤い点が表示されては消えを繰り返しながら、こちらに向かってきているのが分かった。

「リズ、なんかくるよ!!」

「ん、なんだこれ。転移の魔法を使っているのは、ほぼ確実なんだけど。キット、詳細探査には遠すぎる。なんか拾った?」

『いやー、昨日からチラチラしていたのですが、ノイズと判断して排除していました。確実に敵性の何かが接近しています。距離三千といったところです。データベース照会中』

「早くね!!」

 リズが叫び、無線のマイクを取った。

「緊急事態、後方より何かが接近中。嫌な予感がする。ここで停車して迎え撃つ!!」

「キット、止まって!!」

 私は顔を引き締めた。

『ターゲットはダーク・エルフと判明しました。自動緊急通報装置を作動させておきます』

 キットの声と共にトラックが停車し、前を行くミニバンも止まって中からみんなが飛び出てきた。

 私とリズもトラックから飛び出し、リズがアサルト・ライフルを構えた。

「しつこいのは、他のエルフと同じか」

 リズがライフルのレバーを引いたとき、いきなり目の前の空間が歪み、十人ほどの人が現れた。

 肌の色はやや黒みがかった灰色で、赤く光る目がなんとも不気味だった。

「……我々が求めているのは、その人間だ。勝手に先行して愚行を働いた者はいい。その排除に使われた魔法に興味があるのだ。我々と同行してもらおう」

 いつの間にか近づいてきたビスコッティが、ナイフを抜いて私の前に立ちはだかった。

「ほう、やる気か。我々とて、手ぶらではないぞ」

 ダーク・エルフたちが一斉に抜剣した。

「……まいったな。呪縛があるから攻撃できない。ビスコッティ、ヘタに動かないで」

 リズの小声にビスコッティが頷いた。

 しばらくそのまま睨み合っていると、ビスコッティの隣にマルシルが立った。

「コホン……。長説ご苦労であった。お陰で貴様たちの呪縛を封じる事が出来た。ここは、素直に感謝しておこうか」

 マルシルが普段出さない野太く低い声でいって、小さく笑みを浮かべた。

「なに、純エルフだと!?」

 ダーク・エルフの一団に動揺が走った瞬間、リズがアサルト・ライフルをフルオートで連射し、ビスコッティが敵の中に突っ込んだ。

「いぇーい、タコ殴り大会!!」

 さらに犬姉も加わり、殴るといった割には拳銃でバカスカ撃ち倒していった。

 戦いはあっという間に終わり、オロオロしているキキとニコニコしているパトラが好対照だった。

「よし、片付いた!!」

 リズが笑った。

「まだです。仕上げがあるのですが、その前に確認しますね」

 マルシルが息を吐いた後、皆の目をのぞき込んでいった。

「……やはり、スコーン先生だけ。位置情報を確認するだけの呪縛です。これで裁ち切りましょう」

 マルシルが呪文を唱え、手にした杖が一瞬光った。

「これで跡形もありません。仕上げに入りますね」

 マルシルは倒れ重なっているダーク・エルフたちの死体に向かって、呪文と共に杖先を振りかざした。

 すると、ダーク・エルフたちの死体が粉のようになって、風にながれて吹き飛んでいった。

「こうしないと、ダーク・エルフは倒せないのです。生まれてすぐに、不死の呪縛を親が掛けるので、それを無効化しないとダメなのです。後味は悪いですが、やむを得ません」

 マルシルがいつもの声に戻り、杖の尻で路面を叩いた。

「そういえば、マルシルって純エルフだったか。単位一個あげる!!」

 リズが笑った。

「私が出来る事はこれくらいです。純エルフの前では、ダーク・エルフはなにも出来ませんから」

 マルシルが苦笑した。

「私じゃ役に立てないからなぁ。たまに純エルフが羨ましいって思うよ」

 パトラが苦笑して、赤いキャップの薬瓶をマルシルに手渡した。

「あげるけど使わないでね。どうしてもダメな時に、マルシルなら有効に使えるよ」

「このニオイは……。分かりました、絶対に使いません」

 マルシルが笑みを浮かべて、薬瓶をポケットにしまった。

「キキはもうちょっと仲良くなったらね。スコーンには、特別にこれをあげる。リズにはあげたんだけど、これで二人目だよ!!」

 パトラが鮮やかな赤いキャップの薬瓶を手渡してきた。

「うん? 『ファイナルアンサー?』ってどっかで聞いたな。変な名前だけど、もらっておくよ」

 私はその薬瓶をポケットにしまった。

「パトラ、その魔法薬はもう作るなっていったのに。いうこと聞かない助手だからね」

 リズが苦笑した。

「ビスコッティもいうこと聞かないよ。クランペットは滅多に出てこないし、変な助手ばっかり!!」

「当たり前です。師匠が無茶ばかりするので、ビシバシ直すのが私の役目です」

 ビスコッティが笑った。

「おー、助手の鏡だね。パトラはもう制御不能だな。怒られるのがあたしの仕事だよ」

 リズが笑った。

「おーい、もうすぐカリーナだぞ。用が済んだらいこうぜ!!」

 犬姉が笑い、私たちはトラックとミニバンに分乗して、カリーナ目指して走りはじめた。


 途中でゴタゴタはあったものの、無事にカリーナに帰着したときには、すでに早朝から朝という時間になっていた。

 校庭に駐めたトラックの荷室から、芋ジャージオジサン率いる用務員さん部隊が、ほとんど使わなかった予備の弾薬類や重火器、サブマシンガンの木箱を手際よく下ろしているのを見守っていると、校長先生が笑みを浮かべてやってきた。

「皆さんおはようございます。お疲れさまでした。これは今回のお小遣いです。国王様から多額の報酬を頂き、学校としても嬉しい限りです」

 校長先生はポケットから小切手帳を取り出し、私たちに小さなあめ玉を添えて渡してくれた。

「あれだけやって、五百クローネなんだね」

 私は苦笑した。

「おっと、私とした事が危険手当諸々を忘れていました。まあ、気持ち程度で」

 校長先生はもう一枚小切手を切り、金額は千クローネだった。

「では、今後もお願いしますよ。これから上級職員の会議があるので、これにて」

 校長先生は柔和な笑みを浮かべ、校舎に向かっていった。

「合わせて千五百クローネの仕事じゃないよ。全く」

 私は苦笑して、手にした小切手をポケットに入れた。

「アハハ。ケチくせぇ。相変わらず!!」

 リズが笑った。

「スコーン先生、私はこれから授業と報告書を書きます。まだ朝食を取っても間に合いますので」

 マルシルが杖を背負うように身につけ、肩にはもらったばかりのサブマシンガンを下げた。

「あー、午前の授業はあたしが担当だ。でも、さすがに疲れたし、授業は臨時で……スコーン先生、やる?」

 リズが笑った

「で、出来ないよ。仮初めのカリーナ卒業のパッパラッパパーじゃ!?」

「大丈夫。座学だし、分からないなんてことないでしょ。ビスコッティを相棒に、冒険野郎になろうぜ!!」

 リズが私にリンゴを放ってきた。

「ま、マジでいってるの。ビスコッティなんて、このパッパラッパパーよりさらにパッパラッパパーだよ!?」

「誰がパッパラッパパーのパッパですか!!」

 ビスコッティが私にゲンコツを落とした。

「だって、誰でも入れる北部でヤンキーやってたんでしょ!?」

「誰の情報ですか。真面目にやっていました。頭のネジが飛んだのは、南部にいったクランペットです!!」

 ビスコッティが私を引っぱたいた。

「あ、あれ、おかしいな。ああ、それはいいよ。臨時にするなら休講にして!!」

「大丈夫、こんな時のためのパトラだから!!」

「うん、そういう事。今回は私は温存みたいだったから、そろそろ仕事しないとね。それにしても、リズのオメガ・ブラストにダメだししておいて、パッパラッパパーはないでしょ。あれの欠点を見抜いたのも、それを素直に聞いたのも初めてなんだよ。リズが認めたなら大丈夫だよ。さて、マルシル。朝メシ食って元気に授業だ!!」

 パトラが笑い、マルシルの手を引っ張って校舎に向かっていった。

「ったく、なにがリズが認めただよ。魔法使いとしても、本人が認めた時のセリフだから。あれ。あーあ、よりによってあたしとパトラに認められちゃったぞ。こりゃ、なんかぶっ壊すのは時間の問題だね!!」

 リズが笑った。

「な、なんかぶっ壊すって。この校舎を?」

 私は恐る恐る聞いてみた。

「さぁ、なんだろうね。ここの校舎はあたしがぶっ壊しまくって強化されているけど、よそはクソボロいから気をつけてね。さて、あとは犬姉に任せて、あたしたちも部屋で休もうか!!」

 リズが笑い、私たちは校舎に向かっていった。


 疲れてはいたが寮の部屋に戻ると一日寝てしまいそうなので、授業を受けているマルシル以外の全員で私の研究室に移動し、パステルが毎度おなじみたき火の火起こしをして、寒い時期だが温かい室内で、それぞれ勝手な事をやっていた。

 そのうち授業が終わったようで、マルシルがゲストパスで守衛室前を抜けて研究室にくると、キャンプコーナーのテーブルの上にノートパソコンを置き、エルフやダーク・エルフについての報告書を書きはじめた。

「急がないから、無理しなくていいよ」

 私は一心不乱にキーボードを叩くマルシルに声を掛けた。

「いえ、忘れてしまう前に書かないといけません。あんなに怖い事をやったあとなので」

 真顔でキーボードを叩くマルシルにそれ以上の言葉はなく、私は仕切りの向こうに移動して、机の椅子に座って、この前組み上げた装置で魔法薬の練習をしているキキの姿を見ていた。

 そのうち、足下に置いてあるプリンタが動き出し、次々と紙を飲み込み始めた。

「また書いたねぇ……」

 私が取り出した紙をビスコッティが纏めてホチキスで留め、全十束の資料が二山出来上がった。

「マルシル、お疲れ!!」

「いえ、簡単に纏めたつもりだったのですが……」

 研究エリアにやってきたマルシルが頭を掻いた。

「どれ……」

 私が資料を一山取った時、内線電話が鳴った。

『おはよ、眠い。なんか面白い事ある?』

 それは、思い切り寝ぼけたリズの声だった。

「そうだねぇ、今できたてで、マルシルがエルフやらダーク・エルフやらの事について纏めてくれたよ。まだ読んでないけど、ちょっとした魔法書並のボリュームだし、面白そうだよ」

 私は電話をスピーカーにして、受話器を電話に置いた。

『そっか、じゃああとでいく。パトラが今すぐいけってうるさいんだけど、頭が回らない……ば、バカ。それオモチャじゃなくて、本物の手榴弾だって。しかも、どこに押し込んで……ぎゃあ!?』

 爆音と共に内線電話が切れ、私は額の汗を拭いた。

「……聞かなかったことにする?」

 私は隣で真顔のビスコッティに問いかけた。

 ビスコッティは小さく頷き、そっと梅昆布茶を淹れてくれた。

 こうして、また一日過ぎていく私たちだった。

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