第17話 襲撃(改稿)

 島から帰った私は同室のアルテミスと一緒に、学食で晩ご飯を食べる事にした。

 てっきり、変な事を始めるかと思っていたのだが、難しい顔をして言葉少なげにため息を何度もついてた。

「A定食は肉だね。一緒でいい?」

「うん、何でもいいよ」

 難しい表情のままのアルテミスに頷き、私は券売機の列に並んだ。

 ちょうど朝ご飯の時間のため、学食はそれなりに混んでいたが、程なくカウンターにたどり着くと、A定食二人前のトレーをテーブルに置いた。

「さて、食べよう!!!」

「うん、いただきます」

 二人で朝ご飯を食べ、アルテミスが煙草を取り出した。

「あっ、今の時間は禁煙だよ!!」

「大丈夫。神の煙草は無煙だし、ニオイもしないし味もしないんだよ。何のためにあるのか、微妙だね」

 アルテミスが小さく笑った。

「ならいいや。なにか話がありそうだけど、どうしたの?」

 私はアルテミスに問いかけた。

「うん、おかしいんだよ。スコーンの輪廻がおかしくなってる。このままじゃ来世が変な感じで歪がんじゃってるから、未確定要素の塊だよ。なんとか直せるけど、やっていい?」

 アルテミスが小さくため息をついた。

「えっ、そうなの。直した方が良さそうだから、頼むよ」

「分かった。ホントはやっちゃいけないんだけどね……」

 アルテミスが苦笑して、全身が一瞬光った。

「これでいいよ。なんでこんなずれたのやら……」

「あっ、一回死んでるんだよ。蘇生術で生き返ったけど、そのせいかも……」

 私がいうと、アルテミスが目を細めた。

「……誰、そんなことしたの」

「うん、ビスコッティのミスで死んで、リズが生き返らせてくれたんだよ」

 私がいうと、アルテミスがさらに目を細めた。

「あのバカ、またやったんだ。今度は、リズの輪廻を直さないと」

 アルテミスが席を立った時、ラーメン丼をトレーに乗せたリズがやってきた。

「おう、やってるね。アルテミスが一緒って珍しいような……」

 リズが笑った。

「こら、やっぱり輪廻がメチャメチャになってる。来世は猫ってダメでしょ!!」

「へぇ、猫か。悪くないね!!」

 リズが笑った。

「よくない。メガトン級の大失態になっちゃうから、今すぐ直す」

 アルテミスの全身が光り、小さく息を吐いた。

「危うく半分人間で半分猫てっいう、あり得ない個体が出来るところだったよ。こんなの出来ちゃったら、この星を守っているアウリディケに粉砕されるところだよ。蘇生術はやめろっていってるのに……」

「そりゃ凄いね。でも、そこに助けなきゃならない人がいたら、あたしは躊躇なく使うよ。それが魔法使いだもん」

 リズは笑い、隣のテーブルに陣取り、豚骨ラーメンを食べはじめた。

「ねぇ、アルテミス以外にも神はいるの?」

「うん、そりゃいるよ。副校長のフェアリーデールだって神だしね。私なんて、まだ子供扱いの若い神なんだよ。二十四億年くらいしか生きてないもん」

 アルテミスが笑った。

「……研究しようかな。二十四億年で若いんだ」

 私は苦笑した。

「やめた方がいいよ。常識が悲鳴を上げて頭がぼよ~んってなっちゃうから。そうだ、神の世界にも魔法みたいな物があるんだよ。サペントグラフっていって、これを何回も重ねて強さを調整するんだ、もっとも、途中で切れたら終わりだから、肺活量の勝負だけどね。人界じゃ使えないし、役立たずもいいところだけどね」

 アルテミスが笑った。

「へぇ、研究しようかな」

「研究しても無駄だって、神じゃないと使えないし、魔法の方が便利だからね」

 アルテミスが笑った。

「アルテミスがここにいる理由ってそれ?」

 私は笑った。

「リズが気まぐれで教えてくれるからね。あとは人間観察かな」

 アルテミスが笑った。

「なるほど……。そういや、島で狩猟をやったよ。アルテミスって狩猟の神でもあるんでしょ。お祈りでもしておけばよかったかな。撃ったけど掠った程度で当たらないのなんのって」

 私は苦笑した。

「なに、そんなことやったの。私も誘ってよ。最近撃ってないから、鈍っちゃってもう!!」

 アルテミスが笑った。

「アルテミスがいたら、そこらじゅうの獲物を撃ちゃうからダメ。食べきれないほどだもん。あたしの胃袋でさえそれだもん!!」

 ちょうど近くにいたオバチャンに、替え玉を頼んだリズが笑った。

「そんなに狩っちゃうかなぁ。なに狩ったの?」

 アルテミスが身を乗り出して聞いてきた。

「うん、熊イノシシって変なヤツ。美味しかったよ」

「熊イノシシか。あれ美味しいだよね。いいなぁ」

 アルテミスが目を細めて笑った。

「それじゃ、今度は一緒に行こう。撃ちすぎないように!!」

  私は笑った。

「うん、誘って。猟銃の手入れしておかないと」

  アルテミスが笑った。


 ご飯が終わると、私は欲しかった魔法書があったので、この学校自慢の図書館にいく事にした。

「ふぅ、図書館だけで三つもあるなんて、どこから攻めたらいいものか……」

 アルテミスと別れた私は、まだ慣れていないので持ち歩いている学校案内図を片手に、思わず苦笑した。

 欲しい魔法書は購入する主義だったが、中には絶版になっているものもあり、そういう時に図書館は便利な存在だった。

「よし、まずは中央図書館だね。一番大きいし初めて行くから、様子を見るならここでしょ」

 私は一人つぶやき、学食の入り口に駐めてあったボロい自転車に跨がった。

「さてと……」

 私はギシギシうるさい自転車のペダルをこいで、廊下を走りはじめた。

 すると、どこにいたのか、ビスコッティと犬姉が背後につき、結局三人で廊下を自転車で駆け抜け、目的地の中央図書館に到着した。

 ちなみに、門限はカリーナの門が閉まる時間で、中にいる分には問題がなかった。

「師匠、図書館なら北棟の方が攻撃魔法が多いですよ」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「全く、どこにいくのかと思えば、図書館だったか。私にはあまり関係ないんだよね」

 犬姉が拳銃の点検をしながら、小さく苦笑した。

「うん、気になっていてさ。別に攻撃魔法じゃなくていいんだよ。どんな魔法書があるか、様子を見たかったし」

 私は笑ってオンボロ自転車を駐め、巨大な神殿のような図書館の出入り口に近寄った。 大きなガラス扉は施錠されているようで、どうやっても開かなかったが、すぐ近くの壁にカードリーダが設置されているのをみつけ、私はIDカードをそれにかざした。

「他にないよね……」

 私が一人つぶやいた時、軽い機械音が聞こえて鍵が外れる音が聞こえた。

「へぇ、安全等級AAAね。信用されてるじゃん!!」

 カードリーダの小さな画面に表示された文字を読んで、犬姉が笑った。

「師匠、ここの図書館は書物によっては危険なので、それぞれ入れるエリアが限られているんです。AAAということは、禁書も閲覧可能ですよ」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「そうなんだ。逆にやりにくいね」

 私は苦笑して、図書館の中に入った。

「こりゃ立派だね……」

 なにやら豪華な作りの図書館の中は、膨大な蔵書が書架に収められ、インクと紙の匂いに溢れていた。

「これは、自慢するだけの事があるね」

 私は思わず苦笑した。

「はい、師匠。ここは三つある図書館の中で、一番古い建物です。いわゆる便利魔法の書物が多いそうですよ」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

 便利魔法とは、物を浮かせたり灯りを作ったり……そういった、あると便利だなという魔法の事だ。

 専門外ではあるが、私が使える魔法の大半を占めているのがこれだった。

「それいいね。ちょうど自動筆記の魔法を考えていてさ。ここなら参考資料があるかな……」

 私が奥に進んでいくと、ビスコッティと犬姉が自分の拳銃に手を掛けて、黙ってついてきた。

 図書館は三階建てのようだが、公開されているのは一階だけのようで、途中で見つけたエレベータのカードリーダにIDカードかざしてみたが、全く反応がなかった。

「『禁書フロア』って書かれてるけど、入るなって事は入らない方がいいね」

 私たちは苦笑して、図書館の散策を続けた。

 広大な図書館を歩いていると、キキとパトラが本を片手になにやらやっていた。

「あっ、スコーンさん。パトラさんと魔法薬を作るという話になって、その装置を研究室に組みたいのですが、許可をお願いします」

 キキが楽しそうにいった。

「うん、あまり巨大じゃなかったらいいよ。埋められちゃったら困るから」

 私は笑った。

「うん、大丈夫だよ。この程度の装置なら、そんなに場所を取らないから。足りなかったら、リズの研究室でやればいいからね!!」

 パトラが楽しそうに笑った。

「それはいいね。あとでリズに挨拶しないと……」

「ん、それはいいよ。既設の装置を使うだけだし、嫌がったりしないから!!」

 パトラが笑みを浮かべた。

「そ、そうなんだ。研究者って、大体は自分の研究室の中に他人を入れたがらないから、変わってるね」

 私は苦笑した。

「スコーンだからだよ。他は蹴り出されるけどね。さて、楽しくなってきたな」

 パトラが笑った。

「私の方問題ないよ。まあ、あんまり派手にぶっ壊さないでね」

 私は笑って、その場から立ち去った。


 図書館内を歩いているうちに、背後のビスコッティが急に足を止めた。

「あっ……」

 短い声を上げ、ビスコッティが書架から一冊の本を取り出した。

「おっ、いい本があった!!」

 犬姉が笑った。

「なにそれ?」

 表紙の文字が掠れ、なんの本だか分からなかったが、ビスコッティがにんまりした。

「とある狙撃手が書いたものです。業界ではバイブル扱いですよ。とっくに絶版で諦めていたのですが、ここにあるとは……」

 ビスコッティが笑った。

「うん、ここはたまにいい本があるからね。私もたまに覗きにきてるよ!!」

 犬姉が笑った。

「へぇ、魔法だけじゃないんだね。しっかし、広いなぁ……」

 私は天井近くまで高さがある書架を見上げて、小さく笑みを浮かべた。

「はい、師匠。ここだけで一日潰せますよ。ちなみに、なにか欲しい本があれば、それを念じるだけで、本が勝手に転送されてきますよ」

 ビスコッティが笑った。

「そうなの? 早くいってよ!!」

 私は苦笑して、試しにずっと作ろうと思っていた魔法を思い浮かべた。

 すると、数冊の本が魔力光が弾けるのと同時に床に積み上げられた。

「なるほど、これは便利だね。近くのテーブルにいこう」

 私がいうと、ビスコッティが床の本を両手で抱えて持ってくれた。

 空席に三人並んで座り、さっきの本を犬姉と読み始めたビスコッティを尻目に、私は自分の本を読むことに熱中した。

「……なるほど、ここの魔道関数を間違えていたか。他にもボロがあるな」

 いつも最終点検に使っている「コンパイル」という魔法で、無数のエラーが吐き出された事を確認しつつ、私は研究ノートに下書きとなるルーン文字を並べていった。

「えっと、これが上手くいくと便利なんだよね……」

 数度の失敗の末、私はボサボサに焦げた髪の毛をはねのけて、呪文を唱えた。

 瞬間、目の前の虚空に『窓』が開き、無数の動き回る白い点や立ち並ぶ書架の概略図のような物が表示された。

「あっ、それリズのじゃん。怒るよ~!!」

 犬姉が笑った。

「だって便利なんだもん。欠点は、なにかいる事は分かっても、それが敵なのか味方なのか分からないって事だね」

 私が笑うと、いきなり拳が脳天にめり込んだ。

「……」

「こら、あたしの切り札だぞ!!」

 リズが苦笑して、呪文を唱えた。

 私の『窓』の隣にリズの『窓』が浮かび、私のそれと同様の様子が映し出された。

「これが広域探査魔法。気合い入れると、半径五百キロの様子が分かるけど、精度や確度が低いし、敵味方の判別も困難だから、さらに詳しく調べる詳細探査しか使わないかもねこれでも半径五十キロは見通せるから、実用上で問題になることはないかな。これは、難しいぞ!!」

 リズが笑って、私の肩を揉んだ。

「うん、難しいね。私はせいぜい百キロ四方だし、詳細探査はこの図書館くらいかな」

 私は笑みを浮かべ、小さく呪文を唱えた。

 虚空の『窓』がズームアップされ、白い点だったものが人間の形に変化した。

「一応、距離は分かるんだけど、敵味方の識別方法が分からないんだよね」

 私は笑った。

「この、生意気に私の魔法を……。まあ、普通はそんなもんだよ。これでも、上手く使えば役立つし、奇襲を食らわなくてすむからいいよ」

 リズが苦笑して、図書館の中を見回した。

「そういや、パトラを見なかった。荷物が届いたんだけど……」

「うん、さっきキキと話していたよ。私の研究室にも装置を作るんだって」

 私が笑うと、リズがげんなりした表情を浮かべた。

「なに、アイツ。こそこそそんな事やってたわけ。気をつけてね、いつの間にか装置で部屋が埋まるから」

 リズが苦笑した。

「それはやらないっていってたけど……。まあ、多分その荷物だよ」

 私は苦笑した。

「やれやれ、あたしはパトラを探してくる。放っておくと、何するか分からないから」

 リズが苦笑してテーブルを離れ、虚空の『窓』が消えたので私も消した。

「ふぅ、これ疲れるな。長時間は無理だね……って、なにやってるの?」

 私の隣で本の取り合いをしているビスコッティと犬姉をみて、私は苦笑した。


 ビスコッティと犬姉が落ち着いた頃、時間はすでに昼になっていた。

 図書館を出た私たちは、自転車に跨がって校舎の廊下を研究棟に向かって走っていった。

 私とビスコッティは問題なかったが、犬姉のIDで研究室に入れるか心配だった。

 しかし、私の直援護衛になってから、当然のように許可が出ているようで、なんの問題もなく四階の研究室に到着した。

 エレベータの扉が開くと、中ではキキとパトラが装置の組み立てをはじめていた。

「おっ、さっそくやってるね!!」

 私は小さく笑った。

「はい、楽しみです」

 キキが小さく笑った。

「あと二時間もあれば終わると思うよ。この規模なら簡単だから」

 安全眼鏡を掛けたパトラが、設計図を片手にうなった。

「まあ、慌てずに。やっと研究室みたいになったね」

 私は小さく笑った。

「うん、これはまだ初歩段階の装置だよ。これに、色々加えて魔法薬を精製するんだ。初歩ていっても、これがベースだから、このままでもかなり色々使えるよ」

 パトラがガラス管を組み上げながら、楽しそうに笑った。

「へぇ、面白そうだね。興味が湧いたら、教わろうかな。魔法薬って複雑だから、気合い入れないと!!」

 私が笑うと、パトラが笑みを浮かべた。

「そうなんだ。それなら教えるよ。簡単な回復薬くらいなら、すぐに覚えられるよ」

 パトラが自分の鞄の中から、ノートを一冊取り出した。

「それだったら、ビスコッティかクランペットに教えてあげて。二人とも中途半端に覚えてるから、もったいなくて」

 私は笑って、山積みになっている試験管を一本取り出した。

 その中に瓶詰めされた液体や粉末状に加工された試薬をいくつか入れ、軽く振ってそのまま試験管立てに入れて放置した。

「あっ、師匠。ダメです。師匠が魔法薬を作ると、なぜか爆発しかしません!!」

 ビスコッティが慌てて試験管立てから試験管を引っこ抜いた瞬間、火花が散って軽い爆発音と共に、咄嗟の動作でぶん投げた試験管がド派手に砕け散った。

「またダメだ。攻撃系の魔法薬なら得意なんだけどね。今のが回復系のつもりだったなれの果てだよ!!」

 私は苦笑した。

「全く、ダメです。ビシバシします!!」

 ビスコッティが私に詰め寄り、思い切り平手打ちをした。

「あーあ、ダメだよ。今の魔法薬、もう少し静置すればちゃんと成功したのに」

 パトラが苦笑して、ビスコッティの頭に軽くゲンコツを落とした。

「そ、そうなんですか?」

 ビスコッティが恐る恐る私を見つめた。

「うん、ビスコッティ。給料減額三ヶ月ね」

「……はい」

 ビスコッティが小さくため息を吐いた。

「それにしても、さすがというか、魔法薬の基本を理解しているね。あれ、完成してたら骨折級の重傷でも治せたよ。中級クラスって感じだね」

 パトラが笑った。

「まあ、あれが限界かな。魔法薬って必要な資格が多いし、イマイチ燃えないんだよね。ビスコッティとクランペットなら、私より上手だからモノになるのも早いでしょ。ビスコッティ、クランペット、暇があったら教わっておいて!!」

「……ううう、分かりました。精進します」

「はい、分かりました」

 ビスコッティが頭を抱え、クランペットが笑顔で返してきた。

「さてと、リズがくる前に仕上げちゃおうか。またうるさいから」

 パトラが笑い、装置を組む作業をはじめると、真新しい机に向かって椅子に座った。

「そうだな……。助けられちゃったし、私も封印を解くかな」

 私は鍵が掛かる引き出しを開け、全て黒の表紙に揃えたノートを探しはじめた。

「タイトルは書いてないからなぁ……」

 膨大といえば膨大な数のノートを取り出しては戻しを繰り返し、なかなか目的のノートに辿り着かずにいると、エレベータの扉が開いてリズが飛び込んできた。

「こら、よそに迷惑掛けるな!!」

 リズのパンチがパトラを捉えたが、全く気にしていない様子でパトラは作業を続けた。「この頑丈ボディが……。スコーン、ごめんね。今すぐ片付けさせるから!!」

「ああ、大丈夫だよ。許可ってほどじゃなけど、大丈夫っていてあるから」

 私はリズに笑みを送り、再びノート探しを始めた。

「全くパトラは……。ん、なにやってるの?」

 リズが不思議そうに問いかけてきた。

「あっ、ここにあるのは機密ファイルだから、みなかった事にしないでね」

 私は苦笑すると、再びノート探しに没頭した。

「秘密っていわれると、どうも気になるねぇ。みせて!!」

 リズが笑った。

「頼まれてもダメ。こんな魔法のために、追われる事になるのは嫌でしょ」

 私が笑って次のノートを開いた。

「……あった。これとセットでもう一つ」

 私は二冊のノートを机の上において、小さくため息を吐いた。

「また随分書き込んでるね。見開きに描いてある魔法陣で分かったよ。『疎生法』と『即死法』か。まあ、誰の命令か分からないけど……これをどうしたいの?」

 リズが私の頭に子リズ縫い包みを置いた。

「……毛嫌いして処分しようと思っていたけど、リズに助けてもらって……。リズは蘇生法と即死法を気に入っていなかったはずだよ。あの時ビックリしたけど、リズが積極的に使うって思わなくて……。なにかあったの? 私は自分でやったから二度と使うものかって、封印したんだけど。ああいう事態も考えられるから、封印を解くつもりでこれを出したんだけどね」

 私はノート二冊をリズに手渡した。

「よし、どれどれ……」

 リズが笑みを浮かべ、私のノートを手早く捲っては時々止め、再び捲るという作業を繰り返した。

「これ凄いじゃん。あたしのなんか、比較にならないよ!!」

 リズが笑って、もう一つ子リズ縫い包みを私の頭においた。

「ありがとう。でも、その代わり反作用で生まれる即死法も半端なくて、なにがあっても使うかって感じだったんだけど、疎生法に限って使う事にしたんだ。経験すると魂が肉体から抜けちゃった状態は怖いもん」

 私は苦笑して、即死法のノートを机の引き出しにしまって施錠し、疎生法のノートを本棚にいれた。

「あたしが疎生法を使った理由は、まさにそれだよ。だてに千七十六回も死んでないよ!!」

 リズが笑って私の肩を叩いた。

「……その数、嘘にしては具体的だし、どうやったら」

「運が悪いだけだよ。一番酷かったのが、放ってけば治る風邪で熱を出して、医務室で休んでいたら、心配したパトラが得意の魔法薬をくれたんだけど、慌てていたみたいでさ。真逆の毒薬なんか飲ませてくれたから、あとはもう大騒ぎだよ。アイツもエルフ式の蘇生法を使えるんだけど、テンパった頭でそれを思い出すだけで苦労したみたいでね。千回はそこで死んでるよ。そういう事がないように、蘇生法は使える術者が多い方がいいんだよ」

 リズがカラカラと笑った。

「へ、へぇ……。それでよく友達でいられるね。私だったら、気まずくてやってられないよ」

 私は思わず苦笑した。

「まあ、アイツなりに必死だったし、聞こえないって分かっていても、あたしも必死に応援していたからね。実は決め手は、あのポンコツトラックなんだよ。あれに一度でも乗ると精神波チャンネルっていうのが開いて、必要なタイミングで勝手に誰かと繋いでくれるんだけど、魂って精神エネルギーの塊だから、死んでいる状態だとむしろ大声になるらしくて、パトラのヤツ気絶しそうになったんだよね。それで冷静になって、パトラの蘇生法も成功したんだけど、これはどうでもいいか。必死なんだから、あたしが怒る筋合いはない!!」

 リズが笑って、私の肩を叩いた。

「リズもお人よしというか、懐が大きいというか……。まあ、いいや。あのトラック、機能満載っぽいね」

 私は笑った。

「スコーン、あのオンボロはオンボロだけど、非常事態の時だけは真面目にやるから、いわれたら従ってね。あとはどうでもいいから!!」

 リズが笑った。

「師匠、なにしているんですか?」

 装置の組み立てを手伝っていたビスコッティが、机に向かってやってきた。

「なんかねぇ、ついに禁断の蘇生法の封印を解いたらしいよ!!」

 リズが小さく笑った。

 私は小さく笑みを浮かべ、呪文を唱えた。

 これで、ところどころ意味不明な文字列で埋め尽くされた部分が、ちゃんと元通りに復元されたはずだ。

「し、師匠。それって、まさか蘇生法と即死法のノートですか。きっちり討論して、私が熱くなりすぎて、表紙を破ってしまった痕跡が……」

 ビスコッティがテープで貼って直した表紙を、指さして信じられないという表情を浮かべた。

「うん、私も死んでみて分かったよ。あんな状態で二十四時間もいたくないよ。怖いし」

 私はビスコッティと散々やり合って、結局未完成のままという形で報告書を提出したのが、この蘇生法と即死法だった。

 蘇生法だけいいのだが、対魔法といってバランスを取るために勝手に出来てしまう魔法があり、この蘇生法の場合はよりによってこんなポンコツ魔法だったので、私も嫌気が差して半ば途中で放棄したものだった。

「そ、そうですか……あんなに嫌がって、城を騙す工作も頑張って……。いきなりだったで驚きました」

 ビスコティが小さく息を吐き出した。

「さて、使う魔法にしたからには、もう一度やり直しだよ。今の精度は80%でしょ。残り20%をどこまで詰められるか……」

 私はノートを本棚か取り出して開き、蘇生法の検討を始めた。

「おや、まだ満足じゃなかったの。80%なんてパトラのエルフ式疎生法と、ほぼ同等の値だよ。ホントに人間だよね?」

 リズがチラチラ私のノートを見ながら、苦笑した。

「それホント?」

 なにに使っていたのか、ガスバーナーを片手に持ち、パトラとキキがやってきた。

「こら、火を消しなさい。危ない!!」

 リズが怒鳴ると、キキは慌ててバーナーの火を消し、パトラも手慣れた様子で火を消した。

「うん、パトラ。まだ試作だけど、理論上は80%は成功するよ。これをどこまで伸ばせるか……」

 私はノートを読み返して、記憶を探りながら研究を開始した。

「そ、そんなはずないよ。私は半分エルフだから魔力が高くてリズを応援出来るけど、スコーンは人間だし、単独じゃ入れ替わりに死んじゃうよ!!」

 パトラがぽかーんとして呟いた。

「四大精霊系でやったらそうなるね。私は非精霊系が得意だから、途中で魔力三十二段ブーストとかやってるよ。これを四十三段に増幅したらどうかな?」

 私はポカーンとしているリズとパトラにノートをみせながら、ビスコッティが差し出したポテチのノリ塩を摘まんだ。

「……リズ、分かる?」

「……分かるわけないでしょ。カリーナじゃ非精霊系は危険だから教えないし、いくらずっと主席を突っ走っていても、こりゃわからんちんだよ」

 パトラとリズが恐る恐る私のノートを持って、パラパラと捲り始め、私は思わず笑った。

「非精霊系でも精霊系と全く無縁じゃなんだよ。裏ルーンを使うだけかな。意味不明になるから、そこが難しいんだけどね」

 私は机の本棚から裏ルーン文字辞典を取り出して、机の上に置いた。

「こんな本が出回ったらマズいから表じゃ売ってないし、ビスコッティに頼んで探してもらったんだよ。表ルーンと相関関係で並んでるから、あると便利だよ」

 私は笑って、パトラとで引っ張り合ってノートを引きちぎりそうになっているリズをチラッと見てから、私は記憶を掘り起こして改めて別のノートに書き込みを始めた。

「これがややこしいんだよね。ここでブースト掛けないと意味がないしな。ビスコッティ、四十三段に増幅は大丈夫そう?」

 私が聞くと、ビスコッティは頭を掻いた。

「師匠の頑丈さは底ががしれませんからね。すでに人間の限界をぶっちぎっていますから、徐々に試してみましょう」

「ぶっちぎってって、化け物じゃあるまいし……。まあ、いいや。久々だから、十二段からいこうかな」

 私は呪文を唱えた。

 全身から魔力光がほとばしり、私の体が座っていた椅子ごとふわっと浮き上がった。

「よし、異状なし。一気に三十六段まで」

 私がさらに呪文を唱えると、宙に浮かぶ椅子が天井近くまで接近したため、そのまま横移動に変えて一気に魔力を流し込んだ。

 すさまじい光とキーンという魔力音が溢れる中、私が座っていた椅子が解けて蒸発、研究棟の建物がガタガタ揺れはじめた。

 瞬間、ビスコッティが両腕で×マークを作ったので、私は徐々に魔力の放出を抑えて床に降り立った。

「あーあ、椅子壊しちゃったよ。建物の強度も不足だね。この調子だと、使える場所が限られちゃうな。単に魔力をぶち込めばいいわけじゃない。分かっていたけど、ここが厄介なんだよね……」

 私がブツブツ呟いていると、リズが満面の笑みを浮かべて私をみた。

「確かに凄い魔力じゃん。これなら負けないな……」

 リズの体が魔力光に包まれ、建物が激しく揺れ始めた。

「しゅ、しゅごいけど、これじゃ建物が……」

 私がオタオタしていると、パトラがすかさずピコピコハンマーを取り出し、リズの顔面をぶん殴った。

 すると、一瞬白目を剥いたリズがパタリと倒れ、建物の揺れが収まった。

「全く、口で言っても聞かないからね。ヤバいときはこれに限るよ。即効性の麻痺毒が注入される仕掛けなんだ」

 パトラが笑みを浮かべ、床に倒れたリズの上に座った。

「リズは負けず嫌いだからね。すぐに張り合おうとするから、毎回こうなるんだよね。ちなみに、よく使う単位でスコーンの魔力はエルフ換算で十九万七千八百倍だよ。まだいけるって、スコーンも人間離れしてるよね」

 パトラがリズに座ったまま笑った。

「あっ、あのエルフ換算法ね。あんまり気にしないからなぁ」

 私は笑った。

 この世界の様々な種族の中で、最強の魔力を持つのがエルフとされている。

 その平均値と比較して、それより高いか低いかが一種の目安となっていた。

「ちなみに、リズは二百万倍オーバーだから、とんでも魔法の宝庫なんだよ。狙撃にも応用してるし、まともに張り合わない方がいいよ」

 パトラが笑ってリズから立ち上がり、そっと顔をのぞき込んで首を横に振った。

「まいったな。まだ怒ってるよ。建物崩壊の危機を救ったんだけどな。でも、もう毒が消えちゃう時間だし、総員戦闘準備!!」

 パトラがキキと器具を守る位置に散り、私とビスコッティはとにかく拳銃を抜いた。

 しばらくして、ゆっくりとリズが起き上がり、拳銃を素早く抜いた。

「おっ、始まったか!!」

 今まで黙って立っていた犬姉が、拳銃を抜いて私たちの前に立った。

「……やったな。くらえ!!」

 リズが取り出した拳銃から、勢いよく液体が飛び出し、パトラの頭からドバッと掛かった。

「ぎゃあ、リズ。これ山芋じゃん。痒い。ダメだって知ってるのに!?」

 パトラがバタバタ暴れて倒れ、リズが手にしていたオモチャの拳銃を放り投げた。

「こんな事もあろうかとね。痒いだろ!!」

 リズが大笑いした時、開けっぱなしの研究室の扉がノックされ、大きな木箱を三つ台車に積んだ芋ジャージオジサンが入ってきた。

「これで最後の荷物だ。サインをもらおうか」

 芋ジャージオジサンに頷き、私は伝票にサインして笑みを浮かべた。

「うむ、これでいい。その『生もの』と書かれた箱を優先して開けるべきだ。これで、俺の仕事は完了だ」

 芋ジャージオジサンはポケットの中から、ライフルの空薬莢を取り出して床に立てて置くと、そのまま研究室を出ていった。

「……なにこの薬莢?」

 私は薬莢を拾い上げ「生もの」と書かれた木箱を見た。

「……し、死体?」

 私は恐る恐る木箱に近づいた。

『あの、なんですかこれは。私が悪いなら謝ります。ここから出して下さい!!』

 箱に近づくと、マルシルの声が聞こえてきた。

「うわっ、ビスコッティ!!」

「はい!!」

 ビスコッティが、慌てた様子でバールのようなモノを部屋の隅から持ってきて、木箱を開ける作業に入った。

「な、なにこれ!?」

 私が心底驚いていると、リズと犬姉が笑った。

「購買名物、ビックリ強制送還だよ。その人と縁とゆかりがある場所なら、どこでも運んでくれるんだよ。スコーンも気をつけてね!!」

 リズが私の手にあった、紛らわしい薬莢を手に取った。

「7.62ミリか。いつも通りって事だね。捕まえにくるの、あの芋ジャージオジサンだから怖いよ!!」

 リズが笑って、手にあった薬莢を犬姉に放った。

「あ、あのオジサンがくるの。いかにもプロっぽいあのオジサンが。怖すぎるよ!!」

 私の声がひっくり返ると、犬姉が笑った。

「あれで、優しいんだよ。確かに裏仕事はやってるけどね。仕事のあとは、空薬莢をそこに残していくのが流儀なんだよ。まあ、名刺代わりだと思って!!」

 犬姉が私にその薬莢を私に放り、パシッと受け取って苦笑した。

「人騒がせな事件だね。ビスコッティ、大丈夫そう?」

「はい、師匠。もう少しで開きます」

 箱の隙間にバールのようなモノをねじ込んでこじりながら、ビスコッティが笑顔で手を振ってきた。

「さて、私はパトラを掃除するか。シャワー借りるよ!!」

 リズが床でピクピクしているパトラの服を脱がし、部屋の隅にあるシャワーブースに引きずっていった。

「クランペット、パトラに山芋はダメだからね!!」

 私が声を掛けると、まるで陰のように背後にいたクランペットが、小さく頷いてメモ帳になにか書いて、再び陰のように引っ込んだ。

「クランペットも元プロの料理人って聞いてるけど、絶対に違うな……。まあ、変な助手の方が楽しくていい!!」

 私が笑うと、ビスコッティの作業が終わったので、私は箱の中をみた。

 すると、全身縛られたマルシルが泣きべそ顔で私を見つめた。

「す、スコーンさんだったのですね。なんか、悪い事をしてしまいましたか?」

「違う違う、私もサプライズだったんだよ。購買でそんなサービスがあるらしくて、誰が頼んだかは不明なんだよ」

 私は笑みを浮かべて、ビスコッティに向かって目配せした。

 ビスコッティがマルシルの縄を切り、ため息交じりに箱から出てくると、空き箱が瞬間的に燃えて消え去り、残り二箱の蓋がスッと消えてなくなった。

「こ、これは……杖ですね」

 マルシルが笑みを浮かべると、リング状に加工された木を編んで作られた杖が、一本箱から飛び出てマルシルに向かって飛んだ。

 それをパシッと受け止め、マルシルはあまりみない、杖を使う魔法使いの戦闘準備体勢を取った。

「おっ、格好いいじゃん。もう一本は……」

 騒ぎが収まったとみたか、ちょうど箱の場所にいたキキも同じ杖を持ち、照れくさそうに笑みを浮かべていた。

「そっか、杖が出来たんだね。ってことは、犯人は購買のオッチャン?」

 私が笑うと、犬姉が大笑いした。

「やりそうだよ。キキもここにいなかったら、同時に運ばれていただろうね。杖を持った魔法使いか。珍しいもんだ」

 犬姉が笑いながら拳銃を抜き、天井に向かって三発売った。

「こら、ビスコッティ。警備の穴だぞ。こういう時こそ、ちゃんと警戒しないと。どれ、どんなやつが潜んでいたのか……」

 犬姉が笑った時、脚立を持った芋ジャージオジサンが入ってきた。

「俺も油断したようだ。とりあえず、邪魔なものを片付けようか」

 芋ジャージオジサンが脚立を上り、乱暴に天井の板をたたき壊して一体の死体を床に落とした。

「さてと、どこにでもいそうなゴロツキだけど、右肩に小さな星のマークか。間違いない。『シー・ドラゴン』の工作員。恐らく、スカウト任務でしょ」

 犬姉が小さく息を吐き、ポケットから煙草を取り出した。

「うむ、間違いあるまい。狙いはスコーンか?」

 芋ジャージオジサンが、やはり煙草に火を付けて窓の外を見た。

「いや、どうかな。だって、シー・ドラゴンって……」

「はい、私の実家です。表向きはただの商家なんですけどね」

 ビスコッティが苦笑して、私の頭に手を乗せた。

「なるほどな。どちらかを狙っているか、両方を狙っているか。いずれにせよ、排除しなければなるまい。必要なら、俺が動こう」

「そうだね、私が依頼者って事で、よろしく頼むよ。撃ち零しは、私たちでなんとかするから」

 犬姉がこちらに確認しないまま、芋ジャージオジサンに小切手を切って渡した。

「うむ、分かった。あと、そこの無線機をちょっと借りるぞ。交通手段がないからな」

 芋ジャージオジサンは無線機のマイクを取って、どこかと通信を始めた。

「おや、珍しく団体戦か。まあ、相手が相手だからなぁ」

 犬姉が笑った。

「な、なにが起きてなにが起こるの!?」

「そこに転がってるの、ビスコッティの実家が放った手の者なんだよ。だから、可能性としてはビスコッティが狙われているんだけど、ついでに……って事もあり得ない話じゃなから、これから警戒ランクを上げるよ。そのための護衛だし!!」

 犬姉はポケットから無線機を取り出し、どこかと通信を始めた。

 その間に、ジャージオジサンたちがやってきて、研究室から死体を運び出していった。

「び、ビスコッティ!?」

「師匠、安心して下さい。こういう事態に備えて、ここに落ち着く事を選んだということもあります。私もクランペットもまだ三下程度なら、十分戦えるはずなので」

 ビスコッティが私の頭を撫でて笑みを浮かべた。

「あの、戦闘準備ですか?」

 どこかのどかな声が聞こえ、私の背後にいたはずのクランペットが、いきなり天井から飛び下りてきた。

「そう、戦闘準備。もっとも、積極的には攻撃しないで防御に徹する事」

 ビスコッティが大きく息を吐き、腰のナイフを抜いて見つめた。

「なに、あたしがパトラと遊んでいる間に、楽しい事になってるじゃない。もちろんご一緒するけど、今はパトラを干してるから待ってね!!」

 パンツ一丁になったリズが、仕切りの向こうから顔を出して笑った。

「はぁ、情けないな。自分の事なのに……」

 ビスコッティが苦笑して、ナイフを鞘に戻した。

「なに、あれを相手に一人なんて無理だから、こういう時は頼っていいんだよ。さて、ついでにバーベキューの用意もしたから、遅めのお昼にしようか」

 リズが笑って、皆を手招きした。


 仕切りの向こうでは、パトラが壁に渡したロープで素っ裸のまま張り付けにされていた。

「あ、あの、これはやり過ぎでは?」

 珍しくビスコッティが、先に声を出して苦笑した。

「全然。干してるっていったじゃん。制服は自動洗浄と自動乾燥がついてるから、放っておけばよし。食べようか!!」

 リズが笑って、網の上に肉だの野菜だのを置き始めた。

「あの、杖が手に入ったばかりで生意気ですが、なにか攻撃魔法を教えて下さい。マルシルはエルフ魔法なので、人間では使いこなせないといわれてしまって」

 元気よく肉などを焼くリズが、クスッと笑った。

「さて、専門家的はどうみるかな?」

 リズが小さく笑みを浮かべた。

「そうだねぇ、二人とも杖に魔力を通して」

 私がいうと、キキが立ち上がって杖を構えた。

「あとは、エルフ魔法じゃ強すぎる時があるからマルシルも!!」

 マルシルが頷き、そっと立ち上がって控えめに杖を構えた。

「はい、やってみて」

 私の合図で二人の杖が微かに光り、時折放電現象も発生した。

「……攻性の杖か。かなり強力だけど、二人ともちゃんと制御できてるね。でも、これだと強力すぎて高威力の魔法はまずいな」

 私はしばし考え、じっとこちらを見ていたリズに視線を送った。

 リズが小さく笑みを浮かべて頷き、私も小さく頷いた。

「二人とも、杖がかなり攻撃寄りでそういう意味では私は得意だけど、慣れるまでは基本的なものだけね。リズのファイア・アローを借りて教えるから、それで練習してみて」

 慣れたもので、なにもない場所にリズが結解で壁を作り、私たちを導き入れた。

「ここなら練習しても問題ないよ。ファイア・アローは貸しておくから、好きなだけ使って!!」

 リズが笑ってバーベキューコンロに戻っていき、杖を構えた二人が私の前に立った。

「よし、杖を使う場合は必ず事前に杖のコンディションを確認すること。これはもう出来ると思うけど、杖に魔力を通せば分かるからね!!」

 杖に魔力を通すとは、持つ手から杖に魔力を放出する事だ。

 基本中の基本だが、うっかり忘れて暴発という事故が多いのも確かだった。

「二人とも準備出来た?」

「はい、大丈夫です」

「はい」

 私の問いにキキとマルシルが応えて、私に背を向けて並んだ。

「キキとマルシル、もっと距離を開けて。お互いに干渉しちゃって失敗するから!!」

 私の声で、キキとマルシルが距離を大きく開けて、横並びになった。

「借りたから特別に呪文を表示するよ!!」

 私は呪文を唱え、二人の眼前に『窓』を開き、短い呪文を表示させた。

「覚えたら試射だよ。危ないから一本だけ。スタンバイ……ファイア!!」

 私の声と共に二人の杖先から炎の矢が一本飛び出て、結界の壁に当たって消滅した。

「よし、マルシルは今さらだろうけど、反復練習の意味もかねて。キキも大丈夫そうだね。覚えるのが早そうで助かるよ」

 私は小さく笑みを浮かべた。

「あの……師匠。私に魔法は?」

 なんか、恨めしそうな感じで、近寄ってきたビスコッティが私の肩を掴んだ。

「な、なんでビスコッティまで!?」

「……だって、教えてくれないんだもん」

 ビスコッティがぷくっと頬を膨らませた。

「か、可愛いけどビスコッティって大人だよ。私にそれをやっても、意味がないよ!?」

「いえ、意味があります。こうすると、なんか一個くらいは教えてくれるんです!!」

 ビスコッティがさらに頬を膨らませた。

「ダメ、十分自分で開発出来るでしょ!!」

 魔法は教わるものではない。作るものである。

 これが、魔法使いの原則だった。

「ケチ!!」

 ビスコッティがさらに頬を膨らませて迫ってきたので、私はその頬に思い切りチューしてやった。

「貴様にはこれで十分だ!!」

「ぎゃあ、なにするんですか。こういうモノは、大事な時に取っておくものです!!」

 ビスコッティが私に平手を撃った。

「……ほら、治った」

 私はニヤッと笑みを浮かべた。

「し、しまった。師匠ごときにハメられた!?」

「……クビにして欲しいの?」

 私は苦笑した。

「おーい、そっちは終わったの?」

 結界の外で焼き物をしていたリズが声を掛けてきた。

「あっ、ごめん。今終わったよ。お返しに、えっと……」

 私は結界壁に手をかざし、呪文を唱えた。

 私の目の前に『窓』が開き、そこに並んだ呪文を手直しして、コンパイルの魔法を使った。

 エラーが何も出ず、両手に残った紙に転記された先ほどの呪文を流し読みで確認すると、その紙を持ってリズの元に向かった。

「これ、さっきの結界を非精霊系にしたヤツ。ファイア・アローのお返しね!!」

 私が紙を渡すと、リズはきょとんとした表情を浮かべた。

「あれ、あの程度の魔法ならタダでいいくらいだし、みんな真似しまくっているから今さらだったんだけど、律儀だね。へぇ、あの結界も大したものじゃなかったんだけど、非精霊系バージョンか。研究の価値ありだな……」

 リズが逆に困ったように頭を掻いた。

「こらぁ、リズ。なにやってくれてるの。下ろせ!!」

 タイミングがいいのか悪いのか、目を覚ましたパトラが壁に張り付けられたまま、ジタバタしはじめた。

「あっ、起きたな。今は待って、スコーン。焦げないように気をつけてて!!」

 リズが近くのハンモックに横になり、私が渡した紙を熱心に読み始めた。

「ふーむ、エルフ魔法に近いのか。微妙に分かるような、分からないような……」

 どうやら研究モードに入ってしまったようで、リズは壁でギャーギャーいってるパトラを無視し続けた。

「こ、これって、助けた方が……」

 私が思わず動こうとすると、いきなり特大の『窓』が眼前に開いて、五分からカウントダウンが始まった。

「……なるほど、五分は動くなと。みんな、焼けちゃうから先に食べよう!!」

 私は苦笑して、やや焼きすぎの肉や魚介類を大皿に取り始めた。

「あっ、なんか食ってる。食ってやがる。ムカつく!!」

 パトラがどうにかこうにかしようとジタバタしながら叫んだが、ここはリズの領分なので私は聞こえない事にした。

「あ、あの、可哀想ですが……」

 キキがホタテを開けながら、チラチラパトラを見たが、私は苦笑した。

「今は、リズとパトラの時間だよ。よその研究者が口だししたらダメだからね。無意味にみえても、きっとなんか意味があるはず」

 私は小さく笑みを浮かべた。

 しばらく騒いでいたパトラだったが、タイマーが三分を切る頃になって、静かに黙ってしまった。

 さらに時間が過ぎて、五分ちょうどになるとリズはハンモックから下りて、静かになってしまったパトラを壁から下ろして、黙ったままパトラにパンツを履かせた。

「よし、食ってこい!!」

 リズの声に頷き、パトラはなぜか私にしがみついて泣き始めた。

「いうこと聞くよぉ、なにか食べさせてよぅ!!」

「な、なんで私なの!?」

 瞬間、ビスコッティが大笑いした。

「本当の子供の甘えはこんな程度ではないですよ。おいで、お姉ちゃんじゃダメ?」

 ビスコッティが食べ物が載った小皿を、パトラに向かって差し出した。

「嫌、こっちがいい!!」

 パトラが顔を横にプイッと向けた瞬間、ビスコッティがすかさず先ほどのお皿を私に手渡した。

「な、なんでもう……」

 私はパトラが求めるままにせっせと食べ物を与え続け、一息吐いてほっとため息を吐いた瞬間、パトラのが赤黒くなった。

「あ、あれ、やっちゃった?」

「やっちゃったどころじゃないよ。どうしようかと思ったよ」

 私は空になった取り皿をテーブルに置き、額の汗を拭いた。

「アハハ、驚いた。コイツって寂しがり屋だから、誰かがいなくて不安になるとこうなっちゃうんだよ。それにしても、いい物もらったな」

 リズがさっきの紙をピラピラさせると、パトラが不思議そうな顔をした。

「それ、どうしたの?」

「うん、スコーンからのお礼だって。今さらだったんだけど、助手の指導にファイア・アローを使っていいよっていったら、お礼に非精霊系バージョンの結界魔法の呪文をもらったよ。この辺りの発音が面倒なんだよね。魔法使いの命、滑舌の良さはバッチリなんだけどな……」

 リズが頭を掻きながら、まだ焼いていなかった食材を焼き始めた。

「へぇ、面倒なの?」

「うん、ぶっちゃけこれでファイア・アローを書いたら、途中で頭がパンクしちゃうよ。今度やってみるけど……」

 リズが頭を掻きながら紙をしまうと、私にべったり張り付いていたパトラがニマッと笑みを浮かべた。

「スコーン、超絶掘削出来る魔法って出来る。非精霊系バージョンで!!」

「ん? 出来ると思うけどなにに使うの?」

 私は苦笑した。

「ほら、温泉掘ったりあると便利でしょ。どうかな?」

「じゃあ、宿題出すから、試しに解いてみて」

 私は笑みを浮かべ、眼前に巨大な『窓』を出現させた。

 そこには、私が思い描いた呪文が次々に記されていった。

「よし、こんなもんか。コンパイル」

 コンパイルの魔法が大量のエラーを吐き出した事には気にせず、私はそのまま紙に転記したものをパトラに渡した。

「絶対ミスっちゃいけないところをちゃんと書いて、あとは適度に嘘と正解を混ぜておいたよ。ちゃんと解ければ、その超絶掘削魔法が出来るよ!!」

 私が笑うと、パトラは小躍りしてハンモックに座り、肉が焼けるまでの間楽しそうに眺め始めた。

「ビスコッティ、私は恥ずかしいぞ。いきなり魔法一個くれなんて躾けした覚えはないからね!!」

「……はい、ごめんなさい」

 ビスコッティがしゅんとして、付け合わせだかなんだかのワカメを食べはじめた。

「なに、パトラにもくれちゃうの。気にいちゃった?」

 リズが笑って、肉が焼けたぞっと声を上げた。

「気に入ったもなにも、超絶掘削出来る魔法なんて発想もなかったよ。こういう人は、よくいる偉そうなだけの魔法使いにはならなから、お近づきになっておいて損はなし!!」

 私が笑うと、仕切りの向こうから犬姉がやってきた。

「色々打ち合わせしていてね。取りあえず、ターゲットはビスコッティだって特定出来たよ。寮の家族部屋も一時的に場所を変えておいた。全員無事だぞ!!」

 犬姉が鍵をビスコッティに投げて渡した。

「やっぱりそうか。実家は見逃すわけないって思っていたけど、今頃になって嗅ぎつけたか。クランペットは?」

「うん、端から対象外だよ。隣家で遊んでいただけの相手だもん。実際は色々あっただろうけど」

 犬姉が椅子に座り、肉を小皿に取り始めた。

「なら、まだよかった。師匠、私が実家を飛び出た時、まだ生まれてもいなかったんですよ。不思議な関係なんです」

 ビスコッティが苦笑した。


 いきなりのバーベキューも片付けを終え、夕方近くまで研究室で喋ったあと、警備に向かうというリズとパトラと分かれ、私とビスコッティは自転車で校庭までやってきた。

「そういえば、これの代金も支払っておかないと。忘れていたよ」

 私は苦笑した。

「代金ですか?」

 ビスコッティが不思議そうな顔をした。

「これ、いつの間にかパクっちゃった。これ開発するの大変だったと思うよ」

 私は苦笑して、素早く呪文を唱え右手を前方に突き出した。

「オメガ・ブラスト!!」

 右手の平から純白の光りが吹き出て、ひたすら広い校庭の反対端近くで小爆発を起こした。

「これ、四大精霊系では最強だろうね。ここまでの各精霊力バランス取りは、もう人間業とは思えないよ」

 私は笑った。

「はい、私がみてもそう思います。生まれつき、潜在性霊力のバランスがいいのでしょう」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

 潜在性霊力とは、この世界にあるもの全てに秘められた精霊力の事だ。

 当然、人間にもそれはあり、基本的に得意分野となる一つの潜在精霊力以外はそこそこというパターンだが、中にはそれが二つや三つあるという、一種の特異体質の人もいる。 ビスコッティもその一人で、一番強い水の精霊力の他は地と風がとても高いので、通常では困難な魔法を作る事も比較的簡単に作る事が出来た。

「ヒヒヒ、教えてやろう。あたしは四つ全ての潜在精霊力が一定以上、つまり『カルテット』なんだな!!」

 いきなり背後から頭を叩かれ、リズの声が聞こえた。

「えっ、『カルテット』なの!?」

 私は背後を振り向き、得意満面のリズに声を上げた。

 カルテットとは、先ほどの潜在性霊力の強さが四つ全て一定以上という、まず滅多にお目にかかれないタイプだった。

「うん。だから、ここでもどっか異端視はされていたよ。さっきのオメガ・ブラストだけど、村の魔法学校で落書きからはじめて、カリーナの初等科が終わる頃に完成したから、十年以上はかかってるよ。カルテットでこれじゃ、普通の人はまず完成しないだろうね。そこで疑問だったんだけど、これちょっとパクった程度の魔法じゃないんだよ。呪文を読み解いても、あたしに合わせてあるから発動条件を揃えるだけで、もうギブアップだろうね。だから、断言していいけど、スコーンもカルテットのはずなんだな。魔法学校で絶対に潜在性霊力の編成試験やってるはずなんだけど、なんかいわれなかった?」

 リズが苦笑した。

「そういえば、私の時だけなぜか機械が故障して、まあいいだろう程度で済まされていたな。なんでか、今まで疑問に思わなかったけど」

「それだよ。いい加減な検査するなっていいたいなぁ。カルテットなんてまずないから、普通にやったら機械なんてぶっ壊れるよ。どれ、ちょうどいいから見てみるか。動かないでね」

 リズは私の顔の前に自分の右手の平を掲げ、呪文を唱えた。

 すると、リズの右手の指に色々な色をした光りが点り、やがて『赤』『青』『緑』『茶』の四つの光りが親指から薬指までそれぞれ並んだ。

「ふぅ、かなり強烈だね。間違いなくカルテットだよ。強さを見ようと思ったけど、これ以上は安全のためって仕込んでおいたリミッターが作動して無理だ。ついでに魔力をみたけど、これもぶっ飛んだ値だね。でも、私の方が上だから許す!!」

 リズが笑って手を引っ込め、困ったなという感じで、ビスコッティをみた。

「ほら、ぼんやりしてないの。お宅の上司がカルテットの上に裏ルーンの使い手だよ。しっかりビシバシしないと、なにやっちゃうか分からないよ!!」

 リズが笑った。

「は、はい……師匠がカルテットなんて、かなり衝撃でした。私がしっかりしないと、ビシバシしばかないとダメですね」

 ビスコッティが笑った。

「よし、ここまで教えた謝礼を請求しよう。オメガ・ブラストの裏ルーン版を作ってくれる?」

 リズが笑った。

 私がビスコッティをみると、笑みを浮かべて頷いた。

「いいよ、すぐ出来る。非精霊系は潜在性霊力は関係ないからね。単純な魔力だけでどこまでも強力になるけど、信じてるからリミッターなんて入れないよ。この魔法を大事にしてるのが分かるもん。変な使い方はしないでしょ」

 私は目の前の『窓』に浮かべた呪文の文字列を丁寧に見直し、コンパイルした。

「ビスコッティ、試射!!」

「はい、出来てます!!」

 私は紙に記された呪文を読み上げ、激しく魔力光が光った瞬間にビスコッティの魔法でキャンセルされた。

「よし……」

 再び開いた『窓』にオススメの改良点がいくつも並び、私は一つ一つ検討して必要な場所は修正した。

「さて、もう一回コンパイルして……出来た」

 私は長々と書かれた呪文精製までの経緯と共に、魔法名を当然「オメガ・ブラスト」に設定した。

「はい、長いけど最後の方にある赤文字が実際に唱える呪文だから、そんなに難しくないと思うよ」

「おっ、もう出来たんだ。注文いいかな。魔法名は『オメガ・ブラスト・カルナス』に変更出来る? カルナスは友情っていう意味だよ!!」

「分かった、もう直したよ。タイトルを直すような感覚だから、すぐにできるよ」

 私が笑みを浮かべると、リズはイタズラっぽい笑みを浮かべ、私と並んだ。

「いくよ、オメガ・ブラスト・カルナス!!」

 リズは大きく叫び、両腕を前方に突きだしたが、なにも怒らなかった。

「まだ裏ルーンの意味が分からないだろうから、いきなりは撃てないよ。裏ルーンの方が面倒かも」

 私は苦笑した。

「そんな事は分かってる。久々にきたよ、魔法使いとしての刺激が。辞書はいつでも読んでいい?」

「うん、いいよ。貸し出しは出来ないけど、私が研究室にいるときは大体バーベキューやってるから!!」

 私は笑った。

「さて、それじゃ配置につかないとね。ビスコッティは、基本的にはなにもしないで。こういう時は、ちゃんと頼りなさい!!」

 リズが笑った。

「はい、そうします。まさか、家族部屋というわけにはいかないので、寮の部屋は融通を利かせてもらわないといけませんね」

「アハハ、それは大丈夫だよ。スコーン部屋にいる邪魔っ気な神は、私の部屋に一時移動してもらったから。部屋はそこでいいでしょ?」

 リズが笑った。

「邪魔っ気って……。まあ、そういう事なら慣れてるからいいか。ビスコッティ、また同室だよ。いい加減飽きない?」

「飽きません。なにするか分からないので、ビシバシやるのが楽しみなんです!!」

 ビスコッティが大笑いした。

「変な趣味……。まあ、いいや。これで体勢は完了したかな」

 私は伸びをして、夕闇染まる空を見上げた。


 その夜、学食で適当に買い込んだパンやらなにやらを、ビスコッティと部屋で食べていると、扉がノックされた。

「はい」

 私はあえて抑揚のない声で返事をして、そっと拳銃を抜いて扉に近寄った。

『パステルです。大変な事になっていると聞いたので、様子を伺いにきました』

 扉の向こうからパステルの声が聞こえ、私は息を吐いて拳銃を下げ、そっと扉を開けた。「うわっ、撃たないで下さい!?」

 パステルが慌てて飛び込むように部屋の床に転がった。

「あっ、ごめんなさい。声真似までする者もいるので……」

 ベッドの陰に隠れ、私のバックアップをしていたビスコッティが、苦笑して拳銃を抜いたまま床に座った。

「ビスコッティ、私を盾に使ったな。まあ、今回はビスコッティの護衛だから、これはこれでいいか」

 私は拳銃を抜いたまま、ベッドに戻って座った。

「あの、なにがあったんですか。夜になったら、寮や校舎中にフル武装の警備の方がウロウロしはじめましたし、ただ事ではありません」

 パステルが不思議そうに聞いてきた。

「そうだねぇ、ビスコッティが原因といえば原因なんだけど……」

 私が目配せすると、ビスコッティが苦笑した。

「私の実家は表向きは普通の商家なのですが、裏側ではあまり大きな声ではいえない商売をしているんです。薬物ではありませんよ。『濡れ仕事』で通じますか?」

 パステルが真顔になって頷いた。

「はい、私はそれが嫌で堪らなくなって、十才の時に親友のクランペットと逃げ出したんです。世界を色々回って王都の研究所で師匠と奇跡的な出会いをしてから、今までずっと過ごしていたのですが、とっくに諦めたと思っていた実家にここを嗅ぎつけられたらしく、恐らく襲撃は今夜か明日だろうということで、皆さんが防御して下さっているのです。これが、騒ぎの理由です」

 ビスコッティは拳銃からマガジンを抜き、残弾を確認してから元に戻した。

「なるほど、そういう事であれば、私も全力で支援します」

 パステルが笑みを浮かべ、空間に開けた穴から多量の重火器を取り出した。

「……おいおい、戦争になっちまうぞ」

 私は苦笑した。

「この部屋が拠点なんですね。罠の配置は?」

 パステルが山積みになった武器から、クレイモア対人地雷を取り出しながら笑みを浮かべた。

「それが、今回はお任せだから、あんまり配置が分かってないんだよ。勝手に罠なんて仕掛けたら危ないし、ここで大人しくしているべきだね」

 私が笑うと、パステルは頷いて引っ張り出した重火器を片付け始めた。

「恐らく、四人ぐらいの編成でくるはずです。仕事の性質上、大人数で一気にというのはあり得ませんし、最低人数の二人では心許ない。そんなところでしょう」

 ビスコッティは小さくため息を吐き、拳銃を見つめた。

「このカリーナにそんな少人数でくるんだ。だから、逆に身軽に動けると……厄介だね」

『そういう事。あなたたちは、その部屋で大人しくしてなさい!!』

 いつの間にかトークボタンを押していたようで、無線のインカムから犬姉の笑い声が聞こえた。

「犬姉、大丈夫?」

『うん、終わったよ。みんなでまだ索敵してるけど、サボって煙草吸ってたリズとモロに遭遇して重傷で、私が軽傷くらいだよ。敵四人は綺麗に始末したから安心して!!』

 犬姉が笑った。

「重傷って、リズが怪我しちゃったの。大丈夫!?」

『止血も済んだし大丈夫だよ。もうちょと血を抜くかってくらい、ベッドで大暴れするから拘束されちゃった。今は寂しい病のパトラをあやしてる!!』

 犬姉がケラケラ笑った。

「……こ、これがプロの会話だ。怪我ですら、冗談に聞こえる」

 私は冷や汗を流した。

「師匠、これは例外ですよ。それにしても、師匠を守るはずが自分が守られてしまいました。自分が怪我する覚悟はありましたが、リズが怪我をしてしまったとなると、なにかお礼をしないと……」

 ビスコッティは油断なく拳銃を持ったまま、椅子に座って窓の外を見つめた。

『こら、イテテ。ビスコッティが気にする事じゃない。だから、そこを乱暴にすんな。今回の雇い主はカリーナだよ。プロの端くれとして、怪我と弁当は自分持ちって分かってるし、お礼など気持ちだけで十分だ……な、なにそれ、ダメ。注射も点滴もダメ。やめてー!!』

 いきなり飛び込んできたリズの無線が、ぷっつり切れた。

「……大変な事態らしい。ある意味」

 私は苦笑した。

「はい、確かに怪我と弁当は自分持ちなのです。その分も込みで引き受けるものです。気持ちだけですか……後日、パブタイムでお酒を奢りましょう」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「そうだね。それにしても、今夜は静かだったね。まあ、うるさくしたら、仕事にならないだろうけど」

 私は拳銃をしまって笑った。

「はい、お話しになりません。今日はもう遅いです。床でよければ、パステルもここがいいでしょう」

 ビスコッティが小さく笑みを浮かべた。

「はい、そのつもりできました。見張りは任せて下さい!!」

 パステルがサブマシンガンを片手に笑みを浮かべた。

「よし、じゃああとは任せるしかないけど、先に休もうか!!」

 私とビスコッティはそれぞれのベッドに横になり、そっと睡魔に身を任せたのだった。

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