第15話 南国の風(改稿)

 翌朝、早めに起きた私はビスコッティと犬姉を連れて、飛行場の駐機場にいた。

 この前の嵐で倒れたYS-11を直す作業は順調に進んでいるようで、見た目はほぼ元通りになっていた。

「直るのかなって思っていたけど、よかったよ」

 私は小さく笑みを浮かべた。

「はい、師匠。ここで出来るのは、あくまでも応急処置までです。なんとか飛べるようになっても人は乗せられませんので、入れ替わりで無事なもう一機が向かっています」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「そっか、派手にぶっ壊れたけど、飛べるには飛べるんだね」

 私は笑った。

「まあ、頑丈な機体だからね。もうちょっとで、応急処置が終わる感じだね」

 外観は元通りになった飛行機が、エンジンの試運転を開始した。

「外で聞くと爆音だね。このプロペラの音がいいねぇ」

 私は笑みを浮かべた。

「おっ、プロペラ好きとは趣味が合うじゃん。ジェットも捨てがたいけど、やっぱこれだよね!!」

 犬姉が笑った。

「うん、これがいいんだよ。ジェットは速すぎる!!」

 私は笑った。

「師匠、空荷じゃもったいないと、カリーナの学生が乗っているそうです。中等科でヨーコとルブルム。歓迎しましょう」

 背中に背負った無線機の受話器を片手に、ビスコッティが笑みを浮かべた。

「へぇ、学生ね。中等科か、知らない名前だね。歓迎の準備よろしく」

 私は笑みを浮かべた。

 そのまま三人で雑談していると、仮復旧作業が終わったようで、駐機していたYS-11がプッシュバックされて駐機場を出た。

 甲高いエンジン音と共に誘導路を進み、滑走路に入ったYS-11は特に問題もない様子で離陸していった。

「よし、飛んでいったね。近くに修理出来る場所あるの?」

「いえ、カリーナに戻るのが一番早いです。管制塔からの情報だと、天候は安定している様子です。無事に着くと思いますよ」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「また、長旅だねぇ。無事ならいいけど。私たちはいつ帰るの?」

「はい、外出許可期限は一週間です。荒っぽい皆さんたちも、昨日の戦闘後はキャンプ設置に取りかかっていますが、私たちは特に用事がありません」

 ビスコッティが笑みを浮かべて頷いた。

「荒っぽいね……。そういえば、昨日はみんな無事だったかな。アシド・ワームって結構強敵なんだけど……」

「うん、みんな無事だよ。そりゃ、怪我人は多数でたけどね。あんなのにやられるほど、ヤワな訓練してないから!!」

 犬姉が笑った。

「それならいいけど……。ビスコッティ、学生の二人を乗せた飛行機っていつ頃到着なの?」

 私が聞いた時、頭上をC-17輸送機が轟音を立てて通過していった。

「はい、昨日の深夜にカリーナを発ったので、それほど掛からないと思います。管制塔に確認してみましょう」

 ビスコッティはインカムを耳につけ、管制塔と交信を始めた。

「師匠、今は最終着陸態勢に入っているそうです。あと三十分も掛からない見込みです」

「三十分ならここで待っていようか。それにしても、あのポンコツ滑走路が随分立派な空港になったね」

 私は辺りを見回して笑った。

 駐機場にはC-130輸送機が駐まっていたが、余裕であと二、三機は駐まれそうな広さがあった。

「はい、王宮魔法使いの皆さんが気合いを入れて修繕したようなので。師匠も、なにか作りたいものがあったらどうですか?」

「そうだねぇ、これで温泉とかあればいうことないんだけどね」

 私は笑った。

「温泉ですか、いいですね。出るかどうか分かりませんが、調査の手配をしましょう」

 ビスコッティが笑みを浮かべ、背負っている無線機でどこかと交信を始めた。

「おーい、コッティ。通信が終わったら、久々に勝負しようよ!!」

 犬姉が上着を脱いで、タンクトップ姿になった。

「また、勝負するの。懲りないなぁ」

 交信を終えて無線機を地面に降ろしたビスコッティが、苦笑してポケットからなにかを取り出して犬姉に放った。

「師匠、訓練用のナイフです。切ったり刺したりは出来ません。安心して下さい」

 ビスコッティが笑みを浮かべ、私をそっと離れた場所に連れていった。

「ここは広いしいい感じだよ。それじゃ、始めようか」

 犬姉が笑みを浮かべ、訓練用のナイフを構えた。

「師匠、これで何度目か分からないほどの犬姉との勝負なんです。なぜか、私に勝ちたいようで」

 ビスコッティもナイフを構え、犬姉と向き合った。

「ちょっと、二人とも怪我しないでよ!!」

 この私の声を合図にしたかのように、二人はナイフ格闘戦を始めてしまった。

 派手な技の応酬は見て取れたが、私の目ではよく分からなかった。

「……ビスコッティが戦うところって、あんまりみないな」

 私は苦笑した。

 しばらくやり合っていた二人だったが、ビスコッティが犬姉を一本背負いで投げたところで、決着がついたようだった。

「イテテ……。また負けちゃったよ、狙撃じゃいい勝負出来る自信があるんだけどな」

 犬姉がコンクリートから身を起こして、苦笑した。

「狙撃ではもっと負けないよ。甘い!!」

 ビスコッティが笑った。

「ビスコッティって強かったんだね。もちろん、話には聞いていたけど」

 私は笑った。

「強いなんてもんじゃないよ。安心して護衛を任せるといいよ」

 上着を着ながら、犬姉が笑った。

「師匠、私が戦う時はもう後がないときです。気をつけて下さいね」

 ビスコッティが笑った。

「さて、これでビスコッティとの挨拶も済んだね。次はスコーンかな」

 犬姉がコンクリ路面に放り出されていた模擬戦ようのナイフを拾い上げ、私に向かって放ってきた。

「ほえっ!?」

 思わずそのナイフを受け取ってしまい、私は思わず変な声を出してしまった。

「結構、やるって聞いてるよ。手加減なんかしないから、全力でぶつかってきてよ。こりゃ楽しみだね!!」

 犬姉がナイフを構えて腰を落とした。

「び、ビスコッティ!?」

「師匠、やってください。これが、犬姉式なんです」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「そういう事、テストじゃなくてご挨拶みたいなもんだから、気にしないで!!}

 犬姉が笑い、ビスコッティが私の手にある模造ナイフを手に取って、基本的な構え方を教えてくれた。

「うーん、せめて剣なら……」

 私は小さく息を吐き、ナイフを構えた。

「それじゃ、いくよ!!」

 犬姉が私との間合いを素早く詰め、首を狙ってきた模造ナイフを、私は手にした模造ナイフで受け止めて払った。

 続けざまに放たれる犬姉のナイフを私はひたすら受け止め続け、ふとみせた隙に犬姉に体当たりした。

「おっと……」

 それでバランスを崩した犬姉の首を狙ってナイフを突き出すと、体勢を崩しながらも犬姉は器用に私の模造ナイフを避け、そのままコンクリの上を転がって犬姉が体勢を立て直した。

「なるほど、聞いていた以上にやるじゃん。私はもう一本使うけど、卑怯だから貸しておくね」

 犬姉が模造ナイフを放り、私はそれを受け取った。

「に、二本って……こうやるのかな」

 私は構えを採る犬姉を真似て、二本のナイフを構えた。

「ビスコッティ、これでいいの?」

「師匠、ナイフ二本は難しいですよ。一本の方がいいかも知れませんが、犬姉のお誘いなら受けておいて損はないですよ」

 ビスコッティが苦笑して、私の構えを丁寧に修正した。

「よし、これで気合い入ったね。ナイフは私の専門じゃないけど、苦手ってほど下手くそじゃないよ。ぶん投げちゃうかもね!!」

 犬姉が楽しそうに笑い、私が模造ナイフを構えて一息吐くと、一気に間合いを詰めてきた。

 素早く突き出される二本のナイフを後ろに跳んで避け、さらに迫る犬姉の切っ先を必死にナイフで防いでいると、ふとした拍子に犬姉がナイフを捨て、いきなり私の襟首に手を伸ばした。

 ほぼ反射の動きで私もナイフを捨て、犬姉が突き出した手を身を回転させるようにして避け、その勢いで犬姉の手を掴んで思い切り投げ飛ばした。

「……あっ、投げちゃった」

 私は頭をポリポリ搔いた。

「このぉ、やったな!!」

 素早く身を起こした犬姉が笑った。

「師匠、いつの間に……」

 ビスコッティがポカンとして私をみて、目に涙を浮かべた。

「び、ビスコッティ、なんで泣くの!?」

「は、はい、いつの間にか師匠が立派になったなぁと。相手は現役ですよ。遊びノリとはいえ、決めに掛かった一瞬は本気ですからね」

 ビスコッティが鼻を鳴らした。

「マズい、犬姉。ぶん殴って!!」

「はいよ!!」

 犬姉がビスコッティを思い切り殴り飛ばした。

「違う、ビスコッティじゃなくて私を殴り飛ばしてってもう遅いよ。なんで嬉しそうな顔をして泣いてるのか分からないけど、ビスコッティって泣いちゃうと大変なんだよ」

「なんだ、そういうことか。ビスコッティなら平気だよ。これ、新品のプレゼント。嬉しいかどうか分からないけど、まあ、使ってやって!!」

 犬姉が笑って、私に鞘に収めてあるナイフを手渡してきた。

「えっ、あんまり使わないと思うけど……」

「いざって時は、一本のナイフがものをいうよ。あーあ、負けちゃったか!!」

 犬姉が笑った。

「……いいナイフっぽい。いいのかな」

 私はナイフを鞘から抜いてみた。

「うん、いいかどうかはわからないけど、私が愛用しているものと同じモデルだよ。頑丈だし、使いではあると思うよ!!」

 犬姉が笑みを浮かべた。

「そうなんだ、ありがとう」

 私はナイフの鞘をベルトに付け、笑みを浮かべた。

「これで、師匠も通販で買った安物とお別れですね。このくらいじゃないと、役に立たないので」

 いきなり復活したビスコッティが、私の肩を叩いて小さく笑った。

「う、うん。なんか、重たいナイフだね。これが、プロ御用達か」

 私は苦笑した。

「師匠、そろそろ着陸してくると思いますよ。準備しましょう」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「あっ、もうそんな感じなんだ。準備しないとね」

 私は乱れた服装を正し、空を見上げた。

 明るい空でもはっきり分かる、強力な着陸灯を点灯させた飛行機が、滑走路目指して降りてくる様子が見えた。

「家ではすでにクランペットとキキが準備しています。パステルとマルシルは、近場の森で食べられるものを探すといっていました」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「よし、私たちはここで待つか!!」

 犬姉が笑った。

「そうだね、出迎えないと悪いから」

 私は笑みを浮かべた。


 しばらくして、降りてきたプロペラ機が重低音を響かせながら滑走路を駆けていった。

 誘導路を進んだ飛行機が駐機場に入ってきて駐まり。前方の扉が開いてステップが下りると、カリーナの制服を着た元気そうな二人が降りてきた。

「こんにちは、先生。お邪魔します。私がヨーコでこっちがルブルムです」

 私の前にきた一人のうち、やや日焼けして麦わら帽子を被ったヨーコがニカッと笑みを浮かべた。

「先生って……ああ、そうか。なに、暇だったの。よろしく」

 私は笑みを浮かべて、ヨーコとルブルムに握手した。

「はい、期末試験の準備期間で授業がないので、気分転換がてらきました」

 ヨーコが笑った。

「そっか、なにもない島だけど、遊んでいって!!」

 私は笑った。

「では、師匠。いきましょうか」

 ビスコッティに頷き、私たちは家に向かって歩いていった。


 大きな家の前にいくと、マルシルとキキが石を積み上げて花壇を作っていた。

「あれ、なにか始めたの?」

「はい、少し殺風景なので、森で採取した植物でも植えようかと」

 マルシルが笑みを浮かんだ。

「それはいいね。確かに、広いだけだから」

 私は笑みを浮かべた。

「あの、パステルは途中で見つけた洞窟に、秘密基地を作るって張り切っていましたよ」

 キキが笑った。

「なるほど、パステルらしいね。一人で大丈夫かな」

「はい、それほど深い洞窟ではないですし、安全は確認済みなので。お客さんですか?」

 キキが笑みを浮かべた。

「うん、中等科の学生だって。ちょうど昼だし、ご飯はまだかな」

「いえ、もう出来ています。クランペットさんが、ちょっと前からせっせと山菜を揚げ始めていますので、ちょうどいいかもしれません」

 キキが頷き、私は笑みを浮かべた。

「そういや、リズとパトラはどこいったの。朝から姿が見えないけど」

「はい、建設中のファン王国海兵隊のキャンプをみてくると、車に乗って出たきりです。もう予定の時間なので、じきに戻ってくると思いますよ」

 キキが笑った。

「そっか、なら先に入っているよ」

 私は笑みを浮かべ、家の玄関扉を開けた。


 家の中には食事のいい匂いが漂い、滅多にみないピンクのエプロン姿のクランペットがキッチンでなにやらやっていた。

「あっ、ご飯まだです。もう少し待ってください」

 クランペットが菜箸を片手に声を掛けてきた。

「うん、ありがとう。それじゃ、適当に休もうか」

 私たちは適当に椅子に座り、犬姉とビスコッティが缶ビールで乾杯した。

「先生の専門は攻撃魔法と聞いていますが、どんな魔法なんですか?」

 私を取り囲むようにして座ったヨーコが、興味深げに聞いた。

「どんな魔法か……まあ、攻撃魔法は可能な限り使わない。なるべく避けるっていうのが鉄則なんだよ。何でも破壊しちゃうし、出来る事なら使わない。そういう意味では、私が使うのはちょっと大袈裟な魔法かもね」

 私は笑った。

「あの、先生の論文を読むのが日課なんです。とても面白くて好きですよ」

 ルブルムが笑った。

「あれ、そういうえば中等科にリズって先生がいないかな。仲良しなんだけど……」

「はい、とても有名ですが、私たちのクラスは担当ではありません。よく校庭で爆発させて遊んでいる感じなので、面白そうかと」

 ヨーコが笑った。

「あ、遊びで爆発ね……。ん、そのノートってもしかして研究ノート?」

 ヨーコとルブルムが手に持っていたノートを見つけ、私は笑みを浮かべた。

「はい、色々考えているのですが、難しいもので……」

 ヨーコとルブルムが同時にノートを差し出してきた。

「どれ、どんなかな……」

 私はまずヨーコのノートをみた。

「……おっ、非精霊系ばかりか。なかなかやるね」

 私は笑みを浮かべ、まだ書きかけの呪文をみた。

「……こりゃいかん。事故る」

 私はペンを取り出し、その呪文を二重線で消して、危険だからダメと記した。

「あれ、ダメでしたか。いい線いってると思ったのですが……」

 ヨーコが苦笑した。

「うん、失敗すると王都ぐらいの街を、根こそぎ強重力場で押しつぶす可能性すらあるからね。基本的に、重力場制御系の魔法は開発しない方がいいよ。使い勝手が悪くて大変だし」

 私は苦笑した。

「それでっと、ルブルムも非精霊系か……。これは面白いけど、魔力は大丈夫なの?」

「はい、魔力が足りないので、発動すらおぼつかないのです。でも、この呪文でしか出来ない事なので、困ってしまって……」

 ルブルムが苦笑した。

「うん、だったら杖を使ってみたらどうかな。木製の杖なら魔力増強効果が期待できるし、そんなに重くないしね。試しに一本揃えてみなよ」

「杖ですか、考えてもみなかったです。ありがとうございます」

 ルブルムが笑みを浮かべた。

 三人でしばらく魔法談義に花を咲かせていると、外からエンジン音が聞こえて、リズとパトラが入ってきた。

「おう、帰ったぞって、中等科の子じゃん。よく顔をみるから覚えているけど、隣のクラスの子だね」

 リズが小さく笑ってから、冷蔵庫に向かっていって、缶ビールを二本取り出し、一本をパトラに手渡した。

「うん、なんか試験前の息抜きみたいだよ」

 私が笑うと、リズは笑ってビールを一気飲みした。

「なに、余裕じゃん。そのくらいがいいか!!」

 リズは上機嫌で近くの椅子に座った。

「なに、二人とも非精霊系なんだ。って事は、攻撃魔法好きだね。基本的に、非精霊系は攻撃系しかないから」

 近くに座ったパトラが笑った。

「はい、ぶっ壊すロマンが……」

 ヨーコが笑った。

「それはダメだね。ぶっ壊すならぶっ壊す。ぶっ壊さないならぶっ壊さない。これ、大事!!」

 私は笑った。

「なに、授業してるの?」

 三本目の缶ビールを飲みながら、リズが笑った。

「そんなつもりはないんだけどね。リズってぶっ壊すの好きなの?」

 私は笑った。

「好きかな、嫌いかな……。まあ、分かるでしょ。おい、クランペット。メシはまだか!!」

 リズが笑ってキッチンに向かった。

「こら、リズ。手出しすんなよ!!」

 犬姉が叫んで笑った。

「そうだ、犬姉って魔法は使えるの?」

「ん、全然使えないよ。だから、しがない警備員なんだよ。一応ね!!」

 犬姉が笑った。

「そっか、簡単なやつなら……」

「それはダメ。暗くなったら、フラッシュライトでも使えばいい。これ、大事!!」

 犬姉は私に缶ビールを放り、ケラケラ笑った。

「……これをすぐに開けたらどうなるんか。ルブルム、ちょっとやって」

 私はルブルムに缶を押しつけ、様子を覗った。

「はい、これですか?」

 ルブルムが缶のプルトップに手を掛けた瞬間、ビスコッティがそれを取り上げて持ってった。

「神はいっている。お前はまだ飲む年齢ではないと!!」

 犬姉が笑みを浮かべ、ビスコッティが笑った。

「なんだ、つまんない。どれだけ吹き出すか、助手で試そうと思ったのに」

 私は笑った。

「助手は私が決めます。全く……。犬姉、これもう温いよ。冷やすかお酒換えて!!」

 ビスコッティが叫ぶと、どこかに出かけていたパステルがテーブルに日本酒を一本だけおいて、また外に出ていった。

「あれ、気が利くねって、どこにいたんだろ。まあ、いいや」

 私は笑った。

「はい、お待たせしました。少し冷ましてから食べて下さい」

 クランペットとリズが、お皿をテーブルに並べはじめた。

「それこそ、これ大事!!」

 リズが塩を盛った小皿を、一緒にテーブルにおき始めた。

「へぇ、野菜……じゃないな。山菜か、どこで採ったのやら……」

 私は笑った。


「……塩が美味い」

 大皿のいくつかに盛り上げてあった山菜の天ぷらをモソモソ食べていると、犬姉とビスコッティが静かに日本酒を酌み交わしていた。

「おう、この味が分かるか!!」

 リズが元気そうに塩を一つまみ取って舐めてみせた。

「うん、このなんかこの表現しがたいなんかが……」

「でしょ。でもね、これで塩結びはダメなんだよ。これが、奥が深いんだよね」

 リズが鞄からノートを取り出し、私に手渡してきた。

「……塩だ。塩がおる」

 私はノートに目を通し、思わず目を丸くした。

「アハハ、あたしを納金豚骨野郎マクガイバーだと思うなよ!!」

 リズが私の頭に子リズ縫い包みを置いた。

「よし、これは研究しても追いつかないな。とにかく、冷めすぎないうちに食べよう」

 私がノートを返した時、クランペットが山菜蕎麦を運んできた。

「〆です。どうぞ……」

 クランペットが小さく頷き、そのままキッチンに向かっていった。

 キッチンカウンターで、自分用だったと思われる山菜蕎麦を見つめ、クランペットは小さく浮かべ、すぐに首を横に振って無表情で啜り始めた。

「……もしかして、プロ?」

 私はそんなクランペットをみて、一瞬怖気のようなものを感じた。

「そんなわけないじゃないですか。気に入らないだけですよ」

 クランペットが顔をほのかに赤くしていった。

「……可愛いかも?」

 私は少し鼓動が上がった。

「ダメです!!」

 ビスコッティが、私の頭にゲンコツを落とし、そのまま自分の席に座った。

「……ダメか」

 私は小さく息を吐き、温めの蕎麦を啜った。

「……美味しい」

 私は小さく笑みを浮かべた。

「師匠……じゃなかった、スコーンさん。花壇が出来ましたよ!!」

 珍しくキキが嬉々とした様子で家に跳び込んできた。

「あれ、いけね……。なに、今までやってたの?」

 私は蕎麦を食べながら、一味を軽く掛けて味調整をした。

「はい、苦労しましたが出来ました。今、マルシルがお水を上げているので!!」

 キキがまた元気よく家を飛び出していき、面白そうだとヨーコとルブルムが連れ立って外に飛び出ていった。

「あれ、ご飯食べなくていいほど面白いのかな。食べたらいこう」

 私は出汁を最後まで飲み干し、軽く手を打ち合わせると、そのまま椅子から立ち上がって外に出た。


 地面向きだしだった家の外は、色とりどりの花が植えられた花壇がところどころに置かれ、そのまま駐機場の辺りまで続く、広大な石畳の庭に変貌を遂げていた。

「……じゅごい」

 私は目を丸くした。

「なに、これ。二人でやったの?」

 遅れて出てきた犬姉が、エナジードリンクの缶を片手に家から出てきた。

「はい、まだ気に入らなくて。なんか石、なんか石……」

 防塵眼鏡を掛けたマルシルが、時々タガネで石を欠きながら、その石紋をみて唸っていた。

「こ、凝り性だね。研究者に向いてるかも?」

 私は小さく笑った。

「師匠、アラートです。念のため被っておいてください!!」

 ビスコッティが安全印の黄色のヘルメットを皆に配り始めた。

「なにかあったの?」

「はい、近海に国籍不明艦六隻が確認されたとの連絡が入りました。ここは領海の狭間に近いので、よくある事ですよ」

 ビスコッティが全員に黄色いヘルメットを被り、自分だけやたら頑丈そうなミリタリー感満載のヘルメットを被り、車の運転席に座った。

 瞬間、私は拳銃を抜いて車のタイヤをパンクさせた。

「……めっ、絶対ダメ。NOT、飲酒!!」

「……ごめんなさい」

 ビスコッティが車から降りると、家から静かに出てきたクランペットが現場の隅に置いてあった一輪車、通称『ネコ』にビスコッティを搭載し、そのまま全速力で立ち去っていった。

「……大変だね。ミッドシップじゃないな。RRだっけ?」

 私は思わずメモ帳を取り出し、その姿をスケッチした。

「あの、アラームって……」

 キキがちょっと不安そうに聞いてきた。

「ああ、ヘルメットが安全印の黄色ならまだ大丈夫だよ。赤いヤツに変わると、全てを放り出して総員待避ね。覚えておいて!!」

 私は笑った。

「そうですか。よかったです」

 キキが笑った。

「ねぇ、キキ。この石紋をみてよ。どうだろう?」

 マルシルがキキを手招きした。

「はいはい……。うーん、まだどうでしょうね」

 マルシルのところにいったキキが、小首を傾げて唸った。

「そうか……。なんか石、なんか石」

 マルシルが魔法書を読みながら、片手で石を探り始めた。

「みんな器用だねぇ。ってか、変なのばっかで面白しろい!!」

 私は拳銃のマガジンを抜き、弾丸を一発装填した。

「あの、なにか始まるんですか?」

 ヨーコがワクワクした様子で聞いてきた。

「うん、私たちには関係ないよ。プロの仕事だね」

 私はエナジードリンクを飲み干して、適当に缶をぶん投げた黄色のヘルメットを被った犬姉にチラッと目をやり、小さく笑った。


「……なんか石、なんか石」

「はい!!」

 ひたすら石をみるマルシルと、せっせとどっかからネコで石を運んできては余計な石を片付けているキキの姿を見守りながら、私はアボカドドリンクを飲んでいた。

「なんだこれ、自分でやるとすぐこれだ。激マズだよ」

 私は下をペロッと出し、そのまま一気に飲み干した。

「うげぇ……。はぁ、不味かった」

 私はグラスを犬姉に投げて、それを受け取った犬姉がコーラの缶を投げてきた。

 それを受け取りポケットに入れ、犬姉が素早く家に入っていった。

「それにしても、アラートってなんだろうね……」

 私が空を見上げると、やや夕方という時間帯の空の下、巨大な爆撃機が八機ほど頭上を掠るような高度で飛んでいった。

「おいおい……。マジで大丈夫か?」

 私は思わず固い笑顔が出た。

「はい、戦闘糧食!!」

 犬姉が家からお弁当を抱えて出てきた。

「あれ、天丼にしたんだ。美味しそうだね」

 私はもらった犬姉弁の蓋を開いた。

「まあ、ちょっとは料理が出来るしね!!」

 犬姉がチラッと視線を外し、その先には何気なく竹箒でカラフルな石だだみを掃除している芋ジャージオジサンがいた。

「ん?」

「なんでもない。さて、いつになったらケリがつくかねぇ」

 犬姉が笑った時、遠くから遠雷のような音が微かに響いてきた。

「あれ、始まったかな。コマンダー?」

 犬姉が無線機を手に取って話しはじめた。

 その間、C-17輸送機が轟音と共に二機着陸し、滑走路を塞いだままで後部ハッチを開け、大急ぎで車両を下ろしはじめた。

「あれ、地対空ミサイルじゃん。こりゃこっちかな……」

 犬姉が赤いヤツを私たちの黄色いヤツに付け替え始めた。

「よし、総員待避。家に跳び込め!!」

『はい!!』

 私の声でみんなが一斉に家に跳び込み、芋ジャージオジサンがスティンガーを組み立て始めた。

「さて、みんなは引っ込んでいて。なにか起きたぽいよ!!」

 犬姉が赤ヘルメットに切り替え、イエローを私に向かって放ってきたのでキャッチして最後に家に跳び込んだ。

「よう、遊んできたか!!」

 リズがざるそばを啜りながら、笑みを浮かべてきた。

「はい、追加!!」

 私たちがテーブルに付くと同時に、パトラが盛りそばを私の目の前においた。

「……うん」

 私は頷き、盛りそばの漬け出汁のお猪口を取って、軽く香りを楽しんだ。

「どれ」

 私は盛られた蕎麦を箸で取り、少しだけ出汁に漬けて一口目を啜った。

「……美味い」

 私が頷くと、パトラは小さく笑みを浮かべ、残りの盛りそばを全員に配膳しはじめた。

「はぁ。赤いヤツだしな。お酒は飲めないか……」

 私は小さく笑みを浮かべた。

 私が食べている間にもパトラが爆速で蕎麦を茹でまくり、冷水で締めて高速かつ丁寧に盛り付け、それをガンガンリズに給弾していた。

「……パトラって、実はマシンガン?」

 私は小首を傾げた。

 その時、家の外でドババババババっとロケットエンジンの起動音が聞こえ、建物が小刻みに揺れた。

「な、なんだ、今の……。まあ、いいや。美味しい蕎麦だねぇ……」

 私はさらっと蕎麦を手繰り、そのまま席を離れてテレビの電源を入れた。

「あれ、カリーナにどっかの特殊部隊が突入したって……ああ、軽く撃退されたのね」

 私はジャージオジサンたちが壊された門を、せっせっと修理している姿が映し出された。 ピロリーンとニュース速報が入り、南方の無人島で隣国艦隊と小競り合いが発生し、ファン王国海兵隊が爆速で暴れ回ったというニュースが流れた。

「……あれ、ここ?」

 私は苦笑した。

「アハハ、またきたか。あのクソボロ艦隊なら秒速で消滅出来るでしょ。まあ、艦船だけならね!!」

 リズが蕎麦を食べる手を止めずに笑った。

「全く、いつもの事ながら、大変だねぇ……」

 パトラが給弾速度を上げながら、小さく笑みを浮かべた。

「よし、主砲発射準備用意!!」

 リズがそば湯を一気に飲み干し、ブツブツ呪文を唱え始めた。

「はぁ、やっとか」

 パトラがポケットから薬瓶を取り出し、キッチンからリズに放り投げた。

「……軽空母ムンスク確認。やっぱきたか、あのクソンボロ」

 リズがノートパソコンを叩き、目を細めた。

 パトラが放った薬瓶を一気に飲み干して空瓶を放り投げ、リズは目を細めて笑みを浮かべた。

「エンジンでもぶっ壊そうかな。えっと……」

 リズが次の呪文を唱え、部屋の中が真っ白になるほどの魔力光が満ちあふれた。

「オメガ・ブラスト!!」

 家がドガンと激しく揺れ、一瞬で魔力光が消滅した。

「……しゅごい」

 私は目を丸くした。

「さて、よい子は真似しちゃダメだよってね。おかみ、もう一個くれ」

「うるせぇ!!」

 パトラがキッチンから『年俸』とデカデカ書かれた封筒を、風の攻撃魔法でリズに叩き付けた。

「ん、この額か。まあ、いいや。ありがと」

 その封筒をパシッと受け取り、中から小切手を取りだして封筒に収めた。

「……大人だね」

 私はポツリと呟いた。

 その後も、家がゴンだのボコンだのもの凄い音が時々響いたが、だたうるさいだけでなにも起きなかった。

「はぁ、結局なんかあるねぇ。この島。この次いでで、温泉出ないかな。ビスコッティが手配したから、もうやってると思うけどね」

 私は赤いヘルメットを脱いで黄色に戻した。


 家でしばらくニュースを眺めていると、家の扉をたたき壊す勢いでネコごとビスコッティとクランペットが跳び込んできた。

 ビスコッティとクランペットが素早く私たちのヘルメットを回収し、ビスコッティが笑みを浮かべて猫を私の膝の上に置いた。

「ん……山猫かな。研究しよう」

 妙に懐っこい猫をグネグネ弄りながら、私はスケッチを始めた。

「あの、それ新種かもしれませんよ。その鼻紋の感じがその……」

 キキが近寄ってきて、笑みを浮かべた。

「うん、なんかどっかの国王っぽい顔つきだし、どうかな」

 私がグニグニし続けると、猫がいきなり魔力光に包まれ、すとっと床に立った。

「うむ。久しいの。ちぃと邪魔者が入ったようでな、ついでに乗っけてきてもらったのだ。空からのダイブは気持ちいいのぅ」

 シュタと敬礼を放ち、国王ことピーちゃんがニヤリと笑みを浮かべた。

「なに、ピーちゃんもどこに降りてるのよ。あのクソンボロの上って!!」

 リズが笑った。

「うむ。邪魔な羽虫がいたので、ざっと飛んでビーッとやったら、うむ。ポテトが喉になんか引っかかってしまってな。猫に擬体して緊急脱出したのだ。うむ。たまにはヘリでひとっ飛びも悪くない!!」

 ピーちゃんがさらにニヤッと笑った。

「……またしゅごいの出た」

 私は隣でぼけっとしていた犬姉に裏拳を放った。

「いてっ、なんだよ!!」

 犬姉のゲンコツが、ピーちゃんの頭にめり込んだ。

「うむ。痛いな、しかし鈍っておる。精進が足らん」

 ピーちゃんがべーっと下を出してテコテコ歩いていって、リズの頭に飛び乗った。

「うむ。盛りを一枚」

「あいよ!!」

 パトラがまた蕎麦を茹で始めた。

「あれ、なんか凄かったですが、どうしたんですか!?」

 パステルが頭中に、枝葉が刺さった状態でご帰還された。

「うむ。そなたがパステルか。噂には聞いておる。まあ、共に蕎麦でも手繰ろう。もう一枚」

「あいよ!!」

 パトラがサクサク茹でながら、合間に自分の盛りそばを掻き込み始めた。

「じゃあ、師匠。あとは頼みます!!」

「どっこいしょ!!」

 ビスコッティとクランペットが空のネコに大量の缶ビールをぶち込み、素早く外と中を往復しはじめた。

「今度はこれか。やれやれ……」

 私は小切手帳を取り出し、それなりの額を書いてビスコッティとクランペットの鞄に差しこんだ。

「さてと、ちょっとみてくる。結解は完璧なんだけどね!!」

 リズがライフルを持って、パトラに一発パンチを入れ、手を振りながら外に出ていった。

「うむ。相変わらず美味い。そば湯をくれ。パステル、遠慮しないで隣に座れ。リズの失敗談でも聞かせてやろう」

 ピーちゃんがニヤリとした。

「さて、犬姉。こっちも外に出ようか!!」

「あいよ!!」

 私は犬姉を連れて、家の外に出た。


 外はキキとマルシルが作った石畳や花壇が青白い魔力光に覆われていて、芋ジャージオジサンがモップがけしながら、ビールをちびちび飲んでいた。

 空はすっかり暗くなり、滑走路の方ではなにやらギャースカ騒ぎながら巨大な対空ミサイルの撤収作業が始まっていた。

「うん、なんか無事っぽいね!!」

「そうだねぇ、軽く猫が猫をじゃらした程度でしょ!!」

 犬姉が笑った。

 空はすっかり暗くなり、結解の魔法が放つ青白い光に浮かび上がった庭は、なかなか幻想的だった。

「へぇ、これがリズ先生の結解ね。半端ない精度だよ」

 私は思わず笑みを浮かべた。

「まぁね、これがあるからリズなんだよ。結解が得意って、いるようでいないんだよねぇ」

 犬姉が笑った。

「うん、あまり聞かないね。そこが、性格なんじゃないの?」

 私は笑った。

「だねぇ。リズとは色々あったけど、まあ、いいヤツなんじゃないの」

 犬姉が笑みを浮かべた。

「うん、あれなんなの。ドカンって半端ないけど」

「あれね、ガキの頃に落書きで書いた呪文らしいよ。うっかり、当時の先生現校長先生が一手間加えたせいで、どこの魔法書でもない半端ない破壊力の攻撃魔法を作っちゃったらしくてね。四大精霊系では最強っていわれて、カリーナの学生時代は話題になったらしいよ。まあ、本意じゃないから本人は微妙な感じだったけど、他にも秘密の魔法の宝庫だよ。教えてはくれないけどね!!」

 犬姉が笑った。

「当たり前だよ。四大精霊系では最強ってのは間違いないけど、水系が弱いね。バランスはいいけど、そこさえ完璧ならバケモノだね」

 私は笑った。

「そりゃ、攻撃とは相反するものね。回復魔法が苦手なんだよ。だから、結解魔法に没頭しすぎて、非精霊系の結解なんて半端ない隠し球をいくつも持ってるね。普通は攻撃一辺倒だから、これは凄いと思うけどな……」

 犬姉が笑みを浮かべた。

「まあ、私は攻撃一辺倒だからね。壊すからには意味がある。それだけの事!!」

 私は笑った。

「うん、それはみてれば分かるよ。変なもんぶっ壊すなよ!!」

 犬姉が私の頭を軽く叩いた。

「たまにうっかり山を飛ばしちゃったりするけど、まだ甘いなぁって思うよ。どうにもこう、微妙な制御が難しい。これぞ、攻撃魔法の醍醐味。私は研究者だからね」

 私は笑みを浮かべた。

「まあ、私は魔法を使えないけどね。適正オールマイナス評価。だから、これがある」

 犬姉は拳銃を抜いて私にみせた。

「まあ、魔法が使えればいいってわけじゃないしね。ファン王国は魔法大国なんて気張ってるけど、実際に使える術者なんて数多くないよ。だから、ファン王国海兵隊なんて組織も陸軍も海軍も空軍も……まあ、色々あるよね」

 私は笑みを浮かべた。

「そりゃそうだ。変な魔法使いばかりだったら、この国は崩壊してるよ。だから、カリーナがある。ここを卒業しないと、大手を振って魔法使いなんていえないからね。全く、バランスが難しいね」

 犬姉が笑った。

「さて、無事を確認したし、家に戻ろうか。この分じゃ、撤収に二日はかかるよ。そこら中でエンジン音が聞こえるし、今夜は忙しいかもね」

 犬姉が笑った。

 私たちは、家に向かって歩き始めた。

 家の扉の前に、ピーちゃんが立ってぼんやりしていた。

「うむ。帰ってきたか。ところで、犬姉。例の件は頼んだぞ。ナショナルバンクに振込済みだ」

「うん、確認してる。なに、二十七メートルのうどんを作れって。私はどんなプロだよ!!」

 犬姉が笑った。

「うむ。食いたい、それだけだ。それでは、バビューン!!」

 ピーちゃんの体が光り、一瞬にして魔力光を放って消えていった。

「私はあの猫が謎だね。研究したい!!」

「やめておきな。過去に何人もチャレンジしたけど、全員不慮の事故で消えているんだよね。怖い怖い!!」

 犬姉が笑った。

「まあ、ヤバそうだからやめておくけど。まあ、うどんね……。変な猫!!」

 私は笑った。


 家に戻ると、パトラがせっせと食器の片付けをしていた。

 テーブルではビスコッティとクランペットが寿司を食べながら、ビーフステーキをカジガジ食っていた。

「うん、元気だね」

 私は笑みを浮かべ、ゲームボーイでなんかの対戦をやっていたキキとパステルに目をやった。

「はい!!」

「はい、やります」

 パステルとキキがゲームボーイを片付け、ハンモックの設置に掛かった。

 その端ではマルシルがまだ石を探していて、ヨーコと仲良くやっていた。

 ゆったりした時間の中、マルシルがコーヒー豆を挽き、いい香りが漂っていた。

「さて、新聞でも読むか……これ、いつのだ?」

 私は床に適当に置いてあった新聞を読み、時々発砲音が外から聞こえる中、私は胸ポケットから煙草を出した。

「なんだ、あと二本か……」

「おう、一本もらい!!」

 犬姉が私の箱から一本煙草を引き抜き、自分のポケットにあったソフトパックの煙草を私の胸ポケットに突っ込んだ。

「はぁ、いい夜だねぇ」

 私は手に持っていた煙草の箱を捨て、ゆっくり紫煙を楽しんだ。

「パトラが夜釣りに行くっていってたよ。リズから豚骨ラーメンのオーダーが入ってるって!!」

 犬姉が笑った。

「まだ食べるんだ。魔法使いは大変だねぇ」

 私は鞄を開き、大量のチョコレートを床に広げて、ガリガリ囓りながら犬姉と並んでぼんやりしていた。

「なにそれ、マクガイバーの真似?」

 犬姉がチョコレートを、自分のポケットにしまい始めた。

「うん、偉大なる冒険者にあやかってね!!」

 私は笑った。

「あれは、半ば無謀だけどね。それにしても、なんか逞しくなってない?」

 犬姉が笑った。

「そうかな、このくらいは出来ないと研究所じゃ生き残れなかったから」

 私は苦笑した。

「まあ、あそこはダミーとしては一流だからね。妙な場所で目立っちゃったね」

 犬姉が笑みを浮かべた。

「だって、国家機密だって聞いたら、耳ダニをやっつける魔法だよ。耳ダニってなんのって、よく分からなかったけど、なんかやたら猛者が群がるから大変だったよ」

 私は笑った。

「で、犬用と猫用を同時にセットした、変な魔法を作ったら、今度は強面のトップブリーダーがワサワサ売ってくれってフル武装で乗り込んできた、あの『まだら色の金曜日』事件でしょ。持っていたブリーフケースで警備やら扉らをガンガンなぎ倒して、ビスコッティがズドコーンッてなんかぶっ放して戦争みたいになっちゃったんでしょ。なんだっけ?」

「ああ、ビスコッティがブチ切れた時にぶっ放す『二百三ミリキャノンボール(仮)』でしょ。あれ、面白いからもっと研究すればいいのに。だって、音だけで全然なにも起きないのに、その衝撃波で根こそぎぶっ飛ばすんだもん。あれ、どうやったのかな。でも、トップブリーダー部隊には勝てなかったね。残らず資料を持ち去られて、何だこりゃってなったよ」

 私は笑った。

「まあ、熱い戦いだったろうね。公文書館に神話のように書かれた書物があるもん」

 犬姉が笑って立ち上がった。

「よし、私も夜釣り行ってくるよ。パトラだけじゃイマイチ釣果が期待できないからね」

 犬姉は狙撃システムをさりげなく肩に提げ、チョコレートを囓りながら出ていった。

「よし、私もいってくる。リズがブチ切れるから」

 パトラがライフルを肩に提げ、片手に豚骨ラーメンを抱えて家から出ていった。

「やれやれ、しぶといね。ビスコッティ、アレ」

「はい、なんですか?」

 ビスコッティがガツガツ囓っていた肉を放り投げ、私がそれをキャッチして一口で食べた。

「これじゃないよ。あのハンバーガーだよ。あのケチャップ臭いヤツ!!」

「はい、これ。作ってみました。わさび醤油仕立てです」

 クランペットが器にハンバーガーを乗せ、そっと私の前の床に置いた。

「うん、新しいね。ありがとう」

 私はハンバーガーを頬張り、島の地図を広げた。

「……うん、だいぶ賑やかになったね。ボーリングってど辺りでやるの?」

「はい、まずは地質調査からなので、温泉は時間が掛かると思います。手配はクランペットがやっていますので、問題ないと思います」

 ビスコッティが笑った。

 こうして、クランペットが器洗いを引き継ぎ、静かかもしれない夜が過ぎていったのだった。

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