第6話 南の島にて (改稿 序章・完)

 輸送機から車両を降ろす作業だけでも結構時間が掛かり、加えてトラックに満載していたシシラカバを下ろす作業もあり、私とルリが寮の部屋に戻ったのは、明け方近い時間だった。

「はぁ、疲れたね」

 私は自分のベッドに座って白衣を脱ぎ、大きく伸びをした。

「はい、もう明け方です。早めに休みましょう」

 ルリが笑みを浮かべ、自分のベッドに向かって寝間着に着替え始めた。

 私はベッドの上にピーちゃんからもらった、ショート・ソードと拳銃を置いた。

「さて、着替えるかな……ん?」

 私は寝間着に着替えようとしたが、微かな異常を感じて部屋の天井を見た。

「……」

 どうにもスッキリしないので、私は拳銃を持って立ち上がり、部屋の中を歩いた。

「あの……」

「静かに」

 当然だが、私の動きをみて不安になったか、寝間着に着替えて心配そうな目で私をみたルリを片手で制し、私は拳銃のスライドを引いた。

「……」

 ちょうど部屋の中心で私は足を止め、天井を見つめた。

「……微かな気配を感じるな。私で気が付くくらいだから、三下もいいところだけど」

 私は小さく息を吐き、天井に銃口を向けた。

「……自衛のための武器ね。なるほど」

 私は呟いてから、少し重い引き金を引いた。

 とんでもない銃声とオレンジ色のマズルフラッシュが一瞬部屋の中を支配し、再び静けさを取り戻した。

「スコーン、どうしたの?」

 ルリが目を丸くして聞いた。

「うん、招かざる客に引っ込んでもらっただけ。全く、変に名前だけは売れちゃってるからね。少し様子を見て寝ようか」

 私は笑みを浮かべ、自分のベッドに戻るついでに前に窓の外をみた。

 もう朝日が昇り、明るくなった外の景色に向かって大きく深呼吸し、私はベッドに戻った。

「あの、招かざる客って……」

 ルリが心配そうに聞いてきた。

「うん、どっかの諜報員だかなんだかでしょ。覗き見でもしていたんじゃないの。追っ払ったから、もう問題ないよ!!」

 私が笑った時、部屋の扉を蹴り開けるようにして、イートンメスとリズが部屋の中に突撃してきた。

「なんか、発砲したみたいだけど、大丈夫?」

「師匠、すいません。都合で部屋が遠くなってしまって」

 リズとイートンメスが、拳銃を片手に目を細めた。

「うん、大丈夫だよ。追っ払ってやったから。ごめんね!!」

 私は笑った。

「師匠、念のため私たちが見張ります。安心して寝て下さい」

 イートンメスがいつもの目に戻って、小さく笑った。

「あたしも変なヤツに狙われてるからね。ここの部屋は近くだから、物音がしたらすっ飛んでいけるように、気を配っているから安心して!!」

 リズがバカでかい拳銃を掲げて、小さく笑った。

「うわっ、リズの拳銃がデカい!?」

 私は思わず声を上げてしまった。

「どう、このゴツいの。特別に許可をもらっているんだよ。.五十口径だよ!!」

 リズが笑って、拳銃をホルスタに収めた。

「……私も欲しい」

 二人を見ていたルリが、小さく漏らした。

「やめなさい。これ、ハンドキャノンなんて呼ばれてるほど、破壊力が半端ないからね。自衛のために携行するには強力過ぎるし、そもそも安定して構えられないから!!」

 リズが笑った。

「私はいらないけど……。それより、二人は寝なくていいの?」

 私は苦笑した。

「まあ、あたしの特技は短時間睡眠だから!!」

 リズが笑った・

「師匠、ゆっくり休んで下さい。私たちが守りますので」

 イートンメスの笑みに私も笑みで答え、ベッド脇の引き出しから寝間着を取り出して着替えた。

「ルリ、ビックリしただろうけど、もう大丈夫だから。ゆっくり休もう!!」

 私が笑みを送ると、ルリが小さくため息を吐いて苦笑した。

「慣れていないので、驚きました。お二人には申し訳ありませんが、眠くて仕方ないもので」

 ルリが眠そうにあくびをして、自分のベッドに横になった。

「それじゃ、イートンメスとリナ。悪いけどよろしくね。そういえば、外出許可は出たの?」

 私が問いかけると、イートンメスが苦笑した。

「師匠、ここの研究者は一回外出すると、最低でも一週間は開けないといけないとダメらしいのですが、それを見越してリズが校長先生に掛け合ってくれたのです。問題なく出発出来ますよ」

 イートンメスが笑った。

「まあ、あたしと先生の仲は深いからね。よほど無茶いわない限り、大体やってくれるよ。なんかあったら、あたしを通した方が早いかもね!!」

 リズが笑った。

「そっか、覚えておくよ。それじゃ、お休み!!」

 私は笑みを浮かべ、ベッドに横になり、そっと目を閉じた。


 ふと目を覚まして部屋の時計を見ると、ちょうど朝食の時間だった。

「おはよう、よく寝られた?」

 私が身を起こすと、すでに制服に着替えていたルリが声を掛けてきた。

「うん、ルリはどう?」

「はい、私は結局寝られなくて……。どうも、慣れない事で神経が立ってしまったようで」

 ルリが苦笑した。

「それは大変だったね。私は王都の研究所にいた時、変なのに結構狙われたから」

 私は笑って制服に着替えて、いつも通り白衣を着込んだ。

「師匠、相変わらず寝る時は寝るですね」

 拳銃を抜いたままのイートンメスが笑った。

「いや~、あたしも結構狙われるけど、こればかりは慣れないね!!」

 同じくゴツい拳銃を構えたリズが、大きく伸びをした。

「ほら、朝メシだよ。時間がギリギリだから急いで!!」

 リズが拳銃を収め、イートンメスの肩を叩いた。

「おっと、そうだったね。ルリ、大丈夫?」

 私が問いかけると、ルリが白衣を着て笑顔で頷いた。

「よし、行こう」

 私は笑みを浮かべ、みんなと部屋を出た。


 学食で朝ごはんを食べた私たちは、校庭に駐めてあったミニバンの前に行った。

「そういえば、島に行くのは私たちだけなの?」

 私が問いかけると、イートンメスが首を横に振った。

「あと、パステルとキキ、パトラがここに集合すれば出発です。少し装備を調えるとパステルがいっていたので、時間が掛かっているのでしょう」

 イートンメスが笑みを浮かべた。

「そっか、六人で行くんだね。まだ、どんな場所かも分からないし、そんなもんかな」

 私は笑みを浮かべた。

「しっかし、あの猫野郎から島をもらうとはね。私ももらったっていったら、驚く?」

 リズが笑った。

「そ、そうなの!?」

 私は思わず転けそうになった。

「そうだよ、たまに手入れに行ってるけど、基本的には管理人に任せてあるよ。まあ、別荘みたいなもんだね。この国って、人が住んでいない国有の島が多いから、こういう事もあるよ!!」

 リズが笑った。

「そうなんだ。いってみたいけど、その前に私の島だね。滑走路しかないって、どんな場所だろう」

 私は笑みを浮かべた。

「そうだねぇ、このメンツだけじゃどうにもならないから、先に最低限だけ森を切り拓いて、小屋ぐらいあるんじゃない。もう、王都から建築専門の魔法使いが飛んでるはずだから!!」

 リズが笑った。

「そっか、そのくらいないと困るしね。これは、楽しみだね」

 私は笑った。

「師匠、三人が来ました」

 イートンメスが笑みを浮かべた時、巨大な背嚢を背負ったパステルたち三人が、早足で近寄ってきていた。

「ったく、パトラッシュは慎重なんだか大胆なんだか分からないからなぁ。今回は慎重か。大量の薬瓶抱えて、なにするんだか!!」

 リズが苦笑した。

 校舎から出てきた三人は、私たちと合流すると、大きく息を吐いた。

「また、随分大袈裟な荷物だね」

 私がいうと、パステルが笑みを浮かべて頷いた。

「なにがあってもいいようにです。三人で分担してテントとか食料とか……」

「声かけてよ。嫌なんていわないから」

 私はパステルに笑みを送った。

「こら、パトラッシュ。最小限の荷物でいいっていったでしょ!!」

「パトラッシュって呼ぶな!!」

 パトラの拳がリズの……いや、避けて隣にいた私の顔面にめり込んだ。

「……」

「ご、ごめんなさい。ど、どうしよう!?」

 いきなりワタワタしはじめたパトラの頭に、リズがゲンコツを落とした。

「バーカ、毎回食らって堪るか!!」

 リズがパトラにべーっと舌を出した。

「……い、いや、いいけどね。毎回こんな強烈なゲンコツやってるの」

 私は苦笑して、ワタワタしているパトラの額にデコピンした。

「これでよし。さて、ミニバンに荷物積んじゃって。時間がもったいないよ!!」

 私が笑うと、キキが私の右手を握った。

「ん?」

「あ、あの、危険生物とかいないですか?」

 なんとなく怯えている様子のキキの頭を撫で、私は笑った。

「危険生物はこっちかもね。問題ないよ!!」

 私は笑った。

「ああ、キキだっけ。私とイートンメスがしっかりガードするから、心配しなくていいよ。スコーンのいった通り、私たちが危険生物だよ。いいこというね!!」

 リズが笑った。


 ミニバンに一同と荷物を満載した私たちは、カリーナの滑走路に向かっていった。

 途中で港の脇を通るのだが、今日は四隻いる客船ではなく、明らかに軍艦と分かるグレーに塗られた船体はいなかった。

「あれ、今日はいないね」

 助手席に乗った私は、運転席のイートンメスに声を掛けた。

「はい、私たちがお出かけするので、護衛ですでに島に向かっているはずです。好待遇ですね」

 イートンメスが笑った。

「護衛って……やり過ぎだよ!!」

 私は苦笑した。

「あたしより豪華だよ。こう見えて、結構国家機密に触っているんだけど!!」

 後席に座ったリズが笑った。

「リズも大物なんだね!!」

 私は笑って後席を見ると、リズが笑みを浮かべながら拳銃を抜いてチェックしていた。

「大物じゃないよ。ただの魔法の先生なんだけどね。さて、楽しもうよ!!」

 リズが笑みを浮かべた。

 私たちを乗せたミニバンは、広大な駐機場に到着した。

「師匠、今日は輸送機は使いません。車両の移動はないと考えまして。古い機体ですが、頑丈でいい飛行機ですよ。急ぎましょうか」

 イートンメスはミニバンを駐機場に駐まっていた、プロペラ機の脇に駐めた。

「へぇ、YS-11なんか久々だよ。狭くて揺れる!!」

 リズが笑ってミニバンから降り、パトラたちも降りて荷物を下ろしはじめた。

「師匠、私たちは先に乗っていましょう。事前調査で、この機が離着陸出来る長さの滑走路だと分かっていますので」

 イートンメスの言葉に私は頷き、助手席からコンクリートで舗装された駐機場に降りた。

「荷物は貨物室に運びました。もう大丈夫です」

 パステルが笑みを浮かべた。

「あの荷物の量をもうしまったの。早いね!!」

 私は笑った。

「はい、いつもの事だったので。あの階段から乗ればいいですか?」

 パステルが指さしたのは、扉が開けられ飛行機から出されている階段だった。

「へぇ、面白い飛行機だね。階段まで付いてるなら、どこでも降りられるじゃん」

 私がいうと、イートンメスが笑った。

「はい、元々がそういう事を考慮した設計なのです。半端なく頑丈でいい機体ですよ」

「へぇ、知らなかったな。まあ、いいや。乗ろうか」

 結局全員で飛行機に乗り込むと、確かに狭い機内ではあったが、座り心地が良さそうな青地の生地が張られた椅子がたくさん並んでいた。

「適当に座るか。あたしははこの辺で!!」

 リズが真っ先に、機内中央部分の椅子に座り、パトラがその隣に座った。

「よし、私はこのへんでいいや」

 という感じで狭い通路を歩き、私たち全員が席に座ると、魔力エンジン特有の甲高い音が機内に響き、プロペラ機特有の重低音が響き渡った。

「師匠、速度は遅いので時間は掛かりますが、この方が輸送機より楽だと思って手配しました」

 隣席のイートンメスが笑った。

「確かにいいね。旅客機なんて、久々だよ!!」

 私は笑ってベルトを締めた。

 しばらくしてゆっくり飛行機が動き出し、私たちはカリーナを後にした。


 カリーナの滑走路を発った私たちは、小刻みに揺れる飛行機で一路島を目指して飛行を続けていた。

 途中で眠くなり二時間ほど寝てしまったが、起きてもまだ順調に空の旅を続けていた。

「師匠、いいところで起きましたね。ちょうどお昼なので皆さんに配ってきます。この機は改造して、食品の温めが出来る設備があるんです。そのせいで、座席数は減ってしまいましたが、長距離飛行でも快適です」

 イートンメスが笑みを浮かべ、通路際の席から立ち上がろうとすると、白衣の上にエプロンを着けたリズが、パトラとワゴンを押してやってきた。

「フィッシュオアミートってか。まあ、選べるほど積んでないから、肉料理だけどいいよね。こういう事は、引率の先生に任せなさい!!」

 リズは笑って前の座席に設置されているテーブルを出し、ハッシュドビーフとサラダを置いた。

「あたしの好物なんだよね。オムライスの先生とあたしのハッシュドビーフって、カリーナじゃ結構有名なんだよ。ゆっくり食べて!!」

 リナ笑ってそれを手伝っているパトラと共に、ワゴンを押して通路を歩いていった。

「へ、へぇ、リズのお手製なんだね。美味しそうだから、冷めないうちに食べよう」

 私はテーブルの上の料理をみて、小さく笑みを浮かべた。

「あれ、その辺の機内食を適当に積んだって聞いたのですが……まあ、嬉しい誤算ですね。私も料理をしますが、これは参考になりそうです」

 イートンメスが笑みを浮かべ、私たちはスプーンを手に取った。

「……美味い」

 私は一口食べて、笑みを浮かべた。

「師匠、顔がどっかの食通みたいになっていますよ。確かに、これは美味しいです。レシピが欲しいですね」

 イートンメスが笑った。

 その時、シートバックの向こうから小さな泣き声が聞こえた。

「ん?」

 ベルトを外して立ち上がり、後ろをみるとルリが涙ぐみながらスプーンを動かしていた。

「ど、どうしたの!?」

「は、はい、こんな優しい味は初めてだったので、つい嬉しくなってしまいました。なんでもないので、安心して下さい」

 ルリが涙を拭いて、笑みを浮かべた。

「な、泣くほど嬉しかったんだね。これ以上邪魔はしないから、ゆっくり食べて」

 私は笑みを浮かべ、元通り椅子に座った。

「師匠、校長先生のオムライスとリズのハッシュドビーフは、人を泣かせる味として有名なので、疲れた時にはお願いしてみるといいでしょう。私もほっこりしましたよ」

 イートンメスが笑った。

「うん、不思議と優しさを感じるね。これ、どんな魔法でも勝てないよ!!」

 私は笑った。


 食事が終わり、リズに食器の片付けもやってもらい、エンジン音が響く機内はのんびりした空気に包まれていた。

 イートンメスが時折無線機を取り出し、どうも操縦席と通信しているようで、専門用語が飛び交っていた。

「師匠、もう間もなく目的地の島です。元々あった滑走路が荒れていたので、応急的に処置をしたそうです。機体が暴れると思いますが、問題はないそうです」

 イートンメスが笑みを浮かべ、飛行機がゆったり高度を下げ始めた。

「それだけ、ほったらかしだったんだね。どんな島なんだか……」

 私は苦笑した。

「ちなみに、補修ついでに滑走路だけでは大変なので、駐機場も作ってあるそうです。あとは、城からきた建設専門の魔法使いの一団が、滑走路の近くにベースキャンプになる小屋を建てたそうで。あとは、私たちの好きにということで、もう撤収したそうです。楽しみですね」

 イートンメスが笑った。

「うん、島の名前考えた方がいいかな」

 私は笑った。

「はい、そうしましょう。それも、着いてからですね」

 イートンメスが笑みを浮かべた。

 その間にも飛行機の高度は徐々に下がり、窓から見える眼下の海面が近寄ってきた。

 ポーンと音がなり、荷棚の下に設置してあるベルト着用のサインが点いた。

「さて、揺れに備えて下さい。一応は応急処置したそうですが、本来は作り直ししてもおかしくないほど、滑走路が荒れてしまっていたようなので。時間が掛かるのを承知でこの機を手配したのは、足回りが強いからなんです」

 イートンメスが、小さく笑みを浮かべた。

「そうなんだ、のどかでいいけど遠いなとは思ったよ。よし、ベルトを強めに引いておこう」

 私はシートベルトを強く締め、小さく息を吐いた。

 飛行機は高度を下げ続け、一瞬だけ島の姿が窓から見えた途端、ドンと強めの衝撃が機体を揺さぶり、ガタガタがと揺れながら滑走路を走り始めた。

 しばらく滑走路を駆けた飛行機は、滑走路の端にある転回場でグルッと向きを変え、再びゆっくり走って駐機場に入って駐まった。

「師匠、到着です。お疲れ様でした」

 イートンメスが自分のベルトを外し、小さく笑った。

「凄い揺れだったね。驚いたよ」

 私は苦笑して、強めに締めたシートベルトのバックルを外した。

「これではダメですね。ピーちゃんに相談して滑走路を作り直してもらいましょう。では、いきましょう」

 イートンメスが席を立ち、私も席を立った。

「はいはい~、みんな行くよ!!」

 元気はつらつのリズの声が聞こえ、私は思わず苦笑した。


 飛行機から降りると、真夏のような日差しが射していて、海に近いのかかなり蒸し暑かった。

「あっついね……」

 私は小さく笑った。

「はい、ここはファン王国の最南端に近い島なんです。年中こんな感じですよ。プールでも作りますか?」

 イートンメスが笑った。

「こら、私があまり泳げないって知ってていうか。まあ、いいや。小屋ってあれかな。随分大きいけど……」

 駐機場のフェンスの近くに、ポツンというかデーンと構えた建物があった。

「はい、そうでしょうね。恐らく、大人数に備えてだと思います。これなら、狭い思いをしなくていいですね」

 イートンメスが笑い、私たちは駐機場の簡素な門に向かった。

「それにしても、手付かずって本当だね。すっごい森だよ!!」

 私は笑った。

「そうですね。これを開拓するのは、私たちでは手間取るかもしれません」

 イートンメスが苦笑した。

「まあ、開拓っていっても、なにをどうするかは決めていないんだよね。まず、道は作らないとダメだろうけど」

 私は苦笑した。

「そうですね。私はビーチでのんびりして、ビクトリアスをしこたま鍛えたいです。あのバカ鈍ってるので」

 イートンメスが笑った。

「鈍ってるって……。まあ、いいや。そういや、ビクトリアスは?」

「はい、ここを整備するというのが任務だったのです。お小遣いは五百クローネで!!」

 イートンメスが笑った。

「なにそれ、子供のお駄賃じゃん。まあ、いいけどね!!」

 私は笑った。

 飛行機に積み込んだ荷物をパステルたちがリフトを使って下ろしている間、私はイートンメスから渡された島の地図を眺めていた。

 しばらくすると、小屋の方からビクトリアスが近寄ってきて、私たちのところにきた。

「姉さん、今のところこんな感じです。こんな時こそって感じで、第二陣も手配してありますよ。もうすぐ着くでしょう」

 ビクトリアスが小さく笑みを浮かべた。

「第二陣?」

 私が聞くと、ビクトリアスが頷いた。

「はい、森といえばエルフですからね。あの里のスラーダさんに無線で声を掛けたら、すぐさま集落全員でカリーナに馬で駆けつけてくれまして。きっと、整備する手伝いをしてくれるでしょう」

 ビクトリアスが笑みを浮かべた。

「へぇ、エルフの皆さんもくるんだね。あの大きな小屋と森しかないから、どうしようかと思っていたよ」

 私は笑った。

「おーい、荷下ろし終わったし、みんな行くよ。小屋で休もう!!」

 リズが手を振りながら笑い、私たちは駐機場から小屋に移動した。


 小屋というにはあまりにも大きく、もう一件の家という感じの建物に着くと、イートンメスが私に鍵を渡してくれた。

「ここは師匠の島ですからね」

 イートンメスが笑みを浮かべた。

「うん、ありがとう」

 私は扉の鍵を開け押し開いた。

 木を組んで作られた家の中は、落ち着いた感じで揃えられた家具まであった。

「へぇ、さすがに広いリビングだね。キッチンもあるし、いい感じだねぇ」

 私は小屋……いや、家の中に入っていった。

「ちなみに、何人でくるか分からないので、寝床はエルフ式を取り入れたそうで、ハンモックを設置して休むそうです。温かな島なので、屋内が嫌なら屋外にハンモックを張るのも一手ですね」

 イートンメスが笑みを浮かべた。

「ハンモックか、あれ寝心地がいいのか悪いのか……。まあ、いいや。シャワーとかあるの?」

 私が笑うとイートンメスが頷いた。

「もちろんありますよ。近くの井戸からポンプで汲み上げています。魔力給湯器もあるので、ちゃんとお湯が出ますよ」

「そっか、ならいいや。もう、お昼過ぎちゃったね。お腹空いたよ」

 私がいうと、イートンメスがハッとした顔になった。

「あっ、食材の手配を忘れた……」

「あ、あのね……」

 私は苦笑した。

「姉さん、某国のクソマズいと評判のレーションならありますよ。私はずっとこれですからね、いい加減慣れました」

 ビクトリアスが笑った。

「あ、あれを食べるくらいなら……し、師匠、狩りをしましょう。釣りでもいいです。食材を確保しましょう!!」

 イートンメスがアワアワしはじめた。

「あのさ、道具あるの?」

「な、ないですけど、そこは気合いで!!」

 イートンメスがいきなり拳銃を手にして、マガジンをチェックしはじめた。

「狩猟の経験なんてないでしょ。釣りの道具もないし、どうすんの?」

 私は苦笑した。

「そんな事はありません。ターゲットが人なら……ああ!?」

 イートンメスが、慌てて口を押さえた。

「今さら隠さなくたっていいじゃん。みんな、イートンメスとビクトリアスはコンビ組んで仕事していた相棒でもあるし、姉妹なんだよ。覚えておいて!!」

 私がいうと、みんなが驚いた顔した。

「し、師匠、ダメです。いったら怖い人に!?」

「怖いじゃん。ゲンコツとすぐ落とすし!!」

 私は笑った。

「へぇ、あたしもコードネームあるよ。フライング・ビーフパイだったかな!!」

 リズが笑って拳銃を抜いて、マガジンを引き抜いて床に置いてみせた。

「うげっ!?」

「あの有名な!?」

 イートンメスとビクトリアスが、慌てて銃を床に置いた。

「はい、これでお互い害意はないってね。まあ、バイトみたいなもんだよ!!」

 リズが拳銃にマガジンを戻しホルスタに収めると、イートンメスとビクトリアスも拳銃をホルスタに戻した。

「なに、リズも裏家業あるの?」

「こら、スコーン。そういう事は聞かないの。下手すると狙われちゃうからね!!」

 リズが笑みを浮かべた。

「そ、そうなんだ」

「はい、師匠。ダメですよ。まして、私たちと違って現役ですからね」

 イートンメスが苦笑した。

「げ、現役!?」

 私は思わず目を見張った。

「うん、カリーナにも色々あってさ。先生と仲がいいから、断れなくてね。さて、そんなことより食材どうするの。第二便のエルフ様ご一行が持ってきてくれればいいけど」

「ああ、それなら大丈夫ですよ。いわなくても、盛大に宴を開きたいって、荷馬車を何台も引いてきましたようですからね。ただ、問題は到着時間で夕方になってしまうかもしれません」

 ビクトリアスが背負っていた大型無線機でどこかと交信して、小さく息を吐いた。

「あの、食料ならもてるだけ持っていますよ。なにがあっても、困らないように」

 パステルが背負っていた巨大な背嚢を下ろし、同じようにパトラとキキも背嚢を床に下ろした。

「おっ、用意がいいね。缶詰ばかりなのは、当たり前だね」

 パステルが背嚢から取り出した缶詰を床に置いていくのを見て、私は笑った。

「あと、塩漬けの干し肉が購買で売っていたので買っておきました。なにか、作りましょう」

 パステルが笑みを浮かべ、キッチンに向かった。

「塩漬けの干し肉まで売ってるんだね。変な購買だね」

 私が笑うとリズも笑った。

「研究に熱くなると、メシも面倒くさいって塩っ辛い干し肉を囓りながら、何日も没頭しちゃう人もいるからね。なぜか、そういうものも置いてあるんだよ!!」

 リズが笑みを浮かべ、背嚢を下ろして息が荒いキキの頭に手を乗せた。

「……はい、治った」

 リズの手から放たれた魔力光がキキを包み、大きく息を吐いていたキキが一息吐いた。

「重かったです。ありがとうございます」

「いいって事よ。さて、どんなメシが出来るかな。パトラ、その薬瓶ばかりの背嚢って、危なくない?」

 リズが聞くと、パトラがニヤッと笑った。

「いつも通りだよ!!」

「あのね、どこを爆砕するのよ。そんな大量に……。うっかり、蹴飛ばさないようにね!!」

 リズが苦笑した。


 キッチンで料理を続けているパステルに、肩に喋る黒猫を乗せたお手伝いのキキが加わり、家の中はいい匂いに包まれていた。

 私を含めた残りの面々は、部屋中に置かれたソファに腰を下ろして、平和な空気が漂っていた。

「あの、スコーンさん。腰の剣はどこで?」

 部屋をウロウロしていたビクトリアスが、私を見て不思議そうに聞いた。

「ああ、そういや忘れていたよ。ピーちゃんがお詫びにってくれたものだよ」

 私はソファから立ち上がり、腰のショート・ソードを抜いた。

「なるほど、それはこのファン王国に伝わる国宝ですよ。私も現役時代に何度も盗み……もとい、頂きにいったのですが、セキュリティが厳しすぎて断念していたものです。現物を見るのは初めてです」

 ビクトリアスが笑みを浮かべた。

「なんか、魔法剣って聞いてるけど、それって遙か昔に廃れて今は打てる職人はいないっていわれてるでしょ。なんか、素材の金属がよく分からないし、まだ分析してないからうっかり使わないようにしてるんだよね」

 私は剣を鞘に戻してしっかりホックで留めた。

 魔法剣とは、今では姿を見ることも希な魔法が封じ込まれた剣だ。

 今は元々ミスリルなどの魔力を吸収しやすい剣に、後付けで魔法を使って一時的に魔法効果を付加させる魔封剣しかないが、魔法剣はあらかじめ封じられた魔法を一気に解放する事で、魔封剣より遙かに強力な武器になる点が違いである。

「それがいいですね。うっかり振るだけで、下手するとこの家がぶっ飛んでしまうかもしれません。ちなみに、材質はみれば分かります。まず滅多に見かけませんが、オリハルコンとミスリルを合金にしたものです。かなり高度な技術が必要なので、今では打てる職人はいないでしょうね」

 ビクトリアスが小さく笑った。

「へぇ、そりゃ豪華だね。ミスリルも希少で高いのに、オリハルコンなんて売ってる場所すら分からないよ。それだけでも、お値打ちものだね」

 私は笑った。

「はい、出来れば私が欲しいです。これのお陰で、随分痛い目に遭いましたからね」

 ビクトリアスが苦笑した。

「盗んじゃダメだよ。怒るからね!!」

「分かっていますよ。実は、姉さんの方が欲しいと思いますよ。城に潜入した時に、うっかり足をトイレの便器に突っ込んで抜けなくなって、慌てて便器を爆破したら警備に見つかって、ひたすらとんずらしたり……」

 ビクトリアスがニヤニヤ笑いながらいうと、私の隣に座っていたイートンメスが無言で立ち上がって、ビクトリアスの首根っこを掴んだ。

「……ちょっと表に出ろ」

 イートンメスがゲンコツを落とし、低い声で呟いてビクトリアスを家の外に引っ張っていった。

「あーあ、また姉妹喧嘩だね。いつも派手だからなぁ」

 私が呟いた時、爆音が家を揺さぶった。

「ほら、始まった。さて、どうしようかな」

 私が呟いた時、そういえば姿が見えなかったルリが家の扉を開け、ウサギを三羽持って入ってきた。

「ど、どうしたの!?」

「はい、不慣れですが私も役に立とうかと。ウサギは食べられると知っていたので」

 ルリが笑みを浮かべた。

「えっ、ウサギを狩ったんですか。美味しいですよ、さっそく捌きましょう」

 パステルがキッチンから飛び出てきて、ルリからウサギを受け取ってキッチンに戻った。

「へ、へぇ、意外と野性的だね……」

「はい、知識はあったのですが、実際にやってみると難しかったです。お陰で、手持ちの銃弾をほとんど使ってしまいました」

 ルリが苦笑した。

「よく出来たね。私は難しいかな。知識がないから!!」

 私は笑った。

「よし、これでまともな肉が手に入ったか。いきなり豪勢になったよ!!」

 私とは違うソファに座り、ゴツい拳銃とショート・ソードを手入れしていたリズが笑った。

「ところで、外でイートンメスさんとビクトリアスさんが真面目に戦っているようですが、どうしたんですか?」

 ルリが不思議そうに聞いた。

「うん、ただの姉妹喧嘩だよ。ついでに、鈍らないように訓練してるんだって。今後はよく見かける光景だから、気にしないでいいよ!!」

 私は笑い、ソファの背もたれに身を預けた。

 パステルが持っていたインスタントコーヒーを提供してくれたので、私は窓辺の椅子に座って昼ご飯が出来るのを待っていた。

 テーブルを挟んで向かい側にルリが座り、どっから持ってきたのかド○ペの缶を開けた時、盛大に吹き出した中身が私の顔面を直撃した。

「……それ、強炭酸だから。しかも、温いし。思い切り振ったでしょ」

「あわわ、ごめんなさい!!」

 ルリが慌てて席を立ち、キッチンで塗れタオルを作って私に手渡した。

 私はそのタオルで顔を拭き、苦笑した。

「どこでそれをもらったの?」

「は、はい、キキが運んでいた背嚢に大量に入っていたので、一本もらったのですが……まさか、こんな事になるとは……」

 ルリが椅子に座って、小さくため息を吐いた。

「そっか、なんでそんなに持ってるか謎だけど、せめて冷蔵庫があるといいけどね……」

 私はキッチンを見回すと、明らかに業務用と分かる巨大な冷蔵庫やらなにやら、調理家電が置いてあった。

「あれ、ここ電気通ってるんだ。どうやったんだろ?」

 私が呟いた時、イートンメスが近寄ってきた。

「はい、師匠。不便だろうと、魔力ジェネレータが設置されているんです。今も冷房が効いていますよね?」

 イートンメスが笑った。

「ああ、そうだね。窓を閉じてるのに涼しいのは、そのせいか!!」

 私は笑った。

「はい、ここは熱帯性気候の島なので、どうしてもあった方がいいと、ぴーちゃんが気を回してくれたようです。今、キキがド○ペを急いで冷蔵庫に収めています。痛むので食材は入っていませんが、大容量なので便利です」

 イートンメスが笑った。

「そっか、至れり尽くせりだね。それにしても、パステルは凝った料理を作っているみたいだね」

 キッチンで忙しそうに立ち回っているパステルをみて、私は笑った。

「そうですね。慣れないタイプらしく、オーブンの温度調節に手間取っているようです。でも、みた限り美味しそうでしたよ」

 イートンメスが笑みを浮かべた。

「そっか、手伝いたいけど私は料理苦手だからなぁ。イートンメスの料理は激マズだし……」

 イートンメスの拳が、私の頭にめり込んだ。

「……ごめんなさいは?」

「……だって、本当の事じゃん」

 私は笑みを浮かべた。

「そ、それは自覚していますが、研究所時代に私が作った夜食を喜んで食べてくれたじゃないですか!!」

「だって、研究中でしょ。味なんてどうでもよかったもん。食べないと脳が回転しないから!!」

 私が苦笑すると、イートンメスが鞄の中から料理のレシピ本を取り出した。

「私も日々研究はしているんです!!」

「研究結果が必ずしも実を結ぶとは限らない。むしろ、失敗して当たり前ってね!!」

 私は笑みを浮かべた。

「おっ、いい事いうじゃん!!」

 私たちの会話を聞いていたらしく、細長い革製のケースを肩に提げたリズが近寄ってきた。

「あれ、それライフルケースじゃん。そんなもの持ってどうするの?」

 私にも軽く知識はあったので、リズに聞いてみた。

「ま、まさか……」

 イートンメスが顔色を変えた。

「うん、今回は仕事って程の大袈裟なもんじゃないけど、先生に頼まれてみんなの護衛も兼ねているんだよね。どうもこの家を監視されてる気配がするから、ちょっと追っ払ってくるよ!!」

 リズがケースを床に下ろし、中から大きなライフルを取りだした。

「あわわ、プロが道具をこんな場所で!?」

 イートンメスが慌てた声を上げ、部屋のどっかにいたビクトリアスまで駆け寄ってきた。

「ね、姉さん、これとんでもない事ですよ!?」

 ビクトリアスまで変な声を出し、リズが笑った。

「ああ、これは市場で買ったままの狙撃銃だから、本格的な仕事用じゃないしね。スコープだけは好みの物に変えたけど、それだけしかカスタムしてないから。そのスコープも吊しのものだし、なんなら持ってみる?」

 リズが笑った。

「ぎゃあ、それマジでヤバいですよ。いいんですか!?」

「ね、姉さん。ヤバいどころか、とんでもない珍事ですよ!?」

 イートンメスとビクトリアスの声が裏返り、リズが笑って無理矢理ライフルをイートンメスに持たせた。

「うわ、信じられないです……。あれ、バランスが微妙に……」

 イートンメスがライフルを構えて不思議な顔をすると、リズがニヤッと笑った。

「イートンメスの得物はナイフだからね。やっぱ、分からないか。ビクトリアスに持たせてみたら?」

 リズが笑うとイートンメスが、ビクトリアスにライフルを渡した。

「ウインチェスターM7000ですか。ん、これメチャクチャ拘ってるじゃないですか!!」

 ライフルを構えたビクトリアスが、悲鳴のような声を上げた。

「それはそんなに拘ってないよ。市場の片隅に行き着けの店があってね、あたしの好みを知っちゃってるから、完全なノーマルは売ってくれないんだよ。店の場所は企業秘密!!」

 リズが笑った。

「こ、こんな癖の強い銃を使っていたとは。姉さん、私は甘かった……」

 ビクトリアスがライフルを抱きかかえ、そのまま床に崩れた。

「こら、落ち込まない。二人とも研究が甘いぞ!!」

 ビクトリアスからライフルを取り上げ、リズは笑って家から出ていった。

「し、師匠、これヤバいくらい信用されていますよ。大変な事です……」

 イートンメスが呆けたような表情で立ち尽くし、床に崩れたまま泣き出したビクトリアスを慌ててルリが介抱をしはじめた。

「あれま、そこまでなんだ。よく分からないけど、イートンメスはともかく、いつもどっか冷静なビクトリアスまでこれじゃ、よほどの事だったんだね」

「……はい、己の未熟さを知りました。鍛え方が足りません」

 イートンメスまで床に崩れ、大泣きに泣き始めた。

「うげっ、イートンメスまで!?」

 私は慌ててポケットからあめ玉を取り出し、椅子から飛び下りてイートンメスを抱きかかえて、その口にあめ玉を放り込んだ。

「ほ、ほら、大好きなハッカ味だよ。直って!!」

「……ダメです。もう自信がありません」

 イートンメスが、私に抱きついて泣き出した。

「まいったな。イートンメスって頑丈だけど、こうなると長いんだよねぇ……」

 私はイートンメスを抱きかかえ、小さくため息を吐いた。

「スコーン、どうしよう。こっちもダメだよ」

 隣でビクトリアスの介抱をしていたルリが、困ったような顔をした。

「うん、こうなると二人とも長いんだよね。こりゃ、大変だ」

 私がため息を吐いた時、派手な銃声が家のそとから聞こえてきた。

「うわ!?」

 イートンメスが声を上げ、いきなり立ち上がると拳銃を引き抜いた。

「ね、姉さん。敵です!!」

 ビクトリアスも慌てて立ち上がると、同じく拳銃を抜いた。

「……あっ、直った」

 私は苦笑して、椅子に戻った。

「師匠、座ってないで床に伏せて下さい!!」

 イートンメスが私を椅子から引きずり下ろし、そのまま足で床に押しつけた。

「こら、丁寧に扱え!!」

 私が叫んだ時、外で派手な銃声が連続で響き、どうも乱戦になっているようだった。

「ぎゃあ、話が違う!!」

 私はイートンメスに踏まれたまま、喚いてしまった。

「姉さん、どうします?」

「こら、今さら外に出たって足手まといでしょ。ここで近接防御!!」

 ビクトリアスとイートンメスの声が聞こえ、窓ガラスにビシバシとヒビが入っていった。

「ぎゃあ、何事!?」

 私が叫ぶと家のドアが蹴破られ、中に黒ずくめが三人飛び込んできた。

「……ファイア・アロー!!」

 私は反射的に呪文を高速詠唱し、攻撃魔法魔法を放った。

 矢のような形になった炎の矢が一本、黒ずくめの体を貫いて小爆発を起こした。

 その間に、イートンメスとビクトリアスも拳銃の引き金を引き、残り二人と戦い始めた。

「スコーン!?」

 私と同じように、ビクトリアスに床に引き倒されて踏みつけられたルリが、慌てて声を上げた。

「いいからじっとしてて、あとは二人に任せていいから!!」

 私が叫ぶと、イートンメスが背中から足を退けた。

「二人とも動かないで下さいね」

 イートンメスが滅多にない殺気を放ち、腰の後ろに挿している大型ナイフを引き抜いた。

 さっきまで泣いていたのが嘘のように、家中を駆け回る黒ずくめを相手に、凄まじい勢いで間合いを詰めて、一人をあっという間に倒した。

「……クリア」

 その間にビクトリアスも一人を撃ち倒し、小さく呟いた。

「ふぅ……みんな無事?」

 私は立ち上がって、家の中を見回した。

 どうやら、修復の魔法が使われているようで、ヒビだらけの窓ガラスが急速に復元されつつあった。

 目が届かなかったキッチンをみると、キキが床にしゃがんで真っ青な顔色をして、パステルが……平然と料理していた。

「ぱ、パステル。料理していたの!?」

「はい、この程度は当たり前なので。冒険中は料理するとその匂いに惹かれて、魔物もやってきたりするので。もうすぐ出来ますよ」

 鍋を覗いていたパステルが、顔を上げて笑みを浮かべた。

「へ、へぇ、頼もしいね。私は気に入ったよ!!」

 思わず笑みを浮かべ、私は笑った。


 イートンメスとビクトリアスが戦闘で乱れた部屋の中を片付け、綺麗に元に戻ったところで、傷だらけのリズが小屋に入ってきた。

「いや~、最初から襲撃狙いだったみたいでさ。数が多くて撃ちもらしちゃった。ごめんね!!」

 リズがライフルを手に笑った。

「うわ、イートンメス。早く治療!!」

「はい、師匠。分かってます!!」

 室内にゆっくり入ってきたリズの元にイートンメスが駆け寄り、回復魔法を使った。

「ありがと。さて、メシはまだかい?」

 リズが笑うと、キッチンのパステルが頷いて、引き出しから皿を取り出して料理を盛り付け始めた。

「また豪華じゃん。はぁ、これでお小遣い五百クローネだもんね。先生もケチだから!!」

 リズが笑って椅子に腰掛けた。

「こ、こんな怪我して、たったそれだけなの?」

 私が聞くとリズが笑った。

「うん、それが先生だから。さて、メシだメシ!!」

 リズがポケットから子リズ縫い包みを取り出し、私の頭に乗せてから椅子に座った。

「こ、子リズ……」

 私は頭の上にあった子リズ縫い包みを手に取り、そっとポケットにしまった。

「リズばっかりズルいな。私も手先は器用なんだよ!!」

 どこに隠れていたのか、パトラが笑みを浮かべて近寄ってきて、私の手に自分の顔を美味く刺繍したハンカチをくれた。

「あ、ありがとう。どうしたの?」

 私が問いかけると、パトラが笑みを浮かべた。

「うん、私はずっとカリーナにいるけれど、スコーンの評判はちゃんと聞こえていたんだよ。そしたら、リズがなんか凄いのがいるって興味を持っちゃって、私も資料や論文を読んでいたら凄いなって思って、お近づきになれたらいいなって思っていたんだよ。これはリズも同じで、こりゃなんとかして呼び寄せようか、いい研究仲間が出来るねぇなんていってたら、いきなり転がり込んでちゃったからビックリしちゃってさ。よろしく!!」

 パトラが笑みを浮かべた。

「そ、そうなんだ。研究所って閉鎖的だから、極秘部門にいた私の話題なんて、そうそう表に出るもんじゃないと思うけど……よく分かったね」

 私が笑みを浮かべると、パトラが笑った。

「魔法野郎の世界は広いようで狭いよ。嫌でも、変わり者の話題は聞こえてくるから。カリーナでも、そういう事に詳しい一部では話題になっていたんだよ」

 パトラが笑った。

「そういう事、あたしも頑張った自負はあるけど、こりゃいい勝負だなって思ったよ。あの魔道方程式のいい加減なコンキャットルストゥトルメント関数をぶっ壊して、中身をさらけ出した論文は傑作だったね。あたしはあんなもん興味なかったけど、『結論。この関数は神のみぞ知る』だもんね。誰だ、こんなもん考えたの!!」

 リズがライフルを片付けながら笑った。

「ああ、あれね。なんか頭にきたから、片手間に徹底してぶっ壊してやろうって研究したんだよ。三ヶ月はかかったかな。あんな延々と『もし、これなら?』の定義しかしてない関数なんて使えないよ。逆に面白くなっちゃった」

私は思わず笑った。

「そう、あれは傑作でお気に入りだよ。他にもあるけど、改めてカリーナにようこそ!!」

 パトラが笑みを浮かべ、右手を差し出してきた。

「うん、よろしく!!」

 私は握手に応じ、笑みを浮かべた。


 パステルが作ってくれた遅めの昼食を済ませた私たちは、家の中だけではつまらないと、散歩に出ることにした。

「ビクトリアス、エルフご一行は?」

 玄関を出たところで、私は大型無線機を背負ったビクトリアスに聞いた。

「はい、あと二時間は掛かるそうです。ちょうど夕方くらいですね」

 ビクトリアスが頷いた。

「分かった。散歩っていっても、滑走路以外は森しかないね」

 私は家の周囲に広がる、怖いくらい茂った森を眺めた。

「師匠、この島をどうするんですか?」

 イートンメスが、笑みを浮かべて聞いてきた。

「そうだねぇ、どうしたもんだか……」

 私は外の空気を大きく吸い込んで、笑った。

「あたしは完全に保養所にしてるよ。とりあえず、美味い酒とメシがあればいい!!」

 リズが叫ぶと、イートンメスがすかさず握手した。

「それいいです!!」

「あれ、イートンメスもそんな感じなの?」

 リズが笑った。

「こら、イートンメス。また大酒飲んで、暴れるつもりでしょ!!」

 私は笑った。

「師匠、暴れた事ないでしょ。私の肝臓は頑丈で強力です!!」

 イートンメスがニヤッと笑みを浮かべて、Vサインを作った。

「あのね……。まあ、知ってるけどさ。さて、ここがどんな島かも分からないし、まずは見て回りたいけど、こんな森は危ないよね」

「はい、これは危険です。先ほどのはイレギュラーとしても、どんな危険生物が住んでいるか分かりませんし、はぐれてしまったり迷ってしまったり……そうなると大変ですよ」

 パステルが頷いた。

「そうだね。私もちょっと入ったけど、怖かったよ」

 ルリが笑った。

「そっか、よし。ここは、あたしが先頭で探検しようか!!」

 リズが笑みを浮かべた。

「止めなよ、カリーナで学生だった頃から、こういう場所にくるとやたら迷うじゃん。だから、ドラゴンに餌付けされたりしたんだよ!!」

 パトラが笑った。

「ど、ドラゴンに餌付けされた!?」

 私は思わず声を上げた。

「この、馬鹿野郎!!」

 リズがゲンコツを振り上げた瞬間、パトラがどこに隠し持っていたのか黄色のヘルメットを素早く被り、そこにリズの拳がめり込んだ。

「……痛い」

「いつもの事だよ、ベロベロべー!!」

 パトラが思い切りおちょくった顔をすると、リズの額に怒りマークが浮かんだ。

「こ、この野郎。ファイア・アロー!!」

 リズが素早く呪文を唱えると、突き出した右手からドバババと無数の炎の矢がパトラに炸裂した。

「どうだこの野郎!!」

「フン、慣れた。効かないよ~だ!!」

 モロに食らった攻撃魔法を一笑し、パトラがアッカンベーをした。

「な、慣れたって……あれ、一本当たるだけで火傷じゃ済まないんだけどな……」

 私は思わず目を丸くした。

「師匠、真似しないで下さいね。私にやったらお仕置きですよ」

 イートンメスが笑った。

「や、やらないよ。なんで平気なんだろ。手加減はしていたみたいだけど……。私もやってみようかな……」

 私はこっそり呪文を唱え、右手をそっと前方に突き出した。

「……光りの矢」

 私の右手から巨大な光りの矢が生まれ、それがパトラに向かって突っ込んだ。

 軽い爆発と共に、パトラが綺麗に吹っ飛んで森の彼方にぶっ飛んでいってしまった。

「……あっ、吹っ飛んじゃった」

「師匠!!」

 イートンメスの拳が、私の頭にめり込んだ。

「……いけね。うっかり」

「うっかりじゃありません。どうするんですか、森のどこにぶっ飛んだか分かりませんよ!!」

 イートンメスが怒鳴った。

「アハハ、やったな。グッジョブ!!」

 リズがビシッと親指を立て、素早く呪文を唱えた。

 青白い防御結界が私たちの周りに展開され、瞬間、ド派手な爆発が結界の向こうで弾け散った。

「……うわ、怒っちゃった?」

 私は顔から血の気が引いた。

「パトラッシュのヤツ、久々に好敵手とみて攻撃してきたよ。アイツの魔法はエルフも入ってるから、気合い入れないと勝てないよ!!」

 リズが笑いながら呪文を唱え、両腕を前方に突き出した。

「オメガ・ブラスト!!」

 リズが攻撃魔法を放つと同時に、結界の向こうで激しい魔力光がはじけ飛び、森の奥に向かって一直線に飛んでいった。

「スコーン、手加減抜き。さっきのヤツ!!」

「わ、分かった!!」

 リズの声に、私は慌てて攻撃魔法を放った。

 極大の光の矢が森目がけて突き進み、遙か遠くで爆発が起きた。

「よしよし、効いたな。アイツの魔力が消えた。参りましたって!!」

 リズが笑った。

「お、思わず加減抜きで撃っちゃったけど、だ、大丈夫なの!?」

「うん、あたしがムカついた時に、都合よく標的にいたのがパトラなんだよ。今じゃ慣れちゃって、ほとんどの魔法を気合いで跳ね飛ばすほどボディが強化されちゃってさ。あの光の矢って非精霊系でしょ。あたしはオマケで研究してるだけだから、四大精霊魔法がほとんどでね。カリーナでも、専門に研究している人は少ないよ。パトラも慣れてないから、さすがにど根性と気合いじゃ対応出来なかったか!!」

 リズが笑って、私の頭にまた子リズ縫い包みを置いた。

「き、気合いと根性って。防御魔法じゃないの!?」

「うん、あたしたちは気合いと根性だけは、負けないコンビだからね!!」

 リズが笑い、結界を解除した。

 しばらくすると、森の上空に人影が現れ、フラフラとパトラが帰ってきた。

「やったな!!」

 パトラが私の肩を叩いて、大きく笑った。

「あれ、怒らないの?」

「怒らないよ。それじゃ、リズの相棒は務まらないから。それより、今のなんなの。精霊力が源なら対処出来るんだけど、慌てて使った防御魔法すら突き抜けて一撃食らったもん。バラバラになるかと思ったよ。やっぱり、凄いな!!」

 パトラが私の手を握って大はしゃぎした。

「……か、変わった人だね」

「まあ、私とリズをまともな尺度で測ったらダメだよ。ますます気に入った!!」

 パトラが私にまたハンカチをくれた。

「び、イートンメス。しゅごい、面白い!!」

「師匠、調子に乗らないで下さい!!」

 イートンメスが私の背中を思い切り蹴飛ばし、吹っ飛んだ私の体を力強く抱きしめたパトラと同時に地面を転がった。

「イテテ……。やっぱ、マジで怒ったな」

 私はパトラから離れ立ち上がって、手を差し出した。

 その手を握り、パトラが笑みを浮かべて立ち上がった。

「まあ、カリーナには常識外れが多いから、イートンメスもそんなにお堅く構えない方がいいよ!!」

「そ、そうですか。でも、攻撃魔法はやたらと……」

 その間に、リズがキョトンとしているイートンメスに、なにやらお説教を始めた。

「リズの説教は、先生仕込みの泣ける優しいヤツだから安心して。それより、飛んで帰る時に小さなビーチを見つけたんだ。飛行の魔法は使える?」

 パトラが笑みを浮かべた。

「うん、使えるけど、どっか行くの?」

 私が問いかけると、パトラが頷いた。

「まあ、リズの説教は優しいけど長いし、他のみんなも聞き始めちゃったから、やる事ないしね。私たちは、暇つぶしに出よう!!」

 パトラが笑い、私は頷いた。

「じゃあ、いこうか。あとをついていくよ」

「うん、ついてきて!!」

 パトラが呪文を唱え宙に飛び上がると、私も後に続いて空に舞い上がった。

 こんもりした森の上空を飛び、家とは反対側当たりに小さなビーチが見えてくると、パトラが先行してそこに降り立って座った。

 私はパトラの隣に降り立ち、同じように砂の上に腰を下ろした。

「はぁ、いいところがあるね。イートンメスなんか連れてきたら、間違いなく海を見ながら大酒飲んでるよ」

 私は潮の音と香りを感じながら、大きく伸びをした。

「うん、居心地良さそうだから誘ったんだ。あのね、私はハーフ・エルフだから、なかなか話し相手すらみつからないんだよ。リズとは学生の頃から知り合ってね。寮でたまたま同じ部屋だったってのもあるけど、色々よくしてくれてさ。今の校長に代わる前は酷くてね。私なんて冷遇されてたし、庇ってくれたリズと纏めて何度も放校されそうになったり、全く戦いの学生生活だったよ」

 パトラが小さく笑った。

「そっか、話には聞いていたけど、やっぱり苦労が多いんだね。あのさ、こういったらなんだけど、なんでハーフ・エルフがカリーナなんて目立つ場所に入っちゃったの。嫌なら答えなくていいけど」

 私は小さく息を吐いた。

「うん、まさかエルフ社会には入れないし、どっかに隠れて住むのも嫌だったら、思い切って受験してみたら合格しちゃってさ。もし、寮の相棒がリズじゃなかったら、今頃ここにはいないよ。ああ見えてリズもどっか人見知りだから、カリーナで打ち解けられた相手が私だったんじゃないかな。まあ、仲良しではあるよ」

 パトラが小さく笑った。

「そっか、まさに相棒だね。私はなにかと面倒な研究所じゃ、共同研究も許されなくてね。助手のイートンメスとビクトリアスだけが、気軽に話せる相手だったよ。もう、肩が凝っちゃってね!!」

 私は笑った。

「そっか、スコーンが研究所の変な部署にいた事は知ってるよ。でも、カリーナは違うから安心してね。ある意味、やりたい放題だから。まあ、先生の『だまらっしゃい!!』だけは気をつけてね。先生の怖さを知ってるリズなんて、これ聞いただけで大人しく正座しちゃうから!!」

 パトラが笑った。

「えっ、あの優しそうな校長先生が怖いの?」

「うん、いよいよ説教じゃダメだってなると、先生もブチ切れてカリーナの地下にあるお仕置き部屋に放り込まれて何日も出してもらえないし、水しか飲ませてくれないし、これに耐えられるのはリズくらいじゃないの。懲りないから、何度もやらかしてさ!!」

 パトラが笑った。

「……うげ、気をつけよう」

 私は唾を飲み込んだ。

「まあ、だまらっしゃい!! も完全にリズ専用だね。そこまで、懲りない人はいないから。そのくらい、優しい人だよ」

 パトラが笑った。

「そ、そっか。ならいいや。私もやらかすからねぇ。イートンメスの拳が間に合わなくて、研究室ぶっ壊して、よく所長から大目玉食らったよ」

 私は笑った。

「うん、やりそうだもん。まあ、簡単にぶっ壊れるようなヤワな研究室じゃないし、一定上の魔力を検知すると、強制キャンセルする仕組みになってるから大丈夫だよ。そのキャンセルする仕組みを研究しようとして、削岩機で床を削ったら下の部屋まで抜けちゃって、そこがたまたまスコーンの部屋でさ。ごめんね」

「さ、さすが、気合いと根性チーム。そこまでやるか……」

 私は苦笑した。

「まあ、それでさ。そんな縁ってわけじゃないけど、私たちと仲良くしてね。リズも気が合いそうだって喜んでるし、私も友達が増えそうで嬉しいんだ」

「友達ね。魔法学校の頃も研究所に入ってからも、そんなにいなかったからね。私でよければ」

 私は笑みを浮かべた。

「もちろん、だから声を掛けたんだもん。ねぇ、スコーンって攻撃魔法専門だよね。これ困ってるんだよ。ヒントでいいから欲しいな」

 パトラは肩に提げた鞄の中から、ノートを取り出してページを繰って私に渡してきた。

「あれ、研究ノートなんてみちゃっていいんだ。えっと……」

 私はノートに記された、複雑な数式から導き出された呪文の羅列を目で追った。

「どうかな、私もいくつか攻撃魔法を使えた方がいいって、経験で分かってるんだけど苦手でさ」

 パトラが苦笑した。

「そうだねぇ……四大精霊魔法か。また思い切った発想だけど、結界魔法の因子が混ざっていたり、複雑過ぎて大変だと思うよ。まあ、狙いは分かってる。結界で空間を部分的に切断して、敵を倒すか……。ほぼ一発だね。また、おっかない事を」

 私は思わず苦笑した。

「うん、リズの得意技なんだよ。ただ結界を張るだけじゃなくて、それを攻撃魔法に応用してね。本気じゃないとやらないけど、ずいぶん助けてもらったんだ」

 パトラが小さく笑った。

「そっか、これは思いつかなかったな。結界は、一番難解で高度な魔法なんだよ。専門のリズには及ばないけど、これなら組み立てられるかな……」

 私がいうと、パトラは黙ってペンを差し出した。

「……うん、ここか。そもそも、属性が逆方向なのが問題なんだよね。結界は防御を狙った魔法だから、攻撃には使えないのが当たり前。それを、ぶっ壊すには……」

 私は鞄から普段持ち歩いている研究者必携の関数電卓を取り出し、しばし黙考して新しいページを開いてペンを走らせ始めた。

「あれ、ヒントでいいのに……」

「ヒントなんて出せないよ。私が完成させるしかないね。やるからには、やるよ!!」

 私は笑みを浮かべ、せっせと数式を書き出し計算しては結果を記し、そこから導かれるルーン文字を並べていった。

「パトラ、これ知ってる人少ないんだけど、ルーン文字には表と裏の意味を示す事が表裏一体で表されているんだよ。通称裏ルーンっていうんだけど、これで作った呪文は扱いが難しいし、消費魔力も高くてね。でも、それでやるしかないよ。呪文だけ書いておくから、読みはリズに聞いて。師匠に悪いでしょ?」

 私は小さく笑い、ノートにすらすらと数式と呪文を書いていった。

「師匠なんてわけないじゃん。なにこれ、ルーン文字は分かるけど、全く読めない……」

 パトラが食いつくようにノートを見やった。

「表の読みを逆に読むだけだよ。呪文はね。でも、桁違いに扱いが難しいし、これは危険だから最後の切り札と思ってね。シャレにならないから」

 私はサラサラと呪文を書き上げ、立ち上がった。

「よし、出来た。……裂けよ!!」

 私は出来たばかりの呪文を唱え、試射してみた。

 突き出した両手の平から激しい魔力光がほとばしり、目の前の海が一瞬歪んでバキーンと派手な音が響き、一瞬だけパッカリと海面が一筋に割れてすぐに閉じた。

「……で、出来たの」

 パトラがポカンとして聞いてきた。

「うん、まだ荒いけど使えるようにはなったよ。考えた事もなかったから、いい刺激もらった!!」

 私は笑って再び砂の上に座り、パトラにノートを返した。

「さ、さすが、噂のスコーンだね。ビックリした……」

「まあ、なにかと研究所で揉まれて、魔法作りの速さだけが自慢だったからね。頼めば三分って、馬鹿野郎どもが次々変な命令出してきて堪らなかったよ」

 私は笑った。

「こ、これ、私でも使えるの?」

「うん、基礎は一緒だから。専門のリズほどじゃないとは思うけど、やってみたら」

 私が頷くと、パトラは立ち上がってノートの呪文を読み始めた。

「大した文字数じゃないし、すぐに覚えたでしょ。発音が難しいけど」

「うん、これなら大丈夫。……馬鹿野郎!!」

 パトラが両腕を前に突き出し、凄まじい魔力光がほとばしった。

 海がバカッと割れすぐに元に戻ると、パトラは満面の笑みを浮かべた。

「ちょっと力み過ぎだけど、成功したでしょ。リズには秘密にしておいた方がいいよ!!」

 私は笑った。

「うん、内緒にしておく。いざって時に、見せびらかして遊ぶよ!!」

 パトラが笑った。

「さて、一つ魔法が出来たね。この瞬間が好きなんだよ」

 私は笑みを浮かべて、砂の上に立ち上がった。

「うん、分かる。私の専門は魔法薬だけど、狙った以上に変なのが出来た時が楽しい!!」

 パトラが笑って、私に飛びついた。

「よかった、いい友達が出来たよ。それじゃ、もう帰ろうか。いい加減、リズの説教も終わってるでしょ!!」

 パトラが笑みを浮かべ、私から離れた。

「よし、帰ろうか」

 私は笑い、二人で並んで空に舞い上がった。


 家の前にパトラと戻ってくると、リズが苦笑して家の前に立っていた。

「こら、勝手にどっかいくな。みんな心配して、パステル隊長が残りの皆さんを連れて森に入って行っちゃったよ。まあ、やたら強烈な魔力を二発も感じた割には森に被害もなさそうだし、なにもないって分かったから無線で呼び戻した。もうすぐ帰ってくるよ」

 リズが笑った。

「で、なにやってたの。あたしみたいに、ムカついたからどっかで暴れてたってか?」

 リズが小さく息を吐いて笑みを浮かべた。

「うん、秘密!!」

 パトラが私に目配せして、笑みを浮かべた。

「……おい、なんかオイタしたな。パトラ、吐け!!」

 リズの眉がピクッと跳ね上がり、パトラに向かってドロップキックを放った……が、見事に避けられてリズはそのまま地面を転がった。

「それも慣れたよ~だ。なに? ってね!!」

 パトラがべーっと舌を出して、大笑いした。

「……一体、どういう仲なんだろ」

 私はポリポリ頭を掻いて、苦笑した。


 ついにリズとパトラが殴り合いを始め、私はその激しいやり取りをポツンと体育座りをして見つめていた。

「これ、止めた方がいいのかな。でも、体術がハイレベル過ぎて、私じゃ混ざれないしなぁ~……」

 私はポツリと呟き、頭をポリポリ掻いて苦笑した。

 そのうちガサガサと音が聞こえ、なぜか迷彩服まで着込んだイートンメスとビクトリアスが茂みをかき分けて出てきて、パステルが笑った。

「なにやってるんですか?」

 パステルが笑って、手にした弓を掲げた。

「師匠、勝手にどっかいかないで下さい。でも、ありがたい説教でした。それで、この騒ぎは?」

 イートンメスが笑みを浮かべ、ビクトリアスとキキを連れてやってきた。

「ねぇ、そんな事より新魔法出来たよ。パトラとデートしてた!!」

 私は笑って呪文を唱え、家の脇に立っていた巨木に向かってさっきの魔法を唱えた。

 一瞬だけ空間が歪み、さっきのバキーンという派手な音もなく、巨木はあっさり切り倒されて草原に転がった。

「ほら!!」

 私は笑った。

「あ、あれ?」

 殴り合いをしていたリズとパトラがいきなり止まり、リズが目を丸くした。

「あれ、さっきと違うね。もう改良したの!?」

 パトラも目を丸くして固まっていた。

「し、師匠、なにやったんですか!?」

 イートンメスがポケットに手を突っ込み、私の口にあめ玉を放り込んだ。

「……い、今のは、空間遮断?」

 ビクトリアスが小首を傾げた。

「ちょ、ちょっと、それあたしの十八番だし、他に使える人いないんだけど!?」

 リズがパトラを巴投げで吹っ飛ばし、私の肩を掴んでゆさゆさした。

「うん、ヒントもらったから開発したんだよ。まだ、粗いけどね!!」

 私は笑った。

「ヒントって……ああ、パトラだ。なに、まだこっそり研究してたの。危ないし無理だから、止めろていったのに!!」

 リズが喚きながら、私のポケットが一杯になるまで子リズ縫い包みをねじ込み、涙目で私の体をユサユサした。

「まだ使えないよ。魔力分散にムラが多すぎて、何発も撃てないしね。攻撃魔法としては、まだ未完だよ!!」

 私が笑うとリズが私を抱きしめた。

「……裏ルーン使ってまでやったね。よりによって、攻撃系が苦手なパトラに覚えさせるなんていけない子だよ。あたしも思いつかなかったのは見事だけど、あとでお仕置きだからね。覚悟しなさい」

 リズが耳元で囁き、小さく笑った。

「……分かってたけど、なんか必死だから力になりたくてね。お仕置きは謹んで受けるよ」

 私も囁き返し、小さく笑った。

「……よし、いい子だね。ますます気に入ったよ。これは親愛の証」

 リズがそっと軽く私の頬に唇を当て、笑みを浮かべて頭を撫でた。

「うわ!?」

「これがお仕置き。深い意味はないけど、あたしのお気に入りになったら、どんな目に遭うか分からないよ。覚悟しなさい!!」

 リズがカラカラと笑った。

「び、ビックリした。どんな目か……覚悟するよ!!」

 私は笑った。

 リズが私から離れ、ヨロヨロとやってきたパトラの頭にゲンコツを落とした。

「こら、あれは禁止だからね!!」

「分かってるよ。さすが、噂のスコーンだよ。危険だって分かった。使いこなせない」

 パトラが苦笑した。

「あ、あの、私はついていけるか分かりません。飛行の魔法は憶えましたが、かなり不安です」

 キキが苦笑して頭を掻いた。

「大丈夫、助手のついでに教えるから。さて、楽しくなってきたよ!!」

 私は笑って、夕焼け空に変わった空を見上げた。

「あの、スコーンさん。もうじき、エルフの皆さんを乗せた飛行機が到着するそうです。もう最終着陸態勢に入っているとの事なので、それほど時間は掛からないでしょう」

 背負っていた無線機でどこかと通信していたビクトリアスが、笑みを浮かべて眼鏡を直した。

「そうなんだ、またエルフ料理かな」

 私は笑った。

「師匠も今の魔法はダメですよ。場合によっては、邪法として目を付けられてしまいます」

 イートンメスが苦笑した。

「こら、さっき説教したでしょ。邪法って言葉は、カリーナでは禁止だよ。それを決めるのは術者の自己責任。フリーが売りの校風だからね!!」

 リズが笑った。


 外にいるついでだからと飛行機の到着を待っていると、夕焼けの空に私たちと同じ双発のプロペラ機が着陸灯を点灯させて、滑走路に向かって降下してくるのが見えた。

「おっ、来たよ!!」

 私はそれを指さして笑った。

「はい、師匠。飛行機はいつ見てもいいですね。皆さん楽しみにしているはずです。エルフは里から離れる事は滅多にないはずなので」

 イートンメスが笑った。

「うん、よく出てきたね。珍しい里だよ。私もビックリした」

 パトラが飛行機を眺めて、笑みを浮かべた。

 飛行機は徐々に降下して、無事にガタガタの滑走路に着陸した。

「あの滑走路はちゃんと直した方がいいよ。飛行機がぶっ壊れちゃうよ!!」

 私は笑った。

「師匠、もう手配済みと連絡がきています。一回コンクリートを剥がして、作り直した方が早いと。大工事になりますよ」

 イートンメスが笑みを浮かべた。

 滑走路端で向きを変えた飛行機が、先発の私たちの飛行機の隣に並んで駐機すると、スラーダを先頭に一行が扉に設置されているステップを降りてきた。

「先日はお世話になりました。押しかけてしまって申し訳ありません。いい森がある素敵な島ですね」

 私の元に来たスラーダが、握手を求めてきたので私は応じた。

「うん、森が凄すぎてどうしていいか分からないんだよ。いい感じで、整備したいんだけどね!!」

「はい、お任せ下さい。適当に間引きして整えれば、散策にはちょうどいいと思います。それは、慣れている私たちが手伝いますよ。里には警備隊を増員して配置してありますし、あの大きな家なら連れてきた全員が泊まれるでしょう。道具も持ってきましたし、一ヶ月ほどお貸し頂ければ、整備出来ると思いますよ」

 スラーダが笑みを浮かべた。

「えっ、手伝ってくれるの。それは助かるな。いくらでも使って!!」

 私は笑みを返した。

「ありがとうございます。では、食材もお持ちしましたので、腕を振るわせて頂きます。調理に時間が掛かるので、さっそく始めますね」

 飛行機に乗せられたコンテナを、パステルがリフトで器用に飛行機から取り出すのが見え、空はもう夜闇が迫っていた。


 外はすっかり夜になり、家の中は集まったエルフの皆さんも余裕でくつろげるほど広かったので、私は窓際の椅子に座ってのんびり、完全に真っ暗な外の光景を眺めていた。

「はぁ、色々あって疲れたな。でも、面白かったよ」

 私は独り言を呟き、小さく笑みを浮かべた。

 鼻歌を歌いながらしばらく夜闇を眺めていると、リズが笑みを浮かべて近寄ってきた。

「おう、元気してる!!」

 リズが笑って、私の頭に子リズ縫い包みを置いた。

「うん、元気だよ。上機嫌だね!!」

 私は笑った。

「ああ、調査して分かったよ。昼間に飛び込んできた珍客は、隣国の破壊工作員だったよ。警備の薄いこの島ならって、ずっと潜んでいたらしいんだけど、ピーちゃんも情報ダダ漏れなんて弛んでるなぁ!!」

「やっぱ、狙われていたか……」

 わたしは苦笑した。

「うん、宿命だね。あたしも狙われて、日々大変だよ。さて、料理もまだ出来ないみたいだし、ちょっと出ようか。パトラにヤバいの教えたお仕置きの続き。あたしは、悪い子には厳しいぞ!!」

 リズは私の手を取り、椅子から立たせた。

「なに、まだ許してくれないの?」

 私は苦笑した。

「うん、ダメ。だから、覚悟しなさい!!」

 リズが笑って、私の手を引っ張った。

「はぁ、怒らせると怖いなぁ」

 私は苦笑して、黙って後をついて家の玄関から外に出た。


 外には明かりがないので、家の窓から漏れ出す光だけが頼りの状態だった。

「うん、やっぱ真っ暗だね。変に移動すると遭難しちゃうから、家の裏でもいこうか。機械がたくさんあってうるさいけど、あたしはかえってその方がいいな」

 リズが小さく笑い、私の手を引いたまま家の裏に回った。

 確かに機械類が大量に設置されていて、冷却ファンの回転音やらなにやらで居心地がいいとはいえなかったが、窓が少ないのでかなりの薄暗がりだった。

「よし、まずは座ろう。お説教だよ!!」

 リズが先に座って私の手を引き、その隣に腰を下ろした。

「あの、話しに聞いた泣けるやつ?」

 私は苦笑した。

 窓から漏れる光の中で、リズが小さく首を横に振った。

「それじゃないよ。泣ける話じゃないとは思うけど、あたしはどうにも男が信用出来なくてね。よく今の旦那と結婚出来たよ。それが、まず奇跡だね」

 リズが小さく笑った。

「あれ、予想外……。そうなんだ、私も似たようなものかな。男の人はなんか怖いよ」

 私は苦笑した。

「でしょ、なんか嫌なんで、学生時代にたまに近寄る男を蹴り倒しまくっていたら、これまた奇跡でパトラと同じでハーフ・エルフの子がいてね。名前は、ロス・ウインバース。コイツも居場所がなくて孤立していたんだけど、あたしは変な偏見はないから近寄ってすぐに仲良くなったんだよね。で、まあ、パトラも混ぜて仲良く遊んでいたら、人間にはどこか猜疑心があるはずのロスから、いきなり付き合ってくれって告られてさ。私なんか恋愛経験自体がゼロだったから、どうしていいかわからないけど……っ感じで、こっそり交際していたんだけど、あたしもまだ下手くそだったから、初等科のある魔法の授業で力みすぎて魔法を暴走させちゃってさ。そのまま、あたしが命を落とすところを、ロスが無理矢理飛び込んで盾になって、代わりに亡くなっちゃったんだよね。これは、いくら頑丈が自慢のあたしでも効いたな。しばらく、立ち直れなかったよ。あたしって、本気で落ち込むと、リスタートが超絶重いんだよね」

 リズが苦笑して、私の体に自分の体をくっつけた。

「そ、それは……いくらなんでも辛すぎるよ」

 私は思いきりため息を吐いた。

「まあ、カリーナではありがちな事故で、簡単に処理されて終わっちゃったけど、しばらくぽっかり空いちゃってさ。あたしがあのパトラに抱きついて泣いちゃったりしたんだよ。信じられる?」

 リズが笑った。

「そ、それは当たり前だよ。私だったら、もしかしたら魔法使いの道を諦めたかもしれないよ……」

 私はまたため息を吐いた。

「そうしたら、ロスの命が無駄になっちゃうでしょ。だから、ぶっちぎりの主席卒業してやったんだよ。それでも、満たされる事はなかった。まあ、今の旦那は当然好きなんだけど、子供まで産んでもどっか違うなぁってフラフラしてたら、誰かさんの資料をたまたま読んで、なんかアンテナに引っかかった。おっ……って思って、色々調べてなかなか面白い子だなって思って、よりによってあの隔離されて近寄れない王都の腐った研究所かって、ため息吐いたりしていたんだよ。そしたら、なんかいきなりその子がカリーナに転がり込んでくるって聞いて、あたしは心底ビックリして慌てたよ。分かる、この誰かさんって?」

 リズが笑って、私の頭に子リズ縫い包みを置いて、小さく笑った。

「ん、どっかで……ああ、私だ!?」

「うん、そんな冒険野郎は他にいないでしょ。こりゃ大変だ、お近づきにならないとって、色々隙をみて様子を覗っていたんだけど、ようやくチャンス到来だね。お仕置きだから、拒否権はないよ。なんでも謹んで受けるっていったよね。私と付き合ってね。下手くそだけど、ちゃんとリードするから」

 リズは小さく笑みを浮かべ、私の頬に自分の唇を当てた。

「ぎゃあ!?」

 私は思わず立ち上がろうとしたが、リズは私の肩を押さえて留めた。

「ほら、逃げられないぞ。リズ先生のお仕置きは厳しいぞ!!」

「そ、そんなお仕置きあるの。誰とも付き合った事なんてないよ!?」

 私がワタワタすると、リズは小さく笑った。

「あたしだって褒められたもんじゃないけど、悪いようにはしないよ。一方的だけど、これで穴が埋まったよ。いっておくけど、捕まえたら逃がさないのはパトラ並だよ。あの子も高精度の巡航ミサイルみたいに、好きになった相手に猛進して追っかけ回すタフな野郎だから、先を越されて堪るかって捕獲したよ。よし!!」

 リズが笑って、私の体を抱き寄せた。

「そ、そんな!?」

「慌てないの。嫌な事?」

 リズが笑みを浮かべ、私の目をのぞき込んだ。

「……い、嫌じゃないけど、よく分からないよ」

 私はモロに赤面するのを感じ、小さく息を吐いた。

「そりゃ分からないだろうね。私の片思いだから。まあ、嫌じゃないならよろしくね」

 リズが満足そうに笑みを浮かべ、私の唇をそっと指で撫でた。

「……恥ずかしい」

「うん、可愛い子だよ。そんな年齢差はないけど、だからいいでしょ。こういう、友人だと思っていればいいよ。さて、やっとスッキリ!!」

 リズが笑みを浮かべ、私の唇に自分の唇をそっと当てた。

「はい、今日はここまで。いっておくけど、ロスの代わりじゃないからね。私はスコーンが純粋に好きなんだよ。なんか可愛いし、放っておけないんだよ。あたしの事も好きになってくれるといいな!!」

 リズが笑った。

「……こ、これはヘヴィな課題だね。確かにリズはいい人だし、好きになってるんだけど、それがなんなのか」

 私は頭の子リズ縫い包みをポケットにしまい、頭をワシャワシャ掻いた。

「はいはい、どんな難解な魔道方程式を使っても、答えの呪文は出ないよ。こういうのは、考えるな、感じろ!! ってね!!」

 リズがそっと私を立たせ、優しく抱きしめた。

「よし、落ち着くまでこうしておくよ。暴れそうだから!!」

 リズが笑った。

 私がリズの胸元に顔を埋め、なんかイライラする気分を落ち着けていると、足音が聞こえ、イートンメスが家の裏に回ってきた。

「し……あっ、いけね」

 小さく声が聞こえ、イートンメスが笑みを浮かべて引っ込んだ。

「あれ、メシでも出来たかな。でも、これじゃ食べられないか」

「……うん、無理」

 私はリズに身を預け、荒い息を整えるのに必死になった。

「あれ、意外と線ありかな。よかったよ、あたしが落ち着いた」

 リズが私の頭を優しく撫でている間に、私の頭の中のモヤモヤが引っ込んでいった。

「落ち着いた?」

「うん、だいぶ落ち着いたけど、何で私なんかを……」

 私が小さく息を吐くと、リズが私をそっと離した。

「だから、好きになっちゃったもんはしょうがないの。こういうのは、理屈じゃないって事だけは、研究成果で分かってるよ!!」

 リズが私の手を引いて歩き出し、見えない場所で待機していたイートンメスにバトンタッチした。

「ごめんね、お宅の師匠が大混乱だろうから、なんでも聞いてあげて。あたしじゃダメだから」

「はい、分かってます。師匠、行きますよ」

 イートンメスが優しく手を引き、先に家に戻っていったリズの後をゆっくり追った。

「イートンメス、どうしよう。こんな経験ないよ」

「はい、師匠。恐らく、ないでしょうね。これもまた経験ですよ。楽しんで下さい。リズなら真面目に向かってくれるでしょう」

 イートンメスが笑った。

「ああ、ハードなお仕置きだよ。ご飯いらないかも……」

 私は思わず苦笑して、イートンメスの手を強く握った。


 イートンメスと家に入り、大皿に盛り付けられたエルフ料理も程々に、私は部屋の奥にすでに設置されていたハンモックに陣取り、鞄からゲーム○ーイを取り出して大○略をピコピコやっていた。

「うぉ、こんな場所に潜水艦発見。さっき対艦ミサイルぶち込んでくれたお返しに、魚雷ぶち込んでやる!!」

 私は潜水艦のマークが表示されたヘックスをイージス艦で取り囲み、鬼のように魚雷を叩き込んで轟沈させた。

「フン、見つかったら終わる。それが潜水艦だね。さて、今度は首都を猛爆しようかな」

 初期設定で無限に近い資金とオイルの量にして、完全に敵をたこ殴りモードにしたパワーに任せ、大量に生産したB-52を敵首都目がけて突っ込ませると、ボカスカ爆弾を落としまくって、防衛におくのがセオリーの安い対空砲部隊を壊滅させたが、肝心の占領して勝利出来る歩兵を乗せたトラックが沼地にハマって動きが遅いので、次のターンで敵が必死にまた対空砲部隊を配置させ、それを爆撃で壊滅させるという無駄な動きが流れていた。

「師匠、またそれですか。私と対戦します?」

 近寄ってきたイートンメスが、小さく笑った。

「ヤダよ。完全にハンデ多過ぎ状態でも、恐ろしく効果的に建物を占領しまくって、気が付いたら、もう挽回出来る状況じゃないところまで追い込まれるんだもん!!」

 私は笑った。

「師匠は無駄が多いんです。さて、あれしか食べないで、大丈夫ですか?」

 イートンメスが笑みを浮かべた。

「分かるでしょ、お腹いっぱいだよ。いや、予想外だよ」

 私は揺れるハンモックの上で、頭を掻いた。

「はい、私もまさかと思いましたよ。いいことかも知れません。これで、いざという時に強力な助っ人が出来ましたね」

 イートンメスが笑みを浮かべた。

「そういう問題じゃないでしょ。ねぇ、イートンメスもこういう経験あるの」

「あの……師匠、私はもう三十八ですよ。子供も二人いますし、旦那も当然います。ないわけないでしょ」

 イートンメスが笑った。

「そ、それもそうか……。あのビクトリアスすら、子持ちだもんね。まあ、よく分からん!!」

 私は笑った。

「はい、そんなものです。私はいいことだと思っていますよ。師匠は人嫌いですからね」

「違う、みんなビビって近寄ってくれないだけ!!」

 私は苦笑した。

 イートンメスと話しているうちに大量の料理が片付き、エルフの皆さんが食器を洗いはじめた。

「あっ、手伝わないと……」

「大丈夫です。スラーダさんが、ここを借りる以上全部任せて欲しいとおっしゃるので。食洗機の使い方に戸惑っていましたが、大分慣れたようです」

 イートンメスが笑った。

「そ、そんなものまであるんだ。ねぇ、リズの資料持ってない?」

 私が聞くと、イートンメスが笑った。

「それは秘密です。本人から上手く聞き出せばいいじゃないですか。悪い人ではなくて、とんでもない戦歴を持ってるとだけ教えます。真面目な方ですよ」

「そっか、真面目ならいいや。私もそのくらいは分かるけど……。せめて、コードネームじゃないあだ名くらい教えてよ」

 私がいうと、イートンメスが笑った。

「はい、あまりにも頑丈で破壊力抜群の攻撃魔法を使うので、マウスというのがあだ名です。ついでにパトラがヤークトティーガですよ。撃たれまくっても、気合いと根性で跳ね起きますからね。私も見習いたいです」

 イートンメスが笑った。

「し、知ってる。あの古い重戦車が二両……。こりゃ頼もしいね」

 私は笑った。

「はい、師匠。これで、私も少し楽になりました。少しだけですよ。油断はしないでくださいね」

「うん、分かってるつもりだよ。さて、寝ようかな。寝られるか分からないけど」

 私が笑うと、イートンメスが笑みを浮かべた。

「師匠、落ち着いて下さい。気持ちは分かりますが。時間が取れないので、明日の朝にはここを発ちます。もう、研究室はもう直っているはずなので」

「そっか、分かった。あとは、エルフの人たちにお任せだね」

 私は笑って、ハンモックに横になった。

「では、まだ騒がしいですが、私はお手伝いをしてきます。師匠、明日は早いですよ」

「分かった、おやすみ!!」

 正直、なにが起きたか分からない感じで落ち着かなかったが、私はそっと目を閉じ睡魔がやってくるのを待った。

「……リズか。どんな人なんだろ」

 私は小さく呟き、そっと笑みを浮かべたのだった。


 思いの他早く寝てしまったようで、ハンモックの上で目を開けたのは、まだ明け方という感じだった。

「あれ、早起きしちゃった……」

 私は転落しないように気をつけてハンモックを下り、部屋中に張られたハンモックでお休み中の皆さんを起こさないように、そっとキッチンに向かった。

「ちょっとお腹空いたな。きっと、なんか残り物があるはずだけど……」

 キッチンに着くと、私は巨大な冷蔵庫の扉を開けた。

 そこには、大皿に盛られたままの料理が大量に入っていた。

「うん、あるね。よし」

 私は料理を適当に小鉢に移し、キッチンにあった電子レンジで温め始めた。

「あっ、起きたんだ。その音で目覚めたよ。エルフは耳が利くからね」

 眠そうな目を擦りながら、パトラがやってきた。

「あれ、ごめん。どうしても、音が出ちゃうからね」

 私は苦笑した。

「うん、いいよ。ついでに、私もなにか作ろうかと思ったけど、ほとんどがエルフの食材だからね。お米はあるか。じゃあ、リズの好物を作ってやるか」

 パトラが米が入った容器から中身をボウルに移し始め、洗米を始めた。

「ん、白米が好きなの」

 私が聞くと、パトラが頷いた。

「うん、ビーフストロガノフと塩結びが取り分け好物だよ。あとは、卵サンドかな。特に塩結びは拘りが凄くてね。これじゃないとダメ」

 パトラがポケットから、塩が入った瓶を取り出した。

「エガート地域のある街だけで流通している塩なんだ。これじゃないと納得してくれないし、量とか白米の堅さまで拘るから、炊飯器が使えないんだよ。鍋で炊かないと」

 パトラが小さく笑って、せっせと調理を始めた。

「そ、そうなんだ。意外と普通なんだね」

 私は小さく笑った。

「まあ、なんでも食べるけどね。麦とろご飯だけは、痒くなるからダメだけど」

 パトラが笑った。

「あれ美味しいのに。私は料理できないからなぁ……」

「あれ、リズと同じだ。前に一回作ったら、魚のごった煮になって、臭いだけでオエッってね」

 パトラが笑みを浮かべた。

「そっか、イートンメスは料理は出来るけど、なぜか塩と砂糖の区別だけが出来なくてさ。味が正反対になってマズいんだけど、食べないと泣いちゃうから無理矢理押し込むんだよ。ビクトリアスはレーションしかくれないし、困ったもんだよ」

 私は笑った。

「それ致命的じゃん。リズに捕まっちゃったんでしょ。なら、教えてあげる。こっそり、ラーメン大好物だから。学食にリズ専用の豚骨ラーメンがあるくらい、恐ろしく拘ってるからね。『ねぇ、割り箸ってチョップスティックっていうと格好よくない?』って、得意顔でいいだしたら超絶気に入ったって証拠だから覚えておいて。もちろん、滅多にないけど」

 パトラが笑みを浮かべた。

「と、とっ捕まったって……よくわからないけど、これ恋愛か分からないよ。でも、覚えておくよ。なるほど、豚骨ラーメンね。食べた事ないな。学食にあるの?」

「うん、あるよ。でも、お勧めはBA定食だね。食券販売機にはなくて、カウンターで直接BA定食下さいっていうと、オバチャンたちがニヤッと笑うから面白いよ。通だねって」

 パトラが笑った。

「へ、へぇ、すごい拘りだね。私は別にカツ丼とかでいいけどね。丼系はいつも大盛りで、イートンメスが特盛り、ビクトリアスは超特盛りなんだよ。あと、デザートのプロテイン」

 私は笑った。

「あのね、プロテインはトレーニングした後じゃないと意味ないよ。なんで食後に飲んじゃうの。変わってるね」

 パトラが笑った。

「もちろん、派手にトレーニングした後も飲んでるよ。でも、研究室にココアがなくなると、ココア味のプロテインに変わるんだよ。とにかく、プロテインばっかり!!」

 私は大笑いした。

「それ、逆に体に悪いよ。タンパク質取り過ぎ。さて、そろそろかな」

 鍋で炊飯中のパトラが火加減を調整して、一息吐いた。

「へぇ、慣れてるね」

「まあ、暇な時によくやってるから。これ、慣れっていうかセンスの問題なんだよ。この火加減で何分ぐらいやってって感じで書いてある本もあるけど、結局は勘だよ。かなり難しいんだ」

 パトラが笑みを浮かべた。

「私はいつも弁当だったからねぇ。パトラはなんか好みの料理はあるの?」

「特にはないけど、オクラと納豆を混ぜると美味しいよね」

 パトラが笑った。

「納豆か……。一回だけ食べたけど、ネバネバが凄くて大変だったよ。特に好きでも嫌いでもない味だったな」

 私は小さく笑った。

「うん、そのネバネバが体にいいんだよ。さて、みんな起きないね。もう、日が昇ってきてる時間なのに」

 窓から差し込む朝日の中、まだ誰も起きてこない部屋の中をみて、パトラがいった。

「あっ、ご飯温めていたんだった」

 私はとっくにレンジアップが終わり、ちょっと冷めたくらいの皿をレンジから取り出し、フォークでモソモソ食べ始めた。

「……ねぇ、リズと仲良くなるなら、秘密を共有しておこう」

 パトラが考える素振りを見せ、小声で呟いた。

 その真剣な顔に、私は黙って頷いた。

「……実は、リズは二回死んでるんだよ。驚く?」

 パトラが小さく息を吐いた。

「えっ?」

 私は大きく目を見開いた。

「うん、驚くよね。これは、本人も自覚して記憶に残ってるんだよ。私は経験ないけど、なんか魂状態になって、自分の肉体の上にフヨフヨしてるんだって。でも、それも二十四時間まで。あとは、消滅しちゃう。これは、私の知識で知ってる事なんだけど、その恐怖体験を二回してるんだ。よく平気……っじゃないな。きっと」

 パトラがまた小さく息を吐いた。

「そ、そうなんだ……。まさか、蘇生魔法なの。私も秘密を明かすけど、命令がきて作ったには作った。でも、これは禁術だって封印して、そんなもん作れるかってブチ切れたフリして、イートンメスやビクトリアスと一緒に研究所を逃げ出した。冗談じゃないってね」

 私はため息を吐いた。

「蘇生魔法じゃないの、エルフの蘇生術なんだ。術者も命がけの大博打なんだけど、私は二回とも賭けに勝った。でも、これを自慢したいんじゃなくて、偏見を持たないで欲しいんだ。変な目で見るなら、私の方にして」

 パトラが私をみて笑みを浮かべた。

「そ、そんなのあるんだ。命がけか……そこまでして、守りたかったんだね」

 私は苦笑した。

「うん、大事な人だからね。はっきりいっておくよ。もし、どこかでスコーンが命を落とす事があったら、私は迷わず疎生するよ。例えリズが止めてもね。まあ、むしろやれって蹴飛ばすだろうけど、気持ち悪くても我慢してね。決めた事だから」

 パトラが笑みを浮かべた。

「そ、そこまで……。嫌っていっても、聞かないね」

 私はまた苦笑した。

「もちろん。決めたら曲げないよ。だから、どっかで常に気を配っていると思って。あっ、肉体に魂が戻る瞬間、猛烈に痛いんだって。我慢してね」

 パトラが小さく笑った。

「……も、猛烈に痛い」

 私は額に流れた汗を拭いた。

「一瞬、らしいけどね。そっか、スコーンも蘇生魔法を使えるんだ」

 パトラが笑みを浮かべた。

「……最後にやった研究を教えるよ。その蘇生魔法で実証実験をやったとき、同時発動で即死魔法を自分に掛けて同時に蘇生した。成功したから、一瞬だけ魂になった経験はある。バカな事をしたなって思うけど、こんなの助手に頼めないでしょ。即死魔法も命令で作らされたけど、こんなもんやってられるかってお蔵にしたよ。だから、二度と使わないよ」

 私は小さく笑みを浮かべた。

「分かってる。私も嫌だから。だから、私が生きてる限りは、スコーンの身の回りにいる人にも全部賭けるよ。それで、私が命を落としたら、代わりをやってくれないかな」

 パトラが苦笑した。

「バカ者、今決めた。私が疎生するのは、パトラだけにした。何度だってやるよ。それで、賭けに勝つまでやってね。私も決めた事は、滅多に曲げないからね」

 私は笑みを浮かべ、パトラの肩を叩いた。

「なんだ、やっぱダメか。これは、大変だね」

 パトラが笑い、ご飯が炊けたいい匂いがしてきた。

「なるほどね、だから強いんだね。リズが頑丈だって、肝が据わってるって話じゃなくて」

「いや、違うよ。ホントは弱いし怖いんだよ。二度も経験したら、臆病にもなるよ」

 パトラが小さく笑った。

「それもそうだね。さて、ご飯炊けたね。火を止めて、このまましばらく蒸らさないと」

 パトラがコンロの火を消して、鍋を見つめた。

「そっか、よく教えてくれたね。これで、毛嫌いしていた疎生魔法を使う気になったよ。相手が正しい人なら、主義に反しないから大丈夫」

 私は笑った。

「……いい人だな。リズが気に入るわけだよ」

 パトラが小声で呟いて、小さく笑った。


 ご飯の蒸らし時間も終えて、パトラは鍋の中身をお櫃に入れ始めた。

「さて、これをお結びにしないと。塩結びは、塩加減が命だからね」

 パトラが塩の瓶を傾け、お櫃のご飯にかけ始めた。

「へぇ、手慣れてるね。お結びなんて握った事ないな……」

 私は苦笑した。

「握り加減も重要だから、意外と奥深いんだよ。たくさん炊いたから、急がないと」

 パトラが、テキパキと三角お結びを握り始めた。

「へぇ、慣れてるね。私はどう考えても失敗するし、もったいないから手伝おうとは思わないけど、何人前?」

 私が笑うと、パトラが笑みを浮かべた。

「私をみて研究しなよ。やってみて」

 パトラが笑い。私の場所を作った。

「見てって、手早すぎて分からない。こうかな……熱い!!」

 私はご飯の熱さにほとほと困ったが、手に塩水を付けて握り始めた。

 しかし、どうにも綺麗な三角にならず、なんかこう、意味不明な形がボコボコ生み出されていった。

「ほら、できない!!」

「いいから握って、たくさん作って」

 パトラが私のお結びを大皿に並べ始め、程なくこんなにどうするんだという、奇妙な形をしたご飯のオブジェが立ち並んだ。

「ほら、失敗した。料理ダメなんだよねぇ」

 私は苦笑した。

「これで十分だよ。ご飯の匂いを嗅ぎつけて、もうすぐリズがくるよ。とにかく大食いなんだよ。お皿まで囓る勢いで!!」

 パトラが笑うと、足音が聞こえて眠そうな顔をしたリズが本当にやってきた。

「……なに、ご飯できたの。塩結びか」

 あくびしながら、パトラが握った綺麗な三角お結びが山になって積み上がった大皿に手を伸ばしたリズに、パトラがすかさず私のオブジェ皿を差し出した。

「……ん、なんだこれ。パトラ、寝ぼけてやったの。塩結びは……まあ、いいや。いただきます」

 リズが私のオブジェを次々に食べ始めた。

「教えてあげようか。それ、スコーンが初めて握ったんだよ!!」

 パトラが笑うと、リズの手が止まった。

「えっ、そうなの。初めて握ったって、これを?」

「うん、パトラにやれっていわれて、絶対失敗するから嫌っていっても聞いてくれなかったんだよ。困っちゃった、美味しくないよね」

 私は苦笑した。

「あれ、そうだったの。なら、味なんてどうでもいいや。これは、朝からいいことあったぞ!!」

 リズが笑顔になり、私のオブジェの大軍を一気に食べた。

「まだ足りないけど、混ざると嫌だからこれでいい。漬物は期待出来ない代わりに、早く味噌汁よこせ!!」

 リズが笑った。

「よし、次は味噌汁だよ。スコーン、だしの素ってその辺に箱があるでしょ。時間がないから、リズは文句いうけど今日はこれでいいや。簡単だからやろう」

 パトラが別の鍋に水を張り、コンロにおいて火を付けた。

「ますますやった事ないよ。だしの素ってこれか……」

 私は顆粒状のなにかが詰まった袋を取り出した。

「お湯が沸くまで待って、それを入れるだけで出汁が出来るから。具はネギと油揚げ……はないか。豆腐はあるね。エルフ料理に欠かせないから、これをもらおう」

 パトラが冷蔵庫から白い豆腐を取り出した。

「あ、あの、私はなにを……」

 私は苦笑した。

「包丁で豆腐を賽の目切りにして!!」

「……先生、分かりません」

 パトラが私に包丁を持たせ、そっと手を添えて豆腐を角状に切った。

 その間にお湯が沸き、私はだしの素の顆粒を鍋にサラサラ落とし始めた。

「あっ、それくらいでいいよ。もう一つネギを切ったら、火を止めてこの味噌を……」

 という具合で、私の人生初の味噌汁が完成した。

「よし、出来た!!」

 リズがすかさずお玉で鍋の味噌汁を掬ってお椀に注ぎ、ズゾゾゾと飲んだ。

「うん、これで落ち着いた。よしよし!!」

 リズが私の頭に子リズ縫い包みを乗せて笑った。

「あれ、師匠。早いですね。ん、まさか料理したんですか!?」

 起きだしてきて、髪の毛がボサボサのイートンメスが、目を丸くした。

「うん、料理したっていうか、やらされたっていうか……。いい経験したよ!!」

 私は笑った。

「そうですか……。この塩結びは芸術的に綺麗ですね。どこでこんな……」

「ああ、そっちはパトラが握ったヤツだよ。食べてみたら」

 私がいうと、イートンメスが頷いて塩結びを一つ取って食べた。

「ん、これは!?」

 眠そうなイートンメスの目が見開かれ、驚いたような顔をした。

「こ、この拘りは私でも分かります。鍛錬が足りません!!」

「……その前に、塩と砂糖の区別が出来るようにしたら」

 私は苦笑した。

「さて、早くみんな起きないかな。カリーナに帰る時間を考えたら、あまりゆっくりできないよ!!」

 リズが笑った。


 その後は三々五々みんなが起きだし、パトラとイートンメスが並んで残りのご飯を全てお結びにして大皿に盛り、物珍しいらしく、エルフの皆さんが興味津々で食べ始め、私のチームも朝食を済ませた。

 すっかり夜が明け、部屋の窓から差し込む中、私たちは帰る準備を始めた。

「スコーンさん、家の鍵をお預かりします。快適な島に仕上げますので、お任せ下さい」

 スラーダが私に近づいてきて、笑みを浮かべた。

「うん、お願いするよ。あんまり、頑張りすぎないでね!!」

 私は家の鍵をスラーダに手渡した。

「はい、大丈夫です。しかし、この島は変わった植物が多いですね。蒸し暑いからでしょうが、それも興味あります」

 スラーダが笑った。

「それじゃ、よろしくね!!」

 私はスラーダに笑みを送り、自分の荷物を纏め始めた。

「しっかし、子リズ縫い包みいくつあるんだろ。鞄がパンパンだよ」

 かなり余裕があった私の鞄は、子リズ縫い包みだけで破裂しそうに膨らんでいた。

「師匠、それどこに飾ります?」

 イートンメスが笑った。

「研究室と寮の部屋しかないでしょ。でも、これは大変だねぇ」

 私は苦笑した。

「姉さん、出発を少し遅らせた方がいいです。空を飛ぶ正体不明の魔物の群れが接近しているようで。島を囲んで配置されているカリーナのイージス駆逐艦が、戦闘配置について対応に当たっています。今飛び立つと危険ですよ」

 ビクトリアスが無線の受話器でどこかと会話しながらいった。

「そう、分かった。状況を逐一知らせて」

「もちろん、分かってるよ」

 イートンメスが少し厳しい顔になり、ビクトリアスが頷いた。

「カリーナってイージス艦まで持ってるんだ。ほとんど、軍事基地だよ……」

 私は苦笑した。

「そうしないと、どうしても守れないという実情があるんです。別名は魔法の要塞ですからね」

 イートンメスが笑みを浮かべた。

「要塞ね……。まあ、研究所よりは面白そうだね。でも、正体不明の魔物か。大丈夫かな」

「師匠、今は出るところではありません。イージス艦に任せましょう」

 イートンメスが頷いた。

「そうだね。はぁ、どうしてこうだか……」

 私は苦笑した。

「姉さん、正体不明の魔物はドラグ・フライと名付けられました。交戦開始です」

 ビクトリアスが頷いた。

「分かった。ドラグ・フライか。雑魚ならいいけど……」

 イートンメスが、ナイフを抜いて点検を始めた。

「問題ないよ。イージス艦のSM-2ERで簡単に墜とせる程度らしいから。数は四十だけど、あっという間に片付くよ」

 ビクトリアスが笑みを浮かべた。

「そう、なら雑魚か。師匠、大丈夫のようです」

 イートンメスが笑みを浮かべた。

「ならいいけど、空飛ぶ魔物は苦手なんだよ。見えない場合があるから」

 私は苦笑した。

「目で見ないで感じ取れってね。一応、家の周りに簡単な結界を張っておいたんだけど、もう大丈夫かな」

 リズが笑顔でやってきた。

「まあ、一応はやってるけど、たまにダメな時があるんだよね」

「あたしだってそうだけど、そういう時はくらったらやり返す。気合いと根性だよ!!」

 リズが笑った。

「気合いと根性ね。嫌いじゃないけど……。それで、準備は出来てるの?」

「うん、飛行機は準備万端だよ。騒ぎが収まったら出発予定。まあ、お昼には帰れるんじゃないの」

 リズが笑みを浮かべた。

「そっか、ありがとう。いよいよ、研究開始かな」

 私は笑みを浮かべた。

「師匠、なにするんですか?」

「そうだねぇ、まずはどんな場所かちゃんとみないと、研究していいかどうかも分からないよ」

 私は笑った。

「うん、そうだね。分からなかったら聞いて。上の階の部屋だから、そんなに面倒じゃないよ。内線はこれ」

 リズが内線の番号を書いた紙を、私に手渡した。

「分かった。それじゃ、待とうか!!」

 私はソファに座り、背伸びした。

 ビクトリアスから、戦闘が終わったという連絡がきたのは、それから間もなくの事だった。


「それじゃ、スラーダ。あとはよろしくね」

「はい、お任せ下さい。気をつけてお帰り下さいね」

 出発の準備が整い、私たちはスラーダ率いるエルフのみなさんに島を預け、ゾロゾロと駐機場の飛行機に向かった。

 真夏のように暑い駐機場から機内に入ると、私はイートンメスと並んで適当に席に座ってベルトを締めた。

「ふぅ、狭いし揺れるけどこの飛行機いいね。なんか、努力と根性を感じるというか……」

「師匠、この機は有名でして……まあ、説明すると長いのでやめますが、確かに気合いの塊ですね」

 隣のイートンメスが笑った。

「そっか……。それにしても、ビックリしたな。まだよく知らないリズから爆弾落とされたから!!」

 私は苦笑した。

「師匠は苦手でしょうからね。人見知り同士ですから、大変かもしれませんね」

 イートンメスが笑った。

「なに、リズを知ってるの?」

「それは知っていますよ。魔法学会でよく顔を合わせていましたから。師匠は研究所で外出制限が掛かっていたので、よく私が代理でいっていたはずです。これで、結構仲良しなんですよ」

 イートンメスが笑った。

「へぇ、そうなんだ。私は缶詰だったからね。さて、まずはカリーナで落ち着きたいな」

 私がいった時、飛行機のエンジンが掛かった。

 広大な駐機場でクルッと機首を滑走路に向けて、飛行機はガタガタの滑走路をゆっくり走り始めた。

 そのまま、滑走路端で向きを変え、一度止まってからエンジン音が跳ね上がった。

「さてと、離陸か。結構な長旅だからなぁ」

 私はベルトが締まっている事を確認して、勢いよく離陸滑走を始めた飛行機の窓から見える景色を眺めた。

「はい、輸送機だと乗り心地がどうしても最悪なので。そっちの方が早いんですけどね」

 イートンメスが笑った。

「そうだね、アレに長時間は辛いな。これでいいじゃん!!」

 私が笑った時、飛行機が滑走路を離れて順調に高度を上げていった。

「はぁ、なんか大変な予感がするよ!!」

 私は笑い、軽く目を閉じた。

 そのまま飛行機は順調に飛行を続け、特に問題なくカリーナの滑走路に着陸した。

 これが、私のカリーナ魔法学校移籍のある意味第一歩だった。


「第一章完 続く」



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