第5話 ちょっと寄り道(改稿)

 明け方まで続いた酒宴のあと、私はサーブしてもらった鶏の残りを食べながら、夜明けがくるまで、テーブルのところで煙草を吸いながらぼんやりしていた。

「イートンメスは片付けてとっとと寝ちゃったし、ルリは散歩にいっちゃったし、なにしようかな」

 鶏肉をモサモサ囓りながら、私は小さく息を吐いた。

「あっ、リズ先生からお話しは聞いています。私がランでこちらがソノです。中等科一年に編入されたばかりです。よろしくお願いします」

 にこやかな笑みを浮かべた二人が声を掛けてきた。

「一年に編入って事は、初めて本格的に魔法を憶えるって事だね。私も新任だけど、そのくらいは分かるよ。間違っても、調子に乗って勢いで走らないでね!!」

 私は笑った。

「それは、大丈夫だと思います。ただ、怖くて……」

 ランが苦笑した。

「肉体労働は自信があるんだけどね。魔法は難しいから」

 ソノが笑った。

「うん、魔法は難しいよ。まあ、よろしく!!」

 私が笑みを浮かべると、寝室からリズが出てきた。

「あれ、もう起きてたの。珍しく編入があったから、一緒にきてもらっていたんだけど、仲良くしてね。二人には子リズぬいぐるみあげるよ!!」

 目を擦りながら、リズが二人に子リズぬいぐるみをランとソノに渡した。

「二人とも成績優秀でね。珍しく飛び級が認められたんだよ。それにしても、平和だねぇ」

 リズがあくびをした時、それぞれが手にしていた緊急用の小型無線機がポケットの中でがなった。

『北の森に侵入者あり。全警備隊員集合』

 無線の声は、スラーダだった。

「いったそばからこれだ。侵入者って事は魔物じゃない。たまに侵入してくる、盗賊かなにかでしょ!!」

 リズが笑った。

「大丈夫なの?」

 私はリズに聞いた。

「森の中に入った無敵だからね。よほどの事がない限り、後れを取ることはないよ。まあ、用心はしておいて!!」

 リズが拳銃を抜いて、スライドを引いた。

「そっか、私も念のために用意しておこうかな。二人もやっておいて!!」

 私も拳銃を抜いて、スライドを引いた。

 ランとソノも拳銃を引いて、小さく息を吐いた。

『侵入者の数は、およそ三十。中規模の盗賊団。総員、戦闘配置』

 再び無線からスラーダの声が聞こえた。

「三十か、結構多いね。ここの警備隊って十人くらいしかないから、手こずるかも知れない。小遣い稼ぎする?」

 リズが笑みを浮かべて立ち上がった。

「小遣いって、また戦うの?」

 私は苦笑した。

「あの、戦いですか。あまり……」

 ランが小さく息を吐いた。

「大丈夫だって。盗賊なんて変な装備持っていなかったら、ただの馬鹿野郎だから。朝メシ前の運動しよう!!」

 リズが笑い、私たちは家から出た。


 まだ早朝の日差しに照らされた里は、緊急避難する人たちで騒ぎになっていた。

「あたしは何度もここにきてるし、北の森なら場所は分かるよ。ついてきて!!」

 リズが先頭に立ち、里の中を走っていくと、弓を持った屈強なエルフの皆さんが並び、スラーダが小さく笑みを浮かべた。

「加勢しにきたよ!!」

 リズが笑った。

「ありがとうございます。正直、人数が足らなかったもので。さっそくですが、追い払いにいきましょう。私についてきて下さい」

 スラーダがハンドシグナルを送ると、並んでいたエルフの皆さんが森に消えていった。

「では……」

「あれ、チームメイトを置き去りですか?」

 ビクトリアスとジャージおじさんが拳銃を構えて、笑みを浮かべた。

「なに、起きていたの?」

 私は笑った。

「そうだ、俺はいつでも起きている。よし、小坊主。いくぞ」

「小坊主ってなんですか、もう」

 ジャージおじさんとビクトリアスが、素早く森に消えていった。

「では、私たちもいきましょう。軽くこけおどしで逃げると思いますよ」

 スラーダが拳銃を持って、笑みを浮かべた。

 私たちはスラーダに続いて、森に入っていった。


 スラーダが鉈を振って手付かずの森を歩いていくと、無線に次々と侵入者を撃退したという報告が入ってきた。

「もう始まりましたね。殺してはいません、ただ脅して逃げるように促していだけです。慣れていますので」

 スラーダが笑った。

「凄い森だね。茂みが凄い……」

 私は銃を持ったまま、息を吐いた。

「あの、こんなところで……」

 ランがため息を吐いた。

「安心して下さい。賊の周囲を取り囲んで、進んでくる者があれば、ここに向かうように絞っていますので。この辺りでいいでしょう」

 スラーダが足を止め、茂みをバサバサ払って拠点を作った。

「基本的に私が戦います。サポートをお願いします」

 スラーダが笑みを浮かべ、無線で指示を飛ばしはじめた。

「あの、大丈夫でしょうか?」

 ランが小さく息を吐いた。

「大丈夫だよ。中等科一年って事は、まだ攻撃魔法は使えないね。まあ、無理しないで!!」

 私はマガジンを抜き、残弾を確認した。

「あれ、うっかり空マガジンをセットしちゃった。しょうがないな」

 私は銃をしまって剣を抜いた。

「こっちの方が手加減しやすいし、ちょうどいいや」

 私は剣を手に、深い森の奥を見つめた。

 すると、程なくスラーダが銃を撃った。

「私たちエルフは、熱で動くものを感じ取る事が出来るのです。ちょっと先にいた賊に向かって威嚇射撃をしたら、尻尾を巻いて逃げていきました。いよいよ、始まりましたよ」

 スラーダが息を吐いた。

「おっ、きたきた。クソボロい相手っぽいけど、油断しないでね!!」

 リズが銃を構え、上空に向かって一発撃った。

「動きが止まりました、十人です。本隊でしょう」

 スラーダが銃を構えた。

「よし、スコーンたち。突っ込んでビビらせて!!」

 リズがもう一発撃って、笑った。

「つ、突っ込むって!?」

「うん、あたしが威嚇して固まってる間に、一気になだれ込むだけ。相手が反撃しなかったら変に攻撃しないでいいし、もし反撃してきたらちょっとビビらせる程度に攻撃して!!」

 リズが笑った。

「ちょっと反撃って、また難しい事を……」

 私は剣を構え、ランとソノを連れて森の中に突っ込んだ。

 すぐに革鎧を着た薄汚い野郎どもを見つけ、私たちは足を止めた。

 背後で銃声が聞こえ、私は剣を構えて野郎どもを睨んだ。

 ランとソノは不慣れな手つきで銃を構え、野郎どもに正対した。

「なんだよ、ガキかよ……」

 野郎どもの一人がナメた笑みを浮かべた瞬間、ソノがいきなり発砲した。

 弾丸は野郎の一人の肩を掠め、微かな血しぶきが散った。

「痛ぇな。お前やりやがったな。おい!!」

 十人がにやけながら、感覚を開けてゆっくり迫ってきた。

 ランが素早く銃をホルスタにしまい、一人に向かって一気に間合いを詰め、思い切り背負い投げをしてぶっ飛ばした。

「ほぇ!?」

 私は思わず変な声を出してしまった。

 さらにソノが突っ込み、十人が一方的にやられはじめた。

「……しゅごい」

 私は目を丸くした。

 ランとソノのコンビで、十人はあっという間に倒されてしまった。

「これでよければ、戦えますよ」

 ランが笑みを浮かべた。

「い、意外と強いんだね。私はやる事がないよ!!」

 思わず笑った時、近くで銃声が聞こえ、私の肩に激痛が走った。

「……っつ」

 私は手にしていた剣を取り落としそうになったが、なんとか堪えた。

 その間、ソノが茂みをかき分けて進み、派手な殴打音が聞こえ、ランが慌てて止血を施してくれた。

「ああ、ありがとう。このくらいなら、回復魔法でなんとかなるから」

 私は呪文を唱え、魔力光が溢れた右手を左肩に当てた。

 痛みが引いて傷口が塞がり、穴の開いた制服も徐々に回復しはじめた。

「大丈夫ですか。全ての賊を退却させたとの連絡がありました」

 スラーダとリズがやってきて、息を吐いた。

「うん、ならいいや。家に帰ろう」

 こうして、私たちは家に戻った。


 家に戻ると、早起きした様子のパステルとパトラが朝ごはんを作っていた。

「おはようございます。卵を分けてもらいましたので、オムレツを作っています」

 パステルが笑った。

「それはいいね。徹夜は慣れてるけど、眠いねぇ」

 私は大きくあくびをした。

「師匠、どこかにいっていましたか?」

 イートンメスが苦笑した。

「もう聞いてるでしょ。この里は大変だねぇ」

「エルフの里は、どこも似たようなものと聞いていますよ。まだ、本格的な人間対エルフではないだけマシです」

 イートンメスが苦笑した。

「あれ、朝まで飲んでいた男連中は?」

「はい、実は家の裏にシューティングレンジがあるので、そこでせっせと撃っていますよ。元々空き地だったので簡素なものを作ってあったのですが、それが気に入らないと作り直してしまいました。まあ、それより、朝ごはんにしましょう」

 イートンメスが笑みを浮かべ、出来上がったオムレツとトースト、サラダを並べ始めた。

「今日は移動なの?」

「はい、その予定で問題なければ。途中で市場に寄って、王都に向かいましょう。国王様が首を長くしてお待ちですよ」

 イートンメスが笑みを浮かべた。

「国王様って……本当に大丈夫なの?」

「はい、問題ありません。ビクトリアス」

 イートンメスが声を出すと、天井の板が開いてビクトリアスが降りてきた。

「はい、これは国王様からの招待状です。問題ありませんよ」

 ビクトリアスが私に封筒を手渡した。

「そっか、招待状まで送ってくれたのなら、問題はないか!!」

 私は笑った。

「はい、大丈夫ですよ。市場まではここから半日くらいかかります。買い物をしたら、そのまま王都に向かいましょう。市場からは、約一日ですね」

 イートンメスが笑った。

「そっか、結構長旅だね。朝ごはん食べないと!!」

 私は笑った。

「そうですね。急いで食べましょう」

 イートンメスが笑みを浮かべた。


 朝ごはんが終わり、全員で片付けを終えた頃、スラーダが家にやってきた。

「適当でいいですよ。あとはやっておきますから」

 スラーダが笑った。

「はい、ありがとうございます。お願いします」

 イートンメスが軽く頷いた。

「では、みなさんご出発ですか。またお会いしましょう」

 スラーダが笑みを浮かべた。

「ところで、あと一月くらいかかると思いますが、この家にも温泉を引く工事をしています。小さいですが、露天の予定でいます。もちろん、男女別ですよ。この家はカリーナとの友好関係の証に建てたものですが、今まであまり使用頻度が高くなかったのです。なるべく使ってあげて下さいね。里の者総員で清掃と管理をしていますので」

 スラーダが笑みを浮かべた。

「なに、ここにも温泉出来るの。シャワーだけだったから、寂しかったんだよ!!」

 私は笑った。

「はい、ないと不便だと思いまして。なにもお土産がないのですが、大型トラックもある事ですし、シシラカバを何本か差し上げます」

「シシラカバ!?」

 近くにいたパトラが声を上げた。

「ん、シシラカバってなんだっけ。どっかで聞いた気がするんだけど……」

「はい、希少な魔法薬の原料となる木です。街ではまず売っていませんし、仮にあっても粗悪品でさえ何百万クローネもします。特殊な魔法薬に使うんですよ」

 イートンメスが笑った。

「なに、それ。研究する!!」

「研究するなら、パトラに聞くといいでしょう。人間とエルフの両方の魔法薬に精通していますからね」

 イートンメスが笑った。

「そうなの、パトラ。それなに?」

 私が聞くとパトラは頷いた。

「はい、特殊な回復系魔法薬に使う原料です。深い森の奥に自生しているので、手に入れるのは極めて困難ですし、精製も難しいです。久々に名前を聞きました」

 パトラが笑みを浮かべた。

「そっか、魔法薬は不得手なんだよね。色々大変だし!!」

 私は笑った。

「では、シシラカバを適当なサイズに切っていますので、準備が終わりましたらきてくdさい」

 スラーダが家を出ていった。

「なんかお土産もらっちゃったし、楽しかったよ。またこよう!!」

 私は笑った。


 片付けやら荷物の整理を済ませた私たちは、トラックやミニバンを駐めた広場に向かった。

「へぇ、これがシシラカバねぇ」

 トラックの脇で里の人たちがノコギリで切っていたのは、樹皮が白い大木だった。

「はい、こんな鮮度がいいものは初めてみました。装置を組み立てる場所があれば、魔法薬を精製したいです。今までに何回かしかやった事がないので」

 パトラが笑った。

「問題はこれをどうやってトラックに積むかなんだけど、そもそもこのサイズが積めるか分からないし、どうやって……」

 私が呟いた時、トラックのエンジンが掛かって爆音を轟かせた。

 そして、なにもしてないのに、いきなりトラックの荷室の両脇の壁全体がガバッと上に開き、広大なスペースが現れた。

「うぉ!?」

 私は思わず声が出た。

 その開いた場所からエルフの皆さんが荷室に乗り込み、せっせと荷積みを始めた。

「手伝う事……ないな」

 私は苦笑した。

 荷積みする作業を進める間に、ミニバン部隊にみんなが乗り込み、私とルリはトラックに乗り込んだ。


『ふぁ~い、やっとお出かけですか。眠くて死にそうですが、どこ行くの?』

 私が運転席に座ると、やたら眠そうなトラックの声が聞こえた。

「なんか、やる気ないね……。そういえば、名前とかあるの?」

『はい、ありますよ。キットとお呼び下さい。それで、目的地は……って聞くまでもないんですけどね。精神チャンネルでスコーンの記憶やらなにやらを共有していますので。あの市場ですか。王室御用達の猫マークプレートを掲示しないと入れませんよ。今、外で誰かがやっています。前後ナンバープレートの脇にこの猫マークを掲示しておけば、国内で警備隊等に止められませんし、あらゆる街や村もチェックなしで素通ししてくれます』

「へぇ、そんなのが。誰がやってるんだろ?」

 私は一度トラックから降りた。

「師匠、忘れていました。このマークを掲示しておけば、どこでも天下御免で通過出来ます」

 イートンメスが工具を持って、トラックのナンバープレートの脇に黒字に黄色の猫マークが書かれたプレートを取り付けていた。

 ミニバン部隊もそれぞれ作業を進め、その間に荷積みが終わって、開いていた巨大な後部ハッチが閉じた。

「あとは、このカードをスロットに差し込んで……」

 イートンメスが運転席に乗り込み、小さなカードを取り出した。

「街のよっては開門まで時間が掛かる場合があるので、前もって識別する機械の準備が整いました。これで、大丈夫です」

 イートンメスが小さく笑みを浮かべてトラックから降り、私が入れ替わって運転席に座った。

『はい、準備が整いましたよっと。これで、どこでも爆走出来ます。では、行きますか。眠い……』

 キットがクラクションを鳴らすと、ミニバン二台が先行して走りだし、トラックがゆっくり走り始めた。

「なんか、大騒ぎの里だったね!!」

 私は助手席のルリに笑った。

「お陰で運動不足は解消したよ。まあ、いつもこうだと困るけど」

 ルリが笑った。

 トラックを中心とした一隊は、里の広場から林道に出て、ゆっくり進みはじめた。

「でも、どんな市場なんだろうね!!」

「実は学校のお手伝いで何回かいっているけど、ほとんど武器ばかりだよ。なんだか飛行機も売ってるし、武器ならなんでもありって感じだね。先生が許可すれば、重火器もカリーナに持ち込めるよ。いらないだろうけど」

 ルリが笑った。

「私は武器はこれでいいよ。弾薬が欲しい程度かな」

「うん、購買でも売ってるけど、高いからね」

 私とルリは笑った。

 車群は林道を駆け抜け、やがて側道から街道に出た。

「市場は北方街道の途中にあるよ。ゆっくりしよう」

 ルリが笑った。

「そうだね。色々あって疲れちゃった」

 私は座席の背もたれに身を預け、軽く目を閉じた。

 トラックは街道を進み、荒れた石畳の上をガタガタと走り続けている間に、私は眠気に負けて、そのまま眠ってしまった。


 トラックの揺れで目を覚ますと、ルリが小さく笑った。

「随分寝ていたね。市場はもうすぐだよ」

 窓の外は草原地帯をどこまでも走る街道だったが、今のところ市場のようなものは見えなかった。

『あと約三十分っすよ~。暇つぶしに、適当に音楽でも流しておきます』

 キットの声が聞こえ、なにやら知らない曲が流れ始めた。

『九十年代アニソンメドレーっす。演歌もありますが、気分的にこれですな』

「まあ、なんでもいいや。市場か!!」

 ミニバンとトラックの一群が走るうちに、広い側道が見えてきた。

 トラックは速度を落とし、その側道に入った。

「ここから先が市場だよ。入り口のチェックが厳しいけど、猫マークが付いてるなら大丈夫。そのまま通してくれるよ」

 ルリが笑みを浮かべた。

「猫マークって凄いね。楽でいいや!!」

「国王様が直接特別に許可した車両だからね。自治権を持つ街ですら、慌てて門を開けるくらいだから」

 ルリが笑った。

 側道に入ったトラックは、程なく巨大な建物が見える手前にあった、遮断棒が下りたゲートに向かった。

 ルリがいった通り、私たちの一団が近づくだけで、ゲートの係員が遮断棒を上げ、ミニバン二台を先頭にトラックは先に進んだ。

「広い駐車場だね。戦車まで駐まってるし、いかにもそれっぽい!!」

 私は笑った。

 私たちの一団は、広い駐車場の一角を占領して駐まった。

「よし、いこう!!」

 私とルリはトラックから飛び下り、ミニバンからみんなが降りるのを待った。

「師匠、いきましょうか」

 ミニバンから降りたイートンメスが、パステルとキキを連れてやってきた。

「広すぎて、なにがあるのか分からないよ。取りあえず、九パラの予備弾が欲しい!!」

「分かりました。その前に、予定が変わりました。ここから王都まで自走の予定でしたが、カリーナがC-17を出してくれたようで、ここの駐機場に待機中です。これなら、一時間も掛からずに、王都に到着しますよ」

 イートンメスが笑みを浮かべた。

「それはいいね。よし、いこう!!」

 私は笑い、イートンメスを先頭に市場の建物に向かった。


 市場の中はそこそこ混んでいて、ひたすら広い空間だった。

「師匠、弾丸はこっちで売ってますよ」

 イートンメスが笑みを浮かべ、私は目的の予備弾を十二箱カゴに入れた。

「ここは、基本的に火器ばかり扱っています。変な武器を買うと、先生に没収されてしまいますが、せっかくきたので一応みてみましょう」

 しばらく歩くと、パステルが足を止めた。

「あの、このコーナーをゆっくりみてもいいですか?」

 パステルが足を止めたのは、今はあまり見なくなった弓を専門に置いてあるコーナーだった。

「ん、興味あるの?」

「はい、銃よりも射程距離は劣りますが、矢を放った時に音がほとんど出ないという利点があります。一応、見ておこうかと……」

 パステルが笑みを浮かべ、弓の品定めを始めた。

「あの、私も……」

 キキがその隣にあった、ナイフのコーナーに移動した。

「あれ、キキはイートンメスと同じナイフ使いになるのかな」

 私は笑みを浮かべた。

「ナイフは大変ですよ。私がアドバイスしますが、師匠はどうしますか?」

「それじゃ、私は適当に見て回っているよ。なんかあったら、これで連絡する!!」

 私はポケットから無線機を取り出して見せた。

「分かりました。では、またあとで」

 イートンメスと笑みを交わし、私は市場内をブラブラした。

「へぇ、色々あるね。アサルト・ライフルはさすがにダメだよね」

 私は一人笑った。

 そのうち、私は航空機売り場に出た。

「飛行機か。一応、免許は持ってるけど、ちょっと無茶かな……」

 私は居並ぶ飛行機のうち、一機のプロペラ機に目をつけた。

「スーパーツカノね。単発プロペラ機だし、これならいけるかな。でも、武装してるし、買ったら怒られるかも……」

 私は鞄から銀行の預金通帳を取り出した。

 研究所にいた時に稼いだお金が結構あり、十分に買える金額だった。

「……買っちゃうかな」

 などと呟いた時、飛行機コーナーの人が近寄ってきた。

「いらしゃい、なにか気になる機体はありますか?」

「うん、このスーパーツカノが気になるんだけど……」

 人の良さそうなオッチャンに応えると、柵代わりの鎖を外して機体の間近に案内してくれた。

「おい、COIN機を買うのか?」

 私が展示されているスーパーツカノをみていると、ジャージおじさんがやってきた。

「ん、コイン機?」

「そうだ、つまり軽攻撃機だ。その辺の盗賊を蹴散らすにはちょうどいい。俺も仕事で欲しかったんだ。キャッシュで買おう」

 ジャージおじさんはコーナーの担当者のあとに続き、色々な書類に記入を始めた。

「師匠、いましたね。どうしたんですか?」

 パステルとキキを連れたイートンメスが、笑みを浮かべてやってきた。

「ダメっていっても買うからね。この飛行機買う!!」

 私は慌てて、スーパーツカノの車輪に抱きついた。

「どうするんですか、こんな軽攻撃機など買って。確かにCOIN機として優秀な性能ですし、練習機としても使えます。固定武装は12.5ミリが二挺ですか……」

 イートンメスが機体をみて回った。

「カリーナの『お手伝い』には、盗賊を蹴散らす作業もあるそうです。周囲になにもないので、狙われやすいそうで……。先生の許可がないと、没収されてしまうでしょう。呼びましょうか」

 イートンメスは、ポケットの無線機で先生を呼んだ。

「あれ、先生いたんだ」

「トライフルさんとフェアリーテール先生といたじゃないですか。許可をもらえれば、購入しても大丈夫です」

 イートンメス笑みを浮かべた。

「よし、俺の方は手続きが終わった。またな」

 ジャージおじさんが購入手続きを終えて、売り場を去っていった。

 しばらく待っていると、先生がリズとパトラを連れてやってきた。

「イートンメス君から話を聞いています。攻撃能力を持つ航空機などけしからんといいたいところですが、ちょうどこういう飛行機がないと困る場面が増えてきましてねぇ。十分なトレーニングを受ける事を前提に、特別に許可しましょう。学校の備品扱いにしてもいいですよ」

 先生が笑みを浮かべた。

「これは私の飛行機にしたいので、自分で購入します」

 私はキッパリ断言した。

「左様で。リズ坊も欲しいでしょう」

「あたしがこんなの乗ったら、なにぶっ壊すか分からないよ!!」

 リズが笑った。

「パステルとキキはどう?」

 私が問いかけると、二人は頷いた。

「キキが十五才でまだ免許を取れないので、私とタンデムで一機欲しいです。ただ、お金がないので、先生がよければ学校の備品でお願い出来ますか?」

 パステルが笑みを浮かべた。

「左様で。では、パステルとキキは一機でいいですね。元々、複座の練習機を改造したものなので、二人乗りがスタンダードなのです。 おや、ルリもきましたね。あと、ランとソノも欲しがっていましたが、二人とも免許がないので、専門の学校に通って練習していますよ」

 先生は笑みを浮かべた。

「スコーン、ここにいたんだ。なに、みんなで飛行機を買ってるの?」

 やってきたルリが笑った。

「うん、ルリも買うの?」

「一応、免許は持ってるから飛ばせるとは思うよ。お金ないから学校の備品で!!」

 ルリが笑った。

「左様で。パトラは自分で買うといっています。飛行経験豊富ですからねぇ。すぐに慣れてしまうでしょう。これは、一大戦力ですね。イートンメス君はどうしますか?」

「もちろん、購入しますよ。ビクトリアスとコンビで飛ぶので、一機で足ります」

「左様で。では、纏めて購入手続きをしましょう。数が多いので、私とトライフルさんに手伝ってもらいましょう。自分で購入する方は、一緒にきて下さい」

 私、リズ、パトラは、飛行機コーナーのテーブルに移動した。

「うわ、書類がたくさんあるよ……」

 カウンターのテーブルに置かれた書類をみて、私は目眩を起こしそうになった。

 飛行機コーナーのオッチャンに手伝ってもらって、私はなんとか書類の束を書き終えた。

「これで、飛行機が手に入ったよ。納期は一週間後だって!!」

「師匠、変なところに爆弾落とさないで下さいね」

 イートンメスが笑った。

「落とすわけないでしょ。これで、免許が無駄にならなくて済むよ!!」

 私は笑った。

「そういえば、パステル。弓は買えたの?」

「はい、ショート・ボウかクロス・ボウかと悩んだのですが、扱いやすいショート・ボウにしました」

 パステルが笑顔で黒塗りの弓を見せた。

「あーあ、先生にボッシュートされても知らないよ」

 ルリが笑った。

「おう、弓か。弓はいいぞ、音も出ないし近距離ならショート・ボウだ。ああ、俺か。見ての通り、白衣着てるだろ。今回編入組のマクガイバーだ。弓に慣れてるのか?」

 いきなり、現れた陽気なお兄さんが笑った。

「ヤッホー、久しぶり。キャシーだよ。コイツは友人のマクガイバだよ。すぐどっかいっちゃうから、冒険野郎って勝手に呼ばれてるんだよ!!」

 一緒に現れたキャシーが笑った。

「へぇ、明るそうだね」

 スコーンが小さく笑みを浮かべた。

「俺の弓を見るか。見せたくて仕方ないんだ」

 マクガイバが肩に掛けていた弓をパステルみせた。

「……なるほど、かなりの業物ですね」

「まあ、ちょっと拘りがあってな。よし、邪魔したな。キャシー、ホットドッグでも食いにいこうぜ!!」

「分かった、じゃあまたね!!」

 マクガイバとキャシーは笑みを浮かべて、そのままどこかにいった。

「ああ、そうそう。本人がばら撒けってうるさいからさ。マクガイバの映画が制作されたみたいでね、本人出演だからよろしくだって!!」

 キャシーが戻ってきて、ケースに入ったブルーレイディスクを手渡していった。

「え、映画だって!?」

 私は無地の背中に『ストラダ』と書かれたディスクが入った透明ケースを見た。

「ああ、マクガイバさんですね。すぐどっかいっちゃう諜報……ゴホン!!」

 イートンメスが、私を置いて逃げ出した。

「全く……」

 代わりにビクトリアスが私の脇に立ち、拳銃をハーフコックでホルスタに収め、そっとナイフの握りに手を当てた。

「な、なに!?」

「いえ、馬鹿が……。まあ、大丈夫でしょう。綺麗に足抜けしてきましたから……あっ」

 ビクトリアスがゴホンと咳払いした。

「……知ってるよ。ブルグリックファーストケミカルって工場の大爆発。あれ、有能な某諜報員二人がやったって」

 ルリが笑みを浮かべた。

「さて、何のことでしょうか」

 ビクトリアスは、手に持っていたドクペの瓶を一口傾けた。

「……ルリ、もしかして私のアレ知ってる?」

 私がため息交じりに聞くと、ルリは頷いた。

「はい、その噂を聞いた時から、面白い人がいるなって思っていたんです。ゼフィーリアで……」

「ぎゃあああ!!」

 私は思わず叫んだ。

「……はぁ、今日も紅茶が美味い」

 ドクペの瓶を傾け、ビクトリアスが苦笑した。


 衝動的に飛行機を買ったあと、私はビクトリアスと一緒に市場をみて回った。

「ねぇ、ビクトリアス。九パラってどこで売ってるの?」

「はい、かなり遠いですよ。なにしろ、この市場は広いですからね。国王様が認めた者しか入れませんが、素行が悪い輩も混じっていますからね。場所柄、そういうところなんですよ」

 ビクトリアスが笑った。

「そっか、やっぱりアブナイ人もいるんだね」

「まあ、武器を扱う以上、致し方ないところですけれどね。さて、気合い入れて歩きましょう」

 ビクトリアスは小さく笑みを浮かべ、そっと私の前に立った。

 シュッと何かが掠める音が聞こえ、ビクトリアスは小さく息を吐いた。

「ん?」

「なんでもありません。いきましょう」

 ビクトリアスは、そっとナイフの握りに触れ、私の前に立った。

「あれ、まだ買い物してたの?」

「もしかして、迷った?」

 それなりに混雑する通路で、ニキシー管を袋に満載したパトラとリズに出会った。

「この先は行かない方がいいよ。今、ちょうど小競り合いやってるから。安く売れって大騒ぎなんだよ」

 パトラが苦笑した。

「そうですか。そうなると、遠回りですかね」

 ビクトリアスが小さく息を吐いた。

「暇ならお仕置きしにいく?」

 リズが笑って、肩に背負っていた無反動砲を肩に背負った。

「でか!?」

「昔から使っていてさ。もちろん、砲弾は装填しないけど、ぶん殴る武器には使えるから!!」

 リズが笑った。

「なるほど、ぶん殴る武器ですか。なかなか、怪力ですね」

 ビクトリアスが笑った。

「お仕置きって、混ざるの?」

「暇だしいいじゃん!!」

 私が聞くとリズが笑った。

「どうなっても知らないよ。ベロベロべー!!」

 パトラが笑った。

「よし、いこうか。先生の実力をみせてあげる!!」

 リズが子リズ縫い包みを大量に砲口に詰め込んだ。

「そ、そんなに作ったの?」

 私は笑った。

「よし、行こう。これが、新時代のチョーク投げだってみせてあげる!!」

「あーあ、また始まった。なんかあると、すぐにぶん殴りにいくから」

 パトラが苦笑した。


 通路を進んでいくと、電気パーツを扱っている店で、オカベが店のオッチャンと口論していた。

「なんだ、新入りか。人が代わっただけで、あのオッチャンも大変だね!!」

 リズが笑った。

「あのさ、そんなにニキシー管っていいの?」

「なにいってるの。このほのかに光るオレンジ色がいいんだよ。スコーン、みておいて。これが私のチョーク投げだから!!」

 リズが無反動砲を両手に持って、思い切りぶん回した。

 砲身に詰まっていた子リズ縫い包みが一斉に巻き散らかされ、数個がオカベに命中してゴキッと音がきこえて倒れた。

 同時に周囲の店の商品もぶち壊し、リズはチャキッと無反動砲の砲口を天井に向けて構えた。

「……しゅごい」

 私は目を丸くした。

「これは、チョーク投げ用の子リズ縫い包みだよ。中に百五十グラムの鉛が入ってるんだ。普通じゃ使わないよ!!」

 リズが笑った。

「なにも、無反動砲を使わなくてもいいじゃん。見せれば黙るのに」

 パトラが笑った。

「みせて黙るくらいなら苦労しないよ。さて、ぶっ壊したものを弁償するか。カリーナ付けでね!!」

 リズがそこら中に小切手を切りまくって、ついでにという感じで軽く手を上げてパトラと一緒に去っていった。

「……すっげ」

「はい、チョーク投げのリズと有名ですからね。もっとも、校長からチョークがもったいないっていわれて、自分で作った子リズ縫い包みを改造して、凄まじい勢いでぶん投げる方向に切り替えたようです」

 ビクトリアスが小さく息を吐いた。

「……ついていけるかな」

 私は苦笑した。

「リズ教授は見込みのある者しか、助手にしないそうです。ここ数年単独でやっていたようですが、助手になったということは……ポケットの紙をみて下さい」

「ん?」

 私は制服のポケットに手を入れた。

 さっき先生がくれた給料明細の裏に、教授昇進の通達が書いてあった。

「のぇ!?」

 私は思わず声を上げた。

「はい、そういう事です。それにひっぱられる形で、姉さんと私も助教授に昇進だそうです。私も怖いですよ」

 ビクトリアスが苦笑した。

「そういう事です。師匠、エラい事になりましたよ。カリーナで教鞭を執るなんて」

 どこからともなくイートンメスが現れ、小さく笑った。

「こりゃ堪らないね。教授って事はリズと同格なんでしょ。私たちもニキシー管を買って帰ろうか!!」

 私は笑った。

「さて、いきましょうか。予備弾はこちらです。購買よりは多少安いですよ」

 イートンメスが笑みを浮かべた。

「姉さん、九パラってこっちでしたっけ。久々にきたので、忘れてしまいました」

「九パラまでのルートは確保してあるよ。そのくらいの事はしておいたって」

 ビクトリアスとイートンメスが、言葉を交わした。

「しっかし、広いね!!」

 私は笑った。

 イートンメスが先頭に立ち、ビクトリアスが斜め後ろに付くと、私たちは市場を歩いた。

 途中でナイフを中心に扱っているお店の前に止まると、イートンメスが足を止めた。

「あれ、このモデル……」

「ああ、限定のアレね。入荷したんだ!!」

 イートンメスとビクトリアスがお店に入っていった。

「あーあ、こりゃ長いね!!」

 私が笑うとルリとパステルが、私を挟んだ。

「面白い場所ですね。ちょっとした冒険です」

 パステルが笑った。

「スコーンは銃弾だよね。いこう」

 ルリが笑い、私たちは近くの銃弾売り場にいった。


 意外とかさばったので、『九ミリパラベラム』と書かれた百発入りの箱を十個カゴに入れた。

「お、重い……」

 凄まじく重いカゴを担ぎ、レジに向かうと『狙撃システム』と書かれた札が天井から下がったコーナーにジャージおじさんがいた。

「…………」

 ジャージおじさんは無言で、どうも並ぶ銃を吟味しているようだった。

「あの、話しかけないように」

 パステルが笑みを浮かべた。

「な、なんか怖いね。まあ、優しい人なんだけど!!」

 私は笑った。

「早くいきましょう。プロはこういう時は音に敏感ですからね」

 ルリがいった。

「……なぜ分かった」

 ジャージおじさんが小さく笑みを浮かべた。

「まあ、色々。魔法の研究と同じですよ。ノリノリの時に、声を掛けられたら怒るでしょ?」

 ルリが笑った。

「うむ。用件を……コホン」

 ジャージおじさんはそれきり黙って、ガーラント……を手に取って無言で見つめた。

「重いと思いますので、急いでレジに行きましょう」

 パステルが小さく笑い、私たちはレジに向かった。

 レジで会計をすると意外と高価だったため、私は財布からクレジットカードを出した。

「ダメですよ、冒険者の基本です。小切手で」

 パステルが笑みを浮かべた。

「小切手ね。カリーナにきた時、小切手帳はもらったけど……」

 私は小切手をサラサラ書いてサインした。

「こんな高額いいのかな……」

 私が小切手をレジの人に渡すと、レジの人がサインして会計は終わった。

「そういえば、まだイートンメスとビクトリアスはナイフコーナーで遊んでるのかな」

 私は苦笑した。

 結局、私は予備弾を購入しただけで終わった。

 空だったマガジンに弾丸を装填し、銃にセットした。

「よし、これでいいね。飛行機も買ったし、トラックに戻ろう!!」

 私は笑った。


 私がトラックに乗ると、ルリが隣に乗ってきた。

「なにか買ったの?」

 私はルリに聞いた。

「まあ、ちょっと……」

 ルリは小さな袋の中からナイフを取りだした。

「あまり自信がないですが、最後の一手で役に立つのはこれなので」

「そっか、私も持ってるけど、イマイチ苦手なんだよね」

 私は苦笑した。

「さて、準備出来たかな」

 ミニバン二台先頭に立ち、トラックはゆっくり走りはじめた。

「そういえば、ルリって色々知っているけど、なんで?」

「そうですね。理解しがたいと思いますが、私の魂年齢は四百五十六才で肉体年齢は三十二才なんです。これが意味するところは、三十二才の体に四百五十六才の記憶や経験などが反映されてしまうのです。これが、特異点たる所以なのです。スコーンの場合はさして誤差がないので、それほど自覚はないと思います。怖いなんてもんじゃないですよ」

 ルリが苦笑した。

「分かったような分からないような……。まあ、研究しない方がいいって事は分かったよ」

 私は笑った。

「その方がいいです。頭が大混乱になります」

 トラックの一群は側道を進み、街道へとでた。

『後方より陸軍の戦車隊が接近中です。このままだと、大名行列になってしまうので、どっか避けましょう』

 トラックの一団は、街道脇の草原にハザードを焚いて固まって避けた。

 しばらくして、無数の戦車や武骨な大型トラックの群れがクラクションを鳴らして、街道からはみ出る勢いで、轟音を立てながらドバドバ通り過ぎていった。

「あれが、カリーナの?」

「はい、防衛に当たっている第二大隊でしょう。交代だと思います。基本的に暇ですからね」

 ルリが笑った。

「へぇ、あんなのがいるんだって、戦車だけで何両いるの。まだ、通過しないじゃん」

「これは聞いた話です。戦車百八十両、支援車両五百二十三両、歩兵部隊が一万七百八十九人だそうです。これが二個大隊、カリーナの周囲に展開して防衛に当たっています。国の組織でもありますからね。まあ、それでも盗まれたり見られたり大変なようですが。私の時など、世界中の国からその筋の人たちが集まってしまって、生徒数より多かったと聞きます。基本的に学内は、制服さえ着ていれば怪しまれませんからね。だから、屈強な用務員を常に募集しているのです」

 ルリが笑った。

「……用務員って大変だね。普通、警備だと思うけどな」

 私は苦笑して呟いた。

「警備はいますよ。夜中の見回りは、警備係の担当です。しかし、昼は学生で溢れています。そんな中に、ゴ○ゴみたいな凄まじい強靱な警備が混ざっていたらどうします。破壊的に怖い学校になってしまいますよ。そうでなくとも、武装している変な学校なんですから」

 ルリが笑った。

「まあ、確かにあのモップオジサンはただ者じゃないね。用務員なんでしょ?」

「はい、私の実験の時に、ブチ切れてモップ片手に大暴れしたという逸話のある方です。まあ、前校長時代の話ですからね」

 ルリが笑った。

「実験ね……。さて、カリーナについてからどうしようか。ってか、まだ通過しないんだけど、どこまで続くのこれ!!」

 私は車窓からみえる戦車などの隊列を眺めて、思わず苦笑した。

「まあ、一時間はかかるでしょう。はい、リンゴです」

 助手席でいつの間にかリンゴを取り出していたルリが、私に一つ手渡してくれた。

「あれ、いつの間に……ありがとう。ところで、マクガイバーのテーマってまさか……」

「いえ、違います。これは、ちゃんとした映画監督のスティール・バーク氏が、若き頃に撮った作品のメインテーマです。スコーンが持っているブルーレイは自費作品でしょう。きっと、謙遜して書いたシナリオでクソボロく一人で全部演じ、リスペクトしている事を示したかったのかもしてません。まあ、趣味といえば趣味ですね」

 ルリが笑うと、キットがいきなり大音量でマクガイバーのテーマを流し始めた。

「うわ、びっくりした。まあ、暇だしね!!」

 私は笑った。


 戦車の大軍が駆け抜けていったあと、トラックの一団は再び街道の石畳に戻って、カリーナを目指して走り始めた。

「よし、やろう。この先はどこまでも直線路だよ」

 ルリは無線機のマイクを取った。

「あれって、あの超速走行やるの。いいけど、怖いよ」

 私は苦笑した。

「各車協調運転の準備が整いました。スコーン、一番左の『1』と書かれたボタンを押して下さい」

「はいはい、意外と冒険野郎だねぇ」

 私はダッシュパネルにある赤いボタンのうち、緑色のセーフティボタンを一回押してから、小さなキーを捻った。

『なんだおい、やろってか。しょうがねぇな。九十年代アニソンでいいな。ったく、疲れるんだよ!!』

 キットがため息を吐いた。

「うるさいな、やれっていったらやれ。馬鹿野郎!!」

 私は笑って赤いボタンを押した。

 前方二台のミニバンが跳ね上がるように加速を始め、トラックの前輪が少し浮いた。

『出力四百パーセント、全システムオールクリア。警告:いつものアレ……あっ、戦車隊が潰した。まあ、なんでもいいや~』

 キットが口笛を吹き始めた。

「なにがあったの?」

『いつものアレをアレしただけです。さて……通達:右上空をみて下さい。発信元、先生』

 キットがぼんやりいった。

「右上?」

 私はトラックの窓を開けて、上空をみ上げた。

 そこには、まるで上空を守るように、スーパーツカノが五機縦型編隊を組んで、楽しそうに飛んでいた。

「な、なんで!?」

「は、はぃ?」

 私とルリが声を上げた。

『はい、先生です。銃とCOIN機はオモチャではありません。練習しましょうね。まあ、たまに爆弾を積みますがね。五百ポンド……この意味が分かりますか。さながら、戦場に咲く一条の爆裂というところでしょうか。バクチクではありませんよ』

 無線から先生の言葉が聞こえた。

「な、なんだ!?」

「は、はい……なんだろ?」

『さぁ、いつもの高速走行時のノイズでしょう。ところで、前方の戦車隊がアレ退治で広範囲に展開したため、集結に時間が掛かっているようです。街道が通れませんので、また待ちですね。二時間はかかるでしょうな。派手好きの大隊長なので』

 キットがぼんやりいった。

「じゃあ、止まらないと!!」

『警告:今からブレーキ掛けても間に合いません……まあ、すり抜けるしかないでしょうね。あとはミニバン部隊の腕に期待しましょう。なんちゃって、協調運転なのでここはフルオートモードで。まあ、お茶でも飲んでいて下さい』

 ダッシュパネルにある赤ランプが開き、アイスティが注がれたカップが出てきた。

「お茶って!?」

 荒れた街道を走る振動で、カップのお茶がカップごと床に落ちて転がった。

「こら、なにすんの!!」

 私は思わず怒鳴った。

 トラックとミニバンたちは、程なく戦車が隊列を整えるために右往左往してる地点に差し掛かり、隙間を器用に抜けながら突き進んだ。

 戦車部隊は対向車と容赦なく衝突したり、慌てて街道の往来を誘導したり、遠くに見える土煙に向かってバカスカ砲弾を撃ち込んだり、なんか大騒ぎで大変な騒ぎになっていた。

「……しゅごい」

「……なんじゃこりゃ」

 私とルリが大笑いした。

『はい、実はまだ微妙に戦闘中でして。収束を待ってるのが、あまりにも怠いので勝手に突っ走りました。まあ、ただのハンヴィ六十台に乗った腐った輩なので、戦車の敵ではないでしょう。それはさておき、積み荷のシシラカバが重すぎて最大搭載量すれすれです。少しダイエットして下さい』

「馬鹿野郎!!」

 私は思いきり赤ランプをぶん殴った。

 バリッと音を立てて割れた赤ランプのカバーに、私の右拳が吸い込まれるように叩き割れ、トラックが急停車した。

「……あれ?」

「はい、壊れましたね。多分」

 ルリが笑った。

 私は割れた赤ランプのあとをのぞき込んだ。

「うん、面白い研究が出来そうだね。王都なんてどうでもいいか!!」

「それはいけません。猫に恨まれると怖いですよ」

 ルリが笑った。

 その時、運転席の扉がノックされたので開けると、リズとパトラが笑った。

「あーあ、ついにぶん殴ったね、その赤いの。あたしが昔乗っていたんだけど、卒業と同時に適当に転がしておいたんだよね。これ、機械ならなんでも直す自動車部でも手が出せないって感じなんだけど、実は簡単なバイパス回路が組んであってね。マニュアルだけど、運転出来る?」

 リズが笑った。

「こ、これをマニュアルで!?」

「うん、たかが二十トン超だよ。飛行機よりマシだから。ちょっと代わって!!」

 私が運転席から降りると、リズが潜り込むようにしてシートの奥を覗き、カチッと音がした瞬間にエンジンが掛かった。

 空間にいくつも『窓』が開き、なにやら色々表示され始めた。

「これで、最後に『オール・クリア』って表示されたら、取りあえず動くよ。非常用のバッテリは七日間もつから、覚えておいて。バッテリさえ生きていれば、エンジンは掛かるし、腕次第でなんとかなるよ!!」

 リズがダッシュボードの真ん中に、子リズ縫い包みを二個張り付けて置いていった。

「……これ、マニュアルなの?」

 私は運転席から見える各種ボタンやらレバーを眺めた。

「まあ、車っていえば車だけど、私は普通自動車二種しか持ってないよ!!」

 私は虚空に浮かぶ複数の『窓』の表示をみた。

「私は宇宙戦……コホン。せいぜい、原チャリですよ。こんな大きな車は無理!!」

 ルリが笑った。

「それにしても、どの『窓』に表示されるんだか……」

 無数に開いた窓にはおびただしい数の文字列が流れ、時間が過ぎていった。

「どうしました?」

 扉を開けっぱなしの運転席に、スズキとササキが顔を見せた。

「うん、端的にいってぶっ壊した!!」

 私は笑った。

「なにやったんですか、協調運転モードなのでこのトラックが動かないと、他が動きません。よりによって、赤ランプ損傷ですか。有名なんですよ、そこだけはぶっ壊すなって。でも、なんか動いてますね。ちょっといいですか?」

 私が運転席から降りると、スズキとササキが狭いスペースに身をねじ込んだ。

「あれ、大事だったね」

 私は苦笑した。

 その間に、隊列を整えた様子の戦車隊が、綺麗に背後に並んで街道を塞いだ。

「うわ、いっぱいきた!?」

 完全に交通麻痺になった街道だったが、戦車隊の後方で機械が動く音が聞こえ、ガンガン掘る音が聞こえた。

「こ、今度はなに!?」

 スズキとササキがなにか小難しい顔で、虚空に浮かんだ窓を確認しながら作業を続け、対向する車が無数に列を作り始めた。

 戦車隊の後方からみたことのない機械が草原をガタガタ進み、大人数が綺麗に石畳で迂回路を作り始めた。

「師匠、カリーナ防衛戦車大隊の建設工兵部隊です。上手い、早い、でも高いと有名ですよ」

 イートンメスが笑った。

「どうしよう、ぶっ壊しちゃったちゃった……」

 私は小さく息を吐いた。

「ぶっ壊したら直せばいいんです。いつもの事じゃないですか。それにしても、戦車だけで百八十両は凄いですね」

 イートンメスが笑った。

「なんで……なんで、横に並んじゃうかな。縦に並んでも結構邪魔なのに。よし、研究しよう。なんで横並びなの?」

「はい、縦二列編隊といって、どこからでも攻撃を受けても反撃出来るように、全車でカバーしあうんです。もっとも、こんな街道でやったら、十メートルもないのでこの小型のヒトマル式でも無茶ですけどね。まあ、気合いの現れでしょう」

 そのうち、戦車の中から人がワラワラ降りてきて、一斉に煙草を吸い始めた。

「初めまして、所属と名前は明かせませんが。これお近づきにどうぞ。第二大隊長とだけ覚えておいてください」

 どうみても戦車には似合わないが、そう名乗った女性はミカンを私の手において、戦車の方に向かっていった。

「あれ、挨拶されちゃった」

 私は研究ノートを書く手を休めて、もらったミカンをイートンメスに渡した。

「はい、師匠。ところでなんの研究してるんですか?」

「うん、滅多に見ないから、履帯のダメピンだっけ。あの数を数えにいこうかなって!!」

 私は笑った。

「師匠、また機密情報を集める気ですか。それより、あの百二十ミリ砲は狙撃に使えますかね?」

「うん、その気になれば使えると思うけど、こればかりはジャージおじさんに聞かないと分からないな。どうみたって、詳しそうだもん!!」

 私は笑った。

「そうですか。それにしても、いつ出発ですかね」

「迂回路も完成してビクトリアスが誘導を始めたみたいだし、運転席で泣く子も黙らせるスズキとササキが頑張ってるから、そのうち直るんじゃない。ってか、それしか手がない!!」

 私は笑った。

「そうですねぇ、それにしても遅いな。いえ、昔の仕事仲間がいるのですが、王都到着が遅れると無線で話したら、トラブったら呼べって怒られまして。今、ヘリで向かってるそうです。あと一時間くらい掛かるそうですが、どのみちこのままでは進めませんねぇ」

 イートンメスが笑みを浮かべた。

 そのうち、ミニバンから簡易コンロを取り出し、キャシーとあきポンがホットドッグを作り始めた。

「あっ、なんか始めたね。ちょっともらってこよう。イートンメスは?」

「もちろんいきます。平和ですねぇ」

 イートンメスが笑った。

 キャシーとあきポンのホットドッグステーションに近寄っていくと、戦車隊の皆さんもよってたかって集まって、美味しそうにホットドッグを食べていた。

「ちょっとした、遠足だね。どこに材料があったのやら」

 私はキャシーからホットドッグを受け取り、そのまま囓った。

「うん、美味しいね。いい天気だし!!」

「はい、美味しいですねぇ。あっ、ビクトリアスが運転手に怒られてる!!」

 イートンメスが笑った。

 ホットドッグを食べ終えた私たちは、修理が続くトラックに戻った。

「すいません、まだ掛かります。得体の知れないバイパス回路がゴチャゴチャで……私たちで直します。このトラック、掘り出し物の予感がしますよ」

 スズキが笑みを浮かべた。

「まだかかるって、思いの他クソボロいようなハイテクのような。それで、仕事仲間っていつくるの?」

「ちょっと待って下さい」

 イートンメスが無線機を手に取った。

「さっきから無線で呼ばれていたのですが、もう三分とずっといっているので、すぐにきますよ」

 イートンメスが笑みを浮かべた。

「仕事仲間ねぇ。なんかやったの?」

「秘密です。さて、久々の再会にぶん殴ろうかな!!」

 イートンメスが拳を固めた。

「えっ!?」

「だって、あの野郎のせいで何度痛い目みたか。楽しみだなぁ」

 イートンメスが笑った。

 しばらく無線機から『E・T・A 三ミニッツ』という女性の声が聞こえていたが、遠くから小型のヘリが飛んでくるのがみえた。

「あれ?」

「はい、なぜか陸軍機を借りたみたいですね。なにも、観測ヘリでこなくても。もっと、足が速いヘリならたくさんあるのに」

 イートンメスが笑った。

 飛んできたヘリは、一団の先頭のミニバンの前に着陸し、コックピットの風防が開いて女性が一人降りてきた。

「ヤッホー、お久しぶり!!」

 ヘリの後席から降りてきた女性が、ゲラゲラ笑いながら降りてきた。

「なに、貴様生きていたか!!」

 イートンメスが笑った。

「ったく、国王のニャンコが待ちきれなくて、様子みてこいっていわれてさ!!」

「あのニャンコね。撃ち殺してやろうかって思うときがあるよ。バカだから!!」

 女性とイートンメスが拳を打ち合わせ、小さく息を吐いた。

「しっかし、一端の魔法使いになるとはね。そっちが、噂の師匠?」

 女性が私に一礼した。

「そういう事。師匠、毒にも薬にもならないので、心配しなくていいですよ」

 イートンメスが笑みを浮かべた。

 女性を運んできたヘリが飛び去り、女性が私に右手を差し出した。

「なんでかね、このコッティ野郎に犬姉とか変なあだ名をつけられてね。そう呼んで!!」

「うん、よろしく!!」

 私は笑みを浮かべて犬姉と握手した。

「ヤッホー、新入り?」

 キャシーがホットドッグを持ってやってきた。

「新入りっていうか、ただの表敬訪問のつもりだよ」

 犬姉がキャシーのホットドッグを受け取って、一気に食べた。

「なんだ、お客さんか。じゃあね!!」

 キャシーが手を上げて、ホットドッグステーションに戻った。

「それにしても、なにこの大名行列。主計列星でもいいけど、どっか仕事にいくの?」

「こんなの連れてどこいくの。あっ、リズさん。どうしましたか?」

 気が付くとリズがそっと近寄ってきていた。

「まあ、昔のね……。なに、元気そうじゃん!!」

 リズは笑って子リズ縫い包みを犬姉のポケットに溢れるほど詰め込み、そのまま焼きそばを焼いているステーションに向かっていった。

「だから表敬訪問だってのに……。なにやってるの?」

「トラックの立ち往生で修理中だよ。師匠、犬姉は飛行機の操縦が上手いですよ。スーパーツカノ買ったんですよね。一緒に研究してみたらどうですか?」

 イートンメスが笑った。

「なに、あんなアブナイの買ったの。免許持ってるだけじゃ、操縦出来ないよ」

 犬姉が笑みを浮かべた。

「そ、そうなの。あれ、アブナイの!?」

「うん、簡単そうにみえるだろうけど、あれでも攻撃機だからね。安定感が微妙なんだよ。まあ、慣れれば平気だけど、コッティ野郎も昔から欲しいって騒いでいてさ。変な飛行機好きだから」

 犬姉が笑った。

「そ、そうなんだ……」

「あれ複座だから、しばらくはコッティ野郎にシバキ倒してもらった方がいいよ。ゼロ-ゼロ射出座席はついてるから、まあ、安全じゃないの」

 犬姉が笑った。

「そうなんだ……研究する」

「はい、師匠。いっておきますが、平手……で済むか分かりませんよ」

 イートンメスが笑みを浮かべた。

「姉さん、遊んでないでやって下さいよ!!」

 ビクトリアスが、ホットドッグと子リズ縫い包みを片手にやってきた。

「おっ、コッペパンじゃん。相変わらず、ボケた顔してるね!!」

 犬姉がビクトリアスに手を上げた。

「だから、なんでコッペパンなんですか!!」

 ビクトリアスが笑った。

「なんで、ビクトリアスがコッペパンなの?」

 私が問いかけると、ビクトリアスが苦笑して、イートンメスが笑った。

「師匠、それは聞かない約束ですよ。なにを手伝うの?」

「もう終わったからいいです。交通誘導を街道警備隊に引き継ぎました。全く、暇だからって迂回路の道幅を拡げ始めましたよ。あとでぶっ壊すのに……」

 ビクトリアスが、ホットドッグを一気食いして笑った。

「さて、仕事にかかるか。なんかしんないけど、カリーナの校長から超高速便でスーパーツカノの設計図とかなんか色々もらってさ。航空部とかいうのフィオって子が再設計したらしくて、別物みたいに安定したとか。ちょっとみたけど、申し分ないね。これなら、飛行経験がほとんどなくても、まあ飛ばせるとは思うよ」

 犬姉が資料を路面に並べた。

「犬姉がいうなら間違いないか。師匠、研究してみます?」

「当たり前でしょ!!」

 私は路面に置かれた資料を拾い集め、片っ端から読み始めた。

「ろ、論文書く!!」

「論旨は?」

 イートンメスが苦笑した。

「それにしても、コッティ野郎もコッペパンも元気か。よしよし、名前は聞いてるよ。スコーンだよね。なんか、有名とか?」

 犬姉が笑った。

「有名ね……」

 私は苦笑した。

「ところで、ホットドッグ。カリーナに入るってボケた事いってなかった?」

「ホットドッグって呼ぶな!!」

 犬姉がイートンメスに、グーパンチをぶち込んだ。

「……ごめんなさい」

「ごめんで済むか。アホ!!」

 犬姉はため息を吐いた。

「そりゃ王都暮らしも飽きたし、カリーナも面白いとは思ったけど、私は魔力がほぼゼロだよ。なんで呼ばれたか分からないんだけど!!」

 犬姉は笑った。

「左様で」

 ミニバンから先生が降りてきて、笑みを浮かべた。

「犬姉さんには、副校長のアレの面倒をお願いしたいのです。すぐに遊んでしまうフェアリーテールさんの。よろしいですか?」

「はいはい、そういうのは得意だから。ついでに用務員なんでしょ。一緒に採用通知が入っていたけど、戦う事以外は……いけね」

 犬姉が苦笑した。

「魔力ゼロでも使える魔法ならあるよ。生きている限り、本当に魔力がゼロって事はないから。例えば、『明かり』なんて呪文は一文字だし、魔性石で代用出来るほど簡単だから。これがルーン文字だけど、読める?」

 私は持っていた手帳のページを破って、ボールペンで一文字書いた。

「これの読み方は『クワイ』で、被せ文字で好きな言葉を当てればいいよ。馬鹿野郎でもいいし、光れでもなんでもいいけど、要は言葉の意味の紐付けだから、ルーン文字の読みを意識して『馬鹿野郎』って唱えれば、ポッって感じで明かりの光球が出るから!!」

 私は設計図を片手に笑みを浮かべた。

「あっ、そうなの。じゃあ、馬鹿野郎でいいや!!」

 犬姉は呪文を唱えた。

 いきなりドババババババババ……と、無数の凄まじく明るい光球が辺りに飛び散った。

「な、なんじゃこりゃ!?」

 犬姉が思わず伏せた。

「あれ、凄いな。何個あるか検証しよう……」

 私は無数に浮かぶ光球を一個ずつ手で掴んで、そっと寄せ集めはじめた。

「師匠、手袋しないとたまに熱いヤツがありますよ。それに、ピンセットで触らないと手垢が付いて、真っ黒になっちゃいますよ!!」

 イートンメスが慌てて鞄を開けた。

「うん、それが真っ黒にならないんだよ。もしかしたら熱いのはあるかもしれないけど、直に触って真っ黒にならないんだよ。これはまた、変わった魔法になったね。手を離せば明るいままなのは当たり前だけど、直に手で触れても真っ黒にならないんだよ。全部検証しないと、ビクトリアス。全部集めて!!」

「こ、これ全部ですか。何万個どころじゃない上に、もう有効時間が切れているはずの時間ですよ。一文字の明かりですよね。これ、突然変異ですよ!!」

 ビクトリアスがブー垂れながら、せっせと明かりの光球をかき集め始めた。

「正確には何十万個の単位だよ。イートンメスも手伝って!!」

「これ全部ですね。時間掛かりますよ」

 イートンメスがビクトリアスに混ざり、地上近くを浮遊する光球をせっせと集めはじめた。

「これじゃキリがないよ。戦車隊とか通行人とか暇な人いっぱいいるでしょ。直でいいから掴んでかき集めて!!」

 私が叫ぶと、どこからともなくジャージおじさんと先生が現れ、多数の怖い人たちを率いて近寄ってきた。

「はい、面白い魔法ですね。これは集めましょう。その辺りの暇な人でいいのでしょう? どうせみているだけなら無駄なので、こちらの怖い皆さんに手伝ってもらいましょう」

 先生が笑みを浮かべた。

「まあ、休戦協定というやつだ。プロの世界には希にある事だな。これをモップで集めればいいのだろう?」

 モップおじさんが純白のモップを持って、ニヤッと笑みを浮かべた。

 その間に先生が無数の怖い人たちに、素早くモップを配り始め、全員で粛々と光球を押して集め始めた。

「なに、あの連中まで平気でドッグ食っちゃって。でも、これが魔法なんだね」

 犬姉はホルスターから銃を抜き、マガジンを抜いて放り投げ、ストライドを引いて薬室内の一発を弾き飛ばしてホルスタに戻し、光球集めに加わった。

「おっさん、モップ!!」

「左様で」

 犬姉が先生からモップを受け取り、ガリガリと擦って石畳ごと光球を集め始めた。

「はぁ、それにしてもこの光球面白いな。小指だけだと紫になるし、でも光の色と強さはかわらないよね。人差し指だと緑か……それで、手のひらだと真っ黒になったり黄色になったり、これはピンク……でも光の強さと色は変わらないか。リズに聞いてみよう。一人じゃ無理だ……ってパトラと一緒に光球集めしてるね。どうしようかな」

 私はポケットに手を突っ込み、子リズ縫い包みを取り出した。

「ん、後頭部に『非常用』って書かれた小さなボタンがあるね。押していいかな……」

 私は子リズ縫い包みの後頭部のボタンを押してみた。

 すると、リズがパトラを伴ってやってきた。

「なに、困りごと?」

 リズが聞いてきた。

「うん、この光球をかき集めないといけないんだけど……じゃなかった、なんで光球の色が変わるか分からないんだよね」

「そうだね、どんな呪文か分からないけど、無害ではあるね。触って爆発しないから。解剖してみようか」

 リズが呪文を唱え、私が抱えていた光球を真っ二つに切った。

「うぉ!?」

 私は思わず声を出し、パトラが半分を持っていった。

「ああ、エルフ魔法の因子があるね。だから、相乗効果で妙な光球になったんだよ。ほら、、この分割面。スコーン分かる?」

 パトラが輪文状になった光球の断面を見せた。

「なんじゃこりゃ!?」

「驚くよね。普通は同色で均一に並んでいるのに、ここだけ黒い文様が続くんだよ。刺激を与えるとこれが出る。通常は刺激があると真っ黒になったまま光るんだけど、この因子のお陰で刺激がなくなると可逆接続が起きて元に戻って普通の光球になるんだけどさ。これは研究の価値があるよ。一個もらっていくね」

 パトラが光球の半分を手放すと、リズが呪文を唱えて元に戻った。

 真っ黒に光る光球を抱えたリズと、パトラが笑って去っていった。

「……しゅごい」

 私は唖然としてその二人の背中を見送った。

「師匠、ダメです。手袋をしても真っ黒になってしまいます。いつものハイパーグローブZZを使っていいですか!?」

「この、バカチンがぁ!!」

 私の拳が自分の拳にめり込んだ。

「ああ、私のバカ!! こんな時にみいているだけなんて!! イートンメス、その丸っこいの輪切りにして。ナイフ持ってるでしょ、ナイフ!!」

「はい、持ってますが……戦闘用なので、今は止めた方がいいです。輪切りって、これをですか……やってみましょう」

 イートンメスは呪文を唱え、光球をガチガチに氷結させた。

「さて……」

 イートンメスがコンと指で突くと、光球が粉々に砕けた。

「砕けっていってない。真っ二つしになさい!!」

「そうですか……こういう時は、あそこで茶をシバいているビクトリアス……」

「あの、私がやりましょうか?」

 肩にジジを乗せたキキがやってきた。

「ん、出来るの?」

「はい、ジジ。お願い!!」

「なんだ、また僕か。いつもそうなんだよね……これを二つ」

 ジジはキキの肩から降り、光球をズバッと猫パンチした。

 ギザギザした断面だったが、光球はバカッと割れた。

「……また、つまらぬ物を斬ってしまった」

 ジジは呟き、キキの肩に戻ってすまし顔で座った。

「よし、割れた。イートンメス、アレ。グローブじゃなくて、虫眼鏡でいいや。それとノギス!!」

 私は鞄からノートパソコンを引っ張りだし、ドババババババババっと論文の草稿を書はじめた。

「イートンメスとビクトリアス、あとキキも手伝え。この文様の感覚を図れ。重要なミッションだ!!」

 イートンメスが目を光らせてノギスをポケットから取り出し、ビクトリアスとキキにも手渡した。

「角度は関係ありません。どこでもいいので中心核だけの間隔を図って下さい」

 イートンメスは光球核に手を当て、そっと目を閉じた。

「ビクトリアス、そこ退け。キキも退いて!!」

 イートンメスがビクトリアスをぶっ飛ばし、キキが慌てて遠のいた。

「師匠、分かりません!!」

「よし、分かった!!」

 ノートパソコンのキーボードを叩いていると、すっ飛んだキートップを片手で受け止めてバコッと戻し、ひたすら論文の草稿を書き続けた。

「ビクトリアス、イートンメスを蹴飛ばせ!!」

「はいはい」

 ビクトリアスは、イートンメスの背後に回ってヤクザ蹴りをした。

 イートンメスが頭から光球の中心核に突っ込み、光球の色が赤く変化した。

「よし、これをトラックに填めたらどうなるか試すぞ。状況を確定しろ!!」

 イートンメスが頭を引き抜くと、光球の半分は元通り丸くなって真っ黒になった。

「あれ、壊れちゃったね。どこが悪かったってか、そもそもなんか分からないしな。もう一個欲しいけど、もうトラックに積んじゃったね。まあ、いいや」

 私はノートパソコンを閉じ、隣で犬姉が銃にマガジンを装填して、そのままホルスタに収めた。

 たくさんいたよく分からない怖そうな人たちも、仕上げというばかりにホットドッグステーションで一つずつ受け取って一気食いして、笑って消えていった。

「うん、よくわからないから、やめよう。トラックにいっぱいあるし!!」

 私は放り投げてあったノートパソコンを鞄にしまい、大きく伸びをした。

「師匠、あれなんですか。明かりの魔法ですよ?」

「あっ、そうだね。なんだ、あの変なの!?」

 イートンメスが笑った。

「さすが、犬っころ。やるね!!」

「当たり前っていいたいけど、初めて魔法使ってこれってどうなの?」

 犬姉が笑った。

「ところで、トラックが直ったかな。忘れてたよ」

「さっきみてきましたが、直っていましたよ。まだ、仮補修のようですが、新しくバイパス回路を無理矢理作ったら、いきなり赤ランプがビョコって復活したとか。いってみましょう」

 私は頷き、トラックの運転席に向かった。


 トラックに戻ると、ルリが助手席でノートパソコンを叩き、スズキとササキが虚空に浮かんだ『窓』の表示を確認している様子だった。

「あっ、直りましたよ。どうも、長年放っておかれたせいで錆が出たようです。色々やって蹴飛ばしたら、赤ランプが復活して始動モードに入っています。今、ルリさんが最終チェックを行っているようですが、異常はないようです」

 スズキが笑みを浮かべた。

「そっか、直ってよかったよ。それにしても、これも変なトラックだね。怖いから研究はしないけど!!」

 私は笑った。

「スコーン、直ったよ。なにこのトラック、超クソボロいハイテク野郎だよ!!」

 ルリが笑った。

「いやー、コンピュータは弄れないんです。燃焼タイミングの調整を間違えるとぶっ壊れるどころか、大爆発なので。助かりました」

 スズキが笑った。

「なんか面倒だね。あっ、赤ランプ戻ってる。テープでも貼ったの?」

 私は笑って運転席に座った。

 その途端にエンジンが掛かり、赤ランプが強烈な赤い光を放った。

『さて、気合い入りました。全く、そこは殴っちゃダメです。とっとと、向かいますよ。ドッグ下さい!!』

 トラックのダッシュパネルのスリットが開いた。

「うん、さっきもらってきた」

 ルリがホットドッグをスリットに放り込んだ。

「なに、コイツ食べるの。研究しなくちゃ!!」

 私は閉じたスリットのサイズを測った。

「これなら、カレーライス二キロはいけるね。サイズだけ!!」

 私は笑った。

「おい、ポンコツ。とっとといくよ!!」

 私が笑うと車群が一斉に走り始めた。

『ニェット、まだ後ろで工事しています。しばしお待ちを』

 キットがクラクションを鳴らした。

「なに、せっかく作った道路をぶっ壊すの?」

『はい、当然です。正常な道に迂回路だけあっても無駄でしょう。二十分もあれば終わるでしょう。ピッツバーグを食いたい』

 スリットがまた開いたので、私は鞄に入れてあった腐ったピロシキをぶち込んだ。

『おう、イエス。大分慣れましたね。ちなみに、タイヤは二部山のスタッドレスです。意地でも換えません。ポリシーです。さて、暇つぶしにカーナビ画面でもみますか。余計に退屈ですが?』

「馬鹿野郎、そんなものをみせるな!!」

 私は叫んだ。

『じゃあ、オイル交換でもしますか。無論、エンジン動かしながらです。これは、瞬間芸ですよ』

「馬鹿野郎、一瞬で焦げる!!」

 ルリが笑った。

『甘いです。私のオイルタンクは、あらゆるエチルアルコールをエンジンオイルに分解できます。ちなみに、5W-30HのSMグレードです。これ、分かる?』

「馬鹿野郎、そんなわけないだろ!!」

 ルリが笑った。

『ところで、王都までまだありますよ。暇つぶしに、そのブルーレイディスクを適当に再生します。なるほど、またストラダですか』

 虚空に『窓』が開き、マクガイバーのテーマが流れ始めた。

「変なトラックだね。直ったの?」

『パーフェクトなワークでした。いつもこうだといいんですけどね。まあ、私はプロフェッサー・リズと縁故がありましてね。まあ、いい思い出です。あとで聞いたら?』

「そういえば、なんであんなところに駐まっていたの?」

『こんなボロトラック、買い取り手がいますか!!』

 ……不機嫌になったような、微妙なキット。

「なに、ボロいの?」

『当たり前です。いいですか、物流は時間との闘いですよ。積む、運ぶ、下ろす。これがパーフェクトなワークじゃないと話になりません。なんですか、この遅延は。このボロッカスの赤ランプが安っぽいプラだからですよ。全く、やってられません。たまに結界張りますけど、間に合わない時が多いのです。いっそ、疑似ミサイルでも撃ってやろうかと思いましたよ!!』

 ……やっぱり不機嫌だったキット。

「そうだねぇ、遅延だね。ところで、王都っていつ着くの?」

 私は笑った。

『後ろで穴埋めてる工事野郎マクガイバーに聞いて下さい。私が後輪を空転させて埋めちまいましょうかねぇ。トロい!!』

 ……イライラしているキット。

「ルリ、なんとかならないの?」

「やってみましょうか?」

 ルリがノートパソコンを叩くと、赤ランプが消えた。

「お休みタイムです。缶コーヒーでも飲みますか。ブラックですけど」

 ルリが冷えたコンビニ弁当と、ちっこいブラック缶コーヒーを手渡してきた。

「用意がいいね。なんだこれ、冷めても美味しいじゃん!!」

 私は缶コーヒーを一気飲みして、コンビニ弁当を掻き込んだ。

「はい、美味しいですね。あっ、工事終わったみたいです。協調運転開始です」

『はい、王都ですね。やっと動いた。ちなみに、後ろの戦車隊も同道です。時速七十キロしか出せません。ったく、護衛だから許しますがね。しかし、あれ多すぎません?』

「多いなんてもんじゃないよ。何両いるの?」

 私は笑った。

 一団の前方からやってきたパトカーが、慌てた様子でドリフトを決めながら草原に乗り入れて、短くクラクションを鳴らした。

「パトカーに敬意を表されちゃったよ。この猫マークなんなの!!」

 私は笑った。


 トラックはひたすら真っ直ぐな北方街道を駆け、草原地帯を撫でる風が車窓から吹き込む中、私は上機嫌でノートパソコンを叩いていた。

 ルリが隣りであくびをして寝ぼけた顔をしながら、お世辞にも広いとはいえない運転室の中で居眠りしそうになっては、慌てて目を開けて煙草に火を付けていた。

 外の景色は夕方になりつつあり、平和な旅程をこなしていた。

『あの、事前の計画でもどこかに一泊する予定だったのですが、このクソボロい街道には大きな街がありません。徹夜でどこまでも突っ走る方向で検討しましたが、さてどうですか。はい、決定!!』

 キットが小さく笑った。

「まあ、それはいいけど、そもそも王都の研究所からあんまり外出していないから、屋外の夜って初めてなんだよね。危ないって聞いてるけど、どうなの?」

『ノープロブレム、なんのための戦車隊ですか。魔物なんかどうって事ないですし、アレなんて敵ではありません。多分……』

 キットがいった時、車列が急停車して、背後の戦車隊が私たちを背後にして草原に隊列を作って並んだ。

『ああ、心配しないで下さい。クソボロい武装強盗集団なので。面倒で多いので、もうアレとしかいいません。夜中はこんなのばっかりです』

 キットの声と共に、戦車隊が一斉に何かを撃った。

「……なに撃ったの?」

『さぁ、なんかいたんでしょう。それはさておき、もう少しで危険地帯に差しかかります。この国は狭いようで広いですからね、どうしても街道パトロールの手が回らない地帯ができてしまうのです。計算によると、抜けるのはモロに真夜中になるんですよ。航空支援の要請をしておきました。カリーナからなので、五分もあればすっ飛んでくるでしょう』

 キットがマクガイバーのテーマをエンドレスでかけながら、窓の外はどこまでも平和……っぽかった。

「ルリ、これ大丈夫なの?」

「まあ、大丈夫だと思うよ。一応、ここは一級街道だし、それほど酷くはないと思うよ」

 トラックの前方に、小さな町が見えてきた。

『外部非常灯点灯します。通過信号確認。突っ込みますよ!!』

 キットの声からしばらくして、開門されている町にミニバンを先導にした一団が一斉になだれ込んだ。

「ああ、これが猫マークの威力だね。しっかし、田舎だねぇ」

 一団は町の目抜き通りを駆け抜け、通行車両を器用に避けながら、あっという間に駆け抜けた。

「へぇ、凄いね!!」

 私は笑った。

「はい、もし衝突したら当たった方が悪いというのが猫マークなんです。国王に認められた車ですからね。そういう事なんです」

 ルリが笑みを浮かべた。

「そりゃ死ぬ気で避けるだろうけど、そんなに頑張らなくても」

 私は苦笑した。

 街道に戻ったトラックの一団は、さらにいくつかの町をガンガン駆け抜け、前方を行く大型トラックのあとについた。

「さすがに、この時間帯になると急送便が増えますね。なるべく、深夜の危険地帯通過を避けたいのです。当たり前ですね」

 ルリが笑った。

「あっ、反対側のトラックが路側帯に避けてハザード焚いてるね」

 私がいったとき、前方のトラックがホーンを短く鳴らし、そのまますれ違っていった。

『後方のトラック野郎どもを先にいかせます。ちょっと揺れますよ』

 トラックの一団が街道脇の草原に下りると、数台の後続トラックがハザードを炊きながら通過していった。

 再び街道の石畳に戻ったトラックの一団は、王都に向かって走り始めた。

 ここにきて、私は思い出した。

「ねぇ、ルリ。市場からは飛行機じゃなかったっけ?」

 私が問いかけると、ルリがハッとした表情になった。

「あっ、そうだね。すっかり忘れてたよ。どうするんだろう?」

 ルリが口に手を当て苦笑した。

『ノープロブレム。私も忘れていましたが、無線は傍受しています。慌てて追いかけてきいますよ。街道の比較的平坦な場所に着陸します。時間にして、二十分くらいでしょう』

 車内にキットが呟くようにいって、口笛を吹いた。

「へぇ、そんな事も出来る飛行機なんだね。知らなかったよ」

 私は小さく笑みを浮かべ、シートの背もたれに身を預けた。

「はい、原型機は主輪に問題があってこういう事は出来ないのですが、カリーナが装備しているC-17は改良して未整地でも着陸可能と聞いています。もっとも、見る事自体なかったので、どうなるか分かりませんが」

 ルリが笑った。

「へぇ、どんな学校なんだろ。普通じゃないね」

 私は苦笑した。

「はい、なにしろ自衛も学校が自分でやらないといけないですし、魔法研究といえばこの国の屋台骨ですからね。各国の怖い人たちが狙ってくるのです。今後は気をつけた方がいいですよ。自衛用の武器を携行してもいいことになっているのは、そのためですから」

 ルリが小さく頷いた。

「そういう事か。随分、刺激的だね!!」

 私は小さく笑った。

 トラックは石畳の上をガタガタ走り、しばらくすると低空飛行で上空を大型の飛行機が飛び越えていった。

「おっ、あれだね。随分、大きいね」

 私は正面のガラスを通し、街道の石畳に向かって着陸していく飛行機を見守った。

 夜なので飛行機の明かりしか見えなかったが、確かに大型機だった。

「はい、あれで超短距離離着陸可能と聞いています。これで、移動時間が短くなりますね」

 ルリが小さく笑った。


 街道を塞いで着陸した大型輸送機に追いつくと、戦車部隊が周囲に散って恐らく防御体制に入っていくのが見えた。

 初めての経験だったが、輸送機にトラックとミニバン達を積み込む作業は手間が掛かるようで、不慣れな私たちがやると危ないので、驚いた事に同時に乗り込んでいたカリーナの学生達が、全ての作業をやってくれるようだった。

 暇になっ私は作業に興味があるというルリと分かれ、暇そうに携帯灰皿を片手に煙草を吸っていたイートンメスに近寄った。

「師匠、なにか大騒ぎですね」

 イートンメスが小さく笑い、自分の煙草入れから一本取り出し、私に手渡した。

「そうだね。また、急造の迂回路を作って車を流してるし、迷惑だよねぇ」

 私は笑って、自分のライターでイートンメスの煙草を咥えて火を付けた。

「ところで、国王様なんて会った事がないんだけど、どんな人なの?」

 私が聞くと、イートンメスは笑った。

「驚く事請け合いですよ。中央魔法学校も研究所も王都にありますが、基本的に独立していましたからね。ビックリして、逆に笑えると思います」

 イートンメスが笑った。

「そっか、なら楽しみにしておこうかな。さて、積み込みにどれくらい掛かるんだろ。やっと、トラックが収まったみたいだけど、ミニバン多すぎるよ!!」

 私は笑った。

「通常なら数時間は掛かる作業ですが、かなり手際がいいですね。あと数十分でしょう」

 イートンメスが笑みを浮かべた。

「そんなに掛かるんだ。まあ、見るからにそうだしね。しっかし、こんなバイトもあるんだね。カリーナって、どこまでも面白いよ」

 私はテキパキと輸送機の床にワイヤーで、車両を留めていくカリーナの皆さんをみて、小さく笑った。

「はい、実は色々あって、私も過去にやった事があるのですが、もう大変ですよ。自走榴弾砲など十二時間は掛かりますからね。なんでやったかは、トップシークレットです」

 イートンメスが笑った。

 時刻はすでに夜になり、輸送機の作業灯だけが辺りを照らしていた。

 私は笑って紫煙を吐き出した。

「そういや、イートンメスの過去って謎なんだよね。一回調べようとしたら、所長に呼び出されて、恐怖の黒封筒だけ渡されたんだよ。つまり、これ以上動いたらタダじゃ済まないから止めろって警告だよ。さすがの私も怖くて止めたよ」

 私は苦笑した。

「はい、調べない方がいいです。今は師匠の第一助手なので、過去は関係ありません。それより、この分では王都に着く頃には夕方になってしまいますね。まあ、国王様はいつでも来いとおっしゃっていましたが」

 イートンメスが、二本目の煙草に火を付けた。

「まあ、私は国王だってぶん殴ってやるって感じだけどね。下っ端の大臣が勝手に私にやりたくもない研究やらせて、その責任を問わないと!!」

 私は笑った。

「師匠、やれるものならやってみて下さい。私は出来ないです。そのくらい、可愛いのです」

 イートンメスが笑った。

 私は思わず手に持っていた煙草を、地面に落としてしまった。

「か、可愛い!?」

「はい、会えば分かります。ムサいオッサンではないので、楽しみにして下さい」

 イートンメスが笑った。

「ど、どんな国王なの。まぁ、会えば分かるか!!」

 私は笑った。


 程なく車両の積み込みが終わり、開いたままの輸送機の後部ハッチから飾り気のない機内に入ると、私はイートンメスに教わった通り壁際の椅子とはいえない、網状の布で出来た椅子に腰掛けてベルトを締めた。

「こりゃ、長時間は乗りたくないね。変に座り心地がいいのが笑えるけど!!」

 私は隣に座ったイートンメスに笑った。

 なんでも、飛行中は車両に乗れないらしく、集まった大勢が同じように椅子のようなものに腰掛けて、離陸を待った。

「師匠、王都着は二十一時くらいの見込みですね。ここからなら、一時間も飛べば着くでしょう。街外れにファン国際空港があるので、そこを目的地にしてあるはずです。空軍基地もあるのですが、王都から離れているので」

 隣のイートンメスが、自分の腕時計を見て小さく息を吐いた。

「そっか、それはいいね。この隊列が走れる道があるといいけど」

 私は小さく笑みを浮かべた。

「空港からは、太い一本道で城に着くので問題ないでしょう。そろそろ準備が出来たでしょう」

 イートンメスが笑みを浮かべた。

 それと同時に、開け放たれていた後部ハッチがゆっくり閉じ、金属質の甲高い魔力エンジンの音が機内に響き渡った。

「いよいよ離陸ですよ。戦車も積める輸送機ですから、この程度の重さなら大した事はないでしょう」

 イートンメスが笑みを浮かべた。

「そっか、安心した。王都にピクニックなんて、なにが起きるか分からないよ。そこから、ヤバい機密満載で逃げ出したんだから!!」

 私は念のため、拳銃を抜いてマガジンを抜き、残弾を数えて再び銃に装填した。

「それは、使ったらダメですよ。せいぜい、麻痺させる程度の魔法で対処して下さいね。やむを得ない場合は、私とビクトリアスがやりますから」

 イートンメスが笑みを浮かべ、同じように拳銃のチェックを始めた。

「私だってやれば出来るはずだけどね。まあ、嫌だから助かるけど!!」

 私は笑って拳銃をホルスタに収めた。

 機内のエンジン音が一気に高まり、輸送機がゆっくり動き始め、一気に加速して急速に宙に浮いて高度を上げていった。

「さて、どうなるかな……」

 私は小さな窓から夜空を眺め、小さくため息を吐いた。


 私たち一行を乗せた輸送機は順調に飛行を続け、時刻はすっかり夜を迎えた頃、無事にファン国際空港に着陸した。

 滑走路から駐機場に輸送機が移動して駐まると、今度は車両を下ろす作業が始まった。

 まずミニバン部隊が機内から出され、最後にトラックが下ろされると、私は姿を隠すために急いで運転席に座った。

「はぁ、落ち着かないな。また、戻るとは思わなかったよ」

 私は苦笑した。

 助手席に乗ったルリが小さく笑い、私にやたらゴツいサングラスを差し出した。

「……なにこれ?」

「はい、変装のつもりです。事情はなんとなく聞いているので」

 私はルリから渡されたサングラスを掛け、次いでシートベルトを締めた。

「……似合ってる。これ?」

「はい、白衣を着たマッドドクターみたいで、楽しいです」

 ルリは笑って、同じデザインのサングラスを掛けた。

「……怖いよ。普通に」

「そうですか。私はお気に入りなのですが……」

 ルリが笑った。

「まあ、いいや。ハッタリには使えるかもね。早くいこう」

 私が笑うと、トラックのエンジンが勝手に掛かった。

『あー、眠い。はい、センサで探りましたが、周囲に敵性の者はいないです。城から連絡があるまで、ここで待機の指示が出ています』

 キットが寝ぼけたような声が聞こえた。

「あっそ……。本当に大丈夫かな」

 私は小さく息を吐き、拳銃を抜いてハンマーをハーフコックで止めて、セーフティを掛けてホルスタに戻した。

「撃ったらダメですよ。大騒ぎになってしまいます」

 ルリが慌てたようにいった。

「これは、『絶対にこれを使うな。撃たない』って意思表示なんだよ。まあ、いざとなって他に身を守るための手段がないなら、すぐさま撃てるようにはしてあるって事なんだけど、これで私はこの拳銃を使わないよ」

 私は小さく笑みを浮かべた。

「そうなんですね。私もやっておきます」

 ルリもゴソゴソ拳銃を操作して、同じようにしてホルスタに戻した。

 しばらくすると、トラックの無線ががなった。

『師匠、出発の指示が出ました。城の物資搬入口なら大型車も駐められるので、そこに向かって下さい』

 掠れたイートンメスの声が聞こえ、私は一つ息を吐いた。

「だって。キット、よろしく」

『ラジャ。はぁ、この街は小道が多くて嫌いなんですよねぇ。城の物資搬入口に入るまで、結構大変ですよ』

 なんか怠そうなキットの声と共にシフトレバーが勝手に動き、盛大なエンジン音を立ててて、トラックがゆっくり進み始めた。

 貨物専用らしい駐機場の中をミニバン隊を率いて走り、他の貨物機の邪魔をしないように進み、空港内に出入りするゲートに着くと、特に止められる事もなく遮断棒が開き、一行は大通りに走り出た。

 しっかりと石畳で舗装された道端には数々の屋台が並び、一行は人並みを押しのけるようにして、ゆっくり前進していった。

「相変わらずだねぇ。まさか、また戻ってくるとは……」

 私はシートの背もたれに身を預け、小さく苦笑した。

「私は一度行きたかった場所なんです。話にしか聞いていなかったので」

 ルリが小さく笑った。

「人口過密で大変な街だよ。まあ、屋台が多いから美味しい物は豊富だけどね」

 私は小さく笑った。

「そうなんですね。楽しみです」

 ルリが笑った。

 トラックは大通りを抜け、私は見慣れている城が大きく正面に見えてきた。

「さて、可愛い国王に会う時がきたね。まさか、赤ちゃんとかいわないよね」

 私が笑った時、トラックは大通りからスロープ状になっている城への道を大きく曲がった。

 内輪差で道の入り口にあった屋台をなぎ倒し、トラックは何事もなかったようにスロープを上っていった。

「……こら、事故ったぞ」

『あそこは出店禁止の区画なんですよ。どうやっても、巻き込むんですって。下手に切り返しなんかしたら、身動き取れなくなります』

 キットの声を聞き、私は苦笑した。

「あのね……。まあ、いいや。城にこんな道があったんだね」

『そりゃ、ありますよ。食材とか色々必要な物がありますからね。まさか、正門にトラックをぶち込むわけにはいかないでしょ?』

 キットの言葉に私は笑った。

「そりゃそうだね。よし、サングラスは失礼だね。外しておこう」

 私はサングラスを外し、小さく息を吐いた。

「はい、これは不要でしょう」

 ルリがサングラスを外した時、トラックは広大といっていいくらいの荷捌き場に辿り着いた。

 赤い棒を持って誘導している係の人に従い、トラックは荷捌き場の隅に駐まった。

 やや遅れてミニバン部隊も到着し、それぞれの扉が開いて中から皆さんが降りてきた。

「よし、私たちも降りよう」

 私はルリの肩を軽く叩き、シートベルトを外して運転席から飛び下りた。

 石畳の上に降りると、イートンメスとビクトリアスが私たちの方に近寄ってきた。

「師匠、この人数で謁見の間に入ると大混雑になるので、国王様自らがお出でになるそうです……っていうか、もういらっしゃいます」

 イートンメスが笑った時、一匹の猫が私の肩に飛び乗った。

「えっ!?」

「うむ。お主がスコーンか。安心しろ。私はスコーン贔屓だからな」

 ……猫が、喋った。

「ぬぇ!?」

 私は思わずぶっ倒れそうになった。

「師匠、その猫が国王様です。ちなみに、二本足で立って歩けますよ」

 イートンメスが笑った。

「ね、猫の国だったの!?」

「うむ。そうともいえるな。ちなみに、そこのリズとは旧知の仲だ。よって、私はリズ贔屓でもある!!」

 力強く猫が叫び、私の肩から飛び下りて目の前に立った。

「アハハ、驚いたでしょ。ちなみに、クソ長い名前だから、あたしは勝手にピーちゃんって呼んでるよ!!」

 近寄ってきたリズが私の肩を叩き、大声で笑った。

「ぴ、ピーちゃん!?」

 私の声が裏返った。

「うむ。これが、なかなかナイスな名前だ。これから、スコーンもそう呼ぶといい。それにしても、傑作だったぞ。私のみていないところで、勝手にやっている不届き者が命じた研究データを全部どっかに捨てて、クソボロくなった研究所を抜け出すとはな。今は所長の手によって、まともになりつつあるが閉鎖中だ。これには、かなり時間が掛かるだろう。だからといって、カリーナに入ったスコーンを呼び戻したりはしない。これは、約束しよう」

 国王ことピーちゃんは、小さく頷いた。

「そ、それはいいですが……」

「スコーン、固くならないの。いい猫だから、困ったら相談しなよ!!」

 リズが笑った。

「相談って……。こりゃ確かにぶん殴れないね」

 私は苦笑した。

「うむ。これは私のミスだな。謝罪せねばならん。私の意思ではないと、はっきり言い切ろう」

 ピーちゃんは小さく息を吐いた。

「しゃ、謝罪なんていいですよ。本当に、ピーちゃんと呼んでも?」

 私の問いに、ピーちゃんは頷いた。

「うむ。無論だ。ところで、随分と大所帯で来たな。どこで遊んでいたのだ?」

 ピーちゃんが口角を上げた。

「遊んでいたというか、ちょうどエルフの里があると聞いて……」

「うむ。カリーナの近くにある、あそこだな。エルフの仕来りなんかクソ食らえという感じだからな。友人になっておいて損はないぞ。なにかあれば、全面的に協力してくれるはずだ。ところで、ビクトリアス。今回は大義であった。本当に無償でいいのか?」

 ピーちゃんが問いかけると、ビクトリアスが笑みを浮かべた。

「はい、散歩ついでですから。それに、もう現役ではありませんので」

 ビクトリアスが笑った。

「ビクトリアス、なにかやったの?」

 私が問いかけると、ビクトリアスは煙草を取り出して、口に咥えて火を付けただけだった。

「こら、答えろ!!」

「さぁ、散歩しただけです。ついでに、第二助手の仕事も片付けただけですよ。お陰で、クリーンになりました」

 ビクトリアスが携帯灰皿を取り出し、小さく笑みを浮かべた。

「師匠は知らない方がいいです。それより、これで師匠と国王様……いえ、ピーちゃんと繋がりが出来ましたね。早く会わせろって、毎日のように手紙やら無線やらでけしかけられていたんです」

 イートンメスが頭を掻いて苦笑した。

「うむ。用心深いにも程があるぞ。まあ、よい。これで、仲直りでよいか」

「はい、私は構わないですよ。むしろ、大騒ぎに……」

 私は苦笑した。

「うむ。あまり目立つとまずいので、宴の席でもとは思ったのだが、そこは用心深くする事とした。代わりに、我が国の古から受け継がれてきた、魔法剣と魔法書をスコーンにプレゼントしよう」

 ピーちゃんはいうが早く、小さく呪文を唱えて空間に裂け目を作った。

「うむ。私の力では取り出せん。イートンメス、頼む」

「はい、分かりました」

 イートンメスが頷き、ピーちゃんの作った裂け目に両腕を突っ込んで剣と分厚い本を取り出した。

「師匠、これです」

 イートンメスが私が元々身につけていたショート・ソードを鞘ごと外し、代わりに取り出した剣を腰に付けてくれた。

 そのあと、ずしっと重い魔法書を私の両腕に持たせ、小さく笑みを浮かべた。

「え、えっと……いいのかな?」

 私は思わず腰が引けてしまった。

「うむ。この程度しかできん。苦労をかけたな。あと、これはカリーナに入った記念だ。受け取って欲しい」

 ピーちゃんは自分の両腕を空間の裂け目に突っ込み、一枚の紙を取り出して私に手渡した。

 その紙を見ると、南方にある島までのルートが示されていた。

「これは……?」

「うむ。国有地の一つなのだがな、なにかに使おうと思って滑走路だけは森を切り拓いて作ったのだが、結局用途がなくてそのまま放置していたのだ。この島は、迷惑を掛けた皆への謝罪だと思って欲しい。私はスコーン贔屓でありリズ贔屓だからな」

 ピーちゃんは笑った。

「び、イートンメス。島をもらっちゃった!?」

 私は思わず渡された紙を、苦笑しているイートンメスに押しつけた。

「はい、師匠。せっかくなので、遊び場を作りましょう。まずは、どんな場所か知りたいですね」

 イートンメスは紙をみて、小さく息を吐いた。

「かなり遠方ですね。もちろん、移動手段は飛行機しかありません。これは、カリーナで借りましょう。ここから、ざっと見積もって四時間は掛かります。別日にしますか?」

 イートンメスが難しい顔でいった。

「いいじゃん、せっかくだし行こうよ。どうせ、カリーナに帰っても研究室の修理が終わってないでしょ?」

 私は笑みを浮かべた。

「それがいいと思うよ。あたしも気になる!!」

 リズが笑った。

「分かりました。無線でカリーナに連絡して、手続きをしてきます」

 イートンメスが笑みを浮かべて、居並ぶミニバンの一台に入っていった。

「うむ。満足してくれればよいが。さて、私は仕事があるのでな。この辺りで失礼させてもらおう。また、遠慮なくくるがいい」

 ピーちゃんは最後に笑みを浮かべ、騒がしい荷捌き場の奥に消えていった。

「さて、楽しみだね。でも、今からじゃ到着は深夜になっちゃうかな」

 私は隣にいたルリに声を掛けた。

「はい、また輸送機に車両を積み込んで、出発ですからね。私は一度カリーナに戻る事をお勧めしますよ」

 ルリが笑った。

「それはそうなんだけど、気になるじゃん。せめて、上空を飛ぶくらいはやりたいよ!!」

「気持ちは分かりますが、恐らく許可はでないでしょう。カリーナの外出は厳しいので」

 ルリが小さく笑った時、ミニバンから笑みを浮かべたイートンメスが降りてきた。

「師匠、外出許可の期限切れだそうです。帰ってすぐに改めて申請して、真っ直ぐ島に向かいましょう。その方が安全ですからね」

 イートンメスが笑みを浮かべた。

「そっか、それならしょうがないね。そういや、トラックも荷物満載だし、ほとんど手付かずの島なら、夜は危ないか。じゃあ、帰ろうか!!」

 私は笑った。


 王都に長居するのはどう考えても得策ではないので、私たちは早々に引き上げる事にした。

 城に来た道をそのまま引き返し、再びトラックとミニバン隊を空港の駐機場で輸送機に積み込んだ私たちは、もう深夜の入り口という時間にファン国際空港を離陸した。

 私は例によって、椅子とは呼べない椅子に座り、ピーちゃんからもらった古ぼけた魔法書をそっとページを開きながら読んでいた。

「これ、始原魔法だよ。今の時代に使ったら、バカモーン!! じゃ済まないよ。なんか、凄い物もらったな……」

 私が小さく笑うと、隣のイートンメスが笑みを浮かべた。

「それが分かる師匠だからこそ、ピーちゃんもあげる気になったのでしょう。始原魔法は全ての魔法の根っこにあるものですからね。これで、また魔法開発ができますね」

「そうだね。私は攻撃魔法ばっかりだから、たまには違うジャンルもやるかな。この魔法書を読めば、大抵の魔法の基礎理論はできるし、まさにお宝だよ!!」

 私は笑った。

「師匠もたまには、四大精霊魔法を考えて下さい。非精霊系ばかりですから」

 イートンメスが笑った。

「四大精霊魔法だと、どうしても上限が決まっちゃうんだよ。属性の問題もあるし、だからあまり魔法は開発していない。バカにしているわけじゃないんだけどねぇ」

 私は苦笑した。

 四大精霊魔法とは、『火』『水』『風』『土』の精霊の力を借りて、世界の理を一時的にねじ曲げて魔法として使うものだ。

 対して、非精霊系魔法は精霊の力を借りず、自力で理をねじ曲げて魔法とする、力勝負の魔法である。

 どちらが優れているというわけではなく、単純に力の強さが違うだけともいえるが、難易度は非精霊系の方が遙かに高いので、私の魔法研究対象となるのは主にこちらの方だった。

「その属性を組み合わせるのが楽しいですよ。腕の見せ所です」

 イートンメスが笑った。

 私が非精霊系が得意なのに対して、イートンメスは精霊系魔法の専門家といえるほどの腕前を持っている。

 特に怪我などを直す、いわゆる回復系魔法は精霊系魔法でしか作れないので、なにかと怪我が絶えない魔法研究には欠かせなかった。

「そりゃそうだけど……。まあ、考えておくよ」

 私は苦笑した。

「ぜひ、やってみて下さい。さて、そろそろ着陸ですね。飛行機なら、カリーナから一時間も掛からないので」

「そんなに近いんだ。いいこと聞いたよ。なんかあったら、頼りになりそうだね!!」

 私は笑った。


 時刻は深夜にさしかかろうとかという頃、輸送機は無事にカリーナの滑走路に着陸した。

 輸送機から降ろされたトラックに乗り込むと、助手席にルリが乗り込んできた。

「遅くなっちゃったね。早く寮に帰って休もう」

 ルリが笑った。

「そうだね、なんだかんだで疲れたからね」

 私は小さく笑った。

『あの~、忘れていませんよね。荷室にシシラカバを大量に積んでいる事。変な光球も山ほど積んでいますし、これ下ろして下さい』

 キットの声で、私はハッとした。

「あっ、忘れてた……」

 私は頭を掻いた。

「そういえばそうだったね。この量だよ。何時間掛かるんだろう」

 ルリが小さく笑った。

「よし、校庭に着いたらさっそく掛かろう。こりゃ、今夜は寝られないかな……」

 私はため息交じりにって、苦笑したのだった。

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