第4話 熱き者の賛歌(改稿)

 スラーダの依頼で森の洞窟に潜った私たちは、パステルを先導にしてゆっくり進んでいた。

「よし、あの窪地で小休憩にしましょう。無理は禁物です」

 洞窟内の少しくぼんだ場所で、私たちは腰を下ろした。

「ったく、とんでもねぇ場所だぜ。ここ、マジで薬草採取の場かよ」

 小傷だらけのロータスが苦笑した。

「全くです。火傷で済んでいますが、生きた心地がしません。マクガイバリズムの局地ですね」

 早くも再生が始まったカリーナの制服を着たパステルが笑った。

「こりゃ研究どころじゃないね。生きて帰れるかな」

 私は苦笑して、ノートパソコンを鞄にしまった。

「早くそうして下さい。師匠の研究好きも尊敬を通り越えて呆れる領域です」

「だから、こんな武装じゃ……って、別に戦ってはいませんね」

 ビクトリアスが笑った。

「はぁ、疲れました。自分でいったら世話ないですが、マッパーって大変なんですよ」

 パステルがポケットから煙草を取りだし、火を付けた。

「そうだね、総攻撃だもんね。私は嫌だな!!」

 私は笑った。

「はい、望んでなるものではありませんが、私はこれが好きなので。この洞窟は単純でいいです。罠だけが無駄に強力なので、それに気をつければ」

 パステルが笑った。

「さて、あともう少しで地下二層といいます。そこに降りる階段があります。通常は誰もが通る階段は罠を仕掛ける絶好の場所なのですが、薬草を採りにくるというこの洞窟では邪魔なだけなので、さすがにないでしょう」

 パステルが笑みを浮かべた。

「そっか、そういう場所だったね。すっかり忘れていたよ。だって、罠が凄いんだもん」

 私は苦笑した。

「頭下げて!!」

 私はイートンメスに弾き飛ばされるように床に転がり、ジャージおじさんが銃を撃った。「な、なに!?」

「どうって事はない。ただの虫だ」

 ジャージおじさんは手慣れた手つきで煙草を咥えて、どこか遠くをみていた。

「よし、仕事だよ!!」

 リリムがウメボシを連れ……なんかやった。

「……なに今の?」

「内緒だよ!!」

 リリムは笑って水を飲みはじめた。

「見なかった事にした方がいい予感がするよ!!」

 ルリが笑って私の方を叩いた。

「そ、そうだね。うっかり、本当にプロテイン持ってきちゃったんだけど、今って筋肉が超回復してるかな?」

「この程度の運動じゃダメでしょ。もっと追い込まないと、ただ筋肉痛になるだけだよ!!」

 ルリが笑った。

「……もっと筋肉が欲しいな」

 私はそっと呟いた。

「さて、そろそろ出発しましょうか。くれぐれも、気をつけて」

 パステルを先頭に進んでいくと、古ぼけた金属製の扉があった。

「あっ、この鍵マークはそういう意味だったか……」

 パステルが洞窟内の地図を見ながら、ため息を吐いた。

「スラーダさんも焦っていたみたい。鍵を預かっていないな……ここで待っていて下さい」

 パステルが私たちとやや感覚を開けて、扉に近寄っていった。

「全く、格好つけてるんじゃないよ!!」

 リズが呪文を唱え、パステルの周りを青白い光が包んだ。

 パステルが扉の様子を確認し、手で近づいていいと招いた。

 私たちが近づくと、錆び付いていたが確かに金属製の扉が固く閉ざされていた。

「鍵持ってるの?」

 私は分かっていたが、あえて聞いた。

 パステルは小さく笑みを浮かべ、扉を思い切り蹴飛ばした。

「やっぱりね、ビクトリアスの出番だよ。錆びてるけど開けられる?」

 ビクトリアスが笑みを浮かべ、ポケットから鍵開けの道具を取り出した。

「錆びているので難しいですが、やってみます」

 ビクトリアスが鍵穴に取り付いた。

「……八条のシリンダー錠。しかも錆びている。ここは、これしかない」

 ビクトリアスが呟き、鍵穴に器具を差し込んだ。

「時間が掛かりますよ。これは、面白い」

 ビクトリアスがニヤッと笑みを浮かべた。

「八条ですか。どれだけ大事なんでしょうね」

 パステルが小さく笑った。

「少なくとも薬草じゃないね。やり過ぎだもん。多分、エルフ古代魔法の魔法書だよ。失伝されたはずだけど、ここにあったか。そんな場所に魔物が住み着いたら、意地でも排除尾しようとするだろうね」

 私は苦笑した。

「師匠、そんなものがあるんですか?」

 イートンメスが笑みを浮かべた。

「うん、私がエルフ魔法を研究してい時に、偶然存在を知ってね。この集落にもどこかにないかなって思っていたんだよ。エルフが死人を出してまで、必死に守ろうとするからには、そのくらいのものじゃないとあり得ないから。あの魔法書がないと、エルフはなにも出来なくなっちゃうからね。まともな防御結界も張れないから、警備隊を作って無理矢理頑張っていたんでしょ。そもそも、こんなボロ鍵じゃまともな鍵だって開かないよ。ビクトリアスなら分かるでしょ?」

 私は苦笑した。

「はい、これはダメです。もう百年単位で開けていないんじゃないですか。ラッチが閉まった状態で維持されている事が奇跡です。鍵屋でも呼びますか?」

 ビクトリアスは笑って、扉の枠を持って無理矢理退かせた。

「ほら、扉自体が機能していないです。討伐隊も分かっているようで、地面に擦過傷がいくつもあります。邪魔なだけなので退けておいて欲しいです」

 ビクトリアスが笑った。

「なるほど、この鍵のマークは無視して退かせという意味ですか。また、乱暴ですね」

 パステルが笑った。

「さて、進みましょうか。階段に罠はないと思います。設置するのが大変なので。念のため、私から三歩離れてついてきて下さい」

 パステルが先頭に立ち、私たちは扉を退けた向こうの階段を下りた。

 そのままなにもなく地下二層に降り立つと、変わらず天然の洞窟のようだった。

「さて……」

 先頭のパステルがショートソードを抜いた。

「戦闘準備です。ここは一本道ですからね。念のため準備しておきましょう。

 パステルが笑みを浮かべた。

「だって、用意しておくか!!」

 リズが拳銃を抜いた。

「なんで一本道だと……まあ、いいや。それどころじゃないみたいだから、どっちがいいかな……」

「はい、悩むくらいなら持たない方が正解です。師匠は私とビクトリアスで守りますから」

 イートンメスとビクトリアスが私の前に立った。

「それでいいならいいけど……」

 私は小さく息を吐いた。

「その通りだ。下手にやったら怪我じゃ済まねぇぞ。まっ、俺は撃ち殺してやるけどな」

 ジャージおじさんがアサルトライフルを持って笑った。

「では、行きましょう。私の勘ですが、このフロアには罠はありません。一階が凄かったので、ここまでくる事は想定していないでしょう。ただし、魔物の気配はします。ロータスさん、よろしくお願いします」

「さんなんていらねぇよ。ケツが痒くなるぜ。私も気配は感じるぜ。ちょっと待ってろ」

 ロータスが小型無線機を取り出した。

「業務連絡、ガチでやるなよ!!」

 ロータスが無線機をしまった。

「さて、やる事やったしいこうぜ。どうも、おかしな気配を感じやがる。私もエルフ魔法の存在を知ってる変な用務員だ。音声発動式魔法では禁忌になっている、召喚術までありやがるからな。うっかり誰かがやらかしたんだと思うぜ。エルフ語でドラグ・シーモアスは死のトカゲだ。ドラゴンなんかじゃねぇぞ。妙な話だとは思ったが、ここにきて確信を持った。おい、お前ら下手すると瞬殺だぞ。実体があるようなないような、変な物体だからな。あれは生物じゃねぇ!!」

 ロータスが腰から、ショートソードと二本差しにしていたロングソードを抜いた。

「さて、マジになったぜ。とっとと、この埃くせぇ場所から帰ろうぜ!!」

 パステルが笑った。

「この剣がミスリル製でよかったです。魔力を通すので霊体でも斬れますから」

 パステルが笑った。

「じゃあ、私もショートソードで……」

「師匠、訓練とは違うんですよ。まずは待って下さい」

 イートンメスが笑みを浮かべた。

「あっそ……。まあ、確かに妙な気配は感じるけど、これここのフロアじゃないよ。その先だね。倒す目標はそれだ。暴走した召喚獣ほどタチが悪いものはないからね」

 私は小さく息を吐いた。

「そうだね、あれは魂を……危ないよ」

 ルリがショートソードを抜いた。

「よし、いこうか」

 私が声をだし、全員が歩き始めた。


 第二層の道は特になにもなく、通路の突き当たりでまた金属製の扉があった。

「……この先だね」

 私はショートソードの握りに手を掛けた。

「ここもなんちゃって扉ですよね。さて……」

 ビクトリアスが真顔になり、扉になにか仕掛けはじめた。

「コッティ、四個でいい?」

「馬鹿、一個でいいでしょ。こんなクソボロい扉」

 ビクトリアスがニヤリと笑みを浮かべ、イートンメスがショートソードを抜いた。

「みなさん、地面に伏せて下さい。ちょっと派手に行きますので」

 ビクトリアスが配線を引きながら笑みを浮かべた。

 私たちが床に伏せると、ビクトリアスは手に持った箱のレバーを捻った。

 扉が派手に爆発四散し、強烈な魔力があふれ出てきた。

「行きましょう!!」

 パステルがショートソードを構えて先陣を切り、私たちも飛び起きて走った。

 部屋の中にはずらりと魔法書が並び、中央部に一体ドラゴンのようなものがいた。

「ドラゴンではないです。あとは分かりません!!」

 パステルが立ち止まって叫んだ。

「待った、どっかでみたな……」

 私は鞄の中からノートを取り出し、リズが防御結界を展開した。

 ドラゴンのようなものは口から炎を吐き出し、防御結界にぶち当たって派手に巻き散った。

「師匠、ピンクの三十四ページじゃないですか」

 ショートソードを構えたイートンメスが、勝ち気な笑みを浮かべた。

「ピンクって随分古いな……えっと」

 私は鞄の中をひっくり返し、ピンクのノートを探した。

『オメガ・ブラスト!!』

 ジャージおじさんとリリム、ウメボシがいきなり攻撃魔法を放った。

「牽制だ。この野郎、撃ち殺してやろうかってな!!」

 ジャージおじさんが楽しそうに笑った。

「軸間結界斬!!」

 リズがいきなり何か魔法を使い、ドラゴンのような物の体が爆ぜた。

「結界魔法は使い方でさ。こっちも牽制。あれなんなの?」

 リズが笑みを浮かべた。

「あれ、結界魔法なんだ。えっと、三十四ページ……」

「テクラ・アルフィード!!」

 私がノートのページを急いで繰っていると、いきなりパトラが変な魔法を放った。

「……な、なにそれ」

「うん、エルフ魔法だよ。牽制にはいよ。鱗が弾けないって事は、竜鱗はないよ。通常攻撃で倒せるかもね」

 パトラが笑った。

「あとで研究する。えっと、三十四ページ……」

 私は魔物研究ノートにある記載を確認した。

「ああ、ドラグ・シーモアスだよ。生意気にブレスなんか使うけど、ドラゴンに似てるだけの亜種だね。ただ、甘くみない方がいいよ。バカみたいに体力があるし、なんでも攻撃が効くのはいいけど、ブレスも吐くし面倒ではあるよ。あと、自己再生能力があるから、半端な攻撃じゃ効かない。体色が緑だから、ドラグ・シーモアスの中でも上位種だね。これ、かなり面倒だよ!!」

 私は小さく息を吐き、そっと拳銃を抜いた。

「……目をぶち抜く。それしかない」

 私は拳銃を構えた。

「師匠、あんな動き回る目標を撃てますか。私は無理ですよ」

 イートンメスが、ショートソードをスッと前方に構えた。

「……それもそうだね。こっちしかないか」

 私はそっと拳銃を背中に差し、ショートソードを抜いて構えた。

「やれやれ、面倒ですね」

 ビクトリアスが呪文を唱えた。

「簡単ですが、防御魔法です。全員、大丈夫ですよ」

「よし、それコイツを三枚おろしにしてやろうぜ!!」

 ロータスが笑みを浮かべ、ロングソードを構えた。

「それじゃ、防御結界解除するよ。ブレスきたら、死ぬ気で避けて!!」

 リズが拳銃を抜いて、呪文を唱えた。

 青白い防御結界が消え、私たちは一斉にドラグ・シーモアスに襲いかかった。

 間を詰めている間にドラグ・シーモアスが派手にブレスを吐き、私の肩の間近を掠め飛んだ。

「……熱いなもう。頭にきた」

 私は呪文を唱え、地面すれすれに高速飛翔した。

 ショートソードを頭上に突き出し、飛行速度を利用してそのままドラグ・シーモアスの胴体に突っ込んだ。

 切っ先がドラグ・シーモアスの胴体に突き刺さり、そのまま根元まで深く食い込み、飛行魔法の結界で血肉を弾き飛ばしながら、反対側に飛び出た。

 私は地面に飛び下り、胴体に大穴を開けたドラグ・シーモアスの様子を覗った。

「ファイア・ボール!!」

 反対側でビクトリアスが叫ぶ声が聞こえ、ロータスが背中に上って、ロングソードで滅多斬りにしているのが見えた。

「……これで終わりかな。こっちはね」

 私は壁の本に目を走らせた。

「スコーンさん、無事ですか。一緒にマッパーやりませんか。凄いですよ!!」

 パステルが笑みを浮かべた。

「マッパーねぇ、私は臆病だから無理かもね。手先は器用だと思うけど。それより、あの光ってる本。かなりヤバいよ。こんな出来損ないのドラゴンもどきどころじゃないのが、暴走したまま無理矢理書架にぶち込まれてるやつ。あれはヤバい。まずはコイツを急いで片付けないと!!」

「あれですか。なにか問題が……」

「うん、マズいよ。召喚術の途中で放り出されてる。こうなったら、一度顕現化させるしかないね。やりたくないけど、あれやるか。その前に、この出来損ないを倒しておかないとまずいね」

「はい、なにか嫌な予感がします。まずはこれですね」

 パステルが頷いた。

「……やっぱり、自己回復でもう傷が塞がりつつある。この程度じゃダメか。ジャージおじさんいたな。緊急チャンネルは」

 私は無線を取り出して、緊急チャンネルに合わせた。

「ジャージおじさん聞いてる?」

『ん、俺のことか。モップしか持ってないぞ』

「そのモップでいいから、この出来損ないの頭を撃って!!」

『頭か。モップで拭くには手間が掛かる。そうだな、ビッグファイアの使用許可は?』

「なんでもいいから早く。ビッグファイアってなに?」

『話しにならんな。通常弾でやる。手間が掛かるが待ってろ。目を撃ち抜けばよかったんだな』

「えっ、撃てるの?」

『さぁな、撃てるかもしれんな。まあ、俺のモップを信じろ』

 私は大きく息を吐いた。

「こちらにも人を呼びましょうか?」

「いいよ、それどころじゃなくなる可能性が高いから。ジャージおじさんのフォローしなと!!」

 私は呪文を唱えた。

「ファイア・ボール!!」

 私は火球を自分で空けた穴に叩き込んだ。

「最高温度で中から焼いたよ。これで、動きが鈍るはずなんだけど……」

 私はドラグ・シーモアスの様子を見守った。

 鋭い銃声が一発聞こえた。

『おい、口から吐く炎を止めろ。邪魔で撃てん』

「そんなこといわれても、口の炎線をどうやって……」

『リズだよ。要するに、口を塞いで黙らせればいいんでしょ。結界魔法で適当にやっとく!!』

『おい、ロータスだ。余計な事するな。私がコイツをなんとかする。なるべく離れてくれ!!』

 無線にロータスの声が飛び込み、その姿がドラグ・シーモアスの首筋に見えた。

「まさか……」

 私が思わず呟いた時、ロータスが剣をドラグ・シーモアスの首に突き立てるのが見えた。

 ゴキっと凄まじい音が響き、ドラグ・シーモアスが首を垂れた。

「凄いね、倒しちゃったよ」

 パステルが笑みを浮かべた。

「ただ者じゃないとは思っていたけど、やるね」

 私は小さく笑みを浮かべた。

「さて、問題はあの光ってる本だね。あのままじゃ、ロクな事にならないよ。怖いけど開くしかない」

 私は抜いたままだったショートソードを腰の鞘に戻し、ホルスタから拳銃を引き抜いた。

「みんな、何が起こるか分からないけど、もう一回戦う事になると思うよ。すぐに脱出できるように備えて!!」

 私は無線で声を送り、抜いた拳銃の照準を光っている本のやや下に合わせた。

「……十二メートル。いけるかな」

 私は引き金を引いたが、カチンと音がしただけだった。

「あっ、スライド引いてなかった」

 私は一度右手の親指を立て、光っている本の距離を測った。

「……十二メートルは間違いないね。あんな場所にある本取れないよ」

 私は銃のスライドを引き、初弾を薬室に装填した。

 もう一度照準を合わせ、私は引き金を引いた。

 銃弾が本を弾き、書架から転がり落ちた。

「さてと……」

 私は落ちた本に近づいて開いた。

「召喚術だね。ルーン文字じゃなくて古代……ヤバいなんてもんじゃないよ。これ」

 本が光を放ち、召喚円という特殊な魔法陣が虚空に描かれた。

「緊急待避準備、ファイア・ドラゴンだよ!!」

 私が無線に叫ぶと同時に、巨大な赤い鱗で覆われた巨大な竜が洞窟を突き破って顕現した。

「外に逃げて!!」

 私はパステルを抱きかかえ、呪文を唱えた。

 宙に舞った私たちは、全員で体勢を整えた。

 首だけ地上に出ていた赤竜が土砂を巻き上げながら、地上に這い出てきた。

「知らない人いるかもしれないからいうけど、魔法も武器も竜鱗で弾かれちゃうから簡単じゃないよ。倒せるかな……じゃなくて倒さないと」

 私は拳銃をホルスタに収め、ショートソードを抜いた。

「これマズいよ。やれない事はないけど、結界か……」

 リズが小さく息を吐いた。

 そのとき、一台の馬車がやってきた。

「名を覚えているかどうか分からないが、ミネルバだ。なにやら大変な事になっていると聞いてな、私たち三姉妹も加勢する。あと、やる気満々の男子三人も連れてきたぞ」

 ミネルバたちが笑って馬車から飛び下りた。

「あれ、オークの時の……」

 私の声に、ミネルバが笑みを浮かべた。

「さて、仕事にかかろうか。マチルダ、チャーチル。あと、そこの男子ども、いくぞ!!」

「誰が男子どもだ。いいだろう、どうすればいいのだ?」

 馬車から飛び下りた一団は、楽しそうに剣と銃を取った。

「……楽しそうだね」

 ルリが吹き出した。

「うん、楽しいのかな。これ」

 私は苦笑した。

 リズが赤い無線をポケットから出した。

「馬鹿野郎、またかよ。以上!!」

 リズは無線機をポケットにしまい。ため息を吐いた。

「スコーン、エラい事になるかもね。また、あのバカ……まあ、いいや。竜鱗さえなくなれば、なんだって効くから大丈夫だよ!!」

 リズが苦笑した。

「そっか、竜鱗さえなくなれば……でも、どうやって」

「だから、一仕事なんだって。タダ飯食ったら悪いでしょ。総員、作業開始!!」

 ミネルバは剣を抜いた。

「うむ、コイツはムカつくからな。バチコーンどころではないのだが、コイツの鱗を剥ぐか。面白い」

 長身の男性がすらっと剣を抜いて、笑みを浮かべた。

「全く、とんでもねぇものがいやがるな。削ぐだけじゃ済まさねぇぞ」

「同感だ。全く面倒なものを……」

 馬車組全員が剣を抜き、地上に出たばかりの赤竜目がけて突っ込んでいった。

「おっと!!」

 リズが声を上げ、防御魔法を使った。

 突っ込んでいった六人に向かって、赤竜がド派手な火炎を吐き散らした。

 防御魔法で火炎が弾き飛ばされ、六人は一斉に赤竜に襲いかかった。

「いいか、竜鱗だけだぞ。余計な事はするな!!」

 男性の一人が叫び、六人は剣でバリバリ竜鱗を斬り剥がしていった。

「気に入らんな」

 ミネルバが頭上に剣を突き刺し、赤竜は大暴れしはじめた。

「バカ者、竜鱗だけといっただろうが。これをどうするのだ」

 長身の男性が怒鳴り、首筋に剣を叩き込んだ。

「ほれ、お前たちもなんかやらんとダメだぞ。俺たちは一度退くからな!!」

 六人が一斉に間合いを空け、大暴れする赤竜が私たちに向かってきた。

「ちょっと、半端にやらないでよ!!」

 リズが叫び、呪文を唱えた。

「オメガ・ブラスト・エクステント・コンビブラスト!!」

 リズの両手からド派手な白光がほとばしり、赤竜の胴に大穴が開いたが、暴れる赤竜はお構いなしに、私たちに向かって突っ込んできた。

「なに、今の魔法……って、それどころじゃないね」

 私は呪文を唱えた。

 イートンメスとビクトリアスが銃で威嚇射撃をし、ルリがいきなりドラグ・スレイブを放った。

「えっ、撃てたの……」

「はい、こっそり覚えました。オメガ・ブラストも可能です」

 ルリが呪文を唱え、二音同時発声でオメガ・ブラストとファイア・ボールを放った。

 ズタボロになった赤竜だったが、暴れ回りながらどんどん私たちの方に迫ってきた。

「……こうなったら」

 パステルの声が聞こえ、いきなりグレネードランチャーを構えて発射した。

 赤竜の顔面で爆発が起こり、パトラが薬瓶をぶん投げた。

 赤竜の画面の皮膚が溶け始め、しかし自然回復した。

「あれ、赤竜って自己回復能力あったかな……あっ、血の盟約か。これは、解けないな。術者不明じゃ、どうにもならないね」

 私は小さく息を吐き、頷いた。

「待て、早まるな。こういう時はこうするのだ」

 一度退いた六人が再び隊列を作り、私たちをさりげなく遠ざけた。

「赤竜の心臓は六つある。簡単に退けられないのはそのためだ。血の盟約は関係ない。術者がどうなったか、もう分かっているだろう」

 長身の男性が私の顔を見て小さく笑みを浮かべた。

 私は頷いた。

「……血の盟約の裏切りは、死あるのみ」

 私は小さく嘆息した。

「そういう事だ。契約が完了していない以上、退けられる。共闘といこうではないか。俺たちは剣と銃しか使えない。お前たちは、魔法を使え。つまり、援護しろということだ。分かったな」

 どこか異質な感じがする四人が剣を抜き、男性二人も小さく笑みを浮かべてロングソードを抜いた。

「よし、防御の必要はない。ありったけの攻撃魔法をぶち込め。あとは俺たちがコチョコチョしてやる」

 長身の男性は笑い、六人が一斉に赤竜に飛びかかった。

「うわ……じゃなかった、何か魔法。イートンメス!!」

「はい、師匠。アレなんてどうですか?」

 イートンメスが笑みを浮かべた。

「止めた方がいいですよ。あれ、まだ開発中じゃないですか」

 ビクトリアスがやれやれといわんばかりに、笑った。

「アレって……まあ、いいけど。撃った後の隙が大きいんだよね」

 などとやっている間に、パステルが変な機械を肩に担いでなにか発射した。

「ジャベリンです。牽制にしかなりません。次の行動を!!」

 パステルが叫んだ。

「フォローしますので、アレでお願いします」

 イートンメスとビクトリアスが再び銃で威嚇射撃を開始し、私は頷いた。

「……呪文長いんだよね。面倒だけど」

 私は呪文の詠唱を開始した。

 その間、パトラが閃光手榴弾をぶん投げ、一瞬とんでもない明るさと爆音が鳴り響いた。

「こら、それは邪魔だって!!」

 リズが叫んだ。

「ごめん、間違えた!!」

 パトラは笑って、呪文を唱えはじめた。

「オメガ・ブラスト・エクステント・コンビアトエルダビエシタ!!」

 パトラが前方に突き出した両手のひらから、ド派手すぎる燐光が解き放たれ、ボロボロの赤竜の体を光が貫通した。

「……なに、オメガ・ブラスト使えたの?」

「うん、何年一緒に付き合ってると思ってるの。進化形も開発してるよ」

 パトラが満足そうに頷いた。

「もう一回!!」

 パステルがAT-4を取り出し、肩に担いで発射した。

「あの、それどこで買ったの?」

 イートンメスが苦笑した。

「まあ、それなりのルートで」

 パステルが笑った。

 赤竜は前衛六人の剣技でボロボロになり、動きが緩慢になってきた。

「おい、俺はいいのかよ」

 ジャージおじさんが苦笑して、銃に弾丸を装填した。

「ビッグファイア……OK」

 ジャージおじさんが銃を撃ち、激しい発射音と共に赤竜の右目を撃ち抜いた。

「まあ、俺のモップはこけおどしくらいにしか使えん。あんなの撃てるか」

 ジャージおじさんが笑った。

「よし、お前たちは退け」

 前衛で戦っていた男性二人が抜けて、こちらをガードするかのように立つと、残った長身の男性と女性三人が、赤竜を一斉に攻撃しはじめた。

「は、速い……」

 ルリが声を上げた。

「師匠、もういいですよ。お疲れさまでした」

 イートンメスが笑みを浮かべた。

「あのね、いくら私にアレを撃たせないためでも、派手にやり過ぎだよ。特にパステル。どこに色々隠してるの!!」

 私は笑った。

 その間に赤竜は大人しくなり、長身の男性がなにか呟くとその姿を消した。

「うむ、これで仕事は終わりだ。全く、不遜な事をしおる」

 長身の男性は笑みを浮かべ、やってきた馬車に乗った。

「さて、帰って宴の続きかな。あなたたちも帰りなさい。なんか、物足りないな」

 ミネルバを筆頭にした三姉妹も馬車に乗った。

「そのうち、スラーダといったな。馬車で迎えにくると思うぞ。全く、面倒な事を。オレンジジュース一杯では割りに合わん」

 長身の男性は笑みを浮かべ、馬車は去っていった。

「なんだか、疲れたねぇ」

 私は苦笑した。

「ここには温泉があるよ。湧かしだけどね!!」

 リズが笑った。

「なに、温泉があるの。早くいってよ!!」

 私は笑った。


 迎えにきたスラーダの馬車に乗り、私たちは集落に戻った。

「ありがとうございました」

 スラーダが笑みを浮かべた。

「何が薬草だよ。全く」

 私は笑みを浮かべた。

「はい、まさか赤竜だったとは思わず、ご迷惑をおかけしました」

「あれ、普通じゃ倒せないよ。まして、まして、半端な血の契約つきだもん。あの六人がいなかったら助けられなかったよ」

 私は笑った。

「では、お礼のアレを」

 スラーダが貴石を私に手渡した。

「よし、ミッション終了だね。聞いた話だと、温泉があるらしいね」

 私は笑みを浮かべた。

「はい、ありますよ。目隠しの柵があるだけの、クソボロい温泉ですが、よろしければどうぞ」

 スラーダが笑った。

「クソボロくたって温泉だよ。あの六人もいるのかな?」

「いえ、お忙しいそうで、ノートパソコンを買って帰るとか。よく分かりませんが」

 スラーダが笑った。

「そっか、ノートパソコン。神ね……」

 私は呟いて笑みを浮かべた。

「師匠、そういえばどこに泊まりますか?」

 イートンメスが笑みを浮かべた。

「ああ、そうだったね。スラーダ、どっか泊まるところない?」

「はい、実はカリーナとは友好関係にありまして、その記念に建てた家があります。かなり広いので、皆さんお泊まりになっても問題ないと思います。ご存じかもしれませんが、私たちはベッドなど使わずにハンモックです。ベッドがある寝室は五部屋しかありませんので、不慣れでしょうがお許し下さい」

 スラーダが笑みを浮かべた。

「エルフがハンモックを使う事は知っていたけど、カリーナと友好関係とは知らなかったよ。どんな家だろ?」

 私は笑みを浮かべた。

「さて、どうでしょうか。師匠、いってみましょう」

 イートンメスが笑った。

「あの、ハンモックってなんですか?」

 ルリが興味深げに聞いた。

「いけば分かりますよ。ビクトリアス、イルミネーションを」

「はいはい、またアレやるんですか。発電機の起動が面倒なのに……」

 ビクトリアスが苦笑して、どこかに向かっていった。

「イルミネーション?」

「はい、電球です。それより、温泉の方が先では?」

 イートンメスが笑った。

「あとでいいじゃん。家の方が先でしょ?」

 私は笑った。

 そのうち、ドンという音と共に金属質の音が響き、真っ暗だった集落内が色とりどりの明かりに満たされた。

「……なにこれ?」

「はい、先生の趣味で設置したようです。それくらい、仲がいいんですよ」

 イートンメスが笑みを浮かべた。

「いつもは自動的に作動するのですが、まさか戦闘中に点灯するわけにはいかないですからね。では、いきましょう」

 イートンメスが笑い、私たちはやたら明るい集落内を歩いた。

「とりあえず、家に荷物を置いてきましょう。かなり広い家のはずです」

 イートンメスが笑みを浮かべた。

「なに、知ってるの?」

 私はイートンメスに聞いた。

「さぁ、どうだか……」

 イートンメスが笑った。

 とにかく明るい集落内を歩いていくと、奥の方になにか大きな建物が見えてきた。

「もしかして、あれ?」

「はい、雑魚寝なら百人くらい入れると思います。最初は小さい家の予定だったそうですが、集落の方々が気合いを入れて森を切り拓いて、わざわざ大きな建物を建てて下さったそうです」

 イートンメスが手に持っていた、バインダーの資料を眺めた。

「あっ、それイートンメスの秘密ノート!!」

 私は笑った。

「はい、下調べはしてあります。さて、いきましょう」

 イートンメスが鍵を取り出して笑った。


 大きな家までくると、イートンメスが扉の鍵を開けた。

「最初にいっておきますね。中は土足禁止です。玄関で靴を脱いで下さい。なんていったかな……草を編んだマットみたいな物が敷いてあるので、靴で踏んだらダメですよ」

 イートンメスが笑みを浮かべ、私は家の中に入った。

 中は確かに草のニオイがするマットが敷かれ、やたら広いキッチンや謎の椅子やらなにやら、よく分からないものがおいてあった。

「師匠、その椅子みたいなものには触らないで下さい。無人偵察機のコンソールなので、下手に触ると危険です」

 イートンメスが頷いた。

「そうなんだ、研究していい?」

「なんの研究ですか。子供が触ったらいけません!!」

 イートンメスが笑った。

「なんだ、つまらないの。面白そうなんだけどな」

 私は笑った。

「ダメです。オモチャじゃありません。さて、荷物を置いて温泉にいきましょう」

 特に荷物らしい荷物はなかったが、私はノートパソコンが入った鞄を床に置いた。

「では、行きましょう。クソボロいらしいですが」

 イートンメスが笑った。


 私たちは家から出て、すぐ近くにある温泉に移動した。

「ちなみに、露天ですよ。男女別なので問題なしです」

 イートンメスが笑った。

「そうなんだ。それにしても、これのどこがクソボロいの?」

 温泉の建物はどこか素朴な木製の柵で囲われ、入り口で男女別に分かれていた。

「まあ、そういう事にしておいて下さい。師匠、いきますよ」

 私はイートンメスにあめ玉をもらい、黙ってついていった。

 入り口のカーテンを開けてすぐに、脱衣所があった。

「タオルはそこに積んであります。持ち込みはしないで下さいね」

「分かってるけど、これのどこがクソボロいのか研究したいな」

 建物の中は木の香りが漂い、素朴な手作りである事が分かった。

「さて、分かりません。それより、さっさと服を脱いで下さい!!」

 イートンメスがまたあめ玉をくれた。

「分かってるけど、なんの木かな。ただの木じゃない事は分かるけど……」

 私はブツブツ呟きながら服を脱いだ。

「さて、入りましょう。ああ、カナブンには注意して下さい。臭いなんてものじゃないので」

 イートンメスが笑った。

「カナブンって……ああ、あの強烈なヤツか。確かにいそうだね!!」

 私は笑った。


 脱衣所から先に進むと、まるで池のような巨大な湯船があり、湯気を上げていた。

「どこがクソボロいんだか……」

 私は洗い場で体を洗い、イートンメスのあめ玉を一つ口に入れた。

「いい感じですね……」

 イートンメスも体を洗い、先に湯船に入った。

「……湯船、クリア」

 イートンメスは手に持っていた無線機に、なにか囁いた。

「なにしてるの?」

「知りません。では、ゆっくりしましょう」

 イートンメスは笑い、私はぼへぇっと湯船で体を伸ばした。

「師匠、今日は疲れましたね」

 イートンメスが笑った時、柵の向こうでくぐもった声が聞こえた。

「……クリア」

「……了解」

 イートンメスが、無線機でまたどっかと会話した。

「あのさ、なにやってるの?」

「はい、あめ玉です」

 イートンメスは防水パックに入ったあめ玉を、私の口に放り込んだ。

「聞くなって事か。大変だな」

 私は苦笑した。

「師匠は気にしないでいいです。それにしても、いいお湯ですね」

 イートンメスが大きく伸びをして、息を吐いた。

「ここ、単純硫黄泉だね」

「師匠、ここのどこに硫黄が入る要素があるんですか。単純アルカリ泉です」

 イートンメスが小さく笑った。

「あっそ……まあ、いいや。カナブンの研究していい?」

「ダメです。火傷じゃ済まない上に、臭いです!!」

 イートンメスが笑った。

「なんだ、つまんないの。そういえば、ルリがどっか行っちゃったけど、どこにいるかな?」

 私はあくびした。

 その時また、柵の外からくぐもった声が聞こえ、派手な銃声が聞こえた。

「……なんか、隠してるでしょ?」

「知りません。神のみぞ知るってね!!」

 イートンメスが防水パックから、カップ酒を取り出した。

「飲みます?」

「いいよ、そんな温かいお酒。ってか、なにやってるの。マジで?」

 私はぼんやり呟いた。

「カナブン退治です。気にしないで下さい。ビクトリアスは、カナブン退治には自信があるので」

「ふーん……。それより、それ本当に飲むの……って飲んじゃった」

 イートンメスがカップ酒を一気に飲み干し、空き瓶を柵の外に向かってぶん投げた。

 痛ってと、小さくビクトリアスの声が聞こえ、イートンメスが笑った。

「さて、ゆっくりしましょう」

「そうだねぇ……」

 私は湯船の中に深く静かに潜行した。

「ダメですよ、マナー違反です。まあ、私もやりますけど」

 イートンメスも隣で深く静かに潜行した。


 温泉から上がると、私たちは家に戻った。

「この制服凄いね。防水乾燥機能ありって聞いてたけど、体まで乾燥してくれるんだね。髪の毛がボサボサだけど、乾くには乾いたよ。さて、なんか面白い事ない?」

「ないですねぇ。私の髪の毛なんて、売れない小説家みたいですよ!!」

 イートンメスが笑った。

「よし、このボサボサを研究しよう」

「論旨は?」

 イートンメスが笑った。

「……やめた、面倒臭い。せっかくキッチンがあるし、冷蔵庫まであるから何が入っているかみてみよう」

 私はイートンメスからもらったあめ玉を口に放り込み、巨大な冷蔵庫に向かった。

 やたらデカい扉を開けると、肉だのなんだの大量に詰まっていた。

「うん、なんでも出来るね。魚がないのは当たり前か。ここまで持ってくる間に腐っちゃうから」

 私は冷蔵庫からジャガイモを取り出した。

 その時、家の扉が開いて、先ほどの六人組が入ってきた。

「待て、そのジャガイモは俺が仕留める」

 なんだか微妙に目つきが悪い男性陣の一人が、私が持っていたジャガイモを奪い取ってナイフを抜いた。

「な、なに!?」

「気にするな。どうせ肉じゃがだろう。だが、俺はジャガイモの芽しか削がん。あとは、他にやらせろ」

 名前は知らないが、その人は冷蔵庫に入っていたジャガイモを根こそぎ引っこ抜き、凄まじい速さでジャガイモの芽だけ削ぎはじめた。

「また始まったな。よし、料理隊員を呼ぼう」

 もう一人の人が笑って、無線機に囁いた。

「心配するな。サーシャという者だ。まあ、料理番のようなものだがな」

 しばらくして、赤毛の女の人が入ってきた。

「なんですか、またジャガイモですか?」

 サーシャという人は、芽だけ綺麗に削がれたジャガイモをそのまま蒸し器に放り込み、コンロで加熱しはじめた。

「またふかし芋か。いいだろう、バターを乗せろ」

「えっ、バターがあるんですか?」

「先ほど確認した。ジャガイモ百二十個程度なら敵ではない。今日は美味そうだ」

 ジャガイモの芽を削ぎながら、男の人は小さく笑みを浮かべた。

「よし、それでは俺は適当になにか作ろう。煮込みシチューかな」

 もう一人の男の人が、なにやら料理をはじめた。

「……すげ」

 私は思わず呟いた。

「はい、驚きました」

 イートンメスが苦笑した。

「ああ、いたいた。どっかいっちゃうから心配しちゃったよ」

 家の扉が開いて、ルリが入ってきた。

「ああ、いたいた。そっちこそどこにいってたの?」

 私は笑った。

「この集落を歩いていたんだけど、イルミネーションまであって凄いね」

「うん、あれには笑った」

 私は笑った。

「師匠、ルリにアレを教えておいた方がいいと思いますよ。第三助手ですからね」

 イートンメスが笑みを浮かべた。

「ああ、アレね。いっておくけど、私にこき使われる事は覚悟してね。今までビクトリアスまでしかいなくて、手が足りなかったんだよ」

 私は鞄からノートパソコンを引っ張り出した。

「なに?」

「うん、今研究してるんだけど、そのレポート。ガンガン使うからね!!」

 不思議そうに画面を覗きこんだ、私は笑った。

「はい、師匠がハマってるのは量子論です。なんか、シュレティンガーの猫に異常に興味を示してしまって」

「うん、猫好きだもん。あれ、攻撃魔法を撃てる猫と撃てない猫が、同じ箱に同居している時がある……かも? なんでしょ。変すぎて笑える!!」

 私は笑った。

「そこで、ルリには防御魔法を憶えてもらう必要があるのです。危ないですからね。それは、私の得意とするところです」

 イートンメスが笑った。

「防御魔法は苦手なんです。攻撃あるのみなので」

 ルリが笑った。

「その心意気は気に入ったよ。さて、細かい事は後にして、まず、ご飯にしようか」

 私がいったとき、大量のふかし芋がテーブルに運ばれてきた。

「ジャガイモの上に、塩とバターもある。最高のふかし芋だ」

 一見すると怖いお兄さんが笑みを浮かべた。

「これ、どうやって食べるの」

 私は芋が大量に盛られた大皿に向かって困っていた。

「はい、この芋の切れ目にバターを塗って、塩を少々……」

 イートンメスが私のジャガイモに、色々やってくれた。

「これ、皮のまま食べて下さいね」

「分かった。蒸かしただけのジャガイモなんて、初めて食べるよ」

 私は熱々のジャガイモを小皿に取り、そっと一口囓った。

「あ、熱いって……でも、美味しいかも……」

 私はジャガイモを見つめた。

「新鮮なジャガモはこれが一番ですね。今の時期に採れる品種は……分からないです」

 イートンメスが呟いて、笑った。

 キッチンでは、調理していた三人組が涙しながらふかし芋を食べていた。

「おっと、いかん。煮込みシチューを出さねばな」

 慌てたように男の人の一人が、鍋からシチューを皿に取ってテーブルに運んできた。

「まあ、味は程々だがな。よかったら食べてくれ」

 男の人が笑みを浮かべた。

「へぇ、これは美味しそうだね」

 私はシチューを食べた。

 私とイートンメスが食事をしていると、皆が三々五々集まってきた。

「あっ、やっときた!!」

 私は笑みを浮かべた。

「うむ。ふかし芋か、俺の好物だ」

 ジャージおじさんが小さく笑みを浮かべ、小皿に取り分けてテーブルの端の方に座った。

「いいお湯でした。それにしても、大変でしたね」

 パステルが笑って、ふかし芋を手に取った。

「私にとって、ジャガイモなんて貴重品ですよ。大体、マズい保存食ですからね」

 パステルが笑った。

「保存食ってなにやってたの。まあ、マッパーやっていたって聞いて、冒険野郎だって事は分かってるけど!!」

 私は笑った。


 食事も終わって片付けを済ませた頃になって、スラーダがやってきた。

「そろそろ、お休みの準備をと思いまして。ベッドの数に限りがあるので、足りない分はハンモックでお願いします」

 スラーダが笑みを浮かべた。

 集落の人たちが入ってきて、手早くハンモックの設置をはじめた。

「師匠、せっかくなのでハンモックにしましょう」

「うん、こういうの初めてだから、楽しみだよ」

 私は笑みを浮かべた。

「これだけの数を設置するとなると、少し時間が掛かります。なるべく急ぎますが、お茶を淹れますので、ゆっくりなさってください」

 スラーダがキッチンでお茶の支度をはじめた。

「……よし、もう一つ仕事をしようか」

 ジャージおじさんが、イートンメスに触るなといわれていた椅子に座った。

「おい」

 ジャージおじさんが声を上げると、天井の板がすっと開いて、ビクトリアスが下りてきた。

「ど、どっから出てくるの!?」

「はい、私はどこにでも入り込みます。それはそうと、仕事ですね」

 ビクトリアスはジャージおじさんの隣に座った。

「……お願いします」

 スラーダが真顔で呟くようにいった。

「分かった、やってみよう……」

 ジャージおじさんとビクトリアスが椅子の周りにあるスイッチやらなにやらを操作すると、いきなり大きな画面に真っ暗な外の景色が映し出された。

「スタンバイ……」

 ジャージおじさんが低音で呟くようにいった。

「ヘルファイア、アームド。ステータスチェック完了。スタンバイ」

 ビクトリアスが無表情でいった。

「よし、テイクオフだ。忘れるな、偵察飛行だぞ」

「了解」

 ジャージおじさんとビクトリアスが呟き、家の天井裏からエンジン音から聞こえた。  真っ暗な画像が緑がかったものに変わり、短い滑走路のようなものが映し出された。

「……テイクオフ」

 ジャージおじさんが何か操作して、何かがエンジン音と共に画面の滑走路をはじめた。

 そのまま夜空に舞い上がった何かは、どこかに向かって飛んでいった。

「ご説明します。この近隣にクルタ族という、親密な関係にあった種族の集落があったのですが、ここ数ヶ月音信不通なのです。気がかりになって、人を送ったのですが誰も帰ってきませんでした。これは、もはや……」

 スラーダが嘆息した。

「それって、まさか……」

 私は下唇を噛んだ。

「はい、そう遠くはありません。結果はすぐに分かるでしょう。以前からお願いしていたのです」

 スラーダが小さく息を吐いた。

「……まあ、肥沃な土地に集落があるのは普通だけど、当然魔物も集まるんだよね。どうしても、こういう事も起きるか」

 私は小さく呟いた。

 機械の画面は夜の闇を進み、そのうちなにかが見えてきた。

「おい、サーモに切り替えろ。高度三百」

「了解」

 ジャージおじさんとビクトリアスの声と共に、画面が色分けされた不思議なものに変わった。

「……今のところ、四十三だな。ちょっとやそっと人を送ったところで、全く意味がない。今は寝ているようだが、起こすとまずい。少し高度上げろ」

 ジャージおじさんが鋭い目で画面をみた。

「スコーン直援の航空隊がありますが、どうしますか?」

 ビクトリアスが無感情な声でいった。

「……規模は?」

「全機対地攻撃仕様です。B-2が十二機」

 ビクトリアスの声に、モップオジサンが首を横に振った。

「話しにならんな。爆撃すればいいというものではない。日が昇るのを待って、詳細に偵察してからだ。今はここで引き返そう」

 モップオジサンがいうと同時に、画面が緑がかったものに変わった。

「よし、取りあえず終わりだ。スラーダの見込みは正しかったということだ。明日、もう一度確認する。偵察機を帰還させよう」

 モップオジサンが小さく息を吐いた。


「な、なんですか、そんな変なモノをみる目で!?」

 私がビクトリアスをみると、慌てた様子で声を上げた。

「……マジになったね。うっかりいったね。なに、私の直援航空隊って?」

「き、気のせいです。そんなものいません!!」

 ビクトリアスが、家の外に飛び出していった。

「あのバカ……。師匠、なんでもないですよ。さて、寝ましょうか」

 イートンメスが苦笑した。

「どうも、コソコソ……まあ、いいや。考えてもしょうがないから寝ようか」

 私は多数のハンモックが設置された家の中を見た。

 外から帰ってきたみんながそれぞれハンモックに入り、のんびりした時間を過ごしていた。

「ハンモックも興味あるけど、ベッドの方がいいな。空いてるかな」

「はい、一部屋確保してあります。いきましょうか」

 私はイートンメスに続いて、部屋の出入り口を潜った。

「あっ、お疲れさまです」

 部屋は四人部屋で、先に入っていたパステルが声を掛けてきた。

「お疲れ。あのさ、あの武器どこで買ったの。研究する!!」

 私は笑った。

「それは……」

「はい、分かってますよ。カリーナの購買ですね。なんでも売ってるので、校長の許可があれば、あの程度の武器なら売って貰えます……というか、必要ならタダで支給してくれます」

 イートンメスが笑った。

「そ、そうなの、どんな学校なんだか!!」

 私は笑った。

「あの、皆さん大丈夫でしたか?」

 箒を抱えたキキが、ジジを肩に乗せて心配そうに聞いた。

「大丈夫だよ。その箒は手放した方がいいんだけど、血の契約の解除方法は教わってる?」

「はい、大事な事だからと。でも、解除してしまうと魔法が使えなくなると聞いていて……」

 キキが小さくため息を吐いた。

「それは血結法の魔法だよ。音声発動式魔法は使えるよ。その方が安全だし、解除は簡単なはずだから、ちょっと痛いだろうけどやって」

「そうですか、分かりました」

 キキは箒をベッドに置き、ナイフを取り出して自分の左手の平を軽く切った。

 その手のひらを箒の柄に押し当て、キキは小声でなにか唱えた。

「はい、出来ました」

 キキは大きくため息を吐いた。

「それで、もう大丈夫だよ。変な因果は消えたから。イートンメス、アレ!!」

「はい、これを覚えて下さい。短い呪文なので覚えられるでしょう。最低限の自衛は出来ると思います」

 イートンメスが自分の鞄からノートを出し、キキに渡した。

「はい、呪文ですか……初めてみます」

 キキが興味深そうに、ノートを読み始めた。

「血結法で魔力の使い方には慣れてるでしょ。あとは呪文を詠唱するだけだから!!」

「はい、分かりますが、私は下手なので……」

 キキが困ったような顔をした。

「うん、これなら僕でも使えるよ。例えば……」

 キキの肩に乗っていたジジが呪文を唱えた。

 室内に青白い閃光が走った。

「ほら、出来た。目眩ましの魔法?」

 ジジが笑った。

「こら、ジジ。なにするの。えっと……」

 キキが呪文を唱えた。

 とんでもない爆音が室内に響き、ジャージおじさんが扉を蹴破って突入してきた。

「………………」

 ジャージおじさんは、そのまま無言で立ち去って行った。

「キキ、コントロールが甘いよ。まあ、慣れの問題だから!!」

 私は笑った。


「師匠、おはようございます。もう皆さん起きていますよ」

 イートンメスに揺り起こされ、私は目を覚ました。

「なに、みんな朝早いね。いい香りがするけど、もう朝ごはん作ってるの?」

「はい、昨日のふかし芋が大量に余ってしまったので、温め直しています。それと、なにやら気合い入ったスープを作ったようです。ミネルバさんがバリバリ働いています」

 イートンメスが笑った。

「あれ、そういえばどこにいってたんだろう。やたら強いから驚いたよ!!」

 私は笑った。

「それと師匠、もう昨日の場所を偵察飛行をしています。覚悟してきてきださいね。朝ごはんの前にしますか?」

 イートンメスが真面目な顔で聞いてきた。

「……前の方が良さそうだね。いこう」

 私はベッドから下りた。

「なにがあったの?」

「食欲がなくなるかもしれません。それだけいっておきます」

 私はイートンメスと部屋を出た。


 部屋を出ると、朝ごはんの支度とジャージおじさんとビクトリアスが、昨日の椅子でなにかやっていた。

 私はそのまま、ジャージおじさんとビクトリアスが座っている場所に向かっていった。

「うむ。これは堪らんな。変な攻撃はするな」

「了解」

 椅子の前にある画面には、メチャメチャに破壊された小さな集落の残骸と、そこで蠢く魔物の姿があった。

「こいつらは異常に素早い。これが精一杯の接近だ。最低でも四十五体いるぞ」

 ジャージおじさんが呟き、画面には巨大な体のわりにすばやく動く巨人の姿があった。

「……フォレスト・ジャイアントだね。体色が違うから亜種かな。素早いよ」

 私は画面を見ながら、小さく息を吐いた。

「やはりそうでしたか。こうなっては、この集落を守るための戦いをしなければなりません。しかし、フォレスト・ジャイアント四十五体など、とても対応出来るものでは……」

 一緒に画面を見ていたスラーダが嘆息した。

「なに、要するに倒せばいいのだろう。任せておけ」

 スープを作りながら、ミネルバが笑った。

「よ、余裕だね……。でも、これはしんどいよ。近寄るだけで、かなり難しいからね」

 私はため息を吐いた。

「まあ、まずはメシだ。一人欠けたが、我々がいれば問題ない。腹が減っては戦はできぬというからな」

 ミネルバが笑った。

「師匠、また戦いです。大丈夫ですか?」

「大丈夫もなにもないでしょ。やるならやるよ」

 私は頷いた。

「あの集落までは、森の中の細い道しかありません。普段は馬で往復しているのです。車は入れません」

 スラーダがため息を吐いた。

「師匠、久々の乗馬ですね」

 イートンメスが笑みを浮かべた。

「馬ね。まだ乗れるかな」

 私は小さく息を吐いた。

「まずは、ご飯を食べて人選しましょう」

「それは決まってるよ。私の他は、イートンメスとビクトリアス、あとはルリだね。昨日の六人……じゃなかった五人がいれば十分だよ。数が多ければいいわけじゃないからね。とにかく、ご飯食べよう」

 私は小さく笑みを浮かべた。


 朝ごはんを食べた私たちは、集落の馬を借りてその背に飛び乗った。

「久々だな……」

 私は馬の手綱を取った。

「俺たちが先に行く。ついてこい」

 五人組の一人が声を掛け、私たちは馬で細い林道を駆けはじめた。

 林道はただ邪魔な木を切り倒しただけという感じで、確かに車が入れるような道ではなかった。

「集落までは、馬で十分くらいって聞いてたけど……」

 私は薄暗い林道を馬で突き進みながら、チラッと腕時計をみた。

「……微かに死臭。近いね」

 先行する五人組が馬の速度を一気に上げた。

 その先に、巨大な魔物が派手に動き回っているのが見えた。

「……速いね。やっぱり亜種だ。ここまで速いと」

 私が小さく息を吐くと、いきなり開けた場所に出た。

 その途端、先行する五人組のうち、一人がいきなり宙を舞った。

「な、なに!?」

 私がビックリしている間に、宙に舞い上がった一人がショートソードを引き抜き、巨人の一体に襲いかかった。

 あっという間にその首を斬り飛ばし、宙に浮いたまま別の一体に突っ込んでいった。

「……なんだ、あれ」

 思わ馬を止めると、残り三人の女性も剣を抜いて、次々と巨人を叩きのめしていった。

 残った一人が馬を止め、残骸を片付けはじめたので、私たちも馬を止めて降りた。

「よくわからない強さだから、あの四人に任せておこう。私たちも残骸を片付けよう。他にやる事ないや」

 私は苦笑して、ゴチャゴチャになった集落の片付けをはじめた。

「師匠、これは想定外ですね。まずは、遺体を埋葬しましょう。クルタ族はリスのような外見なんです。ほとんど腐敗して原形がありませんが、せめて火葬しましょう」

 イートンメスが苦笑した時、無線から声が聞こえた。

『おい、ジャージおじさんだ。森林の奥からおまけだぞ。いっそ、巣ごとぶっ壊したらどうだ。お前ら強すぎるぞ。取りあえず、追加千体だ。巣というか、ジャイアントの集結地点は百キロは離れている。あとは考えろ』

 ジャージおじさんが大笑いした。

「うぇ、千体ってなに!?」

「師匠、今は片付けに集中しましょう。後方が重要なんですよ」

 イートンメスが笑った。

「なんか、この集落悲惨過ぎるね。リズに結界張って貰おうかな」

 私は無線機を手にして、リズとパトラ、アメリアを呼んだ。

「さて、これでいいか。みんな、片付けやるよ!!」

 私たちは瓦礫をせっせと運び、下敷きになっていた遺体を一カ所に集めはじめた。

 地道に作業しているうちに三頭の馬が到着し、一頭は小さな荷馬車を引いていた。

「呼んだ?」

 リズが馬から飛び下りた。

「これは酷いね。早いところ封魂しないと……」

「そうだね、もう手遅れかもしれないけど、やらないよりやった方がいいよ」

 パトラとアメリアが馬から降りて、積み上げた遺体に向かって呪文を唱えた。

「さて、これは酷いね。片付けるか」

 リズも加わり瓦礫を片付けはじめ、十人程度かと思われる小さな集落の片付けは大体終わった。

「さて……また追加がいるんだって。ちょっと、キレちゃったかな」

 リズは無表情になり、そっとショートソードを抜いた。

「……魔法なんてもったいないね。ちょっと、遊んでくる」

 リズは呪文を唱え、ショートソードを片手に空を飛んでいった。

「あーあ、やっぱり行っちゃった。すぐ熱くなるから」

 パトラが苦笑した。

「せめて、瓦礫を消しましょう。平地に戻した方がいいと思います」

 ルリが呪文を唱え、一カ所に集めてあった瓦礫が消えて平地になった。

「なにもなくなっちゃったね」

 私は小さくため息を吐いた。

「師匠、これが現実です」

 イートンメスが小さく息を吐いた。


 結局、六人組になった一団によって、フォレスト・ジャイアントの集結地もろとも破壊されたようで私たちは集落に戻ってきた。

「さてと……」

 集落に入ると、リズが呪文を唱えて林道に結界を張った。

「これで、少しはマシだと思うよ。なんか疲れたね。もうお昼だよ!!」

 リズが笑った。

「ありがとうございました。昼食の準備が出来ています。少し暑いですが、鍋を用意しました。火鍋とカレー鍋です。当集落の名物なんですよ」

 スラーダが笑った。

「火鍋ね、なんか酷い目に遭った記憶が……まあ、いいや。ここならまともでしょ!!」

 リズが笑った。

「ちなみに、かなり辛いですからね。覚悟して下さいなんってね!!」

 スラーダが小さく笑みを浮かべた。

「イートンメス、火鍋ってなに?」

「さぁ、分かりませんね。食べれば分かります」

 イートンメスが笑った。

 私たちは、集落の中央にある建物に向かった。


 鍋を堪能したあと、私たちは家に戻ってきた。

「さて、どうしようか……」

 私は魔物研究ノートを書きながら、のんびり過ごしていた。

「師匠、ふかし芋ならありますよ」

「うん、ちょうだい。この芋、どうも普通のジャガイモと違うんだよね」

 私はふかし芋を囓りながら、ぼけーっとした。

「ちなみに、ビクトリアスが作った里芋の煮物もありますよ。ここは、食べるか温泉しかないですからね」

 イートンメスが笑った。

「そっか……あの、変な無人飛行機飛ばしたいな」

「ダメです。オモチャではありません」

 私はポケットから煙草を一本取りだし、火を付けた。

「イートンメス、お酒ある?」

「いえ、飲んじゃいました」

 イートンメスも煙草を一本取りだし、ぼけーっと吸い始めた。

「ねぇ、この前航空機免許取ったんだけど、なんか飛ばしていい?」

「はい、やっと取れたんですね。F-14ならいいですよ」

 イートンメス天井に向けて煙を吐き出した。

「あのさ、F-14なんて無理でしょ。あんな大変なの」

「なんで分かりましたか。あんなの、私だって操縦出来ないですよ」

 私は紫煙を吹かした。

「そういえば聞いたけど、カリーナには飛行機部ってあるんだってね。そこにいるフィオって子が凄腕の設計士だって聞いたよ。ビクトリアスの情報だから、間違いないとは思うけど、自動車部もあるとか……楽しそうだね」

「はい、たまガセネタ掴みますが、ビクトリアスの情報なら間違いないでしょう。でも、自動車部はすぐに車をぶっ壊すって聞いたので、危ないかもしれませんよ」

 イートンメスが煙を吹き出した。

「ところで、なんか疲れたね。やっぱり、ああいう場面は苦手だな」

 私は煙を吹き出し、イートンメスは天井を見上げた。

「私だって嫌ですよ。それにしても、怠いですね」

 ビスコティが二本目の煙草に火を付けた。

「そうだね、怠いね。なんか研究しる……じゃなかった、する。面白い事ない?」

「そうですねぇ、また赤竜でも出たら、竜鱗について研究しましょうか」

 私は一本目の煙草を灰皿で消し、二本目の煙草に火を付けた。

「あれ面倒だから嫌。……。よし、『神罰:轟雷』……あれ、なにも起きないな」

「師匠、なにやってるんですか。オメガブラストで十分です。それにしても、なんで火鍋にあんなに豆板醤をぶち込むんですか。台無しですよ」

「いいじゃん、辛いの好きだし。エルフの人たちに笑われちゃったけど」

 私は煙草を灰皿でもみ消し、吸い殻をぶん投げた。

「師匠、あとで掃除が大変ですよ」

 イートンメスが笑って、隠し持っていたカップ酒の蓋を開けて一口で飲み干した。

 しばらく経って、ビクトリアスがジャージおじさんと一緒に家の掃除をはじめた。

「……おい、そこに吸い殻がある。踏むな」

「了解」

 エラくくそ真面目に部屋の掃除をはじめた二人を見て、私はそっと立ち上がった。

「さて、そろそろかな。フォレスト・ジャイアントは執念深いから、またあの集落に集結している可能性があるね。様子をみにいかないと」

 私が呟くと、家を揺さぶるような重低音が木霊した。

「ん?」

「あれ、早かったですね。フォレスト・ジャイアントの動きを予想して、あらかじめカリーナに救援を要請していたのです。ロングボウ・アパッチが十機ほど、この集落の上空で待機しています」

 イートンメスが笑った。

「なに、読んでたの。でも、偵察は必要だよ」

 私がいうと、掃除をしていたジャージおじさんとビクトリアスが再び無人偵察機のコンソールに座った。

「いいか、今度はただの偵察じゃない……」

「了解」

 ジャージおじさんとビクトリアスが、また無人偵察機の準備を始めた。

「……ヘルファイア、ディスアームドだぞ。ナメてるのか?」

「……ヘルファイア、アームド」

 ジャージおじさんが小さく笑みを浮かべ、ビクトリアスが無表情になった。

「上出来だ。ファイア・ミッション・オペレーション……スタンバイ」

「スタンバイ……」

 なにやら異様な空気を放った二人に、私は思わず目を丸くした。

「遊びじゃないって事ですよ。これが、ぶっ壊すということです。さて、私たちも準備しましょう」

 イートンメスに促され、私は家の外にでた。


 家の外に出ると、集落上空を重低音をまき散らしながら、十機のヘリコプターだかなんだかが旋回飛行していた。

「はい、師匠はこれを背負って下さい」

 イートンメスが、外に置いてあった大きな無線機を私に背負わせた。

「……やれってこと?」

 私は笑みを浮かべた。

「さすがに戦車は無理でしたが、カリーナの護衛に当たっている歩兵部隊がすでに配置につきつつあります。私たちは、遊軍みたいなものですね」

 いつもの五人組が馬に装備を積んで、準備をした。

「私にこの無線機を渡したって事は、マジでキレていいんだよね?」

「はい、お好きに」

 イートンメスが指をバキバキ鳴らして、馬に飛び乗った。

『ジャージおやじでもなんでもいい。例のバケモノが集落に接近中。数は確認出来るだけで五百。ヘルファイアでは歯が立たん。ファイア・ミッション・オーバー』

 無線のインカムに、ジャージおじさんの声が飛び込んできた。

「ファイア・ミッション・チェンジ。あとはアパッチに任せて、偵察任務を続行せよ。まだいるはず!!」

 私は無線に声を叩きつけ、五人組をみた。

「……遅い。早くしろ」

 目つきの悪い男の人が、馬に飛び乗った。

「よし、いこうか」

 ミネルバが笑みを浮かべ、長剣を抜いた。

「そうだね、いい加減頭にきたよ」

 私は無線機を背負ったまま、馬に飛び乗った。

「ジャージおじさん、ミッション・チェンジ。一回帰投してミサイルをぶち込んで。何回でも、ありったけぶちまけて!!」

 私は笑みを浮かべ、無線のチャンネルを合わせた。

「ミッション・ファイア・ボンブ。航空支援要請、全機集落北の森に集結中のバケモノに二千ポンドを食わせろ。根絶やしだ!!」

 私は駆け出しそうだった五人組を手で制し、私は上空を待機中の爆撃機や攻撃機に支援要請を出した。

「……って、イートンメスのアンチョコ通りにやっんだけど、これでいいの?」

「はい、問題ありません。強烈なのがきます。落ちて怪我しないようにして下さいね」

 イートンメスが不敵な笑みを浮かべた。

 しばらくして、凄まじい地鳴りのような爆音が辺りに響いた。

「えっと……ミッション・オーバー?」

『オーバー・ミッション。ファックス2リターン。オーバー・ミッション。グッドラック』

 無線から得体の知れない声が返ってきた。

「大丈夫ですよ。爆弾を全弾ぶち込んで、爆撃機や攻撃機隊がカリーナに引き返すといったはずです。出番ですよ。行きましょう」

 五人組と私たちは馬で駆けはじめ、集落の裏門を蹴散らして森の中に突き進んだ。

 しばらく進むと、メチャメチャに破壊された森の中に、フォレスト・ジャイアントの群れが動き回っているのが見えた。

「……いた。やっぱりしつこい」

 先行する五人組が木々の間を縫って展開し、私とイートンメスは手近な茂みの陰に馬を止めた。

「戦闘は五人に任せよう。私たちは、ビクトリアスの情報待ちだね」

「はい、それがいいでしょう。KH-14偵察衛星が狙っているはずなので」

 イートンメスがノートパソコンのようなものを開いた。

 私は無線のトークボタンを押した。

「ジャージおじさんもよろしく。えっと、家の裏にハリアーとかいう変な飛行機が置いてあるらしいから!!」

『なんだ、そんなものがあるのか。早くいえ、のんびり遊覧飛行を楽しんでる場合ではない。装備は?』

「知らないけど、自分で確認した方が早いでしょ!!」

 私は苦笑した。

「師匠、ビクトリアスからデータがきましたが……曇天のため可視画像が手に入りません。結局、突っ込むしかないようです」

 イートンメスが笑った。

「なんだ、衛星一個無駄にしてそれじゃダメじゃん。ハリヤーって何機あるの?」

「はい、カリーナから貸与しているのは四機です。ビクトリアスも飛ばしましょう」

 ビスコティが、私が持っていた『非常用』と書かれたアンチョコを捲った。

「念のため、そこを開いておいて下さい」

「分かった、えっと……ビクトリアスもなんか変な飛行機乗って。色々積んであるらしいから!!」

 私は小さく息を吐いた。

『私もですか。飛ばした事ないですよ。まあ、やってみますが……』

 インカムからビクトリアスの戸惑った声が聞こえた。

「いいから、やれ!!」

 私は笑った。

「師匠、ビクトリアスにハリヤーは無理だと思いますよ。せいぜい浮かせるだけで、戦闘が終わってしまうと思います」

 イートンメスが苦笑した。

「飛行機は飛行機でしょ。さて、やる事やったし、私たちも突っ込もうか!!」

 私とイートンメスは馬に乗り、森の中を突き進んだ。


 先行した五人組と飛んできた変な飛行機一機の破壊力は凄まじく、私たちはあまりやる事がなかった。

「まあ、あれ相手にまともに勝負したら、堪ったもんじゃないけどね」

 私は苦笑した。

「はい、本来研究者のやる事ではありません。あくまでも、バックアップで」

 イートンメスが笑った時、頭上すれすれをヨロヨロと変な飛行機が飛んでいった。

「あれ、ビクトリアスですよ。根性で飛ばす事に成功したようですが、あれでは使い物になりませんね」

 イートンメスが苦笑した。

「あの飛行機なんなの。面白いね」

「面白いどころではありません。飛ばせるだけで、表彰ものですよ」

 森の中に出来た大穴の縁で馬を止め、私とイートンメスは笑った。

 しばらくすると、無線ががなった。

『パステルです、出遅れました。食料とフィールドキッチンを牽引していきます』

「分かった。場所は……どこだ?」

「師匠、代わります」

 イートンメスが、無線機についている受話器を取った。

「さて、あとはご飯を待つだけだね。もう夕方だよ。面倒な魔物だからね!!」

 私は笑った。


 パステルとキキ、サーシャたちが馬で牽引してきたのは、屋外で食事を作るための巨大な機械だった。

「イートンメス、この機械欲しい。どこで売ってるの?」

「こんなのどうするんですか。カリーナの倉庫に非常用で何台もあるはずですよ」

 イートンメスが笑った。

「そっか……あれ、なんか今日格好いい電車に乗ったような……。気のせいか」

 私は胸ポケットから煙草を取り出して、火を付けた。

「なんですそれ。働き過ぎですよ」

 イートンメスが笑った。

「まあ、いいや。せっかく海に近いんだし魚が食べたいな」

「それは無理です。あれは、炊飯しか出来ません。今は戦闘糧食……つまり、おにぎりだけでしょうね」

 イートンメスが笑った。

「そっか、なんだっけ……まあ、いいや。聞いた話だけど、初鰹とか美味しいって聞いてるけど……」

「カリーナの学食にはなんでもあるそうなので、時期的にあると思いますよ」

 イートンメスが笑った。

「……初鰹食べたい。ビクトリアスなら、チョッパクってくれるかな」

「ですから、チョッパクらなくても、カリーナの学食にありますよ。多分」

 イートンメスが笑った時、凄まじい速さでおにぎりを握っていたリズが、手招きして読んだ。

「……初鰹食べたいけど、我慢する。でも、食べて研究する」

「それでいいです。おにぎりをもらいにいきましょう」

 イートンメスが苦笑した。


「これ、特別な岩塩なんだよ。米も特別なんだ。あたしの好物なんだけど、素人には分からないでしょ!!」

 おにぎりをもらいった先で、リズが得意げに笑みを浮かべた。

「ふーん、確かに美味しいね。塩結びなんて初めて食べたよ」

 私は笑みを浮かべ、具材がなにも入っていないのに、妙に美味しいおにぎりを食べた。

「師匠、これただ者ではないですよ。米から拘りが……」

 イートンメスがおにぎりを分解しはじめた。

「そりゃ拘ってるよ。あたしの好物だもん。これじゃなきゃ、お話しにならない!!」

 リズが笑った。

「ところで、リズ。アレやっておいた?」

「もちろん、暇だから空間断裂結界まで使って、あのバカ共が出てこないようにしておいたから!!」

 リズが笑った。

「それいいね。さすが、結界が専門だけあるね。私じゃ考えつかないから。怖すぎて研究すらしたくないよ!!」

 私は笑った。

「あの怖さが分かれば上出来だね。あたしも滅多に使わないよ。ところで、そのお結びの分析は終わった?」

 リズがイートンメスの肩を軽く叩いた。

「分かるわけないです。ヤケクソで食べます!!」

 イートンメスがバカスカおにぎりを食べ始めた。

「師匠、そこの沢庵取って!!」

「なにマジになってるんだか。その前に、塩と砂糖の区別つけてよ!!」

 私はタッパーに入っている、沢庵を小皿に取った。

「ちなみに、アルドラ産の長毛種とドラン産の岩塩だよ。もう、研究した」

 私は笑った。

 瞬間、イートンメスが私を睨んだ。

「……なんで分かったの?」

「フン、鍛え方が足りないね!!」

 その時、森の中に爆音が響いた。

「ん?」

「あーあ、あのバカ墜としちまった。俺は知らんぞ、止めたからな」

 ジャージおじさんが笑いながら、塩結びをとって笑った。

「沢庵よりこの変な漬物の方が美味いぞ。さて、俺はモップで仕上げてくるかな。ついでに、ワックスも掛けておいてやる」

 ジャージおじさんはゴツいナイフを片手に、森の奥に消えていった。

「あれ、なにがおきたか分かる?」

「さぁ、分かりませんね。もしかしたら、ビクトリアスがヘマしたのかもしれませんが、知った事ではありません」

 イートンメスが不敵な笑みを浮かべた。

「また、なんかやったの。この前は配管間違えて、研究室ぶっ飛ばし掛けたし。使えるんだけど、ヘマが多いんだよね。イートンメスもだけど!!」

「師匠、それはいわない約束です!!」

 私は苦笑した。

「それで、これからどうするの」

「はい、まだカリーナに戻っても暇ですよ。温泉でも浸かってゆっくりしましょう」

 イートンメスが笑みを浮かべた。


 いきなり大騒ぎだったエルフの集落も落ち着きを取り戻し、いつの間にか暴れ回っていた五人組もどこかにいってしまった。

 家に帰った私たちは、無駄に広い空間でぼんやりしていた。

「あれ、そういえばリリムとたこ焼きだっけ。どこいっちゃったの?」

「師匠、たこ焼きではなくウメボシです。たくさん命が奪われたので、今頃大騒ぎなのでは?」

 イートンメスが笑った。

「だから嫌なんだよ。自衛とか守るためなら本気でやるけど、嬉しくはないよね」

 私は苦笑した。

「師匠はそうでしょうね。私だって嫌ですよ」

 イートンメスはナイフを二本抜いて手入れをはじめた。

「私はショート・ソードか。どうも、バランスが悪いような、微妙な感じなんだよね」

 私は立ち上がり、ショート・ソードを抜いた。

「ちょっと振ってみるか」

 私はショート・ソードを振ってみた。

「師匠、それで大丈夫ですよ。微妙に重心がずれていた方が、逆に使いやすいはずです」

 ナイフの手入れを終えたイートンメスが、ショート・ソードを抜いた。

「これはダメですね。私の体格では、ロング・ソードでないと」

 身長百七十八センチのイートンメスが笑った。

「なにをやっているのですか?」

 箒をどっかに置いてきたキキが、小さく笑みを浮かべた。

「キキはショート・ソードでいいですね。抜いてみて下さい」

 キキが頷いてショート・ソードを抜くと、イートンメスが軽く構えを修正した。

「大丈夫です。銃もそうですが、剣も大変なんですよ」

 イートンメスが笑みを浮かべた。

「私は銃の方がしっくりきます。剣だと重くて……」

 キキが苦笑した。

「じゃあ、構えてみて下さい」

 キキが銃を抜いて構えると、イートンメスが修正した。

「確かに良さそうですね。ですが、十七発は重いかもしれません。まあ、学校支給なのでこれは慣れるしかないですね」

 イートンメスが笑みを浮かべた。

「確かに重いですが、使えないほどではないです。慣れですか」

 キキが笑みを浮かべた。

 家の扉が開いてルリが入ってきた。

「いたいた、剣のレッスンですか?」

 ルリが腰の剣を抜いた。

「……限界だな。身長が低すぎるし、銃も」

 イートンメスは赤い無線機をポケットから出した。

「業務連絡:ちゃんと調整しろ。馬鹿野郎!!」

 イートンメスは無線機をポケットに戻った。

「さて、剣はなんとかなるかな。銃は筋力が……ウエスト・ナイト・ステッチを教えます。これが出来たら、銃は使えますよ」

 イートンメスは変な歩き方をして、銃を構えた。

「……覚えます」

 ルリが同じように変な動きをはじめた。

「これで、無理矢理体のバランスを整えましょう。師匠もやって下さい」

「これやるの。意味不明なんだけど、イートンメスがいうなら間違いないね」

 私はよく分からない動きをして、拳銃を構えた。

「あれ……出来た」

「はい、出来ないとおかしいのです。経験豊富ですからね。それを、ルリに教えるつもりで、一緒にやって下さい」

 イートンメスが笑みを浮かべた。

「……なんかあるな。ルリ、やろう!!」

 私は笑み浮かべ、せっせと変な動きを練習した。

「……なんとなく出来たような」

「はい、バッチリです。これで、撃てますよ」

 イートンメスが笑った。


 辺りが夜闇に包まれてきた頃、重低音をまき散らしながら一機のヘリコプターが飛んできた。

 広場上空でホバリングすると、ヘリコプターのサイドドアが開いてロープが一本地上に降ろされ、スーツ姿の先生が降りてきた。

「はい、皆さん楽しんではいませんね。これは想定外でした。まあ、この集落は常に魔物に狙われているので、こういう事もあります。リズ坊、こういう時はオムライスですね。人数が多いので手伝って下さい。家でせっせとこさえています」

 先生が笑みを浮かべ、リズとパトラを連れて家に向かっていった。

 ヘリコプターが飛び去り、辺りが静けさに覆われた時、私は苦笑した。

「先生も大変だねぇ。何者なんだろう?」

「それが分からないのです。五年前から、カリーナの校長に就任している事だけです。ちなみに、副校長はフェアリーテールというよく分からない人です」

 イートンメスが笑みを浮かべた。

「フェアリーテールって、同名の神がいたような……。まあ、いいや。変な学校だし、今さら驚かないけど、色々研究する事がありそうだね!!」

 私は笑った。

「……神も通う魔法学校ってね!!」

 イートンメスが小さく呟いた。

「ん、なんかいった?」

「なんでもありません。それより、家に戻りましょう。オムライスが冷めてしまいますよ」

 イートンメスが笑みを浮かべた。


 家に帰ると、いい香りが漂っていた。

「ちょっと、先生。これ一番難しいレシピじゃん。ケチャップライスでいいよ!!」

「はい、そうはいきません。私の凝り性は知っているでしょう」

 キッチンではリズと先生が、せっせとオムライスを作っていた。

「こら、パトラも手伝え。つまみ食いばっかしてないで!!」

「だって、こんなの出来ないもん。ベロベロべー!!」

 パトラはつまみ食いしながら、出来たオムライスをどこから持ってきたのか、折りたたみテーブルに並べていた。

「この、ド○ペをぶっかけるぞ!!」

「やれるもんならやってみろ!!」

「はいはい、喧嘩はいけませんね」

 先生は柔和な笑みを浮かべ、スーツにエプロンを掛け、手早く調理を進めていた。

「ああ、そこの退屈そうにしているラ○メンの皆さんも手伝って下さい。なにしろ、キッチンは広いのに、作り手が足りません」

「あっ、あのキーワードは禁止だったか。簡単なものなら作れるよ!!」

「ずっと気になっていたのですが、この香りは。ああ、せっかくなのでリンと呼んで下さい」

 ここにきて、ラ○メン一同が加わった。

「俺は知的炭酸飲料を配ろう。なぜか、大量にあるからな」

 手が空いていたオカベが、ボトルに入った飲み物を冷蔵庫からガンガン出して、テーブルに置き始めた。

「なんだか知らないけど、パーティみたいだね」

「はい、こいうの嫌いではないでしょう。私もなにか作ろうかな……」

 イートンメスがいった瞬間、私はその体に飛びついた。

「イートンメスはいい。台無しになっちゃう!!」

「あら、そうでうか。残念です」

 イートンメスが苦笑した。

「それにしても、なにかっていえばパーティだね。面白いよここ!!」

「そうなんです。この集落は、客人があると常に宴なんですよ。まあ、楽しみましょう」

 無駄に広大なスペースには、集落の人たちも集まりはじめ、暇そうにぼよーんとしていたルリがやってきた。

「あっ、ここにいましたか。何が始まるんですか?」

「さてね、戦いばっかりだから、のんびりしたいよ!!」

 私たちがみている前で、大量のオムライスがテーブルに運ばれ、広いスペースにもかなりの人が集まった。

「はい、では食べましょうか。冷めてしまっては台無しです」

 先生が笑みを浮かべた。

 私たちは適当なテーブルに付き、目の前のオムライスとサラダ、スープが置かれていた。

「あれ、これ味噌汁じゃん!!」

 私は笑った。

「師匠は味噌汁好きですからね」

 イートンメスが笑った。

「ったく、なんなの。急に先生オムライスリストの最強なヤツを作れって。これ、大変なんだよ!!」

 私の隣にリズがきて、小さく笑った。

「先生ってオムライス得意なの。私も作る!!」

 私は笑みを浮かべた。

「やめた方がいいよ。オムライスだけで、数百種類のレシピを開発した気合いの逸品だから。うっかり掴まると、ずっとオムライス研究するハメになるよ!!」

「数百ね……ビクトリアスに調査を頼むかな。そういうの得意だし!!」

 私が笑うと、先生が近寄ってきて、リズの肩を叩いた。

「ん?」

「はい、カリーナ暗黒時代で渡せなかったものです。パトラにはすでに渡してあります」

 先生は卒業証書と書かれた書簡をリズに手渡した。

「遅くなってしまいましたね。なにしろ、後片付けが大変で」

 先生はそのままどこかに行ってしまった。

「……い、今さらくるとは」

 リズが苦笑した。

「なにそれ?」

「ああ、あたしがカリーナを卒業した時代ってメチャメチャでさ。今頃、卒業証書もらったよ。これで、スッキリ!! だよ」

 リズが笑った。

「卒業証書か……私、貰ったかな」

「師匠は飛び級でとばしまくったお陰で、卒業証書どころではなかったんですよ。代わりに、王宮魔法使いの資格をもってるじゃないですか」

 イートンメスは笑った。

「そんなのいらないよ。卒業してるんだから、卒業証書欲しいよ!!」

 私は小さくため息を吐いた。

「あっ、忘れていました。私も頭にきて魔法庁を蹴飛ばしましてね、はいおめでとうございます」

 先生が戻ってきて、私とルリに卒業証書を手渡した。

「えっ、私も?」

 ルリがビックリした声を上げた。

「はい、ちゃんと高等科を出て卒業と記録されていますからね。卒業は卒業です。同時に、スタートでもあるのですが」

 先生は笑みを浮かべ、またどこかにいった。

「……卒業したんだ」

 ルリが笑みを浮かべた。

「いわれてみれば、確かに初めてみるよ。これは、欲しいね」

 私は小さく笑みを浮かべた。

「私は北部魔法学校の出ですからね。卒業証書なんか見せたら、笑われてしまいますよ。気合い入れて受験したビクトリアスも、ちょっとだけマシな南部魔法学校ですし、『偉大なる魔法使い』の称号はもらえません。まあ、それがどうしたという話しもありますが、中央魔法学校は魔法使いの夢ですからね」

 イートンメスが笑った。

「なに、中央出てるの。あたしなんか、村のクソボロい魔法学校だよ。そこで、なんか特別奨学生のお誘いがきて、カリーナに入ったんだけど……なぜか、そこの先生が今の校長だよ。まあ、変な先生だからね!!」

 リズが笑うと、先生の拳がその頭にめり込んだ。

「誰が変な先生ですか。失敬な。はい、先生はどこでもいますからね。これ、お小遣いです。ほんの気持ちですが」

 先生は、あめ玉を一つつけた小切手を手渡してくれた。

「それはカリーナでしか使えません。大事にしてくださいね」

 先生は笑みを浮かべて去っていった。

「……二千五百クローネって、慣れないから感覚が」

「師匠、その金額だと購買で豪遊できますよ。学食だと、特別食の安いものだけですね」

 イートンメスが笑った。

「へぇ、高いんだか安いんだか。こうやって、お金を稼ぐんだね!!」

 私は笑った。

「まあ、オムライスを食べましょう。先生の得意料理だというのは、魔法界でも有名ですからね」

 イートンメスが笑った。

「あの、カリーナではお手伝い代っていうんだけど、二千五百なんて滅多にないよ。まあ、戦ったからね」

 ルリが笑った。

「そうなんだ。この集落、魔物が多すぎだよ!!」

 私は苦笑した。

「それが悩みなんだよ。カリーナにとっても重要だから、しょっちゅう討伐依頼がきてね。まあ、それはいいとして、これ分かる?」

 リズが鞄から本を取り出した。

「えっと、うん。応用魔法学の基本だね」

 私は頷いた。

「じゃあ、これ教えられる?」

「……難しいな。簡単そうで難しいから。でも、これを理解しないと、ロクな魔法がつかえないからね。大事なところだよ。これを、教えるとなると、面倒だな」

 私は本をパラパラ捲った。

「それが教師の仕事だよ。これが面倒でねぇ……暇ならやる?」

 リズが笑った。

「私は教えるの下手だからなぁ。特に、このゴチャゴチャした辺りが面倒なんだよねぇ」

「教えるのに手間が掛かるのは分かるでしょ。中等科なんて面倒だからって、教師のなり手が少ないんだよ。私の助手やらない?」

 リズが笑った。

「じょ、助手!?」

「うん、荷物整理くらいかもしれないけど、勉強にはなると思うよ。あたしは研究者でもあるし、損はしないと思うけど!!」

 リズが笑った。

「助手なんてやった事ないよ。中等科ってどんな感じなの?」

「うん、初等科でやっと魔力制御を覚えたくらいのひよっこに、実践的な魔法を教える課程かな。一番事故率が多いから、気が抜けないんだよ。はっきりいうと、私の受け持ちクラスでも月に二人は事故死者が出るよ。そうやって、魔法は危険だナメるなって教えていくんだよ。やり甲斐はあるけど、タフな仕事だね。正直、一人じゃやってられん!!」

 リズが笑った。

「……本当に月に二人程度? 中央だと平気で二桁は事故死してたよ。やっと、これで魔法が使えるって、みんなハッピーになってるからね」

「あたしは嘘はついてないよ。調子こいた馬鹿野郎には、容赦なくバチコーンかまして黙らせるから。たまには助手やってみたら。苦労が分かるから!!」

 リズは笑った。

「……そっか、大変だね。二人で収まるだけでも奇跡なのに、私でよければやるけど」

 私は小さく笑みを浮かべた。

「そっちのルリも手伝ってよ。研究してない時は暇でしょ。というわけで、イートンメス。師匠とリズをちょと借りるよ!!」

 リズが笑った。

「はい、構いませんよ。師匠が助手ですか。楽しみです」

 イートンメスが小さく笑った。

「えっ、私もですか?」

 ルリが目を丸くした。

「だから、人手が足りないんだって。これで、楽になったよ。ただし、覚悟してね。あたしは我慢強い方だとは思うけど、キレると怖いよ!!」

 リズが笑った。


 晩ご飯のオムライスを食べ、私はリズからもらった教科書を読んだ。

「へぇ、中等科ってここまでやるんだ。気を抜いたら、一瞬で暴発するよ。これは、研究しないと……」

 私はイートンメスが淹れてくれた黒豆茶を飲んだ。

「師匠だって知ってるはずですよ。使えるかも知れない時期が、一番危ないって」

 イートンメスが笑った。

「そりゃ知ってるけど、これを魔力制御を覚えたばかりの子がねぇ。さすが、カリーナって感じだね」

 私は苦笑した。

「あのさ、私はなにすればいいの。いきなり、助手っていわれても……」

 ルリが戸惑った様子で聞いた。

「一クラス四十名でしょ。ルリだって、魔法を使えるし問題ないと思うよ。多分だけどね!!」

 私は苦笑した。

「はいはい、そんなに気負わないで。スコーンは当面荷物運びの手伝いかな。魔法書って重いでしょ。ルリも似たようなもんだけど、校庭で実技する時だけは鬼になってね。バチコーンじゃ済まなかったら、蹴り倒してでも止めてよ。それが、あたし一人じゃ手が回らなくてね。この前、一人事故死させちゃっからさ。教師は大変だぞ!!」

 リズが笑った。

「そうだね、魔法は自己責任だけど、まだ学生だからね。バチコーン出来るかな……」

 私は小さく笑った。

「それじゃ、カリーナに戻ったらね。一週間も暇こいていられないでしょ。あそこの研究室は広いだけでなにもないから、パトラが穴掘っちゃってさ。あたしも使えないんだよ。なんで掘るかな……」

 リズが笑った。

「あ、穴掘りしちゃったの。なんかの研究!?」

「うん、掘削機の性能試験だって。なんで、研究室でやるか分からないよ。下の研究室の天井に穴開けちゃったから、用務員のモップオジサンがせっせと直してるよ!!」

 リズが笑った。

「ま、魔法じゃないの?」

「魔法工学だから、ある意味で魔法なんだけどね。そんなのばっかりだから、研究室は気楽なもんだよ!!」

 リズが笑みを浮かべた。

「気楽過ぎるでしょ。ところで、いつから授業なの?」

「明後日に入ってるけど、明日は帰りついでに市場でもよってく? パステルが、いきなり対戦車ミサイルやらAT-4をぶっ込んだのは笑ったよ。もったいねぇって!!」

 リズがポケット小さな縫い包みを出した。

「なに、それ?」

「子リズ。なんかよく分からないけど、布が余ってたから作った!!」

 リズが笑った。

「一個あげるよ。たくさんあるから!!」

 リズが小さな縫い包みを私とルリにくれた。

「子リズということは、ご結婚されているのですか?」

 ルリが聞いた。

「うん、二年前に勢いで結婚しちゃったんだけど、二十四でやり過ぎたかな!!」

 リズが笑った。

「……嘘ですね。私は魂の年齢が概ね読めるのです。千二十一を素因数分解すると二百三十五、二百三十五をさらに素因数分解すると七十三。つまり、これに平方根をつけて七十二の二乗すると一億七十三万二千七百五十六です。魂は現世に大体二百年魂留まるので、今は現世七十二回目の三十二才。つまり、千七十六回死んだ前世の後……あり得ない世界を生きているのです。つまり、理から外れた特異点なんですよ。前世、空の高みに登ったって……夢かなにかでみませんでした。私も似たようなものなのです。ルリといいますが、千七十六回が限界の魂の疎生を無理矢理ゼロに戻し、それを空の肉体に挿入され宇宙戦艦ナ○○コ……おっと、まあそういう機械の部品みたいに使われたのです。生涯年齢といいますが、それはやはり三十二才なのです。つまり、見た目は十五才くらいですが、実年齢は同い年なのです。要するに、二十四才というのは記憶の錯誤で、実は三十二ってね!!」

 ルリが赤い無線機を取り出した。

「業務連絡:うっかりマジでやってしまいました。業は副校長に背負わせて下さい。はい、ケルちゃんもケロちゃんも散歩中ですか。えっ、あの野郎がこんな事もあろうかと増やしておいたっていってる? はい、分かりました。なら、あのフットボウラーでも大丈夫ですね。はい、分かりました」

 ルリが小さく息を吐いて、無線機をポケットにしまった。

「えっ、って事は……」

「はい、記憶の錯誤が起きているだけで、実年齢は三十二才なんです。これは、二百年で創世の限界を越えてしまった特異点だからなんですよ」

 ルリが小さく息を吐いた。

「……あっそ、まあ二十四でも三十二でもいいけど、変わった事いうね。じゃあ、あたしは三十二才なの?」

 リズは苦笑した。

「はい、ところでお子さんは?」

 ルリが聞いた。

「……いるよ。一才だけど、これも変わっちゃってるの?」

 リズは笑みを浮かべて聞いた。

「はい、この事実をリズさんが知った時点で、世界が組み替えられたと考えて下さい。これは、特異点故に知らねばならぬ事なのです。存在が消えてしまう可能性があるので。お子さんは五才になっています。旦那さんも変わっていません」

 ルリが頷いた。

「ならいいや、特異点ね。ちょっと待って……」

 リズがポケットから赤い無線機を取り出した。

「またやったな、馬鹿野郎!!」

 リズが無線機をポケットにしまった。

「あれ、面白そうな話ですね。ちょっと混ぜて下さい」

 イートンメスが笑みを浮かべた。

「はい、とんでもない事をお伝えしなければいけません。事情は長いので省略しますが、イートンメスさんは三十八才ですね。これは変わりませんが、強烈な記憶錯誤が発生したと思います。えっと、どっかの厳しい諜報組織にいた歴史が変わった可能性がありますよ。私が年齢を知っている時点で、もうお分かりとは思いますが」

「そうだね、どうして知ってるのかと思ったけど、どっかのヤバい場所にいたのは事実だよ。そこもお見通しっぽいね。どんな魔法?」

 イートンメスが苦笑した。

「はい、見えない相関図が切り替わったので、私がこれを話す事で今度は自分が消されてしまう可能性があるので、今のうちにお話ししておきます」

 ルリが小さく息を吐いた。

「私も特異点です。それも大きな。それなので、部分的にしか分かりませんが巨大な相関図があったとして、それを破綻させないために目に見えない力が働いているとしたらどう考えますか。私は生まれた時から、理屈では説明が付かない経験をたくさんしています。都合よく記憶が途切れて、どう考えても死んでいた状況なのに、なんとなく変な感じであれ? という。それで、とりあえず皆さんにこういう事もあるよと説明したかったのです。リズさんが消されてしまう可能性のある特異点だったので、まずはお話ししたのです」

「……それって、私も?」

 私はイートンメスの脇に立った。

「スコーンさんは、一億七千三百回疎生した魂で、実は一度蘇生法を使っていますね。魂の年齢が実年齢と合いません。例えテストでもやったらダメですよ。それと、即死法使っていますね。自分で……使って自分で疎生です。魂の傷が見えますからね。一死んで生き返った。これで特異点になってしまったのです。まあ、これで研究所が大騒ぎになって、みんな逃げてしまった事は私も漏れ聞いています。スコーンさんの実年齢は二十一才になっているはずです。しかも、各種証明書に書かれた生年月日などは変わらずで。このお話し皆さんにするべきなのですが、特に影響を受けそうな方に真っ先にお話ししました。ここで、ビクトリアスさん」

「はい、あの馬鹿命令は魔法庁の馬鹿野郎ですよ。国王様ではありません。ちなみに、私は三十五で不変だそうです。つまり、もう隠す必要がないので、実はこっそり私と姉さんに子供がいる事はオープンでいいです」

 イートンメスがポケットの中から無線機を取りだした。

「早くやれ、馬鹿野郎!!」

 イートンメスは、無線機をしまった。

「コホン……で、師匠って何才になったんですか?」

 イートンメスが笑みを浮かべた。

「はい、何才になったというか、そう記憶が変わったといいます。普通は記憶が途切れて変わるので、そう感じてあれ? となるはずです。失礼ですが、スコーンさんの年齢は?」

 私は苦笑した。

「あのさ、自意識って何個出来るの? 今は二十七才って出るからこれ?」

「……あれ? 普通は一つなんだけどな。珍しいかも」

「ねぇ、一気に二十七才にぶっ飛んだの。見た目も変わってないのに?」

「普通はそうなるはずなんです。でも、自意識が二つというのはレアケースです。混乱していませんか?」

「それが、十七才と二十七才が同居だよ。わけわからなけど、どっちなの?」

「はい、どちらも自分なのです。十七才でもあり二十七才でもある。しかし、記録は十九才なんです。普通は大混乱ですが……大丈夫そうですね」

「なんだ、要するに十九才なんでしょ。これ、研究する!!」

「ダメです、頭が大混乱を起こして大変な事になります!!「」

「はい、盛り上がっているようですね。オムライスが冷めてしまいますよ」

 先生がヒュルリラーと現れ、笑みを浮かべた。

「あっ、先生。助手もらった!!」

 リズが笑った。

「そうですか、中等科となると大変ですよ。トライフルさんを呼びましょう」

 先生はやたら複雑なハンドシグナルをどこかに送った。

「はい、どうしました?」

 笑みを浮かべたトライフルとフェアリーテールがやってきた。

「リズ坊、助手はどなたですか?」

「うん、スコーンとルリだよ。危ない事は、あんまりさせないつもり!!」

 リズが笑みを浮かべた。

「はい、分かりました。では、所定の研究費だけではダメでしょう。ちゃんとしたお給料を出さねばなりません。副校長、事務長、異論はないですね」

 先生は近くのテーブルでサラサラと一筆書き、私に渡した。

「うぉ……」

 紙に記載されていた月給は、凄まじい数のゼロが並んでいた。

「えっ、こんなに……」

 ルリが目を丸くした。

「よし、頼んだよ。その給料をみて、ちゃんと考えてね。魔法はバケモノだぞ!!」

 リズが笑みを浮かべた。

「あの、私も手伝いましょうか。師匠だけでは心配です」

 イートンメスが、やたら強烈な結界魔法を一瞬使った。

「おっ、やるね。あたしもしんどくてさ。今度、酒でも飲もう!!」

 リズが胸ポケットから煙草を取り出し、火を付けた。


 夜のしじまが降りる頃、私たちは温泉でゆっくりしていた。

「あー、これに尽きるね!!」

 酒瓶を抱えたリズが、ご機嫌でお酒を飲んでいた。

「私もこれが堪らないですね」

 イートンメスが葡萄酒のマグナムボトルを抱えて、笑った。

「ねえ……間違えた。あの、リズさんもイートンメスも、入浴中の飲酒は急性アル中一直線ですよ」

 ビクトリアスが渋く徳利を浮かべた桶を、自分の前に浮かべて呆れたようにいった。

「自分だってやってるでしょ、第三助手!!」

 私はイートンメスよりデカい酒瓶を傾け、大笑いした。

「あー、やっぱりこれに限るねぇ。それにしても、イートンメスもビクトリアスも傷だらけだね。あたしもだけど!!」

 イートンメスやビクトリアスは知っていたが、リズの体も傷だらけだった。

「リズのは魔法?」

「うん、授業だったりいつものバイトだったり。あたしって結界が専門だから、攻撃魔法は専門外というか相性が悪いんだけど、時々無人島とかぶっ飛ばしたくなるでしょ。だから、せっせと作って自分でぶっ壊して研究してるんだよ。結果として、かなりのバックブラスト食らって、火傷っぽい変な傷だらけでね。でも、楽しいからやる。それだけだよ!!」

 リズが笑った。

「へぇ、確かに結界と攻撃じゃ相反しちゃうから、かなり相性が悪いね。大変でしょ」

「正直いって、攻撃は得意じゃない。でもね、楽しいからやる。それが、研究者ってもんよ!!」

 リズが笑った。

「イートンメス、その辺に紅茶のポットありませんか。このままじゃ、酔いつぶれるので」

 ビクトリアスが湯船の脇に置いてあった保温ポットから、紅茶をカップに注いでタライに置いた。

 その時、洗い場のカーテンが開いて、キキが入ってきた。

「あれ、皆さんここだったのですね」

 キキが酒瓶を片手に、体を洗ってから湯船に入った。

「なに、みんな飲むの。それ、マグナムボトルじゃん!!」

 リズが笑った。

「はい、一応二十二才なので。ここはのんびりしていていいですね」

 キキが笑みを浮かべた。

「また、血の契約してないよね?」

 私は苦笑した。

「はい、やっていません。資料をせっせと……」

 キキが笑った。

「なに、血の契約ってヤバいよ。って、あたしがいうまでもないと思うけど、これ誰に教わったの。契約は切れてるけど、終了印切ってないよ!!」

「あっ……」

 キキが慌てて自分の手をみた。

「ほら、呪印が浮いてる。このままじゃまずいよ。よっと……」

 リズが呪文を唱え、キキの手に浮かんでいた文様が消えた。

「……いけね、忘れた」

 私は思わず呟き、酒瓶を煽った。

「キキ、オメガ・ブラストくらい使えるようになってるわけないか!!」

 リズが笑った。

「はい、どうやっても難しいです。それより、ファイア・ボーゥルとは」

「あれ、テストで遊んでいたのが混ざってたか。それは、なしでいいよ!!」

 リズが苦笑した。

「では、このドラグ・スレイブ……?」

「それ大変なんだよ。まあ、ファイア・アローかファイア・ボールからだね。ファイア・ボールが使えたら、まず合格かな。それくらい、難しいよ!!」

 リズは笑った。

「そういえば、オメガブラストのアレの定数を三十四とか……」

 私は酒瓶を傾けながら、リズに聞いてみた。

「ダメだよ。暴発して大陸がぶっ飛んじゃうから。最大でも二十七だよ。さすが、攻撃魔法の専門だけあって、無茶するね!!」

 リズが笑った。

「師匠、その前に四大精霊魔法を憶えてください。あのル○ンだったかなんだったか、チョッパくる素早さだけで飛び級しちゃった人ですら、四大精霊魔法は完璧ですよ。そのうち、昭○漢軍団にも抜かれてしまいます。非精霊系だけでは、破壊力が強過ぎてアンバランス。使いどころに困りますよ」

 イートンメスが二本目にいった。

「姉さん、飲み過ぎ……紅茶が美味い」

 ビクトリアスがぼへぇっと呟いた。

「全員酒呑みなんですね。ここじゃなくて、上がりませんか。おつまみだったら作れます」

 イートンメスが笑った。

「へぇ、そりゃ楽しみだね。あたしもやろうかな!!」

 リズが笑った。

「なんでもいいけど、イートンメス。せめて、塩と砂糖くらい区別してよ。あと、味○素使いすぎ!!」

 私は笑った。

「師匠、知ってるでしょ。おつまみだけは、なぜか美味しいと。さて、上がりますか」

 私たちは酒瓶を片手に、温泉から上がった。


 温泉から家に帰ると、イートンメスがなんか作りはじめた。

「このお酒、温かくてマズいよ!!」

「当たり前です。だから、マグナムボトルなんて。それ、シャンパンですよ。もったいない」

 一人お茶を啜りながら、ビクトリアスが団子を食べていた。

「あたしは、アセトアルデヒドに加水分解される素なら、なんでもいいけどね!!」

 リズが笑った。

「今回は真面目に呑みます。ゼフィーリア産のアレです」

 イートンメスが笑った。

「だから、熱燗にしておけといったのに。それじゃ、私も呑みますか。ゼフィーリア産のアレは取っておきですからね」

 ビクトリアスは、キッチンでワインクーラーの支度をはじめた。

「……二十年物のビンテージですか。これは、気をつけないと」

 ビクトリアスが、小さく笑みを浮かべた。

「姉さん、カルパッチョだけは上手いですね」

 イートンメスの拳が、ビクトリアスの右にヒットした。

「仕事場を邪魔するな!!」

「へいへい……」

 ビクトリアスは、小さく息を吐いて笑った。

「スモーク・タンとチーズがいいか。色々あるから、チェダーチーズにしよう。あと、なんだこれ。オムライスを食わせろ。四百五十六番だ?」

 冷蔵庫を漁っていたイートンメスの手が止まり、笑みを浮かべた先生がヒュルリラーっとどこからか現れた。

「はい、四百八十五番ですか。違った……四百五十六番ですね。イートンメスさん、卵を百個下さい。リズ坊、どこにいますか?」

「なに、またオムライス?」

 リズがキッチンに立ち、凄まじい速さで野菜を切り始めた。

「あと、えっと、鉄板焼きナポリタンチームも出撃です。先生なりにレシピを変えてみたのですが、検討して頂けますか。ちなみに、お酒の当て用にアレンジしました」

 学食のカウンターの向こうでみた、やたら元気のいい二人がキッチンに立って先生のレシピを見て真顔になった。

「……おい」

「……姐さん、これは」

 二人頷くと、冷蔵庫から大量のトマトを取り出して、細切れにしはじめた。

「違う、そうじゃない!!」

「違う、こうじゃない!!」

 いつもは元気なナポリタンチームが、猛烈に熱くなった。

「……しゅごい」

 私は目を丸くした。

「私もなに手伝わないと……」

 パステルが包丁片手に外に出て、鶏を一羽絞めてきた。

 しまいには、優雅に過ごしていた漢軍団まで料理をはじめ、もはや戦場になってしまった。

「おい、俺たちもいこうぜ!!」

「だね!!」

 我慢出来ないという様子で、リリムとウメボシ二人までキッチンに突撃していった。

「……猛烈にしゅごい」

「スコーンとキキ。もうどうにもならないから、ソファで待とう」

 ルリが笑って、私たちはテーブルにいった。

「私もお酒呑むけど、ここまで熱いとは思わなかったよ」

 ルリが笑った。

「私も作れるのですが、これは入る場所ではないですね」

 キキが苦笑した。

「ト……あっ、禁止。マユリだよ。まだお酒飲める年齢じゃないんだよね。東国だと二十才からだから」

 どこにいたのか、ラ○メンメンバーも集結して、ドクペを飲みはじめた。

「うむ、俺は飲めるぞ!!」

「サリだけど、ファイア・ボール七千度のときの火球直径を教えて」

 眼鏡を直し、白衣を着たお姉さんが笑みを浮かべた。

「直径っていっても、火球だからね。中心温度七千度だと、約二メートルにはなるよ。これを絞れば三十センチには出来るけど、そうすると実は一万度を越えるかな」

 私は笑った。

「そう……なるほどね。ありがとう……」

 お姉さんはノートになんか数式を書きはじめた。

「あっ、そこ違うよ。関数じゃなくて、定数五を代入して!!」

「あれ、そうだったの。関数五ね……」

 お姉さんがバリバリ魔道関数を改変していった。

「これどう?」

「ダメだよ、定数五だって。じゃないと、微妙に温度が下がっちゃう。三千度くらい落ちちゃうよ!!」

 お姉さんが頷き、魔道関数を微分しはじめた。

「……やるね」

 私は笑み浮かべた。

「うん、これじゃダメだから分解する。積分で纏めて……」

「それなら……」

 私は自分のノートパソコンを開き、ファイア・ボールのルーン文字を並べた。

「基礎は大事だけど、それやるなら応用してスパッと呪文作った方が早いよ。代数幾何とかしちゃったりして!!」

 私はノートパソコンのキーボードを叩き、手が止まった。

「あれ、増えるわかめみたいに増えちゃった。これじゃ、三万度以上になっちゃってあぶないね!!」

 ノートパソコンを叩いていると、制服を着たリナとアメリア、ナーガがやってきた。

「あれ、ファイア・ボールの研究してるの?」

 リナが笑った。

「うん、どうにも増えちゃってね。これじゃ、呪文が八万文字以上になっちゃうよ。代わりに、中心核の温度が四億度だって。ダメだ!!」

「私も方は逆に散ってしまって、弱くなってしまいました。これではダメです。最低で大一万度はキープしないと、美味しいピッッツアが焼けません」

 お姉さんが小さく笑った。

「なにそれ、どんな呪文作っちゃったの」

 リナが私の画面をのぞき込んだ。

「……使える」

 リナがノートパソコンを取り出し、ガタガタ叩きはじめた。

「どこがどう使えるの。こんな、わかめ呪文!!」

 私たちがゴチャゴチャやっていると、大騒ぎだったお酒の準備が終わったらしく、イートンメスとナポリタンチームが料理をサーブし、ビクトリアスがワインを弄っていた。

「あっちは任せようか!!」

「そうはいかないでしょう」

 ルリがいった。

 結局、私たちは大人数の酒宴に紛れ込んだ。


 酒宴も終わりの頃になって、パステルが笑顔でオーブンで焼いた鶏を皿に載せて持ってきた。

「お待たせしました。手間取ってしまって」

 大皿に乗せた鶏を次々と持ってくると、男性たちがナイフで切りはじめた。

「……しゅごい」

「慣れているんです。あまり美味しくないかもしれませんが」

 パステルが笑った。

「美味しくないってのは嘘でしょ。実は、こういうのが美味しいんですよね」

 ルリが笑った。

 ビクトリアスが切る側から食べ、男性たちから一斉にベチコーンとぶん殴られた。

「お前は引っ込んでろ。撃ち殺すぞ!!」

 勇ましいジャージおじさんが、ビクトリアスを放り投げ、鶏をサーブする作業に戻った。

「……しゅごい」

 私はポカンとした。

 こうして、晩ご飯を食べたような気がしたが、おおよそお酒の場とは思えない戦場は深夜どころか、明け方近くまで続いたのだった。



 はい、夜食です。

「……しゅごい」

「師匠、私は悲しいです。なんです、あの異常な勢いは」

「ってか、イートンメス。料理してたの?」

「してましたよ。師匠こそ、なんか作って下さい!!」

「いいけど、下手だよ。まあ、イートンメスよりマシだけど」

「どういう意味ですか……」

「言葉そのままだよ。味○素使いすぎ!!」

「私は共同研究の方が面白かったよ。あの高そうな葡萄酒。なんか苦かったし」

「師匠には三十年早いです。私もグラスをかすめ取って呑みましたが、もう三十年寝かせるといい感じですね」

「普通のテーブルワインでいいよ。高ければいいってもんじゃない!!」

「あれ、分かってますね。用意しておいたのですが、飲みます?」

「いいよ、飲み過ぎだよ。それより、ファイア・ボールの核を三万度にしたいんだけど、どうしたらいいの?」

「師匠、何を焼くつもりですか。もう少し頑張ったら、太陽になっちゃいますよ!!」

「……自由に太陽を作りたいな」

「なに言ってるんですか。そんな事より、いい加減エルフの里も飽きましたよ。どっかいくんですか?」

「武器市場が近いみたいだし、ついでに寄っていこうか。なんか、手榴弾とか欲しい!!」

「あの……そんなのどうするんですか。まあ、あって損はないですね。一ダースくらい買って行きます?」

「あと、戦車!!」

「だから、どうするんですか。せめて、ガンヘッドにして下さい。気合いのスタンディング・モードとかいいですよ」

「どっちも変わらないじゃん。10式が欲しい。研究室に飾っておく!!」

「エレベータに入りませんよ。私は用事はないといえばないです。ナイフと配られたショート・ソードと92Fで十分です」

「なんだ、つまらないの。10式いいんだよね。なんか、妙に琴線に引っかかるというか……」

「ですから、戦車は止めて下さい!!」

「そっか、じゃあ予備弾を買っておこう。それくらいしか、多分持ち込ませてくれないでしょ」

「最初からそうして下さい。あっ、師匠。ノートパソコン分解してどうするんですか!?」

「うん、キートップが飛んじゃったから直す。分解じゃなくて、修理中だよ!!」

「そうですか。私もたまにやっちゃうんだよね。それじゃ、寝ますか」

「うん、もう明け方だよ……」


 はい、スコーンです。

 昭○漢は熱いと分かりました。

 そして、大事なのは笑顔です。

 はい、鍛えましょうね。では。

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