第2話 さてと……(改稿)

「師匠、お疲れ様でした」

 私はイートンメスに揺り起こされ、軽く欠伸をし目を覚ました。

「なに、やっと着いたの。お疲れさま」

 私は頭を軽く振ってから、シートベルトを外した。

「はい、もうビクトリアスはこの町に入っています。じきに迎えがくると思いますよ」

 イートンメスがいった時、今にもぶっ壊れそうなオンボロトラックがやってきた。

「きました、あんなオンボロどこで入手したのやら」

 イートンメスが笑った。

「ねぇ、さっき聞いたけど、イートンメスとビクトリアスって姉妹なんでしょ。当然、イートンメスはよく知ってるけど、ビクトリアスは確か事務局の所属だよね。あんまり会わないから、どんな人なのかと思って……」

「はい、ただのボンクラですよ。ここだけの話ですよ、姉妹だっていうのは。絶対いわないで下さいね」

 イートンメスが頷いた。

「そりゃいわないけど、立場が立場だから怖いんだけど……」

「安心して下さい。妹ですが、よく働きますので」

 イートンメスが笑みを浮かべた。

 先ほどのトラックが私たちの脇に止まり、まだ薄暗い中で運転席から誰かが降りてきた。

「お待たせしました」

「ペット、もっとマシな車なかったの。これじゃ荷台に乗るしかないでしょ」

 イートンメスが笑った。

「はい、いきなり酷いですよ。ゴミ捨て場からでも、なんでもいいから拾ってこいって。スコーンさん、名乗るのは初めてですね。ビクトリアスといいます。よろしくお願いします」

 トラックから降りたビクトリアスが、ペコリと頭を下げた。

「それで、実はサプライズがありまして……」

 ビクトリアスが助手席の扉を開けると、研究所事務長のトライフルが降りてきた。

「うげっ、オニババ!?」

「誰がオニババですか。スコーンさんはいつも予算オーバーするので、うるさくいってるだけです。あんなボロカスの研究所に用事はありません。行きがけの駄賃で機密情報を7ごっそりぶっこ抜いてきたので、さっさと処分してしまいましょう」

 ビクトリアスとトライフルがトラックから離れ、イートンメスが私を押すようにして離れた。

「せーの!!」

 ビクトリアスがなにか操作すると、トラックが爆発炎上した。

「な、なにやったの!?」

「はい、トラックごと機密データを燃やしただけです。こんなの残しておいたら、ろくな事になりません。抹消が完了したところで、宿で休憩しましょう。手配は完了しています」

 ビクトリアスが車の後部扉を開けたので、私は素直に乗り込んだ。

 そのままビクトリアスが隣りに乗り込み、イートンメスが運転席に座った。

「この町で宿といえば一件しかありません。オリーブ亭といいますが、そこに向かいましょう」

 ビクトリアスが頷くと、イートンメスが車を出した。


 オリーブ亭の前に車が到着すると、私はビクトリアスと共に車から降りた。

「へぇ、結構大きな宿だね」

 確かフォーリンと聞いていたが、この町は自治権。すなわち、国から独立したような形の特殊な町で、自衛に力を入れているようでそこら中、軍用車や兵士みたいな人に溢れていたが、この宿は場違いなほどゆったりと穏やかな雰囲気に包まれていた。

「ここで、スコーンさんに会わせたい方がいます。お疲れでしょうが、よろしくお願いします」

 私はビクトリアスの言葉に頷いた。

「あら、面白い人がいたようですね。人事も兼任していた私も楽しみです」

 私の左隣に座っていたトライフルが笑った。

「師匠、ついに念願の第三助手が出来るかもしれませんね。私やビクトリアスだけでは手が足りなかったですから」

 イートンメスが笑った。

「そうだね、あと一人二人は欲しいからね。よし、いこう」

 私はビクトリアスに続いて車を降り、トライフルが後からついてきた。

 イートンメスが狭い駐車場に車を駐めるのを待って、私たちは宿に入った。

「いらっしゃい、オリーブ亭にようこそ」

 中に入ると、感じのよさそうな女性が笑顔で出迎えてくれた。

「お世話になります」

 私はペコリと頭を下げた。

「はい、お話しは聞いています。ビクトリアスさんが纏めて宿帳にサインして下さっているので問題ありません。お客様がお待ちですよ」

 宿は三階建てで、一階はロビーのようになっていた。

 その一つのテーブルに陣取って、四名が談笑していた。

「あれかな……」

 私は笑みを浮かべた。

「はい、そうです。呼びますか?」

「いいよ、勝手に割り込むから!!」

 ビクトリアスに笑みを送り、私は四名のテーブルに近寄っていった。

「どうも、お邪魔するね。ビクトリアスから話を聞いたけど、他に見当たらないしあなたたちがそう?」

 私が聞くと四人は姿勢を正し、頭を下げた。

「そんなにかしこまらないでよ。私はスコーンだよ。名前聞いていい?」

 私は笑った。

「はい、パトラといいます」

 まずは一人目が少しオドオドして名乗った。

 ……エルフじゃないな。ハーフ・エルフだ。これは、大変な思いしてるね。

 私は小さく息を吐いた。

「そんなに怯えないでよ。あなたがハーフ・エルフなのは分かったから。私は偏見なんかないし、その魔力はエルフの血譲りだね。これは、楽しみだよ!!」

 私は笑みを浮かべた。

「そ、そうですか。よかったです。研究所で有名な、スコーンさんにお会いして光栄です」

 パトラが笑みを浮かべた。

「光栄とかいわない。はい、第三助手。よろしく!!」

 私は笑った。

「えっ、もう!?」

 パトラが目を見開いた。

「うん、隠してるつもりだろうけど、その強烈な魔力はエルフ譲りだね。それと、知ってるよ。魔法薬のプロなんだってね。私にも教えてよ!!」

 私は笑った。

「はい、私も退職した身ですが、スコーンさんの第三助手に登録しておきますね」

 トライフルが笑った。

「さすが、即断即決の師匠です。これで、少し楽になります」

 イートンメスが笑みを浮かべた。

「あとは……その箒を持っているあなたは誰?」

 私は目を細めた。

「はい、キキと申します」

「そっか、箒って事は西北部の一部地域の出身でしょ?」

 私が聞くと、キキは頭を下げた。

「緊張しないでいいけど、一つ忠告しておくよ。箒で空を飛んだらダメだよ。箒を作った時に、自分の血で印を書いて従わせるでしょ。それ、最悪の呪いみたいなものなんだよ。もしなにかで、箒から落ちて怪我ならともかく、命を落とす事になったら……分かるかな。残された箒はあえて魑魅魍魎っていうけど、そうなってとんでもない事になる。音声発動式魔法にも空を飛ぶ魔法はあるから、そっちで遊ぼうよ。だから、箒は封印して」

 私が笑みを浮かべると、キキの肩に乗っていた黒猫が喋った。

「だから、落ちるなって警告してるのに、下手だから危ないんだよ。私は飛ぶ事しか能がないじゃないよ。全く」

「おっ、喋り猫が相棒なんだね。初めてみたよ、というわけで箒を封印するなら第四助手ね!!」

 私は笑った。

「はい、そういう事なら使いません。私が助手でいいのですか?」

 キキが不思議そうに聞いた。

「もちろん、その代わりこき使われる覚悟でね!!」

 私が笑みを浮かべると、キキは頷いた。

「私でよければお願いします」

「はい、第四助手ですね。急に大所帯になりましたね。

 トライフルが笑った。

「助手は多い方がいいよ。紅茶でも飲みながら、ダラダラしててもいいしね。さて、お次はずいぶん魔力の過剰放出が多いね。かなり魔力が高いけど、それじゃ体がもたないよ。名前は?」

 私はキキの隣にいた子に笑みを送った。

「はい、パステルといいます。魔法学校にも通っていないのに、いきなり研究所に招聘されてしまって困っていたのです」

 パステルが苦笑した。

「なるほど、例のアレか。そうなると、魔法の基礎からだね。まだ魔法使いじゃないけど、その魔力は魅力だし、なにより放っておけないから、第五助手ね!!」

 私は笑った。

「えっ、助手って……」

「うん、今のところ研究してないし、ただの茶飲み友達だと思ってね。でも、その魔力過剰放出はヤバいね。今すぐにでも抑えないとマズいから、イートンメス制御法を教えてあげて」

 私はイートンメスをみた。

「はい、簡単ですよ。まず、こちらにきてください」

 イートンメスがパステルを連れて、テーブルから離れた。

「あれじゃ長生きできないよ。さて、最後っていったらなんだけど、また変わった感じだね。軍服?」

「はい、国軍の隅っこにいたイスズといいます。今は退官して民間人です。うっかり制服を返却し忘れてしまったので、開き直ってそのまま着ています」

「なるほどね。魔法は使えるの?」

 私が聞くと、イスズは声のトーンを下げた。

「……隅っこというのは、特殊部隊ということです。国際条約で戦争に魔法を使ってはいけない事になっていますが、非正規戦では関係ありませんからね。今は、悠々自適にやっています」

 イスズが笑った。

「なるほどね、腕はそれなりか。私は攻撃魔法の専門家だけど、この意味が分かれば第六助手ね!!」

「もちろん、心得ています。慈しみの心ですね」

 イスズが笑みを浮かべた。

「分かってればよし、第六助手決定ね!!」

 私は笑った。

「今回は大量ですね。スコーンさんほどの研究者になれば、助手の二十人や三十人は当たり前なのに、やっと六名ですね。選択眼が厳しい事で知られるスコーンさんらしいです」

 トライフルが笑った。

「まあ、私も研究所辞めちゃったし、給料出せないけどね。イートンメス、どう?」

「はい、もう覚えましたよ。単純な呼吸の癖なのですが、それだけに難しいのですが、要領がいいようで」

 イートンメスが笑った。

「あの、これで大丈夫ですか?」

 パステルが笑みを浮かべた。

「うん、問題ないよ。それにしても、生傷多いね。冒険家でもやってたの?」

 私はパステルに聞いた。

「はい、マッパーをやっていました。色々あってパーティは、解散になりましたが、楽しかったですよ」

「そっか、マッパーっていったら最前線じゃん。それで、ショートソードなんて持ってるんだね。早くいってくれれば、自衛程度の攻撃魔法を教えたのに」

 私は笑った。

「はい、正直しんどかったのも事実です。あまり剣の腕がよくないので、拳銃も併用していたんですよ」

 パステルが拳銃をそっと抜いてみせた。

「あれ、ずいぶん痛んでいますね。ちゃんと整備していないからです。これはもう使わない方がいいですよ。うっかり暴発したら、命に関わります」

 ビクトリアスがパステルの拳銃を取り上げた。

「ところで、イートンメス。この町じゃすぐにみつかっちゃうよ。自治権がある町だから、余計に目立っちゃうと思うし。この先どうするの?」

「はい、師匠。ちゃんと考えてあります。カリーナ魔法学校はご存じですよね?」

 イートンメスが笑みを浮かべた。

「うん、知らないはずないでしょ。お高くとまってるから、こんな学校入るかって蹴飛ばしてたんだけど、それがどうかしたの?」

「はい、カリーナといいますが、魔法学校という一面と魔法研究施設である面があるのはご存じですか?」

 イートンメスが笑みを浮かべた。

「えっ、そうなの?」

「はい、学校の一部ということで研究所の研究者も身分は学生になりますが、そこに入る手はずを整えてあります。先に辞めたキャシーやアキポンも手ぐすね引いて待っていますよ」

 イートンメスが笑った。

「まさか、カリーナとは。この国の最高峰の魔法学校じゃん。その研究所っていったら、目立って仕方ないよ!!」

 私は苦笑した。

「いいじゃないですか。今日はここで休んで、明日出発しましょう」

 イートンメスの言葉を待っていたかのように、宿の人が鍵を持ってきた。

「最上階は十人部屋になっています。なにもない町ですが、ゆっくり休んで下さい」

「十人部屋とはまた豪快だね。さっそくいこうか」

 私は鍵を受け取って笑みを浮かべた。


 三階の部屋に入ると、ベッドがずらっと並んだ質素なものだった。

「さて、どこで寝るか決めよう。チームメイトが増えたし!!」

 私は笑った。

「師匠、どこでもいいじゃないですか。ちょっと待って下さい。やる事があります」

 イートンメスが、部屋の片隅に設置されていた無線機を弄りはじめた。

「まあ、そうなんだけど、パステル。ちょっと剣を見せて!!」

「はい」

 パステルが近寄ってきて、鞘を外して私に差し出した。

 私は剣を抜いて構えた。

「うん、悪くないバランスだね。どれ……」

 私は安全な距離を取り、剣を振ってみた。

「うわ、上手い……」

 パステルが目を丸くした。

「研究者だって危ない場所にフィールドワークにいくし、自衛程度の剣技は嫌でも身につくよ。研究所でも剣技の講習会があったくらいだしね。なんでも魔法に頼っちゃダメって事だね。ところで、マッパーやってたなら、罠解除なんかやってたんでしょ。手先が器用なら、実験器具の組み立てをやってもらおうかな。あれ面倒でさ、イートンメスはすぐにお酒飲んで寝ちゃうし!!」

 私の頭にイートンメスのゲンコツがおちた。

「ごめんなさいは?」

「……ごめんなさい」

 ビスコッテが笑みを浮かべた。

「手先器用かな。しょっちゅう解除に失敗して、酷い目に遭っていたのですが……」

 パステルが苦笑した。

「大丈夫だって。でも、拳銃を持つなら手入れしてね。危ないから」

「はい、分かりました」

 私はパステルに剣を返した。

「さて、まだ朝だね。なにしようかな?」

「師匠、いつも持ってる無線機を貸して下さい。チャンネルの周波数を変えます。今後は普段通りで構いませんが、21チャンネルだけはこの町では滅多に使わないで下さい。緊急通報用なので、うっかりすると大騒ぎになってしまいます」

 イートンメスが笑った。

「スコーンさん、私はここの自警団に警護を依頼してきます。国軍並の規模なので、味方になってくれると、これ以上はない強力な味方になります。この宿の主人がボスなんですよ」

 ビクトリアスが笑みを浮かべて部屋から出ていった。

「自警団ね。噂には聞いていたけど、この町を甘くみるなって事か。一日置いてくれるだけ感謝かな」

 私は苦笑した。

 その時、部屋の扉がノックされた。

「ん? はい、どうぞ」

 私が応じると、二人の長身の女性が入ってきた。

「突然失礼する。私はミネルバでこちらが妹のマチルダだ。失礼だがスコーン殿は?」

 私は笑みを浮かべて二人に近づいた。

「不思議な感じの人だね。どうしたの?」

「うむ、暇つぶしの旅の途中でその名を聞いてな。ぜひ、同行を願おうと思ってな」

 ミネルバは笑みを浮かべた。

「ちょっと待って、なんか床から微妙に浮いてるね。面白いからいいよ。ついでに、第七助手と八助手に決定。面白いから!!」

 私は笑った。

「そうか、助手にしてくれるのか。よく分からんが、戦いは得意だぞ。妹もな」

 ミネルバは笑った。

「あら、また助手ですか。一気に第七まできましたか。遊び相手が多い方がいいですね」

 トライフルが笑った。

「さて、やる気出たぞ。そうだね、全員一緒だと大変だから、パステルとキキ、それとパトラもきて。適当に町を歩こう!!」

 私は笑った。

「はい、分かりました」

 パステルが笑みを浮かべた。

「わ、私ですか。喜んで」

 キキが小さく息を吐いた。

「私もいいのですか。人間の町は怖いですが、皆さんと一緒なら」

 パトラが小さく笑みを浮かべた。

「イートンメス、あとはよろしくね。ちょっと出てくる!!」

「はい、師匠。変な場所に行かないで下さいね」

 イートンメスが笑った。

「それじゃ、いくよ!!」

 私は三人を連れて、部屋をでた。


 フォーリンの町は、まさに軍事基地の様相を呈していた。

「さすが、自衛意識の高い町だね。ちょっとやり過ぎなくらいでちょうどいいのかな」

 高い壁で囲われたフォーリンは、まさに城塞だった。

「なにか食べ物っていっても、店も屋台もないね。食事はどうしているんだろう?」

 フォーリンは武器関連の店ばかりで、飲食店はほとんどなかった。

 一応、食料品を扱うマーケットはあったが、まさか宿の部屋で料理をするわけにもいかず、せめて軽食でも探したが屋台一つなかった。

「こりゃ、ここで暮らしている人は大変だね。おっ、やっと屋台発見!!」

 道端に美味しそうな湯気を立てている屋台をみつけ、私たちは移動した。

「いらっしゃい、特製肉まんがオススメだよ。一個二十クローネだ」

 店のオッチャンが調子よくいって笑った。

「じゃあ、それ四つちょうだい!!」

 私はお金を払い、肉まんをそれぞれに手渡した。

「食べる場所もないから、歩きながら食べよう!!」

 私は肉まんを囓りながら、町を見渡した。

『師匠、王国空軍に動きがありました。どうやら、この町に逃げ込んだ事が発覚したようです。車の手配をしましたので、至急宿に戻って下さい』

 服のポケットに入れてある無線機ががなり、私は肉まんを一気に食べた。

「全く落ち着かないね。知ってるかもしれないけど、研究所でオイタしたせいで追われている身でさ。悪いけど、急いで宿に戻らないといけなくなっちゃった。急ごう!!」

 私たちは駆け足で宿に戻り、部屋に飛び込んだ。

「師匠、遅いです。町が警戒態勢になって、門が閉ざされてしまいました。自警団の陸戦部隊が配置につき、戦闘機がスクランブル発進しました。嵐が去るまで出られませんよ!!」

 イートンメスがハンバーガーをかじりながらいった。

「……それ、どこで買ったの?」

「宿のおかみさんに頼めば作ってくれるんです。それはいいとして、町中が警戒体勢に入っています。へたに出歩かない方がいいです」

 イートンメスが無線機を弄りながらいった。

「なに、戦いだと。守る戦いなら加勢したいところだが、ここは大人しくしておこう」

 ミネルバが笑った。

「よりによって空軍か。ついにブチ切れたね」

 私は苦笑した。

「ブチ切れたなんてもんじゃありません。爆装した戦闘機や爆撃機まで出撃した様子です。この町ごと私たちをぶっ飛ばすつもりでしょう」

 イートンメスが嘆息した。

「やると思ったよ。じゃあ、ちょっとだけ本気出すかな」

 私は笑みを浮かべ、呪文を唱えた。

 魔力光が室内にほとばしり、それきりなにもなかった。

「この町全体は難しいから、宿だけでも防御結界で包んだよ。二千ポンド爆弾を落とされても平気だから!!」

 私は笑った。

「その前に迎撃されるでしょうが、撃ち漏れはあるでしょう。最小限の被害で済めばいいのですが」

 イートンメスがいった時、表で轟音が立て続けに巻き起こった。

「始まったね。これ地対空ミサイルでしょ。どれだけ装備しているんだか」

「はい、主にパトリオットですが、SA-6も大量に配備されています。この辺りは、ビクトリアスが詳しいです」

 イートンメスがいった時、血まみれのビクトリアスが戻ってきた。

「うげっ!?」

「ああ、心配しないで下さい。全部返り血です。しつこい連中がいたので、私も本気で暴れてきました。シャワー浴びてこようかな」

 ビクトリアスが笑った。

「なに、なんかいたの?」

 イートンメスが苦笑した。

「はい、特殊部隊が微妙にいたよ。全部纏めて大けがさせて、追っ払いました」

 ビクトリアスはいそいそと服を着替えはじめた。

「よ、余裕だね。まあ、やたら強いのは知っていたけど……」

 私は苦笑した。

「あっ、怪我をしていますね。薬を塗っておきます」

 パトラが慌ててビクトリアスの手当をはじめた。

「ビクトリアス、戦況は?」

 私が聞くと、ビクトリアスが頷いた。

「もちろん、こちらが優勢です。この町をナメてはいけません」

 ビクトリアスが笑った。

「全く、派手な町なんだから」

 イートンメスが二個目のハンバーガーを囓り、苦笑した。

「だから選んだんでしょ。皆さん大丈夫ですよ。逃走用の車を運転手つきで確保してあります。騒ぎが収まったら、急いで逃げましょう」

 ビクトリアスは服を着替え、塗れタオルで顔を拭いた。

「逃走用の車まで用意したんだ」

「はい、師匠。いい加減車を変えないといけないタイミングでした。研究所の車はマークが車体に描いてあるので、やたら目立ちますからね」

 イートンメスが笑った。

「まあ、よくここまで検問に引っかからなかったものです。事前に決めた逃走ルートは田舎道でしたが、そういう道ほど危ないので。でも、大きな幹線道路は真っ先に検問を張られるので論外です。運が味方したようですね」

 ビクトリアスが笑みを浮かべた。

「その時は私でしょ。なんのための護衛件助手よ」

 イートンメスが笑った。

「ところで、かなり大人数になっちゃったけど、車は大丈夫なの?」

「はい、八人乗りのミニバンを二台用意しました。この人数なら問題ありません」

 ビクトリアスが笑みを浮かべた。

「また、スズキとササキでしょ。腕はいいけど高いんだよね」

「大丈夫、この件をきっかけに足を洗ってカリーナに飛び込む算段だから、料金はいらないって」

 イートンメスとビクトリアスが笑った。

「ミニバンね。確かに一杯走ってるから目立たないか。みんな、ゆっくりするのはあとだよ。カリーナに着いてからのんびりしよう。あそこはさすがに国軍じゃ手出し出来ないだろうから!!」

私は笑った。


 表の派手な喧噪が収まり、時刻は昼を過ぎていた。

「師匠、緊急体勢が解除されました。今すぐ出発しましょう」

 イートンメスが笑みを浮かべた。

「そうだね、みんな急ごう!!」

 私たちは荷物を纏め、急いで部屋を出た。

 階段を降りて一階に出ると、宿の女性が立っていた。

「お騒がせしました。事情は伺っているので、急いで下さい。これでお代は頂けないので、鍵だけ受け取りますね」

 私は女性に鍵を渡し、みんなと一緒に宿の外に出た。

 宿の外には、黒塗りのゴツいミニバンが二台止まっていた。

「さて、急ぎましょう」

 イートンメスが開いているスライドドアの脇に立ち、私たちが乗るのを見届けてから乗った。

 二台のミニバンに分乗した私たちは、少しだけ開いた町の門の間を抜け、街道の石畳の上を跳ねながら突き進んだ。

「カリーナに着く頃には、夜になってしまうかもしれません。無線で連絡を入れてあるので、門限は融通して貰えるかもしれません」

 運転席でスズキがいった。

 前に何度か運んでもらっているので、よく知った仲だった。

「カリーナが門限を融通してくれるとは思いません。こんな事もあろうかと、街道沿いの空き地に輸送機を待機させてあります。次の枝道を右に曲がって下さい」

 ビクトリアスが指示を出すと、ミニバンは枝道に逸れて程なく開けた空き地に出た。

「うわ、デカい飛行機が駐まってる!?」

 空き地の端には、巨大な輸送機が止まっていた。

「C-17輸送機です。これなら、一時間も掛からずにカリーナに到着できるはずです。カリーナには立派な滑走路があるので、問題ないです」

 ビクトリアスが笑みを浮かべた。

「またお金かかる事したね。どっからパクったの?」

 私は苦笑した。

「空軍に知り合いがいるんです。敵ばかりとは限りませんよ」

 ビクトリアスが笑った。

 ミニバン二台は輸送機の後部ランプから機内に入り、ワイヤーで留める作業が始まった。

「師匠、作業が終われば降りても構いませんが、危ないのでなるべく車内にいてくださいね」

 イートンメスが笑った。

「出るわけないでしょ。まさか、こんな形で移動とはね」

 私は笑った。

 そのうち大きな音が聞こえ、魔力エンジン特有のキーンという派手な金属音が聞こえてきた。

 しばらくして、輸送機が動き出し激しく揺れながら離陸した。

「離陸したよ。あんな場所からよくできたね!!」

 私は笑った。

「師匠、この輸送機はそういうために作られたものです。頑丈ですよ」

「そういえば、イートンメスって飛行機の免許持ってなかった?」

 私が聞くと、イートンメスは頷いた。

「私もビクトリアスも、ヘリコプターと固定翼機両方飛ばせますよ。まあ、こんな四発機は飛ばした事ないですが」

 イートンメスが頷いた。

「私も飛ばせるかな。研究したい。えっと、バレルロールだっけ?」

「師匠、こんな荷物を積んだ輸送機でバレルロールしたら大変な事になりますよ。それ以前に免許取るのも大変ですから」

 ビスコティが苦笑した。

「だって、ぐるっと横回転するんでしょ。格好いい横回転を研究する!!」

 私は笑った。


 正確な時間は分からないが、輸送機はあっという間にカリーナ間近に迫った。

 窓の位置が合わないので外はよく見えなかったが、操縦室から頻繁に現在地を知らせる放送があったので、どこにいるのか分かりやすかった。

「高度を下げはじめましたね。間もなく着陸です。衝撃に備えて下さい。

 イートンメスが小さく息を吐いた。

 そのうち大きな機械音がして、しばらくしてドンという衝撃がきた。

「着陸しましたね。カリーナに到着です」

 しばらくエンジンの金属音が聞こえ地上を移動したあと、輸送機が止まったのが分かった。

 ミニバンのドアが外から開けられ、スズキが顔を出した。

「到着しました。ミニバンを下ろす作業の時間がもったいないので、先に輸送機から降りちゃって下さい」

 私はシートベルトを外し、ミニバンの外にでた。

 機体横の扉から輸送機を降りると、まるで巨大な軍事基地のような風景が目に入ってきた。

「こりゃ凄いね。自衛に気合い入れすぎだよ」

 私は苦笑した。

「師匠、この周囲二十キロはなにもない草原と海です。必要な物があれば、基本的に購買を利用するしかありません。いわば陸の孤島ですが、魔法事故に備えての事なので不便は我慢しましょう」

「へぇ、二十キロってどんな魔法事故なんだか。それで、あの巨大な校舎がカリーナか」

 軍事基地のような光景の向こうには、巨大な校舎が建っていた。

「ちなみに、校庭は五キロ四方あります。草むしりを手伝うと、お小遣いが貰えるようですよ」

 イートンメスが笑った。

「五キロ四方ってどんな校庭よ。なんでも規格外にデカいねぇ」

 私は笑った。

「師匠、ここからバスで移動のようです。歩くと遠いので」

「さらにバスなんだ。どこまでもデカすぎるよ」

 私は笑った。


 みんなでバスに乗って巨大な校舎に向かい、降りた先には品のいいスーツ姿のオジサンが立っていた。

「みなさん、カリーナにようこそ。私は校長です。まあ、先生とお呼び下さい。全員が付属の魔法研究所に所属する事が決定しています。ここは、国王なんてクソ食らえという学校なので、安心して研究に勤しんで下さいね。なお、当校は男女別の全寮制となっています。必要な事を書いたプリントを、寮の部屋に配布してありますので読んで下さいね。あと、学校の決まりですが研究所の方も学生という身分になりますので、今から学生証を配ります。制服も制定されていますので、全員着用義務があります。堅苦しいですが、我慢してくださいね」

 先生は手に持っていた学生証を配布しはじめた。

「なるほど、これが学生証か。面白いな。しかし、我々が同道するとどうして分かったのだ」

 ミネルバが不思議そうな声を上げた。

「はい、実は皆さんが輸送機に乗った時点で、スズキとササキが研究者として相応しいか査定していたのです。みなさん合格ですので、安心して下さい」

 先生は柔和な笑みを浮かべ、頷いた。

「さて、まずは寮に移動して下さい。その前に一つ。当校では自衛のために、武装が義務づけられています。各部屋のベッド上においてありますので、必ず携行して下さい。ご注意下さい。ショート・ソードと拳銃です。人を殺せる道具という事を心得ておいて下さい。間違えたら、だまらっしゃいではすみませんよ」

 先生が眼鏡の位置を直し、笑みを浮かべた。

「当校の周囲は手付かずの状態なので、盗賊などの輩や魔物の類いも多く現れます。教職員も頑張っていますが、万一の事もありうるので、十分に注意して下さいね。では、お疲れ様でした。寮の部屋割りを配りますので、自室にいってください」

 先生が配ったプリントには、巨大な寮の部屋が無数に書かれ、自分の部屋を探すのに苦労した。

「あっ、イートンメスと別の部屋だ。ルリだって、どんな子だろう」

「私は……あっ、飛び込み組のマチルダさんですね」

 イートンメスが笑った。

「それじゃ、途中までいこうか。イートンメスとバラバラなんて初めてだね」

「はい。まあ、寮ですからね。研究チームは変わりません」

 イートンメスが笑った。

「よし、いこうか!!」

 私はイートンメスを伴って、巨大な寮に向かった。


 当てになるようなならないような寮の案内図を参照しながらイートンメスと分かれ、広い廊下を歩いていると、先に研究所を辞め、カリーナに飛び込んだキャリーとあきポンに出会った。

「ハーイ、今頃お着き?」

「久々であります!!」

 制服姿の二人が、一斉に声を掛けてきた。

「あのねぇ、キャリーが放り出した研究の後始末にどれだけ時間が掛かったと思うの。少しは感謝しろ!!」

 私は苦笑した。

「感謝はしてるよ。でも、先抜け勝ち!!」

 キャリーが笑った。

「あのね……まあ、いいや。部屋が分からん!!」

「どこでありますか?」

 あきポンが案内図をみた。

「ああ、ここは一種の隔離エリアであります。特に行動制限はないのですが、ちょっと特殊なといっては失礼でありますが、ちょっと変わった生い立ちの方以外は使われていない棟であります。かなり距離がありますので、気合いで頑張って下さい。私たちは、これから分子加速器で遊んできます!!」

 あきポンが笑い、二人は去っていった。

「なんだよ、案内してくれてもいいのに……あっ、あの人にきこう」

 廊下を凄まじい早さでモップがけしている男の人に、私は近づいた。

「なんだ、迷子か?」

 ジャージ姿の男の人が、サングラスを外して笑みを浮かべた。

「はい、ここがどこだか分からなくて……」

 私は案内図を男の人に見せた。

「うむ。ここを真っ直ぐだ。そんなに距離はない。安心しろ」

「ありがとうございます」

 私はお礼をいって、廊下をひたすら進んだ。

「あった、ずいぶん遠い部屋だこと」

 私は部屋番号が書かれている扉をノックした。

「失礼します。新人です」

 私はそっと扉を開け、部屋の中に入った。

「……あっ、同室ですか。珍しいですね」

 先にいた子がベッドに座り、か細い声でいって細い笑みを浮かべた。

「先に名乗るのが礼儀だね。私はスコーンっていうんだけど、名前を聞いていい?」

「はい、ルリでいいです」

 ルリは小さく笑みを浮かべた。

「私はこっちでいいのかな。よっと」

 ルリが座っているベッドの向かいにある空きベッドには、プリントが数枚とショート・ソードと拳銃がおいてあった。

「その剣は学校標準のミスリル製です。銃は92Fとだけ覚えてください」

 ルリが小さく笑った。

「へぇ、かなり値が張るね。気合い入りすぎだよ」

 私は笑った。

「あのさ、拳銃はある程度使ってるからなんとかなるんだけど、剣は初めてだから付け方が分からないんだよね。プリントのどっかに書いてあるかな……」

「あっ、私でよければお手伝いしますよ。そんなに難しくはありません」

 ルリがベッドから立ち上がって私のベッドに置いてあった剣をとり、私の腰につけてくれた。

「ついでに拳銃もやっておきますね。十七発入るので重いですが大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ。ありがとう」

 私は笑みを浮かべた。

「あっ、そういえば制服に着替えないと怒られてしまいます。段取りが悪いですが、一度外しますね」

 ルリが私の剣と拳銃を外した。

「制服か。なんか、懐かしいな」

 私は布団の上に折りたたまれていた制服に着替えた。

「なにせ、着の身着のままできちゃったからね。やっと着替えられたよ」

「そうなんですね。お疲れ様でした」

 ルリが笑みを浮かべた。

「また、つけましょうか?」

「うん、お願い!!」

 ルリは私の腰に剣と拳銃をつけてくれた。

「この剣は壊れたら購買で無料交換してくれます。拳銃もいっしょです。どうですか?」

「うん、ちょうどいいよ。ありがとう」

 私は笑った。

「あの、煙草を吸う方ですか?」

 ルリが興味深そうに聞いた。

「うん、一応十九才だから法的にも問題ないし、それなりに吸うよ。助手のイートンメスがバカスカ吸うから、慣れちゃった!!」

 私は笑った。

「私も吸うんです。よかったら一服どうですか。お疲れでしょう。寮内は喫煙可能なので」

「なに、吸っていいんだ。いや、疲れちゃってね」

 私は制服の胸ポケットから煙草を一本取りだし、魔法で火をつけた。

「では、私も失礼します。数年間ずっと一人なので、やっと話し相手が出来たと嬉しいのです」

 ルリは笑みを浮かべ、煙草を口にすると魔法で火をつけた。

「私も魔法使いの端くれだから分かるけど、聞いていいか分からないんだけど、ルリってホムンクルスでしょ。それも、かなり手を掛けて作られた」

 私は紫煙を深く吸い込んだ。

「分かりますか。もっと酷いですよ。亡くなったばかりの女の子の肉体に、強制的に魂を封じたのです。これ、なんですかね?」

 ルリが小さく笑みを浮かべた。

「……死霊術か。気に入らないなんてもんじゃないね。しかも、亡くなったばかりの女の子って。反吐が出そうだよ。大丈夫、私は人間だと思ってるから」

 私は静かに煙草を吹かし、小さく息を吐いた。

「そういってもらえると助かります。お友達になれそうです」

 ルリは笑みを浮かべた。

「なれそうじゃなくてなろうよ。同室の子がいい子でよかったよ。こう見えてビビりでさ」

 私は笑みを浮かべた。

「年齢はあえて聞かないよ。さて、少し仲良くなったところで、どっかいい場所ないかな。学食って開いてるの。ずっとロクに食べてないからお腹すいちゃったよ!!」

 私は灰皿で煙草の火をもみ消した。

「はい、研究者が好き勝手な時間に食べるので、学食は休みなくいつでも食べられますよ。 ルリが笑みを浮かべた。

「そっか、ならいこうよ。どんなメニューか知りたいし」

「はい、それならずっと使う機会がなかった、スペシャルショートケーキのチケットを使いましょう。特別な仕事をした時のご褒美なのです。この学校は周囲になにもないので、教師からお手伝いという名目でバイトするしかないのです。それでももらえないのがこのチケットなのです。やっと使う相手が出来ました。嬉しいです」

 ルリは小さく笑った。

「なにそれ?」

「はい、裏で六万クローネで取引されるほどのプラチナチケットです。甘い物は貴重なので」

 私は笑った。

「なんじゃそりゃ、六万クローネのショートケーキって!!」

 ルリが笑った。

「この学校には多いですよ。先生の目を盗んで、色々やってるバカが!!」

 私は笑い、そっと立ち上がった。

「じゃあ、そのプラチナ奢ってもらおうかな。紅茶は奢る!!」

 私は笑った。

「じゃあ、特別高いどっか原産の最高級茶葉のアレで!!」

 ルリが笑った。

「分かった、金欠だけど奢る。いこう!!」

 私はルリと手を繋ぎ、部屋から出た。


 学食は異様に広い空間だった。

 間接照明が取り入れられ、落ち着いた雰囲気の中、私とルリはテーブルを挟んで紅茶とスペシャルな野郎を食べていた。

「うん、これのどこが六万クローネもするのか分かりませんね」

 ルリが難しい顔をした。

「そうだね……まず、邪魔っけな上のイチゴを食べよう」

 私は真剣にフォークを上のイチゴに刺した。

「うん、大きさはこんなものか……」

 私はポケットからノギスを取り出し、自分のイチゴのサイズを計測した。

「うん……こんなもんか。ルリ、剥離して」

「はい」

 ルリが一番上のイチゴをフォークで刺して取り外し、私はノギスで計測した。

「うん……標準偏差に収まるね。ここは問題ない。食べよう」

「はい」

 私とルリはイチゴを食べた。

「うん、上手い。申し分のないイチゴだ」

「はい、間違いありません」

 私は頷き、一番上のクリームを少しフォークで掬った。

「……なるほど、アレだな」

「……はい、そうだと思います」

 私は小さく息を吐いた。

「思いますではない。断言しろ。以後気をつけろ。分からない事は分からないといえ」

「はい、分かりました」

 私は頷いた。

「では、上部スポンジの剥離に入る。ナイフ」

「はい」

 ルリが渡してくれたナイフで、私は一段目を剥離した。

「うん、今度はそっちもやれ。一段目だけだぞ」

「はい、分かっています」

 私はナイフをルリに手渡した。

 ルリがナイフで一段目を剥離すると、間にイチゴ挟まっていた。

「うん、予想通りだな。これがキュウリだったら困る。さて、このイチゴの間に掛かっている粘着質の物体はなんだ。どれ……」

 私は挟まってるイチゴを一つ食べ、剥離した一段目を食べた。

「……なるほど、練乳か。いや、それだと甘ったるくてかなわん。ルリ、どう思う?」

「分かりません。練乳ではないでしょう……いえ、練乳ですが何かが混ざっています」

 私は笑みを浮かべた。

「それでいい。確かに何か混ざっているが、練乳は練乳だ。それと一段目のスポンジも申し分ないスポンジだ。非の打ち所がない」

「はい、完璧なスポンジです」

 私は咳払いしいした。

「簡単に完璧というな。助手の基本だぞ」

「はい、申し訳ありません」

 私はメモ帳を取り出し、ケーキの大きさを記録した。

「うん、普通だな。特に問題はない。結論をいおう。これ、イチゴが美味いだけの普通のショートケーキだ。問題ないか?」

「いえ、普通の定義が分かりません」

 私は笑った。

「よくいった、最大公約数で考えて普通という定義だ。要するに、イチゴだけ美味い六万クローネのぼったくりケーキということ。異論は?」

「異論はありません。普通に食べましょう」

 ルリは小さく笑みを浮かべた。

「この紅茶の方が美味しいよ。なんだこれ!!」

「そうだね。これどこが原産なんだろう。アールグレイなのは確かで779とか。分かりませんね。しかも、ティーパックだよ。やたら高いし、これもぼったくりじゃないの」

 ルリが大笑いした。

「あっ、笑った拍子に紅茶零しちゃった……」

 ルリが零して濡れた床を、ジャージサングラスのオジサンが凄まじい早さでワックスまで掛けていった。

「……ただ者じゃないね。きっと、元プロだよ。床拭きの」

 私は苦笑した。

「そんなプロいるんですか。でも、もったいなかったな。出がらしで増やそう」

 ルリがポットの前に行くと、どっかから指をくわえたイートンメスが現れた。

「ぬわっ!?」

「師匠、なに第一助手をほったらかしで研究してるんですか。このやろう!!」

 イートンメスが私にゲンコツを落とし、どこかに去っていった。

「あれ、あんまり怒ってないな。まさか、ケーキをバラすとは思わなかったよ。ひさびさに燃えたな!!」

「あっ、順番が逆になってしまいました。デザートを先に食べてしまいましたが、まだただ券があるのです。盛りそばと鉄板焼きナポリタンどちらにします。ちなみに、鉄板焼きナポリタンなら、今だけサラダとスープがつきます。大人気なんですよ」

 ルリが笑った。

「なに、そんなのもあるの。盛りそばって気分にはならないし、鉄板焼きナポリタンで。お腹空いちゃって!!」

 私が笑うと、ルリがカウンターに走っていった。

「なんか、秘密が多そうな食堂だね」

 私は無線機を取った。

「ビクトリアス、食堂の秘密を暴いて。暇ならあきポンも誘ってさ。なに、この任務にあきポンは使えないだって。そういわずに!!」

 私は笑った。

 しばらくして、ビクトリアスが素早く私に封筒を置いて去っていった。

 封筒を開けると、中には小さなUSBメモリが入っていた。

 私は笑みを浮かべ、鞄からノートパソコンを取り出して電源をいれた。

「あれ、パスワードなんだっけ。GORUZOUだったかな」

 私はパスワードを入力して、画面を開きUSBメモリを端子に挿した。

「……これは、研究のし甲斐がある。こっそりウバの799があるぞ。誰が飲むんだ、こんなクソ高いの。あとは盛りそば……失格」

 私は小さく笑みを浮かべ、ルリが帰ってくるのを待った。

「お待たせしました。スープは品切れのようでしたが、サラダはありました」

 ルリが鉄板二枚を片手で運び、サラダが入ったボウルを二つ掴んでテーブルに置いた。「これで十分だよ。待った、このナポリタンも……」

「いい加減やめなさい!!」

 イートンメスが、私に平手をぶちかまして去っていった。

「怒られちゃった……」

 私は小さくため息をついた。

「そりゃ怒りますよ。なんですか剥離って、面白くて乗ってしまいましたが。またやりましょう!!」

 ルリがあめ玉を私の口に放り込んだ。

「……うん、美味しい。直った」

「ならばいいです。あめ玉を吐き出して、口をゆすいでから食べましょう」

 ルリが笑みを浮かべた。


 学食で食事をした後、私たちは暇だったので校庭に出た。

「やたら広い校庭だねぇ。あれ、なんかデカいやつが止まってるよ」

 私は校庭に場違いな感じで、大型トラックが止まっていた。

「はい、私は寮の部屋から出ていないので、何かは分かりませんが、車ですよね」

 ルリが不思議そうに聞いた。

「うん、トラックっていう荷物を運ぶ道具っていうよ。近づいてみようか」

 私とルリは校庭のトラックに近づいていった。

 見た感じ普通の大型トラックで、ナンバープレートの脇に猫マークが描かれていた。

「あっ、これ天下無用の国王が認めた通行手形つきじゃん。どこでも走り放題だよ!!」

 私は笑った。

「私はこんな大きいのは怖いです。でも、面白そうですね。乗ってみますか?」

「鍵がないから無理だよ。一応、面白いからって免許は取ったけど、これ大きいからインメルマンターンツーシザーズとか出来るかな」

 私は頭でイメージしながら、正面に張られた『二十トン超』を見つめた」

「……ロケットエンジンを十二発積めば出来るかも知れない。でも、翼がなんだよな。つけたらどうなるかな。強度計算からはじめないとダメだな」

 私は無線を取り出し、イートンメスを呼んだ」

「今校庭だけど、可及的速やかにきて。ETAスリーミニッツ!!」

 校舎のあちこちで爆発が起こり、イートンメスとビクトリアスがすっ飛んできた。

「敵は?」

 イートンメスが殺気立ちながらいった。

「……姉さん、逃げたみたいです」

 ビクトリアスが小さく息を吐いた。

「師匠、無事でしたか?」

「うん、無事じゃない。このトラックでインメルマンターンツーシザーズをやりたいんだけど。出来るかな?」

「師匠、出来るわけないでしょ!!」

 イートンメスのゲンコツがわたしの頭にめり込んだ。

「……痛い」

「痛いのは師匠です。どうしたら、これであんな高等テクニックが出来るんですか!!」

 イートンメスがさらにもう一発ゲンコツを落とした。

「……イメージはこうなんだよな」

 私は呪文を唱え、空に舞い上がった。

「ちょっと、師匠。私飛ぶ魔法を使う資格がないので。どこいくんですか!?」

 私はイートンメスの声を無視して空を漂った。

「やれやれ……」

 ビクトリアスが煙草を吹かすのが見えたが、私はそんなことはどうでもよかった。

「あっ、そうだ。キキに空飛ぶ魔法の練習しなきゃな。本当は専門課程があるんだけど、研究者になっちゃったから、受講出来ないんだよね」

 私は空を漂いながら、一気に加速に移った。

「……ブースト作動、マッハ3.5。まだいける」

 衝撃波で校庭の砂を巻き上げ突き進み、気合いでインメルマンターンからのバレルロール、さらにシザーエッジを加えてコブラで締めた。

「……納得いかないなぁ」

 私はさらに高高度に上がり、高度八千メートルで捻り込みをやったつもりでぶちかまし、一気に低高度まで詰めて上昇に転じた。

「オメガ・ブラスト!!」

 私は魔法の反作用を利用して急上昇を掛け、高度九千メートルで空を漂った。

「全然納得いかないな。トラックでこれが出来ないかな」

 上空でぼんやりしていると、用務員のジャージオジサンがもの凄い勢いで迫ってきた。

「……オメガ・ブラスト」

 オジサンがいきなり攻撃魔法を放ったので、私は思わず急加速して避けた。

「……やるな」

 私は真後ろについたオジサンを振り払うべく、上方へ大きくループした。

 それでもついてきたので、ループの軌道を一気に小回りに変え、目の前に迫ったオジサンに偽装オメガ・ブラストを放った。

 オジサンが右に避けたので、私は左から一気に回り込んで体当たりを噛まし、マッハ4以上は出るフルパワーで反転して逃げた。

 オジサンはそれで満足したようで、しーらねという感じでどこかに行ってしまった。

「……まだ学校の柵オンザレール。セーフだったね」

 私は去っていくジャージオジサンにサムアップした

 その後は一気に急減速を掛け、私は高度一万一千五百メートルで空を漂った。

「……もっと、自由に空を飛びたいな」

 私は小さくため息をついた。


 地上に降りると、イートンメスとビクトリアスがトラックの扉を開けようとして必死になっていた。

「なにやってるの?」

「はい、師匠。どうしてもこのトラックの扉が開かないのです。いっそ、C-4でぶっ飛ばそうかと思ったのですが、それだと意味がないので」

「そんなに固いの。貸してよ」

 私はドアノブに手をかけ、難なく扉を開いた。

「あれ、開くじゃん」

 私は難なく扉を開き、運転席に乗った。

 特に変わった事はなかったが、ダッシュパネルに謎の赤い光りを放つ半球が光っていた。

「変なトラック……エンジン掛けてみようって、キーがないよ」

 私がいうと、勝手にトラックのエンジンが掛かった。

「……変なの。研究する」

 私は取りあえずクラクションを鳴らしてみた。

「正常だね。なんか無線機積んであるけど、CB無線って手書きで書いてあるね。電源入れてみよう」

 私が無線機のスイッチを入れると、赤い光りが激しくなった。

『これ触るんじゃねぇ。迷惑だろうが!!』

 いきなり変な声が聞こえ、私は笑みを浮かべた。

「……喋った。ますます研究しよう。イートンメス、あのノート!!」

 私は外でほけっとしていたイートンメスに声を掛けた。

「あのノートって、なにするんですか?」

 イートンメスがピンクの表紙のノートを差し出した。

「……この光りがポイントだな。試しにやってみよう」

 私は研究ノートを開き、赤い光りに押しつけた。

『イエス、ぶっ飛べフットボールシュート!!』

 トラックの正面から赤い光球が撃ち出され、遙か彼方に飛んでいった。

「今の初速は?」

『毎秒2億マイル半里です』

 私は笑った。

「単位が分からん。なんだこれ、もっとやろう」

 私はさらにページを捲り、開いたページを押しつけた。

「これどう?」

『シンタックスエラー。直せバカ』

 私はノートを引っ込めた。

「やっぱりな。どうも引っかかると思っていたんだよ」

 私はノートをみて頭を掻いた。

「あの、師匠。なにやってるんですか」

 イートンメスが不思議そうに声を掛けてきた。

「うん、このトラック魔法撃てるよ。例えば、ここにドラグ・スレイブのルーン文字を書いて。ほい!!」

 私はノートのページを押しつけた。

『イエス。オメガ・ブラスト!!』

「あれ、違うのがでた。まあ、面白いオモチャみたいだよ!!」

 私は笑った。

「師匠、なにやってるんですか。私は困惑しています。

 イートンメスが困ったような声でいった。

「失礼します。面白いですね」

 ルリが助手席に滑り込んできた。

「うん、面白い。なんかないかな」

 といっても、クラクション以外押すボタンがないので、私は連続して押しまくった。

『へい、ホーンと金玉は遊び道具じゃねぇよ!!』

 トラックの声が聞こえ、ゆっくり走りだした。

「うわ、動いた」

『そりゃ動くように出来ていますからね。私のシステムは、スコーンが運転席に座った時にアクティブになるように設定されています。つまり、スコーンが運転手じゃないとダメということです。これは、先生が設定した事ですが、変更は出来ません。それと、私の事はキットとお呼びください』

 キットは涼しい声でいって、広大な校庭を走りはじめた。

「それって、このトラックは私の物ってこと?」

『はい、事実上そうなります。これも、あえて依頼といいますが、今後のためだと思って下さい…荷運びの依頼はかなり多いですからね。私でないと出来ないミッションもあるでしょう』

 トラックが外周を走っていくと、上空を飛行機が飛んでいった。

「あれ、飛行機が低空飛行していったね……」

「これは私から。この学校には定期便が何本かあるのです。想像はしていましたが、大きなものですね」

 ルリが笑った。

「そっか、飛行機みたことないのか。まあ、私もそれほどみた回数はないけど、なんか落ち着かないんだよね。自分で飛んじゃった方が楽なんだけど、せいぜい十分が限界だからね。遠距離移動は出来ないよ」

 私は苦笑した。

「私はここに来る時に乗っただけです。大きくて素敵でした。飛行機って、みんなあんな感じなんですか?」

「違うよ。あれは軍用の輸送機だからね。ちゃんと座席があって、快適に移動出来るのが普通だよ!!」

 トラックは校庭をぐるっと回り、元いた場所に駐車した。

「よし、おりようか」

 私が運転席から降りると、トラックのエンジンが止まった。

「うん。なんかね。私が乗らないとエンジンが掛からないみたい」

 私は笑った。

「はい、当然です。誰でも動かせたら困ります。このトラックは天下御免のどこでもいける車です。私はスコーン氏を選びました。つまり、それだけ責任あるお手伝いをして頂く事を想定しての事で申し訳ありませんでしたね」

 いつの間にか先生がきて、小さく笑みを浮かべながらいった。

「そうなんだ。私専用ね」

 私は降りたばかりのトラックを見上げた。

「このトラックは二人乗りです。皆さんが乗れるわけではありませんが、助手席は誰でも構いません。護衛を兼ねて、ミニバン隊もついていくでしょう。黙っていないでしょうからね。まあ、くれぐれも無許可外出はしないように。学校中大騒ぎで探す事になるので」

 先生が笑った。

「なんで私か分からないけど、そういう事ならいいよ。そういう仕事もあるんだね」

「左様で。お駄賃は五百クローネかもしれませんがね。購買で売っているものは大体が一クローネです。勉強に必要な学用品は無料ですし、特に困る事はないと思います」

 先生が頷いた。

「い、一クローネってタダ同然だよ。どんな購買なんだろ」

 私は笑った。


 寮の部屋に戻った頃には、窓の外は真っ暗になっていた。

 部屋のベッドに座り、研究資料を纏めていると、ルリが声を掛けてきた。

「あの、購買にいってみませんか。どんな場所か知らないので」

「うん、いいよ。研究室の準備がまだみたいだから、当分暇だし冒険しないとね」

 私は笑った。

「では、行きましょう」

 ルリが笑みを浮かべ、私はベッドから立ち上がった。


 ひたすら大きな校舎を歩き、一階全部を占領している巨大な購買にいくと、私は唖然とした。

「これ、下手なマーケットより揃ってるじゃん。しかも、美容室とかなんとか……これも、陸の孤島だからからだね」

「はい、話には聞いていましたが、ここまでとは……」

 ルリも唖然とした。

「全部一クローネなら、今の手持ちで結構変えるよ。なんか食べる?」

「いえ、いいですよ」

 ルリが笑った。

「それじゃ、ポテチでも買うかな。チョコレートでいい?」

 私がいうと、ルリが笑った。

「分かった。それじゃポテチって、どこに売ってるのかな……」

 私はルリを伴って、購買を歩いた。

「あっ、師匠。ここにいましたか」

 イートンメスが、マチルダと一緒に購買を歩いていた。

「うん、なにか買い物?」

 私は笑った。

「師匠も買い物ですか?」

「うん、お菓子探しているんだけど、どこだか分かる?」

「はい、さっき通り過ぎました。こちらです」

 私たちはお菓子売り場に移動した。

「うわ、ポテチの海苔塩味だけでもこんなにある!!」

 私は目を輝かせた。

「はい、師匠の好物ですからね。でも、私のチョコレートが見当たらないんです。どこですかね」

 イートンメスがいうと、マチルダがカゴ一杯のチョコレートを見せた。

「見かけたもので、買い占めました。これでよろしいですか?」

 マチルダが笑みを浮かべた。

「そ、そんなに買っていいのかな。まあ、せっかくだから買っておくか。ありがとう。師匠、あとでまた」

 イートンメスとマチルダが、笑みを浮かべて立ち去っていった。

「まあ、イートンメスの好物だからね。さて、こっちは海苔塩!!」

 私は笑ってポテチの算段に入った。

「これだけあると悩むね……」

 私はこれはと思うものをピックアップして、カゴに放り込んだ。

「ルリ、なんかある?」

「私はなんでもいいです。アイスを食べたいかな」

 ルリが笑った。

「じゃあこっちだね。ついでに炭酸水も買っておこう。全部一クローネだもんね。堪らないよ!!」

 私たちはレジ向かった。

 途中にあった洋服売り場で、キキに出会った。

「あれ、どうしたの?」

「はい、ビクトリアスさんが私服を買いたいと。私もついでに選んでいます」

 キキが笑みを浮かべた。

「そっか、服も売ってるのか。まあ、私は今のところ制服があるからいいや。いこうか」

「待ってください。聞いた話によると、ここでの支払いは先生がサインした小切手じゃないと使えないらしいです。初回だけ現金が使えるそうですが、今のうちにもっと買っておいた方がいいですよ」

 ルリが笑みを浮かべた。

「そうなの、変な学校。じゃあ、服も買っておくか!!」

 私は笑った。


 必要なものを買い揃え、私たちはレジに向かった。

「お願いします」

 私はレジのカウンターにカゴを置いた。

「はい、ここではみない方ですね。校則で学内に金銭の持ち込みは禁止されています。最初の一回だけ、外部から持ち込んだお金を使用出来ることになっています。学校が発行する小切手だけ使用出来ますので、ご注意下さい。右手の甲を差し出してください」

 私とルリは、いわれた通り右手を差し出した。

 レジのお姉さんが機械を私たちの右手の甲に機械を押し当て、ピリッとした刺激が走った。

「今回のお買い物はこれで大丈夫ですか。お金は外部に出た時にお使い下さい」

 お姉さんはレジを叩き、小さく笑みを浮かべた。

「カリーナにようこそ。これは、歓迎の印で無料で差し上げます。これから、よろしくお願いします」

 お姉さんが小さく笑みを浮かべた。

「な、なんか凄いところだね。ありがとう!!」

 私は笑った。

「スコーン、小切手ってこれだよ。ケチなんだか大盤振る舞いなんだか分からないよ」

 ルリが笑みを浮かべ、小さな紙束を出した。

「これが小切手ね。大事に使わないとね!!」

 私は笑った。


 購買で買う物を買って部屋に戻る頃には、窓の外は夜闇に包まれていた。

「せっかく買ってきたのに、もう夜だね」

「はい、ここの学食は変わっていて、二十時から二十二時までパブタイムとなっているんです。要するに、お酒が飲めるのですが、私一人では飲みたくなくて。学食はお酒も無料ですし、一緒に行きませんか?」

 ルリが笑みを浮かべた。

「そんな変わった学食なんだね。うん、いこうか」

 私は買い物袋をベッドに置いて、ルリと一緒に部屋を出た。


 学食にいくと、みんなが楽しげにお酒を飲んで煙草を吸っていた。

「へぇ、本当にお酒出してるんだ……」

「はい、こういってはなんですが、安酒しか出していないそうです。まあ、楽しめればいいという感じですか」

 ルリが笑みを浮かべた。

「まあ、私はバーボンが飲めればいいんだけど……」

 私はカウンターに移動して、オバチャンにバーボンを注文した。

「私もバーボンでいいです。こっそり……いえ、なんでもありません。アレを二杯」

 ルリが笑った。

 オバチャンからグラスを二つ受け取ってテーブルに移動すると、酒瓶を手にした先生がやってきた。

「おや、楽しんでいますか。私もお酒を少々嗜んでいましてね。これは、チェイサーの水です」

 先生が酒瓶をラッパ飲みしながら、去っていった。

「師匠、ここタダ酒ですよ!!」

 グラスをガバガバ空けながら、イートンメスが上機嫌でやってきて、私のとなりに座った。

「イートンメスは、飲まないと脳が活性化しないからね。マチルダは?」

「はい、今お酒を取りにいっています。モスコミュールで乾杯ってね!!」

 イートンメスが笑った。

「なんだ、仲いいじゃん。イートンメスも顔見知りだから心配していたよ。しっかし、タダ酒のくせに丸氷だよ。どんだけ手間を掛けるんだか」

 私は笑った。

 隣のテーブルでは、よく見かけるジャージオジサンが琥珀色のお酒が入ったグラスを傾け、のんびり煙草を楽しんでいた。

「へぇ、用務員のオジサンもくるんだね。面白い!!」

 私は笑った。

 学食の中はそこそこ混んでいて、みんな静かにお酒を楽しんでいた。

「うん、誰も騒いだりしないね。これはいいや」

 私はバーボンのグラスを傾け、小さく笑みを浮かべた。

「はい、騒ぐと出禁なので。わざわざ照明を落として、落ち着いて楽しめるようにしているんです」

 ルリは煙草を取り出し、一本火を付けた。

「この時間だけ喫煙可能なんです。お酒には付きものですよね。部屋で一人飲みは悲しくなります」

「そりゃそうだね。なに、お酒飲んでいいの?」

「はい、パブタイムの時間帯だけ飲酒可能なんです。守らないと、先生にバチコーン食らいますからね」

 ルリが笑った時、マチルダがグラスを持ってやってきた。

「皆さんお揃いですね。では、一緒に飲みましょう」

 マチルダが笑みを浮かべ、私たちはお酒を楽しんだ。


 パブタイムが終わり、私とルリは寮の部屋に帰った。

「ところで……ルリを生んだ馬鹿野郎は誰?」

 私は椅子に座る、紫煙を吐きながらポケットの無線機を取った。

「ダメです。それだけは!!」

 ルリが私に抱きついた。

「……そうだね。いかん」

 私は無線機を制服のポケットにしまった。

「気分転換にお風呂でも行きましょう。ダメですよ!!」

 ルリが私から離れた。

「お酒飲んじゃったし、朝でいいよ。パンフレットに二十四時間入れる温泉があるって書いてあるしね」

 私は苦笑して、煙草を深く吸い込んだ。

「あの、シガーはどうですか。とっておきなんですが」

 ルリが私に赤い筒状の細長いケースを一本渡してきた。

「シガーね。コヒーバ・○ンロセスか。取っておきに違いないないね」

 私はポケットからシガー・カッターを取り出した。

「あれ、やっぱり嗜むんですね。では、出会いを祝して」

「はい、よろしくお願いします」

 ルリが笑みを浮かべた。

 これが、新天地の一日目だった。

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