第八十一話 へへーっ

 

 

 

「それで、何食べるの?」


 玲華がどこかワクワクした顔で大樹と一緒に納戸を覗き込んだ。


「そうですね……」


 豊富なインスタント食品の中で、これは暫く食べていなかったなと一つの袋ラーメンへ手を伸ばした。


「え、ラーメン……? 」


 意外そうな玲華に、大樹は頷いた。


「ええ。前に食べたの随分前ですし、目にしたら食べたくなったので」


 そう言って手に取ったのは、インスタントラーメンの中でも日本国民であれば知らぬ者などいないと思われる世界初のインスタントラーメン。


「チッキンラーメン……大樹くんも食べるんだ……」


 ポツリと呟かれたそんな言葉に大樹は苦笑する。


「そりゃ食べますよ。昼食としても手軽で量も多いですしね」

「ふーん……」


 どこか拍子抜けといったような玲華に、大樹は内心で首を傾げた。


「どうしたんです?」

「え? ああ、ごめん。大樹くんのことだから何かインスタント食品ですごいアレンジするのかなって期待してたんだけど……」


 これじゃそういうのも無理じゃない? と副音声が聴こえてきそうな声に、大樹は片頬を吊り上げる。


「いやいや、玲華さん……チッキンラーメンの力を甘く見てはいけませんよ」

「ええ? 美味しいのは美味しいけど、これだったら卵入れるぐらいじゃないの?」


 その言葉に大樹はふーやれやれと肩を竦めた。


「チッキンラーメンに入れると美味いのが卵だけなどと……いつからそんな勘違いを?」


 そんなあからさまに馬鹿にした態度に玲華がムッとする。


「そう言うんなら卵以外に入れて美味しく出来るんでしょうね……?」

「当たり前でしょうに」


 更にやれやれと首を振る大樹に、玲華は目を細めた。


「そこまで言うのなら、やって見せてもらおうじゃない!」

「いいでしょう。美味いと言わせてみせましょう」

「ネ、ネギを追加するだけとか無しだからね!!」

「もちろんですとも」


 余裕綽々に笑って煽る大樹に、玲華は唸ったのだった。




 まずはラーメンに必要な量の水を片手鍋に入れて火にかける。

 湯が沸いたら、溶いた卵を投入する。


「え、そこで卵入れるの!? チッキンラーメンのあのポケットに卵入れるんじゃないの!?」

「卵を入れる場所がそこだけと思ってはいけませんね」

「ふ、ふーん……」


 興味深そうにチラチラと見てくる玲華を横目に大樹は調理を続行する。

 熱によりゆらゆらと細く長く卵が固まり纏まっていく。

 そこで水に溶いた片栗粉を入れる。


「……何入れたの?」

「片栗粉です」

「ふ、ふーん……」


 恐らくは片栗粉が何かは知っていても、どういう効果をもたらすかはわかっていないのだろう。


(……玲華さんが買った片栗粉だというのに……)


 大樹が嘆息すると、全てを察したように玲華が反応した。


「な、何よ……」

「イエ、ベツニ……」

「む、むう……」


 玲華(ポンコツ)はほうっておいて、鍋の中身を混ぜる。

 僅かにとろみがついたのを確認した大樹は、火を止める。

 次にこの卵と片栗粉を溶いたお湯を、チッキンラーメンが裸で待機している丼ぶりにかける。


「なーんだ、やっぱり卵だけじゃない!!」


 鬼の首を取ったかのように玲華がふんぞり返る。

 そんな玲華を見た大樹は思いっきりため息を吐いて、やれやれと首を横に振る。


「まったく……これで終わりと思ってるんですか?」

「な、何よ……ここからネギ入れたとしても、それだけでしょ!?」

「はあ……誰がここからネギを入れるだけと言いました……?」

「え? 違うの……?」

「違いますとも。これはここから仕上げるんです」


 そう言って大樹は冷蔵庫を開けて中からあるものを取り出した。


「え!? ポン酢――!?」


 大樹の手に持つものを見て玲華は目を丸くしている。


「――だけじゃ、ありませんよ」


 言いながら更に取り出すは――


「食べるラー油――!?」


 更に驚く玲華に、大樹は不敵に笑う。


「まあ、後は仕上げをご覧じろ、ってね」


 大樹はテーブルに丼ぶりを置くと、箸を持って座る。

 向かいでソワソワとしている玲華の前で、大樹はまず食べるラー油を手に取り、スプーンで中身を掬って丼ぶりへ投入する。

 ラー油の赤色がスープに混ざっていく。


「うわあ……」


 そんなのしちゃっていいの? と言いたげな声を出す玲華。

 構わず大樹は続けてポン酢をクルリと一回りかける。


「えええ……」


 ちょっと引いている玲華の前で、大樹は丼ぶりの中身をかき混ぜる。

 麺が解れ、スープとラー油とポン酢が混ざっていく。

 食べるラー油に入っているにんにくチップと緩く纏まった卵がスープを彷徨う。

 そして最後にネギもかける。


「や、やっぱりネギも入れるんじゃない」

「入れた方が美味いんですから入れるに決まってるじゃないですか――よし、完成」


 元々のチッキンラーメンのスープの匂いにほんのりポン酢の爽やかさが香り、更には辛さを想起させるラー油の香りも。

 この味を知ってる大樹からしたらもう我慢の限界だった。


「いただきます」


 手を合わせて、箸で麺を持ち上げ、ふーっと息を吹きかけて一気に頬張る。


 ――ズズズズッ


 麺を啜り、軽く咀嚼してから丼ぶりを持ち上げてスープも啜る。


 ――ズズッ


 そして口の中でスープと麺を一緒に咀嚼する。

 チッキンラーメンの元々の鶏がらのスープにポン酢からくる柑橘系のサッパリさが混じり、更にはラー油の辛さも来て、どんどんと食欲が沸いてくる。


 ――ズズズズッ


 今度は麺にからまったにんにくチップだ。

 インスタントラーメンだけではない具を大きく感じさせる。

 卵の存在も嬉しい。ネギもだ。


 ――ズズッ


 そして何と言っても、片栗粉を入れたことによって出来たこのスープのとろみである。

 餡かけの餡ほどではないこのとろみが、全ての旨味を増大させてくれるのだ。


「っはあ……」


 飲み下し、大樹は満足感がこもった吐息を漏らす。

 さて、もう一口と箸を丼ぶりの中へ突っ込んだところで、大樹は玲華の存在を思い出して顔を上げる。

 玲華はジーっとこちらを見ていて、半口を開けて今にも涎を垂らしそうな顔をしていた。


「……玲華さん?」


 呼びかけると玲華はハッとして、口に手を当てて「ゴホンッ」と咳払いした。


「な、なんか、お、美味しそうじゃない……?」

「ええ、美味いですよ」


 頷いてから大樹は箸を動かして更に麺を啜った。


 ――ズズズズッ


「ああっ――」


 同時に玲華が手を伸ばして嘆きの声を上げる。


 ――ズズッ


 構わず大樹はスープも啜る。


「ううっ……」


 玲華が恨めしそうにこちらを見ている。

 大樹の脳裏に「あげますか? 無視する」という選択肢が浮かんできた。

 とりあえず大樹は後者を選択した。


 ――ズズズズッ


「あああっ――」


 玲華が泣きそうな声を出している。

 口の中のものを飲み込んでから大樹は苦笑を浮かべた。


「わかりましたわかりました、あげますよ」


 玲華の顔がぱあっと明るくなる。


「大樹くん――!」


 その反応の現金さに大樹は苦笑を深め、丼ぶりを玲華へ押してやる。


「ちゃんと返してくださいよ」

「わかってるわよー」

「……前科がありますからね」


 大樹は忘れていない。あの食い尽くされたお茶漬けの悲劇を――。

 ジトっとした目を向けると玲華は慌てたように丼ぶりへ手を伸ばした。


「ちゃ、ちゃんと返すってば……」


 そして嬉々としながらいそいそと箸を丼ぶりへ伸ばすと、ふーっと息を吹きかけて麺を啜った。


 ――ズズズッ


「――!?」


 口の中に入れた途端、玲華が驚いたように肩を震わせた。

 そして目を丸くしながらゆっくりと麺を咀嚼してから、丼ぶりを持ち上げてスープをゆっくり啜る。


 ――ズズッ


「――っ!?」


 更に目を見開かせて驚く顔を見せる玲華に、大樹は内心で「勝った」と独り言ちた。


「どうですか?」


 問うてみると、玲華は口の中のものをゆっくり噛みしめ飲み下してから口を開いた。


「――びっくりした……美味しい!」


 花開いたような玲華の笑顔に大樹の頬が知らずに緩む。


「ポン酢とか合わないんじゃないかなって思ったけど、すごくいい塩梅にアクセントきいてるっていうか……ラー油の辛さもいいし!」


 目をキラキラさせながら熱弁する玲華に、大樹はうんうんと頷く。


「それに何より、何でスープがこんなにトロってしてるの!?」

「……片栗粉入れたからですよ」

「……あ、そ、そっか……」


 目を泳がして気まずげになる玲華に、大樹は頷いて返す。


「そうです」


 すると玲華は「ゴホンッ」と咳払いした。


「と、とにかくね! このトロみがあるせいで、ほら、あれ――中華の餡かけっぽくなって、その中にこの卵もあるから、ちょっと天津飯っぽさもあって……!」

「ああ、なるほど。そこまでのトロみはありませんが、確かに天津飯っぽいところはありますね」

「ね! とにかくスープが美味しい!」

「でしょう?」


 大樹がドヤ顔で返すと、玲華はそこで調理を始める前のことを思い出したのかハッとする。

 そしてここから素直に褒めるのも、と言いたげな表情で言い淀むも、諦めたようにため息を吐いて、微笑を浮かべた。


「はい、大樹くんが宣言した通りに美味しかったです――まいりました」


 そう言うと玲華は、「へへーっ」と口にしながら頭を下げる。

 そこまでされたら大樹も乗るしかない。


「うむ。良きにはからえ」

「ははーっ」


 大樹がうんうんとしていると、玲華は顔を上げる。そして目が合って数秒もすると、お互いに噴き出す。


「あーはっはっは――!」


 二人して大きな笑い声を上げてしまうのは必然と言えた。



「――で、そろそろそれ返してください」

「ちょ、ちょっと待って……あと一口だけ……」

「……一口で返してくださいよ……」

「へへーっ」

「それはもういいんですよ」

 

 

   ◇◆◇◆◇◆◇ ◇◆◇◆◇◆◇

シマッター、予約する時間ヲマチガエテシマッター


わかってると思いますが、チッキンラーメン=チキン○ーメンです。

そのままの名称使っていいのかわからなかったので……

この食べ方、本当に美味しいので家にこもって、食べてるものに飽きた方なんか是非試してみてください。

作り方も簡単ですしね。

ラーメンに使うお湯を沸かす時に溶いた卵と水で溶いた片栗粉を混ぜるだけです。

他は後乗せですしね。

食べるラー油はただのラー油でも構いません。(ちょっとアッサリになる

片栗粉はちょっとでいいです。僅かにトロみを感じる程度で

ポン酢は大胆にかけて問題ありません。


違う、チキ○ラーメンはこう食べるのが美味いんや!

って方いたら教えてくれたら私はすごく嬉しいです。


書籍の正式な発売日は本日になります!

是非GWのお供に!!

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