第七十九話 そういうこと

 

 

 

 ――ブフッ

 そんな噴き出す音が隣から聞こえて、大樹は目をやった。


「……四楓院さん……」


 顔を背けていた麻里は肩を震わせていたが、大樹が呼びかけるとすぐに振り返った。


「……何ですか、柳さん?」


 澄ました顔でしれっと言われて、大樹はため息を吐いた。


「……いえ、何も……」

「そうですか――夏木さん? 人を指差すのはどうかと思いますよ。ましてや、応募先の会社の社長相手になんて」


 玲華を指差していた夏木は、ハッとして手を降ろして、すぐさま頭を下げた。


「し、失礼しました――!」

「も、申し訳ありませんでした――!」


 同じことをしていた綾瀬も一緒に頭を下げる。


「い、いえ、つ、次からは気を付けて――ね?」


 玲華が引き攣った顔で、如何にも無理したような笑みを返した。

 どうやら先ほどの『泥棒猫』発言は聞かなかったことにするようだ。


「は、はい……」


 返事をしながら夏木は座り直し、隣にいる綾瀬は居住まいを正した。

 そして場がしんと静まる。


「コホンッ――そ、そろそろ、お会計しましょうか」


 咳払いをして、何気ないように玲華が提案して、店員を呼ぶためにそろそろと手を挙げようとした。


「ちょ、ちょっと待ってください!!」


 当然のように夏木が止めに入り、玲華の肩がビクッと揺れて手が止まる。


「そうです。ちょっと待ってくださいませんか、如月社長――?」


 綾瀬も夏木に追従し、玲華へ刺すような視線を向けた。


「え、えーと……な、何かしら……?」


 冷や汗を流して盛大に目を泳がせる玲華に、夏木と綾瀬は揃って獲物を見るような目をする。


「私達の先輩と随分、親密な様子でしたが――」

「――一体、どういう関係なんでしょうか……?」


 二人から鋭い視線を向けられた玲華は、たじろいだように身を引かせて、引き攣った笑みを浮かべた。


「そ、そんな、どういう関係って言われても――ねえ?」


 最後は大樹へと向けられたもので、目で「どうしよう」と訴えていた。

 しかしながら、それは悪手であろう。


「……少なくともアイコンタクトが出来る仲なんですね……」


 綾瀬が唸るようにボソッと呟くと、玲華はビクッと肩を揺らした。


(……動揺し過ぎじゃねえか……?)


 どうにもポンコツモードから抜け出せないかのように見える玲華に、大樹は内心でため息を吐いた。


「え、えーっと……そうね、関係ね……えーっと……な、何なのかしらね? あははっ……」


 まごつき言い淀み、遂には誤魔化すような笑みを浮かべる玲華に、綾瀬と夏木はジトっとした目を向ける。


「あ、あはは……」


 冷や汗を流しながら玲華はそんな笑みを返すだけしか出来ないようだ。

 すると夏木は業を煮やしたように大樹へと矛先を変える。


「先輩! どういうことなんですか!? 如月社長と、どういう関係なんですか!?」

「そうです。随分、気安い関係のように見えましたけど?」


 二人からいつにない迫力を感じた大樹は、のけぞりそうになった。


「あー……なんだ、もう少し落ち着かんか、お前ら。今、お前達の目の前にいるのは、『SMARK'S SKRIMS』の代表取締役なんだぞ」


 先ほど麻里が意識させていたが、大樹ももう一度言って、再度意識を改めさせる。

 これは後輩二人に言っているのと同時に、玲華に向けているものでもある。

 多少なり社長の時のような雰囲気に戻ってもらいたいという願いを込めてだ――どれだけ効果があるかは謎であるが。

 すると、多少は効果を及ぼしたのか夏木と綾瀬は口を噤んだが――


「そ、それはそうかもしれませんが……でも、それとこれとは別です!!」

「そ、そうです、別問題ですよ!!」


 寧ろ勢いを強くさせたような気がして、大樹は戸惑ってしまった。


「それにさっきもそうでしたし、スマホのあの待ち受け写真でも先輩に抱き着いてたじゃないですか!!」

「そうです、あの写真の人が如月社長だなんて、なんで黙ってたんですか!?」

「第一、先輩がなんで如月社長とそんなに親密になってるんですか!?」

「そうです、正にそこです! 本当にいつの間に……!」


 相手が社長でなく大樹相手ならと遠慮のない後輩達である。


「だ、だから、ちょっと落ち着かんか、お前ら……」


 覚えがないほど烈火のごとくな勢いで責め立ててくる二人に、大樹は冷や汗を流した。


「じゃあ、話してくださいよ!」

「そうです、いつの間に如月社長のような人とそんな親密に……!?」


 更に俄然としていく二人に見かねたように工藤が割って入る。


「ちょ、ちょっと落ち着いたらどうっすか、夏木も綾瀬も……」


 すると、二人はギロリと工藤を睨んで冷たく言い放った。


「工藤くんは黙ってて」


 ピッタリと揃ったその声に、工藤はヒクっと頬を引き攣らせた。


「は、はい……」


 そして縮こまるようにして工藤は撤退と言わんばかりにモソモソと箸を動かして食事を再開する。

 この様子だと、綾瀬も夏木も何も聞かないと治まらないかと見た大樹は話すことにした。


「あー、わかった。話すから落ち着け、二人共……」

「大樹くん――!?」


 諦めのため息を吐いてのその言葉に、玲華が驚いた顔になるが、その呼びかけに綾瀬と夏木が悔しそうに「また名前呼び……」と反応しているのを見て、首を縮めた。


「と、とにかく話してくれるんですね!?」

「今度ははぐらかさないでくださいよ、先輩!」


 噛みかんばかりな勢いの二人に、大樹は内心冷や汗を流す思いだった。


「ああ、わかったから。そもそもは、俺が夜遅くに電車を降りた時で――」


 そこで、階段から転落する玲華を助けたことを話した。


「――その後に、如月社長のマンションの前でまた会って――」


 そして玲華の鞄から散らばったものを拾ったことを話す。

 だが、大樹は心配させたくないという気持ちからその後に自分が倒れて介抱してもらったことは話さなかった。


「その時にお互いに家が近いことを知って、その日を切っ掛けに話す機会が増えて――」


 どこで会っていたかについては詳細は話さず、顔を合わせて話すようになったと伝える。


「――そして、如月さんが社長なんて役職についてるのを知ってから、俺が色々相談に乗ってもらってだな――」


 玲華がチラチラと横目で窺ってくるのを尻目に大樹は淡々と話す。


「そして転職のことを相談していたら、それならばとうちに来ないかと誘ってくれてな。断る理由もない上に、ありがた過ぎる話だったからお受けした訳だ。その前にお前達から、『SMARK'S SKRIMS』が一番の本命だったと聞いていたから、お前達のことも受け入れてくれないかとお願いして、今日の面接になった訳だ」


 大樹はそう締めくくった。

 嘘は吐いていない。話してないことがあるだけだ。

 話していないことは、何度も家に行っていることや、泊まったことなどだ。

 週末から同居の予定だが、まだの話なので話す必要もないだろうし、玲華に惚れていることなど、本人にも伝えていないことだし、こんな場でわざわざ話すようなことでもないはずだ。


 そして聞き終えた後輩達は、工藤は尊敬するような目を向けてきて、綾瀬と夏木は何やら深刻そうな顔つきだ。

 玲華は何故か、ほうほうと感心したような顔をしている。

 麻里は一人落ち着いた様子でお茶を飲んでいる。恐らくは玲華から大体のことは聞いていたのだろう。


「……そういう、ことですか」

「……ぐぬぬ……い、いつの間に……」


 綾瀬と夏木が悔しそうに歯噛みしている。


「……ですが、先輩。どうにもまだ話してないことがある気がするんですが……?」


 綾瀬に鋭く指摘され、流石だなと大樹は苦笑する。


「そりゃあな。俺にも如月社長にもプライベートというものがある。それを全て話せなど流石に言わんだろう……?」


 そう言うと、綾瀬は眉を寄せてから拗ねたように唇を尖らせた。


「……ズルいです。そう言われたら、これ以上聞けないじゃないですか……」


 彼女にしては珍しい表情を見せられて、大樹は苦笑を深めた。


「まあ、そう言うな……で、俺が如月さんと親しくなったのは家が近かったからということだし、内定をもらっていたのも、そしてお前達が今日面接になったのもそういう訳だ……納得できたか?」


 そう言うと、綾瀬と夏木は不承不承といったように頷いた。


「わかりました……」

「わかりました。が……」


 夏木と綾瀬は顔を見合わせてから、揃って玲華に目を向けた。


「如月社長にお聞きしたいのですが……」


 綾瀬がそう切り出すと、玲華はビクッと肩を震わせた。


「な、何かしら――?」

「……先輩のスマホの待ち受けが如月社長と映っている写真になっていた件です」

「ああ……そ、それがどうかしたのかしら……?」


 キリっとしている綾瀬に対し、どこか虚勢を張るかのような玲華は、どっちが社長かわからなくなりそうだ。


「あの写真が待ち受けになったのは先輩が言うには、罰ゲームみたいな形で如月社長からそうするように言われたからだとおっしゃってましたが、事実ですか……?」


 嘘は見逃さないと言わんばかりに見据える綾瀬に対し、玲華はスッと背筋を伸ばして雰囲気を変えた。


「そうね。その通りよ」

「あれは――意図だと解釈して間違ってないんでしょうか……?」


 大樹にはどの意図かわからないが、玲華には悟るものがあったようだ。


「ええ、その解釈で間違ってないわ」


 綾瀬を見据えてしっかりと頷くと、綾瀬と夏木は悔し気な顔をして唸った。


「……うう、なんだって、こんな人が……」

「と、トンビに油揚げ……」


 弱々しく呟いてから二人はキッと玲華へ刺すような視線を向けた。


「如月社長!!」


 威嚇するように呼ばれた玲華は、ビクッと肩を震わせた。


「な、なにかしら……?」


 持ち直した威厳が崩れかけてるような玲華の反応だが、二人は気にした様子もなく口を開く。


「このまま入社できるのかはわからないですけれど、社長とその社員だからって、これは関係ないですからね!」

「ええ、如月社長のことは尊敬していますが、それとこれとは別問題ですので」


 そんな夏木と綾瀬、二人の宣言に、玲華はキョトンとした末に、徐々に雰囲気を変えて不敵に笑った。


「ええ、勿論。社長だからって、あなた達にこの件に関して何も言うつもりは無いわ」

「……その言葉、忘れないでくださいよ」

「ええ」


 バックに炎を背負ってるかのような綾瀬、夏木に対し、玲華は不敵に微笑み返した。

 三人が妙な雰囲気になっているが、ひとまずは落ち着いたようだと大樹はホッとする。

 そんな中で、今まで黙って成り行きを見ていた麻里が「コホンッ」と注意を引いた。


「盛り上がってきた中で失礼します……柳さんの後輩の方達にお聞きしたいのですが」


 突然の麻里の質問に後輩達は顔を見合わせ、麻里へ頷いた。


「はい。柳さんが入社する経緯は理解されたようですが……あなた達は、どう思われましたか? 社長が柳さんを誘ったのはうちの会社でやっていくに十分な能力があると見込んだからか――もしくは、親しいからだけなのか、と」


 そんな問いに対して、後輩達は揃って苛立ったような顔を見せた。


「そんなの能力があるからに決まってるじゃないっすか」

「……両方ともとれますが、先輩の能力を少しでも知れば経営者の方なら誘って当然だと思います」

「そうです! 先輩ならどこの大企業だってやっていけますよ!」


 ムキになったように答えた後輩達に、麻里はおもむろに頷いた。


「けっこう。柳さんの下で働いていたあなた達なら、そう考えて然るべきでしょう。ですが、柳さんの能力を知らない人達なら? 更に知らない人達が、入社する前から柳さんと社長が親密だったと知ったりしたら? さて、どう思われるでしょう――?」


 麻里の問いかけに一番に反応したのは綾瀬だった。


「――っ……先輩に対して穿った見方が広がるということですか?」


 その言葉に麻里は微笑を、工藤と夏木は「ああ……」と理解の色を顔に浮かべた。


「ええ。だけでなく、社長に対しても不審な目が集まることは否めないかと思われます。ですので――」


 そこまで言ったところで、綾瀬は食い気味に答えた。


「わかりました。先輩と如月社長のことは黙ってます」

「――ご理解いただけて助かります。おかげで無闇に不審がられることも無いでしょう――社長も柳さんも」


 ペコと頭を下げる麻里に大樹も続いた。


「すまんな、皆。俺だけならともかく、如月社長に迷惑をかけたくなくてな」

「いえ。そんな、当然のことです。ね、二人共?」


 綾瀬が呼びかけると、工藤も夏木も当然とばかりに頷いて返す。


「えーっと……そ、そういうことだから、よ――よろしく、ね?」


 どこか気まずそうな笑みを浮かべた玲華もそう言うと、綾瀬と夏木の二人は不承不承に頷いた。


「……はい。ですが、如月社長もウッカリが無いよう気を付けてください……よくよく考えたら、今日何度かそういう場面があったような……」

「……あ、そっか。あれは最初は隠そうとしてたけど、ウッカリして出しちゃってたってやつ……?」


 綾瀬のもっともな指摘と思い出しながらの夏木の言葉に、玲華はギクリと肩を揺らした。


「あ、あれは本当ついウッカリってやつよ……ふ、普段はそんなこと無いのよ? お、オホホホ……」

 明らかに誤魔化すような笑いをする玲華に、綾瀬と夏木は疑わし気な目を向ける。


「……あ、もしかして、ですか、四楓院さん……?」


 何かに気づいたような綾瀬に、麻里は頷いて返した。


「はい。お察しの通りかと思います」

「ほ、本当にそういうことだなんて……」


 頭痛がするかのように額に手を当てて、苦虫を噛み潰したような綾瀬に、夏木と工藤が首を傾げる。


「え、何、どういうこと、恵?」

「ちょっと訳わかんねえんすけど……」

「あー、うん。後で話すから……」


 綾瀬はチラと玲華を見てから、二人に答えた。


(……玲華さんのポンコツぶりに気づいたか)


 綾瀬の気づきを見て、大樹も麻里のこの飲み会の狙いを察した。

 玲華のポンコツ具合を見せ察せさせて、この三人を味方につけるためなのだと。


(親睦を深めるのも労うのも本当なんだろうが……)


 大樹は麻里の考えの深さに呆れながら舌を巻いた。


(……絶対に敵に回さないようにしねえとな……)


 今のところ大樹の中では、ほどほどに好感触だが、そうでなくなった時が恐ろしいと心底思わされた。


「えっと……麻里ちゃん?」


 どういうこと? と言いたげな玲華に対し、麻里はそっけなく返した。


「社長は知らなくて問題ありません」

「え、えー……?」

「うちに入るるかもしれない子の前ですよ。そんな声出さない」

「は、はーい……」


 不貞腐れたような玲華の返事の後に、大樹はその一瞬を横目で見た――麻里の頬がふっと緩んで微笑むのを。


(……この人、相当玲華さんのこと好きだな……)


 それがわかったことで、どこかほっこりとした大樹は、ジョッキに残っていたビールを飲みほした。

 綾瀬が玲華を見て仕方なさそうに首を振り、それを不思議そうに見ている夏木。

 そんな二人の横で顔を赤くした工藤が寿司を頬張りながらポツリと呟いた。


「先輩、マジぱねえっす……」

 

 

  ◇◆◇◆◇◆◇ ◇◆◇◆◇◆◇


これにて面接編は終了となります。

修羅場が大したことなかった? いや、これでいっぱいいっぱいです……キャットファイトを期待されていた方達には申し訳ないです。この話ほど難産な回は無かったです。

次回より、題して「イチャイチャ(?)同居生活&辞めるまでの一か月」の話となります。

休みもあることですし、更新ペース上げれるかなと考えていますのでお楽しみにしてくだされば。


さて、書籍発売が来週に迫って参りました。

この時期ですから発売日延期になるんじゃないのだろうかと思ったんですが、このまま発売されるそうです。

購入宣言してくださってる方、ありがたいですが、無理なさらぬようお願いします(汗

書籍に関してですが、まず書き下ろしの番外編が二本掲載されています。以下の二本です。

「社長抜き幹部会議」

「企画開発事業の日常~常識人は辛いよ~」


そして購入特典として、紙媒体の書籍には書き下ろしの蛇腹SSがついております。普通に更新一回分程度の文字数あります。中身は開けてのお楽しみということで。

※全国一部書店にて展開予定。詳細については、書店店頭へ直接お問い合わせください。

そして、とらのあな様で購入くださった場合は玲華のイラストカードが!!ついております。

※コミックとらのあな各店・通信販売(一部店舗を除く)にて展開予定。詳細については、書店店頭へ直接お問い合わせください。


発売ですが、早いところでは4/27、28には並ぶそうです。

書籍の情報に関しては大体こんなところでしょうか。


他に何かあればTwitterなどにて上げさせていただきます。

では、どうぞこれからもよろしくお願いします。

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