星から来た少女

  川の堤防を歩いている空。突然、空から光が落ちてくる。

空「!?」

   眩しさに閉じた目を開けると、目の前に女の子が倒れている。

空「・・・え?」

   事態をよく呑み込めないままに、一応生きているのかを確認する空。

蒼音「ううう」

  体を揺さぶられ、意識を取り戻す蒼音。薄っすらと目を開けて辺りをうかがう。

蒼音「あ、れ?」

空 「だ、大丈夫か?あんた、いったいどこから落ちたんだ?」

蒼音「・・・?」

  空の言っていることがわからないらしく、空に抱き起された姿勢のまま首を傾げる蒼音。それから、何かを思い出そうとして

蒼音「光、の、国・・」

空 「え、あ、おい!おい!あんた!」

また、がっくりと気を失う。


2・オープニングモノローグ

 この世界には、不思議でおかしいことがあふれている。それは、時に現象であったり、動物であったり、乗り物であったり、そして人であったり。

 しかし人々は、それを異常なことのように排除しようとする。これは、そんな排除されてしまう不思議に属した少女のお話し。


3・空の部屋

   空のベッドに寝かされている蒼音。椅子に座る空の目の前には、困ったように笑う星也の姿。

星也「へええ、なるほど。でも、どっからか落ちてきたにしては目立った外傷なしだ。普通だったら頭とか血がブシャーでしょ。なんだろうか。突然空中に現れてきたってこと?」

空 「怖いこと言うな。こっちだって混乱しているんだ。突然、こんな・・」

    話声に反応したのか、ベッドで寝ていた蒼音は一つ寝返りを打つと空たちに向いて目を開けた。

蒼音「・・・・・?」

空 「気が付いたか?」

星也「グッモーニング。眠り姫さん。あなたのお名前は?」

蒼音「・・・・?」

   ぱちぱちと瞬きをしながら、蒼音は起き上がった。それから、辺りをキョロキョロと見回したあと。

蒼音「・・・誰でしょう?」

星也「あ、え、俺?俺は、星也。で、こっちが空。そいで、君は?」

  星也の紹介を聞きながら、うんうんと頷いて聞いていたが、星也に指を指され自分のことを尋ねられた途端、またしてもぱちぱちと瞬きをして

蒼音「・・・・誰でしょう?」

空「はあ?何言ってんだ、お前。」

蒼音「ええっと、すいません。自分でも、おかしいことを言っている自覚はあるのだけど。でも、本当に私は誰でしょう?」

  混乱しているように目をぱちぱちとする蒼音に星也と空は、顔を見合わせた。


4・空の部屋

星也「それじゃあ、君はなんにも覚えていないと、そういうことかい?」

蒼音「そうですね。だいたいは・・・なんにも、というわけではなくて・・・ええっと、名前・・・名前は、蒼音・・・でしょうか。でも、何やら違うような・・・でも、たぶん、そうです。蒼音です。それから・・・私は、なんと、どうやら宇宙人のようです。ちょっと、何星から来たのかは、わかりませんが。宇宙船、ですね。宇宙船に乗ってきたのかな。うん・・・宇宙船から、落ちたの・・かな。」

  なんとも、要領を得ない蒼音の説明を聞きながら、空と星也はだんだんと笑顔から真顔になっていく。それから、蒼音の言っていることを信じるべきか、笑い飛ばすべきかと悩んでいるようだ。

星也「えっと、どうする?空。とんでもない子を拾ったみたいだぞ。」

空「こっちも今、そう思っていたとこだ。まったく、参ったな。」

  まだ、何かを思い出そうとしている蒼音に背を向け、二人はひそひそと相談をする。

空「このまま、放り出してやろうか。」

星也「いや、それは・・・ちょっと可哀そうだろ。それに、一応どっか怪我してたら、まずいぞ。その辺で倒れてそのままなんてことになったら。」

空「怖いこと言うな。じゃあ、どうすんだよ。」

蒼音「・・あのお、お話し中すいません。私、お腹減っちゃったんですが。」

蒼音だけが、状況を把握していないのか、無邪気な笑顔で言った。


5・空の家 

 もぐもぐと出された食事を食べる蒼音。

蒼音「すいません、何やらご馳走になってしまって。これ、食べたら出ていきますので。」

星也「出ていくって。行く充てはあるの?」

蒼音「そうですね。とりあえず、私を落とした宇宙船を探そうかと。」

空「それ、たぶん、一生見つかんないだろ。」

星也「空。・・あー・・俺たちも手伝う?」

空「おい!」

蒼音「いいんですか?でも、悪いです。そんな、見ず知らずの、空さんと星也さん、でしたっけ・・?」

  じーっと、二人を見つめていた蒼音は何かを思い出したように目を開いて、ポロポロと涙を流し始めた。

空「え、ちょっと、なんだよ。泣くなよ、手伝ってやるから。」

蒼音「あ、違うんです。お二人の名前が、なんだか・・懐かしくて。」

星也「懐かしい?俺たちの名前が?じゃあ、ひょっとして俺たちって昔、会ったことがあるのかな。幼馴染・・・うーん、」

空「これが、ドラマだったら、昔生き別れた兄弟とか将来を誓い合った親友とかなんだろうけど。こっちは全く身に覚えがないから、お前だけが懐かしいんだ。」

蒼音「そう、なんでしょうね。私も、そう思います。」

星也「ま、まあ、まあ、とりあえず、泣き止んでよ。俺が泣かせたみたいでなんとも心地が悪い。」

  星也は、オロオロとしながら二人の間に割って入った。


6・空の家

星也「うーん・・着ているものは、確かにちょっと変わってはいるけど。でも、まあ、許容の範囲内といえる。ひょっとすると、ルームウエアなのかもしれないぞ。こんな感じのを、ショッピングモールでみたことがある。」

   蒼音の脱いだ服を綺麗にたたんでやりながら、空に視線を送った。

空「素材も、変わったところはなさそうだな。妙にモコモコしている以外は。まるで毛布みたいだ。毛布よりは、薄手だけど。」

星也「ひょっとして、あれかな。寒いのは苦手なのかもしれないぞ。極度の寒がりか、それか寒い地域から来たのかも。」

  空と星也はしばらく無言で顔を見合わせていたが、やがて蒼音がシャワーを終え、空の服を借りて出てきたのでなんとなく会話は終了した。

蒼音「あ、空さん、お洋服ありがとうございます。ちょっと大きいですが。・・あれ?どうかしました?」

空「いや、別に。」

星也「おお、蒼音ちゃん、とっても似合う。空の地味な服も蒼音ちゃんが着るとまともに見えるから不思議だ。あ、胸が大きいとかそういう話をしているんじゃないぞ。」

  


7・近くの公園

 キョロキョロと辺りを見回したり、空を見上げてみたりする蒼音。

空「どうだ?お前の乗ってきた宇宙船はいそうか?」

蒼音「どう、でしょうね。とりあえず、ここら辺にはないみたいですね。どこかに停泊してくれていると、いいんですが。」

  からかうように言った空の言葉に蒼音は、至極真面目に答えた。

星也「・・・なんだろうなあ。相性が最悪だな。」

  蒼音の態度が気に入らないのか、蒼音を半ば睨むようにしている空を見つめ、星也はため息を吐いた。

蒼音「でも、とても綺麗な色です。私は、この空の色が大好きです。空はいつだって同じ色にはなりません。時間、季節、いろいろなことに左右されて様々な色を見せてくれます。空さん、あなたもそうですね。表情が、たくさん変わって短い時間ですが、いろんな顔を見せてくれます。」

空「なんだよ、それ。どういう意味だよ。」

星也「まあ、まあ、まあ、落ち着いて二人とも。」

  喧嘩を売ったわけではないにしろ、喧嘩になりそうになった二人を星也が止めようとしたところに、一人の少年がやってくる。

少年「お姉ちゃんたち、宇宙船を探しているの?」

蒼音「そうだよ、探しているね。」

少年「僕、知っているよ。宇宙船、見たよ。」

星也「え。本当に?本当に宇宙船だった?」

少年「うん、宇宙船だよ。ねえ、ねえ、案内するから、僕と一緒に来てくれる?」

   少年は、ぐいぐいと蒼音の腕を引いてどこかに連れて行こうとしている。蒼音は、じっと少年のことを見つめている。

空「おいおい、大丈夫かよ。本当に宇宙船なのか。」

星也「そうだなあ、若干疑わしいけど。どうする?蒼音ちゃん。」

蒼音「うーん・・とりあえず、行ってみますね。もしかしたら、私の宇宙船かもしれないのでね。」

   何か言いたげな、空と星也に笑いかけて蒼音はそのまま、少年に引っ張られて行った。


8・少年の家

   少年に案内されたのは、住宅街の中の一軒。大きくも小さくもない、極々一般的な二階建ての家だ。

蒼音「ここが、宇宙船?」

少年「違うよ、ここは僕の家だよ。宇宙船に行く前に家で一休みしていきなよ。ほら、こっちこっち。」

   少年は、無邪気に手招きして家の中に入って行ってしまう。

空「・・・こりゃ、間違いなく」

星也「騙されたかなあ、蒼音ちゃん。」

蒼音「とりあえず、お言葉に甘えてお邪魔しましょう。ひょっとしたら、宇宙船までは距離があるのかもしれませんね。」

   蒼音はニコニコと笑いながら、少年の家に入って行った。

空「あいつが、何を考えているのか。全くわからない。」

星也「宇宙人だからな、蒼音ちゃんは、」

空「お前、信じているのか?」

星也「さあな、でも、蒼音ちゃんがそう言うんだったら、そうなんだろ。違うか?空」

空「・・・・知るか。」

   


9・少年の家の中

星也「お、お邪魔します。」

空「お邪魔します。」

  びくびくとしながら、少年の入って行った後に続く空と星也。少年は、それを見ながら、慣れた動作で靴を仕舞い、上着を掛けた。家の中は、静かで誰の気配もしない。それでも、生活感のあるリビングの机の上に、メモ紙が一枚置かれていた。少年は、それをさっと手に取り、何度か読んだ。

蒼音「どうします?」

少年「上に行こう。僕の部屋にきて。」

   少年は、メモをポケットに折って仕舞うと、ランドセルを降ろして、廊下を歩き始めた。

   少年の部屋は、二階でした。

星也「お父さんとおかあさんは?」

少年「お仕事だよ。夜まで帰って来ないから、宇宙船は見られるよ。」

蒼音「と、いうことは宇宙船が来るのは、夜ということなんだね。」

少年「そう。夜にね、ここを通るの。それで、中から宇宙人が出てくるの。」

   真面目に話す少年の言葉に、真面目に反応する星也と蒼音。しかしながら、空は全く興味がなさそうに少年の部屋を手持無沙汰で立っている。

星也「え、宇宙人が出てくるの?本当に?え、どんな奴?」

蒼音「星也くん、信じてないって言ってた割には、興味深々ですね。実は、宇宙人とか好きなんですか?」

星也「いやいや、普通の反応でしょ。俺の家からそんな遠くない住宅街に宇宙人と宇宙船があるって言われて平常心でいられる人の方がレアだから。」

蒼音「なるほど、空さんはレアなんですね。」

空「お前ら、しばくぞ。」

   星也と蒼音が、宇宙論で盛り上がっている間に少年は部屋にあったチラシの裏に、宇宙船と宇宙人を書き上げていた。

 それを、星也の前に持って来ると、説明を始めた。

少年「これが、宇宙船。夜なのにピカピカ光っているんだ。ここも、こっちも。それで、このドアから宇宙人が出てくるんだよ。」

  少年の書いた絵を見ながら、星也と蒼音は顔を見合わせた。

星也「・・・おお、思っていた以上にクオリティが低い。子供のときの絵って本当にこんななんだっけ。てか、これ?蒼音ちゃんが乗ってきた船って。」

蒼音「いやあ、どうでしょうね。なんとも、これだけでは。でも、確かに光っていますしね、箱っぽいですしね。宇宙船である可能性は高いですね。」

星也「この宇宙人も中々だな。俺、夢に出てきそう。」

少年「この宇宙人は、あそこに住んでいるの。」

   少年はそう言って斜め向かいのアパートを指した。ほんの少し前の時代を感じさせる年代物のアパートはこちらに階段とそれに続くドアを六件見せていた。

星也「え!?あそこ!?あのアパートに住んでんの?・・・コーポ松原って書いてあるよ。コーポ松原に宇宙人住んでんの!?」

空「星也、お前ちょっと落ち着けよ。お前の船と仲間を探しているわけじゃないんだから。」

星也「いや、いや、空こそちょっとおかしいぞ。なんでそんなに落ち着いていられんだよ。この金色の蛇を頭に纏った腕がやたらとながい二足歩行の宇宙人が、この住宅地のしかも目の前にいるかもしれないのに。」

空「いや、いないんだよ。」

少年「いるよ!僕、見たもん。」

空「見間違えたんだろ。夜なんだ、暗いんだ。そんなにはっきりと見えるわけがない。」

少年「違うもん!!」

   少年は、空に冷たくあしらわれてもめげずに言いつのります。その様子に、空は一瞬だけ顔をしかめ、ため息を吐きながらそっぽを向きました。

空「これだから、子供は嫌なんだ。」

蒼音「ふふ、子供は、じゃなくて未知の何かを一心に無防備に信じられるのが、嫌なんじゃないですか?」

空「わかった口きくな。」

   楽しそうに笑う蒼音を一つ睨むと、空は少し広くなったスペースに腰かけた。

星也「とりあえず、その宇宙人の正体くらいは見てみないと俺、怖くて帰れない。」

蒼音「星也さんは、本当に素敵な人ですね。」

星也「何それ。このタイミングで言われても、俺には嫌味にしか聞こえないんだけど。」

蒼音「褒めたんですよ。誰の言うことも素直に信じられる人は、とても素敵な人です。手放しに損得なしに、そして、傷つくことを恐れずに。それはとても、勇気がいることです。」

星也「そんな立派なことじゃない。疑って、無駄に疲れるのが嫌になっただけ。ある意味で俺は放棄したんだよ。誰かを疑ったり、探ったりすることを。疑うことには、根気がいる。信じることには、何もいらない。ただ、信じてりゃ、いいだけだもんな。」

蒼音「それでも、」

   諦めたように言う星也に、蒼音は何かを言おうとして口を閉じた。どこか苦虫を噛んだような表情をしていたのを、空はじっと見ていた。


10・少年の家の台所 夕方

蒼音「このコップ、使っていいんですかね?」

少年「うん、いいよ。友達を連れてきたときはそれを使ってるから。あと、そこにあるお皿も取って。」

蒼音「これ、ですかね。そういえば、さっき机の上にあったお手紙には、なんて書いてあったのですか?」

少年「うん。お母さんから。今日も遅くなるって。お父さんはいつも通りだから、先に作って食べてて。だってさ。それと、ここに入っているお菓子を食べていいって。」

蒼音「そうですか。お母さんはいつも遅いのですね。」

   蒼音と少年は、お菓子と飲み物を取りに台所に来ていた。少年の家の台所は、電化製品もコンロも決して豪華な造りではないが、よく使いこまれていて、それでいてきちんと手入れもされている暖かな台所であった。それを、蒼音は見つめ、微笑んだ。

蒼音「お母さんのご飯、おいしいのですか?何が、一番好きですかね?」

少年「うん、お母さんのご飯はカレーとかシチューは美味しいよ。でも、それ以外はあんまりね。うちのお母さん、おおざっぱ、だから。よくお父さんが言っているんだ。お母さんは、おおざっぱでおおらか、なんだって。そこが長所で短所だな。って。お父さんの方が上手なんだよ。お料理もお裁縫も、お化粧も。」

  食器棚から出したコップに、ジュースを注ぎながら聞いていた蒼音は一瞬、あれ、と思うが、すぐに少年のお菓子どっちがいい、という質問に気を流してしまう。


⒒・少年の部屋 夜

 あたりが、暗くなるまで何とはなしに過ごしていた四人。五時を告げる鐘が、住宅街に響くと少年は、

少年「あ、五時だ。」

   窓に慌てて走っていく。

星也「なんだ、なんだ、来るのか。」

蒼音「五時ですね。」

空「ずいぶんと、早いな。」

  空の言葉に、星也と蒼音も頷いた。冬が近づいてきているとはいえ、五時である。まだ、まばらではあるが、人の姿もある。そんな中に毎日、宇宙船が現れているとは。

星也「ひょっとして、なんかの術とかがあってさ。他の人には見えなくなっているのかもしれない。」

蒼音「あり得ますね。何しろ、宇宙人ですからね。」

空「・・・・いや、ないだろ。やっぱり、見間違いなんだよ。」

星也「ひょっとして、それって俺たちが見ているってバレたら・・・記憶が消されるとか、妙なチップを入れられるとかそういう系かな。」

蒼音「そうなんですか!?だから、私も記憶が・・・」

空「いや、乗ってる奴の記憶消してどうするんだよ。意味わかんないだろ。」

  窓に身を乗り出す少年に並んで蒼音と星也も、窓枠に寄った。空もわずかに身を動かして窓の外が見える位置に座りなおす。

少年「もうちょっとだよ。いつも、この鐘が鳴ってみんなが帰ってくる頃に来るんだ。」

蒼音「・・・みんなが、家に帰るのをいつも見ているの?」

少年「うん。見てる。」

星也「見てるだけ?外で遊ばないの?せっかくなんだから、家族の人が帰ってくるまで外で遊んでいればいいのに。」

  星也の言葉に、少年はどういえばいいか、考えながら口を開きます。

少年「夏休みとか、明るいときは遊ぶよ。お母さんが帰ってくるまで外で待っている。でも、寒くなってくると、学校から帰ってきてすぐに暗くなるでしょ?そうすると、ほかの家は電気がついてるのに。僕の家だけ、真っ暗で空も真っ暗だから、どこにあるかわかんなくなっちゃうの。だから、」

空「・・・・なんだそれ。」

蒼音「そっか。溶けてっちゃうんだよね。暗い空に明るい家は浮いている星みたいで、だけど誰もいなくて電気のついていない暗い家は、真っ暗に溶けて消えてしまった。」

星也「なるほどな。俺は、母ちゃんが常に家にいてくれたから、そういう気持ちはわからんけど。でも、時々、母ちゃんがいない日に帰ったときにそんな感じのことは考えたかも。」

   星也は、そのときのことを考えているのか、少年のつむじ辺りをよしよしと撫でた。

空「そういうときは、自分でつけてやればいい。お前が、灯りをつける人になればいい。」

蒼音「だから、外で遊ばないで家にいるんだね。」

少年「そうだよ。僕が、お母さんたちを助けてあげるの。迷子になっちゃわないようにするんだよ。」

星也「立派だ。立派な心掛けだ、少年。」

   星也に撫でられていた少年は、誇らしいように照れたように微笑みました。

空「それにしても、本当に蜘蛛の子を散らすように、とはこのことだな。家は、両親とも働いていたから、あのたくさんの蜘蛛の子の一人だったんだ。」

星也「それが、こんなに立派になって。俺は、嬉しいよう。」

空「お前だって、あそこにいただろ。そもそも、お前が暗くなる前に帰らないといけないから、早々に遊びを切り上げて帰ったんだ。」

星也「そうだっけ。俺の記憶では、空が暗いの怖いからだったような。まあ、あの頃は、空も多少は可愛らしいところがあったということだ。」

空「それ、どういう意味だよ。」

星也「俺は、お姫様を守るナイトの気分だったということだ。」

   星也に言われ、空が大げさに顔を顰めた。星也は、楽しそうにそれを見ていたが、会話を聞いていた少年は、一つ首を傾げた。

少年「え?このお兄ちゃんは、女の子なの?だって、お姫様って女の子だよ。」

星也「おお、少年よ。これには、深い深い訳があってなあ。けど、それを見ず知らずの、宇宙人をただ探すだけの仲間である君に説明する義理はない。あ、義理ってわかる?」

空「子供相手に何を言っているんだか。」

蒼音「そうですねえ。星也くんも、空さんも、とても素敵な大人になりますよ。」

星也「蒼音ちゃんは、本当に突拍子もない誉め上手だな。俺は、だんだんとその魅力にハマりつつある。これで本当に蒼音ちゃんが宇宙人だったら、俺は君に結婚を申し込む。」

蒼音「あはは、お断りしますね。」

少年「・・・女の子じゃなくても、お姫様になるのかな。」

空「あんまり深く考えるな。理解する方が難しいぞ。」

少年「でも、僕、見たことあるよ。僕、」

   少年が何かを言おうとしたのと、同時に真っ暗な道路がやけに明るく輝きだした。

星也「うお、あれ、じゃない?」

   星也の言葉に呼ばれるように、少年と蒼音が窓の外を見るべく、身を乗り出した。

蒼音「あ、本当ですね。何やら、道路がピカピカしていますね。」

少年「あれだ、あれだよ。ほら、ね。宇宙船でしょ?ね?ね?」

   興奮したように、言いつのる少年と黙って窓の外に目を凝らす星也と蒼音。空も、それにつられるように、少し身を動かして窓の外をのぞいた。

星也「うおお、すげーな。光ってる。」

空「・・・でも、あれって。」

  何かを言おうとしている空を、目で制して蒼音はじっと、少年の家のすぐ下を走る宇宙船を見つめていた。キラキラと光り、闇を切り裂く宇宙船を。

星也「なるほど。確かに、これは宇宙船だ。」

少年「ね、でしょ?宇宙船でしょ?普通、あんなに光る乗り物ないもの。絶対、宇宙船だよね。」

蒼音「はい、そうですね。確かに、宇宙船のようです。でも、残念ながら、あれは、私が乗っていた宇宙船ではないようですね。記憶の中にあるのと少し形が違いますし・・何より、私の乗っていた宇宙船は、空を飛んでいたのでね。」

   蒼音の言葉に、少年は残念そうに目を伏せた。

星也「いや、うん。それはとっても残念だったな。だけど、俺はそれよりも宇宙人を見たい。宇宙人の正体を知りたいんだ。」

空「もう、いいだろ。帰ろう。外も暗いし。宇宙船が違ったんだ、宇宙人だって違うに決まってる。」

星也「やっぱり、空は暗いのが怖いんだな。大丈夫、俺がついてるから。」

   冗談めかして言った星也を一蹴りして、空は蒼音に尋ねる。

空「どうする?あんたの仲間の可能性にかけるか?」

蒼音「そうですねえ。せっかくここまできたので、もう少しだけ見ていきますね。」

少年「宇宙人を、見るの?」

   少年の言葉に頷いて、蒼音は少年の頭を撫でた。


⒓ 少年の家の前  夜

 助手席の扉を開けて金髪の人影が出てくる。窓際にいた星也が、身を乗り出すようにしてそれを見ている。

星也「出てきた!宇宙人出てきたぞ。」

少年「ね。宇宙人でしょ?あれ、宇宙人だよね。」

  興奮したように言う二人の背後で空は黙って金パツの人影をじっと見つめた。蒼音はまるですべてを知っているようにただ、黙って微笑んでいた。

星也「うわ、本当だ。本当にコーポ松原に入って行った。うわうわ、うわああ。マジかあ。確かに、あれは宇宙人だなああ。確かに、マジだなあ。」

少年「そうだよね。やっぱり、あれは宇宙人だよね。」

  同意を得られたことが嬉しいのか、少年は声を弾ませて星也のことを見た。星也は一通り、マジか。と、確かに。を繰り返した。



⒔ 少年の家の前 夜

 全てが終わり、少年の家から帰ることにした三人。

蒼音「それじゃあ、お邪魔しました。お父さんが帰ってくるまで、良い子で待っているんだよ。」

空「気をつけろよ。鍵、ちゃんと閉めるんだよ。」

  星也は、靴を履くとよしよしと少年の頭を撫でた。

星也「宇宙人と宇宙船、見せてくれてありがとな。でも、危ないからくれぐれも他の人には言っちゃダメだぞ。記憶操作をされたら一大事だ。」

少年「うん。そうだね。わかった。僕、誰にも言わないよ。お兄ちゃんたちも、きおくそうさ、されないように気をつけてね。」

蒼音「はい。では、また。」

  バイバイと手を振りながら、三人は少年の家を後にした。

空「・・・あれが、子供には宇宙船に見えるんだな。」

星也「そうなんだな。俺も、びっくりした。でも、確かに、言われてみればそうなんだよな。」

蒼音「光ってますしね。速いですし、それに、四角い。」

  星也も蒼音も楽しそうに、コーポ松原の前を歩いた。そこにさっきまで泊まっていたデコトラはない。そして、そこに降りた金髪の人影もない。

空「宇宙人に見えるんだ。子供には、ああいう人種は。」

星也「確かに。俺も、なるほどな。って思ったぞ。子供には、男と女しかないからな。」

蒼音「未知のゾーンってことですね。初めて見る今まで自分の世界にはなかったこと。もの。人。」

空「子供の頃は、そういうのたくさんあるもんな。近所の大きな屋敷が幽霊屋敷に見えたり。工事現場の土管が、違う世界への入り口に見えたり。」

星也「あー・・あったなあ。俺も、そういうの。夜中に聞こえてくる不思議な音はさ、どっかで宇宙人が作戦立ててると思ってた。だから、聞いてるのバレたらまっさきに消されるとか。夜中に、町の中で突然不思議に光る建物とか、怖かったなあ。」

蒼音「怖い、だけでしたか?」

  蒼音の問いかけに、星也と空は立ち止まってコーポ松原を覗き込んだ。それから、笑い合って

星也「いいや。すっごいドキドキしてわくわくした。」

空「すぐ隣りに異世界がある気がして毎日が楽しかったな。」

蒼音「ふふ、そうですね。」

星也「でも、そう考えると、いろいろ知って大人になっていくと、そういうことって減るよな。原因はこれ。理由はそれ。本当はこう。わかってしまうと、何もかもがつまらない。」

空「でも、大人になるってそういうことだろ。」

  コーポ松原を悲しそうに通り越し、夜空を見上げた二人に蒼音は体当たりをするように近づいた。

蒼音「本当にそうですかね。本当に大人になるってそういうことでしょうかね。今日の星也くんと空さんは、とてもドキドキわくわくしているように見えましたが。」

星也「そ、それは・・・まあ、確かに。」

蒼音「確かに、子供の頃はたくさんのドキドキと毎日のわくわくがあって、世界はキラキラしていましたね。でも、じゃあ、大人になったら違う世界になりますかね。つまらない世界になりますかね。」

空「何が、言いたいんだ。」

蒼音「ふふ。世界は同じです。近所の大きなお屋敷は、今でも大きなお屋敷です。工事現場の土管は昔も工事現場の土管でした。今日の星也くんと空さんは、あの子と同じくらい楽しそうでしたよね。」

  蒼音の言葉に、星也と空は困ったように顔を見合わせた。それから、ため息を吐きながら、夜空を見上げた。

星也「本当、蒼音ちゃんには叶わないなあ。」

空「そんなのただの屁理屈だろ。」

蒼音「大人になれば、理由も原因もわかって、ドキドキもわくわくも二倍です。子供の頃はわからなかったこと、見えなかったこと、それも全部、全部、大人になれば毎日を楽しくしてくれますね。だから、生きているんですね。私たちは。」

 にこり、にこり、楽しそうに笑う蒼音につられるように二人も微笑んだ。

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