第9話ケーキ
サクッサクッと食感の音が耳を癒やし、フォークと共に一口サイズのケーキが俺の口元にやってくる。
「あーん?」
「あっ」
「もっとですよ、はい、あーん?」
「ああ、あーん。パクッ……」
まず、口の中で広がるのはイチゴの果汁の甘さ、そこから上質なミルクフォード(牛)から絞り取られた上質ミルクとココッコケットス(鶏)の最高級の卵の濃厚な甘みが押し寄せ、計算されたパイの皮の層がサクッとした歯応えを与える、最後は甘みが控えめなモモトロンの実(モモの実)で、高まった甘さを整える。
レミアスは口直しと称して、コップに入った淹れたてのアーモンドミルクを俺の口に飲ませる。
はぁ……ほっとする。
「口にミルクが付いてますよ」
レミアスは俺の口の回りに零れたミルクを指で拭いて、ぺろっぺろっと舌でその指を舐める。
「おいしいっ……」
「だな」
「……もっと飲んで下さい……」
「いや、もう……腹がたぷんたぷんだからな」
「むっ……本当は食べ物は残しちゃ駄目なんですよ……お牛さんから貴重なミルクを奪ってるんですから」
「ごめん……じゃ、全部飲むよ」
「いいです! 私が全部飲みますから!」
「……怒ってる?」
「怒ってません! ふんっ」
「あっ……あまり飲み過ぎも良くないぞ?」
レミアスは膨れ面で、コップに入ったミルクをごくごくと飲み干す。
女の子がこんなに豪快に飲むのは初めて見るが、あんな小さな口の中にそんなに入るのか。
「ごく……ごく……ごく……んぅぅぅぅぅぅ!」
「ど、どうした大丈夫か?」
レミアスは頬を赤らめ、両頬を大きく膨らませ、口を真一文字にし、両手をあわあわとさせる。
「んんぅぅ! んぅぅぅぅぅ!」
入れ過ぎて、吐いちゃう寸前らしい。
だけど、それは受付嬢として、女の子として、絶対にしたくないと首を振った。
「バケツみたいなものはないしな……少しずつでもいいから飲み込めないのか?」
「んぅっ!(やってみる)んぅぅぅう!!!! ぷはっっ!」
すると、白い液体が口に滲み出し、溢れ、耐えきれず、床やベットに全てぶちまけた。
「あっ……」
「あっ」
「「「私……私……私……私……私」」」
透けた白桃の下着、唇や胸元の谷間、太股はもちろんのこと、シーツや床は白いミルクだらけ。
レミアスはあまりの恥ずかしさに、身体を捻らせ、頬を赤らめ、焦点を合わせない。
「ゼルフォード様……本当に申し訳ありません。よ、よごしてしまいました……」
「ははは……掃除しようか」
「本当に申し訳ないですぅ」
*
俺は体調がやや回復した状態で3日遅れのフェンリル捕獲に向かうことになった。
ギルド前で出迎えてくれたレミアスは俺の腕からなかなか離れようとしない。
「レミアス……迷惑掛けてごめんな」
「私こそ……偉そうなこと言っておいて、結局、私がミルクを無駄にしてしまって、何てお詫びをしたら」
「レミアスが言ってることは正しいんだぞ」
「また、そうやって、ゼルフォード様は優し過ぎますぅ!」
艶やかな青髪を撫でると、彼女の香りがし、人形のような小さな顔が胸に飛び込み、恥ずかしそうにする。
そして、紅の両眼を潤ませ、じっと見つめてくるのだ。
「ゼルフォード様……私幸せなのです。ずっと、このままだったらと、思ってしまいます」
「レミアス……ありがとう。どうせ、俺の体を気遣って、そんな嘘言ってくれたんだろ。でも俺はダンジョンに行くよ。レミアスが受付嬢でいられなくなるのは嫌なんだ。それに、これでも、俺は冒険者であり、魔術師なんだ。俺にとって、生死を賭けた戦いこそ生きる糧なんだ」
「嘘じゃありません! 私はゼルフォード様と一緒に居たいです! と、とにかく私のことはどうでもいいのですよ! 私はゼルフォード様の身体の心配をしているのです、まだ、治ってませんよね?」
「レミアスのことだけじゃない……このままだと部屋代や治療費が払えない」
「私が払いますから……」
「それはいいと何度も言ったはずだ。気持ちだけは受け取っておくよ」
「そうですか……私が何度言っても駄目なんですね。分かりました。ダンジョンは危ないですからね、ぐれぐれもお気をつけくださいね! 絶対ですよ?」
「……分かったよ」
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