『天使』

北見 恵一

『天使』


昨夜、また、あの夢を見た。


「天使」の夢。


この『天使』、ワタシが仕事や対人関係などでストレスが溜まったり、疲れているときに必ず出てくる。

でも『天使』と言っても、ディズニーの映画に出てくるような、綺麗な羽の生えているものではなく、どこにでもいるようなオバサンだったり、こまっしゃくれたガキだったりする。 そんなのが、どうして『天使』なのかは、自分でも分からないんだけど。


で、昨夜出てきたのは、少々くたびれたオッサン。

どう逆立ちしても、『天使』には見えない、ただのオッサン。


このオッサン、実は何度かワタシの夢に出現してる。

何故かシチュエーションも決まってて、いつもの公園のベンチ。



「よお」毎度のように馴れ馴れしく声を掛けてくる。

「なんだよ、今日は?」少し苛立ってワタシは応える。

「おまえ、今日はいちだんとしけたツラしてんなあ」

一体、何処の世界に、こんな乱暴な口をきく『天使』がいるんだ?


「アンタにゃ関係ないよ」ワタシはタバコをふかす。


暫くして『天使』が言う。

「まあ、ヨノナカ理不尽な事が多いけど、避けて通れないだろ?」


ん?


「一種<不治の病>みたいなものでさ。生きてる以上、理不尽とか不条理とかとは上手く付き合って、共存して行くしかねえんだよ」


「おいおい。今日は説教か?」ワタシはさらにタバコをふかす。

「ほら、みろ。その煙には、お前のイラダチが、山のように詰まってるぜ」からかうように『天使』は言う。


その安っぽいセリフは天上界の流行なのか?

まるで、三流のハードボイルド映画みたいじゃないか。



「息、吸ってみろよ」『天使』は言う。

「叫ぶ前には、息を吸うもんだぜ」


ん?


「お前、息を吐くことばかり考えてるだろ?だからすぐに、物事を諦めちゃうんだよ」


ん?


『天使』はベンチから立ち上がり、ワタシに振り向き、こう言った。

「タバコ、くれ」


ワタシは憮然として、タバコの箱を差し出す。

『天使』はその1本に火を付け、深々と吸い込んで、むせた。



ばかめ。ざまあみろ。



涙目の『天使』は言う。

「なんで、こんな不味いモノ吸ってるんだか。げほげほ」

「でも、タバコだって、吸うところから始まるんだよな、げほげほ」


吸いかけのタバコをワタシに手渡し、『天使』は背を向けてこう言った。

「お前、いつも息を吐いてから叫ぼうとしてるんだ。だから、声にならないんだよ」


「とにかく、息を吸うことを忘れずにな。その位、不器用なお前にだってできるだろ?」



『天使』は消えた。


やれやれ。また言いたい放題言って消えやがった・・・。

そう思いながら、さっき返されたタバコを見る。

いつのまにかそれは、一輪の綺麗な白い花になっていた。

とても可憐で、か細く、でも、凛とした白い花。


やるじゃねえか。オッサン。

忘れかけてたことを、思い出させてくれてありがとよ。


ワタシは、あのくたびれた『天使』に、ほんの少しだけ勇気を貰った気がしていた。

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『天使』 北見 恵一 @lay_dopa

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